(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024082972
(43)【公開日】2024-06-20
(54)【発明の名称】DLC層付着ABS樹脂の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08J 7/00 20060101AFI20240613BHJP
C23C 16/27 20060101ALI20240613BHJP
【FI】
C08J7/00 306
C08J7/00 CER
C23C16/27
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022197213
(22)【出願日】2022-12-09
(71)【出願人】
【識別番号】599141227
【氏名又は名称】学校法人関東学院
(74)【代理人】
【識別番号】100124327
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 勝博
(72)【発明者】
【氏名】梅田 泰
(72)【発明者】
【氏名】本間 英夫
(72)【発明者】
【氏名】高井 治
【テーマコード(参考)】
4F073
4K030
【Fターム(参考)】
4F073AA07
4F073BA04
4F073BA18
4F073BA19
4F073CA01
4F073CA45
4F073CA51
4F073CA70
4F073FA02
4F073HA11
4F073HA12
4K030AA09
4K030BA28
4K030CA07
4K030DA02
4K030DA04
4K030FA03
4K030JA05
4K030JA09
4K030JA14
4K030JA16
4K030JA20
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本件発明は、ABS樹脂に対するDLC層の摩擦抵抗、耐摩耗性、密着性を向上させるDLC層付きABS樹脂の製造方法の提供を目的とする。
【解決手段】DLC層をABS樹脂表面に生成するために、UV照射によりABS樹脂表面を改質する工程と、真空雰囲気においてArによるイオンボンバード処理により針状の突起物を形成させる工程と、プラズマ法によりDLC層を生成する工程とを含むことを特徴とする製造方法を採用する。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にDLC層を備えたDLC層付きABS樹脂の製造方法であって、以下の工程1から工程3を含むことを特徴とするDLC層付きABS樹脂の製造方法。
工程1:ABS樹脂表面に低圧水銀銅を用いて大気圧でのUV照射を行なう。
工程2:UV照射後のABS樹脂を30Pa以下の真空雰囲気において、イオンボンバード処理を行なう。
工程3:プラズマ法で、DLC層形成を行なう。
【請求項2】
前記工程1に記載のUV照射は、UV照度を波長184.9nmの場合、5.0mW/cm2以上8.0mW/cm2以下、波長253.7nmの場合、50.0mW/cm2以上60.0mW/cm2以下、照射時間を30秒以上120秒以下である請求項1に記載のDLC層付きABS樹脂の製造方法。
【請求項3】
前記工程2に記載のイオンボンバード処理は、加速電圧を3.5V以上4.5V以下、Arガスフロー量を130mL/min以上150mL/min以下、真空度を15Pa以上25Pa以下、RF出力を80W以上120W以下である請求項1に記載のDLC層付きABS樹脂の製造方法。
【請求項4】
前記工程3に記載のDLC層形成時のプラズマ発生条件は、C2H2ガスフロー量を5mL/min以上10mL/min以下、真空度を25Pa以上30Pa以下、パルス電圧を3.5kV以上4.5kV以下、RF出力を30W以上50W以下、周波数を13.56kHzである請求項1に記載のDLC層付着ABS樹脂の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、ABS樹脂表面にDLC層を備えたDLC層付着ABS樹脂の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ダイヤモンドライクカーボン(Diamond-like Carbon:以上および以下において、単に「DLC」と称する。)膜は、ダイヤモンドとグラファイトの中間的な結晶構造を持ち、高硬度で摩擦係数が低く、耐摩耗性や化学的安定性等に優れることから、ハードディスク、磁気ヘッドなどの電子機器部品、工具、金型といった機械加工部品、プラスチック容器のガスバリア膜など幅広い分野で利用されている。
