IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人滋賀医科大学の特許一覧

特開2024-82527心不全の治療及び/又は予防用医薬組成物
<>
  • 特開-心不全の治療及び/又は予防用医薬組成物 図1
  • 特開-心不全の治療及び/又は予防用医薬組成物 図2
  • 特開-心不全の治療及び/又は予防用医薬組成物 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024082527
(43)【公開日】2024-06-20
(54)【発明の名称】心不全の治療及び/又は予防用医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20240613BHJP
   A61P 9/04 20060101ALI20240613BHJP
   A61K 31/4704 20060101ALI20240613BHJP
   A61K 31/444 20060101ALI20240613BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20240613BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20240613BHJP
   A61K 31/713 20060101ALI20240613BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20240613BHJP
   C07K 16/18 20060101ALI20240613BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P9/04
A61K31/4704
A61K31/444
A61K39/395 D
A61K31/7105
A61K31/713
C12N15/113 Z ZNA
C07K16/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022196440
(22)【出願日】2022-12-08
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (その1) ウェブサイトの掲載日 2022年9月9日 ウェブサイトのアドレス https://www.c-linkage.co.jp/jocs2022/index.html https://www.c-linkage.co.jp/jocs2022/program.html (その2) ウェブサイトの掲載日 2022年9月13日 ウェブサイトのアドレス https://www.c-linkage.co.jp/jocs2022/index.html https://www.c-linkage.co.jp/jocs2022/doc/abstract.pdf?2209200834 https://www.c-linkage.co.jp/jocs2022/doc/abstract.pdf?2209141439 (その3) 開催日 2022年9月17日(開催期間:2022年9月17日~2022年9月18日) オンデマンド配信:2022年9月22日~2022年10月6日 集会名、開催場所 第5回日本腫瘍循環器学会学術集会(Web開催)
(71)【出願人】
【識別番号】504177284
【氏名又は名称】国立大学法人滋賀医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】扇田 久和
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 朗
【テーマコード(参考)】
4C084
4C085
4C086
4H045
【Fターム(参考)】
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZA361
4C085AA13
4C085EE01
4C086AA01
4C086BC17
4C086BC28
4C086EA16
4C086GA08
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA36
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045DA75
4H045EA20
(57)【要約】
【課題】心不全の治療及び/又は予防用医薬組成物を提供する。
【解決手段】S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬を含む、心不全の治療及び/又は予防用医薬組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬を含む、心不全の治療及び/又は予防用医薬組成物。
【請求項2】
前記心不全が、アントラサイクリン系抗腫瘍薬誘発性心不全である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記アントラサイクリン系抗腫瘍薬が、ドキソルビシン又はその薬理学的に許容される塩である、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
