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特開2024-83950目的物質を検出する検査方法及び検査キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024083950
(43)【公開日】2024-06-24
(54)【発明の名称】目的物質を検出する検査方法及び検査キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/569 20060101AFI20240617BHJP
   C07K 16/10 20060101ALI20240617BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20240617BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20240617BHJP
   A41D 13/11 20060101ALI20240617BHJP
   C07K 14/165 20060101ALN20240617BHJP
   C12N 7/00 20060101ALN20240617BHJP
【FI】
G01N33/569 L ZNA
C07K16/10
C07K19/00
C12Q1/04
A41D13/11 Z
C07K14/165
C12N7/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022198062
(22)【出願日】2022-12-12
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】515248458
【氏名又は名称】DR.C医薬株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】弁理士法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡崎 成実
(72)【発明者】
【氏名】横山 茂之
(72)【発明者】
【氏名】中山 朋子
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 真悟
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ10
4B063QQ79
4B063QR48
4B063QR79
4B065AA95X
4B065AA95Y
4B065AC20
4B065BA25
4B065BD39
4B065CA46
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA09
4H045CA40
4H045DA76
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】信頼性が高く安価で手軽に検査ができる目的物質の検査方法等を提供する。
【解決手段】結合パートナーと、前記結合パートナーに結合された標識物質と、からなり、前記標識物質は、結合パートナーからの解離速が、目的物質よりも速い複合体を用意する工程と、目的物質が含まれる可能性がある検体を複合体に感作させる工程と、目的物質が、標識物質と置き換わり光強度の変化が生じた可能性がある画像データを取得する工程と、画像データに基づいて、目的物質の存在の有無を判断する判断工程と、を有する検体中の目的物質を検出する分析方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
担持体と、前記担持体上の検査領域に配置された複合体と、を備える、検体中の目的物質を検出する試験片であって、
前記複合体は、結合パートナーと、前記結合パートナーに結合された標識物質と、からなり、
前記標識物質は、前記結合パートナーからの解離速度が、前記目的物質よりも速く、
前記目的物質が、前記標識物質と置き換わる際の前記検査領域の色の変化から、前記目的物質を検出する、試験片。
【請求項2】
前記目的物質が、タンパク質である、請求項1に記載の試験片。
【請求項3】
前記標識物質が、目的タンパク質のアミノ酸配列を変異させたものである、請求項2に記載の試験片。
【請求項4】
前記標識物質が、前記目的タンパク質に化学修飾を加えたものである、請求項2に記載の試験片。
【請求項5】
前記結合パートナーが抗体であり、前記標識物質がマーカーで標識された抗原である、請求項2に記載の試験片。
【請求項6】
抗体がAnti-RBD antibody CR3022であり、抗原が新型コロナウイルス(SARS-COVID-19)の受容体結合領域(Receptor Binding Domain)である、請求項5に記載の試験片。
【請求項7】
