(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024082605
(43)【公開日】2024-06-20
(54)【発明の名称】回転陽極型X線管
(51)【国際特許分類】
H01J 35/10 20060101AFI20240613BHJP
F16C 17/02 20060101ALI20240613BHJP
F16C 33/06 20060101ALI20240613BHJP
F16C 33/24 20060101ALI20240613BHJP
H05G 1/00 20060101ALI20240613BHJP
H05G 1/02 20060101ALI20240613BHJP
A61B 6/40 20240101ALI20240613BHJP
【FI】
H01J35/10 M
H01J35/10 B
H01J35/10 H
F16C17/02 Z
F16C33/06
F16C33/24 A
H05G1/00 R
H05G1/02 P
A61B6/03 320C
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022196566
(22)【出願日】2022-12-08
(71)【出願人】
【識別番号】503382542
【氏名又は名称】キヤノン電子管デバイス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】弁理士法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長井 真也
(72)【発明者】
【氏名】會田 博之
【テーマコード(参考)】
3J011
4C092
4C093
【Fターム(参考)】
3J011AA04
3J011BA02
3J011CA02
3J011DA01
3J011JA02
3J011KA02
3J011MA04
3J011MA22
3J011RA01
3J011SB13
3J011SD02
3J011SE10
4C092AA01
4C092AB10
4C092AC17
4C092BD06
4C093AA22
4C093CA41
(57)【要約】
【課題】 回転体の良好な回転を維持することができる回転陽極型X線管を提供する。
【解決手段】電子を放出する陰極と、前記電子を受けてX線を発生する陽極ターゲットと、前記陽極ターゲットに連結され回転軸線に沿って延在する回転体と、前記回転体を回転可能に支持する固定シャフトと、前記回転体と前記固定シャフトとの間に保持されている潤滑材と、を有しているすべり軸受と、前記陰極及び前記陽極ターゲットを収納し、前記固定シャフトを固定する真空外囲器と、を備え、前記回転体は、前記回転軸線に沿って延在して形成され、前記固定シャフトを囲んで位置している軸受部材を有し、前記固定シャフト及び前記軸受部材のうち少なくとも一方は、炭化タングステン、炭化ケイ素、又は炭化チタンで形成されている、回転陽極型X線管。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子を放出する陰極と、
前記電子を受けてX線を発生する陽極ターゲットと、
前記陽極ターゲットに連結され回転軸線に沿って延在する回転体と、前記回転体を回転可能に支持する固定シャフトと、前記回転体と前記固定シャフトとの間に保持されている潤滑剤と、を有しているすべり軸受と、
前記陰極及び前記陽極ターゲットを収納し、前記固定シャフトを固定する真空外囲器と、を備え、
前記回転体は、前記回転軸線に沿って延在して形成され、前記固定シャフトを囲んで位置している軸受部材を有し、
前記固定シャフト及び前記軸受部材のうち少なくとも一方は、炭化タングステン、炭化ケイ素、又は炭化チタンで形成されている、
回転陽極型X線管。
【請求項2】
前記固定シャフトの材料と前記軸受部材の材料とは、同一である、
請求項1に記載の回転陽極型X線管。
【請求項3】
前記潤滑剤は、ガリウム・インジウム合金又はガリウム・インジウム・錫合金である、
請求項1に記載の回転陽極型X線管。
【請求項4】
前記陽極ターゲットは、前記軸受部材を囲んで位置し、陽極ターゲット本体と、前記陽極ターゲット本体の外面に設けられ前記陰極と対向するターゲット層と、を有し、
