(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024083970
(43)【公開日】2024-06-24
(54)【発明の名称】水分解用触媒及びその製造方法、水分解用電極、並びに水の電気分解方法
(51)【国際特許分類】
C25B 11/075 20210101AFI20240617BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20240617BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20240617BHJP
C25B 11/052 20210101ALI20240617BHJP
B01J 37/20 20060101ALI20240617BHJP
B01J 37/08 20060101ALI20240617BHJP
B01J 27/043 20060101ALI20240617BHJP
B01J 37/02 20060101ALI20240617BHJP
【FI】
C25B11/075
C25B1/04
C25B9/00 A
C25B11/052
B01J37/20
B01J37/08
B01J27/043 M
B01J37/02 101C
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022198094
(22)【出願日】2022-12-12
(71)【出願人】
【識別番号】301029388
【氏名又は名称】時空化学株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】521493765
【氏名又は名称】株式会社関兵
(71)【出願人】
【識別番号】504229284
【氏名又は名称】国立大学法人弘前大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】馮 長瑞
(72)【発明者】
【氏名】官 国清
(72)【発明者】
【氏名】陳 萌
(72)【発明者】
【氏名】ナッタパック・ギティパットピブーン
(72)【発明者】
【氏名】関 和治
(72)【発明者】
【氏名】阿布 里提
【テーマコード(参考)】
4G169
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4G169AA03
4G169AA08
4G169BA17
4G169BB09A
4G169BB09B
4G169BC31A
4G169BC54A
4G169BC54B
4G169BC58A
4G169BC62A
4G169BC66A
4G169BC66B
4G169BC67A
4G169BC67B
4G169BC68A
4G169BC68B
4G169BD08A
4G169BD08B
4G169CD10
4G169DA06
4G169EB11
4G169FB18
4G169FB29
4G169FB50
4G169FB78
4K011AA04
4K011AA11
4K011AA22
4K011AA51
4K011BA12
4K011CA13
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021DA13
4K021DB18
(57)【要約】
【課題】水の電気分解において、過電圧の上昇を抑制することができ、水素発生用電極及び酸素発生用電極のいずれにも使用することができ、長期間安定に電気分解することを可能とする水分解用触媒及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の水分解用触媒は、Ni、Fe、Co、及び、遷移金属元素Mを少なくとも有する硫化物を含有し、前記遷移金属元素Mは、V、Cu、Cr及びMnからなる群より選ばれる少なくとも1種である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水分解用触媒であって、
Ni、Fe、Co、及び、遷移金属元素Mを少なくとも有する硫化物を含有し、
前記遷移金属元素Mは、V、Cu、Cr及びMnからなる群より選ばれる少なくとも1種である、水分解用触媒。
【請求項2】
前記硫化物は、電極基材上に形成されている、請求項1に記載の水分解用触媒。
【請求項3】
酸素発生電極用である、請求項1又は2に記載の水分解用触媒。
【請求項4】
水素発生電極用である、請求項1又は2に記載の水分解用触媒。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の水分解用触媒を備える、水分解用電極。
【請求項6】
請求項5に記載の水分解用電極を用いて水の電解処理を行う、水の電気分解方法。
【請求項7】
