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  • 特開-硫黄濃度を評価する方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024080383
(43)【公開日】2024-06-13
(54)【発明の名称】硫黄濃度を評価する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/202 20060101AFI20240606BHJP
【FI】
G01N23/202
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022193528
(22)【出願日】2022-12-02
(71)【出願人】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】塩沢 友美
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA04
2G001BA14
2G001CA04
2G001DA09
2G001LA05
2G001NA08
(57)【要約】
【課題】高分子複合材料の硫黄濃度を評価する方法を提供する。
【解決手段】動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法を用いて、高分子複合材料の硫黄濃度を評価する方法に関する。
【選択図】なし

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法を用いて、高分子複合材料の硫黄濃度を評価する方法。
【請求項2】
高分子複合材料の架橋密部に含まれる硫黄濃度φsulfurを評価する請求項1記載の架橋ゴムの硫黄濃度を評価する方法。
【請求項3】
更に、高分子複合材料の架橋密部の体積分率φを評価する請求項1記載の架橋ゴムの硫黄濃度を評価する方法。
【請求項4】
高分子複合材料が常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒が導入されたものである請求項1記載の架橋ゴムの硫黄濃度を評価する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫黄濃度を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子複合材料などの多成分系の構造解析には、コントラスト変調中性子散乱法が有力な解析手法である(非特許文献1)。該手法は、中性子散乱法の特徴である軽水素と重水素とのコントラストの違いを利用することで高分子複合材料の解析を実現する。また、溶媒コントラスト変調中性子散乱法では、膨潤溶媒として任意の割合で混合した軽水素溶媒と重水素溶媒を用い、高分子複合材料を膨潤させ、それぞれの試料に対して中性子散乱測定を行うことで、多成分系での構造解析を行うことができる。
【0003】
また、近年では、動的水素核スピン偏極コントラスト変調中性子散乱法と呼ばれる手法を用いて、多成分系での構造解析を行う方法も報告されている(非特許文献2~7)。該手法では、材料内に常磁性ラジカルを導入し、極低温かつ磁場印加下でマイクロ波を照射することで、材料内の水素核スピンが偏極する。これにより、コントラストを変えることが可能なため、多成分系での構造解析が可能となる。
【0004】
しかしながら、このような従来の方法では、架橋によって生じるポリマー濃度の粗密構造を解析できるものの、ポリマーの濃度粗密中に含まれる硫黄濃度の定量化に関しては、試料中の組成が複数に渡ることから困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Macromolecules,42,308-311(2009)
【非特許文献2】Nucl.Inst.Meth.A 526,22-27(2004)
【非特許文献3】Physica B 404 2572-2574(2009)
【非特許文献4】Physica B 404 2637-2639(2009)
【非特許文献5】Nucl.Inst.Meth.A 606,669-674(2009)
【非特許文献6】J.Chem.Phys 133,054504(2010)
【非特許文献7】J.Appl.Cryst.44.503-513(2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記課題を解決し、高分子複合材料の硫黄濃度を評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法を用いて、高分子複合材料の硫黄濃度を評価する方法に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法を用いて、高分子複合材料の硫黄濃度を評価する方法であるので、高分子複合材料の硫黄濃度を評価できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】測定試料の散乱強度曲線I(q)を示す図である。
