(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024080282
(43)【公開日】2024-06-13
(54)【発明の名称】嫌気包装されたローストビーフ並びにその製造方法
(51)【国際特許分類】
A23L 13/00 20160101AFI20240606BHJP
【FI】
A23L13/00 D
【審査請求】有
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022193342
(22)【出願日】2022-12-02
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-08-30
(71)【出願人】
【識別番号】516147981
【氏名又は名称】伊藤ハム米久ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】和賀 正洋
【テーマコード(参考)】
4B042
【Fターム(参考)】
4B042AC02
4B042AD39
4B042AE05
4B042AE10
4B042AG02
4B042AH01
4B042AK01
4B042AK02
4B042AK04
4B042AK07
4B042AK08
4B042AP04
4B042AP21
4B042AP30
4B042AW10
(57)【要約】
【課題】包装開封後の色調の復元能力が高い、嫌気包装されたローストビーフ並びにその製造方法を提供する。
【解決手段】嫌気包装開封後のローストビーフの赤色度を向上させる方法であって、pH 6.2~7.1の範囲に調整した原料肉にコハク酸二ナトリウムを添加してローストビーフを製造する工程と、スライスする工程と、嫌気包装する工程とを含み、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上である方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
嫌気包装開封後のローストビーフの赤色度を向上させる方法であって、pH 6.2~7.1の範囲に調整した原料肉にコハク酸二ナトリウムを添加してローストビーフを製造する工程と、スライスする工程と、嫌気包装する工程とを含み、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上である、上記方法。
【請求項2】
原料肉に更にアラニン、トレハロース、イノシトール、およびプロリンからなる群から選択される1種以上を添加する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
原料肉に更にビタミンE及び/又はカタラーゼを添加することを含む、請求項2記載の方法。
【請求項4】
コハク酸二ナトリウムの添加量が原料肉に対して0.025~1重量%である、請求項1記載の方法。
【請求項5】
アラニンを添加する方法であって、添加するアラニンの量が原料肉に対して0.01~3重量%である、請求項2記載の方法。
【請求項6】
ビタミンEを添加する方法であって、添加するビタミンEの量が原料肉に対してトコフェロール当量で0.003~0.17重量%の範囲である、請求項3記載の方法。
【請求項7】
嫌気包装が、真空包装又はガス置換包装である、請求項1~6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
開封後の赤色度が包装後の赤色度の180%以上に上昇した部分を有する、嫌気包装して提供される、コハク酸二ナトリウムを含有し、かつpH 6.2~7.1の範囲のスライスされたローストビーフであって、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上である、上記ローストビーフ。
【請求項9】
開封後の赤色度が包装前の赤色度の70%以上を保持した部分を有する、嫌気包装して提供される、コハク酸二ナトリウムを含有し、かつpH 6.2~7.1の範囲のスライスされたローストビーフであって、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上である、上記ローストビーフ。
【請求項10】
更にアラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群から選択される1種以上の化合物を含有する、請求項8又は9記載のローストビーフ。
【請求項11】
更にビタミンE及び/又はカタラーゼを含有する、請求項8又は9記載のローストビーフ。
【請求項12】
更にアラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群から選択される1種以上の化合物と、ビタミンE及び/又はカタラーゼとを含有する、請求項8又は9記載のローストビーフ。
【請求項13】
(i)コハク酸二ナトリウム、
(ii)アラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群から選択される1種以上の化合物、及び
(iii)ビタミンE及び/又はカタラーゼ
を含む、ローストビーフの再ブルーミング能向上剤。
【請求項14】
原料肉に対してコハク酸二ナトリウムの添加量が0.025~1重量%、アラニンの添加量が0.01~3重量%、ビタミンEの添加量がトコフェロール当量で0.003~0.17重量%の範囲である、請求項13記載のローストビーフの再ブルーミング能向上剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、包装開封後の色調の復元能力が高いことを特徴とする嫌気包装されたローストビーフ並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、鮮度の高い精肉、特に牛肉は、カットされて空気に触れると、主要な色素であるミオグロビンやヘモグロビンといったヘム色素が酸素と結合してオキシミオグロビン、あるいはオキシヘモグロビンを生じ、鮮赤色を帯びる。このカット時の肉色の変化は、肉色が明るくなるためにブルーミングと呼ばれている。
【0003】
ローストビーフは牛肉の塊の表面をオーブンなどで焼き上げた食品であり、一般的に薄くスライスして食する。ローストビーフもスライスなどカットすることにより精肉と同様にブルーミングし、断面に生じるその特徴的な赤色は消費者に好ましい印象を与える外観上の特徴となっている。
【0004】
オキシミオグロビンの維持には好気的な環境が必須であるが(非特許文献1、pp 391-392)、食肉製品の場合、賞味期限延長及び食品ロス軽減の観点から、カビや好気性菌の増殖抑制、酸化抑制に優れた嫌気包装で流通させるのが一般的である。
【0005】
ブルーミングした精肉を真空包装などで嫌気的な環境に置くと、酸素濃度の低下に伴いヘム色素と酸素の結合は解消される。これを脱酸素化と称する。脱酸素化に伴い、例えばオキシミオグロビンはデオキシミオグロビンとなり、その色調は鮮赤色から紫赤色に変じる。すなわち、精肉は真空包装に伴い赤味が低下し、カット前の色調へと変化するのが通常である。
【0006】
さらにこの真空包装を開封して精肉を再び好気的な環境に置くと、酸素濃度の増大に伴いデオキシミオグロビンは再び酸素と結合して鮮赤色のオキシミオグロビンとなる。すなわち、精肉は真空包装に伴い低下した赤色が開封後に復元する。これを本明細書では再ブルーミングと定義する。
【0007】
精肉にはこのような再ブルーミング能があることから、酸化抑制効果に優れる真空包装等の嫌気包装を用いても、食欲や購買意欲を刺激するような瑞々しい感覚、いわゆるシズル感を大きく損なうことなく流通させることができる。しかし、スライスされたローストビーフを嫌気的環境に置くと変色し、酸化を防止するための嫌気包装であるにもかかわらず、好気的な環境におかれた場合よりも酸化が進行するという問題が生じる。また、加熱加工されていない精肉とは異なって、開封してもスライス面が元の赤色には戻りづらいという特徴がある。すなわち、ローストビーフの再ブルーミング能は精肉よりも低い。
