(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024079478
(43)【公開日】2024-06-11
(54)【発明の名称】締結工具
(51)【国際特許分類】
B25B 23/14 20060101AFI20240604BHJP
B25B 21/02 20060101ALI20240604BHJP
【FI】
B25B23/14 610A
B25B23/14 630M
B25B23/14 620B
B25B21/02 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022192452
(22)【出願日】2022-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】000005094
【氏名又は名称】工機ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136375
【弁理士】
【氏名又は名称】村井 弘実
(74)【代理人】
【識別番号】100079290
【弁理士】
【氏名又は名称】村井 隆
(72)【発明者】
【氏名】石川 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】山口 勇人
(72)【発明者】
【氏名】西河 智雅
【テーマコード(参考)】
3C038
【Fターム(参考)】
3C038AA01
3C038BC04
3C038CA06
3C038CA10
3C038CC04
3C038CC05
3C038EA02
(57)【要約】
【課題】締付トルクの安定化が可能な締結工具を提供する。
【解決手段】演算部42は、モータ3にかかる負荷とモータ3の駆動時間との組合せに関する互いに異なる第1条件または第2条件が満たされた場合に、トリガスイッチ6にモータ駆動操作が行われていてもモータ3を減速または停止させる。第1条件を満たしてモータ3が減速または停止した場合の締付トルクが、第2条件を満たしてモータ3が減速または停止した場合の締付トルクとほぼ同じとなるように、第1条件及び第2条件が設定される。第1条件及び第2条件は、締付トルクを目標値にするための条件であり、過電流保護条件とは異なる条件である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータと、
前記モータの駆動、停止を指示する操作部と、
前記モータにより駆動され、先端工具を保持する先端工具装着部と、
前記モータを制御する制御部と、を有し、
前記制御部は、
前記操作部にモータ駆動操作が行われると前記モータを駆動し、
前記モータにかかる負荷と前記モータの駆動時間との組合せに関する互いに異なる第1条件または第2条件が満たされた場合に、前記操作部に前記モータ駆動操作が行われていても前記モータを減速または停止させる第1モードを有し、
前記第1条件を満たして前記モータが減速または停止した場合の締付トルクが、前記第2条件を満たして前記モータが減速または停止した場合の締付トルクとほぼ同じとなるように、前記第1条件及び前記第2条件が設定されている、
ことを特徴とする締結工具。
【請求項2】
請求項1に記載の締結工具であって、
前記モータに流れる電流を検出する電流検出部を有し、
前記制御部は、前記電流検出部が検出した前記電流により前記負荷を推定する、
ことを特徴とする締結工具。
【請求項3】
請求項2に記載の締結工具であって、
前記制御部は、前記モータに流れる電流とその継続時間の組合せが過電流保護条件を満たすと、前記操作部に前記モータ駆動操作が行われていても前記モータを減速または停止させるよう構成され、
前記第1条件及び前記第2条件はいずれも、前記過電流保護条件とは異なる条件である、
ことを特徴とする締結工具。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の締結工具であって、
前記第1条件は、前記負荷が第1閾値を超えたことを検出した後に前記モータの駆動を第1時間継続することであり、
前記第2条件は、前記負荷が前記第1閾値より大きい第2閾値を超えたことを検出した後に前記モータの駆動を前記第1時間より短い第2時間継続することである、
ことを特徴とする締結工具。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか一項に記載の締結工具であって、
目標トルクを入力する入力部を有し、
前記制御部は、入力された目標トルクに応じて前記第1条件および前記第2条件を変更する、
ことを特徴とする締結工具。
【請求項6】
請求項4に記載の締結工具であって、
締結部材の被締結材に対する傾きの公差を入力する入力部を有し、
