IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日産自動車株式会社の特許一覧

特開2024-80896半導体素子温度制御方法及び半導体素子温度制御装置
<>
  • 特開-半導体素子温度制御方法及び半導体素子温度制御装置 図1
  • 特開-半導体素子温度制御方法及び半導体素子温度制御装置 図2
  • 特開-半導体素子温度制御方法及び半導体素子温度制御装置 図3
  • 特開-半導体素子温度制御方法及び半導体素子温度制御装置 図4
  • 特開-半導体素子温度制御方法及び半導体素子温度制御装置 図5
  • 特開-半導体素子温度制御方法及び半導体素子温度制御装置 図6
  • 特開-半導体素子温度制御方法及び半導体素子温度制御装置 図7
  • 特開-半導体素子温度制御方法及び半導体素子温度制御装置 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024080896
(43)【公開日】2024-06-17
(54)【発明の名称】半導体素子温度制御方法及び半導体素子温度制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02M 7/48 20070101AFI20240610BHJP
   H02P 29/68 20160101ALI20240610BHJP
【FI】
H02M7/48 E
H02P29/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022194242
(22)【出願日】2022-12-05
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】弁理士法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】並木 一茂
【テーマコード(参考)】
5H501
5H770
【Fターム(参考)】
5H501AA20
5H501BB08
5H501CC04
5H501HA09
5H501HB07
5H501HB16
5H501JJ03
5H501JJ17
5H501LL01
5H501LL23
5H501LL37
5H501LL38
5H501MM05
5H501MM06
5H770AA02
5H770BA02
5H770CA06
5H770DA03
5H770DA10
5H770EA02
5H770GA19
5H770HA03W
5H770HA06Z
5H770HA07Z
5H770PA11
5H770PA32
(57)【要約】
【課題】冷却系に配されるインバータの半導体素子の温度が上限値を超える事態の発生をより確実に抑制する。
【解決手段】
電動機が出力すべきトルクTを規定するトルク指令値T を演算し、トルク指令値T に基づいて冷却系における冷媒流量Wを制御し、半導体素子の損失Pに基づいて該インバータ20の動作パラメータを制限する損失制限処理を実行する。特に、損失制限処理では、トルク指令値T が変化して冷媒流量Wを変化させる場合に実冷媒流量W_の応答に要する流量応答時間Δtfrを演算し、流量応答時間Δtfrが経過した際の半導体素子の温度Tが所定の上限温度Tj_maxに一致するときの損失である上限損失値Pmaxを演算し、流量応答時間Δtfrが経過するまでの間における損失Pが上限損失値Pmax以下となるように動作パラメータΣを定める半導体素子温度制御方法。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の冷却系に配置されて電源と電動機との間で電力変換を行うインバータの半導体素子の温度を制御する半導体素子温度制御方法であって、
前記電動機が出力すべきトルクを規定するトルク指令値を演算し、
前記トルク指令値に基づいて前記冷却系における冷媒流量を制御し、
前記半導体素子の損失に基づいて該インバータの動作パラメータを制限する損失制限処理を実行し、
前記損失制限処理では、
前記トルク指令値が変化して前記冷媒流量を変化させる場合に実冷媒流量の応答に要する流量応答時間を演算し、
前記流量応答時間が経過した際の前記半導体素子の温度が所定の上限温度に一致するときの前記損失である上限損失値を演算し、
前記流量応答時間が経過するまでの間における前記損失が前記上限損失値以下となるように前記動作パラメータを定める、
半導体素子温度制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の半導体素子温度制御方法であって、
前記動作パラメータは、前記電動機の出力トルクを含み、
前記損失制限処理では、
前記損失が前記上限損失値となる上限出力トルクを演算し、
前記流量応答時間が経過するまでの間における前記出力トルクを前記上限出力トルク以下に調節する、
半導体素子温度制御方法。
【請求項3】
請求項1に記載の半導体素子温度制御方法であって、
前記動作パラメータは、前記インバータに設定される相互に切り替え可能な複数のキャリア周波数を含み、
前記損失制限処理では、
前記損失が前記上限損失値以下となる一の制限キャリア周波数を選択し、
前記流量応答時間が経過するまでの間における前記キャリア周波数を前記制限キャリア周波数に維持する、
半導体素子温度制御方法。
【請求項4】
請求項1に記載の半導体素子温度制御方法であって、
前記動作パラメータは、前記インバータに入力される可変の直流電圧を含み、
前記損失制限処理では、
