(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024079481
(43)【公開日】2024-06-11
(54)【発明の名称】新規な機能性組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/683 20060101AFI20240604BHJP
A61K 31/685 20060101ALI20240604BHJP
A61P 9/12 20060101ALI20240604BHJP
A61P 25/18 20060101ALI20240604BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20240604BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20240604BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240604BHJP
A23L 33/115 20160101ALI20240604BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240604BHJP
【FI】
A61K31/683
A61K31/685
A61P9/12
A61P25/18
A61P25/28
A61P29/00
A61P43/00 111
A23L33/115
C12N15/09 Z ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022192455
(22)【出願日】2022-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】591193037
【氏名又は名称】辻製油株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000125381
【氏名又は名称】学校法人藤田学園
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(74)【代理人】
【識別番号】100224661
【弁理士】
【氏名又は名称】牧内 直征
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(72)【発明者】
【氏名】籠谷 和弘
(72)【発明者】
【氏名】藤本 祐希
(72)【発明者】
【氏名】林 彰人
(72)【発明者】
【氏名】園 良治
(72)【発明者】
【氏名】辻 威彦
(72)【発明者】
【氏名】窪田 悠力
(72)【発明者】
【氏名】國澤 和生
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 邦明
(72)【発明者】
【氏名】鍋島 俊隆
(72)【発明者】
【氏名】毛利 彰宏
【テーマコード(参考)】
4B018
4C086
【Fターム(参考)】
4B018LB01
4B018LB02
4B018LB08
4B018LB10
4B018MD46
4B018ME04
4B018ME14
4C086AA01
4C086AA02
4C086DA41
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA52
4C086NA14
4C086ZA15
4C086ZA18
4C086ZA42
4C086ZB11
4C086ZC41
(57)【要約】
【課題】食塩の過剰摂取に起因する症状の改善に優れる、新規な機能性組成物を提供する。
【解決手段】本機能性組成物は、レシチンを有効成分として含有し、食塩の過剰摂取に起因する、血圧の上昇、社会性行動の低下、認知機能の低下、炎症反応の増大、および、タウタンパクのリン酸化亢進から選択される少なくとも1つの症状を改善し、レシチンはリゾレシチンであり、レシチン中のリゾホスファチジルコリン濃度は50質量%以上であり、飲食品、食品添加物、またはサプリメントの形態である。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
レシチンを有効成分として含有し、食塩の過剰摂取に起因する、血圧の上昇、社会性行動の低下、認知機能の低下、炎症反応の増大、および、タウタンパクのリン酸化亢進から選択される少なくとも1つの症状を改善することを特徴とする機能性組成物。
【請求項2】
前記機能性組成物は、食塩の過剰摂取に起因する認知機能の低下を改善するものであり、該認知機能の低下は、物体認知記憶の低下として評価されるものであることを特徴とする請求項1記載の機能性組成物。
【請求項3】
前記レシチンはリゾレシチンであることを特徴とする請求項1または請求項2記載の機能性組成物。
【請求項4】
