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特開2024-81320糖タンパク質の糖鎖の精製方法、精製キット及び精製装置
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  • 特開-糖タンパク質の糖鎖の精製方法、精製キット及び精製装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024081320
(43)【公開日】2024-06-18
(54)【発明の名称】糖タンパク質の糖鎖の精製方法、精製キット及び精製装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/06 20060101AFI20240611BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20240611BHJP
【FI】
G01N30/06 Z
G01N30/06 E
G01N30/88 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022194849
(22)【出願日】2022-12-06
(71)【出願人】
【識別番号】000002141
【氏名又は名称】住友ベークライト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100194250
【弁理士】
【氏名又は名称】福原 直志
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(74)【代理人】
【識別番号】100140718
【弁理士】
【氏名又は名称】仁内 宏紀
(72)【発明者】
【氏名】阪口 碧
(72)【発明者】
【氏名】豊田 雅哲
(57)【要約】
【課題】細胞ライセートを試料として用いた場合に、分析対象である目的の糖鎖以外の夾雑物を減少させることが可能な、糖タンパク質の糖鎖の精製方法を提供する。
【解決手段】糖タンパク質の糖鎖の精製方法は、細胞ライセートに含まれる糖タンパク質から糖鎖Scを遊離させる工程と、細胞ライセートに含まれる夾雑物7を、酸化金属および鉄キレート剤のいずれか一方または両方を表面に有する吸着材Aに吸着させる工程とを含んでいる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞ライセート中の糖タンパク質から糖鎖を遊離させる工程と、
前記細胞ライセート中の夾雑物を、酸化金属および鉄キレート剤のいずれか一方または両方を表面に有する吸着材に吸着させる工程を含む、糖タンパク質の糖鎖の精製方法。
【請求項2】
前記糖タンパク質から遊離させた前記糖鎖および細胞ライセート中の遊離糖鎖のいずれか一方または両方を担体で精製する工程をさらに含む、請求項1に記載の糖タンパク質の糖鎖の精製方法。
【請求項3】
前記担体で精製する工程を経た前記糖鎖および前記遊離糖鎖の一方又は両方を、標識化合物により標識する工程をさらに含む、請求項2に記載の糖タンパク質の糖鎖の精製方法。
【請求項4】
前記標識する工程の後に、余剰の前記標識化合物を除去する工程をさらに含む、請求項3に記載の糖タンパク質の糖鎖の精製方法。
【請求項5】
前記夾雑物を前記吸着材に吸着させる工程を、前記標識化合物を除去する工程よりも後に行う、請求項4に記載の糖タンパク質の糖鎖の精製方法。
【請求項6】
前記吸着材は前記表面に前記酸化金属を有し、
前記酸化金属が二酸化チタンである、請求項1から5のいずれか1項に記載の糖タンパク質の糖鎖の精製方法。
【請求項7】
糖タンパク質から糖鎖を遊離させる糖鎖遊離剤と、
酸化金属および鉄キレート剤のいずれか一方または両方を表面に有する吸着材と、を備えた、精製キット。
【請求項8】
遊離させた前記糖鎖を精製する担体をさらに含む、請求項7に記載の精製キット。
【請求項9】
前記糖鎖を標識する標識化合物をさらに含む、請求項7または8に記載の精製キット。
【請求項10】
前記吸着材は前記表面に前記酸化金属を有し、
前記酸化金属が二酸化チタンである、請求項7または8に記載の精製キット。
【請求項11】
糖タンパク質から糖鎖を遊離させる糖鎖遊離剤を、細胞ライセートが収容される容器内に供給する遊離剤供給部と、
前記細胞ライセート中の夾雑物を吸着する吸着部とを備え、
前記吸着部は、酸化金属および鉄キレート剤のいずれか一方または両方を表面に有する吸着材を備えた、精製装置。
【請求項12】
前記吸着材は前記表面に前記酸化金属を有し、
前記酸化金属が二酸化チタンである、請求項11に記載の精製装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖タンパク質の糖鎖の精製方法、精製キット及び精製装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、糖タンパク質から糖鎖を遊離させ、特異的に結合する担体に捕捉させて精製する方法が知られている。
【0003】
例えば特許文献1には、酵素等の糖鎖遊離剤を用いて糖タンパク質から糖鎖を遊離させる工程と、遊離させた糖鎖を担体で精製する工程と、捕捉された糖鎖を標識化合物により標識する工程と、不純物、例えば糖鎖に付着していない標識化合物や塩類等を除去する工程を備えた糖鎖の遊離・精製方法が開示されている。このようにして糖タンパク質から遊離されて精製された糖鎖は、主として、液体クロマトグラフィー等を用いた分析に用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2022-122455号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特に、細胞ライセートを試料として用いた場合、糖タンパク質から遊離させた糖鎖を、特許文献1に開示された精製方法で精製すると、目的の糖鎖に加えて夾雑物が多く含まれてしまい、精確な分析が行えない恐れがあった。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、細胞ライセートを試料として用いた場合に、目的の糖鎖以外の夾雑物を減少させることが可能な、糖タンパク質の糖鎖の精製方法、精製キット及び精製装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明の一態様は、以下の態様を包含する。
【0008】
[1]細胞ライセート中の糖タンパク質から糖鎖を遊離させる工程と、