前記制御部は、入力された前記公差に応じて前記第1条件を変更する、
ことを特徴とする締結工具。
【請求項7】
請求項4に記載の締結工具であって、
締結部材が被締結材に対して傾斜している場合は前記第1条件を満たして前記モータが減速または停止し、締結部材が被締結材に対して垂直な場合は前記第2条件を満たして前記モータが減速または停止する、
ことを特徴とする締結工具。
【請求項8】
請求項1から3のいずれか一項に記載の締結工具であって、
前記締結部材がアンカーボルトである、
ことを特徴とする締結工具。
【請求項9】
請求項1から3のいずれか一項に記載の締結工具であって、
前記制御部は、前記第1条件又は前記第2条件が満たされても前記モータを停止および減速させない第2モードを有する、
ことを特徴とする締結工具。
【請求項10】
請求項1から3のいずれか一項に記載の締結工具であって、
前記モータの駆動力により前記先端工具を回転打撃する回転打撃機構を有する、
ことを特徴とする締結工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、締結工具に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1は、モータの駆動電流や回転数に基づいて締付トルクを算出し、所定の締付トルクに達したと判断した場合にモータを停止させる締結工具を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
例えばコンクリートに被締結材を固定する場合、コンクリートに下穴を開けてアンカーボルトを設置しておき、アンカーボルトにナットを締め付ける。アンカーボルトは所定の傾斜公差内で設置すればよいため、傾斜状態で設置されるアンカーボルトが存在する。本発明者は、傾斜状態で設置されたアンカーボルトに対して締付け作業を行う場合、締付けトルクが安定しないことを発見した。
【0005】
本発明の目的は、締付トルクの安定化が可能な締結工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のある態様は、締結工具である。この締結工具は、
モータと、
前記モータの駆動、停止を指示する操作部と、
前記モータにより駆動され、先端工具を保持する先端工具装着部と、
前記モータを制御する制御部と、を有し、
前記制御部は、
前記操作部にモータ駆動操作が行われると前記モータを駆動し、
前記モータにかかる負荷と前記モータの駆動時間との組合せに関する互いに異なる第1条件または第2条件が満たされた場合に、前記操作部に前記モータ駆動操作が行われていても前記モータを減速または停止させる第1モードを有し、
前記第1条件を満たして前記モータが減速または停止した場合の締付トルクが、前記第2条件を満たして前記モータが減速または停止した場合の締付トルクとほぼ同じとなるように、前記第1条件及び前記第2条件が設定されている。
【0007】
本発明は「作業機」や「電動工具」、「電気機器」等と表現されてもよく、そのように表現されたものも本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、締付トルクの安定化が可能な締結工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の実施の形態に係る締結工具1の側断面図。
【
図3】(A)は、被締結材55に対して垂直なアンカーボルト51にナット52を締め付けていく途中の状態の断面図。(B)は、被締結材55に対して傾斜したアンカーボルト51にナット52を締め付けていく途中の状態の断面図。(C)は、
図3(A)の状態からナット52の締付が進んだ着座状態の断面図。(D)は、
図3(B)の状態からナット52の締付が進んだ着座状態の断面図。
【
図4】(A)は、被締結材55に対して垂直なアンカーボルト51にナット52を締め付けた場合のモータ3に流れる電流の時間変化を示す図。(B)は、被締結材55に対して傾斜したアンカーボルト51にナット52を締め付けた場合のモータ3に流れる電流の時間変化を示す図。(C)は、
図4(A)の縦軸をI
a~I
bの範囲に限定した拡大図。(D)は、
図4(B)の縦軸をI
a~I
bの範囲に限定した拡大図。
【
図5】(A)は、
図4(C)に第1電流閾値I
th1、第2電流閾値I
th2、第2増締め開始時刻t
start2、第2増締め時間t
add2の記載を追加した図。(B)は、
図4(D)に第1電流閾値I
th1、第1増締め開始時刻t
start1、第1増締め時間t
add1の記載を追加した図。(C)は、アンカーボルト51の最大角度ずれの設定値と第1電流閾値I
th1及び第2電流閾値I
th2との関係を示すグラフ。(D)は、アンカーボルト51の最大角度ずれの設定値と第1回数閾値N