前記標識物質が、金コロイド粒子、着色ラテックス粒子、金属錯体、蛍光物質、凝集性発光材料、化学発光物質、電気化学発光物質からなる群から選択されるマーカーで標識されている、請求項1に記載の試験片。
【請求項8】
前記検査領域が、前記担持体上に複数配置されている、請求項1に記載の試験片。
【請求項9】
複数種の目的物質を検知可能に、目的物質の種類毎に、複数の検査領域が配置されている、請求項1に記載の試験片。
【請求項10】
前記目的物質が、微生物である、請求項1に記載の試験片。
【請求項11】
前記目的物質が、ウイルスである、請求項1に記載の試験片。
【請求項12】
前記目的物質が、SARS-COVID-19又はその変異体である、請求項1に記載の試験片。
【請求項13】
前記検体が、被験者の呼気である、請求項1に記載の試験片。
【請求項14】
前記検体が、被験者の体液である、請求項1に記載の試験片。
【請求項15】
請求項1記載の試験片を備える、マスク。
【請求項16】
請求項1記載の試験片を備える、検査キット。
【請求項17】
結合パートナーと、前記結合パートナーに結合された標識物質と、からなり、前記標識物質は、前記結合パートナーからの解離速度が、前記目的物質よりも速い複合体を用意する工程と、
前記目的物質が含まれる可能性がある検体を前記複合体に感作させる工程と、
前記目的物質が、前記標識物質と置き換わり光強度の変化が生じた可能性がある画像データを取得する工程と、
前記画像データに基づいて、前記目的物質の存在の有無を判断する判断工程と、を有する検体中の目的物質を検出する分析方法。
【請求項18】
結合パートナーと、前記結合パートナーに目的物質よりも弱い結合力で結合された標識物質と、からなる複合体の前記標識物質が、目的物質と置き換わることで光強度の変化が生じた可能性がある画像データを受信する工程と、
陽性又は陰性であることと関連づけて保存された既知画像データをデータベースから呼び出し、前記画像データと前記既知画像データを対比して、前記目的物質の存在の有無を判断する工程と、
判断結果に基づいて、前記画像データを、陽性又は陰性であることと関連づけて前記データベースに新たな既知画像データとして保存する工程と、
前記判断結果を、ユーザー端末に送信する工程と、
を有する検体中の目的物質を検出する分析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目的物質を検出する検査方法及び検査キットに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、世界的に未曾有の禍を引き起こしている新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、コロナウイルスの一つであり、ヒトに感染するコロナウイルスとしては7番目のウイルスである。コロナウイルスは遺伝情報としてRNAをもつRNAウイルスの一種(一本鎖RNAウイルス)で、粒子の一番外側に「エンベロープ」という脂質からできた二重の膜を持っている。自分自身で増えることはないが、粘膜などの細胞に付着して入り込んで増えることができる。新型コロナウイルス感染症については、病原体や疾患に関する知見が徐々に蓄積されつつある(例えば、非特許文献1参照)。
新型コロナウイルスへの感染の有無の判断には、主にPCR検査が用いられている。PCR検査は、実際に感染している人のうち陽性と判定される人の割合を示す感度が高く、また実際に感染していない人のうち陰性と判定される人の割合を示す特異度も高い。そのため、症状が出ている被験者に対して医療における診断としてPCR検査を行うことは有効であるとされている。
しかし、PCR検査は、一回当たりの検査費用が高いことや、所定の医療機関で検査を行う必要があることより医療従事者への負担が大きいことも指摘されていた。そのため検査方法の改善が求められていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】厚生労働省: 新型コロナウイルスに関するQ&A:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述の課題の改善策の1つとして、例えば、全員にPCR検査を行うのではなく、まず簡易検査を行い、そして陽性の疑いがある者だけにPCR検査を行うことが提案されている。しかし、簡易検査キットは、溶液の混合作業等の手間がかかるため、より手軽に検査できる手段が求められていた。またPCR検査程ではないが、費用が高いことも指摘されていた。そのため、PCR検査程度の信頼性を維持しつつ、従来の簡易検査方法よりも安価で手軽に検査ができる試験片及びそれを用いた検査方法が求められていた。
