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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024080008
(43)【公開日】2024-06-13
(54)【発明の名称】人の思考支援システム
(51)【国際特許分類】
   G06Q 50/10 20120101AFI20240606BHJP
【FI】
G06Q50/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022192813
(22)【出願日】2022-12-01
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100071216
【弁理士】
【氏名又は名称】明石 昌毅
(74)【代理人】
【識別番号】100130395
【弁理士】
【氏名又は名称】明石 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】山口 勇人
(72)【発明者】
【氏名】星野 崇宏
(72)【発明者】
【氏名】村井 千恵
(72)【発明者】
【氏名】植月 健太
(72)【発明者】
【氏名】長屋 優太
(72)【発明者】
【氏名】笹 結希
【テーマコード(参考)】
5L049
5L050
【Fターム(参考)】
5L049CC11
5L050CC11
(57)【要約】
【課題】 人の思考プロセスを物事を深く思考する熟考状態へ誘導することのできる人の思考支援システムを提供する。
【解決手段】 人の思考支援システム1は、支援の対象者Pに、覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激を与える刺激付与手段2を含む。覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激は、ラッセルの円環モデルに於ける第一象限に属する情動を惹起する画像等の刺激であってよい。覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激は、対象者に於ける呼吸状態などの物理的に検出された生理状態に基づいて対象者の思考プロセスがシステム2でないと推定されるときに、対象者に与えられてよい。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
人の思考支援システムであって、思考プロセスを熟考状態に誘導する支援の対象者に認識可能な態様にて、前記対象者に於いて覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激を提示する刺激提示手段を含むシステム。
【請求項2】
請求項1のシステムであって、前記刺激提示手段が、前記対象者に於いて物理的に検出された生理状態に基づいて前記対象者の思考プロセスが前記熟考状態でないと推定されるときに、前記視覚的刺激を提示するよう構成されたシステム。
【請求項3】
請求項2のシステムであって、前記対象者に於いて物理的に検出された前記生理状態が前記対象者に於いて計測された呼吸状態であるシステム。
【請求項4】
請求項1のシステムであって、前記刺激提示手段が、前記システムの利用に先立って複数の人について各人毎に予め調べられた思考プロセスを熟考状態に誘導する前記視覚的刺激を記録し、前記複数の人のうちの一の対象者の前記支援の実行時には、前記一の対象者の認識可能な態様にて、前記一の対象者に対して記録された前記視覚的刺激を提示するよう構成されたシステム。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかのシステムであって、前記覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激がラッセルの円環モデルに於ける第一象限に属する画像であるシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人の思考活動を支援するシステムに係り、より詳細には、人に視覚的な刺激を与えることで、人の思考プロセスの変化を誘導するシステムに係る。
【背景技術】
【0002】
