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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024079955
(43)【公開日】2024-06-13
(54)【発明の名称】表面改質フッ素樹脂基材
(51)【国際特許分類】
   C08J 7/12 20060101AFI20240606BHJP
【FI】
C08J7/12 A CEW
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022192686
(22)【出願日】2022-12-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)2021年電気化学会北陸支部秋季大会(石川)、表面フッ素処理技術を用いた親水性PTFE材料の開発、オンライン(WebEX Events)、令和3年12月3日 (2)第45回フッ素化学討論会、表面フッ素処理技術を用いた染色可能なPTFE材料の開発、令和4年11月1日 (3)2022年度北陸地区講演会と研究発表会講演要旨集、界面活性剤フリーのPTFE表面親水化と高密着性無電解めっき膜の形成を可能とする新規表面改質手法の開発、掲載アドレス:https://kinki.chemistry.or.jp/csjevent/tiku_hoku22.pdf、令和4年10月21日
(71)【出願人】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(74)【代理人】
【識別番号】100141472
【弁理士】
【氏名又は名称】赤松 善弘
(72)【発明者】
【氏名】米沢 晋
(72)【発明者】
【氏名】金 在虎
(72)【発明者】
【氏名】小林 美月
(72)【発明者】
【氏名】浪江 将成
(72)【発明者】
【氏名】西村 文宏
【テーマコード(参考)】
4F073
【Fターム(参考)】
4F073AA07
4F073AA13
4F073AA15
4F073BA15
4F073DA04
4F073EA01
4F073EA11
4F073EA75
(57)【要約】
【課題】染料によって直接的に着色することが容易であるとともに、染料による着色性、耐水性および耐擦過性に優れている表面改質フッ素樹脂基材およびその製造方法、ならびに塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】X線光電子分光法による光電子スペクトルの結合エネルギーが286~291eVである領域に-CF2CHF-基に基づくピークを有することを特徴とする表面改質フッ素樹脂基材、およびフッ素樹脂基材の表面に貴金属を蒸着させ、得られた貴金属蒸着層を有するフッ素樹脂基材を酸洗することによって貴金属蒸着層を除去した後、貴金属蒸着層が除去されたフッ素樹脂基材の表面にフッ素化処理を施すことを特徴とする表面改質フッ素樹脂基材の製造方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面がフッ素で改質されてなるフッ素樹脂基材であって、X線光電子分光法による光電子スペクトルの結合エネルギーが286~291eVである領域に-CF2CHF-基に基づくピークを有することを特徴とする表面改質フッ素樹脂基材。
【請求項2】
請求項1に記載の表面改質フッ素樹脂基材が着色剤によって着色されてなり、前記着色剤が塩基性染料であることを特徴とする着色された表面改質フッ素樹脂基材。
【請求項3】
表面がフッ素で改質されてなるフッ素樹脂基材を製造する方法であって、フッ素樹脂基材の表面に貴金属を蒸着させ、得られた貴金属蒸着層を有するフッ素樹脂基材を酸洗することによって貴金属蒸着層を除去した後、貴金属蒸着層が除去されたフッ素樹脂基材の表面にフッ素化処理を施すことを特徴とする表面改質フッ素樹脂基材の製造方法。
【請求項4】
請求項3で得られた表面改質フッ素樹脂基材を塩基性染料で着色することを特徴とする着色された表面改質フッ素樹脂基材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面改質フッ素樹脂基材に関する。さらに詳しくは、本発明は、フッ素樹脂が本来有している耐熱性および耐薬品性に加え、着色性にも優れていることから、例えば、ガスケット、パッキン、ねじシール用テープなどのシール材、電線・ケーブルの被覆材、電気・電子部品、半導体材料、薬品容器などの理化学機器、装飾材料などの種々の用途に使用することが期待される表面改質フッ素樹脂基材およびその製造方法、ならびに前記表面改質フッ素樹脂基材が塩基性染料で着色されてなる着色された表面改質フッ素樹脂基材およびその製造方法に関する。
【0002】
なお、本発明において、表面改質フッ素樹脂基材は、表面が改質されたフッ素樹脂基材を意味する。
【背景技術】
【0003】
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)に代表されるフッ素樹脂は、化学的に安定しており、耐熱性および耐薬品性を有することから、化学分野、医療分野などの幅広い分野で用いられている。しかし、フッ素樹脂は、その表面が不活性であることから、塗装、印刷、接着などの処理をフッ素樹脂に施すことが困難である。
【0004】
フッ素樹脂系シートに親水化処理が施されている親水化シートとして、フッ素系樹脂シートの表面が水酸基含有化合物、カルボン酸基含有化合物、スルホン酸基含有化合物、エーテル基含有化合物エポキシ基含有化合物、アミノ基含有化合物などの親水性基を有する化合物で被覆されている親水化シートが提案されている(例えば、特許文献1の請求項1および段落[0046]-[0047]参照)。しかし、前記親水化シートでは、当該親水化シートに使用されているフッ素樹脂系シート自体が親水性を有するものではないことから、当該フッ素樹脂系シート自体を直接的に着色させることができず、親水化シートを作製する際に親水性基を有する化合物をフッ素樹脂系シートに被覆するという煩雑な操作が必要となるのみならず、当該親水性基を有する化合物の被膜が摺擦などによってフッ素樹脂系シートから容易に剥離し、親水化シートの親水性が失われるおそれがある。
【0005】
ポリテトラフルオロエチレン膜(PTFE膜)を親水化させる方法として、(a)多孔質PTFE膜をガスプラズマおよびブロードバンド紫外線(UV)から選択されるエネルギー源に曝露し、前記多孔質PTFE膜に前処理を施すステップと、(b)前記前処理が施された多孔質PTFE膜に処理を施すことによって親水性コーティングを提供するステップと、(c)親水化された多孔質PTFE膜を得るステップとを備える方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。しかし、前記PTFE膜を親水化させる方法では、前記親水化シートと同様に、多孔質PTFE膜自体が親水性を有するものではないことから、当該多孔質PTFE膜自体を直接的に着色させることができず、多孔質PTFE膜に親水性コーティングを施すという煩雑な操作が必要となるのみならず、前記親水性コーティングによる被膜が摺擦によって多孔質PTFE膜から剥離し、多孔質PTFE膜の親水性が失われるおそれがある。
【0006】
フッ素樹脂を親水化させる方法として、フッ素樹脂にH2Oイオンを照射する方法が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。しかし、前記方法によってフッ素樹脂を親水化させた場合、当該フッ素樹脂の親水化がフッ素樹脂表面に水酸基(OH基)が吸着していることに基づくため、親水化されたフッ素樹脂の表面に貴金属蒸着層を形成させたとき当該貴金属蒸着層が剥離するおそれがあり、また染料などの着色剤によって十分に着色させることが困難である。
【0007】
また、親水性の表面を有するポリテトラフルオロエチレンを製造する方法として、反応管内にポリテトラフルオロエチレンを入れ、当該反応管内にアルゴンガスとアンモニアと水蒸気とからなる反応ガス混合物を導入し、プラズマを当該ポリテトラフルオロエチレンに照射する方法が提案されている(例えば、非特許文献2参照)。しかし、前記方法によって得られる表面が親水化されたポリテトラフルオロエチレンの親水性は、プラズマの照射によって付与されるものであるため経時とともに短時間で低下することから、親水性を長時間にわたって維持することが困難である。
【0008】
近年においては、1つの製品に対して外径、内径、線形などが少しずつ異なる複数のフッ素樹脂製のOリングなどのシール材が使用されることが多く、それらのシール材同士は、同一の形状を有することから目視による判別が困難であることから、当該シール材の取り間違いを防止するために当該シール材の外観を目視で観察することによって当該シール材同士を容易に判別することができる手段の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開(WO)第2014/021167号パンフレット
【特許文献2】特開2017-77553号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】鈴木晴視ら、「H2Oイオン照射によるフッ素樹脂の親水化」、表面科学、公益社団法人日本表面科学会、1997年、第18巻、第7号、p.399-404
【非特許文献2】ウェンフェン・ハイ (Wenfeng Hai)ら、「気体のアンモニア-水の低温プラズマを用いた超親水性ポリテトラフルオロエチレン表面の調製 (Preparation of a Super Hydrophilic Polytetrafluoroethylene Surface Using a Gaseous Ammonia-Water Low-temperature Plasma)」、ジャーナル・オブ・フォトポリマー・サイエンス・アンド・テクノロジー (J. photopolym. Sci. Technol.)、28巻、3号、2015年、p.479-483
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、前記従来技術に鑑みてなされたものであり、染料によって直接的に着色することが容易であるとともに、染料による着色性、耐水性および耐擦過性に優れている表面改質フッ素樹脂基材およびその製造方法、ならびに前記表面改質フッ素樹脂基材が塩基性染料で着色されてなる着色された表面改質フッ素樹脂基材およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、
(1) 表面がフッ素で改質されてなるフッ素樹脂基材であって、X線光電子分光法による光電子スペクトルの結合エネルギーが286~291eVである領域に-CF2CHF-基に基づくピークを有することを特徴とする表面改質フッ素樹脂基材、
(2) 前記(1)に記載の表面改質フッ素樹脂基材が着色剤によって着色されてなり、前記着色剤が塩基性染料であることを特徴とする着色された表面改質フッ素樹脂基材、
(3) 表面がフッ素で改質されてなるフッ素樹脂基材を製造する方法であって、フッ素樹脂基材の表面に貴金属を蒸着させ、得られた貴金属蒸着層を有するフッ素樹脂基材を酸洗することによって貴金属蒸着層を除去した後、貴金属蒸着層が除去されたフッ素樹脂基材の表面にフッ素化処理を施すことを特徴とする表面改質フッ素樹脂基材の製造方法、および
(4) 前記(3)で得られた表面改質フッ素樹脂基材を塩基性染料で着色することを特徴とする着色された表面改質フッ素樹脂基材の製造方法
に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、染料によって直接的に着色することが容易であるとともに、染料による着色性、耐水性および耐擦過性に優れている表面改質フッ素樹脂基材およびその製造方法、ならびに前記表面改質フッ素樹脂基材が塩基性染料で着色されてなる着色された表面改質フッ素樹脂基材およびその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちC1sスペクトルを示すグラフである。
