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  • 特開-ニッケル基合金 図1
  • 特開-ニッケル基合金 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024008291
(43)【公開日】2024-01-19
(54)【発明の名称】ニッケル基合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 19/05 20060101AFI20240112BHJP
   G21D 1/00 20060101ALI20240112BHJP
   B23K 35/30 20060101ALN20240112BHJP
【FI】
C22C19/05 B
G21D1/00 X
B23K35/30 320Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022110041
(22)【出願日】2022-07-07
(71)【出願人】
【識別番号】507250427
【氏名又は名称】日立GEニュークリア・エナジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】王 ユウ
(72)【発明者】
【氏名】小畠 亨司
(72)【発明者】
【氏名】石岡 真一
(57)【要約】
【課題】高温環境において熱時効による硬化および脆化を起こし難く耐時効性に優れたニッケル基合金を提供する。
【解決手段】ニッケル基合金は、必須成分としてCrを含有し、任意成分としてFe、Nb、MnおよびMoのうちの一種以上を任意に含有し、残部がNiおよび不可避的不純物からなるニッケル基合金であって、[%Ni]、[%Cr]、[%Fe]、[%Nb]、[%Mn]および[%Mo]を各元素の原子濃度としたとき、NiとCrとの原子濃度比[%Ni]/[%Cr]が1.8以上2.2以下であり、[%Fe]+0.49[%Nb]+0.63[%Mn]+0.05[%Mo]≧14を満足する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
必須成分としてCrを含有し、任意成分としてFe、Nb、MnおよびMoのうちの一種以上を任意に含有し、残部がNiおよび不可避的不純物からなるニッケル基合金であって、
[%Ni]、[%Cr]、[%Fe]、[%Nb]、[%Mn]および[%Mo]を各元素の原子濃度としたとき、
NiとCrとの原子濃度比[%Ni]/[%Cr]が1.8以上2.2以下であり、
[%Fe]+0.49[%Nb]+0.63[%Mn]+0.05[%Mo]≧14を満足するニッケル基合金。
【請求項2】
請求項1に記載のニッケル基合金であって、
Cr:23質量%以上28質量%以下を含有するニッケル基合金。
【請求項3】
請求項2に記載のニッケル基合金であって、
Fe:8質量%以上を含有するニッケル基合金。
【請求項4】
請求項3に記載のニッケル基合金であって、
Nb:1質量%以上9質量%以下、Mn:0.01質量%以上5質量%以下、または、Mo:0.01質量%以上3質量%以下を含有するニッケル基合金。
【請求項5】
請求項4に記載のニッケル基合金であって、
C:0.05質量%以下、Si:0.5質量%以下、P:0.03質量%以下、且つ、S:0.02質量%以下であるニッケル基合金。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載のニッケル基合金であって、
250℃以上350℃以下の高温環境で使用されるニッケル基合金。
【請求項7】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載のニッケル基合金であって、
原子力プラントの炉内構造物または炉内機器の材料として使用されるニッケル基合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱時効に対する耐時効性に優れたニッケル基合金に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケル基合金は、機械的性質や耐食性に優れた材料であり、一般産業用から原子力機器用の用途まで、構造材の材料等として、幅広く使用されている。原子力プラントの炉内構造物や炉内機器の材料としては、耐食性に優れたステンレス鋼や、Ni-Cr系のニッケル基合金が用いられている。
【0003】
沸騰水型原子炉(Boiling Water Reactor:BWR)では、高温・高圧の原子炉水が接液する部位において、材料に応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking:SCC)が発生することが知られている。材料中に含まれるクロムは、高温・高圧の環境において、炭素と反応してCr炭化物を生成する。Cr炭化物の生成によってクロム欠乏層が形成されると、応力が加わった場合に、SCCが発生し易くなることが知られている。
