(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024081442
(43)【公開日】2024-06-18
(54)【発明の名称】ヨーレート制御装置、ヨーレート制御方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20240611BHJP
【FI】
B62D6/00
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022195082
(22)【出願日】2022-12-06
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-11-29
(71)【出願人】
【識別番号】000000170
【氏名又は名称】いすゞ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004222
【氏名又は名称】弁理士法人創光国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100166006
【弁理士】
【氏名又は名称】泉 通博
(74)【代理人】
【識別番号】100154070
【弁理士】
【氏名又は名称】久恒 京範
(74)【代理人】
【識別番号】100153280
【弁理士】
【氏名又は名称】寺川 賢祐
(74)【代理人】
【識別番号】100167793
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 学
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 元哉
(72)【発明者】
【氏名】矢作 修一
【テーマコード(参考)】
3D232
【Fターム(参考)】
3D232DA03
3D232DA23
3D232DA33
3D232DA39
3D232DA87
3D232DB11
3D232DC01
3D232DC02
3D232DC03
3D232DD08
3D232DD13
3D232DD17
3D232DD18
3D232EB16
3D232GG01
(57)【要約】
【課題】車両の旋回運動に適したヨーレート制御を行う。
【解決手段】ヨーレート制御装置4は、車両の旋回時のヨーレートと、車両に設定された経路を走行するための目標ヨーレートと、車両の横滑り角と、を取得する取得部421と、車両のヨーレートと目標ヨーレートとの差に基づいて第1操舵角を算出するフィードバック制御部424と、車両の横滑り角に基づいて第2操舵角を算出するフィードフォワード制御部425と、第1操舵角と第2操舵角とに基づいて算出した車両の操舵角を車両の操舵部に出力する出力部426と、を有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の旋回時のヨーレートと、前記車両に設定された経路を走行するための目標ヨーレートと、前記車両の横滑り角と、を取得する取得部と、
前記車両のヨーレートと前記目標ヨーレートとの差に基づいて第1操舵角を算出するフィードバック制御部と、
前記車両の横滑り角に基づいて第2操舵角を算出するフィードフォワード制御部と、
前記第1操舵角と前記第2操舵角とに基づいて算出した前記車両の操舵角を前記車両の操舵部に出力する出力部と、
を有するヨーレート制御装置。
【請求項2】
前記第1操舵角及び前記第2操舵角を算出するための複数の制御パラメータを決定するための決定部をさらに有し、
前記決定部は、前記ヨーレート制御装置及び前記車両に対応する規範モデルに前記目標ヨーレートを入力することにより前記規範モデルが出力した規範モデル出力値と前記ヨーレートとの差の絶対値を示す評価関数の出力値が最小になるように前記制御パラメータを決定する、
請求項1に記載のヨーレート制御装置。
【請求項3】
前記取得部は、前記車両が所定の速度で旋回した際の操舵角をさらに取得し、
前記決定部は、前記操舵角、前記ヨーレート及び前記横滑り角を用いて算出した目標ヨーレートを入力した前記規範モデルの規範モデル出力値と前記ヨーレートとの差の絶対値を示す評価関数の出力値が最小になるように決定した前記制御パラメータを、前記制御パラメータの初期値に決定する、
請求項2に記載のヨーレート制御装置。
【請求項4】
前記車両の走行後の停止時に、前記決定部が決定した前記制御パラメータを前記フィードバック制御部及び前記フィードフォワード制御部に設定する設定部をさらに有する、