前記S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬が、S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害作用を有する低分子化合物、中分子化合物、抗体、抗体断片、及び核酸からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1~3のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬が、パキニモド、ラキニモド、タスキニモド、ロキニメックス、及びABR-238901からなる群から選択される少なくとも1種の低分子化合物である、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬が、S100A8及びS100A9ヘテロダイマーに対して抗原結合活性を有する抗体又はその抗体断片である、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬が、S100A8及び/又はS100A9に対するsiRNA、shRNA、dsRNA、miRNA、又はアンチセンス核酸である、請求項4に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心不全の治療及び/又は予防用医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ドキソルビシンなどのアントラサイクリン系抗腫瘍薬は大腸がんを含む消化器系のがんや乳がんなどに対する抗腫瘍薬として多くのがん患者に投与されている。しかし、アントラサイクリン系抗腫瘍薬の重大な副作用として、用量依存的に心筋障害を引き起こすことが知られている。この副作用予防のため、がん患者に対する例えばドキソルビシンの累積投与量は原則500mg/m体表面積に制限されており、その他のアントラサイクリン系抗腫瘍薬もドキソルビシン換算で累積投与量が制限されているものがほとんどである。その結果、ドキソルビシンなどのアントラサイクリン系抗腫瘍薬に対する反応性が良好ながん症例においても、投与中止となってしまうことがある。また、一旦心筋障害を発症した患者の治療は難渋することがしばしばである。アントラサイクリン系抗腫瘍薬によって誘発される心不全は不可逆的であり、まだ根本的な治療法が存在しない。
【0003】
マウスに対してドキソルビシンを投与して心筋症及び心不全を誘発させた報告は存在する(非特許文献1)。しかしながら、マウスなどのげっ歯類を含む小動物では心拍数などの血行動態はヒトと大きく異なっている。そのため、これらの動物モデルをそのまま心不全治療開発の動物モデルとして使用していくには無理がある。
【0004】
本発明者らは、この問題の解決を目的に、まず非ヒト霊長類であるカニクイザルを用いてドキソルビシン誘発心不全モデルを開発した(特許文献1)。特許文献1では、ドキソルビシンの一回の投与量を調節(最初2mg静注→3mg→4mgと順次増量)して投与することで安定的に心不全を発症するカニクイザルの動物モデルを作製することを報告している。
【0005】
このようなドキソルビシン誘発心不全の治療薬の候補としては、例えば、特許文献2及び3に報告されている。
【0006】
特許文献2では、アントラサイクリン誘発性心毒性の治療方法であって、有効量のラパチニブおよび/またはラパマイシンを、それを必要とする対象に投与し、それによってアントラサイクリン誘発性心毒性を治療することを含む方法が報告されている。
【0007】
特許文献3では、ポリアミン又はそれらの薬学的に許容される塩を有効成分として含有する、アントラサイクリン系抗腫瘍薬の投与4日後以降に発現又は残存する心毒性を軽減する心臓保護薬が報告されている。
【0008】
しかしながら、特許文献2及び3の実施例では、治療薬の効果をマウスを用いて確認されているのみであり、特許文献2及び3で提案されている治療薬のヒトにおける有効性は不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2021-10311号公報
【特許文献2】特表2015-526471号公報
【特許文献3】特許第6368963号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Nat.Med.,vol.18,no.11,1639-1642(2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、心不全の治療及び/又は予防用医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、本発明者らが開発した非ヒト霊長類であるカニクイザルのドキソルビシン誘発心不全モデルを用いて心臓での遺伝子発現変化を解析したところ、S100A8及びS100A9の遺伝子発現が有意に上昇しており、シグナルパスウェイ解析の結果と合わせて、これらの遺伝子の発現上昇が最も強く心機能低下に関連していることを見出した。そして、ドキソルビシン誘発心不全カニクイザルの心臓では、心筋組織に浸潤してきた好中球でS100A8/A9が強発現していたことから、S100A8/A9とその受容体との結合を阻害する薬剤であるパキニモドの効果を検証した。その結果、ドキソルビシンによる心不全を劇的に抑制することができるという知見を得た。パキニモドを含むS100A8/A9阻害薬のドキソルビシン誘発心不全に対する効果については、これまで全く検討されていない。
【0013】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次の医薬組成物を提供するものである。