図2】架橋ゴムの架橋疎密を模式的に表す構造の模式図である。
図3】PとADBとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法を用いて、高分子複合材料の硫黄濃度を評価する方法である。
【0011】
例えば、従来手法の1つでは、構造解析する際に、重水素化物の濃度の異なる最低3種類の混合溶媒への浸漬が必要で、3種類のナノコンポジットを用いることが必要となるため、ナノコンポジットに組成のバラツキが存在する場合や溶媒膨潤による膨潤度のバラツキなどにより誤差を含む。
一方、本発明では、例えば、動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法と溶媒膨潤法を組み合わせた場合、1種類のナノコンポジットを重水素化溶媒に浸漬させて動的水素核スピン偏極法を行うことで、ナノコンポジットの場所依存および膨潤度の誤差を含むことがなく、硫黄のような、通常、架橋ゴム中に1質量%ほどしか含まない物質の情報を精度よく抽出できる。
また、本発明では、硫黄とポリマーとのコントラスト差を10倍など、非常に大きくすることも可能となる。
従って、本発明によれば、試料中の硫黄の濃度粗密を精度よく測定できる。
【0012】
本発明は、動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法を用いて高分子複合材料(試料)の硫黄濃度を測定、評価する方法である。ここで、動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法とは、試料を動的水素核スピン偏極した状態で中性子小角散乱法を行う手法である。
【0013】
動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法を行うことで、試料中の水素核を含む材料の散乱長密度を変えることで水素核を含まない材料とのコントラスト差を向上させることができる。そのため、ゴム組成物などの多成分系試料について、カーボンブラック等のフィラー、亜鉛、硫黄などの分散構造を分析でき、本発明では、特に硫黄濃度を評価する。
【0014】
動的水素核スピン偏極法とは、電子スピンを有するラジカル種に強磁場及びマイクロ波を加えて、電子スピン偏極を核スピン偏極に移行させることにより、電子スピンと同等の核スピン偏極度を得る手法である。
【0015】
中性子小角散乱法は、試料に中性子線を照射し散乱強度を測定する小角中性子散乱法(散乱角:通常10度以下)(以下、SANS(Small-Angl Neutron Scattering)測定ともいう)であり、小角中性子散乱法では、中性子線を物質に照射して散乱する中性子線のうち散乱角が小さいものを測定して物質の構造情報が得られ、架橋ゴムなどのミクロ相分離構造など、数ナノメートルレベルでの不均一構造を分析できる。
【0016】
SANS測定における中性子線の中性子束強度、測定方法、測定機器等は、特開2014-102210号公報等に記載されているものを好適に採用できる。コントラストの点でSANS測定が優れている。
【0017】
SANS測定は、下記(式1)で表されるqの領域で実施される。
【0018】
SANS測定では、散乱する中性子線を中性子線検出装置により検出し、該中性子線検出装置からの中性子線検出データを用いて画像処理装置などによって画像が生成される。
【0019】
【数1】
中性子線検出装置としては、2次元検出器(X線フィルム、原子核乾板、X線撮像管、X線蛍光増倍管、X線イメージインテンシファイア、X線用イメージングプレート、X線用CCD、X線用非晶質体など)、ラインセンサー1次元検出器を使用できる。
【0020】
画像処理装置としては、公知の中性子線散乱画像を生成できるものを使用でき、適宜選択すればよい。
【0021】
本発明に適用する高分子複合材料は、高分子材料に各種添加剤が配合された材料(組成物)である。
【0022】
高分子材料としては特に限定されず、分子骨格中に水素原子を含む天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、スチレンイソプレンブタジエンゴム(SIBR)、エチレンプロピレンジエンゴム(EPDM)、クロロプレンゴム(CR)、アクリロニトリルブタジエンゴム(NBR)、ブチルゴム(IIR)等のジエン系ゴムなどが挙げられる。なかでも、ジエン系ゴムが好ましく、スチレンブタジエンゴムがより好ましい。高分子材料は、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0023】
