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特開2024-80918鉄クロム合金および鉄クロム合金の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024080918
(43)【公開日】2024-06-17
(54)【発明の名称】鉄クロム合金および鉄クロム合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240610BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240610BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240610BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240610BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C22C38/60
C21D9/46 P
C21D9/46 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022194279
(22)【出願日】2022-12-05
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】松林 弘泰
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA05
4K037EA06
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA11
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA26
4K037EA27
4K037EA28
4K037EA29
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FA02
4K037FA03
4K037FB00
4K037FF00
4K037FG00
4K037FM02
4K037HA05
4K037JA06
(57)【要約】
【課題】微摺動摩耗による接触抵抗の増大が生じにくい鉄クロム合金を実現する。
【解決手段】鉄クロム合金であって、C:0.01~0.5%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.01~2.0%、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:0.01~5.0%、Cr:4.0~25.0%、Cu:0.5~10%、N:0.10%以下、Nb:0.6%以下、Ti:0.6%以下およびAl:0.001~3.5%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、マルテンサイト単相組織または50体積%以上のマルテンサイト相とフェライト相との複相組織であり、表面におけるRa×RSmの値が550以下であり、相中にεCu相が分散して析出しており、断面におけるεCu相の合計面積率が1.0~10.0%である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.01~0.5%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.01~2.0%、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:0.01~5.0%、Cr:4.0~25.0%、Cu:0.5~10%、N:0.10%以下、Nb:0.6%以下、Ti:0.6%以下およびAl:0.001~3.5%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
マトリクスが、マルテンサイト単相組織、または50体積%以上のマルテンサイト相とフェライト相との複相組織であり、
表面における、Ra(算術平均粗さ)×RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)の値が550以下であり、
前記マトリクスを構成する相中に、εCu相が分散して析出しており、圧延方向に直交する断面における、前記εCu相の合計面積率が1.0~10.0%である、鉄クロム合金。
【請求項2】
質量%で、Mo:0.01~2.0%、V:0.6%以下、B:0.01%以下、Ca:0.0002~0.015%、Hf:0.001~0.60%、Zr:0.01~0.60%、Sb:0.005~0.60%、Co:0.6%以下、W:0.6%以下、Ta:0.001~1.0%、Sn:0.002~1.0%、Ga:0.0002~0.50%、Mg:0.0003~0.0050%およびREM(希土類元素):0.001~0.20%からなる群より選択される少なくとも1種をさらに含有する、請求項1に記載の鉄クロム合金。
【請求項3】