機械を用いて、人の思考活動の支援を試みる構成が種々提案されている。例えば、特許文献1に於いては、利用者の視野を一定範囲に制限した上で、利用者毎の思考テーマデータを一定範囲に表示して、その思考テーマデータを利用者に集中的に思考させるように視認させる構成が提案されている。特許文献2では、対象者の目標に応じた行動変容を促すべく、そのための、対象者に認知可能な認知的刺激が、目標に係る情報である目標情報と対象者の精神・心理状態、思考・行動傾向又は性格特徴に係る情報とを用いて構築された認知的刺激生成モデルによって生成される刺激情報生成装置の構成が提案されている。
【0003】
ところで、これまでの人の思考状態に関する研究に於いて、人の思考プロセスには、システム1(System1)の状態と、システム2(System2)の状態との2つに分類されることが見出されている。概して述べれば、システム1の思考プロセスは、直近の経験のみを行動に反映、直感型、速い、並列処理といった特徴を有する状態であり、モデルフリー型強化学習若しくはモデルフリー方策のプロセスとしてモデリングされる。システム2の思考プロセスは、過去の経験や確率から行動を決定、論理型、逐次処理といった特徴を有する状態であり、モデルベース型強化学習若しくはモデルベース方策のプロセスとしてモデリングされる。そして、実際の人は、状況に応じて、二つの状態の思考プロセスを使い分け、或いは、並行して用いていると考えられている。この点に関し、例えば、非特許文献1、2に於いては、人がモデルフリー型(システム1)とモデルベース型(システム2)とのいずれの思考プロセスを主に用いて行動しているかを調べる方法として、人(被験者)に二段階マルコフ決定課題と称される二段階の選択課題を実行させ、その課題に於ける選択行動の結果から、行動時の思考プロセスに於けるモデルフリー型とモデルベース型とのバランスを計測する方法が提案されている。また、非特許文献3では、人(被験者)に、嫌悪感情を起こさせる画像(嫌悪刺激)を見せながら、二段階マルコフ決定課題を実行させた場合、モデルベース型強化学習の状態には変化が見られないが、モデルフリー型強化学習の状態では、嫌悪刺激が罰に対する回避学習を促進させる一方、報酬条件での学習能が低下したことが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-234011
【特許文献2】特開2022-020942
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Daw ND, et al, “Model-based influences on humans' choices and striatal prediction errors.” Neuron. 2011; 69: 1204-15. doi: 10.1016/j.neuron.2011.02.027 PMID:21435563
【非特許文献2】Kool W. et al, “When Does Model-Based Control Pay Off?” PLOS Computational Biology, 12(8): e1005090. doi:10.1371/journal. pcbi.1005090, August 26, 2016
【非特許文献3】Sebold1 M, et al, “Reward and avoidance learning in the context of aversive environments and possible implications for depressive symptoms”, Psychopharmacology (2019) 236:2437-2449 https://doi.org/10.1007/s00213-019-05299-9
【非特許文献4】Kurdi B., et al., “Introducing the Open Affective Standardized Image Set (OASIS)” Bechav Res(2017) 49:457-470 DOI10.3758/s13428-016-0715-3
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本願出願人は、特願2021-093056に於いて、人の日常環境下で計測可能な呼吸情報を用いて、人の思考プロセスが直感的であるモデルフリー型の思考プロセスの状態にあるか或いは論理的であるモデルベース型の思考プロセスの状態にあるかを推定する思考状態推定装置の構成を提案した。
【0007】
