(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024081213
(43)【公開日】2024-06-18
(54)【発明の名称】培養挙動予測方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20240611BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20240611BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20240611BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12M1/00 C
C12M1/34 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022194670
(22)【出願日】2022-12-06
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137589
【弁理士】
【氏名又は名称】右田 俊介
(72)【発明者】
【氏名】洞 俊貴
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029AA07
4B029BB01
4B029FA11
4B029FA12
4B029FA15
4B063QA01
4B063QA20
4B063QQ89
4B063QS31
4B063QS40
(57)【要約】
【課題】微生物を培養する培養容器内での培養挙動を高精度に予測可能な技術を提供する。
【解決手段】培養挙動予測方法では、学習済みモデルを利用可能な一以上のプロセッサが、或る培養時点における培養容器内の特定成分の濃度及び特定培養条件を含む培養情報を当該学習済みモデルに入力することにより培養挙動速度指標として当該特定成分の変化速度を取得する第一工程と、取得された特定成分の変化速度を少なくとも用いて次の培養時点における当該特定成分の濃度を算出する第二工程と、次の培養時点における特定培養条件を取得する第三工程と、各培養時点に関する第一工程、第二工程及び第三工程を含む予測サイクルを繰り返すことで、所定培養時間にわたる培養結果情報を取得する第四工程とを実行する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物を培養する培養容器内における培養挙動を予測する方法であって、
培養情報を入力として培養挙動速度指標を出力する学習済みモデルを利用可能な一以上のプロセッサが、
或る培養時点における前記培養容器内の特定成分の濃度及び特定培養条件を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記培養挙動速度指標として該特定成分の変化速度を取得する第一工程と、
取得された前記特定成分の変化速度を少なくとも用いて次の培養時点における前記培養容器内の前記特定成分の濃度を算出する第二工程と、
前記次の培養時点における前記特定培養条件を取得する第三工程と、
各培養時点に関する前記第一工程、前記第二工程及び前記第三工程を含む予測サイクルを繰り返すことで、所定培養時間にわたる培養結果情報を取得する第四工程と、
を実行する培養挙動予測方法。
【請求項2】
前記培養容器内の前記特定成分は、前記培養挙動で生成される目的物であり、
前記一以上のプロセッサは、
前記第一工程において、前記目的物の濃度を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記培養挙動速度指標として前記目的物の生成速度を取得し、
前記第二工程において、取得された前記目的物の生成速度を少なくとも用いて前記次の培養時点における前記目的物の濃度を算出する、
請求項1に記載の培養挙動予測方法。
【請求項3】
前記特定培養条件は、前記培養容器内の温度及び前記培養容器内の培養液の水素イオン指数、並びに酸素供給速度若しくは酸素消費速度を含み、
前記一以上のプロセッサは、
前記第一工程において、前記或る培養時点における、前記特定成分の濃度、前記温度、前記水素イオン指数、並びに前記酸素供給速度若しくは前記酸素消費速度を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記培養挙動速度指標として前記特定成分の変化速度を取得し、
前記第三工程において、前記次の培養時点における前記温度、前記水素イオン指数、並びに前記酸素供給速度若しくは前記酸素消費速度を含む前記特定培養条件を取得する、
請求項1又は2に記載の培養挙動予測方法。
【請求項4】
前記一以上のプロセッサは、
前記第二工程において、各培養時点における培養経過時間並びに前記酸素供給速度若しくは前記酸素消費速度に基づいて各培養時点における前記微生物の特定の菌体量を算出し、算出された菌体量及び取得された前記特定成分の変化速度を少なくとも用いて前記次の培養時点における前記特定成分の濃度を算出する、
請求項3に記載の培養挙動予測方法。
【請求項5】
前記一以上のプロセッサが、
前記第一工程において、前記培養挙動で生成される目的物の濃度を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記培養挙動速度指標として該目的物の生成速度及び基質消費速度を取得し、
前記第二工程において、前記或る培養時点における基質投入情報を取得し、該基質投入情報及び取得された前記基質消費速度を少なくとも用いて前記次の培養時点における前記培養容器内の基質濃度を更に算出し、
前記第四工程において、前記算出された基質濃度に基づいて前記予測サイクルの繰り返しの継続又は終了を判定する、
請求項1から4のいずれか一項に記載の培養挙動予測方法。
【請求項6】
前記培養情報は、前記微生物の菌体活動状態をカテゴリ変数で示す菌体活動情報を更に含み、
前記一以上のプロセッサは、
前記第一工程において、前記或る培養時点における前記特定成分の濃度、前記菌体活動情報及び前記特定培養条件を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記培養挙動速度指標として前記特定成分の変化速度を取得し、
前記第二工程において、前記次の培養時点における前記菌体活動情報を取得する、
請求項1から5のいずれか一項に記載の培養挙動予測方法。
【請求項7】
前記特定培養条件は、酸素供給速度又は酸素消費速度を含み、
前記一以上のプロセッサは、
前記第二工程において、前記或る培養時点までの培養経過時間及び前記酸素供給速度又は前記酸素消費速度に基づいて、前記次の培養時点における前記菌体活動情報を算出し、
前記第三工程において、前記次の培養時点における前記酸素供給速度又は前記酸素消費速度を含む前記特定培養条件を取得する、
請求項6に記載の培養挙動予測方法。
【請求項8】
前記培養情報は、前記培養容器内における副生産物の増減状態をカテゴリ変数で示す副生産物状態情報を更に含み、
前記一以上のプロセッサは、
