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特開2024-84033歯科用インプラント体の表面を親水化する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024084033
(43)【公開日】2024-06-24
(54)【発明の名称】歯科用インプラント体の表面を親水化する方法
(51)【国際特許分類】
   A61C 8/00 20060101AFI20240617BHJP
【FI】
A61C8/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022198194
(22)【出願日】2022-12-12
(71)【出願人】
【識別番号】522482083
【氏名又は名称】中澤 正博
(71)【出願人】
【識別番号】522483507
【氏名又は名称】西本 聖廣
(74)【代理人】
【識別番号】100106611
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 幸史
(72)【発明者】
【氏名】中澤 正博
(72)【発明者】
【氏名】西本 聖廣
【テーマコード(参考)】
4C159
【Fターム(参考)】
4C159AA01
4C159AA29
4C159AA58
(57)【要約】
【課題】 歯科用インプラント体の表面を簡易に親水化する方法を提供すること。
【解決手段】 オゾンナノバブル水に浸漬することによる。インプラント体が、オゾンナノバブル水に浸漬する前、大気に曝されてしまっていることで、大気中の炭化水素などの有機物質によって表面が汚染されて疎水化していても、オゾンナノバブル水に浸漬することにより、表面の汚染物質が分解されることによって表面が清浄化されるのみならず、表面が親水化され、オステオインテグレーションの獲得を容易にする。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
オゾンナノバブル水に浸漬することによる歯科用インプラント体の表面を親水化する方法。
【請求項2】
歯科用インプラント体をオゾンナノバブル水に浸漬することによる表面が親水化された歯科用インプラント体を作製する方法。
【請求項3】
表面が親水化された歯科用インプラント体を作製するためのオゾンナノバブル水の使用。
【請求項4】
オゾンナノバブル水に浸漬された歯科用インプラント体を封入した容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用インプラント体(以下、単に「インプラント体」と称することもある)の表面を親水化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、何らかの原因で永久歯の歯根が失われた場合における歯科インプラント治療が注目されていることは周知の通りである。歯科インプラント治療は、歯槽骨に埋入して固定される人工歯根であるインプラント体(フィクスチャー)に、アバットメント(連結部分)を介して人工歯冠が装着される構成のインプラントや、インプラント体にアバットメントを介さず人工歯冠が装着される構成のインプラントを用いて行われるが、いずれの構成のインプラントが用いられる場合であっても、インプラント体が骨と長期間にわたって強固に結合(オステオインテグレーション)することが肝要であることに変わりはない。こうした観点から、インプラント体は、材質として生体親和性が高いチタンやチタン合金が採用され、雄螺子の形状(スクリュー形状)をしている。また、オステオインテグレーションを獲得するまでの時間の短縮化を図るため、インプラント体の表面は、ブラスト処理や酸エッチング処理などが施されている。
【0003】