上記の如き人の思考プロセスの状態に関して、本発明の発明者等の更なる研究に於いて、後に詳細に説明される如く、人に高覚醒・快を想起させる視覚的刺激を与えた場合、それ以外の視覚的刺激を与えた場合よりも、その人の思考プロセスが、システム2の状態に偏ることが見出された。即ち、人に物事を深く思考させたいとき或いは人が物事を深く思考したいときに、その人に、高覚醒・快を想起させる視覚的刺激が提示される構成によれば、その人の思考プロセスをシステム2へ誘導できることとなる。本発明に於いては、この知見が利用される。
【0008】
かくして、本発明の課題は、人の思考支援システムであって、人の思考プロセスを上記のシステム2の状態、即ち、物事を深く思考する状態へ誘導することのできるシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、上記の課題は、人の思考支援システムであって、思考プロセスを熟考状態に誘導する支援の対象者に認識可能な態様にて、前記対象者に於いて覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激を提示する刺激提示手段を含むシステムによって達成される。
【0010】
上記の構成に於いて、「熟考状態」とは、物事を深く思考する状態であり、「思考プロセスを熟考状態に誘導する支援」とは、上記の如き、モデルベース型強化学習若しくはモデルベース方策のプロセスにモデリングされる状態に誘導する支援、即ち、過去の経験や確率から行動を決定、論理型、逐次処理といった特徴を有するシステム2の状態に誘導する支援である。「視覚的刺激」とは、人である対象者が視覚的認識可能な画像であり、「視覚的刺激を提示する」とは、画像を対象者の認識可能な態様にて表示することであってよい。従って、「前記対象者に於いて覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激」とは、それを提示された人に覚醒の感覚と快い感覚とを起こさせる任意の画像であってよい。なお、覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激は、具体的には、ラッセルの感情円環モデル(人の情動が、快-不快の程度を表す横軸線と覚醒-沈静の程度を表わす縦軸線とで規定される2次元の平面に於ける円環上に配置されるとしたモデル)の第一象限に属する情動を惹起する画像であってよい。また、覚醒と快の情動を起こさせる画像には、非特許文献4に於いて、ラッセルの感情円環モデルの第一象限に属する情動を惹起する画像として見出されている画像が用いられてよい。「刺激提示手段」は、典型的には、上記の如き画像を表示する表示器であってよい。
【0011】
後の実施形態の欄にて示される如く、人が覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激を受けると、その人の思考プロセスが熟考状態であるシステム2の状態に偏ることが本発明の発明者等の実験により見出されている。そこで、本発明のシステムに於いては、思考プロセスに関わる支援として、対象者に於いて覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激を、対象者の認識可能な態様にて提示し、対象者の思考プロセスを、物事を深く思考する状態、即ち、熟考状態に誘導することが試みられる。
【0012】
上記の本発明のシステムによる思考プロセスを熟考状態に誘導する支援は、対象者の思考プロセスが熟考状態にないときに実行されてよい(対象者の思考プロセスが物事を深く思考する状態にあるときに、視覚的刺激が更に提示されると、対象者は煩わしさを感じる場合もある。)。この点に関し、上記の本発明の発明者等による特願2021-093056に於いて記載されている如く、対象者の思考プロセスが熟考状態にあるか否かは、対象者に於いて物理的に検出された生理状態、例えば、対象者に於いて計測された呼吸状態に基づいて推定可能である。従って、本発明のシステムに於いては、刺激提示手段が、対象者に於いて物理的に検出された生理状態に基づいて対象者の思考プロセスが熟考状態でないと推定されるときに、前記の対象者に於いて覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激を提示するよう構成されていてよい。これにより、無用に視覚的刺激が提示されることが回避できることとなる。対象者に於いて物理的に検出された生理状態は、上記の如く、対象者に於いて計測された呼吸状態であってよい。
【0013】