前記第一工程において、前記或る培養時点における前記特定成分の濃度、前記副生産物状態情報及び前記特定培養条件を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記副生産物の生成速度を前記特定成分の変化速度の一つとして取得し、
前記第二工程において、取得された前記副生産物の生成速度を用いて前記次の培養時点における前記副生産物状態情報を取得する、
請求項1から7のいずれか一項に記載の培養挙動予測方法。
【請求項9】
前記学習済みモデルは、前記培養情報のみを入力として前記培養挙動速度指標のみを出力し、
前記培養情報及び前記培養挙動速度指標は、示強変数若しくは無次元数、又はそれら両方のみで構成されている、
請求項1から8のいずれか一項に記載の培養挙動予測方法。
【請求項10】
メモリ及び前記一以上のプロセッサを少なくとも備える培養挙動予測装置であって、
請求項1から9のいずれか一項に記載の培養挙動予測方法を実行可能な培養挙動予測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を培養する培養容器内での培養挙動を予測する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1には、細胞の培養やバイオプロダクションにおいて、実験を繰り返すことなく、最適な培養条件を探索可能とする細胞培養プロセス探索方法が開示されている。
この方法は、複数のプロセス条件を発生させるプロセス条件発生工程、当該複数のプロセス条件に対して細胞の培養予測結果を取得する培養結果予測工程、当該培養予測結果から最適なプロセス条件を見出す最適化プロセス条件取得工程を含む。培養結果予測工程は、プロセス条件取得工程と、取込制約条件取得工程と、最適化計算工程と、濃度変化計算工程とを有しており、最適化計算工程は、培地組成(培地成分濃度)及び取込制約条件に基づいて、細胞の代謝に関する数理モデル(代謝回路モデル)で代謝流速(消費速度)の計算を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2021/166824号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述の方法における培養結果予測工程で用いられる予測方法は、予測精度において改善の余地がある。
本発明は、微生物を培養する培養容器内での培養挙動を高精度に予測可能な技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明によれば、微生物を培養する培養容器内における培養挙動を予測する方法であって、培養情報を入力として培養挙動速度指標を出力する学習済みモデルを利用可能な一以上のプロセッサが、或る培養時点における前記培養容器内の特定成分の濃度及び特定培養条件を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記培養挙動速度指標として該特定成分の変化速度を取得する第一工程と、取得された前記特定成分の変化速度を少なくとも用いて次の培養時点における前記培養容器内の前記特定成分の濃度を算出する第二工程と、前記次の培養時点における前記特定培養条件を取得する第三工程と、各培養時点に関する前記第一工程、前記第二工程及び前記第三工程を含む予測サイクルを繰り返すことで、所定培養時間にわたる培養結果情報を取得する第四工程とを実行する培養挙動予測方法が提供される。
【0006】
また、本発明によれば、メモリ及び上記一以上のプロセッサを少なくとも備える培養挙動予測装置であって、上記培養挙動予測方法を実行可能な培養挙動予測装置が提供可能である。
更に言えば、上記培養挙動予測方法をコンピュータに実行させるプログラムも提供可能であるし、このようなプログラムを記録したコンピュータが読み取り可能な記録媒体も提供可能である。この記録媒体は、非一時的な有形の媒体を含む。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、微生物を培養する培養容器内での培養挙動を高精度に予測可能な技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図2】本実施形態に係る培養挙動予測方法を実行可能な情報処理装置のハードウェア構成例を概念的に示す図である。
【
図3】本実施形態に係る培養挙動予測方法を示すフローチャートである。
【
図4】第一予測方法における各種情報(データ)の流れを概念的に示す図である。
【
図5】第二予測方法における各種情報(データ)の流れを概念的に示す図である。
【
図6】第三予測方法における各種情報(データ)の流れを概念的に示す図である。
【
図7】第一予測方法、第二予測方法及び第三予測方法の予測精度を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の好ましい実施形態の例(以降、本実施形態と表記する)について説明する。なお、以下に説明する本実施形態は例示であり、本発明は以下に挙げる構成に限定されない。
【0010】
以下に説明する本実施形態は、微生物を培養する培養容器内における培養挙動を予測する培養挙動予測方法(以下、本方法と表記する)である。
図1は、培養システムの例を示す模式図である。
図1には液体培養を行う培養槽が例示されており、培養槽(培養容器)内の培養液中で微生物の培養が行われる。
このような培養システムでは、培養槽内或いは培養液の温度や培養液の水素イオン指数(pH)等が計測されており、微生物の培養に必要な栄養源である基質の投入や酸素の供給等が制御されることで、当該培養挙動に伴う目的物(目的生産物)の生産が促される。
基質は、溶液として培養槽内に投入され、本明細書ではその溶液を基質投入溶液と表記する。
酸素は、培養槽の下部に空気供給配管、上部に排気配管が設けられており、空気供給配管から任意の設定流量で常時空気が流されることで、供給される。更に、攪拌翼を使って任意設定速度で攪拌することで酸素供給効率を上げることもできる。
また、当該培養挙動では、
図1に例示されているように、目的物に加えて、その他の物質(副生産物や二酸化炭素等)も生成される。
【0011】
但し、本方法は、
図1に例示される液体培養のみを対象とするわけではなく、固体培養を対象とすることもできる。
また、生産目的となる目的物に応じて微生物の種類や培地が決められればよく、本方法は、培養対象となる微生物や基質、目的物等を限定しない。
微生物には、例えば、細菌株、真菌株に属する菌株、動物又は植物の分化していない細胞及び組織培養物が挙げられる。
培地には、例えば、炭素源、窒素源、マグネシウム塩、亜鉛塩等の金属塩、硫酸塩、リン酸塩、pH調整剤、界面活性剤、消泡剤等の微生物の培地に一般的に含まれる各種成分を含有することができる。
基質には、例えば、グルコース、スクロース、フルクトースの糖類、エタノール、メタノール等のアルコール類、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸等の有機酸類、廃糖蜜等が挙げられる。
目的物又は副生産物には、微生物の代謝によって生成される物質として、例えば、有機酸類、アミノ酸、アルコール類、抗体、酵素、補酵素、ビタミン類、糖質、脂肪酸、核酸が挙げられる。
