(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024080206
(43)【公開日】2024-06-13
(54)【発明の名称】表面処理液、および、表面処理方法
(51)【国際特許分類】
A01N 37/46 20060101AFI20240606BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20240606BHJP
A01N 31/04 20060101ALI20240606BHJP
A01N 59/20 20060101ALI20240606BHJP
A01N 25/30 20060101ALI20240606BHJP
【FI】
A01N37/46
A01P3/00
A01N31/04
A01N59/20 Z
A01N25/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022193203
(22)【出願日】2022-12-02
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業、「オリゴペプチドによる飛沫模擬条件下の銅合金の抗ウイルス活性向上と実装手法の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】山本 玲子
【テーマコード(参考)】
4H011
【Fターム(参考)】
4H011AA04
4H011BA06
4H011BB03
4H011BB06
4H011BB18
4H011DA13
(57)【要約】
【課題】 銅または銅合金のもつ抗ウイルス性および抗菌性を向上させる表面処理液、および、それを用いた表面処理方法を提供すること。
【解決手段】 本発明の銅または銅合金の抗ウイルス性および抗菌性用表面処理液は、還元型グルタチオンと、炭素数1以上4以下の低級アルコールと、水とを含有し、低級アルコールおよび水の合計体積に対する低級アルコールの体積の割合(体積%)は、80%以上100%未満であり、還元型グルタチオンの濃度は、2mM以上20mM以下の範囲である。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
還元型グルタチオンと、
炭素数1以上4以下の低級アルコールと、
水と
を含有し、
前記低級アルコールおよび前記水の合計体積に対する前記低級アルコールの体積の割合(体積%)は、80%以上100%未満であり、
前記還元型グルタチオンの濃度は、2mM以上20mM以下の範囲である、銅または銅合金の抗ウイルス性および抗菌性用表面処理液。
【請求項2】
前記低級アルコールの体積の割合は、90%以上100%未満である、請求項1に記載の表面処理液。
【請求項3】
前記低級アルコールの体積の割合は、94%以上100%未満である、請求項2に記載の表面処理液。
【請求項4】
前記還元型グルタチオンの濃度は、3mM以上20mM以下の範囲である、請求項1~3のいずれかに記載の表面処理液。
【請求項5】
前記還元型グルタチオンの濃度は、3mM以上10mM以下の範囲である、請求項4に記載の表面処理液。
【請求項6】
前記低級アルコールは、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、および、これらの変性アルコールからなる群から選択される、請求項1~5のいずれかに記載の表面処理液。
【請求項7】
前記低級アルコールは、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコールおよびこれらの変性アルコールからなる群から選択される、請求項6に記載の表面処理液。
【請求項8】
前記表面処理液は、エンベロープ型ウイルスおよび非エンベロープ型ウイルス用である、請求項1~7のいずれかに記載の表面処理液。
【請求項9】
銅または銅合金を含有する物品の表面を処理する方法であって、
請求項1~8のいずれかに記載の表面処理液を前記物品の表面に付与すること
を包含する、方法。
【請求項10】
前記付与は、滴下法、浸漬コート法、フローコート法、流し塗り、カーテンコート法、スピンコート法、スプレーコート法、エアレススプレーコート法、バーコート法、ロールコート法、および、刷毛塗りからなる群から選択される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記物品の表面に付与される還元型グルタチオンの量は、0.1nmol/cm2以上100nmol/cm2以下の範囲である、請求項9または10に記載の方法。
【請求項12】
前記物品の表面に付与される還元型グルタチオンの量は、0.25nmol/cm2以上50nmol/cm2以下の範囲である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記銅合金は、Cu-Zn合金、Cu-Ni合金、Cu-Ni-Zn合金、Cu-Sn合金、Cu-Sn-P合金、Cu-Sn-Ni-Zn合金、Cu-Si-Pb-P-Zn合金からなる群から選択される、請求項9~12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
前記物品は、取手・ハンドル、ボタン、建材、電子部品、および、楽器部品からなる群から選択される、請求項9~13のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅または銅合金の有する抗ウイルス性および抗菌性を向上させるための表面処理液、および、銅または銅合金の表面処理の方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の感染拡大を受け、社会における衛生意識は向上しており、感染症対策が必須となっている。このような感染症対策として、ウイルスや細菌などを不活化できる抗ウイルス・抗菌剤が求められている。
【0003】
一方、抗菌・抗ウイルス材として金属銅およびその合金が注目を集めている。最近、生体内還元物質を用いて銅または銅合金の持つ抗菌性を向上させる技術が開発された(例えば、特許文献1を参照)。特許文献1によれば、生体内還元物質を含む還元剤溶液で銅または銅合金の表面を処理することにより、抗菌作用の即効性を高めることができる。
【0004】
