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特開2024-82661計算装置、プログラム、記憶媒体及び磁性合金
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024082661
(43)【公開日】2024-06-20
(54)【発明の名称】計算装置、プログラム、記憶媒体及び磁性合金
(51)【国際特許分類】
   G16C 10/00 20190101AFI20240613BHJP
【FI】
G16C10/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022196651
(22)【出願日】2022-12-08
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100093687
【弁理士】
【氏名又は名称】富崎 元成
(74)【代理人】
【識別番号】100168468
【弁理士】
【氏名又は名称】富崎 曜
(74)【代理人】
【識別番号】100166176
【弁理士】
【氏名又は名称】加美山 豊
(74)【代理人】
【識別番号】110001759
【氏名又は名称】弁理士法人よつ葉国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】榎木 勝徳
(72)【発明者】
【氏名】大谷 博司
(57)【要約】
【課題】第一原理計算に関する新たな手法を提案する。
【解決手段】計算装置は、第一原理計算の対象とする合金の結晶構造を決定し、決定された原子構造と、添加された原子の配置との距離に基づいて格子を緩和する第1計算部と、緩和された結晶構造を初期構造として用いて第一原理計算を実行する第2計算部と、第一原理計算の結果に基づいてクラスター展開を実行する第3計算部と、を備え、クラスター展開の結果に基づいて、(1)クラスター変分法により自由エネルギーを計算し、計算状態図法により自由エネルギーを組成と温度の関数とする、又は、(2)モンテカルロ計算を実行するのいずれかが可能である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一原理計算の対象とする合金の結晶構造を決定し、決定された原子構造と、添加された元素の原子位置との距離に基づいて格子を緩和する第1計算部と、
緩和された結晶構造を初期構造として用いて第一原理計算を実行する第2計算部と、
第一原理計算の結果に基づいてクラスター展開を実行する第3計算部と、を備える計算装置。
【請求項2】
前記第1計算部は、前記格子の緩和として、添加された元素の原子位置の最近接にあたる原子の位置を、添加された元素の原子位置の第二近接の原子の位置の距離になるように再配置する請求項1に記載の計算装置。
【請求項3】
前記第1計算部は、添加された元素の原子位置が異なる複数種類の結晶構造に対してそれぞれ格子を緩和し、
前記第2計算部は、前記複数種類の結晶構造それぞれに関する第一原理計算を、結晶構造の体積を異ならせて実行し、
前記第3計算部は、体積に応じた第一原理計算の結果と、体積-エネルギー理論曲線との誤差が、閾値を超えていない場合に、当該第一原理計算の結果に基づいてクラスター展開を実行する、請求項1に記載の計算装置。
【請求項4】
前記第3計算部によるクラスター展開の結果に基づいて、クラスター変分法により自由エネルギーを計算し、計算された自由エネルギーに計算状態図法を適用する第4計算部を備える請求項1に記載の計算装置。
【請求項5】
前記第3計算部によるクラスター展開の結果に基づいて、モンテカルロ計算を実行する第5計算部を備える請求項1に記載の計算装置。
【請求項6】
前記合金は、Fe、Co、Mn、Ni、Cr、及びTiのうち2以上の元素を含み、添加された元素として、N、及びCのいずれかを含む、請求項1に記載の計算装置。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の計算装置において、前記合金を第一原理計算を用いて推定するように構成されたプログラム
【請求項8】
請求項7に記載のプログラムを内蔵した記録媒体。
【請求項9】
Fe(1-<x>-<y>-<z>)、Mn<x>、Co<y>、N<z>(原子百分率:1%≦x≦3%、8%≦y≦12%、4%≦z≦6%)のからなる磁性合金であって、Fe-Mn-Nと、Fe-Coの二相に分離している磁性合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、第一原理計算を行う計算装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、実験などの経験的パラメータを必要としない第一原理計算を用いて、結晶構造のエネルギーや磁気モーメントのような物性値を求め、新規な合金等の予測、設計することが知られている。
例えば、非特許文献1-3には、第一原理計算によって得られたエネルギーをクラスターで展開して各クラスターの相互作用を求め(クラスター展開法)、さらにクラスター変分法により最適なクラスター配列を求めるとともにエントロピー項を記述することによって、有限温度における固溶体の自由エネルギーを算出した例が記載されている。
【0003】