請求項5に記載の水分解用電極を酸素発生電極及び/又は水素発生電極として使用する、請求項6に記載の水の電気分解方法。
【請求項8】
請求項1又は2に記載の水分解用触媒を製造する方法であって、
Ni、Fe、Co、及び、遷移金属元素Mを少なくとも含有する溶液中で電極基材を加熱処理することで、電極基材上に前駆体を形成する工程1、
前記前駆体が形成された電極基材を硫化処理して硫化物を得る工程2、
を備える、水分解用触媒の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水分解用触媒及びその製造方法、水分解用電極、並びに水の電気分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水の電気分解(水電解ともいう)は、環境問題及びエネルギー資源問題の解決を目指すなかで、再生可能エネルギーの電力を使用して水から水素を製造する方法として有望である。水の電気分解は、水素発生反応(HER)と酸素発生反応(OER)とを起こす2個の触媒電極用いて行われる。
【0003】
例えば、水素発生用電極の高活性触媒としてレアメタルである白金が使用されることが知られており、また、酸素発生用電極の高い活性触媒としてルテニウムやイリジウム等のレアメタルが使用されることが知られている(例えば、特許文献1等を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、レアメタルを用いた電極による電気分解では、レアメタル自体が高コストである上に電極性能及び耐久性が不十分であるという課題があり、また、水素発生用電極及び酸素発生用電極のうちの一方のみの使用に限られるものであった。加えて、今後は海環境に適したシステム(耐塩性等)の構築が電気分解の分野で望まれているところ、従来の電極は必ずしも海水の電気分解に好適に使用できるものではなかった。
【0006】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、水の電気分解において、過電圧の上昇を抑制することができ、水素発生用電極及び酸素発生用電極のいずれにも使用することができ、長期間安定に電気分解することを可能とする水分解用触媒及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、Ni、Fe、Co、及び、特定の遷移金属元素Mを少なくとも有する硫化物により上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、例えば、以下の項に記載の主題を包含する。
項1
水分解用触媒であって、
Ni、Fe、Co、及び、遷移金属元素Mを少なくとも有する硫化物を含有し、
前記遷移金属元素Mは、V、Cu、Cr及びMnからなる群より選ばれる少なくとも1種である、水分解用触媒。
項2
前記硫化物は、電極基材上に形成されている、項1に記載の水分解用触媒。
項3
酸素発生電極用である、項1又は2に記載の水分解用触媒。
項4
水素発生電極用である、項1又は2に記載の水分解用触媒。
項5
項1~4のいずれか1項に記載の水分解用触媒を備える、水分解用電極。
項6
項5に記載の水分解用電極を用いて水の電解処理を行う、水の電気分解方法。
項7
項5に記載の水分解用電極を酸素発生電極及び/又は水素発生電極として使用する、項6に記載の水の電気分解方法。
項8
項1~4のいずれか1項に記載の水分解用触媒を製造する方法であって、
Ni、Fe、Co、及び、遷移金属元素Mを少なくとも含有する溶液中で電極基材を加熱処理することで、電極基材上に前駆体を形成する工程1、
前記前駆体が形成された電極基材を硫化処理して硫化物を得る工程2、
を備える、水分解用触媒の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の水分解用触媒は、水の電気分解において、過電圧の上昇を抑制することができ、水素発生用電極及び酸素発生用電極のいずれにも使用することができ、長期間安定に電気分解することを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】水分解用触媒の製造方法を説明する模式図である。
【
図2】(a)及び(b)は、実施例で得られた水分解用触媒のSEM画像であり、(c)は、実施例で得られた水分解用触媒のTEM画像である。
【
図3】(a)は、実施例及び各比較例で得られた水分解用触媒を電極として使用したリニアスイープボルタンメトリーの測定結果、(b)は、(a)の結果に基づいて導き出した各水分解用触媒の10mAcm
-2及び100mAcm
-2における過電圧の測定結果、(c)は、一定電流密度運転を続けたときの電位安定性を示したグラフ(クロノポテンショメトリー)である。
【