【0004】
特許文献1には、耐SCC性に良好で、且つ、溶接性に優れたニッケル基合金溶接材料が記載されている。この材料は、質量%で、Cr:30.0%を超え36.0%以下、C:0.050%以下、Fe:1.00%以上3.00%以下、Si:0.50%以下、Nb+Ta:3.00%以下、Ti:0.70%以下、Mn:0.10%以上3.50%以下、Cu:0.5%以下を含有し、残部がNiおよび不可避的不純物からなる。
【0005】
特許文献2には、製造時にシャルピー衝撃試験における20℃の衝撃値の低下が起こらず、良好な靱性を備えた高Cr高Ni合金管の製造方法が記載されている。この材料は、質量%で、C:0.05~0.09%、Si:0.05~0.4%、Mn:0.05~1.3%、P:0.015%以下、S:0.005%以下、Ni:44~52%、Cr:22~32%、Ti:0.05~1.0%、sol.Al:0.005~0.2%、B:0.001~0.008%およびW:4~10%、並びにNb:0.005~0.25%およびZr:0.001~0.05%のうちの1種または2種を含有し、残部がFeおよび不純物からなる。
【0006】
特許文献3には、温度が100~500℃で、エロージョンならびに、塩酸腐食または硫酸腐食が発生する過酷な環境において、耐食性を確保でき、表面硬度が高いためにエロージョンの発生も防止できるNi基合金材が記載されている。この材料は、質量%で、C:0.03%以下、Si:0.01~0.5%、Mn:0.01~1.0%、P:0.03%以下、S:0.01%以下、Cr:20%以上30%未満、Ni:40%を超えて50%以下、Cu:2.0%を超えて5.0%以下、Mo:4.0~10%、Al:0.005~0.5%、W:0.1~10%およびN:0.10%を超えて0.35%以下を含有し、且つ、0.5Cu+Mo≧6.5・・・(1)の式を満足し、残部がFeおよび不純物からなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-196043号公報
【特許文献2】特開2011-214141号公報
【特許文献3】特開2011-063863号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ニッケル基合金としては、耐食性や耐SCC性を向上させるために、Crの含有量を高くした高Cr材も開発されている。しかし、ニッケル基合金は、NiとCrとの原子濃度比が2に近い場合であって、長時間にわたって高温環境に晒されたとき、金属間化合物による規則相NiCrを生成することが知られている。
【0009】
ニッケル基合金に外部負荷や内部残留応力があると、ニッケル基合金の母相には、通常、一様な転位が発生する。しかし、規則相NiCrが生成していると、このような単一の転位が規則相NiCrとの粒界まで伝播したとき、すべりが障害されるため、粒界にパイルアップする。その結果、新たな面ですべりが起こり、いわゆる不均一(不連続)な転位形態となる。
【0010】
そのため、ニッケル基合金に規則相NiCrが生成すると、マクロ的には、硬化と脆化によって破壊靭性が低下することになり、SCC感受性が高くなることが懸念される。原子力プラントの炉内環境のように、数十年にわたって250~350℃の高温環境に晒される場合、規則相NiCrの生成による熱時効脆化が問題となる。
【0011】
特許文献1~3では、ニッケル基合金の耐SCC性、靭性、耐食性等について、検討がなされている。しかし、長時間にわたって高温環境に晒されたときに問題となる熱時効による硬化や脆化については、特に対策がなされていない。
【0012】
そこで、本発明は、高温環境において熱時効による硬化および脆化を起こし難く耐時効性に優れたニッケル基合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するために本発明に係るニッケル基合金は、必須成分としてCrを含有し、任意成分としてFe、Nb、MnおよびMoのうちの一種以上を任意に含有し、残部がNiおよび不可避的不純物からなるニッケル基合金であって、[%Ni]、[%Cr]、[%Fe]、[%Nb]、[%Mn]および[%Mo]を各元素の原子濃度としたとき、NiとCrとの原子濃度比[%Ni]/[%Cr]が1.8以上2.2以下であり、[%Fe]+0.49[%Nb]+0.63[%Mn]+0.05[%Mo]≧14を満足する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、高温環境において熱時効による硬化および脆化を起こし難く耐時効性に優れたニッケル基合金を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】ニッケル基合金のNiとCrとの原子濃度比rと等価鉄当量EqFeとの関係を示すバブル図である。
