(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024081464
(43)【公開日】2024-06-18
(54)【発明の名称】摩擦材組成物、摩擦材、及び摩擦部材
(51)【国際特許分類】
C09K 3/14 20060101AFI20240611BHJP
F16D 69/02 20060101ALI20240611BHJP
【FI】
C09K3/14 520C
C09K3/14 520M
C09K3/14 520L
F16D69/02 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022195109
(22)【出願日】2022-12-06
(71)【出願人】
【識別番号】000206901
【氏名又は名称】大塚化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001232
【氏名又は名称】弁理士法人大阪フロント特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大門 恵美子
(72)【発明者】
【氏名】伊東 靖仁
【テーマコード(参考)】
3J058
【Fターム(参考)】
3J058BA41
3J058BA78
3J058CA02
3J058CA42
3J058GA26
3J058GA43
3J058GA73
3J058GA78
3J058GA82
3J058GA92
3J058GA95
(57)【要約】
【課題】銅成分を含有しない、又は銅成分の含有量が0.5質量%未満と少量であっても、制動時にPM10、PM2.5等の微細な摩耗粉塵の発生量が少なく、摩擦係数が大きいロースチール材を形成することができる、摩擦材組成物を提供する。
【解決手段】銅成分の含有量が銅元素として0.5質量%未満の摩擦材組成物であって、結合材と、スチール系繊維と、チタン酸塩とを含有し、前記スチール系繊維の含有量が、前記摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、10質量%以上、30質量%未満であり、前記チタン酸塩が、アルカリ金属及びアルカリ土類金属からなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素の塩であり、前記チタン酸塩を窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱したときの前記チタン酸塩の分解率が、30質量%以上、100質量%以下である、摩擦材組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅成分の含有量が銅元素として0.5質量%未満の摩擦材組成物であって、
結合材と、スチール系繊維と、チタン酸塩とを含有し、
前記スチール系繊維の含有量が、前記摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、10質量%以上、30質量%未満であり、
前記チタン酸塩が、アルカリ金属及びアルカリ土類金属からなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素の塩であり、
前記チタン酸塩を窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱したときの前記チタン酸塩の分解率が、30質量%以上、100質量%以下である、摩擦材組成物。
【請求項2】
前記チタン酸塩を窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱したときのホランダイト型結晶構造のチタン酸塩の生成率が、10質量%以上、100質量%以下である、請求項1に記載の摩擦材組成物。
【請求項3】
前記チタン酸塩が、チタン酸リチウムカリウム及びチタン酸マグネシウムカリウムのうち少なくとも一方である、請求項1または請求項2に記載の摩擦材組成物。
【請求項4】
前記チタン酸塩が、板状粒子である、請求項1または請求項2に記載の摩擦材組成物。
【請求項5】
前記チタン酸塩の平均粒子径が、0.1μm以上、100μm以下である、請求項1または請求項2に記載の摩擦材組成物。
【請求項6】
前記チタン酸塩の比表面積が、0.1m2/g以上、10m2/g以下である、請求項1または請求項2に記載の摩擦材組成物。
【請求項7】
前記チタン酸塩のアルカリ金属イオン溶出率が、0.01質量%以上、15質量%以下である、請求項1または請求項2に記載の摩擦材組成物。
【請求項8】
前記チタン酸塩の含有量が、前記摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、5質量%以上、30質量%以下である、請求項1または請求項2に記載の摩擦材組成物。
【請求項9】
前記チタン酸塩の前記スチール系繊維に対する質量比(チタン酸塩/スチール系繊維)が、0.1以上、3.0以下である、請求項1または請求項2に記載の摩擦材組成物。
【請求項10】
前記チタン酸塩の前記結合材に対する質量比(チタン酸塩/結合材)が、0.4以上、8.0以下である、請求項1または請求項2に記載の摩擦材組成物。
【請求項11】
前記スチール系繊維の平均繊維長が、0.1mm以上、5mm以下である、請求項1または請求項2に記載の摩擦材組成物。
【請求項12】
前記スチール系繊維が、カール状繊維である、請求項1または請求項2に記載の摩擦材組成物。
【請求項13】
炭素系固体潤滑材の含有量が、前記摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、10質量%未満である、請求項1または請求項2に記載の摩擦材組成物。
【請求項14】
請求項1または請求項2に記載の摩擦材組成物の成形体である、摩擦材。
【請求項15】
請求項14に記載の摩擦材を備える、摩擦部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦材組成物、並びに該摩擦材組成物を用いた摩擦材及び摩擦部材に関する。
【背景技術】
【0002】
各種車両、産業機械等の制動装置を構成するディスクブレーキ、ドラムブレーキ等のブレーキ等に使用される摩擦材には、摩擦係数が大きく安定し、耐摩耗性が優れていること、相手材攻撃性が低いことが求められている。このような摩擦材は、繊維基材としてのスチール繊維やステンレス繊維等のスチール系繊維を30質量%以上60質量%未満の割合で含有するセミメタリック材;スチール系繊維を10質量%以上30質量%未満の割合で含有するロースチール材;スチール系繊維を含有しないNAO(Non-Asbestos-Organic)材の3種類に分類される。ただし、スチール系繊維を微量に含有する摩擦材もNAO材に分類される。
【0003】
日本及び米国では、快適性が重視されることから、相手材攻撃性が低く、鳴き及び耐摩耗性のバランスに優れるNAO材が主流となっている。欧州では、アウトバーン等の高速制動時など、どんな条件でも効く摩擦材が好まれることから、ロースチール材が主流となっている。
【0004】
摩擦材に用いられる組成物(以下「摩擦材組成物」という)には、一般的に銅繊維や銅粉末が配合されている。銅の第一の役割としては、熱伝導率の付与が挙げられる。銅は熱伝導率が高いため、制動時に発生した熱を摩擦面から拡散させることで、過度の温度上昇による摩擦材の摩耗を低減すると共に、制動中の振動を抑制することができる。銅の第二の役割としては、高温制動時における摩擦面の保護が挙げられる。銅の展延性によって、制動時に摩擦材表面に延びて被膜を形成する。また、相手材表面に移行して凝着被膜(以下「トランスファーフィルム」という)を形成する。これらが保護膜として作用することよって、高温制動時に摩擦材の摩耗を低減すると共に、安定した摩擦係数の発現が可能となる。しかしながら、銅を含有する摩擦材は、制動時に生成する摩耗粉に銅を含み、河川、湖、海洋汚染等の原因になる可能性が示唆されていることから、米国のカリフォルニア州、ワシントン州では2025年以降は銅を0.5質量%以上含有する摩擦材の販売及び新車への組み付けを禁止する州法が発効されている。
【0005】