【0014】
項1.S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬を含む、心不全の治療及び/又は予防用医薬組成物。
項2.前記心不全が、アントラサイクリン系抗腫瘍薬誘発性心不全である、項1に記載の医薬組成物。
項3.前記アントラサイクリン系抗腫瘍薬が、ドキソルビシン又はその薬理学的に許容される塩である、項2に記載の医薬組成物。
項4.前記S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬が、S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害作用を有する低分子化合物、中分子化合物、抗体、抗体断片、及び核酸からなる群から選択される少なくとも1種である、項1~3のいずれか一項に記載の医薬組成物。
項5.前記S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬が、パキニモド、ラキニモド、タスキニモド、ロキニメックス、及びABR-238901からなる群から選択される少なくとも1種の低分子化合物である、項4に記載の医薬組成物。
項6.前記S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬が、S100A8及びS100A9ヘテロダイマーに対して抗原結合活性を有する抗体又はその抗体断片である、項4に記載の医薬組成物。
項7.前記S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬が、S100A8及び/又はS100A9に対するsiRNA、shRNA、dsRNA、miRNA、又はアンチセンス核酸である、項4に記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0015】
本発明の医薬組成物は、心不全、特にアントラサイクリン系抗腫瘍薬誘発性心不全を治療及び予防することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】心組織におけるS100A8及びS100A9の発現量を示す図である。(左)コントロール群とドキソルビシン投与群のqPCRの結果のグラフ(値は平均±SD)、*P<0.05 vs. Control、(右)心組織での共免疫染色の写真。Elastase:好中球マーカー、CD68:マクロファージマーカー。スケールバー(上):100μm、スケールバー(下):40μm。
図2】ドキソルビシン投与後の心臓と肝臓でのS100A8/9の発現比較を行った結果を示す写真である。上:心臓、下:肝臓
図3】S100A8/S100A9ヘテロ複合体阻害薬パキニモドによるドキソルビシン誘発心筋障害の抑制作用を示すグラフである。ドキソルビシン(n=3)、ドキソルビシン+パキニモド(n=1)
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0018】
本発明において「核酸」とはRNA又はDNAを意味する。本発明において「遺伝子」とは、特に言及しない限り、2本鎖DNA、1本鎖DNA(センス鎖又はアンチセンス鎖)、及びそれらの断片が含まれる。また、本発明において「遺伝子」とは、特に言及しない限り、調節領域、コード領域、エクソン、及びイントロンを区別することなく示すものとする。
【0019】
本明細書において、「S100A8」、「S100A9」とは記載する場合は、タンパク質又は遺伝子を意味するものとし、タンパク質として解釈することが適切な場合はタンパク質を、遺伝子として解釈することが適切な場合は遺伝子を意味するものとする。
【0020】
本発明において、「核酸」、「ヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」は同義であって、これらはDNA及びRNAの両方を含み、2本鎖であっても1本鎖であってもよい。
【0021】
本発明の心不全の治療及び/又は予防用医薬組成物は、S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬を含むことを特徴とする。
【0022】
本明細書において、「S100A8及びS100A9」のことを「S100A8/A9」と称することもある。
【0023】
心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気であり、例えば、心筋梗塞、弁膜症、心筋症、不整脈、虚血性心疾患、先天性心疾患等の心臓の疾患により引き起こされるもの、高血圧等により負担がかかった状態が続くことで引き起こされるもの、抗腫瘍薬により誘発されるものなどが挙げられる。また、心不全は、急性心筋梗塞や過度なストレスにより、急激に心臓の働きが悪くなる「急性心不全」と、心不全の状態が慢性的に続く「慢性心不全」とに分けられる。本発明において、心不全とは特に限定されない。
【0024】
本発明における心不全としては、アントラサイクリン系抗腫瘍薬誘発性心不全であることが好ましい。アントラサイクリン系抗腫瘍薬としては、特に限定されず、例えば、ドキソルビシン、ダウノルビシン、ミトキサントロン、エピルビシンなどが挙げられ、中でも、ドキソルビシン及びダウノルビシンが好ましく、ドキソルビシンがより好ましい。
【0025】