しかしながら、一般に、銅および銅合金のウイルスの不活化には数時間以上を要するため、抗ウイルス作用の即効性が求められている(非特許文献1および2を参照)。非特許文献1によれば、純銅上に播種したヒトインフルエンザウイルスのウイルス数は、30分後に1/2000以下、1時間後に約1/100000以下に減少する。また、非特許文献1によれば、純銅上に播種したネコカリシウイルスのウイルス数は、30分後に1/200以下、1時間後に約1/1000以下に減少する。しかしながら、いずれも感染価を0にすることはできない。また、非特許文献2は、銅表面におけるコロナウイルスの完全な不活化には約8時間を要することを報告する。
【0005】
ウイルスは、エンベロープ(膜脂質)を保有するエンベロープ型ウイルスと、エンベロープを保有しない非エンベロープ型ウイルスとに大別される。エンベロープ型ウイルスには、コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ヘルペスウイルス、風疹ウイルスなどがある。非エンベロープ型ウイルスには、ノロウイルス、ロタウイルスなどがある。上述のネコカリシウイルスは、非エンベロープ型ウイルスのノロウイルスの代替モデルとして使用される。
【0006】
ウイルスの不活化は、ウイルスがエンベロープ型ウイルスか非エンベロープ型ウイルスかによっても異なることが知られている。例えば、アルコールや界面活性剤は、エンベロープを不安定化させるため、エンベロープ型ウイルスを不活化させるが、エンベロープを有しない非エンベロープ型ウイルスを不活化しにくい(例えば、非特許文献3を参照)。非特許文献3は、消毒用エタノールはノロウイルスの代替モデルであるネコカリシウイルスに対して不活化効果が低いことを報告する。そのため、非エンベロープ型ウイルスを不活化させるためには、次亜塩素酸等の強力な酸化剤が必要である。このような酸化剤は、反応性の高さから、材料や人体を損傷するため、適用範囲が限られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】銅のすぐれた殺菌パワー、日本銅センター資料、2016.3.5
【非特許文献2】The New England Journal of Medicine 382:1564-4567(2020)
【非特許文献3】岡本一毅ら,環境感染誌,Vol.25,no.2,2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上から、本発明の課題は、銅または銅合金のもつ抗ウイルス性および抗菌性を向上させる表面処理液、および、それを用いた表面処理方法を提供することである。本発明のさらなる課題は、エンベロープ型ウイルスのみならず非エンベロープ型ウイルスに対しても、銅または銅合金のもつ抗ウイルス性および抗菌性を向上させる表面処理液、および、それを用いた表面処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明による銅または銅合金の抗ウイルス性および抗菌性用表面処理液は、還元型グルタチオンと、炭素数1以上4以下の低級アルコールと、水とを含有し、前記低級アルコールおよび前記水の合計体積に対する前記低級アルコールの体積の割合(体積%)は、80%以上100%未満であり、前記還元型グルタチオンの濃度は、2mM以上20mM以下の範囲であり、これにより上記課題を解決する。
前記低級アルコールの体積の割合は、90%以上100%未満であってもよい。
前記低級アルコールの体積の割合は、94%以上100%未満であってもよい。
前記還元型グルタチオンの濃度は、3mM以上20mM以下の範囲であってもよい。
前記還元型グルタチオンの濃度は、3mM以上10mM以下の範囲であってもよい。
前記低級アルコールは、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、および、これらの変性アルコールからなる群から選択されてもよい。
前記低級アルコールは、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコールおよびこれらの変性アルコールからなる群から選択されてもよい。
前記表面処理液は、エンベロープ型ウイルスおよび非エンベロープ型ウイルス用であってもよい。
本発明による銅または銅合金を含有する物品の表面を処理する方法は、上述の表面処理液を前記物品の表面に付与することを包含し、これにより上記課題を解決する。
前記付与は、滴下法、浸漬コート法、フローコート法、流し塗り、カーテンコート法、スピンコート法、スプレーコート法、エアレススプレーコート法、バーコート法、ロールコート法、および、刷毛塗りからなる群から選択されてもよい。
前記物品の表面に付与される還元型グルタチオンの量は、0.1nmol/cm2以上100nmol/cm2以下の範囲であってもよい。
前記物品の表面に付与される還元型グルタチオンの量は、0.25nmol/cm2以上50nmol/cm2以下の範囲であってもよい。
前記銅合金は、Cu-Zn合金、Cu-Ni合金、Cu-Ni-Zn合金、Cu-Sn合金、Cu-Sn-P合金、Cu-Sn-Ni-Zn合金、Cu-Si-Pb-P-Zn合金からなる群から選択されてもよい。
前記物品は、取手・ハンドル、ボタン、建材、電子部品、および、楽器部品からなる群から選択されてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明による銅または銅合金の抗ウイルス性および抗菌性用表面処理液は、還元型グルタチオンと、炭素数1以上4以下の低級アルコールと、水とを含有するため、抗菌性に加えて、抗ウイルス性を向上させる。特に、低級アルコールの体積の割合(体積%)は、80%以上100%未満であるので、抗ウイルス性を向上させ、エンベロープ型ウイルスのみならず非エンベロープ型ウイルスに対しても、不活化できる。また、還元型グルタチオンの濃度が2mM以上20mM以下の範囲であるため、抗菌性も向上し得る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の表面処理液を用いた銅または銅合金を含有する物品の表面を処理する工程を示すフローチャート
【
図2】エタノールを含有する表面処理液により表面処理した銅基板表面における核酸回収率のGSH濃度依存性を示す図
【
図3】メタノールおよびイソプロピルアルコールを含有する表面処理液により表面処理した銅基板表面における核酸回収率を示す図
