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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024083267
(43)【公開日】2024-06-20
(54)【発明の名称】時計脱進機用の自己始動輪郭
(51)【国際特許分類】
   G04B 15/14 20060101AFI20240613BHJP
【FI】
G04B15/14 A
【審査請求】有
【請求項の数】15
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2023203805
(22)【出願日】2023-12-01
(31)【優先権主張番号】22212186.5
(32)【優先日】2022-12-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(71)【出願人】
【識別番号】591048416
【氏名又は名称】ウーテーアー・エス・アー・マニファクチュール・オロロジェール・スイス
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100111235
【弁理士】
【氏名又は名称】原 裕子
(74)【代理人】
【識別番号】100195257
【弁理士】
【氏名又は名称】大渕 一志
(72)【発明者】
【氏名】ウィンクラ―、 パスカル
(57)【要約】      (修正有)
【課題】脱進機がひとりでに始動するのに十分ではないキャリバーの自己始動を改善した、時計の脱進機構を提供する。
【解決手段】時計の脱進機構であって、レバー10及びガンギ車を含み、レバー10は機械振動子の慣性質量と協働し、レバー10によって担持されるか又はレバー10に含まれる複数のパレット1において、ガンギ車の複数の歯と協働するように配置され、パレット1とガンギ車の歯との間の接触部は、トルクが負の方向であり、接触部の法線とレバー10の動径との間の角度が負である停止ゾーンと、拘束角の前半に相当し、トルクが正の方向であり、角度ω1が正である第1のゾーンと、拘束角の後半に相当し、トルクが正の方向であり、角度ω2は正である第2のゾーンの少なくとも3つのゾーンを含む。
【選択図】図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
時計の脱進機構(100)であって、少なくとも1つのレバー(10)と少なくとも1つのガンギ車(20)とを含み、前記少なくとも1つのレバー(10)は、一方では機械振動子(400)の慣性質量(40)と協働し、直接的又は間接的に、前記機械振動子(400)に含まれる弾性復帰手段(50)の作用を受け、他方では、前記レバー(10)によって担持されるか又は前記レバー(10)に含まれる複数のパレット(1)において、前記少なくとも1つのガンギ車(20)に含まれる複数の歯(2)と協働するように配置され、少なくとも1つの前記パレット(1)及び/又は少なくとも1つの前記歯(2)は、前記弾性復帰手段が前記ガンギ車(20)を駆動するのに役立つ傾斜部分のための1つ、及び前記弾性復帰手段が前記ガンギ車(20)に対抗するのに役立つ他の傾斜部分のための他の1つの2つのゾーンを含むインパルスゾーンを含み、前記2つのゾーンは、前記ガンギ車(20)から見た前記弾性復帰手段の最大モーメントを最小にするように配置されることを特徴とする、時計の脱進機構(100)。
【請求項2】
前記レバーパレット(1)と前記ガンギ車(20)の1つの前記歯(2)との接触部は、トルクが負の方向であり、前記接触部の第1の法線(N1)と前記レバーの第1の動径(OP)との間に形成される第1の角度ω1が負である第1のゾーン(Z1)と、拘束角の前半に相当し、トルクが正の方向であり、前記接触部の第2の法線(N2)と前記レバーの第2の動径(OQ)との間に形成される第2の角度ω2が正である第2のゾーン(Z2)と、拘束角の後半に相当し、トルクが正の方向であり、前記接触部の第3の法線(N3)と前記レバーの第3の動径(OR)との間に形成される第3の角度ω3が正である第3のゾーン(Z3)の少なくとも3つのゾーン含むことを特徴とする、請求項1に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項3】
