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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024080883
(43)【公開日】2024-06-17
(54)【発明の名称】誘導電動機駆動装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/14 20160101AFI20240610BHJP
【FI】
H02P21/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022194215
(22)【出願日】2022-12-05
(71)【出願人】
【識別番号】302038844
【氏名又は名称】東芝シュネデール・インバータ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000567
【氏名又は名称】弁理士法人サトー
(72)【発明者】
【氏名】有馬 裕樹
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505CC05
5H505DD03
5H505DD05
5H505EE41
5H505EE49
5H505FF05
5H505GG04
5H505GG08
5H505HB01
5H505JJ06
5H505JJ24
5H505LL22
5H505LL24
5H505LL29
5H505LL34
5H505LL40
(57)【要約】
【課題】回転子を停止させた状態で誘導電動機の電気的定数を精度良く同定する。
【解決手段】実施形態の誘導電動機駆動装置は、相間電圧の検出値または電圧指令値と、電流指令値または電流検出値と、に基づいて、誘導電動機の電気的定数を同定する電動機定数同定部を備える。前記電動機定数同定部により同定される前記電気的定数には、一次抵抗、漏れインダクタンス、無負荷電流および二次時定数の各同定値が含まれる。電流指令値生成部が、前記誘導電動機の回転子が停止している状態において予め設定された大きさの前記電流指令値を生成し、予め設定された時間が経過して電力変換器の出力が遮断された後、前記電動機定数同定部が、前記相間電圧の検出値に基づいて、前記無負荷電流および前記二次時定数を同定する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電圧を可変電圧可変周波数の三相交流電圧に変換して誘導電動機に供給する電力変換器と、
前記誘導電動機の相間電圧を2相間以上検出する相間電圧検出部と、
前記誘導電動機の電流を検出する電流検出部と、
前記電流の検出値を、電流指令値と同じ制御軸上に変換した値である電流検出値が、前記電流指令値に一致するように電圧調整値を演算する電流調整部と、
前記電流指令値を生成して前記電流調整部に与える電流指令値生成部と、
前記電流調整部から得られる前記電圧調整値を用いて電圧指令値を生成する電圧指令生成部と、
前記相間電圧の検出値または前記電圧指令値と、前記電流指令値または前記電流検出値と、に基づいて、前記誘導電動機の電気的定数を同定する電動機定数同定部と、
を備え、
前記電動機定数同定部により同定される前記電気的定数には、一次抵抗、漏れインダクタンス、無負荷電流および二次時定数の各同定値が含まれ、
前記電流指令値生成部が、前記誘導電動機の回転子が停止している状態において予め設定された大きさの前記電流指令値を生成し、
予め設定された時間が経過して前記電力変換器の出力が遮断された後、
前記電動機定数同定部が、前記相間電圧の検出値に基づいて、前記無負荷電流および前記二次時定数を同定する誘導電動機駆動装置。
【請求項2】
直流電圧を可変電圧可変周波数の三相交流電圧に変換して誘導電動機に供給する電力変換器と、
前記誘導電動機の電流を検出する電流検出部と、
前記電流の検出値を、電流指令値と同じ制御軸上に変換した値である電流検出値が、前記電流指令値に一致するように電圧調整値を演算する電流調整部と、
前記電流指令値を生成して前記電流調整部に与える電流指令値生成部と、
前記電流調整部から得られる前記電圧調整値を用いて電圧指令値を生成する電圧指令生成部と、
前記電圧指令値と、前記電流指令値または前記電流検出値と、に基づいて、前記誘導電動機の電気的定数を同定する電動機定数同定部と、
を備え、
前記電動機定数同定部により同定される前記電気的定数には、一次抵抗、漏れインダクタンス、無負荷電流および二次時定数の各同定値が含まれ、
前記電流指令値生成部が、前記誘導電動機の回転子が停止している状態において予め設定された異なる2つの大きさの前記電流指令値を生成し、
前記電動機定数同定部が、前記電流指令値生成部が高いレベルから低いレベルに前記電流指令値を変化させた後における前記電圧指令値に基づいて前記無負荷電流および前記二次時定数を同定する誘導電動機駆動装置。
【請求項3】
前記電流指令値生成部が、第1の電流指令値isdref_[1]を予め定められた第1の待ち時間だけ前記電流調整部に与え、
前記電力変換器の出力が遮断されて予め定められた第2の待ち時間が経過した後、
前記電動機定数同定部が、前記相間電圧の検出値を前記電流指令値と同じ制御軸上に変換した値vsdmeasが0を下回る間において次式に示す磁束[1]を算出し、
磁束[1]=∫(-vsdmeas)dt
目標磁束を、前記誘導電動機の定格一次磁束から前記漏れインダクタンスの同定値を用いて算出された漏れ磁束分を減算した磁束量に定め、
前記磁束[1]を用いて、次式により求められる第2の電流指令値isdref_[2]を前記電流調整部に与え、
sdref_[2]=isdref_[1]+(目標磁束-磁束[1])×(isdref_[1]÷磁束[1])
前記磁束[1]を算出したときと同様にして磁束[2]を算出し、
Nを3以上の自然数としたとき、
次式により求められる第Nの電流指令値isdref_[N]を前記電流調整部に与え、
sdref_[N]=isdref_[N-1]+(目標磁束-磁束[N-1])×(isdref_[N-1]-isdref_[N-2])÷(磁束[N-1]-磁束[N-2])
前記磁束[1]を算出したときと同様にして磁束[N]を算出し、
これらの動作を繰り返すことによりisdref_[N]を収束演算させることで、次式に示す無負荷電流の同定値isdn_calcを得て、
sdn_calc=isdref_[N]
第N+1の電流指令値isdref_[N+1]として、第Nの電流指令値isdref_[N]を再び前記電流調整部に与え、前記磁束[1]を算出したときと同様にして磁束[N+1]を算出する際に、前記磁束[N+1]が、前記目標磁束の略(1-e-1)倍となるまでの時間Tr_estを計測する測定動作を実施し、前記測定動作を1回または複数回実施し、計測された前記時間Tr_estの値または複数の計測された前記時間Tr_estの平均値を、二次時定数の同定値Tr_calcとする請求項1に記載の誘導電動機駆動装置。
【請求項4】
前記電流指令値生成部が、前記誘導電動機が停止している状態において予め定められた相対的に小さい電流値であるベース電流指令値isdref_baseを、予め定められた第1の待ち時間だけ前記電流調整部に与えた後、
前記電動機定数同定部が、定常値となった前記電圧指令値vsdref_baseを記憶させ、
その後、前記電流指令値生成部が、前記ベース電流指令値isdref_baseより大きい第1の電流指令値isdref_[1]を前記第1の待ち時間だけ前記電流調整部に与えてから、再び、前記ベース電流指令値isdref_baseに切り替えた後に予め定められた第2の待ち時間が経過した後、
前記電動機定数同定部が、前記電圧指令値vsdrefが、前記ベース電流指令値isdref_baseを印加したときの定常値である前記電圧指令値vsdref_baseを下回る間において次式に示す磁束[1]を算出し、
磁束[1]=∫(vsdref_base-vsdref)dt
目標磁束を、前記誘導電動機の定格一次磁束から前記漏れインダクタンスの同定値を用いて算出された漏れ磁束分を減算した磁束量に定め、
次式により求められる第2の電流指令値isdref_[2]を前記電流調整部に与え、
sdref_[2]=isdref_[1]+(目標磁束-磁束[1])×(isdref_[1]÷磁束[1])
前記磁束[1]を算出したときと同様にして磁束[2]を算出し、
Nを3以上の自然数としたとき、
次式により求められる第Nの電流指令値isdref_[N]を前記電流調整部に与え、
sdref_[N]=isdref_[N-1]+(目標磁束-磁束[N-1])×(isdref_[N-1]-isdref_[N-2])÷(磁束[N-1]-磁束[N-2])
前記磁束[1]を算出したときと同様にして磁束[N]を算出し、
これらの動作を繰り返すことによりisdref_[N]を収束演算させることで、次式に示す無負荷電流の同定値isdn_calcを得て、
sdn_calc=isdref_[N]-isdref_base
第N+1の電流指令値isdref_[N+1]として、第Nの電流指令値isdref_[N]を再び前記電流調整部に与え、前記磁束[1]を算出したときと同様にして磁束[N+1]を算出する際に、前記磁束[N+1]が、前記目標磁束の略(1-e-1)倍となるまでの時間Tr_estを計測する測定動作を実施し、前記測定動作を1回または複数回実施し、計測された前記時間Tr_estの値または複数の計測された前記時間Tr_estの平均値を、二次時定数の同定値Tr_calcとする請求項2に記載の誘導電動機駆動装置。
【請求項5】
前記電動機定数同定部は、
前記磁束[1]、前記磁束[2]、前記磁束[N]および前記磁束[N+1]を算出する際、
前記電流指令値を前記ベース電流指令値isdref_baseに切り替え、前記第2の待ち時間が経過した後に観測される前記電圧指令値の時間変化量から、前記第2の待ち時間の間の前記誘導電動機における磁束変化量を、磁束補正量として算出し、
前記磁束補正量を、前記磁束[1]、前記磁束[2]、前記磁束[N]および前記磁束[N+1]の磁束量に加算する請求項4に記載の誘導電動機駆動装置。
