(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024008312
(43)【公開日】2024-01-19
(54)【発明の名称】閉口端管楽器
(51)【国際特許分類】
G10D 7/02 20200101AFI20240112BHJP
G10D 9/10 20200101ALI20240112BHJP
【FI】
G10D7/02
G10D9/10
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022110075
(22)【出願日】2022-07-07
(71)【出願人】
【識別番号】521542074
【氏名又は名称】中川 冬耀
(74)【代理人】
【識別番号】100158023
【弁理士】
【氏名又は名称】牛田 竜太
(72)【発明者】
【氏名】中川 冬耀
(57)【要約】
【課題】
奏者の技能に関わらず簡易に音色の調整を行うことができる閉端管楽器の提供。
【解決手段】
パンフルート1は、一端が開口し他端が閉塞した長さの異なる複数のパイプ3を、前記一端が揃うように配列した閉口端管楽器である。パンフルート1は、他端に設けられパイプ3を塞ぎパイプ3とともに音響空間3aを形成する底面41Aを有する閉塞部4と、音響空間3aに配置され、底面41Aと当接し、所定の体積を有している音色調整部5と、を有している。音色調整部5は、パイプ3の軸方向に移動可能である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端が開口し他端が閉塞した長さの異なる複数のパイプを、前記一端が揃うように配列した閉口端管楽器であって、
前記他端に設けられ、前記パイプを塞ぎ前記パイプとともに音響空間を形成する底面を有する閉塞部と、
前記音響空間に配置され、前記底面と当接し、所定の体積を有している音色調整部と、を有し、
前記音色調整部は、前記パイプの軸方向に移動可能であることを特徴とする閉口端管楽器。
【請求項2】
前記閉塞部に接続され前記パイプから露出し演奏者によって操作されることにより前記軸方向に移動可能な操作部をさらに有し、
前記操作部の前記軸方向の移動に伴って、前記音色調整部及び前記閉塞部が前記操作部と一体的に前記軸方向に移動することを特徴とする請求項1に記載の閉口端管楽器。
【請求項3】
前記音色調整部は筒形状であって、前記筒の軸方向と前記パイプの前記軸方向とが一致するとともに、前記筒の中心と前記パイプの中心とが一致するように、前記音響空間に配置されていることを特徴とする請求項1に記載の閉口端管楽器。
【請求項4】
前記音色調整部は、前記軸方向に所定の長さを有する柱形状であって、前記底面と当接し、前記音響空間内を移動可能であることを特徴とする請求項1に記載の閉口端管楽器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は一端が閉口し他端が開口した閉口端管楽器に関し、特にパンフルートに関する。
【背景技術】
【0002】
閉口端管楽器であるパンフルートは、竹茎等の自然の筒状素材を所定の長さに切断し底栓を装着することによって閉管を形成し、パイプの長さ及び底栓の位置によって音程を変えている。従来から、パンフルートの底栓の形状を変更することにより音程を調節することが知られている(特許文献1)。このパンフルートでは、正しい音程を出すことを目的として、音程が低くずれている場合は底板が上方に位置している底栓を取り付け、音程が高くずれている場合は底板が下方に位置している底栓を取り付ける。このように、底栓を取り換えることによって、正しい音程を出すことができる。また、市販されているパンフルートでは、パイプにスポンジ等の底栓が移動可能に配置されていて、専用器具を利用して底栓の位置を変更することにより音程調整を行うものがある。
【0003】
他のパンフルートは、並列配置されたパイプの表面もしくは裏側の適宜な位置に、パイプの音名を表記している(特許文献2)。パンフルートでは、パイプの長さが異なるのみで外観上はどの音を出すにはどの位置のパイプを拭けば良いかが不明である。そこで、パイプに音名を付記することで、演奏中に誤って他の音を出すという事態を回避することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】実開昭60-65793号公報
【特許文献2】実開昭60-65794号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載のパンフルートでは、音程を調整するには底栓を入れ替える必要があるため、楽器を置いて専用の器具を用いて底栓の交換作業を行う必要があった。また、熟練した演奏者であれば、パンフルートの角度を変えることで、音程の微調整が可能である。具体的には、側面視においてパンフルートの端部を下げて垂直に近づくような状態でパンフルートを吹くことで音程が上がり、パンフルートの端部を上げて水平に近づくような状態でパンフルートを吹くことで音程が下がる。