上記の如き人に覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激に於いて、思考プロセスを熟考状態へ誘導する具体的な刺激には、個人差が有り得る。従って、上記の思考プロセスの誘導の支援の実行の際には、対象者の各々の思考プロセスの誘導に於いてより有効な視覚的刺激を用いることで、思考プロセスの誘導が成功裡に達成されることとなる。そこで、本発明のシステムに於いては、刺激提示手段は、システムの利用に先立って複数の人について各人毎に予め調べられた思考プロセスを熟考状態に誘導する視覚的刺激を記録し、複数の人のうちの一の対象者の支援の実行時には、その一の対象者の認識可能な態様にて、その一の対象者に対して記録された視覚的刺激を提示するよう構成されていてよい。これにより、より有効な思考プロセスの誘導が期待されることとなる。
【発明の効果】
【0014】
かくして、上記の構成によれば、人である対象者に覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激を提示するだけで、その人の思考プロセスを物事を深く思考する熟考状態に誘導する支援が達成される。ここに於いて、熟考状態への誘導の支援に、その対象者の過去の経験に関するデータ等を要しない。本発明のシステムは、例えば、人が論理的な思考をもって取り組む必要のある課題を解決したいときや、そのような作業を行う際など、物事を深く思考したいと欲したときに、或いは、物事を深く思考するべきときに注意が散漫になっているときに、思考プロセスを熟考状態にするために用いられてよい。本発明のシステムは、コンピュータ端末、パーソナルコンピュータ、スマートフォン、携帯端末などに於けるアプリケーションとして実現され、利用されてよい。
【0015】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1(A)は、本実施形態による人の思考支援システムの構成を説明する図である。図1(B)は、本実施形態による人の思考支援システムの処理作動をフローチャートの形式で表わした図である。図1(C)は、本実施形態のシステムで使用される視覚的刺激(画像)の選定に於いて参照されるラッセルの感情円環モデルの略図である。
図2図2(A)は、本実施形態による人の思考支援システムの別の構成を説明する図である。図2(B)は、図2(A)のシステムの処理作動をフローチャートの形式で表わした図である。
図3図3(A)は、本実施形態のシステムに於いて参照されるラッセルの円環モデルの第一象限の略図である。図3(B)は、各人毎に思考プロセスをシステム2へ誘導するのに有効な視覚的刺激(画像)を検出するための処理をフローチャートの形式で表わした図である。図3(C)、(D)は、ラッセルの感情円環モデルの第一象限に属する情動を起こさせる画像の例である。
図4図4(A)は、本実施形態のシステムの有効性を示す実験に於いて用いた二段階マルコフ決定課題の構成を説明する図である。図4(B)は、本実施形態のシステムの有効性を示す実験に於いて、各被験者に於いて実行した過程を説明する図である。図4(C)は、本実施形態のシステムの有効性を示す実験に於いて用いた画像により惹起される情動の、ラッセルの感情円環モデル上の座標位置を表わす図である。
図5図5は、本実施形態のシステムの有効性を示す実験に於いて得られた結果を箱ひげ図にて表わした図である。横軸は、被験者に提示された画像の惹起する情動の属するラッセルの感情円環モデル上の象限であり、縦軸は、画像を提示された被験者が課題を実行したときの思考プロセスに於けるシステム2の割合wを示している。wが大きいほど、システム2の割合が大きい。
【符号の説明】
【0017】
1…コンピュータ、2…表示器、3…呼吸センサ、P…支援の対象者
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。図中、同一の符号は、同一の部位を示す。
【0019】
システムの構成と作動
