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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024081435
(43)【公開日】2024-06-18
(54)【発明の名称】粒子線入射装置
(51)【国際特許分類】
   H05H 13/04 20060101AFI20240611BHJP
   H05H 7/08 20060101ALI20240611BHJP
【FI】
H05H13/04 G
H05H7/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022195070
(22)【出願日】2022-12-06
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「レーザー駆動イオン加速技術の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願。
(71)【出願人】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100135781
【弁理士】
【氏名又は名称】西原 広徳
(74)【代理人】
【識別番号】100217227
【弁理士】
【氏名又は名称】野呂 亮仁
(72)【発明者】
【氏名】野田 悦夫
(72)【発明者】
【氏名】白井 敏之
(72)【発明者】
【氏名】水島 康太
(72)【発明者】
【氏名】岩田 佳之
(72)【発明者】
【氏名】近藤 公伯
【テーマコード(参考)】
2G085
【Fターム(参考)】
2G085AA13
2G085BA02
2G085BA13
2G085BA14
2G085BA16
2G085CA21
(57)【要約】
【課題】簡単な構成でイオン蓄積量を増大させることができる粒子線入射装置を提供する。
【解決手段】本発明の粒子線入射装置2は、円型加速器(シンクロトロン)4にイオンビーム3を入射する装置である。粒子線入射装置2は、イオンを生成するイオン源21と、イオン源21から入射されたイオンビーム3をシンクロトロン4まで導くビームダクト22と、ビームダクト22内におけるイオンビーム3の通過領域に設けられ、イオンビーム3を所定の条件で散乱させる薄膜本体31を有する薄膜部30を備えている。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
円型加速器にイオンビームを入射する粒子線入射装置において、
イオンを生成するイオン源と、
前記イオン源から入射されたイオンビームを前記円型加速器まで導くビームダクトと、
前記ビームダクト内における前記イオンビームの通過領域に設けられ、前記イオンビームを散乱させる薄膜本体を有する薄膜部を備えた
粒子線入射装置。
【請求項2】
前記イオン源は、レーザー加速イオン源であることを特徴とする
請求項1記載の粒子線入射装置。
【請求項3】
前記薄膜部が前記ビームダクトの内部空間を、前記円型加速器に連通する円型加速器側空間と、前記イオン源に連通するイオン源側空間とに分断する真空隔壁として機能することを特徴とする
請求項2記載の粒子線入射装置。
【請求項4】
前記薄膜本体が、前記薄膜本体を通過した散乱後の前記イオンビームの垂直方向のエミッタンスが前記円型加速器の垂直方向のアクセプタンス以下となる散乱条件を満たすことを特徴とする
請求項1記載の粒子線入射装置。
【請求項5】
前記薄膜本体が、前記薄膜本体を通過した散乱後の前記イオンビームの垂直方向のエミッタンスが前記円型加速器の垂直方向のアクセプタンスの2/3以下となる散乱条件を満たすことを特徴とする
請求項1記載の粒子線入射装置。
【請求項6】
前記ビームダクトの途中に設けられたエネルギー圧縮器をさらに備え、
前記薄膜部が、前記エネルギー圧縮器よりもイオンビームの進行方向の上流側に配置されていることを特徴とする
請求項1記載の粒子線入射装置。
【請求項7】
前記薄膜部が真空隔壁として機能する基本状態と、前記円型加速器側空間と前記イオン源側空間を連通させる通気状態に遷移させる通気機構をさらに備えたことを特徴とする
請求項3記載の粒子線入射装置。
【請求項8】
前記薄膜部が、前記薄膜本体と、前記薄膜本体を支持する支持体とを有しており、
前記通気機構が、前記支持体の位置を移動させることにより前記薄膜部と前記ビームダクトの内面との間に隙間を生じさせる移動機構であることを特徴とする
請求項7記載の粒子線入射装置。
【請求項9】
前記通気機構が、前記薄膜部を迂回して前記円型加速器側空間と前記イオン源側空間を連通する通気径路と、前記通気径路に設けられた真空バルブとを有していることを特徴とする
請求項7記載の粒子線入射装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、たとえば、イオンビームを被照射体に照射するための粒子線照射装置に適用される粒子線入射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、粒子線加速器で加速された荷電粒子線を体深部の腫瘍に照射することにより、がん細胞を破壊する粒子線治療が行われている。このような粒子線治療に用いられる放射線治療システムが提案されている(特許文献1)。
【0003】
特許文献1に記載された従来技術の放射線治療システムは、治療に利用される高エネルギーの陽子線または重粒子線等の放射線を発生させる放射線発生装置と、放射線発生装置で発生させた放射線を被照射体中の標的に向けて照射する照射装置と、放射線発生装置および照射装置を制御する制御装置とを有している。この従来技術の放射線発生装置は、イオン源、前段加速器およびシンクロトロン(円形加速器)等を有しており、従来技術の放射線発生装置では、イオン源で発生したイオンビームを前段加速器でシンクロトロンへの入射に必要なエネルギーまで加速してシンクロトロンに入射し、入射したイオンビームをさらにシンクロトン中で治療に利用できるエネルギーまで加速した後、照射装置に送り出す。
【0004】
しかしながら、従来技術の放射線(粒子線)治療システムには、シンクロトロンに入射されたイオンビームにおけるイオン蓄積量が、シンクロトロンを周回する間に空間電荷効果等によって減少するという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-000272号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この発明は、上述の問題に鑑みて、簡単な構成でイオン蓄積量を増大できる、粒子線入射装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明は、円型加速器にイオンビームを入射する粒子線入射装置において、イオンを生成するイオン源と、前記イオン源から入射されたイオンビームを前記円型加速器まで導くビームダクトと、前記ビームダクト内における前記イオンビームの通過領域に設けられ、前記イオンビームを散乱させる薄膜本体を有する薄膜部を備えた粒子線入射装置であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
