(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024081391
(43)【公開日】2024-06-18
(54)【発明の名称】岩石の湿度変化による割れ目進展速度の推定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 17/00 20060101AFI20240611BHJP
G01N 3/00 20060101ALI20240611BHJP
E02D 1/04 20060101ALI20240611BHJP
【FI】
G01N17/00
G01N3/00 D
E02D1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022194992
(22)【出願日】2022-12-06
(71)【出願人】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100116207
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100096426
【弁理士】
【氏名又は名称】川合 誠
(72)【発明者】
【氏名】久河 竜也
(72)【発明者】
【氏名】浦越 拓野
【テーマコード(参考)】
2D043
2G050
2G061
【Fターム(参考)】
2D043BA08
2D043BA10
2G050BA03
2G050EA02
2G050EB01
2G061AA20
2G061AC09
2G061BA03
2G061CA06
2G061CB03
2G061CB07
2G061EA04
2G061EB04
(57)【要約】
【課題】岩石の割れ目進展速度を予測することが可能となり、それにより、岩盤からの落石発生時期を予測することも可能となり、災害事象を防止することができるようにする。
【解決手段】サンプリングした岩石から供試体を作製する工程と、供試体に温度一定の条件下で相対湿度の変化を与え、供試体のひずみを計測する工程と、供試体のひずみの計測結果に対してフィッティングを行うことによって、ひずみの変化速度を表す式の定数の値を求める工程と、ひずみの変化速度を表す式と、等方な岩石内で応力とひずみとの関係を表す式とから、岩石内の遠方応力を得る工程と、遠方応力から、岩石内の割れ目に関する応力拡大係数を得る工程と、応力拡大係数から、パリス則による割れ目進展速度を推定する工程と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプリングした岩石から供試体を作製する工程と、
前記供試体に温度一定の条件下で相対湿度の変化を与え、前記供試体のひずみを計測する工程と、
前記供試体のひずみの計測結果に対してフィッティングを行うことによって、ひずみの変化速度を表す式の定数の値を求める工程と、
前記ひずみの変化速度を表す式と、等方な岩石内で応力とひずみとの関係を表す式とから、岩石内の遠方応力を得る工程と、
前記遠方応力から、岩石内の割れ目に関する応力拡大係数を得る工程と、
前記応力拡大係数から、パリス則による割れ目進展速度を推定する工程と、を備え、
前記ひずみの変化速度を表す式は、前記ひずみの変化速度は現在のひずみと平衡状態のひずみとの差に比例し、前記平衡状態のひずみは相対湿度に対して線形に変化することを表すことを特徴とする岩石の湿度変化による割れ目進展速度の推定方法。
【請求項2】
割れ目で境された不安定な岩塊がある場合、推定された前記割れ目進展速度に基づき、割れ目残存部の耐力が岩塊の荷重による引張力を下回るまでの時間を算出することによって落石発生時期を推定し得る、請求項1に記載の岩石の湿度変化による割れ目進展速度の推定方法。
【請求項3】
前記フィッティングは、相対湿度を階段状に変化させ、前記供試体のひずみが一定値になるまで前記ひずみを計測することを複数回繰り返した計測結果に対して行われる、請求項1に記載の岩石の湿度変化による割れ目進展速度の推定方法。
【請求項4】