拘束角の前半に相当し、トルクが正の方向である前記第2のゾーン(Z2)において、前記接触部の前記第2の法線(N2)と前記レバーの前記第2の動径(OQ)との間の前記第2の角度ω2は正でありかつ所定値よりも小さい値であり、拘束角の後半に相当し、トルクが正の方向である前記第3のゾーン(Z3)において、前記接触部の前記第3の法線(N3)と前記レバーの前記第3の動径(OR)との間の前記第3の角度ω3は正でありかつ前記所定値よりも大きい制限値であることを特徴とする、請求項2に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項4】
前記所定値はatan(μ)であり、μは少なくとも1つの前記パレット(1)と少なくとも1つの前記歯(2)との間の摩擦係数であることを特徴とする、請求項3に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項5】
前記摩擦係数μは0.10と0.30の間に含まれることを特徴とする、請求項4に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項6】
前記摩擦係数μは0.2であることを特徴とする、請求項5に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項7】
少なくとも1つの前記パレット(1)は前記レバー(10)に含まれる本体に直接取り付けられ、前記レバー(10)の前記本体の材料以外の材料で作られることを特徴とする、請求項1に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項8】
前記時計の脱進機構(100)は潜在的に自己始動するタイプであることを特徴とする、請求項1に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項9】
前記時計の脱進機構(100)はスイスレバー脱進機であることを特徴とする、請求項8に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項10】
前記時計の脱進機構(100)は同軸脱進機であることを特徴とする、請求項8に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項11】
少なくとも1つの請求項1に記載の前記脱進機構(100)にエネルギーを分配するように配置される少なくともエネルギー貯蔵分配手段(200)及び歯車列(300)と、弾性復帰手段(50)によって戻される少なくとも1つの慣性質量(40)を含み、前記慣性質量(40)が前記少なくとも1つのレバー(10)と協働するように配置される少なくとも1つの機械振動子(400)とを含む時計ムーブメント(500)。
【請求項12】
前記機械振動子(400)はヒゲゼンマイ振動子であることを特徴とする、請求項11に記載の時計ムーブメント(500)。
【請求項13】
前記機械振動子(400)は、前記機械振動子(400)の前記弾性復帰手段(50)を構成する薄い弾性ブレードによって吊り下げられた少なくとも1つの前記慣性質量(40)を有する可撓誘導振動子であることを特徴とする、請求項11に記載の時計ムーブメント(500)。
【請求項14】
少なくとも1つの請求項11に記載の時計ムーブメント(500)を含む時計(1000)。
【請求項15】
腕時計であることを特徴とする、請求項14に記載の時計(1000)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計の脱進機構であって、少なくとも1つのレバーと少なくとも1つのガンギ車とを含み、前記少なくとも1つのレバーは、一方では機械振動子の慣性質量と協働し、直接的又は間接的に、前記機械振動子に含まれる弾性復帰手段の作用を受け、他方では、前記レバーによって担持されるか又は前記レバーに含まれる複数のパレットにおいて、前記少なくとも1つのガンギ車に含まれる複数の歯と協働するように配置される、時計の脱進機構に関する。
【0002】
本発明は、時計の脱進機構の分野に関する。
【背景技術】
【0003】
時計の脱進機構の重要な特性の1つは、自己始動である。これは、テンプが停止した後に脱進機構が「自ら」再始動する能力である。この特性が重要な状況は2つある。