【0003】
DLC膜の成膜方法として、一般にプラズマCVD法、イオン化蒸着法、陰極アーク法などの様々な方法があるが、いずれもイオン化した炭化水素ガスや固体カーボンなどのDLC原料を電圧で加速させ、基材表面に衝突させることでDLCを析出させるため、基材温度が上昇し、耐熱性に優れている金属素材の基材に対してDLC膜を成膜することが多い。そのため、耐熱性に乏しいプラスチック素材の機械部品や摺動部品への実用化はほとんど見られない。
【0004】
また、非特許文献1に開示されているように、アクリロニトリル、ブタジエン、スチレン(Acrylonitrile、Butadiene、Styrene:ABS以上および以下において、単に「ABS」と称する。)、ポリスチレン、ポリプロピレン、高密度ポリエチレン及び低密度ポリエチレンの5種類のプレスチック素材を用いて、同一条件でDLC膜を生成し、各プラスチック素材による密着性の違いを検証し、ABSとポリスチレンの密着性は、DLC膜の大部分で剥離が発生するほど、他のプラスチック素材と比較して低いことが問題視されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】浅野 誠、金子 聡志、原田 陽一 「機能強化DLC膜による機械部品の高度化研究 無潤滑下におけるDLC膜同士の摩擦摩耗特性」奈良県工業技術センター研究報告=Report of Nara Prefectural Institute of Industrial Technology / 奈良県工業技術センター 編 (36)2010、23-26
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、地球環境保全への意識の高まりの中で自動車をはじめとする輸送機会の低燃費化、家電製品や各種装置の携帯性向上を図るための軽量化の取り組みにおいて、構成部品の金属材料から樹脂材料への置き換えが必要とされている。そのため、高硬度かつ低摩擦係数の特性を利用したDLC層付き樹脂部品が求められるようになった。
【0007】
本件発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、DLC膜の密着性を向上させたDLC層付きABS樹脂を製造できる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この課題を解決するために、鋭意研究の結果、以下の発明に想到した。
【0009】
表面にDLC層を備えたDLC層付きABS樹脂の製造方法であって、以下の工程1から工程3を含むことを特徴とする。
工程1:ABS樹脂表面に低圧水銀銅を用いて大気圧でのUV照射を行なう。
工程2:UV照射後のABS樹脂を30Pa以下の真空雰囲気において、イオンボンバード処理を行なう。
工程3:プラズマ法で、DLC層形成を行なう。
【0010】
そして、前記工程1では、UV照度を波長184.9nmでは、5.0mW/cm2以上8.0mW/cm2以下、波長253.7nmでは、50.0mW/cm2以上60.0mW/cm2以下、照射時間を30秒以上120秒以下であることが好ましい。
【0011】
また、前記工程2のイオンボンバード処理は、加速電圧を3.5V以上4.5V以下、Arガスフロー量を130mL/min以上150mL/min以下、真空度を15Pa以上25Pa以下、RF出力を80W以上120W以下であることが好ましい。
【0012】
前記工程3のプラズマ発生条件は、C2H2ガスフロー量を5mL/min以上10mL/min以下、真空度を25Pa以上30Pa以下、パルス電圧を3.5kV以上4.5kV以下、RF出力を30W以上50W以下、周波数を13.56kHzであることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本件発明に係るDLC層付きABS樹脂の製造方法は、ABS樹脂に対して、前処理としてUV照射によるABS樹脂表面の改質を行なう。そして、UV照射後のABS樹脂を真空雰囲気において、Arによるイオンボンバードを行い、DLC層を成膜することで、DLC層の摩擦抵抗、耐摩耗性、密着性が向上したDLC層付きABS樹脂の効率の良い製造を可能にした。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】未処理ABS樹脂表面のFESEM画像である。