しかしながら、こうした工夫がなされたインプラント体であっても、製造会社で製造されてから歯科クリニックに届いて患者の歯槽骨に埋入されるまでの間に大気に曝されてしまうと、大気中の炭化水素などの有機物質によって表面が汚染されて疎水化してしまうことにより、オステオインテグレーションの獲得に悪影響を及ぼすことが知られている。この問題に対しては、様々な解決策が既に提案されており、例えば特許文献1では、汚染されたインプラント体の表面に紫外線(UV)を照射する方法が提案されている。この方法によれば、インプラント体の表面の汚染物質が分解されることによって表面が清浄化されるのみならず、表面が親水化され、オステオインテグレーションの獲得を容易にする。けれども、UV照射装置は大型かつ高価であるため、すべての歯科クリニックがこの方法を採用することは必ずしも安易でないことに加え、UV照射を行ったインプラント体は、すぐに患者の歯槽骨に埋入しなければ、埋入するまでの間に再び表面が汚染されて疎水化してしまうことになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2005-505352号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明は、歯科用インプラント体の表面を簡易に親水化する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記の点に鑑みて鋭意検討を行った結果、大気に曝されることで表面が疎水化してしまったインプラント体であっても、オゾンナノバブル水に浸漬することにより、インプラント体の表面を親水化することができることを見出した。
【0007】
上記の知見に基づいてなされた本発明の歯科用インプラント体の表面を親水化する方法は、請求項1記載の通り、オゾンナノバブル水に浸漬することによる。
また、本発明の表面が親水化された歯科用インプラント体を作製する方法は、請求項2記載の通り、歯科用インプラント体をオゾンナノバブル水に浸漬することによる。
また、本発明は、請求項3記載の通り、表面が親水化された歯科用インプラント体を作製するためのオゾンナノバブル水の使用である。
また、本発明は、請求項4記載の通り、オゾンナノバブル水に浸漬された歯科用インプラント体を封入した容器である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、歯科用インプラント体の表面を簡易に親水化する方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の歯科用インプラント体の表面を親水化する方法は、オゾンナノバブル水に浸漬することによる。本発明おいて“親水化する”の意味するところは、歯科用インプラント体の表面を改質して濡れ性を向上させることと理解される。
【0010】
本発明を適用することができるインプラント体は、生体親和性が高いチタンやチタン合金(チタンと、アルミニウム、スズ、ジルコニウム、モリブデン、ニッケル、パラジウム、タンタル、ニオブ、バナジウム、白金などの金属の少なくとも1種との合金)を材質とするものをはじめとして、どのような材質のものであってもよく、また、ブラスト処理や酸エッチング処理などのインプラント体に対する自体公知の表面処理が施されているものであってもよい。インプラント体の形状も、特段限定されるものではなく、雄螺子の形状(スクリュー形状)をはじめとして、どのような形状であってもよい。
【0011】
本発明において用いるオゾンナノバブル水は、粒径がナノメートルオーダーのオゾンバブル(気泡)を含む水を意味し、自体公知の方法で製造されたものであってよい。オゾンナノバブル水を製造する方法の具体例としては、特開2005-245817号公報に記載の、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、カリウムイオン、ナトリウムイオンなどの電解質イオンを含む水に、粒径がマイクロメートルオーダーのオゾンバブルを発生させた後、物理的刺激(放電発生装置を用いた放電、超音波発信装置を用いた超音波照射、水を流動させた際に生じる圧縮や膨張や渦流の利用など)を与えることで、オゾンバブルを急激に縮小させる方法が挙げられる。この方法によれば、粒径のピークが100nm以下(例えば10~50nm)であってオゾンの濃度が例えば0.1~20mg/Lのオゾンバブルを含む水を製造することができるが、オゾンナノバブル水を製造する方法は、この方法に限定されるわけではない。
【0012】
