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特開2024-8382窒素酸化物の還元反応において触媒活性を有する触媒、窒素酸化物の除去方法、およびアンモニアの製造方法
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  • 特開-窒素酸化物の還元反応において触媒活性を有する触媒、窒素酸化物の除去方法、およびアンモニアの製造方法 図1
  • 特開-窒素酸化物の還元反応において触媒活性を有する触媒、窒素酸化物の除去方法、およびアンモニアの製造方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024008382
(43)【公開日】2024-01-19
(54)【発明の名称】窒素酸化物の還元反応において触媒活性を有する触媒、窒素酸化物の除去方法、およびアンモニアの製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 31/22 20060101AFI20240112BHJP
   C01C 1/04 20060101ALI20240112BHJP
   B01J 35/39 20240101ALI20240112BHJP
【FI】
B01J31/22 M
C01C1/04 E
B01J35/02 J
B01J31/22 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022110214
(22)【出願日】2022-07-08
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業個人型研究「光で駆動するメタン酸化電池の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】松本 崇弘
(72)【発明者】
【氏名】中村 玄太
【テーマコード(参考)】
4G169
【Fターム(参考)】
4G169AA06
4G169BA27A
4G169BA27B
4G169BA48A
4G169BC59A
4G169BC62A
4G169BC64A
4G169BC64B
4G169BC66A
4G169BC67A
4G169BC68A
4G169BC70A
4G169BC71A
4G169BC72A
4G169BC73A
4G169BC74A
4G169BC74B
4G169BC75A
4G169BD01A
4G169BD01B
4G169BD04A
4G169BD04B
4G169BD07A
4G169BE02A
4G169BE02B
4G169BE26A
4G169BE36A
4G169BE36B
4G169BE42A
4G169BE42B
4G169BE43A
4G169CA05
4G169CA08
4G169CA13
4G169CB07
4G169CB82
4G169DA02
4G169HB10
4G169HE05
(57)【要約】
【課題】窒素酸化物の還元反応に使用可能な触媒を提供する。
【解決手段】遷移金属に置換または無置換のシクロペンタジエニル基と逆供与性配位子とが配位した構造を有するシクロペンタジエニル錯体を含み、上記遷移金属はレニウム、オスミウム、イリジウム、白金、ロジウム、パラジウム、ルテニウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、およびモリブデンからなる群より選択され、上記逆供与性配位子は、カルボニル、ホスフィン配位子、シアン化物イオン、およびアルケンからなる群より選択される配位子である触媒。上記触媒を利用して、例えばメタンを還元剤として硝酸イオンと反応させることによりアンモニアを製造することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素酸化物の還元反応において触媒活性を有する触媒であって、
遷移金属に少なくとも1つの置換または無置換のシクロペンタジエニル基と少なくとも1つの逆供与性配位子とが配位した構造を有するシクロペンタジエニル錯体を含み、
前記遷移金属はレニウム、オスミウム、イリジウム、白金、ロジウム、パラジウム、ルテニウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、およびモリブデンからなる群より選択される少なくとも1つの遷移金属であり、
前記逆供与性配位子は、カルボニル、ホスフィン配位子、シアン化物イオン、およびアルケンからなる群より選択される配位子である触媒。
【請求項2】
