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特開2024-81425重ね隅肉溶接継手の製造方法、重ね隅肉溶接継手の重ね幅の設定方法および重ね隅肉溶接継手
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024081425
(43)【公開日】2024-06-18
(54)【発明の名称】重ね隅肉溶接継手の製造方法、重ね隅肉溶接継手の重ね幅の設定方法および重ね隅肉溶接継手
(51)【国際特許分類】
   B23K 31/00 20060101AFI20240611BHJP
   B23K 9/02 20060101ALI20240611BHJP
【FI】
B23K31/00 F
B23K9/02 S
B23K9/02 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022195047
(22)【出願日】2022-12-06
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】浅倉 誠仁
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
【テーマコード(参考)】
4E081
【Fターム(参考)】
4E081AA05
4E081BA03
4E081BA27
4E081BA40
4E081BB07
(57)【要約】
【課題】重ね隅肉溶接継手の割れの発生および変形を抑制する技術を提供する。
【解決手段】重ね隅肉溶接継手の溶接方法は、第1鋼材の縁部に沿って溶接部が形成されるように第1鋼材の縁部と第2鋼材の表面とを隅肉溶接する溶接工程を備える。第1鋼材および第2鋼材の重ね幅(mm)をWとし、第1鋼材の厚み(mm)をTとし、第2鋼材の厚み(mm)をtとし、溶接速度をV(mm/s)とし、第1鋼材と第2鋼材との隙間(mm)をsとして、前記溶接工程では、「W≧(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5」が満たされるように、前記第1鋼材と前記第2鋼材とを溶接する。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の厚みを有する第1鋼材の一部を、所定の厚みを有する第2鋼材上に重ねた状態で、前記第1鋼材の縁部に沿って溶接部が形成されるように、前記縁部と前記第2鋼材の表面とを隅肉溶接する溶接工程を備え、
前記溶接工程では、下記の(i)式、(ii)式および(iii)式が満たされるように、前記第1鋼材と前記第2鋼材とを溶接する、重ね隅肉溶接継手の製造方法。
≧(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5 ・・・(i)
0.5≦T≦3.0 ・・・(ii)
0.5≦t≦3.0 ・・・(iii)
上記式において、Wは第1鋼材および第2鋼材の重ね幅(mm)を表し、Tは第1鋼材の厚み(mm)を表し、tは第2鋼材の厚み(mm)を表し、Vは溶接速度(mm/s)を表し、sは溶接部の溶接線方向に直交する断面における第1鋼材と第2鋼材との隙間(mm)を表し、0以上である。
【請求項2】
前記第1鋼材と前記第2鋼材との隙間は0.2mm以上である、請求項1に記載の重ね隅肉溶接継手の製造方法。
【請求項3】
前記溶接工程では、下記の(iv)式が満たされるように、前記第1鋼材と前記第2鋼材とを溶接する、請求項1または2に記載の重ね隅肉溶接継手の製造方法。
(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5≦W≦5.0+(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5 ・・・(iv)
上記式において、Wは第1鋼材および第2鋼材の重ね幅(mm)を表し、Tは第1鋼材の厚み(mm)を表し、tは第2鋼材の厚み(mm)を表し、Vは溶接速度(mm/s)を表し、sは溶接部の溶接線方向に直交する断面における第1鋼材と第2鋼材との隙間(mm)を表し、0以上である。
【請求項4】
所定の厚みを有する第1鋼材の一部を、所定の厚みを有する第2鋼材上に重ねた状態で、前記第1鋼材の縁部に沿って溶接部が形成されるように前記縁部と前記第2鋼材の表面とを隅肉溶接して重ね隅肉溶接継手を製造する際の、前記第1鋼材と前記第2鋼材との重ね幅の設定方法であって、
下記の(i)式、(ii)式および(iii)式が満たされるように、前記重ね幅を設定する、重ね隅肉溶接継手の重ね幅の設定方法。
≧(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5 ・・・(i)
0.5≦T≦3.0 ・・・(ii)
0.5≦t≦3.0 ・・・(iii)
上記式において、Wは第1鋼材および第2鋼材の重ね幅(mm)を表し、Tは第1鋼材の厚み(mm)を表し、tは第2鋼材の厚み(mm)を表し、Vは溶接速度(mm/s)を表し、sは溶接部の溶接線方向に直交する断面における第1鋼材と第2鋼材との隙間(mm)を表し、0以上である。
【請求項5】
前記第1鋼材と前記第2鋼材との隙間は0.2mm以上である、請求項4に記載の重ね隅肉溶接継手の重ね幅の設定方法。
【請求項6】
下記の(iv)式が満たされるように、前記重ね幅を設定する、請求項4または5に記載の重ね隅肉溶接継手の重ね幅の設定方法。