質量%で、C:0.01~0.5%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.01~2.0%、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:0.01~5.0%、Cr:4.0~25.0%、Cu:0.5~10%、N:0.10%以下、Nb:0.6%以下、Ti:0.6%以下およびAl:0.001~3.5%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
マトリクスが、マルテンサイト単相組織、または50体積%以上のマルテンサイト相とフェライト相との複相組織であり、
表面における、Ra(算術平均粗さ)×RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)の値が550以下であり、
前記マトリクスを構成する相中に、εCu相が分散して析出しており、圧延方向に直交する断面における、前記εCu相の合計面積率が1.0~10.0%である鉄クロム合金の製造方法であって、
下記式(1)により示されるP値が11000~22000となる条件で熱処理を施す仕上げ焼鈍工程を含む、鉄クロム合金の製造方法;
P値=T(20+logt) ・・・ (1)
前記式(1)において、Tは絶対温度で表した熱処理温度(K)を表し、tは熱処理時間(hr)を表す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄クロム合金および鉄クロム合金の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の輸送機器において、安全装備等の各種電装設備の増加に伴い、電線および接続端子により構成されるワイヤハーネスの使用量が増加している。接続端子は、接続部において所定の接触圧が要求されることから、高強度を有する材料により形成されることが好ましい。
【0003】
接続端子の材料としては、一般的に銅合金が用いられている。近年、銅合金と同等の強度を有しながらより安価であり、かつ、銅合金では困難な磁力による選別も可能となる、ステンレス鋼等の鉄クロム合金の使用が提案されている。ただし、鉄クロム合金は表面に不働態被膜を形成するため耐食性に優れる一方で、一般的には接触抵抗が大きい傾向がある。
【0004】
このような問題に対して、例えば特許文献1には、ステンレス鋼板の表面上にCuめっき層およびSnめっき層を有する自動車用端子が開示されている。特許文献2には、表面が微細な凹凸状になっている層を備える接続部を備えた端子が開示されている。特許文献3には、粒径300nm以下のCuリッチ相の析出粒子を、マトリクスを構成する相中に分散させて導電性を改善したステンレス鋼板が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2017-183144号公報
【特許文献2】特開2015-220145号公報
【特許文献3】特開2005-154792号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車等の輸送機器は、振動によって接続端子の接続部に微摺動摩耗が生じやすい。特許文献1に記載のめっき層は、微摺動摩耗により消耗してしまう場合がある。特許文献2に開示された端子は、接続部表面の凹凸について製造上の管理が難しく、製造コストに改善の余地がある。特許文献3に開示されているようにCuリッチ相を析出させると、微摺動摩耗によってCuリッチ相を含む微粉が生じる場合がある。当該微粉は酸化することで、接触抵抗が増大する原因となる。
【0007】
本発明の一態様は、微摺動摩耗による接触抵抗の増大が生じにくい鉄クロム合金を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る鉄クロム合金は、質量%で、C:0.01~0.5%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.01~2.0%、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:0.01~5.0%、Cr:4.0~25.0%、Cu:0.5~10%、N:0.10%以下、Nb:0.6%以下、Ti:0.6%以下およびAl:0.001~3.5%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、マトリクスが、マルテンサイト単相組織、または50体積%以上のマルテンサイト相とフェライト相との複相組織であり、表面における、Ra(算術平均粗さ)×RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)の値が550以下であり、前記マトリクスを構成する相中に、εCu相が分散して析出しており、圧延方向に直交する断面における、前記εCu相の合計面積率が1.0~10.0%である。
【0009】