【0008】
酸化されたミオグロビン誘導体であるメトミオグロビンは褐色であり、酸素と結合する能力は失われている(非特許文献1、pp 390-391)。すなわち、ローストビーフにおける再ブルーミング能の喪失は嫌気包装を原因として酸化が進行し、ブルーミング可能な色素であるデオキシミオグロビンが減少してしまうことが問題であると推察される。
【0009】
ローストビーフに代表される再ブルーミング能が低い食肉製品では、スライス後に真空包装等の嫌気包装で流通させると、販売時にその特徴的な赤色が損なわれるという問題があった。そのため、従来、嫌気包装は好気包装と比較して微生物の制御や酸化抑制という観点から流通上のメリットがあるものの、ローストビーフのような食肉製品を嫌気包装で流通する場合には、ブロック状で流通され、小売業者が販売直前にスライスするか、あるいはブロックのまま消費者に販売され、家庭でスライスされるのが一般的であった。
【0010】
スライスされたローストビーフを嫌気的に流通させる方法として、特許文献1では、酸素ガスバリア性を有する外装と、ローストビーフを乗せるトレイと、脱酸素剤とからなる包装で、窒素及び/又は二酸化炭素によってガス置換包装することを特徴とするスライスされたローストビーフの包装方法及び包装体が開示されている。
【0011】
また、特許文献2では、スライスされた特定加熱食肉製品におけるデオキシミオグロビンをオキシミオグロビンに酸素化する工程と、当該酸素化する工程のあと、スライスされた特定加熱食肉製品を非鉄系脱酸素剤とともにガスバリア性を有する包材に密封する工程とを含み、上記スライスされた上記特定加熱食肉製品はガスバリア性を有する包材に密封された状態、且つ、当該包材内の酸素濃度が検出限界以下の条件下で、全ミオグロビン量を100%としたときにオキシミオグロビンが12%以上、メトミオグロビンが50%未満、デオキシミオグロビンが34%以上となる割合となっていることを特徴とする特定加熱食肉製品の製造方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平10-327807
【特許文献2】特許第5192595号
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】光琳テクノブックス「食品の変色の化学」木村進ら編著(1995)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
比較的低温で調理され、特有の赤色を有するローストビーフ等の食肉製品は、その赤味が魅力の一つであり、こうした赤色の低下は、消費者の購買意欲や味質に対する期待感を低下させ、商品価値を著しく毀損する原因となる。この点において、スライスされたローストビーフは、嫌気包装し、開封しても元の赤色が戻らないという問題を抱えていた。
すなわち、あらかじめスライスされたローストビーフを嫌気的に流通させる場合に、その低い再ブルーミング能が技術的な課題となる。
【0015】
特許文献1記載の方法は極めて一般的な嫌気包装の一形態であり、当該方法によって得られるローストビーフは上述した通りその脱酸素化過程において酸化が進行し、好ましい色調及び適切なヘム色素の酸化還元状態を保つことはできず、開封後も好ましい色調を保つことはできない。
【0016】
また、特許文献2記載の方法で得られるローストビーフは、脱酸素化過程において脱酸素化されず、本来あるべき色調ではなくなり、包装、開封を通じて常に色調が一定であり、極めて長期間にわたりその不自然な色調を維持し得、微生物の増加により喫食に適さない状態となるまでその色調を維持するといった問題点がみられた。
【0017】
よって、上記の方法をもってしても、食肉が本来有する自然な色調を発現させ、ローストビーフにおいて精肉と同様の流通を可能とし、スライスパックとして流通させる上で十分なものとはいえなかった。
【0018】
このように、従来技術では満足できる再ブルーミング能を付与することは困難であった。本発明者は上述した現状に鑑み、スライスしたローストビーフを真空包装等嫌気包装で流通しても開封後に包装当初に見られるシズル感の再現度を高める技術を提供することを目的とした。すなわち、本発明の課題は、ローストビーフのオキシミオグロビンに起因する赤い肉色を有するスライス等カットされた状態の食肉製品を嫌気包装して脱酸素化した後、開封した後に再ブルーミングさせ、新鮮なローストビーフ特有の肉色を保ち得るローストビーフの製造方法、ならびにその製造方法で得られるローストビーフを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
ミオグロビンの酸化は酸素濃度に強く依存しており、微量の酸素はむしろミオグロビンの酸化を促進することが示唆されていることから(光琳テクノブックス「食品の変色の化学」木村進ら編著(1995)pp 391-392)、本発明者は、ローストビーフにおける真空包装時の酸化進行の原因は残存する微量の酸素ではないかと考えた。そこで、組織中の酸素濃度が問題になっている可能性を検証すべく、牛肉の加熱に伴う酸素消費活性の変化を検討した。
【0020】
この試験結果から、ローストビーフでは、真空包装後の組織中に微量の酸素が残る状態が長時間維持されることが示唆された。すなわち、嫌気包装後に酸素が消費される速度が低下しているために、組織が長時間にわたって酸化を促進する酸素濃度帯に維持され、それによって酸化が進行しているのではないかと考えられた。
【0021】
そこで本発明者は、ローストビーフの酸素消費活性を向上させることにより嫌気包装に起因する酸化を抑制し、ひいてはスライスしたローストビーフの再ブルーミング能を向上させる方法を検討することとした。
【0022】
食肉における酸素消費活性の中心はミトコンドリアであることが知られている(Tang, J.ら, (2005) Journal of Agricultural and Food Chemistry, 53, 1223-1230)。ローストビーフの場合、製造工程での加熱に伴って酸素消費活性が低下していることから、ミトコンドリアの耐熱性も高くはないと考えられた。
【0023】
検討の結果、本発明者は、ミトコンドリアの耐熱性及び酸素消費活性を向上させることにより、結果的に顕著なローストビーフの再ブルーミング能向上につながる下記のいくつかの条件を見出し、それに基づいて本発明を完成させた:
(i)pHの調整(pH 6.2~7.1)とコハク酸二ナトリウムの添加、
(ii)アラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群の化合物の添加、及び/又は
(iii)ビタミンE及び/又はカタラーゼの添加。
【0024】
以上の検討を経て、本発明者は、味質を損なうことなく嫌気包装時の酸化を抑え、開封後に包装直前のシズル感を再現する、すなわち高い再ブルーミング能を具備するスライスしたローストビーフならびに再ブルーミング向上剤を発明するに至った。加熱加工前の原料肉の調味段階又はその前後の段階で特定の化合物を添加することで、スライス後に嫌気包装するローストビーフに対して良好な再ブルーミング能を付与できる。
本発明の方法は、驚くべきことに、従来の方法とは全く異なり、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が非常に高いことを特徴とするものである。
【0025】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
1. 嫌気包装開封後のローストビーフの赤色度を向上させる方法であって、pH 6.2~7.1の範囲に調整した原料肉にコハク酸二ナトリウムを添加してローストビーフを製造する工程と、スライスする工程と、嫌気包装する工程とを含み、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上である、上記方法。
2. 原料肉に更にアラニン、トレハロース、イノシトール、およびプロリンからなる群から選択される1種以上を添加する、上記1記載の方法。