アントラサイクリン系抗腫瘍薬には、アントラサイクリン系抗腫瘍薬の塩、水和物、溶媒和、結晶多形なども包含される。
【0026】
アントラサイクリン系抗腫瘍薬の薬理学的に許容される塩としては、特に限定されず、例えば、ナトリウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、アルミニウム塩等の無機塩基との塩;メチルアミン、エチルアミン、エタノールアミン等の有機塩基との塩;リジン、オルニチン、アルギニン等の塩基性アミノ酸との塩及びアンモニウム塩が挙げられる。当該塩は、酸付加塩であってもよく、かかる塩としては、具体的には、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の鉱酸;ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、リンゴ酸、酒石酸、フマル酸、コハク酸、乳酸、マレイン酸、クエン酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸等の有機酸;アスパラギン酸、グルタミン酸等の酸性アミノ酸との酸付加塩が挙げられる。
【0027】
アントラサイクリン系抗腫瘍薬は、入手可能な市販品を使用することができる。
【0028】
アントラサイクリン系抗腫瘍薬の投与経路は、特に限定されず、適宜選択でき、例えば、動脈内投与、静脈内投与、皮下投与、腹腔内投与、筋肉内投与、経直腸投与、経口投与などが挙げられる。中でも好ましくは静脈内投与である。
【0029】
アントラサイクリン系抗腫瘍薬の投与方法は、特に制限されず、当業者に公知の方法により行うことができる。
【0030】
アントラサイクリン系抗腫瘍薬の剤型の種類としては、経口薬として錠剤、丸剤、散剤、粉末剤、顆粒剤、細粒剤、軟又は硬カプセル剤、フィルムコーティング剤、舌下剤、ペレット剤、ペースト剤などが、非経口薬として注射剤、坐剤などが挙げられ、投与経路等に応じて最適な剤型を選択することができる。
【0031】
アントラサイクリン系抗腫瘍薬の投与により、心不全を発症したことを確認する方法としては、特に限定されず、公知の方法を採用することができ、例えば、心臓超音波法、X線撮影法、磁気共鳴断層撮影法(MRI)などが挙げられる。
【0032】
S100タンパク質は、細胞種特異的に発現し、2つのEF-handを持つカルシウム結合タンパク質であり、現在までに20種類のサブファミリーが確認されている。S100A8(MRP8、calgranulin A)は、カルシウム結合タンパク質S100ファミリーの1つであり、通常はS100A9(MRP14、calgranulin B)と共発現する。S100A8/A9複合体(Calprotectin)は、炎症時、体液に蓄積してリウマチ様関節炎、嚢胞性繊維症、クローン病、潰瘍性大腸炎、アレルギー性皮膚炎、感染などのヒトの慢性炎症性疾患の発症に関与すると考えられている。
【0033】
S100A8/A9複合体は、例えば肺から分泌され、遠隔のがん細胞を誘引する機能、そしてがん細胞の定着と増殖に適した免疫抑制の環境を肺につくる機能を有する。S100A8/A9の受容体群として、EMMPRIN(エンプリン)、NPTNα(neuroplastin-α)、NPTNβ、MCAM(M-cell adhesion molecule)、ALCAM、RAGE、TLR4などが公知である。
【0034】
本発明において「S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬」とは、S100A8及びS100A9ヘテロダイマーの機能を阻害できる化合物全般を意味し、そのような化合物としては、例えば、S100A8及び/又はS100A9の発現を阻害又は抑制する化合物、S100A8及び/又はS100A9の機能若しくは活性を阻害又は低下させる化合物、S100A8及び/又はS100A9の受容体への結合を阻害又は低下させる化合物などが挙げられる。「S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害薬」は、S100A8及びS100A9の一方を阻害する化合物であってもよいし、又はS100A8及びS100A9の両方を阻害する化合物であってもよい。
【0035】
S100A8/A9ヘテロダイマー阻害薬としては、例えば、S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害作用を有する、低分子化合物、中分子化合物、抗体、抗体断片、核酸などが挙げられる。S100A8/A9ヘテロダイマー阻害薬は、1種単独で又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0036】
S100A8/A9ヘテロダイマー阻害作用を有する低分子化合物としては、分子量が1000程度以下の化合物が挙げられ、例えば、パキニモド(Paquinimod、ABR-25757)、ラキニモド(Laquinimod、ABR-215062)、タスキニモド(Tasquinimod)、ロキニメックス(Roquinimex、ABR-212616)、ABR-238901などが挙げられる。
【0037】
S100A8/A9ヘテロダイマー阻害作用を有する中分子化合物としては、分子量が1000~3000程度の化合物が挙げられ、例えば、S100A8/A9ヘテロダイマー阻害作用を有するペプチドなどが挙げられる。
【0038】