感染したウイルスはのどや気道で増殖し、発症する2~3日前から排出され、他人に感染すると言われている。軽症の人であれば7~8日でウイルスの排出は止まるとされている。ウイルスは感染の初期に一過性的に増殖することから、感染初期に放出されるウイルスを検出できれば、感染を効果的に防止できると期待されている。また最近の技術文献によれば、呼気から大量の新型コロナウイルスが放出されることが報告されている。そのため、検体が呼気であっても、感度高く検査できる簡易な検査方法が求められていた。
また新型コロナウイルス感染症対策に限られることなく、種々のウイルスや病原体の検知にも活用できる手法が求められていた。
【0005】
本発明の課題は、検査対象の制限がなく、信頼性が高く安価で手軽に検査ができる、試験片、試験キット及び検査方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の内容に関する。
〈1〉
担持体と、前記担持体上の検査領域に配置された複合体と、を備える、検体中の目的物質を検出する試験片であって、前記複合体は、結合パートナーと、前記結合パートナーに結合された標識物質と、からなり、前記標識物質は、前記結合パートナーからの解離速度が、前記目的物質よりも速く、前記目的物質が、前記標識物質と置き換わる際の前記検査領域の色の変化から、前記目的物質を検出する、試験片。
〈2〉
前記目的物質が、タンパク質である、〈1〉に記載の試験片。
〈3〉
前記標識物質が、目的タンパク質のアミノ酸配列を変異させたものである、〈2〉に記載の試験片。
〈4〉
前記標識物質が、前記目的タンパク質に化学修飾を加えたものである、〈2〉に記載の試験片。
〈5〉
前記結合パートナーが抗体であり、前記標識物質がマーカーで標識された抗原である、〈2〉に記載の試験片。
〈6〉
抗体がAnti-RBD antibody CR3022であり、抗原が新型コロナウイルス(SARS-COVID-19)の受容体結合領域(Receptor Binding Domain)である、〈5〉に記載の試験片。
〈7〉
前記標識物質が、金コロイド粒子、着色ラテックス粒子、金属錯体、蛍光物質、凝集性発光材料、化学発光物質、電気化学発光物質からなる群から選択されるマーカーで標識されている、〈1〉に記載の試験片。
〈8〉
前記検査領域が、前記担持体上に複数配置されている、〈1〉に記載の試験片。
〈9〉
複数種の目的物質を検知可能に、目的物質の種類毎に、複数の検査領域が配置されている、〈1〉に記載の試験片。
〈10〉
前記目的物質が、微生物である、〈1〉に記載の試験片。
〈11〉
前記目的物質が、ウイルスである、〈1〉に記載の試験片。
〈12〉
前記目的物質が、SARS-COVID-19又はその変異体である、〈1〉に記載の試験片。
〈13〉
前記検体が、被験者の呼気である、〈1〉に記載の試験片。
〈14〉
前記検体が、被験者の体液である、〈1〉に記載の試験片。
〈15〉
〈1〉記載の試験片を備える、マスク。
〈16〉
〈1〉記載の試験片を備える、検査キット。
〈17〉
結合パートナーと、前記結合パートナーに結合された標識物質と、からなり、前記標識物質は、前記結合パートナーからの解離速度が、前記目的物質よりも速い複合体を用意する工程と;前記目的物質が含まれる可能性がある検体を前記複合体に感作させる工程と;前記目的物質が、前記標識物質と置き換わり光強度の変化が生じた可能性がある画像データを取得する工程と;前記画像データに基づいて、前記目的物質の存在の有無を判断する判断工程と;を有する検体中の目的物質を検出する分析方法。
〈18〉
結合パートナーと、前記結合パートナーに目的物質よりも弱い結合力で結合された標識物質と、からなる複合体の前記標識物質が、目的物質と置き換わることで光強度の変化が生じた可能性がある画像データを受信する工程と;陽性又は陰性であることと関連づけて保存された既知画像データをデータベースから呼び出し、前記画像データと前記既知画像データを対比して、前記目的物質の存在の有無を判断する工程と;判断結果に基づいて、前記画像データを、陽性又は陰性であることと関連づけて前記データベースに新たな既知画像データとして保存する工程と;前記判断結果を、ユーザー端末に送信する工程と;を有する検体中の目的物質を検出する分析システム。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、信頼性が高く安価で手軽に検査ができる、試験片、検査キット及び検査方法が提供される。本発明によれば、検体が呼気であっても、感度良く簡易に検査できる。また本発明によれば、検査対象が新型コロナウイルスに制限されることなく、種々の目的物質の存在を検知できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1A図1B図1Cは競争置換法の原理を示す図である。
図2図2はメンブラン(担持体)上に配置された複合体の標識物質の発色状態を示す概念図である。