図2】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちC1sスペクトルを示すグラフである。
図3】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちF1sスペクトルを示すグラフである。
図4】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちO1sスペクトルを示すグラフである。
図5】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちC1sスペクトルを示すグラフである。
図6】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちF1sスペクトルを示すグラフである。
図7】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちO1sスペクトルを示すグラフである。
図8】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材の波数400~2900cm-1の領域におけるフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を示すグラフである。
図9】実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材の波数1200~4000cm-1の領域におけるフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を示すグラフである。
図10】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材の波数1200~4000cm-1の領域におけるフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を示すグラフである。
図11】未処理のフッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真、実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真、および実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真である。
図12】塩基性染料または酸性染料によって着色された、未処理のフッ素樹脂基材の光学写真および実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材の光学写真である。
図13】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1および実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材、および実施例4で得られた酸処理フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちC1sスペクトルを示すグラフである。
図14】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1および実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材、および実施例4で得られた酸処理フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちF1sスペクトルを示すグラフである。
図15】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1および実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材、および実施例4で得られた酸処理フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちO1sスペクトルを示すグラフである。
図16】未処理のフッ素樹脂基材、実施例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材、および実施例4で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材の波数500~3000cm-1または波数1200~3700cm-1の領域におけるフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を示すグラフである。
図17】未処理のフッ素樹脂基材、および実施例1および実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材を塩基性染料(メチレンブルー)で着色した結果を示す光学写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、表面がフッ素で改質されているフッ素樹脂基材であり、X線光電子分光法による光電子スペクトルの結合エネルギーが286~291eVである領域に-CF2CHF-基に基づくピークを有することを特徴とする。本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、前記特徴を有することから、染料によって直接的に着色することが容易であるとともに、染料による着色性、耐水性および耐擦過性に優れている。
【0016】
本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、例えば、フッ素樹脂基材の表面に貴金属を蒸着させ、得られた貴金属蒸着層を有するフッ素樹脂基材を酸洗することによって貴金属蒸着層を除去した後、貴金属蒸着層が除去されたフッ素樹脂基材の表面にフッ素化処理を施すことによって作製することができる。
【0017】
(1)フッ素樹脂基材
フッ素樹脂基材に用いられるフッ素樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン-エチレン共重合体、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルコキシエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、エチレン-クロロトリフルオロエチレン共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、フッ化ビニリデン-四フッ化エチレン共重合体、フッ化ビニリデン-六フッ化プロピレン共重合体、フルオロエチレン-ビニルエーテル共重合体などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。これらのフッ素樹脂は、それぞれ単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。
【0018】
フッ素樹脂のなかでは、染料によって直接的に着色することが容易であるとともに、染料による着色性、耐水性および耐擦過性に優れている表面改質フッ素樹脂基材を得る観点から、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン-エチレン共重合体、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルコキシエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体およびテトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体が好ましく、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン-エチレン共重合体、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルコキシエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体およびテトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体がより好ましく、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン-エチレン共重合体およびテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルコキシエチレン共重合体がさらに好ましく、ポリテトラフルオロエチレンおよびテトラフルオロエチレン-エチレン共重合体がさらに一層好ましく、ポリテトラフルオロエチレンが特に好ましい。
【0019】
フッ素樹脂基材の形状および大きさは、当該フッ素樹脂基材の用途に応じて適宜決定することが好ましく、本発明は、フッ素樹脂基材の形状および大きさによって限定されるものではない。フッ素樹脂基材の形状としては、例えば、フィルム、シート、プレート、ロッドなどをはじめ、Oリング、ガスケットなどのシール材、薬品容器などの所定形状に成形された成形体の形状などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。
【0020】
フッ素樹脂基材の表面に汚れが付着している場合には、必要により、当該フッ素樹脂基材の表面をあらかじめ洗浄しておいてもよい。フッ素樹脂基材の表面を洗浄する方法としては、例えば、メチルアルコール、エチルアルコールなどの水性有機溶媒で洗浄する方法、界面活性剤の水溶液で洗浄する方法などが挙げられるが、本発明は、かかる方法によって限定されるものではない。
【0021】
(2)フッ素樹脂基材への貴金属の蒸着
フッ素樹脂基材の表面には貴金属の蒸着が施される。本発明においては、フッ素樹脂基材の表面に前処理段階で貴金属の蒸着が施されるので、染料によって直接的に着色することが容易であるとともに、染料による着色性、耐水性および耐擦過性に優れている表面改質フッ素樹脂基材を得ることができる。
【0022】
貴金属としては、金、銀、白金、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウムなどが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。これらの貴金属は、それぞれ単独で用いてもよく、2種類以上の合金であってもよい。これらの貴金属のなかでは、染料によって直接的に着色することが容易であるとともに、染料による着色性、耐水性および耐擦過性に優れている表面改質フッ素樹脂基材を得る観点から、金、銀および白金が好ましく、金および銀がより好ましく、金がさらに好ましい。
【0023】
フッ素樹脂基材の表面に貴金属を蒸着させる方法としては、例えば、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法などの物理蒸着法をはじめ、化学蒸着法などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。フッ素樹脂基材の表面に貴金属を蒸着させる方法として、フッ素樹脂基材の表面に貴金属をイオンプレーティング法によって蒸着させる方法を採用する場合、例えば、イオンコーター〔(株)島津製作所製、品番:IC50〕などを用いてフッ素樹脂基材の表面に貴金属を蒸着させる方法などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。
【0024】