3. 原料肉に更にビタミンE及び/又はカタラーゼを添加することを含む、上記1又は2記載の方法。
4. コハク酸二ナトリウムの添加量が原料肉に対して0.025~1重量%、好ましくは0.05~0.6重量%、より好ましくは0.1~0.4重量%、更に好ましくは0.2~0.3重量%の範囲である、上記1~3のいずれか記載の方法。
5. アラニンを添加する方法であって、添加するアラニンの量が原料肉に対して0.01~3重量%、好ましくは0.02~3重量%、より好ましくは0.1~3重量%の範囲である、上記2~4のいずれか記載の方法。
6. ビタミンEを添加する方法であって、添加するビタミンEの量が原料肉に対してトコフェロール当量で0.003~0.17重量%、好ましくは0.003~0.1重量%の範囲である、上記3~5のいずれか記載の方法。
7. 嫌気包装が、真空包装又はガス置換包装である、上記1~6のいずれか記載の方法。
8. 開封後の赤色度が包装後の赤色度の180%以上に上昇した部分を有する、嫌気包装して提供される、コハク酸二ナトリウムを含有し、かつpH 6.2~7.1の範囲のスライスされたローストビーフであって、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上である、上記ローストビーフ。
9. 開封後の赤色度が包装前の赤色度の70%以上を保持した部分を有する、嫌気包装して提供される、コハク酸二ナトリウムを含有し、かつpH 6.2~7.1の範囲のスライスされたローストビーフであって、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上である、上記ローストビーフ。
10. 更にアラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群から選択される1種以上の化合物を含有する、上記8又は9記載のローストビーフ。
11. 更にビタミンE及び/又はカタラーゼを含有する、上記8又は9記載のローストビーフ。
12. 更にアラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群から選択される1種以上の化合物と、ビタミンE及び/又はカタラーゼとを含有する、上記8又は9記載のローストビーフ。
13. (i)コハク酸二ナトリウム、
(ii)アラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群から選択される1種以上の化合物、及び
(iii)ビタミンE及び/又はカタラーゼ
を含む、ローストビーフの再ブルーミング能向上剤。
14. 原料肉に対してコハク酸二ナトリウムの添加量が0.025~1重量%、好ましくは0.05~0.6重量%、より好ましくは0.1~0.4重量%、更に好ましくは0.2~0.3重量%、アラニンの添加量が0.01~3重量%、好ましくは0.02~3重量%、より好ましくは0.1~3重量%、ビタミンEの添加量がトコフェロール当量で0.003~0.17重量%、好ましくは0.003~0.1重量%の範囲である、上記13記載のローストビーフの再ブルーミング能向上剤。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、ローストビーフ等のオキシミオグロビンに起因する赤い肉色を有するスライス等カットされた状態の食肉製品を、真空包装など嫌気包装して脱酸素化した後、開封した後に効果的に再ブルーミングし、新鮮なローストビーフ特有の肉色を発現する製品を提供することができる。好気的な包装では必然的に酸化が起こるという問題があるが、本発明の方法によれば、酸素を原因とした酸化を防ぐと共に、外観の優れた製品の提供が可能である。
【0027】
特に、本発明により、好気性菌の増殖抑制や酸化抑制の観点から優れているとされながらもスライスされたローストビーフの流通には適していなかった嫌気包装をしていながら、味質を損なうことなく、開封後のシズル感にも優れたローストビーフを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】ローストビーフ抽出液及びオキシミオグロビン標準溶液の吸光スペクトルを示す。
【
図2】加熱食肉製品の規格基準(加熱)ならびに特定加熱食肉製品の規格基準(特定)に沿って製造したローストビーフを好気条件及び嫌気条件に置いて保存した後の赤色度(a
*)を比較して示す。
【
図3】加熱食肉製品の規格基準(A)又は特定加熱食肉製品の規格基準(B)に沿って製造したローストビーフを好気保管した場合及び真空包装した場合のミオグロビン誘導体の構成比をそれぞれ示す。MetMb:メトミオグロビン、DeoMb:デオキシミオグロビン、OxyMb:オキシミオグロビン。
【
図4】加熱による牛肉ミンチの酸素消費活性の消失を、45℃での活性を100とした相対活性で示す。
【
図5】加熱によるミオグロビンの酸素消費活性の消失を、非加熱の場合の活性を100とした相対活性で示す。
【
図6】異なるpH条件で加熱した場合のミオグロビンの残存する酸素消費活性を、非加熱の場合の活性を100とした相対活性で示す。
【
図7】異なるpH条件で製造したローストビーフの再ブルーミング能を赤色増加率及び赤色復元率で示す。
【
図8】コハク酸二ナトリウムの非存在下(-SA)及び存在下(+SA)、異なるpH条件で製造したローストビーフの再ブルーミング能を赤色増加率(A)及び赤色復元率(B)で示す。
【
図9】コハク酸二ナトリウムの非存在下(-SA)及び存在下(+SA)、異なるpH条件で製造したローストビーフを真空包装した場合のデオキシミオグロビンの構成割合を示す。
【
図10】異なる濃度のコハク酸二ナトリウムを添加して製造したローストビーフの再ブルーミング能を赤色増加率(A)及び赤色復元率(B)で示す。
【
図11】異なる濃度のコハク酸二ナトリウムを添加して製造したローストビーフを真空包装した場合のデオキシミオグロビンの構成割合を示す。
【
図12】アスコルビン酸Na(V.C、1,000 ppm)、ビタミンE(V.E、ミックストコフェロールとして100 ppm)、又はカタラーゼ(Catalase、200 ppm)を添加して加熱した場合のミトコンドリアの残存する酸素消費活性を、無添加の場合の活性を100とした相対活性で示す。
【
図13】オスモライトとして知られる各種化合物を添加して加熱した場合のミトコンドリアの残存する酸素消費活性を、無添加の場合の活性を100とした相対活性で示す。n=4~5で6回試行した結果を平均値±標準誤差で示す。
【
図14】アラニン及びビタミンEを単独又は組み合わせて添加して加熱した場合のミトコンドリアの残存する酸素消費活性を、無添加の場合の活性を100とした相対活性で示す。
【
図15】炭酸ナトリウム(T1)、炭酸ナトリウム及びコハク酸二ナトリウム(T2)、炭酸ナトリウム、コハク酸二ナトリウム、アラニン及びトレハロース(T3)、ビタミンE(トコフェロール)(T4)、又は炭酸ナトリウム、コハク酸二ナトリウム、アラニン、トレハロース及びビタミンE(トコフェロール)(T5)を添加して製造したローストビーフの再ブルーミング能を赤色増加率(A)及び赤色復元率(B)で示す。
【
図16】炭酸ナトリウム(T1)、炭酸ナトリウム及びコハク酸二ナトリウム(T2)、炭酸ナトリウム、コハク酸二ナトリウム、アラニン及びトレハロース(T3)、ビタミンE(トコフェロール)(T4)、又は炭酸ナトリウム、コハク酸二ナトリウム、アラニン、トレハロース及びビタミンE(トコフェロール)(T5)を添加して製造したローストビーフを真空包装した場合のミオグロビン誘導体の各々の構成割合を示す。
【
図17】異なる濃度のアラニン及びビタミンE(トコフェロール)を添加して製造したローストビーフの再ブルーミング能を赤色増加率及び赤色復元率で示す。
【
図18】異なる濃度のアラニン及びビタミンE(トコフェロール)を添加して製造したローストビーフを真空包装した場合のミオグロビン誘導体の各々の構成割合を示す。
【