図4】(a)は、実施例1で得られた水分解用触媒を電極として使用したリニアスイープボルタンメトリーの測定結果、(b)は(a)の結果に基づいて導き出した各電解液における100mAcm
-2における過電圧の測定結果、(c)は、アルカリ性実海水において、一定電流密度運転を続けたときの電位安定性を示したグラフ(クロノポテンショメトリー)である。
【
図5】(a)は、実施例1で得られたNiFeCoVSからなる電極を陽極及び陰極に使用して電気分解を行った時の電位-電流密度曲線、(b)は、実施例1で得られたNiFeCoVSからなる電極を使用して電気分解を行った時のクロノポテンショメトリーの結果である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0012】
1.水分解用触媒
本発明の水分解用触媒は、Ni、Fe、Co、及び、遷移金属元素Mを少なくとも有する硫化物を含有し、前記遷移金属元素Mは、V、Cu、Cr及びMnからなる群より選ばれる少なくとも1種である。
【0013】
本発明の水分解用触媒は、前記硫化物を構成成分として含むことで、水の電気分解用の触媒として好適に使用することができる。具体的には、本発明の水分解用触媒は、水の電気分解において、過電圧の上昇を抑制することができ、水素発生用電極及び酸素発生用電極のいずれにも使用することができ、長期間安定に電気分解することを可能とする。また、本発明の水分解用触媒を用いた電気分解では、水は純水、アルカリ水、酸性水等の各種水のみならず、海水等の塩を含む水も対象とすることができる。
【0014】
本発明の水分解用触媒において、硫化物は少なくとも四種の金属元素を含む化合物であり、具体的には、Ni(ニッケル)、Fe(鉄)、Co(コバルト)、及び、遷移金属元素Mを少なくとも四種の金属元素を含む化合物である。
【0015】
遷移金属元素Mは前述のように、V(バナジウム)、Cu(銅)、Cr(クロム)及びMn(マンガン)からなる群より選ばれる少なくとも1種である。硫化物は、1種又は2種以上の遷移金属元素Mを含むことができる。遷移金属元素MがV、Cu、Cr及びMnのいずれの元素であっても、本発明の水分解用触媒は、水の電気分解において、過電圧の上昇を抑制することができ、長期間安定に電気分解することを可能とする。
【0016】
中でも、遷移金属元素Mは、Vであることが好ましい。すなわち、前記硫化物は、Ni、Fe、Co、及び、Vを少なくとも含む硫化物(NiFeCoVS)であることが好ましい。この場合、本発明の水分解用触媒の性能が特に優れ、水の電気分解において、過電圧の上昇をより抑制することができ、また、より長期間安定に電気分解することを可能とする。
【0017】
前記硫化物に含まれる金属元素はNi、Fe、Co、及び、Vのみからなるものであってもよい。この場合において、前記硫化物に不可避的に含まれ得る他の金属元素の含有を排除するものではなく、例えば、水分解用触媒の製造工程において不可避的に含まれる他の金属元素の含有は許容される。
【0018】
前記硫化物において、Ni、Fe、Co、及び遷移金属元素Mの価数は特に限定されない。例えば、Ni、Fe及びCoはいずれも2価又は3価とすることができる。Ni、Fe及びCoの価数は互いに同一であっても良いし、異なっていてもよい。また、遷移金属元素Mの価数は、3価、4価又は5価とすることができ、特に遷移金属元素MがVである場合は、Vの価数は3価、4価又は5価であることが好ましい。
【0019】
前記硫化物において、Ni、Fe、Co、及び遷移金属元素Mの含有割合は特に限定されない。例えば、前記硫化物の全質量に対し、Niの含有割合は、35~45モル%であることが好ましい。前記硫化物の全質量に対し、Feの含有割合は、2~3モル%であることが好ましい。前記硫化物の全質量に対し、Coの含有割合は、2~3モル%であることが好ましい。前記硫化物の全質量に対し、遷移金属元素Mの含有割合は、2~3モル%であることが好ましい。
【0020】
前記硫化物において、硫黄(S)の含有割合は特に限定されない。例えば、前記硫化物の全質量に対し、Sの含有割合は47~60モル%であることが好ましい。
【0021】
以上より、前記硫化物をNiaFebCocMdSeと表記した場合、0.35≦a≦0.45、0.02≦b≦0.03、0.02≦c≦0.03、0.01≦d≦0.02、0.6≦e≦0.47とすることができる。
【0022】
本発明の水分解用触媒は、電極基材を備えることもできる。斯かる電極基材の種類は特に限定されず、例えば、水の電気分解の電極として使用され得る種々に基材を挙げることができる。電極基材の具体例として、金属基材、炭素基材、ガラス基材等を挙げることができる。
【0023】