前記レシチン中のリゾホスファチジルコリン濃度は50質量%以上であることを特徴とする請求項3記載の機能性組成物。
【請求項5】
前記機能性組成物は、飲食品、食品添加物、またはサプリメントの形態であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の機能性組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食塩の過剰摂取に起因する症状の改善に優れる、新規な機能性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
我々に馴染みのある日本食には塩分が多く含まれている場合が多く、日本人は日頃から塩分を過剰に摂取している傾向にある。近年では、減塩食品の流通や減塩指導などといった減塩推進に向けた取り組みが活発になされている。このような減塩意識の高まりから、日本人の1日当たりの食塩摂取量は年々減少傾向にあるが、未だ10g程度であり、目標値には到達していない。なお、日本高血圧学会の高血圧治療ガイドライン(JSH2014)では、減塩目標は食塩6g/日未満とされている。
【0003】
食塩の過剰摂取は、高血圧症、循環器系疾患などとの関連が指摘されており、身体にさまざまな症状を引き起こす原因となる。
【0004】
ところで、レシチンは、生物の細胞や血液などの生体膜中に存在するリン脂質として知られている。レシチンは、乳化作用、保水作用などに優れていることから、食品や、医薬品、化粧料などの幅広い分野で活用されている。また、レシチンなどの生理作用に着目した研究も活発に行われている。例えば、特許文献1では、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、およびホスファチジン酸を含む所定のリン脂質組成物を、ヒト肥満者に服用したところ、ALT濃度およびγ-GT濃度の低減や、血液中の総コレステロール濃度の低減が認められたことが記載されている。また、ヒト高血圧既往歴者に対しては、血圧降下も認められたことが記載されている。
【0005】
しかしながら、従来、食塩の過剰摂取に起因する症状に対するレシチンの改善効果については報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、食塩の過剰摂取に起因する症状の改善に優れる、新規な機能性組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行ったところ、レシチンを摂取することにより、食塩を過剰摂取した際に見られる各種症状(血圧の上昇、社会性行動の低下、認知機能の低下、炎症反応の増大、タウタンパクのリン酸化亢進など)が改善することを見出した。すなわち、本発明は下記の構成を有するものである。
【0009】
本発明の機能性組成物は、レシチンを有効成分として含有し、食塩の過剰摂取に起因する、血圧の上昇、社会性行動の低下、認知機能の低下、炎症反応の増大、および、タウタンパクのリン酸化亢進から選択される少なくとも1つの症状を改善することを特徴とする。
【0010】
本発明において、「食塩の過剰摂取」とは、対象とするヒトまたは動物の食塩摂取量が、一般的な食塩摂取量(ヒトの場合は、例えば食塩10g/日)よりも多いことを意味し、それに伴って、血圧の上昇、社会性行動の低下、認知機能の低下、炎症反応の増大、タウタンパクのリン酸化亢進などの症状が生じることをいう。また、本発明において、「レシチン」とは各種リン脂質を主成分とする脂質混合物をさす。また、本明細書における「改善」とは、症状の好転、症状の悪化の防止もしくは遅延などを意味するものであり、さらに、予防の意味をも包含するものである。
【0011】
上記機能性組成物は、食塩の過剰摂取に起因する認知機能の低下を改善するものであり、上記認知機能の低下は、物体認知記憶の低下として評価されるものであることを特徴とする。
【0012】
上記レシチンはリゾレシチンであることを特徴とする。
【0013】
上記レシチン中のリゾホスファチジルコリン濃度は50質量%以上であることを特徴とする。
【0014】
上記機能性組成物は、飲食品、食品添加物、またはサプリメントの形態であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、レシチンを用いることで、日本人の食生活などで多く見られるような食塩の過剰摂取における各種症状を改善でき、生活の質の向上に寄与できる。また、各種症状の改善によって病気の予防にも繋がる。また、レシチンは、従来より医薬品、化粧料などの幅広い分野で用いられていることから、安全性にも優れている。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】高食塩水負荷モデルを用いた試験の概要を示す図である。
【
図2】生理学的評価(体重・飲水量・心拍数)の結果を示す図である。