フッ素樹脂基材の表面に蒸着される貴金属の蒸着層の厚さは、染料によって直接的に着色することが容易であるとともに、染料による着色性、耐水性および耐擦過性に優れている表面改質フッ素樹脂基材を得る観点から、5~50nmであることが好ましく、10~30nmであることがより好ましい。
【0025】
以上の操作を行なうことにより、表面に貴金属の蒸着層を有するフッ素樹脂基材(以下、貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材という)が得られる。
【0026】
(3)貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材の酸洗
前記で得られた貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材は、次に酸洗に供される。貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材を酸洗する際には酸洗浄液が用いられる。
【0027】
酸洗浄液は、貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材の貴金属蒸着層を溶解する性質を有し、酸を含有する洗浄液を意味する。
【0028】
酸洗浄液としては、例えば、硫酸、塩酸、硝酸、王水、炭酸などの無機酸が挙げられ、これらのなかから貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材が有する貴金属蒸着層を溶解させるのに適した酸洗浄液を選択して用いることが好ましい。例えば、貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材が有する貴金属蒸着層が金で構成されている場合、酸洗浄液として王水などの金を溶解させることができる酸洗浄液を用いることが好ましい。
【0029】
酸洗浄液のなかでは、貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材が有する貴金属蒸着層に用いられている貴金属の種類にもよるが、当該貴金属を効率よく除去する観点から、硫酸、塩酸および硝酸のうち少なくとも1種を含有する酸洗浄液が好ましく、濃塩酸および濃硝酸を含有する酸洗浄液がより好ましく、濃塩酸および濃硝酸を含有し、濃塩酸と硝酸との容量比(濃塩酸/硝酸)の値が2~4である酸洗浄液がさらに好ましく、濃塩酸および濃硝酸を含有し、濃塩酸と硝酸との容量比(濃塩酸/硝酸)の値が2.5~3.5である酸洗浄液がさらに一層好ましい。なお、前記濃硝酸は、硝酸の濃度が60質量%以上である硝酸水溶液を意味する。また、濃塩酸は、塩化水素の濃度が35質量%以上である塩化水素の水溶液を意味する。
【0030】
酸洗浄液には、前記無機酸以外の酸、例えば、酢酸、クエン酸などの有機酸またはリン酸などの他の無機酸が本願発明の目的を阻害しない範囲内で含まれていてもよい。
【0031】
貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材を酸洗するときの雰囲気は、特に限定されず、空気であってもよく、窒素ガス、アルゴンガスなどの不活性ガスであってもよい。また、貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材を酸洗するときの酸洗浄液の温度は、特に限定されないが、洗浄効率を高める観点から5~60℃であることが好ましく、加熱または冷却の必要がなく、作業性およびエネルギー効率を高める観点から室温であることがより好ましい。
【0032】
貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材の酸洗は、当該貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材に存在している貴金属蒸着層が溶解し、除去されるまで行なうことが好ましい。なお、貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材に酸洗を行なうことにより、酸洗されたフッ素樹脂基材(以下、酸処理フッ素樹脂基材という)の表面には、本発明の目的が阻害されない範囲内で貴金属が完全に除去されずに残存していてもよい。
【0033】
以上のようにして貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材に酸洗を行なうことにより、酸処理フッ素樹脂基材を得ることができるが、貴金属蒸着層含有フッ素樹脂基材の酸洗によって廃液が生じる。当該廃液には再利用可能な貴金属が含まれているので、当該廃液から貴金属を回収して再利用することが好ましい。
【0034】
(4)酸処理フッ素樹脂基材のフッ素化処理
次に、前記で得られた酸処理フッ素樹脂基材にフッ素化処理を施す。酸処理フッ素樹脂基材にフッ素化処理を施す方法としては、例えば、酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させる方法などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。
【0035】
前記酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させるための方法には特に限定がないが、酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させる際にフッ素化ガスが大気中に放出されることを防止する観点から、密閉式のバッチ式反応装置などの反応装置を用い、当該反応装置内で酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させる方法が好ましい。
【0036】
以下において、本発明の説明の便宜上、反応装置を用いて酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させるときの一実施態様について説明するが、本発明は、かかる実施態様のみに限定されるものではない。
【0037】
反応装置を用いて酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させる際には、反応装置内に酸処理フッ素樹脂基材を入れた後、フッ素化ガスによる酸処理フッ素樹脂基材の表面の改質を促進させる観点から、反応装置内を脱気したり、ヘリウムガス、アルゴンガス、窒素ガスなどの不活性ガスで置換したりした後に、反応装置内にフッ素化ガスを導入することが好ましい。
【0038】
反応装置内に入れられる酸処理フッ素樹脂基材の大きさは、本発明の表面改質フッ素樹脂基材の用途、反応装置の大きさなどによって異なるので、一概には決定することができない。したがって、酸処理フッ素樹脂基材の大きさは、本発明の表面改質フッ素樹脂基材の用途、反応装置の大きさなどに応じて適宜調整することが好ましい。
【0039】
反応装置内にフッ素化ガスを導入し、酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させる際には、酸処理フッ素樹脂基材の表面のうち少なくともフッ素化ガスによる改質が必要となる部分にフッ素化ガスが接触するように反応装置内にフッ素化ガスを導入することが好ましい。酸処理フッ素樹脂基材の表面のうちフッ素化ガスによる改質が必要でない部分に、例えば、マスキングテープを貼付したり、マスキング用被膜を形成したりすることにより、当該フッ素化ガスによる改質が必要でない部分をフッ素化ガスから保護することができる。
【0040】
フッ素化ガスとしては、例えば、フッ素(F2)ガス、三フッ化窒素ガス、三フッ化塩素ガス、三フッ化臭素ガス、五フッ化臭素ガス、七フッ化臭素ガス、二フッ化カルボニルガスなどが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。これらのフッ素化ガスは、それぞれ単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。フッ素化ガスのなかでは、取り扱いやすさの観点から、フッ素(F2)ガス、三フッ化窒素ガス、三フッ化塩素ガス、三フッ化臭素ガス、五フッ化臭素ガスおよび七フッ化臭素ガスが好ましく、フッ素(F2)ガス、三フッ化窒素ガスおよび三フッ化塩素ガスがより好ましく、フッ素(F2)ガスがさらに好ましい。フッ素化ガスは、本発明の目的が阻害されない範囲内で、窒素ガス、ヘリウムガス、ネオンガス、アルゴンガス、キセノンガスなどの不活性ガス、四フッ化炭素ガスなどのハロゲン化炭素ガス、酸素ガスなどの希釈ガスで希釈されていてもよい。
【0041】
フッ素化ガスの純度は、染料によって直接的に着色することが容易であるとともに、染料による着色性、耐水性および耐擦過性に優れている表面改質フッ素樹脂基材を効率よく作製する観点から、好ましくは70容量%以上、より好ましくは80容量%以上、さらに好ましくは90容量%以上であり、当該フッ素化ガスの純度の上限値は100容量%である。商業的に容易に入手することができるフッ素化ガスの純度は、一般に70容量%以上であるので、当該フッ素化ガスをそのままの状態で用いることができる。例えば、99容量%以上の高純度を有するフッ素化ガスを使用する場合には、当該フッ素化ガスをそのままの状態で用いてもよく、酸処理フッ素樹脂基材をフッ素化させる前に当該フッ素化ガスが所定の純度を有するように希釈ガスで当該フッ素化ガスを希釈してもよい。
【0042】
酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させる際のフッ素化ガスの圧力は、特に限定されず、大気圧であってもよく、減圧であってもよく、あるいは加圧であってもよく、いずれの圧力でも酸処理フッ素樹脂基材にフッ素化処理を施すことができる。前記フッ素化ガスの圧力は、塩基性染料によって直接的に着色することが容易であるとともに、塩基性染料による着色性に優れている表面改質フッ素樹脂基材を効率よく作製する観点から、0.1kPa(ゲージ圧。以下同様)~大気圧であることが好ましく、反応装置内からのフッ素化ガスの漏出を回避することを考慮して、0.1kPa~大気圧よりも低い圧力であることがより好ましく、0.1~90kPaであることがより一層好ましく、0.3~80kPaであることがさらに好ましく、0.5~50kPaであることがさらに一層好ましい。
【0043】
酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させる際のフッ素化ガスの温度は、効率よく酸処理フッ素樹脂基材をフッ素化させる観点から、好ましくは0℃以上、より好ましくは5℃以上、さらに好ましくは10℃以上であり、操作時の安全性を高める観点から、好ましくは200℃以下、より好ましくは150℃以下、さらに好ましくは100℃以下であり、加熱または冷却の必要がなく、作業性およびエネルギー効率を高める観点から室温であることがさらに一層好ましい。
【0044】
酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させる時間は、酸処理フッ素樹脂基材の表面がフッ素化されるのに要する時間である。
【0045】
酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させる時間は、酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させる際のフッ素化ガスの圧力およびフッ素化ガスの温度などによって異なるので一概には決定することができない。酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させるのに要する時間は、特に限定されないが、酸処理フッ素樹脂基材の表面を十分に改質させる観点から、通常、1分間~1時間程度である。
【0046】
酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させることによって酸処理フッ素樹脂基材の表面が改質される程度は、本発明の表面改質フッ素樹脂基材に着色させる染料の種類、本発明の表面改質フッ素樹脂基材の着色の程度などによって異なるので一概には決定することができないことから、本発明の表面改質フッ素樹脂基材に着色させる染料の種類、本発明の表面改質フッ素樹脂基材の着色の程度などに応じて適宜調整することが好ましい。なお、酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させることによって酸処理フッ素樹脂基材の表面を改質させるとき、当該酸処理フッ素樹脂基材の表面にフッ素が存在する層の厚さは、通常、0.1~0.5nm程度である。
【0047】
酸処理フッ素樹脂基材とフッ素化ガスとを接触させた後には、安全性を高める観点から、不活性ガスを反応装置内に導入し、当該反応装置から排出されるフッ素化ガスを回収し、反応装置内の内部雰囲気を不活性ガスで置換することが好ましい。不活性ガスとしては、例えば、ヘリウムガス、アルゴンガス、窒素ガスなどが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。
【0048】
以上のようにして酸処理フッ素樹脂基材をフッ素化ガスによって改質させることにより、本発明の表面改質フッ素樹脂基材が得られる。本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、前記反応装置から取り出すことによって回収することができる。
【0049】
本発明の表面改質フッ素樹脂基材の表面は、必要により、洗浄してもよい。表面改質フッ素樹脂基材の表面を洗浄する方法としては、例えば、メチルアルコール、エチルアルコールなどの水性有機溶媒を用いて洗浄する方法、界面活性剤の水溶液を用いて洗浄する方法などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。
【0050】
(5)表面改質フッ素樹脂基材
本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、光電子スペクトル(XPSスペクトル)において、結合エネルギーが286~291eVである領域に-CF2CHF-基によるピークを有することを特徴とする。
【0051】
本発明の実施例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材、および未処理のフッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトル(XPSスペクトル)のうちC1sスペクトルが記載されている図1に示されるように、本発明の表面改質フッ素樹脂基材の光電子スペクトル(図1中の符号A)では、結合エネルギーが-CF2CHF-基によるピークPが存在しているのに対し、処理が施されていないフッ素樹脂基材の光電子スペクトル(図1中の符号X)および酸処理フッ素樹脂基材の光電子スペクトル(図1中の符号Y)では、いずれも結合エネルギーが286~291eVである領域に-CF2CHF-基によるピークPが存在していない。このことから、酸処理フッ素樹脂基材にフッ素化処理を施すことにより、286~291eVである領域に-CF2CHF-基による特有のピークPが存在する表面改質フッ素樹脂基材が得られることがわかる。
【0052】
また、本発明の表面改質フッ素樹脂基材の光電子スペクトルにおいて、結合エネルギーが286~291eVである領域に存在しているピーク以外のピークは、処理が施されていないフッ素樹脂基材および酸処理フッ素樹脂基材に見受けられることから、いずれも本発明の酸処理フッ素樹脂基材に特異的なピークではない。
【0053】
したがって、本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、光電子スペクトルの結合エネルギーが286~291eVである領域で、処理が施されていないフッ素樹脂基材および酸処理フッ素樹脂基材には見られない特徴的なピークPを有しており、当該ピークPは、-CF2CHF-基に帰属するものであり、当該-CF2CHF-基は、親水性基である。
【0054】
ところで、X線光電子スペクトルでは、原子やイオンが陽性を帯びるほどピークが高エネルギー側にシフトし、これとは逆に陰性を帯びるほどピークが低エネルギー側にシフトする。炭素原子とフッ素原子とではフッ素原子のほうが大きい電気陰性度を有することから、C-F結合においては、本来は炭素原子周辺に存在するべき電子がフッ素原子側に引き付けられる。すなわち、炭素原子は、フッ素原子と結合することによって陽性になり、X線光電子スペクトルでは、ピーク位置が高エネルギー側にシフトする。結合するフッ素原子の数が多いほど炭素原子の陽性がより大きくなることから、CF3-CF2-基中の炭素原子は、固体試料中では最も高エネルギーにシフトすると考えられ、通常、X線光電子スペクトルにおいて291~295eVにピークを有する。他方、炭素原子は、フッ素原子とは結合せずに炭素原子のみと結合する場合(単体の場合)、X線光電子スペクトルにおいて284~285eVにピークを有する。-CF2CHF-基では、炭素原子は、フッ素原子1個または2個と結合しており、炭素原子よりも電気陰性度が小さい水素原子1個と結合している炭素原子を含んでいる。
【0055】
炭素原子とフッ素原子との結合1個あたりの陽性付与度を+1とし、炭素原子と水素原子との結合1個あたりの陽性付与度を-1とし、炭素原子と炭素原子との結合は陽性および陰性に影響しないことから炭素原子と炭素原子との結合1個あたりの陽性付与度を0(ゼロ)とすると、-CF2CHF-基では炭素原子1個あたりの陽性付与度が+1となり、CF3-CF2-基では炭素原子1個あたりの陽性付与度が+2.5となり、炭素単体では陽性付与度が0(ゼロ)となる。このことから、原子の陽性付与度によってピーク位置がシフトするX線光電子スペクトルにおいては、-CF2CHF-基に含まれる炭素原子は、CF3-CF2-基に基づくピークと単体の炭素原子に基づくピークとの中間の結合エネルギー値でピークを有する。
【0056】
したがって、本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、光電子スペクトルの結合エネルギーが286~291eVである領域で当該-CF2CHF-基に基づくピークPを有することから、親水性に優れており、ひいては染料による着色性に優れており、耐水性および耐擦過性にも優れている。
【0057】
本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、前記-CF2CHF-基を有するが、当該-CF2CHF-基の末端にカルボキシル基、水酸基またはフルオロオキシカルボニル基〔FOC(=O)-基〕が存在することが好ましい。前記表面改質フッ素樹脂基材が有する-CF2CHF-基の末端にカルボキシル基、水酸基またはフルオロオキシカルボニル基を有する基としては、式(I):
-CF2CHF-COOR1 (I)
(式中、R1は水素原子、水酸基またはフッ素原子を示す)
で表わされる基が挙げられる。当該カルボキシル基、水酸基およびフルオロオキシカルボニル基は、いずれも親水性基であるので、本発明の表面改質フッ素樹脂基材の染料による着色性を向上するものと考えられる。
【0058】
なお、本発明の表面改質フッ素樹脂基材の光電子スペクトル(XPSスペクトル)は、以下の実施例に記載の方法に基づいて測定したときのスペクトルである。
【0059】
また、図1に示されるように、本発明の表面改質フッ素樹脂基材の光電子スペクトルの結合エネルギーが286~291eVである領域で存在しているピークPでの結合エネルギー強度(図1の縦軸)は、処理が施されていないフッ素樹脂基材および酸処理フッ素樹脂基材よりも高いことから、本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、処理が施されていないフッ素樹脂基材および酸処理フッ素樹脂基材よりも親水性に優れていることがわかる。本発明の表面改質フッ素樹脂基材の光電子スペクトルの結合エネルギーが286~291eVである領域で存在しているピークPでの結合エネルギー強度は、処理が施されていないフッ素樹脂基材と対比して約1.7倍以上であり、酸処理フッ素樹脂基材と対比して約1.2倍以上であることからも本発明の表面改質フッ素樹脂基材は親水性に優れていることがわかる。
【0060】
(6)染料
着色剤には、主として染料および顔料がある。本発明では、これらのうち着色剤として染料が用いられる。
【0061】
染料には、例えば、塩基性染料、酸性染料、分散染料、反応染料、直接染料、硫化染料、建染染料、アゾイック染料、媒染染料、複合染料などの種々の種類がある。本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、これらの染料のなかでも特に塩基性染料による着色性に優れている。したがって、本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、塩基性染料による着色用表面改質フッ素樹脂基材として好適に用いることができる。
【0062】
(7)塩基性染料
塩基性染料は、アミノ基、置換アミノ基、イミノ基などの塩基性基を有し、その水溶液が陽イオンとなる性質を有する染料である。
【0063】
塩基性染料としては、例えば、フタロシアニン系塩基性染料、アジン系塩基性染料、アゾ系塩基性染料、ベンゾチアゾールアゾ系塩基性染料、チアゾールアゾ系塩基性染料、トリアゾールアゾ系塩基性染料、アゾメチン系塩基性染料、アザメチン系塩基性染料、ポリメチン系塩基性染料、アントラキノン系塩基性染料、トリアリールメタン系塩基性染料、キサンテン系塩基性染料、ローダミン系塩基性染料、チアジン系塩基性染料、オキサジン系塩基性染料、ジアリールメタン系塩基性染料、トリアリールメタン系塩基性染料、アクリジン系ジアリールメタン系塩基性染料、インドール系塩基性染料などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。これらの塩基性染料は、それぞれ単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。塩基性染料の色彩は、任意であり、本発明の表面改質フッ素樹脂基材の用途に応じて適宜選択することが好ましい。
【0064】
塩基性染料は、必要により、所望の着色性(着色濃度)を有するようにするために、例えば、水などで適宜希釈してもよい。本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、前記塩基性染料が低濃度に希釈されている希釈液に対しても優れた着色性を有する。なお、塩基性染料には、本発明の目的を阻害しない範囲内で塩基性染料以外の染料が含まれていてもよい。
【0065】
(8)着色方法
表面改質フッ素樹脂基材を塩基性染料で着色する方法としては、例えば、表面改質フッ素樹脂基材を塩基性染料またはその希釈液〔以下、塩基性染料(希釈液)という〕に浸漬する方法、表面改質フッ素樹脂基材上に塩基性染料(希釈液)を塗布する方法などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。塩基性染料は、液体である場合、そのままの状態で使用することができるが、表面改質フッ素樹脂基材が所望の明度を有するように、必要により水などの溶媒で希釈して用いてもよい。塩基性染料が粉体である場合、水などの溶媒に溶解させて用いることができる。
【0066】
表面改質フッ素樹脂基材を塩基性染料(希釈液)で着色する際の塩基性染料の液温は、特に限定されず、塩基性染料の種類に応じて適宜設定することが好ましいが、通常、5~90℃であり、表面改質フッ素樹脂基材を効率よく着色するとともに塩基性染料の変性を抑制する観点から30~80℃であることが好ましく、エネルギー効率を高める観点から室温であることが好ましい。