th1及び第2回数閾値N
th2の関係を示すグラフ。(E)は、アンカーボルト51の最大角度ずれの設定値と第1増締め時間t
add1及び第2増締め時間t
add2との関係を示すグラフ。
【
図6】(A)~(F)締付作業用オートストップモードにおける締結工具1の制御フローチャート。
【
図7】(A)は、
図6(A)~(F)に示す制御のうち条件1検出ルーチン(S13)を行わない比較例の制御で多数回の締付作業を行って実際のトルクのデータを取った場合における、実際のトルクと当該トルクに該当するデータの個数との関係を示すグラフ。(B)は、
図6(A)~(F)に示す制御に示す制御で多数回の締付作業を行って実際のトルクのデータを取った場合における、実際のトルクと当該トルクに該当するデータの個数との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1は、本発明の実施の形態に係る締結工具1の側断面図である。
図1により、締結工具1における互いに直交する前後、上下方向を定義する。前後方向は、締結工具1のモータ軸3aと平行な方向である。
【0011】
締結工具1は、インパクトレンチである。締結工具1は、ハウジング2を有する。ハウジング2は、胴体部2a、ハンドル部2b、及び電池パック装着部2cを含む。
【0012】
胴体部2aは、中心軸が前後方向と略平行な筒状部である。ハウジング2は、胴体部2aの前部に接続される例えば金属製のハンマケース11を備える。ハンマケース11の前部表面は、エラストマ等の保護部材であるフロントキャップ12に被覆される。締結工具1は、胴体部2aの下部に、作業箇所を照らす照明LED16を備える。
【0013】
ハンドル部2bは、上端が胴体部2aの前後方向の中間部に接続されて前記中間部から下方に延びる。締結工具1は、ハンドル部2bの上端部に、トリガスイッチ6及び正逆切替レバー13(正逆切替ボタン)を有する。トリガスイッチ6は、ユーザがモータ3の駆動、停止(モータ3の駆動状態)を切替え可能な操作部である。トリガスイッチ6は、無段変速スイッチである。正逆切替レバー13は、ユーザがモータ3の正転と逆転、すなわち後述のアンビル10の正転と逆転を切替え可能な回転方向切替部である。
【0014】
電池パック装着部2cは、ハンドル部2bの下端に設けられ、電池パック7を着脱可能に装着できる。締結工具1は、電池パック7の電力で動作する。締結工具1は、電池パック装着部2cの前部上面に操作パネル20を有する。締結工具1は、電池パック装着部2cの内部に制御基板30を有する。
【0015】
操作パネル20は、作業者の操作により締結工具1の駆動モードを切替可能なモード切替部(モード選択部)であり、また選択されている駆動モードを表示するモード表示部である。駆動モードについては後述する。
【0016】
操作パネル20は、モータ3の無負荷時における最高回転数(以下「設定回転数」)を複数段階から選択する回転数設定部であり、また現在の設定回転数を表示する設定回転数表示部である。
【0017】
操作パネル20は、後述の締付作業用オートストップモードにおける目標トルクを入力する目標トルク入力部である。
【0018】
操作パネル20は、後述の締付作業用オートストップモードにおけるアンカーボルト51(
図3)の傾きの公差(以下「傾き公差」)を入力する傾き入力部である。傾き公差は、アンカーボルト51の傾きとして許容される垂直に対する最大の角度である。
【0019】
なお、操作パネル20の上述した各機能の一部又は全部は、操作パネル20に替えて又は加えて、スマートフォン等の携帯機器にインストールされた管理アプリケーション(以下「管理アプリ」)によって実現されてもよい。作業機1の本体又は電池パック7、及び携帯機器がBluetooth(登録商標)等の近距離無線通信機能を有することで、作業者は、管理アプリの操作により作業機1の各種設定が可能であり、また作業機1の各種設定状況を管理アプリにより確認できる。
【0020】
締結工具1は、胴体部2a及びハンマケース11内に、モータ3、減速機構4、スピンドル5、ハンマ8、スプリング9、及び先端工具装着部としてのアンビル10を有する。減速機構4、スピンドル5、ハンマ8、及びスプリング9は、モータ3の駆動力(回転力)を回転打撃力に変換してアンビル10に作用させる回転打撃機構を構成する。
【0021】
モータ3は、モータ軸3a、ロータ3b、ステータ3cを有する。減速機構4は、モータ3の回転を減速してスピンドル5に伝達する。スピンドル5はハンマ8を回転駆動する。スプリング9は、ハンマ8を前方に付勢する。ハンマ8は、アンビル10を回転ないし回転打撃する。すなわち、アンビル10は、モータ3の駆動力で駆動される。アンビル10は、ハンマケース11に回転可能に支持される。
