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特開2024-82849被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024082849
(43)【公開日】2024-06-20
(54)【発明の名称】被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20240613BHJP
【FI】
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022197007
(22)【出願日】2022-12-09
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】592262543
【氏名又は名称】日本メナード化粧品株式会社
(72)【発明者】
【氏名】中間 満雄
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA05
4B063QA17
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QS16
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法の提供
【解決手段】
細菌を用いる復帰突然変異試験において陽性である被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法であって、哺乳類培養細胞に被験物質を一定時間曝露した後、in vitro小核試験及びin vitroコメットアッセイを実施し、共に陰性である場合にげっ歯類小核誘発が無いと判断することを特徴とする、被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細菌を用いる復帰突然変異試験において陽性である被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法であって、哺乳類培養細胞に被験物質を一定時間曝露した後、in vitro小核試験及びin vitroコメットアッセイを実施し、共に陰性である場合にげっ歯類小核誘発が無いと判断することを特徴とする、被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法。
【請求項2】
前記哺乳類培養細胞がTK6細胞である、請求項1記載の被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法。
【請求項3】
前記げっ歯類がマウス又はラットである、請求項1又は2記載の被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝毒性とは、外来性の化学物質や内因性の生理的要因等により、DNA、染色体、タンパク質が作用を受け、細胞のDNAや染色体の構造や量を変化させる性質である。これらの変化が体細胞に生じた場合はがん化の引き金となり、生殖細胞に生じた場合は次世代に影響を及ぼす可能性がある。これらの性質は、一般に遺伝毒性試験によって評価される。これまでに、さまざまな遺伝毒性試験が開発されており、現在、OECD(経済協力開発機構)において13種類の遺伝毒性試験がテストガイドライン化されている。これらの遺伝毒性試験は、細菌や哺乳類培養細胞を用いるin vitro遺伝毒性試験と、マウスやラット等の動物を用いるin vivo遺伝毒性試験に分類される。
【0003】
被験物質の遺伝毒性は、一つの遺伝毒性試験にて評価するのではなく、複数のin vitro及びin vivo遺伝毒性試験を組み合わせて総合的に評価する「バッテリー」の考え方が採用されている。バッテリー試験には2つのオプションがあり、一つは細菌を用いる復帰突然変異試験(Ames試験)、in vitro遺伝毒性試験(in vitro染色体異常試験又は小核試験又はマウスリンフォーマTK試験)、in vivo遺伝毒性試験(げっ歯類造血細胞を用いる小核試験)を実施するオプション、もう一つはAmes試験に加えて2種類の異なる組織におけるin vivo遺伝毒性試験(げっ歯類造血細胞を用いる小核試験及び肝臓のDNA鎖切断を検出する試験)を実施するオプションがある(非特許文献1)。
【0004】
Ames試験は、非常に高感度な試験であり、数多くの遺伝毒性物質を検出することが可能である。しかしながら、被験物質中のアミノ酸等により、本来は陰性であるにも関わらず陽性と評価される(偽陽性)場合がある。その場合、上記いずれかのオプションにて評価することになるが、いずれのオプションにおいてもin vivo遺伝毒性試験即ち動物実験の実施が求められる。