本発明の一態様に係る鉄クロム合金は、質量%で、Mo:0.01~2.0%、V:0.6%以下、B:0.01%以下、Ca:0.0002~0.015%、Hf:0.001~0.60%、Zr:0.01~0.60%、Sb:0.005~0.60%、Co:0.6%以下、W:0.6%以下、Ta:0.001~1.0%、Sn:0.002~1.0%、Ga:0.0002~0.50%、Mg:0.0003~0.0050%およびREM(希土類元素):0.001~0.20%からなる群より選択される少なくとも1種をさらに含有していてもよい。
【0010】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る鉄クロム合金は、質量%で、C:0.01~0.5%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.01~2.0%、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:0.01~5.0%、Cr:4.0~25.0%、Cu:0.5~10%、N:0.10%以下、Nb:0.6%以下、Ti:0.6%以下およびAl:0.001~3.5%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、マトリクスが、マルテンサイト単相組織、または50体積%以上のマルテンサイト相とフェライト相との複相組織であり、表面における、Ra(算術平均粗さ)×RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)の値が550以下であり、前記マトリクスを構成する相中に、εCu相が分散して析出しており、圧延方向に直交する断面における、前記εCu相の合計面積率が1.0~10.0%である鉄クロム合金の製造方法であって、下記式(1)により示されるP値が11000~22000となる条件で熱処理を施す仕上げ焼鈍工程を含む;
P値=T(20+logt) ・・・ (1)
前記式(1)において、Tは絶対温度で表した熱処理温度(K)を表し、tは熱処理時間(hr)を表す。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様によれば、微摺動摩耗による接触抵抗の増大が生じにくい鉄クロム合金を実現できる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態について説明する。なお、本発明は以下の各実施形態または各実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態および実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書において「A~B」は、A以上B以下であることを示している。
【0013】
本発明の一実施形態に係る鉄クロム合金(以下、単に「鉄クロム合金」と称する場合がある)は、合金中のCrに由来する不働態被膜を表面に形成する合金鋼を意図する。鉄クロム合金としては、例えば、Cr含有量が10.5質量%以上であるステンレス鋼が挙げられるが、これに限定されず、Cr含有量は10.5質量%未満の合金鋼であってもよい。また、鉄クロム合金の形状は特に限定されず、例えば、鋼板、鋼帯、鋼管または条鋼であってよい。
【0014】
〔εCu相〕
鉄クロム合金は、鉄クロム合金のマトリクスを構成する相中(以下、単に「マトリクス中」と称する場合がある)に、εCu相が分散して析出している。εCu相は、Cuリッチ相とも呼ばれており、焼鈍工程等における時効処理により、マトリクス中においてCuが析出した粒子である。εCu相は、電気伝導率に優れたCuを主成分とするため、マトリクス中においてεCu相が分散して析出することで、鉄クロム合金の電気伝導率を向上できる。
【0015】
また、εCu相がマトリクス中に分散して析出していれば、εCu相は、鉄クロム合金の表面または表面近傍にも存在する。εCu相は、鉄クロム合金の表面に形成される不働態被膜よりも電気伝導率が高い。また、鉄クロム合金の表面において、εCu相が析出している位置には不働態被膜が形成されにくく、εCu相が露出しやすいことが知られている。そのため、鉄クロム合金の表面にεCu相が析出していれば、鉄クロム合金の接触抵抗を低減できる。
【0016】
鉄クロム合金は、圧延方向に直交する断面におけるεCu相の合計面積率が1.0%以上10.0%以下である。合計面積率とは、鉄クロム合金の前記断面における各析出物の面積率の合計を示す。なお、圧延方向に直交する断面とは、圧延方向に直交し、かつ平行な断面(L断面)であってもよく、圧延方向に直交し、かつ直角な断面(T断面)であってもよく、圧延方向に直交しているその他の断面であってもよい。
【0017】
鉄クロム合金のマトリクス中に析出するεCu相の粒子径は、特に限定されない。例えば、前記の合計面積率は、粒子径が1nm以上1000nm以下のεCu相を対象として算出してよい。εCu相の粒子径は、粒子の最大径によって表されてよい。
【0018】