【請求項6】
前記電動機定数同定部は、
前記目標磁束を、少なくとも、前記誘導電動機の定格一次磁束から前記漏れインダクタンスの同定値を用いて算出された漏れ磁束分を減算した定格磁束量と、前記定格磁束量より大きい磁束量と、前記定格磁束量より小さい磁束量と、の3つの中から選択できるようにし、
前記3つの目標磁束のそれぞれが選択された際に前記無負荷電流の同定を行うことにより前記誘導電動機の磁気的飽和特性を得る請求項3から5のいずれか一項に記載の誘導電動機駆動装置。
【請求項7】
前記無負荷電流の同定値と、前記二次時定数の同定値と、を取得するための動作を実施する前に、
前記電流指令値生成部が、前記電流調整部に予め定められた大きさの電流指令値isdref0を、予め定められた所定時間T0だけ与え、
前記所定時間T0が経過した後、前記電動機定数同定部が、定常値となった前記電圧指令値である電圧指令値vsdref0と、前記電流指令値isdref0または定常値となった前記電流検出値である電流検出値isd0と、を用いて一次抵抗の同定値Rs_calcを算出し、
前記電圧指令生成部が、前記一次抵抗の同定値Rs_calcを算出した後の前記電圧指令値として、前記電圧指令値vsdref0と、前記電圧指令値vsdref0に対して1より小さい値である係数Kを乗算した値を振幅とする正弦波と、を加算した値とし、
前記係数Kを、観測される電流の交流分振幅が予め定められた大きさと同等な値となるように調整し、
前記電動機定数同定部が、前記電流検出部により観測される電流値の交流量、調整後の前記係数K、前記電圧指令値vsdref0から前記漏れインダクタンスの同定値Lf_calcを算出し、
前記電流調整部は、PI制御を行う比例積分補償器を備えており、
前記一次抵抗の同定値Rs_calc、前記漏れインダクタンスの同定値Lf_calcは、前記比例積分補償器の比例ゲインおよび積分ゲインの設定値の算出に使用される請求項3から5のいずれか一項に記載の誘導電動機駆動装置。
【請求項8】
前記無負荷電流の同定値と、前記二次時定数の同定値と、を取得するための動作を実施する前に、
前記一次抵抗の同定値Rs_calcと、前記漏れインダクタンスの同定値Lf_calcと、を取得するための動作を実施し、
電流応答角周波数をωcurrとしたとき、前記一次抵抗の同定値Rs_calcおよび前記漏れインダクタンスの同定値Lf_calcを用いて設定される前記比例積分補償器における前記比例ゲインKおよび積分ゲインKの各値を、次式のように設定する
=ωcurr
=ωcurr×Rs_calc÷Lf_calc
請求項7に記載の誘導電動機駆動装置。
【請求項9】
前記相間電圧検出部を備えていない場合には、前記一次抵抗の同定値Rs_calcおよび前記漏れインダクタンスの同定値Lf_calcを取得するための動作時に使用した前記電流指令値から前記無負荷電流の同定の際の初期電流指令値である前記ベース電流指令値isdref_baseに移行させる際、前記電圧指令値を観測することにより前記二次時定数の疎調整値Tr_tempを測定し、
前記相間電圧検出部を備えている場合には、前記一次抵抗の同定値Rs_calcおよび前記漏れインダクタンスの同定値Lf_calcを取得した後、一旦、前記電力変換器の出力を遮断させた後において、前記電圧検出値を観測することにより前記二次時定数の疎調整値Tr_tempを測定し、
電流応答角周波数をωcurrとしたとき、前記第1の待ち時間を前記二次時定数の疎調整Tr_tempの5倍から10倍程度にするとともに、前記第2の待ち時間を前記電流応答角周波数ωcurrの逆数の2倍から5倍程度にする請求項7に記載の誘導電動機駆動装置。
【請求項10】
前記相間電圧検出部を備えていない場合には、前記一次抵抗の同定値Rs_calcおよび前記漏れインダクタンスの同定値Lf_calcを取得するための動作時に使用した前記電流指令値から前記無負荷電流の同定の際の初期電流指令値である前記ベース電流指令値isdref_baseに移行させる際、前記電圧指令値を観測することにより前記二次時定数の疎調整値Tr_tempを測定し、
前記相間電圧検出部を備えている場合には、前記一次抵抗の同定値Rs_calcおよび前記漏れインダクタンスの同定値Lf_calcを取得した後、一旦、前記電力変換器の出力を遮断させた後において、前記電圧検出値を観測することにより前記二次時定数の疎調整値Tr_tempを測定し、
前記第1の待ち時間を前記二次時定数の疎調整Tr_tempの5倍から10倍程度にするとともに、前記第2の待ち時間を前記電流応答角周波数ωcurrの逆数の2倍から5倍程度にする請求項8に記載の誘導電動機駆動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、誘導電動機駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インバータを用いて電動機を可変速駆動する可変速電動機駆動装置は、各分野に適用されている。電動機の中でも誘導電動機は、メンテナンス性および堅牢性の観点から、優位であることが多く、商用電源においても駆動可能であるというバックアップ用途でのメリットもある。そのため、昨今でも誘導電動機が使用されているアプリケーションは少なくない。電動機駆動装置において、回転数を検出し、正確にすべりを把握した制御を実施させることで高性能な運転も実現可能であるが、回転センサを用いずに、高性能に駆動する手法として、センサレスベクトル制御が実用化されている。
【0003】
センサレスベクトル制御においては、運転中において、すべりなどの、電動機の電気的な情報を得るために、出力電圧および電流値を使用するが、その際の演算には、電動機の電気的定数を正確に把握する必要がある。使用する誘導電動機が不特定となる汎用インバータなどでは、様々な誘導電動機が使用されても精度の高いセンサレスベクトル制御を行うことができるように、誘導電動機の電気的定数を自動的に測定するオートチューニング機能、つまり同定機能を有している。
【0004】
センサレスベクトル制御に必要な電気的定数は、状態変数を何にするかによっても表現の仕方は変わるが、例えば非特許文献1に記載された誘導電動機のモデルでは、一次角周波数で回転する同期DQ軸上において表現すると、左辺を電動機の一次電圧として、下記(1)式のように表現されている。ただし、各変数については、次のように表している。すなわち、一次電圧D軸成分をvsdとし、一次電圧Q軸成分をvsqとし、一次電流D軸成分をisdとし、一次電流Q軸成分をisqとし、二次磁束D軸成分をφrdとし、二次磁束Q軸成分をφrqとする。また、電気的定数については、次のように表している。すなわち、一次抵抗をRとし、二次抵抗をRとし、相互インダクタンスをMとし、一次インダクタンスをLとし、二次インダクタンスをLとし、漏れ係数をσとし、一次角周波数をωとし、回転子角周波数をωreとし、すべり角周波数をωslipとする。
【0005】
【数1】
【0006】
しかしながら、本方程式のままであると、一次電流および二次電流を状態変数としており、トルクに寄与する磁束の概念が直感的に分かりづらいため、状態変数を一次電流および二次磁束とした微分方程式を下記(2)式として示す。なお、このとき、「L=L」という近似を行っている点に注意が必要である。
【0007】
【数2】
【0008】
左辺に微分項を配置した状態微分方程式の形にすると、下記(3)式のようになる。
【0009】
【数3】
【0010】
定常状態時に必要な電圧指令値を算出するため、微分項を0とすると、下記(4)式のようになる。
【0011】
【数4】
【0012】
左辺を一次電圧とし、成分ごとに再記すると、下記(5)式および(6)式のようになる。
【0013】
【数5】
【0014】
ここで、下記(7)式のように定義すると、下記(8)式のように表現することができる。
【0015】
【数6】
【0016】
状態変数を漏れ磁束と二次磁束φrdとすると、漏れ磁束D軸成分Fsdおよび漏れ磁束Q軸成分Fsqは、定常的には、それぞれ下記(9)式および(10)式により表される。また、二次磁束D軸成分φrdおよび二次磁束は、定常的には、それぞれ下記(11)式および(12)式により表される。これらを考慮すると、(5)式および(6)式は、それぞれ下記(13)式および(14)式のようになる。
【0017】
【数7】
【0018】
これより、電気的定数として、「R」、「σL」、「1/T(=R/L)」および「L」で示される4つの電気的定数が明確となれば、上記の誘導電動機の数式表現が可能となることが分かる。よって、本明細書では、一次抵抗R、漏れインダクタンスL(L=σL)、二次時定数Tおよび一次インダクタンスLの4つの定数を用いて誘導電動機モデルを表現することとする。
【0019】
誘導電動機の電気的定数の具体的な取得手段については、例えば、JIS C 4210 「一般用低圧三相かご形誘導電動機」、JEC-2110「誘導機」などに定常状態の等価回路をベースとした説明がなされている。以下、このような従来の誘導電動機の電気的定数の具体的な取得手段のことを従来手段と称することとする。従来手段の内容を(3)式で示される電動機モデルに適用すると、概略以下のように解釈することができる。(3)式で示される電動機モデルにおいては鉄損抵抗については省略されている。本明細書においても鉄損抵抗の同定については取り扱わないこととする。
【0020】
従来手段では、一次抵抗の同定について、直流を印加する方法が記載されている。直流を印加後、定常状態となった後であれば、二次側、つまり回転子に起電力は発生しないので、一次側の抵抗分のみの回路と考えてよい。近似的要素は含まれないので、本等価回路においては、近似による誤差は生じない。図13には、誘導電動機の1相分の等価回路を示しており、図14には、直流を印加したときの誘導電動機の1相分の等価回路を示している。
【0021】
このような等価回路より、下記(15)式が得られる。なお、状態変数は、すべて1相分の値として記載している。
【0022】
【数8】
【0023】