【0067】
表面改質フッ素樹脂基材を塩基性染料(希釈液)で着色するのに要する時間は、塩基性染料の種類、本発明の表面改質フッ素樹脂基材に必要とされる色彩の濃度などによって異なるので一概には決定することができないことから、塩基性染料の種類、前記該色彩の濃度などに応じて適宜決定することが好ましい。表面改質フッ素樹脂基材に着色される色彩の濃度は、塩基性染料の希釈度、塩基性染料の温度、表面改質フッ素樹脂基材の着色時間などを調節することによって容易に調整することができる。
【0068】
なお、表面改質フッ素樹脂基材に着色させない箇所がある場合、当該着色させない箇所をマスキングテープなどでマスキングした後、塩基性染料(希釈液)で当該表面改質フッ素樹脂基材を着色することができる。
【0069】
また、表面改質フッ素樹脂基材に着色させない箇所にマスキングテープなどでマスキングし、表面改質フッ素樹脂基材を塩基性染料で着色した後、マスキングを除去し、着色された箇所をマスキングテープなどでマスキングし、表面改質フッ素樹脂基材を前記塩基性染料とは異なる色彩を有する塩基性染料で着色することにより、表面改質フッ素樹脂基材に多色刷りを施すこともできる。
【0070】
このように複数の色彩を有する塩基性染料を用いて表面改質フッ素樹脂基材に多色刷りを施すことにより、所望の文字、図形、記号などの情報、色彩、模様などを表面改質フッ素樹脂基材の表面に付与することができる。これらの情報などが表面に付与された表面改質フッ素樹脂基材は、他の表面改質フッ素樹脂基材に対する識別力を有することから、例えば、識別力が要求されるパッキンなどの種々の用途に展開して使用することが期待される。
【0071】
以上のようにして表面改質フッ素樹脂基材を塩基性染料で着色することにより、着色された表面改質フッ素樹脂基材が得られる。
【0072】
本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、塩基性染料によって直接的に着色することが容易であるとともに、塩基性染料による着色性に優れており、塩基性染料によって着色された表面改質フッ素樹脂基材は、耐水性および耐擦過性に優れている。
【0073】
したがって、塩基性染料によって着色されたフッ素樹脂基材は、例えば、ガスケット、パッキン、ねじシール用テープなどのシール材、電線・ケーブルの被覆材、電気・電子部品、半導体材料、薬品容器などの理化学機器、装飾材料などの種々の用途に使用することが期待される。
【0074】
また、本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、塩基性染料による着色性に優れており、種々の色彩を有する塩基性染料によって着色することができるので、Oリングなどのシール材に使用したとき、外径、内径、線形などが少しずつ異なる複数のシール材をそれぞれ色彩が異なる塩基性染料で着色することにより、各シール材の種類を目視によって容易に識別することができる。
【実施例0075】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明は、かかる実施例のみに限定されるものではない。
【0076】
各実施例および各比較例で得られた表面改質フッ素樹脂基材および未処理のフッ素樹脂基材の物性は、以下の方法に基づいて調べた。なお、被験試料として、一片の長さが10mmである正方形の平面形状を有する表面改質フッ素樹脂基材および未処理のフッ素樹脂基材を用いた。
【0077】
(1)水との接触角
接触角計〔協和界面科学(株)製、品番:DM-701〕を用い、室温(約23℃)の空気中にて被験試料と水滴径1mmの水との接触角を測定した。
【0078】
(2)結合エネルギー強度
光電子分析装置〔日本電子(株)製、品番:JPS-9010MC〕を用い、以下の「X線光電子分光分析(XPS)の測定条件」の記載に基づいて被験試料における各種原子の結合エネルギー強度を測定した。
【0079】
〔X線光電子分光分析(XPS)の測定条件〕
[測定条件]
・分析対象元素:4Be~92
・X線源:Mg
・電源出力:600W(12kV、50mA)
・エネルギーアナライザー:中心起動半径:100mm、静電半球形
・結合エネルギー範囲:250~700eV
・到達真空度測定:10-8Paオーダー
【0080】
(3)フーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)
フーリエ変換赤外分光光度計〔サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)製、品番:Nicolet380+SmartOrbitダイヤモンドATR〕を用いて被験試料のフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)を行なった。
【0081】
(4)原子間力顕微鏡観察
原子間力顕微鏡〔(株)エスアイアイ・ナノテクノロジー製、品番:NANONAVI〕を用いて被験試料の表面状態を観察した。
【0082】
(5)着色性
被験試料を液温が70℃の0.05mmol/Lメチレンブルー〔(株)ビクセン製〕(チアジン系塩基性染料)水溶液中に1時間浸漬させることによって着色させた後、当該メチレンブルーから取り出し、紙ウエス〔日本製紙クレシア(株)製、キムワイプS-200〕で被験試料の表面に付着しているメチレンブルーを拭き取った後、着色前後の被験試料の色彩を目視で調べるとともに、小型分光測色計〔ケイエルブイ(株)製、商品名:Spectro 1TM〕で調べた。
【0083】
なお、被験試料を上記のように染料水溶液に浸漬されるだけで着色させることができた場合、当該被験試料は、着色性に優れていると評価される。
【0084】
(6)耐水性
着色されている被験試料を25℃の水中に24時間浸漬した後、水中から取り出し、紙ウエス〔日本製紙クレシア(株)製、キムワイプS-200〕で被験試料の表面に付着している水分を拭き取って除去し、水中に浸漬する前後で被験試料の表面の色彩に変化がないかどうかを目視で観察することによって耐水性を評価した。
【0085】
(7)耐擦過性
着色されている被験試料の表面をプラスチック消しゴム〔(株)シード製、商品名:レーダーS60〕で10往復軽く擦ったときに着色の脱落がないかどうかを目視によって観察した。
【0086】
実施例1
基材としてポリテトラフルオロエチレンからなる表面が平滑なフッ素樹脂基材(縦:10mm、横:10mm、厚さ:1mm)を用いた。この未処理(処理前)のフッ素樹脂基材と水との接触角は、107°であった。
【0087】
次に、イオンコーター〔(株)島津製作所製、品番:IC50〕を用い、電流6.0mAの条件で貴金属として金を前記フッ素樹脂基材に3分間蒸着させることにより、金の蒸着層の厚さが約30nmである金蒸着層含有フッ素樹脂基材を得た。
【0088】
前記で得られた金蒸着層含有フッ素樹脂基材を液温が室温(約23℃)である王水中に5分浸漬させることにより、金蒸着層含有フッ素樹脂基材に酸処理を施し、金蒸着層含有フッ素樹脂基材の金蒸着層を溶解させて除去することにより、酸処理フッ素樹脂基材を得た。金蒸着層が除去されていることは、目視によって確認した。前記酸処理フッ素樹脂基材の表面に王水が付着しているので、前記酸処理フッ素樹脂基材を水洗した後、前記酸処理フッ素樹脂基材に付着している水分を紙ウエス〔日本製紙クレシア(株)製、キムワイプS-200〕で拭き取った。前記で得られた酸処理フッ素樹脂基材と水との接触角を測定したところ、82°であった。
【0089】
次に、前記酸処理フッ素樹脂基材をニッケル製の反応管(内径:20mm、長さ:250mm)内に入れた後、当該反応管内の不純物ガスを除去するために、室温下で反応装置の内圧が0.1Pa以下となるまで減圧した。
【0090】
反応管内にフッ素ガス(純度:99.7%)を導入し、反応管内のフッ素ガスの圧力を13.3KPaに調整した後、室温(約23℃)で1時間静置することにより、フッ素ガスと前記酸処理フッ素樹脂基材とを接触させ、前記酸処理フッ素樹脂基材の表面を改質させることにより、表面改質フッ素樹脂基材を得た。前記で得られた表面改質フッ素樹脂基材を反応管から取り出し、当該表面改質フッ素樹脂基材と水との接触角を測定したところ、当該接触角は64°であった。
【0091】
実施例2
実施例1において、貴金属として金の代わりに銀を用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を行なうことにより、銀蒸着層含有フッ素樹脂基材を作製し、酸処理フッ素樹脂基材を作製し、次いで表面改質フッ素樹脂基材を作製した。
【0092】
前記で得られた酸処理フッ素樹脂基材と水との接触角は48°であり、前記で得られた表面改質フッ素樹脂基材と水との接触角は58°であった。
【0093】
実施例3
実施例1において、金の代わりに白金を用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を行なうことにより、白金蒸着層含有フッ素樹脂基材を作製し、酸処理フッ素樹脂基材を作製し、次いで表面改質フッ素樹脂基材を作製した。
【0094】
前記で得られた酸処理フッ素樹脂基材と水との接触角は78°であり、前記で得られた表面改質フッ素樹脂基材と水との接触角は57°であった。
【0095】
比較例1
実施例1において、金の代わりに銅を用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を行なうことにより、銅蒸着層含有フッ素樹脂基材を作製し、酸処理フッ素樹脂基材を作製し、次いで表面改質フッ素樹脂基材を作製した。
【0096】
前記で得られた酸処理フッ素樹脂基材と水との接触角は69°であり、前記で得られた表面改質フッ素樹脂基材と水との接触角は73°であった。
【0097】
比較例2
実施例1で用いられた未処理のフッ素樹脂基材を用いた。当該フッ素樹脂基材と水との接触角は、107°であった。
【0098】
次に各実施例および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材、および比較例2で使用された未処理のフッ素樹脂基材を用いて各種物性を測定した。その結果を以下に示す。
【0099】
(1)水との接触角
各実施例で得られた酸処理フッ素樹脂基材では、いずれも水との接触角が60°以下であったことから、未処理のフッ素樹脂基材(水との接触角:107°)と対比して水濡れ性に優れていることがわかる。
【0100】
また、実施例1および実施例3で得られた表面改質フッ素樹脂基材では、水との接触角がそれぞれ64°および57°であったことから、酸処理フッ素樹脂基材(水との接触角:107°)と対比して水濡れ性が大幅に向上していることがわかる。実施例2および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材では、酸処理フッ素樹脂基材と対比して水濡れ性が若干低下しているが、未処理のフッ素樹脂基材と対比して水濡れ性に優れていることがわかる。
【0101】
(2)結合エネルギー強度
未処理のフッ素樹脂基材、実施例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材のX線光電子分光分析を調べた。その結果を図1に示す。
【0102】
図1は、未処理のフッ素樹脂基材、実施例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちC1sスペクトルを示すグラフである。図1において、符号Xは未処理のフッ素樹脂基材の光電子スペクトル、符号Yは酸処理フッ素樹脂基材の光電子スペクトル、符号Aは表面改質フッ素樹脂基材の光電子スペクトルである。
【0103】
