(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024083319
(43)【公開日】2024-06-20
(54)【発明の名称】デスモソーム強化剤および表皮角化促進剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/702 20060101AFI20240613BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20240613BHJP
A61P 17/16 20060101ALI20240613BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240613BHJP
A61K 8/73 20060101ALI20240613BHJP
A61Q 19/00 20060101ALI20240613BHJP
A61Q 19/08 20060101ALI20240613BHJP
A23L 33/125 20160101ALI20240613BHJP
【FI】
A61K31/702
A61P17/00
A61P17/16
A61P43/00 105
A61K8/73
A61Q19/00
A61Q19/08
A23L33/125
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023208887
(22)【出願日】2023-12-11
(31)【優先権主張番号】P 2022196816
(32)【優先日】2022-12-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】593012228
【氏名又は名称】株式会社希松
(74)【代理人】
【識別番号】100110766
【弁理士】
【氏名又は名称】佐川 慎悟
(74)【代理人】
【識別番号】100165515
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 清子
(74)【代理人】
【識別番号】100169340
【弁理士】
【氏名又は名称】川野 陽輔
(74)【代理人】
【識別番号】100195682
【弁理士】
【氏名又は名称】江部 陽子
(74)【代理人】
【識別番号】100206623
【弁理士】
【氏名又は名称】大窪 智行
(72)【発明者】
【氏名】安藤 希
(72)【発明者】
【氏名】小谷野 豊
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 嘉純
(72)【発明者】
【氏名】小松 令以子
【テーマコード(参考)】
4B018
4C083
4C086
【Fターム(参考)】
4B018LB08
4B018LB10
4B018LE01
4B018LE02
4B018LE03
4B018LE05
4B018MD28
4B018ME14
4C083AC102
4C083AC122
4C083AD211
4C083AD212
4C083BB51
4C083CC02
4C083CC04
4C083DD27
4C083EE11
4C083EE12
4C083EE13
4C086AA01
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4C086MA01
4C086MA04
4C086MA63
4C086NA14
4C086ZA89
4C086ZB21
(57)【要約】
【課題】 デスモコリンおよび/またはデスモグレインの発現を促進する技術、デスモソームを強化する技術、ならびに、表皮角層のバリア機能を強化する技術を提供する。 また、ケラチン、インボルクリン、ロリクリン、ペプチジルアルギニンデイミナーゼおよび/またはブレオマイシン水解酵素の発現を促進する技術ならびに表皮角化を促進する技術を提供する。
【解決手段】 1-ケストースを有効成分とする、デスモソーム強化剤。本発明によれば、デスモコリンおよび/またはデスモグレインの発現を促進することができ、デスモソームを強化することができ、表皮角層バリア機能を強化することができる。これにより、皮膚感染症の予防ないし改善をはじめ、皮膚や身体の健康に寄与することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1-ケストースを有効成分とする、デスモソーム強化剤。
【請求項2】
表皮角層バリア機能強化するために用いられる、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
1-ケストースを有効成分とする、表皮角化促進剤。
【請求項4】
1-ケストースを有効成分とする、デスモコリンの発現促進剤。
【請求項5】
1-ケストースを有効成分とする、デスモグレインの発現促進剤。
【請求項6】
1-ケストースを有効成分とする、ケラチンの発現促進剤。
【請求項7】
1-ケストースを有効成分とする、インボルクリンの発現促進剤。
【請求項8】
1-ケストースを有効成分とする、ロリクリンの発現促進剤。
【請求項9】
1-ケストースを有効成分とする、ペプチジルアルギニンデイミナーゼの発現促進剤。
【請求項10】