【
図3】生理学的評価(収縮期血圧・拡張期血圧・平均血圧)の結果を示す図である。
【
図4】社会性行動試験および新奇物体認識試験の概要を示す図である。
【
図6】化学的評価(血清トリプトファン代謝産物および腸内炎症)の結果を示す図である。
【
図7】化学的評価(脳内タウタンパクのリン酸化)の結果を示す図である。
【
図8】高塩食負荷モデルを用いた試験の概要を示す図である。
【
図9】生理学的評価(体重・飲水量・心拍数・摂食量)の結果を示す図である。
【
図10】生理学的評価(収縮期血圧・拡張期血圧・平均血圧)の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の機能性組成物は、レシチンを有効成分として含有する。
【0018】
本発明に用いるレシチンに含まれるリン脂質としては、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジン酸(PA)、ホスファチジルセリン(PS)などが挙げられる。レシチンとして、これらのリン脂質を主成分とする脂質混合物のいずれも用いることができる。
【0019】
レシチンは、植物種子や動物原料から得られ、リン脂質を主成分とするものであれば特に制限はなく用いることができ、例えば、大豆レシチン、なたねレシチン、卵黄レシチン、ヒマワリレシチンなどを用いることができる。また、レシチンとしては、油分を含むペースト状レシチン、ペースト状レシチンから油分を除去して乾燥した粉末レシチン、ペースト状レシチンおよび粉末レシチンを分別精製した分別レシチン、レシチンの脂肪酸を水素添加した水素添加レシチン、レシチンを酵素で分解した酵素分解レシチンなどを用いることができる。
【0020】
酵素分解レシチンは、グリセリンに結合している脂肪酸のエステル結合を酵素(ホスホリパーゼA1またはA2)によって選択的に分解したレシチンであり、リゾレシチンとも呼ばれる。リゾレシチンは、疎水性基が加水分解されて親水化されていることから、レシチンに比べて水に溶けやすく、耐酸性や安定性にも優れる。
【0021】
レシチン中のリゾホスファチジルコリン濃度は、例えば30質量%以上であり、50質量%以上が好ましく、65質量%以上がより好ましい。なお、リゾホスファチジルコリン濃度の上限は、例えば75質量%である。
【0022】
リゾレシチンの製造は、例えば、酵素分解、減圧乾燥、加圧ろ過、精製、分別などの工程を行うことができ、特に制限されない。リゾレシチンとしては、酵素分解後、脱油工程を行っていない液状酵素分解レシチン、脱油を行った粉末酵素分解レシチン、特定の成分を高濃度化させた分別酵素分解レシチンなどが挙げられる。これらの中でも、分別と酵素分解によりリゾホスファチジルコリン濃度を高めた分別酵素分解レシチンが好ましい。リゾレシチンとしては、市販品を用いることができ、例えば、SLP-LPC35(辻製油株式会社製)、SLP-LPC70(辻製油株式会社製)などが挙げられる。
【0023】
本発明の機能性組成物は、食塩の過剰摂取に起因する血圧上昇の改善用に用いられる。後述の実施例に示すように、食塩の過剰摂取により血圧の上昇が確認されたところ、上記機能性組成物は、その血圧上昇抑制剤(予防剤)として用いることができる。
【0024】
本発明の機能性組成物は、食塩の過剰摂取に起因する社会性行動の改善用に用いられる。後述の実施例に示すように、食塩の過剰摂取により社会性行動(他者とのコミュニケーションなど)の低下が確認されたところ、上記機能性組成物は、その社会性行動改善剤として用いることができる。社会性行動は、周知の方法によって評価することができ、例えば、適応行動尺度検査、S-M社会生活能力検査などが挙げられる。マウスにおける社会性行動は、例えば、社会性行動試験により評価することができる。
【0025】
本発明の機能性組成物は、食塩の過剰摂取に起因する認知機能の改善用に用いられる。後述の実施例に示すように、食塩の過剰摂取に起因して認知機能の低下が確認されたところ、上記機能性組成物は、その認知機能改善剤として用いることができる。
【0026】
「認知機能」とは、例えば、記憶(作業記憶、空間記憶、物体認知記憶)、判断、理解、学習、思考などの脳の高次の機能をいう。食塩の過剰摂取に起因する認知機能の低下としては、食塩の過剰摂取者において観察される記憶力、判断力、理解力、学習力、思考力などの低下が含まれる。より具体的には、物体認知記憶の低下として評価されるものが挙げられる。認知機能は、周知の方法によって評価することができ、例えば、心理学的検査、脳波測定、MRI、認知症診断テストなどが挙げられる。マウスにおける認知機能の低下は、例えば、新奇物体認識試験により評価することができる。
【0027】