【0012】
〔ハードウェア構成例〕
本方法は、一台以上の情報処理装置が備える一以上のプロセッサにより実行される。
図2は、本方法を実行可能な情報処理装置10のハードウェア構成例を概念的に示す図である。
情報処理装置10は、いわゆるコンピュータであり、CPU11、メモリ12、入出力インタフェース(I/F)13、通信ユニット14等を有する。情報処理装置10は、据え置き型のPC(Personal Computer)であってもよいし、携帯型のPC、スマートフォン、タブレット等のような携帯端末であってもよい。
【0013】
CPU11は、いわゆるプロセッサであり、一般的なCPU(Central Processing Unit)に加えて、特定用途向け集積回路(ASIC)、DSP(Digital Signal Processor)、GPU(Graphics Processing Unit)等も含まれ得る。メモリ12は、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、補助記憶装置(ハードディスク等)である。
入出力I/F13は、表示装置15、入力装置16等のユーザインタフェース装置と接続可能である。表示装置15は、LCD(Liquid Crystal Display)やCRT(Cathode Ray Tube)ディスプレイのような、CPU11等により処理された描画データに対応する画面を表示する装置である。入力装置16は、キーボード、マウス等のようなユーザ操作の入力を受け付ける装置である。表示装置15及び入力装置16は一体化され、タッチパネルとして実現されてもよい。
通信ユニット14は、通信網を介した他のコンピュータとの通信や、プリンタ等の他の機器との信号のやりとり等を行う。通信ユニット14には、可搬型記録媒体等も接続され得る。
【0014】
情報処理装置10のハードウェア構成は、
図2の例に制限されない。情報処理装置10は、図示されていない他のハードウェア要素を含んでもよい。また、各ハードウェア要素の数も、
図2の例に制限されない。例えば、情報処理装置10は、複数のCPU11を有していてもよい。また、情報処理装置10は、複数の筐体からなる複数台のコンピュータにより実現されていてもよい。
【0015】
情報処理装置10は、CPU11によりメモリ12に格納されたコンピュータプログラムが実行されることにより、本方法を実行することができる。また、CPU11がメモリ12に格納されたコンピュータプログラムの実行を通じて本方法を実行することができると表記することもできる。このコンピュータプログラムは、例えば、CD(Compact Disc)、メモリカード等のような可搬型記録媒体やネットワーク上の他のコンピュータから入出力I/F13又は通信ユニット14を介してインストールされ、メモリ12に格納される。
【0016】
情報処理装置10(CPU11)は、培養情報を入力として培養挙動速度指標を出力する学習済みモデルを利用可能である。この学習済みモデルは、培養情報と培養挙動速度指標との組合せを複数含む教師データを用いた機械学習により得られる。このため、情報処理装置10は、学習済みモデルを利用可能な装置であって培養挙動予測方法を実行可能な培養挙動予測装置と表記することもできる。
【0017】
「培養情報」は、微生物の培養挙動に関連する情報であり、当該学習済みモデルに入力される情報である。
「培養情報」は、培養容器内の特定成分の濃度及び特定培養条件を少なくとも含む。
培養容器内の特定成分の濃度としては、培養液内の基質濃度又は目的物濃度が少なくとも含まれ、それらの一方又は両方に加えて培養液内の副生産物濃度が含まれてもよい。
特定培養条件は、微生物の培養挙動に影響を与え得る条件であり、例えば、培養容器内の温度や培養容器内の培養液の水素イオン指数(pH)、酸素供給速度、酸素消費速度等を含む。
「培養挙動速度指標」は、当該培養挙動における速度を示す指標値であり、培養容器内の特定成分の変化速度と表記可能である。培養挙動速度指標としての特定成分の変化速度は、単位菌体量(湿潤菌体重量)あたりの特性成分の物質量の変化速度を意味する。
また、培養挙動速度指標における「特定成分」と培養情報に含まれる濃度情報の「特定成分」とは、全部(全成分)又は一部(一部の成分)において共通である。このため、培養挙動速度指標として、目的物の生成速度又は基質の消費速度が少なくとも学習済みモデルから取得される。また、培養挙動速度指標としては、それらの一方又は両方に加えて副生産物の生成速度、二酸化炭素の生成速度等が更に取得されるようにしてもよい。
【0018】
このように学習済みモデルは、培養情報のみを入力として培養挙動速度指標のみを出力するように構築されており、当該培養情報及び当該培養挙動速度指標は、示強変数若しくは無次元数、又はそれら両方のみで構成される。
具体的には、培養情報に含まれる培養容器内の特定成分の濃度は、例えば、培養液単位体積あたりの成分含有重量(g/L)で示され、示強変数といえる。また、特定培養条件としての温度、水素イオン指数、酸素供給速度(mol/m3/h)及び酸素消費速度(mol/m3/h)も示強変数又は無次元数である。更に、培養挙動速度指標としての特定成分の変化速度は、例えば、菌体単位量あたり(菌体1gあたり)の物質量変化速度(mol/g/h)で示され、示強変数といえる。
このようにAIモデルの入出力を示強変数或いは無次元数とすることで、培養槽の形状や容量に依存しない培養挙動予測が可能となる。言い換えれば、教師データが得られた培養槽とは異なる形状や容量の培養槽での培養挙動であっても高精度に予測することができる。
【0019】
本実施形態で利用される学習済みモデルは、回帰分析で得られる回帰式であってもよいし、主成分分析や、ディープラーニング(深層学習)等で得られるニューラルネットワークモデルであってもよく、そのモデルのデータ構造や学習アルゴリズム等は限定されない。
例えば、当該学習済みモデルは、コンピュータプログラムとパラメータとの組合せ、複数の関数とパラメータとの組合せなどにより実現される。学習済みモデルは、ニューラルネットワークで構築される場合で、かつ、入力層、中間層及び出力層を一つのニューラルネットワークの単位と捉えた場合に、一つのニューラルネットワークを指してもよいし、複数のニューラルネットワークの組合せを指してもよい。また、学習済みモデルは、複数の重回帰式の組合せで構成されてもよいし、一つの重回帰式で構成されてもよい。学習済みモデルが菌体活動応答を近似表現する複数の関数モデルの組合せで構成される場合には、当該各関数モデルが、教師有り学習の回帰を用いてそれぞれ構築され、学習済みモデルの入力とされる培養情報の少なくとも一部をそれぞれ入力変数とし、学習済みモデルの出力となる複数種の培養挙動速度指標の一部をそれぞれ出力変数とするよう構築されてもよい。
学習済みモデルは、情報処理装置10内のメモリ12に格納されていてもよいし、情報処理装置10が通信でアクセス可能な他のコンピュータのメモリに格納されていてもよい。
なお、学習済みモデルを構築するための具体的な学習アルゴリズムは何ら限定されない。