請求項2又は3に記載のヨーレート制御装置。
【請求項5】
プロセッサが実行する、
車両の旋回時のヨーレートと、前記車両に設定された経路を走行するための目標ヨーレートと、前記車両の横滑り角と、を取得するステップと、
前記車両のヨーレートと前記目標ヨーレートとの差に基づいて第1操舵角を算出するステップと、
前記車両の横滑り角に基づいて第2操舵角を算出するステップと、
前記第1操舵角と前記第2操舵角とに基づいて算出した前記車両の操舵角を前記車両の操舵部に出力するステップと、
を有するヨーレート制御方法。
【請求項6】
プロセッサに、
車両の旋回時のヨーレートと、前記車両に設定された経路を走行するための目標ヨーレートと、前記車両の横滑り角と、を取得するステップと、
前記車両のヨーレートと前記目標ヨーレートとの差に基づいて第1操舵角を算出するステップと、
前記車両の横滑り角に基づいて第2操舵角を算出するステップと、
前記第1操舵角と前記第2操舵角とに基づいて算出した前記車両の操舵角を前記車両の操舵部に出力するステップと、
を実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヨーレート制御装置、ヨーレート制御方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1の車両用操向装置は、車両の旋回運動により生じるヨーレートと操舵角に応じた推定ヨーレートとの差により目標操舵トルクを決定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の車両用操向装置は、車両の旋回運動において発生する横滑りが大きければ大きいほどヨーレートと推定ヨーレートとの差が大きくなるため、車両が経路を正しく走行できなくなるという問題があった。
【0005】
そこで、本発明はこれらの点に鑑みてなされたものであり、車両の旋回運動に適したヨーレート制御を行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様に係るヨーレート制御装置は、車両の旋回時のヨーレートと、前記車両に設定された経路を走行するための目標ヨーレートと、前記車両の横滑り角と、を取得する取得部と、前記車両のヨーレートと前記目標ヨーレートとの差に基づいて第1操舵角を算出するフィードバック制御部と、前記車両の横滑り角に基づいて第2操舵角を算出するフィードフォワード制御部と、前記第1操舵角と前記第2操舵角とに基づいて算出した前記車両の操舵角を前記車両の操舵部に出力する出力部と、を有する。
【0007】
前記第1操舵角及び前記第2操舵角を算出するための複数の制御パラメータを決定するための決定部をさらに有し、前記決定部は、前記ヨーレート制御装置及び前記車両に対応する規範モデルに前記目標ヨーレートを入力することにより前記規範モデルが出力した規範モデル出力値と前記ヨーレートとの差の絶対値を示す評価関数の出力値が最小になるように前記制御パラメータを決定してもよい。
【0008】
前記取得部は、前記車両が所定の速度で旋回した際の操舵角をさらに取得し、前記決定部は、前記操舵角、前記ヨーレート及び前記横滑り角を用いて算出した目標ヨーレートを入力した前記規範モデルの規範モデル出力値と前記ヨーレートとの差の絶対値を示す評価関数の出力値が最小になるように決定した前記制御パラメータを、前記制御パラメータの初期値に決定してもよい。
【0009】
前記車両の走行後の停止時に、前記決定部が決定した前記制御パラメータを前記フィードバック制御部及び前記フィードフォワード制御部に設定する設定部をさらに有してもよい。
【0010】
本発明の第2の態様に係るヨーレート制御方法は、プロセッサが実行する、車両の旋回時のヨーレートと、前記車両に設定された経路を走行するための目標ヨーレートと、前記車両の横滑り角と、を取得するステップと、前記車両のヨーレートと前記目標ヨーレートとの差に基づいて第1操舵角を算出するステップと、前記車両の横滑り角に基づいて第2操舵角を算出するステップと、前記第1操舵角と前記第2操舵角とに基づいて算出した前記車両の操舵角を前記車両の操舵部に出力するステップと、を有する。
【0011】