金属基材としては、ニッケル、チタン、鉄、銅等の金属単体の基材、あるいは、ニッケル-リン合金、ニッケル-タングステン合金、ステンレス合金等の基材又は各種金属フォーム(例えば、ニッケルフォーム、銅フォーム)等が例示される。中でも金属基材としては、ニッケルフォームであることが好ましい。この場合、基材由来のニッケルよって触媒を形成することができる。
【0024】
炭素基材としては、カーボンペーパー、カーボンファイバーペーパー、炭素棒等が例示される。ガラス基材としては、導電ガラス等が例示される。電極基材は、例えば、フォーム等の多孔質体であってもよい。
【0025】
電極基材は、金属基材であることがより好ましく、ニッケル基材であることがより好ましく、ニッケルフォームであることが特に好ましい。
【0026】
電極基材は、例えば、公知の製造方法で得ることができ、あるいは、市販品等から入手することもできる。電極基材の形状及び大きさは特に制限されず、使用目的や要求される性能により適宜選択することができる。例えば、電極基材の形状は、フォーム状、シート状、板状、棒状、メッシュ状等とすることができ、フォーム状であることが好ましい。
【0027】
本発明の水分解用触媒は、前記硫化物が電極基材上に形成されていることが好ましい。例えば、本発明の水分解用触媒は、前記硫化物が電極基材上に担持した構造である。
【0028】
本発明の水分解用触媒が、前記硫化物が電極基材上に形成された構造を有する場合、電極基材上にが、前記硫化物のみが形成されていても良いし、本発明の効果が阻害されない限り、他の成分を有することもできる。他の成分としては、前記硫化物以外の公知の触媒等が挙げられる。本発明の水分解用触媒において、他の成分の含有割合は、前記硫化物の全質量に対して、20質量%以下、好ましくは10質量%以下、より好ましくは、5質量%以下、さらに好ましくは1質量%以下、特に好ましくは0.1質量%以下である。前記硫化物以外の他の成分の含有割合は、前記硫化物の全質量に対して、0質量%であってもよい。
【0029】
前記硫化物の形状は特に限定されず、例えば、シート状に形成されていることが好ましい。この場合、硫化物は前記電極基材上に強固に密着し、高い触媒効果を発揮することができる。
【0030】
前記硫化物がシート状である場合、中でもナノシート状であることが好ましい。前記硫化物がナノシート状に形成されている場合、その厚みは、例えば、50~500nmであり、10~300nmであることがより好ましい。
【0031】
前記硫化物がシート状である場合、斯かるシートは多孔質構造を有することもできる。これにより、表面積が拡大して、多くの電気活性部位が提供され、結果として、物質移動が加速されるので、硫化物の触媒活性が向上しやすい。また、シートは単層のみならず積層構造を有することもできる。
【0032】
前記硫化物が電極基材上に形成されている場合、前記硫化物は、電極基材の一部又は全部を被覆することができる。また、触媒は電極触媒において最外層に配置していることが好ましい。
【0033】
本発明の水分解用触媒は、水の電気分解用の電極に適用することができる。本発明の水分解用触媒を備えた電極を用いて水の電気分解をした場合に、過電圧の上昇をより抑制することができ、また、より長期間安定に電気分解することを可能とする。
【0034】
とりわけ、本発明の水分解用触媒は、酸素発生電極及び水素発生電極のいずれの電極にも適用することができ、どちらに適用したとしても、過電圧の上昇をより抑制することができ、また、より長期間安定に電気分解することを可能とする。
【0035】
従って、本発明の水分解用触媒は、酸素発生電極用とすることができ、また、水素発生電極用とすることができる。これにより、従来の水の電気分解に比べ、簡便、かつ、低コストで水の電気分解を行うことができる。
【0036】
本発明の水分解用触媒は、海水の電気分解用の電極としても適用することができる。海水は天然の海水であっても良いし、あるいは、模倣海水(例えば、1MのKOH及び0.5MNaClを含む水溶液)であってもよい。
【0037】
2.電極触媒の製造方法
本発明の水分解用触媒の製造方法は特に限定されない。例えば、本発明の水分解用触媒の製造方法は、下記の工程1及び工程2を備えることができる。
工程1:Ni、Fe、Co、及び、遷移金属元素Mを少なくとも含有する溶液中で電極基材を加熱処理することで、電極基材上に前駆体を形成する工程。
工程2:前記前駆体が形成された電極基材を硫化処理して硫化物を得る工程。
【0038】
(工程1)
工程1では、Ni、Fe、Co、及び、遷移金属元素Mを少なくとも含有する溶液中で電極基材を加熱処理する。これにより、電極基材上に前駆体が形成される。
【0039】
工程1で使用する電極基材の種類は特に限定されず、前述の電極触媒で使用する電極基材と同様である。従って、工程1で使用する電極基材としては、例えば、金属基材、炭素基材、ガラス基材等を挙げることができ、好ましくは金属基材であり、より好ましくはニッケル基材であり、中でもニッケルフォームであることが特に好ましい。