・パワーリザーブの終わりにバレルが完全に下ろされ、テンプが停止する。このとき、時計を動かさずにバレルをステムによって巻き上げると、脱進機が再始動すること、すなわち時計を動かす必要なしにテンプを再び振動させることが評価されるであろう。
・バレルを巻くときに、時計への衝撃又は急激な加速により、テンプが例えばその停止位置に近い位置で一時的に停止する場合がある。このような衝撃又は急激な加速の場合に、脱進機が再始動すること、すなわち再び時計を動かす必要なしに、テンプを再び振動させることが評価されるであろう。
【0004】
ほとんどの既知の脱進機は、大きく2つのクラス、
・スイスレバー脱進機や同軸脱進機などの潜在的に自己始動する脱進機
・マリンクロノメーターで広く使用されているデテント脱進機やロビン脱進機などの本質的に自己始動しない脱進機
に分類される。
【0005】
これら2つのクラスを区別できるようにする基準は、テンプがその停止位置にある(弾性復帰手段:ヒゲゼンマイ又はフレキシブルガイドブレードのトルクがゼロの)ときに、ガンギ車が停止平面にあり得るか否かである。テンプが停止位置にあるときにガンギ車が停止平面にある場合、脱進機は自ら始動できない。
【0006】
腕時計に使用されているほとんどの脱進機は、特に加速に伴うリスクのため、潜在的に自己始動する。衝撃や急加速によってテンプが停止してはならず、再び振動を開始することができてはならない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本明細書で説明する発明は、既に潜在的に自己始動する脱進機構の自己始動を最適化することに関する。
【0008】
潜在的に自己始動する脱進機が始動するためには、バレルトルクがヒゲゼンマイを巻くのに十分でなければならず、より一般的には、振動子の戻りトルク(例えば、フレキシブルガイドの剛性)に打ち勝つのに十分でなければならない。これは、バレルがほぼ完全に下ろされた場合、潜在的に自己始動する脱進機が自らは始動しないことを意味する。バレルが完全に巻き上げられたとき、状況は問題のキャリバーによって異なる。いくつかのキャリバーは自ら始動するが、他のキャリバーはそれらを始動するために少し「振ること」を必要とする。
【0009】
本発明の目的は、「潜在的に自己始動する」が、その完全に巻き上げられたバレルのトルクが、脱進機がひとりでに始動するのに十分ではないキャリバーの自己始動を改善することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、自己始動を促進するために、レバーのパレット及び/又はガンギ車の歯の形状を最適化することにある。これを実現するために、ガンギ車に直接取り付けられた振動子の戻りトルクが全拘束角にわたってほぼ一定になるように、特定のパレット及び/又は歯の幾何学的形状が作成される。
【0011】
この目的のために、本発明は、請求項1に記載の時計の脱進機構に関する。
【0012】
本発明はまた、このような脱進機構を含む時計ムーブメントを含む。
【0013】
本発明はまた、少なくとも1つのこのような時計ムーブメントを含む時計、特に腕時計を含む。
【図面の簡単な説明】
【0014】
本発明の目的、利点及び特徴は、添付の図面を参照して以下の詳細な説明を読むことでより明確になるであろう。
図1】標準的なスイスレバー脱進機の場合のトルク線図であり、曲線は、横軸のガンギ車の角度の関数として、縦軸のガンギ車に直接取り付けられた振動子の戻りトルクを示す。
図2】本発明による脱進機構によって生成されることが提案されているトルク線図である。
図3】左側にレバーパレットを、右側にこのレバーパレットを圧迫するガンギ車の歯を模式的に、部分的に平面図で表す。パレットは、図2と同様のトルク線図を得るのに適した、本発明による変化をもたらす輪郭を含み、一連の3つのゾーンを含む。停止平面は、第1のエッジで「テンプ駆動」平面に接続され、第2のエッジで「一定トルク」曲面に接続される。これらの特定の呼称は限定的なものではなく、ヒゲゼンマイ型振動子の特定の非限定的な場合に関係する。
図4図3と同様に、標準的なレバーパレットの場合を表し、左側に標準的なレバーパレットを、右側に、当初の停止平面とインパルス平面を分離する、この標準的なパレットのエッジを圧迫するガンギ車の歯を示す。