(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5≦W≦5.0+(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5 ・・・(iv)
上記式において、Wは第1鋼材および第2鋼材の重ね幅(mm)を表し、Tは第1鋼材の厚み(mm)を表し、tは第2鋼材の厚み(mm)を表し、Vは溶接速度(mm/s)を表し、sは溶接部の溶接線方向に直交する断面における第1鋼材と第2鋼材との隙間(mm)を表し、0以上である。
【請求項7】
所定の厚みを有する第1鋼材の一部が所定の厚みを有する第2鋼材上に隙間が形成されるように重ねられ、前記第1鋼材の縁部に沿って形成された溶接部によって前記縁部と前記第2鋼材の表面とが隅肉溶接された重ね隅肉溶接継手であって、
下記の(v)式を満たす、重ね隅肉溶接継手。
(D2-D1)/L≦0.01 ・・・(v)
上記式において、D1は、第2鋼材の裏面において溶接部に対応する部分の溶接前の厚み方向における変位量(mm)を表し、D2は、第2鋼材の裏面において溶接部に対応する部分の溶接後の厚み方向における変位量(mm)を表し、Lは、溶接部の溶接線方向の長さ(mm)を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重ね隅肉溶接継手の製造方法、重ね隅肉溶接継手の重ね幅の設定方法および重ね隅肉溶接継手に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の排気系部品などの製造において、2つの部材の一部同士を上下に重ね合わせて、上側の部材の端部を下側の部材の上面に溶接する重ね隅肉溶接が利用されている。この重ね隅肉溶接によって得られる重ね継手では、下側の部材において割れが発生する場合がある。
【0003】
そこで、従来、重ね隅肉溶接継手において割れが生じることを防止するための技術が提案されている。例えば、特許文献1には、2枚の鋼板を重ね合わせ、上板端部と下板を溶融し、該上板端部に沿って溶接する重ねすみ肉溶接方法が開示されている。
【0004】
特許文献1に開示された重ねすみ肉溶接方法では、溶融部と下板の端部との距離を、溶接速度および下板の板厚を変数とする式によって規定している。これにより、下板において割れが発生することを防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009-285722号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、本発明者による検討の結果、特許文献1に記載された要件を満たすように溶接継手を製造した場合でも、下側の部材に割れが発生する場合があることが分かった。また、重ね隅肉溶接継手の部品としての信頼性を向上させるためには、上記のような割れの発生の防止だけでなく、溶接によって生じる変形を抑制することも求められる。
【0007】
そこで、本発明は、重ね隅肉溶接継手の割れの発生および変形を適切に抑制する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、下記の重ね隅肉溶接継手の製造方法、重ね隅肉溶接継手の重ね幅の設定方法および重ね隅肉溶接継手を要旨とする。
【0009】
(1)所定の厚みを有する第1鋼材の一部を、所定の厚みを有する第2鋼材上に重ねた状態で、前記第1鋼材の縁部に沿って溶接部が形成されるように、前記縁部と前記第2鋼材の表面とを隅肉溶接する溶接工程を備え、
前記溶接工程では、下記の(i)式、(ii)式および(iii)式が満たされるように、前記第1鋼材と前記第2鋼材とを溶接する、重ね隅肉溶接継手の製造方法。
≧(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5 ・・・(i)
0.5≦T≦3.0 ・・・(ii)
0.5≦t≦3.0 ・・・(iii)
上記式において、Wは第1鋼材および第2鋼材の重ね幅(mm)を表し、Tは第1鋼材の厚み(mm)を表し、tは第2鋼材の厚み(mm)を表し、Vは溶接速度(mm/s)を表し、sは溶接部の溶接線方向に直交する断面における第1鋼材と第2鋼材との隙間(mm)を表し、0以上である。
【0010】
(2)前記第1鋼材と前記第2鋼材との隙間は0.2mm以上である、上記(1)に記載の重ね隅肉溶接継手の製造方法。
【0011】
(3)前記溶接工程では、下記の(iv)式が満たされるように、前記第1鋼材と前記第2鋼材とを溶接する、上記(1)または(2)に記載の重ね隅肉溶接継手の製造方法。
(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5≦W≦5.0+(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5 ・・・(iv)
上記式において、Wは第1鋼材および第2鋼材の重ね幅(mm)を表し、Tは第1鋼材の厚み(mm)を表し、tは第2鋼材の厚み(mm)を表し、Vは溶接速度(mm/s)を表し、sは溶接部の溶接線方向に直交する断面における第1鋼材と第2鋼材との隙間(mm)を表し、0以上である。
【0012】
(4)所定の厚みを有する第1鋼材の一部を、所定の厚みを有する第2鋼材上に重ねた状態で、前記第1鋼材の縁部に沿って溶接部が形成されるように前記縁部と前記第2鋼材の表面とを隅肉溶接して重ね隅肉溶接継手を製造する際の、前記第1鋼材と前記第2鋼材との重ね幅の設定方法であって、
下記の(i)式、(ii)式および(iii)式が満たされるように、前記重ね幅を設定する、重ね隅肉溶接継手の重ね幅の設定方法。