前記損失が前記上限損失値に一致する制限直流電圧を定め、
前記流量応答時間が経過するまでの間における前記直流電圧を前記制限直流電圧に維持する、
半導体素子温度制御方法。
【請求項5】
請求項1に記載の半導体素子温度制御方法であって、
前記動作パラメータは、前記インバータに設定される相互に切り替え可能な複数のゲート抵抗値を含み、
前記損失制限処理では、
前記損失が前記上限損失値以下となる一の制限ゲート抵抗値を選択し、
前記流量応答時間が経過するまでの間における前記ゲート抵抗値を前記制限ゲート抵抗値に維持する、
半導体素子温度制御方法。
【請求項6】
請求項1~5の何れか1項に記載の半導体素子温度制御方法であって、
前記トルク指令値、前記冷却系の冷媒温度、及びモータ回転数に基づいて予め段階的に前記冷媒流量を区分した流量指令値マップを参照して、前記トルク指令値、前記冷媒温度、及び前記モータ回転数から流量指令値を決定し、
決定した前記流量指令値に基づいて前記冷媒流量を制御する、
半導体素子温度制御方法。
【請求項7】
請求項6に記載の半導体素子温度制御方法であって、
前記冷媒温度が所定の閾値温度以上、又は前記トルク指令値が閾値トルク以上である場合に、前記損失制限処理を実行し、
前記冷媒温度が前記閾値温度未満、且つ前記トルク指令値が前記閾値トルク未満である場合には、前記損失制限処理を実行せずに前記動作パラメータを基本制御値に維持する、
半導体素子温度制御方法。
【請求項8】
所定の冷却系に配置されて電源と電動機との間で電力変換を行うインバータの半導体素子の温度を制御する半導体素子温度制御装置であって、
前記電動機が出力すべきトルクを規定するトルク指令値を演算するトルク演算部と、
前記トルク指令値に基づいて前記冷却系における冷媒流量を制御する流量制御部と、
前記半導体素子の損失に基づいて、前記インバータの動作パラメータを制限する損失制限部と、を有し、
前記損失制限部は、
前記トルク指令値が変化して前記冷媒流量を変化させる場合に実冷媒流量の応答に要する流量応答時間を演算し、
前記流量応答時間が経過した際の前記半導体素子の温度が所定の上限温度に一致するときの前記損失である上限損失値を演算し、
前記流量応答時間が経過するまでの間における前記損失が前記上限損失値以下となるように前記動作パラメータを定める、
半導体素子温度制御装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体素子温度制御方法及び半導体素子温度制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電動車両に搭載される各発熱部品を冷却する冷却系において、各発熱部品の駆動状況に応じた発熱量(冷却水温度)に基づいて冷媒流量を変化させる制御が知られている。特に、冷却系に発熱部品として、車載の直流電源と走行駆動用モータなどの交流電動機との間の電力を調節する電力変換器(インバータ)が配置されることがある。すなわち、インバータのパワーモジュールを構成する半導体素子が発熱源となるので、冷却系において半導体素子を冷却する。この場合、半導体素子の温度が変化に伴う冷却系の冷却水温度の変化が検出されると、当該冷却系に配されているポンプの出力を調節して冷媒流量を増減させる。
【0003】
一方で、冷却水温度の変化を検出して冷媒流量を増減させる制御ロジックでは、半導体素子の温度変化に対して冷媒流量の制御が追従できない場合があった。
【0004】
これに対して、特許文献1には、電動車両におけるアクセル開度を参照してインバータで生じる電力損失を推定し、推定した電力損失に基づいて冷媒流量を制御する冷却システムが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5258079号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の制御においては、アクセル開度(電動車両に対する要求出力)の変化(流量指令値の変化)に対して実冷媒流量の応答が遅れることで、半導体素子の温度が定められた上限値を超えることがある。
【0007】
したがって、本発明の目的は、冷却系に配されるインバータの半導体素子の温度が上限値を超える事態の発生をより確実に抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のある態様によれば、所定の冷却系に配置されて電源と電動機との間で電力変換を行うインバータの半導体素子の温度を制御する半導体素子温度制御方法が提供される。この半導体素子温度制御方法では、電動機が出力すべきトルクを規定するトルク指令値を演算し、トルク指令値に基づいて冷却系における冷媒流量を制御し、半導体素子の損失に基づいて該インバータの動作パラメータを制限する損失制限処理を実行する。
【0009】
特に、損失制限処理では、トルク指令値が変化して冷媒流量を変化させる場合に実冷媒流量の応答に要する流量応答時間を演算し、流量応答時間が経過した際の半導体素子の温度が所定の上限温度に一致するときの損失である上限損失値を演算し、流量応答時間が経過するまでの間における損失が上限損失値以下となるように動作パラメータを定める。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、冷却系に配されるインバータの半導体素子の温度が上限値を超える事態の発生をより確実に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、本発明の一実施形態による車両システムの構成を説明する図である。