図3図3は目的物質のアミノ酸配列と変異させた位置を示す図である。
図4図4A(抗体がAnti-RBD antibody CR3022)、図4B(抗体がARG66740[anti-SARS-CoV-2 Spike protein (RBD) antibody])は、それぞれ標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図である。
図5図5A図5B図5Cは、それぞれ標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図である。
図6図6A図6Bは、それぞれ化学修飾された標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図である。
図7図7A図7B図7Cは、それぞれ試験片の検査領域の具体例を示す図である。
図8図8は、試験片に検査領域と対照領域を配置した具体例を示す図である。
図9図9Aは陽性シミュレーション画像、図9Bは陰性シミュレーション画像である。図9C図9Dは、それぞれ標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図であり、機械学習エンジンの性能を比較したものである。図9Eは検査結果を示す図である。
図10図10Aは実際の検査領域の画像、図10Bは実際の検査領域から作成した陽性シミュレーション画像である。図10C図10Dは標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図であり、機械学習エンジンの性能を比較したものである。図10Eは検査結果を示す図である。
図11図11Aは実際の検査領域の画像、図11Bは実際の検査領域に目的物質を投入した実際の陽性結果の画像である。図11C図11Dは標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図であり、機械学習エンジンの性能を比較したものである。図10Eは検査結果を示す図である。
図12図12A図12B図12Cは、試験片の使用の一態様(マスク)を示す図である。
図13図13A図13Bは検査領域を1行5スポットとした場合の画像である。図13Aは陽性シミュレーション画像、図13Bは陰性シミュレーション画像である。図13C図13Dは標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図であり、機械学習エンジンの性能を比較したものである。図13Eは検査結果を示す図である。
図14図14A図14Bは検査領域を1行2スポットとした場合の画像である。図14Aは陽性シミュレーション画像、図14Bは陰性シミュレーション画像である。図14C図14Dは標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図であり、機械学習エンジンの性能を比較したものである。図14Eは検査結果を示す図である。
図15図15は、試験片の使用の一態様(検査キット)を示す図である。
図16A図16Aは検査方法のフロー図である。
図16B図16Bは検査方法のフロー図である。
図17図17は検査システムのフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に、実施形態を挙げて本発明の説明を行うが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0010】
[目的物質を検出する試験片]
本発明は、担持体と、担持体上の検査領域に配置された複合体と、を備える、検体中の目的物質を検出する試験片に関する。複合体は、結合パートナーと、結合パートナーに結合された標識物質と、からなる。
標識物質は、結合パートナーからの解離速度が、目的物質よりも速い。つまり、標識物質と結合パートナーとの間の結合力は、目的物質と結合パートナーとの間の結合力よりも弱い。
このような構成を備えることから、目的物質が、標識物質と置き換わり、結合パートナーに結合した際の検査領域の色の変化から目的物質を検出することができる。
【0011】
[競争置換法]
図1A図1Cは、本発明の解決原理である競争置換法の原理を示す図である。図1A図1Cを用いて競争置換法について説明する。ここでは担持体としてメンブランを例に挙げて説明する。
図1Aに示されるように、試験片10のメンブラン5には、所定の検査領域に結合パートナー1と、物質2aが標識物質2bで標識された標識物質2と、からなる複合体が固定されている。標識物質2は、結合パートナー1からの解離速度が、目的物質4よりも速い。そのため、図1Bに示すように目的物質4を含む検体を試験片10中に導入すると、図1Cに示すように標識物質2と目的物質4の置換が生じる。つまり、目的物質が検体中に含まれる場合は光強度が低下して検査領域の色が薄くなり、含まれない場合は光強度の変化はないため検査領域の色は濃いままとなる。標識物質2と目的物質4の置換が生じる際の検査領域の色の変化より、目的物質4を検出することができる。ここで、検査領域の色の変化には、色の濃淡の変化、色の明度や彩度の変化が含まれる。