この発明により、簡単な構成でイオン蓄積量を増大できる、粒子線入射装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】粒子線照射装置の全体構成を示す説明図。
図2】本発明の粒子線入射装置の周辺の構成を説明する説明図。
図3】本発明の薄膜部の周辺の構成を説明する説明図。
図4】本発明のイオン蓄積量の増大効果を示すグラフ。
図5】イオンビームのY方向の平均半径の一例を示すグラフ。
図6A】イオンビームのX方向の最大半径の一例を示すグラフ。
図6B】イオンビームのY方向の最大半径の一例を示すグラフ。
図7A】変形例の薄膜部の基本状態を示す説明図。
図7B】変形例の薄膜部の通気状態を示す説明図。
図8】変形例の薄膜部の周辺の構成を説明する説明図。
図9】変形例の薄膜部の周辺の構成を説明する説明図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、この発明の一実施形態を図面と共に説明する。図1は、本発明の第1実施形態に係る粒子線照射装置1(粒子線照射システム)の全体構成を示す説明図である。粒子線照射装置1は、人体の体深部の腫瘍の治療等を目的として、炭素線に代表される粒子線(荷電粒子ビーム:イオンビーム)を人間などの被照射体に照射するための装置である。粒子線は、停止位置付近で集中的にエネルギーを放出し(物理的特性)、その位置での細胞殺傷効果が高いため(生物的特性)、体深部の腫瘍の治療に用いられている。
【0011】
図1に示すように、粒子線照射装置1は、粒子線入射装置2から入射されたイオンビーム3を加速して出射する円形加速器(シンクロトロン)4と、シンクロトロン4から出射されたイオンビーム3を輸送するビーム輸送系5と、ビーム輸送系5を経たイオンビーム3を被照射体7内の照射対象であるターゲット部8(例えば、腫瘍部)に照射する照射装置6(スキャニング照射装置)と、粒子線照射装置1の各部を制御する制御装置10(制御部)とを備えている。なお、この実施例では、粒子線入射装置2から入射されるイオンビーム3としては、炭素線ビームを使用することができるが、これに限らず様々な粒子線を照射する粒子線照射装置1に本発明を適用できる。
【0012】
粒子線入射装置2はイオンビーム3を生成してシンクロトロン4に入射する。シンクロトロン4は粒子線入射装置2から入射されたイオンビーム3を加速し、治療に用いることができるようにエネルギーや強度を調整したイオンビーム3をビーム輸送系5に出射する。
【0013】
ビーム輸送系5は、複数の偏向電磁石および多極電磁石等を有しており、粒子線入射装置2と照射装置6との間を接続している。ビーム輸送系5は、照射装置6近傍に回転ガントリー5aを有しており、照射装置6による粒子線の照射方向を、水平方向を含めて任意の方向に変化させるように回転することができる。なお、回転ガントリーを備えた治療装置もあれば水平垂直などの固定ポートのみを備えた治療装置もあり、本発明はその両者に適用可能である。回転ガントリーでは、360度任意の方向から粒子線が照射可能になる。
【0014】
照射装置6は、イオンビーム3をビーム進行方向(Z方向)に垂直な平面を形成するX-Y方向に偏向させるスキャニングマグネット(図示省略)と、イオンビーム3の位置を監視する線量モニタ(図示省略)と、Z方向のイオンビーム3の停止位置を調整するレンジシフタ(図示省略)とを備え、ターゲット部8に対しスキャン軌道に沿ってイオンビーム3をスキャンするようになっている。なお、粒子線の停止する深さを調整する方法として、加速器での加速エネルギーを調整する方法、ビームライン上にレンジシフタを出し入れする方法、または両者を組み合わせた方法があり、どの方法を用いてもよい。加速器での加速エネルギーを調整する方法ではレンジシフタは不要になる。
【0015】
制御装置10は、演算部および記憶部等を含み、粒子線照射装置1(粒子線入射装置2)における各種演算および制御動作を実行する。演算部は、CPUまたはMPUなどを含む演算処理部である。記憶部は、RAM(DRAM)およびROMなどを含み、粒子線照射装置1(粒子線入射装置2)における各種演算および制御動作を実行するための各種プログラムや各種情報についてのデフォルト値等を記憶する。粒子線照射装置1(粒子線入射装置2)における一連の動作は、粒子線照射装置1(粒子線入射装置2)の各コンポーネントが制御装置10によって制御されることによって実現する。
【0016】
たとえば、制御装置10は、シンクロトロン4から出射されるイオンビーム3のエネルギー強度、ビーム輸送系5内でのイオンビーム3の位置、照射装置6のスキャニングマグネット(図示省略)によるスキャニング動作、およびレンジシフタ(図示省略)によるビーム停止位置等を適宜制御するように構成されている。
【0017】
このように構成された粒子線照射装置1は、ターゲット部8に対して一様な線量分布の照射を与えるスキャニング照射法を用いたスポットビームの照射(線量分布はスポットビームの総和となる)など、適宜の形態でイオンビーム3を被照射体に照射することができる。
【0018】
なお、図1に示した粒子線照射装置1の構成は一例であり、粒子線入射装置2で生成されたイオンビーム3をターゲット部8に対して照射可能な構成であれば実施時の状況に応じて適宜変更することが可能である。
<従来技術の問題点>
【0019】
現在実用化されている粒子線照射装置は、非常に大掛かりな装置構成となっており、装置の大型化により製造コストの増大や設置場所の確保に問題があり、普及化の妨げとなっている。したがって、粒子線照射装置の小型化が望まれている。
【0020】
粒子線照射装置の小型化を実現するためには、円形加速器(代表的にはシンクロトロン)の小型化および粒子線入射装置(入射器)の小型化が必要となる。シンクロトロンの小型化の手段としては、超伝導電磁石を用いた超伝導シンクロトロンを採用することが考えられる。高磁場が発生できる超伝導電磁石を用いることにより、高エネルギービームも短い曲率半径で偏向でき、シンクロトロンの小型化につながる。
【0021】
粒子線入射装置(入射器)の小型化の手段としては、レーザー加速イオン源を有するレーザー加速イオン入射装置の採用が考えられる。レーザー加速イオン源は、短パルス高強度レーザー光をターゲットに集光照射してシンクロトロンに入射可能な高エネルギーイオンを生成することができる。レーザー加速イオン入射装置は、レーザー加速イオン源から出射された高エネルギーイオンのビーム整形を行いシンクロトロンに粒子線を入射するものである。
【0022】
レーザー光をターゲットに集光照射して高エネルギーイオンを直接生成するレーザー加速イオン源を用いることで、従来の粒子線入射装置に設けられていた線型加速器が必要なくなり、粒子線入射装置の大幅な小型化を図ることができる。