図2図2は、半導体素子温度制御方法を説明するフローチャートである。
図3図3は、流量指令値マップを示す図である。
図4図4は、損失制限処理の詳細を説明するフローチャートである。
図5図5は、トルク指令値(流量指令値)の変化に対する実冷媒流量の応答を説明する図である。
図6図6は、熱抵抗変化係数を定める流量-温度マップの一例を示す図である。
図7図7は、損失制限処理におけるトルク制限の具体的態様の例を示す図である。
図8図8は、比較例及び実施例のそれぞれの制御結果を示すタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0013】
図1は、本発明の一実施形態による車両システム10の構成を説明する図である。図示のように、車両システム10は、電動車両(電気自動車又はハイブリッド車両)に搭載され、インバータ20と、バッテリ25と、モータ30と、冷却系40と、コントローラ50と、を有する。
【0014】
インバータ20は、パワーモジュール21と、冷却器22と、を有する。パワーモジュール21は、バッテリ側の直流電力とモータ側の交流電力との相互変換を行うための複数の半導体素子(IGBTなど)から構成される。冷却器22は、冷却系40における冷媒(冷却水)により半導体素子を放熱する熱交換器により構成される。
【0015】
特に、インバータ20は、コントローラ50からの指令(トルク指令値T 及び後述するインバータ20の動作パラメータΣ)に基づいてパワーモジュール21におけるスイッチング操作を行うことで、バッテリ25とモータ30との間で授受される電力を調節する。
【0016】
モータ30は、電動車両の走行駆動源、及び/又は走行などに用いる電力を発電するための発電器(ジェネレータ)として機能する三相交流電動機により構成される。
【0017】
冷却系40には、冷却水ポンプ41、ラジエータ42、及び上述したインバータ20の冷却器22が配置される。
【0018】
冷却水ポンプ41は、冷却系40の冷却路内における冷却水を所定の冷却水流量Wで循環させる。特に、冷却水ポンプ41の出力は、コントローラ50から受信する冷却水流量Wの指令値(以下、「流量指令値W 」と称する)に基づいて調節される。ラジエータ42は、外気との熱交換により冷却水の放熱を行う。
【0019】
したがって、冷却水ポンプ41の出力(流量指令値W )を適切に定めることで、冷却器22を介したパワーモジュール21(半導体素子)に対する冷却量を調節することができる。
【0020】
コントローラ50は、例えば、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、及び、入出力インタフェース(I/Oインタフェース)等からなり、以下で説明する処理を実行するようにプログラムされたコンピュータにより構成される。より具体的に、コントローラ50の機能は、例えば電動車両の各部を統括制御する車両コントローラ、及びインバータ20を介してモータ30の駆動状態を制御するモータコントローラなどにより実現される。
【0021】
特に、コントローラ50は、回転数・トルク指令部51と、流量制御部52と、損失制限部53と、を有する。
【0022】
回転数・トルク指令部51は、電動車両に対する要求出力及び車速等に基づいて、トルク指令値T 及び回転数指令値N を定める。なお、要求出力は、乗員によるアクセルペダルに対する操作量又は所定の自動運転コントローラから指令に応じて定まる。
【0023】
流量制御部52は、トルク指令値T 、温度センサ60で得られる冷却水温度Tの検出値(以下、「現在冷却水温度TW_c」と称する)、回転数センサ61で得られるモータ回転数Nmの検出値(以下、「現在モータ回転数Nm_c」と称する)、及び電圧センサ62で得られる直流電圧Vdcの検出値(以下、「現在直流電圧Vdc_c」と称する)に基づいて、流量指令値W を定める。
【0024】
損失制限部53は、現在冷却水温度TW_c、現在モータ回転数Nm_c、現在直流電圧Vdc_c、及び素子温度センサ63で得られるパワーモジュール21における半導体素子の温度(以下、「素子温度T」と称する)の検出値(以下、「現在素子温度Tj_c」と称する)に基づいて、インバータ20の動作を規定する動作パラメータΣを演算する。なお、動作パラメータΣとしては、モータトルクT、キャリア周波数F、直流電圧Vdc、及び/又はゲート抵抗値Rのそれぞれの制限値が含まれる。
【0025】
以下では、コントローラ50により実行される半導体素子温度制御方法の詳細について説明する。
【0026】
図2は、本実施形態の半導体素子温度制御方法を説明するフローチャートである。なお、図2に示す各処理は、コントローラ50により所定の演算周期ごとに繰り返し実行される。
【0027】
ステップS110において、電動車両に対する要求出力及び車速等からトルク指令値T を演算する。
【0028】
次に、ステップS120において、冷却水流量Wを制御するための処理を実行する。より具体的に、トルク指令値T 、現在冷却水温度TW_c、及び現在モータ回転数Nm_cに基づいて流量指令値W を演算し、当該流量指令値W を実現するように冷却水ポンプ41の出力を調節する。
【0029】