同期座標軸上においての表現は、電動機停止時であるので、流す電流をD軸のみとして表現すれば下記(16)式のようになる。ここでの説明およびこれ以降の同様の説明においては、簡単化のために、各状態量は相対変換とした場合の状態量として表している。よって、一次抵抗値は1相分の抵抗値として表記している。
【0024】
【数9】
【0025】
電力変換装置により電動機に電圧を印加するため、上アームと下アームとの短絡防止のために設けるデッドタイム、IGBTなどの半導体デバイスにおける電圧降下である、オン抵抗、コレクタ-エミッタ間飽和電圧などの電圧値に対して適切な補正を実施しなければ、電圧指令値と実際の出力電圧との間に誤差が生じるため、電動機の一次抵抗値を正確に同定することはできない。
【0026】
従来、これらの誤差電圧に相当する値を補正する技術として、出力電圧を検出して電圧指令値と一致するように誤差電圧をフィードバックして補正を実施する方法、電圧検出のための構成を設けることなく、事前に測定されたデバイスの特性から上記誤差電圧を求めてフィードフォワード的に補償する技術などが提案されている。前者は、電圧検出誤差が無ければ正確に補正できると考えられる。
【0027】
しかしながら、後者は、デバイスの特性には個体差があることから同じデバイスを使用しても相ごとに個体差がある場合もあり、また、オン抵抗、コレクタ-エミッタ間飽和電圧などは温度による変化も生じることを考えられると、一次抵抗の同定値には少なからず同定誤差が生じる可能性がある。つまり、電圧検出回路など電圧検出のための構成を有さない電力変換装置の場合には、一次抵抗の同定値には少なからず同定誤差が生じることは避けられないと考えられる。
【0028】
従来手段には、無負荷試験および拘束試験についての記載がある。無負荷試験では、無負荷状態において、定格周波数の定格電圧を印加して電動機を回転させ、そのときに流れる電流値を計測する。完全な無負荷時には、回転子速度は同期速度であるので、すべりが0であると考えると、二次抵抗をすべり「s」で除した項は「∞」となるので、励磁回路のみに電流が流れることが導かれる。本展開においても、近似的要素は含まれないので、近似による誤差は生じない。図15には、無負荷試験時における誘導電動機の1相分の等価回路を示している。
【0029】
この無負荷動作点の条件は、電動機に定格角周波数ωsnで定格電圧vsnが印加された場合に流れる無負荷電流値を定格磁束電流isnと定めると、下記(17)式および(18)式のように表すことができる。ただし、定格電圧vsnは相電圧実効値であり、定格磁束電流isnは相電流実効値である。また、下記(17)式および(18)式においては、入力電圧を定格電圧とし、トルク電流=0の条件と考えることとする。
【0030】
【数10】
【0031】
この場合、相対変換にて表記しているので、DQ同期軸上の定格磁束電流isdn値と定格磁束電流isnとの間には下記(19)式により表される関係がある。
【0032】
【数11】
【0033】
これらを踏まえて整理すると、下記(20)式および(21)式が得られる。
【0034】
【数12】
【0035】
上記(20)式および(21)式により表される一次電圧の各成分の2乗和が定格電圧vsnの大きさの2乗値に一致するので、無負荷電流値が得られると一次インダクタンス値Lは下記(22)式により得ることができる。
【0036】
【数13】
【0037】
しかしながら、既存の機器装置において、電動機が接続された状態のままで駆動装置のみを置き換える場合などでは、仕向け先にて機器装置から電動機を機械的に分離することが困難なこともあるため、電動機を回転させて無負荷電流を測定することが困難な場合が多い。このような場合には、電動機を回転させずに無負荷電流または一次インダクタンスが得られることが望ましい。
【0038】
拘束試験では、回転子を機械的に拘束して実施されることから、回転子が回転しない。また、実際に拘束することが困難である場合には、単相電圧を印加することで拘束試験と同等な試験が実施できる。拘束試験においては、回転子が回らないので、「すべり=1」とするが、等価回路上、すべりsに1を代入すると、以下のようになる。すなわち、図16および図17には、拘束試験時における誘導電動機の1相分の等価回路を示している。
【0039】
図16に示す等価回路は、図13に示した等価回路と構成要素の数が同じであり、変わっていない。励磁インダクタンスに流れる電流は0にはならないので、一次抵抗が既知と考えても、等価回路から二次側の定数、つまり二次インダクタンスLおよび二次抵抗Rを含む項との分離は困難である。そこで、拘束状態は、「すべりs=1」、つまりすべりが最大であり、二次側の回路の方に主として電流が流れると近似的に考えることで、図17に示す等価回路が得られる。本等価回路から各定数の関係を示すと、下記(23)式のようになる。
【0040】
【数14】
【0041】
これより、印加した一次電圧と、流れる電流値を観測することで、一次抵抗および二次抵抗の和と、漏れインダクタンスと、が得られる。なお、二次抵抗および漏れインダクタンスは、いずれも一次側換算値である。この場合、一次抵抗および二次抵抗の和「R+Rreq」から一次抵抗Rを減算して、二次抵抗Rreqを求めるため、一次抵抗Rの精度が二次抵抗同定値Rreqにも影響を与えることは避けられない。既述したように、半導体デバイスの特性の個体差や温度変化などを考慮すると、なるべく一次抵抗同定値Rの精度の影響を受けずに、二次側の定数である二次抵抗Rreqまたは二次時定数L/Rを高精度に同定できる方法が望ましい。
【0042】
特許文献1には、無負荷状態の誘導電動機を駆動し、実際に生じる二次磁束による誘起電圧を利用することで誘起電圧の時間変化を観測し、二次時定数を同定するという技術が開示されている。しかしながら、既述したように、仕向け先にて機器装置から電動機を機械的に分離することが困難なこともあるため、電動機を無負荷状態または軽負荷状態で駆動することが困難であることがある。そのため、特許文献1に記載の方法は、適用することが難しい場合がある。
【0043】
また、特許文献2には、電動機を回転させない方式としての従来技術が開示されている。特許文献2に記載の方法は、拘束試験と同等な試験を駆動装置で単相交流を印加する形で実施させていることと等価である。そのため、特許文献2に記載の方法では、規格などに記載の拘束試験と同様、一次抵抗および二次抵抗の和「R+Rreq」から一次抵抗Rを減算して、二次抵抗Rreqを求めることとなり、正確な一次抵抗同定値が必要となる。しかしながら、既述したように、半導体デバイスの特性の個体差や温度変化などを考慮すると、一次抵抗Rの同定精度には限界があるため、二次抵抗同定値Rreqの同定精度にも影響を与えることは避けられない。このようなことから、拘束試験と同等な試験において、二次側の定数の同定精度を高めることには限界がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0044】
【非特許文献1】「ACサーボシステムの理論と設計の実際-基礎からソフトウェアサーボまで」1990 杉本 英彦[編著] 小山 正人/玉井 伸三[著]
【特許文献1】特許第6591794号公報
【特許文献2】特許第6194718号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0045】
そこで、回転子を停止させた状態で誘導電動機の電気的定数を精度良く同定することができる誘導電動機駆動装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0046】
実施形態の誘導電動機駆動装置は、直流電圧を可変電圧可変周波数の三相交流電圧に変換して誘導電動機に供給する電力変換器と、前記誘導電動機の相間電圧を2相間以上検出する相間電圧検出部と、前記誘導電動機の電流を検出する電流検出部と、前記電流の検出値を、電流指令値と同じ制御軸上に変換した値である電流検出値が、前記電流指令値に一致するように電圧調整値を演算する電流調整部と、前記電流指令値を生成して前記電流調整部に与える電流指令値生成部と、前記電流調整部から得られる前記電圧調整値を用いて電圧指令値を生成する電圧指令生成部と、前記相間電圧の検出値または前記電圧指令値と、前記電流指令値または前記電流検出値と、に基づいて、前記誘導電動機の電気的定数を同定する電動機定数同定部と、を備える。
【0047】
上記構成において、前記電動機定数同定部により同定される前記電気的定数には、一次抵抗、漏れインダクタンス、無負荷電流および二次時定数の各同定値が含まれ、前記電流指令値生成部が、前記誘導電動機の回転子が停止している状態において予め設定された大きさの前記電流指令値を生成し、予め設定された時間が経過して前記電力変換器の出力が遮断された後、前記電動機定数同定部が、前記相間電圧の検出値に基づいて、前記無負荷電流および前記二次時定数を同定する。
【0048】
また、実施形態の誘導電動機駆動装置は、直流電圧を可変電圧可変周波数の三相交流電圧に変換して誘導電動機に供給する電力変換器と、前記誘導電動機の電流を検出する電流検出部と、前記電流の検出値を、電流指令値と同じ制御軸上に変換した値である電流検出値が、前記電流指令値に一致するように電圧調整値を演算する電流調整部と、前記電流指令値を生成して前記電流調整部に与える電流指令値生成部と、前記電流調整部から得られる前記電圧調整値を用いて電圧指令値を生成する電圧指令生成部と、前記電圧指令値と、前記電流指令値または前記電流検出値と、に基づいて、前記誘導電動機の電気的定数を同定する電動機定数同定部と、を備える。
【0049】
上記構成において、前記電動機定数同定部により同定される前記電気的定数には、一次抵抗、漏れインダクタンス、無負荷電流および二次時定数の各同定値が含まれ、前記電流指令値生成部が、前記誘導電動機の回転子が停止している状態において予め設定された異なる2つの大きさの前記電流指令値を生成し、前記電動機定数同定部が、前記電流指令値生成部が高いレベルから低いレベルに前記電流指令値を変化させた後における前記電圧指令値に基づいて前記無負荷電流および前記二次時定数を同定する。
【図面の簡単な説明】
【0050】