図1に示された結果から、未処理のフッ素樹脂基材で結合エネルギーが約293eVである箇所に存在しているCF3-CF2-基に基づくピークは、酸処理フッ素樹脂基材では大きく消失し、表面改質フッ素樹脂基材ではほぼ完全に消失していることがわかる。
【0104】
また、表面改質フッ素樹脂基材の光電子スペクトル(図1中の符号A)では、結合エネルギーが286~291eVである領域に-CF2CHF-基によるピークPが存在している。ピークPは、処理が施されていないフッ素樹脂基材および酸処理フッ素樹脂基材では見受けられないことから、表面改質フッ素樹脂基材に特有の特徴的なピークであることがわかる。ピークPは、-CF2CHF-基の存在を示しており、-CF2CHF-基は親水性基である。したがって、前記表面改質フッ素樹脂基材は、光電子スペクトルの結合エネルギーが286~291eVである領域で-CF2CHF-基に基づく特有のピークPを有しているので、染料による着色性、耐水性および耐擦過性に優れているものと認められる。
【0105】
ピークP以外のピークについては、処理が施されていないフッ素樹脂基材および酸処理フッ素樹脂基材と同様に見受けられることがわかる。
【0106】
次に、未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちC1sスペクトルを図2に、F1sスペクトルを図3に、O1sスペクトルを図4に示す。
【0107】
図2~4において、符号Xは未処理のフッ素樹脂基材の光電子スペクトル、符号Aは実施例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材の光電子スペクトル、符号Bは実施例2で得られた酸処理フッ素樹脂基材の光電子スペクトル、符号Cは実施例3で得られた酸処理フッ素樹脂基材の光電子スペクトル、符号Dは比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材の光電子スペクトルを示す(以下において同じ)。
【0108】
図2に示された結果から、実施例1~3で得られた酸処理フッ素樹脂基材では、未処理のフッ素樹脂基材が290~295eVの結合エネルギー領域にメインピークとして有しているピークが消失、すなわち未処理のフッ素樹脂基材の表面付近のC-F結合が切断されて消失し、結合エネルギー284eV付近にピークが生じていることからC-C結合が生成し、結合エネルギー286~289eV付近にショルダーピークが出現していることから水素原子(H)および酸素原子(O)と結合している炭素原子が生じていることがわかる。
【0109】
比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材では、未処理のフッ素樹脂基材が290~295eVの結合エネルギー領域でメインピークとして有しているピークが消失、すなわち未処理のフッ素樹脂基材の表面付近のC-F結合が切断されて消失し、結合エネルギー284eV付近にピークが生じていることからC-C結合が生成したが、実施例1~3と異なり結合エネルギー286~289eV付近にショルダーピークが出現しなかったことから、水素原子(H)および酸素原子(O)と結合している炭素原子が生成していないことがわかる。また、比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材では、結合エネルギー291eV付近に実施例1~3では見られなかったピークが出現していることから、酸処理によって貴金属の被膜の下に存在していた未処理に近い状態のCF3-CH2-基が露出していることがわかる。
【0110】
図3に示された結果から、実施例1~3で得られた酸処理フッ素樹脂基材では、未処理のフッ素樹脂基材において結合エネルギーが687~693eVである領域に存在するパーフルオロ状態に近い状態にあるフッ素原子に基づくピークが著しく減少している。このことから、フッ素樹脂基材に貴金属蒸着層を形成させた後、酸処理することにより、フッ素樹脂基材上に存在しているフッ素原子が減少することがわかる。
【0111】
また、図4に示された結果から、実施例1~3で得られた酸処理フッ素樹脂基材では、未処理のフッ素樹脂基材と対比して結合エネルギーが529~534eVである領域に存在するカルボニル基や水酸基などの含酸素官能基が有する酸素原子に基づくピークが増大していることがわかる。このことから、フッ素樹脂基材に貴金属蒸着層を形成させることにより、フッ素脂基材の表面に酸素原子が存在しているものと考えられる。
【0112】
以上のことから、フッ素樹脂基材に貴金属蒸着層を形成させることにより、C-F結合が切断されて消失し、親水性に関与する官能基が生成するものと考えられ、このことは、前述の酸処理フッ素樹脂基材と水との接触角が小さくなっていることと符合している。
【0113】
次に、未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちC1sスペクトルを図5に、F1sスペクトルを図6に、O1sスペクトルを図7に示す。
【0114】
図5に示された結果から、実施例1~3で得られた表面改質フッ素樹脂基材では、未処理のフッ素樹脂基材が290~295eVの結合エネルギー領域でメインピークとして有しているピークが消失、すなわち未処理のフッ素樹脂基材の表面付近のC-F結合が切断されて消失し、結合エネルギー284~285eV付近にピークが生じていることからC-C結合が生成し、結合エネルギーが286~289eV付近にピークが出現したことから水素原子(H)および酸素原子(O)と結合している炭素原子が生じていることがわかる。
【0115】
比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材では、未処理のフッ素樹脂基材が290~295eVの結合エネルギー領域でメインピークとして有しているピークが消失、すなわち未処理のフッ素樹脂基材の表面付近のC-F結合が切断されて消失し、結合エネルギー284~285eV付近にピークが生じていることからC-C結合が生成し、結合エネルギーが286~289eV付近にピークが出現していることから水素原子(H)および酸素原子(O)と結合している炭素原子が生じ、結合エネルギー291eV付近にピークが存在することからほぼ完全にフッ素化されている炭素原子が残存していることがわかる。
【0116】
また、図6に示された結果から、実施例1~3で得られた表面改質フッ素樹脂基材では、結合エネルギーが688~692eVである領域に存在している未処理のフッ素樹脂基材のフッ素原子の結合に基づくピークが著しく減少している。このことから、フッ素樹脂基材の表面に貴金属層を形成させることにより、フッ素樹脂基材に存在しているフッ素原子が減少することがわかる。
【0117】
さらに、図7に示された結果から、実施例1~3で得られた表面改質フッ素樹脂基材では、未処理のフッ素樹脂基材の結合エネルギーと対比して、結合エネルギーが530~535eVである領域に存在する酸素原子の結合に基づくピークが増大している。このことから、フッ素樹脂基材の表面に貴金属蒸着層を形成させることにより、フッ素脂基材の表面に酸素原子が存在しているものと考えられる。
【0118】
以上のことから、フッ素樹脂基材の表面に貴金属蒸着層を形成させることにより、C-F結合が切断されて消失し、その後の酸処理過程を経て親水性に関与する官能基が生成しているものと考えられ、このことは、前述の酸処理フッ素樹脂基材と水との接触角が低くなっていることと符合している。
【0119】
(3)フーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)
未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材のフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を図8に示す。
【0120】
図8において、(a)は、未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材の波数400~2900cm-1の領域におけるフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を示すグラフ、(b)は、未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材の波数400~2900cm-1の領域におけるフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を示すグラフである。
【0121】
図8に示された結果から、未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材のいずれにおいても、1201.65cm-1にCF2に基づくピークおよび1145.72cm-1にCF3に基づくピークが存在することがわかる。
【0122】
次に、未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材の波数1200~4000cm-1の領域におけるフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を図9に示す。
【0123】
また、未処理のフッ素樹脂基材、実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材の波数1200~4000cm-1の領域におけるフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を図10に示す。
【0124】
図9および図10に示された結果から、実施例1~3で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材では、O-H結合および炭素-酸素二重結合の生成が認められるのに対し、比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材では、O-H結合および炭素-炭素二重結合の生成がほとんど認められないことがわかる。
【0125】
(4)原子間力顕微鏡観察(AFM)
図11に、未処理のフッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真、実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真、および実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真を示す。
【0126】
図11において、(A)は未処理のフッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真、(B)は実施例1~3および比較例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真、(C)は実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真である。図11(B)および(C)において、Auは実施例1で金蒸着層含有フッ素樹脂基材を用いて作製された表面改質フッ素樹脂基材または表面改質フッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真、Agは実施例2で銀蒸着層含有フッ素樹脂基材を用いて作製された表面改質フッ素樹脂基材または表面改質フッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真、Ptは実施例3で白金蒸着層含有フッ素樹脂基材または表面改質フッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真、Cuは比較例1で銅蒸着層含有フッ素樹脂基材または表面改質フッ素樹脂基材の原子間力顕微鏡写真である。