図3は、本実施形態における流量指令値W を定めるマップ(以下、「流量指令値マップ」と称する)を説明する図である。図示のように、流量指令値マップは、トルク指令値T 、冷却水温度T、及びモータ回転数Nmに基づいて予め段階的に冷却水流量Wを区分して流量指令値W を定めている。すなわち、流量指令値マップでは、トルク指令値T 、冷却水温度T、及びモータ回転数Nmに応じて、インバータ20における発熱量(半導体素子のスイッチング損失)の大小が異なる各シーンを予め推定し、各シーンに適切な流量指令値W を割り当てている。
【0030】
特に、図3に示す流量指令値マップでは、流量指令値W を、トルク指令値T 、冷却水温度T、及びモータ回転数Nmに応じた「高流量」、「中流量」、及び「低流量」の3段階に区分している。
【0031】
より具体的に、図3に示す流量指令値マップでは、流量指令値W は、トルク指令値T が大きいほど高くなるように定められる(図3(a),(b)参照)。また、流量指令値W は、冷却水温度Tが高いほど高くなるように定められる(図3(a)参照)。さらに、流量指令値W*Fは、モータ回転数Nmが低いほど高くなるように定められる(図3(b)参照)。特に、モータ回転数Nmが数百rpm以下となる極低回転領域、及び0となるモータロック領域においては、半導体素子の発熱量が比較的大きくなる傾向にあるため、流量指令値W が「中流量」又は「高流量」に設定されている。
【0032】
なお、流量指令値マップでは、トルク指令値T が予め定められる閾値トルクTm_thを跨いで変化する場合に流量指令値W が切り替わる(図3(c)参照)。すなわち、トルク指令値T が閾値トルクTm_thを跨ぐ際に冷却水流量Wがステップ的に変化することとなる。
【0033】
しかしながら、冷却水流量Wの制御系の応答特性(冷却水ポンプ41の出力の応答遅れなど)により、流量指令値W の切り替えに対して、現実の冷却水流量W(以下、「実冷却水流量WF_R」と称する)が流量指令値W に追いつくまでに一定の時間を要する(応答遅れが生じる)。さらに、上記流量指令値マップを用いる制御の場合、閾値トルクTm_thを跨ぐタイミングにおいて冷却水流量Wを一定程度の幅で変化させることが求められるため、実冷却水流量WF_Rの応答遅れの影響が強くなる。
【0034】
このため、実冷却水流量WF_Rの流量指令値W への応答期間に素子温度Tが増加し、耐熱保護の観点から定められる上限温度Tj_maxを超えることがある。そして、素子温度Tが上限温度Tj_maxを超えると、これ以上の素子温度Tの増加を抑制すべく、モータトルクTを一定幅で減少させる出力制限が作動し、電動車両の乗員に違和感を与えることがある。特に、この状況は、パワーモジュール21を、直接冷却パワーモジュール、又は両面冷却パワーモジュールなどの熱時定数が比較的小さい(応答が比較的早い)部品で構成した場合に特に発生しやすくなる。
【0035】
したがって、本実施形態では、必要に応じて、流量指令値W を切り替える際に、より確実に素子温度Tが上限温度Tj_maxを超えないように、後述の損失制限処理を行う。
【0036】
図2に戻り、ステップS130において、損失制限処理の要否を判定する。より具体的には、現在冷却水温度TW_cが所定の閾値温度TW_H以上、又はトルク指令値T が所定の閾値トルクTm_th以上である場合に、損失制限処理が必要と判断し、そうでない場合には不要と判断する。すなわち、ステップS130の判定は、素子温度Tが上限温度Tj_maxを超え得るシーンを特定する趣旨で実行される。なお、閾値温度TW_H及び閾値トルクTm_thは、それぞれ、図3の流量指令値マップにおいて定められる、流量指令値W を切り替えるための冷却水温度T及びトルク指令値T として定める。一方で、ステップS130における閾値温度TW_H及び閾値トルクTm_thを、図3の流量指令値マップにおいて定められる各閾値とは別に定めても良い。
【0037】
ステップS130の判定結果が否定的であると、インバータ20の動作パラメータΣを基本制御値に維持して処理を終了する。一方で、ステップS130の判定結果が肯定的であると、損失制限処理(S140)を実行する。損失制限処理では、流量指令値W の切り替えの際に素子温度Tが上限温度Tj_maxを超えないように、インバータ20の動作パラメータΣを調節(制限)する。
【0038】
図4は、損失制限処理の詳細を説明するフローチャートである。図示のように、損失制限処理では、先ず、流量応答時間Δtfrを演算する。
【0039】
ここで、流量応答時間Δtfrは、現制御タイミングt1からトルク指令値T が変化して流量指令値W が切り替わると仮定した場合において実冷却水流量WF_Rの応答に要する時間を意味する。
【0040】
図5には、トルク指令値T の変化(流量指令値W の切り替わり)に対する実冷却水流量WF_Rの応答を説明する図である。
【0041】
図示のように、現制御タイミングt1においてトルク指令値T が閾値トルクTm_thを超えて流量指令値W が切り替わる場合、実冷却水流量WF_Rは応答完了タイミングt2において切り替え後の流量指令値W に到達する。流量応答時間Δtfrは、この応答に要する時間(=t2-t1)として演算される。
【0042】
特に、流量応答時間Δtfrは、予め実験等により把握される冷却系40の応答特性を参照し、現制御タイミングt1におけるトルク指令値T に応じて演算される。なお、予めトルク指令値T と流量応答時間Δtfrの関係を定めたテーブルを準備し、当該テーブルに現制御タイミングt1及び現在のトルク指令値T を適用することで流量応答時間Δtfrを求める構成を採用しても良い。さらに、演算精度をより向上させる観点から、トルク指令値T に加えてその他の適切なパラメータ(冷却水温度T及びモータ回転数Nm等)と、流量応答時間Δtfrと、を関係付けたマップを予め準備し、当該マップを参照して現制御タイミングt1におけるトルク指令値T 及び当該パラメータから流量応答時間Δtfrを演算しても良い。