図5図4の標準的なパレットについて、横軸のガンギ車に対する角度の関数として、縦軸のトルクの変化を示す。この図は、一方では破線で表される摩擦のない理想的な場合を示し、他方では実線で表される摩擦係数0.15の場合を示す。
図6図3と同様に、本発明によるレバーパレットの場合を表し、左側に本発明によるパレットを示し、右側に、振動子の弾性復帰手段がガンギ車を駆動するのに役立つ「テンプ駆動」面と、これらの弾性復帰手段がガンギ車に対抗するのに役立つ「一定トルク」曲面との2つのインパルスゾーンを分離する、このパレットの第2のエッジを圧迫するガンギ車の歯を示す。図4の標準的なパレットの輪郭は、その当初の停止平面及びそのインパルス平面と共に破線で重ねて描かれている。本発明によるパレットの停止平面は、図4の標準的なパレットの停止平面と同一であるが、標準的なパレットの単一のインパルス平面は、本発明によるパレットのために2つの部分によって置き換えられ、停止平面の後の最初の部分は、振動子のヒゲゼンマイ、又は場合によってはフレキシブルガイドがレバーを移動するためにガンギ車を助ける傾斜部分に相当し、次の部分は、ヒゲゼンマイ、又はフレキシブルガイドがレバーを移動するためにガンギ車に対抗する傾斜部分に相当する。
図7図5と同様に、図6の発明によるパレットについて、横軸上のガンギ車に対する角度の関数として、縦軸上のトルクの変化を示す。この図は、一方では破線で表される摩擦のない理想的な場合を示し、他方では実線で表される摩擦係数0.15の場合を示す。
図8】本発明によるレバーの詳細の概略平面図を示す。この図は、パレットの表面のいくつかについて、この表面の法線を破線で示し、レバーの旋回軸をこの表面の中央に結ぶ動径の直線を実線で示す。この図は、様々な角度の方向及び値を示し、その選択が本発明の目的を達成するために重要である。
図9】本発明による、レバー及びガンギ車を含む脱進機構にエネルギーを伝達するように配置されるエネルギー貯蔵分配手段及び歯車列を含むムーブメントと、弾性復帰手段によって戻される慣性質量を有し、前記慣性質量が前記レバーと協働するように配置される機械振動子とを含む時計、特に腕時計を表すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、少なくとも1つのレバー10と少なくとも1つのガンギ車20とを含む時計の脱進機構100に関する。この少なくとも1つのレバー10は、一方では、機械振動子400の慣性質量40と協働するように配置され、直接的又は間接的に、この機械振動子400に含まれる弾性復帰手段50の作用を受ける。そして、この少なくとも1つのレバー10は、他方では、このレバーによって担持されるか又はこのレバー10に含まれる複数のパレット1において、この少なくとも1つのガンギ車20に含まれる複数の歯2と協働するように配置される。
【0016】
本発明によれば、少なくとも1つの前記パレット1及び/又は少なくとも1つの前記歯2は、前記弾性復帰手段が前記ガンギ車20を駆動するのに役立つ傾斜部分のための1つ、及び前記弾性復帰手段50が前記ガンギ車20に対抗するのに役立つ他の傾斜部分のための他の1つ、の2つのゾーンを含むインパルスゾーンを含み、前記2つのゾーンは前記ガンギ車20から見た弾性復帰手段の最大モーメントを最小にするように配置される。
【0017】
より詳細には、それぞれの前記パレット1及び/又はそれぞれの前記歯2は、前記弾性復帰手段が前記ガンギ車20を駆動するのに役立つ傾斜部分のための1つ、及び前記弾性復帰手段50が前記ガンギ車20に対抗するのに役立つ他の傾斜部分のための他の1つ、の2つのゾーンを含むインパルスゾーンを含み、前記2つのゾーンは前記ガンギ車20から見た弾性復帰手段の最大モーメントを最小にするように配置される。
【0018】
図1は、先行技術の脱進機、例えば、特に、これに限定されないが、M. G-A Bernerによる図解時計専門辞典(the Illustrated Professional Dictionary of Horology)、スイス時計協会FH、項目1660Fに記載されるような「標準的な」スイスレバー脱進機の場合を示し、ここで、ガンギ車に直接取り付けられた振動子の戻りトルクCRを横軸のガンギ車の角度の関数として縦軸に示す曲線は、対称なモーメント値、+Mmaxと-Mmaxとの間の直線の形状を有する。
【0019】