また、非特許文献3には、クラスター展開法によって得られた、個々のクラスターに割り当てた有効クラスター相互作用(Effective Cluster Interactions : ECIs)に基づいて、有限温度で出現する原子配列を計算するモンテカルロ計算を行った例が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Tatsuya TOKUNAGA et al., ‘Recent Trends and Future Perspective of Phase Diagram Calculations’Journal of MMIJ Vol.127 p.473-478(2011)
【非特許文献2】Masanori Enoki et al., ‘Thermodynamic Analysis of the Formation Process of Metastable Carbides in Iron-Carbon Martensite’Tetsu-to-Hagane Vol.106, No.6,pp.342-351(2020)
【非特許文献3】Masanori Enoki et al., ‘Monte Carlo Simulation for Formation of Ti and N atoms Nanoclusters in BCC-Fe’Tetsu-to-Hagane Vol.105(2019) No.2 Page. 334-342(2019)
【非特許文献4】田中 功他「材料電子論入門―第一原理計算の材料科学への応用」内田老鶴圃(2017)、p.121-126
【非特許文献5】P. Soven, Phys. Rev.?156?(1967) 809.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
クラスター展開法の基礎となる第一原理計算によって得られる結果は、クラスター展開法以降の、クラスター変分法による自由エネルギー計算や、モンテカルロ計算等に影響することから、実際の結晶構造に則した結果となることが望ましい。
従来の、第一原理計算を用いた上記手法は、相互作用が格子や構造に依存するため、原子が大きく変位するものや、構造がエネルギーや物性の影響で大きく歪む構造のなどの予測精度が低いという問題があった。そのため、本発明が対象とする侵入型固溶元素を含む系のように歪みが大きい合金の設計では、特定の系以外は、非常に予測精度が低いものであった。
本発明は、このような課題を解決すべくなされたものであり、その目的は、第一原理計算に関する新たな手法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の発明は、第一原理計算の対象とする合金の結晶構造を決定し、決定された原子構造と、添加された元素の原子位置との距離に基づいて格子を緩和する第1計算部と、緩和された結晶構造を初期構造として用いて第一原理計算を実行する第2計算部と、第一原理計算の結果に基づいてクラスター展開を実行する第3計算部と、を備える計算装置、及び、計算装置に用いられるプログラム、プログラムを内蔵した記憶媒体及びそれらの計算装置から計算される磁性合金である。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、第一原理計算に基づいて得られる結果を、より実際の結晶構造に則した結果とすることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】計算装置の一例を示すブロック図。
図2】初期構造の緩和の一例を示す図。
図3】計算処理の流れの一例を示すフローチャート。
図4】第一原理計算の結果と理論曲線との比較例を示す図。
図5】構造緩和前と構造緩和後のエネルギーの比較例を示す図。
図6】モンテカルロ計算結果の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための形態の一例について図面を参照して説明する。
本実施形態に記載されている構成要素はあくまで例示であり、本発明の範囲をそれらに限定する趣旨のものではない。
【0010】
[実施形態]
図1は、本実施形態に係る計算装置1の構成の一例を示す図である。
計算装置1は、第一原理計算に基づいて、金属合金の自由エネルギーや磁気モーメント等の物性値を計算することが可能な計算装置である。
【0011】
本実施形態の計算装置1は、計算部10を備える。
本実施形態の計算部10は、第一原理計算部11と、クラスター展開法適用部12と、クラスター変分法適用部13と、計算状態図法適用部14と、モンテカルロ計算部15と、初期構造緩和部16と、を含む。
【0012】
これらは、例えば、計算部10が有する機能部(機能ブロック)とすることができ、計算部10は、CPU(Central Processing Unit)やGPU(Graphics Processing Unit)、DSP(Digital Signal Processor)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field Programmable Gate Array)等の処理回路を有して構成されるようにしてもよい。