本発明の機能性組成物は、食塩の過剰摂取に起因する炎症反応の改善用に用いられる。後述の実施例に示すように、食塩の過剰摂取に起因して炎症反応の増大が確認されたところ、上記機能性組成物は、その炎症反応増大抑制剤(予防剤)として用いることができる。上記炎症反応の増大は、特に末梢での炎症反応の増大であり、より具体的には、血清トリプトファン代謝産物であるピコリン酸(PA)の増加、誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)の増加、および、血清アミロイドAタンパク質(SAA)の増加から選択される少なくとも1つである。
【0028】
本発明の機能性組成物は、食塩の過剰摂取に起因するタウタンパクのリン酸化亢進の改善用に用いられる。後述の実施例に示すように、食塩の過剰摂取に起因してタウタンパクのリン酸化亢進が確認されたところ、上記機能性組成物は、そのタウタンパクのリン酸化亢進抑制剤(予防剤)として用いることができる。タウタンパクのリン酸化の亢進を抑制することで、ひいてはリン酸化タウタンパクの凝集、蓄積も抑制することが可能となる。例えば、アルツハイマー型認知症の病理所見の1つである神経原線維変化は、リン酸化されたタウタンパクの蓄積によると考えられており、タウタンパクのリン酸化の亢進を抑制することで、アルツハイマー型認知症などの予防にも繋がる可能性が考えられる。
【0029】
本発明の機能性組成物は、日常的に食塩を多く摂取しているヒト(例えば健常者)やヒト以外の動物に用いることができる。
【0030】
本発明の機能性組成物は、経口的に摂取するようにすることができ、任意の添加物などと組み合わせて、例えば、飲食品、食品添加物、医薬品、サプリメント、動物飼料などの形態で使用することができる。例えば、塩分を過剰摂取しているヒトへ向けて各種症状の改善などを謳った、または表示した飲食品、食品添加物、またはサプリメントなどとしても使用可能である。
【0031】
例えば、本発明の機能性組成物を食品として用いる場合の形態としては、パン類、ケーキ類、麺類、菓子類、ゼリー類、冷凍食品、アイスクリーム類、乳製品、飲料などの各種食品などが挙げられる。種々の形態の食品を調製するには、本発明の機能性組成物を単独で、または他の食品材料や、溶剤、軟化剤、油、乳化剤、防腐剤、香科、安定剤、着色剤、酸化防止剤、保湿剤、増粘剤などと適宜組み合わせて用いることができる。
【実施例0032】
1.高食塩水(High Solt Water;HSW)の摂取による試験
試験には、8週齢のC57BL/6マウスを用いた。各群の構成は、以下のとおりである。
(1)給水ビンに水を入れ、12週間自由飲水させた[NSW/Control]。
(2)レシチン(製品名:SLP-LPC70(辻製油株式会社製、リゾホスファチジルコリン含有量65質量%以上))を高圧ホモ乳化機によりマイクロエマルション製剤化させたものを水に可溶させて12週間自由飲水させた[NSW/Lecithin]。
(3)給水ビンに2%の食塩水を入れ、12週間自由飲水させた[HSW/Control]。
(4)レシチン(製品名:SLP-LPC70(辻製油株式会社製、リゾホスファチジルコリン含有量65質量%以上))を高圧ホモ乳化機によりマイクロエマルション製剤化させたものを2%の食塩水に可溶させて12週間自由飲水させた[HSW/Lecithin]。
【0033】
図1に試験の概要を示す。(1)~(4)群のマウスを12週間飼育し、その間、生理学的評価を行った。また、12週間経過後、行動評価および化学的評価を行った。以下に、各評価の評価方法および結果について説明する。
【0034】
1-1.生理学的評価
評価項目として、体重、飲水量、心拍数、血圧(収縮期血圧、拡張期血圧、および平均血圧)を測定した。結果を
図2および
図3に示す。
【0035】
図2に示すように、体重については全体的に緩やかな増加傾向が見られたものの、食塩の過剰摂取に伴う変化はなく、各群間において有意な差は見られなかった。また、心拍数についても、各群間において有意な差は見られなかった。一方、高食塩水を摂取した(3)群では、他群に比べて飲水量の増加が見られた。
【0036】
図3には血圧の経時的変化を示す。
図3に示すように、高食塩水を摂取した(3)群では、収縮期血圧、拡張期血圧、および平均血圧の上昇が見られた。すなわち、食塩の過剰摂取に起因して血圧上昇が確認された。これに対して、レシチンを摂取することで、その血圧上昇を抑制することができた((4)群の結果)。なお、高食塩水を摂取させなかった群間では、レシチンによる血圧降下は見られなかった((1)群および(2)群の結果)。
【0037】
1-2.行動評価
評価試験として、社会性行動試験、新奇物体認識試験、Y迷路試験、バーンズ迷路試験、自発運動量試験を行った。
【0038】
[社会性行動試験]