図19】pH調整剤として炭酸ナトリウム又は水酸化ナトリウム、嫌気包装として真空包装又はガス置換包装を用いて製造したローストビーフの再ブルーミング能を赤色増加率(A)及び赤色復元率(B)で示す。
【
図20】先行文献記載の方法と比較した本発明の優位性として、化合物無添加(Control)の場合の活性を100とした相対酸素消費活性で示す。
【
図21】先行文献記載の方法と比較した本発明の優位性を赤色増加率(A)及び赤色復元率(B)で示す。
【
図22】本発明及び比較例のローストビーフにおける嫌気包装後のミオグロビン誘導体の構成割合を示す。MetMb:メトミオグロビン、OxyMb:オキシミオグロビン、DeoMb:デオキシミオグロビン。
【
図23】本発明及び比較例のローストビーフにおける嫌気包装後のミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
<ローストビーフの製造方法>
ローストビーフの一般的な製造方法は、当分野において周知であって、原料肉を調味する工程と、加熱加工する工程とを含み、工業的に製造する場合の加熱加工工程として例えば、
1) 食品原料の中心温度を63℃とし、30分以上、又は
2) 食品原料の中心温度を56℃とし、64分以上もしくは同等以上の加熱を行う
といった加熱条件が規定されている。上記1)で製造される食品は、加熱食肉製品と呼ばれ、通常10℃で保存されることとなっている。一方、上記2)で製造される食品は、特定加熱食肉製品と呼ばれ、通常4℃で保存されることとなっているが、いずれも55℃以上の加熱を必要とするものである。
【0030】
本発明者は、加熱に伴う食肉の酸素消費活性低下の要因を探る目的で、食肉及び食肉から抽出されたミトコンドリアの加熱が酸素消費活性に及ぼす影響を確認した。その結果、食肉の酸素消費活性は50℃~60℃で低下し(
図4)、また、特定加熱食肉製品の加熱温度帯である55~63℃ではミトコンドリアの酸素消費活性のほとんどが消失することが明らかになった(
図5)。これらの結果は、ローストビーフの加熱温度帯においては、その活性の低下の主要な要因はミトコンドリアの失活であることを示唆している。
【0031】
そこで、本発明者は、ミトコンドリアの耐熱性を向上させ、酸素消費活性を高めることを鋭意検討した結果、
(i)コハク酸二ナトリウム、
(ii)アラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群から選択される1種以上の化合物、及び/又は
(iii)ビタミンE及び/又はカタラーゼ
の添加により、加熱後の酸素消費活性がいずれも向上することを見出した。
【0032】
一方、ミトコンドリアの酸素消費活性を指標として検討した結果、pHが高いほど再ブルーミング能が高く保たれることを認めた。pH調整のみで十分な再ブルーミング能を発現させるためには、喫食に好ましくないpHにまで高める必要があった。
【0033】
これらの知見から、喫食に好ましい範囲でpHを高く保った上で上記の(i)~(iii)の成分を添加したところ、そのローストビーフは嫌気包装時の酸化が顕著に抑えられ、さらに開封時の再ブルーミング能も高くなることを見出した。
【0034】
本発明では、嫌気包装して提供される、スライスされたローストビーフの製造方法であって、原料肉をpH調整剤等によってpH 6.2以上7.1未満、より好ましくはpH6.3以上7.0未満に調整しコハク酸二ナトリウムを対原料肉重量比で0.025~1重量%、好ましくは0.05~0.6重量%、より好ましくは0.1~0.4重量%、更に好ましくは0.2~0.3重量%の範囲で添加することを含む、上記製造方法を提供する。
【0035】
pH調整剤としては食品分野において安全に使用可能なものであればいずれでもよく、特に限定するものではないが、例えば炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸水素二ナトリウム、炭酸水素ナトリウムが挙げられる。
【0036】
pH調整剤として炭酸ナトリウムを使用する場合、最終製品のローストビーフをpH 6.2~7.1、より好ましくはpH6.3~7.0の範囲とするためには、原料の部位によっても異なるが、例えば原料がトライチップである場合には原料肉に対して0.05~0.30重量%の割合でpH調整剤を添加すると好適である。
【0037】
pH調整剤は、調味料と共に添加しても良く、あるいは調味料とは別個に添加するものであっても良い。ローストビーフの原料肉の調味のために用いられる調味料は、限定するものではないが、一般的には食塩・糖類・香辛料等である。特定加熱食肉製品では、原料肉となる肉塊の内部に微生物が入り込む可能性をなくすために、これらの調味料は粉末状のまま原料肉の表面に塗布するか、あるいは水溶液の状態の調味料に原料肉を浸漬して、原料肉を調味する。これに対して、加熱食肉製品では、上記の方法の代わりに、原料肉中に調味料を注入(インジェクション)することができる。インジェクションは、当分野で通常使用されているインジェクターを使用して行うことができる。
【0038】
本発明の方法は、pH調整剤に加えてコハク酸二ナトリウムを添加する。コハク酸二ナトリウムの添加量は、原料肉に対して0.025~1重量%とすることが好適であり、好ましくは0.05~0.6重量%、より好ましくは0.1~0.4重量%、更に好ましくは0.2~0.3重量%の範囲である。
【0039】
本発明の方法はまた、アラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群から選択される1種以上の化合物と、ビタミンE及び/又はカタラーゼとを添加することができる。これらの化合物は嫌気包装した後のローストビーフの再ブルーミングを促進することが見いだされ、組み合わせて添加することにより相乗効果が認められた。
【0040】
アラニンを添加する場合、その添加量は原料肉に対して0.01~3重量%、好ましくは0.02~3重量%、より好ましくは0.1~3重量%の範囲が好適である。また、トレハロースを添加する場合、その添加量は原料肉に対して0.3~10重量%、好ましくは0.3~7.5重量%の範囲が好適である。ビタミンEを添加する場合、その添加量は原料肉に対してトコフェロール当量で0.003~0.17重量%、好ましくは0.003~0.1重量%であることが特に好ましい。
上記の化合物において、より好ましくはアラニン及びビタミンEの組合せが特に好適に用いられる。
【0041】
従って、本発明の方法は、嫌気包装開封後のローストビーフの赤色度を向上させる方法であって、pH 6.2~7.1、より好ましくはpH6.3~7.0の範囲に調整した原料肉に
(i)コハク酸二ナトリウム、
(ii)アラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群から選択される1種以上の化合物、及び/又は
(iii)ビタミンE及び/又はカタラーゼ
を添加してローストビーフを製造する工程と、スライスする工程と、嫌気包装する工程とを含む、上記方法であり得る。
【0042】
本発明の方法は、驚くべきことに、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上であり、これは従来の脱酸素剤の添加等により嫌気包装する方法では達成できなかった高い水準である。これにより、オキシミオグロビンに起因する赤い肉色を有するスライス等カットされた状態の食肉製品を、嫌気包装して脱酸素化した後、開封した後に効果的に再ブルーミングし、新鮮なローストビーフ特有の肉色を発現する製品を提供することが可能となる。
【0043】
嫌気包装の形態は限定されるものではなく、当分野において好適に使用できるものであればいずれでも良いが、例えば真空包装、又は脱酸素剤を添付した窒素ガスパックによるガス置換包装が好適に使用される。包装に用いられる包材としては、酸素透過度が47 cc/atm/24hr/m2以下であるものを好適に使用することができる。
【0044】
<ローストビーフ>
本発明はまた、上記の本発明の方法によって製造される、嫌気包装して提供される、スライスされたローストビーフを提供する。