【0006】
パンフルートは竹茎等の自然の素材で構成されることが多く、パイプ内で空気を響かせることで音を出しているため、同じように演奏してもコンサートホールの温度や湿度の環境によって音程が変化する。このような事態に対応するために特許文献1に記載されているように蜜蝋、又は底栓をすることが考えられるが、環境が変わる度に底栓を交換することは、演奏者の作業負担が大きかった。また、底栓がパイプ内を移動可能なパンフルートでは底栓の位置調整に専用の道具が必要となるため、演奏中に音程調整を行うことが難しかった。さらに、蜜蝋は一度入れてしまうと音程や音色の再調整をすることが困難であった。
【0007】
パンフルートの音色を変えるためには、管の材質や径、底栓の材質や位置等の変更が必要となるため、1つのパンフルートで複数の音色を出すことは困難だった。ここで言う音色とは、音の大きさと高さが等しくても発せられる音が違って聞こえる特性のことである。
【0008】
そこで、本発明は、演奏者の技能に関わらず簡易に音色の調整を行うことができる閉口端管楽器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために第1の発明は、一端が開口し他端が閉塞した長さの異なる複数のパイプを、前記一端が揃うように配列した閉口端管楽器であって、前記他端に設けられ、前記パイプを塞ぎ前記パイプとともに音響空間を形成する底面を有する閉塞部と、前記音響空間に配置され、前記底面と当接し、所定の体積を有している音色調整部と、を有し、前記音色調整部は、前記パイプの軸方向に移動可能であることを特徴とする閉口端管楽器を提供している。
【0010】
パイプに設けられた閉塞部は、パイプに固定されていてもよく、パイプの軸方向に移動可能であってもよい。また、音色調整部は、所定の体積を有して入ればよく、その形状に応じて音色を任意に設定することが可能となる。
【0011】
第2の発明では、第1の発明に記載されている閉口端管楽器であって、前記閉塞部に接続され前記パイプから露出し演奏者によって操作されることにより前記軸方向に移動可能な操作部をさらに有し、前記操作部の前記軸方向の移動に伴って、前記音色調整部及び前記閉塞部が前記操作部と一体的に前記軸方向に移動することを特徴としている。
【0012】
第3の発明では、第1の発明に記載されている閉口端管楽器であって、前記音色調整部は筒形状であって、前記筒の軸方向と前記パイプの前記軸方向とが一致するとともに、前記筒の中心と前記パイプの中心とが一致するように、前記音響空間に配置されていることを特徴としている。
【0013】
第4の発明では、第1の発明に記載されている閉口端管楽器であって、前記音色調整部は、前記軸方向に所定の長さを有する柱形状であって、前記底面と当接し、前記音響空間内を移動可能であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0014】
第1の発明によると、音響空間内であって底面に当接する音色調整部が設けられているため、閉口端管楽器の音色を調整することができる。音色調整部は、所定の体積を有しており、当該体積の大きさや形状によって音色を任意に調整することができるため、設計の自由度が高い。また、音色調整部をパイプの軸方向に移動することにより音程及び音色を所望の状態に調整することができる。さらに、音色調整部は底面と当接しているため、音色調整部が底面と離間している場合に比べて安定した音色調整効果を得ることができる。換言すると、音色調整部が底面と離間している場合には音色調整部が移動することによって音色が意図せずに変化する可能性があるが、音色調整部と底面とが当接しているため、所望の音色を出し易い構成となっている。
【0015】
第2の発明によると、操作部がパイプから露出しているため、演奏者は演奏中であってもパイプの音程及び音色を調整することができる。また、閉塞部及び音色調整部を操作部の操作によって移動することができるため、それぞれを個別に移動させる場合と比較して簡単に音程及び音色の調整を行うことができる。
【0016】
第3の発明によると、音色調整部は筒形状であるため、閉口端管楽器の音色を調整することができる。また、音色調整部の中心とパイプの中心とが一致するように配置されているため、閉塞部の近傍のみ内径が小さくなるような効果、つまりパイプが閉塞部に向かうにつれて内径が小さくなるといった疑似的なテーパ形状としての音響効果を得ることができる。管楽器では、端部に向かうにつれて内径が小さくなるようにテーパを設定することがあるが、テーパの勾配はパイプの形状そのものであるため変更できない。しかし、本発明によると、疑似的なテーパ形状を音響空間に再現することができるため、音色調整部の高さや径を変更することで疑似的なテーパ形状を変更し、所望の音色を実現できる。さらに、
