(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024082315
(43)【公開日】2024-06-20
(54)【発明の名称】評価センサ、評価装置および評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/02 20060101AFI20240613BHJP
G01N 27/20 20060101ALI20240613BHJP
G01N 27/24 20060101ALI20240613BHJP
【FI】
G01N27/02 Z
G01N27/20 A
G01N27/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022196068
(22)【出願日】2022-12-08
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】堀江 俊男
(72)【発明者】
【氏名】北原 学
(72)【発明者】
【氏名】野田 浩司
(72)【発明者】
【氏名】浅井 幹雄
(72)【発明者】
【氏名】谷 宗親
【テーマコード(参考)】
2G060
【Fターム(参考)】
2G060AA11
2G060AD05
2G060AE01
2G060AF03
2G060AF06
2G060AF11
2G060AG04
2G060AG13
2G060EA08
2G060HA02
2G060KA11
(57)【要約】 (修正有)
【課題】樹脂体を破壊等するまでもなく、その状態の適確な評価を可能にするセンサを提供する。
【解決手段】本発明は、樹脂体の状態評価に用いられる評価センサ(S)であり、樹脂体に接触し得る4つ以上の電極(e1~e4)を含む電極群と、それら電極を規則的に離間して樹脂体上で保持し得る保持体(b)とを備える。その電極群より選択された少なくとも2組の電極対間それぞれに交流を通電して得られる指標値(インピーダンス、誘電特性等の交流電気特性)は樹脂体の状態を反映している。このため、そのような指標値を測定、解析することにより、樹脂体の状態評価が可能となる。電極は樹脂体に密着可能な柔軟性を有するとよい。またセンサは樹脂体に着脱可能であるとよい。このようなセンサを用いれば、例えば、車両を被覆する塗膜の経年劣化等を容易に評価できる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂体に接触し得る4つ以上の電極を含む電極群と、
該電極それぞれを規則的に離間して該樹脂体上で保持し得る保持体とを備え、
該樹脂体の状態評価に用いられる評価センサ。
【請求項2】
前記電極は、前記樹脂体に密着可能な柔軟性を有する請求項1に記載の評価センサ。
【請求項3】
前記樹脂体に着脱可能である請求項1に記載の評価センサ。
【請求項4】
前記樹脂体は、層状または膜状である請求項1に記載の評価センサ。
【請求項5】
前記樹脂体は、金属体に被着されている請求項1に記載の評価センサ。
【請求項6】
前記樹脂体は、前記金属体を被覆する塗膜である請求項5に記載の評価センサ。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載の評価センサと、
前記電極群から選択した少なくとも2組の電極対間それぞれへ交流を通電して、該樹脂体の状態を反映する指標値を求める解析手段と、
を備える評価装置。
【請求項8】
評価対象である樹脂体の表面および/または内部に、規則的に離間して配置された4つ以上の電極を含む電極群より選択された少なくとも2組の電極対間それぞれに交流を通電して、該樹脂体の状態を反映する指標値を求める解析工程を備える評価方法。
【請求項9】
前記樹脂体は、金属体に被着されており、
該金属体は、前記電極群に含まれる請求項8に記載の評価方法。
【請求項10】
