IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ TDK株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-絶縁被覆導線 図1
  • 特開-絶縁被覆導線 図2
  • 特開-絶縁被覆導線 図3
  • 特開-絶縁被覆導線 図4
  • 特開-絶縁被覆導線 図5A
  • 特開-絶縁被覆導線 図5B
  • 特開-絶縁被覆導線 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024079257
(43)【公開日】2024-06-11
(54)【発明の名称】絶縁被覆導線
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/02 20060101AFI20240604BHJP
   H01F 5/06 20060101ALI20240604BHJP
【FI】
H01B7/02 A
H01F5/06 T
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022192098
(22)【出願日】2022-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】中澤 遼馬
【テーマコード(参考)】
5G309
【Fターム(参考)】
5G309MA15
5G309MA18
(57)【要約】
【課題】高い耐熱性を有する絶縁被覆導線を提供すること。
【解決手段】
Cuを含む金属導体部と、金属導体部を覆う絶縁層と、を有する絶縁被覆導線である。絶縁層は、Si、Ti、および酸素を含み、絶縁層におけるSiおよびTiの合計含有量に対するTi含有量の比率が、2.5at%以上50at%以下である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cuを含む金属導体部と、前記金属導体部を覆う絶縁層と、を有し、
前記絶縁層が、Si、Tiおよび酸素を含み、
前記絶縁層におけるSiおよびTiの合計含有量に対するTi含有量の比率が、2.5at%以上50at%以下である絶縁被覆導線。
【請求項2】
前記絶縁層の平均厚みが、1μm以上220μm以下である請求項1に記載の絶縁被覆導線。
【請求項3】
Cuを含む金属導体部と、前記金属導体部を覆う無機絶縁層と、を有し、
前記無機絶縁層が、SiおよびTiを含有する含む酸化物を含み、
前記無機絶縁層におけるSiおよびTiの合計含有量に対するTi含有量の比率が、2.5at%以上50at%以下である絶縁被覆導線。
【請求項4】
前記無機絶縁層の平均厚みが、1μm以上200μm以下である請求項3に記載の絶縁被覆導線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、絶縁被覆を有する導線に関する。
【背景技術】
【0002】
インダクタ、トランス、チョークコイルなどの電子部品では、コイルの材料として、絶縁被覆を有する導線が用いられている。このような電子部品において、導線の絶縁被覆は、コイルにおける巻線間の絶縁性を確保する役割を有する。従来の電子部品では、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂、もしくは、ウレタン樹脂などの樹脂を含む絶縁被覆を設けた導線を用いることが一般的である。たとえば、特許文献1は、エポキシ樹脂を含む絶縁被覆を形成した導線を開示しており、特許文献2では、共重合ポリアミド樹脂を含む絶縁被覆を形成した導線を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許2890280号
【特許文献2】特開平3-089414号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、高い耐熱性を有する絶縁被覆導線を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の第1の観点に係る絶縁被覆導線は、
Cuを含む金属導体部と、前記金属導体部を覆う絶縁層と、を有し、
前記絶縁層が、Si、Tiおよび酸素を含み、
前記絶縁層におけるSiおよびTiの合計含有量に対するTi含有量の比率が、2.5at%以上50at%以下である。
【0006】
前記絶縁層は、1μm以上220μm以下の平均厚みを有していてもよい。
【0007】
本開示の第2の観点に係る絶縁被覆導線は、
Cuを含む金属導体部と、前記金属導体部を覆う無機絶縁層と、を有し、
前記無機絶縁層が、SiおよびTiを含有する酸化物を含み、
前記無機絶縁層におけるSiおよびTiの合計含有量に対するTi含有量の比率が、2.5at%以上50at%以下である。
【0008】
前記無機絶縁層は、1μm以上200μm以下の平均厚みを有していてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本開示の一実施形態に係る絶縁被覆導線を示す断面図である。
図2図2は、焼成後の無機絶縁層を有する絶縁被覆導線を示す断面図である。
図3図3は、図1および図2に示す絶縁被覆導線を用いたコイルの一例を示す斜視図である。
図4図4は、図3に示すコイルを含む電子部品の一例を示す断面図である。絶縁被覆導線の変形例を示す断面図である。
図5A図5Aは、絶縁被覆導線の変形例を示す断面図である。
図5B図5Bは、絶縁被覆導線の他の変形例を示す断面図である。
