(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024008063
(43)【公開日】2024-01-19
(54)【発明の名称】転がり軸受用転動体およびそれを用いた転がり軸受
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240112BHJP
C22C 38/34 20060101ALI20240112BHJP
F16C 33/32 20060101ALI20240112BHJP
F16C 19/10 20060101ALI20240112BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20240112BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/34
F16C33/32
F16C19/10
C21D9/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022109589
(22)【出願日】2022-07-07
(71)【出願人】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100192614
【弁理士】
【氏名又は名称】梅本 幸作
(74)【代理人】
【識別番号】100158355
【弁理士】
【氏名又は名称】岡島 明子
(72)【発明者】
【氏名】島田 裕貴
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 康太
【テーマコード(参考)】
3J701
4K042
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701AA42
3J701AA53
3J701AA62
3J701BA10
3J701BA70
3J701DA03
3J701EA03
3J701EA10
3J701FA15
3J701GA01
3J701GA11
3J701XB03
3J701XB33
3J701XE03
3J701XE12
3J701XE30
4K042AA22
4K042BA03
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DC02
4K042DC03
(57)【要約】
【課題】浸炭や窒化などの表面処理を行う必要がなく、軌道面との接触による耐圧痕性や耐異物性を向上させた転がり軸受用転動体、それを用いた転がり軸受を提供する。
【解決手段】
重量%で、C:1.10~1.50%、Si:0.70~2.50%、Mn:0.10~1.00%、Cr:1.00~4.00%、Mo:0.20~1.50%、V:0.10~0.80%であり、残余鉄および不可避不純物を含む鉄基合金製の転がり軸受用転動体とする。また、表層部の残留オーステナイト量が5~15体積%として、かつ表面硬さをロックウェルCスケールで64HRC以上とすることもできる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:1.10~1.50%、Si:0.70~2.50%、Mn:0.10~1.00%、Cr:1.00~4.00%、Mo:0.20~1.50%、V:0.10~0.80%であり、残余鉄および不可避不純物を含む鉄基合金製であることを特徴とする転がり軸受用転動体。
【請求項2】
表層部の残留オーステナイト量が5~15体積%の範囲であって、かつ表面硬さがロックウェルCスケールで64HRC以上であることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受用転動体。
【請求項3】
請求項1または2に記載の転がり軸受用転動体を用いたことを特徴とする転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気自動車等の自動車分野や減速機等の産業機械分野などに使用される転がり軸受用転動体およびそれを用いた転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車分野や産業機械分野などに使用される転がり軸受には、耐熱性,耐摩耗性をはじめとする諸特性が要求されており、とりわけ内外輪と転動体における動的強度に加えて、静的強度(耐圧痕性)も必要とされる。また、機械の小型化,軽量化,低コスト化などにより、軸受の使用環境も従来に比べて一層過酷化しており、こうした過酷な使用環境下で使用される転がり軸受においては、潤滑油中にバリや摩耗粉等の異物が混入することがしばしばみられることから耐異物性も必要とされる。
【0003】
例えば、軌道輪や転動体の材料に高速度工具鋼などの高硬度材を使用し、軌道輪の軌道面に所定深さの組織中に数μm以下の炭化物を析出させた上で浸炭窒化層を形成する技術が開示されている(特許文献1および2参照)。また、軌道輪の材料に中炭素鋼を用い、浸炭または浸炭窒化処理を施すことで、靭性と焼入れ焼戻硬さを高め、硬い異物の噛み込みによるき裂の発生と進行を抑制する技術が開示されている。(特許文献3)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平4-9449号公報