本発明の第3の態様に係るプログラムは、プロセッサに、車両の旋回時のヨーレートと、前記車両に設定された経路を走行するための目標ヨーレートと、前記車両の横滑り角と、を取得するステップと、前記車両のヨーレートと前記目標ヨーレートとの差に基づいて第1操舵角を算出するステップと、前記車両の横滑り角に基づいて第2操舵角を算出するステップと、前記第1操舵角と前記第2操舵角とに基づいて算出した前記車両の操舵角を前記車両の操舵部に出力するステップと、を実行させる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、車両の旋回運動に適したヨーレート制御を行うという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本実施形態に係る車両Sの概要を説明するための図である。
【
図2】車両Sの操舵角を決定する動作を説明するための制御ブロック図である。
【
図3】自動操舵システムを説明するための図である。
【
図6】PID制御器を含むヨーレート制御を説明するためのブロック図である。
【
図7】ヨーレート制御装置4における処理シーケンスの例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<車両Sの概要>
図1は、本実施形態に係る車両Sの概要を説明するための図である。
図1に示す車両Sは、センサ部1と、状態特定部2と、操舵部3と、ヨーレート制御装置4と、を備える。車両Sは、車両Sに設定された経路(以下、「設定経路」という)に沿って走行するための操舵角を算出し、旋回時の車両Sを自動操舵する機能を有する。
【0015】
センサ部1は、操舵角センサ及びヨーレートセンサを有しており、走行中の車両Sの操舵角及びヨーレートを検出する。
【0016】
状態特定部2は、GNSS(Global Navigation Satellite System)等の外部の測位システムから車両Sの位置を示す電波を受信する受信装置と、加速度センサ及び角速度センサを含むIMU(Inertial Measurement Unit)とを有する。状態特定部2は、受信装置及びIMUを用いて、設定経路を走行するための目標ヨーレート及び車両Sの横滑り角を検出する。
【0017】
状態特定部2は、例えば、受信装置が受信した電波に基づいて複数の時刻における車両Sの位置を特定することにより車両Sの進行方向を特定し、当該複数の時刻にIMUが検出した車両Sの姿勢角に基づいて車両Sの車体の向きを特定する。状態特定部2は、特定した車両Sの進行方向と車体の向きとを用いて車両Sの横滑り角を特定する。また、状態特定部2は、設定経路が示す方向と特定した車両Sの進行方向との差、及び設定経路に含まれる位置と車両Sの位置との差に基づいて目標ヨーレートを特定する。
【0018】
操舵部3は、車両Sの運転者が車両Sを操舵しない状態で、車両Sを自動操舵する機能を有する。操舵部3は、例えば、ヨーレート制御装置4から入力された操舵角に基づいて、操舵用モータ等によりステアリング軸を回転させ、走行中の車両Sを右又は左に旋回させる。
【0019】
ヨーレート制御装置4は、センサ部1が検出した車両Sのヨーレートと状態特定部2が特定した車両Sの目標ヨーレート及び横滑り角とに基づいて、旋回時の車両Sの操舵角を算出する処理を実行する。ヨーレート制御装置4は、所定時刻ごとに算出した操舵角に基づいて操舵部3に旋回時の車両Sを自動操舵させることで、旋回時の車両Sのヨーレートを制御する。ヨーレート制御装置4は、電子部品を含む筐体を有していてもよく、電子部品が実装されたプリント基板であってもよい。
【0020】
旋回時の車両Sのヨーレートを制御するための制御器として、車両Sの動力学モデルをシステム同定したプラントモデルに基づくPID(Proportional Integral Differential)制御器などのフィードバック制御器を設計することが考えられる。PID制御器は、車両Sが低速で旋回することにより横滑り角などの外乱が十分に小さい場合は、目標ヨーレートと車両Sのヨーレートとの差(以下、「偏差」という)を小さくできるため、車両Sのヨーレートを制御しやすくなる。しかし、PID制御器は、旋回時の車両Sの速度が大きければ大きいほど横滑り角が大きくなることにより偏差が大きくなるため、ヨーレートを正しく制御できなくなる。
【0021】
そこで、ヨーレート制御装置4は、PI制御器等のフィードバック制御器と横滑り角の影響を抑制するためのフィードフォワード制御器とを備える。これにより、車両Sの横滑り角が大きくなる場合であっても車両Sの旋回運動に適したヨーレート制御を行うことができる。
以下、ヨーレート制御装置4の構成及び動作を詳細に説明する。
【0022】
<ヨーレート制御装置4の構成>
ヨーレート制御装置4は、記憶部41と、制御部42と、を有する。制御部42は、取得部421と、決定部422と、設定部423と、フィードバック制御部424と、フィードフォワード制御部425と、出力部426とを有する。