前記指標値は、インピーダンスまたは誘電特性値である請求項8または9に記載の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂体の状態(例えば劣化や欠陥の有無等)の評価に用いられるセンサ等に関する。
【背景技術】
【0002】
樹脂は多種多様な製品に用いられる。樹脂は、初期欠陥がなくても、環境への曝露等により変質(劣化、欠陥等)を生じ得る。
【0003】
例えば、意匠性や防食性等を確保するために金属表面に被着される塗膜(樹脂体)は、外環境(太陽光、風雨、腐食性ガス等)に曝されて経時的に劣化し、その進行は塗膜下にある基体(例えば、車体等の金属体)の劣化(腐食等)を招く。
【0004】
樹脂の劣化等による変質を適切に評価できれば、樹脂を有する部材(例えば塗装物)の効果的な補修や保全等が可能になる。このような樹脂評価に係る提案は多くなされており、例えば、下記の文献に関連する記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011-112429
【特許文献2】特開2013-217706
【特許文献3】特開2013-298583
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1は、建造物等に用いられる重防食被覆鋼材の耐久性モニタリング方法を提案している。具体的にいうと、その鋼材中に電極を絶縁しつつ埋め込み、被覆層(塗膜)下への水分の浸入の有無を検出している。特許文献1は、重防食被覆鋼材自体の耐久性モニタリングを目的にしているに過ぎない。このため、塗膜の剥離等を間接的に把握できても、その状態を直接的に把握することはできない。
【0007】
特許文献2は、塗膜鋼板上に堆積物(石炭粉、鉄鉱石粉等)がある構造体について腐食評価方法を提案している。具体的にいうと、鋼板からなる作用電極と堆積物中に差し込んだ参照電極と堆積物上に配置した対極との三電極系によりインピーダンスを測定し、それに基づいて構造物の腐食を評価している。この場合も、堆積物を含めた構造物全体の腐食の進行度合が評価されるに過ぎず、塗膜の状態が直接的に評価される訳ではない。
【0008】
特許文献3は、塗装鋼板の非平坦部におけるインピーダンス測定を可能とする電気化学測定用プローブを提案している。具体的にいうと、電解液を入れたシリンダの先端部に設けたスポンジへ、シリンダに挿入したピストンで電解液をスポンジへ圧送し、そのスポンジを非平坦部にも追従できるプローブとしている。そして、そのプローブを押し当てた塗膜下の鋼材からなる作用電極と、ピストンに設けた参照電極およびカウンター電極(補助電極)とを用いて、いわゆる三電極系によるインピーダンス測定を行っている。この場合、薄い塗膜の膜厚方向の局部的なインピーダンスが測定されるに過ぎないため、塗膜の状態を適確に把握することはできない。また、プローブの構造が複雑であり、取扱性や操作性にも欠ける。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、樹脂体の状態を適確に評価できる新たなセンサ等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は鋭意研究した結果、樹脂体の表面に規則的に配置される複数の電極を有するセンサを着想し、その電極群から選択した電極対間への通電により得られる交流電気特性に基づいて、樹脂体の状態を把握できることを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0011】
《評価センサ》
本発明は、樹脂体に接触し得る4つ以上の電極を含む電極群と、該電極それぞれを規則的に離間して該樹脂体上で保持し得る保持体とを備え、該樹脂体の状態評価に用いられる評価センサである。
【0012】
本発明の評価センサ(単に「センサ」という。)によれば、樹脂体を破壊等するまでもなく、樹脂体の状態を適確に評価することが可能になる。本発明のセンサを用いた樹脂体の状態評価は、例えば、次のようになされる。
【0013】
