(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024084243
(43)【公開日】2024-06-25
(54)【発明の名称】コーティング種子、種子コーティング剤、及び種子のコーティング方法
(51)【国際特許分類】
A01C 1/00 20060101AFI20240618BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20240618BHJP
A01N 63/30 20200101ALI20240618BHJP
A01N 65/44 20090101ALI20240618BHJP
【FI】
A01C1/00 A
A01P21/00
A01N63/30
A01N65/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022198402
(22)【出願日】2022-12-13
(71)【出願人】
【識別番号】594158150
【氏名又は名称】学校法人君が淵学園
(71)【出願人】
【識別番号】520328707
【氏名又は名称】株式会社Ciamo
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮坂 均
(72)【発明者】
【氏名】岩井 蘭子
(72)【発明者】
【氏名】山口 紗耶馨
(72)【発明者】
【氏名】園田 文花
(72)【発明者】
【氏名】角田 佳奈
(72)【発明者】
【氏名】永田 寛人
(72)【発明者】
【氏名】古賀 碧
【テーマコード(参考)】
2B051
4H011
【Fターム(参考)】
2B051AB01
2B051BA04
2B051BB02
2B051BB05
4H011AB03
4H011BA04
4H011BB21
4H011BC22
4H011DH10
(57)【要約】
【課題】光合成細菌を利用した植物の成長促進技術において、農業従事者の作業負担を軽減すると共に、様々な植物への適用を可能とし、なお且つ安定した効果を得られるようにする。
【解決手段】植物の種子16を、光合成細菌の菌体、光合成細菌由来のリポポリサッカライド、又は前記リポポリサッカライド等に由来するリピドAと、コーティング基剤とを含有するコーティング剤15によって被覆する。これにより、播種後における植物の根の成長が促進され、その結果、栄養や水分の吸収効率が向上して植物体全体の成長を促すことができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の種子と、
前記種子の表面に形成された、光合成細菌の菌体とコーティング基剤とを含有するコーティング層と、
を有するコーティング種子。
【請求項2】
植物の種子と、
前記種子の表面に形成された、光合成細菌由来のリポポリサッカライドとコーティング基剤とを含有するコーティング層と、
を有するコーティング種子。
【請求項3】
植物の種子と、
前記種子の表面に形成された、リピドAとコーティング基剤とを含有するコーティング層と、
を有するコーティング種子。
【請求項4】
前記光合成細菌が紅色非硫黄細菌である請求項1~3のいずれかに記載のコーティング種子。
【請求項5】
前記紅色非硫黄細菌がロドバクター属の細菌である請求項4に記載のコーティング種子。
【請求項6】
前記ロドバクター属の細菌がロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)である請求項5に記載のコーティング種子。
【請求項7】
前記コーティング基剤が、ゲル化剤である請求項1~3のいずれかに記載のコーティング種子。
【請求項8】
光合成細菌の菌体とコーティング基剤とを含有する種子コーティング剤。
【請求項9】
光合成細菌由来のリポポリサッカライドとコーティング基剤とを含有する種子コーティング剤。
【請求項10】
リピドAとコーティング基剤とを含有する種子コーティング剤。
【請求項11】
請求項8~10のいずれかに記載の種子コーティング剤を液体の状態で植物の種子の表面に付着させた後、該コーティング剤を乾燥させる種子のコーティング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーティング種子、種子コーティング剤、及び種子のコーティング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光合成細菌を植物に投与することによって該植物の成長を促進する効果が得られることは従来から知られている(例えば、非特許文献1~3を参照)。光合成細菌は、病原性がなく、培養も容易であることから、光合成細菌の菌体を主成分とする植物成長促進剤が、農業、園芸、及び造園などの分野で広く利用されている。