図1(A)に描かれている如く、本実施形態のシステムでは、思考プロセスを熟考状態へ誘導する支援として、コンピュータ1(パーソナルコンピュータ、スマートフォン、携帯端末等であってよい。)の表示器2上に、かかる支援を受ける対象者Pの認識可能な態様にて、対象者に於いて覚醒と快の情動を起こさせる画像(図3(C)、(D)参照)が表示され、これにより、対象者Pへの覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激の提示が実行される。なお、対象者Pに提示する刺激は、典型的には、コンピュータ1のプログラムの作動に従って、画像の電子データから表示器2上に構成される画像であってよいが、紙又はその他の物理的な媒体に描かれた画像や立体像であってもよい。本実施形態のシステムの具体的な処理に於いては、図1(B)に描かれている如く、思考プロセスの誘導処理(S0)として、具体的には、まず、視覚的刺激の選定(S1)が実行され、選定された刺激の表示器2上の表示(S2)が実行され(S2)、かかる処理が支援の終了(S3)まで反復されてよい。
【0020】
上記のシステムに於いて視覚的刺激として提示される画像には、具体的には、図1(C)に示されている如き人の情動を説明したラッセルの感情円環モデルの第一象限に属する情動を惹起する画像が選択される。ラッセルの円環モデルでは、端的に述べれば、快(p)-不快(u)の横軸線と覚醒(a)-沈静(s)の縦軸線とを座標軸とした二次元平面上の円環上に、人の情動(X1:興奮、X2:愉快、X3:喜び、X4:満足、X5:くつろぎ、X6:落ち着いた、X7:疲労、X8:退屈、X9:落ち込み、X10:いらいらした、X11:怒り、X12:緊張)が配置される。そして、ラッセルの感情円環モデルの第一象限には、覚醒と快の程度が大きいX1:興奮、X2:愉快、X3:喜びといった情動が属するとされる。従って、本発明システムに於いて提示される画像は、その画像を見た人に、X1:興奮、X2:愉快、X3:喜びなどの情動を惹起させる画像であってよい。
【0021】
上記のシステムに於いて、対象者Pに認識可能な態様にて、覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激を提示すると、後に説明される実験にて示される如く、対象者Pの思考プロセスが、システム2の状態寄りとなるので、かくして、対象者Pの思考プロセスを熟考状態へ誘導する支援が提供されることとなる。
【0022】
上記の本実施形態のシステムに於いて、対象者Pへの覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激の提示は、対象者Pの思考プロセスが熟考状態にないときにのみ実行されるようになっていてもよい。対象者Pの思考プロセスが熟考状態にあるか否かは、既に触れた如く、特願2021-093056に記載されているように、例えば、対象者Pの呼吸状態に基づいて推定可能である。そこで、本実施形態のシステムに於いて、一つの態様として、対象者Pに取り付けられた呼吸センサ3から、対象者Pにて計測された呼吸状態をコンピュータ1にて受信し、その呼吸状態に基づいて、対象者Pの思考プロセスが熟考状態にあるか否かが判定され、対象者Pの思考プロセスが熟考状態にないときに、上記の覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激の提示が実行されてよい。呼吸センサ3からコンピュータ1への呼吸状態を表わす信号の通信は、任意の近距離無線通信技術などを用いて実行されてよい。この場合の具体的な処理は、図2(B)に示されている如く、まず、呼吸センサ3により対象者Pの呼吸状態の計測(S10)が為され、しかる後に、計測された呼吸状態に基づいて、呼吸状態の特徴量が算出され(S11)、かかる特徴量を用いて、対象者Pの思考プロセスが熟考状態にあるか否かの識別(S12)が為される。ここで、識別には、ランダムフォレストなどのアルゴリズムを用いて構成された識別器が用いられてよい。その場合、特徴量に対応するシステム2の状態の比率wが適宜設定されてよい所定値woについて、w>woを満たす状況であるときには、対象者Pの思考プロセスが略システム2の状態にあると推定されるので、視覚的刺激の提示は、実行されない。一方、w>woの条件が満たされていないときには、対象者Pの思考プロセスが略システム1の状態にあると推定されるので、対象者Pの思考プロセスをシステム2の状態へ誘導するべく、図1(B)の場合と同様に、視覚的刺激の選定(S1)、選定された刺激の表示器2上の表示(S2)が、かかる処理が支援の終了(S3)まで反復されてよい。なお、思考プロセスが熟考状態にあるか否かの識別に於いては、呼吸状態の計測値の他に、任意の生理状態の計測値が用いられてよく、その場合も本実施形態の範囲に属する。
【0023】
対象者毎に思考プロセスの熟考状態への誘導に有効な視覚的刺激を用いる場合