【0040】
工程1では、Ni、Fe、Co、及び、遷移金属元素Mを少なくとも含有する溶液を原料として使用する。斯かる溶液は、Ni源、Fe源、Co源、及び遷移金属元素M源を用いて調製することができる。
【0041】
Ni源は、Ni単体であってもよいし、Niを含有する化合物であってもよく、Niを含有する化合物であることが好ましい。Fe源は、Fe単体であってもよいし、Feを含有する化合物であってもよく、Feを含有する化合物であることが好ましい。Co源は、Co単体であってもよいし、Coを含有する化合物であってもよく、Coを含有する化合物であることが好ましい。遷移金属元素M源は、遷移金属元素M単体であってもよいし、遷移金属元素Mを含有する化合物であってもよく、遷移金属元素Mを含有する化合物であることが好ましい。
【0042】
Niを有する化合物、Feを有する化合物、Coを有する化合物及び遷移金属元素Mを有する化合物はいずれも、各金属を含む無機酸塩、有機酸塩、水酸化物及びハロゲン化物等を広く使用することができる。
【0043】
前記無機酸塩としては、例えば、硝酸塩、塩酸塩、硫酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、リン酸塩及びリン酸水素塩等からなる群より選ばれる1種以上を挙げることができる。有機酸塩としては、酢酸塩、シュウ酸塩、蟻酸塩、コハク酸塩等からなる群より選ばれる1種以上を挙げることができる。
【0044】
Ni源、Fe源、Co源、遷移金属元素M源はいずれも硝酸塩であることが好ましい。従って、工程1で使用する原料たる溶液は、Niの硝酸塩、Feの硝酸塩、Coの硝酸塩及び遷移金属元素Mの硝酸塩を含むことが好ましい。ただし、遷移金属元素M源において、MがV(バナジウム)である場合、遷移金属元素M源は塩化物であることがより好ましく、すなわち、MがV(バナジウム)である場合、遷移金属元素M源は塩化バナジウム(III)であることがより好ましい。
【0045】
工程1で使用する溶液が溶媒を含む。斯かる溶媒は、例えば、水であり、その他、低級アルコール化合物を含むことができる。溶媒は水のみであってもよい。
【0046】
工程1で使用する溶液において、Ni源、Fe源、Co源、及び遷移金属元素M源のそれぞれの濃度は特に限定されない。例えば、溶媒1Lあたり、遷移金属の総濃度が1~200mmolであることが好ましく、5~150mmolであることがより好ましく、10~100mmolであることがさらに好ましい。具体的には、溶液中のNi源、Fe源、Co源、及び遷移金属元素M源それぞれの濃度は、1~50mMが好ましく、5~25mMがより好ましい。工程1で使用する溶液において、Ni源、Fe源、Co源、及び遷移金属元素M源の濃度はいずれも等濃度であってもよい。
【0047】
工程1で使用する溶液は、その他の添加剤を含むことができる。他の添加剤としては、例えば、pH調整剤を挙げることができる。pH調整剤としては、尿素(CO(NH2)2)、NH4F、水酸化アンモニウム等を挙げることができる。pH調整剤は1種のみ又は2種以上を組み合わせて使用することができる。第1の遷移金属源の溶液がpH調整剤を含む場合、溶媒100mLあたり、各pH調整剤が10~50mmol溶解していることが好ましい。
【0048】
工程1において、溶液に電極基材を浸漬する方法は特に限定されず、通常は、電極基材の全体が溶液に浸されるように行うことができる。電極基材の浸漬は、例えば、後記する水熱合成が可能な容器内で行うことができる。このような容器として、耐圧式のオートクレーブを挙げることができる。オートクレーブの内面は、例えば、テフロン(登録商標)等のフッ素樹脂でコーティングすることができる。
【0049】
工程1では、電極基材を溶液に浸漬した状態で加熱処理を行う。工程1の加熱処理としては、水熱合成法を挙げることができる。ここでいう水熱合成法は、電極基材を溶液に浸漬した状態で容器を密閉し、該容器内を加熱する方法である。
【0050】
水熱合成における容器内の温度、すなわち、加熱処理の温度は、前駆体が形成される条件である限りは特に制限されず、例えば、80~200℃とすることができ、100~150℃であることが好ましい加熱処理の時間も特に限定されず、例えば、2~24時間とすることができる。水熱合成における容器内の圧力も適宜設定することができる。
【0051】
工程1の加熱処理(水熱合成)により、電極基材上に前駆体が形成される。斯かる前駆体は、Ni、Fe、Co、及び、遷移金属元素Mを含む複合水酸化物である。
【0052】
(工程2)
工程2は、工程1で得られた前記前駆体が形成された電極基材を硫化処理して硫化物を得る工程である。この工程2の硫化処理は、例えば、工程1で得られた前記前駆体を、硫黄源の存在下で加熱処理する方法が挙げられる。この加熱処理により、硫化物を得ることができる。