前記細胞ライセート中の夾雑物を、酸化金属および鉄キレート剤のいずれか一方または両方を表面に有する吸着材に吸着させる工程を含む、糖タンパク質の糖鎖の精製方法。
【0009】
[2]前記糖タンパク質から遊離させた前記糖鎖および細胞ライセート中の遊離糖鎖のいずれか一方または両方を担体で精製する工程をさらに含む、[1]に記載の糖タンパク質の糖鎖の精製方法。
【0010】
[3]前記担体で精製する工程を経た前記糖鎖および前記遊離糖鎖の一方又は両方を、標識化合物により標識する工程をさらに含む、[2]に記載の糖タンパク質の糖鎖の精製方法。
【0011】
[4]前記標識する工程の後に、余剰の前記標識化合物を除去する工程をさらに含む、[3]に記載の糖タンパク質の糖鎖の精製方法。
【0012】
[5]前記夾雑物を前記吸着材に吸着させる工程を、前記標識化合物を除去する工程よりも後に行う、[4]に記載の糖タンパク質の糖鎖の精製方法。
【0013】
[6]前記吸着材は前記表面に前記酸化金属を有し、
前記酸化金属が二酸化チタンである、[1]から[5]のいずれか1つに記載の糖タンパク質の糖鎖の精製方法。
【0014】
[7]糖タンパク質から糖鎖を遊離させる糖鎖遊離剤と、
酸化金属および鉄キレート剤のいずれか一方または両方を表面に有する吸着材と、を備えた、精製キット。
【0015】
[8]遊離させた前記糖鎖を精製する担体をさらに含む、[7]に記載の精製キット。
【0016】
[9]前記糖鎖を標識する標識化合物をさらに含む、[7]または[8]に記載の精製キット。
【0017】
[10]前記吸着材は前記表面に前記酸化金属を有し、
前記酸化金属が二酸化チタンである、[7]から[9]のいずれか1つに記載の精製キット。
【0018】
[11]糖タンパク質から糖鎖を遊離させる糖鎖遊離剤を、細胞ライセートが収容される容器内に供給する遊離剤供給部と、
前記細胞ライセート中の夾雑物を吸着する吸着部とを備え、
前記吸着部は、酸化金属および鉄キレート剤のいずれか一方または両方を表面に有する吸着材を備えた、精製装置。
【0019】
[12]前記吸着材は前記表面に前記酸化金属を有し、
前記酸化金属が二酸化チタンである、[11]に記載の精製装置。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、細胞ライセートを試料として用いた場合に、目的の糖鎖以外の夾雑物を減少させることが可能な、糖タンパク質の糖鎖の精製方法、精製キット及び精製装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の好ましい実施形態にかかる糖タンパク質の糖鎖を精製する方法の流れを示す模式図である。
図2図1に示された実施形態の精製工程で用いる担体の一例を示す模式図である。
図3】従来の方法により糖タンパク質の糖鎖を遊離・精製した反応液を液体クロマトグラフィーにかけたクロマトグラムである。
図4図3に示された第1ピークにかかるマススペクトルである。
図5図3に示された第2ピークにかかるマススペクトルである。
図6図1に示された方法において、吸着材を含むチップを用いた吸着処理回数別のクロマトグラムである。
図7】本発明の他の好ましい実施形態にかかる精製装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1は、本発明の一実施形態にかかる糖タンパク質の糖鎖を精製する方法の流れを示す模式図である。本実施形態にかかる糖鎖精製方法は、遊離工程(遊離させる工程)K1と、精製工程(精製する工程)K2と、標識工程(標識する工程)K3と、除去工程K4(除去する工程)と、吸着工程(吸着させる工程)K5を備えている。
【0023】
(精製方法に供する試料の用意)
精製方法に供する試料には、細胞や血清、血漿、尿、唾液等を用いることが可能であるが、特に細胞ライセートを試料として用いた場合に有用である。なお、本明細書における「細胞」には細胞の集団である組織も含まれるものとする。
【0024】
精製方法に供する試料として細胞ライセートを用意する場合、細胞を破砕する方法として、例えば、ホモジナイザーや超音波、界面活性剤等を用いる方法の他、細胞を凍結融解する方法、細胞に浸透圧をかける方法が挙げられるが、これらに限定されるものではない。細胞を破砕することで、細胞内に含まれる糖タンパク質を溶液中に放出させることができる。
【0025】
なお、本明細書において、「細胞ライセート」とは、単に細胞を破砕して得た溶液に限られず、当該溶液を希釈し、当該溶液に対し何らかの成分を添加し、又は当該溶液に対し精製等の何らかの処理を行ったものも含むものとする。
【0026】
[遊離工程]
遊離工程K1では、糖鎖Scが結合したタンパク質Prである糖タンパク質を含む試料に糖鎖遊離剤を作用させることで、試料に含まれる細胞の糖タンパク質から分析対象となる糖鎖Scを遊離させる。
【0027】
これにより、細胞ライセート中にもともと遊離状態で存在していた遊離糖鎖に加え、糖タンパク質に含まれる糖鎖についても、溶液中にタンパク質から遊離した状態で得ることができる。
【0028】
糖鎖とタンパク質との連結には、アスパラギン残基のアミノ基にNアセチルグルコサミンがN-グリコシド結合で連結する様式と、セリン及びスレオニン残基の水酸基にN-アセチルガラクトサミンがO-グリコシド結合で連結する様式がある。
【0029】
N-グリコシド結合で連結する糖鎖はO-結合型糖鎖と呼ばれ、O-グリコシド結合で連結する糖鎖はO-結合型糖鎖と呼ばれる。糖鎖の結合様式によって糖鎖遊離剤が使い分けられることで、糖鎖をタンパク質から遊離させることができる。
【0030】
糖鎖遊離剤としては、ペプチドN-グリカナーゼやN-グリコシダーゼ、エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ、O-グリコシダーゼを用いることができる他、ヒドラジン処理、アルカリ処理によるβ脱離等の方法を用いることができる。
【0031】
分析対象である糖鎖がN-結合型糖鎖である場合、糖鎖遊離剤として例えばN-グリコシダーゼを用いることができる。この場合には、グリコシダーゼ処理を行うのに先立って、トリプシンやキモトリプシンなどを用いてプロテアーゼ処理を行ってもよい。
【0032】
一方、分析対象である糖鎖がO-結合型糖鎖である場合、例えばO-グリコシダーゼの他、強アルカリ水溶液で糖鎖をβ脱離することができる。
【0033】
糖鎖を遊離させる糖タンパク質としては、固相に固定されたものであってもよい。この場合には、固相に固定された糖タンパク質に糖鎖遊離剤を作用させて糖鎖を遊離させる。固定の態様としては、水素結合及びイオン結合、並びに共有結合が含まれる。固相は、カラム、マルチウェルプレートの各ウェル、フィルタープレートの各ウェル、マイクロチューブ等の容器の中に充填された状態で使用されてもよい。