鉄クロム合金のマトリクス中析出しているεCu相の平均粒子径は、1nm以上であってよく、5nm以上であってもよい。また、εCu相の平均粒子径は、1000nm以下であってよく、500nm以下であってもよい。εCu相の粒子径は、例えば、透過型電子顕微鏡により観察される視野において、EDX装置を用いてεCu相の粒子を特定して測定できる。また、εCu相の平均粒子径は、透過型電子顕微鏡の視野内における所定の範囲に含まれる粒子の粒子径の平均値として算出できる。
【0019】
このようなεCu相を含む鉄クロム合金の表面には、良好な導電性を有するεCu相が所定量存在する。εCu相は、鉄クロム合金の表面に形成される不働態被膜よりも電気伝導率が大きいため、鉄クロム合金の表面と、当該表面に接触した導体との間で流れる電気の通り道として機能する。
【0020】
また、上述のような鉄クロム合金は、自動車等の輸送機器が備える、微摺動摩耗が生じやすい接続端子にも好適に利用できる。鉄クロム合金のマトリクス中には、表面と同様に所定量のεCu相が分散して析出している。そのため、鉄クロム合金の表面に微摺動摩耗が生じた場合でも、マトリクス中のεCu相が順次、微摺動摩耗が生じた部位に露出する。したがって、接続端子を鉄クロム合金により構成すれば、微摺動摩耗が生じた接続部においてもεCu相が電気の通り道として機能できるため、接触抵抗の増大が生じにくい。
【0021】
εCu相の合計面積率が1.0%未満である場合、鉄クロム合金の表面および表面近傍に存在するεCu相が不足する。そのため、鉄クロム合金における接触抵抗の向上に、良好な導電性を有するεCu相が十分に機能しない。一方、εCu相の合計面積率が10.0%を超える場合、Cuを多量に添加する必要が生じる。Cuの過剰添加は、CuMn相の生成による、鉄クロム合金の熱間加工性の低下の原因となる他、酸性工程を実施する場合、酸の種類によっては鉄クロム合金の表面の凹凸が大きくなる原因となり得る。また、多量のCu添加は、鉄クロム合金の製造コスト増大にも繋がる。
【0022】
なお、鉄クロム合金は、微摺動摩耗に限られず、例えば抜き差しが頻繁に行われるような接続端子であっても、摩耗による接続部の接触抵抗の増大が生じにくい。そのため、鉄クロム合金は種々の接続端子に好適に利用可能である。
【0023】
このような鉄クロム合金によれば、例えば接触抵抗の低減のためにめっき処理を行う必要がなく、省原料化および製造工程の省エネルギー化が可能となる。また、銅合金等では不可能な磁力選鉱によってスクラップの分別が可能となり、金属のリサイクルが容易となる。これにより、持続可能な開発目標(SDGs)の、目標12「つくる責任つかう責任」等の達成に貢献できる。
【0024】
〔表面粗さ〕
鉄クロム合金は、表面における、Ra(算術平均粗さ)×RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)の値が550以下である。Ra(算術平均粗さ)およびRSm(粗さ曲線要素の平均長さ)は、JIS B0601:2013の定義に準拠するものである。
【0025】
鉄クロム合金の表面が過剰に粗くなり、表面の凹凸が増加すると、鉄クロム合金と導体との接触点の数が極端に少なくなり、接触圧による負荷が、少ない接触点に集中してしまう。これにより、鉄クロム合金に微摺動摩耗が生じた場合に、摩耗粉(表面が削れて生じた粉)が生成しやすくなる。酸化した摩耗粉は、鉄クロム合金の接触抵抗を上昇させる原因となる。
【0026】
ここで本発明者らは、Ra(算術平均粗さ)だけでなく、RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)にも着目した。Ra(算術平均粗さ)は、表面の凹凸における、表面に対して垂直な方向の大きさを示し、RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)は平行な方向の大きさを示す。摩耗粉は、表面の凹凸がいずれの方向に大きくても生成しやすいといえるため、これら両方のパラメータを調整することで、摩耗粉の発生量を効果的に低減できる。このように、本発明者らは、鉄クロム合金の表面粗さについて、摩耗粉の発生の観点からは、Ra(算術平均粗さ)およびRSm(粗さ曲線要素の平均長さ)の両方により評価することが好ましいことを見出した。
【0027】
鉄クロム合金の表面が、Ra×RSm≦550の範囲内であれば、摩耗粉の過剰な生成を防止できる。そのため、マトリクス中にεCu相が析出した鉄クロム合金においても、摩耗粉による接触抵抗の上昇を防止できる。
【0028】
〔成分組成〕
鉄クロム合金は、質量%で、C:0.01~0.5%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.01~2.0%、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:0.01~5.0%、Cr:4.0~25.0%、Cu:0.5~10%、N:0.10%以下、Nb:0.6%以下、Ti:0.6%以下およびAl:0.001~3.5%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。以下、鉄クロム合金に含まれる各元素について説明する。
【0029】
(C)