≧(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5 ・・・(i)
0.5≦T≦3.0 ・・・(ii)
0.5≦t≦3.0 ・・・(iii)
上記式において、Wは第1鋼材および第2鋼材の重ね幅(mm)を表し、Tは第1鋼材の厚み(mm)を表し、tは第2鋼材の厚み(mm)を表し、Vは溶接速度(mm/s)を表し、sは溶接部の溶接線方向に直交する断面における第1鋼材と第2鋼材との隙間(mm)を表し、0以上である。
【0013】
(5)前記第1鋼材と前記第2鋼材との隙間は0.2mm以上である、上記(4)に記載の重ね隅肉溶接継手の重ね幅の設定方法。
【0014】
(6)下記の(iv)式が満たされるように、前記重ね幅を設定する、上記(4)または(5)に記載の重ね隅肉溶接継手の重ね幅の設定方法。
(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5≦W≦5.0+(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5 ・・・(iv)
上記式において、Wは第1鋼材および第2鋼材の重ね幅(mm)を表し、Tは第1鋼材の厚み(mm)を表し、tは第2鋼材の厚み(mm)を表し、Vは溶接速度(mm/s)を表し、sは溶接部の溶接線方向に直交する断面における第1鋼材と第2鋼材との隙間(mm)を表し、0以上である。
【0015】
(7)所定の厚みを有する第1鋼材の一部が所定の厚みを有する第2鋼材上に隙間が形成されるように重ねられ、前記第1鋼材の縁部に沿って形成された溶接部によって前記縁部と前記第2鋼材の表面とが隅肉溶接された重ね隅肉溶接継手であって、
下記の(v)式を満たす、重ね隅肉溶接継手。
(D2-D1)/L≦0.01 ・・・(v)
上記式において、D1は、第2鋼材の裏面において溶接部に対応する部分の溶接前の厚み方向における変位量(mm)を表し、D2は、第2鋼材の裏面において溶接部に対応する部分の溶接後の厚み方向における変位量(mm)を表し、Lは、溶接部の溶接線方向の長さ(mm)を表す。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、重ね隅肉溶接継手の割れの発生および変形を適切に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、重ね隅肉溶接継手の一例を示す図である。
図2図2は、図1の重ね隅肉溶接継手の溶接部の近傍を示す拡大断面図である。
図3図3は、解析結果を示す図である。
図4図4は、溶接継手の溶接部近傍の変形態様を説明するための図である。
図5図5は、溶接継手の溶接部近傍の変形態様を説明するための図である。
図6図6は、解析結果を示す図である。
図7図7は、伝熱解析の結果を示す図である。
図8図8は、下側鋼材の変形態様の一例を示す図である。
図9図9は、重ね隅肉溶接継手の製造方法を説明するための図である。
図10図10は、下側鋼材の裏面の変位量の測定方法を説明するための図である。
図11図11は、重ね隅肉溶接継手の変形例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(本発明者による検討)
本発明者は、重ね隅肉溶接継手の割れおよび変形を防止する技術について詳細な検討を行った。具体的には、図1に示すような、2枚の鋼材10,12を備えた隅肉重ね溶接継手100(以下、溶接継手100と略記する。)において、鋼材12に生じる割れおよび変形について詳細な検討を行った。その結果、以下に説明する知見を得た。なお、図1において(a)は、溶接継手100を示す斜視図であり、(b)は、(a)の溶接継手100のb-b部分を示す概略断面図である。
【0019】
図1に示す溶接継手100は、従来の一般的な隅肉重ね溶接継手と同様に、鋼材10の一部を鋼材12に重ねた状態で、鋼材10の縁部10aに沿って溶接部(溶接金属)14が形成されるように、縁部10aを鋼材12の表面12aに隅肉溶接することによって製造されたものである。
【0020】
なお、図1には、鋼材10,12の積層方向X、溶接部14の溶接線方向Y、および積層方向Xと溶接線方向Yとに直交する方向Z(以下、溶接部14の幅方向Zとする。)が示されている。積層方向Xは、鋼材10および鋼材12の厚み方向に平行な方向である。本明細書では、積層方向Xにおいて鋼材10側を溶接継手100の表側とし、鋼材12側を溶接継手100の裏側とする。
【0021】
本発明者は、有限要素法を用いた熱応力解析を行うことにより、溶接継手100の変形態様(冷却後の変形態様)について調査した。具体的には、溶接継手100を模擬した3次元解析モデルを作成し、重ね幅Wと冷却後の溶接継手100の溶接部14近傍に発生する幅方向Zのひずみとの関係について調査した。なお、溶接継手100を製造する際には、図2に示すように、種々の要因により、積層方向Xにおいて鋼材10と鋼材12との間に隙間sを設ける場合がある。本解析においても、鋼材10と鋼材12との間に、0.5mmの隙間を設けた。図3に、解析結果を示す。
【0022】