【0023】
しかしながら、レーザー加速イオン源を採用した粒子線入射装置は、それまでの線型加速器を用いた従来の粒子線入射装置と比べて様々な課題がある。たとえば、レーザー加速イオン源で発生するイオンビームは極端な短パルスであるため、イオンビーム中のイオン密度が従来の粒子線入射装置のイオンビームに比べ非常に大きくなるため、イオンビーム3の空間電荷効果が非常に大きくなる。そのため、粒子線入射装置からシンクロトロンに入射されたイオンビームはシンクロトロンを周回する間に空間電荷効果等によって減少し、シンクロトロンへのイオン蓄積量を大幅に減少させてしまう。
【0024】
これより、粒子線治療に必要なイオン数を発生させるには、基本的にレーザーのエネルギーを大きくする必要があり、レーザー装置(レーザー加速イオン源)の大型化を招き、ひいては粒子線照射装置の大型化を招いてしまう。
【0025】
また、レーザー加速イオン源で生成されるイオンのエネルギー広がりが大きく、例えば治療に必要な数のイオンをシンクロトロンに入射しようとすると、イオンビームのエネルギー広がりがシンクロトロンの許容できるエネルギー幅を超えてしまうことになり、シンクロトロンにイオンが蓄積されにくくなる。
【0026】
この課題を解決する手段の1つとして、粒子線入射装置にエネルギー圧縮器を設け、シンクロトロンに入射される前のイオンビームのエネルギー幅を圧縮する方法が提案されている。この方法は、エネルギー広がりの大きいイオンビームに対し、適宜の位相の高周波電場を印加することでエネルギー幅を圧縮する技術であり、たとえば、必要なイオン数を確保できるだけのエネルギー幅のイオンビームを利用し、シンクロトロンが許容できるエネルギー幅まで、たとえば数値にして1/10程度に圧縮することができる。このエネルギー圧縮器を使用した場合、前述した空間電荷効果を抑えるという目的のためには、イオン発生点からエネルギー圧縮器までの距離をできるだけ大きくすることが望ましい。なぜならば、この距離を長くすると、以下に述べる理由でビーム長を長くすることができ、空間電荷効果を小さくできるからである。ビームの飛行距離をL、ビームの速度広がり(エネルギー広がりの平方根に比例)をΔv、ビームの中心速度をv0とすると、ビームの伸長の大きさΔlは、Δl=Δv/v0・Lとなる。ここで、イオン密度がビーム長に反比例するので、空間電荷効果もビーム長に反比例する。また、エネルギー圧縮を行った後は速度広がりが小さくなるためビーム伸長の割合は極端に小さくなる。よって、イオン発生点からエネルギー圧縮器までの距離(ビームの飛行距離L)が大きいほど空間電荷効果を小さくすることができる。しかしながら、ビームの飛行距離Lを大きくすれば粒子線入射装置の大きさは従来の直線型加速器を持つ装置よりも大型になってしまうため、イオン発生点からエネルギー圧縮器までの距離を十分大きくとることはできない。そのため空間電荷効果を十分抑えることは困難である。
【0027】
さらに、レーザー加速イオン源ではレーザー照射によりイオン以外にも大量の中性粒子が生成されるため、イオンビーム3の輸送空間の真空度が低下する。イオンビーム3の輸送空間はシンクロトロンに連通しているが、シンクロトロン内は高い真空度を維持する必要がある。ビーム輸送空間およびシンクロトロンに多数の排気装置を設けることにより粒子線入射装置とシンクロトロンの圧力差を維持することもできるが、高い真空度を維持しようとすると相当数の排気装置を設ける必要があり、粒子線照射装置の構成が複雑化し、粒子線照射装置の大型化を招いてしまう。
【0028】
以上のように、従来技術の粒子線治療装置に、レーザー加速イオン源とエネルギー圧縮器を設けたとしても、粒子線入射装置からシンクロトロンに入射された粒子線におけるイオン蓄積量が、シンクロトロンを周回する間に空間電荷効果等によって減少するという問題がある。さらに、レーザー加速イオン源の低い真空度に対しシンクロトロン内の高い真空度を維持することが困難であるという問題がある。これらの課題に対し、本発明者らは、以下説明する粒子線入射装置の新規な構成を案出し、課題の解決を図った。
<本発明の粒子線入射装置の構成>
【0029】
図2は本発明の粒子線入射装置2の周辺(粒子線入射装置2およびシンクロトロン4)の構成を説明する説明図である。図2に示すように、粒子線入射装置2は、イオン源(イオン生成部)21と、イオン源21およびシンクロトロン4を接続するビームダクト22とを有している。
【0030】
イオン源21は、レーザー加速イオン源、または短パルスイオンビーム(1nsec以下)を出射するパルスイオン源等の、高エネルギーイオンを直接生成することができるイオン源である。すなわち、イオン源21から出射されるイオンビーム3は、非常に高いイオン密度を有している。
【0031】
ビームダクト22は、真空用素材で形成された筒状の部材であり、ビームダクト22の一方端部はイオン源21に接続されており、ビームダクト22の他方端部はシンクロトロン4との接続点(シンクロトロン接続点9)に接続されている。このビームダクト22は、イオン源21から入射されたイオンビーム3をシンクロトロン4まで導くための通路(ビーム通路:ビームトランスポート)を形成する部材である。
【0032】
本実施形態では、ビームダクト22およびビームダクト22により形成されるビーム通路は、設置面積をできるだけ小さくするため、イオン源21(ビームダクト22の入口)を起点に延びる所定の長さ(本実施例では、概1.7m)の直線部分の後、途中で平面視円弧状(U字状)に屈曲し、シンクロトロン接続点9に向かう形状となっている。
【0033】
また、図示は省略するが、ビームダクト22の任意の位置には真空引き用開口部が設けられ、真空引き用開口部には真空配管を介して真空ポンプ(排気装置)が接続されている。真空ポンプが作動することにより、ビームダクト22の内部は真空引きされた状態となり、高真空状態に保持される。
【0034】
粒子線入射装置2(ビームダクト22)の任意の位置には、多重極磁石23、エネルギー圧縮器24、複合磁石25、偏向磁石26、およびキッカー電磁石27が設けられている。
【0035】
多重極磁石23は、たとえば四重極磁石である。多重極磁石23を構成する磁石は、永久磁石であっても電磁石であってもよい。多重極磁石23は、イオンビーム3の収束および整形のために設けられており、本実施形態では、多重極磁石23は、エネルギー圧縮器24のイオンビーム3の進行方向の上流側(以下、単に「上流側」という。)およびイオンビーム3の進行方向の下流側(以下、単に「下流側」という。)のそれぞれにおいて複数設けられている。具体的には、多重極磁石23は、エネルギー圧縮器24の上流側に4つ設けられ、エネルギー圧縮器24の下流側に2つ設けられている。
【0036】