1-ケストースを有効成分とする、ブレオマイシン水解酵素の発現促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1-ケストースを有効成分とする、デスモソーム強化剤、これを用いる表皮角層バリア機能強化剤、表皮角化促進剤、デスモコリンの発現促進剤、デスモグレインの発現促進剤、ブレオマイシン水解酵素の発現促進剤、ペプチジルアルギニンデイミナーゼの発現促進剤、ケラチンの発現促進剤、インボルクリンの発現促進剤およびロリクリンの発現促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
表皮は、身体の外側から角層、顆粒層、有棘層および基底層の4つの層からなっている。すなわち角層は身体の最外部に位置し、体内と体外との境界バリアとして機能する。係る角層は、角質細胞が約10~20層堆積し、下層の細胞間には細胞間脂質が充填された構造(脂質ラメラ構造)を有する。皮膚のバリア機能の中心的役割を担っているのは係る細胞間脂質であるとされ、角質細胞は、細胞同士が接着して強靱な細胞シート構造を形成し、脂質ラメラ構造を柔軟に強く保持している。角質細胞間の接着様式には、固定結合、密着結合およびギャップ結合があり、それぞれ機能が異なる。
【0003】
固定結合は、接着分子が細胞骨格と結合してなる構造であり、角質細胞が形成する細胞シート構造に、柔軟性と強靱さとを与えている。接着分子および細胞骨格の種類により、接着帯(接着結合、アドへレンスジャンクション)、デスモソーム(接着斑)およびヘミデスモソームに分かれる。接着帯は細胞間に存在する構造で、接着分子のカドヘリンがアクチンフィラメントと連結してなる。アクチンフィラメントは細胞表面に存在して細胞表面が関係する運動に関与する細胞骨格である。デスモソームも細胞間に存在する構造で、接着分子のデスモコリンおよびデスモグレインが、中間径フィラメント(角層であればケラチン)と連結してなる。中間径フィラメントは細胞全体に存在し、ロープのように強固で、細胞を引き伸ばすような外力から細胞を守る働きをする細胞骨格である。ヘミデスモソームは細胞と基質との間に存在する構造で、接着分子インテグリンが基質の中間径フィラメントと連結してなる。
【0004】
一方、密着結合(タイトジャンクション)は、細胞の頂端部に存在し、細胞間を隙間無くぴったりとつなげる構造であり、細胞間隙における液体やイオン等の物質流通を妨げる役割を果たす。また、ギャップ結合は隣接する細胞の細胞膜が接着し、その部分に多数のチャンネルタンパクが凝集した斑状構造で、イオン等1kDaまでの分子を自由に通過させ、細胞間情報伝達に関与する。
【0005】
すなわち、デスモソームなどの固定結合は、表皮角層バリアが物理的な強靱性や柔軟性を備えるために、必要不可欠な構造である。よって、その機能低下は健康の障害につながり、例えば、水疱性膿痂疹(とびひ)では、表皮の浅い層に侵入して増殖した黄色ブドウ球菌が表皮剥脱毒素(exfoliative toxin)を産生し、それがデスモグレイン1を切断して角質細胞間が解離するため、水疱が生じることが知られている(非特許文献1)。また、ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群でも、黄色ブドウ球菌の表皮剥脱毒素がデスモグレイン1を切断して水疱が生じることが知られている(非特許文献2、3)。
【0006】
また、表皮の最も内側に位置する基底層では、細胞分裂によって毎日新しいケラチノサイト(角化細胞)が生まれている。ケラチノサイトは、後から分裂する細胞に徐々に押し上げられて角層に達し、角質細胞に変化する。その後、約2週間かけて角層の最上部に到達し、少しずつ自然にはがれ落ちていく。表皮のこの営みを「角化」あるいは「ターンオーバー」といい、基底層で新しいケラチノサイトが生まれてからはがれ落ちるまで、およそ4週間以上の周期で繰り返されている。
【0007】
角化は、その過程で様々な因子が発現することで正常に進行する。例えば、ケラチン(KRT)は上述のとおり細胞を支持し安定化させる細胞骨格であり、基底層ではKRT5およびKRT14が、有棘層および顆粒層ではKRT1およびKRT10がそれぞれ発現する。インボルクリンは有棘層上部で、ロリクリンは顆粒層でそれぞれ発現を開始し、いずれもコーニファイドエンベロープ(角質細胞の細胞膜に相当する不溶性の構造体。「コーニファイドセルエンベロープ」ともいう。)の主要成分となる。ペプチジルアルギニンデイミナーゼは、タンパク質の脱イミノ化を触媒する酵素であり、角化の過程ではフィラグリン、K1およびK10が脱イミノ化されることが知られている。これによりフィラグリンはケラチン繊維の間からはずれ、ブレオマイシン水解酵素等の作用によって分解されて、天然保湿成分(NMF)が作り出されるとともに、フィラグリンの分解によって生じたヒスチジンからヒスチダーゼの作用によってtrans-ウロカニン酸が産生され、紫外線から皮膚を守る。
【0008】
しかし、様々な要因で表皮におけるこれら因子の発現が低下し、あるいは角化の速度が低下して角化が正常に行われなくなる場合がある。その結果、角層バリア機能の低下や肌のくすみ、肌荒れ等の皮膚症状を呈するようになると考えられる(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】馬場直子、伝染性膿痂疹、小児科診療UP-to-DATE(ラジオNIKKEI)、2014年3月5日