図6に示すように、倍音の波長のピークが低音側に移動することにより、音程を変えずに音色の変更が可能となる。
【0017】
第4の発明によると、音色調整部が軸方向に長さを有する柱形状であるため、
図11に示すように、倍音のピークが大きくなり透明感のある音色を実現することができる。また、軸方向の長さを任意に調整することができるため、パイプにおける音の響きを微調整することができる。
【0018】
本発明により、演奏者の技能に関わらず簡易に音色の調整を行うことができる閉口端管楽器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の第1の実施の形態によるパンフルートの全体図。
【
図2】本発明の第1の実施の形態によるパンフルートのパイプの分解斜視図。
【
図3】本発明の第1の実施の形態によるパンフルートであって、
図3(a)はパンフルートの調整部近傍の断面図、
図3(b)は
図3(a)の状態の波形グラフ。
【
図4】本発明の第1の実施の形態によるパンフルートであって、
図4(a)はパンフルートの音響空間から音色調整部を取り外したときの調整部近傍の断面図、
図4(b)は
図4(a)の状態の波形グラフ。
【
図5】本発明の第1の実施の形態によるパンフルートであって、
図5(a)はパンフルートの調整部を移動したときの調整部近傍の断面図、
図5(b)は
図5(a)の状態の波形グラフ。
【
図6】本発明の第1の実施の形態によるパンフルートであって、
図3(b)と
図5(b)の波形を重ねて表したグラフ。
【
図7】本発明の第2の実施の形態によるパンフルートであって、
図7(a)はパンフルートの調整部近傍の断面図、
図7(b)は
図7(a)の状態の波形グラフ。
【
図8】本発明の第3の実施の形態によるパンフルートであって、
図8(a)はパンフルートの調整部近傍の斜視図、
図8(b)は
図8(a)の状態の波形グラフ。
【
図9】本発明の第4の実施の形態によるパンフルートであって、
図9(a)はパンフルートの調整部近傍の斜視図、
図9(b)は
図9(a)の状態の波形グラフ。
【
図10】本発明の第4の実施の形態によるパンフルートであって、音響空間から音色調整部を取り出したときの波形グラフ。
【
図11】本発明の第4の実施の形態によるパンフルートであって、
図9(b)と
図10の波形を重ねて表したグラフ。
【
図12】本発明の第5の実施の形態によるパンフルートであって、
図12(a)はパンフルートの調整部近傍の斜視図、
図12(b)は
図12(a)の状態の波形グラフ。
【
図13】本発明の第5の実施の形態によるパンフルートであって、音響空間から音色調整部を取り出したときの波形グラフ。
【
図14】本発明の第5の実施の形態によるパンフルートであって、
図12(b)と
図13の波形を重ねて表したグラフ。
【
図15】本発明の第6の実施の形態によるパンフルートであって、パンフルートの調整部近傍の斜視図。
【
図16】本発明の第7の実施の形態によるパンフルートのパイプの部分断面図。
【
図17】本発明の第8の実施の形態によるパンフルートのパイプの分解斜視図。
【
図18】本発明の第9の実施の形態によるパンフルートのパイプの断面図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の第1の実施の形態による閉口端管楽器の一例であるパンフルート1を
図1から
図6に基づき説明する。本発明は、閉口端管楽器であればパンフルートに限定されず、パンパイプ、サンポーンヤ、ナイ、Wot等の民族楽器にも適用することができる。図中に示すように、前後上下左右方向を定義する。上下方向は、本発明の軸方向に相当する。
【0021】
パンフルート1は、長さの異なる複数の円筒形状のパイプ10を、結束部2によってパイプ10の上端の位置が揃うように並列配置することで構成される。パイプ10はカーボン製又は金属製であるが、竹、葦、ダンチク、木等の自然の素材であってもよく、樹脂製であってもよい。パイプ10の径は、すべて均一であってもよく低音を出しやすくするために右に行くに従って径が太くなるように構成してもよい。複数のパイプ10は左右方向に直線的に並列配置されるが、紙面手前側又は奥側に突出するように円弧上に湾曲させて配置してもよい。
【0022】
パイプ10は、