そこで、NAO材においては、銅以外のトランスファーフィルムを担う成分として、チタン酸塩が注目されている。チタン酸塩には、トンネル状結晶構造のチタン酸塩(例えば6チタン酸カリウム)、層状結晶構造のチタン酸塩(例えばチタン酸リチウムカリウム、チタン酸マグネシウムカリウム)が存在し、摩擦材の用途に応じて、それぞれを単独、又は組み合わせて用いられている。例えば、非繊維状のチタン酸塩化合物粉末と体積基準累積50%粒子径(D50)が0.1μm~20μmの硫酸バリウム粉末とを含有する摩擦材組成物が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、ロースチール材においては、摩擦係数が大きく、効きの安定性が良いものの、相手材攻撃性が大きく、摩擦材およびローター(相手材)の摩耗粉塵によるホイール(車輪)の汚れが問題になっている。そのため、摩擦材中の銅成分の含有量を少なくするだけでなく、制動時の摩耗粉塵の量を低減することも求められている。摩耗粉塵の低減方法としては摩擦ブレーキの負荷を下げることが考えられ、その一つとして車のEV(電気自動車)化やハイブリッド化による回生協調ブレーキの普及が進められている。しかしながら、この場合、バッテリーが満充電の際にはその機構が作用せず、バッテリー搭載分の車重増のため、ブレーキにかかる負荷が増えるケースが想定されている。また、回生協調ブレーキも車種や走行条件にて回生のレベルが一様でないことから摩耗粉塵の低減効果は十分ではない。
【0008】
さらに、欧州では2025年以降にブレーキエミッションが規制されることが予定されている。欧州委員会が2022年11月10日付で発表したEuro7の提案書では、従来の排気ガスエミッションの規制に加えブレーキ粉塵量を正式に規制すると記載されている。具体的にはPM(粒子状物質)10の値を2025年~2034年までは7mg/km/台以下、2035年以降は3mg/km/台以下にすることが提案されているが、従来のロースチール材はブレーキ粉塵量が多く、そのままでは達成が難しい。さらに、現在、PM2.5も議論されており、摩耗粉塵の粒子サイズも重視されている。
【0009】
一方で、高負荷領域の摩擦係数を与えるチタン酸塩としては、熱的に安定な結晶構造を有する6チタン酸カリウムが有力であるが、環境基準以上のWHOファイバー(長径が5μm以上、短径が3μm以下、及びアスペクト比が3以上の繊維状粒子)含有の懸念から、欧州を中心に使用が控えられつつある。WHOファイバー含有の懸念がないチタン酸塩として、チタン酸リチウムカリウム、チタン酸マグネシウムカリウムが知られているが、耐摩耗性は優れるものの、高負荷領域の摩擦係数が課題となっていることから、ロースチール材に適したチタン酸塩は知られていない。
【0010】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、銅成分を含有しない、又は銅成分の含有量が0.5質量%未満と少量であっても、制動時にPM10(大気中に浮遊する粒子状物質のうち粒子径が10μm以下の粒子状物質)、PM2.5(大気中に浮遊する粒子状物質のうち粒子径が2.5μm以下の粒子状物質)等の微細な摩耗粉塵の発生量が少なく、摩擦係数が大きいロースチール材を形成することができる、摩擦材組成物、並びに該摩擦材組成物を用いた摩擦材及び摩擦部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、以下の摩擦材組成物、並びに該摩擦材組成物を用いた摩擦材及び摩擦部材を提供する。
【0012】
項1 銅成分の含有量が銅元素として0.5質量%未満の摩擦材組成物であって、結合材と、スチール系繊維と、チタン酸塩とを含有し、前記スチール系繊維の含有量が、前記摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、10質量%以上、30質量%未満であり、前記チタン酸塩が、アルカリ金属及びアルカリ土類金属からなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素の塩であり、前記チタン酸塩を窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱したときの前記チタン酸塩の分解率が、30質量%以上、100質量%以下である、摩擦材組成物。
【0013】
項2 前記チタン酸塩を窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱したときのホランダイト型結晶構造のチタン酸塩の生成率が、10質量%以上、100質量%以下である、項1に記載の摩擦材組成物。
【0014】
項3 前記チタン酸塩が、チタン酸リチウムカリウム及びチタン酸マグネシウムカリウムのうち少なくとも一方である、項1または項2に記載の摩擦材組成物。
【0015】
項4 前記チタン酸塩が、板状粒子である、項1~項3のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【0016】
項5 前記チタン酸塩の平均粒子径が、0.1μm以上、100μm以下である、項1~項4のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【0017】
項6 前記チタン酸塩の比表面積が、0.1m2/g以上、10m2/g以下である、項1~項5のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【0018】
項7 前記チタン酸塩のアルカリ金属イオン溶出率が、0.01質量%以上、15質量%以下である、項1~項6のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【0019】
項8 前記チタン酸塩の含有量が、前記摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、5質量%以上、30質量%以下である、項1~項7のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【0020】
項9 前記チタン酸塩の前記スチール系繊維に対する質量比(チタン酸塩/スチール系繊維)が、0.1以上、3.0以下である、項1~項8のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【0021】
項10 前記チタン酸塩の前記結合材に対する質量比(チタン酸塩/結合材)が、0.4以上、8.0以下である、項1~項9のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【0022】
項11 前記スチール系繊維の平均繊維長が、0.1mm以上、5mm以下である、項1~項10のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【0023】
項12 前記スチール系繊維が、カール状繊維である、項1~項11のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【0024】
項13 炭素系固体潤滑材の含有量が、前記摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、10質量%未満である、項1~項12のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【0025】
項14 項1~項13のいずれか1項に記載の摩擦材組成物の成形体である、摩擦材。
【0026】
項15 項14に記載の摩擦材を備える、摩擦部材。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、銅成分を含有しない、又は銅成分の含有量が0.5質量%未満と少量であっても、制動時にPM10、PM2.5等の微細な摩耗粉塵の発生量が少なく、摩擦係数が大きいロースチール材を形成することができる、摩擦材組成物、並びに該摩擦材組成物を用いた摩擦材及び摩擦部材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を実施した好ましい形態の一例について説明する。ただし、以下の実施形態は単なる例示である。本発明は、以下の実施形態に何ら限定されない。
【0029】
<1.摩擦材組成物>
本発明の摩擦材組成物は、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して銅成分の含有量が銅元素として0.5質量%未満であって、結合材、スチール系繊維、及びチタン酸塩を含有し、スチール系繊維の含有量が、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して10質量%以上、30質量%未満であり、チタン酸塩が、アルカリ金属及びアルカリ土類金属からなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素の塩であり、チタン酸塩を窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱したときのチタン酸塩の分解率が、30質量%以上、100質量%以下であることを特徴とする。また、本発明の摩擦材組成物は、必要に応じて、その他材料を更に含有することもできる。なお、本明細書において「摩擦材組成物」とは、摩擦材に用いる組成物のことをいう。