インプラント体の表面を親水化するためのオゾンナノバブル水の使用方法は、極めて簡単である。オゾンナノバブル水は、安定性に優れることから作り置きすることができるため(製造してから1年経過後でもオゾンの濃度は低下はするが消失することはない)、ペットボトルなどの容器に充填して保存することが可能であり、そうした容器入りオゾンナノバブル水は販売もされているので、例えば、容器入りオゾンナノバブル水を購入してインプラント体を浸漬するための容器に必要量を注ぎ込み、そこにインプラント体を浸漬し、容器の蓋を閉め、オゾンナノバブル水の安定性に悪影響を及ぼすおそれがない暗所に静置しておくだけでよい。浸漬時間は、6時間以上が望ましく12時間以上がより望ましい。浸漬時間が短すぎると、インプラント体の表面を十分に親水化することができないおそれがある。浸漬時間の上限は、限定されるわけではなく、例えば100日を超える日数であってもよい。こうした長期にわたってオゾンナノバブル水にインプラント体を浸漬する場合でも、オゾンナノバブル水は安定性に優れるため、インプラント体を浸漬しているオゾンナノバブル水を定期的に交換するといった作業は必要ない(交換してはいけないということではない)。
【0013】
こうしてオゾンナノバブル水に浸漬することによって表面が親水化されたインプラント体は、オゾンナノバブル水から取り出した後、そのままの状態(オゾンナノバブル水で濡れた状態)で、あるいは、必要に応じて滅菌生理食塩水などで洗浄してから、所定の手技手法によって患者の歯槽骨に埋入することができる。インプラント体が、オゾンナノバブル水に浸漬する前、大気に曝されてしまっていることで、大気中の炭化水素などの有機物質によって表面が汚染されて疎水化していても、オゾンナノバブル水に浸漬することにより、表面の汚染物質が分解されることによって表面が清浄化されるのみならず、表面が親水化され、オステオインテグレーションの獲得を容易にする。
【0014】
なお、以上の説明は、インプラント体の表面を親水化するためのオゾンナノバブル水の歯科クリニックにおける使用方法についてのものであるが、インプラント体の製造会社が、オゾンナノバブル水に浸漬されたインプラント体を封入した容器の形態で製造されたインプラント体を出荷すれば、表面が親水化されたインプラント体を歯科クリニックに納品することができる。
【実施例0015】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0016】
実験1:SLA表面処理が施された純チタン製デッシュに対する表面親水化(その1)
(実験方法)
市販の直径15mm×厚さ1mmの純チタン製デッシュの片面に対し、SLA(Sand-blasted Large-grit Acid-etched surface)表面処理(必要であれば例えばDaniel Buser et al.,Interface shear strength of titanium implants with a sandblasted and acid-etched surface:A biomechancal study in the maxilla of miniature pigs,J Biomed Mater Res,45,75~83,1999を参照)を行い、SLA表面処理が施されたインプラント体の表面形状を模したものにした。こうして片面をSLA表面処理した純チタン製デッシュ(以下「サンプルデッシュ」と称する)を、滅菌ピンセットで病理容器(合成樹脂製、以下同じ)に入れ、蓋をしない状態で室内で30日間放置することにより大気に曝した。30日後、サンプルデッシュを、病理容器から滅菌ピンセットで取り出し、被験水を入れた別の病理容器に浸漬し、蓋を閉め、室内の暗所で24時間静置した。24時間後、サンプルデッシュを、病理容器から滅菌ピンセットで取り出し、歯科用ユニットのエアシリンジを用いた強圧エアの吹き付けによる乾燥処理を行い、その過程における表面の様子を観察した。被験水は、以下の4種類とした。
(1)オゾンナノバブル水(日本ビテイリース社から販売されている商品名「NANO DENTAL α」、粒径のピークが40~50nmのオゾンナノバブルを含む水、オゾン濃度は1~3mg/L)
(2)滅菌生理食塩水
(3)滅菌精製水
(4)市販のオゾン水生成器で生成させたオゾン水(生成直後のオゾン濃度は1~3mg/L)
【0017】
(実験結果)