エネルギー圧縮器24は、イオンビーム3のエネルギー幅を圧縮するために設けられている。具体的には、エネルギー圧縮器24は、イオンビーム3のエネルギー広がり幅をシンクロトロン4が受けることのできるエネルギー幅以下に圧縮する。エネルギー圧縮器24は、ビームダクト22の途中に設けられ、たとえば、ビームダクト22の入口から延びる最初の直線部分の下流側(後端部)に設けられる。エネルギー圧縮器24に到達するまでのイオンには速度差があるためビーム長が長くなる。一方、エネルギー圧縮器24を通過した後は、エネルギー広がり幅が1/10に小さくなる(速度広がり幅は約1/20になる)ため、ビーム長の長くなる割合は通過前1/20となり、ほとんど広がらなくなる(非常にゆっくりと広がるようになる)。よって、ビームダクト22の長さの範囲内で、ビーム長を長くすることでイオンビーム3に対する空間電荷効果をある程度は低減することができる。
【0037】
偏向磁石26は、磁場の作用により、直進するイオンビーム3に、速度に比例した向心力を付与し、イオンビーム3の軌道を円弧状に曲げるものである。偏向磁石26は電磁石または永久磁石等である。
【0038】
複合磁石25は、偏向磁石と多重極磁石とを組み合わせたものである。複合磁石25は電磁石または永久磁石等である。複合磁石25および偏向磁石26は屈曲部に配置されている。また、複合磁石25および偏向磁石26によるイオンの回転半径はイオンエネルギーにより異なるため、エネルギー圧縮器24よりも下流側に配置されている。
【0039】
キッカー電磁石27は、イオンビーム3が通過する空間(ビームライン)を挟んだ2つの電磁石で構成されており、イオンビーム3に対して磁場を高速に印加することで、イオンビーム3を偏向させる機能を備えている。キッカー電磁石27がイオンビーム入射時に起動(励磁)されることにより、イオンビーム3が偏向し、粒子線入射装置2(ビームダクト22)からシンクロトロン4の周回軌道上に乗せられる。
【0040】
シンクロトロン4は、イオンビーム3の周回軌道を形成するビームダクト41、イオンビーム3の収束をコントロールする多重極磁石42、イオンビーム3の軌道を円弧状に曲げるための複合磁石43を有している。シンクロトロン4において必要なエネルギーまで加速されたイオンビームは、エネルギーや強度が調整され、出射用バンプ電磁石、セプタム等(図示省略)を用いてビーム輸送系5に出射される。また、図示は省略するが、ビームダクト41の任意の位置には真空引き用開口部が設けられ、真空引き用開口部には真空配管を介して真空ポンプ(排気装置)が接続されている。真空ポンプが作動することにより、ビームダクト41の内部は真空引きされた状態となり、高真空状態に保持される。
【0041】
このような構成の粒子線入射装置2では、イオン源21が短パルス高強度レーザー光をターゲットに集光照射して高エネルギーイオンを生成する。イオン源21で生成された高エネルギーイオンは、イオンビーム3としてビームダクト22に入射される。イオンビーム3は、ビームダクト22に入射されると、ビームダクト22の中をシンクロトロン4に向かって進む。このとき、イオンビーム3は、多重極磁石23により収束および整形されてエネルギー圧縮器24に入射され、エネルギー圧縮器24によりエネルギー幅が圧縮され、複合磁石25および偏向磁石26によってビームダクト22に沿った方向に軌道修正されるとともに、シンクロトロン接続点9(シンクロトロン入射点)でシンクロトロン4のアクセプタンスに合うように適宜整形される。そしてキッカー電磁石27の作用によりシンクロトロン4に入射される。シンクロトロン4へのイオンビーム3の入射時には、イオンビーム3が通過する時間だけキッカー電磁石27をオンにしてイオンビーム3の軌道を曲げてシンクロトロン4のビーム軌道に一致させ、シンクロトロン4にイオンビーム3を入射する(シンクロトロン4のビーム軌道にイオンビーム3を乗せる)。
<薄膜部の構成>
【0042】
図3は、本発明の薄膜部30の周辺の構成を説明する説明図である。図3に示すように、本発明の粒子線入射装置2(ビームダクト22)には、薄膜部30が設けられている。薄膜部(膜部)30は、薄膜本体(膜本体)31と、薄膜本体31を支持する支持体32とを有している。
【0043】
薄膜本体31は、所定の厚みを有し、イオンビーム3を透過可能な膜であり、イオンビーム3の軌道上に(イオンビーム3が通過すると想定される範囲をカバーするように)配置されている。すなわち、薄膜本体31は、ビームダクト22内におけるイオンビーム3の通過領域に設けられている。薄膜本体31の材質としては、ポリエチレン、ポリイミド(カプトン)、ポリスチレン等の有機薄膜や、炭素(グラファイト)、ダイヤモンド薄膜、さらに、アルミニウム、チタン、ベリリウム、等の金属及びその合金等が使用できる。また、薄膜本体31の材質は有機薄膜や金属等に限定される必要は無く、後述する散乱条件を満たすことができる材質であればよい。
【0044】
支持体32は、略円形、略楕円形または略矩形の貫通孔(ビーム貫通窓)を有しており、ビーム貫通窓において薄膜本体31の端縁を保持し、薄膜本体31がイオンビーム3に対し所定角度(たとえば90°)で交差するように、接着や締結など適宜の方法でビームダクト22に取り付けられている。本実施形態では、ビームダクト22に、内径が拡大する(拡径する)拡径部22aが形成されており、拡径部22aの下流側にイオンビーム3の進行方向に略垂直な垂直面22bが形成されている。支持体32は、垂直面22bに対し薄膜本体31が略平行になるように、垂直面22bに取り付けられている。なお、支持体32は、ビームダクト22と一体的に形成されていてもよい。
【0045】
また、本実施形態では、薄膜本体31は、支持体32に対し着脱可能であり、支持体32は、ビームダクト22に対し着脱可能である。したがって、薄膜本体31を容易に交換すること(取り外しおよび取付け)ができる。
【0046】
薄膜部30をビームダクト22に取り付けることで、シンクロトロン4に入射されたイオンビーム3がシンクロトロン4を周回する間に空間電荷効果等によって減少し、シンクロトロン4へのイオン蓄積量を大幅に減少させてしまう、という課題を解決でき、シンクロトロン4へのイオン蓄積量を容易に増やすことができる。以下の説明では、薄膜本体31(薄膜部30)を真空隔壁として作用させた場合の実施例の説明を行うが、必ずしも薄膜本体31を真空隔壁として作用させなくてもよい。
【0047】
さらに、薄膜部30がビームダクト22に取り付けられた状態では、薄膜部30(薄膜本体31および支持体32)がビームダクト22の内周面に隙間なく密着して設けられた状態となり、薄膜部30(薄膜本体31および支持体32)によってビームダクト22の内部空間が薄膜部30の前後で、上流側の空間(イオン源側空間)A1と、下流側の空間(シンクロトロン側空間)A2に分断(分離)されている。すなわち、薄膜部30(薄膜本体31および支持体32)は、真空隔壁の役割をなしている。したがって、イオン源21の動作に伴い中性粒子が生成され、イオン源側空間A1の真空度が低下したとしても、シンクロトロン側空間A2にその影響を及ぼさないようにすることができ、シンクロトロン側空間A2の真空度を維持することができる。すなわち、薄膜を設けなかった場合に比べシンクロトロン側空間A2の排気装置を大幅に少なくすることができる。また、イオン源側空間A1の真空度は、シンクロトロン側空間A2ほど厳密に管理する必要が無くなるため、イオン源側空間A1の排気装置も少なくすることができる。以上、薄膜を真空隔壁として用いることで、装置構成をより簡略化しても粒子線照射装置1の性能を確保することができる。