前記岩石は、鉄道の線路沿線に分布する岩盤からサンプリングされる、請求項1に記載の岩石の湿度変化による割れ目進展速度の推定方法。
【請求項5】
前記ひずみの変化速度を表す式は以下の式である、請求項1に記載の岩石の湿度変化による割れ目進展速度の推定方法。
ε:ひずみ
t:時間
H:相対湿度
k、a、b:フィッティングを行うことによって求められる定数
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、岩石の湿度変化による割れ目進展速度の推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、岩盤等を構成する岩石の割れ目や間隙についての情報を得るために、各種の技術が提案されている(例えば、特許文献1~3参照。)。
【0003】
例えば、特許文献1に記載された技術では、地中の岩盤の割れ目及び間隙についての情報を得ることができる。また、特許文献2に記載された技術では、切羽奥部の岩盤内の割れ目分布を探索することができる。さらに、特許文献3に記載された技術では、割れ目の進展を含む岩石破砕に関して、割れ目のネットワークの描画を行うことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平05-247920号公報
【特許文献2】特開平04-190187号公報
【特許文献3】特許第6926352号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記従来の技術では、現状の割れ目に関する情報を得ることができるものの、割れ目が将来拡大することに関して、割れ目の進展に寄与する条件等の情報を得ることができず、岩盤中の岩石の割れ目の進展速度を推定することはできなかった。
【0006】
岩石の割れ目の進展速度を推定することができれば、岩石の割れ目の進展による岩盤からの落石発生時期の予測に寄与するので、落石によって鉄道等のインフラストラクチャー、すなわち、インフラが受ける被害を回避又は低減することができる。
【0007】
なお、岩石の割れ目の進展には、乾湿の繰り返し、気温の変化に起因する応力の発生、割れ目内の水の凍結膨張、割れ目内に貫入した木根の成長等の様々な自然現象が寄与する。これらの自然現象のうち、乾湿の繰り返しと気温の変化とを比較すると、気温の変化よりも、乾湿の繰り返しによるひずみの発生の方が、岩石の割れ目の進展に寄与する程度が大きい。また、割れ目内の水の凍結膨張は、寒冷地では重要であるが、寒冷地以外の凍結が生じない地域では無視し得るものである。さらに、割れ目内に貫入した木根は、特に強風時に割れ目に荷重を付与するが、強風時には、インフラの使用停止、インフラの点検等の措置を行うことによって、災害事象を防止することができる。
【0008】
ここでは、前記従来の技術の問題点を解決して、岩石の割れ目進展速度を予測することを可能とし、その結果を岩盤からの落石発生時期の予測につなげることで、災害事象を防止することができる岩石の湿度変化による割れ目進展速度の推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そのために、岩石の湿度変化による割れ目進展速度の推定方法においては、サンプリングした岩石から供試体を作製する工程と、前記供試体に温度一定の条件下で相対湿度の変化を与え、前記供試体のひずみを計測する工程と、前記供試体のひずみの計測結果に対してフィッティングを行うことによって、ひずみの変化速度を表す式の定数の値を求める工程と、前記ひずみの変化速度を表す式と、等方な岩石内で応力とひずみとの関係を表す式とから、岩石内の遠方応力を得る工程と、前記遠方応力から、岩石内の割れ目に関する応力拡大係数を得る工程と、前記応力拡大係数から、パリス則により割れ目進展速度を推定する工程と、を備え、前記ひずみの変化速度を表す式は、現在のひずみと平衡状態のひずみとの差に比例し、前記平衡状態のひずみは相対湿度に対して線形に変化することを表し、以下の式のように書ける。
ε:ひずみ
t:時間
H:相対湿度
k、a、b:フィッティングを行うことによって求められる定数