【0003】
しかしながら、旧来の植物成長促進剤は、一般的に光合成細菌を生菌(生きた菌)の状態で含んでいるため、保管時や運搬時の管理が難しいという問題があった。更に、旧来の植物成長促進剤の植物への投与方法としては、葉面散布、根元への灌注、水田への流し込み等が一般的であるが、これらの投与方法は圃場で行うために多くの労力を要し、且つ使用する光合成細菌の量も多くなる。例えば水田への流し込みでは1反(10a)当り10リットル程度の光合成細菌培養液が必要となる。
【0004】
上記の問題を解決するため、本発明者の一部は、特許文献1において光合成細菌を用いた新規の植物の成長促進方法を提案している。この方法は、植物の種子を、播種前に光合成細菌の死菌の懸濁液に浸漬処理することによって発芽後の成長を促進する方法であり、旧来のような圃場で植物に光合成細菌を散布したり、水田に光合成細菌を流し込んだりする方法に比べて、極めて低コストで手間もかからないという利点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】M. Elbadry, H. Gamal-Eldin, Kh. Elbanna, "Effects of Rhodobacter capsulatus inoculation in combination with graded levels of nitrogen fertilizer on growth and yield of rice in pots and lysimeter experiments", World J. Microbiol. Biotechnol., 15: pp.393-395 (1999)
【非特許文献2】Hosny Gamal-Eldin, Khaled Elbanna "Field Evidence for the Potential of Rhodobacter capsulatus as Biofertilizer for Flooded Rice", Curr Microbiol. 62: pp.391-395 (2011)
【非特許文献3】Wai-Tak Wong, Ching-Han Tseng, Shu-Hua Hsu, Huu-Sheng Lur, Chia-Wei Mo, Chu-Ning Huang, Shu-Chiung Hsu, Kung-Ta Lee, Chi-Te Liu "Promoting Effects of a Single Rhodopseudomonas palustris Inoculant on Plant Growth by Brassica rapa chinensis under Low Fertilizer Input", Microbes Environ. 29: pp.303-313 (2014)
【非特許文献4】A. Koga, M. Goto, T. Morise, H.T.D. Tran, T. Kakimoto, K. Kashiyama, N. Yamauchi, K. Nakayama, S. Hayashi, S. Yamamoto, H. Miyasaka, "Value-added recycling of distillation remnants of Kuma Shochu: a local traditional Japanese spirit, with photosynthetic bacteria", Waste Biomass Valor., 11: pp.6717-6724 (2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、播種作業を行う農業従事者の手によって上記のような光合成細菌懸濁液の調製及び種子の浸漬処理を行う必要があるため、前記懸濁液中での菌体の濃度、浸漬処理を行うタイミング、及び浸漬時間などが必ずしも一定とはならず、効果のばらつきが大きいという問題があった。また、特許文献1に記載の方法は、旧来の植物成長促進剤の施用に比べると手間は掛からないものの、農業従事者にとっては播種前に一手間余分な作業が生じることになり、このことが普及の妨げになっている。更に、特許文献1に記載の方法は、播種前に種子を水に漬ける工程があるイネ等には適しているが、コムギ等の事前に水に浸けることなく播種される植物には適さないという問題があった。