【非特許文献2】天谷雅行、総説 自己免疫と感染症の標的分子,デスモグレイン、日本臨床免疫学会会誌、第29巻、第5号、第325~333頁、2006年
【非特許文献3】MSDマニュアル プロフェッショナル版、14.皮膚疾患、皮膚静菌感染症、ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群、A. Damian Dhar 、2019年9月、[online]、[令和4年11月24日検索]、インターネット<URL: https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB/14-%E7%9A%AE%E8%86%9A%E7%96%BE%E6%82%A3/%E7%9A%AE%E8%86%9A%E7%B4%B0%E8%8F%8C%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87/%E3%83%96%E3%83%89%E3%82%A6%E7%90%83%E8%8F%8C%E6%80%A7%E7%86%B1%E5%82%B7%E6%A7%98%E7%9A%AE%E8%86%9A%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のように、表皮角層は身体の最外部に位置し、その対外バリアは感染症の予防など生体の健康維持に重要な役割を担っている。そしてデスモソームは、表皮角層が強靱なシートを形成して体外バリア機能を発揮するために不可欠な構造体であり、当該構造体の主体は細胞接着分子のデスモコリンおよびデスモグレインである。そこで、本発明者らは、デスモコリンおよび/またはデスモグレインの発現を促進すれば、デスモソームを強化することができ、それによって角層バリア機能、特にその強靱性を強化して、皮膚をはじめ身体の健康維持に寄与できると考えた。
【0012】
すなわち、本発明は、デスモコリンおよび/またはデスモグレインの発現を促進する技術、デスモソームを強化する技術、ならびに、表皮角層のバリア機能を強化する技術を提供することを目的とする。
【0013】
また、上述のように、表皮の角化は、くすみや肌荒れがなく、外界刺激への抵抗性を備えた健やかな皮膚を保つために重要な営みである。そして、ケラチン、インボルクリン、ロリクリン、ペプチジルアルギニンデイミナーゼおよびブレオマイシン水解酵素はいずれも正常に角化が進行するために不可欠なタンパク質である。そこで、本発明者らは、これらタンパク質の発現を促進すれば、角化を促進することができ、それによってくすみや荒れ肌の予防・改善、あるいはバリア機能の担保など、健やかな皮膚の獲得ないし維持に寄与できると考えた。
【0014】
すなわち、本発明は、ケラチン、インボルクリン、ロリクリン、ペプチジルアルギニンデイミナーゼおよび/またはブレオマイシン水解酵素の発現を促進する技術ならびに表皮角化を促進する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、鋭意研究の結果、1-ケストースが、デスモコリン、デスモグレイン、ケラチン、インボルクリン、ロリクリン、ペプチジルアルギニンデイミナーゼおよび/またはブレオマイシン水解酵素の発現を促進できることを見出した。また、1-ケストースが、表皮角層バリア機能を強化し、表皮角化サイクルを促進して、角層を正常化させることを見出した。そこで、これらの知見に基づいて、下記の各発明を完成した。
【0016】
(1)本発明に係るデスモソーム強化剤は、1-ケストースを有効成分とする。
【0017】
(2)本発明に係るデスモソーム強化剤は、表皮角層バリア機能を強化するために用いられるもの(表皮角層バリア機能強化剤)であってもよい。
【0018】
(3)本発明に係る表皮角化促進剤は、1-ケストースを有効成分とする。
【0019】
(4)本発明に係るデスモコリンの発現促進剤は、1-ケストースを有効成分とする。
【0020】
(5)本発明に係るデスモグレインの発現促進剤は、1-ケストースを有効成分とする。
【0021】
(6)本発明に係るケラチンの発現促進剤は、1-ケストースを有効成分とする。
【0022】
(7)本発明に係るインボルクリンの発現促進剤は、1-ケストースを有効成分とする。
【0023】
(8)本発明に係るロリクリンの発現促進剤は、1-ケストースを有効成分とする。
【0024】
(9)本発明に係るペプチジルアルギニンデイミナーゼの発現促進剤は、1-ケストースを有効成分とする。
【0025】
(10)本発明に係るブレオマイシン水解酵素の発現促進剤は、1-ケストースを有効成分とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、デスモコリンおよび/またはデスモグレインの発現を促進することができる。また、本発明によれば、デスモソームを強化することができる。また、本発明によれば、表皮角層バリア機能を強化することができる。これにより、皮膚感染症の予防ないし改善をはじめ、皮膚や身体の健康に寄与することができる。
【0027】