以降、本方法で利用される学習済みモデルは、AIモデルと表記される。また、以降の説明では、本方法の実行主体をCPU11として説明する。
【0020】
〔培養挙動予測方法〕
以下、本方法の詳細について
図3を用いて説明する。
図3は、本実施形態に係る培養挙動予測方法を示すフローチャートである。
本方法は、主に、第一工程(S31)、第二工程(S32)及び第三工程(S33)を含む培養時点ごとの予測サイクルを繰り返し実行すること、その後に第四工程(S35)を実行することから構成されている。但し、
図3には、本方法をより詳細に説明するために、前処理工程(S30)と予測サイクルの終了判定工程(S34)が示されている。
以下、各工程についてそれぞれ詳細に説明する。
【0021】
前処理工程(S30)では、CPU11は、予測サイクルの実行のための前処理を実行する。例えば、CPU11は、培養挙動の予測開始時点(初期培養時点(0))の培養情報及び第二工程(S32)の計算で用いられる初期値(初期培養条件等)を取得する。
前処理工程(S30)で取得される各種情報は、予めメモリ12に格納されているか、或いは他のコンピュータのメモリに格納されている。
【0022】
第一工程(S31)では、CPU11は、或る培養時点の培養情報をAIモデルに入力することにより培養挙動速度指標として当該特定成分の変化速度を取得する。
AIモデルが情報処理装置10内のメモリ12に格納されている場合には、CPU11は、培養情報をAIモデルに入力することでそのAIモデルから当該特定成分の変化速度を取得することができる。一方で、情報処理装置10が通信でアクセス可能な他のコンピュータのメモリにAIモデルが格納されている場合には、CPU11は、当該他のコンピュータに培養情報を送ることで、そのAIモデルから出力された当該変化速度をそのコンピュータから通信を介して取得することができる。
【0023】
AIモデルの入力情報である培養情報及びAIモデルの出力情報である培養挙動速度指標は、AIモデルの形態によって決まり、次のような例が挙げられる。
【0024】
まず、当該培養情報は、上述したとおり、培養容器内の特定成分の濃度及び特定培養条件を少なくとも含む。例えば、当該培養情報が培養液内の目的物濃度を含む場合、培養挙動速度指標としては少なくとも目的物の生成速度が取得されるようAIモデルが構築される。また、当該培養情報が培養液内の基質濃度を含む場合、培養挙動速度指標としては少なくとも基質の消費速度が取得されるようAIモデルが構築される。また、当該培養情報が培養液内の目的物濃度及び基質濃度を含む場合、培養挙動速度指標としては目的物の生成速度若しくは基質の消費速度の一方又は両方が少なくとも取得されるようAIモデルが構築される。
本実施形態ではこのようなAIモデルを用いることで培養挙動を高精度に推定可能である。
【0025】
特定培養条件は、本実施形態では、培養容器内の温度及び培養容器内の培養液の水素イオン指数(pH)、並びに酸素供給速度若しくは酸素消費速度を含む。
酸素消費速度(OCR(Oxygen Consumption Rate))は、培養容器内の微生物による培養液単位体積あたりの酸素消費速度(mol/m3/h)を意味する。
酸素供給速度(OTR(Oxygen Transfer Rate))は、培養容器内に供給された酸素が培養液中へ移動して溶存酸素となる培養液単位体積あたりの酸素移動速度(mol/m3/h)を意味する。
酸素消費速度及び酸素供給速度に関しては、本方法ではいずれか一方が同じように利用されればよい。これは、酸素が水溶液(培養液)に溶ける速度が遅いことから、培養時において酸素供給がボトルネックとなるからである。例えば、培養システムにおける空気の供給側と排出側それぞれで酸素濃度と空気流量とを測定し、それぞれの箇所での時間当たりの通過酸素量(mol/h)の差分から、単位培養液量(m3)当たりにどれだけ酸素を供給したのか即ち酸素供給速度OTR(mol/m3/h)を導出することができる。一方で、培養液に対する溶存可能な酸素量は単位時間当たりの酸素供給(消費)速度に比べて非常に小さいため、培養液中の酸素の次のような収支式によれば、溶存酸素濃度に関する値をほぼ0とみなすことで、酸素供給速度OTRと酸素消費速度OCRとを等しく扱うことができる。
OTR(mol/m3/h)=OCR(mol/m3/h)+(溶存酸素濃度(g/m3)/酸素物質量(g/mol))/Δt(h)
なお、培養液中には気体の酸素も存在するが、菌体は液中の酸素のみ利用可能でありかつ酸素が水溶液(培養液)に溶ける速度が遅いことから、上記の収支式では、液中の気体の酸素は無視される。
また、培養容器内の温度は、培養容器内の培養液の温度であってもよいし、培養容器内の空気の温度であってもよいし、それら両方であってもよい。
【0026】
このようにAIモデルに入力される培養情報に培養容器内の特定成分の濃度に加えてこのような特定培養条件(特に酸素供給速度又は酸素消費速度)を含ませることにより、AIモデルの推定精度を高めることができ、ひいては、培養挙動の予測精度を高めることができる。
但し、特定培養条件は、温度、pH、酸素供給速度、酸素消費速度のいずれか一以上であってもよいし、それら以外の情報であってもよいし、それらの組合せであってもよい。
【0027】
当該培養情報は、微生物の菌体活動状態をカテゴリ変数で示す菌体活動情報を更に含むようにAIモデルが構築されてもよい。
この場合、第一工程(S31)において、CPU11は、或る培養時点における上述の特定成分の濃度及び特定培養条件に加えて当該菌体活動情報を含む培養情報をAIモデルに入力することにより当該特定成分の変化速度を取得する。
菌体活動情報は、例えば、培養容器内の微生物の菌体活動状態として、菌体の増殖フェーズにあるか又は目的物の生産フェーズにあるかをカテゴリ変数(0又は1)で示す。
このようにAIモデルに入力される培養情報に菌体活動情報を加えることで、AIモデルに菌体活動応答を模擬させることができ、ひいては培養挙動の予測精度を一層高めることができる。
【0028】
培養情報に菌体活動情報が含まれる場合には、培養情報に含まれる特定培養条件は酸素供給速度又は酸素消費速度を含むことが好ましい。
酸素供給速度又は酸素消費速度をAIモデルの入力情報とすることで、培養液内の特定成分の変化速度の推定精度を高めることができるからである。更に、酸素供給速度又は酸素消費速度を用いて菌体活動状態を推測することができるため、酸素供給速度又は酸素消費速度を次の培養時点の菌体活動情報の算出に利用することができるからでもある。
【0029】
当該培養情報は、培養容器内における副生産物の増減状態をカテゴリ変数で示す副生産物状態情報を更に含むように、AIモデルが構築されてもよい。この場合、第一工程(S31)において、或る培養時点における上述の特定成分の濃度及び特定培養条件に加えて当該副生産物状態情報を含む培養情報をAIモデルに入力することにより当該特定成分の変化速度及び副生産物の生成速度を取得する。