ガンギ車の角度範囲は、2つの歯の間の半角θ=360°/歯の数/2に相当する。これは、振動子が拘束角を移動するときの、振動子の交番中のガンギ車の前進角である。
【0020】
角度範囲の左半分では、振動子の戻りトルク(例えば、ヒゲゼンマイのトルク)がレバーの変位を助けるため(負のトルク)、ガンギ車はレバーを変位させるためにトルクをかける必要がないことがわかる。しかしながら、角度範囲の右半分では、振動子の戻りトルクがレバーをその中間位置に戻すため、ガンギ車はレバーを変位させるためにますます多くのトルクをかける必要がある(正の増加するトルク)。ここでの「中間位置」とは、振動子の慣性質量が平衡位置にあるときのレバーの位置を指す。この位置では、螺旋ばねなどの弾性復帰手段又はフレキシブルガイドは、レバーにいかなる力又はトルクもかけない。
【0021】
本発明の目的は、ガンギ車に直接取り付けられた振動子の戻りトルクCRが図2に示す以下の形状に近いようなパレット及び歯の輪郭を提案することである。
・ガンギ車に直接取り付けられた振動子の戻りトルクが強く負である左側の小さな角度範囲。この範囲では、振動子の弾性復帰手段がレバーの前進を助けるため、ガンギ車には打ち勝つべきトルクがない。
・トルクが概ね一定の正である、角度範囲の残りのすべて。
【0022】
エネルギー推論により、これを行うことによって、ガンギ車がレバーを変位させるのに必要なトルクが従来技術の最大4分の1の範囲であることを示すことができる。実際、摩擦係数がゼロの場合、力学的エネルギーは保存される。これは、ガンギ車におけるトルクの角度に対する積分が、振動子が拘束角を出るときの振動子の戻しばねの弾性エネルギーEelに等しくなければならないことを意味する。
【0023】
従来技術では、ガンギ車の角度に対するトルクの積分値は、Mmax/2 × θ/2(図1の左右の2つの三角形のそれぞれの面積)である。
したがって、Mmax/2 × θ/2 = Eelであるため、
Mmax = 4 Eel/θ、及び
θ = 4 Eel/Mmaxとなる。
【0024】
本発明の場合、モーメント値Mleft(図2ではMlと表示)とMright(図2ではMrと表示)について2つの場合が別々に処理される。
・左側の範囲では、エネルギー計算は
Mleft × θ/10 = -Eelとなり、
したがって、Mleft = -10Eel/θ = -2.5 Mmaxである。
・右側の範囲では、Mright × θ × 9/10 = Eelとなり、
したがって、Mright = 10/9 × Eel/θ = 約1/4 Mmaxである。
【0025】
摩擦係数がゼロ以外の場合、これらの計算はより複雑になるが、「ガンギ車に直接取り付けられた振動子の復元トルクが一定になるように管理すれば、自己始動に必要なトルクが小さくなる」という法則は概ね有効のままである。
【0026】
したがって、ガンギ車に直接取り付けられる振動子の復元トルクが概ね一定になるように、複数のパレット(又は複数の歯)の適切な幾何学的形状を定義することが問題となる。図3は、左側にレバーパレット1を示し、右側にこのレバーパレット1を圧迫するガンギ車20の歯2を示す。パレット1は、この問題に対処するのに適した本発明による変化をもたらす輪郭を含み、輪郭は、以下の一連の3つのゾーンを含む。
・特に、これに限定されないが、停止平面を含む、第1のゾーンZ1。
・振動子400の弾性復帰手段50がガンギ車を駆動するのに役立つ第2のゾーンZ2。より詳細には、振動子がヒゲゼンマイアセンブリである場合、この第2のゾーンZ2は「テンプ駆動」面、特に、これに限定されないが、「テンプ駆動」平面である。
・振動子の弾性復帰手段がガンギ車に対抗するのに役立つ第3のゾーンZ3。より詳細には、振動子がヒゲゼンマイアセンブリである場合、この第3のゾーンZ3は、限定されないが、「一定トルク」面である。ガンギ車20の歯の突出部2は、この第3のゾーンZ3全体にわたってレバー10を押し進める。歯の突出部がパレット1のかかと状部に達すると、歯2へのインパルスが始まり、歯2の「平面」がパレットのかかと状部を押す。
【0027】
図4は、左側に停止平面ZRとインパルス平面Z0を有する標準的なレバーパレット1を示し、右側に、停止平面ZRとインパルス平面Z0を分離する、この標準的なパレットのエッジを圧迫するガンギ車20の歯2を示す。
【0028】
図6は、本発明によるパレット1を示す。
【0029】