図4(a)に試験の概要を示す。実験装置には灰色のアクリル製ボックス(25×25×30cm)を使用した。マウスを装置に馴化させるため、最初の2日間はマウスを1匹ずつ装置に入れ、10分間自由に探索させた(Habituation)。3日目にテストするマウスと、別のケージで飼育した体重がほぼ同じである同系統のマウス(Social partner)を同時に装置に入れ、テストするマウスのSocial partnerに対して行う匂いを嗅ぐ(sniffing)、追いかける(following)、上に乗りかかる(mounting)、下に潜る(crawling)などの社会性行動の時間(sec)を試験時間10分間にて測定した。
【0039】
[新奇物体認識試験]
マウスは新奇性を好むという性質があり、新しい物体を見つけると近づいて探索行動をとる。この性質を利用して、認知機能(特に物体認知記憶)を評価する試験である。
【0040】
図4(b)に試験の概要を示す。プラスチック製の箱(30×30×35cm)を実験装置として用い、床には木製のソフトチップを敷いて使用した。マウスを装置に馴化させるため、最初の3日間はマウスを装置に入れ、10分間自由に探索させた(day1-3)。訓練試行では2つの異なる形をした物体(物体Aおよび物体B)を装置内に設置し、マウスを装置内に入れて各物体に対する探索時間を10分間測定した(day4)。訓練試行24時間後の保持試行では、片方の物体(物体B)を形の異なる新奇な物体(物体C)と置換し、マウスを装置内に入れて各物体に対する探索時間を10分間測定した(Retention session;day5)。訓練試行では2つの物体のうち新奇物体に置換する物体(物体B)に対する探索時間を各々の物体(物体Aおよび物体B)に対する探索時間の合計で割り、保持試行では新奇物体(物体C)に対する探索時間を各々の物体(物体Aおよび物体C)に対する探索時間の合計で割り、Exploratory preference(%)を算出して認知機能の指標とした。
【0041】
[Y迷路試験]
Y迷路試験は、マウスが直前に進入したアームとは異なったアームに入ろうとする性質を利用することで作業記憶を評価する試験である。灰色に塗装した木製のアーム(各アーム:長さ40cm、高さ12cm、下部の幅3cm、上部の幅10cm)を実験装置として用いた。マウスを迷路の中心に置き、8分間自由に探索させ、各アームへの進入回数を測定した(Total arm entry)。作業記憶の指標となる自発的交替行動は3回連続して異なるアームに進入することと定義した。交替可能回数(総進入回数-2)に対する実際の交替回数の割合を交替行動率(spontaneous alternation;%)として算出した。
【0042】
[バーンズ迷路試験]
マウスは明るい環境よりも暗い環境を好む。この性質を利用し、明るい環境下においてマウスが迷路内に設置されている逃避箱(暗い部屋)に入るまでの時間を測定することで空間記憶を評価する試験である。等間隔に20個の穴(直径5cm)がある白色円形テーブル(高さ100cm、直径100cm、照明150ルクス)を実験装置として用い、いずれかの穴に逃避箱を設置した。マウスを迷路の中心に置き、2分間自由に探索させた。マウスが逃避箱を見つけ、入った時点で終了とする。2分間のうち逃避箱を見つけることができなかったマウスを逃避箱まで誘導し、2分間箱の中に入れた。この試行を1日3回、計5日間行い、各日における逃避箱に入るまでの時間(sec)を算出した。
【0043】
[自発運動量試験]
赤外線センサー付きデジタルカウンター(SCANET MV-40;MELQUEST)を実験装置として用い、マウスの自発運動量を測定した。実験装置(34cm×34cm×24cm、100ルクス)の隅にマウスを置き、10分間自由に探索させた。赤外線センサーにより自発運動量を算出した。
【0044】
上記の各試験結果を
図5に示す。
図5(a)に示すように、高食塩水を摂取した(3)群では、社会性行動に有意な低下が見られた。これに対して、レシチンを摂取することで、有意差はないものの社会性行動の改善が見られた。また、
図5(b)に示すように、高食塩水を摂取した(3)群では、新奇物体の探索率に有意な低下が見られたのに対して、レシチンを摂取することで、新奇物体の探索率を有意に改善させた((4)群の結果)。
【0045】
一方、
図5(c)、(d)に示すように、Y迷路試験およびバーンズ迷路試験での評価項目では、高食塩水の摂取による変化は見られなかった。また、
図5(e)に示すように、自発運動量についても、各群間において有意な差は見られなかった。
【0046】
以上より、食塩の過剰摂取によって認知機能の低下(特に物体認知記憶の低下)が見られることが判明し、その認知機能の低下をレシチンが改善させることが分かった。
【0047】
1-3.化学的評価
まず、末梢炎症反応の評価として、ピコリン酸(PA)、誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)、血清アミロイドAタンパク質(SAA)を測定した。