【0008】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、光合成細菌を利用した植物の成長促進技術において、農業従事者の作業負担を軽減すると共に、様々な植物への適用を可能とし、なお且つ安定した効果を得られるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係るコーティング種子は、
植物の種子と、
前記種子の表面に形成された、光合成細菌の菌体とコーティング基剤とを含有するコーティング層と、
を有するものである。
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係るコーティング種子は、
植物の種子と、
前記種子の表面に形成された、光合成細菌由来のリポポリサッカライドとコーティング基剤とを含有するコーティング層と、
を有するものであってもよい。
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明に係るコーティング種子は、
植物の種子と、
前記種子の表面に形成された、リピドAとコーティング基剤とを含有するコーティング層と、
を有するものであってもよい。
【0012】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る種子コーティング剤は、
光合成細菌の菌体とコーティング基剤とを含有するものである。
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明に係る種子コーティング剤は、
光合成細菌由来のリポポリサッカライドとコーティング基剤とを含有するものであってもよい。
【0014】
上記課題を解決するために成された本発明に係る種子コーティング剤は、
リピドAとコーティング基剤とを含有するものであってもよい。
【0015】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る種子のコーティング方法は、
前記いずれかの種子コーティング剤を液体の状態で植物の種子の表面に付着させた後、該コーティング剤を乾燥させるものである。
【発明の効果】
【0016】
上記本発明に係るコーティング種子、種子コーティング剤、及び種子のコーティング方法によれば、光合成細菌を利用した植物の成長促進技術において、農業従事者の作業負担を軽減できると共に、様々な植物への適用が可能となり、なお且つ安定した効果を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態に係る種子のコーティング方法の概略を示す模式図。
【
図2】光合成細菌Rhodobacter sp. Turu3の菌体を含有し、デンプンをコーティング基剤とするコーティング剤によって被覆した種籾の播種後14日における総根長、根の表面積、根端数、及び根の分岐数を示すグラフ。
【
図3】前記菌体を含有し、カルボキシメチルセルロースナトリウムをコーティング基剤とするコーティング剤によって被覆した種籾の播種後14日における総根長、根の表面積、根端数、及び根の分岐数を示すグラフ。
【
図4】前記菌体を含有し、ポリビニルアルコールをコーティング基剤とするコーティング剤によって被覆した種籾の播種後14日における総根長、根の表面積、根端数、及び根の分岐数を示すグラフ。
【
図5】光合成細菌標準株Rhodobacter sphaeroides NBRC 12203
Tの菌体を含有し、デンプンをコーティング基剤とするコーティング剤によって被覆した種籾の播種後14日における総根長、根の表面積、根端数、及び根の分岐数を示すグラフ。
【
図6】前記標準株由来のLPSを含有し、デンプンをコーティング基剤とするコーティング剤によって被覆した種籾の播種後14日における総根長、根の表面積、根端数、及び根の分岐数を示すグラフ。
【
図7】前記LPSから得られたリピドAを含有し、デンプンをコーティング基剤とするコーティング剤によって被覆した種籾の播種後14日における総根長、根の表面積、根端数、及び根の分岐数を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、植物の種子を、播種前に、光合成細菌の菌体、光合成細菌由来のリポポリサッカライド(LPS:Lipopolysaccharide)、又は当該LPS等に由来するリピドAを含むコーティング剤で被覆しておくことによって、特許文献1に記載の方法と同様に、播種後における根の伸長が促進されることを見出した。本発明は、上記知見に基づいて想到されたものである。