図2に示すように、略管形状のロッド部3と、音程を調整するための調整部4と、音色調整部5と、から構成される。ロッド部3はカーボン製であって円筒形状をなし、上下が開口し、内部に音響空間3aが規定される。調整部4は主に金属製であって、ロッド部3の内径と略同一の外径を有する略円柱形状の閉塞部41と、閉塞部41を支える支持部42と、を有している。閉塞部41は、発泡性樹脂やスポンジ等の柔軟性を有する弾性素材で構成されており、ロッド部3内を上下方向に移動可能である。支持部42は略円柱形状であって閉塞部41よりも小さい外径を有し、上端が閉塞部41に接続、固定される。
図1に示すように、支持部42の下端はロッド部3の下端から露出する。閉塞部41の外径は、音色調整部5の外径と略同一である。閉塞部41は上側に底面41Aを有し、底面41Aと、ロッド部3の内面と、によって音響空間3aが規定される。演奏者がパンフルート1を演奏したとき、音響空間3a内で空気が振動し、所望の音程の音を出すことができる。支持部42のロッド部3から露出している部分は、本発明の操作部の一例である。
【0023】
音色調整部5は略円筒形状をなし、底面41Aに上下方向に移動可能に載置される。音色調整部5の高さ、肉厚等の形状を変えることで、パイプ10の音色を変化させることができる。具体的には、音色調整部5を設けることで音の透明度、響き、伸び、太さ、細さ等が変化する。音色調整部5は、ロッド部3から取り出して所望の形状のものに取り換えることができる。音色調整部5の音に与える影響の詳細は、後述する。音色調整部5の形状は、円筒形状に限定されず、所望の体積を有する形状であればよい。
【0024】
次に、調整部4の位置を微調整する方法について説明する。パイプ10の音程は温度、湿度等の外部環境によって若干の変動があるため、特定のパイプ10から一定の音程を出すには微調整が必要となる。音程の微調整は、閉塞部41の上下方向の位置を調整することにより行う。
【0025】
支持部42は、ロッド部3に所定の抵抗をもって挿入されている。演奏者がパイプ10の音程を僅かに下げたい場合は、支持部42の下端を回転させながら引っ張ることにより、閉塞部41の位置を下げる。これにより、ロッド部3内の閉塞部41の位置が下方に移動するため、音響空間3aの容積が広がりパイプ10の音程が下がる。パイプ10の音程を上げる場合には、演奏者が支持部42の下端を回転させながら押し上げる。これにより、ロッド部3内の閉塞部41の位置が上方に移動するため、音響空間3aの容積が狭くなりパイプ10の音程が上がる。
【0026】
本実施の形態のパンフルート1は、
図1に示すようにパイプ10本数が22本のアルトパンフルートであり、3オクターブで構成される。パイプ10の本数及び音程は、これに限定されず任意の本数を設定することができる。
【0027】
次に、音色調整部5の形状等による音色の変化について、
図3から
図6を参照して説明する。
図3(a)に示す音色調整部5が装着された状態のパンフルート1は、
図3(b)に示す音の周波数の波形となる。音色調整部5は、高さ12mm、厚さ0.5mmの薄肉円筒であって、ロッド部3の内壁よりも僅かに小さい外径を有する。音色調整部5は、音色調整部5の軸方向とパイプ10の軸方向が一致し、音色調整部5の中心とパイプ10の中心が一致するように音響空間3aに配置される。音色調整部5の底面は閉塞部41と当接し、側面はロッド部3の内面と僅かに接している。詳細には、音色調整部5とロッド部3とは、互いに回転可能な程度の抵抗で配置されている。音色調整部5は、底面41Aに対して固定されていないため、調整部4が上方に移動したときは閉塞部41と共に上方に移動し、調整部4が下方に移動したときは閉塞部41と離間する。このとき、図示せぬ押圧部材をロッド部3内に挿入することにより、音色調整部5を押し下げて音色調整部5と底面41Aとを当接させる。
【0028】
図3(b)に示すように、基音S1が点線で示す周波数となり、周波数が高くなるにつれて周波数のピークである第1倍音S2から第9倍音S10までが出現する。このときの音程は、基音S1の周波数により決定される。第1倍音S2以降の音は上音であって、これらの波形がパンフルート1の音色に与える影響は大きい。以下、パンフルート1の波形を基準として、音色調整部5の有無や調整部4の位置による波形の違い及びこれによる音色の違いを説明する。
【0029】
図4(a)に示すパンフルート1は、調整部4の位置は
図3(a)と同じだが音響空間3aから音色調整部5が取り除かれている。
図4(b)に示すように、パンフルート1の基音S101は、音色調整部5が取り除かれることによって僅かに周波数が下がり、図中に点線で示す基音S1と比べて僅かに周波数が低くなっている。第1倍音S102から第9倍音S110は、第1倍音S1から第9倍音S10と略同一の周波数となっている。つまり、音色調整部5の有無によってパンフルート1の基音に与える影響は大きいが、上音に与える影響は小さい。
【0030】
図5(a)に示すパンフルート1では、音色調整部5を装着していない状態で調整部4の位置を
図4(a)から距離Dだけ上方に移動している。