前記遷移金属がレニウムまたはイリジウムである請求項1に記載の触媒。
【請求項3】
前記逆供与性配位子がいずれもカルボニルである請求項1に記載の触媒。
【請求項4】
前記置換または無置換のシクロペンタジエニル基がペンタメチルシクロペンタジエニル基である請求項3に記載の触媒。
【請求項5】
前記シクロペンタジエニル錯体が式(I)で表される請求項1に記載の触媒;
[MCp(L)n0 (I):
式中、Mは前記遷移金属であり、Cpは前記置換または無置換のシクロペンタジエニル基であり、nは2または3であり、Lはそれぞれ独立して前記逆供与性配位子である。
【請求項6】
硝酸イオンの還元反応において使用される、請求項1~5のいずれか一項に記載の触媒。
【請求項7】
アンモニアの製造方法において使用される、請求項1~5のいずれか一項に記載の触媒。
【請求項8】
炭素数1~10のアルカンの酸化反応において使用される、請求項1~5のいずれか一項に記載の触媒。
【請求項9】
窒素酸化物を含む処理水から前記窒素酸化物を除去する方法であって、
請求項1~5のいずれか一項に記載の触媒を有機溶媒に溶解した溶液と窒素酸化物を含む処理水とを、炭素数1~10のアルカンの存在下、紫外光照射下で撹拌することを含む方法。
【請求項10】
前記アルカンがメタンである請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記窒素酸化物が硝酸イオンである請求項9に記載の方法。
【請求項12】
アンモニアの製造方法であって、
請求項1~5のいずれか一項に記載の触媒の存在下、窒素酸化物と炭素数1~10のアルカンとを紫外光照射下で反応させることを含む製造方法。
【請求項13】
前記アルカンがメタンである請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
前記窒素酸化物の水溶液および前記触媒を有機溶媒に溶解した溶液を前記メタンのガス加圧下で撹拌することを含む請求項13に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒素酸化物の還元反応において触媒活性を有する触媒、窒素酸化物の還元除去方法、およびアンモニアの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラネタリー・バウンダリーで反応性窒素が自然循環許容範囲を超えていることが提言されており、反応性窒素の中でも特に窒素酸化物による汚染は、大気中のみならず地下水等でも確認されている。そのため、窒素酸化物の還元による無害化や窒素資源として再利用する方法の開発が望まれる。
【0003】
排ガス中の窒素酸化物は環境汚染物質として従来から浄化法が開発されている。古典的には、アンモニアまたは尿素を還元剤として、V25/TiO2系触媒を用いた選択触媒還元脱硝技術による窒素酸化物の窒素分子(N2)への還元法がよく知られている。また、近年では水素を還元ガスとして使用しTiO2系担体に担持されたポルフィリン錯体を用いた処理方法も報告されている(特許文献1)。
【0004】
水中の窒素酸化物である硝酸イオンの還元方法としては自然界の微生物に見られる硝酸レダクターゼを模倣した金属錯体を使用する方法として、例えば、非特許文献1にはモリブデン錯体とルイス酸を使用した硝酸イオンの一酸化二窒素への還元反応が開示されている。
また、非特許文献2にはTiO2光触媒表面の欠陥部分における、選択的な硝酸イオンからアンモニアへの還元反応が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-114453号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】E. Kim, Inorg. Chem. 2018, 57, 2594-2602
【非特許文献2】ACS Catal. 2017,7, 3713-3720
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
窒素酸化物の処理法としてはN2への無害化のみでなく、窒素資源の循環利用の観点からの処理法の開発が望まれる。また、従来の還元技術はアンモニアや水素を還元剤として使用する方法であるが、より入手容易で環境負荷の低い還元剤を使用する方法が望まれる。
本発明の課題は、新規な窒素酸化物の還元反応およびこの反応に使用可能な触媒を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題の解決のため検討していたところ、特定の配位子を有するレニウム錯体を利用することにより、メタンを還元剤として硝酸イオンをアンモニアまで還元できることを見出した。本発明者らは、この知見に基づきさらに検討を重ねて、本発明を完成させた。