副生産物状態情報は、微生物による副生産物の生成に伴う副生産物の増減状態を示す情報であり、例えば、増加状態か減少状態かをカテゴリ変数(0又は1)で示す情報とされる。このとき、副生産物は、菌体が目的物を生産する代謝経路において中間体に該当する物質である。このため、副生産物の増加状態とは、当該代謝経路において中間体以降の代謝が滞っている代謝状態を示し、副生産物の減少状態とは、中間体以降の代謝が促進されている代謝状態を示す。また、副生産物の生成速度は、中間体以降の代謝が滞っている代謝状態において正の値を示し、中間体以降の代謝が促進されている代謝状態において負の値を示す。なお、この場合の当該特定成分は目的物又は基質を示す。
このようにAIモデルに入力される培養情報に副生産物状態情報を加えることで、AIモデルに菌体活動応答を模擬させることができ、ひいては培養挙動の予測精度を一層高めることができる。
【0030】
第二工程(S32)及び第三工程(S33)は、次の予測サイクルのための準備工程であり、次の培養時点の培養情報を取得する。
【0031】
具体的には、第二工程(S32)では、CPU11は、第一工程(S31)で取得された特定成分の変化速度を少なくとも用いて次の培養時点における培養容器内の特定成分の濃度を算出する。例えば、第一工程(S31)でAIモデルから目的物の生成速度が取得される場合には、CPU11は、その目的物の生成速度を少なくとも用いて次の培養時点における培養液中の目的物の濃度を算出する。
【0032】
第二工程(S32)では物質収支式が利用可能である。
以下の収支式(式1)の例では、n
TGTは目的物の物質量(mol)を示し、r
TGTは目的物の生成速度(mol/g/h)を示し、B(t)は培養時点tの微生物の特定菌体の菌体量(g)を示している。また、(式2)の例では、MW
TGTは目的物の分子量(g/mol)を示し、Vは培養時点(t+1)の培養液量(L)を示し、C
TGTは培養時点(t+1)の培養液中の目的物濃度(g/L)を示す。
この場合、CPU11は、(式1)の微分方程式を解くことで次の培養時点(t+1)の目的物の物質量n
TGTを算出し、その物質量を(式2)に代入することで次の培養時点(t+1)の培養液中の目的物濃度C
TGTを算出することができる。
【数1】
但し、第二工程(S32)で利用される物質収支式はこのような例に限定されない。
【0033】
上述の(式1)及び(式2)におけるB(t)及びVは、培養時点ごとに予め決められた値リストから抽出されてもよいし、物質収支式等で算出されてもよい。
例えば、CPU11は、以下の(式3)に例示されるように、各培養時点における培養経過時間並びに酸素供給速度若しくは酸素消費速度に基づいて各培養時点における微生物の特定の菌体量を算出することができる。
ここで算出される特定の菌体量とは、培養容器内で培養される微生物の特定種類の菌体の湿重量又は乾燥重量を意味し、一種の菌体が対象とされてもよいし、二種以上の菌体が対象とされてもよい。
(式3)において、min{}はカンマで区切られた左側の値と右側の値との小さいほうの値を取る関数である。左側は、培養液中の溶存酸素が余っており特定菌体が時間tに応じて増殖している状態を示しており、右側は、当該溶存酸素が不足しており酸素供給速度又は酸素消費速度に応じた上限状態を示している。
また、(式3)において、BCIは培養容器内の微生物の特定菌体の初期菌体濃度を示し、k1、k2及びk3はそれぞれ固定値である。BCIの値は、例えば、第一工程(S31)で初期値として取得される。k1、k2及びk3は本発明者らによる実験により得られた値であり、例えば、k1=0.18、k2=17.5、k3=0.334とされる。但し、k1、k2及びk3は、BCIの値又は微生物の種類や培地に応じて適宜変更されてもよい。
また、(式3)において酸素供給速度OTRは酸素消費速度OCRに置き換えられてもよい。
【数2】
【0034】
上記(式3)の例において、次の培養時点(t+1)の培養液量Vは、予め決められた値リストから抽出されてもよいし、物質収支式等で算出されてもよい。
CPU11は、このように算出された特定の菌体量と第一工程(S31)で取得された特定成分の変化速度とを少なくとも用いて、次の培養時点における特定成分の濃度を算出することができる。上述の(式1)、(式2)及び(式3)を用いれば、(式3)により培養時点tの微生物の特定菌体の菌体量B(t)が算出され、算出されたB(t)と工程(S31)で取得された目的物の生成速度rTGTを用いて(式1)の微分方程式を解くことにより次の培養時点(t+1)の目的物の物質量nTGTが算出され、(式2)を用いて次の培養時点(t+1)における目的物濃度が算出可能である。
【0035】
AIモデルに入力される培養情報に菌体活動情報が含まれる場合には、第二工程(S32)において、CPU11は、次の培養時点における菌体活動情報を取得する。
次の菌体活動情報は、培養時点ごとに予め決められた値リストから取得されてもよいし、特定培養条件に含まれる酸素供給速度又は酸素消費速度を利用して算出されてもよい。
後者の場合、菌体活動情報は、例えば、上述の(式3)のmin{}関数において左側が選ばれる場合(小さくなる場合)に、菌体活動状態が菌体の増殖フェーズにあることを示す値(0)とされ、右側が選ばれる場合(小さくなる場合)には、目的物の生産フェーズにあることを示す値(1)とされる。
【0036】
また、AIモデルに入力される培養情報に副生産物状態情報が含まれ、そのAIモデルから当該特定成分の変化速度の一つとして副生産物の生成速度が取得される場合には、第二工程(S32)において、CPU11は、取得された副生産物の生成速度を用いて次の培養時点における副生産物状態情報を取得することができる。
例えば、副生産物状態情報は、副生産物の生成速度が0以上の場合に、副生産物の増加状態を示す値(0)とされ、副生産物の生成速度が0より小さくなる場合に、副生産物の減少状態を示す値(1)とされる。
【0037】
第三工程(S33)では、CPU11は、次の培養時点における特定培養条件を取得する。例えば、培養時点ごとの特定培養条件のリストがメモリ12に予め格納されており、CPU11は、そのリストから当該次の培養時点における特定培養条件を取得する。
特定培養条件が培養容器内の温度及び培養容器内の培養液の水素イオン指数、並びに酸素供給速度若しくは酸素消費速度を含む場合、CPU11は、第三工程(S33)において、次の培養時点における当該温度、当該水素イオン指数、並びに当該酸素供給速度若しくは当該酸素消費速度を含む特定培養条件を取得する。
なお、第三工程(S33)では、AIモデルの入力情報である培養情報に含まれる特定培養条件だけではなく、第二工程(S32)の計算で利用される各種計算式(物質収支式を含む)に用いられる値が取得されてもよい。
【0038】
工程(S34)では、CPU11は、第一工程(S31)、第二工程(S32)及び第三工程(S33)を含む培養時点ごとの予測サイクルの終了条件を判定する。この終了条件が満たされている場合には(S34;YES)、CPU11は、第四工程(S35)に進み、終了条件が満たされていない場合には(S34;NO)、次の培養時点の予測サイクルとして第一工程(S31)以降を実行する。
【0039】
予測サイクルの終了条件の一つとして、予め決められた所定の培養時間分の予測サイクルの実行が完了したかの条件がある。これは、予測サイクルの実行回数が予め決められた所定回数になったかどうかで判定可能である。