前記陽極ターゲット本体は、前記軸受部材と同一の材料で形成され、前記軸受部材に連続的に一体に形成されている、
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の回転陽極型X線管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、回転陽極型X線管に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、X線を使用して被写体を診断する医療用機器や工業用機器には、X線発生源としてX線管装置が使用されている。X線管装置は、X線CT装置に搭載され、被写体を中心として回転する。X線管装置として、回転陽極型のX線管(以下「回転陽極型X線管」とも称する)を備えた回転陽極型X線管装置が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9-115467号公報
【特許文献2】特開2000-353485号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本実施形態は、回転体の良好な回転を維持することができる回転陽極型X線管を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
一実施形態に係る回転陽極型X線管は、電子を放出する陰極と、前記電子を受けてX線を発生する陽極ターゲットと、前記陽極ターゲットに連結され回転軸線に沿って延在する回転体と、前記回転体を回転可能に支持する固定シャフトと、前記回転体と前記固定シャフトとの間に保持されている潤滑材と、を有しているすべり軸受と、前記陰極及び前記陽極ターゲットを収納し、前記固定シャフトを固定する真空外囲器と、を備え、前記回転体は、前記回転軸線に沿って延在して形成され、前記固定シャフトを囲んで位置している軸受部材を有し、前記固定シャフト及び前記軸受部材のうち少なくとも一方は、炭化タングステン、炭化ケイ素、又は炭化チタンで形成されている。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】
図1は、X線CT装置の外観を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、
図1の線A-Aに沿ったX線CT装置を示す断面図である。
【
図3】
図3は、
図2に示す回転架台、X線管装置、冷却ユニット、及びX線検出器を示す正面図である。
【
図4】
図4は、一実施形態に係るX線管装置を示す断面図である。
【
図5】
図5は、
図4に示す固定シャフトの一部を示す側面図である。
【
図6】
図6は、上記実施形態に係るX線管装置の変形例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下に、本発明の実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、開示はあくまで一例にすぎず、当業者において、発明の趣旨を保っての適宣変更について容易に想到し得るものについては、当然に本発明の範囲に含有されるものである。また、図面や説明をより明確にするため、実際の様態に比べ、各部の幅、厚さ、形状等について模式的に表される場合があるが、あくまで一例であって、本発明の解釈を限定するものではない。また、本明細書と各図において、既出の図に関して前述したものと同様の要素には、同一の符号を付して、詳細な説明を適宣省略することがある。
以下、図面を参照しながら一実施形態に係る回転陽極型X線管について詳細に説明する。
【0008】
始めに、本発明の実施形態の基本構想について説明する。
X線CT装置は、回転架台やX線管装置などを備えている。X線管装置は、回転陽極型X線管を有し、回転架台と共に回転する。回転陽極型X線管は、陰極、陽極ターゲット、固定シャフト、回転体などを備えている。