【0043】
図4に戻り、ステップS142において、上限損失値Pmaxを演算する。ここで、上限損失値Pmaxは、流量応答時間Δtfrが経過したとき(すなわち、応答完了タイミングt2に到達したとき)に、素子温度Tが半導体素子の耐熱保護の観点から定められる上限温度Tj_maxに到達すると仮定した場合の半導体素子の損失Pとして演算される。また、損失Pは、半導体素子におけるスイッチング損失の大きさ(すなわち、発熱量の大きさ)を表す指標値である。
【0044】
より具体的に、上限損失値Pmaxは以下の式(1)により演算される。
【0045】
【数1】
【0046】
式中の「ΔTj_max」は、現在素子温度Tj_cから上限温度Tj_maxまでの温度増分、「τ」は半導体素子の熱時定数、及び「K」は半導体素子の熱抵抗変化係数をそれぞれ表す。
【0047】
なお、熱時定数τは、パワーモジュール21の種類に依存する熱特性に応じて予め定められる。また、熱抵抗変化係数Kは、半導体素子の流量当たりの発熱量(温度)の変化量として定まる係数である。
【0048】
特に、熱抵抗変化係数Kは、現在の冷却水流量W(図示しない流量センサによる検出値又は流量指令値W )、及び現在素子温度Tj_cに基づいて、予め準備された流量-素子温度テーブル(図6)を参照することで定めることができる。より詳細には、熱抵抗変化係数Kは、図6に示す流量-素子温度テーブルを表す曲線上において、現在の冷却水流量W及び現在素子温度Tj_cに相当する運転点における変化率(微分係数)として演算することができる。
【0049】
なお、上限損失値Pmaxを、式(1)を離散化した以下の式(2)を用いて演算しても良い。
【0050】
【数2】
【0051】
図4に戻り、ステップS143において、応答完了タイミングt2における損失Pが、ステップS142で演算した上限損失値Pmax以下となるように、インバータ20の動作パラメータΣを演算する。
【0052】
より具体的に、インバータ20における半導体素子の損失P、電流I、直流電圧Vdc、及びキャリア周波数Fの関係は、予め定められる適切な関数fにより以下の式(3)で表すことができる。
【0053】
【数3】
【0054】
また、モータトルクT、電流I、直流電圧Vdc、及びモータ回転数Nの関係は、予め定められる適切な関数gにより以下の式(4)で表すことができる。
【0055】
【数4】
【0056】
したがって、式(3)及び式(4)の損失Pに上限損失値Pmaxを適用し、関数f、gに相当するそれぞれの演算を行うことで、損失Pが上限損失値Pmaxに一致する条件を満たす動作パラメータΣ(より具体的には、モータトルクT、キャリア周波数F、及び直流電圧Vdc)を求めることができる。なお、関数f、gのそれぞれと等価のマップを予め準備して演算負担を軽減しても良い。以下、各動作パラメータΣにおける具体的な演算態様の例について説明する。
【0057】
[モータトルク]
先ず、式(3)に、上限損失値Pmax、現在直流電圧Vdc_c、及び現制御タイミングt1で設定されているキャリア周波数Fを適用することで、応答完了タイミングt2における損失Pが上限損失値Pmaxに一致すると仮定した場合の電流I(以下、「上限電流Imax」と称する)を演算する。
【0058】
さらに、式(4)に、上限電流Imax、現在直流電圧Vdc_c、及び現在モータ回転数Nm_cを適用することで、応答完了タイミングt2における損失Pが上限損失値Pmaxに一致すると仮定した場合のモータトルクT(以下、「上限モータトルクTm_max」と称する)を演算する。
【0059】
そして、コントローラ50は、現制御タイミングt1から応答完了タイミングt2までのモータトルクTを、上限モータトルクTm_max以下の制限トルクTm_limに調節する。
【0060】
図7には、モータトルクTの制限における具体的な態様の例を示す。
【0061】
図7(a)に示す例では、現制御タイミングt1から応答完了タイミングt2の区間(以下、「損失制限区間[t1,t2]」と称する)におけるモータトルクTを、上限モータトルクTm_max未満の制限トルクTm_limによりリミットする。そして、応答完了タイミングt2においてトルク制御を解除する。
【0062】
なお、上記制限トルクTm_limは、上記損失制限区間[t1,t2]においてモータトルクTが上限モータトルクTm_max未満に維持されつつ、損失制限区間[t1,t2]の突入時及び完了時に生じるトルク段差をできるだけ小さくするための適切な値に定められる。
【0063】
これにより、モータトルクTが、上記損失制限区間[t1,t2]において、半導体素子の損失Pが上限損失値Pmax以下となるように調節されることとなる。このため、素子温度Tが上限温度Tj_max以下に維持され、耐熱保護のための出力制限の作動が抑制される。すなわち、当該出力制限に起因するモータトルクTの急変化の発生が抑制される。
【0064】
また、図7(b)又は図7(c)に示すように、損失制限区間[t1,t2]の突入時及び完了時におけるモータトルクTを、一次的又は二次的に変化させるフィルタ処理を行っても良い。これにより、上記損失制限区間において、素子温度Tを上限温度Tj_max以下に維持しつつ、損失制限区間[t1,t2]の突入時及び完了時におけるモータトルクTの変化をより緩やかにすることができる。