S100A8/A9ヘテロダイマー阻害薬としては、S100A8及びS100A9ヘテロダイマー阻害作用を有する抗体又は抗体断片を使用することができる。S100A8及びS100A9ヘテロダイマーに対して抗原結合活性を有する抗体の抗体断片としては、例えば、Fd、Fv、Fab、F(ab’)、F(ab)2、F(ab’)2、単鎖Fv(scFv)、ダイアボディ、トリアボディ(triabody)、テトラボディ(tetrabody)、ミニボディなどが挙げられる。抗体としては、マウス、ラット、ウシ、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、モルモット等の動物由来のものが挙げられる。抗体のアイソタイプは特に制限されず、アイソタイプとしては、例えば、IgG(IgG1、IgG2、IgG3、IgG4)、IgA、IgD、IgE及びIgMが挙げられる。また、抗体は、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれであってもよく、好ましくはモノクローナル抗体であり、また、抗体は、ヒト化抗体、キメラ抗体、多重特異性抗体(例えば、二重特異性抗体)などであってもよい。抗体は、公知の方法により製造することが可能であり、例えば、抗体をコードする核酸を含有する発現ベクターを構築し、当該核酸を導入した形質転換体を培養することや、抗体を産生するハイブリドーマを培養することなどにより生産することができる。
【0039】
S100A8/A9ヘテロダイマー阻害作用を有する核酸としては、例えば、S100A8及び/又はS100A9(遺伝子及び/又はそれの転写産物)に対するsiRNA(small interfering RNA)、shRNA(small hairpin RNA)、dsRNA(double-stranded RNA)、miRNA(microRNA)、アンチセンス核酸などが挙げられる。また、このようなsiRNA、shRNA、dsRNA、miRNA、アンチセンス核酸としては、これらを発現する発現ベクターを使用することもできる。
【0040】
siRNAとは、標的遺伝子のmRNAのヌクレオチド配列又はその部分配列(標的ヌクレオチド配列)と相補的な配列を有するRNAとその相補鎖とからなる2本鎖オリゴRNAである。また、ヘアピンループ部分を介して、標的ヌクレオチド配列に相補的な配列(第1の配列)と、その相補配列(第2の配列)とが連結された一本鎖RNAであって、ヘアピンループ型の構造をとることにより、第1の配列が第2の配列と2重鎖構造を形成するRNA(shRNA)や、第1の配列と第2の配列の2重鎖構造の両末端をループ構造で閉環状にしたダンベル型の核酸もsiRNAに含まれる。
【0041】
siRNAは、センス鎖及びアンチセンス鎖の一方又は双方の5’末端又は3’末端にオーバーハングを有していてもよい。オーバーハングとは、センス鎖及び/又はアンチセンス鎖の末端における1~数個(例えば、1、2、3個)の塩基の付加により形成されるものである。siRNAの塩基長は、RNA干渉を誘導できる限り特に制限されず、例えば、片側鎖として10~50塩基、15~30塩基、又は21~27塩基である。
【0042】
siRNAは、S100A8及び/又はS100A9をコードするmRNAを標的とするsiRNAであって、当該mRNAの塩基配列の情報を基に設計することが可能であり、RNA干渉を誘導できる限り配列は特に限定されない。siRNAは、公知の手法を用いて、化学的に合成すること、又は遺伝子組換え技術を用いて産生することができる。
【0043】
dsRNAは、RNAi効果を有するものであり、通常、S100A8又はS100A9のmRNAにおける連続する任意のRNA領域と同一の配列からなるセンスRNA、及び該センスRNAに相補的な配列からなるアンチセンスRNAからなるdsRNAである。上記「連続する任意のRNA領域」の長さは、通常20~30塩基であり、好ましくは21~23塩基である。
【0044】
miRNAは、ヘアピン様構造のRNA前駆体として転写され、RNase III切断活性を有するdsRNA切断酵素により切断され、RISCと称するタンパク質複合体に取り込まれ、mRNAの翻訳抑制に関与する15~25塩基の非コーディングRNAを意味する。本発明におけるmiRNAには、当該miRNAの前駆体(pre-miRNA、pri-miRNA)も包含する。
【0045】
アンチセンス核酸の配列は、標的遺伝子又はその一部と相補的な配列であることが望ましいが、遺伝子の発現を有効に抑制できる限り、完全に相補的である必要はなく、標的遺伝子の転写産物に対して、好ましくは90%以上の相補性、より好ましくは95%以上の相補性を有していればよい。アンチセンス核酸を用いて標的遺伝子の発現を効果的に抑制するため、アンチセンス核酸の長さは15塩基以上が好ましい。さらに、非特異的な影響を回避するため標的遺伝子の異なる配列に相補的な複数のアンチセンス核酸を用いるのが好ましい。アンチセンス核酸としては、標的遺伝子の翻訳領域だけでなく非翻訳領域の配列のアンチセンス配列を含む核酸も、本発明におけるアンチセンス核酸に含まれる。
【0046】