また、本実施形態の計算装置1は、不図示の記憶部に格納された処理プログラムを含んでもよい。処理プログラムが実行されることによって、計算部10に含まれる各機能部の機能が実現されるようにしてもよい。
【0013】
(第一原理計算)
第一原理計算部11は、所定の金属の結晶構造(原子配列)に基づいて、構造のエネルギーを第一原理計算により計算する機能を有する。本実施形態において、第一原理計算は、密度汎関数理論に基づいて多体電子系のエネルギーを算出する計算であり、クラスター展開処理の対象となるエネルギーを取得する目的で実行される。以下、本実施形態の第一原理計算について説明する。なお、原子配列は、原子配置といってもよい。
【0014】
第一原理計算は周知の手法であり、本明細書では、本実施形態で用いる概要のみ記載するが、詳細については、援用する非特許文献4等を参照にする。
電子系のハミルトニアンを、ボルン・オッペンハイマー近似と呼ばれる原子核の運動を無視した式(1-1)で表した場合、密度汎関数理論では、電子系の全エネルギーは、式(1-2)のように与えられる。
【0015】
【数1】
【数2】
【0016】
式(1-2)において、第四項の交換相関エネルギーは、残り全ての多体相互作用を繰り込んだエネルギーとなっている。交換相関エネルギーは、実際の計算においては局所密度近似(LDA)や一般化勾配近似(GGA)による表記を用いる。
【0017】
式(1-2)のエネルギーに対して、変分法を適用することで一電子の波動関数によるKohn-Sham方程式と呼ばれる波動方程式が得られる。
【0018】
【数3】
【0019】
また、式(1-2)の電子密度は、一電子波動関数の単純な総和として与えられる。
【数4】
【0020】
実際の計算では、与えられた結晶構造や原子配列に対して式(1-3)を自己無撞着に解き、式(1-4)を適用することで電子密度を得る。さらに求めた電子密度を式(1-2)に代入することで電子系の全エネルギーが得られる。
原子核も含めた系の全エネルギーは、これに原子核間の静電相互作用エネルギーを加えたものであり、式(1-5)のように表される。
【0021】
【数5】
【0022】
第一原理計算は、結晶構造(原子配列)を入力データとすることで、構造のエネルギーや磁気モーメントのような物性値を求める計算である。一般的に、第一原理計算の計算結果は、実験値とも対応することから、広く用いられている。しかしながら、計算に非常に時間がかかることから、1000原子を超えるような大きな構造を直接は計算できず、固溶体のようなランダムに原子が配列した相および局所的な歪みが生じる相を単純には取り扱うことができない。
【0023】
(CPA法)
ここで、電子の散乱効果を加えることで電子状態を求めるコヒーレントポテンシャル近似法(CPA法)によって(非特許文献5を参照)、固溶体のようなランダム状態のエネルギーや物性値を第一原理計算によって得ることが可能になる。ただし、原子が同じサイトに重ね合わさった状態で存在するようなモデルで計算されるため、配置エントロピー効果を求めることができない。また、後述する原子分布に伴う歪みの効果は入らない。本実施形態では、ランダム状態の磁気モーメントを簡便に評価できるため、固溶体の磁気特性評価に使用している。
【0024】
(クラスター展開法)
クラスター展開法は、原子配列とエネルギーの対応関係から、原子間に働く相互作用エネルギーを求める方法である(例えば非特許文献2を参照)。クラスター展開法では、格子点上の原子種の組み合わせに対応する相互作用エネルギーを決定する。なお、BCC格子、FCC格子のように、異なる格子系を同時には解析できない。
【0025】
一度、ECIsが決まると、任意の原子配列のエネルギーは、第一原理計算を行うことなく、クラスター展開の精度内で決定することができることから、大規模計算が可能となる。そのためクラスター展開は、原子配列から直接エネルギーを評価する方法といってもよい。
クラスター展開法適用部12は、第一原理計算により得られた構造のエネルギーを、相関関数とECIsとの積の総和で表すクラスター展開を実行することによって、ECIsを取得する機能を有する。
【0026】
(クラスター変分法)
クラスター変分法は、クラスター展開法により得られた相互作用エネルギーと、クラスターの配置エントロピーとに基づく自由エネルギー(並びに、その組成依存性及び温度依存性)を求める方法である(例えば非特許文献2を参照)。
クラスター変分法適用部13は、ECIsが決まると、ECIsと、クラスターの配置エントロピーに基づいて、自由エネルギーを表す計算式(この式はクラスターの関数で表される)を得ることができる。この数式に変分法を適用し、任意の温度や組成においてエネルギーが最小となる相関関数を求めることで、自由エネルギーを計算する機能を有する。このようにして、クラスター展開法によって取得されたECIsに基づいて、自由エネルギーを計算することができる。
【0027】
(計算状態図法)
計算状態図法は、自由エネルギーを組成と温度の関数として表すことで、任意の条件における相平衡を求める手法である(例えば非特許文献1を参照)。具体的には、自由エネルギー曲面を用いた平衡計算を行い、自由エネルギーを組成、温度の連続関数にすることで平衡計算を可能にする。