先ず、電極群から複数の電極対(二つの電極の組)を選択する。次に、各電極対へ所定の交流を通電し、樹脂体の状態が反映され得る指標値(交流電気特性)を複数求める。各指標値間の異同や相違の程度を評価することにより、樹脂体の状態変化の有無や分布等を把握することが可能となる。また、このような評価を、樹脂体の同部位(領域)について異なる時期に行なえば、樹脂体の状態の経時的な変化も明らかになり得る。
【0014】
《評価装置》
本発明は、樹脂体の評価装置としても把握される。例えば、本発明は、上述したような評価センサと、その電極群から選択した少なくとも2組の電極対間それぞれへ交流を通電して樹脂体の状態を反映する指標値を求める解析手段とを備える評価装置でもよい。
【0015】
《評価方法》
(1)本発明は、樹脂体の評価方法としても把握される。例えば、本発明は、樹脂体に接触し得る4つ以上の電極を含む電極群より選択された少なくとも2組の電極対間それぞれに交流を通電して、樹脂体の状態を反映する指標値を求める解析工程を備える評価方法でもよい。
【0016】
(2)樹脂体に接触する電極は、樹脂体の表面に配設(貼着等)される場合に限らず、樹脂体の内部に配設(埋設等)されていてもよい。そこで本発明は、例えば、評価対象である樹脂体の表面および/または内部に、規則的に離間して配置された4つ以上の電極を含む電極群より選択された少なくとも2組の電極対間それぞれに交流を通電して、該樹脂体の状態を反映する指標値を求める解析工程を備える評価方法としても把握される。
【0017】
電極を樹脂体の内部にも設ける場合、樹脂体の表面に沿った面的(または層的)な状態評価に留まらず、樹脂体の深さ(または厚さ)方向も加味した立体的な状態評価が可能になる。
【0018】
《その他》
(1)本明細書でいう「~手段」と「~工程(ステップ)」とは、相互に読み替えることができ、これにより「物(装置)」の構成要素と「方法」の構成要素は互換され得る。
【0019】
樹脂体の評価時期は、初期(樹脂体の製造時)でも、その後の随時または適時でもよい。その評価回数も、1回でもよいし、複数回繰り返しなされてもよい。樹脂体の評価目的は、その経時的な劣化等の把握、初期に現れる製造欠陥等の検出、樹脂体の変質機序の解明等でもよい。
【0020】
樹脂体の状態を反映した指標値は適宜選択されるが、例えば、インピーダンス、誘電特性(誘電率、誘電正接等)、コンダクタンス、それらの周波数特性等の交流電気特性である。
【0021】
評価センサは、繰返し使用されてもよいし、一回使用するごとに廃棄する「使い捨てタイプ」でもよい。
【0022】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は、下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として、「a~b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図2A】そのセンサを塗装鋼板に装着した様子を示す平面図である。
【
図2B】そのセンサを塗装鋼板に装着した様子を示す側面図である。
【
図4A】環境試験前の塗装鋼板について得られたインピーダンスと誘電正接の周波数特性を示すグラフである。
【
図4B】環境試験後の塗装鋼板について得られたインピーダンスと誘電正接の周波数特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は「物」のみならず「方法」にも適宜該当し得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0025】
《センサ》
センサは、樹脂体に対して規則的に離間して(短絡させずに)配置される電極(適宜「配置電極」という。)を少なくとも4つ備える。
【0026】
(1)電極の配置
電極の配置として、例えば、格子状配置、環状配置等がある。格子状配置は、電極を格子点上に配置する場合である。格子は、樹脂体の表面(平面または曲面)に沿った平面格子でも、樹脂体の内部を含む空間格子でもよい。格子の桝目は、例えば、多角形状(三角形状、四角形状、六角形等)であり、特に正多角形状さらには正方形状が代表的である。