図2】沸騰水型原子炉(BWR)の圧力容器の内部構造を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態に係るニッケル基合金(Ni基合金)や、ニッケル基合金が用いられる原子炉の炉内構造物について、図を参照しながら説明する。
【0017】
本実施形態に係るニッケル基合金(Ni基合金)は、Niを主成分とする合金であり、必須添加成分としてCrを含有し、任意添加成分としてFe、Nb、MnおよびMoのうちの一種以上を任意に含有し、残部がNiおよび不可避的不純物からなる。このNi基合金は、高温環境において熱時効による硬化および脆化を抑制するために、必須添加成分や任意添加成分の含有量の範囲が調整される。
【0018】
Crが添加されたNi基合金は、NiとCrとの原子濃度比が2に近い場合であって、長時間にわたって高温環境に晒されたときに、金属間化合物による規則相NiCrを生成する虞がある。規則相NiCrが生成されると、転位が粒界にパイルアップして不均一(不連続)な形態となる。その結果、意図しない熱時効による時効硬化が起こり、熱時効脆化が進行してしまう。
【0019】
これに対し、必須添加成分や任意添加成分の含有量の範囲を適切に制限すると、熱時効による硬化および脆化を抑制することができる。NiとCrとの原子濃度比が2に近い場合であっても、熱時効による硬化および脆化を起こし難く耐時効性に優れたNi基合金を提供することが可能になる。
【0020】
一般に、置換型固溶体の規則相は、溶媒原子の配列中に溶質原子が規則的に配列することによって形成される。母相から規則相への相変態は、ギブズ自由エネルギを最小化するために、溶質原子が拡散することによって起こる。そのため、規則相の生成エンタルピは、溶質原子の拡散によって置換される以前に存在していた結晶構造中の溶媒原子の種類によって異なる。
【0021】
非特許文献1(George A. Young, et al., Physical Metallurgy, Weldability, and In-Service Performance of Nickel-Chromium Filler Metals Used in Nuclear Power Systems, Proceedings of the 15th International Conference on Environmental Degradation of Materials in Nuclear Power Systems - Water Reactors (2011), The Minerals, Metals, and Materials Society, pp.2431-2441)には、Ni-Cr合金の生成エンタルピが記載されている。
【0022】
非特許文献1によると、Ni基合金の生成エンタルピの絶対値は、Ni-Crと比較して、Ni-Cr-Moでは+3kJ/mol、Ni-Cr-Nbでは+29kJ/mol、Ni-Cr-Mnでは+37kJ/mol、Ni-Cr-Feでは+59kJ/molだけ大きい。
【0023】
しかし、実際の材料には、種々の溶質原子が含まれている。溶質原子の種類や含有量が異なる場合、規則相NiCrの生成し易さは、依然として不明である。規則相NiCrは、生成エンタルピの絶対値が大きいほど、生成し難くなる。よって、Ni基合金において、規則相NiCrの生成を抑制するためには、生成エンタルピの絶対値が増大するような溶質原子を適切な含有量の範囲に調整することが有効であると考えられる。
【0024】
そこで、本実施形態に係るNi基合金では、規則相NiCrの生成エンタルピの絶対値が最大であるFeを基準として、添加成分の含有量の範囲を制限するための等価鉄当量EqFeを設定する。等価鉄当量EqFeは、Feによる規則相NiCrの生成エンタルピの増分に対する各添加成分による規則相NiCrの生成エンタルピの増分の割合として定義される。
【0025】
<等価鉄当量EqFe
本実施形態に係るNi基合金は、[%Fe]、[%Nb]、[%Mn]および[%Mo]を各元素の原子濃度(at%)としたとき、等価鉄当量EqFe[at%]が、次の式(1)を満足する化学組成とする。
EqFe[at%]
=[%Fe]+0.49[%Nb]+0.63[%Mn]+0.05[%Mo]≧14
・・・(1)
【0026】
式(1)を満たすと、NiとCrとの原子濃度比がNiCrの化学量論比に近い場合であっても、Ni基合金が長時間にわたって高温環境に晒されたとき、規則相NiCrが生成し難くなる。高温環境において熱時効による硬化や脆化が抑制される。