具体的には、本発明は以下のとおりである。
【0009】
<1>窒素酸化物の還元反応において触媒活性を有する触媒であって、
遷移金属に少なくとも1つの置換または無置換のシクロペンタジエニル基と少なくとも1つの逆供与性配位子とが配位した構造を有するシクロペンタジエニル錯体を含み、
上記遷移金属はレニウム、オスミウム、イリジウム、白金、ロジウム、パラジウム、ルテニウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、およびモリブデンからなる群より選択される少なくとも1つの遷移金属であり、
上記逆供与性配位子は、カルボニル、ホスフィン配位子、シアン化物イオン、およびアルケンからなる群より選択される配位子である触媒。
<2>上記遷移金属がレニウムまたはイリジウムである<1>に記載の触媒。
<3>上記逆供与性配位子がいずれもカルボニルである<1>または<2>に記載の触媒。
<4>上記置換または無置換のシクロペンタジエニル基がペンタメチルシクロペンタジエニル基である<1>~<3>のいずれかに記載の触媒。
<5>上記シクロペンタジエニル錯体が式(I)で表される<1>~<4>のいずれかに記載の触媒;
[MCp(L)n0 (I):
式中、Mは上記遷移金属であり、Cpは上記置換または無置換のシクロペンタジエニル基であり、nは2または3であり、Lはそれぞれ独立して上記逆供与性配位子である。
<6>硝酸イオンの還元反応において使用される、<1>~<5>のいずれかに記載の触媒。
<7>アンモニアの製造方法において使用される、<1>~<5>のいずれかに記載の触媒。
【0010】
<8>炭素数1~10のアルカンの酸化反応において使用される、<1>~<5>のいずれかに記載の触媒。
<9>窒素酸化物を含む処理水から上記窒素酸化物を除去する方法であって、
<1>~<5>のいずれかに記載の触媒を有機溶媒に溶解した溶液と窒素酸化物を含む処理水とを、炭素数1~10のアルカンの存在下、紫外光照射下で撹拌することを含む方法。
<10>上記アルカンがメタンである<9>に記載の方法。
<11>上記窒素酸化物が硝酸イオンである<9>または<10>に記載の方法。
<12>アンモニアの製造方法であって、
<1>~<5>のいずれかに記載の触媒の存在下、窒素酸化物と炭素数1~10のアルカンとを紫外光照射下で反応させることを含む製造方法。
<13>上記アルカンがメタンである<12>に記載の製造方法。
<14>上記窒素酸化物の水溶液および上記触媒を有機溶媒に溶解した溶液を上記メタンのガス加圧下で撹拌することを含む<13>に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、窒素酸化物の還元反応に活性を有する触媒として新規の触媒が提供される。この触媒を利用して入手容易なメタン等を還元剤として窒素酸化物を還元することができる。本発明の触媒は、水中の窒素酸化物の除去方法、アンモニアの製造方法として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例において硝酸イオンの還元反応に使用した反応容器(サファイア窓付高圧セル)の写真とその設計図を示す図である。なお、この高圧セルは耐圧20MPa、窓開口径φ15、試料室口径φ26深さ60mm、温調配管とポート3つ(IN/OUT/TC)を有する。
図2】実施例における還元反応の後の水相にフェノールと次亜塩素酸を添加して生成したインドフェノールの吸収スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0014】
<触媒>
本発明の触媒は窒素酸化物の還元反応において触媒活性を有する。
本発明の触媒は液相中の還元反応に用いることができる。したがって、好ましい態様において、本発明の触媒は液体中に溶解している窒素酸化物を還元する反応の触媒として用いられる。液体は水であればよい。
【0015】
窒素酸化物としては、N2O、NO、NO2、NO3、N23などのいわゆるNOXと言われる窒素酸化物のほか、硝酸イオン(NO3 -)、亜硝酸イオン(NO2 -)があげられる。本発明の触媒は特に水中の硝酸イオンまたは亜硝酸イオン、特に硝酸イオンの還元に好ましく用いることができる。すなわち、本発明の触媒は硝酸、亜硝酸、またはアルカリ金属、アルカリ土類金属の硝酸塩もしくは亜硝酸塩の還元に好ましく用いることができる。硝酸塩としては硝酸リチウムまたは硝酸ナトリウムなどがあげられる。