【0053】
硫黄源は硫黄単体であってもよいし、硫黄を含む化合物であってもよい。硫黄源は、硫黄単体であることが好ましく、硫黄粉末であることがより好ましい。
【0054】
硫黄を含む化合物は、例えば、公知の硫黄化合物を広く挙げることができ、例えば、チオアセトアミド(CH3CSNH2)、チオ尿素(SC(NH2)2)、システイン(C3H7NO2S)、チオ硫酸ナトリウム(Na2S2O3)、硫化アンモニウム((NH4)2S)、硫化ナトリウム(Na2S)等を挙げることができる。なお、硫黄を含む化合物としては、硫黄元素の一部が、Se及び/又はTe元素に置き換えられてもよい。工程2では、硫黄源は1種単独で使用することができ、あるいは、2種以上を併用することもできる。
【0055】
硫黄源の存在下で加熱処理する方法は特に限定されず、例えば、固体硫化法を採用することが好ましい。固体硫化法とは、固体状の硫黄源と、前駆体とが存在する空間内を加熱処理する方法である。この方法では、例えば、固体状の硫黄源が収容された容器と、工程1で得られた前駆体が形成された電極基材とを密閉容器内に収容し、この密閉容器を加熱処理することができる。これにより、硫化物を生成させることができる。
【0056】
硫化処理における加熱処理の温度は、例えば、150~700℃とすることができ、好ましくは200~600℃、より好ましくは300~550℃である。加熱処理の時間は温度等に応じて適宜設定することができ、例えば、1~5時間である。硫化処理における加熱処理では、例えば、2~5℃/分の昇温速度で加熱を行うことができる。
【0057】
硫化処理は、例えば、不活性ガス雰囲気化で行うことができ、この場合、不活性ガスに水素ガスを含ませてもよい。不活性ガスが水素ガスを含有する場合、水素ガスの含有割合は、不活性ガスの全量に対して5~30体積%とすることができる。
【0058】
工程2で使用する前駆体及び硫黄源の使用割合は特に限定されず、前駆体に対して過剰量の硫黄源を使用することができる。
【0059】
以上の工程2により、前駆体が硫化処理され、電極基材上に目的の硫化物が、例えば、ナノシート状に形成され得る。斯かる硫化物は、Ni、Fe、Co、及び、遷移金属元素Mを少なくとも有する硫化物である。
【0060】
3.水分解用電極
本発明の水分解用触媒は、水分解用電極として適用することができる。斯かる水分解用電極は、水分解用触媒を備えるので、水の電気分解用において、過電圧の上昇をより抑制することができ、また、より長期間安定に電気分解することを可能とする。
【0061】
本発明の水分解用触媒を備える水分解用電極は、酸素発生電極及び水素発生電極のいずれの電極にも適用することができ、また、酸素発生電極及び水素発生電極の両方を本発明の水分解用触媒を備える水分解用電極とすることもできる。また、上記水分解用電極は、アルカリ水等の各種水のみならず、海水の電気分解にも適用することができる。
【0062】
水分解用電極は、本発明の水分解用触媒のみで形成されていてもよいし、本発明の効果が阻害されない程度である限りは、他の材料が組み合わされてもよい。
【0063】
4.水の電気分解方法
本発明の水の電気分解方法は、水分解用電極を用いて水の電解処理を行う。水は、アルカリ水や海水を使用することができる。海水は天然の海水であっても良いし、あるいは、模倣海水(例えば、1MのKOH及び0.5MNaClを含む水溶液)を海水として用いることもできる。
【0064】
水分解用電極を酸素発生電極として使用する場合、酸素を製造することができ、水分解用電極を水素発生電極として使用する場合、水素を製造することができる。酸素発生電極は、アノードとして使用され、水素発生電極は、カソードとして使用される。また、本発明の水の電気分解方法では、酸素発生電極及び水素発生電極の両方に、前記水分解用電極を適用することもできる。
【0065】
本発明の水の電気分解方法では、酸素発生電極又は水素発生電極以外の構成は特に制限されず、例えば、従来の水の電気分解方法と同じ構成を採用することができる。
【0066】
本開示に包含される発明を特定するにあたり、本開示の各実施形態で説明した各構成(性質、構造、機能等)は、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各構成のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例0067】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の態様に限定されるものではない。
【0068】
(実施例1)
図1に示すスキームに従い、ニッケルフォーム(電極基材)上にNi、Fe、Co及びVを有する硫化物を形成させた。まず、大きさが2×2cm