【0030】
本発明においては、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して銅成分の含有量が銅元素として0.5質量%未満、好ましくは銅成分を含有しないことにより、従来の摩擦材組成物と比較して環境負荷を低減することができる。なお、本明細書において、「銅成分を含有しない」とは、銅繊維、銅粉、並びに銅を含んだ合金(真鍮、青銅等)及び化合物のいずれをも、摩擦材組成物の原材料として配合していないことをいう。
【0031】
また、本発明の摩擦材組成物は、上記の構成を備えるので、制動時にPM10、PM2.5等の微細な摩耗粉塵の発生量が少なく、摩擦係数が大きいロースチール材を形成することができる。
【0032】
従来、NAO材においては、銅以外のトランスファーフィルムを担う成分として、チタン酸塩が知られている。NAO材にチタン酸塩を配合することにより、被膜が形成され、相手材に移行してトランスファーフィルムが形成される。また、従来、ロースチール材は被膜を作りにくく、摩擦にてローターの鉄とスチール系繊維の鉄が融着を起こし、スチール系繊維がパッドから脱離しやすくなる。そのため、摩擦面に凹凸ができ、摩耗が加速し粉塵も多くなる。
【0033】
これに対して、本発明のように、スチール系繊維の含有量が10質量%以上、30質量%未満の摩擦材組成物にチタン酸塩を配合すると、予想に反して摩擦材表面の被膜が生成され難く、さらにスチール系繊維の脱離も起こり難い。これは摩擦熱でフェノール樹脂などの結合材とチタン酸塩とが反応し、生成した炭化物などが摩擦面に介在して、鉄同士の融着を防いでいると考えられる。そのため、スチール系繊維の脱離が抑えられ、摩耗が低減し、粉塵も減少したと考えられる。従って、本発明の摩擦材組成物により形成されるロースチール材では、制動時にPM10、PM2.5等の微細な摩耗粉塵の発生量を少なくすることができる。また、従来品と比較して制動時に生成する摩耗粉中の銅が少ないことから環境負荷も低減することができる。
【0034】
また、本発明の摩擦材組成物に使用するチタン酸塩は、上述したように窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱したときのチタン酸塩の分解率が、30質量%以上、100質量%以下である。上記チタン酸塩の分解率は、窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱した後の粉体中における未分解物(加熱前のチタン酸塩)の含有割合(質量%)を測定し、以下の式(1)により算出することができる。
【0035】
分解率(質量%)=100-未分解物の含有割合…式(1)
【0036】
より具体的には、窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱した前後のサンプルについて、それぞれ、X線回折測定を行うことにより、上記チタン酸塩の未分解物の含有割合を求めることができる。
【0037】
例えば、加熱前後のサンプルそれぞれと、標準シリコン粉末とを混合して得られた混合物のX線回折スペクトルを、X線回折測定装置を用いて測定する。標準シリコン粉末としては、例えば、レアメタリック社製、シリコン粉末(純度99.9%)を用いることができる。また、加熱後のサンプル(粉体)と標準シリコン粉末との質量比は、例えば、サンプル:シリコン=1:0.1~1:1とすることができる。
【0038】
次に、得られたX線回折パターンの回折角2θ=10.9°~11.6°に観察される加熱前のチタン酸塩及び加熱後のチタン酸塩の未分解物に由来するピーク、並びに回折角2θ=28.0°~28.7°に観察される標準シリコン粉末に由来するピークの積分強度をそれぞれ測定する。そして、標準シリコン粉末で規格化した後の加熱前のチタン酸塩のピークの積分強度に対する加熱後のチタン酸塩の未分解物の積分強度の比から、上記チタン酸塩の未分解物の含有割合を求めることができる。
【0039】
なお、X線回折測定は、広角X線回折法によって行うことができ、CuKα線(波長1.5418Å)を用いることができる。X線回折測定装置としては、例えば、リガク社製、品番「UltimaIV」を用いることができる。
【0040】
本発明者らは、摩擦材組成物に使用するチタン酸塩の分解率を上記範囲内とすることにより、摩擦材に用いたときに、摩擦係数を大きくすることができることを見出した。特に、本発明においては、摩擦材の高負荷領域の摩擦係数も大きくすることができる。
【0041】
具体的には、窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱したときのチタン酸塩の分解率が上記範囲内にあるチタン酸塩を用いた場合、高負荷摩擦(高負荷領域)においてホランダイト型結晶構造のチタン酸塩を生成すると考えられる。ホランダイト型結晶構造を有する粒子は、他の構造のチタン酸塩よりも硬い粒子であることから、高負荷摩擦においては研削材として作用し、摩擦係数が大きくなるものと考えられる。なお、上記窒素雰囲気は、例えば、パッドとローターが摩擦しているときの界面状態(酸素が遮断されている状態)を想定して設定したものである。
【0042】
例えば、上記チタン酸塩がチタン酸リチウムカリウムである場合の上記分解率は、摩擦材の摩擦係数をより一層大きくし、摩擦係数の安定性をより一層向上させる観点から、好ましくは40質量%以上、より好ましくは55質量%以上、さらに好ましくは70質量%以上であり、好ましくは100質量%以下である。
【0043】
また、例えば、上記チタン酸塩がチタン酸マグネシウムカリウムである場合の上記分解率は、摩擦材の摩擦係数をより一層大きくし、摩擦係数の安定性をより一層向上させる観点から、好ましくは50質量%以上、より好ましくは65質量%以上、さらに好ましくは75質量%以上であり、好ましくは95質量%以下、さらに好ましくは89質量%以下である。
【0044】
本発明の摩擦材組成物に使用するチタン酸塩は、窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱したときのホランダイト型結晶構造のチタン酸塩の生成率が、10質量%以上、100質量%以下であることが好ましい。上記生成率は、上記チタン酸塩を窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱した後の粉体中におけるホランダイト型結晶構造のチタン酸塩の含有割合(質量%)を測定することにより得ることができる。
【0045】
より具体的には、上記チタン酸塩を窒素雰囲気下において800℃で1時間加熱した後の粉体について、X線回折測定を行うことにより、ホランダイト型結晶構造のチタン酸塩の含有割合を求めることができる。
【0046】
例えば、加熱後のサンプル(粉体)と、標準シリコン粉末とを混合して得られた混合物のX線回折スペクトルを、X線回折測定装置を用いて測定する。標準シリコン粉末としては、例えば、レアメタリック社製、シリコン粉末(純度99.9%)を用いることができる。また、加熱後のサンプル(粉体)と標準シリコン粉末との質量比は、1:0.1~1:1とすることができる。
【0047】
次に、得られたX線回折パターンの回折角2θ=10.9°~11.6°に観察される未分解物(加熱前のチタン酸塩)に由来するピーク、回折角2θ=27.5°~28.0°に観察されるホランダイト型結晶構造のチタン酸塩に由来するピーク、回折角2θ=28.0°~28.7°に観察される標準シリコン粉末に由来するピークの積分強度をそれぞれ測定し、予め作成した検量線(標準シリコン粉末に由来するピークとホランダイト型結晶構造のチタン酸塩に由来するピークの積分強度検量線)から、ホランダイト型結晶構造のチタン酸塩の含有割合(質量%)を算出することができる。
【0048】
例えば、上記チタン酸塩がチタン酸リチウムカリウムである場合のホランダイト型結晶構造のチタン酸塩の生成率は、摩擦材の摩擦係数をより一層大きくし、摩擦係数の安定性をより一層向上させる観点から、好ましくは20質量%以上、より好ましくは50質量%以上、さらに好ましくは70質量%以上であり、好ましくは100質量%以下である。
【0049】