図6図6は、図5Aに示す絶縁被覆導線を用いたコイルの一例を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示の一実施形態を、図面を参照しつつ説明する。以下に説明する本開示の実施形態は、本開示を説明するための例示である。本開示の実施形態に係る各種構成要素、例えば数値、形状、材料、製造工程などは、技術的に問題が生じない範囲内で改変したり変更したりすることができる。また、本開示の図面に表された形状等は、実際の形状等とは必ずしも一致しない。説明のために形状等を改変している場合があるためである。
【0011】
本実施形態の絶縁被覆導線2は、金属導体部6と、当該金属導体部6を覆う絶縁層8と、を有する線材である。絶縁被覆導線2の断面形状は、特に限定されず、絶縁被覆導線2は、円形、楕円形、矩形、正方形、もしくは、その他多角形の断面形状を有していてもよい。たとえば、図1および図2に示す丸線状の絶縁被覆導線2では、金属導体部6が、円状の断面形状を有する。なお、図1および図2は、いずれも、絶縁被覆導線2の長手方向(Y軸方向)と直交する断面を例示しており、各図におけるX軸、Y軸、およびZ軸は相互に垂直である。
【0012】
図1および図2に示すような丸線状の絶縁被覆導線2の場合、たとえば、金属導体部6の平均直径Dは、0.1mm以上1.5mm以下であることが好ましい。なお、この平均直径Dの範囲は、絶縁被覆導線2をインダクタなどのコイルに適用する場合に好適な寸法範囲を例示したものであり、金属導体部6の寸法は、いずれの用途であっても、上記の寸法範囲に必ずしも限定されない。
【0013】
金属導体部6は、電流が流れる部位であり、絶縁被覆導線2における中心的役割を担う。そのため、金属導体部6は、金属成分で構成してあり、少なくともCuを含む。たとえば、金属導体部6は、純銅、もしくは、銅合金であってもよい。金属導体部6の詳細な組成は、特に限定されないが、Cuが、金属導体部6の少なくとも50wt%を占める主成分であることが好ましく、金属導体部6におけるCuの含有率は、70wt%以上であることがより好ましい。金属導体部6が銅合金の場合、金属導体部6には、Cuに加えて、Ag、Ni、Al、Zn、Be、Sn、および、Mnなどから選択される1種以上の元素が含まれていてもよい。金属導体部6の組成は、たとえば、エネルギー分散型X線分析(EDS)、もしくは、波長分散型X線分析(WDS)により解析することができる。
【0014】
絶縁層8は、金属導体部6を覆う絶縁材料からなる被覆である。金属導体部6の表面に対する絶縁層8の被覆率は、90%以上であることが好ましく、100%であることがより好ましい。当該被覆率は、絶縁被覆導線2の長手方向と直交する断面を観察することで算出すればよい。絶縁層8は、絶縁被覆導線2の最も外側に位置し、絶縁層8の表面が、絶縁被覆導線2の最表面2sを成している。
【0015】
絶縁層8の平均厚みTAveは、特に限定されない。絶縁被覆導線2をインダクタなどのコイルに適用する場合、絶縁層8の平均厚みTAveは、1μm以上220μm以下であることが好ましく、1μm以上200μm以下であることがより好ましい。インダクタなどのコイルでは、平均厚みTAveを上記の範囲に設定することで、巻線間の絶縁抵抗を高く維持しつつ、漏れ磁束の増加を抑制することができる。絶縁層8の厚みtのばらつきは、平均厚みTAveの±10%の範囲内であることが好ましく、平均厚みTAveの±5%の範囲内であることがより好ましい。換言すると、絶縁層8の厚みtの公差が、±10%の範囲内であることが好ましく、±5%の範囲内であることがより好ましい。
【0016】
絶縁層8の平均厚みTAveを算出する際には、絶縁被覆導線2の断面を少なくとも10箇所、解析することが好ましく、各断面における絶縁層8の厚みtを、10箇所以上、計測することが好ましい。また、当該計測により絶縁層8の最大厚みtMAXおよび最小厚みtMINを特定し、TAve、tMAX、および、tMINに基づいて絶縁層8における厚みtの公差(%)を算出すればよい。具体的に、TAveに対するtMAXの偏差(tMAX-TAve)、および、TAveに対するtMINの偏差(tMIN-TAve)を算出し、絶対値が大きい方の偏差をTAveで割ることで、厚みの公差を算出する。つまり、「F1=(|tMAX-TAve|/TAve)×100」、および、「F2=(|tMIN-TAve|/TAve)×100」をそれぞれ算出し、F1およびF2のうち大きい方を、厚みtの公差(%)として採用する。
【0017】
絶縁層8は、少なくともSi、Ti、および酸素を含む。また、絶縁層8におけるSiおよびTiの合計含有量に対するTi含有量の比率(Ti/(Si+Ti))が、2.5at%以上50at%以下であり、5.0at%以上40at%以下であることがより好ましく、7.5at%以上25at%以下であることがさらに好ましい。上記のように、絶縁層8におけるTi/(Si+Ti)比率を2.5at%以上50at%以下に設定することで、絶縁層8の厚みのばらつきを小さくすることができ、かつ、高い耐熱性が得られる。
【0018】
絶縁層8は、ゾルゲル法にて形成することが好ましい。ゾルゲル法で絶縁層8を形成する場合、焼成前と、焼成後とで、金属導体部6の仕様(寸法および材質など)は変化しないが、絶縁層8の状態が変化する。本実施形態では、焼成前の絶縁層8を「未焼成絶縁層8A」と称し、焼成後の絶縁層8を「無機絶縁層8B」と称する。未焼成絶縁層8Aおよび無機絶縁層8Bは、いずれも、2.5at%≦(Ti/(Si+Ti))≦50at%を満たすが、未焼成絶縁層8Aは、有機物を含有する被覆であるのに対して、無機絶縁層8Bは、有機物を実質的に含まない酸化物の被膜である。以下、絶縁層8の形成方法の一例と共に、未焼成絶縁層8Aおよび無機絶縁層8Bの特徴について詳述する。