本発明のローストビーフは、開封後の赤色度が包装前後の赤色度の170%以上、好ましくは180%以上に上昇した部分を有することが好ましい。本発明における、包装後の赤色度に対する開封後の赤色度の上昇を示す指標として、この数値を赤色増加率(%)として定義した。
【0045】
本発明のローストビーフはまた、開封後の赤色度が包装前の赤色度の70%以上、好ましくは80%以上を保持した部分を有することが好ましい。本発明における、包装前の赤色度に対する開封後の赤色度の保持率を示す指標として、この数値を赤色復元率(%)として定義した。
【0046】
<再ブルーミング能向上剤>
本発明はまた、pH調整剤とコハク酸二ナトリウムを含み、さらにトレハロース、イノシトール、アラニン、及びプロリンからなる群とビタミンE及びカタラーゼからなる群からそれぞれ選択される少なくとも1種の化合物を含む、ローストビーフの再ブルーミング能向上剤を提供する。「再ブルーミング能向上剤」とは、本明細書において、ローストビーフの嫌気包装後に開封した場合に再度赤色度が向上する(再ブルーミング)を促進し得る化合物のことを意味することとする。
本発明の再ブルーミング向上剤は、好ましくはpH調整剤、コハク酸二ナトリウム、アラニン、及びビタミンEを含む。
【0047】
本発明の再ブルーミング向上剤の添加量は、特に限定するものではないが、例えば原料肉に対してコハク酸二ナトリウムの添加量が0.025~1重量%、好ましくは0.05~0.6重量%、より好ましくは0.1~0.4重量%、更に好ましくは0.2~0.3重量%、アラニンの添加量が0.01~3重量%、好ましくは0.02~3重量%、より好ましくは0.1~3重量%、ビタミンEの添加量がトコフェロール当量で0.003~0.17重量%、好ましくは0.003~0.1重量%、pH調整剤の添加量がローストビーフのpHを6.2~7.1の範囲に調整し得る量とすることが好適である。
【0048】
pH調整剤は、食品分野において安全に使用可能なものであればいずれでも良く、特に限定するものではないが、例えば炭酸ナトリウムを好適に使用することができる。
【実施例0049】
以下、実施例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。尚、表中の配合量に関する数値は、特に断らない限り重量基準の値である。
【0050】
[参考例1]
ローストビーフの色調の本体を確認するため、ローストビーフ中心部からヘム色素を抽出し、その吸光スペクトルを観察した。
具体的には、特定加熱食肉製品の規格基準で製造されたローストビーフの表面から2 cm以上離れた中心部から採取した肉片を20 g程度細切し、2.0 gをACEホモジナイザーカップに秤量した。さらに蒸留水を50 ml加え、10,000 rpmで1分間ホモジナイズした。このホモジネートを18,000 ×gで10分間遠心分離し、上清を0.45μmフィルターに通し、得られた溶液をサンプルとした。オキシミオグロビンの標準溶液は、ミオグロビン試薬(SERVA)を蒸留水に溶かしこみ、ハイドロサルファイトNaを添加して還元した後、酸素を通気して十分に色が変化した後に0.45μmフィルターを通してサンプルとした。これらのサンプルの350 nmから750 nmにおける吸光スペクトルを、分光光度計UV-2700(島津製作所)を用いて分析した。
【0051】
その結果、
図1に示すとおり、ローストビーフ抽出液の吸光スペクトルとオキシミオグロビン標準溶液の吸光スペクトルは概ね一致した。
このことから、ローストビーフは加熱して製造される食肉製品ではあるものの、精肉と同じくオキシミオグロビン、デオキシミオグロビン、メトミオグロビンがその色調に対して主要な役割を果たしているものと推察された。また、これらのオキシミオグロビン、デオキシミオグロビン、メトミオグロビンのうち、ローストビーフをスライスした時に見られる好ましい赤色の色調本体は、精肉と同様、オキシミオグロビンによるものであると考えられた。
【0052】
[参考例2]
精肉は、再ブルーミング能があることから、酸化抑制効果に優れる真空包装等の嫌気包装を用いてもシズル感を大きく損なうことなく流通させることができる。しかし、スライスされたローストビーフを嫌気的環境に置くと変色し、酸化を防止するための嫌気包装であるにもかかわらず、好気的な環境におかれた場合よりも酸化が進行するという問題が生じる。
【0053】
この事象を確認するために、加熱食肉製品の規格基準ならびに特定加熱食肉製品の規格基準に沿って製造したローストビーフを厚さ3~5 mmにスライスした後、真空包装して(嫌気)、あるいは包装せずに(好気)4℃で1晩静置した。その後、嫌気サンプルは開封し、好気サンプルはそのまま、分光測色計CM-5(コニカミノルタ)を用いて色調を測定した。
【0054】
その結果、
図2に示すとおり、特定加熱食肉製品の規格基準に沿って製造したローストビーフも、加熱食肉製品の規格基準に沿って製造したローストビーフも、真空包装によって赤色度を示すa*が低下した。
【0055】
[参考例3]
ローストビーフにおける再ブルーミング能の低下現象の実態を把握するため、ローストビーフを真空包装した場合のミオグロビン誘導体の変化を確認した。
加熱食肉製品あるいは特定加熱食肉製品の各規格基準に沿って製造したローストビーフを厚さ3~5 mmにスライスした後、真空包装又は好気保管した。好気保管は、深さ5 cm以上の容器にローストビーフを静置し、ローストビーフと接触しないように容器全面を覆うようにラップをかけ、空気に接触した状態で保管した。
【0056】
それぞれのローストビーフについて、包装(保管)後5分以内、及び4℃で60分間静置後に反射スペクトルを測定した。反射スペクトルの測定は分光測色計CM-5(コニカミノルタ)を用いた。測定された反射率から、泉本の方法(食肉の科学40(2),210-220)を参考に、オキシミオグロビン、デオキシミオグロビン、メトミオグロビンの各々の構成割合を算出・評価した。
【0057】
その結果、
図3に示すとおり、好気条件で保管したサンプルは、加熱食肉製品あるいは特定加熱食肉製品の規格基準に沿って製造した各ローストビーフのいずれにおいても、60分後にわずかにメトミオグロビンの構成割合が増大したのみであり、ミオグロビン誘導体の全体の構成割合に大幅な変化は認められなかった。これに対し、真空包装したサンプルについては、いずれの加熱区分のサンプルも包装直後から60分後までデオキシミオグロビンの構成割合の増大傾向が続いた。また、特筆すべきはメトミオグロビンの増大傾向であり、真空包装により、明らかに酸化が加速することが確認された。
【0058】
[参考例4]
ミオグロビンの酸化は酸素濃度に強く依存しており、微量の酸素はむしろミオグロビンの酸化を促進することが示唆されていることから(光琳テクノブックス「食品の変色の化学」木村進ら編著(1995)pp 391-392)、ローストビーフにおける真空包装時の酸化進行の原因は組織中に残存する微量の酸素である可能性が考えられた。そこで、牛肉の加熱に伴う酸素消費活性の変化を確認した。
【0059】
具体的には、真空包装した50 gの牛肉ミンチを45、50、55、60、及び65℃のウォーターバスで各々30分間加熱後、冷却し、8 gを取り出して0.35 mol/lスクロース、10 mmol/l Tris-HCl緩衝液(pH 7.5)32 mlに加え、ACEホモジナイザーで10,000 rpm 1分間ホモジナイズした。次いで、5.5 ml容のバイアルにホモジネート4 ml、蒸留水 1.0 ml、10 mmol/lコハク酸二Na 0.5 mlを加えて密栓し、酸素濃度を非接触型酸素濃度計OXY-1ST(PreSens)を用いて測定した。酸素濃度の変化から時間当たりの減少量を酸素消費活性として算出し、45℃で加熱した結果をコントロールとしてこれに対する比をもって評価した。
【0060】
その結果、
図4に示すとおり、加熱温度が上がるにつれて酸素消費活性が低下することが確認され、製造工程に加熱を含むローストビーフは精肉(非加熱)と比較して酸素消費活性が低下することが明らかになった。