図4(a)の調整部4の位置を、図中に点線で示す。調整部4の位置は、
図5(b)に示す基音S201が基音S1と同じになるように設定される。換言すると、
図3(b)の音階と
図5(b)の音階は略同一であって、
図4(b)の音階は僅かに低い。このとき、
図5(b)に示される第1倍音S202から第9倍音S210までと、
図3(b)に示される第1倍音S2から第9倍音S10までと、を比較すると、第1倍音S2から第9倍音S10は第1倍音S202から第9倍音S210よりも周波数のピーク位置が僅かに低くなっている。
【0031】
音色調整部5の有無による音程調整幅である距離Dは、音色調整部5の体積に基づいて決定される。詳細には、距離Dは、底面41Aに距離Dを乗じた値、つまり調整部4を上げた領域の容積相当量と、音色調整部5の体積と、が略等しくなるように設定される。従って、音色調整部5の体積が大きいものを用いると距離Dはこれに応じて大きな値となり、逆に音色調整部5の体積が小さいものを用いると、距離Dは小さな値となる。
【0032】
図6は、
図3(b)と
図5(b)の波形を重ねたグラフであって、グレー線は音色調整部5が存在する
図3(b)の波形を示し、黒線は音色調整部5が存在しない
図5(b)の波形を示す。パンフルート1の基音S1はパンフルート1の基音S201と略同一であるため両者の音程は略同一となるが、パンフルート1の倍音群のうち、8000Hz以下の周波数帯域では両者に差異は少ない。図中に矢印で示す8000Hzより大きい領域において、音色調整部5が存在する波形の倍音群は音色調整部5が存在しない波形の倍音群よりも僅かに左側にスライドしている。詳細には、第6倍音S7から第9倍音S10が左側(低音側)にスライドしている。このスライドによって、両者の音色に違いが生じる。つまり、音色調整部5を挿入することによって、同一の音程であってもその音色が異なることが波形から確認できる。換言すると、音色調整部5を挿入して所望の基音を出すと、音色調整部5が無いときに同一の基音を出した場合と比べて、上音のうち8000Hz以上の倍音が低音側にスライドすることにより音色が変化し、音が響くとともに基音の音が強調される音色となる。
【0033】
このような構成によると、音響空間3a内であって底面41Aに当接する音色調整部5が設けられているため、パンフルート1の音色を調整することができる。音色調整部5は、所定の体積を有しており、当該体積の大きさや形状によって音色を任意に調整することができるため、設計の自由度が高い。また、音色調整部5をパイプ10の軸方向に移動することにより音程及び音色を所望の状態に調整することができる。さらに、音色調整部5は底面41Aと当接しているため、音色調整部5が底面41Aと離間している場合に比べて安定した音色調整効果を得ることができる。換言すると、音色調整部5が底面41Aと離間している場合には音色調整部5が移動することによって音色が意図せずに変化する可能性があるが、音色調整部5と底面41Aとが当接しているため、所望の音色を出し易い構成となっている。
【0034】
このような構成によると、支持部42の下端部がロッド部3から露出しているため、演奏者は演奏中であってもパンフルート1の音程及び音色を調整することができる。また、閉塞部41及び音色調整部5を支持部42の操作によって移動することができるため、それぞれを個別に移動させる場合と比較して簡単に音程及び音色の調整を行うことができる。
【0035】
このような構成によると、音色調整部5は円筒形状であるため、パンフルート1の音色を調整することができる。また、音色調整部5の中心とパイプ10の中心とが一致するように配置されているため、閉塞部6の近傍のみ内径が小さくなるような効果、つまりパイプ10が下方に向かうにつれて内径が小さくなるといった疑似的なテーパ形状としての音響効果を得ることができる。管楽器では、端部に向かうにつれて内径が小さくなるようにテーパを設定することがあるが、テーパの勾配はパイプの形状そのものであるため変更できない。しかし、本発明によると、疑似的なテーパ形状を音響空間3aに再現することができるため、音色調整部5の高さや径を変更することで疑似的なテーパ形状を変更し、所望の音色を実現できる。さらに、
図6に示すように、倍音の波長のピークが低音側に移動することにより、音程を変えずに音色の変更が可能となる。
【0036】
次に、本発明の第2の実施の形態について
図7を参照して説明する。