また、培養容器内の培養液中の基質濃度が予め決められた所定値(例えば0)以下になったかの条件が当該終了条件の一つに加えられてもよい。この場合には、これら2つの終了条件のいずれか一方でも満たされた場合に、第四工程(S35)に移行されればよい。
このように基質濃度を終了条件とすることで、培養挙動の停止に伴い予測サイクルを止めることができるため、培養挙動の予測精度を高めることができる。
また、培養容器内の培養液中の目的物濃度が目標値に到達したかの条件が当該終了条件の一つに更に加えられてもよい。この場合には、これら3つの終了条件のいずれか一つでも満たされた場合に、第四工程(S35)に移行されればよい。このように本実施形態は当該終了条件を限定しない。
【0040】
基質濃度が当該終了条件に用いられる形態では、AIモデルは、入力情報である培養情報に目的物濃度が少なくとも含まれ、培養挙動速度指標として少なくとも目的物の生成速度及び基質消費速度が出力されるよう構築される。
この場合、CPU11は、第一工程(S31)において、目的物濃度を含む培養情報をAIモデルに入力することにより培養挙動速度指標として目的物の生成速度及び基質消費速度を取得し、第二工程(S32)において、その培養時点における基質投入情報を取得し、その基質投入情報及びAIモデルから取得された基質消費速度を少なくとも用いて次の培養時点における培養容器内の基質濃度を更に算出する。
【0041】
第二工程(S32)における基質濃度の算出には物質収支式等が利用される。
以下の収支式(式4)の例では、n
SBSは基質の物質量(mol)を示し、r
SBSは基質の消費速度(mol/g/h)を示し、B(t)は培養時点tの微生物の特定菌体の菌体量(g)を示し、C
Feedは基質投入溶液中の基質濃度(g/L)を示し、F
SBS(t)は培養時点tの基質投入速度(L/h)を示し、MW
SBSは基質の分子量(g/mol)を示す。また、(式5)の例において、Vは培養時点(t+1)の培養液量(L)を示す。
この場合、CPU11は、培養時点tの基質投入情報としてC
Feed及びF
SBS(t)を取得し、これら基質投入情報と第一工程(S31)でAIモデルから取得された基質の消費速度r
SBSを用いて式(4)の微分方程式を解くことで次の培養時点(t+1)の基質の物質量n
SBSを算出し、その物質量を(式5)に代入することで次の培養時点(t+1)の培養液中の基質濃度C
SBSを算出することができる。なお、培養時点tの菌体量B(t)の取得手法は上述したとおりである。
【数3】
但し、第二工程(S32)で利用される基質濃度の算出式はこのような例に限定されない。
【0042】
第四工程(S35)では、CPU11は、上述した予測サイクルの実行により得られる、所定培養時間にわたる培養結果情報を取得する。
ここでの「所定培養時間」は、予め決められた所定の培養時間分の予測サイクルの実行が完了している場合にはその培養時間となり、培養液中の基質濃度やその他に基づく終了判定により予測サイクルが完了している場合には、その完了までの培養時間となる。
取得される培養結果情報は、例えば、所定培養時間における目的物のトータル生産量であってもよいし、所定培養時間における基質のトータル消費量であってもよいし、所定培養時間における目的物の対基質の収支(収率)であってもよいし、それら複数であってもよい。本実施形態では、取得される培養結果情報を限定しない。
【0043】
上述したとおり、本方法は、利用されるAIモデルの形態に応じて適宜変形可能である。具体的には、AIモデルの入力情報である培養情報の内容やAIモデルの出力情報である培養挙動速度指標の内容に応じて、本方法の各工程の処理内容は適宜変形可能である。
当該培養情報は、培養容器内の特定成分の濃度及び特定培養条件を少なくとも含んでいればよく、特定培養条件として培養容器内の温度及び培養容器内の培養液の水素イオン指数(pH)、並びに酸素供給速度若しくは酸素消費速度を含み、かつ、特定成分の濃度として目的物濃度、副生産物濃度及び基質濃度を含み、かつ、菌体活動情報及び副生産物状態情報を含んでいてもよい。
また、当該培養挙動速度指標は、特定成分の変化速度であり、目的物の生成速度、副生産物の生成速度、基質の消費速度及び二酸化炭素の生成速度の全てであってもよいし、これらの一部であってもよい。
AIモデルの形態に応じて培養時点ごとに入力情報が更新され、更新された入力情報に基づいてAIモデルが培養挙動速度指標を推定可能となるよう、培養時点ごとの各種情報が取得されればよい。例えば、副生産物の生成速度と菌体量とから次の培養時点の副生産物の物質量を求める物質収支式や、二酸化炭素の生成速度と菌体量とから次の培養時点の二酸化炭素の物質量を求める物質収支式を用いることが可能であるし、それら物質量から次の培養時点の副生産物の濃度や二酸化炭素の濃度を求める計算式も利用可能である。
【0044】
上述の実施形態及び変形例の一部又は全部は、次のようにも特定され得る。但し、上述の実施形態及び変形例が以下の記載に制限されるものではない。
【0045】
<1>
微生物を培養する培養容器内における培養挙動を予測する方法であって、
培養情報を入力として培養挙動速度指標を出力する学習済みモデルを利用可能な一以上のプロセッサが、
或る培養時点における前記培養容器内の特定成分の濃度及び特定培養条件を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記培養挙動速度指標として該特定成分の変化速度を取得する第一工程と、
取得された前記特定成分の変化速度を少なくとも用いて次の培養時点における前記培養容器内の前記特定成分の濃度を算出する第二工程と、
前記次の培養時点における前記特定培養条件を取得する第三工程と、
各培養時点に関する前記第一工程、前記第二工程及び前記第三工程を含む予測サイクルを繰り返すことで、所定培養時間にわたる培養結果情報を取得する第四工程と、
を実行する培養挙動予測方法。
【0046】
<2>
前記培養容器内の前記特定成分は、前記培養挙動で生成される目的物であり、
前記一以上のプロセッサは、
前記第一工程において、前記目的物の濃度を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記培養挙動速度指標として前記目的物の生成速度を取得し、
前記第二工程において、取得された前記目的物の生成速度を少なくとも用いて前記次の培養時点における前記目的物の濃度を算出する、
<1>に記載の培養挙動予測方法。
<3>
前記特定培養条件は、前記培養容器内の温度及び前記培養容器内の培養液の水素イオン指数、並びに酸素供給速度若しくは酸素消費速度を含み、
前記一以上のプロセッサは、
前記第一工程において、前記或る培養時点における、前記特定成分の濃度、前記温度、前記水素イオン指数、並びに前記酸素供給速度若しくは前記酸素消費速度を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記培養挙動速度指標として前記特定成分の変化速度を取得し、
