(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024081828
(43)【公開日】2024-06-19
(54)【発明の名称】害虫忌避剤
(51)【国際特許分類】
A01N 43/08 20060101AFI20240612BHJP
A01P 17/00 20060101ALI20240612BHJP
A01N 63/14 20200101ALI20240612BHJP
A01M 29/12 20110101ALI20240612BHJP
【FI】
A01N43/08 B
A01P17/00
A01N63/14
A01M29/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022195280
(22)【出願日】2022-12-07
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(71)【出願人】
【識別番号】504255685
【氏名又は名称】国立大学法人京都工芸繊維大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114074
【弁理士】
【氏名又は名称】大谷 嘉一
(74)【代理人】
【識別番号】100222324
【弁理士】
【氏名又は名称】西野 千明
(72)【発明者】
【氏名】大河原 恭祐
(72)【発明者】
【氏名】秋野 順治
【テーマコード(参考)】
2B121
4H011
【Fターム(参考)】
2B121AA12
2B121AA13
2B121AA14
2B121CC21
2B121EA30
2B121FA13
4H011AC06
4H011BA06
4H011BB08
4H011BB20
(57)【要約】
【課題】安全性の高い、天然成分を含有する害虫忌避剤の提供を目的とする。
【解決手段】デンドロラシンを有効成分として含有する、害虫忌避剤。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
デンドロラシンを有効成分として含有する、害虫忌避剤。
【請求項2】
前記デンドロラシンはアリ由来であり、さらにデンドロラシン以外のアリ由来成分を含む、請求項1に記載の害虫忌避剤。
【請求項3】
害虫は双翅目である、請求項1に記載の害虫忌避剤。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の害虫忌避剤を適用対象物あるいはその周辺に付与する、害虫忌避方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な害虫忌避剤に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、ピレスロイドは除虫菊の花に含まれる天然成分ピレトリンと、その合成類似化合物の総称であり、殺虫効果や忌避(虫よけ)効果を有するために、ピレスロイドを有効成分とする害虫防除剤が多く開発されている(例えば、特許文献1、2)。
ピレスロイドの安全性は比較的高いと考えられているが、新たな天然成分による人体や環境に対する安全性の高い害虫忌避剤の開発が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2022-118157号公報
【特許文献2】特開2022-112279号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、安全性の高い、天然成分を含有する害虫忌避剤の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る害虫忌避剤は、デンドロラシンを有効成分として含有する。
本発明において、前記デンドロラシンはアリ由来であり、さらにデンドロラシン以外のアリ由来成分を含むものであってもよい。
デンドロラシン以外のアリ由来成分としては、例えば、ファルネサール、α-シトラール、β-シトラール、α-シトロネラール、β-シトロネラール等が挙げられる。
本発明において、忌避対象の害虫は双翅目であってもよく、双翅目としては、例えば、蚊類、ブユ類、シラミバエ類、ヌカカ類、アブ類等が挙げられる。
本発明の一態様として、上記の害虫忌避剤を適用対象物あるいはその周辺に付与する、害虫忌避方法が挙げられる。
例えば、害虫忌避剤を人の皮膚に塗布、撒布又は噴霧等により付与してもよい。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、安全性に優れるとともに、害虫に対して高い忌避効果を有する害虫忌避剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明に係る害虫忌避剤は、デンドロラシン(β-[4,8-ジメチル-ノナ-3,7-ジエニル]フラン)を有効成分として含有する。
デンドロラシンは、植物やアリから得られる天然成分であり、植物由来であってもよいが、本発明においてはアリ由来であることが好ましい。