なお、図3においては、溶接部14の近傍の解析結果を示している。図3(a)は、重ね幅Wを3mmに設定した解析モデルの解析結果を示し、図3(b)は、重ね幅Wを8mmに設定した解析モデルの解析結果を示す。本解析では、鋼材10,12としてそれぞれ、フェライト系ステンレス鋼(17Cr-1.2Mo-0.2Ti-0.09Si-0.02C,N)を想定した物性値を設定し、溶接部14として、オーステナイト系ステンレス鋼(日本ウェルディング・ロッド株式会社製のWEL MIG 308)を想定した物性値を設定した。鋼材10の厚みは1.0mmとし、鋼材10の幅方向Zの長さは60mmとした。鋼材12の厚みは1.0mmとし、鋼材12の幅方向Zの長さは60mmとした。また、本解析では、溶接時(加熱および冷却時)に、溶接継手100の溶接部近傍及び重なり部近傍以外(鋼材10は、鋼材12の重なり部12c(図4参照)の端部から5mmより外側、鋼材12は、重なり部12cの端部から30mmより外側)の積層方向Xの変形が拘束されているものとした。溶接速度は、13.3mm/sに設定した。
【0023】
図3(a)に示すように、重ね幅Wが小さい場合には、鋼材12の裏面12b側の部分のうち、鋼材12の厚み方向において溶接部14に対向する部分に引張ひずみが発生している。この場合、引張ひずみが発生した部分において、亀裂が発生しやすくなると考えられる。一方、図3(b)に示すように、重ね幅Wが大きい場合には、鋼材12において溶接部14の近傍の部分に圧縮ひずみが発生している。この圧縮ひずみにより、鋼材12の裏面12b側において亀裂が発生することを防止できると考えられる。以下、図3(a),(b)に示したように、重ね幅Wによって、ひずみの発生態様が異なる理由を説明する。
【0024】
図4および図5は、溶接継手100の溶接部14近傍の変形態様を説明するための図であり、(a)は、加熱中の溶接継手100を示す図であり、(b)は、冷却中の溶接継手100を示す図である。なお、図4は、鋼材10と鋼材12との重ね幅を小さく設定した場合の変形態様を示す図であり、図5は、鋼材10と鋼材12との重ね幅を大きく設定した場合の変形態様を示す図である。
【0025】
図4(a)に示すように、鋼材10と鋼材12との重ね幅が小さい場合には、溶接中に鋼材12が加熱されると、鋼材12の表面12a側が、溶接部14を中心として幅方向Zに熱膨張する。この熱膨張に伴って、鋼材12の裏面12b側も幅方向Zに伸長し、幅方向Zにおいて引張ひずみが生じる。なお、鋼材12のうち、幅方向Zにおいて溶接部14よりも鋼材10側の部分(以下、重なり部12cと記載する。)は、加熱時に高温になりやすい。このため、鋼材12において溶接部14の近傍の部分のうち、重なり部12c側には大きな拘束力は作用せず、熱膨張しやすい。一方、鋼材12のうち、溶接部14から見て重なり部12cとは反対側の部分(以下、非重なり部12dと記載する。)は、熱拡散によって冷却されやすい。このため、溶接部14の近傍の部分のうち非重なり部12d側は、非重なり部12dによって拘束されることによって変形が多少抑制される。このため、鋼材12の溶接部14近傍の部分では、重なり部12c側への熱膨張量が、非重なり部12d側への熱膨張量よりも大きくなりやすい。また、その後の冷却時には、図4(b)に示すように、溶接部14が熱収縮することによって、鋼材12には、溶接部14の溶接線方向Yから見て溶接部14を底部としてV字状に変形させようとする力が作用する。これにより、重なり部12cが鋼材10側に向かって湾曲し、鋼材12の裏面12bに、幅方向Zにおいて引張ひずみが生じる。これらの引張ひずみにより、鋼材12の裏面12b側において割れが生じると推定される。
【0026】
図5(a)に示すように、鋼材10と鋼材12との重ね幅が大きい場合も同様に、溶接中に鋼材12が加熱されると、鋼材12の表面12a側が、溶接部14を中心として幅方向Zに熱膨張する。ただし、鋼材10と鋼材12との重ね幅が大きい場合には、熱拡散によって重なり部12cが冷却されやすく、重なり部12cの変形が抑制される。このため、鋼材10と鋼材12との重ね幅が大きい場合には、鋼材12において溶接部14の近傍の部分が、重なり部12c側および非重なり部12d側から拘束される。その結果、溶接部14の近傍において、鋼材12の裏面12b側の部分に圧縮ひずみが発生する。その後の冷却時には、図5(b)に示すように、溶接部14が熱収縮するが、鋼材12において溶接部14近傍の部分は重なり部12c側および非重なり部12d側から拘束されているので、図4(b)に示したような変形は生じない。これにより、鋼材12の裏面12b側に生じている圧縮ひずみが維持される。これらの圧縮ひずみにより、鋼材12の裏面12b側において割れが生じることを防止できると推定される。
【0027】
また、本発明者は、溶接速度と溶接部近傍に発生するひずみとの関係についても調査した。具体的には、溶接継手100の3次元解析モデルを用いた熱応力解析によって、溶接速度と冷却後の溶接継手100の溶接部14近傍に発生する幅方向Zのひずみとの関係について調査した。なお、上述の解析と同様に、本解析においても、鋼材10と鋼材12との間に、0.5mmの隙間を設けた。また、鋼材10,12の材質、寸法および拘束条件、ならびに溶接部14の材質は上述の解析と同様に設定した。重ね幅Wは、鋼材12の裏面12b側に引張ひずみが発生しやすい条件となるように、3mmに設定した。溶接速度は、13.0mm/sおよび7.0mm/sに設定した。図6に、解析結果を示す。
【0028】
図6(a)に示すように、溶接速度が大きい場合には、鋼材12の裏面12b側の部分のうち、鋼材12の厚み方向において溶接部14に対向する部分に引張ひずみが発生している。この場合、引張ひずみが発生した部分において、亀裂が発生しやすくなると考えられる。一方、図6(b)に示すように、溶接速度が小さい場合には、鋼材12の裏面12b側に引張ひずみが発生しなかった。
【0029】