計算状態図法適用部14は、クラスター変分法適用部13による自由エネルギーの計算結果を、組成と温度の関数に変換する機能を有する。この関数は、例えば、異種原子間の相互作用パラメータに、組織依存性を持たせ、さらにそれぞれの相互作用に温度依存性を与えることにより得られる。
【0028】
(モンテカルロ計算)
モンテカルロ計算は、相互作用エネルギーを用いて原子拡散を模倣した原子位置交換を繰り返し行い有限温度の原子分布を計算する手法である(例えば非特許文献3を参照)。モンテカルロ計算によって、空間上における原子分布を可視化できるようになり、原子分布から平衡組成を求めることができるため、合金組成の予測に有用である。なお、自由エネルギーは容易には求まらないが、自由エネルギーが小さくなるように原子が分布した結果を可視化することができる。
【0029】
モンテカルロ計算部15は、ECIsに基づいて、有限温度で出現する原子配列を計算する。例えば、置換型サイト, 侵入型サイトからなるスーパーセルを作成し、置換型サイトあるいは侵入型サイトをランダムに選択し、選択した二つのサイトの原子位置を交換した場合のエネルギー差をECIsから計算して、エネルギー差に応じた確率に基づいて、原子位置を交換する機能を有する。
【0030】
(原子位置の緩和)
第一原理計算では、与えられた初期構造に基づいて、構造のエネルギーを計算している。
この第一原理計算に、局所原子位置を緩和させる計算が含まれるようにしてもよい。第一原理計算における局所原子位置の緩和計算を、後述する第1緩和計算(初期構造自体の局所原子位置の緩和)と区別して、第2緩和計算とする。この第2緩和計算では第一原理計算から求められる個々の原子に働く力に基づいて原子位置を移動させる。これを繰り返していくことで原子に働く力は小さくなる。理想的な緩和状態にある系は全ての原子に働く力が0となるが、解析的にこれを求めることは難しいため、力の総和を求めて、それが任意に設定した閾値以下(例えば、0.01 eV/オングストローム等)になった構造が十分緩和された構造として決定される。また、第一原理計算における一般的な原子位置緩和計算は体積を含む原子位置の緩和を行うことが可能であるが、本実施形態における第2緩和計算は構造の体積一定の条件で局所原子位置の緩和を計算することを指す。
【0031】
格子内(例えばBCC(body-centered cubic)中)に侵入型原子(例えば窒素、水素、酸素、炭素、ホウ素等)が固溶するような系では、侵入型サイトが狭いことに起因して、侵入型原子の固溶に伴い、侵入型原子周囲の原子位置が大きく変位する傾向が生じる。さらに侵入型原子の配置によっては、原子変位が複雑になることで、本来の(無歪みの)格子構造から大きく逸脱する規則構造が存在することになる。
【0032】
実際にはこのような規則構造が混在するにもかかわらず、本来の格子構造を前提としたエネルギーセットをクラスター展開法に用いた場合、実際の系との誤差が大きくなり第一原理計算から得られたエネルギーを適切に再現できなくなる。したがって、局所原子位置の変位を考慮した解析を行うためには、このような問題を克服することが課題となる。
【0033】
上記の第2緩和計算では、原子位置に対するエネルギー勾配を計算し、これにしたがって原子位置の微小変位を繰り返し行うことで、エネルギー極小をとる原子位置を決定する。しかしながら、このような第2緩和計算を行っても、なお第一原理計算の結果をクラスター展開によって適切に再現できない(クラスター展開の結果が実際の系と適合しない)場合がある。
【0034】
その要因として、例えば、Fe-N系の無歪みのBCC格子点上に原子を配置した構造を仮定した場合、N-Fe最近接原子対の原子間距離が極めて短く、1.4オングストローム程度となることから、その原子間に強い斥力が働くことが挙げられる。
第2緩和計算の初期の段階では、この斥力に応じて原子位置が大きく変位してしまう。そして、過剰に原子位置が動くことで(第2緩和計算によって原子位置が過度に変化してしまうことで)、第一原理計算の過程で本来の平衡位置から大きく逸脱した構造が現れることになってしまう。
【0035】
そこで、本実施形態では、第一原理計算に用いる初期構造の局所原子位置をあらかじめ調整して(意図的に緩和させて)、強い斥力が働くことを防ぐ第1緩和計算を行っている。具体的には、図2に示すように、Nの最近接にあたるFe原子の位置を、N-Feの距離が第二近接N-Fe対程度(1.9オングストローム)になるように再配置する処理を行っている。
【0036】
本実施形態において、初期構造緩和部16は、第一原理計算の対象とする結晶構造が、侵入型原子(例えばN)を含む場合には、初期構造において、侵入型原子の最近接にあたる格子点上の原子(例えばFe)の位置を、侵入型原子と当該格子点とを結ぶ直線上の位置であって、N-Feの距離が修正前の第2近接N-Fe対の距離と同じとなるような位置に修正する。
すなわち、第一原理計算に適用する格子系(なお、以下の説明では、説明を簡単にするためBCC を例にして説明するが、本手法は、格子系が限定される手法ではなく、例えば FCC(face-centered cubic)や HCP(hexagonal close-packed) や BCT (body center tetragonal) やFCT (face center tetragonal)などの侵入型元素の固溶に伴い格子に歪みが生じる系であればどのような格子系であっても、適用可能である。)として、BCCが選択された場合に、その格子系本来の初期構造を、侵入型原子と格子点との原子間距離に基づいて緩和させる(歪ませる)。