【0034】
グリコシダーゼ等の糖鎖遊離剤は、水または緩衝液中に分散された状態で用意されてもよい。緩衝液を用いる場合、緩衝剤としては、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、塩化アンモニウム、クエン酸水素二アンモニウム、カルバミン酸アンモニウム等が挙げられる。糖鎖遊離剤として酵素を用いた場合、緩衝液のpHは5~10であるものが好ましい。緩衝液のpHがこの範囲内であると、酵素の活性を保ちやすい。水または緩衝液は、糖鎖遊離剤とともに、金属塩等の塩類、グリセロール等のタンパク質の安定化剤等の成分を含有していてもよい。
【0035】
[精製工程]
精製工程K2では、遊離工程K1で糖タンパク質から遊離させた糖鎖Scおよび細胞ライセート中にもともと遊離した状態で存在していた遊離糖鎖Scのいずれか一方または両方を、担体Caにより精製する。糖鎖を精製するための担体Caとしては、親水基を表面に持つ担体であれば特に限定されず、親水基としては例えば2級アミノ基、3級アミノ基、4級アンモニウム基、イミノ基、イミニウム基、リン酸基、カルボキシル基、ホスホン酸基、ホスフィン酸基、スルホン酸基、スルフィン基、スルフェン基、水酸基、チオール基、ボロン酸基、ヒドロキシル基、チオール基、アルデヒド基、アミド基、ベタイン構造等を有する担体が挙げられる。中でも例えば、ベタイン構造を有する担体が好ましく用いられ、下記の(A)(B)の少なくともいずれか一方を含有するものが挙げられる。
(A)ベタイン構造を有するポリマー
(B)ベタイン構造を有するポリマーと、当該ポリマーを担持する支持体と、を有する複合体
【0036】
本実施形態の糖類含有化合物の精製方法で用いる上記(A)(B)の担体は、いずれもベタイン構造を有する。このような担体は、ベタイン構造を有する部分において、試料中の糖類含有化合物を吸着する。
【0037】
「ベタイン構造」とは、下記(a)~(c)の要件を満たす分子構造を意味する。
(a)正電荷と負電荷を同一分子構造内の隣り合わない位置に有する。
(b)正電荷を持つ原子には解離しうる水素が結合していない。
(c)分子構造全体としては電荷を持たない。
【0038】
(担体)
ベタイン構造を含む担体を使用する場合、その構造は、具体的には、下記式(1)または式(2)のいずれかの構造である。下記式(1)または式(2)のいずれかの構造を分子内に有する化合物は、分子末端にベタイン構造を有する。
-Z-L-A …(1)
-A-L-Z …(2)
[式(1)(2)中、Zは、2級アミノ基、3級アミノ基、4級アンモニウム基、イミノ基及びイミニウム基からなる群より選択されるカチオン基を表す。
Lは、炭素数1~10のアルキレン基を表す。
Aは、リン酸基、カルボキシル基、ホスホン酸基、ホスフィン酸基、スルホン酸基、スルフィン基、スルフェン基、水酸基、チオール基及びボロン酸基からなる群より選択されるアニオン基を表す。]
【0039】
すなわち、担体におけるベタイン構造は、アニオン基と、カチオン基と、アニオン基とカチオン基とを連結するリンカーと、を有する。
【0040】
((B)ベタイン構造を有するポリマーと、ポリマーを担持する支持体と、を有する複合体)
担体としては、上記ポリマーAを単独で用いてもよく、ポリマーAを不溶性の支持体に担持させた複合体として用いてもよい。上記ポリマーAを不溶性の支持体に担持させた複合体は、糖類含有化合物を吸着させた後、混合液から分離しやすく、精製操作が簡便になるため好ましい。
【0041】
図2は、図1に示された実施形態の精製工程で用いる担体の一例を示す模式図である。
【0042】
図2に示すように、担体Caは、ベタイン構造を有するポリマー(ポリマーA)と、当該ポリマーを担持する支持体4とを有する複合体である。図2に示す担体Caでは、支持体4が球状(粒子状)であり、ベタイン構造を有するポリマーは、支持体4の表面に層状に設けられている。図2では、層状に設けられたポリマーの層を符号3で示しており、層3を構成するベタイン構造を有するポリマーを符号3aで示している。
【0043】
(支持体)
図2では、支持体4を、球状であることとして示したがこれに限らない。例えば、支持体の形状は、基板やマルチウェルプレート等の板状、シートやフィルム、メンブレン等の膜状、繊維状であってもよい。
【0044】
支持体4が球状であり、担体Caが球状である場合、担体Caの平均粒径は、0.5μm以上100μm以下が好ましく、1μm以上50μm以下がより好ましく、1μm以上10μm以下がさらに好ましく、3μm以上10μm以下が特に好ましい。担体Caの平均粒径が上記下限値以上であると、取り扱いが容易となり好ましい。また、担体Caの平均粒径が上記上限値以下であると、工程(I)で調製する混合液中で、糖類含有化合物と担体Caとを良好に接触させ、担体Caに糖類含有化合物を吸着させやすいため好ましい。
【0045】
担体Caの平均粒径は、例えば、粒度分布計等で測定することができる。
【0046】
担体Caは、スピンカラム等のフィルターカップ、マルチウェルプレートの各ウェル、フィルタープレートの各ウェル、マイクロチューブ等の容器の中に充填された状態で用いてもよい。
【0047】
また、図2では、ポリマー3aが支持体4の表面の全体を覆っているが、これに限らず、支持体4の表面が露出していてもよい。
【0048】
支持体4の材料は、糖類含有化合物の精製過程で使用する有機溶媒及び水に不溶な基材であり、上述のベタイン構造を有するポリマー(ポリマーA)を担持できるものを採用できる。このような支持体4の材料は、無機材料(無機化合物)であってもよく、有機材料であってもよく、無機材料と有機材料との複合材料であってもよい。
【0049】
無機材料としては、ガラス、酸化鉄(フェライト、マグネタイト等)、シリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア等の酸化物、鉄、銅、金、銀、白金、コバルト、アルミニウム、パラジウム、イリジウム、ロジウム等の金属及びその合金、グラファイト等の炭素材料等が挙げられる。
これらの材料は1種のみで用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0050】
有機材料としては、架橋ポリビニルアルコール、架橋ポリアクリレート、架橋ポリアクリルアミド、架橋ポリスチレン等の合成高分子、架橋セファロース、結晶性セルロース、架橋セルロース、架橋アミロース、架橋アガロース、架橋デキストラン等の多糖類等が挙げられる。