上記のように、本解析によって、溶接速度を小さくすることによって、鋼材12の裏面12b側に引張ひずみが発生することを抑制できることが分かった。この原因を解明するために、本発明者は、溶接継手100を模擬した解析モデルを作成し、伝熱解析を行うことによって、溶接速度と溶接時に鋼材12に生じる温度分布との関係を調査した。本伝熱解析においても、鋼材10,12としてそれぞれ、フェライト系ステンレス鋼を想定した物性値を設定し、溶接部14(溶加材)として、オーステナイト系ステンレス鋼を想定した物性値を設定した。鋼材10,12の厚みはそれぞれ1.5mmとし、鋼材10と鋼材12との間に、1.0mmの隙間を設けた。また、鋼材10と鋼材12との重ね幅Wを3mmに設定した。
【0030】
図7は、伝熱解析の結果を示す図である。具体的には、図7(a)は、溶接速度を13.3mm/sに設定して鋼材10,12を溶接している際に鋼材12の裏面12bに生じる温度分布を示し、図7(b)は、溶接速度を5.0mm/sに設定して鋼材10,12を溶接している際に鋼材12の裏面12bに生じる温度分布を示している。図7に示す結果から、溶接速度を低下させることによって、高温領域の溶接線方向Y(図7の紙面上下方向)における長さを小さくできることが分かる。
【0031】
上記の結果から、本発明者は、溶接速度を低下させて鋼材12に生じる高温領域の溶接線方向Yにおける長さを小さくすることによって、鋼材12の変形が抑制されると考えた。すなわち、高温領域の溶接線方向Yにおける長さが小さくなることによって、溶接線方向Yにおいて溶接中の部分(以下、加熱部と記載する。)の前後の部分(以下、低温部と記載する。)が冷却されやすくなる。この場合、加熱部が、加熱部の前後の低温部によって拘束されるので、加熱部の変形が抑制される。このため、図6(b)に示したように、溶接速度を小さくすることによって、鋼材12の裏面12b側に引張ひずみが発生することが抑制されると考えられる。
【0032】
以上のことから、鋼材12の割れは、溶接速度を考慮して、鋼材10および鋼材12の重ね幅W(鋼材10および鋼材12が互いに重なっている部分の幅方向Zにおける長さ)を調整し、鋼材10によって鋼材12の変形を適切に拘束することで防止することができると考えられる。
【0033】
なお、本発明者の検討の結果、鋼材12の厚みも鋼材12の変形や割れに影響することが分かった。具体的には、鋼材12の厚みが大きくなるほど、鋼材12の変形や割れが抑制されることが分かった。特に、鋼材10に比べて鋼材12の厚みが大きいと、割れが抑制される。また、本発明者の検討の結果、鋼材10と鋼材12との隙間s(図2参照)も、鋼材12の割れ発生に大きく影響することが分かった。具体的には、隙間sが大きくなるほど、鋼材10による鋼材12の拘束が弱くなり、鋼材12が変形しやすくなる。その結果、鋼材12に割れが生じやすくなる。
【0034】
溶接継手100の部品としての信頼性を向上させるためには、溶接時に生じる変形を抑制することが好ましい。この点について、上述したように、溶接線方向Yから見た鋼材12の変形(V字状の変形:図4参照)は、鋼材10および鋼材12の重ね幅、鋼材12の厚み、鋼材10と鋼材12との隙間の大きさを適切に調整することによって抑制することができる。一方で、溶接継手100の信頼性をさらに向上させるためには、溶接部14の幅方向Zから見た鋼材12の変形も抑制することが好ましい。
【0035】
上述したように、鋼材12には、溶接部14の幅方向Zにおける熱収縮によって、溶接部14の溶接線方向Yから見て溶接部14を底部としてV字状に変形させようとする力が作用する。さらに、鋼材10と鋼材12とを溶接する際には、溶接部14の溶接線方向Yにおける熱収縮による力も鋼材12に作用する。このように溶接部14の幅方向Zおよび溶接線方向Yにおける熱収縮が作用することによって、図8に矢印Aで示すように、鋼材12には、幅方向Zから見て、表側(鋼材10側)に向かって凸となるように座屈させようとする力が作用する。このため、幅方向Zから見た鋼材12の変形を抑制するためには、溶接部14の溶接線方向Yにおける熱収縮を抑制する必要がある。
【0036】
この点について、図7で説明したように、溶接速度が小さい場合には、溶接線方向Yにおいて溶接中の部分(加熱部)の前後の部分(低温部)が冷却されやすくなる。この場合、加熱部が、加熱部の前後の低温部によって拘束されるので、溶接部14の溶接線方向Yにおける熱収縮が抑制される。その結果、溶接部14の幅方向Zから見て、鋼材12が表側(鋼材10側)に向かって凸となるように変形することが抑制されると考えられる。したがって、幅方向Zから見た鋼材12の変形を抑制する観点からも、溶接速度を考慮して、鋼材10および鋼材12の重ね幅Wを決定することが好ましい。
【0037】
上記の知見に基づいて、本発明者が鋼材10と鋼材12との適切な重ね幅についてさらに検討を進めた結果、下記の(i)式、(ii)式および(iii)式が満たされるように、鋼材10と鋼材12とを溶接することによって、鋼材12の割れ発生および変形を抑制できることが分かった。
≧(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5 ・・・(i)
0.5≦T≦3.0 ・・・(ii)
0.5≦t≦3.0 ・・・(iii)
上記式において、Wは鋼材10および鋼材12の重ね幅(mm)を表し、Tは鋼材10の厚み(mm)を表し、tは鋼材12の厚み(mm)を表し、Vは溶接速度(mm/s)を表し、sは溶接部14の溶接線方向Yに直交する断面における鋼材10と鋼材12との隙間(mm)を表し、0以上である。