【0019】
ゾルゲル法で絶縁層8を形成する際には、まず、液状のSi源とTi源とを混ぜ合わせて、コーティング液を調製する。
【0020】
コーティング液で使用するSi源は、特に限定されないが、たとえば、アルコキシシランを用いることが好ましい。アルコキシシランとしては、モノアルコキシシラン、ジアルコキシシラン、トリアルコキシシラン、テトラアルコキシシランが例示される。モノアルコキシシランとしては、トリメチルメトキシシラン、トリメチルエトキシシラン、トリメチル(フェノキシ)シラン等が例示される。ジアルコキシシランとしては、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、ジイソプロピルジメトキシシラン、ジイソブチルジメトキシシラン、t-ブチルメチルジメトキシシラン、t-ブチルメチルジエトキシシラン等が例示される。トリアルコキシシランとしては、トリメトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、n-プロピルトリエトキシシラン、デシルトリメトキシシラン、デシルトリエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン等が例示される。テトラアルコキシシランとしては、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトライソプロポキシシラン等が例示される。Si源としては、1種類のアルコキシシランを用いてもよく、2種類以上のアルコキシシランを併用してもよい。
【0021】
コーティング液で使用するTi源は、特に限定されないが、たとえば、チタンアルコキシド、もしくは、チタンキレートを用いることが好ましい。チタンアルコキシドとしては、チタンテトラメトキシド、チタンテトラエトキシド、チタンテトラ-n-プロポキシド、チタンテトライソプロポキシド、チタンテトラ-n-ブトキシド等が例示される。チタンキレートとしては、チタンアセチルアセトネート、チタンテトラアセチルアセトネート、チタンエチルアセトアセテート、チタンオクチレングリコレート、チタンエチルアセトアセテート、チタンラクテートアンモニウム塩、チタンラクテート、チタントリエタノールアミネート等が例示される。Ti源としては、1種類のチタンアルコキシドまたはチタンキレートを用いてもよく、2種類以上のチタンアルコキシドまたは/およびチタンキレートを用いてもよい。
【0022】
絶縁層8におけるTi/(Si+Ti)比は、コーティング液におけるSi源とTi源の配合比により制御すればよい。なお、コーティング液の粘性を調整するために、コーティング液には、Si源およびTi源の他に、適宜、有機溶媒を添加してもよい。この場合、使用する有機溶媒は、特に限定されない。たとえば、有機溶媒として、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、アセトン、もしくは、メチルエチルケトンを用いてもよい。
【0023】
次に、上記のコーティング液を用いて、ディップコーティング法により未焼成絶縁層8Aを形成する。具体的に、ディップコーティング法では、金属導体部6のみからなる線材を上記のコーティング液に浸し、その後、コーティング液から取り出した線材を乾燥させる。コーティング液に浸す前の金属導体部6のみからなる線材としては、公知の方法で製造した線材を準備すればよい。また、線材をコーティング液に浸漬する工程は、複数回、実施してもよい。未焼成絶縁層8Aの厚みtAは、コーティング液への浸漬時間、および、コーティング液への浸漬回数などによって制御できる。たとえば、コーティング液への1回あたりの浸漬時間は、1秒~300秒としてもよく、コーティング液への浸漬回数は、1回~10回としてもよい。
【0024】
なお、浸漬工程を複数回実施する場合は、各浸漬の後に、乾燥処理を実施すればよく、乾燥処理の条件は、特に限定されない。たとえば、1回あたりの乾燥温度を50℃以上300℃未満に設定してもよく、1回あたりの熱乾燥時間を0.5時間~3時間に設定してもよい。
【0025】
上記のディップコーティング法により、金属導体部6の表面に、未焼成絶縁層8Aが形成される。なお、未焼成絶縁層8Aの形成方法は、ディップコーティング法に限定されず、スプレーコーティング法などの他の形成方法を採用してもよい。
【0026】
乾燥処理した後の未焼成絶縁層8A(図1)は、Si源およびTi源に由来する高分子化合物などの有機物を含む、乾燥ゲルの被覆である。未焼成絶縁層8Aに含まれる有機物の分子構造は、コーティング液で使用するSi源およびTi源の種類、および、乾燥の度合いなどによって変化すると考えられる。未焼成絶縁層8Aに含まれる有機物の構造解析は、困難な場合があり、分子構造は特に限定されないが、未焼成絶縁層8Aの有機物は、少なくともSiおよびTiを含む。その他に、未焼成絶縁層8Aの有機物は、有機物の一般的な構成元素であるC(炭素)、H(水素)、および、O(酸素)を含む。
【0027】
ここで、「SiおよびTiを含む有機物」とは、分子鎖中に、Siを介する結合、および、Tiを介する結合が含まれる有機化合物を意味する。Siを介する結合としては、たとえば、Si-O、Si-H、Si-OH、Si-OR(Rは、有機官能基)などが挙げられる。同様に、Tiを介する結合としては、たとえば、Ti-O、Ti-H、Ti-OH、Ti-ORなどが挙げられる。前述のとおり、未焼成絶縁層8Aにおける有機物の構造解析は、容易ではないため、Siを介する結合、および、Tiを介する結合は、特に限定されないが、少なくともSi-OおよびTi-Oが、未焼成絶縁層8Aの有機物に含まれていると考えられる。