アリとしては、例えば、ヒメトビイロケアリ、ハヤシケアリ等のケアリ亜属、クサアリモドキ、フジボソクサアリ等のクサアリ亜属、ミヤマアメイロケアリ、ヒゲナガアメイロケアリ等のアメイロケアリ亜属、ミナミキイロケアリ、ヒメキイロケアリ等のキイロケアリ亜属を含むケアリ属が挙げられ、好ましくはクサアリ亜属であり、さらに好ましくは、クサアリモドキ又はフジボソクサアリである。
デンドロラシンの抽出方法に特に制限はないが、アリの大顎腺からの分泌物中にデンドロラシンを多く含むことから、例えば、アリの頭部をジエチルエーテル等で所定時間浸漬することで、デンドロラシンを抽出してもよい。
【0009】
本発明の害虫忌避剤は、デンドロラシン以外のアリ由来成分を含んでもよい。
デンドロラシン以外のアリ由来成分としては、例えば、ファルネサール、α-シトラール、β-シトラール、α-シトロネラール、β-シトロネラール等が挙げられる。
α-シトロネラール、β-シトロネラールはサンザシ様芳香を、α-シトラール、β-シトラールはレモン様芳香を有し、ファルネサールも芳香をもたらす成分の一つである。
シトロネラールやシトラールは揮発性で、既に忌避効果が知られている。
本発明の害虫忌避剤は、シトロネラール等に比べて揮発性の低いデンドロラシンを有効成分として含有することで、害虫に対する高い忌避効果と持続化が期待できる。
【0010】
本発明において、忌避対象の害虫は双翅目であり、例えば、蚊類、ブユ類、シラミバエ類、ヌカカ類、アブ類等が挙げられる。
例えば、蚊類としては、ヒトスジシマカ、ヤマダシマカ、ヤマトヤブカ、キンイロヤブカ、ネッタイシマカ等のヤブカ属、アカイエカ、コガタアカイエカ、チカイエカ、ネッタイイエカ等のイエカ属、シナハマダラカ等のハマダラカ属の蚊が挙げられ、シラミバエ類としては、ヒツジシラミバエ、ウマシラミバエ、イヌシラミバエ等のシラミバエ科のハエが挙げられる。
【0011】
デンドロラシンを有効成分として含有する害虫忌避剤は、デンドロラシン以外のアリ由来成分のほかに、通常の害虫忌避剤に使用される任意成分や担体等と組合せて、製剤化することができる。
例えば、デンドロラシンあるいはアリ由来成分をそのまま、あるいはこれを溶剤(溶媒)に溶解または可溶化して液体製剤としてもよく、担体に担持させて固体製剤としてもよく、ポンプ剤、エアゾール剤、塗布剤、マット剤、シート剤、テープ剤、ゲル剤、クリーム剤等の剤型に調製して、害虫忌避剤とすることができる。
任意成分として、例えば、溶剤、界面活性剤、湿潤剤、安定化剤、噴射剤、殺菌剤、防黴剤、香料、撥水・撥油剤等を含有してもよく、ピレスロイドなど他の防虫剤とともに使用することもできる。
本発明の害虫忌避剤におけるデンドロラシンの含有量は、害虫忌避剤の剤型や適用対象物等に応じて適宜決定できるが、例えば、害虫忌避剤が液体製剤である場合、液体全量に対してデンドロラシンの含有量が、好ましくは21質量%以上であり、より好ましくは67質量%以上であり、さらに好ましくは90質量%以上である。
本発明の害虫忌避剤は、適用対象物またはその所定部位あるいはその周辺に付与することにより、害虫をその適用対象物またはその周辺から忌避させ、あるいはシート等の担体に担持させることで、害虫を忌避させたい場所にそれらを設置してもよい。
適用対象物としては、例えば、人や植木鉢、プランター等が挙げられるが、特に制限はなく、適用対象物への付与方法としては、塗布、撒布又は噴霧等が挙げられる。
【実施例0012】
以下、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0013】
<アリ由来成分のGC-MS分析>
野外からクサアリモドキ及びフジボソクサアリ(働きアリ)を採取し、各アリ5~8個体を各バイアルに入れ、バイアルに振動を加える、あるいはガラス棒で軽く叩いて刺激を加え、アリの大顎腺から分泌物を分泌させた。
各バイアルからアリを取り出した後、バイアル内に吸着剤(MonoTrap(登録商標) RSC18、ジーエル サイエンス)を入れ、分泌物を吸着した吸着剤を200μlジエチルエーテルに20℃で5分間浸漬し、抽出した成分をGC-MS分析した。
GC-MS分析は、DB-WAX(30m×0.25mm×0.25μm、Agilent J&W)カラムを備えた島津GC-17Aクロマトグラフに接続された島津GCMS-QP5000システムを使用し、ヘッド圧力63kPaでヘリウムをキャリアガスとした。
分析条件は、注入口と検出器の温度を220°Cに設定し、カラムオーブンの温度を40°Cで5分間維持した後、5°C/minの速度で220°Cにプログラムして、最終温度を20分間維持した。
各アリ1個体それぞれについて、全GCピーク面積に対する成分の面積比を計算し、各アリの平均値及び標準偏差を算出した結果を、表1、2に示す。
なお、範囲とは、各アリ1個体の値について、その下限値から上限値までを示す。
【表1】
【表2】
【0014】
表1に示すように、クサアリモドキの分泌物中にはデンドロラシンが約70質量%(以下、単に%という)含まれ、ほかにβ-シトロネラール約15%、ファルネサール約1%を含んでいた。