【0010】
前記フィッティングは、相対湿度を階段状に変化させ、前記供試体のひずみが一定値になるまで前記ひずみを計測することを複数回繰り返した計測結果に対して行われる。
【0011】
さらに、割れ目で境された不安定な岩塊がある場合、推定された前記割れ目進展速度に基づき、割れ目残存部の耐力が岩塊の荷重による引張力を下回るまでの時間を算出することによって落石発生時期を推定し得る。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、岩石の割れ目進展速度を予測することが可能となり、それにより、岩盤からの落石発生時期を予測することも可能となり、災害事象を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本実施の形態における剥落型落石の例を説明する図である。
【
図2】本実施の形態における岩石の供試体に湿度変化を与える実験を示す模式図である。
【
図3】本実施の形態における岩石の供試体を示す写真である。
【
図4】本実施の形態における岩石の供試体に湿度変化を与える実験での温度及び湿度の変化を示すグラフである。
【
図5】本実施の形態における岩石の供試体に湿度変化を与える実験の結果を示すグラフである。
【
図6】本実施の形態における平衡状態の岩石のひずみの概念図である。
【
図7】本実施の形態における岩石の供試体に湿度変化を与える実験の結果に基づいて得られた岩石のひずみと湿度との関係を示すグラフである。
【
図8】本実施の形態における岩盤の岩石内の応力分布を示す模式図である。
【
図9】本実施の形態における不安定岩塊を含む岩盤を示す模式図である。
【
図10】本実施の形態における落石発生時期を推定する方法の動作を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0015】
図1は本実施の形態における剥落型落石の例を説明する図である。なお、図において、(a)は岩盤斜面の一例を示す写真、(b)は(a)の一部の割れ目の状態及び岩塊が割れ目で分離して落下する状態を示す模式図である。
【0016】
図に示されるような岩盤10の斜面において、割れ目11で境された不安定岩塊12は、温度変化、乾湿繰り返し等の作用を受けて割れ目11が進展し、割れ目11で分離して落石12aとなって落下する。すなわち、落石発生に至る。重要なインフラの一つである鉄道の線路沿線に分布する岩盤10の斜面に対し、効率的にハード対策を実施するためには、落石発生の場所、時期、規模等を予測することができることが望ましい。
【0017】
そこで、本実施の形態においては、落石発生時期の予測に活用することができる岩石の湿度変化による割れ目進展速度の推定方法について説明する。
【0018】
なお、落石発生によって被害を受けるインフラは鉄道に限るものではないが、ここでは、説明の都合上、鉄道である場合について説明する。また、岩盤10の斜面も、いかなる場所に分布するものであってもよいが、ここでは、説明の都合上、鉄道の線路沿線に分布するものとして説明する。
【0019】
さらに、岩石の割れ目11の進展には、岩石の湿度変化以外にも様々な自然現象が寄与するが、「発明が解決しようとする課題」の項において説明した理由によって、気温の変化、及び、割れ目内の水の凍結膨張は、本実施の形態における考慮の対象外とする。また、豪雨、強風及び地震の際には、事前に定められた規制値を超えると、列車の徐行や運転見合わせのような措置が取られ、鉄道の安全が確保されるようになっているので、豪雨、強風及び地震も、本実施の形態における考慮の対象外とする。
【0020】
次に、本実施の形態における岩石のひずみの変化速度を測定する実験について説明する。
【0021】
図2は本実施の形態における岩石の供試体に湿度変化を与える実験を示す模式図、
図3は本実施の形態における岩石の供試体を示す写真、
図4は本実施の形態における岩石の供試体に湿度変化を与える実験での温度及び湿度の変化を示すグラフ、
図5は本実施の形態における岩石の供試体に湿度変化を与える実験の結果を示すグラフ、