【0016】
<シクロペンタジエニル錯体>
本発明の触媒はシクロペンタジエニル錯体を含む。本発明の触媒に含まれるシクロペンタジエニル錯体は、遷移金属の少なくとも1つに、少なくとも1つの置換または無置換のシクロペンタジエニル基と少なくとも1つの逆供与性配位子とが配位した構造を有する。
本発明の触媒に含まれるシクロペンタジエニル錯体は0価であることが好ましい。
【0017】
本発明の触媒に含まれるシクロペンタジエニル錯体において、遷移金属はレニウム、オスミウム、イリジウム、白金、ロジウム、パラジウム、ルテニウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、およびモリブデンからなる群より選択される。遷移金属は錯体中の中心金属となる。遷移金属の価数は、遷移金属の種類および配位子の種類に応じて安定である価数であればよい。Mはレニウム(特に1価のレニウム)またはイリジウム(特に1価のイリジウム)であることが好ましい。
【0018】
本発明の触媒に含まれるシクロペンタジエニル錯体において、遷移金属は1つであっても2つ以上であってもよい。2つ以上のとき、複数の遷移金属は同一であっても異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。シクロペンタジエニル錯体において、遷移金属は1つであることが好ましい。
【0019】
本発明の触媒に含まれるシクロペンタジエニル錯体中のシクロペンタジエニル基は置換基を有していても有していなくてもよい。シクロペンタジエニル基が置換基を有するときの置換基としては特に限定されないが、電子供与性と電子求引性のバランスが適度な置換基が好ましい。置換基の例としては、アルキル基、ビニル基、アリール基、ヒドロキシ基、アミノ基、スルホ基、アルデヒド基、ニトロ基、ハロゲノ基(塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン)などをあげることができる。アルキル基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、t-ブチル基などがあげられ、メチル基が好ましい。置換位置や置換数も特に限定されない。Cpの具体例としては、1,2,3,4,5-ペンタメチルシクロペンタジエニル基、メチルシクロペンタジエニル基、および1,2,3,4-テトラメチルシクロペンタジエニル基などがあげられ、1,2,3,4,5-ペンタメチルシクロペンタジエニル基が好ましい。
【0020】
本発明の触媒に含まれるシクロペンタジエニル錯体において、遷移金属が2つ以上であるとき、置換または無置換のシクロペンタジエニル基は少なくとも1つの遷移金属原子に1つ配位していればよいが、それぞれの遷移金属に1つずつ配位していることが好ましい。
【0021】
本発明の触媒に含まれるシクロペンタジエニル錯体は逆供与性配位子を有する。逆供与性配位子とは、錯体の中心金属から配位子に電子を供与することができる空の分子軌道を有する配位子を意味する。本発明の触媒においては、逆供与性配位子として、カルボニル(一酸化炭素)、ホスフィン配位子、シアン化物イオン(シアノ配位子)、およびアルケンからなる群より選択される少なくとも1つを用いる。ホスフィン配位子の例としてはトリフェニルホスフィン、トリメチルホスフィン、トリエチルホスフィン、トリブチルホスフィン、トリ-tert-ブチルホスフィン、トリシクロへキシルホスフィン、トリエトキシホスフィンなどがあげられる。ホスフィン配位子としては、トリメチルホスフィンが好ましい。アルケンの例としてはエチレンなどがあげられる。
【0022】
本発明の触媒に含まれるシクロペンタジエニル錯体において、遷移金属が2つ以上であるとき、逆供与性配位子として、架橋配位子が少なくとも1つ含まれていることが好ましい。架橋配位子となる逆供与性配位子としては、カルボニルまたはシアン化物イオンがあげられる。架橋カルボニルは2つまたは3つの遷移金属にいずれも炭素原子において配位する(μ2またはμ3)ことが好ましい。シアン化物イオンはアニオンであるが、電子構造がカルボニルと同じであるため、カルボニルと同様に架橋配位子となりうる。
【0023】