いずれの被験水に浸漬した場合においても、最終的には強圧エアの吹き付けによってサンプルデッシュのSLA表面処理した表面を乾燥させることができたが、オゾンナノバブル水に浸漬した場合、表面が親水化されたことによる戻り水現象(表面に存在するオゾンナノバブル水に強圧エアを吹き付けるといったんはその場所から周囲にオゾンナノバブル水が排除されるがその場所への強圧エアの吹き付けをやめるとすぐに周囲からその場所にオゾンナノバブル水が戻ってくる現象)が観察された。これに対し、滅菌生理食塩水、滅菌精製水、オゾン水に浸漬した場合、表面に存在するこれらの水に強圧エアを吹き付けた際の戻り水現象は観察されず、短時間で全体を乾燥することができた。また、オゾンナノバブル水に浸漬した場合、強圧エアの吹き付けによる乾燥直後のSLA表面処理した表面に、シリンジに入れた水道水をシリンジ針から1滴滴下すると、水滴は最大限に濡れ広がり、表面に対する水滴の接触角は超親水性を意味する0°であった。これに対し、滅菌生理食塩水、滅菌精製水、オゾン水に浸漬した場合、乾燥直後のSLA表面処理した表面に対する水滴の接触角は30~40°であって、多少の親水性は示したものの超親水性には至らなかった。なお、被験水に浸漬する直前のサンプルデッシュのSLA表面処理した表面に、シリンジに入れた水道水をシリンジ針から1滴滴下すると、表面に対する水滴の接触角は疎水性を意味する90~110°であった。
【0018】
(考察)
以上の実験結果から、サンプルデッシュのSLA表面処理した表面が、大気中の炭化水素などの有機物質によって汚染されて疎水化していても、オゾンナノバブル水に浸漬することにより、表面の汚染物質が分解されることによって表面が清浄化されるのみならず、表面が親水化されることがわかった。これに対し、オゾン水に浸漬することによる効果は、滅菌生理食塩水や滅菌精製水に浸漬することによる効果と同じ程度であり、オゾンナノバブル水に浸漬することによる効果よりも劣った。オゾンナノバブル水に浸漬することによる効果が優れる理由は、現時点では本発明者らにも必ずしも明確ではないが、オゾンナノバブル水に含まれる気体成分であるオゾンが有する作用(例えば酸化作用)だけによるものではないと考えられた。
【0019】
実験2:SLA表面処理が施された純チタン製デッシュに対する表面親水化(その2)
実験1におけるサンプルデッシュのオゾンナノバブル水への浸漬時間である24時間を、12時間、6時間、3時間、1時間のそれぞれに変更すること以外は実験1と同様にしてオゾンナノバブル水に浸漬することによる効果を調べたところ、いずれの浸漬時間の効果も24時間浸漬した場合の効果と同じ程度であった(超親水性の付与)。
【0020】
実験3:SLA表面処理が施されたインプラント体に対する表面親水化
(実験方法)
SLA表面処理が施されたインプラント体(商品名:Ankylos A11,デンツプライシロナ社)を、パーケージから滅菌ピンセットで取り出し、スクリュー管瓶(ガラス製、以下同じ)に入れ、蓋をしない状態で室内で30日間放置することにより大気に曝した。30日後、インプラント体を、スクリュー管瓶から滅菌ピンセットで取り出し、垂直にした状態で先端をビーカーに入れた水道水に触れさせると、先端は水道水をはじいたことで、インプラント体の表面が疎水化してしまっていることを確認した。この表面が疎水化してしまったインプラント体を、滅菌ピンセットでオゾンナノバブル水(実験1と同じ)を入れたスクリュー管瓶に浸漬し、蓋を閉め、室内の暗所で24時間静置した。24時間後、インプラント体を、スクリュー管瓶から滅菌ピンセットで取り出し、歯科用ユニットのエアシリンジを用いた強圧エアの吹き付けによる乾燥処理を行い、その過程における表面の様子を観察した。
【0021】
(実験結果)
最終的には強圧エアの吹き付けによってインプラント体の表面を乾燥させることができたが、表面が親水化されたことによる戻り水現象が観察された。また、強圧エアの吹き付けによる乾燥直後のインプラント体の先端を、垂直にした状態でビーカーに入れた水道水に触れさせると、水道水は先端からプラットフォーム部分まで立ち上ってきたことで、インプラント体の表面が親水化されていることを確認した。
【0022】
実験4:陽極酸化表面処理が施されたインプラント体に対する表面親水化
陽極酸化表面処理が施されたインプラント体(商品名:Replace Selectテーパード,ノーベルバイオケア社)を、実験3と同様にして、大気に曝した後、オゾンナノバブル水(実験1と同じ)に7日間浸漬することで、表面が親水化されることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明は、歯科用インプラント体の表面を簡易に親水化する方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。