S100A8/A9ヘテロダイマー阻害薬は、フリーの状態又は塩の状態で使用することができる。塩としては、例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム等の無機塩基との塩;メチルアミン、エチルアミン、エタノールアミン等の有機塩基との塩;リジン、アルギニン、オルニチン等の塩基性アミノ酸との塩及びアンモニウム塩が挙げられる。当該塩は、酸付加塩であってもよく、かかる塩としては、例えば、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の鉱酸;ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸等の有機酸;アスパラギン酸、グルタミン酸等の酸性アミノ酸等との酸付加塩が挙げられる。また、S100A8/A9ヘテロダイマー阻害薬にはその水和物、溶媒和物や結晶多形なども含まれる。
【0047】
本発明の医薬組成物におけるS100A8/A9ヘテロダイマー阻害薬の含量は、例えば、医薬組成物全量中0.001~100質量%であり得る。当該範囲の上限又は下限は、例えば、0.01質量%、0.1質量%、1質量%、5質量%、10質量%、20質量%、30質量%、40質量%、50質量%、60質量%、70質量%、80質量%、90質量%、95質量%、99質量%、99.9質量%である。
【0048】
本発明の医薬組成物には、S100A8/A9ヘテロダイマー阻害薬以外にも、必要に応じて、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、懸濁化剤、増粘剤、抗酸化剤、吸収促進剤、pH調節剤、保存剤、防腐剤、安定化剤、界面活性剤、甘味剤、矯味剤、香料等の薬学的に許容される成分を適宜配合することができる。
【0049】
賦形剤としては、例えば、乳糖、白糖、精製白糖、D-マンニトール、D-ソルビトール、トウモロコシデンプン、バレイショデンプン、デキストリン、結晶セルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、軽質無水ケイ酸、タルク、カオリン等が挙げられる。
【0050】
結合剤としては、例えば、α化デンプン、ゼラチン、アラビアゴム、メチルセルロース、エチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、白糖、精製白糖、プルラン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。
【0051】
崩壊剤としては、例えば、乳糖、白糖、トウモロコシデンプン、バレイショデンプン、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、アルギン酸、クロスポビドン等が挙げられる。
【0052】
滑沢剤としては、例えば、ステアリン酸、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、ポリエチレングリコール等が挙げられる。
【0053】
着色剤としては、例えば、三二酸化鉄、黄色三二酸化鉄、褐色酸化鉄、黒酸化鉄、酸化チタン等が挙げられる。
【0054】
懸濁化剤としては、例えば、ポリソルベート、ポリエチレングリコール、グリセリン等が挙げられる。
【0055】
医薬組成物の製剤形態としては、例えば、タブレット(素錠、糖衣錠、発泡錠、フィルムコート錠、チュアブル錠、トローチ剤などを含む)、カプセル剤、丸剤、粉末剤(散剤)、顆粒剤、細粒剤、液剤、懸濁液、乳濁液、ペースト、シロップ、注射剤(使用時に、蒸留水又はアミノ酸輸液や電解質輸液等の輸液に配合して液剤として調製する場合を含む)などの形態が挙げられる。これらの製剤は、常法に従って製造することができる。
【0056】
本発明の医薬組成物の投与方法は特に限定されず、例えば、動脈内投与、静脈内投与、皮下投与、腹腔内投与、筋肉内投与、経直腸投与、経口投与などにより行うことができる。
【0057】
本発明の医薬組成物は、ヒトを含む哺乳動物に対して投与される。
【0058】
本発明の医薬組成物の投与量は、患者の体重、年齢、性別、症状などの種々の条件に応じて適宜決定することができる。
【0059】
本発明の医薬組成物は、心不全(特に、アントラサイクリン系抗腫瘍薬誘発性心不全、ドキソルビシン又はその薬理学的に許容される塩による誘発性心不全)の予防及び/又は治療に有用である。
【0060】
なお、本明細書において「含む」とは、「本質的にからなる」と、「からなる」をも包含する(The term “comprising” includes “consisting essentially of” and “consisting of.”)。また、本発明は、本明細書に説明した構成要件を任意の組み合わせを全て包含する。
【0061】
また、上述した本発明の各実施形態について説明した各種特性(性質、構造、機能等)は、本発明に包含される主題を特定するにあたり、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本発明には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各特性のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例0062】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0063】
・実験方法
<コントロールサル及びドキソルビシン投与サル心臓からのRNA抽出>
1)5~10mm角に切り分けた心臓組織2~3片を液体窒素で凍結した。
2)凍結組織を凍結破砕装置クライオプレス(株式会社マイクロテック・ニチオン)で凍結粉末化した。
3)凍結粉末を素早く1mLのTrizol(Thermo Fisher Scientific社 カタログ番号15596026)に投入した。