【0065】
[キャリア周波数]
複数のキャリア周波数Fを切り替える機能を持つインバータ20を用いる場合に、上記損失制限区間[t1,t2]における損失Pが上限損失値Pmax以下となるようにキャリア周波数Fを選択する制御ロジックを採用することもできる。
【0066】
具体的には、例えば、選択可能な複数のキャリア周波数Fの内、式(3)の右辺に現在直流電圧Vdc_c及び現在の電流Iの適用した場合に、左辺の損失Pが上限損失値Pmax以下となる条件を満たすもの(以下、「制限キャリア周波数Flim」と称する)を定める。そして、上記損失制限区間[t1,t2]におけるキャリア周波数Fを制限キャリア周波数Flimに固定する。
【0067】
上記のように、上記損失制限区間[t1,t2]においてキャリア周波数Fを適切に制限することで、素子温度Tが上限温度Tj_max以下に維持され、耐熱保護の観点から実行される出力制限の作動が抑制される。すなわち、当該出力制限に起因するモータトルクTの急変化の発生が抑制される。
【0068】
[直流電圧]
バッテリ側からインバータ20に入力される直流電圧Vdcを可変とする機能(コンバータなどの昇圧回路)を用いる場合に、上記損失制限区間[t1,t2]において損失Pが上限損失値Pmax以下となるように直流電圧Vdcを制限する制御ロジックを採用することもできる。
【0069】
具体的には、例えば、式(3)に、上限損失値Pmax、現在の電流I、及び現制御タイミングt1で設定されているキャリア周波数Fを適用することで、応答完了タイミングt2における損失Pが上限損失値Pmaxに一致すると仮定した場合の直流電圧Vdc(以下、「制限直流電圧Vdc_lim」と称する)を演算する。
【0070】
そして、上記損失制限区間[t1,t2]における直流電圧Vdcを制限直流電圧Vdc_limに維持する。より詳細に、直流電圧Vdcは基本的に、インバータ20における総合効率に基づいて適切な値に調節される。一方で、本実施形態では、上記損失制限区間[t1,t2]における直流電圧Vdcを、総合効率に関わらず、損失Pが上限損失値Pmax以下となる制限直流電圧Vdc_limに固定する。
【0071】
上記のように、上記損失制限区間[t1,t2]において直流電圧Vdcを適切に制限することで、素子温度Tが上限温度Tj_max以下に維持され、耐熱保護の観点から実行される出力制限の作動が抑制される。すなわち、当該出力制限に起因するモータトルクTの急変化の発生が抑制される。
【0072】
[ゲート抵抗値]
上記損失制限区間[t1,t2]において半導体素子の損失Pが上限損失値Pmax以下となるように、当該半導体素子のゲート抵抗値Rgを制限する制御ロジックを採用することもできる。
【0073】
具体的には、例えば、予め準備した損失Pとゲート抵抗値Rgの関係を示すマップを参照して、損失Pが上限損失値Pmax以下となる選択可能な一のゲート抵抗値Rg(以下、「制限ゲート抵抗値Rglim」と称する)を定める。
【0074】
そして、上記損失制限区間[t1,t2]におけるゲート抵抗値Rgを制限ゲート抵抗値Rglimに維持する。より詳細に、ゲート抵抗値Rgは基本的に、インバータ20における総合効率に基づいて適切な値に調節される。一方で、本実施形態では、上記損失制限区間[t1,t2]におけるゲート抵抗値Rgを、総合効率に関わらず、損失Pが上限損失値Pmax以下となる制限ゲート抵抗値Rglimに固定する。
【0075】
上記のように、上記損失制限区間[t1,t2]においてゲート抵抗値Rgを適切に制限することで、素子温度Tが上限温度Tj_max以下に維持され、耐熱保護の観点から実行される出力制限の作動が抑制される。すなわち、当該出力制限に起因するモータトルクTの急変化の発生が抑制される。
【0076】
以下、上記半導体素子温度制御方法を実行した場合の制御結果について説明する。
【0077】
[制御結果]
図8は、比較例及び実施例(本実施形態)によるそれぞれの半導体素子温度制御方法を適用した場合の制御結果の一例を示すタイミングチャートである。特に、図8(a)に比較例の制御結果、及び図8(b)に実施例の制御結果をそれぞれ示す。なお、比較例としては、上記損失制限処理(S140)を実行せず、常に基本冷却制御(S150)を実行する半導体素子温度制御方法を想定する。また、実施例では、上述した損失制限処理において、モータトルクTを、上限モータトルクTm_max未満の制限トルクTm_limによりリミットする制御を想定する。
【0078】
図8(a)に示す比較例の制御では、モータトルクT(トルク指令値T )が増加して上限モータトルクTm_maxに到達する時刻t11以降、流量指令値W の切り替えに対する実冷却水流量WF_Rの応答遅れにより素子温度Tが増加する。そして、素子温度Tが上限温度Tj_maxを超える時刻t12から耐熱保護のための出力制限が機能し始め、素子温度Tが上限温度Tj_maxを一定以上下回る時刻t13まで継続する。このため、この時刻t12~時刻t13(出力制限区間)の前後で大きなトルク段差(図8(a)の丸囲み部分)が発生し、電動車両の乗員に違和感を与える。
【0079】