C(炭素)は、高い固溶強化作用を有し、また鉄クロム合金の高強度化にも有効である。一方、Cの過剰添加は、鉄クロム合金の加工性および耐食性の低下を招く。そのため、鉄クロム合金は、0.01質量%以上0.5質量%以下のCを含有している。Cの含有量は、0.01質量%以上0.15質量%以下であることが好ましい。
【0030】
(Si)
Si(ケイ素)は、脱酸剤として有効であり、また固溶強化作用を有する元素である。一方、Siの過剰添加は加工性および靱性の低下の原因となる。そのため、鉄クロム合金は、0.01質量%以上2.0質量%以下のSiを含有している。Siの含有量は、0.2質量%以上1.5質量%以下であることが好ましい。
【0031】
(Mn)
Mn(マンガン)は、鉄クロム合金の高強度化に有効な元素である。一方、Mnの過剰添加は鉄クロム合金の熱間加工性の低下を招いてしまう。そのため、鉄クロム合金は、0.01質量%以上2.0質量%以下のMnを含有している。Mnの含有量は、0.2質量%以上1.5質量%以下であることが好ましい。
【0032】
(P)
P(リン)は、不可避的不純物として混入する元素であり、Pの含有量は少ないほど好ましい。製造性の観点から、鉄クロム合金は、0.045質量%以下のPを含有している。Pの含有量が0.045質量%以下であれば、鉄クロム合金において、延性等の材料特性への悪影響を低減できる。Pの含有量は、0.005質量%以上0.040質量%以下であることが好ましい。
【0033】
(S)
S(硫黄)は、不可避的不純物として混入する元素であり、Sの含有量は少ないほど好ましい。製造性の観点から、鉄クロム合金は、0.03質量%以下のSを含有している。Sの含有量が0.03質量%以下であれば、鉄クロム合金において、延性等の材料特性への悪影響を低減できる。Sの含有量は、0.0001質量%以上0.003質量%以下であることが好ましい。
【0034】
(Ni)
Ni(ニッケル)は、鉄クロム合金の耐食性および靱性の向上に有効な元素である。一方、Niは高価な元素であり、過剰な添加は製造コストの増大を招く。そのため、鉄クロム合金は、0.01質量%以上5.0質量%以下のNiを含有している。Niの含有量は、0.1質量%以上3.0質量%以下であることが好ましい。
【0035】
(Cr)
Cr(クロム)は、鉄クロム合金の耐食性を確保するために有効な元素である。一方で、Crを過剰添加すると、鉄クロム合金の加工性および靱性が低下する。そのため、鉄クロム合金は、4.0質量%以上25.0質量%以下のCrを含有している。Crの含有量は、7.0質量%以上18.0質量%以下であることが好ましい。
【0036】
(Cu)
Cu(銅)は、鉄クロム合金の高強度化および導電性の向上に有効な元素である。また、Cuは、εCu相の析出にも有効な元素である。一方で、Cuを過剰添加すると、スラブが凝固する過程において当該スラブの中心にCuMn相が生成してしまい、スラブの熱間加工性が低下する。そのため、鉄クロム合金は、0.5質量%以上10質量%以下のCuを含有している。Cuの含有量は、1.0質量%以上7.0質量%以下であることが好ましい。
【0037】
(N)
N(窒素)は、固溶強化作用および耐食性向上作用を有する元素である。一方、Nを過度に添加すると、鉄クロム合金の加工性が低下する。そのため、鉄クロム合金におけるNの含有量は、0.10質量%以下であり、0.001質量%以上0.08質量%以下であることが好ましい。
【0038】
(Nb)
Nb(ニオブ)は、組織の微細化および均一化に有効な元素である。また、Nbは、導電性を有する金属炭化物、金属ホウ化物および金属窒化物の析出にも有効である。一方、Niは高価な元素であり、過剰な添加は製造コストの増大を招く。そのため、鉄クロム合金は、0.6質量%以下のNbを含有している。Nbの含有量は、0.01質量%以上0.5質量%以下であることが好ましい。
【0039】
(Ti)
Ti(チタン)は、脱酸作用を有する元素である。そのため、鉄クロム合金は、0.6質量%以下のTiを含有している。Tiの含有量は、0.01質量%以上0.5質量%以下であることが好ましい。
【0040】
(Al)
Al(アルミニウム)は、脱酸作用を有する元素である。一方で、Alを過剰添加すると表面品質が劣化してしまう場合がある。そのため、鉄クロム合金は、0.001質量%以上3.5質量%以下のAlを含有している。Alの含有量は、0.001質量%以上1.8質量%以下であることが好ましい。
【0041】
(その他の元素)
鉄クロム合金は、上述の元素に加えて、質量%で、Mo:0.01~2.0%、V:0.6%以下、B:0.01%以下、Ca:0.0002~0.015%、Hf:0.001~0.60%、Zr:0.01~0.60%、Sb:0.005~0.60%、Co:0.6%以下、W:0.6%以下、Ta:0.001~1.0%、Sn:0.002~1.0%、Ga:0.0002~0.50%、Mg:0.0003~0.0050%およびREM(希土類元素):0.001~0.20%からなる群より選択される少なくとも1種をさらに含有していてもよい。
【0042】
(Mo)