【0022】
締結工具1は、胴体部2a内の後部に、センサ・インバータ基板15を有する。センサ・インバータ基板15は、
図2に示す温度センサ14やホールIC43、インバータ回路45を搭載する。センサ・インバータ基板15は、モータ3の本体部(モータ3のうちモータ軸3aを除く部分)の後方においてモータ軸3aと略垂直な姿勢で支持される。
【0023】
図2は、締結工具1の回路ブロック図である。コンデンサCは、雑音防止用であり、電池パック7の出力端子間に設けられる。抵抗Rは、電流検出用ないし負荷検出用であって、モータ3に流れる電流(以下「モータ電流」)の経路に設けられる。ホールIC43(磁気センサ)は、モータ3の回転に応じてレベルが切り替わる回転検出信号を出力する回転検出部である。
【0024】
インバータ回路45は、電池パック7の出力する直流電力をブラシレスモータ6の駆動電力に変換し、ブラシレスモータ6に供給する。インバータ回路45は、三相ブリッジ接続されたスイッチング素子Q1~Q6を含む。温度センサ14は、インバータ回路45の温度検出用であり、スイッチング素子Q1~Q6の近傍に設けられる。
【0025】
締結工具1は、制御基板30に、電流検出回路31、電圧検出回路32、スイッチ操作検出回路33、回転方向設定回路34、温度検出回路35、制御電源回路36、制御信号出力回路37、回転位置検出回路38、回転数検出回路39、パネル操作検出回路40、演算部42を有する。
【0026】
電流検出回路31は、抵抗Rの両端子間の電圧によりモータ電流を検出し、演算部42に送信する。抵抗R及び電流検出回路31は、電流検出部を構成する。演算部42は、モータ電流により、モータ3にかかる負荷(以下「モータ負荷」)を検出(推定)できる。電圧検出回路32は、電池パック7の出力電圧を検出し、演算部42に送信する。
【0027】
スイッチ操作検出回路33は、トリガスイッチ6のオンオフ及び操作量(引き量)を検出し、演算部42に送信する。回転方向設定回路34は、正逆切替レバー13の指示する回転方向を検出し、演算部42に送信する。
【0028】
温度検出回路35は、温度センサ14の出力信号によりインバータ回路45の温度を検出し、演算部42に送信する。制御電源回路36は、電池パック7の出力電圧を演算部42等の電源電圧に変換し、演算部42等に供給する。
【0029】
制御信号出力回路37は、演算部42の制御に従いスイッチング素子Q1~Q6の各制御端子(各ゲート)に信号、例えばPWM(Pulse Width Modulation)信号を印加する。回転位置検出回路38は、ホールIC43の出力信号によりモータ3の回転位置(以下「モータ回転位置」)を検出し、演算部42に送信する。回転数検出回路39は、回転位置検出回路38の出力信号によりモータ3の回転数(以下「モータ回転数」)を検出し、演算部42に送信する。モータ回転数は、単位時間当たりのモータ3の回転数である。
【0030】
パネル操作検出回路40は、操作パネル20に対するモード切替操作(モード選択操作)を検出して演算部42に送信する駆動モード検出部であり、また操作パネル20に対する回転数設定操作を検出して演算部42に送信する設定回転数検出部である。照明LED駆動回路44は、演算部42の制御に従い、照明LED16を駆動する。
【0031】
演算部42は、締結工具1の全体の動作を制御する制御部を構成する。制御部は、演算部42だけでなく、
図2において制御基板30を示す破線の内部にある構成全体を含んでもよい。また制御部は、ホールIC43やインバータ回路45を含んでもよい。
【0032】
演算部42は、トリガスイッチ6の操作、正逆切替レバー13で指示(選択)された回転方向(以下「回転指示方向」)、操作パネル20により選択された駆動モード及び設定回転数に応じて、モータ3の駆動を制御する。演算部42は、トリガスイッチ6の操作量が大きいほどモータ3の回転数を高めるよう制御する。演算部42は、モータ電流、モータ回転位置、及びモータ回転数のフィードバックを受けて、モータ3の駆動を制御する。
【0033】
演算部42は、モータ電流とその継続時間の組合せが過電流保護条件を満たすと、トリガスイッチ6にモータ駆動操作が行われていてもモータ3を減速または停止させる過電流保護機能(過負荷保護機能)を有する。演算部42は、操作パネル20による選択に応じた駆動モードを実行可能に構成される。
【0034】
演算部42は、モータ3の駆動モードとして、複数の駆動モードを有する。複数の駆動モードは、以下の駆動モードを含む。
【0035】
・締付作業用オートストップモード…ナット等の締結部材(以下「ナット等」)を締め付ける作業におけるナット等の締め過ぎを防止する駆動モードであって、ナット等の締付トルクを目標値にするための駆動モード。本発明における第1モードの例示。