本発明の触媒に含まれるシクロペンタジエニル錯体において、逆供与性配位子は遷移金属の種類、置換または無置換のシクロペンタジエニル基の構造に応じて、適切な数が配位していればよく、通常、遷移金属1つに対して2個または3個の逆供与性配位子が配位していればよい。例えば、遷移金属が1つ含まれるシクロペンタジエニル錯体においては、2個または3個の逆供与性配位子が含まれていればよい。また、遷移金属が2つ含まれるシクロペンタジエニル錯体においては、2つの遷移金属を架橋する逆供与性配位子が2個または3個含まれてもよく、2つの遷移金属を架橋する逆供与性配位子が1個または2個含まれるとともに、1つの遷移金属原子のみに配位する逆供与性配位子が2~4個含まれていてもよい。本発明の触媒に含まれるシクロペンタジエニル錯体においては少なくとも1つの架橋していない逆供与性配位子が含まれていることが好ましい。
【0024】
逆供与性配位子としては、カルボニルまたはホスフィン配位子が好ましく、カルボニルがより好ましい。
シクロペンタジエニル錯体における複数の逆供与性配位子はいずれも同じであっても互いに異なっていてもよいが、合成の容易性の観点からはいずれも同じであることが好ましい。逆供与性配位子はいずれもカルボニルであることが好ましい。
【0025】
シクロペンタジエニル錯体は置換または無置換のシクロペンタジエニル基および逆供与性配位子以外の配位子を含んでいても含んでいなくてもよいが、含んでいないことが好ましい。
【0026】
本発明の触媒に含まれるシクロペンタジエニル錯体の例としては以下のいずれかの式で表される錯体をあげることができる。
【0027】
【化1】
【0028】
式(Ia)、式(Ib)、式(IIa1)、式(IIa2)、式(IIb1)中、Mは上述の遷移金属、Cpは上述の置換または無置換のシクロペンタジエニル基、Lは上述の逆供与性配位子である。これらのうち、式(Ia)、式(Ib)または式(IIa2)で表される錯体が好ましい。式(Ia)において、Mは1価のレニウムまたは1価のマンガン等であることが好ましい。式(Ib)において、Mは1価のイリジウム、1価のロジウム、または1価のコバルト等であることが好ましい。式(IIa2)において、Mはいずれも1価の鉄であることが好ましい。
【0029】
式(Ia)または式(Ib)で表される錯体は以下の式(I)で表すことができる。
[MCp(L)n0 (I):
式中、M、Cp、Lは上述のM、Cp、Lとそれぞれ同義であり、nは2または3である。
【0030】
[シクロペンタジエニル錯体の具体例]
シクロペンタジエニル錯体の具体例としては以下いずれかの式で表される錯体があげられる。
【化2】
【0031】
シクロペンタジエニル錯体は、公知の方法で製造することができる。例えば、上記の式(I-1)で表される錯体は、A. T. Patton, C. E. Strouse, C. B. Knobler, J. A. Gladysz, J. Am. Chem. Soc. 1983, 105, 18, 5804-5811および第5版実験化学講座21、p.168を参照して製造することができる。その他の錯体についてもそれぞれ、以下の文献を参照して製造することができる。
式(I-2)で表される錯体:P. J. Fitzpatrick, Y. Le Page, I. S. Butler, Acta Cryst. 1981, B37, 1052-1058
式(I-3)で表される錯体:R. G. Ball, W. A. G. Graham, D. M. Heinekey, J. K. Hoyano, A. D. McMaster, B. M. Mattson, S. T. Michel, Inorg. Chem. 1990, 29(10), 2023-2025.
式(I-4)で表される錯体:D. L. Lichtenberger, C. H. Blevins II, R. B. Ortega, Organometallics 1984, 3(11), 1614-1622.
式(I-5)で表される錯体:S. Fortier, M. C. Baird, K. F. Preston, J. R. Morton, T. Ziegler, T. J. Jaeger, W. C. Watkins, J. H. MacNeil, K. A. Watson, K. Hensel, Y. L. Page, J.-P. Charland, A. J. Williams, J. Am. Chem. Soc. 1991, 113(2), 542-551.
式(I-6)で表される錯体:M. Y. Antipin, Y. T. Struchkov, A. N. Chernega, M. F. Meidine, J. F. Nixon, J. Organomet. Chem. 1992, 436(1), 79-82.
式(II-1)で表される錯体:A. Mitschler, B. Rees, M. S. Lehmann, J. Am. Chem. Soc. 1978, 100(11), 3390-3397.