【0027】
<NiとCrとの原子濃度比r>
本実施形態に係るNi基合金は、[%Ni]および[%Cr]を各元素の原子濃度(at%)としたとき、NiとCrとの原子濃度比r=[%Ni]/[%Cr]が、1.8以上2.2以下であるものとする。
【0028】
NiとCrとの原子濃度比rが2付近であると、NiCrの化学量論比に近いため、Ni基合金が長時間にわたって高温環境に晒されたとき、規則相NiCrが生成し易くなる。しかし、等価鉄当量EqFeを指標として添加成分の含有量の範囲を制限すると、規則相NiCrの生成を抑制することができる。そのため、このような原子濃度比rであると、等価鉄当量EqFeの設定による効果を有効に得ることができる。
【0029】
NiとCrとの原子濃度比rは、好ましくは1.85以上、より好ましくは1.9以上、更に好ましくは1.95以上である。また、NiとCrとの原子濃度比rは、好ましくは2.15以下、より好ましくは2.1以下、更に好ましくは2.05以下である。このような原子濃度比rであると、より規則相NiCrが生成し易いため、等価鉄当量EqFeの設定による効果をより有効に得ることができる。
【0030】
<熱時効試験・耐時効性評価>
ここで、Ni基合金について、熱時効試験を実施して、熱時効に対する耐時効性を評価した結果を示す。
【0031】
Ni基合金としては、表1に示す化学組成を有する供試材No.1~7を用いた。各供試材No.1~7を製作して熱時効試験に供した後、熱時効に対する耐時効性の有無をビッカース硬さに基づいて評価した。熱時効試験は、試験温度を380℃、試験時間を8264hとして行った。
【0032】
ビッカース硬さとしては、各供試材No.1~7について、熱時効前のビッカース硬さHと、熱時効後のビッカース硬さHを測定した。そして、これらの差分ΔH=H-Hと、Hの標準偏差σを求めた。ビッカース硬さは、荷重を1kgf、保持時間を15秒として測定した。測定点数は、供試材毎に10点として、ビッカース硬さの測定値の平均値を計算した。
【0033】
熱時効に対する耐時効性は、Hの標準偏差σに対する差分ΔHの割合(ΔH/σ)が1を超えるか否かによって簡易的に判定した。ΔH/σが1を超えたとき、熱時効による時効硬化が有意に発生していると判定した。ΔH/σが1以下であるとき、熱時効による時効硬化が有意に発生していないと判定した。
【0034】
表1に、供試材No.1~7の化学組成(質量%)を示す。表2に、供試材No.1~7の化学組成(at%)、ビッカース硬さの測定結果、および、熱時効に対する耐時効性の有無の評価結果を示す。
【0035】
【表1】
【0036】
【表2】
【0037】
図1は、ニッケル基合金のNiとCrとの原子濃度比rと等価鉄当量EqFeとの関係を示すバブル図である。図1において、横軸は、NiとCrとの原子濃度比r=[%Ni]/[%Cr]、縦軸は、等価鉄当量EqFe[at%]を示す。●のバブルは、各供試材No.1~7の結果である。●のバブルの面積は、ΔH/σの大きさ、〇のバブルの面積は、ΔH/σ=1を表す。
【0038】
図1に示すように、原子濃度比rが2.2よりも大きいとき、ΔH/σ≦1であり、熱時効による時効硬化が有意に発生していないと判定された。一方、原子濃度比rが2.2以下であるとき、ΔH/σ>1となるケースがあり、熱時効による時効硬化が発生する可能性があると判定された。原子濃度比rが2.2以下の範囲では、等価鉄当量EqFeが小さいほど、ΔH/σが大きくなり、熱時効が進行する傾向が認められた。
【0039】
各供試材No.1~7の結果のうち、ΔH/σ≦1を満たし、且つ、等価鉄当量EqFeが大きい結果を用いて、等価鉄当量EqFeの限界値を求めた。等価鉄当量EqFeの限界値は、1.8≦R≦3.0の範囲において、線形近似によって求めた。等価鉄当量EqFeの限界値を示す近似線としては、次の式(2)が得られた。
EqFe=-14R+45・・・(2)
【0040】
式(2)によると、熱時効による硬化や脆化を抑制するためには、1.8≦R≦2.2の範囲において、等価鉄当量EqFeが14at%以上であることが必要である。式(1)を満足する化学組成であると、NiとCrとの原子濃度比rがNiCrの化学量論比に近い場合であっても、規則相NiCrが生成し難くなり、高温環境において熱時効による硬化や脆化が抑制されるといえる。
【0041】
熱時効による硬さの変化率は、KJMA(Kolomogorov-Johnson-Mehl-Avrami)の式を用いることによって、熱時効の温度や時間の条件毎に、相互に換算することが可能である。KJMAの式は、相変態終了体積の時間依存性を示す式として、一般に知られている。
【0042】