【0023】
記憶部41は、例えば、例えば、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、HDD(Hard Disk Drive)又はSSD(Solid State Drive)等の記憶媒体を有する。記憶部41は、制御部42が実行するプログラムを記憶している。記憶部41は、操舵部3に操舵角を出力するための各種の情報を記憶している。
【0024】
制御部42は、例えば、CPU(Central Processing Unit)又はECU(Electronic Control Unit)等のプロセッサである。制御部42は、記憶部41に記憶されたプログラムを実行することにより、取得部421、決定部422、設定部423、フィードバック制御部424、フィードフォワード制御部425及び出力部426として機能する。なお、制御部42は、1つのプロセッサで構成されていてもよいし、複数のプロセッサ又は1以上のプロセッサと電子回路との組み合わせにより構成されていてもよい。
以下、制御部42により実現される各部の構成を説明する。
【0025】
取得部421は、車両Sの旋回時のヨーレートと、設定経路を走行するための目標ヨーレートと、車両Sの横滑り角とを取得する。取得部421は、例えば、所定の時間が経過するたびに、センサ部1からヨーレートを取得し、状態特定部2から目標ヨーレート及び横滑り角を取得する。所定の時間は、実験又はシミュレーションにより定められた時間である。取得部421は、取得したヨーレート、目標ヨーレート及び横滑り角を記憶部41に記憶させる。
【0026】
取得部421は、車両Sが所定の速度で旋回した際の操舵角をさらに取得する。所定の速度は、車両Sの重心から前輪及び後輪までの距離と車両Sの重量とを含む車両Sの等価モデルに基づいて定めた速度である。取得部421は、例えば、所定の時間が経過するたびに、センサ部1から操舵角を取得し、記憶部41に記憶させる。
【0027】
決定部422は、車両Sの操舵角を決定するために用いる第1操舵角及び第2操舵角を算出するための複数の制御パラメータを決定する。第1操舵角は、フィードバック制御部424がPI制御器を用いて算出した操舵角であり、第2操舵角は、フィードフォワード制御部425がフィードフォワード制御器(以下、「FF制御器」という)を用いて算出した操舵角である。制御パラメータは、PI制御器、FF制御器の少なくともいずれかに用いられる係数である。
【0028】
図2は、車両Sの操舵角を決定する動作を説明するための制御ブロック図である。
図2に示す制御対象Pは操舵部3である。
図2においては、第1操舵角δ
FB、第2操舵角δ
FF、操舵部3に出力する操舵角δ、ヨーレートγ、目標ヨーレートγ
ref、横滑り角βが示されている。係数K
1、係数K
2及び係数T
1は制御パラメータ、定数θ
1は時定数、演算子sはラプラス演算子である。
以下、決定部422が
図2に示す制御パラメータを決定する方法を詳細に説明する。
【0029】
最初に、車両Sの前輪を自動操舵するための自動操舵システムを説明する。
図3は、自動操舵システムを説明するための図である。
図3(a)は、車両Sのモデルであり、
図3(b)は、自動操舵システムのブロック図である。
図3(a)は、車両Sの前輪の操舵角δ、車両Sが一定の車速vで走行した際の横滑り角β及び車両Sのヨーレートγを示す。
【0030】
図3(b)に示す自動操舵システムは、ヨーレート制御装置4が制御対象P(すなわち、操舵部3)に操舵角δを入力することにより、前輪の左右の動きを制御できる。
図3に示すヨーレート制御装置4は、取得部421が取得したヨーレートγ及び目標ヨーレートγ
refに基づいて操舵角δを算出する。
図3(b)に示すヨーレート制御装置4に対応する規範モデルT
dは、式(1)のように与えることができる。
【数1】
【0031】
決定部422は、所定の時間において所定の時刻が経過するたびに取得した、複数の操舵角δ、複数のヨーレートγ及び複数の横滑り角β(以下、「一組の実験データ」という場合がある)と、式(1)に示す規範モデルTdとを用いて制御パラメータを決定する。一例として、決定部422は、一組の実験データと規範モデルTdとを用いて、FRIT(Fictious Reference Feedback Tuning)により制御パラメータを決定する。
【0032】
ここで、FRITにより制御パラメータを決定する動作の概要を説明する。