図1】一実施形態に係る第1構成例の誘導電動機駆動装置を模式的に示す図
図2】一実施形態に係る第1構成例による磁束演算を説明するためのタイミングチャート
図3】一実施形態に係る第1構成例による無負荷電流および二次時定数同定時における各部の波形を模式的に示すタイミングチャート
図4】一実施形態に係る第2構成例の誘導電動機駆動装置を模式的に示す図
図5】一実施形態に係る第2構成例による磁束演算を説明するためのタイミングチャート
図6】一実施形態に係る第2構成例による無負荷電流および二次時定数同定時における磁束量補償方法を説明するためのタイミングチャート
図7】一実施形態に係る電流制御系を機能ブロックにより示す図
図8】一実施形態に係る第2構成例による一次抵抗および漏れインダクタンスの同定と無負荷電流および二次時定数の同定との最適化を説明するためのタイミングチャート
図9】一実施形態に係る定格磁束の0.75倍~1.5倍の磁束量を目標磁束と定めた場合における目標磁束と無負荷電流同定値との関係を示す図
図10】一実施形態に係る磁気的飽和を考慮した無負荷電流の同定の一例を説明するためのタイミングチャートであり、目標磁束1の期間を示す図
図11】一実施形態に係る磁気的飽和を考慮した無負荷電流の同定の一例を説明するためのタイミングチャートであり、磁束指令2の期間を示す図
図12】一実施形態に係る磁気的飽和を考慮した無負荷電流の同定の一例を説明するためのタイミングチャートであり、磁束指令3の期間を示す図
図13】従来技術に係る誘導電動機の1相分の等価回路を示す図
図14】従来技術に係る直流を印加したときの誘導電動機の1相分の等価回路を示す図
図15】従来技術に係る無負荷試験時における誘導電動機の1相分の等価回路を示す図
図16】従来技術に係る拘束試験時における誘導電動機の1相分の等価回路を示す図その1
図17】従来技術に係る拘束試験時における誘導電動機の1相分の等価回路を示す図その2
図18】従来技術に係る一次抵抗および漏れインダクタンスの同定時における電圧指令値および電流値を模式的に示す図
【発明を実施するための形態】
【0051】
以下、誘導電動機駆動装置の一実施形態について図面を参照して説明する。
本明細書において、isdrefはD軸電流指令、isqrefはQ軸電流指令、isdmeasはD軸電流検出値、isqmeasはQ軸電流検出値、vsdrefはD軸電圧指令値、vsqrefはQ軸電圧指令値、vsdadjはD軸電圧調整値、vsqadjはQ軸電圧調整値、vsdmeasはD軸電圧検出値、vsqmeasはQ軸電圧検出値、θre_cは出力電圧位相、Kは漏れインダクタンス同定用電圧指令係数、Rs_calcは一次抵抗同定値、Lf_calcは漏れインダクタンス同定値、isdn_calcは無負荷電流同定値、Tr_calcは二次時定数同定値を表している。
【0052】
<第1構成例の誘導電動機駆動装置について>
図1に示す第1構成例の誘導電動機駆動装置1は、電圧検出器である相間電圧検出部を有する構成となっている。誘導電動機駆動装置1は、誘導電動機2を可変速駆動する可変速電動機駆動装置である。三相交流電源3の各相端子は、ダイオードブリッジからなる全波整流回路4の交流入力端子に接続されている。全波整流回路4の直流出力端子間には、平滑コンデンサ5および電力変換器6が接続されている。インバータである電力変換器6は、直流電圧を可変電圧可変周波数の三相交流電圧に変換して誘導電動機2に供給するものであり、その各相出力端子は、誘導電動機2の各相巻線端子に接続されている。
【0053】
制御装置7は、電力変換器6を制御して、直流電圧を可変電圧可変周波数の三相交流電圧に変換する。電力変換器6のU相、W相出力端子には、誘導電動機2の電流を検出する電流検出部8U、8Wが配置されている。電流検出部8U、8Wにより検出されるU相、W相電流i、iは、UVW/dq変換器9に入力されている。UVW/dq変換器9は、三相電流をベクトル制御におけるdq軸電流に変換して電流調整部10に入力する。
【0054】
UVW/dq変換器9は、電流の検出値を、電流指令値と同じ制御軸上に変換する。すなわち、UVW/dq変換器9は、電流の検出値を、同期座標D軸方向の位相である出力電圧位相θre_cを予め設定された任意の固定値として同期座標軸上に変換する。UVW/dq変換器9により変換された値であるD軸電流検出値isdmeasおよびQ軸電流検出値isqmeasは、電流調整部10に入力されている。D軸電流検出値isdmeasは、電動機定数同定部11にも入力されている。
【0055】
電力変換器6の各相出力端子は、相間電圧検出部12の入力端子に接続されている。相間電圧検出部12は、誘導電動機2の相間電圧を2相間以上検出する。この場合、相間電圧検出部12は、UV相間電圧vuvおよびWV相間電圧vwvを検出する。相間電圧検出部12により検出された各相間電圧は、UV,WV/UVW変換器13に入力されている。
【0056】
UV,WV/UVW変換器13は、UV相間電圧vuvおよびWV相間電圧vwvを三相電圧、つまりU相電圧v、V相電圧vおよびW相電圧vに変換する。UVW/dq変換器14は、相間電圧の検出値に対応する三相電圧を、電流指令値と同じ制御軸上に変換する。すなわち、UVW/dq変換器14は、相間電圧の検出値に対応する三相電圧を、同期座標D軸方向の位相である出力電圧位相θre_cを予め設定された任意の固定値として同期座標軸上に変換する。
【0057】
UVW/dq変換器14により変換された値であるD軸電圧検出値vsdmeasおよびQ軸電圧検出値vsqmeasのうち、D軸電圧検出値vsdmeasは、電動機定数同定部11に入力されている。電流指令値生成部15は、電流指令値であるD軸電流指令isdrefおよびQ軸電流指令isqrefを生成して電流調整部10に与える。電流指令値生成部15により生成されるD軸電流指令isdrefおよびQ軸電流指令isqrefのうち、D軸電流指令isdrefは、電動機定数同定部11にも入力されている。
【0058】
電流調整部10は、PI制御を行う比例積分補償器を備えている。電流調整部10は、電流の検出値を電流指令値と同じ制御軸上に変換した値である電流検出値、つまりD軸電流検出値isdmeasおよびQ軸電流検出値isqmeasが、電流指令値であるD軸電流指令isdrefおよびQ軸電流指令isqrefに一致するように電圧調整値を演算する。電流調整部10により演算された値であるD軸電圧調整値vsdadjおよびQ軸電圧調整値vsqadjは、電圧指令生成部16に入力されている。
【0059】
電圧指令生成部16は、電流調整部10から得られる電圧調整値であるD軸電圧調整値vsdadjおよびQ軸電圧調整値vsqadjと、漏れインダクタンス同定用電圧指令係数Kと、を用いて電圧指令値を生成する。電圧指令生成部16により生成されるD軸電圧指令値vsdrefおよびQ軸電圧指令値vsqrefは、dq/UVW変換器17に入力されている。D軸電圧指令値vsdrefは、電動機定数同定部11にも入力されている。dq/UVW変換器17は、入力されたD軸電圧指令値vsdrefおよびQ軸電圧指令値vsqrefを三相電圧指令に変換するとともに、PWM信号を生成して電力変換器6に出力する。なお、PWMは、Pulse Width Modulationの略称である。
【0060】
電動機定数同定部11は、相間電圧の検出値に対応するD軸電圧検出値vsdmeasまたはD軸電圧指令値vsdrefと、D軸電流指令isdrefまたはD軸電流検出値isdmeasと、に基づいて、誘導電動機2の電気的定数を同定する。電動機定数同定部11により同定される電気的定数には、一次抵抗、漏れインダクタンス、無負荷電流および二次時定数の各同定値、つまり一次抵抗同定値Rs_calc、漏れインダクタンス同定値Lf_calc、無負荷電流同定値isdn_calc、二次時定数同定値Tr_calcが含まれる。
【0061】
詳細は後述するが、上記構成では、次のように電気的定数の同定が行われる。すなわち、電流指令値生成部15が、誘導電動機2の回転子が停止している状態において予め設定された大きさの電流指令値を生成する。そして、予め設定された時間が経過して電力変換器6の出力が遮断された後、電動機定数同定部11が、相間電圧の検出値に基づいて、無負荷電流および二次時定数を同定する。
【0062】
次に、第1構成例の誘導電動機駆動装置1において実施される各電気的定数の同定原理について、本実施形態において使用する電動機モデルである(3)式を基に説明する。
<一次抵抗の同定について>
一次抵抗の同定については、基本的には、規格などに記載の直流を印加する方法と同等であり、電力変換器6を有する誘導電動機駆動装置1にて実施する。
(3)式の3行目を記載すると、下記(24)式のようになる。
【0063】
【数15】
【0064】
(24)式により、二次磁束D軸成分φrdの挙動は、「Misd」の大きさとなるように、二次時定数で変化するというダイナミクスとなることが分かる。(3)式の1行目を左辺が一次電圧vsdとなるようにすると、下記(25)式のようになる。
【0065】
【数16】
【0066】
ここで、「回転子は停止しており出力電圧として周波数成分は印加していない」および「印加する電流はD軸側のみとする」という2つの条件があるものとすると、「ω=0」、「isq=0」および「φrq=0」となる。そのため、上記(25)式は、下記(26)式のようになる。なお、ここでの説明およびこれ以降の同様の説明においては、D軸の方向は、U相、V相およびW相のいずれの電流値も0近傍の値とならない位置θre_cとする。
【0067】
【数17】
【0068】
上記(26)式における「isd」は、誘導電動機2の電流値である。ここで、十分に定常状態として扱えるように、十分な時間T、電流を印加したとする。そうすると、定常状態となったときには、「φrd=Misd」であることを考慮すると、上記(26)式は、下記(27)式のようになる。
【0069】
【数18】
【0070】
この場合、印加している電圧は電圧指令vsdrefとして把握でき、電流は電流検出値isdmeasまたは電流指令値isdrefにより既知である。そのため、一次抵抗同定値Rs_calcは、下記(28)式のように求めることができる。