【0027】
環状配置は、円周上、円筒側面上または球面上に等間隔で電極を配置する場合である。電極は、周上等における隣接間隔が等しくなる位置に設けられる他、さらに中心に設けられてもよい。
【0028】
電極は、電極同士が短絡しない程度(電極間の絶縁性が確保される程度)に離間されていればよい。電極の隙間(隣接する電極縁間の距離)は、例えば、1~30mm、3~15mmまたは5~10mm程度である。
【0029】
(2)電極
電極は、樹脂体の交流電気特性を安定的に測定するため、導電性または耐食性に優れる材質(電極材)からなるとよい。また、電極は、樹脂体に密着可能な柔軟性を有するとよい。これにより、様々な形態の樹脂体に対して、接触抵抗の低減、損傷(物理的ダメージ、化学的ダメージ等)の抑止等が図られる。
【0030】
柔軟な電極としては、例えば、ゴム電極、寒天電極(電解質含有)等がある。その他、電解質(固体高分子電解質等)を保持した多孔質体(樹脂発泡体、フィルター等)などを電極としてもよい。電極は、中実状でも、多孔状でも、網目状でもよい。膜状、層状、または箔状の電極を用いれば、センサの軽薄短小化、取扱性や搬送性の向上等が図られる。
【0031】
電極は、通常、外部回路に接続する端子またはリード(引出導線等)と、樹脂体との接触部(面)とを備える。所望の電極へ選択的に通電できれば、端子やリードの形態は問わない。
【0032】
(3)保持体
保持体は、樹脂体の表面または内部に、4つ以上の電極を規則的に離間した状態で保持する。このような保持体は、例えば、各電極(面)が片面側に配設された基板であってもよいし、各電極を樹脂体に保持できる貼着テープ、ペースト、接着剤等でもよい。
【0033】
柔軟性を有する保持体なら、様々な形態の樹脂体にセンサ(電極)を設置でき、樹脂体への損傷も抑制される。電極および保持体は、樹脂体に着脱可能であるとよい。これにより、随時または適時に樹脂体の状態を評価することが可能となる。
【0034】
《指標値》
指標値は、樹脂体の状態を反映するものであればよい。このような指標値は、例えば、インピーダンス、誘電正接(tanδ)、誘電率、コンダクタンス、キャパシタンス、(見かけ)電気容量等の交流電気特性である。このような指標値は、一または二以上の特定周波数で得られる特性値でもよいし、離散的または連続的な複数の周波数に対する特性値の変化(周波数特性)でもよい。
【0035】
評価対象物である樹脂体は、一般的に誘電体(絶縁体)であるため、その誘電特性が代表的な指標値となる。誘電特性は通電される交流(電界)の周波数により変動するため、例えば、交流通電下における誘電率(ε)なら、一般的に複素誘電率(ε=ε'-iε" 、i:虚数単位、ε':実部、ε":虚部)で表現される。誘電損失(ε")、誘電正接(ε"/ε=tanδ)、キャパシタンス(C)、電気的モジョラス(M*=jwCo・Z*/M*とZ*:複素数、Z*:複素インピーダンス、Co:真空の電気容量)等も同様である。
【0036】
ちなみに樹脂体(誘電体)が、通電される交流の周波数に依存した誘電特性を示す理由は、分極(電子分極やイオン分極よりも配向分極が主)に起因した誘電緩和現象(主に永久双極子の運動遅れ:緩和時間)による。
【0037】
経時劣化等のない樹脂体(処女材)の緩和時間は、基本的に分子構造(高分子鎖、双極子)に依る。もっとも、経時劣化等を受けた樹脂体は、分子構造(構成原子の結合状態)の変化(変質)、外界から浸入した異物(水分、塩分等)の混入量等により、緩和時間が変化する。この変化が交流電気特性(指標値)に反映されて検出され、樹脂体の状態の評価が可能となる。なお、誘電率の測定方法には、例えば、(平行電極)容量法、反射伝送法、共振法等があり、周波数に応じた方法が選択されるとよいが、通常、容量法で足る。
【0038】
《解析》
(1)測定