【0036】
・緩め作業用オートストップモード…ナット等を緩める作業におけるナット等の脱落を防止する駆動モード。
【0037】
・通常モード…異常発生時を除きトリガスイッチ6の操作に応じたモータ3の駆動を継続する駆動モード。本発明における第2モードの例示。
【0038】
締付作業用オートストップモードにおける締め過ぎ防止の方法としては、詳細は後述するが、モータ負荷とモータ3の駆動時間(以下「モータ駆動時間」)との組合せに関する互いに異なる第1条件または第2条件が満たされた場合に、トリガスイッチ6にモータ駆動操作が行われていてもモータ3を減速または停止させる。第1条件を満たしてモータ3が減速または停止した場合の締付トルクが、第2条件を満たしてモータ3が減速または停止した場合の締付トルクとほぼ同じとなるように、第1条件及び第2条件が設定される。第1条件及び第2条件は、締付トルクを目標値にするための条件であり、前述の過電流保護条件とは異なる条件である。
【0039】
緩め作業用オートストップモードにおけるナット等の脱落を防止する方法としては、予め設定された打撃動作により緩め作業を行ったことを検知すると、モータ3を停止させる。具体的には、打撃が行われなくなると(打撃が終了すると)トリガスイッチ6の操作量が一定でもモータ3の出力を低下させる等、様々な公知技術を利用できる。打撃終了からモータ3の出力低下までの間に、待ち時間を設けてもよい。
【0040】
図3(A)は、被締結材55に対して垂直なアンカーボルト51にナット52を締め付けていく途中の状態の断面図である。アンカーボルト51は、木材や鋼材といった構造部材もしくは設備機器などの被締結材55をコンクリート54に固定するために、コンクリート54に埋め込んで使用するボルトである。ナット52は、ここでは座金53を一体に有する。
【0041】
被締結材55に対してアンカーボルト51が垂直な場合、座金53の座面(下面)と被締結材55の表面は平行のため、
図3(C)に示す着座状態になるまではモータ3にほとんど負荷がかからず、着座後にモータ3に急激に高負荷がかかる。
【0042】
図3(B)は、被締結材55に対して傾斜したアンカーボルト51にナット52を締め付けていく途中の状態の断面図である。なお、
図3(B)では、分かりやすくするために傾斜を誇張して示している。
【0043】
被締結材55に対してアンカーボルト51が傾斜している場合、座金53の座面(下面)と被締結材55の表面は非平行のため、
図3(D)に示す着座状態になる前に、
図3(B)に示すように座金53の外縁部が被締結材55の表面に接触し、モータ3に負荷がかかり始める。そして座金53とナット52が徐々に負荷になりながら
図3(D)に示す着座状態になる。着座後の負荷上昇は、被締結材55に対してアンカーボルト51が垂直な場合と比較して緩やかとなる。
【0044】
図4(A)は、被締結材55に対して垂直なアンカーボルト51にナット52を締め付けた場合(
図3(A),(C)に示すような締付作業を行った場合)のモータ電流の時間変化を示す図である。
図4(B)は、被締結材55に対して傾斜したアンカーボルト51にナット52を締め付けた場合(
図3(B),(D)に示すような締付作業を行った場合)のモータ電流の時間変化を示す図である。
【0045】
図4(A),(B)は、いずれも締付トルクが同じ規定値(一例として100Nm)になったところでモータ3を停止させた場合のモータ電流の実測値を示す。
図4(C)は、
図4(A)の縦軸をI
a~I
bの範囲に限定した拡大図である。
図4(D)は、
図4(B)の縦軸をI
a~I
bの範囲に限定した拡大図である。なお、
図4(A)~(D)において、モータ電流は1ms間のピーク値をプロットしているため、離散値で示される。
【0046】
図4(A)~(D)において、t
stop1,t
stop2は、被締結材55に対してアンカーボルト51が垂直な場合と傾斜している場合の各々における、締付トルクが規定値となってモータ3が停止した時間である。I
max1,I
max2は、各場合の締付作業におけるモータ電流の最大値である。
【0047】
図4(A),(C)と
図4(B),(D)との対比から、被締結材55に対してアンカーボルト51が垂直な場合よりも傾斜している場合のほうが、モータ電流の上昇が緩やかなこと(モータ負荷の上昇が緩やかなこと)、モータ電流の最大値が小さいこと(I
max1<I
max2)(モータ負荷の最大値が小さいこと)、締付トルクが同じ既定値になるまでの締付時間が長いこと(t
stop1>t
stop2)が分かる。
【0048】