これらの材料は1種のみで用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0051】
支持体4としては、無機材料を用いることが好ましい。支持体4となりうる有機材料は比重が1前後であり、精製で用いる混合液との比重差が小さい。そのため、支持体4の材料として有機材料を採用すると、固液分離が煩雑になることがある。一方、支持体4の材料として無機材料を用いると、容易かつ簡便に混合液と担体とを固液分離できる。これにより、作業効率の向上に寄与することができる。
支持体4の材料としては、シリカが特に好ましい。
【0052】
支持体4は、多孔質体であってもよい。多孔質の支持体4を用いることにより、支持体4表面に固定するベタイン構造を有するポリマーAの量を増加できる。これにより、作業効率の向上に寄与することができる。
【0053】
また、空隙を有する支持体と空隙を有さない支持体とを併用する、または、多孔質体である支持体の空隙の量を調製することにより、担体全体の比重を調製することもできる。
【0054】
ポリマーAを支持体の表面に担持させる方法は、物理吸着、または、化学結合のいずれであってもよい。糖類含有化合物の精製過程において、支持体からポリマーAが遊離し難いため、上記担持させる方法は、化学結合が好ましい。
【0055】
一方、精製工程に用いる担体の他の例として、ヒドラジド基を表面に有する担体を用いることができる。より具体的には下記式(1)で表される架橋型ポリマー構造を有する化合物からなる担体も挙げられる。
【0056】
【化1】
【0057】
上記化学式(1)中、R,Rは、それぞれ独立に、1または複数の-CH-が、-O-,-S-,-NH-,-CO-または-CONH-に置換されることにより中断されていてもよい炭素数1以上20以下の炭化水素鎖を表し、R,R,Rは、それぞれ独立に、H,CHまたは炭素数2以上5以下の炭化水素基を表す。また、m,nはモノマーユニット数を表し、mとnの比はm:n=99:1~70:30である。
【0058】
上記化学式(1)で表される化合物からなる担体のより具体的な例としては、市販のキット(糖鎖精製ラベル化キットBlotGlyco(登録商標)「BS-45414」(住友ベークライト株式会社製)に付属の担体を好適に使用することができる。
【0059】
糖鎖は、水溶液等の溶液中で、環状のヘミアセタール型と非環状のアルデヒド型との平衡状態にある。ヒドラジド基は、アルデヒド型の糖鎖のアルデヒド基と反応して結合を形成し、ヒドラゾンを生じる。その結果、糖鎖を担体に捕捉することができる。また、ヒドラジド基を有する担体は、固相担体、ポリマー粒子、ミセル、リポソーム等、その形態はとくに限定されるものではないが、好適には、ポリマー粒子をカラムに充填して用いることができる。
【0060】
精製工程K2が終了すると、標識工程K3を行うのに先立って、担体を洗浄することで糖鎖以外の吸着物を除去する。
【0061】
[標識工程]
標識工程K3では、遊離した糖鎖Scを含む溶液に標識化合物Lcを含む標識試薬を加え、精製工程K2を経た糖鎖Scおよび遊離糖鎖Scの一方又は両方を標識する。
【0062】
なお、標識試薬の添加は、糖鎖が担体に付着した状態で行ってもよく、糖鎖を担体から剥がした後に行ってもよい。
【0063】
(標識化合物)
標識化合物は、糖鎖に対する反応性基と、糖鎖に付すべき修飾基とを有するものであれば特に限定されない。糖鎖に対する反応性基としては、オキシルアミノ基、ヒドラジド基、アミノ基等が挙げられる。修飾基は、糖鎖の分析手法に応じて当業者が適宜選択することができる。
【0064】
例えば、標識化合物が糖鎖への反応性基としてアミノ基を有する場合、糖鎖に付すべき修飾基としては、芳香族基が挙げられる。アミノ基及び芳香族基を有する標識化合物の使用では、還元アミノ化による修飾が行われる。芳香族基は、紫外可視吸収特性または蛍光特性を有するため、UV検出または蛍光検出での検出感度が向上する点で好ましい。
【0065】
このような芳香族基を与える標識化合物としては、具体的には、8-aminopyrene-1,3,6-trisulfonate,8-aminonaphthalene-1,3,6-trisulphonate,7-amino-1,3-naphtalenedisulfonic acid,2-amino9(10H)-acridone,5-aminofluorescein,dansylethylenediamine,2-aminopyridine,7-amino-4-methylcoumarine,2-aminobenzamide,2-aminobenzoic acid,3-aminobenzoic acid,7-amino-1-naphthol,3-(acetylamino)-6-aminoacridine,2-amino-6-cyanoethylpyridine,ethyl p-aminobenzoate,p-aminobenzonitrile及び7-aminonaphthalene-1,3-disulfonic acidが挙げられる。
【0066】
中でも、2-aminobenzamide(以下、「2-AB」という。)は、反応スケールが大きい場合であっても夾雑物(例えば、塩、タンパク質その他の生体分子)の影響を比較的受けにくい点で好ましい場合がある。本実施形態においてはこの2-ABを標識化合物として用いた前提で以下に説明を進める。
【0067】
標識化合物は、水や緩衝液、有機溶媒に溶解させて使用される。緩衝液としては、前述の遊離工程K1で用いられるものと同様の緩衝剤の水溶液が挙げられる。有機溶媒としては、N-メチルピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)及び酢酸等の極性有機溶媒、並びにヘキサン等の非極性溶媒が挙げられる。
【0068】
還元アミノ化による修飾においては、糖鎖の還元末端に形成されるアルデヒド基と標識化合物のアミノ基とを反応させ、形成されたシッフ塩基を還元剤により還元することで糖鎖の還元末端に修飾基が導入される。これにより、効率的な標識が可能となる。
【0069】
還元剤としては、シアノ水素化ホウ素ナトリウム、水素化トリアセトキシホウ素ナトリウム、メチルアミンボラン、ジメチルアミンボラン、トリメチルアミンボラン、ピコリンボラン、ピリジンボラン等が挙げられる。中でも、安全性及び反応性の両方の観点から、ピコリンボラン(2-ピコリン-ボラン)を用いることが好ましい。
【0070】
(標識工程の操作及び反応条件)