選択された電極対間に交流通電して得られる指標値(交流電気特性)は、例えば、LCRメータ(いわゆるインピーダンスアナライザ)等を用いて測定される。測定時に通電する交流の印加電圧(振幅/最大値)は、測定の安定化や樹脂へのダメージ抑止等を考慮して、例えば、0.05~2V、0.1~1Vまたは0.3~0.7Vとしてもよい。
【0039】
交流通電の周波数範囲(レンジ)は、樹脂体の種類や態様に応じて、例えば、10-3~107Hz、10-2~106Hzまたは10-1~105Hzでもよい。指標値の測定は、所定の周波数範囲全域でなされてもよいし、その一部でなされてもよい。周波数範囲全域でスペクトル等を測定した周波数特性(ボード線図等)を作成すれば、それに基づいて樹脂体の状態をより詳細に検討し易くなる。
【0040】
特定の周波数(域)で測定すれば、測定時間の短縮が図られる。樹脂体の特徴(周波数特性等)が予めわかっていれば、特定の周波数(域)における指標値だけでも、樹脂体の状態に関する所望の情報が得られる。
【0041】
例えば、低周波数域(10-2~10Hzまたは10-1~1Hz)、中周波数域(1~105Hzまたは10~104Hz)または高周波数域(104~107Hzまたは105~106Hz)のいずれかにおいて、特定の指標値(インピーダンスまたは誘電正接等)だけが測定されてもよい。例えば、塗膜のように金属体に被着した薄い樹脂体であれば、低周波数域のインピーダンスを指標値としたり、中周波数域の誘電正接を指標値としたりできる。
【0042】
測定間隔は、測定に要する時間や樹脂体へのダメージ等を考慮して、例えば、1~100point/decまたは2~10point/decである。なお、1dec(ディケード)は、常用対数スケールの1目盛(周波数比率でいうなら10倍)を意味する。
【0043】
(2)評価
樹脂体の状態は、例えば、測定時の指標値を基準時(初期または前回の測定時等)の指標値と比較して評価されてもよいし、その測定時に得られる指標値(値、波形等)自体に基づいて評価されてもよい。後者の場合、例えば、測定時点における指標値(周波数特性)の波形やピーク周波数域等を解析してなされ得る。
【0044】
指標値に基づく解析例を挙げると、次の通りである。例えば、塗膜のように金属体(金属板等)に被着された薄い樹脂体の場合、印加した交流の主たる通電経路として、例えば、3つの推定モデル(タイプ1:樹脂体→金属体→樹脂体、タイプ2:樹脂体、タイプ3:金属体)が考えられる。
【0045】
タイプ1の場合、樹脂体の劣化や欠陥が少ない状態であり、電流は金属体を経由して、樹脂体の最短経路(通常厚さ方向)に沿って主に入出すると考えられる(
図3の電流経路i1参照)。このようなとき、電極対間における交流電気特性のバラツキが少ない。例えば、インピーダンスは周波数の増加に伴い安定的に単調減少し、誘電正接は中周波数域で安定して低い値になる。
【0046】
タイプ2の場合、樹脂体に劣化や欠陥があり、電流は絶縁性の低下(イオン伝導性の増加)した樹脂体中を流れると考えられる(
図3の電流経路i2参照)。このようなとき、電極対間における交流電気特性にバラツキが生じ易い。例えば、インピーダンスは、タイプ1の場合よりも低下し、誘電正接は低周波数域で増加する。
【0047】
タイプ3の場合、樹脂体の劣化や欠陥等に起因して、樹脂体下の金属体に腐食等が生じている場合である。このようなとき、電極対間における交流電気特性は直流電気特性に近づき、インピーダンスの低下や誘電正接の増加が生じ得る。
【0048】
《樹脂体》
樹脂体は、例えば、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、ゴム(エラストマーを含む。)等からなる。樹脂体は、ブロック状でも、層状または膜状でもよい。層状または膜状の樹脂体は単層でも複層(多層)でもよい。樹脂体は、金属体に密着、被着または一体化していてもよい。
【0049】