各種添加剤としては、シリカ、カーボンブラックなどの充填剤、酸化亜鉛、硫黄などの加硫剤などが挙げられる。
【0024】
各種添加剤の配合量については、特に限定されないが、充填剤は、高分子材料(マトリクス高分子)100質量部に対して5~150質量部が好ましく、10~100質量部がより好ましい。硫黄の含有量は、高分子材料(マトリクス高分子)100質量部に対して0.1~10質量部が好ましく、0.3~5質量部がより好ましく、0.5~3質量部が更に好ましい。
【0025】
硫黄としては、ゴム工業において一般的に用いられる粉末硫黄、沈降硫黄、コロイド硫黄、不溶性硫黄、高分散性硫黄、可溶性硫黄などが挙げられる。これらは、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。市販品として、例えば、鶴見化学工業(株)、軽井沢硫黄(株)、四国化成工業(株)、フレクシス社、日本乾溜工業(株)、細井化学工業(株)等の製品を使用できる。
【0026】
高分子複合材料の厚みは特に限定されないが、動的核スピン偏極実験のマイクロ波照射時の温度上昇を防ぐことができる観点から、好ましくは3mm以下、より好ましくは2mm以下、更に好ましくは1mm以下である。また、厚みの下限は、特に限定されず、薄くても問題ない。
【0027】
高分子複合材料は、常磁性ラジカル化合物がドープ(導入)されたものであることが望ましい。
高分子複合材料中に拡散させる常磁性ラジカル化合物としては特に限定されず、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル(TEMPO)、4-オキソ-2,2,6,6-テトラメチルピぺリジンN-オキシル(TEMPONE)、1-オキシル-2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピぺリジン(TEMPOL)、トリチルラジカルなどが挙げられる。なかでも2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル(TEMPO)が好ましい。
【0028】
効率的な動的水素核スピン偏極を行うには、電子スピンが適切な濃度で均一に分散している必要があり、純高分子材料を対象とした実験では最適濃度は50mMなどであったが、高分子複合材料では、シリカやカーボンブラックなどの充填剤内へラジカルが浸透できないため、ESR(電子スピン共鳴分光法)によって観測される正味のラジカル濃度から予想されるよりもラジカル間の距離は短くなる。この問題を考慮するために、常磁性ラジカル化合物の局所濃度を下記式で定義する。
(常磁性ラジカル化合物の局所濃度)=(常磁性ラジカル化合物の濃度)/(1-(充填剤の体積分率))
【0029】
高分子複合材料に含まれる常磁性ラジカル化合物の局所濃度は、良好な水素核スピン偏極度が得られる観点から、好ましくは10mM以上、より好ましくは30mM以上、更に好ましくは50mM以上であり、また、好ましくは80mM以下、より好ましくは70mM以下である。
【0030】
高分子複合材料は、常磁性ラジカル化合物の局所濃度に場所依存性が実質的にないことが好ましい。すなわち、高分子複合材料は、常磁性ラジカル化合物の局所濃度が実質的に均一であることが好ましい。具体的には、1の高分子複合材料の10箇所で常磁性ラジカル化合物の局所濃度を測定し、最も常磁性ラジカル化合物の局所濃度が高い部分と、最も常磁性ラジカル化合物の局所濃度が低い部分の局所濃度差が、好ましくは1mM以下、より好ましくは0.5mM以下、更に好ましくは0.1mM以下、特に好ましくは0.05mM以下である。
【0031】
高分子複合材料は、重水素化溶媒がドープ(導入)されたものであることが望ましい。
重水素化溶媒(重溶媒)としては、重水素化トルエン、重水素化ヘキサン、重水素化クロロホルム、重水素化メタノールなどが挙げられる。なかでも、重水素化トルエンが好ましい。
【0032】
重水素化溶媒の含有量は、高分子複合材料中のマトリクス高分子のコントラストを他の成分のコントラストと一致させる観点から、高分子複合材料中の高分子材料(マトリクス高分子)に対して、好ましくは0.5~200%、より好ましくは10~100%である。
【0033】
高分子複合材料の水素核スピン偏極度は、実験データの解析の観点から、好ましくは50%以上、より好ましくは55%以上、更に好ましくは60%以上であり、また、好ましくは70%以下、より好ましくは65%以下である。
高分子複合材料の水素核スピン偏極度は、下記式で定義されるものであり、例えば、以下の方法により測定できる。
(水素核スピン偏極度)=(アップスピンの数-ダウンスピンの数)/(アップスピンの数+ダウンスピンの数)
(動的水素核スピン偏極)