デスモソームは、表皮のみならず各種の上皮組織において細胞同士を結合し、細胞シートを形成している。係る細胞シートにより、生体は、内部と外部とを隔絶するのみならず、内部環境においても多くのコンパートメントを分け、それぞれのコンパートメント間にバリアを形成してそれぞれの環境を保ち、多細胞生物が一個体として発生して生活することを可能にしている。すなわち、デスモソームは生体の発生ないしは恒常性維持に不可欠な構造といえる。本発明は、デスモコリンおよび/またはデスモグレインの発現を促進すること、あるいはデスモソームを強化することに意義のあるすべての用途に用いることができる。
【0028】
本発明によれば、ケラチン、インボルクリン、ロリクリン、ペプチジルアルギニンデイミナーゼおよび/またはブレオマイシン水解酵素の発現を促進することができる。また、本発明によれば、表皮角化を促進することができる。
【0029】
ケラチンは、表皮のみならず、爪や毛,角膜など各種の上皮細胞において発現し、細胞骨格として細胞ないし組織の形態保持やバリア機能の達成に関与している。本発明は、ケラチンの発現を促進することに意義のあるすべての用途に用いることができる。
【0030】
インボルクリンは、すべての重層扁平上皮で発現し、表皮ではコーニファイドエンベロープを形成する。コーニファイドエンベロープは不溶性の強靱な構造物であり、物理的あるいは化学的障害から生体を守るバリア機能の達成に寄与しており、本構造が未熟な場合、バリア機能が低下することがわかっている。本発明は、インボルクリンの発現を促進することに意義のあるすべての用途に用いることができる。
【0031】
ロリクリンは、表皮のみならず、様々な角質化上皮細胞(ケラチンが生成沈着した上皮細胞)で発現し、表皮ではコーニファイドエンベロープを形成して、物理的あるいは化学的障害から生体を守るバリア機能の達成に寄与している。本発明は、ロリクリンの発現を促進することに意義のあるすべての用途に用いることができる。
【0032】
すなわち、本発明は、コーニファイドエンベロープの主成分であるインボルクリンおよび/またはロリクリンの発現を促進できることから、コーニファイドエンベロープの形成および/または成熟化に寄与することができる。本発明は、コーニファイドエンベロープの形成および/または成熟化を促進することに意義のあるすべての用途に用いることができる。
【0033】
ペプチジルアルギニンデイミナーゼは、表皮、卵巣、毛嚢、精巣、末梢血白血球、脳、子宮、脾、膵、骨格筋、分泌腺など多くの組織に発現し、シトルリン化というタンパク質の翻訳後修飾を触媒して、表皮角化や免疫応答、生殖システムなどにおいて重要な生理学的役割を果たす。本発明は、ペプチジルアルギニンデイミナーゼの発現を促進することに意義のあるすべての用途に用いることができる。
【0034】
ブレオマイシン水解酵素は、皮膚をはじめ全ての組織に普遍的に存在し、その遺伝子はハウスキーピング遺伝子の特徴を有する。表皮角化の過程で重要な役割を果たすほか、抗原ペプチドのプロセシングや細胞内タンパク質代謝への関与も推定されている。本発明は、ブレオマイシン水解酵素の発現を促進することに意義のあるすべての用途に用いることができる。
【0035】
また、本発明が有効成分とする1-ケストースは、野菜や穀物にも含まれているオリゴ糖の一種であり、古来より食品あるいは食品含有成分として摂取されてきた物質である。また、変異原性試験、急性毒性試験、亜慢性毒性試験および慢性毒性試験のいずれにおいても毒性は認められていないことから、安全性は極めて高い(食品と開発、Vol.49、No.12、第9頁、2014年)。したがって、本発明によれば、安全性や副作用への懸念を持つことなく、表皮角層バリア機能を強し、デスモソームを強化し、表皮角化を促進し、デスモコリン、デスモグレイン、ケラチン、インボルクリン、ロリクリン、ペプチジルアルギニンデイミナーゼおよび/またはブレオマイシン水解酵素の発現を促進することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】(I)は、試験細胞群(1-ケストースを培地に添加して培養したNHEK細胞)におけるデスモコリン1、デスモグレイン1、ブレオマイシン水解酵素、ペプチジルアルギニンデイミナーゼ3、ケラチン1、ケラチン10、インボルクリンおよびロリクリンの発現比を示す表である。(II)は当該発現比を棒グラフに表したものである。
【
図2】1-ケストースを配合したローションAと、これを配合しないローションBとを、1週間連用した皮膚から剥離した角層の画像および剥離スコを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明についてさらに説明する。本発明は、デスモソーム強化剤、これを用いる表皮角層バリア機能強化剤、表皮角化促進剤、デスモコリンの発現促進剤、デスモグレインの発現促進剤、ケラチンの発現促進剤、インボルクリンの発現促進剤、ロリクリンの発現促進剤、ペプチジルアルギニンデイミナーゼの発現促進剤およびブレオマイシン水解酵素の発現促進剤を提供する。本明細書では、これらの剤をまとめて、あるいはいずれかの剤を指して「本発明の剤」あるいは「本剤」という場合がある。
【0038】
本発明において、デスモコリン、デスモグレイン、ケラチン、インボルクリン、ロリクリン、ペプチジルアルギニンデイミナーゼおよび/またはブレオマイシン水解酵素の「発現を促進する」とは、生体のいずれかの細胞ないし組織・器官において、当該タンパク質をコードする遺伝子の転写量を大きくすること、当該タンパク質の量を大きくすること、または、当該タンパク質の活性を大きくすることをいう。