非特許文献2(George A. Young and Daniel R. Eno, Long Range Ordering in Model Ni-Cr-X Alloys, Fontevraud 8-Contribution of Materials Investigations and Operating Experience to LWRs’ Safety, Performance and Reliability, France, Avignon (2014), September 14)には、KJMAの式に基づく次の式(3)が記載されている。
【0043】
f=(H-H)/(Hmax-H)=1-exp(-(kt))・・・(3)
[但し、式(3)中、fは、変化率関数、Hは、熱時効前のビッカース硬さ、Hは、熱時効後の瞬間のビッカース硬さ、Hmaxは、熱時効後の最大のビッカース硬さ、tは、時効時間、kは、速度係数、nは、avrami指数を表す。]
【0044】
式(3)の速度係数kは、アレニウス(Arrhenius)の式と仮定可能であり、次の式(4)で表すことができる。
k=k×exp(-Q/RT)・・・(4)
[但し、式(4)中、kは、頻度因子、Qは、活性化エネルギ、Rは、気体定数、Tは、絶対温度を表す。]
【0045】
規則相NiCrを生成する相変態の場合、avrami指数nとして、n=0.65、頻度因子kとして、k=3.5×10[h-1]を用いることができる。気体定数Rは、R=8.314J/(mol・K)である。活性化エネルギQとしては、規則相NiCrの見かけ上の活性化エネルギとして、Q=147kJ/molを用いることができる。
【0046】
式(3)および(4)を用いると、前記のとおり、熱時効試験の試験温度Tが、T=653K(380℃)であり、試験時間tがt=8264hである場合、変化率関数fは、T=561K(288℃)、t=700800h(80年)の場合と等価であることがわかる。288℃の環境は、BWR等において高温・高圧の原子炉水が接液する箇所のような過酷環境に相当する。
【0047】
したがって、式(1)を満たすと、高温・高圧の過酷環境において、約80年のような長時間にわたって、熱時効による硬化や脆化を抑制することができるといえる。NiとCrとの原子濃度比rが規則相NiCrの化学量論比に近い場合であっても、熱時効に対する耐時効性に優れたNi基合金を提供することが可能になるといえる。
【0048】
<化学組成>
ここで、本実施形態に係るNi基合金の化学組成について、より具体的に説明する。Ni基合金には、任意添加成分として、Fe、Nb、MnおよびMoのうちの一種以上の他に、C、Si、W、Co、Ti、Al、Cu、V、B、Zr等が含まれてもよい。なお、以下の説明において、非限定的な単位である「%」の記載は、「質量%(mass%)」を意味するものとする。
【0049】
(Cr:23~28%)
Crは、耐食性、耐SCC性、高温強度の向上に有効である。Cr量は、耐食性の向上の観点からは、16%以上にする必要がある。但し、規則相NiCrが生成するのは、概ね23%以上の場合である。一方、Cr量が多すぎると、靭性、加工性、溶接性が低下し、高温割れ感受性が増大する。また、耐食性の向上の効果は、28%を超えると小さくなる。よって、Cr量は、23%以上28%以下が好ましい。Cr量は、高温強度の向上の観点からは、26%以上28%以下がより好ましい。
【0050】
(Fe:8%以上)
Feは、規則相NiCrの生成エンタルピを増大させるのに有効である。また、Feは、機械的特性の向上に寄与し、Niと比較して低コストである。一方、Fe量が多すぎると、耐食性が低下する。Fe量は、式(1)や他の元素の含有量との関係からは、8%以上30%以下が好ましい。
【0051】
(Nb:1~9%)
Nbは、規則相NiCrの生成エンタルピを増大させるのに有効である。また、Nbは、優先的にCと結合してCr炭化物の析出を抑制するため、耐食性、耐SCC性の向上に寄与する。また、高温強度や靭性の向上に寄与する。Nb量は、Cr炭化物の生成を抑制するために、少なくとも1%以上が必要である。Nb量は、耐食性や耐SCC性の向上の観点や、他の元素の含有量との関係からは、1%以上9%以下が好ましい。Nb量は、2%以上が好ましく、3%以上がより好ましい。
【0052】
(Mn:5%以下)
Mnは、規則相NiCrの生成エンタルピを増大させるのに有効である。また、Mnは、脱酸剤として添加される。一方、Mn量が多すぎると、介在物が生成して粒界腐食感受性が増大する。Mnは、Feと比較して生成エンタルピを増大させる効果が小さいため、積極的に添加してもよいし、積極的に添加しなくてもよい。Mn量は、他の元素の含有量との関係等からは、5%以下が好ましく、3%以下がより好ましく、1%以下が更に好ましい。Mn量は、積極的に添加する場合、0.01%以上が好ましく、0.1%以上がより好ましい。
【0053】
(Mo:3%以下)