現在、心臓用のX線CT装置において、回転架台の回転の高速化が進んでいる。具体的には、回転架台を0.2s/r(5rps)で回転させるX線CT装置が開発されている。回転架台を0.2s/rで回転させると、X線管装置には、約70Gの遠心加速度(遠心力)が生じる。従来、回転架台は、0.35s/r(約2.8rps)で回転する。この場合、X線管装置に生じる遠心加速度は、35Gである。つまり、開発中のX線CT装置において、X線管装置は、およそ倍の遠心加速度に耐える必要がある。具体的には、X線管装置に高い遠心加速度が生じると、固定シャフトは、変形し、回転体と接触することがある。
【0009】
また、回転陽極型X線管は、陰極で発生した電子を高速で陽極ターゲットに衝突させることでX線を発生させる。このときX線の発生効率はおよそ1%であり、残りのエネルギーは熱となる。例えば、電子の速度を決める管電圧と電子の量を決める管電流との積で求められる入力電力を100kWとし、4秒間陽極ターゲットに電子を入射させると、陽極ターゲットにおける電子の入射面は、局所的に3000℃近くまで加熱される。陽極ターゲットの温度がある程度下がるまで、回転陽極型X線管を使用することができないため、回転陽極型X線管から早く熱を逃がすことが望まれている。
【0010】
上記の課題を解決するために、陽極ターゲットの熱を熱伝導により固定シャフトに通した冷媒まで伝える伝導冷却方式のX線管が開発されているが、以下に記載する2つの問題がある。
1.陽極ターゲットの熱は軸受面を介して循環水まで伝わるため、軸受面も加熱される。これにより、回転体が固定シャフトから離れる向きに膨張し、回転体と固定シャフトとの間の隙間が大きくなり、回転体の安定した回転を得られなくなる場合がある。
2.高入力の回転陽極型X線管においては、一般にガリスタン系の液体金属を軸受の潤滑材として使用している。このため、回転体が加熱されると、回転体及び固定シャフトの軸受面と潤滑剤とが化学反応を起こし、化合物が上記軸受面に生成される。この化合物により固定シャフトと回転体との間の隙間が狭くなり、最終的には固定シャフトと回転体とが接触する。
そこで、本発明の実施形態においては、かかる問題を改善するものであり、回転体の良好な回転を維持することができる回転陽極型X線管を得ることができるものである。
【0011】
まず、X線CT装置80の構成について
図1乃至
図3を参照して説明する。
図1は、X線CT装置80の外観を示す斜視図である。
図2は、
図1の線A-Aに沿ったX線CT装置80を示す断面図である。
図3は、
図2に示す回転架台84、X線管装置86、冷却ユニット87、及びX線検出器88を示す正面図である。
図1乃至
図3に示すように、X線CT装置80は、筐体81、土台部82、固定架台83、回転架台84、ベアリング部材85、X線管装置86、冷却ユニット87、及びX線検出器88を備えている。
【0012】
筐体81は、固定架台83、回転架台84、ベアリング部材85、X線管装置86などを収容している。筐体81は、排気口81a、吸気口81b、及び導入口81cを有している。吸気口81bから取り入れられた外部の空気は、排気口81aから排出される。導入口81cは、被写体を導入するために設けられている。図示しないが、X線CT装置80は、被検体を載せる寝台も備えている。
【0013】
固定架台83は、土台部82に固定されている。回転架台(「ガントリー」とも称する)84は、ベアリング部材85を介して固定架台83に回転可能に支持されている。回転架台84は、回転架台84の中心軸C1を中心に回転可能である。回転架台84は、最外周に位置したリング状のフレーム部84aを有している。
【0014】
X線管装置86、冷却ユニット87、及びX線検出器88は、回転架台84に取り付けられ、回転架台84と共に回転する。これにより、X線管装置86には、遠心加速度CAが生じる。X線管装置86及び冷却ユニット87は、フレーム部84aの内壁に取り付けられている。X線管装置86は、循環路89を介して冷却ユニット87と熱交換している。X線管装置86は、X線発生器として機能し、X線を放射する。X線検出器88は、X線管装置86から放射され、被検体を透過したX線を検出し、検出したX線を電気信号に変換する。
上記のようにX線CT装置80は構成されている。
【0015】
図4は、一実施形態に係るX線管装置86を示す断面図である。