図6は本実施の形態における平衡状態の岩石のひずみの概念図、
図7は本実施の形態における岩石の供試体に湿度変化を与える実験の結果に基づいて得られた岩石のひずみと湿度との関係を示すグラフである。
【0022】
一般に、多孔質材料は、温度変化や含水率変化によってひずみが生じる。すなわち、温度変化に関して、多孔質材料は、温めると伸び、冷やすと縮む。また、含水率変化に関して、多孔質材料は、吸水すると伸び、乾燥すると縮む。
【0023】
そこで、岩石に温度変化や湿度変化を与えて岩石のひずみを測定したところ、常温では、主として湿度変化によってひずみが発生することが分かった。常温とは、JISZ8703では、20〔℃〕±15〔℃〕(5〔℃〕~35〔℃〕)と規定されている。なお、温度変化時には、温めると縮み、冷やすと伸びるという結果であった。これは、温めると水分が蒸発して乾燥し、その結果縮む、という現象が起きているからである、と突き止めることができた。
【0024】
このような理由から、本実施の形態においては、岩石の供試体13を作製し、
図2に示されるように、恒温恒湿槽15に供試体13を入れ、加湿及び除湿を繰り返すことにより、供試体13に湿度変化を与え、相対湿度とひずみとの関係を測定した。
【0025】
前記供試体13は、具体的には、
図3に示されるように、来待砂岩及び田下凝灰岩のブロックから作製した板状の部材であり、その寸法は、厚さ15〔mm〕、幅30〔mm〕、長さ130〔mm〕である。そして、幅30〔mm〕及び長さ130〔mm〕の二面の中央にひずみゲージが貼り付けられている。なお、岩石中の平均粒径は、来待砂岩の場合0.60〔mm〕であり、田下凝灰岩の場合0.49〔mm〕である。また、ひずみゲージのゲージ長は、平均粒径の10倍以上となる10〔mm〕である。
【0026】
実験は、雰囲気温度(空気の温度)を一定とし、相対湿度のみを変化させて行われた。具体的には、恒温恒湿槽15内に、来待砂岩の供試体13及び田下凝灰岩の供試体13を2個ずつ入れ、
図4に示されるように、空気の温度を35〔℃〕で一定に保持し、相対湿度を40〔%〕~85〔%〕の範囲で変化させ、ひずみゲージによって各供試体13のひずみを測定した。なお、
図4において、横軸は経過時間〔時〕を示し、左縦軸は相対湿度〔%〕を示し、右縦軸は温度〔℃〕を示している。
【0027】
そして、前記実験の結果が
図5に示されている。なお、
図5において、横軸は実験開始からの経過時間〔時〕を示し、左縦軸はひずみ〔10
-6〕を示し、右縦軸は相対湿度〔%〕を示している。
【0028】
図5に示される結果から、供試体13に対してステップ関数状の湿度変化を与えると、(A)ひずみが、遅れを持って湿度変化に応答し、平衡状態のひずみε
eqに漸近する挙動を示すこと、及び、(B)平衡状態のひずみε
eqは、湿度を上昇させると増加し、湿度を低下させると減少すること、が分かる。なお、
図6には、平衡状態のひずみε
eqの概念が示されている。
図6において、横軸は経過時間を示し、縦軸は、上側のグラフでは相対湿度を示し、下側のグラフではひずみを示している。
【0029】
このことから、相対湿度をHとした場合、温度一定の条件下では、(C)ひずみεの変化速度は、現在のひずみεと、平衡状態のひずみεeq、すなわち、最終的なひずみεeqとの差に比例すること、及び、(D)最終的なひずみεeqは、相対湿度Hに対して線形に変化すること、が分かる。
【0030】
上記(C)及び(D)のことは、実験で定められる定数k、a、bを用いて、以下の式(1)及び(2)のように表すことができる。
【0031】
【0032】
そして、前記式(1)及び(2)より、以下の式(3)を得ることができる。
【0033】
【0034】
ここで、定数k、a、bの値は、
図5に示されるような実験結果(計測結果)に対してフィッティングを行うことによって得ることができる。フィッティングした例は、
図7に示されている。なお、
図7において、横軸は時間〔分〕を示し、左縦軸はひずみ〔10
-6〕を示し、右縦軸は相対湿度〔%〕を示している。
【0035】