【0012】
[複合体]
複合体は、上述のように、結合パートナーと標識物質からなる。
結合パートナーとしては、担持体上に固定可能であり、かつ標識物質及び/又は目的物質と結合可能であれば、特に制限なく種々のものを用いることができる。結合パートナーとしては、標識物質及び目的物質を抗原としたときの、それらの抗体を用いることができる。標識物質は、マーカーで標識されている。マーカーは、結合パートナーと、標識される物質及び/又は目的物質との結合を阻害するものでなければ、特に制限なく種々のものを用いることができる。マーカーとしては、生体試料の分析で用いられている既存の材料、例えば、金コロイド粒子、着色ラテックス粒子、金属錯体、蛍光物質、凝集性発光材料、化学発光物質、電気化学発光物質等を用いることができる。標識物質と目的物質が置き換わった際の色の変化、例えば、色の濃淡の変化、色の明度や彩度の変化を見やすくすることができるからである。光強度が強い標識物質を用いることが好ましい。
標識物質は、目的物質との置換が可能なように、種々の方法により結合物質との結合力が弱められていることが好ましい。結合力を低下させる方法としては、例えば、目的物質のアミノ酸配列の所定の位置を変異させる方法が挙げられる。
図3は目的物質が新型コロナウイルス(SARS-COVID-19)の受容体結合領域(Receptor Binding Domain)(以下「RBD」ともいう)としたときの、RBDのアミノ酸配列と、結合能低下に影響すると思われる位置を示す図である。アミノ酸配列から、抗体(例えば、Anti-RBD antibody CR3022 (市販品))に対するRBDの結合能の低下が予想される位置を特定し、RBD変異体(K378N,V382E, R346S)を調製することにより、結合能が低下し、解離速度が増加することが推測される物質を調製することができる。
結合力を低下させる方法としては、目的物質に化学修飾を加える方法も挙げられる。化学修飾としては、例えば、リジンの還元的メチル化、N―アセチルイミダゾールによるチロシンのアセチル化、スルフォ―NHS-アセテートによるアセチル化、サクシニル化が挙げられる。中でも、N―アセチルイミダゾールによるチロシンのアセチル化、サクシニル化が好ましい。
結合力を低下させる方法として、アミノ酸の変異や化学修飾について説明したが、これらを組み合わせて行っても良い。
【0013】
[検体]
試験片の検出対象である目的物質としては、特に制限なく、種々のものを検出対象とすることができる。目的物質としては、タンパク質、ウイルス、病原菌等が挙げられる。目的物質には、微生物やウイルス等の中に含まれる物質が含まれる。目的物質としては、例えば、新型コロナウイルス(SARS-COVID-19)又はその変異体、インフルエンザウイルス、サーズウイルス等が挙げられる。
検体の形態としては、被験者の体液や呼気が挙げられる。検体として呼気を用いることで、従来よりも、被験者が、目的物質の存否を手軽に判断することができる。
体液としては、血液、リンパ液、組織液、体腔液といった狭義の体液の他に、消化液(唾液、胃液、胆汁、膵液、腸液)、汗、涙、鼻水、尿、精液、膣液、羊水、乳汁等の広義の体液も含まれる。また、鼻腔や口腔から拭い取る検査に付随して細胞表面から剥離した細胞片を含む溶液も体液に含まれる。
【0014】
新型コロナウイルスについては種々の研究が進んでいる。例えば、人の呼気自体に新型コロナウイルスが存在することの報告がある(参考文献1:High infectiousness immediately before COVID-19 symptom onset highlights the importance of continued contact tracing, eLife 2021;10:e65534. DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.65534
参考文献2:Evolution of SARS-CoV-2 Shedding in Exhaled Breath Aerosols https://doi.org/10.1101/2022.07.27.22278121)。また呼気による新型コロナウイルスの検出例の報告などがある(参考文献3:Wearable materials with embedded synthetic biology sensors for biomolecule detection, Nature Biotechnology 39, pages 1366-1374 (2021)https://doi.org/10.1038/s41587-021-00950-3)。