本発明者は、アンカーボルト51の傾斜状態のばらつきによるモータ電流の最大値やそこに到達するまでの時間のばらつきを踏まえると、単一の条件では締付トルクを安定化できないとの知見を得て、モータ電流とモータ駆動時間との組合せに関して複数の条件を設けることに想到した。
【0049】
図5(A)は、
図4(C)に第1電流閾値I
th1、第2電流閾値I
th2、第2増締め開始時刻t
start2、第2増締め時間t
add2の記載を追加した図である。
図5(B)は、
図4(D)に第1電流閾値I
th1、第1増締め開始時刻t
start1、第1増締め時間t
add1の記載を追加した図である。
【0050】
図5(A)のN
2は、1ms間のモータ電流のピーク値が第2電流閾値I
th2を超えた回数を示す。
図5(B)のN
1は、1ms間のモータ電流のピーク値が第1電流閾値I
th1を超えた回数を示す。1msは、所定時間の例示である。
【0051】
前述の第1条件及び第2条件は、被締結材55に対してアンカーボルト51が垂直な場合も傾斜している場合も同じ規定トルク(目標トルク)で締付を完了するための条件として設定される。アンカーボルト51が被締結材55に対して傾斜している場合は第1条件を満たしてモータ3が減速または停止し、アンカーボルト51が被締結材55に対して垂直な場合は第2条件を満たしてモータ3が減速または停止する。
【0052】
前述の第1条件は、1ms間のモータ電流のピーク値が第1電流閾値Ith1をNth1回超えたこと(モータ負荷が第1閾値を超えたこと)を検出した後にモータ3の駆動を第1増締め時間tadd1継続することである。
【0053】
前述の第2条件は、1ms間のモータ電流のピーク値が第2電流閾値Ith2をNth2回超えたこと(モータ負荷が第1閾値より大きい第2閾値を超えたこと)を検出した後にモータ3の駆動を第1増締め時間tadd1より短い第2増締め時間tadd2継続することである。
【0054】
図5(A),(B)は、第1回数閾値N
th1が3、第2回数閾値N
th2が2である例を示している。N
th1,N
th2は、共に連続する回数に限定されず、途中に第1電流閾値I
th1、第2電流閾値I
th2以下の電流値があってもよい。
【0055】
演算部42は、目標トルクに応じて第1条件および第2条件を変更する。具体的には演算部42は、目標トルクが大きいほど第1電流閾値Ith1、第2電流閾値Ith2を大きくしたり、第1増締め時間tadd1、第2増締め時間tadd2を長くしたり、第1回数閾値Nth1及び第2回数閾値Nth2を増やしたりする。
【0056】
図5(C)~(E)は、アンカーボルト51の最大角度ずれの設定値(傾き公差の入力値)に対する第1電流閾値I
th1及び第2電流閾値I
th2、第1回数閾値N
th1及び第2回数閾値N
th2、第1増締め時間t
add1及び第2増締め時間t
add2の関係の一例をそれぞれ示す。
【0057】
図5(C)~(E)に示すように、演算部42は、傾き公差に応じて第1条件を変更する。具体的には、演算部42は、傾き公差が大きいほど、第1電流閾値I
th1を小さくし、第1回数閾値N
th1を多くし、第1増締め時間t
add1を長くする。
【0058】
より具体的には、演算部42は、例えば、
Ith1=(-2/3)×傾き公差(°)+Ith2
Ith2=24.5[A]
により第1電流閾値Ith1を設定する。
【0059】
また、演算部42は、例えば、
Nth1=(1/2)×傾き公差(°)+Nth2(小数点以下は切り上げ)
Nth2=1
により第1回数閾値Nth1を設定する。
【0060】
また、演算部42は、例えば、
tadd1=(650/3)×傾き公差(°)+tadd2
tadd2=100[ms]
により第1増締め時間tadd1を設定する。
【0061】
一例として傾き公差が3°の場合、Ith1は22.5A、Nth1は3、tadd1は750msと計算される。図示は省略するが、目標トルクを高める場合は、例えば第2電流閾値Ith2を大きくすることで対応できる。演算部42は、被締結材55に対してアンカーボルト51が垂直な場合のトルクとモータ電流の関係、すなわち目標トルクに応じた第2条件をあらかじめ記憶している。
【0062】
本実施の形態では、締付作業用オートストップモードの制御内容の考え方として、必要とする打撃エネルギーの高低で以下のように場合分けを行う。
・モータ電流が徐々に上昇
→ 低打撃エネルギーが必要と判断
→ 電流閾値を低く設定
→ 長時間駆動(トルク不足防止)
・電流が急激に上昇
→ 高打撃エネルギー要と判断
→ 電流閾値を高く設定し高負荷対応
→ 短時間駆動(締め過ぎ防止)
【0063】
図6(A)は、締付作業用オートストップモードにおける締結工具1の全体的な動作を示す制御フローチャートである。演算部42は、トリガスイッチ6がオンでない場合は待機する(S1のNo)。演算部42は、トリガスイッチ6がオンになると(S1のYes)、第1制御モードでモータ3を駆動する(S3)。その後、演算部42は、第2制御モードでモータ3を駆動し(S5)、終了となる。