標識工程K3においては、遊離した糖鎖に対して還元アミノ化による修飾を行う場合、標識試薬は、アミノ基及び芳香族基を有する標識化合物、還元剤、及び溶媒を含んでいてもよい。標識工程K3においては、遊離工程K1が行われた容器を引き続いて用いることが可能である。
【0071】
標識化反応系は、水や緩衝液、有機溶媒等を溶媒とし、当該溶媒中に糖鎖及び標識化合物を含む標識反応液が、固相に固定されたタンパク質、その他遊離工程K1の残存物と混在した状態で構築される。
【0072】
緩衝液としては、前述の遊離工程K1で用いられるものと同様の緩衝剤の水溶液が挙げられる。有機溶媒としては、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチルピロリドン(NMP)等の非プロトン性極性有機溶媒、有機酸(ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸等)及びアルコール(メタノール、エタノール、プロパノール等)等のプロトン性極性有機溶媒、並びにヘキサン等の非プロトン性非極性溶媒が挙げられる。これらの溶媒は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0073】
標識化反応液において、標識試薬(標識反応液)は、例えば担体の使用体積の0.1~10倍体積で用いてもよく、0.5~5倍体積で用いてもよい。また、標識試薬中の標識化合物の濃度は、例えば1~20M(mol/L)であってもよく、2~15Mであってもよい。標識化合物の量が上記下限値以上であることは標識が定量的に行われる点で好ましく、上記上限値以下であることは過剰試薬の除去が容易になる点で好ましい。
【0074】
標識反応液中の還元剤の濃度は、例えば0.5~10Mであってもよく、1~7.5Mであってもよい。還元剤の量が上記下限値以上であることは標識が定量的に行われやすい点で好ましく、上記上限値以下であることは過剰試薬の除去が容易になる点で好ましい。
【0075】
溶媒の量は、担体の使用体積の0.5~10倍体積で用いてもよく、例えば1~5倍体積で用いてもよい。溶媒の量が上記下限値以上であることは溶解性の点で好ましく、上記上限値以下であることは標識が定量的に行われる点で好ましい。
【0076】
標識反応液の反応温度は例えば4~80℃であってもよく、25~70℃であってもよい。反応温度が上記下限値以上であることは反応時間が短くなる点で好ましく、上記上限値以下であることは高温による糖鎖の部分分解が抑制される点で好ましい。標識反応液の反応時間は、例えば5~600分であってもよく、30~300分であってもよい。反応時間が上記下限値以上であることは定量的な標識の点で好ましく、上記上限値以下であることは糖鎖の部分分解が抑制される点で好ましい。
【0077】
以下、還元剤としてピコリンボランを用いた場合について説明する。還元剤としてピコリンボランを用いた場合は、溶媒としてプロトン性溶媒を含むことが好ましい。これによって、2-AB及びピコリンボランを高濃度で溶解することができるため、標識工程K3に要する時間が短縮される。毒性の低いピコリンボランを用いることにより、安全性の高い標識が可能となる。
【0078】
溶媒中のプロトン性溶媒の濃度は、例えば40~100体積%であってもよい。これによって、良好な標識効率が得られる。より良好な標識効率を得る観点から、溶媒中のプロトン性溶媒の濃度は、50~100体積%以下であってもよく、75~100体積%であってもよい。
【0079】
標識反応液中のピコリンボランの量は、例えば0.5~10Mであってもよく、例えば1~7.5Mであってもよい。ピコリンボランの量が上記下限値以上であることは標識工程K3の時間短縮の点で好ましく、上記上限値以下であることは過剰試薬の除去が容易になる点で好ましい。
【0080】
還元剤としてピコリンボランを用いた場合は、溶媒の量は、担体の使用体積の0.1~10倍体積であってもよく、0.5~5倍体積であってもよい。溶媒の量が上記下限値以上であることは溶解性の点で好ましく、上記上限値以下であることは標識工程K3の時間短縮の点で好ましい。
【0081】
標識反応液の反応温度は例えば4~80℃であってもよく、25~70℃であってもよい。反応温度が上記下限値以上であることは反応時間が短くなる点で好ましく、上記上限値以下であることは高温による糖鎖の部分分解が抑制される点で好ましい。標識反応液の反応時間は、例えば2~120分であってもよく、5~40分であってもよい。反応時間が上記下限値以上であることは定量的な標識の点で好ましく、上記上限値以下であることは糖鎖の部分分解が抑制される点で好ましい。
【0082】
[除去工程]
標識工程K3が行われた反応物には、標識された糖鎖Sc以外に、未反応の余剰の標識化合物Lc、還元剤、塩類等が存在する。そこで、標識された糖鎖Scを分析する前にこれらの物質を除去することで糖鎖Scを精製することが好ましい。
【0083】
除去工程K4における除去方法としては、シリカカラム等の糖鎖親和性担体を用いた固相抽出による除去、ゲル濾過による除去、イオン交換樹脂による除去等が挙げられる。シリカカラムを用いた固相抽出による方法においては、標識された糖鎖を含む反応物を、有機溶媒の一つであるアセトニトリル中に撹拌させる。
【0084】
その後、チューブに挿入されたシリカカラムに糖鎖を含むアセトニトリルの溶液を加え、遠心分離によりシリカカラムから下方、すなわち、チューブの下部に通液させる。チューブの下部に貯留された液は廃棄する。そして再びシリカカラムにアセトニトリルを加えて遠心分離によりチューブの下部に通液させる。これを複数回繰り返すことで、未反応の標識等が取り除かれ、標識された糖鎖のみがシリカカラム上に残る。なお、より正確には、シリカカラム上に、細胞に由来する夾雑物も含まれうる。
【0085】
なお、本明細書において「細胞に由来」とは、細胞の表面または内部に元々含まれていたものや、細胞から分泌されたものを含む概念である。
【0086】
次いで、シリカカラムを新しいチューブに挿入した状態でカラムに純水を加え、遠心分離することで、チューブ内に精製された糖鎖を含む液を溜めることができる。
【0087】
[吸着工程]
吸着工程K5においては、糖鎖Scを含む溶液中に含まれる細胞に由来する夾雑物7を吸着材に吸着させる。なお、図1において、細胞に由来する夾雑物7はアスタリスク(*)で示されている。
【0088】
図3は、従来の方法により糖タンパク質の糖鎖を遊離・精製した反応液を液体クロマトグラフィーにかけたクロマトグラムである。
【0089】