4)回転式ホモジナイザー(PRO Scientific社製 Model Pro 200)で室温、2分間のミキサーを行い細分化した。
5)クロロホルム(富士フイルム和光純薬株式会社 カタログ番号038-02606)を0.4mL加えて、室温30秒間ボルテックスした。
6)4℃、10,000rpm、10分間遠心した。
7)上清約0.6mLを別のチューブに移し、0.8mLのイソプロパノール(富士フイルム和光純薬株式会社 カタログ番号166-04831)を加えた。
8)室温30秒間ボルテックス後、室温で10分静置した。
9)4℃、15,000rpm、10分間遠心した。
10)70%エタノール(99.5%エタノール(富士フイルム和光純薬株式会社 カタログ番号057-00451)をDEPC処理水(富士フイルム和光純薬株式会社 カタログ番号314-90205)で7:3に希釈したもの)で1回洗浄した。
11)RNAペレットをNucleoSpin(登録商標) RNA kit(Machery-Nagal社 カタログ番号740955.50)のRA1 buffer 350μL[β-メルカプトエタノール(ナカライテスク株式会社 カタログ番号214-18) 3.5μL含有]に溶かした。
12)スピンカラムNucleoSpin Filterにサンプルを移して、室温11,000xg 1分間の遠心によりRNAを含むRA1溶液をろ過した。
13)ろ過したRA1溶液に対して、350μLの70%エタノールを加えて混合した。
14)この混合液をNucleoSpin カラムに入れて、室温11,000xg 30秒間遠心した(下層のチューブに溜まった廃液は捨てた)。
15)カラムにMembrane Desalting Buffer 350μLを加えて、室温11,000xg 30秒間遠心した。
16)カラムに95μLのDNase reaction mixtureを加えて、室温で15分間静置した。
17)カラムに200μL Buffer RAW2を加えて、室温11,000xg 30秒間遠心することでカラムを洗浄した(下層のチューブに溜まった廃液は捨てた)。
18)カラムに600μL Buffer RA3を加えて、室温11,000xg 30秒間遠心することで、カラムを洗浄した(下層のチューブを捨てて、新しいチューブにカラムをセットした)。
19)カラムに250μL Buffer RA3を加えて、室温11,000xg 2分間遠心することで、カラムを洗浄した。
20)カラムを新しいチューブに設置して、RNase非含有水を60μLカラムに加えて、11,000xg 1分間遠心することで、下層のチューブに精製RNA溶液を抽出した。
【0064】
<RNA-seq>
1)上記の精製RNA溶液を用いてTruSeq stranded mRNA sample prep kit(Illumina社 カタログ番号20020595)によりLibraryを作製した。
2)Illumina HiSeq 3000 sequencer(Illumina社)を用いて、100-base single-end modeにてシークエンスを行った。
3)シークエンス結果を、以下の3種類のソフトウェア(TopHat v2.0.13、Bowtie2 ver. 2.2.3 及びSAMtools ver. 0.1.19)を用いて、カニクイザルのゲノム情報(the Macaca fascicularis reference genome sequences(macFas5))に照らし合わせて、読まれたシークエンスを決定した。
4)The fragments per kilobase of exon per million mapped fragments(FPKMs)の算出は、Cufflinks version 2.2.1.を用いて行った。
【0065】
<RNA-seq後の解析>
1)シークエンス情報に対して、QIAGEN INGENUITY PATHWAY ANALYSIS(IPA)にアクセスし、その画面上で解析を行った。
QIAGEN社のIPAツールの情報は下記URLを参照。
https://digitalinsights.qiagen.com/ja/qiagen-ipa/
2)QIAGEN IPAのうち、Upstream Regulator Analysisを用いて解析した。
【0066】
<ドキソルビシン投与方法>
1)1週目の月曜日と木曜日にドキソルビシン(LC Laboratories社 D-4000)をカニクイザル1個体当たり1回2mg/5mL生理食塩水の溶液にして静注した。
2)2週目は、月曜日に採血及び血圧測定、心エコー検査を行った。
3)1)と2)の2週間のプログラムを1セットとし、このセットを繰り返し継続した。
4)ドキソルビシンの投与量は、総投与量が50mgを超えたら1個体当たり1回3mgに増やした。
【0067】
<qPCR解析>
1)ReverTraAce qPCR RT Master Mix with gDNA Remover(東洋紡株式会社 カタログ番号FSQ-201)を用いて、組織より抽出したRNA(総量 2μg)からcDNA(20μL)を作製した。
2)qPCR1反応あたり、上記のcDNA 2μLを使い、LightCycler(登録商標) 480SYBR Green Iマスターkit(Roche Diagnostics社 カタログ番号0407516001)を用いてqPCRを行った。qPCRに使用した機器は、LightCycler 480 system II(Roche Diagnostics社 型式05015278001)である。qPCRに用いたプライマーの配列を以下に記す。GAPDHは内部コントロールとして増幅するものである。