【
図4】例14の表面処理液により表面処理した銅基板表面における大腸菌の生菌率の変化を示す図
【
図5】例14の表面処理液により表面処理した銅基板表面における黄色ブドウ球菌の生菌率の変化を示す図
【
図6】例14および例25の表面処理液による表面処理後(塗布後1時間)の銅基板表面およびガラス基板表面におけるバクテリオファージの感染価率のファージ接触時間変化を示す図
【
図7】例14および例25の表面処理液による表面処理後(塗布後24時間)の銅基板表面およびガラス基板表面におけるバクテリオファージの感染価率のファージ接触時間変化を示す図
【
図8】例14の表面処理液により表面処理した表面処理後の銅基板表面におけるバクテリオファージの感染価率(接触5分)の塗布後時間変化を示す図
【
図9】例14の表面処理液により表面処理した銅基板表面におけるバクテリオファージの感染価率(接触10分)の塗布後時間変化を示す図
【
図10】例14~例16の表面処理液により表面処理した銅基板表面におけるバクテリオファージの感染価率のファージ接触時間変化を示す図
【
図11】例7、例14および例23の表面処理液により表面処理した銅基板表面におけるバクテリオファージの感染価率のファージ接触時間変化を示す図
【
図12】例14の表面処理液により表面処理した銅合金基板表面におけるバクテリオファージの感染価率のファージ接触時間変化を示す図
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の番号を付し、その説明を省略する。
(実施の形態1)
実施の形態1では、本発明による銅または銅合金の有する抗ウイルス性および抗菌性を向上させるための表面処理液について説明する。
【0014】
本発明の表面処理液の説明に先立って、本発明において使用される銅および銅合金について説明する。
【0015】
銅および銅合金は、還元剤(本明細書では還元型グルタチオン)共存下において銅(I)イオンを溶出可能なものであれば特に制限はない。例えば、銅としては、JIS H0500やJIS H3100に規定される無酸素銅(JIS H3100 合金番号C1020)、タフピッチ銅(JIS H3100 合金番号C1100)、リン脱酸銅(JIS H3100 合金番号C1201、C1220)、および電解銅箔などの95質量%以上、より好ましくは99.90質量%以上の純度の銅である。これらの銅は、還元剤、特に、後述する還元型グルタチオンによって銅(I)イオンを溶出する。
【0016】
また、本発明において使用される銅合金は、上述の銅を50質量%以上含む合金であり、例えば、銅と亜鉛との合金(黄銅:Cu-Zn合金)、銅とニッケルとの合金(白銅:Cu-Ni合金)、銅とニッケルと亜鉛との合金(洋白:Cu-Ni-Zn合金)、銅とスズとの合金(青銅:Cu-Sn合金)、銅とスズとリンとの合金(リン青銅:Cu-Sn-P合金)、銅とスズとニッケルと亜鉛との合金(Cu-Sn-Ni-Zn合金)、銅とシリコンと鉛とリンと亜鉛との合金(Cu-Si-Pb-P-Zn合金)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0017】
また、銅合金としては、例えば、銅を含む主要成分元素の数が2つである二元合金、銅を含む主要成分元素の数が3つである三元合金、銅を含む主要成分元素の数が4つ以上である合金を使用することができる。二元合金としては、例えば、Cu-Zn合金が挙げられ、具体的には、例えば、真鍮(JIS H3100 合金番号C2600、C2680)が挙げられる。三元合金としては、例えば、Cu-Ni-Zn合金が挙げられ、好ましくは、Cuを50.0質量%以上60.0質量%以下、Niを5.0質量%以上15.0質量%以下含有し、残部が亜鉛および不可避的不純物からなる組成を有する。また、主要成分元素の数が4つ以上である銅合金としては、例えば、Cu-Sn-Ni-Zn合金、Cu-Si-Pb-P-Zn合金が挙げられる。好ましくは、Cu-Sn-Ni-Zn合金は、Cuを60.0質量%以上80.0質量%以下、Snを0.1質量%以上1.0質量%以下、Niを0.5質量%以上5.0質量%以下含有し、残部が亜鉛および不可避的不純物からなる組成を有する。また、好ましくは、Cu-Si-Pb-P-Zn合金は、Cuを65.0質量%以上85.0質量%以下、Siを1.0質量%以上5.0質量%以下、Pbを0.01質量%以上1.0質量%以下、Pを0.01質量%以上0.5質量%以下含有し、残部が亜鉛および不可避的不純物からなる組成を有する。これらの銅合金は、還元剤、特に、後述する還元型グルタチオンによって銅(I)イオンを溶出する。
【0018】
本発明の表面処理液は、還元型グルタチオンと、炭素数1以上4以下の低級アルコールと、水とを含有する。本願発明者は、還元型グルタチオンを水とともに用いることにより、低級アルコールにも溶解させることができることを発見した。さらにこれらを組み合わせることにより、抗菌性に加えて、抗ウイルス性を付与できること見出した。ここで、低級アルコールおよび水の合計体積に対する低級アルコールの体積の割合(体積%)は、80体積%以上100体積%未満とするので、エンベロープ型ウイルスのみならず非エンベロープ型ウイルスに対しても有効であることを見出した。また、還元型グルタチオンの濃度を2mM(mmol/L)以上20mM以下の範囲とすることにより、抗菌性も向上し得る。
【0019】
本発明の表面処理液による銅および銅合金の抗ウイルス性および抗菌性の向上に対するメカニズムは以下のように考えられる。
2Cu2++2GSH→2Cu++GSSG+2H+・・・(1)
2Cu++2H++O2→2Cu2++H2O2・・・(2)
Cu++H2O2→Cu2++OH-+・OH・・・(3)
ここで、GSHは還元型グルタチオンであり、GSSGは還元型グルタチオンの酸化体である酸化型グルタチオンである。大気中で水分と接しない場合、銅表面には亜酸化銅(Cu2O)および酸化銅(CuO)皮膜が形成される。水溶液中では、銅ならびに銅合金は腐食により熱力学的に安定な銅(II)イオンを溶出する。しかし、還元型グルタチオンが共存すると、銅(I)イオンが生成される((1)式)。銅(I)イオンは、水溶液中の水素イオンによって、過酸化水素(H2O2)を発生させる((2)式)。発生した過酸化水素と銅(I)イオンとが反応し、ヒドロキシラジカル(・OH)に代表される活性酸素を発生させる((3)式)。