樹脂体の代表例として、例えば、車体、船体、航空機体(金属体)等を被覆する塗膜がある。外界に曝露される塗膜は、多層構造からなることが多い。例えば、自動車用塗膜なら、防食性を確保するための電着塗装、耐ピッチング性・遮光性・平滑性等を確保するための中塗り塗装、意匠性・耐候性等を確保するための上塗り塗装(通常、有色なベース塗装と透明なクリア塗装)等が順に積層されてなる。金属体と樹脂体の間には、さらに下地層(例えば、化成被膜等)があってもよい。
【0050】
《金属体》
金属体は、例えば、鉄基材、アルミニウム基材、チタン基材、マグネシウム基材等からなる。「基材」には、純金属、合金、金属間化合物または複合材が含まれる。金属体の具体例として、鋼板(めっき鋼板を含む)、アルミニウム合金板等からなる部材や構造物(車体等)がある。
【0051】
樹脂体に接している金属体は、一種の電極(「基電極」という。)として、電極対を構成する電極群に含めて考えてもよい。例えば、規則的に配設された配置電極の一つと基電極との間で交流を通電して得られた交流電気特性を、樹脂体の状態を反映する指標値の一種としてもよい。配置電極は複数あるため、基電極と配置電極の電極対も2組以上でき、それぞれについて交流電気特性が求められてもよい。
【0052】
《用途》
本発明のセンサや評価装置・方法によれば、例えば、移動体(車体、船体、航空機体)、建造物、橋梁、インフラ用配管等に施された塗膜の劣化具合等を、非破壊状態で、一時的、定期的、継続的または長期的に、効率的に評価できる。樹脂体の同じ箇所を定期的に測定すれば、樹脂体の経時的な劣化傾向の把握も可能になる。
【実施例0053】
センサを塗装物に装着して交流通電を行い、塗膜の劣化度合を評価した。このような具体例に基づいて、本発明をさらに詳しく説明する。
【0054】
《センサ》
図1に示すセンサSを製作した。センサSは、4つの電極e1~e4(これらを併せて「配置電極e」という。)と、電極e1~e4それぞれに接続されたリードr1~r4(これらを併せて「リードr」という。)と、電極e1~e4を保持する基板bとを備える。
【0055】
電極e1~e4は同じ正方形状(5mm×5mm×t0.5mm)であり、ゴム電極材(導電シリコンゴムシート(品番:3-1945-01/アズワン株式会社)からなる。
【0056】
基板b(保持体)は、正方形状(17mm×17mm×t2.5mm)であり、ポリ乳酸樹脂(PLA)からなる。
【0057】
リードrは被覆導線からなる。その先端部は被覆材が剥離されて導線が露出している。リードr1~r4の先端部は、それぞれ基板bを貫通して、電極e1~e4の一面側(基板bの裏面側)でハンダ付けされている。
【0058】
電極e1~e4は、リードr1~r4が接続された一面側で、基板bの裏面に導電性接着剤で接着固定されている。電極e1~e4は基板bの裏面上に、格子状に配置されている。具体的にいうと、電極e1~e4は、それぞれの中心(対角線の交点)が格子点(正方形の角)上にあり、その中心間距離(格子点間距離)8mm、隣接間隔(外周縁距離)3mmとして、同方向に等間隔で配置されている。
【0059】
《塗装物》
評価対象(塗装物)である塗装鋼板PにセンサSを装着した様子を、
図2A(平面図)と
図2B(側面図)に示した。塗装鋼板Pは、鋼板mの一面側が塗膜fで被覆されてなる。鋼板mは冷間圧延鋼板(厚さ0.5mm)からなり、塗膜fは電着塗装されたエポキシ樹脂の単層(膜厚さ25μm)からなる。
【0060】
センサSの塗装鋼板Pへの装着(保持)は、例えば、着脱自在な貼着テープによりなされる。具体的にいうと、配置電極eを塗膜fの表面に密接させた後、基板bの外周囲を貼着テープで塗装鋼板Pに固定すればよい。
【0061】
なお、鋼板mの他面(塗膜fの反対面/非被覆面)にもリードrmを導電性接着剤で接着して、鋼板m自体を基電極emとした。但し、基電極emにも配置電極eと同様な電極材を用いて、基電極emも鋼板mに着脱自在としてもよい。
【0062】
《解析》
(1)