【0064】
図6(B)は、
図6(A)の第1制御モードでのモータ3の駆動(S3)の内容を示すフローチャートである。演算部42は、1ms間のモータ電流のピーク値Iを検出し(S11)、条件1検出ルーチンを実行し(S13)、条件2検出ルーチンを実行する(S15)。条件1検出ルーチンは、前述の第1条件が満たされたか否かを検出し、満たされた場合に条件1検出フラグをオンにするルーチンである。条件2検出ルーチンは、前述の第2条件が満たされたか否かを検出し、満たされた場合に条件2検出フラグをオンにするルーチンである。
【0065】
演算部42は、条件1フラグ又は条件2フラグがオンの場合(S17のYes)、第1制御モードでのモータ3の駆動(S3)を終了する。演算部42は、条件1フラグ及び条件2フラグの双方がオフの場合(S17のNo)、S11に戻る。
【0066】
図6(C)は、
図6(B)の条件1検出ルーチン(S13)の内容を示すフローチャートである。演算部42は、増締めモード1がオフでない場合(S21のNo)、S31に進む。
【0067】
演算部42は、増締めモード1がオフの場合(S21のYes)において、1ms間のモータ電流のピーク値Iが第1電流閾値Ith1より大きくない場合(S23のNo)、条件1検出ルーチン(S13)を終了する。
【0068】
演算部42は、増締めモード1がオフの場合(S21のYes)において、1ms間のモータ電流のピーク値Iが第1電流閾値Ith1より大きい場合(S23のYes)、N1をインクリメントする(S25)。
【0069】
演算部42は、N1=Nth1でない場合(S27のNo)、条件1検出ルーチン(S13)を終了する。演算部42は、N1=Nth1の場合(S27のYes)、増締めモード1をオンにする(S29)。
【0070】
演算部42は、N1=Nth1になってからの経過時間t1を計測する(S31)。演算部42は、t1=tadd1でない場合(S33のNo)、条件1検出ルーチン(S13)を終了する。演算部42は、t1=tadd1の場合(S33のYes)、条件1フラグをオンし(S35)、条件1検出ルーチン(S13)を終了する。条件1フラグがオンであることは、前述の第1条件が満たされたことを意味する。
【0071】
図6(D)は、
図6(B)の条件2検出ルーチン(S15)の内容を示すフローチャートである。演算部42は、増締めモード2がオフでない場合(S41のNo)、S51に進む。
【0072】
演算部42は、増締めモード2がオフの場合(S41のYes)において、1ms間のモータ電流のピーク値Iが第2電流閾値Ith2より大きくない場合(S43のNo)、条件2検出ルーチン(S15)を終了する。
【0073】
演算部42は、増締めモード2がオフの場合(S41のYes)において、1ms間のモータ電流のピーク値Iが第2電流閾値Ith2より大きい場合(S43のYes)、N2をインクリメントする(S45)。
【0074】
演算部42は、N2=Nth2でない場合(S47のNo)、条件2検出ルーチン(S15)を終了する。演算部42は、N2=Nth2の場合(S47のYes)、増締めモード2をオンにする(S49)。
【0075】
演算部42は、N2=Nth2になってからの経過時間t2を計測する(S51)。演算部42は、t2=tadd2でない場合(S53のNo)、条件2検出ルーチン(S15)を終了する。演算部42は、t2=tadd2の場合(S53のYes)、条件2フラグをオンし(S55)、条件2検出ルーチン(S15)を終了する。条件2フラグがオンであることは、前述の第2条件が満たされたことを意味する。
【0076】
図6(E),(F)は、
図6(A)の第2制御モードでのモータ3の駆動(S5)の内容を示すフローチャートである。演算部42は、第2制御モードでは、モータ3の駆動を停止させ(S61)、又はスイッチング素子Q1~Q6のPWM制御のデューティを低下させてモータ3を減速させる(S63)。
【0077】
図7(A)は、
図6(A)~(F)に示す制御のうち
図6(B)に示す条件1検出ルーチン(S13)を行わない比較例の制御で多数回の締付作業を行って実際のトルクのデータを取った場合における、実際のトルクと当該トルクに該当するデータの個数との関係を示すグラフである。
図7(B)は、
図6(A)~(F)に示す制御で多数回の締付作業を行って実際のトルクのデータを取った場合における、実際のトルクと当該トルクに該当するデータの個数との関係を示すグラフである。
【0078】
図7(A)に示すように、条件1検出ルーチン(S13)を行わない比較例の制御では、トルクが規定範囲の上限(規定値(+))を超える締め過ぎ(過トルク)が発生した。これに対し、