【0071】
【数19】
【0072】
IGBTなどの半導体素子で構成される電力変換器6における、デッドタイム補正、半導体素子のオン抵抗補正、コレクタ-エミッタ間飽和電圧補正などに誤差があると、上記のような1つの動作点「vsdref,isdref」のみの計算では、上記した全ての誤差の影響が一次抵抗同定値Rs_calcにそのまま生じるおそれがある。そこで、電流の大きさによってはあまり変化しないデッドタイム補正の誤差およびコレクタ-エミッタ間飽和電圧補正の誤差の影響をなるべく軽減するために、下記(29)式に示すように、2つの動作点の電圧指令値の差分および電流指令値の差分「vsdref1-vsdref2,isdref1-isdref2」で一次抵抗同定値Rs_calcを算出するようにしてもよい。
【0073】
【数20】
【0074】
なお、上記(29)式のようにして一次抵抗同定値Rs_calcを算出した場合であっても、電流値に比例する成分である半導体素子のオン抵抗分における電圧降下補正の誤差は、一次抵抗同定誤差として残ることとなる。
上述したようにして実施される一次抵抗の同定時における電圧指令値および電流値は、図18における一次抵抗同定フェーズに示されるようなものとなる。
【0075】
<漏れインダクタンスの同定について>
漏れインダクタンス値の同定は、上記した一次抵抗値の同定が終わった後に、単相交流を印加する方法にて実施する。漏れインダクタンスの同定については、規格などに記載の拘束試験と同等の方法となる。この場合、一次電圧D軸成分vsdおよび一次電流D軸成分isdは、それぞれ下記(30)式および(31)式により表される。ただし、鉄損抵抗については考慮していない等価回路として扱っている。一次抵抗同定時に流した電流isdが定常状態であるときの電流値をisd0とし、そのときの電圧指令値をvsdref0(=Rsd0)と表し、その初期状態から、電圧指令に周波数成分を有する変化分としてΔvsdを加算したときの電流の変化分をΔisdとする。
【0076】
【数21】
【0077】
一次抵抗の同定において二次磁束φrdは十分に定常値Misdに収束した条件であり、二次時定数は、印加する交流電圧による電流の変化に比べ十分遅い。そのため、漏れインダクタンスの同定の間、二次磁束がほぼ一定のMisd0のままであると考えると、(26)式において、電圧変化分Δvsdおよび電流変化分Δisdの関係式は、下記(32)式のように表現できる。
【0078】
【数22】
【0079】
上記(32)式について変化分のみの関係式として書き出すと、下記(33)式のようになる。
【0080】
【数23】
【0081】
ここで、漏れインダクタンスLを下記(34)式のように表し、二次抵抗Rreqを下記(35)式のように表し、、一次抵抗と二次抵抗との和Rtotalを下記(36)式のように表すと、変化分のみの関係式は、下記(37)式のようになる。なお、この場合の二次抵抗は、一次換算値である。
【0082】
【数24】
【0083】
上記(37)式は、図16に示した拘束試験時の等価回路と一致する。つまり、拘束試験に使用されている等価回路は、(3)式における微分方程式において上記に示す近似を考慮した状態と等価であると言える。
【0084】
交流電流を生成するための電圧変化分Δvsdとして、一次抵抗同定時の電圧値vsdref0(=Rsd0)に1未満の係数であるKを乗算させた電圧値を振幅とする正弦波を印加する。係数Kは、例えば0.25とすることができる。この場合、電圧変化分Δvsdは、下記(38)式のようになる。ただし、上記した正弦波の各周波数をωとする。
【0085】
【数25】
【0086】
このようにすれば、変化分のみの関係式は、下記(39)式のように表現できる。
【0087】
【数26】
【0088】
上記(39)式について、両辺をラプラス変換すると、下記(40)式のようになる。そして、(40)式を整理すると、下記(41)式のようになる。
【0089】
【数27】
【0090】
上記(41)式の右辺が下記(42)式のように分解されると仮定し、右辺の括弧内の2項をまとめると、下記(43)式のようになる。
【0091】
【数28】
【0092】
上記(43)式について、ラプラス演算子sについて分子を整理すると、下記(44)式のようになる。
【0093】
【数29】
【0094】
(41)式および(44)式は、ラプラス演算子sに関し恒等式であるとして、右辺の係数を比較すると、下記(45)式、(46)式および(47)式の3つの式が得られる。
【0095】
【数30】
【0096】
上記3つの式に基づいてA~Cを求める。まず、(45)式および(46)式により、下記(48)式が得られる。そして、(48)式を(47)式へ代入すると、下記(49)式のようになる。(49)式を整理すると、下記(50)式のように、Aを求めることができる。
【0097】
【数31】
【0098】
このようにしてAが得られるため、BおよびCは、下記(51)式および(52)式のように導かれる。
【0099】
【数32】
【0100】
上記した通りA~Cが求められたが、簡単化のためにA~Cの表記のままとしておく。電圧および電流の関係式である(39)式をラプラス変換した式である(41)式をA~Cを用いて再記すると、下記(53)式および(54)式のようになる。
【0101】
【数33】
【0102】
上記(54)式を逆ラプラス変換すると、下記(55)式のようになる。そして、(55)式について、A~Cを代入すると、下記(56)式のようになる。
【0103】
【数34】
【0104】
上記(56)式の括弧内の第1項は時間とともに減衰する項であるため、時定数(L/Rtotal)より十分長い時間が経過後は無視してよい。この点を考慮すると、上記(56)式は、下記(57)式のように簡略化することができる。
【0105】
【数35】
【0106】
ここで、上記した電流値の式を、下記(58)式のように係数Hおよび係数Hで標記する。この場合、係数Hおよび係数Hは、下記(59)式、(60)式および(61)式のように定義されたことになる。このような定義によれば、印加する周波数成分の振幅Ksd0、角周波数ωが一定であれば、係数Hおよび係数Hも一定値であることが分かる。
【0107】
【数36】
【0108】
漏れインダクタンスL(=σL)と、一次抵抗と二次抵抗との和Rtotalと、は、上記の定義から、それぞれ下記(62)式および(63)式のように表現することができる。
【0109】
【数37】
【0110】
係数Hおよび係数Hは、それぞれ、(58)式に示される電流値の式のSin関数にかかる係数およびCos関数にかかる係数である。係数Hおよび係数Hは、印加する交流電圧のN周期間、流れる電流値にCos関数またはSin関数を乗算した値を、下記(64)式および(65)式に示すように積分処理を行うことで求められる。Tstは積分を開始する時刻である。積分の時間は、時定数(L/Rtotal)より十分長い時間が設定される。ただし、「T=(2π/ω)[s]」とする。
【0111】
【数38】
【0112】
【数39】
【0113】
これより、係数Hおよび係数Hは、下記(66)式および(67)式のように求められる。
【0114】
【数40】
【0115】
このようにして求められる係数Hおよび係数Hを、(62)式および(63)式に代入することにより、下記(68)式および(69)式のように、漏れインダクタンス同定値Lf_calcおよび一次抵抗と二次抵抗との和Rtotal_calcを求めることができる。ここでは、漏れインダクタンス同定値Lf_calcのみを採用する。
【0116】
【数41】
【0117】
上述したようにして実施される漏れインダクタンスの同定時における電圧指令値および電流値は、図18における漏れインダクタンス同定フェーズに示されるようなものとなる。
【0118】
<二次時定数および無負荷電流の同定について>
第1構成例の誘導電動機駆動装置1では、電流を印加後に出力遮断、つまりゲートブロックとし、電圧検出値を使用して磁束を演算するようになっている。すなわち、図2に示すように、誘導電動機2に直流を印加し、電圧指令値が一定値となった後、出力電圧を0となるようにゲートブロックさせると、その後、減衰する二次磁束の変化によって、モータ端子には電圧が生じる。
【0119】
モータ端子に現れる電圧値を求め、その積分値がどのような磁束量となるかを算出する。そのモデリングを次のようにして行う。まず、(3)式の1行目より、下記(70)式が得られる。
【0120】
【数42】
【0121】
ゲートブロック後、電流値は二次時定数より十分に短い時間で0に収束する。そのため、一次周波数を0とし、回転子は動かないとしてQ軸磁束を0とすると、下記(71)式が得られる。
【0122】
【数43】
【0123】
一方、(3)式の3行目を記載すると、下記(72)式のようになる。
【0124】
【数44】
【0125】
同じく、ゲートブロック後、電流値は二次時定数より十分に短い時間で0に収束するため、(72)式は下記(73)式のように表現できる。
【0126】
【数45】
【0127】
この微分方程式を、二次磁束の初期値を、φrd0(=Misd0)として解き、ラプラス変換すると、下記(74)式および(75)式のようになる。
【0128】
【数46】
【0129】
二次磁束を時間関数として表現すると、下記(76)式のようになる。
【0130】
【数47】
【0131】
上記(71)式~(76)式により、観測されるモータ端の電圧は、下記(77)および(78)式のように求められる。
【0132】
【数48】
【0133】
ここで、下記(79)式のようになることから、観測される電圧値を、0近傍になるまで積分することで、減衰前に生じていた磁束を得ることができる。つまり、下記(80)式のように磁束を得ることができる。
【0134】
【数49】
【0135】
さらには、下記(81)式のようになることから、下記(82)式および(83)式のように表すことができる。これにより、下記(84)式が得られる。
【0136】
【数50】
【0137】