そして、第一原理計算部11は、緩和された初期構造に基づいて第一原理計算を実行する。
【0037】
なお、上記の再配置する処理は、本発明では、最近接原子が最も大きな影響を受けるため、Nの最近接にあたるFe原子の位置を、N-Feの距離が第二近接N-Fe対程度に移動して行っているが、これに限らず、物理的に合理的な緩和が可能であれば、それに基づいた再配置を行ってもよい。例えば、FCCの金属に侵入型元素が固溶する系は、侵入型元素の八面体固溶サイトは正八面体をとるため、侵入型元素の周りの6つの金属原子は等しく、6 つの侵入型元素-金属原子間距離は等しいことから、この第1緩和計算は省略可能することもできる。この場合、後述のE-V曲線からの構造選別が重要になる。
【0038】
一方、c/a が理想比 (約1.633) ではないHCP系やBCTやFCTの場合は、金属原子の八面体サイトは歪んだ構造をとるために、それらを正八面体に近づける形に第一緩和計算を実施する。場合によっては二つ以上の原子位置を移動させる場合もある。例えば、軸比が1よりも大きいFCTの場合は縦に伸びた八面体の形状をとるために、侵入型原子からみて上下に位置する金属原子が第二近接の関係にあり、残り四つの金属原子が第一近接の関係にある。これら四つの第一近接金属原子を第二近接原子程度の距離まで移動させる。
【0039】
計算装置1は、計算部10以外に、計算部10に含まれる1以上の機能部の計算結果を出力(例えば表示)する出力部を備えるようにしてもよい。出力部は、例えば、計算装置1が備える表示装置であってもよく、計算装置1と通信回線を介して接続される情報表示装置に、計算結果に基づく表示用データを供給する通信部(通信用のプロセッサを含む)であってもよい。
【0040】
また、計算装置1は、計算部10に含まれる1以上の機能部に、計算のための初期値をあたえる入力部を備えるようにしてもよい。入力部は、例えば、計算装置1を使用するユーザが操作する入力装置(例えば、表示装置と一体化されたタッチパネル、キーボード、ポインティングデバイス等)であってもよく、計算装置1と通信回線を介して接続される情報処理装置から、初期値に関するデータを受信する通信部(通信用のプロセッサを含む)であってもよい。
【0041】
[情報処理の手順]
図3は、本実施形態における情報処理の手順例を示すフローチャートである。
図3のフローチャートにおける処理は、例えば、計算装置1の処理部が、不図示の記憶部に格納されたプログラムのコードを不図示のRAM等に読み出して実行することにより実現される。
【0042】
図3のフローチャートにおける各記号Sは、ステップを意味する。
なお、以下説明するフローチャートは、本実施形態における情報処理の手順の一例を示すものに過ぎず、他のステップを追加したり、一部のステップを削除したりしてもよい。また、フローチャートにおけるステップの一部を入れ替えて実行してもよい。
【0043】
まず、計算部10は、初期構造(後述する初期構造緩和処理前の構造)を、どの格子系とするかを選択する(S110)。
例えば、計算部10は、入力部に入力された合金組成に基づいて、緩和対象の格子系をBCCとするか、FCC、HCP、BCT 、FCT等のいずれにするかを自動的に選択するようにしてもよい。また、計算装置1のユーザが、入力部に、特定の格子系を直接入力するようにしてもよい。なお、ここでは、例として、格子系にBCCを選択した場合について説明する。
【0044】
計算部10は、合金組成が侵入型原子を含むか否かを判定して、侵入型原子を含む場合には、初期構造緩和を実行する(S120)。侵入型原子を含まない場合には、初期構造緩和を実行することなく、第一原理計算に移行する。
【0045】
初期構造緩和では、前述したように、侵入型原子(例えばN)の最近接にあたる格子点上の原子(例えばFe)の位置を、第二近接の距離になるように修正する。
本実施形態では、侵入型原子(N)の配置を異ならせた規則構造を複数用意して、それぞれについて第1緩和計算を行う。すなわち、第一原理計算に際して、緩和された規則構造(修正後の初期構造)として、侵入型原子(N)の配置が異なるものを複数用意する。
【0046】
計算部10は、S120の初期構造の緩和を行いつつ、侵入型原子(N)の配置が異なる、複数の緩和された規則構造それぞれに関して、第一原理計算を実行する(S130)。
第一原理計算では、前述した第2緩和計算も実行される。第2緩和計算においては原子に働く力が最小となる原子位置に向けて原子の微小変位を繰り返す。この変異量は力に基づいて計算される。第1緩和計算を実施後の構造を用いることで、個々の原子に働く力は十分小さくなっており、第一近接にあるFe原子のみが大きく移動することは起こらず計算の収束が容易になる。原子間に働く力の総和が設定した閾値以下になった構造が、原子位置が十分緩和された構造として決定される。
【0047】
計算部10は、S120及びS130を同時に行った第一原理計算の結果に基づいて、E-V曲線を取得する(S140)。