図7(B)に示すように、条件1検出ルーチン(S13)を行う実施の形態の制御では、全てのデータが規定範囲の上限(規定値(+))と下限(規定値(-))の間に収まった。
【0079】
本実施の形態は、下記の作用効果を奏する。
【0080】
(1) 演算部42は、モータ負荷とモータ3の駆動時間との組合せに関する互いに異なる第1条件または第2条件が満たされた場合に、トリガスイッチ6にモータ駆動操作が行われていてもモータ3を減速または停止させる。第1条件を満たしてモータ3が減速または停止した場合の締付トルクが、第2条件を満たしてモータ3が減速または停止した場合の締付トルクとほぼ同じとなるように、第1条件及び第2条件が設定される。よって、単一の条件のみで締付トルクを目標値にしようとする場合と異なり、被締結材55に対するアンカーボルト51の傾きが異なる場合や、アンカーボルト51が古い場合、アンカーボルト51とナット52との間に粉塵等が挟まっている場合など、作業条件が異なる場合においても締付トルクを好適に目標値に近づけることができ、締付トルクの安定化が可能となる。特に、回転打撃機構による打撃で最終的な締付トルクに近づけていく場合、モータ電流と締付トルクが単純な直線的な関係にならないが、本実施の形態ではそのような場合でも締付トルクの安定化が可能となる。
【0081】
(2) 第1条件は、1ms間(所定時間)のモータ電流のピーク値が第1電流閾値Ith1をNth1回超えたこと(モータ負荷が第1閾値を超えたこと)を検出した後にモータ3の駆動を第1増締め時間tadd1継続することである。第2条件は、1ms間のモータ電流のピーク値が第2電流閾値Ith2をNth2回超えたこと(モータ負荷が第1閾値より大きい第2閾値を超えたこと)を検出した後にモータ3の駆動を第1増締め時間tadd1より短い第2増締め時間tadd2継続することである。これにより、アンカーボルト51が被締結材55に対して傾斜している場合は第1条件を満たしてモータ3が減速または停止し、アンカーボルト51が被締結材55に対して垂直な場合は第2条件を満たしてモータ3が減速または停止することになる。その結果、被締結材55に対してアンカーボルト51が垂直な場合も傾斜している場合も同等の規定トルク(目標トルク)で締付を完了することができ、締付トルクの安定化が可能となる。
【0082】
(3) 演算部42は、操作パネル20で入力された目標トルクに応じて第1条件および第2条件を変更する。このため、様々な目標トルクにおいて、被締結材55に対してアンカーボルト51が垂直な場合も傾斜している場合も同等のトルクで締付を完了することができ、締付トルクの安定化が可能となる。
【0083】
(4) 演算部42は、操作パネル20で入力された傾きの公差に応じて第1条件を変更する。このため、作業条件に応じて適切な第1条件を設定でき、締付トルクの安定化が可能となる。
【0084】
以上、実施の形態を例に本発明を説明したが、本発明は実施の形態に限定されない。実施の形態で具体的に説明した各事項には請求項に記載の範囲で種々の変形が可能である。
【0085】
実施の形態で具体的な数値として例示した時間や角度、電流値、トルク、回数等は、発明の範囲を何ら限定するものではなく、要求される仕様に合わせて任意に変更できる。締結部材は、アンカーボルトに限定されず、アンカーボルト以外のねじ等であってもよい。例えばねじが被締結材に対して傾いている場合にも、アンカーボルトが被締結材に対して傾いている場合と同様の問題が起こり得る。本発明の締結工具は、インパクトレンチに限定されず、インパクトドライバ等の他の種類のものであってもよい。
【符号の説明】
【0086】
1…締結工具、2…ハウジング、2a…胴体部、2b…ハンドル部、2c…電池パック装着部、3…モータ、3a…モータ軸、3b…ロータ、3c…ステータ、4…減速機構、5…スピンドル、6…トリガスイッチ(操作部)、7…電池パック、8…ハンマ、9…スプリング、10…アンビル(先端工具装着部)、11…ハンマケース、12…フロントキャップ(保護部材)、13…正逆切替レバー(回転方向切替部)、14…温度センサ、15…センサ・インバータ基板、16…照明LED、20…操作パネル(モード切替部)、30…制御基板、31…電流検出回路、32…電圧検出回路、33…スイッチ操作検出回路、34…回転方向設定回路、35…温度検出回路、36…制御電源回路、37…制御信号出力回路、38…回転位置検出回路、39…回転数検出回路、40…パネル操作検出回路、42…演算部(制御部)、43…ホールIC(磁気センサ)、44…照明LED駆動回路、45…インバータ回路、51…アンカーボルト(締結部材)、52…ナット、53…座金、54…コンクリート、55…被締結材。