【
図3】UV照射後のABS樹脂表面のAFM画像である。
【
図4】UV照射後のABS樹脂表面のFESEM画像である。
【
図5】Arによるイオンボンバード処理のみのABS樹脂表面のAFM画像である。
【
図6】Arによるイオンボンバード処理のみのABS樹脂表面のFESEM画像である。
【
図7】UV照射後にArによるイオンボンバード処理を行ったABS樹脂表面のAFM画像である。
【
図8】UV照射後にArによるイオンボンバード処理を行ったABS樹脂表面のFESEM画像である。
【
図9】UV照射とArによるイオンボンバード処理を行ったDLC層付きABS樹脂表面のAFM画像である。(実施例1)
【
図10】UV照射とArによるイオンボンバード処理を行ったDLC層付きABS樹脂表面のFESEM画像である。(実施例1)
【
図11】Arイオンボンバード処理のみのDLC層付きABS樹脂表面のAFM画像である。(比較例1)
【
図12】Arイオンボンバード処理のみのDLC層付きABS樹脂表面のFESEM画像である。(比較例1)
【
図13】前処理なしのDLC層付きABS樹脂表面のAFM画像である。(比較例3)
【
図14】前処理なしのDLC層付きABS樹脂表面のFESEM画像である。(比較例3)
【
図15】実施例1で調整したDLC層付きABS樹脂の時間経過による摩擦係数の変化について描かれたグラフである。
【
図16】比較例1で調整したDLC層付きABS樹脂の時間経過による摩擦係数の変化について描かれたグラフである。
【
図17】比較例3で調整したDLC層付きABS樹脂の時間経過による摩擦係数の変化について描かれたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本件発明に係るDLC層付きABS樹脂の製造方法について、より詳細に説明する。
【0016】
1.DLC層付きABS樹脂製造の実施形態
【0017】
本件発明は、プラスチック素材の中でDLC層の密着性が低いABS樹脂を用いる。ABS樹脂にDLC層を生成する場合、摩擦抵抗、耐摩耗性を向上させるために、前処理として、UV照射やイオンボンバード処理などを用いることが提唱されていた。
【0018】
UV照射は、主に有機物の分子結合を弱め、反応性を高める為に用いられている。しかし、ABS樹脂にUV照射を行わなかった場合(
図1)と、ABS樹脂にUV照射を行った場合(
図3)には、どちらもABS樹脂表面は、視覚的に分かる変化はなく、物理的形状の変化はないことが分かる。その結果、その表面に形成したDLC層の密着性は向上せず、DLC層の摩擦抵抗、耐摩耗性も向上させることはできない。即ち、UV照射だけではDLC密着性向上効果を得ることができないと言える。
【0019】
次に、真空雰囲気においてArによるイオンボンバード処理は、UV照射を施さずABS樹脂にArによるイオンボンバード処理のみ行った場合(
図5)と、UV照射を施したABS樹脂にArによるイオンボンバード処理を行った場合(
図7)には、どちらもABS樹脂表面に針状の突起物が生成されるが、UV照射を施していない場合は、針状の突起物の生成数が少なく、DLC層の密着性を向上させることができず、摩擦抵抗、耐摩耗性を期待値まで向上させるほどのアンカー効果を得ることができない。
【0020】
上記に対し、UV照射を施し、真空雰囲気においてイオンボンバード処理をした場合は、十分な針状の突起物が生成でき、実用上十分なDLC層の密着性を得ることができ、その結果としてDLC層の摩擦抵抗、耐摩耗性を顕著に向上させるほどのアンカー効果を得ることができることが分かった。
【0021】
よって、当該DLC層付きABS樹脂の製造方法は、UV照射によってABS樹脂表面の改質後、真空雰囲気においてArによるイオンボンバード処理を行い、DLC層を生成することで、十分なDLC層の密着性を得て、その結果として、DLC層の摩擦抵抗、耐摩耗性が改善されたDLC層付きABS樹脂を得ることが可能となる。以下、各工程について説明する。なお、以下に説明するものは、単に一態様を示したものであり、以下の記載内容に限定解釈されるものではない。
【0022】
1-1.工程1