【0028】
未焼成絶縁層8Aには、有機物の一部が分解することで生じる酸化物が含まれていてもよい。つまり、未焼成絶縁層8Aは、有機物と無機物とを含む複合体であってもよい。有機物の分解により生じる酸化物としては、たとえば、SiO2、TiO2、および、Si-Ti-O(SiおよびTiを含む複合酸化物)が挙げられる。
【0029】
上述のとおり、SiおよびTiは、未焼成絶縁層8Aにおいて、高分子化合物の骨格中に存在していると考えられ、一部のSiおよびTiは、酸化物として存在していてもよい。未焼成絶縁層8AにおけるTi/(Si+Ti)比率は、2.5at%以上50at%以下であり、5.0at%以上40at%以下であることがより好ましく、7.5at%以上25at%以下であることがさらに好ましい。
【0030】
未焼成絶縁層8AにおけるSiの含有量(at%)、Tiの含有量(at%)、および、Ti/(Si+Ti)比率は、たとえば、EDSまたはWDSを用いた点分析により算出することができる。EDSまたはWDSの点分析は、少なくとも10箇所で実施し、その平均値を算出することが好ましい。点分析で検出される元素の合計を100at%とすると、未焼成絶縁層8AにおけるSiおよびTiの合計含有量は、必ずしも限定されないが、たとえば、1at%以上10at%以下であることが好ましい。
【0031】
未焼成絶縁層8Aは、CおよびHを含むが、これらの元素は、後述する焼成過程において消失する。未焼成絶縁層8Aに含まれる元素のうち、焼成で消失する元素の含有割合ROは、75wt%以上、90wt%以下であることが好ましい。未焼成絶縁層8Aにおける当該含有割合ROは、示差熱・熱重量同時測定装置(TG-DTA)を用いて算出すればよい。具体的に、TG-DTAによる解析では、未焼成絶縁層8Aを有する絶縁被覆導線2から採取した測定試料を、一定の昇温速度で、700℃まで加熱する。この際の測定試料の重量変化から、焼成で焼失する元素の含有割合ROを算出すればよい。
【0032】
なお、未焼成絶縁層8Aには、B、Al、Zn、P、Ta、Nb、Bi、Ba、Ca、V、Ge、および、Teから選択される1種以上の元素が含まれていてもよい。これらの元素は、コーティング液中に意図的に添加してもよいし、不純物として未焼成絶縁層8Aに含まれていてもよい。
【0033】
未焼成絶縁層8Aの平均厚みT1Aveは、必ずしも限定されないが、1.5μm以上220μm以下であることが好ましい。また、未焼成絶縁層8Aの厚みtAの公差は、±10%の範囲内であることが好ましく、±5%の範囲内であることがより好ましい。
【0034】
未焼成絶縁層8Aを有する絶縁被覆導線2を、所定の条件で熱処理(焼成処理)し、未焼成絶縁層8Aを焼結させることで、図2に示すような無機絶縁層8Bを有する絶縁被覆導線2が得られる。熱処理の条件は、特に限定されないが、たとえば、保持温度を300℃以上900℃以下に設定することが好ましく(より好ましくは500℃以上900℃以下)、温度保持時間を0.5時間以上10時間以下に設定することが好ましい。また、熱処理は窒素などの不活性雰囲気中で行ってもよい。
【0035】
未焼成絶縁層8AにはSiおよびTiを含む有機物が存在するが、上記の熱処理により、当該有機物が分解および酸化し、SiおよびTiを含有する酸化物の被覆が形成される。つまり、有機物中のSiおよびTiは、無機絶縁層8Bに残存し、酸化物となる。その一方で、未焼成絶縁層8Aに含まれる炭素および水素などの有機物由来の元素の大半は、未焼成絶縁層8Aが酸化または/および相変化する過程で、気化し、消失する。たとえば、未焼成絶縁層8A中の炭素は、CO2ガスとなって、絶縁層中から消失する。また、未焼成絶縁層8A中の水素は、水蒸気(H2O)となって、絶縁層中から消失する。
【0036】
上記のとおり、焼成後の無機絶縁層8Bは、少なくともSiおよびTiを含有する酸化物を含み、有機物を実質的に含まないことが好ましい。無機絶縁層8Bにおける有機物の含有量(残存量)は、TG-DTAを用いて解析することができる。具体的に、TG-DTAによる解析では、無機絶縁層8Bを有する絶縁被覆導線2から採取した測定試料を、一定の昇温速度で、700℃まで加熱する。そして、300℃~700℃の温度範囲における測定試料の重量変化から有機物の含有量を算出すればよい。たとえば、300℃での試料重量を基準として、300℃から700℃までの温度範囲における試料重量の変化率が、±3%の範囲内(つまり、-3%以上、+3%以下の範囲内)である場合は、無機絶縁層8Bが「有機物を実質的に含まない」と判断してよい。
【0037】
絶縁層8におけるTi/(Si+Ti)比率は、焼成の前後で殆ど変化しないため、無機絶縁層8BにおけるTi/(Si+Ti)比率は、2.5at%以上50at%以下であり、5.0at%以上40at%以下であることがより好ましく、7.5at%以上25at%以下であることがさらに好ましい。
【0038】
また、無機絶縁層8Bは、Si、Ti、および酸素以外のその他の元素が含まれていてもよい。その他の元素としては、たとえば、B、Al、Zn、P、Ta、Nb、Bi、Ba、Ca、V、Ge、および、Teなどが挙げられる。無機絶縁層8Bに含まれる酸素を除く元素の合計含有量を100at%とすると、無機絶縁層8BにおけるSiおよびTiの合計含有量は、70at%以上であることが好ましく、80at%以上であることがより好ましい。
【0039】