【0039】
デスモコリン、デスモグレイン、ケラチン、インボルクリン、ロリクリン、ペプチジルアルギニンデイミナーゼおよび/またはブレオマイシン水解酵素のタンパク質ないし遺伝子の配列情報は、公知のデータベースから入手することができる。公知のデータベースとして、例えば、アメリカ国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information、NCBI)運営の塩基配列データベースであるGenBankや、国立遺伝学研究所が作成する日本DNAデータバンク(DNA Data Bank of Japan、DDBJ)、欧州分子生物学研究所(European Molecular Biology Laboratory)の下部組織である欧州バイオインフォマティクス研究所(EBI)が提供するEMBL Nucleotide Sequence Database(EMBL)を例示することができる。
【0040】
デスモコリン(DSC)は、上述のとおりカドヘリンスーパーファミリーに属する膜貫通型の糖タンパク質で、質量は約105~120kDaであり、デスモソームの主要構成タンパク質である。ヒトでは3つのアイソフォーム(DSC1~3)が同定されており、それぞれ、DSC1遺伝子、DSC2遺伝子およびDSC3遺伝子にコードされる。DSC1は表皮上層、DSC3は表皮下層、DSC2は結腸や心筋組織など全てのデスモソーム含有組織に発現がみられることが報告されている。DSCタンパク質のアミノ酸配列ないしDSC遺伝子の塩基配列は上述のデータベースから得ることができ、例えば、ヒトDSC1の転写バリアントDsc1bは、GenBankにおいて参照番号NM_004948.3で登録されている。
【0041】
デスモグレインは(DSG)も、上述のとおりカドヘリンスーパーファミリーに属する膜貫通型の糖タンパク質で、質量は約150~160kDaであり、デスモソームの主要構成タンパク質である。ヒトでは4つのアイソフォーム(DSG1~4)が同定されており、それぞれ対応する4つの遺伝子にコードされる。デスモグレインは表皮、小腸、乳腺、気管、膀胱、肝臓、心臓、胸腺などの器官で細胞接着の機能を果たしていることが報告されている。DSGタンパク質のアミノ酸配列ないしDSG遺伝子の塩基配列は上述のデータベースから得ることができ、例えば、ヒトDSG1は、GenBankにおいて参照番号NM_001942.4で登録されている。
【0042】
DSCやDSGの異常は、デスモソームの異常になり疾患の発症要因となる。例えば、DSC遺伝子変異が原因の遺伝性疾患として、カルバハル症候群や線条体掌蹠角化症、ナクソス病、不整脈原性右室心筋症などが例示される。DSG遺伝子変異が原因の遺伝性疾患としては、尋常性天疱瘡や不整脈源性右室心筋症などが例示される。
【0043】
ケラチン(KRT)は、質量約40~70kDaのタンパク質で、30種以上の遺伝子にコードされる。酸性(pH4.9-5.4)のタイプIケラチンと中性~塩基性(pH6.1-7.8)のタイプIIケラチンとに大別され、それらがヘテロダイマーを形成し、これがさらに集まって中間径線維を構成する。水および中性溶媒に不溶でプロテアーゼの作用を受けにくく、化学的に安定で丈夫なタンパク質である。上皮組織で発現し、細胞骨格として細胞の形態保持やバリア機能の達成に関与している。ケラチン種の発現部位と、その遺伝子変異が発症要因となる疾患として、例えば表1に示すものが報告されている(清水宏、あたらしい皮膚科学 第2版、中山書店、2011年)。KRTタンパク質のアミノ酸配列ないしKRT遺伝子の塩基配列は上述のデータベースから得ることができ、例えば、GenBankにおいてヒトKRT1は参照番号NM_006121.4で、ヒトKRT10の転写バリアント1は参照番号NM_000421.5で、それぞれ登録されている。
【表1】
【0044】
インボルクリン(IVL)は、酸性の可溶性タンパク質であり、約75アミノ酸残基の保存されたN末端領域と、それに続くグルタミンリッチタンデムリピートを含む2つ可変長のセグメントで構成されている。タンパク質の総サイズは、ヒトでは585アミノ酸、イヌでは285アミノ酸、オランウータンでは835アミノ酸と様々である。インボルクリンはすべての重層扁平上皮で発現している。表皮では、有棘層上層から発現を開始し、顆粒層でトランスグルタミナーゼの働きによってインボルクリンどうし、あるいはその他のタンパク質との間で架橋結合(イソペプチド結合)して、不溶化したコーニファイドエンベロープ(周辺帯)を形成する。コーニファイドエンベロープの膜構造の中では比較的外側に位置する。IVLタンパク質のアミノ酸配列ないしIVL遺伝子の塩基配列は上述のデータベースから得ることができ、例えば、ヒトIVLは、GenBankにおいて参照番号NM_005547.4で登録されている。
【0045】