図4は、一自由度系制御のブロック図である。制御対象Pは操舵部3であり、制御器Cはヨーレート制御装置4である。まず、車両Sを一定の車速vで走行させることにより、
図4に示す制御入力uに対応する制御入力u
0、出力信号yに対応する出力信号y
0を測定する。変数ρを制御器Cの調整パラメータとすると、参照信号γに対応する疑似参照信号は、式(2)にように算出できる。
【数2】
【0033】
そして、式(2)に示す疑似参照信号と規範モデルT
dとを用いてFRITの評価関数Jを式(3)のように定義する。
【数3】
変数Tはサンプリングタイムである。
【0034】
式(3)の評価関数Jは、一自由度系の相補感度関数と規範モデルTdの相対誤差を評価していることに相当するため、評価関数Jの出力値を最小にすることにより、車両Sのヨーレートを制御できる制御器Cを特定できる。すなわち、決定部422は、評価関数Jの出力値を最小にすることにより制御パラメータを決定できる。
【0035】
続いて、車両Sのヨーレートを制御するための制御器CをFRITにより特定する動作(すなわち、FRITにより制御器Cの制御パラメータを決定する動作)を、車両Sの等価モデルを用いて説明する。
図5は、車両Sの等価モデルである。本実施形態においては、説明を簡単にするために、二輪車両の等価モデルを用いる。
図5に示す車両Sのヨー方向の運動モデルは、前輪のコーナリング係数K
f、後輪のコーナリング係数K
r、重心から前輪までの距離l
f、重心から後輪までの距離l
r、車両Sの重量m、慣性モーメントIを用いて、式(4)から式(7)のように表現できる。
【数4】
【0036】
式(4)をラプラス変換すると、操舵角δと横滑り角βとを用いたヨーレートγの伝達関数を式(8)から式(11)のように導出できる。
【数5】
【0037】
ここで、制御器Cを式(12)のPID制御器と定義する。
【数6】
また、式(8)の伝達関数における操舵角δの係数P1と横滑り角βの係数P2とを式(13)及び式(14)のように定義する。
【数7】
【0038】
図6は、PID制御器を含むヨーレート制御を説明するためのブロック図である。
図6に示す制御器Cは式(12)のPID制御器、係数P
1は式(13)、係数P
2は式(14)である。
図6においては、目標ヨーレートγ
refからヨーレートγまでの伝達関数を式(15)のように導出できる。
【数8】
【0039】
また、式(15)において車両Sの横滑り角βが十分に小さい場合、β=0を式(15)に代入することにより、操舵角δからヨーレートγまでの相補感度関数を式(16)のように表現できる。
【数9】
【0040】
ところで、一次遅れ系の閉ループ伝達関数と式(1)の規範モデルT
dとを一致させるPIDゲインを式(17)から式(19)のように算出できることが知られている。
【数10】
これにより、式(16)が成立する場合は、PI制御器が取り得る制御パラメータに評価関数Jの出力値を0にするための制御パラメータが含まれることがわかる。したがって、決定部422が、FRITの評価関数Jの出力値が0になるように制御パラメータを決定することでγ=T
dγ
refが成立し、PI制御器はヨーレートを制御できる。
【0041】
しかし、車両Sの横滑り角βを0に近似できない場合、1/(P1C+1)<<1となるようにPIDゲインを導出しなければならないところ、P1C/(P1C+1)が1に近似するため、γ=Tdγrefが成立しない。その結果、PI制御器はヨーレートを制御できない。
【0042】
そこで、ヨーレート制御装置4は、
図2に示すようにフィードフォワード制御器(すなわち、フィードフォワード制御部425)を用いて横滑り角βの影響を抑制することで、車両Sの旋回運動に適したヨーレート制御を行う。
図2に示す操舵角δ、第1操舵角δ
FB、第2操舵角δ
FFは、フィードバック制御器C(
図2に示すフィードバック制御部424)及びフィードフォワード制御器C
FF(
図2に示すフィードフォワード部425)を用いて、式(20)から式(22)のように表現できる。
【数11】
【0043】
そして、式(8)と式(20)から式(22)とを用いることにより、ヨーレート応答(すなわち、
図2に示すγ)を式(23)のように表現できる。
【数12】
【0044】
ここで、フィードフォワード制御器C
FFを式(24)のように与えることにより、ヨーレート応答を式(25)のように表現できる。
【数13】
式(24)のようにフィードフォワード制御器C
FFを設定することにより、第1操舵角δ