無機絶縁層8BにおけるSiの含有量(at%)、Tiの含有量(at%)、および、Ti/(Si+Ti)比率は、未焼成絶縁層8Aの解析と同様に、EDSまたはWDSを用いた点分析により算出することができる。EDSまたはWDSの点分析は、少なくとも10箇所で実施し、その平均値を算出することが好ましい。
【0040】
なお、無機絶縁層8Bは、粒状物または/および繊維状物質が堆積したような様態ではなく、緻密性や均質性の高い被膜であることが好ましい。たとえば、無機絶縁層8Bでは、SiおよびTiが、局所的に偏在することなく、一様に分布していることが好ましく、Siの存在箇所とTiの存在箇所とが重複していることが好ましい。無機絶縁層8BにおけるSiおよびTiの分布は、たとえば、EDSまたはWDSを用いたマッピング分析により確認することができる。当該分析で得られるマッピング像では、測定対象元素(Si,Ti)の濃度が、検出ピーク(各測定点で検出された特性X線のピーク)の積分強度に応じた輝度として表されており、測定対象元素が偏在しているか否かを目視で確認できる。また、マッピング分析で得られる輝度もしくは積分強度のデータを母集団として、その母集団の平均値、標準偏差、および変動係数(標準偏差/平均値)などを算出することで、測定対象元素の分布を定量的に評価することができる。たとえば、無機絶縁層8Bにおいては、Si分布の変動係数、および、Ti分布の変動係数が、いずれも、0.5以下であることが好ましい。
【0041】
上記のとおり、無機絶縁層8Bでは、SiおよびTiを含む酸化物が主相であって、当該主相が均質に分散していることが好ましい。たとえば、無機絶縁層8Bにおける主相の面積割合は、80%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましい。換言すると、無機絶縁層8Bの断面において、主相以外のその他の相の合計面積割合は、20%以下であることが好ましく、10%以下であることがより好ましい。その他の相とは、SiおよびTiを含む酸化物とは組成が異なる酸化物、残留炭素などが挙げられる。なお、上述した各面積割合は、SEMや光学顕微鏡等で無機絶縁層8Bの断面を解析することで算出すればよく、断面解析時の視野範囲は、たとえば、100×100μm2~500×500μm2としてもよい。
【0042】
無機絶縁層8Bの平均厚みT2Aveは、必ずしも限定されないが、1μm以上200μm以下であることが好ましい。また、未焼成絶縁層8Aの厚みtBの公差は、±10%の範囲内であることが好ましく、±5%の範囲内であることがより好ましい。
【0043】
絶縁被覆導線2の用途は、特に限定されないが、絶縁被覆導線2は、インダクタ、トランス、チョークコイルなどの電子部品用のコイルとして特に好適に用いることができる。たとえば、図3が、絶縁被覆導線2からなるコイル20を例示した斜視図である。
【0044】
図3のコイル20は、絶縁被覆導線2が、Z軸に沿って螺旋状に巻回してある構造を有している。図3のコイル20では、整列多層巻きの巻回方式が採用されているが、絶縁被覆導線2の巻回方式は、特に限定されない。たとえば、一層整列巻き、不均等巻き、斜行巻き、または、スペース巻きなどの巻回方式を採用してもよい。コイル20における絶縁被覆導線2の巻き数は、特に限定されず、所望のコイル特性に応じて適宜決定すればよい。たとえば、絶縁被覆導線2の巻き数は、0.5ターン~100ターンとしてもよい。また、絶縁被覆導線2が多層巻きしてある場合、巻線の層数は、特に限定されず、たとえば、2~10層としてもよい。
【0045】
コイル20では、絶縁被覆導線2の端部2e1,2e2が、それぞれ、巻回部分からX軸方向の外側に向かって引き出されている。この端部2e1,2e2には、それぞれ、図示しない外部端子が接続可能であり、端部2e1,2e2では、絶縁層8が部分的に除去されて金属導体部6が露出した領域が存在していてもよい。なお、端部2e1,2e2の形状や引出方向は、特に限定されない。
【0046】
コイル20を製造する際には、絶縁層8を形成してから絶縁被覆導線2を所定の方式で巻回してもよい。もしくは、金属導体部6のみからなる線材をコイル状に巻回した後に、ディップコーティング法等により金属導体部6の表面に未焼成絶縁層8Aを形成してもよい。絶縁層8を形成してから絶縁被覆導線2を巻回する場合、絶縁層8を焼成する前に絶縁被覆導線2を巻回してもよいし、絶縁層8を焼成した後で絶縁被覆導線2を巻回してもよい。つまり、未焼成絶縁層8Aを有する絶縁被覆導線2を巻回してコイル形状を形成してもよいし、焼成後の無機絶縁層8Bを有する絶縁被覆導線2を巻回してコイル形状を形成してもよい。
【0047】
図3に示すようなコイル20は、いずれも、空芯コイルとして回路に組み込んでもよいし、磁心と組み合わせて使用してもよい。コイル20を、磁心を擁する電子部品に適用する場合、非磁性材料からなるボビンに絶縁被覆導線2を巻回することでコイル20を構成し、ボビンと磁心とを組み合わせてもよい。また、コイル20の内周壁内に磁心を挿入してもよいし、磁心の外面に絶縁被覆導線2を巻回することでコイル20を構成してもよい。さらに、コイル20は、磁性粉末と樹脂とを含む圧粉磁心の内部に埋設して使用してもよい。特に、絶縁被覆導線2が高い耐熱性を有するため、コイル20は、焼結体からなる磁心の内部に埋設することができる。たとえば、図4が、コイル20を含む電子部品の一例を示す断面図である。
【0048】