図7(a)に示すように、パンフルート101は、高さが12mm、厚さが0.5mmの円筒であってロッド部3の内壁よりも僅かに小さい外径を有する第1音色調整部105と、高さが5mm、厚さが0.5mmの円筒であって第1音色調整部105の内径よりも僅かに小さい外径を有し第1音色調整部105の内側に配置される第2音色調整部106と、から構成される。第1音色調整部105の軸方向と、第2音色調整部106の軸方向と、パイプ10の軸方向とが一致し、第1音色調整部105の中心と、第2音色調整部106の中心と、パイプ10の中心が一致するように音響空間3aに配置される。第1音色調整部105及び第2音色調整部106は、底面41Aに対して固定されていないため、調整部4が上方に移動したときは閉塞部41と共に上方に移動し、調整部4が下方に移動したときは閉塞部41と離間する。このとき、図示せぬ押圧部材をロッド部3内に挿入することにより、第1音色調整部105及び第2音色調整部106を押し下げて底面41Aと当接させる。また、第1音色調整部105と第2音色調整部106とも互いに固定されていないため、それぞれが分離して音響空間3a内を移動可能となっている。
【0037】
図7(b)に示すように、基音S301が点線で示す周波数となり、周波数が高くなるにつれて周波数のピークである第1倍音S302から第9倍音S310までが出現している。このときの音程は、基音S301の周波数により決定される。第1倍音S302以降の音は上音であって、これらの波形がパンフルート101の音色に与える影響は大きい。
【0038】
第1音色調整部105及び第2音色調整部106が挿入されたパンフルート101の波形と、第1音色調整部105及び第2音色調整部106が挿入されておらず基音を基音S301と同一とした波形と、を比較すると、
図6に示すパンフルート1と同様に、8000Hz以上の倍音群が低音側にスライドすることにより音色が変化している。換言すると、第1音色調整部105及び第2音色調整部106の挿入により、音色が変化する。このときの調整部4の引き上げ量である距離Dは、調整部4を下げた容積相当量と、第1音色調整部105と第2音色調整部106の体積の総和と、が等しくなるように設定される。
【0039】
次に、本発明の第3の実施の形態について
図8を参照して説明する。
図8(a)に示すように、パンフルート201の音色調整部205は、高さHが12mm、厚さが0.5mmの円筒に深さCが8.2mmの窪みが形成されている。音色調整部205は、音色調整部205の軸方向とパイプ10の軸方向が一致し、音色調整部205の中心とパイプ10の中心が一致するように音響空間3aに配置される。音色調整部205の窪みは、略矩形であって上端から下方に向けて窪む湾曲した略矩形であって、円周方向に等間隔に4か所形成される。音色調整部205は、底面41Aに対して固定されていないため、調整部4が上方に移動したときは閉塞部41と共に上方に移動し、調整部4が下方に移動したときは閉塞部41と離間する。このとき、図示せぬ押圧部材をロッド部3内に挿入することにより、音色調整部205を押し下げて底面41Aと当接させる。
【0040】
図8(b)に示すように、基音S401が点線で示す周波数となり、周波数が高くなるにつれて周波数のピークである第1倍音S402から第9倍音S410までが出現している。このときの音程は、基音S401の周波数により決定される。第1倍音S402以降の音は上音であって、これらの波形がパンフルート201の音色に与える影響は大きい。
【0041】
音色調整部205が挿入されたパンフルート201の波形と、音色調整部205が挿入されていない状態で基音を基音S401と同一とした波形と、を比較すると、
図6に示すパンフルート1と同様に、8000Hz以上の倍音群が低音側にスライドすることにより音色が変化している。換言すると、音色調整部205の挿入により、音色が変化する。このときの調整部4の引き上げ量である距離Dは、調整部4を下げた容積相当量と、音色調整部205の体積と、が等しくなるように設定される。つまり、第1の実施の形態から第3の実施の形態によると、音色調整部が略円筒形状である場合には、音響空間3aに音色調整部を配置して調整部4を音色調整部の体積相当量だけ移動させることにより、基音を変えずに音色を変化させることができる。以上の第1の実施の形態から第3の形態より、音色調整部が略円筒形状である場合には、音色調整部を配置した状態の基音と、配置していない状態の基音と、を合わせたときの調整部4の移動量Dは、音色調整部の体積に略等しくなることが明らかとなった。
【0042】
次に、本発明の第4の実施の形態について、
図9から
図11を参照して説明する。
図9(a)に示すように、パンフルート301の音色調整部305は、長さ20mm、直径1.6mmの略円柱形状である。音色調整部305は、底面41Aに固定されておらず自由に音響空間3aを移動可能である。ただし、通常のパンフルートの演奏状態ではロッド部3が斜め下方を向いているため、音色調整部305の下端が底面41Aと当接し他端がロッド部3の壁面と当接することにより斜めに傾斜して配置される。音色調整部305の形状は、略柱形状であればよく、角柱、棒状、又は多角形の断面を有する柱形状であってもよい。