そして、感染経路の研究が進み、現在では、感染者(無症状病原体保有者を含む)から咳、くしゃみ、会話などの際に排出されるウイルスを含んだ飛沫・エアロゾル(飛沫より更に小さな水分を含んだ状態の粒子)の吸入が主要感染経路と考えられるようになってきている(参考文献4:「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き 第8.1版」 厚生労働省 病原体・免学 P6 参照)。
このように感染経路として呼気が重要であり、被験者が検査し易いことからすると、検体としては呼気を用いることが好ましい。
【0015】
結合パートナーが抗体であり、標識物質が標識物質で標識された抗原とすることができる。抗原が新型コロナウイルス(SARS-COVID-19)の受容体結合領域(Receptor Binding Domain)(以下「RBD」ともいう)、抗体がAnti-RBD antibody CR3022(市販品)とすることができる。
【0016】
[担持体]
担持体としては、特に制限なく、種々のものを用いることができるが、その例としてメンブランを挙げることができる。メンブランとしては、特に制限なく、生体試料の分析で用いられている既存の材料、例えば、ニトロセルロース、PVDF膜等を用いることができる。
【0017】
[検査領域]
担持体の表面には、結合パートナーを介して、複合体が固定された検査領域が形成されている。
図2は担持体としてのメンブラン上に配置された複合体の標識物質の発色状態を示す概念図である。実施例の欄で詳述するように、メンブランの表面に結合パートナー(抗体)をスポット状に固定させ、その後、標識物質(標識抗原)をメンブラン上に展開することで、複合体が固定されたスポット状の検査領域が形成される。
検査領域の数に特に制限はないが、複数の検査領域がメンブラン上に配置されていることが好ましい。複数の検査領域を配置することにより、目的物質との接触機会を増加させることが期待でき、より精度を上げられからである。また1つの検査領域に分析上の不備があった場合でも、他の検査領域がそれを補完することができるからである。
検査領域の配置パターンとしては、得に制限されることなく、種々の配置パターンを用いることができる。例えば、メンブランの縦横両方向にそれぞれ等間隔に、複数の検査領域を配置するものが挙げられる。
図7A図7B図7Cは、それぞれ試験片の検査領域の具体例を示す図である。図7Aの5行5列、図7Bの5行3列、図7Cの6行6列という例が挙げられる。図7Aに示すように、100%判定できるという作用効果が得られる。図7Bによれば検査領域数(面積)を減少した場合でも図7Aと同様の作用効果が得られる。図7Cに示すように、隙間のない検査領域を設定した場合でも図7Aと同様の作用効果が得られる。
複数種の目的物質を検知可能に、目的物質の種類毎に、複数の検査領域が配置されていてもよい。一度の検査で、複数種の物質の存在を判定することができるからである。
図8は、試験片に検査領域と対照領域を配置した具体例を示す図である。試験片のメンブラン上には検査領域の他に、検査領域に隣接するように標識物質が固定された対照領域が配置されていてもよい。例えば、図8に示すように、検査領域(変化するスポット)と、対照領域(変化しないスポット)とが、並行に配置されていてもよい。画像の取り込み(撮影)環境等の影響を低減し、検査領域と対照領域との相対的な比較を行うことにより、判定精度を向上させることが可能となるという作用効果が得られるからである。
【0018】
[試験片の応用例(その他の実施形態)]
上記のように、本発明は実施形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。
図12A図12Bは、試験片の使用の一態様(マスク)を示す図である。上述の試験片は、試験片そのものとして使用してもよいが、例えば、図12Aに示すように、試験片85a、85bを保持具83に固定し、その保持具を図12Bに示すように取り外し可能にマスク81の裏側(皮膚に当る側)に装着して使用してもよい。図12Bに示すように、試験片85a、85bをマスク81に直接固定してもよい。被験者の呼気中に目的物質(例えば、新型コロナウイルス)が含まれている場合、図12Cの試験片85aの拡大図に示す検査領域85a2の光強度の変化から目的物質の存在を簡易に検知することができるからである。具体的には、対照領域85a1と検査領域85a2の色の濃淡(光強度)を比較し、検査領域85a2の色が対照領域85a1の色よりも薄い場合は陽性、色の濃淡に差がない場合は陰性と判断できる。
【0019】