また、例えば、上記チタン酸塩がチタン酸マグネシウムカリウムである場合のホランダイト型結晶構造のチタン酸塩の生成率は、摩擦材の摩擦係数をより一層大きくし、摩擦係数の安定性をより一層向上させる観点から、好ましくは15質量%以上、より好ましくは30質量%以上であり、好ましくは90質量%以下、より好ましくは75質量%以下、さらに好ましくは60質量%以下、特に好ましくは45質量%以下である。
【0050】
以下、本発明の摩擦材組成物について、より詳細に説明する。
【0051】
(1-1.結合材)
本発明の摩擦材組成物に使用する結合材は、摩擦材組成物に含まれるスチール系繊維、チタン酸塩等を一体化し、強度を与えるものである。本発明の摩擦材組成物に用いる結合材としては、特に制限されず、通常、摩擦材の結合材として用いられる熱硬化性樹脂を使用することができる。
【0052】
熱硬化性樹脂としては、例えば、フェノール樹脂;アクリルエラストマー分散フェノール樹脂、シリコーンエラストマー分散フェノール樹脂等のエラストマー分散フェノール樹脂;アクリル変性フェノール樹脂、シリコーン変性フェノール樹脂、カシュー変性フェノール樹脂、エポキシ変性フェノール樹脂、アルキルベンゼン変性フェノール樹脂等の変性フェノール樹脂;ホルムアルデヒド樹脂;メラミン樹脂;エポキシ樹脂;アクリル樹脂;芳香族ポリエステル樹脂;ユリア樹脂等を挙げることができる。これらのうち1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。これらのなかでも、摩擦材の耐熱性、成形性、摩擦特性をより一層向上できる点から、フェノール樹脂(ストレートフェノール樹脂)や、変性フェノール樹脂であることが好ましい。フェノール樹脂としては、レゾール型フェノール樹脂、ノボラック型フェノール樹脂のいずれも使用できるが、製造の安定性及びコストの観点からノボラック型フェノール樹脂であることが好ましい。また、ノボラック型フェノール樹脂には必要に応じて硬化剤、硬化促進剤等の添加剤(例えばヘキサメチレンテトラミン等)が含まれていてもよい。
【0053】
摩擦材組成物における結合材の含有量は、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、好ましくは5質量%以上、より好ましくは6質量%以上であり、好ましくは20質量%以下、より好ましくは15質量%以下、さらに好ましくは12質量%以下である。結合材の含有量を上記範囲内とすることで配合材料の隙間に適切な量の結合材が充填され、より一層優れた摩擦特性を得ることができる。
【0054】
(1-2.スチール系繊維)
本発明の摩擦材組成物に使用するスチール系繊維としては、例えば、スチール繊維、ステンレス繊維等が挙げられ、好ましくはスチール繊維である。
【0055】
スチール繊維としては、例えば、びびり振動切削法などで得られるストレート繊維や、長繊維のカットなどで得られるカール状繊維等が挙げられる。ストレート繊維は、直線状の繊維形状である。一方、カール状繊維は曲線部を有する形状を示すものであり、単純な円弧状のものや、うねったもの、螺旋状あるいは渦巻き状に曲がったもの等を含む。
【0056】
なかでも、スチール繊維としては、摩擦面において摩擦材からの脱落が少なく、高温制動時における摩擦特性をより一層確実に保持する観点から、カール状繊維であることが好ましい。さらに、カール状繊維としては、曲率半径が100μm以下の部分を含むものであることがより好ましい。この場合、摩擦材への固着がより強固となり、摩擦面における摩擦材の脱落がより一層少なくなる。
【0057】
スチール系繊維の平均繊維長は、高温における耐摩耗性をより一層向上させる観点から、好ましくは5mm以下、より好ましくは2.5mm以下である。また、スチール系繊維の平均繊維長は、補強性をより一層向上させる観点から、好ましくは0.1mm以上、より好ましくは0.5mm以上、さらに好ましくは1.1mm以上である。
【0058】
スチール系繊維の平均繊維径は、高温でのブレーキ振動をより一層抑制する観点から、好ましくは300μm以下、より好ましくは100μm以下である。また、スチール系繊維の平均繊維径は、スチール系繊維の脱落をより一層防止する観点から、好ましくは10μm以上、より好ましくは30μm以上である。
【0059】
スチール系繊維の平均繊維長及び平均繊維径は、マイクロスコープなどで確認することができる。例えば、マイクロスコープで観察した30個のスチール系繊維の平均値とすることができる。
【0060】
スチール系繊維の含有量は、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、10質量%以上、好ましくは12質量%以上、より好ましくは15質量%以上であり、30質量%未満、好ましくは28質量%以下、より好ましくは23質量%以下、さらに好ましくは20質量%未満、特に好ましくは18質量%以下である。
【0061】
(1-3.チタン酸塩)
本発明の摩擦材組成物に使用するチタン酸塩は、アルカリ金属及びアルカリ土類金属からなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素の塩である。
【0062】
アルカリ金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウムが挙げられる。なかでも、アルカリ金属としては、摩擦材の摩擦摩耗特性をより一層向上させる観点から、リチウム、ナトリウム、及びカリウムからなる群から選ばれる1種又は2種以上であることが好ましい。
【0063】
アルカリ土類金属としては、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウムが挙げられる。なかでも、アルカリ土類金属としては、摩擦材の摩擦摩耗特性をより一層向上させる観点から、マグネシウム又はカルシウムであることが好ましい。
【0064】
上記チタン酸塩の具体例としては、チタン酸カリウム、チタン酸ナトリウム、チタン酸リチウムカリウム、チタン酸マグネシウムカリウム等が挙げられる。なかでも、摩擦材の耐摩耗性をより一層向上させる観点およびWHOファイバーの含有リスクをより一層低減させる観点から、上記チタン酸塩は、チタン酸リチウムカリウム及びチタン酸マグネシウムカリウムのうち少なくとも一方であることが好ましい。
【0065】
本発明において、上記チタン酸塩は、作業環境の観点から非繊維状粒子であることが好ましい。非繊維状粒子とは、例えば、球状(表面に若干の凹凸があるものや、断面が楕円状等の形状が略球状のものも含む)、柱状(棒状、円柱状、角柱状、短冊状、略円柱形状、略短冊形状等の全体として形状が略柱状のものも含む)、板状、ブロック状、複数の凸部を有する形状(アメーバ状、ブーメラン状、十字状、金平糖状等)、不定形状等の粒子形状を挙げることができる。これらのなかでも、上記チタン酸塩は、板状粒子であることが好ましい。また、上記チタン酸塩は、多孔質状の粒子であってもよい。これらの各種粒子形状は、製造条件、特に原料組成、焼成条件等により任意に制御することができる。また、各種粒子形状は、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)観察から解析することができる。
【0066】
本明細書において「非繊維状粒子」とは、粒子に外接する直方体のうち最小の体積をもつ直方体(外接直方体)の最も長い辺を長径L、次に長い辺を短径B、最も短い辺を厚さT(B>Tとする)として、L/Bが5以下の粒子のことをいう。また、「複数の凸部を有する」とは、平面への投影形状が少なくとも通常の多角形、円、楕円等とは異なり2方向以上に凸部を有する形状を取り得るものをいう。具体的には、この凸部とは、走査型電子顕微鏡(SEM)による写真(投影図)に多角形、円、楕円等(基本図形)を当てはめ、それに対して突き出した部分に対応する部分をいう。
【0067】
上記チタン酸塩の平均粒子径は、好ましくは0.1μm以上、より好ましくは1μm以上、さらに好ましくは3μm以上であり、好ましくは100μm以下、より好ましくは50μm以下、さらに好ましくは30μm以下、特に好ましくは20μm以下である。チタン酸塩の平均粒子径が上記範囲内にある場合、摩擦材を作製したときに摩擦特性をより一層向上させることができる。
【0068】
本明細書において、平均粒子径とは、レーザー回折法により計測される粒度分布における体積基準累積50%時の粒子径(D50)のことをいう。このD50は、体積基準で粒度分布を求め、全体積を100%とした累積曲線において、粒子サイズの小さいものから粒子数をカウントしていき、累積値が50%となる点の粒子径である。
【0069】