図4に示すように、X線管装置86は、回転陽極型X線管1、磁界を発生させるコイルとしてのステータコイル2などを備えている。回転陽極型X線管1は、すべり軸受3と、陽極ターゲット50と、陰極60と、真空外囲器70とを備えている。すべり軸受3は、固定シャフト10と、回転体20と、潤滑剤としての液体金属LMとを有している。
【0016】
固定シャフト10は、円柱状に形成され、回転軸線aに沿って延在し、外周面に形成されたラジアル軸受面S11a,S11bと、熱伝達部10aとを有している。固定シャフト10は、回転体20を回転可能に支持している。固定シャフト10は、径大部11、第1径小部12、及び第2径小部13から構成されている。径大部11、第1径小部12、及び第2径小部13は、同軸的に一体に形成されている。
【0017】
以下、
図5を用いて固定シャフト10の径大部11の詳細について説明する。
図5は、
図4に示す固定シャフト10の一部を示す側面図である。
図5に示すように、径大部11は、それぞれ外周面に位置した、ラジアル軸受面S11a、ラジアル軸受面S11b、凹面S11c、凹面S11d、及び凹面S11eを有している。また、径大部11は、一端にスラスト軸受面S11iを有し、他端にスラスト軸受面S11jを有している。ラジアル軸受面S11a及びラジアル軸受面S11bは、それぞれ径大部11の外周面に全周に亘って形成されている。凹面S11c、凹面S11d、及び凹面S11eは、それぞれ径大部11の外周面に全周に亘って形成されている。
【0018】
ラジアル軸受面S11a及びラジアル軸受面S11bは、回転軸線aに沿った方向に間隔を置いて位置している。凹面S11cは、ラジアル軸受面S11aとラジアル軸受面S11bとの間に位置し、ラジアル軸受面S11a及びラジアル軸受面S11bのそれぞれと隣り合っている。凹面S11dは、凹面S11cから向かってラジアル軸受面S11aを超えて位置し、ラジアル軸受面S11aと隣り合っている。凹面S11eは、凹面S11cから向かってラジアル軸受面S11bを超えて位置し、ラジアル軸受面S11bと隣り合っている。
【0019】
ラジアル軸受面S11aは、プレーン面Saと、複数のパターン部Paとを有している。プレーン面Saは、滑らかな外周面を有している。複数のパターン部Paは、プレーン面Saを窪めて形成されている。各々のパターン部Paは、周方向に対して斜線状に延出して配列されている。複数のパターン部Paは、回転軸線aに沿った方向において、間隔を置いて形成されている。なお、複数のパターン部Paは、回転軸線aに沿った方向において、つながっていてもよい。
【0020】
ラジアル軸受面S11bは、プレーン面Sbと、複数のパターン部Pbとを有している。プレーン面Sbは、滑らかな外周面を有している。複数のパターン部Pbは、プレーン面Sbを窪めて形成されている。各々のパターン部Pbは、周方向に対して斜線状に延出して配列されている。複数のパターン部Pbは、回転軸線aに沿った方向において、間隔を置いて形成されている。なお、複数のパターン部Pbは、回転軸線aに沿った方向において、つながっていてもよい。
各々のパターン部Pa及び各々のパターン部Pbは、数十μmの深さを有した溝で形成されている。複数のパターン部Pa及び複数のパターン部Pbは、それぞれへリングボン・パターンを形作っている。このため、ラジアル軸受面S11a,S11bは、それぞれ凹凸面であり、液体金属LMを掻き込むことができ、液体金属LMによる動圧を発生し易くすることができる。
【0021】
凹面S11c,S11d,S11eは、それぞれ、滑らかな外周面であり、プレーン面である。凹面S11c、凹面S11d、及び凹面S11eは、ラジアル軸受面S11a及びラジアル軸受面S11bに比べて窪んで形成されている。言い換えると、固定シャフト10において、凹面S11c,S11d,S11eが形成される区間の外径DO2は、ラジアル軸受面S11a,S11bが形成される区間の外径のうち最小の外径DO1より小さい。
【0022】
回転軸線aに垂直な方向において、凹面(凹面S11c,S11d,S11e)と回転体20との間の隙間は、ラジアル軸受面S11a(プレーン面Sa)と回転体20との間の隙間より大きく、ラジアル軸受面S11b(プレーン面Sb)と回転体20との間の隙間より大きい。