一方、表2に示すように、フジボソクサアリはデンドロラシン約31%、ファルネサール約20%、α-シトラール約15%、β-シトラール約11%、α-シトロネラール約5%を含んでいた。
このことから、アリによって分泌物中のデンドロラシン含有量が異なるとともに、デンドロラシン以外のアリ由来成分が相違するものの、分泌物中のデンドロラシン比率が高いことがわかる。
【0015】
<試験1:デンドロラシンによる蚊忌避試験>
クサアリモドキ及びフジボソクサアリから抽出後に単離したデンドロラシンを、それぞれヘキサンを溶媒としてデンドロラシン約90%のデンドロラシン溶液を作成した。
このデンドロラシン溶液約0.5mlを綿棒に浸し、メッシュケージ(35cm×20cm×20cm)中のヒトスジシマカ及びヤマダシマカへ近づけ、デンドロラシンに対する反応を観察した。
コントロールとして、無処理又はヘキサンのみを浸した綿棒でも同様の試験を行い、20匹に対する試験を1試行として、7試行計140匹に対して試験を行った。
なお、140匹の蚊は、ヒトスジシマカの割合がヤマダシマカよりも高い。
結果を、
図1に示す。
【0016】
図1(a)は、クサアリモドキから得られたデンドロラシン溶液に対して、(b)はフジボソクサアリから得られたデンドロラシン溶液に対して、蚊の逃避した平均個体数(匹/試行)を示す。
蚊は、各アリから得られたデンドロラシン溶液を浸した綿棒を近づけると、高頻度で飛んで逃げ、5秒以内に逃避した平均個体数は両種ともにコントロールより有意に高かった。
一元配置分散分析は、クサアリモドキがF
2,18=235.4、フジボソクサアリがF
2,18=29.8である。
【0017】
<試験2:アリ由来成分による蚊忌避試験>
クサアリモドキ及びフジボソクサアリの大顎を含む頭部を、胸や腹部と切り分け、頭部を50mLジエチルエーテルで20分以上浸漬し、抽出液をヘキサンに転溶後、230~400meshのシリカゲル(Merck)10gを詰めたオープンカラムクロマトグラフィーで展開し、ヘキサン・ジエチルエーテル混合溶媒系によって分画して得られた各画分に関しても、GC-MS分析した。
その結果、各アリの頭部においても、デンドロラシン比率が最も高く、アリの大顎腺からの分泌物におけるデンドロラシン比率と、頭部におけるデンドロラシン比率は、およそ近似していた。
そこで、クサアリモドキ及びフジボソクサアリの各3個体の頭部を、5cm×5cmの鳥の羽片に擦りつけ、この羽毛片に対するヒトスジシマカ及びヤマダシマカの忌避試験を実施した。
具体的には、デンドロラシンを含んだ各アリ由来成分0.3mlを、トビの羽片に成分が均等に広がるように薄く伸ばすように塗布し、その羽片をヒトスジシマカ及びヤマダシマカが約100匹入ったメッシュケージ内に10分間置き、5秒以上とまった蚊の数をカウントした。
コントロールとして、無処理の羽片を使用して同様の試験を行い、各種、20回ずつ試験を行った。
結果を、
図2に示す。
【0018】
図2(a)は、クサアリモドキから得られたアリ由来成分を塗布した羽片に対して、(b)はフジボソクサアリから得られたアリ由来成分を塗布した羽片に対して、5秒以上とまった蚊の平均個体数(匹/試行)を示す。
蚊は、各アリ由来成分を塗布した羽片にはとまってもすぐに飛んで逃げ、とまった平均個体数はコントロールより有意に低かった。
t検定は、クサアリモドキがt=57.2、フジボソクサアリがt=25.2である。
【0019】
<試験3:アリ由来成分による人への蚊忌避試験>
クサアリモドキ及びフジボソクサアリの各3個体の頭部を、人の腕(手部の甲から前腕部)に擦り付け、この腕に対するヒトスジシマカ及びヤマダシマカの忌避試験を実施した。
具体的には、デンドロラシンを含んだ各アリ由来成分0.3mlを、片方の腕に成分が均等に広がるように薄く伸ばすように塗布し、この腕をヒトスジシマカ及びヤマダシマカが約100匹入ったメッシュケージ内に1分間、肘まで差し入れ、腕上に5秒以上とまった蚊の数をカウントした。
コントロールとして、無処理の他方の腕でも同様の試験を行った。
試験は12回行い、全試験後に蚊に刺された吸血跡の数も数えた。
結果を、
図3に示す。
【0020】
図3(a)は、クサアリモドキから得られたアリ由来成分を塗布した腕に対して、(b)はフジボソクサアリから得られたアリ由来成分を塗布した腕に対して、5秒以上とまった蚊の平均個体数(匹/試行)を示す。
また、
図3(c)、(d)は、各アリ由来成分を塗布した腕の吸血跡数を示す。
アリ由来成分を塗布した場合、とまった蚊の平均個体数は有意に少なく(t検定は、クサアリモドキがt=34.9、フジボソクサアリがt=27.2)、吸血跡も有意に少なかった(χ
2検定は、クサアリモドキがχ
2=0.43、フジボソクサアリがP<0.001、χ
2=0.42)。
なお、各アリ由来成分を塗布した腕は、特に塗布前と変化がなく、安全であることも確認できた。
以上のことから、クサアリモドキやフジボソクサアリが有する天然成分デンドロラシンには、双翅目である蚊を忌避し、防虫効果があることがわかる。