【0061】
[参考例5]
ミトコンドリアの耐熱性を検討するために、遠心分画法(「生化学実験講座12エネルギー代謝と生体酸化(上)」日本生化学会編 p217)に基づき、牛肉からミトコンドリアを分画した。このミトコンドリア画分をマイクロチューブに入れ、ヒートブロックを用いて48、53、58、及び63℃でそれぞれ30分間加熱したものを0.35 mol/lスクロース及び1 mol/lコハク酸二Naを含む0.05 mol/l Tris-HCl緩衝液(pH 7.5)に加えいれ、これをサンプルとして酸素濃度を測定し(OXY-1ST)、未加熱のミトコンドリア画分を100として酸素消費活性を比較した。
【0062】
その結果、
図5に示すとおり、ミトコンドリアの酸素消費活性はローストビーフを製造する際の加熱によってその多くが消失していることが明白に示された。また、本試験結果は、食肉を用いた参考例4での検討結果と同様であったことから、ミトコンドリアを用いて酸素消費活性を検討することが食肉自体での検討の代替とすることが妥当であることも認められた。
【0063】
[参考例6]
食肉は生体筋肉と比較してpHが降下していることが知られているが、等電点の観点からpHはタンパク質の変性において重要な因子となりうることが予想された。そこで、ミトコンドリアの耐熱性に及ぼすpHの影響を確認した。
【0064】
参考例5と同様にして遠心分画法で得られたミトコンドリア画分の溶媒を0.35 mol/lスクロースを含む0.1 mol/l MES緩衝液(pH 5.5、6.0、6.5、又は7.0)に置き換え、ヒートブロックを用いて58℃30分間加熱してサンプルを得た。これらのサンプルの溶媒をさらに0.35 mol/lスクロース及び1 mmol/lコハク酸二Naを含む0.1 mol/l Tris-HCl緩衝液(pH 7.5)に置き換え、サンプルとした。サンプルはOXY-1STを用いて酸素濃度を測定し、時間当たり酸素濃度減少量から酸素消費活性を算出した。未加熱のミトコンドリア画分を100としたときの酸素消費活性を評価した。
その結果、
図6に示すとおり、pHが高いほどミトコンドリアの耐熱性が高まることが明らかになった。
【0065】
[参考例7]
ミトコンドリアの耐熱性向上においてpH調整が極めて有効な手段となりうることが示されたので、次にpH調整がローストビーフの再ブルーミング能に及ぼす影響を検討した。
【0066】
牛肉(原料)に対して表1の配合割合で調製したローストビーフ(加熱食肉製品の規格基準に基づいて加熱)について、pHならびに再ブルーミング能、食味について評価した。pHは試料1重量部に対して4重量部の蒸留水を加えストマッキングし、ろ液のpHをガラス電極(TOA-DKK)で測定した。
【0067】
【0068】
再ブルーミング能は、包装前、開封前、開封後にそれぞれ赤色度(a*)を分光測色計で測定し、開封後の赤色度(a*)を開封前の赤色度で除した赤色増加率(%)と、開封後の赤色度を包装前の赤色度で除した赤色復元率(%)により評価した。本実施例では、赤色増加率が170%以上でかつ赤色復元率が80%以上で良好な再ブルーミング能を有していると評価した。
【0069】
食味の評価は評点式の官能検査とし、サンプルを訓練されたパネル6名によるブラインドでの喫食後、以下の基準に沿って評点をつけてもらい、平均値が2点以上だった場合に問題ない食味であると判断した。
3点:アルカリ臭は感じず、良好な食味である。
2点:アルカリ臭は感じるものの許容範囲であり問題なく食することができる。
1点:アルカリ臭があり、食することが難しい。
【0070】
結果を
図7ならびに表2に示す。高pHに調整することで明らかに再ブルーミング能が高まることが確認されたものの、アルカリ臭の発生を伴うことから喫食に適した範囲は限定され、喫食に適した範囲とするためにはpH調整のみによって再ブルーミング能を付与することは困難であるといわざるを得なかった。
【0071】
【0072】
[実施例1]
喫食に適した範囲で良好な再ブルーミング能を有する条件を見出すために種々検討した結果、pH調整と併せてコハク酸二ナトリウムを添加することが有効であることが見出された。
表3の組成でそれぞれ調製した牛肉を加熱食肉製品の規格基準で加熱し、ローストビーフを得た。このローストビーフについてスライス後真空包装し、参考例7と同様の方法で赤色増加率と赤色復元率から再ブルーミング能を評価した。また、開封直前の反射率から、ミオグロビン誘導体(オキシミオグロビン、デオキシミオグロビン、メトミオグロビン)の各々の構成割合を算出した。具体的には、泉本の方法(食肉の科学40(2),210-220)を参考に反射率をK/S変換した後、これを吸光度とみなして以下に示すTangらの式(Journal of Food Science, 69(9), C717-C720)に代入してデオキシミオグロビン(DeoMb)、オキシミオグロビン(OxyMb)、メトミオグロビン(MetMb)の構成割合を算出した。
Tangらの式
DeoMb(%) = -0.543 R1 + 1.594 R2 + 0.552 R3 - 1.329
OxyMb(%) = 0.722 R1 - 1.432 R2 - 1.659 R3 + 2.599
MetMb(%) = -0.159 R1 - 0.085 R2 + 1.262 R3 - 0.520
※R1 = A582/A525; R2 = A557/A525; R3 = A503/A525
【0073】
【0074】
その結果、
図8で示すように、コハク酸二ナトリウムを添加していない場合(-SA)は、pH 6.8程度までpHを増加させても赤色復元率が十分ではなく、十分な再ブルーミング能が得られなかったのに対し、コハク酸二ナトリウムを添加している場合(+SA)、pH 6.2以上で十分な再ブルーミング能が得られることが確認された。このように、コハク酸二ナトリウムを添加することにより、喫食に適したpHの範囲で良好な再ブルーミング能を付与できることが示された。
【0075】
また、
図9ならびに表4で示すように、コハク酸二ナトリウムを添加していない場合(-SA)は、pH 6.8程度までpHを増加させても嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%未満であったが、コハク酸二ナトリウムを添加している場合(+SA)はpH6.2以上で嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%を超えていた。
【0076】
【0077】
[実施例2]
表5の組成でそれぞれ調製した牛肉を加熱食肉製品の規格基準に基づき加熱し、得られたローストビーフサンプルについて、参考例7と同様の方法で赤色増加率と赤色復元率から再ブルーミング能を評価した。また、実施例1と同様に、開封直前の反射率から、ミオグロビン誘導体の各々の構成割合を算出した。
【0078】
【0079】
その結果、
図10に示すとおり、コハク酸二ナトリウム濃度0.1重量%以上で赤色増加率(A)が、0.2重量%以上で赤色復元率(B)が十分な水準に達することが明らかになった。すなわち、pH調整下においてコハク酸二ナトリウムを0.2重量%以上添加することで十分な再ブルーミング能を得られることが示された。
【0080】
また、
図11ならびに表6で示すように、コハク酸二ナトリウム濃度0.1重量%以上で嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%を超えていた。
【0081】
【0082】
[参考例8]
ミトコンドリアの耐熱性向上について検討する中で、活性酸素との関連から、抗酸化作用を有する化合物の効果について検証し、ミトコンドリアの耐熱性を向上させる有効成分としてビタミンE及びカタラーゼを見出した。
【0083】