凹面S11cと回転体20との間の空間、凹面S11dと回転体20との間の空間、及び凹面S11eと回転体20との間の空間を、液体金属LMを収容するためのリザーバとして機能させることができる。各々のラジアル軸受面S11a,S11bに両隣から液体金属LMを供給できるため、軸受隙間における液体金属LMの枯渇を抑制することができる。
【0023】
図4に示すように、第1径小部12は、径大部11より外径の小さい円柱状に形成され、径大部11の一端から延出して形成されている。第1径小部12は、スラスト軸受面S11iより回転軸線a側に位置している。
第2径小部13は、径大部11より外径の小さい円柱状に形成され、径大部11の他端から延出して形成されている。第2径小部13は、スラスト軸受面S11jより回転軸線a側に位置している。
【0024】
熱伝達部10aは、強制対流にて内部を流れる冷媒に熱を伝達する。冷媒は、例えば、冷却液Lである。水冷又は油冷(絶縁油)にて回転陽極型X線管1の陽極ターゲット50の冷却率を向上させることができる。なお、冷媒は空気であってもよく、空冷にて陽極ターゲット50の冷却率を向上させてもよい。
熱伝達部10aは、少なくとも陽極ターゲット50に対向する領域Aに位置していることが望ましい。これにより、固定シャフト10のうち、陽極ターゲット50から熱が伝わりやすい箇所を冷却することができる。
なお、固定シャフト10から回転陽極型X線管1の外部に熱を放出する方法は、上記した熱伝達部10aから冷媒への熱伝達に限られず、例えば、第1径小部12の外周面に熱交換器を熱交換器で冷却することで固定シャフト10の内部の熱を放出してもよい。この場合、熱伝達部10a及び冷媒(冷却液L)を無しに回転陽極型X線管1を構成してもよい。
【0025】
回転体20は、陽極ターゲット50に連結され、回転軸線aに沿って延在している。回転体20は、軸受部材21と、第1支持部材22と、第2支持部材23と、筒部24とを有している。
軸受部材21は、回転軸線aに沿って延在し、筒状に形成され、固定シャフト10を囲んで位置している。軸受部材21は、軸受部材本体21aと、凸部21b,21cとを有している。軸受部材本体21aは、全周に亘って均一な内径及び外径を有し、内周面にラジアル軸受面S21を含んでいる。
【0026】
凸部21b,21cは、軸受部材本体21aの両端に回転軸線aから離れる方向に向かって延在して形成されている。凸部21b,21cは、環状の形状を有している。凸部21b,21cは、軸受部材本体21aと連続的に一体に形成されていなくともよく、例えば、溶接やねじによって軸受部材本体21aの外周面に固定されてもよい。
【0027】
固定シャフト10及び軸受部材21のうち少なくとも一方は、炭化タングステン(WC)、炭化ケイ素(SiC)、又は炭化チタン(TiC)で形成されている。固定シャフト10及び軸受部材21は、炭化タングステン、炭化ケイ素、又は炭化チタンで形成されない場合、例えば、JIS(日本工業規格) G 4404に規定される合金工具鋼鋼材であるSKD11で形成されている。なお、固定シャフト10の材料と軸受部材21の材料とは、同一であってもよい。例えば、固定シャフト10及び軸受部材21の両方が、炭化タングステンで形成されていてもよい。
炭化タングステンのヤング率は、600GPa程度である。炭化ケイ素のヤング率は、450GPa程度である。炭化チタンのヤング率は、450GPa程度である。SKD11のヤング率は、200GPa程度である。つまり、炭化タングステンのヤング率、炭化ケイ素のヤング率、及び炭化チタンのヤング率は、400乃至600GPa程度であり、SKD11のヤング率の約2倍である。
【0028】
また、炭化タングステンの線膨張係数は、5×10-6/K程度である。炭化ケイ素の線膨張係数は、4×10-6/Kである。炭化チタンの線膨張係数は、7×10-6/Kである。SKD11の線膨張係数は、12×10-6/Kである。つまり、炭化タングステンの線膨張係数、炭化ケイ素の線膨張係数、及び炭化チタンの線膨張係数は、SKD11の約半分程度である。
さらに、熱伝導率が120W/mK程度である炭化タングステンや、熱伝導率が200W/mK程度である炭化ケイ素などが開発されている。SKD11の熱伝導率は、20W/mK程度である。つまり、炭化タングステンの熱伝導率及び炭化ケイ素の熱伝導率は、SKD11の熱伝導率よりも大きい。