【0005】
近年、動物愛護の観点から、動物実験を行わずに化粧品や医薬部外品の安全性を評価する世の中の流れがある。EU域内においては、2013年より動物実験が実施された化粧品の発売が禁止され、他の国や地域もこの流れに追随している。しかしながら、先に述べた通り、Ames偽陽性の場合は、動物実験を実施する必要があることから、事実上、化粧品や医薬部外品には使用することができず、本来遺伝毒性に問題が無い物質であってもAmes偽陽性であるが故に化粧品や医薬部外品に使用することができないという課題があった。
【0006】
小核試験は、細胞における小核の有無や出現率を指標として、化学物質の染色体異常性を評価する試験である。げっ歯類造血細胞を用いるin vivo小核試験と、哺乳類培養細胞を用いたin vitro小核試験があり、いずれの試験もOECDテストガイドラインに収載されている。
【0007】
コメットアッセイは、電気泳動を利用して細胞核内のDNA鎖切断を検出する試験であり、動物組織だけでなく培養細胞を用いて評価することができる。これらのうち、動物組織を用いたin vivoコメットアッセイについてはOECDテストガイドラインに収載されている。
【0008】
Ames偽陽性の場合に動物実験を実施せずにin vitro遺伝毒性試験のみで遺伝毒性を評価する方法については、これまでにいくつか報告されている。例えば、チミジンキナーゼ遺伝子を用いた哺乳類細胞によるin vitro遺伝子突然変異試験を実施する方法(非特許文献2)、TK6細胞におけるリン酸化ヒストンH2AXの誘導を評価する方法(非特許文献3)、哺乳類細胞における突然変異性と染色体異常性を評価する方法(非特許文献4)等が挙げられる。しかしながら、いずれの方法も、動物実験を実施せずに遺伝毒性を評価する方法としては十分なものではない。また、先に述べたバッテリー試験のいずれのオプションにも含まれるげっ歯類造血細胞を用いるin vivo小核試験の結果を推測する試験法についても未だ開発されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】医薬品の遺伝毒性試験及び解釈に関するガイダンスについて、薬食審査発0920第2号、2012年
【非特許文献2】Yasui M et al、Genes Environ.、 43、7、2021
【非特許文献3】竹入等、日本環境変異原学会第48回大会プログラム・要旨集、2019年
【非特許文献4】D Kirkland et al、Mutat Res.、 775-776、69-80、2014
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
即ち、本発明は、細菌を用いる復帰突然変異試験において陽性である被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法であって、哺乳類培養細胞に被験物質を一定時間曝露した後、in vitro小核試験及びin vitroコメットアッセイを実施し、共に陰性である場合にげっ歯類小核誘発が無いと判断することを特徴とする、被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法を提供するものである。
【0012】
また、本発明は、前記哺乳類培養細胞がTK6細胞である被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法を提供するものである。
【0013】
また、本発明は、前記げっ歯類がマウス又はラットである被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、動物実験を実施することなく、被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明における哺乳類培養細胞とは、ヒト又は他の哺乳類由来の初代培養細胞、あるいはこれらから樹立された細胞株等を指す。その形態は特に限定されず、培養容器に付着しながら増殖する接着細胞でも、培養液中にて浮遊した状態で増殖する浮遊細胞であっても良い。具体的には、TK6(ヒトリンパ芽球由来)細胞、CHO(チャイニーズハムスター卵巣由来)細胞、V79(チャイニーズハムスター肺由来)細胞、CHL/IU(チャイニーズハムスター肺由来)細胞、L5178Y(マウス胸腺リンパ腫由来)細胞等が挙げられる。これらの中で、がん抑制遺伝子のp53遺伝子の機能が正常な細胞株であるTK6細胞が好ましく用いられる。