本発明による第1のゾーンZ1は、標準的なレバーパレットの従来の停止平面ZRである。
【0030】
第2のゾーンZ2は、第1のエッジAで第1のゾーンZ1に接続される。特定の場合には、第2のゾーンZ2と第1のゾーンZ1は平面であり、二面角を形成する。
【0031】
第3のゾーンZ3は、第2のエッジBで第2のゾーンZ2に接続される。図示しない特定の場合には、第2のゾーンZ2と第3のゾーンZ3は平面であり、二面角を形成する。図示しない別の特定の場合には、第3のゾーンZ3は、二面角を形成する2つの平面によって形成される。
【0032】
様々なシミュレーションにより、横軸のガンギ車の角度の関数として縦軸のトルクの変化を示す、以下の図5及び図7の曲線を描くことができる。
図4の標準的なパレットに対する図5の曲線。
・本発明に特有の図3によるパレットの図7の曲線。
【0033】
図5及び図7は、一方では破線で表される摩擦のない理想的な場合を示し、他方では実線で表される摩擦係数0.15の場合を示す。
【0034】
図4の標準的なパレットについて、図5はシミュレーションからのトルク線図を示しており、ガンギ車の歯がパレットに「密着」していないため、ガンギ車に直接取り付けられた螺旋ばねの「負」のトルクは示されていない。最大トルクは、摩擦なしで約0.59(摩擦係数0.15で0.85)(任意の単位で)である。
【0035】
図6は、左側に本発明によるパレットを示し、右側には、第2のゾーンZ2を第3のゾーンZ3から分離する、このパレットの第2のエッジBを圧迫するガンギ車の歯を示す。図4の標準的なパレットの輪郭は、そのインパルス平面Z0、その停止平面ZRと共に破線で重ねて描かれており、停止平面ZRはここでは第1のゾーンZ1によって構成されている。本発明によるレバーのパレットは、全ての条件が同じであれば、標準的なパレットに対して長くなっていること、標準的なパレットのインパルス平面Z0は、第2のゾーンZ2と第3のゾーンZ3の並置によって生じる複合面に置き換えられることは明らかである。より詳細には、第3のゾーンZ3は少なくとも1つの平坦な面を含み、さらに詳細には平面である。
【0036】
図7の右側は、本発明による解決策、最適化されたパレット(+歯)のトルク線図を示す。最大トルクは、摩擦なしで約0.29(摩擦係数0.15で0.45)である(トルクの任意の単位で)。所望のトルク平滑化が得られ、これは摩擦なしの理論的な変形例と摩擦係数0.15の実際の条件に近い変形例の両方で得られる。
【0037】
戻りトルクCRのモーメントの相対ゲインは、係数2に近く、予想される係数4よりも小さい。その理由は以下のとおりである。
・実際のインパルスは、図のように対称ではない。
・「レバーとガンギ車」の伝達比は、インパルスの終わりに(「歯の突出部とパレットの平面」の接触から「歯の平面とパレットの突出部」接触に移行するときに)変化する。これは既に、標準的なパレットでの最適化の方向へ進んでいる。
【0038】
図8は、このシミュレーションに適した幾何学的形状を示す。各面について、曲線への接線が関連する接触ゾーンの中央に描かれ、この点から、
・曲線への法線(したがって、この接線に垂直)が破線で描かれ、
・アンクルの旋回軸をこの点に結ぶ動径の直線が実線で描かれる。
【0039】
法線から動径に向かう角度は、常に同じ方向ではない。ここでは、図中の三角法方向に向かう角度を正と呼び、逆方向に向かう角度を負と呼ぶ。
【0040】
より詳細には、
・第1のゾーンZ1、特に、これに限定されないが、第1の平面では、一方のこの第1のゾーンZ1の中点Pにおける第1のゾーンZ1の第1の法線N1と他方のレバーの旋回軸Oをこの点Pに結ぶ第1の動径OPとの間に形成される第1の角度ω1は負であり、トルクは負の方向である。
・第2のゾーンZ2、特に、これに限定されないが、第2の平面では、第2のゾーンZ2の中点Qにおける第2のゾーンZ2の第2の法線N2とレバーの旋回軸Oをこの点Qに結ぶ第2の動径OQとの間に形成される第2の角度ω2は正であり、トルクは正の方向である。
・図に示す変形例では曲面であるが、少なくとも1つの第3の平面を(これに限定されないが)含むこともできる第3のゾーンZ3では、第3のゾーンZ3の中点Rにおける第3のゾーンZ3の第3の法線N3とレバーの旋回軸Oをこの点Rに結ぶ第3の動径ORとの間に形成される第3の角度ω3は正であり、トルクは正の方向である。
【0041】