FBからヨーレートγまでの関係式である式(25)は、横滑り角βを用いずに表現できる。したがって、操舵角δからヨーレートγまでの伝達関数を式(26)のように表現できる。
【数14】
【0045】
式(26)が成立する(すなわち、目標ヨーレートγ
refからγまでの関係式が一次遅れ系となる)場合は、式(16)が成立する場合と同様に、PI制御器が取り得る制御パラメータに評価関数Jの出力値を0にするための制御パラメータが含まれる。したがって、フィードバック制御器Cを式(27)に示すPI制御器と設定することにより、γ=T
dγ
refとなるようなヨーレート応答を実現できる。
【数15】
そして、決定部422は、フィードバック制御部424が用いる係数K
1及び係数T
1(式(27)に示す係数K
1及び係数T
1)と、フィードフォワード制御部425が用いる係数K
1及び係数K
2(式(24)に示す係数K
1及び係数K
2)とを、FRITの評価関数Jを用いて決定する。
【0046】
決定部422は、ヨーレート制御装置4及び車両Sに対応する規範モデルTdに目標ヨーレートγrefを入力する。そして、決定部422は、目標ヨーレートγrefを入力することにより規範モデルTdが出力した規範モデル出力値とヨーレートγとの差の絶対値を示す評価関数Jの出力値が最小になるように制御パラメータ(すなわち、係数K1、係数K2、係数T1)を決定する。
【0047】
決定部422は、例えば、式(2)及び式(3)に示す疑似参照信号を目標ヨーレートγrefとし、式(3)に示す出力信号y0をヨーレートγとする。決定部422は、式(3)に目標ヨーレートγrefを入力することで規範モデル出力値を取得し、評価関数Jの出力値が最小になるように制御パラメータを決定する。
【0048】
制御パラメータの初期値を決定する場合、決定部422は、車両Sが一定の車速vで走行している間に取得部421が取得した操舵角δ0、ヨーレートγ0及び横滑り角β0を用いて算出した目標ヨーレートγrefを入力した規範モデルTdの規範モデル出力値を算出する。決定部422は、算出した規範モデル出力値とヨーレートγ0との差の絶対値を示す評価関数Jの出力値が最小になるように決定した制御パラメータを、制御パラメータの初期値に決定する。
【0049】
操舵角δ
0、ヨーレートγ
0及び横滑り角β
0を用いた目標ヨーレートγ
ref(以下、「疑似目標ヨーレートγ
ref」という場合がある)は、式(28)及び式(29)で表現できる。
【数16】
疑似目標ヨーレートγ
refとヨーレートγ
0を用いて評価関数Jを式(30)のように定義できる。
【数17】
【0050】
式(30)において、横滑り角βと異なる外乱又はノイズが十分に小さく、式(31)が成立すると仮定する。
【数18】
この場合、式(28)を式(30)に代入し、式(31)を用いることにより、FRITの評価関数Jを式(32)のように表現できる。
【数19】
【0051】
評価関数Jの出力値を最小にすることは、ヨーレートγ
0と横滑り角β
0とが発生している場合に、規範モデルT
d及びP
1C/(1+P
1C)の第1相対誤差とフィードフォワード制御器C
FF及びP
2/P
1の第2相対誤差とを同時に低減することを意味する。したがって、評価関数J=0である場合、決定部422は、T
d=P
1C/(1+P
1C)、C
FF=P
2/P
1=K
2/K
1となるように制御パラメータを決定する。なお、評価関数J≠0である場合であっても、評価関数Jの出力値が最小になることで第1相対誤差と第2相対誤差とを低減できるため、
図2に示す閉ループの応答と規範モデルT
dの応答との差が小さくなる。
【0052】
車両Sの動力学モデルをシステム同定したプラントモデルに基づくPID制御器を設計するためには、タイヤ及び車両Sにおける多くの制御パラメータを高い精度で同定する必要があるため、多くの走行時間及び設計時間を費やす。これに対して、決定部422は、上述したFRITを用いることにより、システム同定を必要とせず、且つ一度の所定時間の走行において測定した操舵角δ、ヨーレートγ、横滑り角βに基づいて制御パラメータを決定できる。その結果、走行時間及び設計時間を少なくすることができる。
以上、制御パラメータの決定方法について説明した。
【0053】