図4に示す電子部品100は、磁心40と、磁心の内部に存在するコイル20と、図示しない外部端子とを有する。磁心40は、磁性粉末の焼結体であり、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、もしくは、シリコーン樹脂のような樹脂成分を含まない。磁心40の形状および寸法は特に限定されない。また、磁心40の磁性粉末も、特に限定されず、たとえば、軟磁性金属粉末を用いることが好ましい。軟磁性金属粉末としては、たとえば、Fe-Ni合金粉、Fe-Si合金粉、Fe-Si-Cr合金粉、Fe-Co合金粉、Fe-Si-Al合金粉、Fe基アモルファス合金粉、および、Fe基ナノ結晶合金粉などが挙げられる。磁性粉末の粒度は特に限定されず、たとえば、磁性粉末の平均粒径は、1μm以上100μm以下としてもよい。
【0049】
磁性粉末が上記のような軟磁性金属粒子で構成してある場合、各軟磁性金属粒子の表面には、金属表面の酸化による被膜や、無機化合物を含むコーティング層などの絶縁被膜が形成してあってもよい。この場合、隣接する軟磁性金属粒子が、絶縁被膜を介して互いに接しているか、Si系酸化物を含む粒界相を介して接合している。換言すれば、粒子間には樹脂などの有機物成分が介在しない。軟磁性金属粒子の表面に形成する絶縁被膜の平均厚みは、特に限定されず、たとえば、5nm以上200nm以下としてもよい。
【0050】
なお、磁心40の磁性粉末は、粒子の組成、または/および、粒径が異なる2種以上の粒子群を含む混合粉であってもよい。たとえば、粒径が25μm以上であるFe-Si合金粒子と、粒径が5μm未満である純Fe粒子とを混ぜ合わせた磁性粉末を用いてもよい。
【0051】
電子部品100では、コイル20が、焼結体よりなる磁心40の内部に存在しており、コイル20の周囲が焼結した磁性粉末で覆われている。このように、コイル20が焼結体の内部に存在する場合、絶縁被覆導線2では、絶縁層8が、焼結後の無機絶縁層8Bとして存在する。
【0052】
また、コイル20を構成している絶縁被覆導線2の端部2e1,2e2は、それぞれ、磁心40の内部から磁心40の外面に引き出されており、磁心40の外面に存在する外部端子に対して電気的に接続してある。端部2e1,2e2と外部端子の接続部分では、局所的に無機絶縁層8Bが除去してあり、金属導体部6と外部端子とが直に接触している。
【0053】
電子部品100の製造方法は特に限定されない。たとえば、磁心40はプレス成形で製造してもよい。まず、成形用金型のキャビティ内にコイル20を設置する。そして、磁性粉末とバインダとを混ぜ合わせた複合材をキャビティ内に充填し、所定の圧力でキャビティ内を加圧する。その後、コイル20が埋設してある成形体を、焼成することで、コイル20を含む焼結体として磁心40が得られる。焼成の条件は、磁性粉末が焼結する条件に設定すればよく、特に限定されない。例えば、焼成温度を500℃以上900℃以下とし、焼成時間を0.5時間~10時間としてもよい。なお、焼成の前には、脱バインダ処理を実施してもよい。
【0054】
なお、電子部品100の製造では、無機絶縁層8Bを有するコイル20を成形体中に埋設してもよい。もしくは、未焼成絶縁層8Aを有するコイル20を成形体中に埋設し、磁心40の焼成と同時に未焼成絶縁層8Aを焼成してもよい。生産効率の観点では、後者のように、磁心40の焼成時に絶縁層8を焼成させることが好ましい。
【0055】
ここで、一般に焼結体よりなる磁心は、磁性粉末と樹脂とを含む圧粉磁心よりも高密度である。そのため、磁性粉末と樹脂とを含む圧粉磁心よりも焼結体よりなる磁心の方が高透磁率であることがほとんどである。
【0056】
しかし、樹脂(たとえば、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂、もしくは、ウレタン樹脂など)を含む絶縁被膜を擁する従来の導線でコイルを形成した場合、上記のように磁心を焼結させると、コイル表面の絶縁被膜が焼失してしまう。もしくは、コイル表面の絶縁被膜中の樹脂が炭化することで、絶縁被膜の電気抵抗が著しく低下してしまう。その結果、コイルにおける導線間の絶縁性が損なわれ、インダクタンスが低下してしまう。これに対して、絶縁被覆導線2からなるコイル20を使用した場合、磁心40の焼成過程で絶縁層8が高い耐熱性を有する無機絶縁層8Bとなるため、磁心40を焼成した後においても、コイル20における巻線間の絶縁性を維持することができる。つまり、電子部品100においては、「高透磁率を有する焼結体よりなる磁心40」と「巻線間の絶縁性を維持したコイル20」とが両立している。その結果、電子部品100は、磁性粉末と樹脂とを含む圧粉磁心からなる電子部品よりも、高いインダクタンスを得ることができる。
【0057】
(実施形態のまとめ)
本実施形態の絶縁被覆導線2は、Cuを含む金属導体部6と、金属導体部6を覆う絶縁層8と、を有する。絶縁層8は、Si、Ti、および酸素を含み、絶縁層8におけるSiおよびTiの合計含有量に対するTi含有量の比率(Ti/(Si+Ti))が、2.5at%以上50at%以下である。
【0058】
絶縁層8は、ゾルゲル法により形成され、焼成の前後で、Ti/(Si+Ti)は、殆ど変動しない。つまり、絶縁層8を焼成させた後の状態の絶縁被覆導線2は、Cuを含む金属導体部6と、金属導体部6を覆う無機絶縁層8Bと、を有する。無機絶縁層8Bは、SiおよびTiを含有する酸化物を含み、無機絶縁層8BにおけるSiおよびTiの合計含有量に対するTi含有量の比率(Ti/(Si+Ti))が、2.5at%以上50at%以下である。
【0059】
絶縁層8(8A,8B)が、2.5at%≦(Ti/(Si+Ti))≦50at%を満たすことで、絶縁層8の均一性を向上させることができる。また、絶縁層8(8A,8B)が、2.5at%≦(Ti/(Si+Ti))≦50at%を満たすことで、500℃以上の高温で加熱した後においても、絶縁層8により高い絶縁抵抗が得られる。つまり、絶縁被覆導線2が所定のTi/(Si+Ti)を満たす絶縁層8(8A,8B)有することで、高い耐熱性が得られる。