【0038】
(本発明の実施形態)
以下、本発明の実施の形態に係る重ね隅肉溶接継手の製造方法について図面を用いて説明する。図9は、本発明の一実施形態に係る重ね隅肉溶接継手の製造方法を説明するための図である。以下においては、図1に示す溶接継手100を製造する場合について説明する。なお、本実施形態に係る重ね隅肉溶接継手の製造方法には、重ね隅肉溶接継手の重ね幅の設定方法が含まれる。本実施形態では、鋼材10が第1鋼材に対応し、鋼材12が第2鋼材に対応する。
【0039】
図9(a)に示すように、溶接継手100を製造する際には、まず、鋼材10の一部を鋼材12上に重ねる。なお、本明細書において、鋼材10の一部を鋼材12上に重ねるとは、鋼材12の厚み方向から見て鋼材10の一部が鋼材12に重なるように鋼材10および鋼材12を配置することを意味する。したがって、鋼材10の一部を鋼材12上に重ねるとは、鋼材12に接触するように鋼材12上に鋼材10の一部を置く場合に限定されず、鋼材10と鋼材12との間に隙間が形成されるように鋼材12上に鋼材10の一部を配置する場合が含まれる。以下の説明では、上側に配置される鋼材を上側鋼材と記載し、下側に配置される鋼材を下側鋼材と記載する。
【0040】
上側鋼材10および下側鋼材12の材料としては、例えば、炭素鋼またはステンレス鋼等の種々の鋼を用いることができる。なお、溶接によって生じる溶接継手100の変形を抑制する観点から、上側鋼材10および下側鋼材12としては、熱による変形が小さい材料を用いることが好ましい。具体的には、上側鋼材10および下側鋼材12としては、熱伝導率が高い材料、もしくは熱膨張係数が低い材料を用いることが好ましい。上側鋼材10および下側鋼材12の熱伝導率は、例えば800℃で25.0W/(m・K)以上であることが好ましい。上側鋼材10および下側鋼材12の熱膨張係数は、例えば800℃で13.0×10-6/℃以下であることが好ましい。上側鋼材10および下側鋼材12としてステンレス鋼を用いる場合には、フェライト系ステンレス鋼を用いることが好ましい。本実施形態では、上側鋼材10および下側鋼材12のうち互いに重なる部分は、平坦な板形状を有している。本実施形態では、上側鋼材10および下側鋼材12はそれぞれ鋼板である。
【0041】
次に、図1および図9(b)に示すように、溶接機20(図9参照)および溶加材(図示せず)を用いて、上側鋼材10の縁部10aに沿って溶接部(溶接金属)14が形成されるように、上側鋼材10の縁部10aを下側鋼材12の表面12aに隅肉溶接する(溶接工程)。これにより、溶接継手100が製造される。溶接部14の下側鋼材12への溶け込み深さは、例えば、下側鋼材12の厚みの1/4以上3/4以下に設定される。なお、図9(b)においては、溶接機20のトーチが示されている。溶加材としては、例えば、母材と同種の合金またはオーステナイト系ステンレス鋼を用いることができる。
【0042】
本実施形態では、溶接工程における入熱量は、例えば100~710J/mmに設定され、溶接速度は、2.0~13.3mm/sに設定される。シールドガスとしては、例えば、アルゴンと酸素の混合ガスが用いられる。
【0043】
溶接工程では、図示しない保持部材によって上側鋼材10および下側鋼材12を保持した状態で、上側鋼材10と下側鋼材12とが溶接される。図1図2および図9を参照して、本実施形態では、下記の(i)式、(ii)式および(iii)式が満たされるように、上側鋼材10と下側鋼材12とを溶接する。
≧(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5 ・・・(i)
0.5≦T≦3.0 ・・・(ii)
0.5≦t≦3.0 ・・・(iii)
上記式において、Wは上側鋼材10および下側鋼材12の重ね幅(mm)を表し、Tは上側鋼材10の厚み(mm)を表し、tは下側鋼材12の厚み(mm)を表し、Vは溶接速度(mm/s)を表し、sは溶接部14の溶接線方向Yに直交する断面における上側鋼材10と下側鋼材12との隙間(mm)を表し、0以上である。
【0044】
なお、上側鋼材10と下側鋼材12とを適切に溶接するために、上側鋼材10と下側鋼材12との重ね幅Wは、2.0mm以上であることが好ましい。
【0045】
本実施形態では、上側鋼材10と下側鋼材12との間の隙間sは、0mm以上に設定される。隙間sは設けなくてもよい。また、隙間sが存在するときは、隙間sの上限値は、1.0mm、上側鋼材10の厚みT(mm)および下側鋼材12の厚みt(mm)のうち最も小さい値以下に設定される。例えば、厚みTが0.4mmで、厚みtが0.6mmの場合、隙間sは、0.4mm以下に設定される。また、例えば、厚みTが1.2mmで、厚みtが1.1mmの場合、隙間sは、1.0mm以下に設定される。
【0046】
なお、上述したように、上側鋼材10と下側鋼材12との隙間sは、下側鋼材12の割れ発生に大きく影響する。隙間sが存在する場合、隙間sが大きくなるほど、下側鋼材12に割れが生じやすくなるものと考えられる。この点、本発明によれば、隙間sが存在していても割れを抑制できる。かかる観点から、本発明は、隙間sが存在する場合、すなわち、隙間sが0mmよりも大きい場合に好適に用いられ、0.1mm以上の場合により好適に用いられ、0.2mm以上の場合にさらに好適に用いられる。
【0047】
また、隙間sが溶接線方向Yに連続的に存在している場合に、下側鋼材12に割れが生じやすくなるものと考えられるが、本願発明によれば、隙間sが溶接線方向Yに連続的に存在していても割れを抑制できる。かかる観点から、本発明は、隙間sが0mmよりも大きい部分が、溶接線方向Yに沿って50mm以上連続して存在する溶接継手100において好適に用いられる。