【0020】
ここで、銅(II)イオンに加えて還元剤の作用により生じた銅(I)イオン、さらに銅(I)イオンの作用により生じた活性酸素(ヒドロキシラジカル)により、菌のみならずウイルスが損傷をうけるため、銅表面の抗菌性および抗ウイルス性を向上させることができる。さらに、本発明の表面処理液によれば、低級アルコールを80体積%以上含有するため、還元型グルタチオンは銅および銅合金を腐食させることなく、長期間(例えば、組成の調製によっては1週間以上)表面に保持される。その結果、上記(1)式の反応の開始を遅らせることができる。加えて、本発明の表面処理液に含有される水は20体積%未満に制限されているため、上記(2)式の反応が制御される。これに伴い上記(3)式による活性酸素の発生も制御されるため、表面処理液の塗布後すぐではなく、ある一定時間経過後に菌およびウイルスが処理後の表面に接触することにより、菌およびウイルスに直接、上記(1)~(3)式の反応が作用し、効果的に、抗菌性および抗ウイルス性を発現できる。特に、還元型グルタチオンを2mM以上20mM以下の濃度の高濃度で含むため、一定時間経過後であっても、速やかに十分な量の活性酸素を発生させ、菌およびウイルスを損傷させることができる。
【0021】
本発明の表面処理液の各構成要素について詳細に説明する。
[還元型グルタチオン(GSH)]
還元型グルタチオン(GSH)は、上述の銅および銅合金から溶出した銅(II)イオンあるいは銅および銅合金表面に形成された酸化銅皮膜中の銅(II)を還元し、銅(I)イオンを溶出させる還元剤として機能し得る。還元型グルタチオンは、次式で表される還元型グルタチオンおよびその誘導体を含む。
【0022】
【0023】
還元型グルタチオンの誘導体は、還元型グルタチオンの還元剤としての機能を損なわない範囲で、溶媒和物、塩、上記化学式の一部が炭素数1以上3以下の低級アルキル基や他の置換基で置換されたものを含む。
【0024】
還元型グルタチオンの濃度は、2mM以上20mM以下の範囲を満たす。この範囲とすることにより、銅および銅合金に優れた抗菌性および抗ウイルス性を発現させることができる。表面処理液の調製および抗菌性・抗ウイルス性の観点から、還元型グルタチオンの濃度は、好ましくは、3mM以上20mM以下の範囲であり、より好ましくは、3mM以上10mM以下、なお好ましくは、3mM以上5mM以下の範囲である。
【0025】
[水]
水は、特に制限はなく、例えば、水道水、軟水、イオン交換水、蒸留水、RO水、ミリQ水、精製水であってよい。水は、好ましくは、軟水、イオン交換水、RO水、蒸留水が用いられる。これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。水を含有するため、還元型グルタチオンが溶解した表面処理液を提供できる。
【0026】
[低級アルコール]
炭素数1以上4以下の低級アルコールは、例示的には、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、および、これらの変性アルコールからなる群から選択される。これらを単独または組み合わせて用いてもよい。
【0027】
低級アルコールの中でも、水との相溶性の観点からは、エタノール、メタノール、イソプロピルアルコールおよびこれらの変性アルコールからなる群から選択されるアルコールが好ましい。抗菌性および抗ウイルス性ならびに人体への影響を考慮すると、エタノールおよびその変性アルコールがより好ましい。
【0028】
低級アルコールおよび水の合計体積に対する低級アルコールの体積の割合(体積%)は、80%以上100%未満を満たす。この範囲であれば、抗ウイルス性が増大し得る。抗菌性および抗ウイルス性の観点から、低級アルコールの体積の割合は、好ましくは、90%以上100%未満であり、より好ましくは、94%以上100%未満であり、還元型グルタチオンの溶解性、ならびに、抗菌性および抗ウイルス性の観点から、なおさらに好ましくは、94%以上99%以下の範囲である。
【0029】
本発明の表面処理液は、銅および銅合金表面の抗菌性および抗ウイルス性を向上させることができるが、注目すべきは、非エンベロープ型ウイルスを不活化できる点である。これまで、非エンベロープ型ウイルスを不活化させるには、強力な酸化剤が必要であったが、本発明の表面処理液によれば、酸化剤を用いることなく、還元型グルタチオンによる銅(I)イオンおよび活性酸素(ヒドロキシラジカル)によって非エンベロープ型ウイルスを不活化できるので、極めて有利である。なお、本発明の表面処理液は、低級アルコールを含有するため、これまで報告があるように、エンベロープ型ウイルスに対しても当然ながら不活化できる。したがって、本発明の表面処理液は、エンベロープ型ウイルスおよび非エンベロープ型ウイルスのいずれに対しても有効であり、なおかつ、人体や材料への損傷はない。
【0030】
本発明の表面処理液は、上述の構成要素以外にも、銅ならびに銅合金の抗菌性および抗ウイルス性を向上させうる限り、必要に応じて、消臭剤、防腐剤、香料、油性成分、増粘剤、保湿剤、色素、乳化剤、pH調整剤、セラミド類、ステロール類、抗酸化剤、一重項酸素消去剤、紫外線吸収剤、美白剤、抗炎症剤、界面活性剤等の公知の任意成分を配合することができる。これらは単独でもしくは2種以上を併せて用いることができる。
【0031】
本発明の表面処理液は、次のようにして調製される。
まず、還元型グルタチオンを水に溶解させる。その後、低級アルコールと混合すればよい。このとき、低級アルコールと水との体積割合が上記範囲を満たし、かつ、還元型グルタチオンの最終濃度が上記範囲を満たすように調製される。これにより、還元型グルタチオンが溶解した表面処理液を提供できる。
【0032】
これまで、還元剤として還元型グルタチオンについて説明してきたが、N-アセチルシステイン、アスコルビン酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウムおよびシステインを還元剤として用いた場合も同様に銅および銅合金の抗菌性および抗ウイルス性を向上させることができる。当業者であれば、選択した還元剤に応じて、濃度、低級アルコールの体積百分率等を調整し得る。
【0033】
上述してきたように、本発明の表面処理液を用いれば、銅および銅合金の有する抗菌性および抗ウイルス性を向上させることができ、特に、エンベローブ型ウイルスのみならず、非エンベローブ型ウイルスに対しても、強力な酸化剤を用いることなく、不活性できる。