【0048】
図4はコンピュータシミュレーションによって得られた薄膜部30を設置した時のシンクロトロン4へのイオン蓄積量の増大効果を示すグラフである。シミュレーションはイオンビーム3として炭素の6価イオン、エネルギーは4MeV/uで行った。ここで、MeV/uは核子当たりのエネルギーを示しており、炭素イオンの場合は12となる。また、薄膜の厚さは一定として計算した。図4の横軸はイオン源21におけるイオン発生点からの薄膜部30の設置位置までのイオンビーム軌道上の距離(薄膜設置位置)であり、縦軸は薄膜無しのときの値を「1」とした場合の値である。図4に示すように、薄膜部30の設置位置にかかわらず、薄膜部30を設けることにより、薄膜無しの場合に比べてシンクロトロン4へのイオン蓄積量が増大する。
【0049】
以下、薄膜部30の作用効果について説明する。イオンビーム3が薄膜部30(薄膜本体31)を通過すると、薄膜本体31によりイオンが散乱されてビーム広がり角が大きくなる。すなわち、薄膜本体31には、イオンビーム3を散乱させる作用がある。したがって、薄膜部30を設置した本発明では、薄膜無しの場合に比べてビームのエミッタンスが増大する。
【0050】
エミッタンスとは、ビーム中の各イオン(粒子)が互いにどの程度真っ直ぐ飛んでいるのか(ビーム中の各イオンの位相空間上での位置の集合)を示す量のことであり、位相空間でのビームの占める面積(各イオンの位相空間上での集合部分の面積)で定義される。エミッタンスが小さいほどビームの収束性が良いことを示している。散乱後のイオンビーム3のY方向エミッタンス(πmm mrad)は、レーザー加速イオン源のビームのエミッタンスが非常に小さいため、散乱半角(mrad)×Y方向のビーム半径(mm)で表せる。
【0051】
ここで、シンクロトロン4中を周回しているイオンビーム3はベータトロン振動によりビーム径が変動しており、低エミッタンスのイオンビーム3のビーム径は非常に小さくなる場所があり、そこではイオン密度が高く、空間電荷効果が大きくなる。一方、エミッタンスの大きいビームではビーム径が極端に小さくなることはないため、イオン密度が高くなることはなく、空間電荷効果が小さくなり、周回中のビーム損失が減少し、低エミッタンスの場合に比べてシンクロトロン4におけるイオン蓄積量が増大する。
【0052】
特に、図4からわかるように、薄膜部30の設置位置を最も上流側に位置する多重極磁石23よりも上流側に配置されることがより好ましい。本実施形態では、薄膜部30は、最も上流側に位置する多重極磁石23よりも上流側に配置されている。
【0053】
また、シンクロトロン4におけるイオン蓄積量を増大できるかどうか、すなわちどの程度のイオンをシンクロトロン4に蓄積できるかどうかは、シンクロトロン4に入射される散乱後のイオンビーム3のエミッタンスとシンクロトロン4のアクセプタンスとの関係にも影響している。
【0054】
アクセプタンスとは、シンクロトロン4のビームを閉じ込めておける能力を表す量のことであり、アクセプタンスを超えるイオンは閉じ込めることができない。アクセプタンスは、閉じ込め可能なすべてのイオンの位相空間上での位置の集合として表され、その集合部分の面積でアクセプタンスの値を定義する。位相空間とは、力学系の位置と運動量を座標(直交軸)とする空間のことである。位相空間の表現として、運動量の代わりにビームの基準進行方向と各粒子の進行方向のなす角(X’と表記する場合が多い)を用いることがある。
【0055】
イオンビーム3がそのエミッタンス形状も考慮してシンクロトロン4のアクセプタンス内に含まれていれば(シンクロトロン4のアクセプタンスに収まれば)、イオンビーム3中のすべてのイオンはシンクロトロン4に閉じ込めることができる。仮に、イオンビーム3のエミッタンスがシンクロトロン4のアクセプタンスからはみ出していれば、はみ出した部分に相当するイオンは閉じ込められないことになる。
【0056】
したがって、イオンビーム3のエミッタンスの大きさがアクセプタンスの大きさを超えるとビーム損失が増大するため、シンクロトロン4のアクセプタンスからのはみ出しがあまり大きくならない範囲でイオンビーム3のエミッタンスを拡大するのが理想的である。
【0057】
通常、シンクロトロン4のアクセプタンスは、水平方向(X方向とする)と垂直方向(Y方向とする)で大きさが異なり、シンクロトロン4の水平方向(X方向)のアクセプタンスがシンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスよりも1桁程度大きくなる。たとえば、図4に示すシミュレーションでは、シンクロトロン4の水平方向(X方向)のアクセプタンスは200πmm mradであるのに対し、垂直方向(Y方向)のアクセプタンスは30πmm mradである。このように、シンクロトロン4のアクセプタンスは、水平方向(X方向)に比べ垂直方向(Y方向)が極端に小さいため、イオンビーム3のエミッタンスがシンクロトロン4のアクセプタンスに収まるかどうかについては、垂直方向(Y方向)についての条件(大小関係)を考慮すればよい。このことは、イオンビーム3のエミッタンスはアクセプタンスとは異なり水平方向(X方向)と垂直方向(Y方向)とで顕著な差が生じないため、イオンビーム3の垂直方向(Y方向)のエミッタンスがシンクロトロン4のアクセプタンスに収まっている場合には、イオンビーム3の水平方向(X方向)のエミッタンスも当然にシンクロトロン4のアクセプタンスに収まっていると考えられるからである。
【0058】
以上のように、イオン蓄積量(蓄積イオン数)は、シンクロトロン4に入射される散乱後のイオンビーム3の垂直方向(Y方向)のエミッタンスと、シンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスとの関係に依存すると考えられる。
【0059】
したがって、薄膜本体31の散乱条件(散乱半角)は、シンクロトロン4に入射される散乱後のイオンビーム3の垂直方向(Y方向)のエミッタンスが、シンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンス以下となるように適宜設定されることが好ましい。
【0060】
また、シンクロトロン4に入射されたイオンビーム3は、空間電荷効果とエネルギー広がり(速度広がり)があると、入射時にアクセプタンス内に入っているビームもシンクロトロン4を周回するにつれてアクセプタンスの周辺に近い部分の粒子が失われていく。したがって、イオンビーム3の垂直方向(Y方向)のエミッタンスは、シンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスに対し所定の割合以下とすることが好ましい。