Moは、規則相NiCrの生成エンタルピを増大させるのに有効である。また、Moは、耐食性や高温強度の向上に寄与する。一方、Mo量が多すぎると、加工性や溶接性が低下する。Moは、Fe等と比較して生成エンタルピを増大させる効果が小さいため、積極的に添加してもよいし、積極的に添加しなくてもよい。Mo量は、他の元素の含有量との関係等からは、3%以下が好ましく、2%以下がより好ましく、1%以下が更に好ましい。Mo量は、積極的に添加する場合、0.01%以上が好ましく、0.1%以上がより好ましい。
【0054】
(C:0.05%以下)
Cは、高温強度、粒界強度等の機械的特性の向上に寄与する。一方、C量が多すぎると、炭化物を生成して、耐食性や耐SCC性が低下する。Cは、積極的に添加してもよいし、積極的に添加しなくてもよい。C量は、耐食性や耐SCC性を確保する観点等からは、0.05%以下が好ましく、0.04%以下がより好ましく、0.03%以下が更に好ましい。C量は、積極的に添加する場合、0.01%以上が好ましい。
【0055】
(Si:0.5%以下)
Siは、脱酸剤として添加され、耐酸化性や湯流れ性の向上に寄与する。一方、Si量が多すぎると、延性や耐食性が低下する。Siは、積極的に添加してもよいし、積極的に添加しなくてもよい。Si量は、延性や耐食性を確保する観点からは、0.5%以下が好ましく、0.4%以下がより好ましく、0.3%以下が更に好ましい。Si量は、積極的に添加する場合、0.01%以上が好ましく、0.05%以上がより好ましい。
【0056】
(W:5%以下)
Wは、高温強度等の機械的特性の向上に寄与する。一方、W量が多すぎると、加工性や溶接性が低下する。Wは、積極的に添加してもよいし、積極的に添加しなくてもよい。W量は、積極的に添加する場合、0.01%以上が好ましく、0.1%以上がより好ましい。W量は、加工性や溶接性の観点等からは、5%以下が好ましく、3%以下がより好ましく、1%以下が更に好ましい。
【0057】
(Co:3%以下)
Coは、高温強度等の機械的特性や耐食性の確保に寄与する。一方、Co量が多すぎると、加工性やコスト性が低下し、放射化汚染も問題となる。Coは、積極的に添加してもよいし、積極的に添加しなくてもよい。Co量は、積極的に添加する場合、0.01%以上が好ましく、0.1%以上がより好ましい。Co量は、加工性やコスト性や放射化汚染の防止の観点等からは、3%以下が好ましく、2%以下がより好ましく、1%以下が更に好ましい。
【0058】
(Ti:1%以下)
Tiは、優先的にCと結合してCr炭化物の析出を抑制するため、耐食性、耐SCC性の向上に寄与する。また、高温強度やクリープ強さの向上に寄与する。Tiは、積極的に添加してもよいし、積極的に添加しなくてもよい。Ti量は、積極的に添加する場合、0.01%以上が好ましく、0.1%以上がより好ましい。Ti量は、加工性の観点等からは、1%以下が好ましく、0.5%以下がより好ましい。
【0059】
(Al:0.5%以下)
Alは、脱酸剤として添加され、高温強度やクリープ強さの向上に寄与する。一方、Al量が多すぎると、加工性や溶接性が低下する。Alは、積極的に添加してもよいし、積極的に添加しなくてもよい。sol.Al量は、積極的に添加する場合、0.01%以上が好ましく、0.1%以上がより好ましい。sol.Al量は、加工性や溶接性の観点等からは、0.5%以下が好ましく、0.4%以下がより好ましく、0.3%以下が更に好ましい。
【0060】
(Cu:5%以下)
Cuは、耐食性や強度の向上に寄与する。一方、Cu量が多すぎると、加工性や溶接性が低下する。Cuは、積極的に添加してもよいし、積極的に添加しなくてもよい。Cu量は、耐食性や強度を確保する観点等からは、0.01%以上が好ましく、0.1%以上がより好ましい。Cu量は、加工性や溶接性の観点等からは、5%以下が好ましく、3%以下がより好ましく、1%以下が更に好ましい。
【0061】
(V:1%以下)
Vは、強度等の機械的特性の向上に寄与する。一方、V量が多すぎると、加工性が低下する。Vは、積極的に添加してもよいし、積極的に添加しなくてもよい。V量は、強度を確保する観点等からは、0.01%以上が好ましく、0.1%以上がより好ましい。V量は、加工性の観点等からは、1%以下が好ましく、0.8%以下がより好ましく、0.6%以下が更に好ましい。
【0062】
(B:0.05%以下)
Bは、粒界強度等の機械的特性の向上に寄与する。Bは、積極的に添加してもよいし、積極的に添加しなくてもよい。一方、B量が多すぎると、溶接性が低下する。B量は、粒界強度を向上させる観点等からは、0.001%以上が好ましく、0.01%以上がより好ましい。B量は、溶接性の観点等からは、0.05%以下が好ましく、0.03%以下がより好ましい。
【0063】
(Zr:0.1%以下)