UV照射の条件として、波長184.9nmの場合、UV照度は5.0mW/cm2以上8.0mW/cm2以下であることが好ましく、照射時間は30秒以上120秒以下であることが好ましい。波長253.7nmの場合、UV照度は50.0mW/cm2以上60.0mW/cm2以下であることが好ましく、照射時間は30秒以上120秒以下であることが好ましい。照射時間が30秒未満の場合は、有機物の分子結合を十分に弱めることができず、DLC層の密着性が悪くなる原因になる。一方、照射時間が120秒より長くなると、有機物の結合が必要以上に弱くなり、むしろDLC層の密着性が悪くなる原因になるため好ましくない。
【0023】
1-2.工程2
UV照射後のABS樹脂に対して、高真空引きを行い、真空度を15Pa以上25Pa以下にする。その後、イオンボンバード処理を行う。前記工程1に記載のUV照射を行わなかった場合、ABS樹脂表面には少量の針状の突起物が生成されているが、DLC層の密着性、摩擦抵抗、耐摩耗性は向上されないため、好ましくない。一方、前処理としてUV照射を行った場合、イオンボンバードによりABS樹脂表面には針状の突起物が効率よく形成され、この針状の突起物によってDLC層の密着性、摩擦抵抗、耐摩耗性が向上される。
【0024】
イオンボンバード処理の条件として、加速電圧は3.5V以上4.5V以下であることが好ましい。加速電圧が3.5V未満の場合、ABS樹脂表面に針状の突起物を生成することが困難になるため好ましくない。一方、加速電圧が4.5Vを超えると、ABS樹脂表面を傷つける可能性があるため好ましくない。
【0025】
さらに、Arガスフロー量は130mL/min以上150mL/min以下であることが好ましい。Arガスフロー量が130mL/min未満の場合、Arイオン量が足りずABS樹脂表面に針状の突起物を形成することが困難になるため好ましくない。一方、Arガスフロー量が150mL/minを超えると、Arイオン量が過度に供給され、ABS樹脂表面に針状の突起物を形成することが困難になるため好ましくない。
【0026】
1-3.工程3
イオンボンバード処理を施したABS樹脂に対して、プラズマ法を用いてDLC層を生成する。
【0027】
プラズマ発生条件として、C2H2ガスフロー量は5mL/min以上10mL/min以下であることが好ましい。C2H2ガスフロー量が5mL/min未満の場合、DLC層の生成が困難になるため好ましくない。一方、C2H2ガスフロー量が10mL/minを超える場合、コストが高くなるため好ましくない。
【0028】
そして、真空度は25Pa以上30Pa以下であることが好ましい。
【0029】
さらに、パルス電圧は3.5kV以上4.5kV以下であることが好ましく、RF出力は0W以上50W以下であることが好ましく、周波数は13.56kHzであることが好ましい。
【0030】
以上説明した本件発明に係る実施の形態は、本件発明の一態様であり、本件発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。また、以下実施例を挙げて本件発明をより具体的に説明するが、本件発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例0031】
実施例1は、サイズ(何×何cm2)のABS樹脂を用いて、以下の工程1から工程3を行ってDLC層付きABS樹脂を製造した。
【0032】
A.DLC層付きABS樹脂の調整
以下の工程を採用した。
工程1:ABS樹脂表面に対し、波長184.9nmは、UV照度を5.0mW/cm
波長253.7nmは、UV照度を50.0mW/cm2
で照射時間を60秒としてUV照射を行った。
工程2:UV照射したABS樹脂表面に対し、真空度を25Pa、加速電圧を4.0kV、Arガスフロー量を150mL/min、RF出力を100W、処理時間を4分としてArイオンボンバード処理を行った。
工程3:イオンボンバード処理をしたABS樹脂表面に、真空度を25Pa、C2H2ガスフロー量を7.5mL/min、パルス電圧を4.0kV、RF出力を40W、周波数を13.56kHz、プラズマ発生時間を30分としてDLC層の生成を行った。
B.ボールオンディスク摩擦摩耗試験
前記Aで製造したDLC層付きABS樹脂の摩擦係数を測定した。
本件発明によれば、UV照射、真空雰囲気においてArによるイオンボンバード処理の前処理を行うことで、DLC層の摩擦抵抗、耐摩耗性、密着性が向上したDLC層付きABS樹脂を製造することができる。そして、ABS樹脂に対して摩擦抵抗、耐摩耗性、密着性が向上したDLC層を生成できるため、プラスチック素材の機械部品や摺動部品への実用化に向けたDLC層付きABS樹脂の製造に好適である。