【0127】
図11に示された結果から、酸処理フッ素樹脂基材にフッ素化処理を施すことにより、酸処理フッ素樹脂基材の表面がわずかに粗化されるとともにピットが形成されると考えられ、その結果、表面改質フッ素樹脂基材の表面粗さRaにばらつきが見受けられる。
【0128】
(5)着色性
塩基性染料または酸性染料によって着色された、未処理のフッ素樹脂基材の光学写真および実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材の光学写真を図12に示す。
【0129】
〔塩基性染料による着色〕
塩基性染料としてメチレンブルーによって着色された未処理のフッ素樹脂基材の光学写真を図12(1)に示す。また、実施例1~3および比較例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材の光学写真を図12(2)に示す。
【0130】
なお、図12(2)において、Auは実施例1で金蒸着層含有フッ素樹脂基材を用いて作製された表面改質フッ素樹脂基材の着色性を調べた結果、Agは実施例2で銀蒸着層含有フッ素樹脂基材を用いて作製された表面改質フッ素樹脂基材の着色性を調べた結果、Ptは実施例3で白金蒸着層含有フッ素樹脂基材を用いて作製された表面改質フッ素樹脂基材の着色性を調べた結果、Cuは比較例1で銅蒸着層含有フッ素樹脂基材を用いて作製された表面改質フッ素樹脂基材の着色性を調べた結果を示す。
【0131】
図12に示された結果から、未処理のフッ素樹脂基材は、塩基性染料によってほとんど着色されないのに対し、各実施例で得られた表面改質フッ素樹脂基材は、いずれも塩基性染料によって顕著に着色されることがわかる。
【0132】
次に、メチレンブルーによって着色された、未処理のフッ素樹脂基材、実施例1で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材の色彩をそれぞれ小型分光測色計〔ケイエルブイ(株)製、商品名:Spectro 1TM〕で調べた。
【0133】
その結果、着色された未処理のフッ素樹脂基材では、CIELab L(明るさの度合)が92.0で明るく、CIELab b(青みの度合)が-1.3で青みが薄いことが確認された。
【0134】
これに対して、着色された酸処理フッ素樹脂基材では、CIELab L(明るさの度合)が70.7であったことから、着色された未処理のフッ素樹脂基材よりも明るさが低下して着色の度合いが進み、CIELab b(青みの度合)が-15.0であったことから青みの度合が高められていることが確認された。
【0135】
また、着色された表面改質フッ素樹脂基材では、CIELab L(明るさの度合)が62.9であったことから、着色された未処理のフッ素樹脂基材および着色された酸処理フッ素樹脂基材と対比して明るさが低下しているので着色の度合いがさらに進み、CIELab b(青みの度合)が-24.5であったことから、着色された未処理のフッ素樹脂基材および着色された酸処理フッ素樹脂基材と対比して青みの度合が顕著に高められていることがわかる。
【0136】
以上の結果から、前記表面改質フッ素樹脂基材は、塩基性染料による着色性に優れていることがわかる。
【0137】
なお、前記では表面改質フッ素樹脂基材として実施例1で金蒸着層含有フッ素樹脂基材を用いて作製された表面改質フッ素樹脂基材が用いられているが、当該表面改質フッ素樹脂基材の代わりに、実施例2で銀蒸着層含有フッ素樹脂基材を用いて作製された表面改質フッ素樹脂基材および実施例3で白金蒸着層含有フッ素樹脂基材を用いて作製された表面改質フッ素樹脂基材を用いた場合でも、実施例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材と同様に、塩基性染料による着色性に優れていることが確認された。
【0138】
〔酸性染料による着色〕
前記「塩基性染料による着色」において、塩基性染料の代わりに酸性染料〔アシッドレッド(Acid Red)52〕を用いたこと以外は、前記「塩基性染料による着色」に記載の方法と同様にして実施例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材を着色した結果を図12(3)に示す。
【0139】
図12(3)は、実施例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材を酸性染料(アシッドレッド52)で着色したときの表面改質フッ素樹脂基材の光学写真である。図13(3)に示されるように、表面改質フッ素樹脂基材は、酸性染料によってほとんど着色されないことがわかる。
【0140】
以上の結果から、各実施例で得られた表面改質フッ素樹脂基材は、いずれも塩基性染料によって顕著に着色されることがわかる。
【0141】
(6)耐水性
実施例1~3で得られた表面改質フッ素樹脂基材をそれぞれ25℃の水中に24時間浸漬した後、水中から取り出し、紙ウエス〔日本製紙クレシア(株)製、キムワイプS-200〕でフッ素樹脂基材の表面に付着している水分を軽く拭き取り、各表面改質フッ素樹脂基材を水中に浸漬する前後で表面改質フッ素樹脂基材の表面の色彩に変化がないかどうかを目視で観察した。その結果、いずれの表面改質フッ素樹脂基材においても表面の色彩に変化が認められなかった。
【0142】
以上の結果から、各実施例で得られた表面改質フッ素樹脂基材は、いずれも耐水性に優れていることがわかる。
【0143】
(7)耐擦過性
実施例1~3で得られた表面改質フッ素樹脂基材の表面処理が施されている面をプラスチック消しゴム〔(株)シード製、商品名:レーダーS60〕で10往復軽く擦ったときに着色の脱落がないかどうかを目視によって観察した結果、いずれの表面改質フッ素樹脂基材においても着色の脱落が認められなかった。
【0144】
以上の結果から、各実施例で得られた表面改質フッ素樹脂基材は、いずれも耐擦過性に優れていることがわかる。
【0145】
実施例4
実施例1において、反応管内のフッ素ガスの圧力を13.3kPaから大気圧に変更したこと以外は、実施例1と同様の操作を行なうことにより、金蒸着層含有フッ素樹脂基材を作製し、酸処理フッ素樹脂基材を作製し、次いで表面改質フッ素樹脂基材を得た。
【0146】
なお、前記で得られた酸処理フッ素樹脂基材と水との接触角を実施例1と同様にして調べたところ、当該接触角は82°であり、前記で得られた表面改質フッ素樹脂基材と水との接触角を実施例1と同様にして調べたところ、当該接触角は50°であった。
【0147】
次に前記で得られた表面改質フッ素樹脂基材および未処理のフッ素樹脂基材を用いて各種物性を測定した。その結果を以下に示す。
【0148】
(1)結合エネルギー強度
未処理のフッ素樹脂基材、実施例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材、実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材および実施例4で得られた酸処理フッ素樹脂基材のX線光電子分光法による光電子スペクトルのうちC1sスペクトルを図13に、F1sスペクトルを図14に、O1sスペクトルを図15に示す。
【0149】
図13~15において、符号Xは未処理のフッ素樹脂基材の光電子スペクトル、符号Yは実施例4で得られた酸処理フッ素樹脂基材の光電子スペクトル、符号Pは実施例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材の光電子スペクトル、符号Qは実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材の光電子スペクトルを示す。
【0150】
図13に示された結果から、表面改質フッ素樹脂基材(符号Pおよび符号Q)では、結合エネルギー291~295eVである領域で未処理のフッ素樹脂基材(符号X)が有しているC-F結合が切断されて消失し、結合エネルギー285eV付近にC-C結合が生じ、結合エネルギーが286~291eVである領域で水素原子(H)および酸素原子(O)に由来の結合が生じていることがわかる。
【0151】
図14に示された結果から、表面改質フッ素樹脂基材(符号Pおよび符号Q)では、結合エネルギーが689~694eVである領域に未処理のフッ素樹脂基材(符号X)が有するフッ素原子の結合に基づくピークが著しく減少している。このことから、フッ素樹脂基材に貴金属蒸着層を形成させることにより、フッ素樹脂基材上に存在しているフッ素原子が減少することがわかる。
【0152】
また、図15に示された結果から、表面改質フッ素樹脂基材(符号Pおよび符号Q)では、未処理のフッ素樹脂基材(符号X)の結合エネルギーと対比して、結合エネルギーが527~535eVである領域に存在する酸素原子の結合に基づくピークが増大している。このことから、フッ素樹脂基材に貴金属蒸着層を形成させることにより、フッ素脂基材の表面に酸素原子が存在しているものと考えられる。
【0153】
以上のことから、フッ素樹脂基材の表面に貴金属蒸着層を形成させることにより、C-F結合が切断されて消失し、親水性に関与する官能基が生成していると考えられ、このことは、前述の酸処理フッ素樹脂基材と水との接触角が低下していることと符合している。
【0154】
(2)フーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)
未処理のフッ素樹脂基材、実施例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材、および実施例4で得られた酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材のフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を図16に示す。
【0155】
図16(a)は、波数500~3000cm-1の領域におけるフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を示すグラフであり、図16(b)は波数1200~3700cm-1の領域におけるフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を示すグラフである。
【0156】
図16において、符号Xは未処理のフッ素樹脂基材のフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を示すグラフ、符号Yは実施例4で得られた酸処理フッ素樹脂基材のフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を示すグラフ、符号Pは実施例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材のフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を示すグラフ、符号Qは実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材のフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果を示すグラフを示す。
【0157】
図16(a)に示された結果から、未処理のフッ素樹脂基材、酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材のいずれにおいても、1201.65cm-1にCF2に基づくピークおよび1145.72cm-1にCF3に基づくピークが存在することがわかる。
【0158】
また、図16(b)に示された結果から、酸処理フッ素樹脂基材および表面改質フッ素樹脂基材のいずれにおいても、3200~3500cm-1および1800cm-1付近にピークが存在することから、O-H結合および炭素-酸素二重結合が生成していることがわかる。