具体的には、参考例5と同様にして遠心分画法で得られたミトコンドリア画分に対し、アスコルビン酸Na(1,000 ppm)、ビタミンE(ミックストコフェロールとして100 ppm)、又はカタラーゼ(200 ppm)をそれぞれ加え、ウォーターバスで55℃で30分間加熱してサンプルを得た。このサンプルに対し終濃度1 mmol/lとなるようコハク酸二Naを添加して酸素濃度を測定し(OXY-1ST)、無添加のミトコンドリア画分を100としたときの酸素消費活性比を評価した。
【0084】
その結果、
図12に示すとおり、ビタミンE(V.E)又はカタラーゼ(Catalase)の存在下において、酸素消費活性が上昇し、ミトコンドリアの耐熱性の向上が認められた。アスコルビン酸Na(V.C)では向上効果は認められなかった。
【0085】
[参考例9]
タンパク質の安定性を高めることが知られているオスモライトについて検証し、その結果、ミトコンドリアの耐熱性を向上させる有効成分として、アラニン、トレハロース、イノシトール、プロリンを見出した。
【0086】
参考例5と同様にして遠心分画法で得られたミトコンドリア画分に対し、アラニン、イノシトール、グリシン、グリセリン、グルコース、ソルビトール、トレハロース、プロリン、ベタイン、又はマンニトールをそれぞれ10 mmol/lの濃度となるよう加え、ウォーターバスで55℃30分間加熱してサンプルとした。サンプルの酸素濃度をOXY-1STで測定し、酸素濃度の推移から酸素消費活性を算出し、無添加のミトコンドリア画分を100として比較した。
【0087】
その結果、
図13に示すとおり、アラニン、トレハロース、イノシトール、又はプロリンを添加した場合に酸素消費活性が有意に上昇し、これらがミトコンドリアの耐熱性向上作用を有することが示唆された。
【0088】
[参考例10]
参考例8及び9において、ビタミンE及びカタラーゼからなる群と、アラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群は異なる作用機序によってミトコンドリアに耐熱性を付与することが推察されたことから、これらの組み合わせによる相乗効果について検証した。
【0089】
具体的には、参考例5と同様にして遠心分画法で得られたミトコンドリア画分に対し、アラニン10 mmol/l及び/又はトコフェロール(100 ppm)を加え、あるいは加えずにヒートブロックで58℃30分間加熱してサンプルとした。このサンプルの酸素濃度をOXY-1STで測定し、酸素濃度の推移から酸素消費活性を算出し、無添加品を100として相対的に評価した。
【0090】
その結果、
図14に示すとおり、アラニン単独、あるいはトコフェロール(VE)単独の添加でも効果が認められたが、これらを組み合わせることでミトコンドリアの耐熱性はより高まることが示唆された。
【0091】
[実施例3 再ブルーミング向上作用の検証]
ミトコンドリアを用いた検証によって、アラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群の化合物ならびにビタミンE及びカタラーゼからなる群の化合物がいずれも再ブルーミング能を高めること、これらの群を組み合わせることで効果が相乗的に高まることが示唆された。そこで、これらの成分を添加することにより、実際に再ブルーミング能が高まるか検証した。
【0092】
具体的には、肉重量100とした場合の対肉重量配合比が表7の組成となる調味液を牛肉にそれぞれインジェクションしたものを加熱食肉製品の規格基準に基づき加熱し、得られたローストビーフをスライス後真空包装し、赤色増加率と赤色復元率から再ブルーミング能を評価した。また、実施例1と同様に、開封直前の反射率から、ミオグロビン誘導体の各々の構成割合を算出した。
【0093】
【0094】
その結果、
図15に示すとおり、炭酸NaでpH調整したのみの区(T1)や抗酸化剤トコフェロールを加えた区(T4)ではコントロールに比してやや改善効果が見られたものの十分な再ブルーミングは得られなかったのに対し、pH調整した上でコハク酸二ナトリウムを加えた区(T2)では十分な再ブルーミングが得られ、これにアラニン・トレハロースを加えた区(T3)ではさらにその能力は高まり、それに加えてトコフェロールを加えたT5ではさらにその能力は高まることを確認した。
【0095】
また、
図16ならびに表8に示すように、コハク酸二ナトリウムを加えた区(T2)、これにアラニン・トレハロースを加えた区(T3)、更にトコフェロールを加えた区(T5)において、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%を超えていた。
【0096】
【0097】
[実施例4 有効成分の有効濃度に関する検証]
実施例3で効果が認められた成分であるアラニン及びトコフェロールについて、再ブルーミング能を改善する最低作用量を検証した。
【0098】
肉重量100とした場合の対肉重量配合比が表9の組成となる調味液を牛肉にそれぞれインジェクションしたものを加熱食肉製品の規格基準に基づき加熱し、ローストビーフサンプルを得た。このローストビーフサンプルについて、スライス後真空包装し、赤色増加率と赤色復元率から再ブルーミング能を評価した。また、実施例1と同様に、開封直前の反射率から、ミオグロビン誘導体の各々の構成割合を算出した。
【0099】
【0100】
この結果、
図17に示す通り、アラニン0.1重量%以上ならびにビタミンEとしてトコフェロール当量で0.003重量%以上を添加した場合に、改善効果が認められた。
【0101】
また、
図18ならびに表10に示すように、試験区1~6ではいずれも、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%を超えていた。
【0102】
【0103】
[実施例5 本発明の拡張性に関する検証]
本発明の拡張性を検証する目的で、pH調整剤ならびに包装方法について検証した。本発明の方法はローストビーフを嫌気包装することを要件とする。当該嫌気包装の形態は、例えば真空包装や窒素ガス置換といった、一般的な包装方法が適用されることが想定される。本発明に記載の方法で製造した食肉製品が、嫌気包装であれば包装方法に限定されるものではないことを確認した。
【0104】
具体的には、肉重量100とした場合の対肉重量配合比が表11の組成となる調味液を牛肉にそれぞれインジェクションしたものを加熱食肉製品の規格基準に基づき加熱し、ローストビーフサンプルを得た。ただし、NaOHは炭酸ナトリウムを用いる試験区と同等のpHとなるよう適宜調整した。尚、コントロールのpHは5.85であった。
このローストビーフサンプルについて、スライス後真空包装あるいは窒素ガス置換包装をし、赤色増加率と赤色復元率から再ブルーミング能を評価した。
【0105】
窒素ガス置換包装としては、スライスしたローストビーフ約100 gをプラスチック製のトレイに載せ、脱酸素剤と共に包装用三方袋に入れた後、袋中に窒素を吹き込んで大気を追い出し、窒素が300 ml程度充填された状態で密封した。なお、脱酸素剤はローストビーフに直接接触しないようトレイ下部に配置した。
【0106】
【0107】
その結果、
図19に示す通り、単純なアルカリである水酸化ナトリウムでpHを調整した場合(pH 6.21)であっても炭酸Naを用いた場合(pH 6.25)と同等の結果が得られた。このことからpH調整剤は炭酸Naに限定されるものではないと考えられた。さらに包装方法においても窒素ガス置換した試験区は真空包装と同等の十分な赤色増加率ならびに赤色復元率が得られた。このことから、包装方法も嫌気包装であれば真空包装に限定されるものではないことが確認された。
【0108】
[実施例6 本発明の特異性に関する検証]
本実施例では、本発明と課題は異なるものの構成が類似している従来技術と比較して本発明の特異性を検証した。
【0109】
米国特許出願公開第2014/0227408号では、精肉に対してpH 5.8に調整したコハク酸二ナトリウムとグルタミン酸塩及びリンゴ酸の組み合わせが精肉の嫌気包装後の色調良化に有効であることを記述している。そこで、コハク酸二ナトリウム、グルタミン酸塩及びリンゴ酸を添加したものを比較例1とした。
【0110】