この磁束の式より、流していた電流isd0が誘導電動機2の無負荷電流isdn相当であった場合には、定格一次磁束Lsdnから漏れ磁束分σLsdnを引いた磁束分が得られることが分かる。
【0138】
誘導電動機2は印加する電圧にて磁束を変化させることができる電動機である。そのため、磁束基準をどのように定めるかは様々な方法が考えられるが、ここでは、定格角周波数ωsnにおいて定格電圧vsn相当で無負荷運転した際に、流れる無負荷電流値を定格磁束電流isnと定め、DQ同期軸上に変換された値を定格磁束電流isdnとして制御する条件とする。ただし、定格電圧Vsnは相電圧実効値であり、定格磁束電流isnは相電流実効値である。
【0139】
この場合には、既述した無負荷試験と同等の動作点となるので、同様に(20)式および(21)式が得られる。そして、(20)式および(21)式により表される一次電圧の各成分の2乗和が定格電圧Vsnの大きさ、つまり振幅の2乗値に一致するので、定格一次磁束Lsdnは、下記(85)式および(86)式により得られる。
【0140】
【数51】
【0141】
このようにして得られる定格一次磁束Lsdnに「1-σ」を乗算した磁束量、つまり下記(87)式により表される磁束量が、無負荷電流isdnが同定されたときに得られる磁束量となる。同定開始時または同定途中においては、無負荷電流isdnは未知数、つまり同定中であるため、そのときに与えている電流値isd0を用いて下記(88)式のように目標磁束を定めておく。
【0142】
【数52】
【0143】
目標磁束と先の(84)式の磁束の値が一致するように、印加電流値isd0が調整されたときに、印加電流値isd0が無負荷電流isdn相当に調整されたことになる。このようにして無負荷電流isdnを同定する。無負荷電流isdnが同定されれば、(85)式および(86)式により、一次インダクタンスLも得られる。また、このとき、(84)式の磁束の値が、目標磁束の「1-e-1」倍相当となるまでの時間が概ね二次時定数であるので、二次時定数の測定も同時に行うことができる。
【0144】
印加する電流値の調整は、例えば以下のルールで実施する。すなわち、nを印加する電流値の回数とする。ただし、「n=1,2,3…」である、つまりnは自然数である。そして、n=1のときは、例えば、「電流(1)=√2×In/5」を初期値として与える。ただし、Inは定格電流実効値相当とする。n≧2のときは、下記(89)式を用いて電流値、つまり電流指令値を算出する。ただし、磁束(0)=0とするとともに、電流(0)=0とする。
【0145】
【数53】
【0146】
目標磁束と電圧値の積分量である(84)式の磁束とが一致するように、電流(n)が(89)式にて調整された結果、下記(90)式に示すように、無負荷電流同定値isdn_calcを電流(n)に一致させることができる。
【0147】
【数54】
【0148】
上記した(89)式は、以下のような考え方で得られている。すなわち、下記(91)式に示すように、過去2つの電流および磁束の値から、電流の変化量と磁束の変化量との比を求めておく。
【0149】
【数55】
【0150】
下記(92)式に示すように、前回の積分結果である磁束の量が目標磁束にどれだけ不足しているかを算出する。
【0151】
【数56】
【0152】
下記(93)式に示すように、不足分の磁束分を得るための電流値を、不足磁束分に対して先に求めた比を乗算することにより算出する。
【0153】
【数57】
【0154】
下記(94)式に示すように、不足電流分を前回の電流指令に加算して次の電流指令値にする。
【0155】
【数58】
【0156】
上記(91)式~(94)式の関係から、下記(95)式に示すような次の電流指令の式、つまり(89)式が導出される。
【0157】
【数59】
【0158】
上述したようにして実施される無負荷電流および二次時定数同定時における各部の波形は、図3に示すようなものとなる。なお、図3では、ゲートブロックのことをGBと省略している。第1構成例の誘導電動機駆動装置1では、無負荷電流の同定値および二次時定数の同定値を取得するための動作は、次のような流れで実施される。
【0159】
電流指令値生成部15が、誘導電動機2の定格電流の20%前後の第1の電流指令値isdref_[1]を予め定められた第1の待ち時間だけ電流調整部10に与える。電力変換器6の出力が遮断されて予め定められた第2の待ち時間が経過した後、電動機定数同定部11が、相間電圧の検出値を電流指令値と同じ制御軸上に変換した値vsdmeasが0を下回る間において次式に示す磁束[1]を算出する。
磁束[1]=∫(-vsdmeas)dt
【0160】
ここで、目標磁束を、誘導電動機2の定格一次磁束から漏れインダクタンスの同定値を用いて算出された漏れ磁束分を減算した磁束量に定める。電流指令値生成部15が、磁束[1]を用いて次式により求められる第2の電流指令値isdref_[2]を電流調整部10に与える。
sdref_[2]=isdref_[1]+(目標磁束-磁束[1])×(isdref_[1]÷磁束[1])
【0161】
電動機定数同定部11が、磁束[1]を算出したときと同様にして磁束[2]を算出する。ここで、Nを3以上の自然数としたとき、電流指令値生成部15が、次式により求められる第Nの電流指令値isdref_[N]を電流調整部10に与える。
sdref_[N]=isdref_[N-1]+(目標磁束-磁束[N-1])×(isdref_[N-1]-isdref_[N-2])÷(磁束[N-1]-磁束[N-2])
【0162】
電動機定数同定部11が、磁束[1]を算出したときと同様にして磁束[N]を算出する。これらの動作を繰り返すことによりisdref_[N]を収束演算させることで、次式に示す無負荷電流の同定値isdn_calcを得る。
sdn_calc=isdref_[N]
【0163】
電流指令値生成部15が、第N+1の電流指令値isdref_[N+1]として、第Nの電流指令値isdref_[N]を再び電流調整部10に与え、磁束[1]を算出したときと同様にして磁束[N+1]を算出する際に、磁束[N+1]が、目標磁束の略「1-e-1」倍となるまでの時間Tr_estを計測する測定動作を実施する。このような測定動作を1回または複数回実施し、計測された時間Tr_estの値または複数の計測された時間Tr_estの平均値を、二次時定数の同定値Tr_calcとする。
【0164】
<第2構成例の誘導電動機駆動装置について>
第1構成例の誘導電動機駆動装置1による同定方法では、電流印加により生じた磁束が、ゲートブロック後において、減衰するまでに観測される電圧値を検出する必要があるため、電圧検出器である相間電圧検出部12およびその周辺回路であるUV,WV/UVW変換器13およびUVW/dq変換器14が必要であった。部品点数をなるべく少なく抑えるという観点からは、電圧検出器を有さない構成の誘導電動機駆動装置であっても、電圧検出器を有する第1構成例と同様に、無負荷電流および二次時定数を同定できることが望ましい。以下、このような電圧検出器を有さない第2構成例の誘導電動機駆動装置について説明する。
【0165】
図4に示す第2構成例の誘導電動機駆動装置21は、電圧検出器である相間電圧検出部を有さない構成となっている。第2構成例の誘導電動機駆動装置21は、第1構成例の誘導電動機駆動装置1に対し、制御装置7に代えて制御装置22を備えている点などが異なる。制御装置22は、制御装置7に対し、相間電圧検出部12、UV,WV/UVW変換器13およびUVW/dq変換器14が省かれている点、電動機定数同定部11に代えて電動機定数同定部23を備えている点などが異なる。
【0166】
電動機定数同定部23は、D軸電圧指令値vsdrefと、D軸電流指令isdrefまたはD軸電流検出値isdmeasと、に基づいて、誘導電動機2の電気的定数を同定する。詳細は後述するが、上記構成では、次のように電気的定数の同定が行われる。すなわち、電流指令値生成部15が、誘導電動機2の回転子が停止している状態において予め設定された異なる2つの大きさの電流指令値を生成する。そして、電動機定数同定部23が、電流指令値生成部15が高いレベルから低いレベルに電流指令値を変化させた後における電圧指令値に基づいて、無負荷電流および二次時定数を同定する。
【0167】
第2構成例の誘導電動機駆動装置21では、無負荷電流の同定値および二次時定数の同定値を取得するための動作は、次のような流れで実施される。電流指令値生成部15が、誘導電動機2が停止している状態において予め定められた相対的に小さい電流値であるベース電流指令値isdref_baseを、予め定められた第1の待ち時間Twait_Aだけ電流調整部10に与えた後、電動機定数同定部23が、定常値となった電圧指令値vsdref_baseを記憶させる。
【0168】
その後、電流指令値生成部15が、ベース電流指令値isdref_baseより大きい第1の電流指令値isdref_[1]を第1の待ち時間Twait_Aだけ電流調整部10に与えてから、再び、ベース電流指令値isdref_baseに切り替えた後に予め定められた第2の待ち時間Twait_Bが経過した後、電動機定数同定部23が、電圧指令値vsdrefが、ベース電流指令値isdref_baseを印加したときの定常値である電圧指令値vsdref_baseを下回る間において次式に示す磁束[1]を算出する。
磁束[1]=∫(vsdref_base-vsdref)dt
【0169】
ここで、目標磁束を、誘導電動機2の定格一次磁束から漏れインダクタンスの同定値を用いて算出された漏れ磁束分を減算した磁束量に定める。電流指令値生成部15が、次式により求められる第2の電流指令値isdref_[2]を電流調整部10に与える。
sdref_[2]=isdref_[1]+(目標磁束-磁束[1])×(isdref_[1]÷磁束[1])
【0170】
電動機定数同定部23が、磁束[1]を算出したときと同様にして磁束[2]を算出する。ここで、Nを3以上の自然数としたとき、電流指令値生成部15が、次式により求められる第Nの電流指令値isdref_[N]を電流調整部10に与える。