【0048】
なお、実際に製造された溶接継手100においては、溶接線方向Yにおいて、隙間sが均一でない場合があり得る。この場合には、図4(b)および図5(b)に示すように、下側鋼材12の表面12aにおいて溶接部14に近接する部分(例えば、溶接部14から幅方向Zに1.0mmの部分)と上側鋼材10との距離の最大値を、隙間sの値とする。
【0049】
上側鋼材10と下側鋼材12との重ね幅が大きくなり過ぎると、溶接継手100の重量が増加する。したがって、溶接継手100の軽量化を実現しつつ、下側鋼材12の割れ発生を防止するためには、下記の(iv)式が満たされるように、上側鋼材10および下側鋼材12を溶接することが好ましい。
(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5≦W≦5.0+(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5 ・・・(iv)
上記式において、Wは上側鋼材10および下側鋼材12の重ね幅(mm)を表し、Tは上側鋼材10の厚み(mm)を表し、tは下側鋼材12の厚み(mm)を表し、Vは溶接速度(mm/s)を表し、sは溶接部14の溶接線方向Yに直交する断面における上側鋼材10と下側鋼材12との隙間(mm)を表し、0以上である。
【0050】
なお、溶接部14は上側鋼材10の縁部10aに溶け込むので、溶接継手100においては、上側鋼材10と下側鋼材12との重ね幅W図2参照)は、溶接前の上側鋼材10と下側鋼材12との重ね幅Wに比べて、0.8~1.2mm程度小さくなる。したがって、本実施形態に係る溶接継手100は、溶接部14の溶接線方向Yに直交する断面において、下記の(vi)式を満たすことが好ましく、下記の(vii)式を満たすことがより好ましい。
≧(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5-1.2 ・・・(vi)
(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5-1.2≦W≦4.2+(0.2s-(0.45t-1.3T))×V/2.5 ・・・(vii)
上記式において、Wは上側鋼材10および下側鋼材12の重ね幅(mm)を表し、Tは上側鋼材10の厚み(mm)を表し、tは下側鋼材12の厚み(mm)を表し、Vは溶接速度(mm/s)を表し、sは溶接部14の溶接線方向Yに直交する断面における上側鋼材10と下側鋼材12との隙間(mm)を表し、0以上である。
【0051】
なお、本実施形態に係る溶接継手100では、図2に示すように、溶接部14のうち上側鋼材10側に最も溶け込んだ位置14aを上側鋼材10の端部として、上側鋼材10および下側鋼材12の重ね幅Wが求められる。
【0052】
(本実施形態の効果)
【0053】
本実施形態に係る重ね隅肉溶接継手の製造方法によれば、製造された溶接継手100において、下側鋼材12の裏面12b側に割れが発生することを抑制することができる。また、溶接部14の幅方向Zから見た鋼材12の変形も抑制することができる。具体的には、下記の(v)式を満たす、重ね隅肉溶接継手が得られる。
(D2-D1)/L≦0.01 ・・・(v)
詳細は後述の図10で説明するが、上記式において、D1は、下側鋼材12の裏面12bにおいて溶接部14に対応する部分の溶接前の厚み方向(積層方向X)における変位量(mm)を表し、D2は、下側鋼材12の裏面12bにおいて溶接部14に対応する部分の溶接後の厚み方向における変位量(mm)を表し、Lは、溶接部14の溶接線方向Yの長さ(mm)を表す。
【0054】
図10は、上記式(v)における変位量を説明するための図である。具体的には、図10(a)は、溶接部14の中心を通りかつ幅方向Zに直交する、下側鋼材12および溶接部14の概略断面図であり、図10(b)は、下側鋼材12の裏面12bの形状を示す概念図である。
【0055】
図10を参照して、上記式(v)における下側鋼材12の裏面12bにおいて溶接部14に対応する部分とは、裏面12bのうち、溶接部14の中心を通りかつ幅方向Zに直交する断面において溶接部14の下方に位置する領域13(以下、測定領域13と記載する。)をいう。
【0056】
また、測定領域13の溶接後の厚み方向における変位量D2は、測定領域13の厚み方向(積層方向X)における位置を溶接部14の溶接線方向Yに沿って測定し、厚み方向において最も高い位置と最も低い位置との差として算出される。なお、図10(b)に示すように、下側鋼材12が表側に向かって凸となるように変形している場合には、測定開始点13a(溶接線方向Yにおける測定領域13の一端部)および測定終了点13b(溶接線方向Yにおける測定領域13の他端部)の高さの平均値を、最も低い位置の高さとして、変位量D2を算出する。また、図示は省略するが、下側鋼材12が下側に向かって凸となるように変形している場合には、測定開始点13aおよび測定終了点13bの高さの平均値を、最も高い位置の高さとして、変位量D2を算出する。
【0057】
測定領域13の溶接前の厚み方向における変位量D1は、例えば、溶接継手100の設計図に基づいて特定される。具体的には、設計図において、下側鋼材12における溶接部14の形成予定位置を特定する。そして、下側鋼材12の裏面12bのうち、溶接部14の形成予定位置に対応する部分の厚み方向(積層方向X)における変位量を、設計図から求める。平板状の部材同士を溶接する場合、通常、設計図は曲がりのない理想形状であるため、D1=0である。