炭化タングステン、炭化ケイ素、及び炭化チタンは、電気伝導性を有している。このため、固定シャフト10及び軸受部材21に炭化タングステン、炭化ケイ素、又は炭化チタンを使用した場合でも、管電流を流すことができる。
【0029】
第1支持部材22は、円環状の形状を有し、軸受部材21の一端に固定されている。第1支持部材22は、Fe合金やMo合金などの金属で形成されている。第1支持部材22は、回転軸線aに沿った方向に固定シャフト10のスラスト軸受面S11iと対向したスラスト軸受面S22を含んでいる。スラスト軸受面S22は、第1支持部材22の内周側に位置し、環状の形状を有している。
第1支持部材22と固定シャフト10(第1径小部12)との間の隙間は、回転体20の回転を維持するとともに、液体金属LMの漏洩を抑制できる値に設定されている。以上のことから、上記隙間はわずかであり、第1支持部材22は、ラビリンスシールリング(labyrinth seal ring)として機能するものである。
【0030】
第2支持部材23は、円環状の形状を有し、軸受部材21の他端に固定されている。第2支持部材23は、Fe合金やMo合金などの金属で形成されている。第2支持部材23は、回転軸線aに沿った方向に固定シャフト10のスラスト軸受面S11jと対向したスラスト軸受面S23を含んでいる。スラスト軸受面S23は、第2支持部材23の内周側に位置し、環状の形状を有している。
第2支持部材23と固定シャフト10(第2径小部13)との間の隙間は、回転体20の回転を維持するとともに、液体金属LMの漏洩を抑制できる値に設定されている。以上
のことから、上記隙間はわずかであり、第2支持部材23は、ラビリンスシールリングとして機能するものである。
筒部24は、軸受部材21の凸部21bの外周面に接合されている。筒部24は、銅(Cu)又は銅合金などの金属で形成されている。
【0031】
潤滑剤(本実施形態では液体金属LM)は、回転体20と固定シャフト10との間に保持されている。より詳細には、液体金属LMは、固定シャフト10(径大部11)と、軸受部材21と、第1支持部材22と、第2支持部材23と、の間の隙間に充填されている。液体金属LMは、GaIn(ガリウム・インジウム)合金又はGaInSn(ガリウム・インジウム・錫)合金などの材料を利用することができる。回転体20の回転動作時、液体金属LMの回転軸線a側の液面は、ラジアル軸受面S11a,S11bより回転軸線a側に位置している。これにより、軸受隙間における液体金属LMの枯渇を抑制することができる。液体金属LMは、固定シャフト10の軸受面及び回転体20の軸受面とともに動圧形のすべり軸受を形成している。
【0032】
陽極ターゲット50は、円環状に形成され、固定シャフト10及び軸受部材21と同軸的に設けられている。一例において、陽極ターゲット50は、回転軸線aに直交する方向において固定シャフト10のラジアル軸受面S11a,S11bに対向して位置している。言い換えると、ラジアル軸受面S11a,S11bの一部は、陽極ターゲット50に対向する領域Aに位置している。陽極ターゲット50は、陽極ターゲット本体51と、陽極ターゲット本体51の外面の一部に設けられたターゲット層52と、を有している。陽極ターゲット本体51は、円環状に形成されている。陽極ターゲット本体51は、軸受部材21の外周を囲み、軸受部材21に固定されている。
【0033】
陽極ターゲット本体51は、モリブデン、タングステン、あるいはこれらを用いた合金で形成されている。ターゲット層52を形成する金属の融点は、陽極ターゲット本体51を形成する金属の融点と同一、又は陽極ターゲット本体51を形成する金属の融点より高い。例えば、陽極ターゲット本体51は、モリブデン合金で形成され、ターゲット層52は、タングステン合金で形成されている。
【0034】
陽極ターゲット50は、回転体20とともに回転可能である。ターゲット層52のターゲット面S52に電子が衝突すると、ターゲット面S52に焦点が形成される。これにより、陽極ターゲット50は、焦点からX線を放出する。つまり、陽極ターゲット50は、電子を受けてX線を発生する。