2である発泡ニッケル(ニッケルフォーム)を1M塩酸、エタノール及び脱イオン水の順に超音波条件下で1時間処理した後、60℃の真空オーブンで6時間乾燥させて、ニッケルフォームの前処理を行った。一方、Ni(NO
3)
2、Fe(NO
3)
3、Co(NO
3)
2、塩化バナジウム(III)、NH
4F、及び、尿素を30mlの蒸留水に溶解させて溶液を調製した。この溶液において、Ni(NO
3)
2、Fe(NO
3)
3、Co(NO
3)
2、及び塩化バナジウム(III)の濃度はいずれも20mMとし、尿素は160mM、NH
4Fは320mMとした。
【0069】
上記のように得られた溶液を、テフロン(登録商標)で裏打ちされたオートクレーブに全量移し、そこで前述の前処理したニッケルフォームを浸漬させ、容器を密閉した後、容器内を120℃で12時間加熱した。その後、自然冷却させてから、ニッケルフォームを取り出し、エタノールと脱イオン水で洗浄し、60℃の真空オーブンで12時間乾燥させた(工程1)。これにより、電極基材上に前駆体を形成した。
【0070】
次に、上記前駆体が形成されたニッケルフォームと、硫黄粉末0.5gとをそれぞれ石英管炉の下流及び上流に収容して、アルゴンガス(水素ガス20体積%含有)を上流から下流へ流しつつ、石英管炉を2℃/分で300℃まで加熱し、300℃で2時間にわたって加熱処理(固体硫化)した。これにより、前駆体を硫化処理し、電極基材上に目的の硫化物を得た(工程2)。この硫化物が形成された電極基材(ニッケルフォーム)を水分解用触媒とし、これを「NiFeCoVS/NF」と命名した。
【0071】
(比較例1)
溶液の調製において、Fe(NO3)3及びCo(NO3)2を使用しなかったこと以外は実施例1と同様の方法で水分解用触媒を得た。この水分解用触媒を「NiVS/NF」と命名した。NiVS/NFにおいて、硫化物は、Fe及びCoを含まないものである。
【0072】
(比較例2)
溶液の調製において、Co(NO3)2を使用しなかったこと以外は実施例1と同様の方法で水分解用触媒を得た。この水分解用触媒を「NiFeVS/NF」と命名した。NiVS/NFにおいて、硫化物は、Coを含まないものである。
【0073】
(評価結果)
図2(a)及び(b)は、実施例で得られた水分解用触媒のSEM画像であり、
図2(c)は、実施例で得られた水分解用触媒のTEM画像である。
【0074】
図2(a)から、実施例1で得られたNiFeCoVSは、Ni、Fe、Co及びVを含有する硫化物がナノシート構造を有し、ニッケルフォーム上に均一に成長していることがわかった。ナノシート状の硫化物は、厚さが約19nmと見積もられた。
図2(b)から、硫化物のナノシートは、粗く、多孔質で緩い表面が見られ、大きな表面積を有するものであることもわかった。
図2(c)から、ナノシート構造は、触媒反応により多くの電気活性部位を提供できるものであり、物質移動の加速に有利となる多くのナノホールが存在することも確認された。
【0075】
なお、実施例1で得られた水分解用触媒における硫化物は、元素分析の結果、前記硫化物の全質量に対し、Niの含有割合は35~45モル%、Feの含有割合は2~3モル%、Coの含有割合は2~3モル%、Vの含有割合は2~3モル%であり、残部がSであることを確認した。
【0076】
図3(a)は、実施例及び各比較例で得られた水分解用触媒を電極として使用したリニアスイープボルタンメトリーの測定結果を示す。この測定では、水分解用触媒を陰極及び陽極の両方それぞれに使用し、また、参照電極としてAg/AgCl電極を使用して、水素発生反応(HER)及び酸素発生反応(OER)のそれぞれの特性を評価した。測定に使用した電解液は、1MのKOH水溶液とした。スキャン速度は2mV/sとした。本実施例においてリニアスイープボルタンメトリー曲線等の電気特性の評価においては、標準3電極セルと共に米国VersaSTAT4 ポテンションスタットガルバノスタット電気化学ワークステーションを用いた。
【0077】
図3(b)は、
図3(a)の結果に基づいて導き出した各水分解用触媒の10mAcm
-2及び100mAcm
-2における過電圧の測定結果であって、HER及びOERそれぞれの過電圧を示したものである。なお、
図3(b)の棒グラフにおいて、破線の左側の棒グラフがOERの結果、破線の右側の棒グラフがHERの結果であって、HERの結果における各触媒の棒グラフの左側が10mAcm
-2、右側が100mAcm
-2の電流密度での過電圧である。
【0078】
図3(c)は、一定電流密度運転を続けたときの電位安定性を示したグラフ(クロノポテンショメトリー)である。
【0079】
表1は、
図3(a)、(b)及び(c)のグラフに基づいて導き出した各水分解用触媒の10mAcm
-2及び100mAcm