【0058】
(変形例)
上述の実施形態では、第1鋼材および第2鋼材として、鋼板(板状部材)を用いる場合について説明したが、第1鋼材および第2鋼材の形状は上述の例に限定されず、種々の形状の鋼材を第1鋼材および第2鋼材として用いることができる。例えば、第1鋼材および/または第2鋼材として、筒状の鋼材(鋼管)を用いてもよい。また、第1鋼材および/または第2鋼材として、種々の形状の成形品を用いてもよい。具体的には、例えば、図11に示すような溶接継手100に本発明を適用してもよい。
【0059】
図11に示す溶接継手100では、上側鋼材10(外側の鋼材)および下側鋼材12(内側の鋼材)がともに筒形状を有している。本実施形態においても、上述した要件を満たすように溶接継手100を製造することによって、下側鋼材12の割れ発生および変形を抑制することができる。なお、図11に示した溶接継手100では、上側鋼材10および下側鋼材12が円筒形状を有しているが、上側鋼材10および下側鋼材12が角筒形状を有していてもよい。また、上側鋼材10および下側鋼材12として、他の種々の形状の成形品を用いてもよい。
【0060】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0061】
図1および図2に示した溶接継手100と同様の構成を有する溶接継手を、上側鋼材10の厚みT、下側鋼材12の厚みt、上側鋼材10と下側鋼材12との隙間s、上側鋼材10と下側鋼材12との重ね幅W、および溶接速度を変えて作製した。そして、下側鋼材12の裏面12b側に発生する割れの有無を調査した。また、下側鋼材12の裏面12bにおいて溶接部14に対応する部分の溶接前後の変位量(mm)についても調査した。
【0062】
具体的には、試験板として、60mm×150mmの長方形の鋼板2枚を用意し、一方の鋼板(上側鋼材10)の裏面と他方の鋼板(下側鋼材12)の表面とが長辺側において重さなるように配置し、上側の鋼板の板厚方向に延びる一つの端面と、これにほぼ直交する下側の鋼板の表面とが接合するようにアーク溶接を行い、溶接継手を得た。溶接部14の下側鋼材12への溶け込み深さは、下側鋼材12の厚みの1/2とした。また、溶接部14の長さは100mmとした。
【0063】
上側鋼材10および下側鋼材12としては、フェライト系ステンレス鋼(17Cr-1.2Mo-0.2Ti-0.09Si-0.02C,N)を用いた。溶加材としては、オーステナイト系ステンレス鋼(日本ウェルディング・ロッド株式会社製のWEL MIG 308)を用い、シールドガスは、Ar+2%Oとした。
【0064】
割れの発生の有無は、目視で確認した。具体的には、溶接線方向Yに沿って長さ2mm以上の亀裂が発生している場合に、割れが発生したと判定した。また、下側鋼材12の裏面12bの溶接前後の変位量は、図10を用いて説明した方法によって測定した。溶接条件および調査結果を下記の表1に示す。なお、表1において、重ね幅Wは、図2および図9に示したように、溶接時における上側鋼材10および下側鋼材12の重ね幅を表し、重ね幅Wの下限値Wは、上述の(i)式の右辺によって求めた値である。また、表1において、下側鋼材12の裏面の変形量は、下側鋼材12の裏面12bの溶接前後の変位量の差(D2-D1)を示す。なお、本実施例においては、D1=0とした。また、上述のように、溶接部14の長さは100mmであるので、下側鋼材12の裏面の変形量が1mm以下であれば、上述の(v)式の要件を満たす。
【0065】
【表1】
【0066】
表1に示すように、溶接時の鋼材10および鋼材12の重ね幅Wが下限値W以上であったNo.2、3、5、6、9、11、12、14、15、18の本発明例の溶接継手では、鋼材12の裏面12bにおける割れが発生しなかっただけでなく、裏面12bの変形量も1mm以下と小さかった。
【0067】
一方、溶接時の上側鋼材10および下側鋼材12の重ね幅Wが下限値Wよりも小さかったNo.1、4、7、10、13、16、17の比較例の溶接継手では、鋼材12の裏面12bにおいて割れが発生した。そのうち、No.1、7の比較例の溶接継手では、下側鋼材12の裏面12bの変形量も大きくなった。また、No.8の比較例の溶接継手では、下側鋼材12の裏面12bにおける割れの発生は防止できたが、裏面12bの変形量が大きくなった。
【0068】
以上の結果から、本発明の要件を満たした重ね隅肉溶接継手の製造方法によれば、溶接継手の割れの発生および変形を適切に抑制することができることが分かる。
【0069】
なお、上述したように、上側鋼材10に比べて下側鋼材12の厚みを大きくすることによって、下側鋼材12の割れの発生を抑制しやすくなる。言い換えると、上側鋼材10に比べて下側鋼材12の厚みを十分に大きくできない場合には、下側鋼材12の割れの発生を抑制しにくくなる。このような場合でも、No.9の本発明例の結果から分かるように、本発明によれば、溶接継手の割れの発生および変形を適切に抑制することができる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によれば、重ね隅肉溶接継手の割れの発生および変形を抑制することができる。
【符号の説明】
【0071】
10,12 鋼材
10a 縁部
12a 表面
12b 裏面
14 溶接部
100 溶接継手
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11