S100A8 Forward:TTGACCGATCTGGAGAAAGC(配列番号1)
S100A8 Reverse:CGGTGTTGATGTCCAACTCTT(配列番号2)
S100A9 Forward:GCTGGTGGAAAAAGATCTGC(配列番号3)
S100A9 Reverse:ATCCTCGTGCATCTTCTCGT(配列番号4)
GAPDH Forward:CCTGTTCGACAGTCAGCCG(配列番号5)
GAPDH Reverse:CGACCAAATCCGTTGACTCC(配列番号6)
【0068】
<免疫組織染色法>
1)凍結組織より厚さ10μmの薄切切片を作製した。
2)4%パラホルムアルデヒド(ナカライテスク株式会社 カタログ番号26126-25)溶液に、薄切切片を15分間浸して組織を固定した。
3)薄切切片をリン酸バッファー溶液(PBS)で3回洗浄後、0.2%Tween(登録商標)-20/PBS溶液に15分間切片を浸した。PBSの組成は、137mmol/L NaCl、8.1mmol/L NaHPO、2.68mmol/L KCl、1.47mmol/L KHPO、pH7.4である。
4)薄切切片をPBSで3回洗浄後、5%ウシ血清アルブミン(BSA:ナカライテスク株式会社 カタログ番号01859-47)/PBS溶液に浸し1時間ブロッキングを行なった。
5)一次抗体を5%BSA/PBS溶液に1:200で希釈した。この一次抗体を含む溶液に薄切切片を浸し、4℃で一晩反応させた。
6)薄切切片をPBSで3回洗浄した。
7)二次抗体を5%BSA/PBS溶液に1:500で希釈した。この二次抗体溶液を含む溶液に薄切切片を浸し、1時間室温で反応させた。
8)薄切切片をPBSで3回洗浄した。
9)DAPI(富士フイルム和光純薬株式会社 カタログ番号340-07971)(希釈比1:20)を含む蛍光染色用の封入剤VECTASHIELD Mounting Medium(Vector Lab社 カタログ番号H-10000)で薄切切片を封入した。
10)薄切切片を共焦点レーザー走査顕微鏡TCS SP8X(Leica社)もしくはFV1000-D(オリンパス株式会社)で観察した。
使用した一次抗体は下記の通りである。
抗S100A8/9抗体(Abcam社 カタログ番号ab22506)
抗好中球エラスターゼ抗体(Abcam社 カタログ番号ab68672)
抗CD68抗体(Abcam社 カタログ番号ab125212)
使用した二次抗体は下記の通りである。
Alexa Fluor488 goat anti-rabbit二次抗体(Thermo Fisher Scientific社 カタログ番号A11008)
Alexa Fluor488 goat anti-mouse二次抗体(Thermo Fisher Scientific社 カタログ番号A11001)
Alexa Fluor555 donkey anti-rabbit二次抗体(Thermo Fisher Scientific社 カタログ番号A31572)
Alexa Fluor555 goat anti-mouse二次抗体(Thermo Fisher Scientific社 カタログ番号A21422)
【0069】
<パキニモドの投与方法>
パキニモド(Medchemexpress社 HY-100442)は、上記の<ドキソルビシン投与方法>のプログラムにおける毎週月曜日と木曜日に、1個体当たり1回0.5mg/3ml生理食塩水の溶液を経鼻的に25cm程度挿入した胃管チューブを通して行った。
【0070】
・結果
カニクイザルのコントロール群(n=2)及びドキソルビシン投与群(n=3)の心筋組織サンプルの有意な遺伝子発現変化の同定と機能解析を行った。有意差を持って発現変動した上位遺伝子について、Pathway解析を行い、Pathway解析を総合して推定される上流原因因子の結果を表1に示す。表1から上位1位と2位の遺伝子がそれぞれS100A9とS100A8であった。S100A8とS100A9は分泌タンパク質であり、ヘテロダイマーを形成して細胞への作用を発揮する。
【0071】
【表1】
【0072】
図1に心組織のqPCRと共免疫染色の結果を示す。図1から、ドキソルビシン投与群において心組織でS100A8及びS100A9が共に高発現していることが分かる。さらに、心筋組織に浸潤してきた好中球においてS100A8及びS100A9が主に発現していることが分かる。
【0073】
図2にドキソルビシン投与後の心臓と他臓器でのS100A8/9の発現比較を行った結果を示す。図2から、S100A8/9の発現(存在)は、肝臓ではほとんど見られず、心臓で多いことが分かる。
【0074】
図3にS100A8/S100A9ヘテロ複合体阻害薬パキニモドをドキソルビシン誘発心筋障害に対して投与した結果を示す。パキニモドは、S100A8/9の受容体(RAGE/TLR4)への結合を阻害することが報告されたキノリン系化合物である。図3から、パキニモドを併用投与することにより、ドキソルビシンの累積投与量が500mg/mを越えても心機能が保たれており、心不全死することはなかった。
【0075】
この結果から、S100A8とS100A9のヘテロ複合体阻害薬パキニモドの投与は、ドキソルビシンによる心筋障害に対して保護作用を示した。
図1
図2
図3
【配列表】
2024082527000001.xml