【0048】
[PA]
血清ピコリン酸(PA)の測定にはトリプル四重極質量分析計(LCMS-8060;島津製作所)を用いた。前処理としてマウス血清をアセトニトリルと0.1%ギ酸と混和した。サンプルと内部標準を質量分析計にかけ、マススペクトルおよびフラグメント測定を行った。データ取得と解析には、島津製作所のLabSolutions LCMSプログラムを使用した。
【0049】
[iNOS]
マウスの小腸からRNeasy Total RNA Isolation Kit(Qiagen)を用いてRNAを抽出し、ReverTra Ace Kit(東洋紡)を用いてcDNAに変換した。cDNA、SsoAdvanced Universal SYBR Green SuperMix(Bio-Rad)およびプライマーを反応させ、StepOne Real-Time PCR system(Life Technologies)を用いて定量リアルタイムPCRを実施した。下記の(1)、(2)のプライマーを使用した。
(1)iNOS
Forward primer:5’-TCACCACAAGGCCACATCGGATT-3’(配列番号1)
Reverse primer:5’-AGCTCCTCCAGAGGGGTAGGCT-3’(配列番号2)
(2)β-actin
Forward primer:5’-CGATGCCCTGAGGCTCTTT-3’(配列番号3)
Reverse primer:5’-TGGATGCCACAGGATTCCA-3’)(配列番号4)
【0050】
PCR反応は95℃15秒の熱変性、60℃60秒のアニーリングを45サイクルで実施した。β-actin mRNAの同時測定によりiNOS mRNAを標準化し、発現量はΔΔCt法で算出した。
【0051】
[SAA]
マウスの小腸からRNeasy Total RNA Isolation Kitを用いてRNAを抽出し、ReverTra Ace Kitを用いてcDNAに変換した。cDNA、SsoAdvanced Universal SYBR Green SuperMixおよびプライマーを反応させ、StepOne Real-Time PCR systemを用いて定量リアルタイムPCRを実施した。下記の(3)および上記の(2)のプライマーを使用した。
(3)SAA
Forward primer:5’-CATTTGTTCACGAGGCTTTCC-3’(配列番号5)
Reverse primer:5’-GTTTTTCCAGTTAGCTTCCTTCATGT-3’(配列番号6)
【0052】
PCR反応は95℃15秒の熱変性、60℃60秒のアニーリングを45サイクルで実施した。β-actin mRNAの同時測定によりSAA mRNAを標準化し、発現量はΔΔCt法で算出した。
【0053】
上記の各測定結果を
図6に示す。
図6(a)~(c)に示すように、高食塩水を摂取した(3)群では、いずれの指標も有意な増加が見られた。すなわち、食塩の過剰摂取により炎症反応が増大することが判明した。これに対して、レシチンを摂取することで、いずれの指標も有意に低下させることができ、(1)群や(2)群と同程度にまで炎症反応を抑えることができた。
【0054】
続いて、脳内タウタンパクのリン酸化について評価した。
マウスの前頭皮質からCompleteTM Mini Protease Inhibitor Cocktail(Roche Diagnostics)を含むRIPA緩衝液を用いた超音波破砕によりタンパク質を抽出した。タンパク質サンプルを10%SDS-ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動し、0.22μm PVDFメンブレン(Millipore)に転写した。次にメンブレンを、5%スキムミルクを用いて室温で1時間ブロッキングし、一次抗体を4℃で一晩反応させた。メンブレンをTBST緩衝液で5分間3回洗浄し、HRP結合二次抗体を用いて室温で2時間反応させた。TBST緩衝液での5分間3回洗浄の後、目的タンパク質のバンドをATTO LuminoGraphI(ATTO)を用いて可視化した。バンド強度はCS Analysis 3.0(ATTO)を用いて解析した。使用した抗体は次の通りである。一次抗体;mouse anti-phospho-Tau(Ser202/Thr205)(1:1,000;Thermo Fisher Scientific)、mouse anti-Tau(1:1,000;Thermo Fisher Scientific)、mouse anti-β-actin(1:1,000;Sigma-Aldrich)。二次抗体;anti-mouse IgG(1:2,000;Kirkegaard&Perry Laboratories)。各目的タンパク質はβ-actinで標準化し、タウタンパクのリン酸化は総タウタンパク(t-Tau)に対するリン酸化タウタンパク(p-Tau)の割合で算出した。