ロリクリン(LOR)は、グリシン、セリンおよびシステインに富む塩基性タンパク質であり、ヒトでは質量26kDa(315アミノ酸)である。ロリクリンは、げっ歯類の口腔、食道および胃粘膜、ビタミンA欠乏ハムスターの気管扁平上皮化生細胞、ラットのエストロゲン誘発扁平上皮細胞など、様々な角質化上皮細胞(ケラチンが生成沈着した上皮細胞)に発現が認められている。表皮角層では顆粒層で発現を開始し、インボルクリンやシスタチンAなどによってケラチノサイト膜内にコーニファイドエンベロープの土台が形成された後に、ロリクリンがトランスグルタミナーゼによって架橋を形成しながら強固なコーニファイドエンベロープを形成していくと考えられている。コーニファイドエンベロープの膜構造の中ではその内側表面近くに分布して主な構成成分となる。ロリクリン遺伝子の変異は、遺伝性角化症を生じるほか、皮膚疾患の一つである乾癬では発現が認められない。LORタンパク質のアミノ酸配列ないしLOR遺伝子の塩基配列は上述のデータベースから得ることができ、例えば、ヒトLORは、GenBankにおいて参照番号NM_000427.3で登録されている。
【0046】
ペプチジルアルギニンデイミナーゼ(蛋白はPAD,遺伝子はPADIと略されることが多い)は、ペプチド中のアルギニン(塩基性アミノ酸)をシトルリン(中性アミノ酸)に変換する脱イミノ化反応を触媒する酵素タンパク質である。哺乳類では5つのアイソフォーム(PAD1~4および6)が同定されている。アイソフォームの配列相同性は60~70%で、主に組織特異的発現に違いがあり、例えば、PAD1は主として表皮および子宮に発現している。PAD2は脳,子宮,脾,膵,骨格筋,分泌腺など多くの組織に発現し,とくに中枢神経でのミエリン塩基性蛋白,骨格筋やマクロファージのビメンチンなどがその基質として知られている。PAD3は主に表皮(顆粒層)、卵巣、毛嚢(毛包内毛根鞘細胞)に発現している。表皮におけるPAD3の基質として、K1、K10、フィラグリン、トリコヒアリンが同定されている。PAD4は主として好中球や単球などの白血球に発現している。また、細胞内では核にも局在し、ヒストンなどいくつかの核内蛋白のシトルリン化により核の機能に関与していることが明らかとなっている。PAD6は,ヒトでは卵巣,精巣,末梢血白血球などに発現している。
【0047】
PADによりシトルリン化されたタンパク質は免疫応答や皮膚,生殖システムなど多彩な生理学的役割を果たしていることが明らかになりつつある。例えば、尋常性乾癬では角層にシトルリン化タンパク質がまったく検出されなかったことから、PAD3ないしシトルリン化タンパク質が、表皮角化細胞の分化および角層の形成に重要な役割を果たすことが示唆されている。また、例えば、PAD4は、アルギニンのメチル化に拮抗することで翻訳のコリプレッサーとして働くことが知られているほか、癌抑制遺伝子p53の標的遺伝子のプロモーター領域でのヒストンの高シトルリン化に関与すること、好中球が感染防御のために放出するクロマチン網(NETs)の形成に必須の役割を果たすことなどが報告されている。PADタンパク質のアミノ酸配列ないしPADI遺伝子の塩基配列は上述のデータベースから得ることができ、例えば、ヒトPADI3は、GenBankにおいて参照番号NM_016233.2で登録されている。
【0048】
ブレオマイシン水解酵素(Bleomycin hydrolase、BLMH)は、ブレオマイシン(抗腫瘍ペプチド)のアミド結合を水解して薬効を失わせる酵素して発見された。質量280kDaの中性システインプロテアーゼで、455個のアミノ酸からなる同一のサブユニット6個が会合したホモ六量体構造をとる。5’-フランキング領域には転写因子結合配列がなく、高GC顔料であるなど、ハウスキーピング遺伝子の特徴を有している。全ての組織に普遍的に存在し、特に皮膚に最も高濃度に含まれる。また、生物界に普遍的に分布する。BLMHの機能として、腫瘍組織適合抗原クラスI分子によって提示される抗原ペプチドのプロセシングやホモシステインチオラクトンの代謝、アルツハイマー病の病因であるアミロイドβペプチドの分解等の細胞内タンパク質代謝への関与が推定されている。BLMHノックアウトマウスは約36%が新生児期に原因不明で死亡し、生存した新生児マウスには魚鱗癬に類似した皮膚症状や尾に炎症や壊死が認められたことが報告されている。BLMHタンパク質のアミノ酸配列ないしBLMH遺伝子の塩基配列は上述のデータベースから得ることができ、例えば、ヒトBLMHは、GenBankにおいて参照番号NM_000386.4で登録されている。
【0049】
本剤は、1-ケストースを有効成分としてなる。1-ケストースは、1分子のグルコースと2分子のフルクトースからなる三糖類のオリゴ糖である。1-ケストースは、当業者に公知の方法に従って製造して用いてもよく、簡便には、市販されているものを用いてもよい。市販品には、1-ケストースを高い純度(糖の総量を100%とした場合の、1-ケストースの質量%)で含有する精製品や、30~70質量%程度の比較的低い純度で含有するフラクトオリゴ糖の混合物などがあるが、それらのいずれを用いてもよい。
【0050】
本剤は、そのまま、化粧料や医薬品、医薬部外品、飲食物、サプリメント等として用いても良く、化粧料や医薬品、医薬部外品、飲食物、サプリメント等の原料として他の成分と併せてこれらに配合して用いてもよい。すなわち、本剤は、内用および外用のいずれの形態でも用いることができる。
【0051】
外用する場合、その製品形態としては、皮膚に直接塗布や貼付、噴霧等するもの(化粧品、医薬部外品、医薬品)の他、皮膚洗浄料や入浴料、消毒剤、殺菌剤などの衛生用品を例示することができる。より具体的な剤型としては、クリーム、シート剤、ローション、乳液、ジェル、エアゾール剤、ロールオン、スティック、粉剤、錠剤等の形態を例示することができる。これら外用製品は、当該製品に通常用いられる原料(例えば、油性基剤、水性基剤、界面活性剤、アルコール、防腐剤、キレート剤、酸化防止剤、増粘剤、香料、ビタミン類、抗炎症剤、紫外線吸収剤、紫外線散乱剤、高分子化合物、動植物由来抽出成分、殺菌剤等の成分)に1-ケストースを添加して、製造することができる。