さらに詳細には、第2の法線N2と第2の動径OQとの間の第2の角度ω2はatan(μ)よりも小さく、μは少なくとも1つのパレット1と少なくとも1つの歯2との間の摩擦係数であり、「atan」という表記はアークタンジェントを意味する。摩擦係数μは、好ましくは0.10と0.30の間に含まれる。より詳細には、摩擦係数μは0.12と0.24の間に含まれる。さらに詳細には、摩擦係数μは0.2に等しい。その結果、法線N1と動径OQの間の角度ω1はatan(0.2)よりも小さい。
【0042】
さらに詳細には、第3の法線N3と第3の動径ORの間の第3の角度ω3はatan(μ)よりも大きい。摩擦係数μは、好ましくは0.10と0.30の間に含まれる。より詳細には、摩擦係数μは0.16と0.24の間に含まれる。さらに詳細には、摩擦係数μは0.2に等しい。その結果、法線N1と動径OQとの間の角度ω1はatan(0.2)よりも大きい。
【0043】
この幾何学的形状は、レバーの複数のパレットとガンギ車の複数の歯の両方に適用できることが理解される。
【0044】
複数のパレットは、振動子に固定することができる(摩擦停止)。
【0045】
本明細書に記載される特別な輪郭は、ガンギ車の歯に合わせることができる。
【0046】
より詳細には、レバーパレット1とガンギ車20の歯2との間の接触部は、停止ゾーンと呼ばれ、トルクが負の方向であり、接触部の法線とレバーの動径との間の角度が負である第1のゾーンと、拘束角の前半に相当し、トルクが正の方向であり、角度が正でありかつ所定値よりも小さい値である第2のゾーンと、拘束角の後半に相当し、トルクが正の方向であり、角度が正でありかつこの所定値よりも大きい制限値を有する第3のゾーンの少なくとも3つのゾーンを含む。
【0047】
より詳細には、この所定値は、摩擦係数μが0.20の場合はatan(0.2)であり、摩擦係数μが0.15の図5及び図7のシミュレーションの場合はatan(0.15)である。
【0048】
本発明はさらに、特に、これに限定されないが、M. G-A Bernerによる図解時計専門辞典(the Illustrated Professional Dictionary of Horology)、スイス時計協会FH、項目3091Aに記載されるような時計ムーブメント500を含み、時計ムーブメント500は、少なくとも1つのこのような脱進機構100にエネルギーを伝達するように配置される少なくともエネルギー貯蔵分配手段200及び歯車列300と、弾性復帰手段50によって戻される少なくとも1つの慣性質量40を有し、前記慣性質量40が前記少なくとも1つのレバー10と協働するように配置される少なくとも1つの機械振動子400とを含む。
【0049】
より詳細には、前記機械振動子400はヒゲゼンマイ振動子である。
【0050】
当然ながら、本発明は、パレット1がレバー10自体以外の材料で作られる場合にも適用され、最適な摩擦係数μを調整することができる。より詳細には、少なくとも1つのパレット1がレバー10に含まれる本体に直接取り付けられ、このレバー本体の材料以外の材料で作られる。
【0051】
より詳細には、前記機械振動子400は、振動子400の弾性復帰手段50を構成する薄い弾性ブレードによって吊り下げられた少なくとも1つの慣性質量40を有する可撓誘導振動子である。
【0052】
本発明はまた、少なくとも1つのこのような時計ムーブメント500を含む時計1000、特に腕時計を含む。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【手続補正書】
【提出日】2024-02-19
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
時計の脱進機構(100)であって、少なくとも1つのレバー(10)と少なくとも1つのガンギ車(20)とを含み、前記少なくとも1つのレバー(10)は、一方では機械振動子(400)の慣性質量(40)と協働し、直接的又は間接的に、前記機械振動子(400)に含まれる弾性復帰手段(50)の作用を受けるように配置され、他方では、前記レバー(10)によって担持されるか又は前記レバー(10)に含まれる複数のパレット(1)において、前記少なくとも1つのガンギ車(20)に含まれる複数の歯(2)と協働するように配置され、前記パレット(1)の少なくとも1つ及び/又は前記歯(2)の少なくとも1つは、前記弾性復帰手段が前記ガンギ車(20)を駆動するのに役立つ傾斜部分のための1つ、及び前記弾性復帰手段が前記ガンギ車(20)に対抗するのに役立つ他の傾斜部分のための他の1つの2つのゾーンを含むインパルスゾーンを含み、前記2つのゾーンは、前記ガンギ車(20)から見た前記弾性復帰手段の最大モーメントを最小にするように配置されることを特徴とする、時計の脱進機構(100)。