一方で、図8(b)に示す実施例の制御では、モータトルクT(トルク指令値T )が増大する時刻t21~時刻t22の区間(損失制限区間)において、モータトルクTが制限トルクTm_limに張り付く。このため、当該損失制限区間において、素子温度Tを上限温度Tj_max以下に維持することができ、耐熱保護のための出力制限が回避される。特に、損失制限区間の前後におけるトルク段差は、比較例の出力制限区間におけるトルク段差に比べて抑制されている。したがって、比較例の制御と比べて電動車両の乗員に与える違和感を軽減することができる。また、本実施例では、損失制限区間の突入時(時刻t21)及び完了時(時刻t22)におけるモータトルクTを、フィルタ的(滑らかに)に変化させることで(実線グラフ参照)、これをランプ的に変化させる場合(破線グラフ参照)に比べ、損失制限区間の突入時(時刻t21)及び完了時(時刻t22)におけるモータトルクTの変化をより緩やかにして電動車両の乗員に与える違和感をより一層軽減することができる。
【0080】
以上説明した本実施形態の半導体素子温度制御方法による作用効果をまとめて説明する。
【0081】
本実施形態では、所定の冷却系40に配置されて電源(バッテリ25)と電動機(モータ30)との間で電力変換を行うインバータ20の半導体素子の温度を制御する半導体素子温度制御方法が提供される。
【0082】
この半導体素子温度制御方法では、モータ30が出力すべきトルク(モータトルクT)を規定するトルク指令値T を演算し(S110)、トルク指令値T に基づいて冷却系40における冷媒流量(冷却水流量W)を制御し(S120)、半導体素子の損失Pに基づいて、インバータ20の動作パラメータΣを制限する損失制限処理(S140)を実行する。
【0083】
特に、損失制限処理では、トルク指令値T が変化して冷却水流量Wを変化させる場合に実冷媒流量(実冷却水流量W_)の応答に要する流量応答時間Δtfrを演算し(S141)、流量応答時間Δtfrが経過した時(応答完了タイミングt2)の半導体素子の温度(素子温度T)が所定の上限温度Tj_maxに一致するときの損失Pである上限損失値Pmaxを演算し(S142)、流量応答時間Δtfrが経過するまでの間における損失Pが上限損失値Pmax以下となるように動作パラメータΣを定める(S143)。
【0084】
これにより、トルク指令値T の変化に応じて冷却水流量Wを変化させるシーン(冷却水温度T及び素子温度Tが増大するシーン)において、実冷却水流量W_の応答遅れが生じても素子温度Tを上限温度Tj_max以下に維持することができる。すなわち、冷却系40に配されるインバータ20の素子温度Tが上限温度Tj_maxを超える事態の発生をより確実に抑制することができる。このため、当該シーンにおいて、半導体素子の熱保護のための出力制限の作動に起因するトルク段差の発生が抑制され、車両乗員に与える違和感を軽減することができる。
【0085】
また、このような出力制限の作動を回避すべく、初めから冷却水流量Wを(流量指令値W )をトルク指令値T に基づく要求に対して高く設定する場合に比べ、冷却水流量Wの制御値(冷却水ポンプ41の出力)を低減してエネルギー効率を増大を抑制することができる。
【0086】
さらに、動作パラメータΣは、電動機の出力トルク(モータトルクT)を含む。そして、損失制限処理では、損失Pが上限損失値Pmaxとなる上限出力トルク(上限モータトルクTm_max)を演算し、流量応答時間Δtfrが経過するまでの間(損失制限区間)におけるモータトルクTを上限モータトルクTm_max以下(特に制限トルクTm_lim)に調節する。
【0087】
これにより、トルク指令値T の変化に応じて冷却水流量Wを変化させるシーンにおいて、素子温度Tを上限温度Tj_max以下に維持する観点から、動作パラメータΣの一つであるモータトルクTに対する制限を実行するためのより具体的な制御ロジックが実現される。
【0088】
また、特に、制限トルクTm_limを上限モータトルクTm_maxに比較的近い値に設定することで、素子温度Tが上限温度Tj_maxを超えないという条件を満たしつつも、熱保護のための出力制限が作動する場合に比べて発生するトルク段差をより確実に低減することができる。
【0089】
さらに、動作パラメータΣは、インバータ20に設定される相互に切り替え可能な複数のキャリア周波数Fを含む。そして、損失制限処理では、損失Pが上限損失値Pmax以下となる一の制限キャリア周波数Flimを選択し、流量応答時間Δtfrが経過するまでの間におけるキャリア周波数Fを制限キャリア周波数Flimに維持する。
【0090】
これにより、トルク指令値T の変化に応じて冷却水流量Wを変化させるシーンにおいて、素子温度Tを上限温度Tj_max以下に維持する観点から、動作パラメータΣの一つであるキャリア周波数Fに対する制限を実行するための具体的な制御ロジックが実現される。特に、複数のキャリア周波数Fを切り替える機能を持つインバータ20を採用する場合に、熱保護のための出力制限の作動を抑制することができる。
【0091】
また、動作パラメータΣは、インバータ20に入力される可変の直流電圧Vdcを含む。そして、損失制限処理では、損失Pが上限損失値Pmaxに一致する制限直流電圧Vdc_limを定め、流量応答時間Δtfrが経過するまでの間における直流電圧Vdcを制限直流電圧Vdc_limに維持する。
【0092】
これにより、トルク指令値T の変化に応じて冷却水流量Wを変化させるシーンにおいて、素子温度Tを上限温度Tj_max以下に維持する観点から、動作パラメータΣの一つである直流電圧Vdcに対する制限を実行するための具体的な制御ロジックが実現される。特に、インバータ20に入力される直流電圧Vdcを調節する構成(コンバータなどの昇圧回路)を採用する場合に、熱保護のための出力制限の作動を抑制することができる。