陰極60は、陽極ターゲット50のターゲット層52に間隔を置き、ターゲット層52に対向配置されている。陰極60は、真空外囲器70の内壁に取り付けられている。陰極60は、ターゲット層52に照射する電子を放出する電子放出源としてのフィラメント61を有している。
【0035】
真空外囲器70は、円筒状に形成されている。真空外囲器70は、ガラス、セラミック、及び金属で形成されている。真空外囲器70において、陽極ターゲット50と対向した箇所の外径は、筒部24と対向した箇所の外径より大きい。真空外囲器70は、開口部71,72を有している。真空外囲器70は、密閉され、陽極ターゲット50及び陰極60を収容し、固定シャフト10を固定している。真空外囲器70の内部は、真空状態(減圧状態)に維持されている。
【0036】
真空外囲器70の気密状態を維持するよう、開口部71は固定シャフト10の一端部(第1径小部12)に気密に接合され、開口部72は固定シャフト10の他端部(第2径小部13)に気密に接合されている。真空外囲器70は、固定シャフト10の第1径小部12及び第2径小部13を固定している。すなわち、第1径小部12及び第2径小部13は、軸受の両持ち支持部として機能している。
なお、
図4に示す本実施形態の回転陽極型X線管1は、固定シャフト10の両端が固定される両持ち構造で構成されているが、固定シャフト10の一端のみが固定される片持ち構造で構成されてもよい。
【0037】
ステータコイル2は、回転体20の外周面、より詳しくは筒部24の外周面に対向して真空外囲器70の外側を囲むように設けられている。ステータコイル2の形状は環状である。ステータコイル2は、筒部24(回転体20)に与える磁界を発生して回転体20及び陽極ターゲット50を回転させる。
上記のように回転陽極型X線管1を備えたX線管装置が形成されている。
【0038】
上記X線管装置の動作状態において、ステータコイル2は、回転体20(特に筒部24)に与える磁界を発生するため、軸受部材21は回転する。これにより、軸受部材21及び陽極ターゲット50も一緒に回転する。また、陰極60に電流が与えられ負の電圧が印加され、陽極ターゲット50に相対的に正の電圧が印加される。
これにより、陰極60と陽極ターゲット50との間に電位差が生じる。フィラメント61は、電子を放出する。この電子は、加速され、ターゲット面S52に衝突する。これにより、ターゲット面S52に焦点が形成され、焦点は電子と衝突するときにX線を放出する。陽極ターゲット50に衝突した電子(熱電子)は、X線に変換され、残りは熱エネルギーに変換される。なお、陰極60の電子放出源は、フィラメントに限定されず、例えば、フラットエミッタであってもよい。
【0039】
陽極ターゲットで発生した熱は、ターゲット面S52から、ターゲット層52の内部、陽極ターゲット本体51、軸受部材21、液体金属LM、固定シャフト10の順に伝わる。固定シャフト10に伝わった熱は、固定シャフト10の熱伝達部10aから冷却液Lに伝わり、冷却液Lとともにすべり軸受3の外部に放出される。
【0040】
軸受部材21、液体金属LM、及び固定シャフト10の温度が上昇すると、軸受面(ラジアル軸受面S11a,S11b,S21)は、液体金属LMと化学反応を起こす。これにより、化合物が軸受面に生成される。なお、SKD11と液体金属LMとの化合物が生成される速度は、300℃において約0.3μm/hであり、炭化タングステンと液体金属LMとの化合物が生成される速度は、300℃において約0.003μm/hである。つまり、固定シャフト10及び軸受部材21の少なくとも一方が炭化タングステンで形成され、潤滑剤がガリウム・インジウム合金又はガリウム・インジウム・錫合金である場合に化合物が生成されることを抑制することができる。なお、化合物の生成の抑制を重要視する場合、固定シャフト10及び軸受部材21の両方が炭化タングステンで形成されていることが好ましい。
【0041】
さらに、軸受部材21の温度が上昇すると、固定シャフト10から離れる向きに膨張し、固定シャフト10と軸受部材21との間の隙間が広がる。固定シャフト10と軸受部材21との間の隙間が広がると、軸受荷重が減少し、振動及びキャビテーションが発生するリスクが増大する。