Mo(モリブデン)は、鉄クロム合金の耐食性の向上に有効な元素である。一方、Moは高価な元素でもあることから、過剰な添加は好ましくない。そのため、鉄クロム合金は、0.01質量%以上2.0質量%以下のMoを含有していてもよい。Moの含有量は、0.1質量%以上1.5質量%以下であることがより好ましい。
【0043】
(V、W)
V(バナジウム)およびW(タングステン)は、いずれも鉄クロム合金の耐食性の向上に有効な元素である。一方、VおよびWは高価な元素であることから、過剰な添加は好ましくない。そのため、鉄クロム合金は、0.6質量%以下のVおよび0.6質量%以下のWの少なくとも一方を含有していてもよい。Vの含有量は、0.05質量%以上0.5質量%以下であることが好ましい。また、Wの含有量は、0.05質量%以上0.5質量%以下であることが好ましい。
【0044】
(B)
B(ホウ素)は、鉄クロム合金の熱間加工性を改善する元素であり、熱間圧延における耳切れおよび二枚割れの発生の低減に有効な元素である。そのため、鉄クロム合金は、0.01質量%以下のBを含有していてもよい。Bの含有量は、0.0005質量%以上0.005質量%以下であることが好ましい。
【0045】
(Ca)
Ca(カルシウム)は、熱間圧延時の耳切れ防止に有効に作用する。一方で、過度なCaの添加は耐食性の低下を招く。そのため、鉄クロム合金は、0.0002質量%以上0.015質量%以下のCaを含有していてもよい。Caの含有量は、0.0002質量%以上0.005質量%以下であることが好ましい。
【0046】
(Hf)
Hf(ハフニウム)は、耐食性および高温強度を向上する元素である。一方で、過度なHfの添加は加工性および製造性の低下を招く虞がある。そのため、鉄クロム合金は、0.001質量%以上0.60質量%以下のHfを含有していてもよい。Hfの含有量は、0.005質量%以上0.50質量%以下であることが好ましい。
【0047】
(Zr)
Zr(ジルコニウム)は、鉄クロム合金の熱間加工性を改善すると共に、耐酸化性にも有効な元素である。そのため、鉄クロム合金は、0.01質量%以上0.60質量%以下のZrを含有していてもよい。Zrの含有量は、0.05質量%以上0.50質量%以下であることが好ましい。
【0048】
(Sb)
Sb(アンチモン)は、高温強度を向上する元素である。一方で、過度なSbの添加は溶接性および靭性を低下させる。そのため、鉄クロム合金は、0.005質量%以上0.60質量%以下のSbを含有していてもよい。Sbの含有量は、0.01質量%以上0.40質量%以下であることが好ましい。
【0049】
(Co)
Co(コバルト)は、高温強度を向上する元素である。一方で、過剰なCoの添加は靭性を低下させることで、製造性の低下を招く。そのため、鉄クロム合金は、0.6質量%以下のCoを含有していてもよい。Coの含有量は、0.05質量%以上0.5質量%以下であることが好ましい。
【0050】
(Ta)
Ta(タンタル)は、高温強度を向上する元素である。一方で、過度なTaの添加は溶接性および靭性を低下させる。そのため、鉄クロム合金は、0.001質量%以上1.0質量%以下のTaを含有していてもよい。Taの含有量は、0.005質量%以上0.5質量%以下であることが好ましい。
【0051】
(Sn)
Sn(スズ)は、耐食性および高温強度を向上する元素である。一方で、過度のSnの添加は靭性および製造性の低下を招く虞がある。そのため、鉄クロム合金は、0.002質量%以上1.0質量%以下のSnを含有していてもよい。Snの含有量は、0.002質量%以上0.5質量%以下であることが好ましい。
【0052】
(Ga)
Ga(ガリウム)は、耐食性および耐水素脆化特性を向上する元素である。一方で、過度なGaの添加は溶接性および靭性を低下させる。そのため、鉄クロム合金は、0.0002質量%以上0.50質量%以下のGaを含有していてもよい。Gaの含有量は、0.0002質量%以上0.30質量%以下であることが好ましい。
【0053】
(Mg)
Mg(マグネシウム)は、脱酸元素であることに加え、スラブの組織を微細化させ、成型性を向上する元素である。一方で、過度なMgの添加は耐食性、溶接性および表面品質の低下を招く。そのため、鉄クロム合金は、0.0003質量%以上0.0050質量%以下のMgを含有していてもよい。Mgの含有量は、0.0003質量%以上0.0030質量%以下であることが好ましい。
【0054】
(REM)
REM(希土類元素)は、Sc(スカンジウム)と、La(ランタン)からLu(ルテチウム)までの15元素(ランタノイド)との総称を指す。鉄クロム合金は、REMを、単独の元素として含有していてもよく、または複数の元素の混合物として含有していてもよい。REMは、鉄クロム合金の清浄度を向上し、熱間圧延時の耳切れ防止に有効に作用する。一方で、過度なREMの添加は合金コストを上昇させ、製造性を低下させる。そのため、鉄クロム合金は、0.001質量%以上0.20質量%以下のREMを含有していてもよい。REMの含有量は、0.005質量%以上0.10質量%以下であることが好ましい。
【0055】
鉄クロム合金は、REMとして、0.1質量%以下のLaおよび0.05質量%以下のCe(セリウム)の少なくとも何れかを含有していてもよい。
【0056】
〔組織〕