sdref_[N]=isdref_[N-1]+(目標磁束-磁束[N-1])×(isdref_[N-1]-isdref_[N-2])÷(磁束[N-1]-磁束[N-2])
【0171】
電動機定数同定部23が、磁束[1]を算出したときと同様にして磁束[N]を算出する。これらの動作を繰り返すことによりisdref_[N]を収束演算させることで、次式に示す無負荷電流の同定値isdn_calcを得る。
sdn_calc=isdref_[N]-isdref_base
【0172】
電流指令値生成部15が、第N+1の電流指令値isdref_[N+1]として、第Nの電流指令値isdref_[N]を再び電流調整部10に与え、磁束[1]を算出したときと同様にして磁束[N+1]を算出する際に、磁束[N+1]が、目標磁束の略「1-e-1」倍となるまでの時間Tr_estを計測する測定動作を実施する。このような測定動作を1回または複数回実施し、計測された前記時間Tr_estの値または複数の計測された時間Tr_estの平均値を、二次時定数の同定値Tr_calcとする。
【0173】
次に、第2構成例の誘導電動機駆動装置21において実施される各電気的定数の具体的な同定方法について説明する。図5に示すように、第2構成例による同定方法では、第1構成例による同定方法におけるゲートブロックに代わり、微小な電流値として、ベース電流指令値isdref_baseを印加し続けるという方法を採用している。
【0174】
この場合、「無負荷電流同定値+ベース電流指令値isdref_base」の電流値から、ベース電流指令値isdref_baseの電流値まで、素早く減少させた後の電圧指令を電圧検出値と同様に使用する。ただし、このようにするためには、下記の2点について注意する必要がある。
[1]ゲートブロックに代わる微小電流維持のための電圧値の除去
[2]ゲートブロックに代わる微小電流への移行時の過渡現象の回避
【0175】
<微小電流維持のための電圧値の除去について>
ベース電流指令値isdref_baseの電流レベルを維持する電圧指令値であるベース電圧指令値vsdref_baseを予め測定しておき、電圧指令値からベース電圧指令値vsdref_baseを差し引いた電圧値を、先の電圧検出値に置き換えて積分する必要がある。このような積分により得られる磁束は、下記(96)式により表される。
【0176】
【数60】
【0177】
目標磁束と、電圧値の積分量である(96)式の磁束と、が一致するように、電流(n)が(89)式にて調整された結果、「無負荷電流同定値+ベース電流指令値isdref_base」の電流値相当が、電流(n)として調整されることになる。よって、無負荷電流同定値isdn_calcは、下記(97)式により表される。
【0178】
【数61】
【0179】
<電流制御の過渡現象の回避について>
電流指令値が「無負荷電流同定値+ベース電流指令値isdref_base」からベース電流指令値isdref_baseに切り替わった際、実際の電流値が移行している間の電流制御器の出力である電圧指令値には、電流制御器の補償量も含まれる。そのため、無負荷電流を精度良く同定するためには、この過渡現象時の電流制御器の出力に相当する補償量については磁束を計算する電圧指令の積分演算から除去する必要がある。そのためには、移行の開始後から予め設定された時間Twait_Bの間は電圧指令値の積分動作を行わない、ということが効果的となる。
【0180】
二次時定数は、誘導電動機2が比較的大容量機種の場合、電流制御器の電流応答時定数に比べ十分に長いので、時間Twait_Bの間、積分動作を行わなくとも無負荷電流値の同定結果への影響は小さい。しかしながら、誘導電動機2が二次時定数が短い小容量機種の場合には、二次時定数Tと電流応答時定数Tcurrの差が小さくなると、同定精度への影響も無視できなくなる。
【0181】
したがって、二次時定数Tと電流応答時定数Tcurrの差が小さい場合には、電流値がベース電流指令値isdref_baseに到達した後の電圧指令値の変化から、待ち時間である時間Twait_B間の磁束変化による電圧値、つまり(77)式に相当する電圧値分を推定し、磁束量を補償することで無負荷電流同定値の精度を向上することができる。なお、この場合における磁束量は、積分値である。具体的には、図6に示すような線形近似を実施することになる。
【0182】
電流指令値をベース電流指令値isdref_baseに切り替えた時刻を「t=0」とし、概ね電流値がベース電流指令値isdref_baseに減衰完了した時刻を「t=T0」とし、電流値が十分にベース電流指令値isdref_baseに近づいた時点の時刻を「t=T1」とし、その倍をT2とする。例えば、T0は「2×電流応答時定数Tcurr」とし、T1は「N×Tcurr」とすることができる。なお、この場合、例えば「N=5」とすることができる。
【0183】
タイマ設定値であるT0、T1、T2は既知であり、V1およびV2は、それぞれ時刻T1の時点および時刻T2の時点における電圧指令値である。時刻T1の時点から時刻T2の時点までの間における電圧指令の変化の傾きを求め、時刻T0の時点における電圧指令値のうち、磁束変化による電圧値V0を近似計算する。このような近似計算は、下記(98)式に基づいて行うことができる。
【0184】
【数62】
【0185】
ここで、タイマを下記(99)式~(101)式のように設定する。ただし、Nは整数である。
【0186】
【数63】
【0187】
そうすると、電圧値V0は、下記(102)式のようになる。
【0188】
【数64】
【0189】
T0からT1までの積分値である磁束変化量を台形近似計算すると下記(103)式のようになる。
【0190】
【数65】
【0191】
上記(103)式に上記(102)式におけるV0を代入すると、T0からT1までの電流制御補償量を排除した磁束変化分の電圧値の積分値Sが求められる。磁束の演算である電圧指令値の積分は、電流値が十分にベース電流指令値isdref_baseに近づいた時点である「t=T1」から開始する。これは、電流制御器の出力である補償電圧指令値を積分しないためである。その後、上記したようにして求められる積分値Sを「t=T2」の時点で磁束演算値に加算することにより、T1以前の二次磁束変化によって生じた電圧値分の積分値に相当する磁束量が補正され、精度良く無負荷電流の同定を行うことが可能となる。
【0192】
以上説明したように、第2構成例では、磁束[1]、磁束[2]、磁束[N]および磁束[N+1]を算出する際、電流指令値をベース電流指令値isdref_baseに切り替え、第2の待ち時間Twait_Bが経過した後に観測される電圧指令値の時間変化量から、第2の待ち時間Twait_Bの間の誘導電動機2における磁束変化量を、磁束補正量として算出し、その磁束補正量を磁束[1]、磁束[2]、磁束[N]および磁束[N+1]の磁束量に加算するようになっている。
【0193】
より具体的には、第2構成例では、磁束[1]、磁束[2]、磁束[N]および磁束[N+1]を算出する際、電流指令値をベース電流指令値isdref_baseに切り替え、第2の待ち時間Twait_Bが経過した後に観測される電圧指令値の時間変化量から、第2の待ち時間Twait_Bの間の誘導電動機2における磁束変化による誘起電圧を線形近似し、線形近似された誘起電圧が第2の待ち時間Twait_Bの間に時間積分された量として磁束補正量を算出し、その磁束補正量を磁束[1]、磁束[2]、磁束[N]および磁束[N+1]の磁束量に加算するようになっている。
【0194】
<電流制御ゲインの最適化について>
このとき、電流制御のゲインは、オーバーシュートの発生しないゲイン設定としておくことが望ましい。これは、オーバーシュートの発生しない電流応答を実現することで、電圧指令値に大きな補償電圧値を生じさせない効果があるからである。電流制御器をPI補償器で実現する場合において、電流応答にオーバーシュートの発生しない電流制御器の比例ゲインKおよび積分ゲインKは、前段で得られた、漏れインダクタンス値および一次抵抗値から下記(104)式および(105)式のように得ることができる。ただし、電流応答角周波数をωcurrとする。
【0195】
【数66】
【0196】
以下、このような電流制御ゲインの導出について説明する。まず、(3)式の1行目を記載すると下記(106)式のようになる。
【0197】
【数67】
【0198】
ここで、印加する電圧は直流量であり、誘導電動機2の回転子を回転させない停止時においてD軸のみに電流を印加するため、Q軸電流は0と考えるとともに、二次磁束のQ軸成分も0と考えても差し支えない。このような点を踏まえて(106)式を整理すると下記(107)式のようになる。
【0199】
【数68】
【0200】
一次電流と二次磁束の微分項が存在するが、二次時定数の変化は、一次電流のダイナミクスに比べ十分に遅いことから、電流値を比較的高速な電流制御器により50~100Hzのステップ状の応答を実現するまでの時間においては、二次磁束は略変化せず一定値として考えて差し支えない。よって、電流制御開始直後、つまり電流指令変更直後の電流値が応答する時間においては、上記(107)式で二次磁束を一定と考えると、下記(108)式が成立する。
【0201】
【数69】
また、この場合、電流制御器はPI制御により実現するようになっているため、下記(109)式のように表せる。
【0202】
【数70】
【0203】
上記(108)式および(109)式をブロック図として表すと、図7に示すような図となる。電流指令から電流値への伝達関数G(s)を求めkると、下記(110)式のようになる。
【0204】
【数71】
【0205】
電流制御応答をωcurrとしたいとき、すなわち、上記(110)式で示される電流応答を「応答時定数Tcurrが1/ωcurrとなる一次遅れの応答」としたい場合には、下記(111)式が成立するように、比例ゲインKおよび積分ゲインKを決定すればよいことになる。
【0206】
【数72】
【0207】
上記(111)式を整理すると、下記(112)式のような関係が得られる。そして、係数比較により、下記(113)式および(114)式が得られる。