【0019】
すなわち、本発明に係るコーティング種子は、植物の種子を、光合成細菌の菌体、光合成細菌由来のLPS、又は当該LPS等に由来するリピドAの少なくともいずれかを有効成分として含有するコーティング剤によって被覆したものである。
【0020】
前記コーティング剤には、上述の有効成分に加えて、種子の表面にコーティング層を形成して光合成細菌を保持するためのコーティング基剤を含有させる。前記コーティング基剤としては、水に溶解又は分散可能であって、その溶液又は懸濁液を乾燥させた際に硬化して被膜を形成する性質を有するものを用いることが望ましい。このようなコーティング基剤としては、例えば、一般的にゲル化剤又は増粘剤として用いられている、デンプン若しくはアガロース等の多糖類、ゼラチン、又は水溶性高分子等を用いることができる。前記水溶性高分子としては、例えば、カルボキシメチルセルロース若しくはその塩、又はポリビニルアルコール等を好適に用いることができる。硬化前の(すなわち液状の)コーティング剤中におけるコーティング基剤の濃度は、特に限定されるものではないが、例えば、0.5%~5%程度(望ましくは1%~2%程度)とする。前記コーティング剤を用いて種子をコーティングする手法としては、例えば、種子をコーティング剤に浸漬したり、コーティング剤を種子の表面に塗布又は噴霧したりした後に該コーティング剤を乾燥させる手法(表面被覆法;Encrusting)を好適に用いることができる。ただし、コーティング手法はこれに限定されるものではなく、例えば、水溶性高分子を用いて種子の表面にごく薄い皮膜を形成させる方法(フィルムコーティング法)、又はタルク、過酸化カルシウム、ベントナイト、又は珪藻土などの無機物粒子と前記コーティング基剤との混合物を用いて種子の表面を厚くコーティングしてペレット状にする手法(ペレット化法)等を用いることもできる。
【0021】
前記光合成細菌の種類は特に限定されるものではないが、紅色非硫黄細菌であることが望ましく、その中でも、特にロドバクター属の光合成細菌であることが望ましい。前記ロドバクター属の光合成細菌としては、例えば、ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)を好適に用いることができる。ロドバクター・スフェロイデスとしては、例えば、土壌改良材又は土壌活性剤等の農業資材として市販されている菌体、具体的には、「PSB凍結菌体」、「オーレスPSB」、「光オーレス」、「NEWパナオーレス」、又は「オーレスみどり」の名称で市販されている菌体(販売元:株式会社松本微生物研究所)等を好適に用いることができる。
【0022】
前記有効成分として光合成細菌の菌体を用いる場合、コーティング剤中における光合成細菌の濃度は1菌/mL~106菌/mL程度(より望ましくは101 菌/mL~105 菌/mL程度)とすることが望ましいが、これに限定されるものではない。前記菌体は生菌の状態でコーティング剤に含有させてもよいが、保存及び取り扱いの容易性に鑑みると、予め生菌を加熱又は乾燥させて得られた死菌の状態でコーティング剤に含有させることが望ましい。前記生菌を加熱処理する場合の温度の目安は、60℃以上、望ましくは70℃以上、より望ましくは100℃以上であるが、これに限定されるものではない。また、前記光合成細菌の菌体は、細胞破砕のための処理、例えば、超音波処理、ホモジナイザー処理、乳鉢・乳棒による処理、凍結融解処理、又は酵素による細胞の溶解処理などを受けていない(すなわちインタクトな)ものであってもよく、あるいは前記のような細胞破砕のための処理が施されたものであってもよい。
【0023】
また、前記有効成分として光合成細菌由来のLPSを用いる場合、コーティング剤中におけるLPSの濃度は、例えば1 pg/mL~1 μg/mL程度(望ましくは5 pg/mL~50 pg/mL程度)とすることができるが、これに限定されるものではない。なお、光合成細菌由来のLPSは、例えば、光合成細菌の菌体を超音波処理等によって破砕し、得られた菌体破砕液を遠心分離して取り出された不溶性画分から抽出することによって取得することができる。あるいは、市販されている光合成細菌由来のLPSを用いるようにしてもよい。