【0043】
図9(b)に示すように、点線で示す周波数が基音S501であって、周波数が高くなるにつれて周波数のピークである第1倍音S502から第9倍音S510までが出現している。このときの音程は、基音S501の周波数により決定される。第1倍音S502以降の音は上音であって、これらの波形がパンフルート301の音色に与える影響は大きい。
【0044】
パンフルート301の音色調整部305を取り除いた状態であって、調整部4の位置が同一のときの波形を
図10に示す。基音S601が点線で示す周波数となり、周波数が高くなるにつれて周波数のピークである第1倍音S602から第9倍音S610までが出現している。このときの音程は、基音S601の周波数により決定されるため、
図9(b)に示す基音S501と略同一となる。第1倍音S602以降の音は上音であって、これらの波形がパンフルート301の音色に与える影響は大きい。上述の実施の形態では、音色調整部5等を挿入することにより音程が変化したが、音色調整部305の場合は基音の変化がほとんど無い。つまり、音色調整部305は、音響空間3aに設置することにより基音への影響がなく上音にのみ影響を与える。換言すると、音色調整部305は、音程への影響が無く音色のみに影響を与える。
【0045】
図11は、
図9(b)と
図10とを重ねた波形であって、グレー線は音色調整部305が存在する
図9(b)の波形を示し、黒線は音色調整部305が存在しない
図10の波形を示す。なお、両者の調整部4の位置は同一である。音色調整部305を音響空間3aに配置することにより、特に図中に矢印で示す8000Hz以下の周波数の倍音及び基音のピークが高くなる。つまり、音色調整部305によって周波数の低い帯域の倍音のピーク波長が高くなり、吹く時の空気音を打ち消すことで音色がきれいでクリアに透明感をもって聞こえるようになる。第4の実施の形態では、上述の実施の形態と比較して、パンフルート301を演奏するときの息を僅かに弱めている。これにより、波形の縦軸[dB]が全体的に下がるが、倍音のピークにおける音の強さが大きくなる。
【0046】
次に、本発明の第5の実施の形態について、
図12から
図14を参照して説明する。
図12(a)に示すように、パンフルート401の音色調整部405は、長さ20mm、直径1.6mmの略円柱形状を有する。音色調整部405は底面41Aに固定され、底面41Aの中心からずれた位置であってロッド部3の内壁の近傍に配置される。
【0047】
図12(b)に示すように、基音S701が点線で示す周波数となり、周波数が高くなるにつれて周波数のピークである第1倍音S702から第9倍音S710までが出現している。このときの音程は、基音S701の周波数により決定される。第1倍音S702以降の音は上音であって、これらの波形がパンフルート401の音色に与える影響は大きい。
【0048】
パンフルート401の音色調整部405を取り除いた状態の波形を
図13に示す。基音S801が点線で示す周波数となり、周波数が高くなるにつれて周波数のピークである第1倍音S802から第9倍音S810までが出現している。このときの音程は、基音S801の周波数により決定される。第1倍音S802以降の音は上音であって、これらの波形がパンフルート401の音色に与える影響は大きい。
【0049】
図14は、
図12(b)と
図13とを重ねた波形であって、グレー線は音色調整部405が存在する
図12(b)の波形を示し、黒線は音色調整部405が存在しない
図13の波形を示す。音色調整部405を音響空間3aに配置することにより、8000Hz以下の周波数の倍音及び基音のピークが僅かに高くなる。つまり、音色調整部405によって周波数の低い帯域の倍音のピーク波長が高くなり、音色が僅かにきれいでクリアに透明感をもって聞こえるようになる。ただし、第4の実施の形態のパンフルート301の音色調整部305が挿入された波形と比較すると、ピークの高さ(音の強さ)が低いため音色調整部405の音色に与える影響が小さくなる。よって、透明感のあるクリアな音色を出したい場合は音色調整部305を用い、響くような音色を出したい場合には音色調整部405を用いることが望ましい。なお、第5の実施の形態においても同様に、第1の実施の形態及び第2の実施の形態と比較して、パンフルート301を演奏するときの息を僅かに弱めている。
【0050】
次に、本発明の第6の実施の形態について、
図15を参照して説明する。パンフルート501は、
図2に示す第1の実施の形態の音色調整部5と、