【請求項2】
記パレット(1)の1つと前記ガンギ車(20)の前記歯(2)の1つとの接触部は、トルクが負の方向であり、前記接触部の第1の法線(N1)と前記レバーの第1の動径(OP)との間に形成される第1の角度ω1が負である第1のゾーン(Z1)と、拘束角の前半に相当し、トルクが正の方向であり、前記接触部の第2の法線(N2)と前記レバーの第2の動径(OQ)との間に形成される第2の角度ω2が正である第2のゾーン(Z2)と、拘束角の後半に相当し、トルクが正の方向であり、前記接触部の第3の法線(N3)と前記レバーの第3の動径(OR)との間に形成される第3の角度ω3が正である第3のゾーン(Z3)の少なくとも3つのゾーン含むことを特徴とする、請求項1に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項3】
記第2の角度ω2)は所定値よりも小さい値であり、前記第3の角度ω3)は前記所定値よりも大きい制限値であることを特徴とする、請求項2に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項4】
前記所定値はatan(μ)であり、μは前記パレット(1)の少なくとも1つと前記歯(2)の少なくとも1つとの間の摩擦係数であることを特徴とする、請求項3に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項5】
前記摩擦係数μは0.10と0.30の間に含まれることを特徴とする、請求項4に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項6】
前記摩擦係数μは0.2であることを特徴とする、請求項5に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項7】
記パレット(1)の少なくとも1つは前記レバー(10)に含まれる本体に直接取り付けられ、前記レバー(10)の前記本体の材料以外の材料で作られることを特徴とする、請求項1に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項8】
前記時計の脱進機構(100)は潜在的に自己始動するタイプであることを特徴とする、請求項1に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項9】
前記時計の脱進機構(100)はスイスレバー脱進機であることを特徴とする、請求項8に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項10】
前記時計の脱進機構(100)は同軸脱進機であることを特徴とする、請求項8に記載の時計の脱進機構(100)。
【請求項11】
少なくとも1つの請求項1に記載の脱進機構(100)にエネルギーを分配するように配置される少なくともエネルギー貯蔵分配手段(200)及び歯車列(300)と、弾性復帰手段(50)によって戻される少なくとも1つの慣性質量(40)を含み、前記慣性質量(40)が前記少なくとも1つのレバー(10)と協働するように配置される少なくとも1つの機械振動子(400)とを含む時計ムーブメント(500)。
【請求項12】
前記機械振動子(400)はヒゲゼンマイ振動子であることを特徴とする、請求項11に記載の時計ムーブメント(500)。
【請求項13】
前記機械振動子(400)は、前記機械振動子(400)の前記弾性復帰手段(50)を構成する薄い弾性ブレードによって吊り下げられた前記慣性質量(40)を有する可撓誘導振動子であることを特徴とする、請求項11に記載の時計ムーブメント(500)。
【請求項14】
少なくとも1つの請求項11に記載の時計ムーブメント(500)を含む時計(1000)。
【請求項15】
腕時計であることを特徴とする、請求項14に記載の時計(1000)。
【外国語明細書】