図15は、試験片の使用の一態様(検査キット)を示す図である。上述の他にも、例えば図15Aに示すように、短冊状の試験片の端部に試験領域91、92、93、94、95が形成された検査キット9として使用してもよい。検査キット9の試験領域91~95に被験者の唾液を塗布したり、息を吹きかけたりすることで目的物質の存在を簡易に判定することができるからである。ここでは、SARS-COVID-19検査領域91、SARS検査領域92、インフルエンザソ連型検査領域93、インフルエンザ香港型検査領域94、その他のウイルス検査領域95が配置されていることで、一度に複数の目的物質の存在の有無を判定することができる。
【0020】
このように、本発明はここでは記載していない様々な実施の形態等を含むことは勿論である。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【0021】
[分析方法A]
続いて、上述の試験片を使用する分析方法について説明する。図16Aは検査方法のフロー図である。
(イ)まず結合パートナーと、結合パートナーに結合された標識物質と、からなる複合体を備える試験片を用意する(S101)。例えば、図15Aのような試験片を備える検査キットを用意する。
(ロ)次に、試験片に目的物質が含まれる可能性がある被験者の検体を感作させる。例えば試験片に唾液を塗布するか又は呼気を吹きかける(S103)。
(ハ)図15Cに示されるように、対照領域91a1と検査領域91a2の色の濃淡(光強度)を比較し、検査領域91a2の色が対照領域91a1の色よりも薄い場合は陽性、色の濃淡に差がない場合は陰性と判断する(S110)。
以上より、光強度の変化から、目的物質を検出することができる。
【0022】
上述のS110において、色の濃淡の判断が困難である場合、目的物質の存在の有無について機械学習させたAIを用いて判断してもよい。以下に、AIを用いた分析方法(システム)について説明する。ここでは便宜上、ユーザー側とサーバー側とに分けて説明する。
[分析方法B]
図16Bは検査方法の全体フロー図(ユーザー側)である。
(イ)図16AのS101,103の工程を行う。
(ロ)試験片の写真を撮影し画像データを取得する(S105)。
(ハ)ユーザー端末に搭載されたアプリケーションを作動させて、得られた画像データをサーバーに転送する(S108)。
(ニ)検査システムの判断結果を受信する。
以上より、被験者は自身が陽性である陰性かを知ることができる。
【0023】
[分析システム]
図17は検査システムに関するフロー図(サーバー側)である。検査システムは、送受信部と、記憶部(データベース)と、出力部と、演算制御部と、を備えるサーバーで構成されている(図示なし)。これらの構成としては、ハードウエアとして、任意のコンピュータのCPUやGPU、メモリ、メモリにロードされたプログラムなどを用いることができる。記憶部には、陽性又は陰性であることと関連づけた既知画像データが予め保存されている。サーバーとユーザー端末はインターネットやイントラネット等の通信手段で繋がっている。ユーザー端末に搭載されたアプリケーションを作動させることでユーザー端末とサーバー間で情報のやり取りを行うことができる。
(イ)画像データをサーバーで受信する(S201)。
(ロ)サーバーの記憶部から画像データに近い既知画像データを呼び出す(S203)。
(ハ)画像データと既知画像データを対比して、検査領域の色の濃淡の差異から陽性か陰性かを判断する(S205)。
(ニ)判断結果と画像データを関連づけてサーバーの記憶部に既知画像データとして保存する(S208)。
(ホ)判断結果をユーザー端末に送信する(S210)。
【実施例0024】
以下、試験例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。但し、本発明の範囲は、これらの製造例及び試験例によって限定されるものではない。
【0025】
[試験例1]抗体担持メンブランの調製
目的物質として新型コロナウイルス(SARS-COVID-19)の受容体結合領域(Receptor Binding Domain)(以下「RBD」ともいう)、標識として金コロイド(Jackson ImmunoResearch 社製, 製品名「40 nm Colloidal Gold Streptavidin」)を用意した。そして、RBDに金コロイド標識を結合させて標識物質(金コロイド標識RBD)を得た。
担持体としてFF170HP Plus Thick(Cytiva社製)、抗体としてCR3022 (Abcam 社製, CR3022)(抗RBD抗体)を用意した。そして、ニトロセルロース上に抗体をスポット状に結合させて抗体担持メンブランを得た。
図2に示すように、抗体担持メンブランの表面の全体に広がるように、標識物質を流し込み、そしてインキュベートした。