鉄クロム合金のマトリクスは、マルテンサイト単相組織、または50体積%以上のマルテンサイト相とフェライト相との複相組織である。鉄クロム合金のマトリクスは、成分組成を調整することで所望の組織構成とすることができる。なお、εCu相は、鉄クロム合金のマトリクスを構成する相中に粒子状に析出する相であり、マトリクスを構成する相とは異なるものである。そのため、マルテンサイト単相組織は、マトリクス中にεCu相等の析出相を含んでいてもよい。また、鉄クロム合金のマトリクスは、マルテンサイト相またはフェライト相以外の、不可避的形成層を含んでいてもよい。
【0057】
具体的には、鉄クロム合金は、下記式(2)に示すM値が100以上であればマルテンサイト単相組織に、0以上100未満であればフェライト-マルテンサイト複相組織に、0未満であればフェライト単相組織になる。また、下記式(2)に示すM値が50以上100未満であれば、50体積%以上のマルテンサイト相とフェライト相との複相組織になる。
【0058】
M値=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr-12Mo-10V+9Cu-49Ti-52Al+470N+189 ・・・ (2)
前記式(2)の元素記号の箇所には、鉄クロム合金が含有している各元素の含有量(質量%)が代入され、無添加の元素については0が代入される。
【0059】
鉄クロム合金のマトリクスがこのような組織構成であれば、微摺動摩耗による摩耗粉の発生を効果的に低減できる。また、εCu相は、フェライト相よりもマルテンサイト相において微細に析出しやすいと考えられる。これは、マルテンサイト相が、フェライト相と比較してεCu相が析出しやすい歪場を多く内蔵しているためである。微細なεCu相を析出させるためには、鉄クロム合金のマトリクスが、少なくとも50体積%以上のマルテンサイト相を有していることが好ましい。
【0060】
〔製造方法〕
本発明の一実施形態に係る鉄クロム合金の製造方法は、仕上げ焼鈍工程以外の工程については、ステンレス鋼等の鉄クロム合金の一般的な製造工程を含んでよい。
【0061】
鉄クロム合金は、仕上げ焼鈍工程において、下記式(1)により示されるP値が11000以上22000以下となる条件で熱処理を施すことで製造できる。
【0062】
P値=T(20+logt) ・・・ (1)
前記式(1)において、Tは絶対温度で表した熱処理温度(K)を表し、tは熱処理時間(hr)を表す。
【0063】
P値が11000未満となる場合、εCu相は、鉄クロム合金のマトリクス中に析出しない。また、P値が22000超となる場合、Cuは、熱処理中も鉄クロム合金のマトリクス中に微細に固溶した状態のままとなりやすいため、εCu相は析出しにくい。
【0064】
このような熱処理温度および熱処理時間によって熱処理を行う仕上げ焼鈍工程により、鉄クロム合金のマトリクス中に、εCu相を分散して析出させることができる。仕上げ焼鈍工程は、バッチ焼鈍により行われてもよく、連続焼鈍により行われてもよい。
【0065】
以下に、鉄クロム合金の製造方法の一例を示すが、これに限られるものではない。
【0066】
鉄クロム合金の製造方法では、例えば、成分を調整した溶鋼を連続鋳造することによってスラブを製造する。そして、連続鋳造により製造したスラブを1100℃以上1300℃以下に加熱した後、熱間圧延を施して熱延鋼帯を製造する。熱間圧延を施した熱延鋼帯に酸洗を行ってもよい。なお、熱延鋼帯の酸洗前に焼鈍を施す第1中間焼鈍工程を実施してもよく、焼鈍を施さずに酸洗を行ってもよい。
【0067】
そして、酸洗後の熱延鋼帯に、所定の板厚になるまで冷間圧延を施して冷延鋼帯を得る、冷間圧延工程を実施する。冷間圧延工程では、必要に応じて中間圧延を実施してもよく、焼鈍を施す第2中間焼鈍工程を実施してもよい。
【0068】
冷間圧延工程後の冷延鋼帯に対して、上述の仕上げ焼鈍工程を実施する。また、仕上げ焼鈍後の鋼帯についてさらに強度を高めるため、必要に応じて調質圧延を実施してもよい。当該調質圧延は、次に示す表面仕上げの目的も兼ねて実施するものであってもよい。
【0069】
鉄クロム合金には、表面におけるRa×RSmの値が550以下となる範囲で、表面仕上げを施してもよい。鉄クロム合金に施される表面仕上げの方法は、例えば、BA(光輝焼鈍)仕上げ、酸洗仕上げ、酸洗後軽圧延仕上げ、調質圧延仕上げ、HL(ヘアライン)仕上げおよびダル仕上げ等が挙げられる。HL仕上げとは、鉄クロム合金の表面に研磨目を付与するものである。ダル仕上げとは、調質圧延時に目の粗いロールを使用して、鉄クロム合金の表面に当該ロールの表面状態を転写するものである。
【0070】
仕上げ焼鈍後の鉄クロム合金について、表面におけるRa×RSmの値が550以下となっている場合は、このような表面仕上げを施さなくてもよい。
【実施例0071】
本発明の一実施例および比較例に係る鉄クロム合金について評価した結果を、以下に説明する。
【0072】
〔評価の条件〕
<成分組成>