【0034】
(実施の形態2)
実施の形態2では、実施の形態1で説明した表面処理液を用いた表面処理方法について説明する。
【0035】
図1は、本発明の表面処理液を用いた銅または銅合金を含有する物品の表面を処理する工程を示すフローチャートである。
【0036】
本発明の処理方法は、以下の工程を包含する。
ステップS110:実施の形態1で説明した本発明の表面処理液を銅または銅合金を含有する物品の表面に付与する。
物品表面に本発明の表面処理液が塗布されると、溶媒が蒸発した後も、還元型グルタチオンは、銅または銅合金の腐食をすることなく、物品表面に長期間維持される。これは、表面処理液中の大量の低級アルコールによる効果であり、特許文献1と異なる点である。その結果、菌やウイルスが物品表面に付着や飛散した際に、タイミングよく、還元型グルタチオンによる銅(I)イオンの溶出ならびに銅(I)イオンを介した活性酸素を発生させることができるので、表面処理後長期間にわたって銅または銅合金の抗菌性および抗ウイルス性の向上効果を維持できる。
【0037】
詳細に説明する。
ステップS110において、表面処理液は、実施の形態1で説明した表面処理液であるため、説明を省略する。
【0038】
ここでも、銅または銅合金は、実施の形態1で説明した銅または銅合金であるが、好ましくは、伸銅品である。本明細書において、伸銅品とは、JIS H0500に規定される定義に従い、圧延、押出し、引抜き、鍛造などの熱間または冷間の塑性加工によって造られた銅および銅合金の板、条、管、棒、線などの製品の総称をいう。このような伸銅品の表面を本実施形態の表面処理液で処理することにより、その表面に付着する菌体、細菌、ならびに、飛散するウイルスがより効率的に不活化され、物品表面が殺菌・殺ウイルス処理される。本実施形態に係る表面処理方法が適用され得る伸銅品は、それ単独で使用されるものに限られず、他の製品と組み合わせて使用されていてもよい。
【0039】
また、銅または銅合金を含有する物品は、実施の形態1で説明した銅または銅合金を含有するものであれば、特に制限はないが、例示的には、取手・ハンドル、ボタン、建材、電子部品、および、楽器部品からなる群から選択される。取手・ハンドルは、例えば、手すり、ドアノブ、ドアハンドル、レバー、ポール、ナースカート、ベッドサイドレール、グリップ、筆記具、机・椅子のパイプなどを含み、人の手で握って使用されるものである。ボタンは、例えば、エレベータのボタン、各種スイッチなどを含み、人の手で押して使用されるものである。建材は、例えば、家屋や浴室、医療機関、介護施設、医薬品や医療機器の製造施設等の壁材や床材、シンクなどのキッチン部品を含む。電子部品は、スマートフォン、タブレット端末、カメラ、ディスプレイ、ナビゲーションシステム、非接触ICカード、電子キーなどを含み、人の手で直接操作されるものである。楽器部品は、トランペット、ホルン、サックス等の管楽器、ピアノ、シンセサイザーなどの電子楽器、ギターの弦などの楽器アクセサリを含み、人の手で直接操作されるものである。
【0040】
ステップS110において、表面処理液の物品への付与方法に特に制限はないが、例示的には、滴下法、浸漬コート法、フローコート法、流し塗り、カーテンコート法、スピンコート法、スプレーコート法、エアレススプレーコート法、バーコート法、ロールコート法、および、刷毛塗りからなる群から選択される。当業者であれば、付与すべき物品の大きさ、形状に応じて、付与方法を適宜選択し得る。
【0041】
ステップS110において、表面処理液の物品に付与される還元型グルタチオンの量は、特に制限はないが、抗ウイルス性および抗菌性の観点からは、0.1nmol/cm2以上100nmol/cm2以下の範囲であってよい。付与される還元型グルタチオンの量は、より好ましくは、0.25nmol/cm2以上50nmol/cm2以下の範囲であり、なお好ましくは、0.25nmol/cm2以上50nmol/cm2以下の範囲である。付与される還元型グルタチオンの量は、次のようにして算出される。
(塗布後の銅あるいは銅合金基板表面における還元型グルタチオンの塗布密度)=(表面処理液中の還元型グルタチオン濃度)×(塗布溶液量)/(塗布面積)
【0042】
ステップS110において、表面処理液を物品に付与すると、溶媒の多くが炭素数1以上炭素数4以下の低級アルコールであるため、容易に自然乾燥し得るが、付与面積が大きい場合などには、必要に応じて、乾燥を実施してもよい。このような乾燥には、エアフロー、ホットプレート等を利用した加熱乾燥、その他周知の乾燥方法を採用できる。
【0043】
表面処理液による銅または銅合金の表面処理は、処理対象の銅または銅合金の表面が乾燥した状態で行われることが好ましい。例えば、表面処理液による銅または銅合金の表面処理は、通常の環境下である、温度を15℃以上30℃以下、相対湿度を70%RH以下に制御した大気雰囲気中において行うことができる。このような条件下であれば、基板表面に塗布したグルタチオンによる銅または銅合金の腐食が急激に進行することがないため、飛沫という形で菌あるいはウイルスが接触した際に、飛沫中の水分を利用し、上記(2)式の反応が速やかに進行するので、銅(I)イオンの溶出および活性酸素の生成を促進できる。ただし、温度が30℃よりも高い条件、または相対湿度が70%RHよりも高い条件であっても、本発明の効果を得ることはできる。
【0044】
なお、別の実施の形態として、銅または銅合金は、織布、不織布、スポンジ状物その他一般に柔軟な多孔体材料(以下、布で代表させる)に含まれる銅または銅合金の繊維、微粒子、箔等(以下、単に銅繊維で代表させる)であってもよい。この場合、このような布に表面処理液を与えることによって銅繊維の表面を本実施形態の表面処理液で処理し、布が表面処理液で湿った状態になった抗菌・抗ウイルス布を対象物の表面に接触させる(例えば、拭くもしくは拭う)ことにより、当該対象物の表面に付着していた菌体、細菌等やウイルスを、抗菌・抗ウイルス布表面に転移されることで除去され、また銅繊維近傍で発生された溶出銅イオンおよび活性酸素により急速かつ効率的に不活化され、濃度の調整によっては、当該対象物の表面が殺菌・殺ウイルス処理される。
【0045】
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例0046】