Zrは、粒界強度等の機械的特性の向上に寄与する。Zrは、積極的に添加してもよいし、積極的に添加しなくてもよい。一方、Zr量が多すぎると、溶接性が低下する。Zr量は、粒界強度を向上させる観点等からは、0.01%以上が好ましく、0.1%以上がより好ましい。Zr量は、溶接性の観点等からは、0.1%以下が好ましく、0.08%以下がより好ましく、0.06%以下が更に好ましい。
【0064】
(不可避的不純物)
不可避的不純物としては、原料中に混入している不純物や、製造過程で混入する不純物等がある。例えば、P、S、O、Sn、Pb等が挙げられる。PやSは、耐食性、加工性、溶接性を低下させる。P量は、0.03%以下が好ましく、0.02%以下がより好ましく、0.01%以下が更に好ましい。S量は、0.02%以下が好ましく、0.015%以下がより好ましく、0.01%以下が更に好ましい。その他の元素は、0.05%以下、合計で、0.5%以下が好ましい。
【0065】
<製造方法>
本実施形態に係るNi基合金は、適宜の方法によって製造することができる。例えば、Ni、Cr、Fe等を含有する原料の地金やスクラップを、適切な化学組成に調整した後、電気炉等で溶解して溶湯とする。そして、AOD(Argon Oxygen Decarburization)法やVOD(Vacuum Oxygen Decarburization)法で脱炭処理を行い、脱酸処理、還元処理、脱硫処理を行った後、スラブ、ビレット、ブルーム等の中間材を鋳造する。中間材には、溶体化処理や加工処理を施すことができる。
【0066】
Ni基合金には、Ni基合金の用途等に応じて、適宜の熱間または冷間による鍛造加工、圧延加工等を施すことができる。また、ビレット等をワイヤ状に伸線して、Ni基合金の溶接材料を製作することができる。Ni基合金の溶接材料は、ティグ溶接、ミグ溶接、被覆アーク溶接、電子ビーム溶接、レーザ溶接等、適宜の溶接に用いることができる。
【0067】
<用途>
本実施形態に係るNi基合金は、長時間にわたって高温に晒される高温環境に用いることが好ましい。Ni基合金の用途としては、原子力プラント、火力プラント、化学プラント、石油採掘プラント、天然ガス採掘プラント、ガスエンジン、ガスタービン等を構成する材料が挙げられる。これらの設備における構造材や、配管等の機器や、溶接部の材料として用いることができる。
【0068】
本実施形態に係るNi基合金は、特に、250℃以上350℃以下の高温環境で使用されることが好ましく、このような温度の高温水に接触する環境で使用されることがより好ましい。例えば、沸騰水型原子炉(BWR)や、加圧水型原子炉(Pressurized Water Reactor:PWR)の炉内構造物の材料や、炉内機器の材料として、好ましく用いることができる。このような過酷環境であっても、数十年にわたる熱時効による硬化や脆化を抑制できるため、経年的な劣化・損傷を防止することができる。
【0069】
図2は、沸騰水型原子炉(BWR)の圧力容器の内部構造を示す斜視図である。図2では、圧力容器の一部を切り欠いて内部構造を図示している。
図2に示すように、沸騰水型原子炉(BWR)の圧力容器100の内部には、燃料集合体10、制御棒20、制御棒駆動システム30、炉心シュラウド40、気水分離器50、蒸気乾燥器60等が備えられている。
【0070】
圧力容器100の炉心には、複数の燃料集合体10が格子状の配列で装荷されている。炉心は、燃料集合体10の核反応を制御するための制御棒20が挿抜可能に設けられている。制御棒20には、圧力容器100の底部において、制御棒駆動システム30が連結している。制御棒20の挿入および抜出は、制御棒駆動システム30によって駆動される。
【0071】
圧力容器100の炉心は、円筒状の炉心シュラウド40によって周囲が囲まれている。炉心シュラウド40の内側には、炉心の上端を区画する上部格子板や、炉心の下端を区画する炉心支持板が取り付けられている。炉心シュラウド40の上部は、シュラウドヘッドによって覆われている。
【0072】
炉心シュラウド40は、シュラウドサポート上に支持・固定されている。シュラウドサポートは、炉心シュラウド40を支持する円筒状のシュラウドサポートシリンダや、シリンダを下方から支持する複数の脚状のシュラウドサポートレグや、シリンダの側方から突出して圧力容器100の内周面から支持される円環状のシュラウドサポートプレート等によって形成されている。
【0073】
シュラウドヘッドの上方には、気水分離器50が設置されている。気水分離器50の上方には、蒸気乾燥器60が設置されている。圧力容器100に流入した冷却水は、圧力容器100の底部に設けられたジェットポンプによって、燃料集合体10が装荷された炉心に供給される。冷却水は、燃料集合体10の核反応によって加熱されて気液二相流となる。
【0074】