図9(a)に示す第4の実施の形態の音色調整部305と、を有している。音色調整部305は、音色調整部5よりも上下方向に長い。音色調整部5の内部空間に、音色調整部305が配置されている。音色調整部305は、底面41Aに当接しているが固定はされておらず、音響空間3a内を移動可能である。本実施の形態では、音色調整部5の8000Hz以上の倍音を低音側に移動させる効果と、音色調整部305の8000Hz以下の基音及び倍音のピークを高める効果と、の両方を得ることができる。これにより、音色調整部5の響くような音色と、音色調整部305のクリアで透明感のある音色とを組み合わせ、最も望ましい音色を実現することができる。
【0051】
次に、本発明の第7の実施の形態について、
図16を参照して説明する。パンフルート601の音色調整部605は、下端部に径方向内方に突出し底面41Aと当接する当接部606を有している。釘605Aによって当接部606と底面41Aとを固定することで、音色調整部605が閉塞部41に固定される。これにより、調整部4を上下に移動させると音色調整部605も追従して上下に移動する。なお、当接部606と底面41Aとを接着剤等によって固定してもよい。
【0052】
このような構成により、調整部4及び音色調整部605を支持部42の操作によって移動することができるため、それぞれを個別に移動させる場合と比較して簡単に音程及び音色の調整を行うことができる。また、音色調整部605が釘605Aによって底面41Aに固定されているため、音色調整部605と底面41Aとが離間して意図せず音色が変化することがないため、安定的な音色を出すことができる。
【0053】
次に、本発明の第8の実施の形態について、
図17を参照して説明する。パンフルート701は、略管形状のロッド部703と、音程を調整するための調整部704と、音色調整部5と、から構成される。ロッド部3はカーボン製であって円筒形状をなし、上下が開口し、下端から上方に略矩形の移動溝703aが形成される。調整部704は主に金属製であって、ロッド部703の内径と略同一の外径を有する閉塞部741と、閉塞部741を支える支持部742と、を有している。閉塞部741は、発泡性樹脂やスポンジ等の柔軟性を有する素材で構成されており、ロッド部703内を上下方向に移動可能である。支持部742は略円柱形状であって閉塞部741よりも小さい外径を有し、上端が閉塞部741に接続され、下端に径方向外方に突出する略円柱形状の操作部743が設けられている。移動溝703aの上下方向の長さは支持部742よりも短く、音響空間3aがロッド部703、音色調整部5、及び閉塞部741によって規定される。演奏者がパンフルート701を演奏したとき、音響空間3a内で空気が振動し、所望の音程の音を出すことができる。
【0054】
パンフルート701を組み立てた状態では、操作部743が移動溝703aから外部に露出しており、操作部743の操作により閉塞部741が上下方向に移動する。支持部42は、操作部7の円筒内部に所定の抵抗をもって挿入される。演奏者が音程を僅かに下げたい場合は、操作部743を下方に下げることにより、閉塞部741の位置を下げる。これにより、ロッド部703内の閉塞部741の位置が下方に移動するため音程が僅かに下がる。音程を上げる場合には、演奏者が操作部743を押し上げる。これにより、ロッド部703内の閉塞部741の位置が上方に移動するため音程が僅かに上がる。
【0055】
次に、本発明の第9の実施の形態について、
図18を参照して説明する。パンフルート801は、ロッド部3と、ロッド部3の下端に固定された閉塞部841と、閉塞部841の底面841Aに載置された音色調整部5と、から構成される。パンフルート801の閉塞部841はロッド部3に対して移動不能であり、音色調整部5はロッド部3に対して上下方向に移動可能であり、図中に点線で示すように、音色調整部5を音響空間3aから取り出し、所望の形状のものに変更することができる。
【0056】
本発明による閉口端管楽器は、上述した実施の形態に限定されず、特許請求の範囲に記載された発明の要旨の範囲内で種々の変更が可能である。
【0057】
上述の実施の形態による音色調整部5は、棒形状又は円筒形状の少なくとも一方を用いたが、これに限定されない。例えば、複数の棒形状の音色調整部を用いてもよく、角錐や角柱等を用いてもよい。つまり、音色調整部は、所定の体積を有している形状であれば任意の形状を選択することができる。また、音色調整部は、3つ以上の部材を組み合わせることにより構成してもよい。
【0058】
上述の実施形態によるパンフルートのロッド部3は単一管構造であったが、二重管構造を採用してもよい。これにより、所望の音色を作ることができる。
【符号の説明】
【0059】
1、201、301、401、501、601、701、801 パンフルート
2 吹口
3 ロッド部
4 調整部
5、105、205、305、405、505、605 音色調整部
6 閉塞部
7 操作部
10 パイプ
41、741、841 閉塞部
41A、741A 底面
42、742 支持部