【0024】
また、前記有効成分としてリピドAを用いる場合、コーティング剤中におけるリピドAの濃度は、例えば、0.01 pg/mL~1 μg/mL程度(望ましくは1 pg/mL~1 ng/mL程度)とすることができるが、これに限定されるものではない。なお、リピドAとしては、例えば、光合成細菌から抽出されたLPSを酸加水分解(例えば、0.1N塩酸中において100℃で1時間程度加熱)することによって得られたものを用いることができる。またエリトラン(Eritoran, E5564, CAS番号:185954-98-7)のような化学合成されたリピドAを用いることもできる。
【0025】
本発明は、例えばイネ又はコムギ等のイネ科の植物に好適に用いることができるが、本発明の適用対象とする植物の種類はこれに限定されるものではない。
【0026】
図1に、本発明の一実施形態に係る種子のコーティング方法の概略を示す。この方法では、まず、水11に所定量のコーティング基剤(例えばデンプン)12を添加して溶解又は分散させることにより、コーティング基剤の水溶液又は懸濁液(以下、コーティング基剤液13とよぶ)を作成する。なお、コーティング基剤の溶解又は分散を促進するため、必要に応じて、コーティング基剤12の添加前又は添加後に水11を加熱するようにしてもよい。
【0027】
続いて、コーティング基剤液13に光合成細菌の死菌の懸濁液(以下、菌体懸濁液14とよぶ)を添加して混合することによってコーティング剤15を調製する。前記の菌体懸濁液14は、予め光合成細菌の生菌を含む培養液を遠心分離して上清を除去し、残った沈殿物(菌体)を乾燥させ、その後、該沈殿物に水を添加して懸濁することによって調製される。なお、乾燥させた菌体に水を添加した後、超音波処理等によって菌体を破砕するようにしてもよい。また、前記の「光合成細菌の生菌を含む培養液」としては、純粋培養した光合成細菌の培養液を用いてもよく、焼酎粕等を利用して培養した純粋培養でない光合成細菌を主たる構成微生物とする培養液を用いてもよい。
【0028】
なお、菌体懸濁液14に代えて、光合成細菌から抽出したLPS又は該LPSから取り出されたリピドA又は化学合成されたリピドAをコーティング基剤液13に添加することによってコーティング剤15を調製するようにしてもよい。
【0029】
その後、上記で調製したコーティング剤15に植物の種子(例えばイネの種籾)16を投入し、所定の時間亘って浸漬した後、種子16をコーティング剤15から取り出して乾燥させる。なお、種子16をコーティング剤に浸漬する時間の目安は、1分~30分、望ましくは10分~20分程度であるが、これに限定されるものではない。以上により、光合成細菌の死菌を含むコーティング層によって被覆された種子であるコーティング種子17が得られる。
【0030】
以上により得られたコーティング種子17は、直ちに又は所定期間に亘って保存された後、農業地に運ばれて通常通りに播種される。なお、必要に応じてコーティング種子17を水に浸漬してから播種するようにしてもよい。コーティング種子17が水に濡れても、コーティング層に含まれるコーティング基剤12の作用によって有効成分(すなわち光合成細菌の菌体、LPS、又はリピドA)が種子16の表面に留められるため、播種前にコーティング種子17に浸水処理を施したり、コーティング種子17を播種した土壌に灌水したりしても、これらの有効成分が種子16の表面から直ちに失われることはない。
【0031】
本実施形態に係る種子のコーティング方法により、播種後における植物の根の成長が促進され、その結果、栄養や水分の吸収効率が向上して植物体全体の成長を促すことができる。また、本実施形態に係る方法では、種子の段階で光合成細菌(又はLPS若しくはリピドA)の投与を行うため、旧来の葉面散布、根元への灌注、水田への流し込み等のように圃場での投与を行う場合に比べて手間が掛からず、光合成細菌の使用量も極めて僅かで済む。また、上述の特許文献1に記載の方法では種子への光合成細菌の投与を農業現場で行う必要があったが、本実施形態に係る方法では、種子への光合成細菌の投与(すなわち前記コーティング剤によるコーティング)を予め農業現場以外の場所、例えば、種苗メーカー等で工業的に行うことができる。そのため、本実施形態に係る種子のコーティング方法は、種子の播種作業を行う農業従事者の手を煩わせることなく実現することができる。また、本実施形態に係る種子のコーティング方法は、特許文献1に記載の方法のように播種前の浸水処理時に光合成細菌を投与するものではないため、コムギ等の一般的に予め水に浸けることなく播種される植物にも好適に適用することが可能である。