図1に戻り、設定部423は、車両Sの走行後の停止時に、決定部422が決定した制御パラメータをフィードバック制御部424及びフィードフォワード制御部425に設定する。設定部423は、例えば、車両Sが有する速度センサ(不図示)から取得部421が取得した車両Sの車速が0と異なる値から0に変化したことを検出したことにより、制御パラメータを設定する。設定部423がこのように動作することで、車両Sが旋回時に制御パラメータを設定されることにより旋回中の動作が不安定になることを防ぐことができる。
【0054】
フィードバック制御部424は、車両Sのヨーレートγと目標ヨーレートγrefとの差に基づいて第1操舵角δFBを算出する。フィードバック制御部424は、例えば、ヨーレートγと目標ヨーレートγrefとの差を式(27)に示す制御器Cに入力することにより、第1操舵角δFBを算出する。
【0055】
フィードフォワード制御部425は、車両Sの横滑り角βに基づいて第2操舵角δFFを算出する。フィードフォワード制御部425は、例えば、横滑り角βを式(24)に示す制御器CFFに入力することにより、第2操舵角δFFを算出する。フィードフォワード制御部425がこのように動作することで、横滑り角βによる外乱が発生した場合であっても、当該外乱を抑制したヨーレート制御を行うことができる。
【0056】
出力部426は、第1操舵角δ
FBと第2操舵角δ
FFとに基づいて算出した車両Sの操舵角δを車両Sの操舵部3に出力する。
図2においては、第1操舵角δ
FBから第2操舵角δ
FFを減算した操舵角δを操舵部3に出力しているが、フィードフォワード制御部425が出力した第2操舵角が「-δ
FF」である場合、出力部426は、第1操舵角δ
FBと第2操舵角δ
FFとを加算した操舵角δを出力してもよい。
【0057】
<ヨーレート制御装置4における処理シーケンス>
図7は、ヨーレート制御装置4における処理シーケンスの例を示す図である。
図7に示す処理シーケンスは、制御パラメータの初期値(すなわち、係数K
1、係数K
2、係数T
1の初期値)をフィードバック制御部424及びフィードフォワード制御部425に設定する動作を示す。
【0058】
取得部421は、車両Sが一定の車速vで走行している間に、センサ部1が検出した操舵角δ0及びヨーレートγ0と状態特定部2が特定した横滑り角β0とを取得する(S11)。取得部421は、所定時間が経過していない場合(S12のNO)、ステップS11の処理を繰り返す。
【0059】
所定時間が経過した場合(S12のYES)、決定部422は、所定時間に取得した複数の操舵角δ0、複数のヨーレートγ0及び複数の横滑り角β0と式(28)とを用いて、複数の疑似目標ヨーレートγrefを算出する(S13)。決定部422は、算出した複数の疑似目標ヨーレートγrefを用いた式(30)の評価関数Jの出力値が最小となるように、式(24)及び式(27)に示す係数K1、係数K2及び係数T1の初期値を決定する(S14)。
【0060】
設定部423は、所定時間が経過するたびに取得部421から取得した車両Sの車速vに基づいて、車両Sが走行後に停止したか否かを判定する(S15)。車両Sが走行後の停止中ではない場合(S15のNO)、設定部423は、ステップS15の処理を繰り返す。車両Sが走行後の停止中である場合(S15のYES)、設定部423は、係数K1、係数K2及び係数T1をフィードバック制御部424及びフィードフォワード制御部425に設定する(S16)。具体的には、設定部423は、係数K1及び係数T1をフィードバック制御部424に設定し、係数K1及び係数K2をフィードフォワード制御部425に設定する。
【0061】
<ヨーレート制御装置4による効果>
以上説明したように、ヨーレート制御装置4は、車両Sのヨーレートγと目標ヨーレートγrefとの差に基づいて第1操舵角δFBを算出するフィードバック制御部424と、車両Sの横滑り角βに基づいて第2操舵角δFFを算出するフィードフォワード制御部425と、第1操舵角δFBと第2操舵角δFFとに基づいて算出した車両Sの操舵角δを車両Sの操舵部3に出力する出力部426と、を有する。
【0062】
ヨーレート制御装置4がこのように構成されることで、旋回時の車両Sに横滑りが発生した場合であっても、横滑りを考慮した操舵角を操舵部3に出力することができるため、車両Sの旋回運動に適したヨーレート制御を行うことができる。その結果、車両Sは、横滑りを考慮した旋回運動を自動操舵により実現することができる。
【0063】
さらに、ヨーレート制御装置4は、車両Sの操舵角δ、ヨーレートγ及び横滑り角βを用いて算出した目標ヨーレートγrefを入力した規範モデルTdの出力値とヨーレートγとの差の絶対値を示す評価関数Jの出力値が最小になるように制御パラメータK1、制御パラメータK2及び制御パラメータT1を決定する決定部を有する。ヨーレート制御装置4がこのように構成されることで、車両Sのヨーレートを制御するための制御器を、システム同定することなく設計できるため、設計時間を短縮することができる。