図3に示すように、塗装鋼板PにセンサSを装着した状態で、電極群(電極e1~電極e4および基電極em)から選択した複数の電極対間に交流通電を行ない、それぞれの交流電気特性を測定した(解析工程)。
【0063】
ここでは、電極e1を基準にして電極対を選択した。つまり、電極e2~e4(リードr2~r4)および電極em(リードrm)から選択した一つと、電極e1(リードr1)とを測定装置(電気化学アナライザ(LCRメータ):ソーラトロンアナリティカル社製ModuLab/解析手段)にそれぞれ接続して交流通電を行なった。
【0064】
通電する交流は、周波数域:10
-2~10
6Hz、印加電圧(振幅):0.1V、測定間隔:10point/dec とした。測定対象(指標値)は、インピーダンス(|Z|)と誘電正接(tanδ)とした。こうして得られた各電極対間の交流電気特性(周波数特性/ゲイン線図)をまとめて
図4Aに示した。
【0065】
(2)環境試験
上記の測定後、センサSを取り外した塗装鋼板Pを腐食環境下で冷熱サイクルに曝す環境試験を行なった。
【0066】
腐食環境は、塗装鋼板Pに混合塩(NaCl-1質量%MgCl2-1質量%CaCl2)を1cm2あたり40mg散布し、相対湿度(RH)を95%とした。冷熱サイクルは、-10℃×12時間と80℃×12時間との合計24時間を1周期とした。この冷熱サイクルを上記の腐食環境下で130回(周期)繰り返した。
【0067】
環境試験後の塗装鋼板Pを水洗して大気中で乾燥させた。この塗装鋼板Pに対して、上述した測定を同様に行なった。センサSは、環境試験前の測定時と同位置に装着した。環境試験後に得られた各電極対間の交流電気特性(|Z|とtanδ)をまとめて
図4Bに示した。
【0068】
《評価》
(1)
図4Aからわかるように、環境試験前のインピーダンス(|Z|)と誘電正接(tanδ)は、いずれの電極対間で測定しても略同じであった。このことから、塗膜fは均質的であり、劣化や欠陥がない状態であることが確認された。なお、tanδの高周波数側に現れるピークと、その低周波数側に現れる急増(またはピーク)と、塗膜fを構成する高分子(双極子)の構造に起因していると考えられる。
【0069】
また、電極e1と電極emの間で測定された交流電気特性(「e1-em」と表示する。以下同様)と、電極e1と電極e2~e4の一つとの間で測定された交流電気特性とには実質的な相違がなかった。このことから、環境試験前における電極対間の交流通電は、
図3に示す電流経路i1のように、薄い塗膜fを厚さ方向に貫き鋼板mを経由してなされたと考えられる。
【0070】
(2)
図4Aと
図4Bの比較からわかるように、環境試験の前・後で交流電気特性に変化が観られた。例えば、インピーダンス(|Z|)は略全周波数域で低下傾向を示した。また誘電正接(tanδ)は略全周波数域で増加傾向を示した。特に誘電正接(tanδ)は、中周波数域で増加し、高周波数域と低周波数域に現れるピークも共に大きくなった。これらは、環境試験後の塗膜f(樹脂体)に、変質(分子構造(結合状態)の変化)、水分や塩分等の含浸などが生じたことが要因と考えられる。
【0071】
また、環境試験の前後における交流電気特性は、電極e1と電極emの間(e1―em)よりも、電極e1と電極e2~e4の一つとの間(e1―e2~e4)の方が大きく変化した。環境試験後における電極対間(e1―e2~e4)の交流通電が、
図3に示す電流経路i2のように、鋼板mを経由せずに、塗膜f内で主に行なわれるようになったためと推察される。これは、環境試験後の塗膜fの絶縁性が大幅に低下する状態になったことを示していると考えられる。
【0072】
さらに、
図4Bからわかるように、配置電極同士の組合せ(e1―e2~e4)によっても、交流電気特性に大きなバラツキが観られた。これらは、環境試験後の塗膜f(樹脂体)に生じている状態変化が均一的ではなく、位置(領域)により異なること(つまり、状態変化が局所的または分布的であること)を示していると考えられる。
【0073】
こうして本発明によれば、樹脂体の状態を評価できることが確認された。