上記のシステムに於いて、思考プロセスの熟考状態への誘導に有効な具体的な視覚的刺激(画像)には、個人差が存在し得る。そこで、本実施形態に於いては、支援の対象となる人毎に、思考プロセスの熟考状態への誘導に有効な視覚的刺激が予め準備され、システムの記録装置等に記録され、各人の支援の実行時には、各人にとって思考プロセスの熟考状態への誘導に有効な視覚的刺激が提示されてよい。この場合、思考プロセスの誘導の支援の処理は、提示される視覚的刺激が、支援の対象となる人毎に異なり得ることを除いて、図1(B)又は図2(B)と同様であってよい。
【0024】
人毎の思考プロセスの熟考状態への誘導に有効な視覚的刺激の調査に於いては、端的に述べれば、各々の人に種々の視覚的刺激、即ち、図3(C)、(D)に例示されている如き種々の画像を提示しながら、呼吸状態等の生理状態の計測を行い、その計測結果に基づいて、各人の思考プロセスの状態がシステム2の状態に識別された画像が探索されてよく、或いは、種々の画像を提示しながら、各人の思考プロセスに於けるシステム2の状態の比率wが任意の手法で検出され、最大の比率wを与える画像が各人の思考プロセスの誘導に有効な視覚的刺激として決定されてよい。各人の思考プロセスに於けるシステム2の状態の比率wは、呼吸センサにて計測された呼吸状態に基づいて決定されるか、非特許文献1、2に記載されている如く、各人に二段階マルコフ決定課題を実行させた際の選択行動の結果を用いて算出されてよい。図3(B)を参照して、人毎の思考プロセスの熟考状態への誘導に有効な視覚的刺激の調査の典型的な処理(S20)の一つの態様に於いては、例えば、図3(A)に示されている如く、ラッセルの感情円環モデルの第一象限がn個の領域iに分割され(S21)、各領域1~nに属する情動を惹起する画像X1からXnまでの画像Xiが、逐次、提示する画像Xdに設定される(S22~S26)。そして、各人に画像Xdが提示されながら(S23)、各人に於いて呼吸状態等の生理状態の計測又は二段階マルコフ決定課題の実行時の選択行動の計測が実行され(S24)、計測結果から思考プロセスに於けるシステム2の状態の比率wが検出される(S25)。かくして、画像X1からXnまでを提示した場合の比率wが検出されると、そのうちで最大の比率wを与える画像Xrが決定され(S27)、その画像Xrが、各人の思考プロセスの誘導に有効な視覚的刺激として用いられてよい。
【0025】
確認実験
人へ覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激を提示すると、その人の思考プロセスがシステム2の状態に偏ることは、以下の実験により確認された。
【0026】
実験に於いては、健常な95人の被験者に、種々の画像を提示しながら、二段階マルコフ決定課題を実行してもらい、その際の選択行動(選択された選択肢と獲得した報酬)を逐次的に記録し、記録された選択行動の結果に基づいて、種々の画像が提示されたときの各人の思考プロセスに於けるシステム2の状態の比率wを算出した。各被験者の二段階マルコフ決定課題の実行手順と、その実行時に得られた選択行動の結果から各人の思考プロセスに於けるシステム2の状態の比率wの算出手順とは、基本的には、非特許文献2に記載されている手順と同様に行った。
【0027】
概して述べれば、各被験者に実行させた二段階マルコフ決定課題では、図4(A)の如く、ステージ1(St1)に於いて、それぞれ別々の二つの選択肢が表示された画像im1、im2のいずれかを被験者に表示し、被験者が左又は右の選択肢を選択すると、ステージ2(St2)に於いて、それぞれ、画像im3、im4を表示し、対応する報酬Rw1、Rw2を与えた。報酬Rw1、Rw2は、ガウシアンランダムウォークに従って変化させ、各被験者には、課題を実行して獲得される報酬ができるだけ多くなるように選択肢を選ぶように指示した。また、課題の選択肢を表示する画像の背景画像として、種々の情動を惹起する画像を投影した。そして、一人の被験者につき、図4(B)の如く、上記の課題の試行を100回連続で繰返す実験サイクルを、3回ずつ(Cy1, Cy2, Cy3)、3分間(3 min.)の休憩Re1、Re2を挟みながら、実行させた。選択肢の背景画像としては、非特許文献4にて提供されている画像ライブラリ(OASIS:ラッセルの感情円環モデル上の各情動を惹起することが分かっている画像のライブラリ)から、ラッセルの感情円環モデルの第一象限K1、第二象限K2、第三象限K3、第四象限K4、原点近傍K0(強い情動が惹起しない領域)の各々に於ける各情動を惹起する画像をそれぞれ12~15枚選択した。図4(C)は、実験で使用した背景画像の各々の惹起する情動のラッセルの感情円環モデルに於ける位置を表わしている(各点が一つの画像に対応する。)。また、一回の実験サイクルに於ける選択肢の背景画像には、同じ象限内の情動を惹起する画像をランダムに表示し、各被験者の3回の実験サイクルに於いて、いずれか1回の実験サイクルでは、原点近傍K0に属する情動を惹起する画像群を選択し、他の2回の実験では、K1~K4のいずれかに属する情動を惹起する画像群から二つ選択した。各実験に於いては、課題の各試行で選択された選択肢と報酬とを記録した。