水素核スピン偏極度は、温度4.2[K],磁場強度6.7[Tesla]での熱平衡条件下にて水素核スピン偏極度0.163%となることが理論的に導出される。よって、所定条件でのNMR信号のピーク面積を基準とし、温度1.2[K]、磁場強度6.7[Tesla]、マイクロ波(周波数:188[GHz])照射下でのNMR信号のピーク面積の増大比率から水素核スピン偏極度を見積もる。
【0034】
高分子複合材料は、酸素分子を実質的に含まないことが好ましい。酸素分子を実質的に含まない高分子複合材料は、後述のように、酸素が存在しない条件下で、高分子複合材料に、常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒を導入する(拡散させる)ことにより、好適に製造できる。
【0035】
高分子複合材料は、バンバリーミキサーやニーダー、オープンロールなどの混練装置を用いて、硫黄、充填剤等の各種添加剤及び高分子材料を混練りし、その後架橋反応を行う(加硫する)方法等により高分子複合材料を製造し、製造した高分子複合材料に、常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒を拡散させることにより、高分子複合材料に、常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒をドープする方法により作製できる。
【0036】
なかでも、上記方法は、不活性ガス存在下、真空条件下または溶剤中へ浸漬した高分子複合材料に、常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒を拡散させる工程を含むことが好ましい。これにより、高分子複合材料中の酸素分子が除去され、高分子複合材料中でのラジカル間距離が最適化されることで、従来よりも高い水素核スピン偏極度を有する高分子複合材料を提供できる。すなわち、酸素が存在しない条件下で、高分子複合材料に、常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒をドープすることにより、酸素分子を実質的に含まない高分子複合材料を好適に製造でき、該高分子複合材料は、酸素分子を実質的に含まないため、常磁性ラジカル化合物の局所濃度に場所依存性が実質的になく、従来よりも高い水素核スピン偏極度を有する高分子複合材料を提供できる。
【0037】
不活性ガス存在下、真空条件下または溶剤中へ浸漬した高分子複合材料に、常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒を拡散させる具体的な方法としては、特に限定されないが、グローブボックス(例えば、酸素分子濃度が1ppm以下のグローブボックス)などの脱酸素環境下(不活性ガス存在下、真空条件下、溶剤中)や、脱酸素剤により酸素が除去された状態で、高分子複合材料に、常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒を拡散させればよい。
【0038】
不活性ガスとしては窒素、アルゴン、ヘリウムなどが挙げられる。
溶剤としては、トルエン、テトラヒドロフラン、ベンゼン、メタクリル酸、メタクリル酸メチル、メタクリル酸ブチル、スチレン、キシレンなどが挙げられる。
【0039】
常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒を拡散させる方法は、特に限定されず、蒸気浸透、常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒の混合溶液へ浸漬などの方法で拡散させることができる。蒸気浸透させるためには、たとえば脱酸素条件下で、20~60℃、3~14日(好ましくは5~14日)静置して行うことができる。長時間静置することにより、常磁性ラジカル化合物の局所濃度に場所依存性が実質的になく、従来よりも高い水素核スピン偏極度を有する高分子複合材料をより好適に得ることができる。
【0040】
試料(高分子複合材料)に動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法を適用する際、動的核スピン偏極法によって試料中の水素核スピン偏極度Pを変化させ、その値に入射中性子の偏極度Pを乗ずることによりスピン偏極度Pを得る。
ここで、Pは、例えば、以下の方法で得られる。
【0041】
先ず、上記高分子複合材料として、以下の手法で測定試料を作成する。
(試料の作成)
スチレンブタジエンゴム(JSR製)100質量部、硫黄(鶴見化学(株)製の粉末硫黄)1.6質量部、加硫促進剤(大内新興化学工業(株)製のノクセラーNS(N-tert--ブチル-2-ベンゾチアジルスルフェンアミド))1.8質量部、加硫促進剤(大内新興化学工業(株)製のノクセラーD(1,3-ジフェニルグアニジン))1.0質量部の各材料をオープンロールで混練し、得られた混練物を加硫することで、架橋ゴムを得る。