インキュベート中に、抗体担持メンブランの抗体が担持されたスポット部分(以下「スポット部分」ともいう)の色の濃さが増すことが確認された。これは、インキュベート中に、標識物質が抗体の担持されたスポット部分に集まったことで、スポット部分の濃さが増したものと考えらえる。
インキュベート後、PBST (0.05% Tween-20 を含む PBS)で洗浄した。
以上より、抗体に標識物質が結合して、抗体と標識物質からなる複合体(抗RBD抗体・金コロイド標識RBD複合体)が形成されることが確認された。
【0026】
[試験例2]解離速度の速い抗原の調製
図3は目的物質のRBDのアミノ酸配列と、そのアミノ酸配列を変異させた位置を示す図である。変異させる位置は技術文献(Yi et al. Genome Medicine (2021) 13:164, Fig.4 参照)を参考にした。そして、抗体(Anti-RBD antibody CR3022 (市販品))に対するRBDの結合能の低下が予想されるRBD変異体(K378N,V382E, R346S)を調製し、無細胞タンパク質合成法によりタンパク質調製を行い、抗体に対する結合力の低下による、解離速度の上昇を検討した。
【0027】
[試験例3]解離速度の速い抗原の確認
図4A図4Bは、それぞれRBD変異体(標識物質)がRBD(目的物質)に置き換わった際の光強度の変化を示す図である。図4Aは抗体として、Anti-RBD antibody CR3022(市販品)、図4Bは抗体としてARG66740(市販品、Arigo Biolaboratories社製)を用いた。
図4Aより、RBD(K378N),RBD(V382E)については顕著に、RBD(R346R)については35%程度、抗体(anti-RBD antibody CR3022)に対する結合力の低下が認められた。
【0028】
[試験例4]検出したい抗原による入れ替わり確認
図5A図5B図5Cは、それぞれ、標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図である。
抗体抗原複合体に対し、スパイクタンパク質の三量体(Trimeric Spike Protein)を反応させることにより、RBD(K378N),RBD(V382E)について、2時間で、RBD(WT)との入れ替わり(10-20%程度)を示す結果が得られた。
【0029】
[試験例4]抗原の化学修飾による解離速度の増大の確認
図6A図6Bは、それぞれ化学修飾された標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図である。
抗原RBD(WT)を複数用意し、それぞれに、(1)リジンの還元的メチル化、(2)N―アセチルイミダゾールによるチロシンのアセチル化、(3)スルフォ―NHS-アセテートによるアセチル化、(4)サクシニル化により化学修飾を行った。
化学修飾された抗原の抗体(抗RBD抗体ARG66740)に対する結合力の低下効果を調べた。その結果、(2)、(4)の化学修飾された抗原の抗体に対する結合力が低下したことより、光源の抗体からの解離速度が増大したことが確認された。
【0030】
図9Aは陽性シミュレーション画像、図9Bは陰性シミュレーション画像である。図9C図9Dは標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図である。図9Eは検査結果を示す図である。
【0031】
図10Aは実際のスポット画像、図10Bは実際のスポット画像から作製した陽性シミュレーション画像である。図10C図10Dは標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図である。図10Eは検査結果を示す図である。
【0032】
図11Aは実際の検査領域の画像、図11Bは実際の検査領域に目的物質を投入した実際の陽性結果の画像である。図11C図11Dは標識物質が目的物質に置き換わった際の光強度の変化を示す図である。図11Eは検査結果を示す図である。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明によれば、信頼性が高く安価で手軽に検査ができる検査方法が提供される。本発明によれば、検体が呼気であっても、感度良く簡易に検査できる。また本発明によれば、検査対象が新型コロナウイルスに制限されることなく、種々の目的物質の存在を検知できる。本発明は、本発明の原理を用いることで、試験片、検査キット及びマスク、並びに検査方法例えばAIを用いた検査方法に利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16A
図16B
図17
【配列表】
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