【0060】
絶縁被覆導線2では、絶縁層8の平均厚みTAveが1μm以上220μm以下であることが好ましい。特に、焼成後の無機絶縁層8Bの平均厚みT2Aveが、1μm以上200μm以下であることが好ましい。上記の平均厚みを満たすことで、絶縁被覆導線2の耐熱性がさらに向上する。また、絶縁被覆導線2をインダクタなどのコイルに適用する場合、上記の平均厚みを満たすことで、コイル断面において、導体(金属導体部6)の占積率を十分に確保することができる。その結果、漏れ磁束の増加によるインダクタンスの低下を抑制できる。
【0061】
以上、本開示の実施形態について説明してきたが、本開示は、上述した実施形態に何等限定されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲内において種々に改変することができる。
【0062】
たとえば、前述のとおり、絶縁被覆導線の断面形状は特に限定されず、図5Aに示す平角線状の絶縁被覆導線2αのように、略矩形の断面形状を有していてもよい。絶縁被覆導線2αのような平角線の場合、金属導体部6のX軸方向の幅Wx(長幅)は、たとえば、0.1mm以上2.5mm以下であることが好ましく、金属導体部6のZ軸方向の幅Wz(短幅)は、たとえば、0.1mm以上1.0mm以下であることが好ましい。上記の寸法は、絶縁被覆導線2αをインダクタなどのコイルに適用する場合に好適な範囲であって、平角線における金属導体部6の寸法は、用途に寄らず特に限定されない。
【0063】
図6に示すコイル20αは、図5Aに示す平角線状の絶縁被覆導線2αを用いたコイルの一例である。図6に示すように、コイル20αでは、エッジワイズ方式が採用されており、長幅(図5A示すWx)の方向がZ軸(巻回軸)と交差するように、絶縁被覆導線2αがZ軸に沿って巻回されている。平角線状の絶縁被覆導線2αを用いる場合の巻回方式は、図6に限定されず、フラットワイズ方式を採用してもよい。フラットワイズ方式の場合は、長幅(図5Aに示すWx)の方向がZ軸(巻回軸)と一致するように、絶縁被覆導線2αを巻回する。平角線状の絶縁被覆導線2αを用いる場合においても、絶縁被覆導線2αの巻き数は、特に限定されず、所望のコイル特性に応じて適宜決定すればよい。
【0064】
また、金属導体部6は、組成が異なる2以上の領域を有していてもよい。たとえば、金属導体部6は、図5Bに示す絶縁被覆導線2βのように、本体部6aと、金属被覆層6bと、を有していてもよい。図5Bでは、絶縁被覆導線2βが円状の断面形状を有する丸線であるが、図5Aに示すような平角線の場合でも、金属導体部6が、本体部6aと、金属被覆層6bと、を有していてもよい。金属被覆層6bは、本体部6aを覆う金属成分からなる層であり、メッキ法や蒸着法などで形成してもよい。また、金属被覆層6bは、2種以上のメッキ層を積層した構造を有していてもよい。なお、金属導体部6が金属被覆層6bを有する場合、絶縁層8は、金属被覆層6bの表面を覆い、絶縁被覆導線2βの最も外側に位置する。金属導体部6の本体部6aと、絶縁層8との間に金属被覆層6bを形成することで、絶縁被覆導線2βの可撓性が向上する可能性がある。
【0065】
図5Bに示す絶縁被覆導線2βの場合、Cuは、本体部6aまたは金属被覆層6bのいずれか一方に含まれていてもよいし、本体部6aおよび金属被覆層6bの両方に含まれていてもよい。たとえば、本体部6aを純銅もしくは銅合金とし(すなわち本体部6aの主成分をCuとし)、当該本体部6aの表面に、Ni、Cr、Al、Ag、および、Znから選択される1種以上を含む金属被覆層6bを形成してもよい。もしくは、本体部6aを純AlもしくはAl合金とし、当該本体部6aの表面にCuを含む金属被覆層6bを形成してもよい(所謂、銅被覆アルミ線)。
【0066】
金属被覆層6bの平均厚みは、特に限定されず、たとえば、10μm以上150μm以下としてもよい。また、本体部6aは、図1における平均直径D、もしくは、図5Aにおける幅Wx,Wzと同様の寸法を有していてもよい。
【実施例0067】
以下、本開示をさらに詳細な実施例に基づき説明するが、本開示はこれら実施例に限定されない。
【0068】
(実験1)
実験1では、以下に示す手順で、試料A1~試料A17に係る絶縁被覆導線を製造した。まず、Si源であるトリメトキシシラン、および、Ti源であるチタンテトラ-n-ブトキシドを準備し、これら原料を用いてコーティング液を調製した。具体的に、試料A2~試料A16では、絶縁層におけるTi/(Si+Ti)比が表1に示す値となるように、Si源およびTi源の配合比を制御した。また、試料A1のコーティング液には、Si源のみを添加し、試料A17のコーティング液には、Ti源のみを添加した。
【0069】
次に、500μmの平均直径Dを有するCu線を準備し、当該Cu線を上記のコーティング液に30秒間浸し、静置した。その後、コーティング液から取り出したCu線を、乾燥させた。乾燥処理では、保持温度を100℃に設定し、温度保持時間を30分に設定した。このコーティング液への浸漬と乾燥処理とを、3回繰り返すことで、絶縁層(未焼成絶縁層)を有する絶縁被覆導線を得た。各試料における焼成前の絶縁被覆導線について、以下に示す評価を実施した。
【0070】
絶縁層の平均厚みおよび厚み公差の計測