上記チタン酸塩の比表面積は、好ましくは0.1m2/g以上、より好ましくは0.3m2/g以上、さらに好ましくは0.5m2/g以上であり、好ましくは10m2/g以下、より好ましくは6m2/g以下、さらに好ましくは5m2/g以下である。上記チタン酸塩がチタン酸リチウムカリウムである場合の比表面積は、好ましくは1m2/g以上、好ましくは3m2/g以下である。上記チタン酸塩がチタン酸マグネシウムカリウムである場合の比表面積は、好ましくは2m2/g以上、好ましくは4m2/g以下である。チタン酸塩の比表面積が上記範囲内にある場合、摩擦材を作製したときに摩擦特性をより一層向上させることができる。なお、比表面積は、JIS Z8830に準拠して測定することができる。
【0070】
チタン酸塩のアルカリ金属イオン溶出率は、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.05質量%以上、さらに好ましくは0.1質量%以上であり、好ましくは15質量%以下、より好ましくは10質量%以下、さらに好ましくは8質量%以下である。
【0071】
上記チタン酸塩がチタン酸リチウムカリウムである場合のアルカリ金属イオン溶出率は、好ましくは1質量%以上、好ましくは6質量%以下である。また、上記チタン酸塩がチタン酸マグネシウムカリウムである場合のアルカリ金属イオン溶出率は、好ましくは0.5質量%以上、より好ましくは2.6質量%以上であり、好ましくは6質量%以下、より好ましくは3.5質量%以下である。
【0072】
ところで、摩擦材組成物に用いる熱硬化性樹脂の一例としてのノボラック型フェノール樹脂の硬化反応では、硬化剤(又は硬化促進剤)としての例えばヘキサメチレンテトラミンが開環することにより、ノボラック型フェノール樹脂中の水酸基と結合して硬化反応が開始される。しかしながら、この際にアルカリ金属イオンが存在すると、ノボラック型フェノール樹脂における水酸基中の水素イオンとイオン交換反応を起こし、ヘキサメチレンテトラミン(硬化剤(又は硬化促進剤))とノボラック型フェノール樹脂(熱硬化性樹脂)との結合を阻害(硬化阻害)すると考えられる。一方で、制動による摩擦材の摩滅破壊により、摩擦面にチタン酸塩に由来するアルカリ成分が溶出すると考えられる。
【0073】
従って、アルカリ金属イオン溶出率を上記上限値以下とすることにより、加熱加圧成形時に熱硬化性樹脂の硬化阻害を防ぐことができ、その結果、高温高負荷時の耐クラック性をより一層向上させることができる。また、アルカリ金属イオン溶出率を上記下限値以上とすることにより、本発明の摩擦材組成物を用いた摩擦材を制動後に長期間使用せずに放置してもローターの発錆を抑制できる。すなわち、アルカリ金属イオン溶出率を上記範囲内とすることにより、摩擦材の耐クラック性とローターの発錆抑制とをより一層高いレベルで両立することができる。
【0074】
なお、本明細書において、アルカリ金属イオン溶出率とは、80℃の水中においてチタン酸塩等の測定サンプルから水中に溶出したアルカリ金属イオンの質量割合のことをいう。
【0075】
摩擦材組成物で用いられるチタン酸塩と結合材との密着性をより一層向上させる観点から、上記チタン酸塩の表面に表面処理剤からなる処理層が形成されていてもよい。表面処理剤としては、シランカップリング剤、チタンカップリング剤等が挙げられる。これらのなかでも、シランカップリング剤が好ましく用いられ、特にアミノ系シランカップリング剤、エポキシ系シランカップリング剤、アルキル系シランカップリング剤がより好ましく用いられる。上記表面処理剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0076】
アミノ系シランカップリング剤としては、例えば、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-エトキシシリル-N-(1,3-ジメチルブチリデン)プロピルアミン、N-フェニル-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-(ビニルベンジル)-2-アミノエチル-3-アミノプロピルトリメトキシシラン等が挙げられる。
【0077】
エポキシ系シランカップリング剤としては、例えば、3-グリシジルオキシプロピル(ジメトキシ)メチルシラン、3-グリシジルオキシプロピルトリメトキシシラン、ジエトキシ(3-グリシジルオキシプロピル)メチルシラン、トリエトキシ(3-グリシジルオキシプロピル)シラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン等が挙げられる。
【0078】
アルキル系シランカップリング剤としては、例えば、メチルトリメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、トリメチルメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、n-プロピルトリメトキシシラン、イソブチルトリメトキシシラン、イソブチルトリエトキシシラン、n-ヘキシルトリメトキシシラン、n-ヘキシルリエトキシシラン、シクロヘキシルメチルジメトキシシラン、n-オクチルトリエトキシシラン、n-デシルトリメトキシシラン等が挙げられる。
【0079】
チタン酸塩の表面に表面処理剤からなる処理層を形成する方法としては、公知の表面処理方法を使用することができ、例えば、加水分解を促進する溶媒(例えば、水、アルコール又はこれらの混合溶媒)に表面処理剤を溶解して溶液とし、その溶液をチタン酸塩に噴霧する湿式法等で行うことができる。
【0080】
表面処理剤を、上記チタン酸塩の表面へ処理する際の該表面処理剤の量は、特に限定されないが、湿式法の場合、例えば、チタン酸塩100質量部に対して表面処理剤が0.1質量部以上、20質量部以下となるように表面処理剤の溶液を噴霧すればよい。
【0081】
上記チタン酸塩としては、チタン酸塩を上記表面処理剤又は前述の結合材により処理して顆粒状にしたものも用いることもできる。顆粒状チタン酸塩の平均粒子径は、好ましくは100μm以上であり、好ましくは200μm以下である。
【0082】
本発明の摩擦材組成物に使用するチタン酸塩の製造方法は、特に限定されず、例えば、原料となる層状結晶構造のチタン酸塩(以下「原料チタン酸塩」という)と酸とを混合(酸処理)し、酸処理により得られた化合物を焼成することにより製造することができる。
【0083】
原料チタン酸塩としては、国際公開第2002/010069号、国際公開第2003/037797号に記載されたチタン酸塩が挙げられる。
【0084】
酸処理に使用する酸は、特に制限されず、公知のものを使用することができる。酸処理に使用する酸としては、例えば、硫酸、塩酸、硝酸等の無機酸、又は酢酸等の有機酸が挙げられる。酸は必要に応じて2種以上を併用してもよい。
【0085】
また、酸処理は、原料チタン酸塩の水性スラリーに酸を混合することにより行うことができる。水性スラリーの濃度は、特に限定されず、広い範囲から適宜選択することができる。作業性等を考慮すると、水性スラリーの濃度は、1質量%~30質量%程度とすればよい。水性スラリーに対する酸の混合量は、例えば、原料チタン酸塩の層間元素に対し、好ましくは0.01当量~0.5当量である。
【0086】
酸処理後、濾過、遠心分離などにより固形分を該スラリーから分離する。分離された固形分は、必要に応じて、水洗、乾燥することができる。
【0087】
焼成は、電気炉等を用いて行うことができ、例えば、100℃~600℃、好ましくは400℃~600℃の温度範囲で、1時間~12時間保持することが好ましく、1時間~10時間保持することがより好ましい。焼成後、得られる粉体を所望のサイズに粉砕したり、篩に通してほぐしたりしてもよい。以上のようにして、本発明で用いるチタン酸塩を得ることができる。
【0088】
上記方法により調製されたチタン酸塩は、高温窒素雰囲気下において、上述したチタン酸塩の分解率を高めることができ、ホランダイト型結晶構造のチタン酸塩を生成しやすく、また過度なチタン酸塩の分解とホランダイト型結晶構造のチタン酸塩の生成にならず適正量になるものと考えられる。
【0089】
上記チタン酸塩の含有量は、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、好ましくは5質量%以上、より好ましくは8質量%以上、さらに好ましくは10質量%以上であり、好ましくは30質量%以下、より好ましくは28質量%以下、さらに好ましくは25質量%以下、特に好ましくは20質量%以下、最も好ましくは18質量%以下である。チタン酸塩の含有量を上記範囲内とすることで、より一層摩耗粉塵を低減することができる。
【0090】