本発明の一実施例に係る鉄クロム合金(発明例1~16)および比較例に係る鉄クロム合金(比較例1~6)の成分組成(質量%)およびM値を、下記表1に示す。M値は、前記式(2)により算出した。上述の通り、M値が100以上であればマルテンサイト単相組織、0以上100未満であればフェライト-マルテンサイト複相組織を有する鉄クロム合金である。また、フェライト-マルテンサイト複相組織を有する鉄クロム合金はいずれも、マルテンサイト相を50体積%以上含む。
【0073】
表1において下線を付している値は、本発明の規定範囲外の値であることを示す。
【0074】
【表1】
【0075】
<製造方法>
各発明例および比較例に係る鉄クロム合金は、次に示す方法により製造した。表1に示す成分組成を有する鉄クロム合金をそれぞれ溶製し、熱間圧延工程から仕上げ焼鈍工程までを行って、鉄クロム合金の圧延材を得た。仕上げ焼鈍工程における熱処理は、表1に示す熱処理温度Tおよび熱処理時間tの条件に従って実施した。
【0076】
比較例3に係る鉄クロム合金は、仕上げ焼鈍工程を行わずに製造した。比較例5に係る鉄クロム合金は、仕上げ焼鈍工程において、前記のP値が11000未満となるように熱処理を施した以外は、発明例7と同様の条件により製造した。比較例6に係る鉄クロム合金は、仕上げ焼鈍工程において、前記のP値が22000超となるように熱処理を施した以外は、発明例1と同様の条件により製造した。
【0077】
比較例1に係る鉄クロム合金には、Ra×RSmの値が550を超えるようにダル仕上げを施して製造した。比較例2および比較例4に係る鉄クロム合金は、成分組成を本発明の規定範囲外として製造した。
【0078】
<評価方法>
各発明例および比較例に係る鉄クロム合金について、表面のRa、RSm、Ra×RSmの値、断面におけるεCu相の合計面積率および接触抵抗の評価方法を以下に示す。また、これらの評価方法により得られた結果について、前記表1に示す。
【0079】
(εCu相の合計面積率)
鉄クロム合金の、圧延方向と直交し、かつ平行な断面(L断面)を鏡面研磨し、当該断面を透過型電子顕微鏡により観察し、視野の画像データを取得した。εCu相の析出粒子は、電子顕微鏡に付属のEDX装置により同定した。視野内において同定されたεCu相の析出粒子の面積をそれぞれ算出すると共に、視野全体の面積を算出した。視野全体の面積に対する、εCu相の析出粒子全ての合計面積の割合を、合計面積率(%)として算出した。各面積の算出は、画像処理ソフト「ImageJ」を用いて行った。
【0080】
(表面粗さ)
鉄クロム合金の表面におけるRa(算術表面粗さ)およびRSm(粗さ曲線要素の平均長さ)は、JIS B0601:2013に準拠して、触針式表面粗さ測定機(株式会社東京精密社製SURFCOM2900DX)を用いて測定した。得られたRaの値(μm)とRSmの値(μm)とを積算し、Ra×RSmの値(μm)を求めた。
【0081】
(接触抵抗)
鉄クロム合金の接触抵抗は、微摺動摩耗試験により評価した。微摺動摩耗試験は、板厚0.3mmの圧延材を用いて、縦40mm、横40mmのプレートを作製し、r1.5mmで90度に曲げて試験片とした。2つの試験片の曲げ頂点同士を接触させ、接触圧5N、往復時の摺動距離100μm(片道50μm)、1往復の摺動を1サイクルとして、周波数1Hzの速度で摺動させた。摺動は、一方の試験片のみを往復運動させて行った。
【0082】
試験片間に定電流を流し、試験片間にかかる電圧の変化を4端子法にて測定し、試験片間の接触抵抗値(mΩ)を求めた。当該接触抵抗値が、測定開始時または測定開始後の最小値から2倍以上の値となった時点の摺動サイクル数が50サイクル以上の場合を合格とした。前記表1には、微摺動摩耗試験により合格と判定した場合を「O」、不合格と判定した場合を「×」として示した。
【0083】
〔結果〕
表1に示す通り、本発明の発明例に係る鉄クロム合金はいずれも、マトリクス中に、εCu相が所定の合計面積率により分散して析出しており、Ra×RSmの値についても、本発明の規定範囲内であった。
【0084】
比較例1に係る鉄クロム合金は、表面が粗く、Ra×RSmの値が550を超えており、微摺動摩耗試験で不合格となった。これは、微摺動摩耗により摩耗粉が生成しやすかったため、当該摩耗粉が酸化して摩耗箇所に蓄積することで接触抵抗が急速に上昇したことが原因と考えられる。
【0085】
比較例2~6は、いずれもεCu相の合計面積率が1.0%未満であり、微摺動摩耗試験で不合格となった。これは、微摺動摩耗が生じた箇所に露出するεCu相が不足したことで、接触抵抗が上昇しやすくなったと考えられる。また、各発明例と比較例2~6との比較から、Cuの含有量または仕上げ焼鈍工程におけるP値を、本発明の規定範囲内とすることで、合計面積率が1.0~10.0%となるようなεCu相の析出が得られることが示された。
【0086】
以上に示すように、本発明例に係る鉄クロム合金はいずれも、微摺動摩耗試験で合格判定となっており、微摺動摩耗による接触抵抗の増加が小さいことが示された。
【0087】
〔付記事項〕
本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態または実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。