【0159】
(3)着色性
前記「(5)着色性」に記載の方法に準じて実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材を塩基性染料(メチレンブルー)で着色した。その結果を図17に示す。
【0160】
図17において、(a)は、着色前の表面改質フッ素樹脂基材の光学写真、(b)は、塩基性染料で着色された実施例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材の光学写真、(c)は、塩基性染料で着色された実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材の光学写真である。
【0161】
図17に示された結果から、未処理のフッ素樹脂基材は、塩基性染料によってほとんど着色されないのに対し、実施例1および実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材は、いずれも塩基性染料によって顕著に着色されることがわかる。
【0162】
(4)耐水性
前記「(3)着色性」で得られた、塩基性染料で着色された実施例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材および塩基性染料で着色された実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材をそれぞれ25℃の水中に24時間浸漬した後、水中から取り出し、紙ウエス〔日本製紙クレシア(株)製、キムワイプS-200〕でフッ素樹脂基材の表面に付着している水分を軽く拭き取り、各表面改質フッ素樹脂基材を水中に浸漬する前後で表面改質フッ素樹脂基材の表面に色彩の変化がないかどうかを目視で観察した。その結果、いずれの塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材にも色彩の変化が認められなかった。
【0163】
以上の結果から、実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材表面改質フッ素樹脂基材は、実施例1で得られた表面改質フッ素樹脂基材と同様に耐水性に優れていることがわかる。
【0164】
(5)耐擦過性
前記「(3)着色性」で得られた、塩基性染料で着色された実施例4で得られた表面改質フッ素樹脂基材の着色している面をプラスチック消しゴム〔(株)シード製、商品名:レーダーS60〕で10往復軽く擦ったときに着色の脱落がないかどうかを目視によって観察した。その結果、当該表面改質フッ素樹脂基材に着色の脱落が認められなかった。
【0165】
以上の結果から、前記で得られた表面改質フッ素樹脂基材は、耐擦過性に優れていることがわかる。
【0166】
実施例5
実施例1において、塩基性染料としてメチレンブルー(チアジン系塩基性染料)の代わりに0.05mmol/Lベーシックレッド(Basic Red)13(インドール系塩基性染料)水溶液を用いたこと以外は実施例1と同様にしてベーシックブルー1で着色された表面改質フッ素樹脂基材を作製した。
【0167】
前記ベーシックブルー1で着色された表面改質フッ素樹脂基材を用いて着色性、耐水性および耐擦過性を調べた。その結果、前記ベーシックブルー1で着色された表面改質フッ素樹脂基材は、ベーシックブルー1によって鮮明に着色されていたことから着色性に優れており、前記「(6)耐水性」に基づいて前記ベーシックブルー1で着色された表面改質フッ素樹脂基材の耐水性を調べたところ、水中に浸漬する前後で被験試料の表面の色彩に変化が認められなかったことから、耐水性に優れていることが確認された。
【0168】
また、前記「(7)耐擦過性」に基づいて前記ベーシックブルー1で着色された表面改質フッ素樹脂基材の着色面の耐擦過性を調べたが、着色の脱落が認められなかったことから、前記ベーシックブルー1で着色された表面改質フッ素樹脂基材は、耐擦過性に優れていることが確認された。
【0169】
実施例6
実施例1において、塩基性染料としてチアジン系塩基性染料(メチレンブルー)の代わりに0.05mmol/Lダイレクトレッド(Direct Red)79(アゾ系塩基性染料)水溶液を用いたこと以外は実施例1と同様にしてアゾ系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材を作製した。
【0170】
前記アゾ系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材を用いて着色性、耐水性および耐擦過性を調べた。その結果、前記アゾ系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材は、アゾ系塩基性染料によって鮮明に着色されていたことから着色性に優れており、前記「(6)耐水性」に基づいて前記アゾ系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材の耐水性を調べたところ、水中に浸漬する前後で被験試料の表面の色彩に変化が認められなかったことから、耐水性に優れていることが確認された。
【0171】
また、前記「(7)耐擦過性」に基づいて前記アゾ系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材の着色面の耐擦過性を調べたが、着色の脱落が認められなかったことから、前記アゾ系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材は、耐擦過性に優れていることが確認された。
【0172】
実施例7
実施例1において、塩基性染料としてチアジン系塩基性染料(メチレンブルー)の代わりに0.05mmol/Lダイレクトブルー(Direct Blue)97(オキサジン系塩基性染料)水溶液を用いたこと以外は実施例1と同様にしてオキサジン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材を作製した。
【0173】
前記オキサジン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材を用いて着色性、耐水性および耐擦過性を調べた。その結果、前記オキサジン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材は、オキサジン系塩基性染料によって鮮明に着色されていたことから着色性に優れており、前記「(6)耐水性」に基づいて前記オキサジン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材の耐水性を調べたところ、水中に浸漬する前後で被験試料の表面の色彩に変化が認められなかったことから、耐水性に優れていることが確認された。
【0174】
また、前記「(7)耐擦過性」に基づいて前記オキサジン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材の着色面の耐擦過性を調べたが、着色の脱落が認められなかったことから、前記オキサジン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材は、耐擦過性に優れていることが確認された。
【0175】
実施例8
実施例1において、塩基性染料としてチアジン系塩基性染料(メチレンブルー)の代わりに0.05mmol/Lダイレクトブルー(Direct Blue)77(アントラキノン系塩基性染料)水溶液を用いたこと以外は実施例1と同様にしてアントラキノン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材を作製した。
【0176】
前記アントラキノン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材を用いて着色性、耐水性および耐擦過性を調べた。その結果、前記アントラキノン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材は、アントラキノン系塩基性染料によって鮮明に着色されていたことから着色性に優れており、前記「(6)耐水性」に基づいて前記アントラキノン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材の耐水性を調べたところ、水中に浸漬する前後で被験試料の表面の色彩に変化が認められなかったことから、耐水性に優れていることが確認された。
【0177】
また、前記「(7)耐擦過性」に基づいて前記アントラキノン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材の着色面の耐擦過性を調べたが、着色の脱落が認められなかったことから、前記アントラキノン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材は、耐擦過性に優れていることが確認された。
【0178】
実施例9
実施例1において、塩基性染料としてチアジン系塩基性染料(メチレンブルー)の代わりに0.05mmol/Lベーシックバイオレット(Basic Violet)10(ローダミン系塩基性染料)水溶液を用いたこと以外は実施例1と同様にしてローダミン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材を作製した。
【0179】
前記ローダミン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材を用いて着色性、耐水性および耐擦過性を調べた。その結果、前記ローダミン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材は、ローダミン系塩基性染料によって鮮明に着色されていたことから着色性に優れており、前記「(6)耐水性」に基づいて前記ローダミン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材の耐水性を調べたところ、水中に浸漬する前後で被験試料の表面の色彩に変化が認められなかったことから、耐水性に優れていることが確認された。
【0180】
また、前記「(7)耐擦過性」に基づいて前記ローダミン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材の着色面の耐擦過性を調べたが、着色の脱落が認められなかったことから、前記ローダミン系塩基性染料で着色された表面改質フッ素樹脂基材は、耐擦過性に優れていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0181】
本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、フッ素樹脂が本来有している耐熱性および耐薬品性に加え、塩基性染料によって直接的に着色することが容易であるとともに、塩基性染料による着色性に優れており、耐水性および耐擦過性にも優れているので、例えば、ガスケット、パッキン、ねじシール用テープなどのシール材、電線・ケーブルの被覆材、電気・電子部品、半導体材料、薬品容器などの理化学機器、装飾材料などの種々の用途に使用することが期待される。
【0182】
また、本発明の表面改質フッ素樹脂基材は、塩基性染料による着色性に優れており、種々の色彩を有する塩基性染料によって着色することができるので、例えば、形状および大きさが近似している複数のフッ素樹脂基材をそれぞれ色彩が異なる塩基性染料で着色することにより、各フッ素樹脂基材を目視によって容易に識別することができることから、形状および大きさが近似しているフッ素樹脂基材に使用することが期待される。

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