上記チタン酸塩のスチール系繊維に対する質量比(チタン酸塩/スチール系繊維)は、好ましくは0.1以上、より好ましくは0.6以上、さらに好ましくは0.7以上、特に好ましくは0.8以上であり、好ましくは3.0以下、より好ましくは2.5以下、さらに好ましくは1.5以下、特に好ましくは1.2以下である。チタン酸塩のスチール系繊維に対する質量比を上記範囲内とすることで、スチール系繊維の脱離をより一層抑制することができる。
【0091】
上記チタン酸塩の結合材に対する質量比(チタン酸塩/結合材)は、好ましくは0.4以上、より好ましくは0.6以上、さらに好ましくは1.5以上、好ましくは8.0以下、より好ましくは5.0以下、さらに好ましくは3.0以下である。チタン酸塩の結合材に対する質量比を上記範囲内とすることで、摩擦面に介在する炭化物の量を最適化し、スチール系繊維の脱離をより一層抑制することができる。
【0092】
(1-4.その他材料)
本発明の摩擦材組成物には、上記の結合材、スチール系繊維、チタン酸塩の他に、必要に応じて、通常摩擦材組成物に用いられるその他材料(繊維基材、有機系摩擦調整材、無機系摩擦調整材、潤滑材、pH調整材、充填材など)を配合することができる。
【0093】
摩擦材組成物におけるその他材料の含有量は、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、好ましくは20質量%以上であり、好ましくは80質量%以下である。
【0094】
(1-4-1.繊維基材)
繊維基材は、摩擦材において補強性を示すものである。繊維基材としては、無機繊維、金属繊維、有機繊維、炭素系繊維などを挙げることができる。これらのうち1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0095】
摩擦材組成物にスチール系繊維を除く繊維基材を含有する場合、その含有量は、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、好ましくは0.1質量%以上であり、好ましくは40質量%以下、より好ましくは20質量%以下、さらに好ましくは10質量%以下である。
【0096】
無機繊維としては、ガラス繊維、ロックウール、セラミック繊維、生分解性セラミック繊維、生分解性鉱物繊維、生体溶解性繊維(SiO2-CaO-SrO系繊維など)、ワラストナイト繊維、シリケート繊維、鉱物繊維などを挙げることができる。
【0097】
金属繊維としては、アルミニウム、鉄、亜鉛、錫、チタン、ニッケル、マグネシウム、シリコン等の金属単体又は合金形態の繊維(スチール系繊維を除く)などの金属を主成分とするストレート形状又はカール形状の金属繊維を挙げることができる。
【0098】
有機繊維としては、芳香族ポリアミド(アラミド)繊維、フィブリル化アラミド繊維、アクリル繊維(アクリルニトリルを主原料とした単重合体または共重合体の繊維)、フィブリル化アクリル繊維、セルロース繊維、フィブリル化セルロース繊維、フェノール樹脂繊維等を挙げることができる。
【0099】
炭素系繊維としては、耐炎化繊維、PAN系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維、活性炭繊維等の炭素系繊維等を挙げることができる。
【0100】
摩擦材に適度な吸水性が付与され、大気中の水分が摩擦材の内部に吸収されやすくなり、チタン酸塩のアルカリ成分が溶出しやすくなり、スチール系繊維の防錆効果を期待できることから、上記繊維基材は、アラミド繊維であることが好ましい。
【0101】
また、耐熱性をより一層高める観点からは、上記繊維基材は、ポリ-p-フェニレンテレフタルアミド等に代表されるパラ型アラミド繊維であることが好ましい。
【0102】
また、摩擦材の成形性をより一層向上させ、フィラーの保持性をより一層向上させる観点から、上記繊維基材は、フィブリル化アラミド繊維(アラミドパルプともいう)であることが好ましい。
【0103】
フィブリル化アラミド繊維の比表面積は、好ましくは5m2/g以上であり、好ましくは25m2/g以下、より好ましくは15m2/g以下である。フィブリル化アラミド繊維の繊維長は、好ましくは0.5mm以上であり、好ましくは1.2mm以下である。
【0104】
摩擦材組成物にフィブリル化アラミド繊維を含有する場合、その含有量は、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、好ましくは1質量%以上、好ましくは10質量%以下、より好ましくは8質量%以下、さらに好ましくは6質量%以下である。フィブリル化アラミド繊維の含有量が上記下限値以上であれば、耐クラック性および耐摩耗性がより良好となる。また、フィブリル化アラミド繊維の含有量が上記上限値以下であれば、フィブリル化アラミド繊維と他材料との偏在による耐クラック性および耐摩耗性の悪化をより確実に防ぐことができる。
【0105】
(1-4-2.有機系摩擦調整材)
有機系摩擦調整材は、摩擦材の音振性能や耐摩耗性などをより一層向上させる目的で配合される摩擦調整材である。有機系摩擦調整材としては、タイヤゴム、アクリルゴム、イソプレンゴム、NBR(ニトリルブタジエンゴム)、SBR(スチレンブタジエンゴム)、塩素化ブチルゴム、ブチルゴム、シリコーンゴム等の未加硫又は加硫ゴム粉末;カシューダスト;ゴム被覆カシューダスト;メラミンダスト等を挙げることができる。これらのうち1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0106】
摩擦材組成物に有機系摩擦調整材を含有する場合、その含有量は、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、好ましくは0.1質量%以上であり、好ましくは30質量%以下、より好ましくは20質量%以下、さらに好ましくは10質量%以下、特に好ましくは6質量%以下である。
【0107】
(1-4-3.無機系摩擦調整材)
無機系摩擦調整材は、摩擦材の耐熱性の悪化を避けるために、あるいは耐摩耗性を向上させるために、摩擦係数をより一層向上させる目的などで配合される摩擦調整材である。無機系摩擦調整材としては、研削材、金属粉、その他無機充填材等が挙げられる。
【0108】
研削材は、相手材であるローターの材質により研削材として作用して摩擦係数が向上するものを適宜選択することができ、相手材のモース硬度を基準に選択することができる。
【0109】
研削材としては、例えば、シリコンカーバイト(炭化ケイ素)、酸化チタン、αアルミナ、γアルミナ、シリカ(二酸化ケイ素)、マグネシア(酸化マグネシウム)、ジルコニア(酸化ジルコニウム)、ジルコン(ケイ酸ジルコニウム)、酸化クロム、酸化鉄(四酸化三鉄等)、クロマイト、石英、硫化鉄等が挙げられる。
【0110】
なお、研削材の粒子径が大きければ、高負荷制動時に摩擦係数を大きくすることができるが、軽負荷制動時の摩擦係数が安定しない。その一方で、研削材の粒子径が小さければ軽負荷制動時の摩擦係数が安定するが、摩擦係数が低くなるおそれがある。これらのことから、平均粒子径の大きい研削材と平均粒子径の小さい研削材とを併用してもよい。具体的には、平均粒子径0.5μm~15μmの研削材と平均粒子径20μm~200μmの研削材を併用することが好ましい。また、平均粒子径の小さい研削材の平均粒子径の大きい研削材に対する質量比(平均粒子径の小さい研削材/平均粒子径の大きい研削材)は、摩耗粉塵の観点から、好ましくは0.1以上、より好ましくは2以上であり、好ましくは10以下、より好ましくは8以下である。
【0111】
摩擦材組成物に研削材を含有する場合、その含有量は、低摩耗粉塵と高摩擦係数との両立の観点から、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、好ましくは0.1質量%以上、好ましくは30質量%以下、より好ましくは15質量%以下、さらに好ましくは10質量%未満である。
【0112】
金属粉としては、アルミニウム、亜鉛、鉄、錫などの金属単体又は合金形態の粉末を挙げることができる。これらのうち1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0113】
その他無機充填材としては、バーミキュライト、クレー、マイカ、タルク、ドロマイト、クロマイト、ムライト、ケイ酸カルシウム、上記チタン酸塩を除くチタン酸塩(以下「その他チタン酸塩」という)等が挙げられる。これらのうち1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0114】