【0032】
シクロペンタジエニル錯体としては市販の製品を利用してもよい。
【0033】
<還元反応>
本発明の触媒の存在下で行なわれる窒素酸化物の還元反応では、還元剤として、炭素数1~10のアルカンを用いることができる。炭素数1~10のアルカンは直鎖アルカンが好ましい。アルカンは炭素数1~4であることが好ましく、炭素数1~3であることがより好ましい。アルカンとしては、メタンまたはエタンが好ましく、メタンがより好ましい。
【0034】
メタンは近年、シェールガスやバイオガスとして容易に入手可能であるが、反応性が低く、工業的利用は燃料としての利用がほとんどであった。しかし、本発明の触媒の存在下で還元剤として用いることにより、窒素酸化物の浄化やアンモニア製造への利用が可能になる。
【0035】
常温常圧で気体であるアルカン(メタン、エタン、プロパン、ブタン)を使用する場合、これらの気体を充填した気密保持可能な反応容器で反応を行なえばよい。必要に応じて加圧下を行なってもよい。例えば、還元剤としてメタンを利用する場合、反応開始時のメタンの分圧は、常圧(0.1MPa)であってもよいが、0.5~30MPaとなる範囲内であることが好ましく、0.8~10MPaとなる範囲内であることがより好ましく、1~5MPaとなる範囲内であることがさらに好ましい。反応時における反応容器内のメタンの分圧が好ましい範囲内で維持されるように、反応により消費されたメタンを補いながら行ってもよい。
【0036】
常温常圧で液体であるアルカン(ペンタン、ヘキサン、ヘプタン)を使用する場合、アルカンを溶媒として触媒を溶解させるか、または触媒を溶解する溶媒に共に溶解して用いることができる。
【0037】
還元反応において、本発明の触媒は溶媒に溶解して用いることができる。このときの溶媒としては、通常有機溶媒が好ましく用いられ、有機溶媒としては、シクロヘキサン、ヘキサン、オクタンなどがあげられる。
窒素酸化物は、硝酸や硝酸鉛は水溶液として、また、気体である窒素酸化物についても水に溶解して水溶液として、触媒溶液と接触させることが好ましい。すなわち、還元反応は、典型的には水相中の窒素酸化物が有機相中の触媒と接触して反応する二相系の反応となる。水相と有機溶媒相層の接触面積を増加させるために反応中は撹拌を行うことが好ましい。
【0038】
なお、例えば有機溶媒がシクロヘキサンである場合、還元剤として使用するメタンおよびエタンはいずれも水と有機溶媒の両方に溶解するが、メタンおよびエタンの溶解度は有機溶媒中の方が高い。還元反応の生成物としてアンモニアを得る場合、アンモニアは水相に溶解するため、有機相に存在する触媒と容易に分離することができる。
【0039】
還元反応は紫外光照射下で行なう。照射する紫外光のピーク波長は250~385nmの範囲にあればよい。紫外光光源としてはキセノンランプ、高圧水銀ランプ、メタルハライドランプ、低圧水銀ランプを用いることができる。これらのうち、キセノンランプが好ましい。紫外光強度は5~100mW/cm2が好ましく、10~70mW/cm2がより好ましく、15~50mW/cm2がさらに好ましい。
【0040】
還元反応は常温で行なうことができる。例えば10℃~30℃、好ましくは15℃~25℃での反応が可能である。必要に応じて、0℃~50℃の範囲で反応を行なってもよい。
【0041】
上記のように、還元反応は還元剤としてメタンガスなどの気体を使用するため、反応は気密保持可能な反応容器で行なうことが好ましい。加圧下で反応を行なう場合は、反応容器はさらに耐圧性のものを用いる。また反応容器は、ガスの出入口を備えていることが好ましい。還元反応は紫外光照射下で行われるため、反応容器は容器内に紫外光光源を備えているか、または外部から紫外光照射が可能であるように透明窓を有していることが好ましい。
【0042】
<還元反応のメカニズム>
後述の実施例で製造した式(I-1)で表される錯体([ReICp*(CO)3]:本明細書において、Cp*は1,2,3,4,5-ペンタメチルシクロペンタジエニル基を表す)(1)にメタンを反応させると、メタンのC-H結合が開裂してレニウム中心に配位した[ReIIICp*(CO)2(H)(CH3)](2)が生成することが1H-NMR分光法での結果により示唆された。具体的には1H-NMRスペクトルで、-9.2ppmにヒドリド基のピーク、0.22ppmにメチル基のピークが観測された。この結果から、本発明の触媒を用いた硝酸イオンの還元反応のメカニズムは次のように推定できる。