【0208】
【数73】
【0209】
よって、比例ゲインKおよび積分ゲインKは、上記した(104)式および(105)式のように設定すればよいことになる。また、これらの式について、同定式を用いて表現すると、下記(115)式および(116)式のようになる。
【0210】
【数74】
【0211】
<同定シーケンス(待ち時間)の最適化について>
図8は、4つの電気的定数である一次抵抗、漏れインダクタンス、無負荷電流および二次時定数の同定に関する一連の動作を最適化したチャートである。無負荷電流の同定においては、オーバーシュートの無い電流応答とすることが望ましいので、一次抵抗と、漏れインダクタンスの同定を先に実施し、電流制御器の制御ゲインを最適化しておくとよい。
【0212】
また、電圧検出器を有さない第2構成例の誘導電動機駆動装置21においては、無負荷電流の同定の際に、磁束を演算する際の電圧基準であるベース電圧指令値vsdref_baseが必要であるが、無負荷電流の際の最初の電流指令値であるベース電流指令値isdref_baseを印加する際に必要となる電圧指令は未知である。そこで、初期値として、ベース電圧指令値vsdref_base_iniを、先に同定された一次抵抗同定値より小さい値を用いて、例えば下記(117)式のように決めておく。
【0213】
【数75】
【0214】
一次抵抗および漏れインダクタンスの同定後に、電流指令値をベース電流指令値isdref_baseに切り替えた後において電圧指令値に生じる誘起電圧相当を利用して、二次時定数の粗調整を行う。具体的には、電流指令値を切り替えてから、電圧指令値がベース電圧指令初期値vsdref_base_iniを上回るまでの時間を計測することで、おおよその二次時定数疎調整値Tr_tempを求める。
【0215】
電圧検出器を有する第1構成例の誘導電動機駆動装置1の場合には、観測される誘起電圧は最終的に0近傍となるので、マイナス値で微小な値の例として、上記したベース電圧指令初期値vsdref_base_iniにマイナスを付した値を閾値と定め、検出電圧が閾値より高くなるまでの時間を計測することで、二次時定数疎調整値Tr_tempを求める。
【0216】
このように求めた二次時定数疎調整値Tr_tempを基準に、待ち時間Twait_Aを決定する。待ち時間Twait_Aは、例えば、二次時定数疎調整値Tr_tempの5倍程度の時間に定めるとよい。その後の無負荷電流値の同定における電流印加時間および磁束演算のための積分時間として、待ち時間Twait_Aを使用することで、同定シーケンスの最適化を行うことができる。
【0217】
以上説明したように、第2構成例の誘導電動機駆動装置21では、次のようにして同定シーケンスの最適化が行われる。すなわち、一次抵抗の同定値Rs_calcおよび漏れインダクタンスの同定値Lf_calcを取得するための動作時に使用した電流指令値から無負荷電流の同定の際の初期電流指令値であるベース電流指令値isdref_baseに移行させる際、電圧指令値を観測することにより二次時定数の疎調整値Tr_tempを測定する。
【0218】
また、第1構成例の誘導電動機駆動装置1では、一次抵抗の同定値Rs_calcおよび漏れインダクタンスの同定値Lf_calcを取得した後、一旦、電力変換器6の出力を遮断させた後において、電圧検出値を観測することにより二次時定数の疎調整値Tr_tempを測定する。この場合、電流応答角周波数をωcurrとしたとき、第1の待ち時間Twait_Aを二次時定数の疎調整Tr_tempの5倍から10倍程度にするとともに、第2の待ち時間Twait_Bを電流応答角周波数ωcurrの逆数の2倍から5倍程度にする。
【0219】
<無負荷電流同定における飽和特性の取得について>
無負荷電流の同定における目標磁束のレベルについては、(85)式および(86)式のように定めていることを示した。これは、定格角周波数ωsnにおいて定格電圧vsn相当で無負荷運転した際に流れる無負荷電流値を定格磁束電流isnと定め、DQ同期軸上に変換された値を定格磁束電流isdnとした場合、本電流値がD軸に流れているときに生じている磁束量であり、これを定格磁束と定めるものとする。
【0220】
図9に示すように、本定格磁束の、例えば、0.75倍、1.0倍、1.25倍、1.5倍の磁束量を目標磁束と定めて、無負荷電流の同定の際と同様な動作をさせることで、それぞれの磁束量を生成するためのD軸電流のレベルを同定することができる。このような同定に関する具体的な動作例としては、例えば図10に示すような第1動作例、図11に示すような第2動作例および図12に示すような第3動作例を挙げることができる。電気的定数が磁束量によって変化しない場合であれば、磁束と電流値とは比例するが、磁気的な飽和特性の影響により磁束が生成され難くなり、磁束量が多いほど比例関係からの乖離が大きくなる。
【0221】
以上説明したように、本実施形態では、電動機定数同定部11、23は、目標磁束を、少なくとも、誘導電動機2の定格一次磁束から漏れインダクタンスの同定値を用いて算出された漏れ磁束分を減算した定格磁束量と、その定格磁束量より大きい磁束量と、定格磁束量より小さい磁束量と、の3つの中から選択できるようにし、3つの目標磁束のそれぞれが選択された際に無負荷電流の同定を行うことにより誘導電動機2の磁気的飽和特性を得るようになっている。
【0222】
<一次抵抗および漏れインダクタンスの同定方法の最適化>
本実施形態では、一次抵抗の同定値と漏れインダクタンスの同定値とを取得するための動作は、無負荷電流の同定値と二次時定数の同定値とを取得するための動作を実施する前に、次のような流れで実施される。まず、電流指令値生成部15が、電流調整部10に予め定められた大きさの電流指令値isdref0を、予め定められた所定時間T0だけ与える。そして、所定時間T0が経過した後、電動機定数同定部11、23が、定常値となった電圧指令値である電圧指令値vsdref0と、電流指令値isdref0または定常値となった電流検出値である電流検出値isd0と、を用いて一次抵抗の同定値Rs_calcを算出する。
【0223】
続いて、電圧指令生成部16が、一次抵抗の同定値Rs_calcを算出した後の電圧指令値として、電圧指令値vsdref0と、電圧指令値vsdref0に対して1より小さい値である係数Kを乗算した値を振幅とする正弦波と、を加算した値とする。そして、係数Kが、観測される電流の交流分振幅が予め定められた大きさと同等な値となるように調整される。その後、電動機定数同定部11、23が、電流検出部8U、8Wにより観測される電流値の交流量、調整後の係数K、電圧指令値vsdref0から漏れインダクタンスの同定値Lf_calcを算出する。
【0224】
一次抵抗の同定値Rs_calc、前記漏れインダクタンスの同定値Lf_calcは、電流調整部10が備える比例積分補償器の比例ゲインKおよび積分ゲインKの設定値の算出に使用される。具体的には、電流応答角周波数をωcurrとしたとき、一次抵抗の同定値Rs_calcおよび漏れインダクタンスの同定値Lf_calcを用いて設定される比例積分補償器における比例ゲインKおよび積分ゲインKの各値を、次式のように設定する。
=ωcurr
=ωcurr×Rs_calc÷Lf_calc
【0225】
以上説明したように、本実施形態の誘導電動機駆動装置1、21により実施される同定方法によれば、誘導電動機2の回転子を停止させた状態で誘導電動機2の電気的定数を精度良く同定することができる。特に、本実施形態の同定方法によれば、誘導電動機2の回転子を停止させた状態で実施される無負荷電流および二次時定数の同定について、一次抵抗の同定誤差の影響を受け難くすることができる。また、本実施形態の同定方法によれば、漏れインダクタンスの精度が無負荷電流の同定精度に影響を与えるため、漏れインダクタンスの同定の精度を良好に維持することができるような方法を採用している。
【0226】
また、本実施形態では、無負荷電流同定において、電流レベルの切り替わり直後に電圧指令値の積分演算を実施する際に電流制御による電圧補償の影響を受けないように演算処理を最適化することで精度改善を行うようにする、といった最適化手法を採用している。さらに、本実施形態では、電流制御応答をオーバーシュートの無いゲイン設定とし、電流制御による電圧補償値が必要以上の値とならないようにすることでも、無負荷電流の同定精度改善を行うようにしている。
【0227】
無負荷電流は、印加されている電圧時の定格磁束電流でもあり、それは、印加する電圧値により磁気的飽和特性の影響で変化する。そのため、本実施形態の無負荷電流の同定方法においては、印加する電圧、つまり設定の磁束レベルに応じた無負荷電流を同定することで、無負荷電流の磁気的飽和特性を同定することをも行うことができる。
【0228】
このような本実施形態によれば、駆動対象となる誘導電動機2が電気的定数が不明な電動機であっても、上述した同定方法などにより、センサレスベクトル制御技術を用いて誘導電動機2を運転中において、すべりなどの誘導電動機2の電気的な情報が正確に得られるようになり、その結果、精度の高いセンサレスベクトル制御を行うことができるようになるという優れた効果が得られる。
【0229】
(その他の実施形態)
なお、本発明は上記し且つ図面に記載した実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で任意に変形、組み合わせ、あるいは拡張することができる。
上記実施形態で示した数値などは例示であり、それに限定されるものではない。
【0230】
以上、本発明の複数の実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0231】
図面中、1、21は誘導電動機駆動装置、2は誘導電動機、6は電力変換器、8U、8Wは電流検出部、10は電流調整部、11、23は電動機定数同定部、12は相間電圧検出部、15は電流指令値生成部、16は電圧指令生成部を示す。
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