その他チタン酸塩としては、大塚化学社製のTERRACESS JSL、TERRACESS JSL-R、TERRACESS DP-R、TERRACESS DP-A、TERRACESS DP-AS、クボタ社製のTXAX-MA、TXAX-A、東邦チタニウム社製のTOFIX-S、TOFIX-SNR等の6チタン酸カリウム;大塚化学社製のTERRACESS DSR等の6チタン酸ナトリウム;大塚化学社製のTERRACESS TF-SS、TERRACESS TF-S、TERRACESS TF-L、TERRACESS JP等の8チタン酸カリウム;大塚化学社製のTERRACESS PM、TERRACESS PS等のチタン酸マグネシウムカリウム;大塚化学社製のTERRACESS L、TERRACESS L-SS、TERRACESS JSM-M等のチタン酸リチウムカリウム等を使用することができる。その他チタン酸塩としては、好ましくは6チタン酸ナトリウム、8チタン酸カリウム、チタン酸マグネシウムカリウム、またはチタン酸リチウムカリウムである。
【0115】
摩擦材組成物にその他チタン酸塩を含有する場合、その他チタン酸塩の本発明の摩擦調整材に対する質量比(その他チタン酸塩/本発明の摩擦調整材)は、高負荷領域の摩擦係数の観点から、好ましくは0.1以上であり、好ましくは3以下である。
【0116】
(1-4-4.潤滑材)
潤滑材としては、固体潤滑材であることが好ましく、例えば、炭素系潤滑材、金属硫化物系潤滑材、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等を挙げることができ、これらのうち1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。好ましくは、炭素系潤滑材および金属硫化物系潤滑材からなる群から選ばれる1種又は2種以上である。
【0117】
摩擦材組成物に潤滑材を含有する場合、その含有量は、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは1質量%以上、好ましくは30質量%以下、より好ましくは20質量%以下である。
【0118】
上記炭素系潤滑材としては、合成又は天然黒鉛(グラファイト)、鱗片状黒鉛、リン酸塩被覆黒鉛、カーボンブラック、コークス、活性炭、弾性黒鉛化カーボン等を挙げることができ、熱伝導性が付与できる観点から、好ましくは合成黒鉛、天然黒鉛である。炭素系潤滑材を含有する場合、その含有量は摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは1質量%以上、さらに好ましくは2質量%以上であり、好ましくは15質量%未満、より好ましくは10質量%未満、さらに好ましくは8質量%以下である。炭素系潤滑材の含有量が上記下限値以上であれば、高温時の摩擦材摩耗が良好となる傾向にある。また、炭素系潤滑材の含有量が上記上限値未満又は上記上限値以下であれば、摩擦係数の低下を抑制し易い傾向にある。
【0119】
硫黄系固体潤滑材としては、三硫化アンチモン、二硫化モリブデン、硫化スズ、硫化鉄、硫化亜鉛、硫化ビスマス、二硫化タングステン等を挙げることができる。人体への有害性をより低減する観点から、硫黄系固体潤滑材は、好ましくは硫化スズ、二硫化モリブデンである。硫黄系固体潤滑材を含有する場合、その含有量は、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは1質量%以上、さらに好ましくは2質量%以上であり、好ましくは15質量%未満、より好ましくは10質量%未満、さらに好ましくは8質量%以下である。硫黄系固体潤滑材の含有量が上記下限値以上であれば、ローター摩耗を抑制できる傾向にある。また、硫黄系固体潤滑材の含有量が上記上限値未満又は上記上限値以下であれば、摩擦係数の低下を抑制し易い傾向にある。
【0120】
(1-4-5.pH調整材)
pH調整材としては、水酸化カルシウム(消石灰)、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、リン酸三ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三カリウム、リン酸水素二カリウム等の無機塩基や、イミダゾール、ヒスチジン、ヘキサメチレンジアミン等の有機塩基等を挙げることができ、コストや吸湿性の観点から無機塩基が好ましい。これらのうち1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。pH調整材は、摩擦材と相手材(ローター)との錆固着を防止するために用いられることもある。
【0121】
摩擦材組成物にpH調整材を含有する場合、その含有量は、摩擦材組成物の合計量100質量%に対して、好ましくは0.1質量%以上、好ましくは8質量%以下である。
【0122】
(1-4-6.充填材)
充填材としては、硫酸バリウム、炭酸カルシウムなどを挙げることができ、好ましくは硫酸バリウムである。これらのうち1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0123】
硫酸バリウムには、重晶石と呼ばれる鉱物を粉砕して脱鉄洗浄、水簸して得られる簸性硫酸バリウム(バライト粉)と、人工的に合成する沈降性硫酸バリウムがある。沈降性硫酸バリウムは合成時の条件により粒子の大きさを制御することができ、目的とする粗大粒子の含有量が少ない、微細な硫酸バリウムを製造することができる 。不純物をより一層少なくし、硫酸バリウム粒子の粒度分布をより一層均一にする観点から、沈降性硫酸バリウムを用いることが好ましい。
【0124】
(1-5.摩擦材組成物の製造方法)
本発明の摩擦材組成物は、(1)レーディゲミキサー(「レーディゲ」は登録商標)、加圧ニーダー、アイリッヒミキサー(「アイリッヒ」は登録商標)等の混合機で各成分を混合する方法;(2)所望する成分の造粒物を調製し、必要により他の成分をレーディゲミキサー、加圧ニーダー、アイリッヒミキサー等の混合機を用いて混合する方法等により製造することができる。
【0125】
本発明の摩擦材組成物の各成分の含有量は、所望する摩擦特性により適宜選択することができ、上記の製造方法により製造することができる。
【0126】
また、本発明の摩擦材組成物は、特定の構成成分を高い濃度で含むマスターバッチを作製し、このマスターバッチに熱硬化性樹脂等を添加し混合することにより調製してもよい。
【0127】
<2.摩擦材及び摩擦部材>
本発明においては、上記摩擦材組成物を、常温(20℃)にて仮成形し、得られた仮成形体を加熱加圧成形(成形圧力10MPa~40MPa、成形温度150℃~200℃)し、必要に応じて、得られた成形体を加熱炉内で熱処理(150℃~220℃、1時間~12時間保持)を施し、しかる後その成形体に機械加工、研磨加工を加えることにより、所定の形状を有する摩擦材を製造することができる。
【0128】
本発明の摩擦材は、該摩擦材を摩擦面となるように形成した摩擦部材として用いられる。摩擦材を用いて形成することができる摩擦部材としては、例えば、(1)摩擦材のみの構成、(2)裏金等の基材と、該基材の上に設けられ、摩擦面を与える本発明の摩擦材とを有する構成等が挙げられる。
【0129】
基材は、摩擦部材の機械的強度をより一層向上させるために用いるものであり、材質としては、金属又は繊維強化樹脂等を用いることができる。金属又は繊維強化樹脂としては、例えば、鉄、ステンレス、ガラス繊維強化樹脂、炭素繊維強化樹脂等が挙げられる。
【0130】
摩擦材には、通常、内部に微細な気孔が多数形成されており、高温時の分解生成物(ガスや液状物)の逃げ道となり摩擦特性の低下防止を図るとともに、摩擦材の剛性を下げ、減衰性を向上させることで鳴きの発生を防止している。通常の摩擦材においては、気孔率が好ましくは5%~30%、より好ましくは10%~25%になるように、材料の配合、成形条件を管理している。
【0131】
本発明の摩擦部材は、上記本発明の摩擦材組成物により構成されているので、銅成分を含有しない又は銅成分の含有量を少なくした場合においても、PM10、PM2.5等の微細な摩耗粉塵の生成が少なく、摩擦係数が大きい。そのため、本発明の摩擦部材は、各種車両や、産業機械等の制動装置を構成するディスクパッド、ブレーキライニング、クラッチフェーシング等のブレーキシステム全般に好適に用いることができ、特に回生協調ブレーキの摩擦部材として好適に用いることができる。
【実施例0132】
以下、本発明について、具体的な実施例に基づいて、さらに詳細に説明する。
【0133】
本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲において適宜変更して実施することができる。
【0134】
(合成例1)