【0052】
内用する場合、その製品形態としては、医薬品や食品添加剤、サプリメント、経腸栄養剤、栄養食品、乳児用食品、その他通常の飲食物の形態を例示することができる。医薬品やサプリメントの場合、より具体的な剤型としては、例えば、散剤、錠剤、糖衣剤、カプセル剤、顆粒剤、ドライシロップ剤、液剤、シロップ剤、ドロップ剤、ドリンク剤等の固形または液状の剤型を例示することができる。これら内用製品は、1-ケストースを原料として用いた上で、当業者に公知の方法で製造することができる。
【0053】
1-ケストースの投与量(摂取量)は、投与対象や製品の形態、目的に応じて適宜設定することができる。投与量として、具体的には、例えば、成人1日あたり、0.002g/kg体重以上、0.004g/kg体重以上、0.006g/kg体重以上、0.008g/kg体重以上、0.01g/kg体重以上、0.02g/kg体重以上、0.03g/kg体重以上、0.04g/kg体重以上、0.24g/kg体重以下、0.28g/kg体重以下、0.30g/kg体重以下、0.34g/kg体重以下、0.38g/kg体重以下、0.4g/kg体重以下を例示することができる。
【0054】
内用または外用の製品における1-ケストースの含有量もまた、製品の形態や用途に応じて適宜設定することができる。含有量として、具体的には、例えば、0.0001質量%以上、0.001質量%以上、0.01質量%以上、0.1質量%以上、100質量%以下、90質量%以下、80質量%以下、70質量%以下、60質量%以下、50質量%以下、40質量%以下、35質量%以下、30質量%以下、10質量%以下、5質量%以下を例示することができる。
【0055】
以下、本発明について、実施例に基づいて説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。
【実施例0056】
<実施例1>遺伝子発現解析
(1)被験物質
被験物質は、純度95質量%以上で1-ケストースを含有する組成物(粉体;市販品)を用いた。培地中の被験物質の濃度は、1-ケストースの終濃度である。
【0057】
(2)培地
培地は以下の2種類を用いた。
KB2培地:正常ヒト表皮角化細胞増殖用無血清液体培地(「Humedia-KB2」、KURABO)
KG2培地:KB2培地に、正常ヒト表皮角化細胞用増殖添加剤として、ヒト組換え型インスリン、ヒト組換え型上皮成長因子(hEGF)、ヒドロコルチゾン21-ヘミコハク酸ナトリウム塩、抗菌剤混合液(ゲンタマイシン硫酸塩およびアンフォテリシンB)ならびにウシ脳下垂体抽出液(BPE)(以上、KURABO)を仕様書に記載の濃度となるよう添加したもの。
【0058】
(3)被験物質存在下での細胞培養
正常ヒト表皮角化細胞(Normal Human Epidermal Keratinocytes)をKG2培地を用いて12穴プレートに2.5×105個/穴となるよう播種し、穴ごとに試験細胞群と対照細胞群とに振り分けた。一晩培養した後、試験細胞群は、被験物質を1.0mg/mLもしくは10.0mg/mLの濃度で含むKB2培地に培地交換した。対照細胞群は、被験物質を含まないKB2培地に培地交換した。培地交換後、さらに24時間培養した。
【0059】
(4)DNAマイクロアレイ
培養後の細胞をリン酸緩衝液で十分に洗浄し、QIAzol(登録商標)reagent を添加して-80℃で凍結した後、融解して融解液を得た。miRNeasy(登録商標)Mini Kit (QIAGEN) を用いて融解液から総RNAを抽出した。この総RNAを鋳型として、逆転写によりcDNAを合成し、DNAポリメラーゼを用いて2本鎖cDNAを合成した。得られた2本鎖cDNAを増幅してビオチン標識し、ビオチン標識cDNAを得た。ビオチン標識cDNAをDNAマイクロアレイ「Applied Biosystems Clariom S」(Thermo Fisher Scientific)にハイブリダイズさせて蛍光強度を測定した。測定データはソフトウェア「Transcriptome Viewer」(KURABO)を用いて解析し、両群につき4穴(N=4)の平均値を算出して、試験細胞群の蛍光強度を、対照細胞群における蛍光強度を1とした発現比で表した。すなわち、発現比が1より大きい場合は、試験細胞群の方が対照細胞群より当該遺伝子のRNA量が多い(当該遺伝子の発現量が大きい)ことを示し、発現比が1より小さい場合は同RNA量が小さい(当該遺伝子の発現量が小さい)ことを示す。発現比は、Student t 検定による有意差検定を行い、p値が0.05未満を統計学的に有意差ありとした。
【0060】
発現比が1より大きかった遺伝子を
図1に示す。