具体的には、侵入型原子(N)の配置が異なる、規則構造それぞれについて、複数の体積を用意する。本実施形態では、原子間の相対的な位置は固定した条件で、結晶格子(例えばBCC)の対称性を保ったまま等方的に軸長を変えた構造を作成した。また最もエネルギーが小さくなる体積を基準として-5%から+10%の範囲で15点程度、体積が異なる複数の規則構造を用意した。
そして、体積が異なる複数の規則構造それぞれについて、第1緩和計算、第2緩和計算を行い体積と、第一原理計算の結果との関係として、E-V曲線を求めた(図4を参照)。
【0048】
計算部10は、侵入型原子(N)の配置が異なる、複数の緩和された規則構造それぞれについて、得られたE-V曲線が、式(2)に示すMurnaghan状態方程式の理論曲線に合致しているか否かを確認する(S150)。具体的には、E-V曲線と理論曲線との誤差が閾値以下であるか否かを判定する。
【0049】
【数6】
【0050】
本実施形態では、Murnaghan状態方程式のV0, B, B′,E0を回帰パラメータとして、その回帰結果におけるE0の標準偏差を求めて第1閾値と比較し、Bの標準偏差を求めて第2閾値と比較する。例えば、第1閾値は、0.05eVであり、第2閾値は、0.15eV/オングストロームとする。
ここで、E0の標準偏差が1閾値以下であり、且つ、Bの標準偏差が第2閾値以下である場合には、そのE-V曲線(第一原理計算の結果)をクラスター展開に使用するが(S160)、そうでない場合には、そのE-V曲線(第一原理計算の結果)をクラスター展開の対象から除外する(S150)。
【0051】
これにより、侵入型原子(N)の配置が異なる、複数の緩和された規則構造のうち、初期条件(本例では体積)を変えた場合に系統的に原子位置が緩和する傾向がない規則構造の第一原理計算結果はクラスター展開から除外され、そのような傾向がある規則構造の第一原理計算結果のみがクラスター展開の対象となる。
【0052】
図4には、組成比が等しく原子配列の異なる二種類のFe-N二元系の規則構造(Fe16N3)のエネルギー体積依存性をプロットした結果を示す。丸は第一原理計算によるエネルギー、実線で示した曲線はMurnaghan状態方程式でフィッテングした結果である。
【0053】
図4(1)に示した規則構造Aは、Murnaghan状態方程式による理論曲線に第一原理計算により得られたエネルギーがよく合致しており、各体積における規則構造が系統的な原子位置緩和の仕方をしていることが示唆される。このような規則構造についての第一原理計算結果を、クラスター展開の対象とした。
【0054】
一方、図4(2)に示した規則構造Bは、Murnaghan状態方程式による理論曲線から剥離したエネルギー点が多く存在しており、これらの規則構造について、局所原子位置が一貫性なく緩和されていることが示唆される。S150では、このような規則構造についての第一原理計算結果を、クラスター展開法の適用対象から除外した。
【0055】
計算部10は、クラスター展開の対象となった第一原理計算の結果に基づいて、クラスター展開法を適用する(S160)。
また、クラスター展開法の適用結果に基づいてECIs(相互作用エネルギー)を取得する(S170)。
【0056】
(緩和の効果)
緩和の効果を確認する目的で、クラスター展開に使用することが決定された規則構造の第一原理計算結果に基づいて、サイト分率とエネルギーの関係を取得した。また、その規則構造(採用された規則構造)について第1緩和計算及び第2緩和計算を行わなかった場合の非緩和規則構造(緩和されていない初期構造)の第一原理計算結果に基づいて、サイト分率とエネルギーの関係を取得して、両者を比較した。
【0057】
図5は、一例として、BCC Fe-N二元系の規則構造に関して、緩和前と緩和後のエネルギーをプロットした結果である。横軸はFe(N、Vac(空孔))3におけるN原子のサイト分率であり、N原子のサイト分率が0である場合は純Feに相当し、N原子のサイト分率が1である場合はFeN3の組成に相当する。
また、終端組成の純FeおよびFeN3を基準とした混合の生成エネルギーを縦軸にとっている。
【0058】
丸でプロットしたものが第1緩和計算(S120)、第2緩和計算及び侵入型原子の配置選別(S150)を何れも適用した計算結果であり、三角でプロットしたものが第1緩和計算(S120)、第2緩和計算及び侵入型原子の配置選別(S150)を何れも適用していない計算結果である。
プロット点のエネルギー差が、緩和によるエネルギーの利得とみなすことができる。
【0059】
図5に示されるように、組成中央部付近が、緩和によるエネルギーの利得が大きい傾向にあり、最もエネルギー差が大きいもので約0.2eVのエネルギーの安定化がみられる。
【0060】
これらの規則構造のエネルギーを用いてクラスター展開を行い、ECIsを評価した。
また、そのECIsから再現した規則構造のエネルギーと、第一原理計算から直接計算したエネルギーとの誤差を計算し、クラスター展開の精度を確認した。
【0061】
なお、従来の手法のように、規則構造の初期緩和(S120)および選別(S150)の何れも行われていない場合についてもそれ以外は同様の計算を行ったところ、この誤差が1構造あたり500meV/siteと非常に大きな値となっていた。一方、本実施形態の手法を用いて、規則構造の初期緩和(S120)および選別(S150)の両方を適用した場合は、この誤差が、1構造あたり40meV/site以下となり、クラスター展開の精度が大幅に向上した。