[表面処理液の対象物品]
表面処理液の対象物品として以下の材料からなる基板を用いた。
・無酸素銅基板(合金番号C1020。「C1020」または「Cu」とも表記する。サイズ:核酸分解試験用:100mm×100mm×0.5mm、抗菌・抗ウイルス試験用:15mm×15mm×0.05mm)
・真鍮基板(合金番号C2680。「C2680」とも表記する。サイズ:抗菌・抗ウイルス試験用:15mm×15mm×0.05mm)
・ガラス基板(並板ガラス製シャーレの底面を使用。サイズ:60mmφ)
【0047】
いずれの基板表面も、残留有機物のコンタミネーションを避けるため、界面活性剤溶液を用いて洗浄、水道水および超純水でリンスした後、風乾された。
【0048】
[例1~例27:表面処理液の調製および抗菌性/抗ウイルス性試験]
表1に示すように、種々の濃度の還元型グルタチオンを含有する表面処理液を調製した。上記構造式で表される還元型グルタチオン(GSH、富士フイルム和光純薬製、分子生物学用)を蒸留水に溶解させ、種々の濃度に調製した。その後、低級アルコールとして無水エタノール(富士フイルム和光純薬製、特級)、メタノール(富士フイルム和光純薬製、特級)およびイソプロピルアルコール(富士フイルム和光純薬製、特級)と混合し、よく撹拌した。還元型グルタチオンの溶解性や調製のしやすさを考慮し、低級アルコールの下限は80%とした。
【0049】
【0050】
(1)核酸分解試験
核酸の分解能と、抗菌性および抗ウイルス性とに相関があることが知られていることから、例1~例14、例26~27の表面処理液による核酸分解試験を行い、GSH濃度の条件出しをした。試験は次のようにして行った。
【0051】
例1~例14、例26~27の表面処理液10μLを、無酸素銅(C1020)基板の表面の約20mm×20mmの範囲に滴下、塗布した(
図1のステップS110)。このときの塗布された表面処理液による液膜の厚さは約2.5μmであった。また、塗布後の基板表面における還元型グルタチオン(GSH)量は、0.25~50nmol/cm
2であった。
【0052】
次いで、塗布後、基板表面を風乾した。風乾は、大気中、室温(25℃)で、表面処理用液中の水の濃度(体積%)が5体積%以下の場合には、約1分間、水の濃度(体積%)が20体積%の場合には、1~2分間、水の濃度(体積%)が100体積%の場合には、15分間を要した。
【0053】
風乾後の基板表面のGSH塗布領域(20mm×20mm)に、核酸源として、所定濃度に調製したサケ精巣由来デオキシリボ核酸の0.5%界面活性剤(2-[4-(2,4,4-トリメチルペンタン-2-イル)フェノキシ]エタノール)溶液1μLを10mm×10mmの範囲に塗り広げ、室温(25℃)にて、5分間静置させた。
【0054】
核酸塗布部分を、0.03%のドデシル硫酸ナトリウム水溶液(SDS溶液)を含ませたポリエステルスワブで拭って、スワブに吸着した核酸の量から核酸の回収率と表面処理液との関係を調べた。具体的には、スワブを試料のXY平面におけるX方向に20回拭い、次はY方向に20回拭う操作を2回半(すなわちX-Y-X-Y-X方向に計100回)、スワブの面を変えながら繰り返した。その後、スワブ先端をハサミで切り落とし、0.03%のSDS溶液中で激しく攪拌し、スワブに吸着した核酸試料を抽出した。抽出した核酸の量は、核酸に吸着する蛍光分子アクリジンオレンジ(AO)を用いて定量された。
【0055】
同様の手順で、コントロールとして、未処理(GSH溶液を塗布していない)の銅基板(C1020)表面に核酸溶液を塗布し、5分経過後、スワブにて回収された核酸量を100%とし、GSH溶液を塗布した銅基板表面から回収された核酸の回収率を求めた。結果を
図2および
図3に示す。
【0056】
図2は、エタノールを含有する表面処理液により表面処理した銅基板表面における核酸回収率のGSH濃度依存性を示す図である。
図3は、メタノールおよびイソプロピルアルコールを含有する表面処理液により表面処理した銅基板表面における核酸回収率を示す図である。
【0057】
図2にはエタノールを含有する表面処理液の塗布後1時間の結果を示す。GSH濃度が高いほど核酸回収率が低下する(すなわち、核酸がより分解する)傾向を示した。例えば、
図2中の「×」で示す水の濃度1体積%の表面処理液の結果に着目すると、GSH濃度が2mM以上で核酸回収率が大きく低下した。その他の水の濃度が5体積%、20体積%の表面処理液においても、GSH濃度2mMを越えると核酸回収率が低下する傾向を示した。詳細には、水の濃度が1体積%および5体積%の表面処理液を用いた場合の核酸回収率は、水の濃度が20体積%の表面処理液のそれに比べて、大きく低下した。
【0058】
図3に示すように、メタノールを用いた例26、および、イソプロピルアルコールを用いた例27の表面処理液を用いた場合も、エタノールと同様に、核酸回収率の低下を確認した。このことから、エタノール以外にもメタノールやイソプロピルアルコールを含む炭素数1以上4以下の低級アルコールが有効であることが示唆される。
【0059】
以上より、還元型グルタチオンと、炭素数1以上4以下の低級アルコールと、水とを含有し、低級アルコールの体積の割合(体積%)は、80%以上100%未満であり、還元型グルタチオンの濃度は、2mM以上20mM以下の範囲である表面処理液は、銅および銅合金の有する抗菌性および抗ウイルス性を向上させることが示唆された。このことから、以降の実験では、主として、2mM以上のGSH濃度にて行った。
【0060】
(2)フィルム法による抗菌性試験
大腸菌(Escherichia coli)および黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を用いて本発明の表面処理液により表面処理後の銅基板について抗菌性試験を行った。試験はJIS Z2801抗菌性試験に準拠した方法で行った。
【0061】
上記(1)核酸分解試験と同様の手順で、例14の表面処理液(GSH濃度;4mM、エタノール;99体積%、水;1体積%、GSH4mM-水1%-EtOH99%)を、基板として無酸素銅基板(C1020)の表面の約14mm×14mmの範囲に滴下、塗布し、乾燥させた(
図1のステップS110)。このとき、基板背面は薄手のシリコーンシートで覆うようにした。ここでも、塗布した液膜の厚さは約2.5μmであり、基板表面における還元型グルタチオン(GSH)量は、10nmol/cm