【0016】
本発明においては、被験物質を哺乳類培養細胞に一定時間曝露する。一定時間とは特に限定されないが、in vitro小核試験においては、細胞周期の分裂期に小核の形成が起こることから、少なくとも細胞周期以上の曝露時間が好ましく、例えば24~48時間程度被験物質を曝露する。一方、in vitroコメットアッセイにおいては、細胞周期に関わらずDNA鎖切断を検出することができるが、長時間の曝露によりDNAの自己修復が起こる場合があるため、比較的短時間の曝露が好ましく、例えば1~6時間程度被験物質を曝露する。
【0017】
被験物質によっては、生体内に取り込まれた後、代謝されることにより遺伝毒性を発現する場合がある。しかしながら、哺乳類培養細胞は代謝機能を欠いている場合があるため、必要に応じて代謝活性化酵素を添加した状態で被験物質を評価する。代謝活性化酵素としては、例えばラット肝臓ホモジネート(S9)を用いることができる。なお、代謝活性化酵素の添加によって細胞毒性を生じる場合があるため、必要に応じて添加時間を調整することができる。例えば、in vitro小核試験の場合は、代謝活性化酵素と被験物質を同時に曝露し、3~6時間後に細胞を回収し、新鮮な培地にて引き続き18~21時間培養する。
【0018】
in vitro小核試験における小核出現数のカウント方法は特に限定されないが、例えば、顕微鏡観察により目視にて小核出現数をカウントしたり、顕微鏡画像をコンピュータ等に取り込んで解析ソフトによって自動的に小核出現数をカウントしたり、フローサイトメーターを用いて小核出現数をカウントしたりすることができる。また、判定方法も特に限定されないが、例えば、陰性対照群の小核出現数と被験物質処理群の小核出現数を有意差検定し、有意な差が認められた場合を陽性、有意な差が認められなかった場合を陰性と判定することができる。
【0019】
in vitroコメットアッセイは、市販のキットを用いて実施しても良く、必要試薬を自ら調製して実施することもできる。市販のキットとしては、例えばCometAssay Kit(R&D Systems社)やOxiSelect Comet Assay Kit(セルバイオラボ社)等が挙げられる。また、解析方法も特に限定されないが、例えば、顕微鏡を用いて目視にてDNA損傷の程度をスコア化したり、顕微鏡画像をコンピュータ等に取り込んで解析ソフトによって自動的にDNA損傷の程度をスコア化したりする方法が挙げられる。さらに、判定方法も特に限定されないが、例えば陰性対照群のスコアと被験物質処理群のスコアを有意差検定し、有意な差が認められた場合を陽性、有意な差が認められなかった場合を陰性と判定することができる。
【0020】
本発明におけるげっ歯類とは、特に限定されないが、例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター等が挙げられる。これらの中で、これまでの試験実績が豊富なマウス又はラットが好ましく用いられる。
【0021】
本発明における小核誘発とは、げっ歯類を用いたin vivo小核試験における小核誘発のことを指す。被験物質の投与方法は特に限定されないが、経口又は腹腔内へ投与する。観察対象としては特に限定されないが、通常は骨髄又は末梢血の幼若赤血球を観察対象とする。
【実施例0022】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲がこれらに限定されるものではない。
【0023】
実施例 in vitro小核試験及びin vitroコメットアッセイによるげっ歯類小核誘発性の評価
<被験物質>
Ames試験において陽性且つin vivo小核試験において陰性と報告されている12種類の被験物質(亜硝酸ナトリウム、エリソルビン酸、L-システイン塩酸塩、シンナムアルデヒド、乳酸鉄、ピペロナール、没食子酸プロピル、コウジ酸、メチオニン、リボフラビン、カテキン、モリン)及びAmes試験において陽性且つin vivo小核試験において陽性と報告されている13種類の被験物質(臭素酸カリウム、亜塩素酸ナトリウム、4-クロロアニリン、塩化カドミウム、シクロホスファミド、マイトマイシンC、ペンツピレン、メタンスルホン酸エチル、マルトール、p-フェネチジン、リン酸トリメチル、カルバミン酸エチル、1,3-ブタジエンモノエポキシド)を選択し、下記の方法にてin vitro小核試験及びin vitroコメットアッセイを実施した。
【0024】
<in vitro小核試験:試験方法>
TK6細胞に被験物質を以下の条件で曝露した。