また、X線管装置は、回転架台84とともに回転することにより、回転軸線aに直交する向きに遠心加速度CAを受ける。固定シャフト10のヤング率が低い場合、固定シャフト10は、遠心加速度CAと同じ向きに曲げ変形する。
【0042】
以下、上記実施形態に係る回転陽極型X線管1の効果について説明する。
上記のように構成された回転陽極型X線管によれば、回転陽極型X線管1は、陰極60と、陽極ターゲット50と、固定シャフト10及び回転体20を有するすべり軸受3と、真空外囲器70とを備えている。回転体20は、固定シャフト10を囲んで位置する軸受部材21を有している。固定シャフト10及び軸受部材21のうち少なくとも一方は、炭化タングステン、炭化ケイ素、又は炭化チタンで形成されている。
これにより、固定シャフト10が、炭化タングステン、炭化ケイ素、又は炭化チタンで形成されている場合、SKD11で固定シャフト10を形成した場合よりも、固定シャフト10の遠心加速度CAによる曲げ変形を抑制することができる。
【0043】
また、軸受部材21が、炭化タングステン、炭化ケイ素、又は炭化チタンで形成されている場合、SKD11で軸受部材21を形成した場合よりも、固定シャフト10及び軸受部材21の間の隙間が広がりすぎることを抑制することができる。これにより、回転体20の回転時における振動やキャビテーションの発生を抑制することができる。また、軸受部材21から固定シャフト10により多くの熱を伝えることができるため、回転陽極型X線管1の冷却を促進することができる。
【0044】
固定シャフト10の材料と軸受部材21の材料とが同一である場合、線膨張係数を同一とすることができるため、固定シャフト10の温度と軸受部材21の温度とが実質的に一致していれば、固定シャフト10及び軸受部材21の間の隙間を一定の大きさに維持することができる。
固定シャフト10及び軸受部材21の少なくとも一方が炭化タングステンで形成され、潤滑剤がガリウム・インジウム合金又はガリウム・インジウム・錫合金である場合、化合物の生成を抑制することができる。
以上のことから、本実施形態によれば、回転体20の良好な回転を維持できる回転陽極型X線管を得ることができる。
【0045】
(変形例)
次に、上記実施形態に係る回転陽極型X線管1の変形例について説明する。回転陽極型X線管1は、本変形例で説明する構成以外、上記実施形態と同様に構成されている。
図6は、上記実施形態に係る回転陽極型X線管の変形例を示す断面図である。
図6に示すように、陽極ターゲット50は、回転体20(より詳細には軸受部材21)を囲んで位置している。陽極ターゲット50は、陽極ターゲット本体51と、陽極ターゲット本体51の外面に設けられ陰極60と対向するターゲット層52とを有している。
陽極ターゲット本体51は、軸受部材21と同一の材料で形成され、軸受部材21に連続的に一体に形成されている。言い換えると、陽極ターゲット本体51と軸受部材21とは、接合されていない。軸受部材21と陽極ターゲット本体51との一体物は、鋳造や切削などの方法で製作されることができる。
上記のように構成された上記実施形態に係る回転陽極型X線管1の変形例によれば、陽極ターゲット本体51は、軸受部材21と一体に形成されている。これにより、陽極ターゲット本体51が軸受部材21に接合されている場合よりも、陽極ターゲット50で生じた熱を多く固定シャフト10に伝えることができる。
【0046】
本発明の実施形態を説明したが、上記実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。上述した新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0047】
1…回転陽極型X線管、2…ステータコイル、3…軸受、10…固定シャフト、10a…熱伝達部、12…第1径小部、13…第2径小部、20…回転体、21…軸受部材、50…陽極ターゲット、51…陽極ターゲット本体、52…ターゲット層、60…陰極、70…真空外囲器、71…開口部、72…開口部、80…X線CT装置、84…回転架台、86…X線管装置、C1…中心軸、CA…遠心加速度、LM…液体金属、S11a,S11b,S21…ラジアル軸受面、S11i,S11j,S22,S23…スラスト軸受面、a…回転軸線。