2であった。
【0062】
塗布後24時間経過後の基板をガラス容器底面に配置した。次いで、基板表面に約1.0×106個/mLの大腸菌懸濁液および黄色ブドウ球菌懸濁液をそれぞれ50μL載せ、12mm角に切ったポリエチレンフィルムを載せて菌液を均一に広げ、基板表面と接触させた。菌液を播種後、ガラス容器を35±1℃の培養器内に静置し、5分、10分、30分経過後、ガラス容器を培養器から取り出し、ポリエチレンフィルムを外し、NB培地(普通ブイヨン培地)1mLを加え、ピペッティングを3回繰り返し、菌を回収した。
【0063】
WST-1法により、回収した菌液中の菌数を測定した。具体的には、96穴マイクロプレート内のウェルに180μLの回収菌液を入れ、そこに検出試薬20μLを添加した。検出試薬は、5mMのWST-1[2-(4-Iodophenyl)-3-(4-nitrophenyl)-5-(2,4-disulfophenyl)-2H-tetrazolium,monosodium salt]と、0.2mMの1-methoxy-PMS(1-Methoxy-5-methylphenazinium methylsulfate)との混合液であった。
【0064】
検出試薬を添加後、35℃にて培養しながら、一定間隔(大腸菌は20分間隔、黄色ブドウ球菌は30分間隔)で450nmの吸光度を約16~24時間経過するまで測定した。得られた結果から、吸光度が0.5を越えるまでの時間を求め、あらかじめ播種菌数を変えて測定し、作成した検量線を用いて初発菌数を推定した。結果を
図4および
図5に示す。
【0065】
図4は、例14の表面処理液により表面処理した銅基板表面における大腸菌の生菌率の変化を示す図である。
図5は、例14の表面処理液により表面処理した銅基板表面における黄色ブドウ球菌の生菌率の変化を示す図である。
【0066】
図4および
図5には、コントロールとして、表面処理液を付与しない場合の無酸素銅(C1020)基板表面における生菌率の変化も示す。
図4および
図5において、縦軸は、播種菌数に対する回収菌液中の生菌数の比を生菌率として示す。
図4および
図5によれば、いずれの菌に対しても、例14の表面処理液(GSH4mM-水1%-EtOH99%)を塗布した基板表面の生菌率は、何ら表面処理されていない基板表面のそれと比較すると、菌との接触時間がわずか10分で、有意に低減することが分かった。図示しないが、例10の表面処理液(GSH2mM-水1%-EtOH99%)においても同様の傾向を確認した。
【0067】
以上より、還元型グルタチオンと、炭素数1以上4以下の低級アルコールと、水とを含有し、低級アルコールの体積の割合(体積%)は、80%以上100%未満であり、還元型グルタチオンの濃度は、2mM以上20mM以下の範囲である表面処理液で、銅または銅合金の表面を処理することにより、銅および銅合金の有する抗菌性が向上することが示された。
【0068】
(3)Qβバクテリオファージを用いた抗ウイルス性試験
非エンベロープ型ウイルスとしてQβバクテリオファージを用い、本発明の表面処理液により表面処理した銅基板の抗ウイルス性試験を行った。試験はJIS R1706:2020を参考に実施した。
【0069】
上記(1)核酸分解試験と同様の手順で、種々の表面処理液を基板として無酸素銅(C1020)、黄銅(C2680)およびガラス表面の約14mm×14mmの範囲にそれぞれ滴下、塗布し、乾燥させた(
図1のステップS110)。このとき、基板背面は薄手のシリコーンシートで覆うようにした。
【0070】
塗布後1時間、3時間、24時間、168時間経過後の基板をガラス容器底面に配置した。次いで、基板表面に約2.0×107pfu/mLのファージ懸濁液を50μL載せ、12mm角に切ったポリエチレンフィルムを載せてファージ液を均一に広げ、基板表面と接触させた。ファージ液を接種後、ガラス容器を室温にて5分、10分、30分静置後、ポリエチレンフィルムを外し、SCDLP培地1mLを加え、ピペッティングを3回繰り返し、ファージを回収した。
【0071】
回収したファージ液について、プラークアッセイにより、感染価を確認した。具体的には、ペプトン加生理食塩水を用いて回収ファージ液について10倍希釈系列を調製後、各溶液の少量を宿主である大腸菌を含む軟寒天培地2mLに添加し、あらかじめ準備しておいた軟寒天培地ディッシュに重層した。培地が固化した後、37℃で約18時間培養し、適切な希釈系列のディッシュのプラーク数を計数し、回収ファージ液中の感染価を求めた。結果を表2、
図6~
図12に示す。
【0072】
【0073】
図6は、例14および例25の表面処理液による表面処理後(塗布後1時間)の銅基板表面およびガラス基板表面におけるバクテリオファージの感染価率のファージ接触時間変化を示す図である。
図7は、例14および例25の表面処理液による表面処理後(塗布後24時間)の銅基板表面およびガラス基板表面におけるバクテリオファージの感染価率のファージ接触時間変化を示す図である。
【0074】
図6および
図7には、コントロールとして、表面処理液を付与しない場合の無酸素銅(C1020)基板表面、ならびに、ガラス基板表面における感染価のファージ接触時間変化も示す。
【0075】
図6および
図7の銅基板表面における感染価に着目する。表面処理液を使用していないコントロールの結果によれば、感染価は、接触時間の経過に伴い、低下する傾向を示すものの、ファージ接触20分経過後も、0にはならなかった。このことから銅そのものは抗ウイルス性を有しているものの、十分ではないことを示す。
【0076】
さらに、例25の表面処理液(GSH0mM-水1%-EtOH99%)で処理された銅基板表面の結果によれば、感染価の変化は、表面処理液を使用していないコントロールの結果と同等であり、抗ウイルス性に対して顕著な効果は見られなかった。
【0077】
しかしながら、例14の表面処理液(GSH4mM-水1%-EtOH99%)で処理された銅基板表面によれば、驚くべきことに、表面処理液を塗布後24時間後であっても、ファージ接触5分の時点で全てのファージが不活化された(感染価0)。注目すべきは、本発明の表面処理液は、銅金属の有する非エンベロープ型ウイルスに対する抗ウイルス性を増大できる点である。
【0078】
一方、
図6および