前記第三工程において、前記次の培養時点における前記温度、前記水素イオン指数、並びに前記酸素供給速度若しくは前記酸素消費速度を含む前記特定培養条件を取得する、
<1>又は<2>に記載の培養挙動予測方法。
<4>
前記一以上のプロセッサは、
前記第二工程において、各培養時点における培養経過時間並びに前記酸素供給速度若しくは前記酸素消費速度に基づいて各培養時点における前記微生物の特定の菌体量を算出し、算出された菌体量及び取得された前記特定成分の変化速度を少なくとも用いて前記次の培養時点における前記特定成分の濃度を算出する、
<3>に記載の培養挙動予測方法。
<5>
前記一以上のプロセッサが、
前記第一工程において、前記培養挙動で生成される目的物の濃度を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記培養挙動速度指標として該目的物の生成速度及び基質消費速度を取得し、
前記第二工程において、前記或る培養時点における基質投入情報を取得し、該基質投入情報及び取得された前記基質消費速度を少なくとも用いて前記次の培養時点における前記培養容器内の基質濃度を更に算出し、
前記第四工程において、前記算出された基質濃度に基づいて前記予測サイクルの繰り返しの継続又は終了を判定する、
<1>から<4>のいずれか一つに記載の培養挙動予測方法。
<6>
前記培養情報は、前記微生物の菌体活動状態をカテゴリ変数で示す菌体活動情報を更に含み、
前記一以上のプロセッサは、
前記第一工程において、前記或る培養時点における前記特定成分の濃度、前記菌体活動情報及び前記特定培養条件を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記培養挙動速度指標として前記特定成分の変化速度を取得し、
前記第二工程において、前記次の培養時点における前記菌体活動情報を取得する、
<1>から<5>のいずれか一つに記載の培養挙動予測方法。
<7>
前記特定培養条件は、酸素供給速度又は酸素消費速度を含み、
前記一以上のプロセッサは、
前記第二工程において、前記或る培養時点までの培養経過時間及び前記酸素供給速度又は前記酸素消費速度に基づいて、前記次の培養時点における前記菌体活動情報を算出し、
前記第三工程において、前記次の培養時点における前記酸素供給速度又は前記酸素消費速度を含む前記特定培養条件を取得する、
<6>に記載の培養挙動予測方法。
<8>
前記培養情報は、前記培養容器内における副生産物の増減状態をカテゴリ変数で示す副生産物状態情報を更に含み、
前記一以上のプロセッサは、
前記第一工程において、前記或る培養時点における前記特定成分の濃度、前記副生産物状態情報及び前記特定培養条件を含む前記培養情報を前記学習済みモデルに入力することにより前記副生産物の生成速度を前記特定成分の変化速度の一つとして取得し、
前記第二工程において、取得された前記副生産物の生成速度を用いて前記次の培養時点における前記副生産物状態情報を取得する、
<1>から<7>のいずれか一つに記載の培養挙動予測方法。
<9>
前記学習済みモデルは、前記培養情報のみを入力として前記培養挙動速度指標のみを出力し、
前記培養情報及び前記培養挙動速度指標は、示強変数若しくは無次元数、又はそれら両方のみで構成されている、
<1>から<8>のいずれか一つに記載の培養挙動予測方法。
<10>
メモリ及び前記一以上のプロセッサを少なくとも備える培養挙動予測装置であって、
<1>から<9>のいずれか一つに記載の培養挙動予測方法を実行可能な培養挙動予測装置。
【0047】
以下に実施例を挙げ、上述の内容を更に詳細に説明する。但し、以下の実施例の記載は、上述の内容に何ら限定を加えるものではない。
【実施例0048】
本実施例では、3つのタイプのAIモデルが構築され、各AIモデルを上述の実施形態に係る培養挙動予測方法でそれぞれ用いることで、当該方法の予測精度が検証された。ここでは、当該3つのタイプのAIモデルをAIモデルM1、AIモデルM2、AIモデルM3と表記し、AIモデルM1を用いた当該方法を第一予測方法と表記し、AIモデルM2を用いた当該方法を第二予測方法と表記し、AIモデルM3を用いた当該方法を第三予測方法と表記することとする。
【0049】
各AIモデルの学習は、好気性菌を用いて有機酸(目的物)を生産する培養実験で得られた共通のデータを教師データとして用いて共通の学習アルゴリズムにより行われた。教師データの具体的な取得方法は次のとおりである。
培養実験では所定の培養槽(通気攪拌槽)を用いて実際に微生物(好気性菌)の培養を行い、その培養実験の間、数時間間隔でサンプリングを実施した。そして、HPLC(High Performance Liquid Chromatography)を用いて培養液中の各種物質濃度[g/L]を分析し、単位培養液量(体積)当たりの湿潤菌体重量の計測により湿潤菌体濃度B(t)/V(t)[g/L]を測定した。実験終了後、分析・測定結果を数値補間によって5分間隔のデータに整形し、培養液量V(t)と物質のモル質量MWとから湿潤菌体量B(t)[g]と各種物質の物質量n[mol]の5分間隔のデータを導出した。最後に5分間隔のデータとなった物質量n[mol]を時間t[h]で数値微分し、湿潤菌体量B(t)[g]で除すことで単位菌体量(湿潤菌体重量)あたりの特定成分(有機酸等の特定物質)の生産速度又は消費速度[mol/g/h]を得た。
【0050】
図4は、第一予測方法における各種情報(データ)の流れを概念的に示す図であり、
図5は、第二予測方法における各種情報(データ)の流れを概念的に示す図であり、
図6は、第三予測方法における各種情報(データ)の流れを概念的に示す図である。
各AIモデルは、
図4、
図5及び
図6に示されるように、入力情報(培養情報)及び出力情報(培養挙動速度指標)がそれぞれ異なるように構築されている。
AIモデルM1では、特定培養条件としての培養液の温度(T)、培養液の水素イオン指数(pH)及び酸素供給速度(OTR)、並びに特定成分濃度としての培養液中の基質濃度(C
SBS)が培養情報とされ、目的物生成速度(r
TGT)及び基質消費速度(r
SBS)が培養挙動速度指標とされている。
AIモデルM2では、培養挙動速度指標はAIモデルM1と同じであり、培養情報は基質濃度(C
SBS)に代えて目的物濃度(C
TGT)とされている点以外はAIモデルM1と同じである。
AIモデルM3では、培養情報に菌体活動情報(P
B)及び副生産物状態情報(P
BYP)が加えられている点及び培養挙動速度指標に副生産物生成速度(r
BYP)が加えられている点のみAIモデルM2と異なり、その他の培養情報及び培養挙動速度指標はAIモデルM2と同一である。
【0051】
図4に示される第一予測方法では、前処理工程(S30)において、基質濃度(C
SBS)の初期値、初期菌体濃度(BCI)、初期培養液量V(0)及び基質投入溶液中の基質濃度(C
Feed)が取得されると共に、培養時点(0)の特定培養条件(0)として温度(T)、pH及びOTR、並びに培養時点(0)の基質投入速度(F
SBS(0))が取得される。
第一工程(S31)では、各培養時点(t)の培養情報として特定培養条件(t)及び基質濃度(C