【0043】
【化3】
【0044】
錯体1に光照射することで、COが脱離した錯体2が生成し、空いた配位座にメタンが接近して、錯体3のメタン付加体が過渡的に生成し、その後、メタンのC-H結合が解離して、ヒドリド基とメチル基が配位した錯体4が生成する。この際、レニウム中心からメタンに電子が移動する酸化的付加反応が起こっていると推察され、レニウム中心の酸化数は+1から+3に変化すると考えられる。次に、光反応によりヒドリド基がプロトンとして脱離する際にレニウム中心を還元し、レニウムの酸化数は+3から+1に変化することで錯体5が生成すると考えられる。この+1のレニウム中心に硝酸イオンが配位し、硝酸イオン付加体6を形成することで、レニウム中心から硝酸イオンへの電子移動が起こり、亜硝酸イオンに還元される。この時、水中のプロトンが硝酸イオンの酸素に静電的に相互作用することで硝酸イオンの還元が進行しやすくなると考えられる。その後、亜硝酸イオン付加体7の亜硝酸イオンが水酸化物イオンに置換し、水酸基とメチル基が配位した錯体8が生成し、光照射によってC-O結合が生成してメタノールが還元的脱離する際にレニウム中心の酸化数は+3から+1に変化する。このサイクルでは硝酸イオンから亜硝酸イオンへの2電子還元反応であるが、同じような光駆動還元反応がさらに3回起こることによって、最終的に以下の式で示すようにアンモニアへの変換が進行する。硝酸イオンは8電子還元されることでアンモニアに変換する。
NO3 -+4CH4+H2O+2H+→4CH3OH+NH4 +
【0045】
<触媒の用途>
本発明の触媒の存在下で行なわれる窒素酸化物の還元反応は窒素酸化物の処理方法として用いることができる。特に、窒素酸化物の除去方法として用いることができる。本発明の方法は、特に水中の窒素酸化物の還元に適している。したがって、本発明の方法は、例えば、地下水などに含まれる硝酸イオンなどの窒素酸化物の除去に好ましく用いることができる。
【0046】
具体的には、本発明の触媒を有機溶媒に溶解した溶液と窒素酸化物を含む処理水とをメタンなどの炭素数1~10のアルカンの存在下、紫外光照射下で撹拌する。この際の反応条件については上記の還元反応の説明を参照することができる。窒素酸化物が還元されて生じるアンモニアは加熱もしくは減圧により気化することで水中から除去することができる。
【0047】
また、式(I)で表される錯体を含む錯体を利用して、亜硝酸イオンまたはアンモニアを製造することができる。具体的手順は上記の還元反応の説明を参照することができる。
【0048】
アンモニアの製造方法としては、工業的には、窒素分子(N2)をアンモニアに変換するハーバー・ボッシュ法が用いられている。この方法は、高温高圧の反応条件を必要とするエネルギー多消費型のプロセスである。これに代わる方法として、例えば、特開2014-058477号公報では、シクロペンタジエニル配位子を有する鉄系錯体からなる触媒の存在下で、窒素ガスとシリルハロゲン化物を反応させてシリルアミンを生成し、さらにこれを加水分解してアンモニアを製造する方法が開示されている。
【0049】
本発明の式(I)で表される錯体を含む錯体を利用する方法では、環境汚染の原因となる窒素酸化物を原料とし、入手容易なメタン等のアルカンを還元剤としてアンモニアを製造することができる。また、本発明の式(I)で表される錯体を含む錯体を利用する方法では、ハーバー・ボッシュ法と比較して低圧で、かつ常温でアンモニアを製造することができる。
【0050】
本発明の触媒の存在下で行なわれる窒素酸化物の還元反応は炭素数1~10のアルカンを還元剤として用いるものである。したがって、上記反応は、炭素数1~10のアルカンの酸化反応でもある。
【実施例0051】
以下に実施例をあげて本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、試薬、物質量とその割合、操作等は本発明の趣旨から逸脱しない限り適宜変更することができる。従って、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0052】
<式(I-1)で表される錯体(触媒)の合成>