図7のガラス基板表面における感染価に着目すると、表面処理液を使用していないコントロールの結果、および、例25の表面処理液(GSH0mM-水1%-EtOH99%)を使用した結果によれば、感染価の低下は見られず、抗ウイルス性は認められなかった。例14の表面処理液(GSH4mM-水1%-EtOH99%)で処理されたガラス基板表面の感染価は、上記コントロールおよび例25の表面処理液の結果に対して、ごくわずかに低下したものの、ファージ接触20分経過後も、感染価は約3×10
5pfu/mLを示した。この値は、表面処理液を使用していない銅基板表面のコントロールのそれよりもはるかに高かった。
【0079】
以上より、抗ウイルス性の向上には、銅および還元型グルタチオン(GSH)の両方が必要であることが示されるとともに、還元型グルタチオンと、炭素数1以上4以下の低級アルコールと、水とを含有し、低級アルコールの体積の割合(体積%)は、80%以上100%未満であり、還元型グルタチオンの濃度は、2mM以上20mM以下の範囲である本発明の表面処理液で、銅の表面を処理することにより、銅の有する抗ウイルス性を向上できることが示された。また、本発明の表面処理液は、エンベロープ型ウイルスのみならず、非エンベロープ型ウイルスに対しても有効であることが示された。
【0080】
図8は、例14の表面処理液により表面処理した銅基板表面におけるバクテリオファージの感染価率(接触5分)の塗布後時間変化を示す図である。
図9は、例14の表面処理液により表面処理した銅基板表面におけるバクテリオファージの感染価率(接触10分)の塗布後時間変化を示す図である。
【0081】
図8および
図9には、コントロールとして、表面処理液を付与しない場合の無酸素銅(C1020)基板表面における感染価の塗布後時間変化も示す。
図8および
図9によれば、例14の表面処理液(GSH4mM-水1%-EtOH99%)で処理された銅基板表面の感染価は、塗布後1時間、3時間、24時間後においても、ファージ接触時間に関わらず、0となり、すべてのファージが不活化された。特に、
図9によれば、例14の表面処理液を塗布後168時間後の銅基板表面の感染価も0であり、優れた抗ウイルス性を示した。
【0082】
以上より、本発明の表面処理液は、塗布(処理)後24時間を超えても、銅の有する抗ウイルス性を向上でき、長期間の有効性が示された。
【0083】
図10は、例14~例16の表面処理液により表面処理した銅基板表面におけるバクテリオファージの感染価率のファージ接触時間変化を示す図である。
【0084】
図10には、コントロールとして、表面処理液を付与しない場合の無酸素銅(C1020)基板表面における感染価のファージ接触時間変化も示す。
図10によれば、例14の表面処理液(GSH4mM-水1%-EtOH99%)で処理された銅基板表面の感染価は、ファージ接触5分で0となった。例15の表面処理液(GSH4mM-水5%-EtOH95%)で処理された銅基板表面の感染価は、ファージ接触10分で0となった。例16の表面処理液(GSH4mM-水20%-EtOH80%)で処理された銅基板表面の感染価は、ファージ接触時間20分で0となった。すなわち、水の含有量が少ないほど(エタノールの含有量が多いほど)、抗ウイルス性が向上することが分かった。
【0085】
以上より、本発明の表面処理液は、塗布(処理)後24時間を超えても、銅の有する抗ウイルス性を向上でき、長期間の有効性が示された。また、本発明の表面処理液において、低級アルコールの体積の割合が、好ましくは、90%以上100%未満、より好ましくは94%以上100%未満を満たす場合に、優れた抗ウイルス性を発現し得ることが示された。
【0086】
図11は、例7、例14および例23の表面処理液により表面処理した銅基板表面におけるバクテリオファージの感染価率のファージ接触時間変化を示す図である。
【0087】
図11には、コントロールとして、表面処理液を付与しない場合の無酸素銅(C1020)基板表面における感染価のファージ接触時間変化も示す。
図11の例14の表面処理液(GSH4mM-水1%-EtOH99%)で処理された銅基板表面の結果は、
図10のそれと同じであり、ファージ接触5分で0となった。例23の表面処理液(GSH20mM-水5%-EtOH95%)で処理された銅基板表面の感染価は、ファージ接触10分で0となった。例7の表面処理液(GSH1mM-水1%-EtOH99%)で処理された銅基板表面の感染価は、表面処理液を使用しないコントロールのそれに比べれば、低減したものの、顕著な効果は見られなかった。
【0088】
以上より、本発明の表面処理液において、還元型グルタチオンの濃度は2mM以上20mM以下とすればよく、より好ましくは、3mM以上20mM以下、もっとも好ましくは、3mM以上5mM以下を満たす場合に、優れた抗ウイルス性を発現し得ることが示された。
【0089】
図12は、例14の表面処理液により表面処理した銅合金基板表面におけるバクテリオファージの感染価率のファージ接触時間変化を示す図である。
【0090】
図12には、コントロールとして、表面処理液を付与しない場合の真鍮(C2680)基板表面における感染価のファージ接触時間変化も示す。
図12によれば、例14の表面処理液(GSH4mM-水1%-EtOH99%)で処理された銅合金基板表面の感染価は、表面処理液を付与していないコントロールの結果に対して、少なくとも1/10減少した。また、その感染価は、ファージ接触20分で、播種ファージ感染価の1/1000,000になった。
【0091】
以上より、本発明の表面処理液は、銅金属に加えて銅合金の抗ウイルス性を向上させることができ、エンベロープ型ウイルスのみならず、非エンベロープ型ウイルスに対しても有効であることが示された。
本発明の表面処理液を銅金属または銅合金を含有する物品に付与するだけで、銅金属または銅合金の有する抗菌性および抗ウイルス性を向上させることができるので、銅金属または銅合金を有する物品の抗菌性や抗ウイルス性が望まれる使用環境で用いられる。特に、本発明の表面処理液を用いれば、強力な酸化剤を用いることなく、非エンベロープ型ウイルスに対しても不活化を可能にするため、人体や材料の損傷がなく、有利である。また、表面処理液塗布後一定期間、抗ウイルス活性の向上効果が維持されるため、頻回に消毒や清拭作業を実施できない製品や部材への適用も可能である。さらに、抗菌・抗ウイルス活性は5分間というわずかな時間で発現するため、銅または銅合金基板表面の消毒あるいは滅菌目的でも使用できる。