【0061】
コンピュータシミュレーションの結果、シンクロトロン4に入射するとき、すなわち薄膜部30通過後(散乱後)のイオンビーム3のY方向エミッタンスが、シンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスの2/3以下(アクセプタンスを30πmm mradとすると20πmm mrad以下)であるとき、薄膜部30(薄膜本体31)を設けることの効果(イオン蓄積量が増大すること)が顕著に得られることが分かった。さらに、散乱後のイオンビーム3のY方向エミッタンスを、シンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスの1/2以下とすることによりイオン蓄積量がより増大し(最大効果の半分程度の効果が得られる)、散乱後のイオンビーム3のY方向エミッタンスを、シンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスの1/3とすることによりイオン蓄積量が最大となる(最大の効果が得られる)ことが分かった。この関係は、薄膜を設置する位置によらず、どこに設置してもほぼ同じような関係になることがシミュレーションで確かめられている。
【0062】
したがって、薄膜本体31の散乱条件は、散乱後のイオンビーム3のY方向エミッタンスが、イオン蓄積量増大の効果を顕著に得るためにシンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスの2/3以下となるように設定することが好ましく、イオン蓄積量増大の効果をより顕著に得るためにはシンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスの1/2以下となるように設定することがより好ましく、イオン蓄積量増大の最大の効果を得るためにはシンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスの1/3となるように設定することが好適である。
【0063】
以上のように、薄膜部30(薄膜本体31)を設けることによって、イオンビーム3中のイオンをできるだけ多くシンクロトロン4に閉じ込めることができる。ただし、イオンビーム3のエミッタンスを小さくしすぎると、空間電荷効果が大きくなり、シンクロトロン4の周回中にイオンが失われてしまう。薄膜本体31の散乱条件を、散乱後のイオンビーム3のY方向エミッタンスを、シンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスの1/15以上とすることによって、シンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスの2/3とした場合と同等かそれ以上のイオン蓄積量増大の効果を得ることができる。また、散乱後のイオンビーム3のY方向エミッタンスをシンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスの1/10以上とすることによって、シンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスの1/3とした場合(最大効果を得られる場合)の半分程度かそれ以上のイオン蓄積量増大の効果を得ることができる。さらに、散乱後のイオンビーム3のY方向エミッタンスをシンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンスの1/5以上とすることによって、最大効果を得られる場合の2/3程度かそれ以上のイオン蓄積量増大の効果を得ることができる。この関係も、薄膜を設置する位置によらず、どこに設置してもほぼ同じような関係になることがシミュレーションで確かめられている。
【0064】
上述したように、散乱後のイオンビーム3のY方向エミッタンス(πmm mrad)は、散乱半角(mrad)×Y方向のビーム半径(mm)で表せるため、散乱後のイオンビーム3のY方向エミッタンスを適切な範囲に設定するためには、Y方向のビーム半径に対し、薄膜本体31を通過する際のイオンビーム3の散乱半角(mrad)を適切な範囲に設定する必要がある。薄膜本体31を通過する際のイオンビーム3の散乱半角(mrad)は、以下の[数1](多重散乱による角度偏向分布θ)から求められる。
【0065】
【数1】
【0066】
ここで、pは入射粒子(イオン)の運動量であり、βcは入射粒子の速度であり、Zは入射粒子の電荷数であり、Xは入射粒子が通過する物質(薄膜本体31)の厚さであり、Xはその物質の放射長(制動放射によってエネルギーが1/eに減少するまでに通過する平均距離)である。薄膜本体31が単物質である場合は、Xは[数2]から求められる。薄膜本体31が複合物である場合、wjをj番目の構成物質の質量比、Xjをj番目の構成物質の放射長とすると、放射長Xは[数3]から求められる。
【0067】
【数2】
ここで、Aは入射粒子が通過する物質(薄膜本体31)の質量数であり、Zは薄膜本体31の原子番号であり、ρは薄膜本体31の密度である。
【0068】
【数3】
【0069】
イオンビーム3の散乱半角(mrad)が適切な範囲となるように、薄膜本体31の素材に合わせて膜厚が設定される。イオンビーム3が炭素の6価イオン、エネルギー4MeV/uのとき、たとえば、薄膜本体31の材質がポリエチレンであり膜厚3μmとすると、散乱半角は約1.17mradとなる。また、薄膜本体31の材質がアルミニウムであり膜厚1μmとすると、散乱半角は約1.61mradとなる。
【0070】
図5は上記シミュレーションにおけるイオンビーム3のY方向の平均半径の一例を示すグラフである。横軸はイオン源21におけるイオン発生点からのイオンビーム軌道上の距離である。縦軸はY方向のビーム半径(mm)であるが、レーザー加速イオン源を用いた場合のイオンビーム3のエネルギー広がり(速度広がり)は大きいので、エネルギー圧縮器を使って、シンクロトロン4が許容できるエネルギー幅まで小さくしている。ただし、それでもイオンビーム3のエネルギー広がりは残る。また、エネルギー圧縮器を通す前までにできた軌道のずれが、かなり大きく、その後の軌道のずれとして残り、ビーム半径の違いを作り出している。そのため、図5では、Y方向エミッタンスを求める際のY方向のビーム半径(mm)としては、速度について平均したY方向のビーム半径を使用した。
【0071】
図5に示す例では、たとえば、イオン発生点からの距離が0.25mのとき、Y方向のビーム半径は6.15mmである。このイオンビーム3がポリエチレン製で膜厚3μmの薄膜本体31(散乱半角が約1.17mrad)を通過したと仮定すると、散乱後のイオンビーム3のY方向エミッタンスは、約7.2(πmm mrad)となる。この場合、散乱後のイオンビーム3のY方向エミッタンスが、シンクロトロン4の垂直方向(Y方向)のアクセプタンス以下(1/4程度)であり、また、小さすぎることもないので、シンクロトロン4におけるイオン蓄積量が増大すると考えられる。