実際にフィッティングを行う場合、温度一定で相対湿度を変化させることができる恒温恒湿槽15又は炉を用意する。また、
図3に示されるような岩石の供試体13を作製し、その両面にひずみゲージを貼り付ける。そして、恒温恒湿槽15又は炉内に供試体13を入れ、相対湿度を変化させ、ひずみを記録する。このとき、相対湿度は、
図6に示されるように、階段状に変化させる。また、ひずみは、一定値になるまで計測する。このような試験を繰り返し実施することにより、フィッティングによって得られる定数k、a、bの値の精度を高めることができる。
【0036】
次に、前記実験によって得られた知見に基づく、岩石の割れ目11の進展速度を推定する方法について説明する。
【0037】
図8は本実施の形態における岩盤の岩石内の応力分布を示す模式図である。なお、図において、(a)は割れ目のない等方な岩石内を示す図、(b)は割れ目のある岩石内を示す図である。
【0038】
図8(a)に示されるような等方な岩盤10の岩石内での応力σとひずみεとの関係は、i及びj=x、y、zとすると、一般に以下の式(4)によって得ることができる。
σ
ij=2Gε
ij+2Gν/(1-2ν)ε
kkδ
ij ・・・式(4)
【0039】
ここで、Gはせん断剛性率、νはポアソン比、δijはクロネッカーのデルタ(δ)で、i=jのときはδij=1、i≠jのときはδij=0である。また、εkkは体積ひずみであり、εkk=εxx+εyy+εzzである。
【0040】
そして、前記式(3)及び(4)から、適当な境界条件の下における割れ目11のない岩石内の応力分布が分かる。なお、実際の岩盤10の岩石の場合、前記式(3)に代入される相対湿度Hは、現地で計測した相対湿度である。
【0041】
ここで、
図8(b)に示されるような長さwの割れ目11を含む岩盤10の岩石を考えると、割れ目11の先端から距離r(ここでは、r≪wであるものとする。)の点における応力は、以下の式(5)によって表される。
割れ目先端から距離rにおける応力=K/sqrt(2πr) ・・・式(5)
【0042】
ここで、KはモードIの亀裂(割れ目11)に関する応力拡大係数であり、以下の式(6)によって表される。
K∝σ0 sqrt(πw) ・・・式(6)
【0043】
なお、σ0 は遠方応力であり、前記式(3)及び(4)から算出される。
【0044】
ここで、繰り返しに対する疲労の観点から、パリス則(Paris law)を適用すると、割れ目11の進展する速度は、以下の式(7)によって表される。
疲労での割れ目進展速度=C(ΔK)m ・・・式(7)
【0045】
なお、ΔKは、応力拡大係数範囲であり、Kの最大値と最小値との差である。また、C及びmは、材料によって定まる定数である。C及びmの値は、文献に記載されている値を用いることができ、記載されていない場合には実験によって定めることができる。
【0046】
応力が引張応力である場合を正として、Kの最大値及び最小値は前記式(6)から定まる(圧縮応力が作用する場合、Kの最小値は0とする。)。
【0047】
以上によって、前記式(7)から、疲労での割れ目進展速度を定めることができる。
【0048】
つまり、サンプリングした岩石から供試体13を作製する工程と、供試体13に温度一定の条件下で相対湿度の変化を与え、供試体13のひずみεを計測する工程と、供試体13のひずみεの計測結果に対してフィッティングを行うことによってひずみεの変化速度を表す式(3)の定数k、a、bの値を求める工程と、ひずみεの変化速度を表す式(3)と等方な岩石内で応力σとひずみεとの関係を表す式(4)とから岩石内の遠方応力σ0 を得る工程と、遠方応力σ0 から岩石内の割れ目11に関する応力拡大係数Kを得る工程と、応力拡大係数Kからパリス則による割れ目進展速度を推定する工程を行うことによって、岩石の湿度変化による割れ目進展速度を推定することができる。
【0049】
次に、落石発生時期を推定する方法について説明する。
【0050】
図9は本実施の形態における不安定岩塊を含む岩盤を示す模式図である。
【0051】