例えば特許文献1に開示された、糖タンパク質から糖鎖を遊離し精製する従来の方法では、特に細胞ライセートを試料として用いた場合に、精製した糖鎖を含む溶液を、液体クロマトグラフィーを用いて分析すると、図3に示すように、クロマトグラムにおいて、糖鎖以外の未知の夾雑物が大型のピークP1,P2として検出されてしまうことが多々ある。
【0090】
その結果、本来の分析対象である糖鎖を示すピークが、当該夾雑物によるピークに隠れてしまい、精確な分析が行えない恐れがある。
【0091】
図4は、図3に示された第1ピークにかかるマススペクトルであり、図5は、図3に示された第2ピークにかかるマススペクトルである。
【0092】
発明者は、質量分析法を用いた質量解析の結果から、図3に示す第1ピークP1に現れる化合物が、五員環の糖鎖に単一のリン酸基と、上述の標識化合物の一例として用いられた2-ABとが結合した化合物(以下、「夾雑物1」という。)であり、第2ピークP2に現れる分子が、六員環の糖鎖に単一のリン酸基と、2-ABとが結合した化合物(以下、「夾雑物2」という。)であると結論付けた。
【0093】
夾雑物1としては、核酸などの構成要素であるリボース-5-リン酸が候補として考えられ、夾雑物2としては、解糖系の中間産物であるグルコース-6-リン酸やグルコース-1-リン酸、フルクトース-6-リン酸等が考えられる。
【0094】
これらは細胞に多量に含まれる化合物であり、夾雑物1,2は糖タンパク質から遊離された糖鎖とともに、精製工程K2において担体に捕捉されてしまい、糖鎖と混在してしまうものと考えられる。また、夾雑物1,2は、タンパク質等に付着せずに、遊離した単体の状態で細胞に存在するものと解される。
【0095】
発明者は、夾雑物1、夾雑物2には共通してリン酸基が含まれる点に着目し、酸化金属や鉄キレート剤を用いて夾雑物1及び2を除去することにより糖鎖の精製が可能であるとの考えに至り、発明を完成させた。
【0096】
夾雑物を吸着させる吸着材としては、酸化金属及び鉄キレート剤の少なくとも一方を表面に有するものが好ましい。酸化金属としては、例えば二酸化チタンや二酸化ジルコニウム等が好ましいが、吸着材に備わる酸化金属はこれらに限定されるものではない。鉄キレート剤としては、例えば鉄キレート樹脂を用いることができる。なお、鉄キレート樹脂とは、キレート樹脂に鉄をキレート結合させたものであり、リン酸化ペプチド濃縮キット(例えば品番「A32992」、Thermo Fisher Scientific社製)等として市販されているものを転用することができる。
【0097】
酸化金属及び鉄キレート剤の一方または両方を表面に有する吸着材、または吸着材を有する吸着部材の形態は特に限定されるものではないが、吸着材の例として、ビーズや容器、シリカ、樹脂が挙げられる。吸着材を有する吸着部材の例としては、ピペッターに装着されるチップや、カラム等が挙げられる。
【0098】
また、吸着材としてビーズを用いる場合、酸化金属及び鉄キレート剤のいずれか一方または両方を表面に有するビーズを容器内に収容または固定した状態で、糖鎖を含む溶液を当該容器に供給することで、溶液内に含まれる夾雑物1、2をビーズ表面に吸着させ、取り除くことができる。
【0099】
さらに、酸化金属及び鉄キレート剤のいずれか一方または両方が内側の表面に固定された容器に、糖鎖を含む溶液を供給することで、溶液内に含まれる夾雑物1、2を容器内側の表面に吸着させ、取り除くことも可能である。なお、容器の中に酸化金属及び鉄キレート剤の一方または両方を表面に有するシリカや樹脂等の吸着材を収容または固定し、当該容器に糖鎖を含む溶液を供給し、夾雑物1,2を吸着材に吸着させることもできる。
【0100】
吸着部材としてカラムを用いる場合には、酸化金属及び鉄キレート剤のいずれか一方または両方を表面に有するシリカや樹脂などの吸着材をフィルタとして内部に有するものを用い、当該フィルタを通じて下方へ通液させることで、夾雑物1、2の少なくとも一部が取り除かれた溶液をフィルタの下方に得ることができる。
【0101】
一方で本実施形態においては、二酸化チタンを表面に有する多孔質のシリカを吸着材Aとして内部且つ先端部付近に有するチップT(T1,T2)を吸着部材として用いた例について以下に説明を進める(図1参照)。カラムを用いる場合は、卓上遠心機等を用いて固液分離する必要があるが、チップの場合はピペッターの吸引排出(ピペッティング)操作で作業が完結できる。なお、チップT1とT2は構造的には同一のものであり、1度目の吸着処理にかかるチップTをT1と称し、2度目の吸着処理にかかるチップTをT2と称している。
【0102】
以下に、吸着工程K5における処理の一例について詳述する。
【0103】
まず、ピペッターを用いてチップT1内に、100%アセトニトリルを吸引し、排出する動作を2度繰り返した後、50%アセトニトリル水溶液にギ酸を0.1%添加した溶液を吸引し、排出する動作を2度繰り返し、平衡化する。
【0104】
その後、ピペッターを用いてチップT1内に吸引し、排出する動作を所定の回数にわたって繰り返す。この動作はいわゆるピペッティングと呼ばれる動作であり、チップT1内の吸着材Aに、糖鎖を含む溶液に含まれる夾雑物1,2を吸着させることができる。以下において、チップTを用いてピペッティングを行うことを「吸着処理」ともいう。
【0105】
こうして、チップT1内の吸着材に、糖鎖を含む溶液(試料)に含まれる夾雑物1,2を吸着させると、今度は新たなチップT2を用いて、チップT1の場合と同様にして、チップT2を平衡化させ、吸着処理を行う。
【0106】
図6は、吸着材Aを含むチップTを用いた吸着処理回数別のクロマトグラムである。図6には、チップTを用いた吸着処理を行わない場合、すなわち吸着工程K5を行わなかったときのクロマトグラムの波形W0と、チップT1のみを用いて吸着処理を1度行った場合のクロマトグラムの波形W1と、チップT1及びチップT2を用いて吸着処理を2度行ったときのクロマトグラムの波形W2が示されている。
【0107】
図6に示すように、吸着材Aを有する2つのチップT1,T2を用いて1度または2度にわたり吸着処理を行うことで、分析対象である糖鎖のピークを残しつつ、糖鎖を含む溶液(試料)に含まれる夾雑物1,2による第1、第2ピークP1,P2を大幅に抑えることができる。
【0108】
すなわち、吸着材Aを有する2つのチップT1,T2を用いて1度または2度にわたり吸着処理を行うことで、細胞に由来の糖鎖を含む試料に含まれる夾雑物1,2を減少させることができる。
【0109】
なお、チップTを用いた吸着処理の回数は3回以上であってもよい。吸着処理の回数を増やすほど夾雑物1,2の量を減少させることができる。
【0110】