【0072】
このように、薄膜本体31の膜厚の上限は、薄膜本体31の素材の特性を加味して、散乱後の垂直方向(Y方向)エミッタンスがシンクロトロン4の垂直方向アクセプタンスより小さくなる条件を満たすように定めればよい。これにより、シンクロトロン4におけるイオン蓄積量が増大できる。
【0073】
たとえば、イオン発生点からの距離が0.25mのとき、薄膜本体31がポリエチレン製の場合、薄膜本体31の膜厚が38μm以下とすることで、散乱後の垂直方向(Y方向)エミッタンスがシンクロトロン4の垂直方向のアクセプタンス(30πmm mrad)以下となり、薄膜本体31の膜厚を18μm以下とすることで、散乱後の垂直方向(Y方向)エミッタンスがシンクロトロン4の垂直方向のアクセプタンスの2/3(20πmm mrad)以下となる。
【0074】
また、薄膜本体31がアルミニウム製の場合、膜厚7をμm以下とすることで、散乱後の垂直方向(Y方向)エミッタンスがシンクロトロン4の垂直方向のアクセプタンス(30πmm mrad)以下となり、薄膜本体31の膜厚を3μm以下とすることで、散乱後の垂直方向(Y方向)エミッタンスがシンクロトロン4の垂直方向のアクセプタンスの2/3(20πmm mrad)以下となる。
【0075】
一方、薄膜本体31の膜厚の下限は、薄膜本体31がどれだけ薄くても散乱による効果が得られるため、薄膜本体31が真空隔壁の役割を果たせる程度の強度を有する厚みであればよい。
【0076】
まず、薄膜本体31の膜厚の下限は、薄膜本体31にピンホールが発生しない厚みであればよい。ピンホールがない厚さの下限は、膜の材質と作成方法によって異なる。たとえば、ダイヤモンド製の薄膜本体31であれば、CVD法で0.05μmまでピンホールが発生しない状態で製作することができる。
【0077】
次に、薄膜本体31の膜厚の下限は、イオン源側空間A1およびシンクロトロン側空間A2の差圧に耐えうる程度の厚みであればよい。イオン源側空間A1の真空度をP1、シンクロトロン側空間A2の真空度をP2とする。レーザー加速イオン源の真空度は10-4~10-3(Pa)、シンクロトロンの真空度は通常10-7Pa以下であることから、P1>>P2となり、薄膜本体31にかかる圧力Pは、(P1-P2)~P1となる。半径aの円形のビーム貫通窓に薄膜本体31が取り付けられているとして、薄膜本体31の厚さをt、ヤング率をE、ポアソン比をν、薄膜本体31の変位率をε、とすると、[数4]の式が成り立つ。
【0078】
【数4】
【0079】
ヤング率は、ポリエチレンであれば1GPa以下、アルミニウムであれば70GPa以下、ダイヤモンドであれば1000GPa以下、ポアソン比はポリエチレンであれば約0.30、アルミニウムであれば0.345、ダイヤモンドであれば約0.2である。a=6.15mm、t=0.05μm、変位率を0.01%として耐えられる圧力をもとめると、ポリエチレンでP=0.06(Pa)、アルミニウムでP=4.3(Pa)、ダイヤモンドでP=50(Pa)となる。これは薄膜本体31にかかる圧力よりもはるかに大きな値である。一方、a=6.15mm、P=10-3Pa、変位率を0.01%として、必要な膜厚を求めると、ポリエチレンでt=8.8×10-4(μm)、アルミニウムでt=1.2×10-5(μm)、ダイヤモンドでt=1.0×10-6(μm)となる。したがって、薄膜本体31の膜厚が、技術的に製作することができるような厚みであれば、イオン源側空間A1およびシンクロトロン側空間A2の差圧に当然に耐えうる。
【0080】
図6Aはイオンビーム3のX方向の最大半径の一例を示すグラフである。図6Bはイオンビーム3のY方向の最大半径の一例を示すグラフである。レーザー加速イオン源を用いた場合のイオンビーム3のエネルギー広がり(速度広がり)は大きいので、エネルギー圧縮器を使って、シンクロトロン4が許容できるエネルギー幅まで小さくしている。ただし、それでもイオンビーム3のエネルギー広がりは残る。また、エネルギー圧縮器を通す前までにできた軌道のずれが、かなり大きく、その後の軌道のずれとして残り、ビーム半径の違いを作り出している。そのため、図6Aおよび図6Bの縦軸では、X方向、Y方向ともに、様々な速度についてのビーム半径の中での最大値を使用している。横軸はイオン源21におけるイオン発生点からのイオンビーム軌道上の距離である。図6Aおよび図6Bに示すように、イオンビーム3のX方向およびY方向の最大半径はイオンビーム発生点からの距離に応じて変化している。イオンビーム3の垂直方向における薄膜本体31の大きさ(支持体32の円形窓の大きさ)、すなわち薄膜本体31のサイズは、イオンビーム3のX方向およびY方向の最大半径から決められる楕円形を含む形状とすることができる。すなわち、大きめの楕円もしくは矩形もしくはその他の形状とする。このようにすれば、薄膜部30の設置位置にかかわらずイオンビーム3が全て薄膜本体31を通過することができる。
【0081】
以上のように、本発明によれば、ビームダクト22内におけるイオンビーム3の通過領域にイオンビーム3を散乱させる作用がある薄膜本体31(薄膜部30)を設けているので、イオンビーム3のエミッタンスが増大し、シンクロトロン4におけるイオン蓄積量を増大させることができる。すなわち、本発明によれば、非常に簡単な構成でイオン蓄積量を増大できる。
【0082】
また、図4から、薄膜部30の設置位置を最も上流側に位置する多重極磁石23よりもさらに上流側に配置すると効果が最も大きいことが分かる。さらに、薄膜をエネルギー圧縮器よりも前段に設置すると以下の利点が追加される。現在、治療に使われているイオンは主に炭素の六価イオンである。一方、レーザー加速イオン源で作られるイオンは、炭素をターゲットとした場合六価以外にも五価、四価、あるいはそれ以下の価数のイオンも生成される。薄膜を通過すると五価以下のイオンも電子をはがされ六価になる荷電変換が行われる。エネルギー圧縮器はあらかじめ設定されたエネルギーの六価イオンに対してのみ有効に作用するように設定されているため、エネルギー圧縮後に薄膜通過をしても五価以下のイオンは利用できない。一方、先に薄膜を通過させると、炭素の五価、四価、あるいはそれ以下の価数のイオンから荷電変換により新たに生成された炭素の六価イオンが利用できる。その結果、シンクロトロン4に蓄積されるイオン数をさらに大幅に増やすことができる。よって、薄膜設置位置は、エネルギー圧縮器より前に設置することがより好ましい。
【0083】
この発明の粒子線入射装置は上記実施形態の粒子線入射装置2に対応し、以下同様に、円型加速器はシンクロトロン4に対応し、イオン源はイオン源21に対応し、ビームダクトはビームダクト22に対応し、薄膜本体は薄膜本体31に対応し、支持体は支持体32に対応し、薄膜部は薄膜部30に対応し、エネルギー圧縮器はエネルギー圧縮器24に対応し、通気機構は通気機構50に対応し、移動機構は移動機構51に対応し、通気径路は通気径路52に対応し、真空バルブは真空バルブ53に対応するが、この発明は本実施形態に限られず他の様々な実施形態とすることができる。また、上述の実施形態で挙げた具体的な構成等は一例であり、実際の製品に応じて適宜変更することが可能である。