得られた架橋ゴムを厚さ1mmにスライスした後、7mmx8mm切り出し、試料を得る。
【0042】
次いで、以下の方法で、作成された試料に常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒を導入し、動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法に供する測定試料を得る。
(混合溶液の調製)
重水素化トルエンに常磁性ラジカルTEMPO(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル)加えて混合し、混合溶液を得る。混合溶液中のTEMPO濃度は12mg/mlとする。
(常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒の導入)
上記で得られた試料及び混合溶液をバイアル瓶に入れ、架橋ゴム(スライス試料)が混合溶液に完全に浸った状態にした後、脱酸素環境下で一昼夜(約一日)静置することで、該試料に常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒を導入し、測定試料を得る。
【0043】
次いで、以下の装置、条件下において、作成された測定試料を動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法に供し、動的核スピン偏極法によって測定試料中の水素核スピン偏極度Pを変化させた。入射中性子の偏極度Pはー0.93であり、試料中の水素核スピン偏極度Pの積であるPとして、それぞれ-63.7%、-40.6%、-31.0%、-0.7%、-10.3%、+29.0%、+43.9%、+56.9%のデータが得られる。Pは、スピン偏極度を示している。
【0044】
<動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法>
(動的水素核スピン偏極装置)
茨城県材料構造解析装置付属の動的水素核スピン偏極装置
クライオスタット:JASTEC社製
磁場強度:6.7[Tesla]
実験温度:1.2[K]
マイクロ波周波数:188[GHz]
(SANS測定)
装置:J-PARC付属の茨城県材料構造解析装置(iMATERIA)
入射中性子:偏極中性子
(偏極中性子の偏極度P=-0.93)
測定の波数q:0.005<q<0.3(Å-1
入射中性子波長:0.2~10Å
MLFビーム:700kW
【0045】
ここで、例えば、試料中に水素核を含むスチレンブタジエンゴムの場合は、スピン偏極度Pを変えることで、以下のようにスチレンブタジエンゴムの散乱長密度を変化させることが可能である。
スチレンブタジエンゴム:(0.62+8.39P)×1010(cm-2
一方で、試料中に水素核を含まない場合には、以下のようにスピン偏極度Pを変えても散乱長密度は変化しない。
硫黄:1.08×1010(cm-2
重水素化トルエン:5.66×1010(cm-2
【0046】
測定結果から空セルのバックグラウンドを差し引き、厚み補正を行うことで、図1などに示される散乱強度曲線I(q)が得られる。
【0047】
そして、散乱強度曲線I(q)について、架橋密部のサイズΞと架橋網目のサイズξのそれぞれを仮定したDebye-BucheとOrstein-Zernikeの足し合わせである下記式(1)を用いてモデル解析を行う。
(1) I(q)=ADB/(1+qΞ+AOZ/(1+qξ
(式中、ADBは、後述の式(2)~(5)である。qは、波数(Å-1)である。Ξは、架橋密部のサイズである。ξは、架橋網目のサイズである。)
【0048】
前記モデル解析から、ADB、AOZ、架橋密部のサイズΞ、架橋網目のサイズξがそれぞれ得られる。
ここで、架橋密部のサイズΞ、架橋網目のサイズξは、偏極度依存性を有しない。
【0049】
架橋密部とは、図2で示されるような架橋ゴムの架橋疎密を模式的に表す構造のうち、図2(a)に示されるような架橋ゴムにおけるマトリックスゴムに対して架橋密度が高い構造部分を意味し、図2(b)に示されるような架橋密度が低い構造部分は含まない。例えば、ゴム中の局所的なゴムの膨潤度がバルクゴムの膨潤度より低い部分を架橋密部とすることができる。そして、架橋密部のサイズΞとは、このような架橋密度が高い構造部分のサイズを意味し、特開2016-223806号公報に記載の方法で測定できる。
架橋網目のサイズξとは、図2で示される架橋点間距離を意味する。
【0050】
前記モデル解析において、スチレンブタジエンゴムと重水化トルエンとの散乱長密度が一致する場合、下記A、BがA=Bとなるため、(0.62+8.39P)×1010=5.66×1010で、P=0.60(60%)と算出される。