-2における過電圧及びターフェル勾配の結果を示している。
【0080】
図3からわかるように、アルカリ(1MのKOH水溶液)中において、NiFeCoVS(実施例1)は、高い水素発生特性及び酸素発生特性を示す他、運転時間が50時間を超える水電解試験でも電圧変化がほとんど観察されなかった。具体的には、NiFeCoVSベース電極は、1MKOH真水溶液中で卓越したOER性能を示し、また、ターフェル勾配は68.04mVdec
-1という低い値を示し、iR補正後(
図3及び表1において、「NiFeCoVS-iR」と表記)、100mAcm
-2の電流密度で、過電圧は220mVに過ぎなかった。このことから、NiFeCoVS(実施例1)は、NiVS(比較例1)やNiFeVS(比較例2)よりも速い反応速度を提供することができるものであることがいえる。
【0081】
また、1MKOH真水溶液中でのHER性能についても、NiFeCoVS(実施例1)は、iR補正後、10mAcm-2及び100mAcm-2の電流密度で過電圧はそれぞれ86及び196mVの過電圧を提供することができ、ターフェル勾配は75.65mVdec-1と低く、全ての性能が比較例1~2の水分解用触媒よりも優れていた。これは、市販のPt/Cに匹敵する性能である。
【0082】
従って、NiFeCoVS(実施例1)は、高い耐久性を有する水分解用電極として使用できるものであった。
【0083】
【0084】
図4(a)は、実施例1で得られた水分解用触媒を電極として使用したリニアスイープボルタンメトリーの測定結果を示す。この測定では、水分解用触媒を陰極及び陽極の両方それぞれに使用し、また、参照電極としてAg/AgCl電極を使用して、水素発生反応(HER)及び酸素発生反応(OER)のそれぞれの特性を評価した。測定に使用した電解液は、1MのKOH水溶液、アルカリ性模擬海水(1MKOHと0.5MNaCl水溶液の混合液)及びアルカリ性実海水(1MKOHと実海水との混合液)の3種類を使用して、それぞれの電解液で試験をした。その他の試験条件は、
図3(a)と同様の条件で行った。
【0085】
図4(b)は、
図4(a)の結果に基づいて導き出した各電解液における100mAcm
-2における過電圧の測定結果であって、HER及びOERそれぞれの過電圧を示したものである。なお、
図4(b)の棒グラフにおいて、破線の左側の棒グラフがHERの結果、破線の右側の棒グラフがHERの結果である。また、
図4(b)において、各触媒の棒グラフの右側は、iR補正後(
図3及び表1において、「NiFeCoVS/NF-iR」と表記)の過電圧である。
【0086】
図4(c)は、アルカリ性実海水において、一定電流密度運転を続けたときの電位安定性を示したグラフ(クロノポテンショメトリー)である。
【0087】
なお、
図4(a)、(b)において、「KOH」は、1MのKOH水溶液を表し、「KOH+NaCl」は、アルカリ性模擬海水を表し、「KOH+Seawater」は、アルカリ性実海水を表す。
【0088】
図4から、実施例1で得られたNiFeCoVSからなる電極は、アルカリ性模擬海水およびアルカリ性実海水を電解液として使用した場合であっても優れたHER及びOER性能を依然として示していることがわかった。
図4(b)に示すように、実施例1で得られたNiFeCoVSからなる電極は、アルカリ性海水中において、HERでの過電圧が281mV、OERでの過電圧が285mVであり、100mAcm
-2の電流密度を実現できることもわかった。
【0089】
図4(c)から、実施例1で得られたNiFeCoVSからなる電極は、HERとOERの両方について、アルカリ水及び海水電解質のいずれにおいても50時間以上にわたって100mAcm
-2の一定の電位を維持でき、優れた安定性と機械的堅牢性を有していた。従って、実施例1で得られた水分解用触媒は、海水中であっても良好な触媒反応速度を示すものであって、電子伝導性の向上にも有利であるといえる。
【0090】
図5(a)は、実施例1で得られたNiFeCoVSからなる電極を陽極及び陰極に使用して電気分解を行った時の電位-電流密度曲線であり、
図5(b)は、実施例1で得られたNiFeCoVSからなる電極を使用して電気分解を行った時のクロノポテンショメトリーの結果である。電解液は、1MのKOH水溶液及びアルカリ性実海水(1MKOHと実海水との混合液)の2種類を使用して、それぞれの電解液で試験をした。
【0091】
図5(a)から、アルカリ性実海水であっても1.50V及び1.79Vの電圧でそれぞれ10mAcm
-2及び100mAcm
-2の電流密度に到達し、アルカリ性実海水においてもNiFeCoVS優れた安定性を実現できることがわかる。
図5(b)に示すように、アルカリ性実海水であっても長時間にわたり安定に運転できるものであった。