以上、除去工程K4を経た糖鎖を含む溶液(試料)に含まれる夾雑物1,2を、吸着材を用いて取り除く吸着工程K5について詳細に説明を加えたが、吸着工程K5で取り除くことが可能な夾雑物は、夾雑物1,2に限られるものではない。リン酸基を含む夾雑物であれば、夾雑物の種類、及び試料としての細胞の種類を問わず、チップTやカラム等を用いた吸着工程K5で取り除くことができると考えられる。
【0111】
また、吸着工程K5が行われるタイミングが、精製工程K4の後であることは必ずしも必要でなく、他のいずれの工程の前、又は後に行われてもよい。したがって例えば吸着工程K5を遊離工程K1の前、又は後に行うことも可能である。つまり、図1に示されたK1~K5の工程の順序は、本発明の一実施形態における工程の順序に他ならない。なお、遊離工程K1に先立って吸着工程K5を行った場合、遊離工程K1に供される糖タンパク質を含む溶液には、夾雑物がほとんど含まれていないこととなる。
【0112】
さらに、吸着材として二酸化チタンを表面に有するものを例に説明を進めたが、他の酸化金属を表面に有する吸着材を用いてもよく、鉄キレート樹脂等の鉄キレート剤を表面に有する吸着材を用いてもよく、酸化金属と鉄キレート剤の両方を表面に有する吸着材を用いてもよい。これらの場合も同様に、細胞に由来の夾雑物1,2、及びリン酸基を有する他の夾雑物を減少させることができる。
【0113】
以上のようにして吸着工程が行われた溶液(試料)は、例えば液体クロマトグラフィーや、MALDI-TOF、MS等の質量分析法、電気泳動等の公知の方法を用いたときに、精確な分析が可能となる。
【0114】
図1に示された本実施形態においては、糖鎖を含む液体試料に含まれる夾雑物を吸着材に吸着させて除去する吸着工程K5が、糖鎖に付着していない未反応の標識化合物や還元剤、塩類等を除去し糖鎖の純度を上げる除去工程K4よりも後に行われる。遊離工程前後等の最初の方の工程では夾雑物が大量に存在するため、リン酸化物の除去効率が低下する恐れがある一方で、除去工程K4の後で実施すると、夾雑物はほぼリン酸化糖だけになるので、効率的に除去できる。
【0115】
また、除去工程K4の後に行うことで、夾雑物1,2の分析が可能である。リン酸化糖の例である夾雑物1,2も標識化合物により標識されているので、吸着材に吸着した標識夾雑物を回収すれば、そのままLC-MS等の分析を行うことができる。
【0116】
さらに、本実施形態によれば、二酸化チタンを含む吸着材Aを内部に備えたチップT(T1,T2)を用いることで、比較的安価に吸着工程K5を行うことが可能になる。
【0117】
なお、本実施形態にかかる糖鎖の精製方法は、遊離工程K1,精製工程K2,標識工程K3、除去工程K4、および吸着工程K5を備えているが、糖鎖の精製方法は、遊離工程K1および吸着工程K5のみを備えてもよく、遊離工程K1、精製工程K2および吸着工程K5のみを備えてもよく、遊離工程K1,精製工程K2,標識工程K3、および吸着工程K5のみを備えてもよい。
【0118】
[精製キット]
他の一実施形態にかかる精製キットは、細胞に由来する糖タンパク質から糖鎖を遊離させる糖鎖遊離剤と、遊離させた糖鎖を精製する担体と、糖鎖を標識する標識化合物と、細胞ライセート中に含まれる夾雑物を吸着する、酸化金属及び鉄キレート剤のいずれか一方または両方を表面に有する吸着材とを備えている。
【0119】
糖鎖遊離剤は、糖タンパク質の糖鎖を遊離し精製する方法についての前記実施形態において詳述したものと同様であり、糖鎖の種類に応じてペプチドN-グリカナーゼ、O-グリコシダーゼ等を用いることができる。
【0120】
担体には、精製方法にかかる前記実施形態で詳述した担体等を用いることができる。
【0121】
標識化合物は、前記実施形態で詳述したものと同様であり、例えば8-aminopyrene-1,3,6-trisulfonateや2-AB等が挙げられる。
【0122】
精製キット内の吸着材またはそれを備えた吸着部材は、前記実施形態で詳述したものと同様である。二酸化チタンや二酸化ジルコニウム等の酸化金属および鉄キレート剤のいずれか一方または両方を表面に有する吸着材を用いることにより、細胞に由来する夾雑物を吸着し、減少させることができる。
【0123】
吸着材またはそれを備えた吸着部材の形態を限定するものではないが、例えば吸着材を、酸化金属と鉄キレート剤の少なくとも一方を有するビーズや、酸化金属と鉄キレート剤の少なくとも一方を内側表面に有する容器として構成することも可能である。
【0124】
また、吸着材を酸化金属と鉄キレート剤の少なくとも一方を表面に有するシリカや樹脂を吸着部材として構成してもよい。この場合には、ピペッターに装着される吸着部材としてのチップの内部や、吸着部材としてのカラムの内部に吸着材をフィルタとして設けることも可能である。
【0125】
[装置]
図7は、本発明の他の好ましい実施形態にかかる精製装置の模式図である。
【0126】
精製装置5は、糖タンパク質から糖鎖を遊離させる糖鎖遊離剤を、細胞ライセート等の試料が収容される容器6内に供給する遊離剤供給部5aと、試料に含まれる夾雑物を吸着する吸着部5bと、精製装置5全体を制御する制御部5cを備えている。
【0127】
制御部5cの入力側には図示しない精製開始スイッチが接続されている。
【0128】
遊離剤供給部5aは、糖鎖遊離剤が貯留されたタンク5a1と、タンク5a1から容器6へ延びる第1配管5a2と、第1配管5a2に配置された第1ポンプ5a3を備えている。
【0129】
第1ポンプ5a3は、精製開始スイッチがオペレータにより押圧操作されたときに、制御部5cの制御信号に基づき所定の時間にわたって駆動し、タンク5a1内に貯留された糖鎖遊離剤を、第1配管5a2を通じて容器6へ供給する。
【0130】
その結果、糖タンパク質を含む細胞ライセート等の試料に糖鎖遊離剤が供給され、糖タンパク質から糖鎖が遊離する。
【0131】
吸着部5bは、夾雑物が取り除かれた試料の溶液が供給される容器5b1と、容器6から容器5b1へ延びる第2配管5b2と、第2配管5b2に配置された第2ポンプ5b3と、第2配管5b2の容器5b1側の端部に装着された吸着チップ5b4を備えている。
【0132】
第1ポンプ5a3の駆動を停止してから所定の遊離反応時間が経過すると、制御部5cは、第2ポンプ5b3の駆動を自動的に開始する。
【0133】
第2ポンプ5b3は、液体の吐出方向を変更可能な双方向回転型のポンプとして構成されている。このため、第2ポンプ5b3は、試料の溶液を、第2配管5b2を通じて、容器6側から容器5b1側へ供給する第1状態と、容器5b1側から容器6側へ供給する第2状態との間で切り換え可能となっている。