【0062】
クラスター展開法の適用結果に基づいてECIs(相互作用エネルギー)が求まったところで、相互作用エネルギーを用いて平衡組成を計算する。平衡組成の計算には、後述する、クラスター変分法及び計算状態図法又はモンテカルロ計算を用いる(S180)。クラスター変分法とモンテカルロ計算の違いは、クラスター変分法の方は無限に拡散が進行した後の最終組織における組成分布を求めたものであり、非常に長い時間の熱処理を施した合金組成(長時間の時効処理)に相当するものと考えられる。一方、モンテカルロ計算は原子の拡散が、安定な結合が生じるとそこにトラップされる影響が含まれており、熱処理の初期段階に現れる準安定状態の組成分布が得られる計算結果と考えられる。
どちらの手法を選択するかは、自由エネルギーを、実空間の原子分布、熱処理の初期過程、後期過程など、どの特徴を重視するかによって、適宜選択するものである。また二つの手法を併用することで熱処理初期から後期までの組成の遷移を予測することができる。
【0063】
(クラスター変分法及び計算状態図法での平衡組成の計算)
計算部10は、ECIsに基づいて、クラスター変分法を適用して自由エネルギーを計算することが可能である。そして、計算状態図法を適用して、自由エネルギーを組成と温度の関数として表す(S180)。
【0064】
本実施形態では、計算状態図法によって回帰した熱力学パラメータを用いて、Fe-Mn-Co-N合金に対して、有限温度の平衡計算を実行した。以下、組成は原子百分率として表す。Feを83%、Mnを2%、窒素を5%、Coを10%とする初期組成とし、T=1000K, P=1atmの条件で平衡を求めたところ、Feが77%、Coが21%、窒素が2%からなる局在領域と、Feが50%と、Mnが10%、窒素が40%からなる局在領域の二つの局在領域に分解する計算結果が得られた。
【0065】
この結果から、初期組成の合金を時効処理すると、Coが濃化した領域と、Mn-Nが濃化した領域をもつ二相組織が形成されることが予測される。
長時間の時効処理により、Mnは初期添加濃度の2%から最大1%, 窒素は初期添加濃度の5%から40% まで濃化する。これは、時効時間を調整することで、その間の領域の組成をターゲットとすることが可能であることを意味している。
【0066】
一方、前述のCPA法に基づく第一原理計算による磁気特性の計算結果から、Feが82%、Mnが7%、窒素が11%およびFeが70%、Coが30%で高い磁気モーメントを持つことが予想されており、Feを83%、Mnを2%、窒素を5%、Coを10%とする合金は、この組成に近い二相に分解した組織を得ることができる可能性がある。
【0067】
(モンテカルロ計算での平衡組成の計算)
計算部10は、ECIsに基づいて、有限温度で現れる原子配列を計算するモンテカルロ計算を実行することが可能である(S180)。
本実施形態では、primitive-BCCを各軸に12倍ずつ拡張したスーパーセルを作成した。シミュレーションセルの境界は、周期的境界条件を適応した。1723個の置換型原子サイト、5184個の侵入型原子サイトからなる計6912個の格子点上にあらかじめ設定した組成分率にしたがって、ランダムに原子あるいは空孔を配置したものを初期状態としたシミュレーションセルを作成した。さらに、設定した任意の温度Tに対して、以下の(1)-(3)の手順を繰り返すことで原子の熱平衡分布を計算した。
【0068】
(1)侵入型サイトのN原子と空孔対あるいは置換型サイトのFeと置換型溶質原子の原子対をランダムに選択する。
(2)選択した原子あるいは空孔の位置を交換した場合のエネルギー差(ΔE)をECIsから計算する。
(3)p=exp(-ΔE/(kB T))の確率に基づいて原子および空孔の位置を交換する。
【0069】
ここで、(3)の過程については、0-1までの乱数を生成し、乱数の値がpより小さい場合、原子位置の交換を採用し、pより大きい場合は棄却した。
また、モンテカルロ計算における原子位置交換は、原子の拡散を模したものであるが、現実の系においてN原子の拡散はFeおよび置換型溶質原子の拡散に比べて103-104のオーダー大きい。本研究で用いたシミュレーションセルは、各軸が Fe原子12個程度の大きさから構成されるため、置換型原子が隣接サイトに拡散する時間内において、侵入型サイトに配置するNはシミュレーションセル中の全領域に拡散することが可能である。
【0070】
そこで、本実施形態では、過程(1)におけるFeと置換型溶質原子対の選択は隣り合う原子のみから行い、N原子と空孔は距離にかかわらずシミュレーションセル中の全ての組み合わせの中から選択を行うことで、拡散性の違いの効果を近似的に取り入れた。モンテカルロ計算結果からは、原子間相互作用に依存して元素が不均一に分布する結果が得られる場合がある。結晶構造可視化プログラムVESTAを使用してそのような不均一の有無を確認し、不均一化が生じている場合は特徴的な領域を100 原子程度球状に切り取り原子数の分率を求めることで平衡組成濃度を求めた。
【0071】
図6に、Fe-Mn-Co-N合金組成に対してモンテカルロ計算を行った計算結果を示す。