割れ目進展速度を用いた落石発生時期の推定には、いくつかの方法が考えられる。得られた落石発生時期の中で、最も短い落石発生時期を用いて対策工の設置計画等に活用することによって、工学的に安全側の評価となる。
【0052】
亀裂(割れ目11)の長さが無限大に発散する時間を落石発生時期とする場合、例えば、パリス則を時間発展式として解いた結果求まるtfを落石発生時期とみなすことができる(例えば、非特許文献1参照。)。tfは以下の式(8)によって表される。
【0053】
【0054】
ここで、w0 は時刻0の亀裂の長さである。
【0055】
【非特許文献1】奈良禎太ら、「岩石と高強度高緻密コンクリートにおけるサブクリティカルき裂進展と長期強度」、日本材料学会編、材料、Vol.58、No.6、pp.525-532、2009年6月
【0056】
また、
図9に示されるように、岩盤10の岩塊14中に割れ目11で境された不安定岩塊12があった場合、割れ目残存部の耐力が岩塊14の荷重による引張力を下回ったときに破断する。つまり、以下の式(9)が成立するときに破断する、とも考えられる。
St(L-w)<ρghcosθ ・・・式(9)
【0057】
ここで、Stは引張強度、Lは不安定岩塊12の幅、wは割れ目11の長さ、ρは不安定岩塊12の密度、gは重力加速度、hは不安定岩塊12の下端から割れ目11までの高さ、θは重力と引張力の作用する方向との角度である。
【0058】
なお、L及びhの値は、岩盤10の表面を測定することによって得られる。また、wの値は、岩盤10を横から見て測定することができれば、その値を用いるが、目視では測定することができず、割れ目11の奥行きが分からない場合は、振動測定によって推定可能である(例えば、非特許文献2参照。)。
【0059】
不安定岩塊12の卓越周波数fは、以下の式(10)によって表される。
【0060】
【0061】
ここで、Eは不安定岩塊12のヤング率、dは割れ目11の開口幅である。なお、不安定岩塊12の重心は、割れ目11からh/2の位置にあるものとする。
【0062】
卓越周波数fを測定することによって、前記式(10)から、割れ目11の長さ(奥行き)wを得ることができる。
【0063】
【非特許文献2】上半ら、「非接触振動計測による岩塊崩落危険度の定量評価手法の検討」、鉄道総研報告、Vol.26、No.8、pp.47-52、2012
【0064】
そして、割れ目11の長さwの進展速度は、前述のように、式(7)によって定めることができるので、前記式(9)が成立するまでに至る時間が分かる。これにより、落石発生時期を推定することができる。
【0065】
なお、前記式(8)によって表されるtfを落石発生時期とみなす場合と、前記式(9)が成立するまでに至る時間によって落石発生時期を推定する場合とでは、後者のほうが安全側の評価となる。ただし、後者のほうが取得しなければならないパラメータが多くなる。
【0066】
次に、本実施の形態における落石発生時期を推定する方法の全体的な動作について説明する。
【0067】
図10は本実施の形態における落石発生時期を推定する方法の動作を説明するフローチャートである。
【0068】
まず、ステップS1で、現地から岩石をサンプリングする。ここでは、鉄道の線路沿線に分布する岩盤10から岩石をサンプルとして採取するものとする。
【0069】
次に、ステップS2で、岩石から板状供試体を作製する。具体的には、ステップS1で採取した岩石から、
図3に示されるような板状の部材を作製し、供試体13とする。そして、各供試体13の両面の中央にひずみゲージを貼り付ける。
【0070】
次に、ステップS3で、温度一定で湿度変化のみを与え、ひずみを計測する。具体的には、ステップS2で作製した供試体13を、
図2に示されるように、恒温恒湿槽15に入れ、雰囲気温度(空気の温度)を一定とし、相対湿度のみを変化させ、供試体13のひずみを測定する。
【0071】
次に、ステップS4で、ひずみを再現するように、定数k、a、bをフィッティングにより定める。具体的には、相対湿度を、