【0028】
システム2の状態の比率wの算出に於いては、各実験サイクルに於ける思考プロセスは、システム2とシステム1との状態がw:1-wの割合で混在すると仮定し、各被験者について、各実験サイクルに於ける選択行動の結果の尤度(対数尤度)Pが最大となる比率(最大尤度Pmaxを与える比率)wを、各被験者の各実験サイクルに於けるシステム2の状態の比率wとした。1回の実験サイクルに於ける選択行動の結果の尤度Pは、端的に述べれば、各試行tに於ける各ステージStiでの選択肢aを選択する尤度pitの総乗値Πpit(又は対数尤度の総和値Σlogpit)により与えられる。各試行に於ける選択肢を選択する尤度pitは、各選択肢についての行動価値関数Qnet(sit,aj)のソフトマックス関数により算出される(sitは、t回目の試行に於けるステージiを表わす符合であり、ajは、j番目の選択肢を表わす符合である。)。行動価値関数Qnet(sit,aj)は、モデルフリー型のモデル(システム1)を仮定した場合の行動価値関数QTD(sit,aj)と、モデルベース型のモデル(システム2)を仮定した場合の行動価値関数QMB(sit,aj)と、思考プロセスに於けるシステム2の状態の比率wとを用いて、
net=(1-w)QTD+wQMB …(1)
にて算出される。行動価値関数QTD、QMBは、概して述べれば、各試行tに於いて、各ステージsitで選択肢aを選択したときに獲得された報酬を用いて、各選択肢を選択する価値が大きいほど、大きくなるように算出される関数である(具体的な算出式については、非特許文献1、2を参照されたい。)。比率wの算出に於いては、各実験サイクルでの選択行動の結果の尤度Pを、そこに於いて用いられるパラメータの値(比率w、逆温度β、学習率α、トレース減衰λ、選択の行動保持度合π、左右の行動保持度合ρ)を変化させながら逐次的に算出し、最大尤度Pmaxを検出し、その際の比率wをシステム2の状態の比率とした。
【0029】
図5は、上記の実験により得られた各象限K0、K1、K2、K3、K4の情動を惹起する画像を提示した状態で実験サイクルが実行された際のシステム2の状態の比率wを箱ひげ図の形式で表わしている。図中、▲が比率wの平均値である。同図を参照して、第一象限K1についての平均値がその他の象限についての値よりも大きいことが理解される。また、第2象限の比率wと第1象限の比率wとについてのt検定に於いて、p=0.004<0.05であり、有意な差があると判断でき、第4象限についての比率wと第1象限についての比率wとについてウェルチのt検定に於いて、p=0.08<0.1であり、原点近傍の比率wと第1象限の比率wとについてのウェルチのt検定に於いて、p=0.08<0.1であり、有意な差があると判断できる。以上の結果から、人へラッセルの感情円環モデルの第一象限の情動を惹起する画像、即ち、覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激、を提示すると、その人の思考プロセスがシステム2の状態に偏ることが示された。
【0030】
かくして、上記の本実施形態のシステムの構成によれば、人に覚醒と快の情動を起こさせる視覚的刺激を提示することにより、その人の思考プロセスを物事を深く思考する熟考状態に誘導する支援が提供されることとなる。本実施形態のシステムは、論理的な思考をもって課題に取り組みたいときや、物事を深く思考するべきときに注意が散漫になっているときに思考プロセスを熟考状態にするために用いられてよい。
【0031】
以上の説明は、本発明の実施の形態に関連してなされているが、当業者にとつて多くの修正及び変更が容易に可能であり、本発明は、上記に例示された実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の概念から逸脱することなく種々の装置に適用されることは明らかであろう。
図1
図2
図3
図4
図5