チタン酸マグネシウムカリウム(大塚化学社製、商品名:「TERRACESS PM」)の20質量%水性スラリーを調製し、該水性スラリーにチタン酸マグネシウムカリウムのカリウムに対して0.27当量の硫酸を混合し、常温(20℃)で2時間撹拌した。この水性スラリーを吸引ろ過し、脱イオン水で洗浄して分取したケーキ(固形分)を110℃で12時間乾燥し、電気炉にて500℃で1時間焼成した後、徐冷し、得られた焼成物を20メッシュの篩に通して目的とするチタン酸塩1とした。
【0135】
(合成例2)
チタン酸リチウムカリウム(大塚化学社製、商品名「TERRACESS L」)の20質量%水性スラリーを調製し、該水性スラリーにチタン酸リチウムカリウムのカリウムに対して0.24当量の硫酸を混合し、常温(20℃)で2時間撹拌した。この水性スラリーを吸引ろ過し、脱イオン水で洗浄して分取したケーキ(固形分)を110℃で12時間乾燥し、電気炉にて500℃で1時間焼成した後、徐冷し、得られた焼成物を20メッシュの篩に通して目的とするチタン酸塩2とした。
【0136】
(実施例1~実施例3及び比較例1~比較例3)
<摩擦部材の製造>
表1に記載の配合比率に従って各材料を配合し、アイリッヒミキサーを用いて3分間混合を行った。得られた混合物を、150℃に温めた加熱成形用金型のキャビティー部に投入し、その上にバックプレート(材質:鋼)を載せたまま、成形体の気孔率が15%となるように15MPa~40MPaの圧力で240秒間加圧した。得られた成形体を210℃に熱した恒温乾燥機に入れて2時間保持し、完全硬化を行うことにより、摩擦部材を得た。
【0137】
【0138】
表1中の材料は以下のものを用い、粉体物性等は以下のように測定した。
【0139】
(フェノール樹脂)
フェノール樹脂:ヘキサメチレンテトラミン配合ノボラック型フェノール樹脂(ストレートフェノール樹脂)粉末
【0140】
(チタン酸塩1)
チタン酸塩1:合成例1で得られたチタン酸塩1、分解率81質量%(生成物:ホランダイト型36質量%、その他45質量%)、板状粒子、平均粒子径6.1μm、比表面積3.62m2/g、アルカリ金属イオン溶出率0.65質量%
【0141】
(チタン酸塩2)
チタン酸塩2:合成例2で得られたチタン酸塩2、分解率100質量%(生成物:ホランダイト型99質量%、その他1質量%)、板状粒子、平均粒子径16.0μm、比表面積2.08m2/g、アルカリ金属イオン溶出率1.44質量%
【0142】
(チタン酸塩3)
チタン酸塩3:チタン酸マグネシウムカリウム(大塚化学社製、商品名「TERRACESS PM」、分解率0質量%、板状粒子、平均粒子径6.9μm、比表面積1.26m2/g、アルカリ金属イオン溶出率3.60質量%
【0143】
(チタン酸塩4)
チタン酸塩4:チタン酸リチウムカリウム(大塚化学社製、商品名:「TERRACESS L」、分解率0質量%、板状粒子、平均粒子径16.4μm、比表面積0.81m2/g、アルカリ金属イオン溶出率2.10質量%
【0144】
(スチール系繊維)
スチール繊維:ボンスター販売社製、商品名「カットウールBS-1V」、カール状繊維、平均繊維長(カット長)1.5mm、平均繊維径50μm
【0145】
(アラミド繊維)
フィブリル化したパラ型アラミド繊維(アラミドパルプ)、繊維長0.89mm、比表面積9.8m2/g
【0146】
(硫酸バリウム)
簸性硫酸バリウム粉末、平均粒子径24μm
【0147】
(マイカ)
天然マイカ粉末、平均粒子径180μm
【0148】
(ジルコン)
珪酸ジルコニウム粉末、平均粒子径1.5μm
【0149】
(アルミナ)
αアルミナ粉末、平均粒子径57μm
【0150】
(硫化スズ)
硫化スズ(II)粉末、平均粒子径7μm
【0151】
(黒鉛)
合成黒鉛粉末、平均粒子径730μm
【0152】
(チタン酸塩の分解率)
窒素雰囲気下のアルミナ炉心管にサンプル3gを入れ、電気管状路炉を用いて800℃で1時間加熱した。加熱後のサンプル1gと標準シリコン粉末(レアメタリック社製、シリコン粉末(純度99.9%))0.5gとを混合して得られた混合物のX線回折スペクトルを、X線回折測定装置(リガク社製、品番「UltimaIV」)を用いて測定した。得られたX線回折パターンの回折角2θ=10.9°~11.6°に観察される未分解物(加熱前のチタン酸塩)に由来するピーク、回折角2θ=27.5°~28.0°に観察されるホランダイト型結晶構造のチタン酸塩に由来するピーク、回折角2θ=28.0°~28.7°に観察される標準シリコン粉末に由来するピークの積分強度をそれぞれ測定し、予め作成した検量線から未分解物(加熱前のチタン酸塩)、ホランダイト型結晶構造のチタン酸塩の含有割合(質量%)を算出した。また、チタン酸塩の分解率及びホランダイト型結晶構造のチタン酸塩の生成率を求めた。
【0153】
(チタン酸塩の粒子形状)
電界放出型走査電子顕微鏡(日立ハイテクノロージス社製、品番「S-4800」)により確認した。
【0154】
(平均粒子径)
レーザー回折式粒度分布測定装置(島津製作所社製、品番「SALD-2100」)により測定し、得られた粒度分布における体積基準累積50%時の粒子径を平均粒子径とした。なお、黒鉛の平均粒子径はデジタルマイクロスコープ(キーエンス社製、「VHX-1000」)により観測し、30個の平均値とし、硫化スズの平均粒子径は電界放出型走査電子顕微鏡(日立ハイテクノロージス社製、品番「S-4800」)により観測し、200個の平均値とした。
【0155】
(比表面積)
自動比表面積測定装置(micromeritics社製、品番「TriStarII3020」)により測定した。
【0156】
(アルカリ金属イオン溶出率)
サンプルの質量(X)gを測定し、次いでサンプルを超純水に加えて1質量%のスラリーを調製し、80℃で4時間撹拌後、ポアサイズ0.2μmのメンブレンフィルターで固形分を除去し、抽出液を得た。得られた抽出液のアルカリ金属イオンの質量(Y)gをイオンクロマトグラフ(ダイオネクス社製、品番「ICS-1100」)にて測定した。次いで、上記質量(X)g及び(Y)gの値を用い、式[(Y)/(X)]×100に基づいて、アルカリ金属イオン溶出率(質量%)を算出した。
【0157】
(スチール系繊維の形状、平均繊維長、及び平均繊維径)
デジタルマイクロスコープ(キーエンス社製、「VHX-1000」)を用いて形状を観測し、平均繊維長及び平均繊維径は、それぞれ30個の平均値とした。
【0158】
<摩擦部材の評価>
上記で作製した摩擦部材のロックウェル硬度、平均摩擦係数および摩擦材摩耗量、摩耗粉塵量は以下のように評価した。
【0159】
(ロックウェル硬度)
摩擦部材の表面のロックウェル硬度をJIS D4421の方法に従い測定した。硬さのスケールはSスケールを用いた。
【0160】
(平均摩擦係数及び摩擦材摩耗量)
上記で作製した摩擦部材について、摩擦部材の表面を1.0mm研磨し、スケールダイナモ試験用の摩擦部材に加工した。その摩擦部材とローター(ASTM規格におけるA型に属する鋳鉄ローター)を用いて65km/h、3.5m/s2、500回の制動条件で摺合せを実施した。予め上記条件で摺合せを実施した摩擦部材とローターを用いて表2の摩擦条件にて試験を実施し、平均摩擦係数、摩擦材摩耗量、ローター摩耗量を測定した。試験は2回実施し、その平均値を測定結果とした。
【0161】
【0162】
結果を下記の表3に示す。
【0163】
【0164】
(摩耗粉塵量)
上記で作製した摩擦部材について、摩擦部材の表面を1.0mm研磨し、スケールダイナモ試験用の摩擦部材に加工した。その摩擦部材とローター(ASTM規格におけるA型に属する鋳鉄ローター)を用いて65km/h、3.5m/s2、500回の制動条件で摺合せを実施し、スケールダイナモに摩耗粉集塵装置を繋げた。摩耗粉塵捕集装置には、東京ダイレック社製、MCIサンプラー(PM10-2.5及びPM2.5を捕集するフィルター設置)を取り付けた。予め上記条件で摺合せを実施した摩擦部材とローターを用いて表2の摩擦条件にて試験を実施し、フィルターで捕集した粒子状物質の質量(PM10-2.5及びPM2.5)を計測した。試験は2回実施し、その平均値を測定結果とした。
【0165】
実施例1~実施例3及び比較例3の結果を下記の表4に示す。
【0166】
【0167】
表3及び表4より、実施例1~実施例3の摩擦材組成物では、銅成分を含有しない、又は銅成分の含有量が0.5質量%未満と少量であっても、制動時にPM10、PM2.5等の微細な摩耗粉塵の発生量が少なく、摩擦係数が大きいロースチール材を形成することができることが確認できた。
【0168】
他方、上記分解率が30質量%未満であるチタン酸塩を用いた比較例1~比較例2の摩擦材組成物では、特に摩擦係数が十分ではなかった。また、チタン酸塩を含まない比較例3の摩擦材組成物では、摩耗粉塵の発生量が大きくなっていた。