【特許文献2】特開平8-49057号公報
【特許文献3】特公平7―47795号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、高速度工具鋼などの高硬度材は、比較的に材料コストが上昇する要因になり、製造原価が軸受鋼に比べて上がるという問題があった。さらに、組織中に粗大な炭化物が析出しやすくなり、軸受の長寿命化に寄与し難いという問題もあった。また、中炭素鋼に浸炭または浸炭窒化処理を用いた軌道輪により、軌道輪の耐異物寿命は向上するが転動体が先に破損するということと、内部硬さが低いため耐圧痕性が悪いという問題があった。加えて、軌道輪表面に浸炭窒化層を設けるために特殊な装置を使用して、浸炭や窒化などの特殊処理を行うので、やはり製造原価が上昇する要因になっていた。
【0006】
そこで、本発明は浸炭や窒化などの表面処理を行う必要がなく、軌道面との接触による静的強度(耐圧痕性)を向上させた転がり軸受用転動体およびそれを用いた転がり軸受を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明において、転がり軸受用転動体の発明は、重量%でC:1.10~1.50%、Si:0.70~2.50%、Mn:0.10~1.00%、Cr:1.00~4.00%、Mo:0.20~1.50%、V:0.10~0.80%であり、残余鉄および不可避不純物を含む鉄基合金製とする。
【0008】
また、表層部の残留オーステナイト量を5~15体積%の範囲として、かつ表面硬さをロックウェルCスケールで64HRC以上とすることもできる。なお、当該表層部の残留オーステナイト量は10~13体積%の範囲とすることがより好ましい。
【発明の効果】
【0009】
転がり軸受用転動体およびそれを用いた転がり軸受の発明は、通常の熱処理(焼入れおよび焼き戻し)を行うことで、浸炭や窒化など特殊な表面処理を行うことなく、表面硬さを高めた最適な転がり軸受部品として提供できる。また、軌道面との接触による耐圧痕性(静定格荷重)や耐異物性を高めて、転がり軸受の寿命を向上させるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例2にて使用したスラスト寿命試験機の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一実施形態である転がり軸受用転動体の化学成分について説明する。本発明の転がり軸受用転動体を構成する鉄基合金に含有するC(炭素)は、重量%として1.10~1.50重量%とする。炭素は鋼中の焼入焼戻し後の硬さを確保し、転がり軸受の材料として使用した場合に転動疲労寿命を高位に確保する役割を果たす。鋼中のC含有量が1.10%を下回ると、必要な表面硬さが得られない。また、含有量が1.50%を上回ると鋼中の炭化物や残留オーステナイトが多くなり、軸受の転動疲労寿命を低下させる。
【0012】
Si(シリコン)は、重量%として0.70~2.50%とする。シリコンは鋼中の焼戻し軟化抵抗を増大する役割がある。また、鋼中のSi含有量が0.70%を下回ると必要な焼戻し軟化抵抗が得られず、Si含有量が2.50%を超えると熱間鍛造性が著しく低下する。
【0013】
Mn(マンガン)は、重量%として0.10~1.00%とする。マンガンは鋼中の焼入れ性を高めて、軸受材料として使用した場合に、転動疲労寿命を向上させるのに有効である。鋼中のMn含有量が1.00%を超えると、熱間鍛造性が著しく低下する。
【0014】
Cr(クロム)は、重量%として1.00~4.00%とする。クロムは鋼中の焼入れ性を高めるとともに、セメンタイトを熱的に安定化させて、高温域におけるセメンタイトのマトリックス中への固溶を抑止する役割がある。鉄基合金中のCr含有量が1.00%を下回ると鋼の焼入れ性を悪化させて、Cr含有量が4.00%を超えると、鋼中に粗大炭化物が発生して、軸受材料として使用した場合に転がり軸受の転動疲労寿命を低下させる。
【0015】
Mo(モリブデン)は、重量%として0.20~1.50%とする。モリブデンは鋼中の炭化物を形成して、硬さの確保に寄与する。また、鋼中のMo含有量が1.50%を上回ると、粗大炭化物が発生して、軸受材料として使用した場合に転動疲労寿命を低下させる。
【0016】
V(バナジウム)は、重量%として0.10~0.80%とする。Vは、鋼中のシリコンとの複合添加により焼戻し軟化抵抗を増大させる役割がある。また、鋼中の各含有量が0.80%を上回ると、粗大炭化物が発生して、軸受材料として使用した場合に転動疲労寿命を低下させる。
【0017】
なお、Vの代替元素としてNb(ニオブ)を含有することでも同様の効果を得ることもできる。この場合、Nbの含有量は重量%として、0.05~0.40%の範囲であることが好ましい。また、W(タングステン)もW当量(W+2Mo)として、重量%で0.40~3.00%の範囲で含有することもできる。
【0018】
この場合、タングステンはモリブデンと同様に鋼中の炭化物を形成して、硬さの確保に寄与する。鋼中のW当量が0.40%を下回ると必要な焼き戻し硬さおよび軟化抵抗が得られない。一方、W当量が3.00%を上回ると粗大炭化物が発生して、転がり軸受の転動疲労寿命を低下させる。
【0019】