【0055】
上記の測定結果を
図7に示す。
図7に示すように、高食塩水を摂取した(3)群では、脳内タウタンパクのリン酸化が亢進したのに対して、レシチンを摂取することで、当該リン酸化を有意に抑えることができた。
【0056】
2.高塩食(High Solt Diet;HSD)の摂取による試験
上記1.では、高食塩水負荷モデルを用いた試験を行ったが、上記
図2(b)に示したように飲水量に差が生じたことから、各群間において食塩の摂取量に差が生じる結果となった。そこで、レシチンの効果を更に検証するべく、今回の試験では、固形高塩食を用いて検討した。
【0057】
試験には、8週齢のC57BL/6マウスを用いた。各群の構成は、以下のとおりである。
(1)給水ビンに水を入れ、8週間自由飲水させた[NSD/Control]。
(2)レシチン(製品名:SLP-LPC70(辻製油株式会社製、リゾホスファチジルコリン含有量65質量%以上))を高圧ホモ乳化機によりマイクロエマルション製剤化させたものを水に可溶させて8週間自由飲水させた[NSD/Lecithin]。
(3)エサに8%の食塩になるように配合し、水を8週間自由飲水させた[HSD/Control]。
(4)エサに8%の食塩になるように配合し、レシチン(製品名:SLP-LPC70(辻製油株式会社製、リゾホスファチジルコリン含有量65質量%以上))を高圧ホモ乳化機によりマイクロエマルション製剤化させたものを水に可溶させて8週間自由飲水させた[HSD/Lecithin]。
【0058】
図8に試験の概要を示す。(1)~(4)群のマウスを8週間飼育し、その間、生理学的評価を行った。また、8週間経過後、行動評価を行った。以下に、各評価結果について説明する。なお、各評価方法については、上記1.と同様のため、説明を省略する。
【0059】
2-1.生理学的評価
評価項目として、体重、飲水量、心拍数、摂食量、血圧(収縮期血圧、拡張期血圧、および平均血圧)を測定した。結果を
図9および
図10に示す。
【0060】
図9に示すように、上記1.と同様に、体重および心拍数については、各群間において有意な差は見られなかった。一方、飲水量については高塩食負荷群で増加が見られたものの、摂食量には差がなかったことから高塩食負荷群間における塩分摂取量は均一であることが示唆された。
【0061】
図10には血圧の経時的変化を示す。
図10に示すように、高塩食を摂取した(3)群では、収縮期血圧、拡張期血圧、および平均血圧の上昇が見られた。今回も食塩の過剰摂取に起因して血圧上昇が確認された。これに対して、レシチンを摂取することで、血圧上昇を抑制することができた((4)群の結果)。
【0062】
以上より、高塩食負荷により高血圧が誘発され、レシチンはその血圧上昇を抑制したことから、食塩の過剰摂取に起因する血圧上昇に対してレシチンが抗高血圧作用を示した。なお、上記1.および2.の負荷モデルは、食塩の過剰摂取により高血圧が誘発されるモデルであり、例えば、遺伝的な要素で高血圧が引き起こされる高血圧自然発症モデルとはメカニズムが異なる。
【0063】
2-2.行動評価
評価試験として、社会性行動試験、新奇物体認識試験、Y迷路試験、バーンズ迷路試験、自発運動量試験を行った。
【0064】
上記の各試験結果を
図11に示す。結果としては、高食塩水と同様の結果が得られた。具体的には、
図11(a)、(b)に示すように、高塩食を摂取した(3)群では、社会性行動に有意な低下が見られるとともに(p<0.01)、新奇物体の探索率に有意な低下が見られた(p<0.01)。これに対して、レシチンを摂取することで、社会性行動を有意に増加させ、また、新奇物体の探索率も有意に増加させた((4)群の結果)。一方、
図11(c)、(d)に示すように、Y迷路試験およびバーンズ迷路試験での評価項目では、高塩食の摂取による変化は見られなかった。また、
図11(e)に示すように、自発運動量についても、各群間において有意な差は見られなかった。
【0065】
以上より、高塩食負荷により社会性行動および物体認知記憶の障害が惹起され、レシチンはそれらの行動障害に対して改善効果を示した。なお、試験に用いたリゾレシチンについては、例えば、脳内へのDHAの供給において1-DHA型リゾホスファチジルコリンのみが血液脳関門(BBB)を通過できるとの報告もなされている。リゾレシチンのこのような性質が中枢機能の改善に寄与した可能性も考えられる。
本発明の機能性組成物は、レシチンを含有することにより、食塩の過剰摂取に起因する各種症状を改善するので、例えば、食事とともに摂取する食品添加物やサプリメントなどとして有用である。例えば、日常的に食塩を多く摂取しているヒトが本発明の機能性組成物を摂取することで、食塩の過剰摂取に伴う諸症状の緩和や発生を抑制でき、生活習慣の質の向上に繋がる。