また、特開昭48-1159では、豚肉ソーセージあるいは魚肉ソーセージにおいてアルギニン、リジン、オルニチン、ヒスチジン、グリシン、アラニン、セリン、システイン、スレオニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンからなる群と、アルミニウム、マグネシウム、鉄、カルシウムからなる群のそれぞれの群から1つないし2つずつを選出して組み合わせた剤が魚畜肉の呈色剤として有効であることを記述している。そこで、アラニン、アルギニン、及び塩化マグネシウムを添加したものを比較例2とした。
【0111】
肉重量100とした場合の対肉重量配合比が表12の組成となる調味液を牛肉にそれぞれインジェクションしたものを加熱食肉製品の規格基準に基づき加熱し、ローストビーフサンプルを得た。このローストビーフサンプルについて、スライス後真空包装し、赤色増加率と赤色復元率から再ブルーミング能を評価した。
【0112】
また、それぞれのサンプルについて酸素消費活性を評価した。サンプルを細切し、サンプル1重量部に対して4重量部の蒸留水を加えてACEホモジナイザーを用いて10,000 rpmで1分間ホモジナイズした。ホモジネートをガーゼでろ過し、そのろ液を5.5 ml容バイアルに密封し、酸素濃度の推移を評価した。非接触酸素濃度系OXY-1 STを用い測定した酸素濃度の変化から時間当たりの減少量を計算し、酸素消費活性とした。酸素消費活性は無添加のコントロールを100として比較した。
【0113】
【0114】
その結果、
図20に示す通り本発明品(発明、pH 7.07)では酸素消費活性が顕著に向上していることが確認されたのに対し、比較例1(pH 6.26)及び比較例2(pH 6.18)ではこのような効果は認められなかった。また、
図21に示す赤色増加率及び赤色復元率の結果から、本発明では再ブルーミング能も顕著に高まっていることが確認されたが、比較例1及び2では有意な効果は確認されなかった。尚、コントロールのpHは6.05であった。
【0115】
すなわち、本発明の効果である再ブルーミング向上作用は、酸化の原因である微量酸素を除去する能力に優れた本発明による特異的な性質であって、単に酸化抑制を目的とした既存技術では得られないものである。
【0116】
[実施例7]
実施例6における本発明品及び比較例1、2を用いて、実施例1と同様にしてローストビーフを真空包装した場合のミオグロビン誘導体の各々の構成割合を算出した。
【0117】
その結果、
図22に示すように、本発明品では、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が80%近い高い数値となり、比較品1及び2、並びに添加剤を含まないControl品ではいずれも60%前後と、顕著な相違が観察された。
また、各サンプルにおいて、それぞれ異なる7カ所で測定した結果、
図23に示すように、本発明品は、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上であることが示された。
【0118】
[実施例8]
牛もも肉200 g肉塊に対し、各種成分が表13に示す最終濃度となるようピックル30 gを注入後、真空包装し、63℃で30分以上加熱した。なお、V.Eはミックストコフェロール製剤であるイーミックスP34(三菱ケミカルフーズ)を用いた。
【0119】
加熱後、冷却し、スライスして真空包装し4℃の冷蔵庫へ1晩保管した。保管後、赤色増加率と赤色復元率から再ブルーミング能を評価した。n=3(スライス3枚)でスライス1枚につき2スポット測定し、1試験区あたり最低12回の測定を行った。
【0120】
【0121】
その結果、表14に示すように、ビタミンEは単独(試験区1)では赤色復元率を高めるだけに過ぎなかったが、コハク酸二ナトリウム、トレハロース及びアラニンと組み合わせることにより(試験区4~8)、赤色増加率及び赤色復元率の双方を上昇させ、ローストビーフの再ブルーミング能を向上させることが示された。
【0122】
赤色増加率で最も効果が高かったビタミンEの濃度は1,000 ppm(0.1重量%)、赤色復元率で最も効果が高かった濃度は200 ppm(0.02重量%)であったが、100 ppmから1,000 ppm(0.01~0.1重量%)の濃度範囲において、いずれも赤色増加率及び赤色復元率において改良効果を示した。
【0123】
カタラーゼも同様に、単独(試験区2)では赤色復元率を高めるだけに過ぎなかったが、コハク酸二ナトリウム、トレハロース及びアラニンと組み合わせることにより(試験区9)、赤色増加率及び赤色復元率の双方を有意に上昇させ、ローストビーフの再ブルーミング能を向上させることが示された。
【0124】
本発明は、スライスされたローストビーフにおいて特に問題となる嫌気包装に伴う酸化を抑制することを可能にするものであり、スライス等カットされた状態で嫌気包装して脱酸素化した後、開封した後に、新鮮なローストビーフ特有の肉色をもたらすことから、嫌気包装で流通されるスライス等カット済のローストビーフ等の食肉製品の商品価値を高める手段を提供することができる。
本発明の方法によってスライス形態で販売することにより、消費者が必要量を購入しやすくなること、ならびに嫌気包装とすることで商品寿命が延びることから、食品ロスの軽減に寄与することができる。
さらに、本発明の方法によって、スライス等カット済の製品を提供できるため、小売店のバックヤードなどで開封して適宜盛り付けた後に提供する場合にも、これまでと比較して省力化でき、小売店の負担も軽減することができる。
開封後の赤色度が包装後の赤色度の180%以上に上昇した部分を有する、嫌気包装して提供される、コハク酸二ナトリウムを含有し、かつpH 6.2~7.1の範囲のスライスされたローストビーフであって、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上である、上記ローストビーフ。
開封後の赤色度が包装前の赤色度の70%以上を保持した部分を有する、嫌気包装して提供される、コハク酸二ナトリウムを含有し、かつpH 6.2~7.1の範囲のスライスされたローストビーフであって、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上である、上記ローストビーフ。
更にアラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群から選択される1種以上の化合物と、ビタミンE及び/又はカタラーゼとを含有する、請求項8又は9記載のローストビーフ。
原料肉に対してコハク酸二ナトリウムの添加量が0.025~1重量%、アラニンの添加量が0.01~3重量%、ビタミンEの添加量がトコフェロール当量で0.003~0.17重量%の範囲である、請求項13記載のローストビーフの再ブルーミング能向上剤。
開封後の赤色度が包装後の赤色度の180%以上に上昇した部分を有する、嫌気包装して提供される、コハク酸二ナトリウムを含有し、かつpH 6.2~7.1の範囲のスライスされたローストビーフであって、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上である、上記ローストビーフ。
開封後の赤色度が包装前の赤色度の70%以上を保持した部分を有する、嫌気包装して提供される、コハク酸二ナトリウムを含有し、かつpH 6.2~7.1の範囲のスライスされたローストビーフであって、嫌気包装後のローストビーフにおけるミオグロビン誘導体中のデオキシミオグロビンの構成割合が70%以上である、上記ローストビーフ。
更にアラニン、トレハロース、イノシトール、及びプロリンからなる群から選択される1種以上の化合物と、ビタミンE及び/又はカタラーゼとを含有する、請求項8又は9記載のローストビーフ。
原料肉に対してコハク酸二ナトリウムの添加量が0.025~1重量%、アラニンの添加量が0.01~3重量%、ビタミンEの添加量がトコフェロール当量で0.003~0.17重量%の範囲である、請求項13記載のローストビーフの再ブルーミング能向上剤。