気水分離器50は、加熱によって生じた気液二相流を蒸気と水に分離する。水は、炉心シュラウド40の周囲のダウンカマを降下して、再び冷却水となる。一方、蒸気は、上方の蒸気乾燥器60に流入する。蒸気乾燥器60は、蒸気に含まれる湿分を除去する。湿分が除去された蒸気は、タービンに供給されて発電に利用される。発電に利用された蒸気は、復水器で冷却水に戻された後、再び圧力容器100に供給される。
【0075】
炉心シュラウド40、気水分離器50、蒸気乾燥器60等の炉内構造物を構成する構造材や、給水系の配管、スパージャ、ノズル等の炉内機器や、これらを接合する溶接部等は、原子炉の運転中に、250℃以上350℃以下の高温水に接触する接液部となる。一般に、燃料集合体10の被覆管、炉心シュラウド40、気水分離器50、蒸気乾燥器60等は、ステンレス鋼で形成されている。
【0076】
本実施形態に係るNi基合金は、250℃以上350℃以下の原子炉水に接触する原子力プラントの炉内構造物や、原子力プラントの炉内機器の材料として使用することができる。本実施形態に係るNi基合金は、ステンレス鋼で形成された炉内構造物に対して、異材接合することができる。
【0077】
本実施形態に係るNi基合金を適用する箇所の具体例としては、シュラウドサポートや、中性子計装検出管、制御棒案内管、検査器案内管等の管部材や、給水入口のノズル部、再循環水入口のノズル部等のノズル材や、シュラウドの溶接部の溶接材料等が挙げられる。溶接部としては、シュラウドサポートシリンダ、シュラウドサポートレグ、シュラウドサポートプレート等で構成される支持部や、圧力容器の下鏡部のクラッド部分等が挙げられる。
【0078】
以上の本実施形態に係るNi基合金によると、等価鉄当量EqFeの条件によって、添加成分の含有量の範囲が適切に調整されるため、NiとCrとの原子濃度比がNiCrの化学量論比に近い場合であっても、Ni基合金が長時間にわたって高温環境に晒されたとき、規則相NiCrが生成し難くなる。高温環境において熱時効による硬化や脆化が抑制されるため、熱時効に対する耐時効性に優れたNi基合金を得ることができる。過酷環境で使用される材料について、耐食性、高温強度、クリープ強さ等を確保しつつ、熱時効脆化、SCC等の経年的な劣化・損傷を防止することができる。
【0079】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。例えば、本発明は、必ずしも前記の実施形態が備える全ての構成を備えるものに限定されない。或る実施形態の構成の一部を他の構成に置き換えたり、或る実施形態の構成の一部を他の形態に追加したり、或る実施形態の構成の一部を省略したりすることができる。
【実施例0080】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0081】
式(1)で表される等価鉄当量EqFeの条件を満たすNi基合金を製作して、熱時効に対する耐時効性を評価した。
【0082】
Ni基合金としては、Ni-Cr-Fe-Nbの4元系のモデル合金のインゴットを製作した。粒径が約10mmである各元素の塊状素材を、1気圧のアルゴン雰囲気下、アルミナるつぼ中で、高周波電流による誘導加熱で高周波溶解させた。得られた溶湯を銅製の鋳型に傾注して、300gの角柱状のインゴットを鋳造した。
【0083】
製作したインゴットを高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:ICP)発光分光分析に供して、Ni基合金の化学組成を分析した。また、製作したインゴットを熱時効試験に供して、ビッカース硬さに基づいて時効硬化の有無を評価した。熱時効試験は、試験温度を380℃、試験時間を8264hとして行った。
【0084】
ビッカース硬さとしては、熱時効前のビッカース硬さHと、熱時効後のビッカース硬さHを測定した。そして、これらの差分ΔH=H-Hと、Hの標準偏差σを求めた。ビッカース硬さは、荷重を1kgf、保持時間を15秒として測定した。測定点数は、供試材毎に10点として、ビッカース硬さの測定値の平均値を計算した。
【0085】
表3に、供試材の化学組成(質量%,at%)と、熱時効に対する耐時効性の有無の評価結果を示す。
【0086】
【表3】
【0087】
表3に示すように、NiとCrとの原子濃度比rは、2.19であった。等価鉄当量EqFeは、14.1at%であった。熱時効前のビッカース硬さHの標準偏差σに対する差分ΔHの割合(ΔH/σ)は、60%であった。NiCrの化学量論比に対してCrが或る程度不足する場合であっても、熱時効による時効硬化が有意に発生していないことが確認された。
【符号の説明】
【0088】
10 燃料集合体
20 制御棒
30 制御棒駆動システム
40 炉心シュラウド
50 気水分離器
60 蒸気乾燥器
100 圧力容器
図1
図2