式(I-1)で表される錯体(以下「錯体(I-1)」という)(レニウム錯体[ReICp*(CO)3])を文献(J. Am. Chem. Soc. 1983, 105, 18, 5804-5811;第5版実験化学講座21、p.168)に記載の方法に従い合成した。
錯体(I-1)(2.40g)と1,2,3,4,5-ペンタメチルシクロペンタジエン(Cp*H)(2.98g)とを窒素雰囲気下、200℃で24時間加熱した。析出した粉末状固体をヘキサンで洗浄およびろ過した。その後、ペンタンで再結晶することで、白色結晶の化合物(I-1)(2.46g:収率82.6%)を得た。生成物の同定は、1H-NMR、およびX線結晶構造解析により行った。
【0053】
<式(I-1)で表される錯体の存在下での硝酸イオンとメタンとの反応によるアンモニアの生成>
上記で合成した錯体(I-1)の存在下で、メタンと硝酸ナトリウムとの反応を行なった。反応は水/シクロヘキサンの二相系(500mMNaNO3水溶液1mL/錯体(I-1)の0.01mMシクロヘキサン溶液2mL)の溶液をサンプル管に加え、サファイア窓付高圧セル(図1)に封入した後、CH4の加圧条件下(5MPa)で紫外光照射(波長:250~385nm;紫外光強度:50mW/cm2)しながら、1時間、強く撹拌した。反応後、インドフェノール青法(M. W. Weatherburn, Anal. Chem. 1967, 39, 971-974)を用いたUVvis分析によってアンモニアの定量を行った。すなわち、フェノールおよび次亜塩素酸を含む試薬とアンモニアが反応して生成するインドフェノールの青色の呈色に基づき定量を行なった。反応後の水相に試薬を添加後測定した吸収スペクトルを図2に示す。この吸収スペクトルの630nmの吸光度に基づき、アンモニアの定量を行った。
【0054】
さらに、上記の手順に準じて、錯体(I-1)、紫外光照射、硝酸ナトリウム、メタンのいずれかを除いた反応を比較例として行なった。
結果を表1に示す。なお、触媒回転数は、生成したアンモニアのモル数/用いた触媒のモル数で算出した値である
表1の結果からわかるように比較例ではいずれにおいてもアンモニアは生成しなかった。
【0055】
【表1】
【0056】
上記の実施例1において、錯体(I-1)の濃度、紫外光強度、硝酸ナトリウムの濃度、メタンの圧力、反応時間を表2に記載のように変え、アンモニアの触媒回転数を決定することにより、さらに反応条件を検討した。
結果を表2に示す。
【0057】
【表2】
【0058】
<式(I-3)で表される錯体の存在下での硝酸イオンとメタンとの反応によるアンモニアの生成>
式(I-3)で表されるイリジウム錯体(以下「錯体(I-3)」という)([IrICp*(CO)2])は文献(Inorg. Chem. 1990, 29(10), 2023-2025)の方法に従い合成した。
実験手順:紫外光(250~385nm、30mW)照射下で、錯体(I-3)(0.01mM)とメタン(5MPa)と硝酸ナトリウム(50mM)との反応を、水/シクロヘキサンの二相系(水1mL、シクロヘキサン2mL)で、反応時間30分で行った。水層とシクロヘキサン層の接触面積を増加させるために反応中は強撹拌を行った。上記の反応により水相中にアンモニアが生成したことをインドフェノール青法によって確認し、検量線を用いて定量を行い、触媒回転数を20.1と決定した。ブランク実験により、紫外光、錯体(I-3)、メタン、硝酸ナトリウムのいずれが欠けてもアンモニアが生成しないことを確認した。
【0059】
<式(I-1)で表される錯体の存在下での硝酸イオンとエタンとの反応によるアンモニアの生成>
実験手順:紫外光(250~385nm、30mW)照射下で、錯体(I-1)(0.01mM)とエタン(3MPa)と硝酸ナトリウム(50mM)との反応を、水/シクロヘキサンの二相系(水1mL、シクロヘキサン2mL)で、反応時間15時間で行った。水層とシクロヘキサン層の接触面積を増加させるために反応中は強撹拌を行った。上記の反応により水相中にアンモニアが生成したことをインドフェノール青法によって確認し、検量線を用いて定量を行い、触媒回転数を14.7と決定した。ブランク実験により、紫外光、錯体(I-1)、エタン、硝酸ナトリウムのいずれが欠けてもアンモニアが生成しないことを確認した。
図1
図2