組織全体の組成を Feを83%、Mnを2%、窒素を5%、Coを10%として、T=1000Kにおけるモンテカルロ計算を行なった。図ではFe原子を非表示としてMn, Co, N のみの分布を可視化している。Mnが集合した領域と、Co が集合した領域が確認され、さらにMnが集合した領域ではNが共に集まっている。このことから、この合金組成と温度ではFe-Mn-NとFe-Coの組成に二相分離する傾向を持つことが本計算から示されている。
【0072】
元素が偏った領域を切り出して局所的な元素濃度を計算すると、Fe-Mn-N の領域は、Feが78%、Mnが8a% 、窒素が14%となり、Fe-Coの領域はFeが75%、Coが24% 、窒素が1%となった。一方、CPA法に基づく第一原理計算による磁気特性の計算結果は、Feが82% 、Mnが7%、窒素が11%および Feが70%、 Coが30%で高い磁気モーメントを持つことが予想されており、この合金組成に近い二相分離組織となる。
このような結果は、新しい磁石材料の設計に活用することができる。
【0073】
[実施形態の作用・効果]
上記実施形態の計算装置1は、第一原理計算の対象とする所定の合金(例えばFe-N系合金)の結晶構造を、所定の格子中における侵入型原子(例えばN)の侵入位置に基づいて緩和する初期構造緩和部16(第1計算部の一例)と、緩和された結晶構造を初期構造として用いて第一原理計算を実行する第一原理計算部11(第2計算部の一例)と、第一原理計算の結果に基づいてクラスター展開を実行するクラスター展開法適用部12(第3計算部の一例)と、を備える。
このように、第一原理計算に用いる初期構造を、予め所定の格子系から歪ませておくことで、実際の結晶構造に則したクラスター展開の結果を期待できる。
【0074】
また、初期構造緩和部16は、選択した格子系中に侵入したNの原子位置の最近接にあたるFeの位置を、Nとの距離が再配置前の第二近接の距離となるように再配置する。
これにより、N-Feに強い斥力が働くような計算を回避して、第一原理計算の結果が本来の平衡位置に基づく結果から乖離しないようにしている。
【0075】
また、初期構造緩和部16および第一原理計算部11は、選択した格子系中へのNの侵入の仕方が異なる複数種類の結晶構造について、それぞれFeの再配置を行い、第1緩和計算された複数種類の結晶構造それぞれについて、結晶構造の体積を異ならせつつ第2緩和計算を含む第一原理計算を実行する。そして、第一原理計算の結果に基づくE-V曲線(プロット点)と、Murnaghan状態方程式E-V理論曲線とを比較して、誤差が閾値を超えていない場合に、第一原理計算の結果に基づくE-V曲線を、クラスター展開の対象として採用する。
これにより、第一原理計算の結果を、クラスター展開によって実際の系と適合するように再現することが期待できる。
【0076】
また、クラスター変分法適用部13は、ECIsに基づいて、クラスター変分法により自由エネルギーを採用し、計算状態図法適用部14(第4計算部の一例)は、自由エネルギーに計算状態図法を適用することにより、所定の温度、圧力での相平衡を計算する。
また、モンテカルロ計算部15(第5計算部の一例)は、ECIsに基づいて、モンテカルロ計算を実行し、有限温度で現れる原子配列を計算する。
これらECIsに基づいて得られる結果は、初期構造の緩和に基づいて得られるものであることから、精度が高いことが期待される。
【0077】
本実施形態において、一例としてBCC格子において、Feと、Mn, Co, 及びNの組成比率を異ならせた複数種類の合金の結晶構造を対象として、それぞれ、図3に示した処理を実行した。すなわち、各種類の結晶構造について、自由エネルギーに計算状態図法を適用して所定の温度、圧力での相平衡を計算し、ECIsに基づいてモンテカルロ計算を行った。また、CPA法を適用して、磁気モーメントを計算した。
【0078】
その結果、原子百分率で
Fe(1-<x>-<y>-<z>)-Mn<x>-Co<y>-N<z>で
1%≦x≦3%、
8%≦y≦12%、
4%≦z≦6%、の初期組成条件で、
時効処理により、Fe-Mn-Nと、Fe-Coの二相に分離する磁性合金が得られる計算結果(シミュレーション結果)を得た。
【0079】
計算結果では、平均電子数と磁気モーメントの関係が、スレーターポーリング曲線と同様の傾向を示しており、Nの添加が無い場合(<z>=0)と比較して、ピーク位置が低電子数側(Mn置換側)にシフトしていた。
この結果は、窒素が添加されたBCC型の合金系に関して、従来は磁気特性を向上させる用途としては注目されていなかったMnの微量添加によって、磁気特性を向上させる可能性があることを示唆している。
【0080】
[変形例]
上記の実施形態では、Feを主成分とする合金の結晶構造を対象として、図3の処理を実行しているが、このような形態に限らず、図3に示した処理は、例えば、Fe、Co、Mn、Ni、Cr、及びTiのうち2以上の元素を含む固溶体結晶であって、添加される元素が、N、Cの何れかであるものについて適用可能である。
【符号の説明】
【0081】
1 計算装置
10 計算部
11 第一原理計算部
12 クラスター展開法適用部
13 クラスター変分法適用部
14 計算状態図法適用部
15 モンテカルロ計算部
16 初期構造緩和部
図1
図2
図3
図4
図5
図6