【実施例0032】
以下、本発明の効果を確認するために行った実施例について説明する。本実施例では、種々のコーティング基剤の水溶液(又は懸濁液)に光合成細菌Rhodobacter sp. Turu3の菌体を添加することによってコーティング剤を作成し、各コーティング剤で被覆したイネの種籾を播種して根の成長度合いを評価した。
【0033】
まず、熊本県八代市坂本町鶴喰の水田土壌から単離した光合成細菌であるRhodobacter sp. Turu3を、非特許文献4に記載の球磨焼酎粕を原料に作成した培地で培養した。その後、前記光合成細菌の菌体を含む前記培地を遠心分離して沈殿(菌体)を回収し、該沈殿を60 ℃で6時間乾燥することによって乾燥菌体(死菌)を得た。そして、前記乾燥菌体に水を添加し、超音波処理による菌体の破砕を行うことによって菌体破砕液を得た。
【0034】
次に、コーティング基剤として、デンプン(コムギ由来のもの)、カルボキシメチルセルロースナトリウム(ナカライテスク株式会社)、及びポリビニルアルコール(富士フイルム和光純薬株式会社)の3種類のゲル化剤を用意し、各ゲル化剤を水に添加した後、80℃に加熱して該ゲル化剤を水に溶解(又は分散)させることよって、各ゲル化剤を2%の濃度で含む水溶液(又は懸濁液)をそれぞれ調製した。そして、各ゲル化剤の水溶液(又は懸濁液)を冷ました後に、所定量の前記菌体破砕液を添加することによって、前記光合成細菌の菌体を103 菌/mLの濃度で含むコーティング剤と、前記菌体を105 菌/mLの濃度で含むコーティング剤とをそれぞれ調製した。前記コーティング剤の調製に際しては、波長450 nmでカロテン類の吸収を測定し、OD450 = 2が109 菌/mLであるものとして菌濃度を計算した。
【0035】
次に、乾燥状態のイネ(品種:あきたこまち、生産年:2021年)の種籾を、上記の各コーティング剤に15分間浸漬し、その後取り出して1時間自然乾燥させることによってコーティング種子を作成した。また、対照として、光合成細菌の菌体を含有しないコーティング剤(すなわち上述の各ゲル化剤を2%の濃度で含む水溶液又は懸濁液)による種籾のコーティングを行った。
【0036】
以上で得られた各コーティング種子を、培土としてPromix BX(Premier Tech Horticulture Ltd, QC, Canada)を収容した49穴(7穴×7穴)の育苗セルボックス(外寸285mm×285mm×35mm、セル穴の内寸36.7mm×36.7mm×7mm )の中央部分の25穴(5穴×5穴)に、1セルあたり一粒播種し、25℃、12時間明・12時間暗条件で14日間栽培した後に根の成長を評価した。
【0037】
根の成長の評価には、画像解析システムWinRHIZO(Regent Instruments Inc.)を使用した。具体的には、まず、WinRHIZO専用トレイに水を張り、前記種籾から伸びた根から土を落とした上で、当該根を広げ、A4フラットベッドスキャナー(EPSON GT-X980)を用いて根の画像を取り込んだ。以上で取り込んだ根の画像をWinRHIZOで解析し、総根長 、根の表面積、根端数(根の総数)、及び根の分岐数を評価した。なお、評価に用いる種籾の数は各区とも3とした。
【0038】
上記試験の結果を
図2~
図4に示す。
図2はコーティング基剤としてデンプンを用いたもの、
図3はコーティング基剤としてカルボキシメチルセルロースナトリウムを用いたもの、
図4はコーティング基剤としてポリビニルアルコールを用いたものである。これらの図から明らかなように、上記いずれのコーティング基剤を用いた場合でも、光合成細菌の濃度が10
3 菌/mL及び10
5 菌/mLの双方において、対照と比べて総根長、根の表面積、根端数、及び根の分岐数が概ね増大しており、根の成長が促進されていることが確かめられた。
以上で得られたコーティング剤を用いて、実施例1と同様にイネの種籾をコーティングした。また、対照として、光合成細菌を含有しないコーティング剤(すなわち上述のデンプンの2%懸濁液)を用いて同様に種籾のコーティングを行った。そして、得られた各コーティング種子を、実施例1と同様に播種及び栽培し、播種後14日目における根の成長度合いを評価した。なお、評価に用いる種籾の数は各区とも4とした。