【0134】
制御部5cは、第2ポンプ5b3の駆動開始時に、上記の第1状態で第2ポンプ5b3を駆動する。これにより、容器6内に収容された糖鎖の試料が、第2配管5b2および吸着チップ5b4の内部を通じて、容器5b1へ移送される。
【0135】
その後、制御部5cは、第2ポンプ5b3を、第2状態と第1状態との間で所定時間ごとに交互に駆動する。これにより、糖鎖の試料が容器5b1と容器6との間で行き来を繰り返す。
【0136】
吸着チップ5b4は、リン酸基を含む夾雑物を吸着する吸着材を内部に備えており、糖鎖の試料が容器5b1と容器6との間で行き来する度に、試料に含まれる夾雑物を吸着チップ5b4に付着させ、除去することができる。
【0137】
吸着チップ5b4内に設ける吸着材としては、精製方法にかかる前記実施形態で詳述したように、酸化金属および鉄キレート剤のいずれか一方または両方を表面に有する吸着材を用いることができる。酸化金属としては、例えば、二酸化チタンや二酸化ジルコニウムが挙げられる。
【0138】
第2ポンプ5b3の駆動を開始してから所定の吸着時間が経過すると、制御部5cは、第2ポンプ5b3を第2状態として糖鎖の試料全量を容器5b1に移送する。
【0139】
その結果、容器5b1内に、夾雑物を減少させた糖鎖の溶液が得られる。
【0140】
このように、本実施形態の精製装置5によれば、オペレータは容器6に試料を収容し、精製開始スイッチを押圧操作するだけで、試料に含まれる糖タンパク質からの糖鎖の遊離と、リン酸基を含む夾雑物の除去を自動的に行うことができる。
【0141】
なお、精製開始スイッチに代えて、または精製開始スイッチとともに、第1ポンプ5a3を駆動するスイッチと、第2ポンプ5b3を第1状態で駆動するスイッチと、第2状態で駆動するスイッチをそれぞれ設け、これらのスイッチをオペレータが逐次操作することで、糖鎖の遊離と夾雑物の吸着を行えるようにしてもよい。
【0142】
以上、精製方法、精製キット、および精製装置の各実施形態について詳述したが、以下に、精製方法の一実施例について説明を加える。
【実施例0143】
本実施例では、精製方法に供する細胞として、ヒト肝癌由来細胞株であるHepG2細胞を用いた。
【0144】
(試料の準備)
3.3×10個のHepG2細胞をPBSで3回にわたり洗浄した後、pH7.5の20mMのトリス塩酸塩と、1%のトリトンX-100を10μL加え、超音波処理により細胞ライセートを得た。この細胞ライセートを精製処理に供した。
【0145】
本実施例では、EZGlyco(登録商標)O-Glycan Prep Kit(品番「BS-41601」、住友ベークライト社製)を用いて遊離工程から除去工程までを行った。
【0146】
(遊離工程)
上記細胞ライセートの試料に、上記のキット中の、50%濃度のヒドロキシルアミン溶液を含むGlycan Reagent Aおよびジアザビシクロウンデセンを含むGlycan Reagent Bを5:2の割合で混合した混合液15μLを添加して混合した。
【0147】
その後、ヒートブロックを用いて37℃で75分間にわたり混合液を加熱した。
【0148】
(精製工程)
混合液に、アセトニトリルを1000μL加えてよく混合した。
【0149】
次いで、混合液に、上記のキットに含まれる、上述の担体を含むGlycan Capturing Beadsを加えてよく混合した。
【0150】
その後、Glycan Capturing Beadsを含む混合液を上記のキットに含まれるフィルターカラムに加えた。
【0151】
次いで、フィルターカラムを、卓上の遠心機を用いて遠心し、担体と溶液とを分離し、溶液を除去した。
【0152】
その後、フィルターカラムにアセトニトリルを200μL加え、遠心により溶液を除去した。
【0153】
その後、再度アセトニトリルを200μL加え、遠心により溶液を除去した。
【0154】
(標識工程)
ピコリンボランおよび2-ABの混合液をGlycan Capturing Beadsに添加した後、溶液を回収し、得られた溶液を50℃で2.5時間にわたり加熱し、糖鎖を蛍光標識した。
【0155】
(除去工程)
標識された糖鎖を含む溶液を、上記のキットに含まれるCleanup Column(上述のシリカカラム)を用いて、糖鎖に付着していない過剰な試薬を取り除いた。
【0156】
(吸着工程)
除去工程で得られた溶液を、MonoTip(登録商標)Tio、(ジーエルサイエンス社製、品番「5010-21007」)を用いて吸着処理した。
【0157】
詳細には、まず、ピペッターにMonoTipを装着し、100%アセトニトリル100μLを吸引・吐出して平衡化した。
【0158】
次いで、0.1%のギ酸を含む50%のアセトニトリル水溶液100μLを吸引・吐出して、平衡化した。
【0159】
その後、2-ABにより標識された糖鎖を含む溶液50μLを、MonoTipを用いて吸引と吐出を繰り返し、吸着処理を行った。
【0160】
このとき、吸着処理を1度行った系と、2つのMonoTipを用いて吸着処理を計2度にわたり行った系をそれぞれ設けた。また、除去工程までの各工程を経た溶液に対し、吸着処理を行わなかった系も別途設けた。
【0161】
(LC-MS分析)
上記の精製方法で得られた3つの系の糖鎖試料溶液を、それぞれ、遠心乾燥機を用いて一旦乾固させた後、超純水10μLに再溶解させた。
【0162】
次いで、3つの各系について、再溶解液10μLのうちの1μLを液体クロマトグラフィー質量分析法に供した。
【0163】
こうして得られた各系のクロマトグラムが図6に示されたものである。標識された糖鎖を含む溶液に対し、吸着処理を行わなかった系の波形がW0(比較例)として示され、吸着処理を一度行った系の波形がW1(実施例1)として示され、吸着処理を2度にわたり行った系の波形がW2(実施例2)として示されている。
【符号の説明】
【0164】
1,2…標識化合物が付着した夾雑物、3…ポリマー層、4…支持体、5…精製装置、5a…遊離剤供給部、5a1…タンク、5a2…第1配管、5a3…第1ポンプ、5b…吸着部、5b1…容器、5b2…第2配管、5b3…第2ポンプ、5b4…吸着チップ、5c…制御部、6…試料を収容する容器、7…夾雑物、A…吸着材、Ca…担体、K1…遊離工程、K2…精製工程、K3…標識工程、K4…除去工程、K5…吸着工程、Lc…標識化合物、Pr…タンパク質、P1…第1ピーク、P2…第2ピーク、Sc…糖鎖、T…チップ、W0…波形、W1…波形、W2…波形
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7