絶縁被覆導線の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、Cu線の表面に存在する未焼成絶縁層の厚みtAを計測した。絶縁被覆導線の断面は、各試料につき、それぞれ10箇所解析し、各断面において未焼成絶縁層の厚みtAを10箇所計測した。当該測定で得られた厚みtAのデータから、平均厚みT1Ave、最大厚みt1MAX、および、最小厚みt1MINを算出した。また、「F1=(|t1MAX-T1Ave|/T1Ave)×100」、および、「F2=(|t1MIN-T1Ave|/T1Ave)×100」をそれぞれ算出し、F1およびF2のうち大きい方を、厚みtAの公差(%)として採用した。
【0071】
絶縁層の厚みの均一性については、厚み公差が±10%の範囲内である試料を良好と判定し、厚み公差が±5%の範囲内である試料を特に良好と判定した。
【0072】
絶縁層の成分分析
SEMによる断面解析時に、EDSによる点分析を実施し、未焼成絶縁層に含まれるSiの含有量(at%)およびTiの含有量(at%)を測定した。なお、点分析は、少なくとも10箇所で実施し、平均値としてSiおよびTiの含有量を算出した。そして、当該測定結果に基づいて、未焼成絶縁層におけるSiおよびTiの合計含有量に対するTi含有量の比率(Ti/(Si+Ti))を算出した。
【0073】
絶縁層による絶縁抵抗の測定
コーティング後、焼成前の絶縁層(未焼成絶縁層)による絶縁抵抗(Ω)を、HP製ハイレジスタンスメータ4339Bを用いて測定した。当該測定に際しては、表面の1/2に相当する未焼成絶縁層を局所的に除去した。そして、測定用端子の一方を、未焼成絶縁層を除去した箇所(すなわち金属導体部であるCuが露出している箇所)に押し当て、かつ、測定用端子の他の一方を未焼成絶縁層の表面に押し当てて、絶縁抵抗を測定した。未焼成絶縁層の絶縁抵抗については、1×107Ω以上を合格と判定した。なお、表1の絶縁抵抗の欄に示す「ND」は、絶縁抵抗が1×103Ω未満であり、絶縁抵抗が測定できなかったことを意味する。
【0074】
<絶縁層の焼成>
上記の焼成前の評価において、絶縁抵抗を計測できた試料(試料A5~試料A17)では、絶縁層を焼結させるために、絶縁被覆導線に対して熱処理(焼成処理)を施した。熱処理では、保持温度を700℃に設定し、温度保持時間を1時間に設定した。当該熱処理により絶縁層が焼結し、無機絶縁層を有する絶縁被覆導線が得られた。
【0075】
各試料における焼成後の絶縁被覆導線について、焼成前と同様の方法で、無機絶縁層の平均厚みおよび厚み公差の計測、無機絶縁層の成分分析、および、無機絶縁層による絶縁抵抗の測定、を実施した。また、焼成後に形成された無機絶縁層の外観を検査し、無機絶縁層におけるクラックの有無を調査した。
【0076】
耐熱性の評価
絶縁被覆導線の耐熱性は、焼成後の無機絶縁層による絶縁抵抗(Ω)、および、無機絶縁層の外観検査の結果に基づいて、評価した。具体的に、クラックが発生しておらず、かつ、絶縁抵抗が1×106Ω以上である場合、「耐熱性が良好」と判定し、クラックが発生しておらず、かつ、絶縁抵抗が1×1010Ω以上である場合、「耐熱性が特に良好」と判定した。
【0077】
実験1の評価結果を、表1に示す。
【表1】
【0078】
比較例である試料A1~試料A4では、金属導体部であるCuの表面に、酸化物粒子が堆積していることが確認され、連続的な被膜は形成されていなかった。そのため、試料A1~試料A4については、被覆層の厚みを計測しなかった。試料A1~試料A4では、堆積物表面で計測した抵抗値が、金属導体部(Cu線)の抵抗値とほとんど変わらず、十分な抵抗値を有する被覆が形成されなかった。
【0079】
また、比較例である試料A12~試料A17では、絶縁層の厚みの公差が大きく、均一性を確保できなかった。そのため、試料A12~試料A17では、焼成時に発生する熱応力が不均一化し、無機絶縁層の一部にクラックが発生した。つまり、試料A12~試料A17の絶縁被覆導線では、十分な耐熱性が得られなかった。
【0080】
一方、実施例である試料A5~試料A11では、焼成前および焼成後の両方で、厚みの公差が、いずれも、平均厚みの±5%の範囲内であり、均一性の高い絶縁層が形成されていることが確認できた。また、試料A5~試料A11では、700℃の熱処理後においても、高い絶縁抵抗を維持することができ、かつ、クラックの発生も抑制することができた。この結果から、絶縁被覆導線が、2.5at%≦Ti/(Si+Ti)≦50at%を満たす絶縁層を有することで、高い耐熱性が得られることが立証できた。
【0081】
(実験2)
実験2では、未焼成絶縁層の平均厚みが異なる10種類の絶縁被覆導線を製造した。実験2の試料B1~B9では、実験1の試料A6と同じコーティング液を使用し、Ti/(Si+Ti)比を5.2at%に制御した。また、各試料における未焼成絶縁層の平均厚みは、表2に示す値となるように、コーティング工程の繰り返し回数に基づいて、制御した。実験2における上記以外の製造条件は、実験1と同様とし、実験2の各試料について、実験1と同様の評価を実施した。実験2の評価結果を表2に示す。
【0082】
【表2】
【0083】
表2の結果から、未焼成絶縁層の平均厚みを1μm以上220μm以下に設定することで(換言すると無機絶縁層の平均厚みを1μm以上200μm以下に設定することで)、均一で高い絶縁性を有する無機絶縁層が得られることがわかった。
【符号の説明】
【0084】
2,2α,2β … 絶縁被覆導線
2s … 最表面
2e1,2e2 … 端部
6 … 金属導体部
6a … 本体部
6b … 金属被覆層
8 … 絶縁層
8A … 未焼成絶縁層
8B … 無機絶縁層
20,20α … コイル
100 … 電子部品
40 … 磁心
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図6