・短時間処理S9(+):
S9 Mix(S-9/コファクターCセット、オリエンタル酵母工業株式会社)と被験物質を3時間曝露した後、細胞を回収し、新鮮な培地にてさらに21時間培養した。
・短時間処理S9(-):
被験物質を3時間曝露した後、細胞を回収し、新鮮な培地にてさらに21時間培養した。
・長時間処理:
被験物質を24時間曝露した。
TK6細胞を回収し、0.075Mの塩化カリウム溶液にて低張処理を行った後、固定液(メタノール/酢酸)にて細胞を固定し、スライドグラスに滴下した。スライドグラスをギムザ溶液にて染色し、封入剤を滴下した後、カバーグラスを被せて標本を作製した。
【0025】
<in vitro小核試験:判定方法>
顕微鏡にて細胞2000個当たりの小核の数をカウントした後、陰性対照群との有意差検定を行い、有意な増加が認められた場合を陽性、有意な増加が認められなかった場合を陰性と判定した。
【0026】
<in vitroコメットアッセイ:試験方法>
TK6細胞に被験物質を以下の条件で曝露した。
・S9(+):S9と被験物質を2時間曝露した。
・S9(-):被験物質を2時間曝露した。
TK6細胞を回収し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)に細胞を懸濁した後、0.5%低融点アガロースと混合し、スライドグラスに滴下し、氷上にて放置して標本を作製した。冷却した溶解バッファー(100mM EDTA、2.5M 塩化ナトリウム、10mM Tris-base、1% Triton X-100、10% DMSO、pH10.0)にて標本を1時間以上放置した後、冷却した電気泳動バッファー(300mM 水酸化ナトリウム、1mM EDTA)にて標本を20分間放置した後、20分間電気泳動を行った。中和溶液(0.4M Tris-base、pH7.5)にて標本を中和した後、エタノールにて脱水処理を行った。ヨウ化プロピジウムにて標本を染色した後、蛍光顕微鏡にて細胞を観察した。
【0027】
<in vitroコメットアッセイ:判定方法>
下記の基準にてDNA損傷の程度を評価した。
・Type1:尾の無い無損傷の核 1点
・Type2:小さなDNA断片を伴う核 2点
・Type3:薄い尾を持つ核 3点
・Type4:明らかな尾を持つ核 4点
・Type5:無核 5点
加重平均によりスコアを算出し、陰性対照群との有意差検定を行い、有意な増加が認められた場合を陽性、有意な増加が認められなかった場合を陰性と判定した。
【0028】
<総合評価>
in vitro小核試験及びin vitroコメットアッセイの少なくとも一方において陽性であった場合を陽性、共に陰性であった場合を陰性と評価した。
【0029】
【表1】
【0030】
【表2】
【0031】
表1より、Ames試験において陽性且つin vivo小核試験において陰性と報告されている12種類の被験物質のうち、L-システイン塩酸塩及びリボフラビンを除く10種類の被験物質においては、in vitro小核試験及びin vitroコメットアッセイにおいて共に陰性であったことから、総合評価は陰性となった。一方、L-システイン塩酸塩及びリボフラビンにおいては、少なくとも一方において陽性となったことから、総合評価は陽性となった。なお、陰性であるものを正しく陰性と評価する割合である特異度は83%(=10/12)、陰性であるものを誤って陽性と評価する割合である偽陽性率は17%(=2/12)となった。
【0032】
表2より、Ames試験において陽性且つin vivo小核試験において陽性と報告されている13種類の被験物質全てにおいて、in vitro小核試験及びin vitroコメットアッセイの少なくとも一方において陽性であったことから、総合評価は陽性となった。なお、陽性であるものを正しく陽性と評価する割合である感度は100%(=13/13)、陽性であるものを誤って陰性と評価する割合である偽陰性率は0%(=0/13)となった。
【0033】
また、表1及び表2により、陰性又は陽性であるものを正しく評価する割合である正確度は92%(=23/25)となった。以上から、本発明は、感度、特異度及び正確度が高く、被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測する優れた方法であると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば、動物実験を実施すること無く被験物質のげっ歯類小核誘発の有無を予測することができ、化粧品だけでなく、健康食品や医薬品分野への応用が期待できる。