【0093】
さらに、動作パラメータΣは、インバータ20に設定される相互に切り替え可能な複数のゲート抵抗値Rgを含む。そして、損失制限処理では、損失Pが上限損失値Pmax以下となる一の制限ゲート抵抗値Rglimを選択し、流量応答時間Δtfrが経過するまでの間におけるゲート抵抗値Rgを制限ゲート抵抗値Rglimに維持する。
【0094】
これにより、トルク指令値T の変化に応じて冷却水流量Wを変化させるシーンにおいて、素子温度Tを上限温度Tj_max以下に維持する観点から、動作パラメータΣの一つであるゲート抵抗値Rgに対する制限を実行するための具体的な制御ロジックが実現される。特に、ゲート抵抗値Rgを可変とする機能を採用する場合に、熱保護のための出力制限の作動を抑制することができる。
【0095】
さらに、本実施形態では、トルク指令値T 、冷却系40の冷媒温度(冷却水温度T)、及びモータ回転数Nに基づいて予め段階的に冷却水流量Wを区分した流量指令値マップ(図2)を参照して、トルク指令値T 、冷却水温度T、及びモータ回転数Nから流量指令値W を決定する。そして、決定した流量指令値W に基づいて冷却水流量Wを制御する。
【0096】
これにより、トルク指令値T 、冷却水温度T、及びモータ回転数Nを通じて、予め素子温度Tの高低が異なる複数のシーンを段階的に区分けし、各シーンに適切に割り当てられた流量指令値W に基づいて冷却水流量Wを制御することができる。したがって、トルク指令値T の変化に対し、実際に冷却水流量W(流量指令値W )を変化させる頻度の少ないラフな制御を実現することができ、当該冷却水流量Wの応答遅れの影響を低減することができる。そして、このような基本的な流量制御を前提とした上で上記損失制限処理が実行されることで、トルク指令値T が変化して流量指令値W を切り替わる場合であっても、素子温度Tが上限温度Tj_maxを超えないようにして、熱保護のための出力制限の作動が抑制される。
【0097】
また、本実施形態では、冷却水温度Tが所定の閾値温度TW_th以上又はトルク指令値T が閾値トルクTm_th以上である場合(S130がYesである場合)に、損失制限処理を実行する。一方、冷却水温度Tが閾値温度TW_th未満且つトルク指令値T が閾値トルクTm_th未満である場合(S130がNoである場合)には、損失制限処理を実行せずに動作パラメータΣを基本制御値に維持する。
【0098】
これにより、流量指令値マップで規定されている流量指令値W が切り替わるシーンの中で、特に実冷却水流量W_の応答遅れにより素子温度Tが上限温度Tj_maxを超え得るシーンを適切に推定し、当該シーンにおいてのみ損失制限処理を実行するための具体的な制御ロジックが実現される。すなわち、流量制御中において損失制限処理が実行されるシーンを必要な範囲に限ることができ、演算負担の軽減又は演算に用いるマップ容量(メモリ領域)の削減を図ることができる。
【0099】
さらに、本実施形態では、上記半導体素子温度制御方法の実行に適した半導体素子温度制御装置として機能するコントローラ50が提供される。この半導体素子温度制御装置は、所定の冷却系40に配置されて電源(バッテリ25)と電動機(モータ30)との間で電力変換を行うインバータ20の半導体素子の温度を制御する。
【0100】
特に、この半導体素子温度制御装置では、モータ30が出力すべきトルク(モータトルクT)を規定するトルク指令値T を演算するトルク演算部(回転数・トルク指令部51)と、トルク指令値T に基づいて冷却系40における冷媒流量(冷却水流量W)を制御する流量制御部52と、半導体素子の損失Pに基づいて、インバータ20の動作パラメータΣを制限する損失制限部53と、を有する。
【0101】
そして、損失制限部53は、トルク指令値T が変化して冷却水流量Wを変化させる場合に実冷媒流量(実冷却水流量W_)の応答に要する流量応答時間Δtfrを演算し(S141)、流量応答時間Δtfrが経過した際(応答完了タイミングt2)の半導体素子の温度(素子温度T)が所定の上限温度Tj_maxに一致するときの損失Pである上限損失値Pmaxを演算し(S142)、流量応答時間Δtfrが経過するまでの間における損失Pが上限損失値Pmax以下となるように動作パラメータΣを定める(S143)。
【0102】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。また、上記各実施形態は可能な範囲で任意に組み合わせることができる。
【0103】
例えば、制御ロジックの簡素化などを意図して、図2のステップS130における判定を省略し、流量制御中(S120)には現在冷却水温度TW_c又はトルク指令値T に関わらず損失制限処理(S140)を実行する構成を採用しても良い。
【0104】
また、上記実施形態では、現在素子温度Tj_cとして、素子温度センサ63の検出値を用いる例について説明した。一方で、これに代えて、現在素子温度Tj_cを、車両システム10内で取得可能な適切なパラメータに基づいて推定する構成を採用しても良い。
【符号の説明】
【0105】
10 車両システム
20 インバータ
21 パワーモジュール(半導体素子)
22 冷却器
25 バッテリ
30 モータ
40 冷却系
41 冷却水ポンプ
42 ラジエータ
50 コントローラ
51 回転数・トルク指令部
52 流量制御部
53 損失制限部


図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8