SBS)がAIモデルに入力され、そのAIモデルから目的物生成速度(r
TGT)及び基質消費速度(r
SBS)が培養挙動速度指標として取得される。
初期培養時点(t=0)の培養情報としては前処理工程(S30)で取得された温度(T)、pH及びOTR、並びに基質濃度(C
SBS)の初期値がAIモデルに入力される。
【0052】
第二工程(S32)では、培養時点(t)の基質投入情報として基質投入速度(F
SBS(t))が取得され、下記の物質収支式(式6)の微分方程式をそのF
SBS(t)を用いて解くことにより培養液量Vが算出され、算出された培養液量V及び培養時点(t)のOTRを下記の物質収支式(式7)に代入することで、培養時点(t)の特定の菌体量B(t)が算出される。そして、算出されたB(t)と工程(S31)で取得された目的物生成速度(r
TGT)を用いて上記(式1)の微分方程式を解くことにより次の培養時点(t+1)の目的物の物質量n
TGTが算出され、上記(式2)を用いて次の培養時点(t+1)における目的物濃度(C
TGT)が算出可能である。
ところで、下記の(式7)では、前処理工程(S30)で取得された初期菌体濃度(BCI=20)が設定されており、上記(式3)のk1、k2及びk3が0.18、17.5及び0.334に設定されている。
【数4】
更に、第二工程(S32)では、培養時点(t)の基質投入情報として取得されたC
Feed及びF
SBS(t)と第一工程(S31)でAIモデルから取得された基質消費速度(r
SBS)を用いて上記式(4)の微分方程式を解くことで次の培養時点(t+1)の基質物質量(n
SBS)が算出され、その物質量を上記(式5)に代入することで次の培養時点(t+1)の培養液中の基質濃度(C
SBS)が算出される。
【0053】
第三工程(S33)では、特定培養条件(t+1)として次の培養時点(t+1)の温度(T)、pH及びOTRが取得される。
このような各培養時点(t)の第一工程(S31)、第二工程(S32)及び第三工程(S33)からなる予測サイクルが予め決められた所定の培養時間分実行されるか、或いは第二工程(S32)で算出される基質濃度(CSBS)が0以下になるかのいずれかが満たされるまで繰り返し実行される。
【0054】
図5に示される第二予測方法は、前処理工程(S30)において基質濃度(C
SBS)の初期値の代わりに目的物濃度(C
TGT)の初期値が取得されること、及び第一工程(S31)において基質濃度(C
SBS)の代わりに目的物濃度(C
TGT)がAIモデルに入力されることにおいて第一予測方法とは異なり、その他の各工程の処理内容は第一予測方法と同一である。
【0055】
図6に示される第三予測方法で用いられるAIモデルM3は、上述したとおり、培養情報に菌体活動情報(P
B)及び副生産物状態情報(P
BYP)が加えられている点及び培養挙動速度指標に副生産物生成速度(r
BYP)が加えられている点のみAIモデルM2と異なり、その他の培養情報及び培養挙動速度指標はAIモデルM2と同一とされている。
このため、第三予測方法の前処理工程(S30)は、基質濃度(C
SBS)の初期値の代わりに、目的物濃度(C
TGT)、菌体活動情報(P
B)及び副生産物状態情報(P
BYP)の各初期値が取得されることにおいて第一予測方法の前処理工程(S30)と相違する。
そして、第一工程(S31)では、各培養時点(t)の培養情報として特定培養条件(t)、目的物濃度(C
TGT)、菌体活動情報(P
B)及び副生産物状態情報(P
BYP)がAIモデルに入力され、そのAIモデルから目的物生成速度(r
TGT)、基質消費速度(r
SBS)及び副生産物生成速度(r
BYP)が培養挙動速度指標として取得される。
【0056】
また、第三予測方法の第二工程(S32)では、第一予測方法の同工程の処理内容に加えて、次の培養時点(t+1)における菌体活動情報(PB)及び副生産物状態情報(PBYP)が更に取得される。
次の培養時点(t+1)の菌体活動情報(PB)は、上述の(式7)のmin{}関数において左側が選ばれた場合(小さい場合)に、菌体活動状態が菌体の増殖フェーズにあることを示す値(0)に設定され、右側が選ばれた場合(小さい場合)には、目的物の生産フェーズにあることを示す値(1)に設定された。
次の培養時点(t+1)の副生産物状態情報(PBYP)は、第一工程(S31)でAIモデルから取得された副生産物生成速度(rBYP)が0以上の場合に、副生産物の増加状態を示す値(0)に設定され、そのrBYPが0より小さい場合に、副生産物の減少状態を示す値(1)に設定された。
その他は、第一予測方法と同様である。
【0057】
図7は、第一予測方法、第二予測方法及び第三予測方法の予測精度を示す表である。
図7の表における「目的物生成速度(R
2)」と表記する列には、AIモデルM1、M2及びM3から出力される単位菌体量あたりの目的物生成速度(r
TGT)の予測決定係数R
2の値をそれぞれ示している。
また、「目的物濃度(R
2)」と表記する列には、第一予測方法、第二予測方法及び第三予測方法において第二工程(S32)で算出された目的物濃度(C
TGT)から培養結果情報として得られる目的物濃度(C
TGT)の予測決定係数R
2の値をそれぞれ示している。
「目的物濃度(RMSE/AVE)」と表記する列には、第一予測方法、第二予測方法及び第三予測方法において第二工程(S32)で算出された各培養時点の目的物濃度(C
TGT)の二乗平均平方根誤差RMSEをそれら目的物濃度の平均値で除して無次元化された値をそれぞれ示している。
【0058】
図7によれば、第一予測方法(AIモデルM1)、第二予測方法(AIモデルM2)及び第三予測方法(AIモデルM3)の全てにおいて決定係数R
2が0.9以上となっており、いずれのAIモデルであっても目的物生成速度を高精度に推定できることが示されている。
更に、第一予測方法(AIモデルM1)、第二予測方法(AIモデルM2)、第三予測方法(AIモデルM3)の順に決定係数R
2が高くなっていることから、AIモデルへの入力として、基質濃度(C
SBS)を用いるよりも目的物濃度(C
TGT)を用いるほうが目的物生成速度(r
TGT)の予測精度が高くなり、目的物濃度(C
TGT)に加えて菌体活動情報(PB)及び副生産物状態情報(PBYP)を用いることでより目的物生成速度(r
TGT)の予測精度が高くなることが示されている。
【0059】
また、AIモデルから出力される目的物生成速度(rTGT)から算出される目的物濃度(CTGT)に関して、第一予測方法、第二予測方法、第三予測方法の順に予測精度が高くなっておりかつ予測誤差が小さくなっていることが示されている。このため、AIモデルへの入力として基質濃度(CSBS)を用いるよりも目的物濃度(CTGT)を用いるほうが目的物濃度(CTGT)の予測精度が高くなり、目的物濃度(CTGT)に加えて菌体活動情報(PB)及び副生産物状態情報(PBYP)を用いることでより目的物濃度(CTGT)の予測精度が高くなることが示されている。
【0060】
以上のように、本実施例によれば、3つのタイプのAIモデルのいずれを用いる場合であっても上述の実施形態に係る培養挙動予測方法の予測精度が高いことが実証されている。