次に、本発明の一実施形態である転がり軸受用転動体の熱処理方法について説明する。本発明の転がり軸受用転動体は、前述した化学成分の鉄基合金に対して、840~880℃の範囲で焼入れ処理を行った後、150~180℃の範囲で焼戻し処理を行うことで製作できる。所定の条件で熱処理を行うことで、当該転がり軸受用転動体の表層部における残留オーステナイト量を5~15体積%の範囲とすることができる。この場合、転がり軸受用転動体の表面硬さをロックウェルCスケールで64HRC以上とする。
【実施例0020】
(実施例1)
本発明の転がり軸受用転動体の母材である鉄基合金(以下、発明材という)および従来の軸受鋼(以下、比較材という)の2種類の鉄基合金を使用して、鋼球押し付け試験(以下、本試験という)を行ったので、その試験結果について説明する。本試験で使用した発明材1,2(化学成分の異なる2水準)および比較材(軸受鋼:SUJ2)の化学成分(単位:重量%)を表1、表面硬さ(単位:HRC)および残留オーステナイト量(単位:体積%)を表2にそれぞれ示す。発明材および比較材の残留オーステナイト量は、X線回折分析装置にて計測したオーステナイト相とマルテンサイト相の回折X線強度分布の積分強度の比率から専用ソフトにより算出した。
【0021】
本試験は、特定箇所に静的荷重を集中的に加圧することで材料表面の凹み具合を客観的に比較測定する試験であり、加圧後に測定する凹み量(深さ)により耐圧痕性を評価することができる。本試験では試料表面に直径9.525mmの鋼球を4500MPaの圧力で10秒間押し付けた(負荷速度0.1mm/min)後、試料表面に入り込んだ鋼球跡の深さをレーザー顕微鏡により測定した。
【0022】
本試験で使用した発明材1および2は850℃×120分間で焼入処理を行った後、160℃×120分間の焼戻し処理を事前に行い、比較材は850℃×40分間で焼入処理を行った後、190℃×90分間の焼戻し処理を事前に熱処理を行った。
【0023】
【0024】
【0025】
試料の表面に形成された凹部の深さを測定した結果、発明材1は0.220μm、発明材2は0.210μmであった。これに対して、比較材は0.330μmであった。以上の試験結果より、本発明の鉄基合金である発明材1および2は、材料表面の残留オーステナイト量が7~15体積%の範囲として、表面硬さをロックウェルCスケールで64HRC以上とすることで、比較材(軸受鋼SUJ2)に比べて外部から特定箇所に荷重が負荷された場合でも材料表面が凹み難いので、耐圧痕性に優れており、動的な荷重または静的な荷重が大きい箇所の軸受部品に適している。
【0026】
(実施例2)
実施例1で使用した発明材1,2と比較材を用いて所定の寸法の試験片を作製し、転がり疲れ特性の評価試験(スラスト寿命試験)を行なったので、その試験結果について説明する。スラスト寿命試験に使用した発明材1,2および比較材の化学成分(単位:重量%)は実施例1の表1に示すとおりである。本実施例で使用した試験機器(スラスト寿命試験機)の模式図を
図1に示す。
【0027】
本試験は、
図1に示す様に直径φDの円盤状の試験片3を取り付けた油槽に潤滑油5を注入し、テーブル4を押し上げる。その後、保持器に支持された鋼球2をスラスト軸受1で受けることで所定の面圧Pを負荷する。その状態でモータ(図示なし)からの動力を伝達する軸10を所定の回転速度で回転させることで評価試験を行なう。試験片が破損するまで試験を継続して、破損時点の総回転数を記録すると共に試験終了とする。
【0028】
また、試験片が破損しなくても総回転数が1×108回に達した時点で試験終了とする。試験条件は以下の条件で5回繰り返して実施し、ワイブル分布のグラフを作成した上で累積破損率が10%となるL10寿命をグラフ上から読み取り各試験片の評価寿命を比較評価した。
・試験片寸法:直径(φD)61mm×厚さ6mm
・試験面圧(P):4900MPa
・回転速度:1000rpm
・試験温度:室温(約23℃)
・潤滑油剤:ENEOS社製タービンオイル68
【0029】
本試験の結果より、累積破損率が10%における繰返し数は、発明品1および2ともに1×108回であったが、比較材による試験片は繰返し数が4.11~5.17×107回であり、発明品1よび2の結果に比較して短寿命であった。以上の試験結果より、発明材1および2の化学成分は比較材1および2の化学成分に対して転がり疲れ特性が優れていることがわかった。
【0030】
(実施例3)
実施例1で使用した発明材1,2と比較材による試験片を作製して、高温硬さ試験を行なったので、その試験結果について説明する。準備した試験片(スラストプレート試験片:直径61mm×厚さ6mm)を100℃、120℃、140℃、160℃、180℃、200℃、250℃、300℃の計8水準の各温度に1時間保持した後、その温度における試験片の表面硬さ(単位:ロックウェルCスケール)を測定した。各試験片の各温度(8水準)における表面硬さの測定結果を表3に示す。
【0031】
【0032】
表3に示す様に比較材は保持温度が200℃までの間は180℃を超えると62HRC以下になり、200℃を超えると60HRC未満、300℃では約56HRCにまで低下した。一方、発明材1、2共に保持温度が200℃を超えても硬さは62HRC以上を保持しており、比較材よりも高温時における表面硬さが優位であることがわかった。