図1に示すように、デスモコリン1(DSC1)は、発現比が2.67倍で顕著に大きかった。デスモグレイン1(DSG1)はp=0.344であるものの、発現比が1.29倍で明らかに大きかった。ブレオマイシン水解酵素(BLMH)は、発現比が1.65倍で顕著に大きかった。ペプチジルアルギニンデイミナーゼ3(PADI3 )(mRNA Accession No.; NM_016233)は、発現比が1.62倍で顕著に大きかった。ペプチジルアルギニンデイミナーゼ3(PADI3 ) (mRNA Accession No.; ENST00000625769)は、発現比が2.06倍で顕著に大きかった。ケラチン1(KRT1)は、発現比が1.77倍で顕著に大きかった。ケラチン10(KRT10)は、発現比が1.61倍で顕著に大きかった。インボルクリン(IVL)は、発現比が1.43倍で顕著に大きかった。ロリクリン(LOR)は、発現比が1.60倍で顕著に大きかった。
【0061】
すなわち、デスモコリン、デスモグレイン、ブレオマイシン水解酵素、ペプチジルアルギニンデイミナーゼ、ケラチン、インボルクリンおよびロリクリンは、試験細胞群の方が対照細胞群よりも遺伝子発現量が大きかった。この結果から、1-ケストースはデスモコリン、デスモグレイン、ブレオマイシン水解酵素、ペプチジルアルギニンデイミナーゼ、ケラチン、インボルクリンおよびロリクリンの発現を促進できることが明らかになった。
【0062】
<実施例2>剥離パターンによる角層評価
テープストリッピングによって剥離された角層(剥離角層)の状態は、角層の状態を反映すると考えられる。すなわち、健康な皮膚では、角層の最外層が角化の進行に伴い自然に剥がれ落ちることから、剥離角層は均一な薄い(一層の)角質細胞からなる。一方で、角層が重なって剥がれる重層剥離が起こり、剥離角層が厚みを有する場合がある。また、厚さの異なる角層が分布し、不均一なパターンを呈する場合がある。これらは、角化の速度低下等の角化サイクルの乱れや角層バリア機能の低下等により、皮膚が不健康な状態にあることを表すといえる。そこで、1-ケストースを皮膚に塗布し、剥離パターンにより角層評価を行った。
【0063】
(1)ローションの作製
まず、1-ケストースを配合したローションAと、これを配合しないローションBを作製した。これらローションは、表2に示す各材料を混合することにより作製した。
【表2】
【0064】
(2)ローションの塗布および角層剥離
30~40歳代(平均年齢41.5歳)の健常人女性3名において、左右前腕内側部に4×5cmの略長方形の試験区を設定した。右腕の試験区にはローションAを、左腕の試験区にはローションBを、それぞれ1日2回(朝と晩の入浴後)適量を、1週間連用して塗布した。ローション連用の開始前および連用後において、粘着テープ「CorneofixR F20」(Courage+Khazaka社)を試験区に貼付した後、剥がして、角層を採取した。
【0065】
剥離角層が付着したテープをカメラ(「Visioscan VC20 plus」(Courage+Khazaka社))の開口部に貼付して画像を撮影した。角層の厚さと画像の輝度とが相関することから、撮影画像をグレースケールに変換し、輝度に基づき下記5クラスに分類して、各クラスに属する付着細胞の面積比率(%)を算出した。下記の分類基準に示すように、クラス番号が大きいほど、角質細胞層の厚みが大きいといえる。
<クラスの分類基準>
クラス1:角質細胞が付着していない背景部分 (カラー表示:黒色)
クラス2:暗いグレーの部分で、もっとも厚みがなく、均一な角質細胞層 (カラー表示:薄青色・濃青色)
クラス3:中低程度の厚さの角質細胞層 (カラー表示:緑色)
クラス4:明るいがクラス5よりは少し薄い白色、やや厚い角質細胞層 (カラー表示:オレンジ色)
クラス5:ほとんど白い薄片、非常に厚い角質細胞層 (カラー表示:赤色)
【0066】
また、各クラスの面積比率に基づき、式1により剥離スコア(desquamation index)を算出した。剥離スコアは、その値が大きいほど、重層剥離の量(角層の厚さおよび/または重層剥離の面積)が大きいことを表す。剥離スコアは、ローションA、Bのそれぞれを塗布した試験区ごとに平均値(N=3)を算出した。
式1:剥離スコア= (2A+Σ[Tn×(n-1)])/6
A = 角質細胞で覆われた面積の合計 (%)
n = 角層細胞層の厚さ
Tn = 単一の厚さの層の割合の合計 (%)
【0067】
剥離スコア、および、ローションA、Bのそれぞれを塗布した試験区について各クラス毎に色分けして表示した代表的な画像を
図2に示す。
【0068】
図2に示すように、剥離スコアは、ローションAおよびローションBのいずれを塗布した試験区でも連用前と比較して連用後の方が減少したが、ローションAを塗布した試験区の方が、減少の程度が顕著に大きかった。また、画像に示すように、連用前は、ローションAおよびローションBのいずれを塗布した試験区でも、赤色(クラス5)やオレンジ色(クラス4)の領域が多数、斑点状に分布し、薄青色・濃青色の領域(クラス2)が少なかった。これに対して、連用後は、ローションAを塗布した試験区では、赤色(クラス5)やオレンジ色(クラス4)の領域が顕著に減少し、大部分が薄青色・濃青色(クラス2)となった。一方、ローションBを塗布した試験区の連用後では、赤色(クラス5)やオレンジ色(クラス4)の領域が減少したものの、依然として多数分布していた。
【0069】
すなわち、1-ケストースを配合したローションを塗布した試験区では、剥離角層の厚みが減少するとともに、均一性が増した。この結果から、1-ケストースは、表皮角層バリア機能を強化し、表皮角化を促進して、角層を正常化できることが明らかになった。