【0064】
以上、本発明を実施の形態を用いて説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施の形態に記載の範囲には限定されず、その要旨の範囲内で種々の変形及び変更が可能である。例えば、装置の全部又は一部は、任意の単位で機能的又は物理的に分散・統合して構成することができる。また、複数の実施の形態の任意の組み合わせによって生じる新たな実施の形態も、本発明の実施の形態に含まれる。組み合わせによって生じる新たな実施の形態の効果は、もとの実施の形態の効果を併せ持つ。
【符号の説明】
【0065】
1 センサ部
2 状態特定部
3 操舵部
4 ヨーレート制御装置
41 記憶部
42 制御部
421 取得部
422 決定部
423 設定部
424 フィードバック制御部
425 フィードフォワード制御部
426 出力部
【手続補正書】
【提出日】2023-10-06
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の旋回時のヨーレートと、前記車両の進行方向と前記車両に設定された経路が示す方向との差及び前記車両の位置と前記経路に含まれる位置との差に基づく目標ヨーレートと、前記車両の進行方向と前記車両の車体の向きとを用いて算出された前記車両の横滑り角と、を取得する取得部と、
前記車両のヨーレートと前記目標ヨーレートとの差に基づいて第1操舵角を算出するフィードバック制御部と、
前記車両の横滑り角に基づいて第2操舵角を算出するフィードフォワード制御部と、
前記第1操舵角と前記第2操舵角とに基づいて算出した前記車両の操舵角を前記車両の操舵部に出力する出力部と、
を有するヨーレート制御装置。
【請求項2】
前記第1操舵角及び前記第2操舵角を算出するための複数の制御パラメータを決定するための決定部をさらに有し、
前記決定部は、前記車両が一定の車速で走行した場合に、前記ヨーレート制御装置及び前記車両に対応する規範モデルに前記目標ヨーレートを入力することにより前記規範モデルが出力した規範モデル出力値と前記ヨーレートとの差の絶対値を示す評価関数の出力値が最小になるように前記制御パラメータを決定する、
請求項1に記載のヨーレート制御装置。
【請求項3】
前記取得部は、前記車両が所定の速度で旋回した際の操舵角をさらに取得し、
前記決定部は、前記操舵角、前記ヨーレート及び前記横滑り角を用いて算出した目標ヨーレートを入力した前記規範モデルの規範モデル出力値と前記ヨーレートとの差の絶対値を示す評価関数の出力値が最小になるように決定した前記制御パラメータを、前記制御パラメータの初期値に決定する、
請求項2に記載のヨーレート制御装置。
【請求項4】
前記車両の走行後の停止時に、前記決定部が決定した前記制御パラメータを前記フィードバック制御部及び前記フィードフォワード制御部に設定する設定部をさらに有する、
請求項2又は3に記載のヨーレート制御装置。
【請求項5】
プロセッサが実行する、
車両の旋回時のヨーレートと、前記車両の進行方向と前記車両に設定された経路が示す方向との差及び前記車両の位置と前記経路に含まれる位置との差に基づく目標ヨーレートと、前記車両の進行方向と前記車両の車体の向きとを用いて算出された前記車両の横滑り角と、を取得するステップと、
前記車両のヨーレートと前記目標ヨーレートとの差に基づいて第1操舵角を算出するステップと、
前記車両の横滑り角に基づいて第2操舵角を算出するステップと、
前記第1操舵角と前記第2操舵角とに基づいて算出した前記車両の操舵角を前記車両の操舵部に出力するステップと、
を有するヨーレート制御方法。
【請求項6】
プロセッサに、
車両の旋回時のヨーレートと、前記車両の進行方向と前記車両に設定された経路が示す方向との差及び前記車両の位置と前記経路に含まれる位置との差に基づく目標ヨーレートと、前記車両の進行方向と前記車両の車体の向きとを用いて算出された前記車両の横滑り角と、を取得するステップと、
前記車両のヨーレートと前記目標ヨーレートとの差に基づいて第1操舵角を算出するステップと、
前記車両の横滑り角に基づいて第2操舵角を算出するステップと、
前記第1操舵角と前記第2操舵角とに基づいて算出した前記車両の操舵角を前記車両の操舵部に出力するステップと、
を実行させるためのプログラム。