A:スチレンブタジエンゴム:(0.62+8.39P)×1010(cm-2
B:重水素化トルエン:5.66×1010(cm-2
【0051】
そして、スチレンブタジエンゴムと重水素化トルエンとの散乱長密度が一致する水素核スピン偏極度である60%でADB=20.1cm-1が得られる。
なお、図3は、モデル解析から得られるPとADBとの関係を示している。
【0052】
スチレンブタジエンゴムと重水素化トルエンとの散乱長密度が一致する偏極度では、コントラスト差を生み出しているのは架橋ゴム中の硫黄濃度である。そのため、下記式(2)~(5)により、ADBから、架橋密部に含まれる硫黄濃度φsulfurおよび架橋密部の体積分率φが得られる。
(2) ADB=φ(1-φ)(Δρ)(8πΞ
(3) (Δρ)=φsulfur (ρsulfur-ρSBR
(4) ρsulfur=1.08×1010[cm-2
(5) φsulfur,net=φφsulfur
(式中、Ξは、架橋密部のサイズである。φsulfurは、架橋密部に含まれる硫黄濃度である。φは、架橋密部の体積分率である。)
なお、ρSBR、ρd-toluene、P、φsulfur,netは、以下の値である。
ρSBR=ρd-toluene=5.66×1010[cm-2
=+0.6
φsulfur,net:硫黄の体積分率(仕込み量)=0.0068
【0053】
スチレンブタジエンゴム、硫黄などを含む前記測定試料について、前述の方法で得られた架橋密部のサイズΞ(nm)、架橋網目のサイズξ(nm)、架橋密部の体積分率φ、架橋密部に含まれる硫黄濃度φsulfurを、表1に示す。
【0054】
【表1】
【0055】
前述の評価する方法との比較のため、動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法を用いない方法の例も説明する。
前記の「試料の作成」で作成した「試料」について、以下の手法により、常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒を導入し、測定試料を作成する。
(混合溶液の調製)
重水素化トルエンおよびトルエンを所定の割合(10:0,3:7,5:5,7:3,0:10)でそれぞれ混合し、混合溶液を得る。
(常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒の導入)
試料及び混合溶液をバイアル瓶に入れ、試料が混合溶液に完全に浸った状態にした後、一昼夜(約一日)静置することで、該試料に混合溶液を導入し、測定試料を得る。
【0056】
次いで、J-PARC付属の茨城県材料構造解析装置(iMATERIA)を用いて、測定試料のSANS測定を行う。
【0057】
得られた散乱強度から空セルのデータを差し引き、前記式(1)を用いることにより、以下の表2に示すとおり、架橋密部のサイズΞと架橋網目サイズξが得られる一方で、架橋密部の体積分率φ、架橋密部に含まれる硫黄濃度φsulfurを得ることはできない。
【0058】
【表2】
【0059】
表1、2の結果は、本発明の硫黄濃度を評価する方法の有効性を十分に示している。
【0060】
前述の方法では、スチレンブタジエンゴム、硫黄を含む高分子複合材料の例を説明しているが、スチレンブタジエンゴムに代えて天然ゴム、イソプレンゴム、ブタジエンゴムなどの他のゴム成分を用いた場合や、スチレンブタジエンゴムに加えて他のゴム成分を用いた場合でも、同様の手法で評価できる。
【0061】
高分子複合材料(測定試料)において、ゴム成分、硫黄、充填剤などの各成分の含有量は、特に限定されず、適宜選択可能である。例えば、タイヤの各部材を分析対象の試料とする場合、各部材の成分として公知の含有量を適宜選択できる。
【0062】
タイヤ部材としては特に限定されず、トレッド(キャップトレッド、ベーストレッド)、ベルト層、サイドウォール、ビードエイペックス、クリンチエイペックス、インナーライナー、アンダートレッド、ブレーカートッピング、プライトッピング等が挙げられる。
【0063】
本発明(1)は、動的水素核スピン偏極中性子小角散乱法を用いて、高分子複合材料の硫黄濃度を評価する方法である。
【0064】
本発明(2)は、高分子複合材料の架橋密部に含まれる硫黄濃度φsulfurを評価する本発明(1)記載の架橋ゴムの硫黄濃度を評価する方法である。
【0065】
本発明(3)は、更に、高分子複合材料の架橋密部の体積分率φを評価する本発明(1)又は(2)記載の架橋ゴムの硫黄濃度を評価する方法である。
【0066】
本発明(4)は、高分子複合材料が常磁性ラジカル化合物及び重水素化溶媒が導入されたものである本発明(1)~(3)のいずれかとの任意の組合せの架橋ゴムの硫黄濃度を評価する方法である。


図1
図2
図3