【0084】
たとえば、上述の実施形態に加えて、粒子線入射装置2は、薄膜部30が真空隔壁として機能する状態(基本状態)から、シンクロトロン側空間A2およびイオン源側空間A1を連通(通気)させる状態(通気状態)に遷移するための通気機構50を有していてもよい。たとえば、粒子線入射装置2は、通気機構50として、支持体32(薄膜部30)の位置を移動(変位)させて薄膜部30とビームダクト22との間に隙間を生じさせる移動機構51を有していてもよい。具体的には、図7Aおよび図7Bに示すように、移動機構51としては、持体12(薄膜部30)を回転させて、薄膜部30とビームダクト22の内面との間に隙間を生じさせる回転機構(回動機構)を用いることができる。この場合、移動機構51は、駆動源(図示せず)からの駆動力を受けて薄膜部30を回動させることができる。たとえば、移動機構51は、薄膜部30がビーム進行方向に略垂直な姿勢となり、ビームダクト22に密着する位置(基本状態を構成:図7Aに示す状態)と、薄膜部30(薄膜本体31)がビームダクト22の内面(ビーム進行方向)に略平行な姿勢となる位置(通気状態を構成:図7Bに示す状態)との間で薄膜部30を回動させることができる。このようにすれば、簡単な構成で、粒子線入射装置2における基本状態と通気状態とを切り替えることができる。イオンビーム3を出射する際には、粒子線入射装置2を基本状態としておき、イオンビーム3の生成ないし出射時の圧力上昇の影響をイオン源側空間A1にとどめ、シンクロトロン側空間A2に伝えないようにすることができる。一方、メンテナンス等の目的で真空排気や大気導入を実施する際には粒子線入射装置2を通気状態としておくことができる。
【0085】
また、図8に示すように、粒子線入射装置2は、通気機構50として、薄膜部30を迂回してシンクロトロン側空間A2およびイオン源側空間A1を連通する通気径路52と、通気径路52に設けられた真空バルブ53とを有していてもよい。このようにすれば、真空バルブ53を閉じる(通気径路52を閉塞する)ことによって基本状態となり、真空バルブ53を開く(通気径路52を開放する)ことによって通気状態となる。したがって、簡単な構成で、粒子線入射装置2における基本状態と通気状態とを切り替えることができる。
【0086】
さらに、ビームダクト22に、真空バルブ53とは別のバルブ(予備バルブ)を設けても良い。図示は省略するが、予備バルブは、薄膜部30よりも下流側であって、シンクロトロン接続点9よりも上流側に設けられる。予備バルブは、通常の動作時は開放されている。一方、予備バルブよりも上流側のみ真空排気や大気導入を実施する場合、予備バルブを閉じておくことによって、シンクロトロン4内の真空度を維持することができる。
【0087】
また、上述の実施形態では、薄膜本体31(薄膜部30)を真空隔壁として作用させた場合を例に挙げて説明したが、図9に示すように、薄膜部30(薄膜本体31および支持体32)とビームダクト22の内周面との間に隙間を設けるようにしてもよい。すなわち、イオン源側空間A1とシンクロトロン側空間A2とが連通していてもよい。この場合であっても、イオンビーム3が薄膜本体31(薄膜部30)を通過する構成であるので、イオン蓄積量の増大効果を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0088】
この発明は、イオンビームを被照射体に照射する産業に利用することができる。
【符号の説明】
【0089】
1…粒子線照射装置
2…粒子線入射装置
21…イオン源
22…ビームダクト
23…多重極磁石
24…エネルギー圧縮器
25…複合磁石
26…偏向磁石
27…キッカー電磁石
30…薄膜部
31…薄膜本体
32…支持体
3…イオンビーム
4…円形加速器(シンクロトロン)
5…ビーム輸送系
6…照射装置
7…被照射体
8…ターゲット部
10…制御装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7A
図7B
図8
図9
【手続補正書】
【提出日】2023-10-20
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0013
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0013】
ビーム輸送系5は、複数の偏向電磁石および多極電磁石等を有しており、粒子線入射装置2と照射装置6との間を接続している。ビーム輸送系5は、照射装置6近傍に回転ガントリー5aを有しており、照射装置6による粒子線の照射方向を、水平方向を含めて任意の方向に変化させるように回転することができる。なお、回転ガントリーを備えた治療装置もあれば水平垂直などの固定ポートのみを備えた治療装置もあり、本発明はその両者に適用可能である。回転ガントリーでは、360度任意の方向から粒子線が照射可能になる。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0084
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0084】
たとえば、上述の実施形態に加えて、粒子線入射装置2は、薄膜部30が真空隔壁として機能する状態(基本状態)から、シンクロトロン側空間A2およびイオン源側空間A1を連通(通気)させる状態(通気状態)に遷移するための通気機構50を有していてもよい。たとえば、粒子線入射装置2は、通気機構50として、支持体32(薄膜部30)の位置を移動(変位)させて薄膜部30とビームダクト22との間に隙間を生じさせる移動機構51を有していてもよい。具体的には、図7Aおよび図7Bに示すように、移動機構51としては、支持体12(薄膜部30)を回転させて、薄膜部30とビームダクト22の内面との間に隙間を生じさせる回転機構(回動機構)を用いることができる。この場合、移動機構51は、駆動源(図示せず)からの駆動力を受けて薄膜部30を回動させることができる。たとえば、移動機構51は、薄膜部30がビーム進行方向に略垂直な姿勢となり、ビームダクト22に密着する位置(基本状態を構成:図7Aに示す状態)と、薄膜部30(薄膜本体31)がビームダクト22の内面(ビーム進行方向)に略平行な姿勢となる位置(通気状態を構成:図7Bに示す状態)との間で薄膜部30を回動させることができる。このようにすれば、簡単な構成で、粒子線入射装置2における基本状態と通気状態とを切り替えることができる。イオンビーム3を出射する際には、粒子線入射装置2を基本状態としておき、イオンビーム3の生成ないし出射時の圧力上昇の影響をイオン源側空間A1にとどめ、シンクロトロン側空間A2に伝えないようにすることができる。一方、メンテナンス等の目的で真空排気や大気導入を実施する際には粒子線入射装置2を通気状態としておくことができる。