図6に示されるように、階段状に変化させ、ひずみを、一定値になるまで計測する。このような試験を繰り返し、フィッティングの結果の平均をとることで、ひずみの変化速度を表す式(3)における定数k、a、bの値を定める。
【0072】
次に、ステップS5で、割れ目進展速度を推定する。具体的には、ステップS4で定めた定数k、a、bを含む式(3)とともに、式(4)~(6)を用いて、割れ目11の進展速度を表す式(7)を得る。
【0073】
最後に、ステップS6で、落石発生時期を推定する。具体的には、ステップS5で得た式(7)から、式(9)が成立するまでに至る時間によって落石発生時期を推定するか、又は、式(8)によって表されるtfを落石発生時期とみなす。
【0074】
次に、フローチャートについて説明する。
ステップS1 現地から岩石をサンプリングする。
ステップS2 岩石から板状供試体を作製する。
ステップS3 温度一定で湿度変化のみを与え、ひずみを計測する。
ステップS4 ひずみを再現するように、定数k、a、bをフィッティングする。
ステップS5 割れ目進展速度を推定する。
ステップS6 落石発生時期を推定する。
【0075】
このように、ステップS1~S5の動作を行うことによって、鉄道の線路沿線に分布する岩盤10における岩石の湿度変化による割れ目進展速度を推定することができる。そして、推定した割れ目進展速度に基づき、鉄道の線路沿線に分布する岩盤10からの落石発生時期を予測することが可能となるので、災害事象を防止することができる。
【0076】
このように、本実施の形態において、岩石の湿度変化による割れ目進展速度の推定方法は、サンプリングした岩石から供試体13を作製する工程と、恒温恒湿槽15又は炉を用いて供試体13に温度一定の条件下で相対湿度の変化を与え供試体13のひずみεを計測する工程と、供試体13のひずみεの計測結果に対してフィッティングを行うことによってひずみεの変化速度を表す式(3)の定数k、a、bの値を求める工程と、ひずみεの変化速度を表す式(3)と等方な岩石内で応力σとひずみεとの関係を表す式(4)とから岩石内の遠方応力σ0 を得る工程と、遠方応力σ0 から岩石内の割れ目11に関する応力拡大係数Kを得る工程と、応力拡大係数Kからパリス則による割れ目進展速度を推定する工程と、を備える。そして、ひずみεの変化速度を表す式(3)は、ひずみεの変化速度は現在のひずみεと平衡状態のひずみεeqとの差に比例し、平衡状態のひずみεeqは相対湿度Hに対して線形に変化することを表す。
【0077】
これにより、常温域における岩石のひずみεの主たる発生要因である湿度変化による割れ目進展速度を予測することが可能となった。
【0078】
また、割れ目11で境された不安定岩塊12がある場合、推定された割れ目進展速度に基づき、割れ目残存部の耐力が岩塊14の荷重による引張力を下回るまでの時間を算出することによって落石発生時期を推定し得る。したがって、割れ目11の進展による岩盤10からの落石発生時期を予測することが可能となり、災害事象を防止することができる。
【0079】
さらに、フィッティングは、相対湿度を階段状に変化させ、供試体13のひずみεが一定値になるまでひずみεを計測することを複数回繰り返した計測結果に対して行われる。これにより、フィッティングによって得られる定数k、a、bの値の精度を高めることができる。
【0080】
さらに、岩石は、鉄道の線路沿線に分布する岩盤10からサンプリングされる。したがって、鉄道の安全がより確実に保たれる。
【0081】
なお、本明細書の開示は、好適で例示的な実施の形態に関する特徴を述べたものである。ここに添付された特許請求の範囲内及びその趣旨内における種々の他の実施の形態、修正及び変形は、当業者であれば、本明細書の開示を総覧することにより、当然に考え付くことである。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本開示は、岩石の湿度変化による割れ目進展速度の推定方法に適用することができる。
【符号の説明】
【0083】
10 岩盤
11 割れ目
12 不安定岩塊
13 供試体
14 岩塊
15 恒温恒湿槽