(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024008429
(43)【公開日】2024-01-19
(54)【発明の名称】水性フッ素樹脂塗料組成物
(51)【国際特許分類】
C09D 127/12 20060101AFI20240112BHJP
C09D 5/02 20060101ALI20240112BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20240112BHJP
C09D 179/08 20060101ALI20240112BHJP
C09D 171/00 20060101ALI20240112BHJP
【FI】
C09D127/12
C09D5/02
C09D7/61
C09D179/08 B
C09D171/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022110302
(22)【出願日】2022-07-08
(71)【出願人】
【識別番号】000174851
【氏名又は名称】三井・ケマーズ フロロプロダクツ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100127926
【弁理士】
【氏名又は名称】結田 純次
(74)【代理人】
【識別番号】100140132
【弁理士】
【氏名又は名称】竹林 則幸
(72)【発明者】
【氏名】中澤 亮
【テーマコード(参考)】
4J038
【Fターム(参考)】
4J038CD091
4J038CD121
4J038CD131
4J038DF052
4J038DJ052
4J038HA026
4J038HA436
4J038KA06
4J038KA08
4J038MA10
4J038NA03
4J038PA06
4J038PA19
4J038PC02
(57)【要約】
【課題】様々な金属基材に強固に接着し、1回の塗装で耐水蒸気性・耐食性に優れた十分な厚みのある塗膜を形成できる水性フッ素樹脂塗料組成物、それを塗装してなる塗膜、その塗膜を有する物品を提供する。
【解決手段】水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂及び充填材を含み、フッ素樹脂がパーフルオロ樹脂であり、水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン及びその他のバインダー樹脂からなるバインダー樹脂の量とフッ素樹脂の量の合計量(樹脂固形分)におけるバインダー樹脂の割合が35~55質量%である、水性フッ素樹脂塗料組成物。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂及び充填材を含み、フッ素樹脂がパーフルオロ樹脂であり、水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン及びその他のバインダー樹脂からなるバインダー樹脂の量とフッ素樹脂の量の合計量(樹脂固形分)におけるバインダー樹脂の割合が35~55質量%である、水性フッ素樹脂塗料組成物。
【請求項2】
充填材が鱗片状充填材である、請求項1に記載の水性フッ素樹脂塗料組成物。
【請求項3】
充填材がマイカである、請求項2に記載の水性フッ素樹脂塗料組成物。
【請求項4】
水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン及びその他のバインダー樹脂からなるバインダー樹脂の量とフッ素樹脂の量の合計量(樹脂固形分)における水溶性ポリアミドイミド樹脂の割合が15~50質量%である、請求項1に記載の水性フッ素樹脂塗料組成物。
【請求項5】
フッ素樹脂が非溶融流動性ポリテトラフルオロエチレンを含む、請求項1に記載の水性フッ素樹脂塗料組成物。
【請求項6】
水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン及びその他のバインダー樹脂からなるバインダー樹脂の総量とフッ素樹脂の量の合計量(樹脂固形分)における非溶融流動性ポリテトラフルオロエチレンの割合が35質量%以上である、請求項5に記載の水性フッ素樹脂塗料組成物。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の水性フッ素樹脂塗料組成物の塗膜。
【請求項8】
厚さ40μm以上のワンコート塗膜である、請求項7の塗膜。
【請求項9】
請求項1~6のいずれか1項に記載の水性フッ素樹脂塗料組成物の塗膜を有する物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、様々な金属基材に強固に接着し、1回の塗装で耐水蒸気性・耐食性に優れた十分な厚みのある塗膜を形成できる水性フッ素樹脂塗料組成物、それを塗装してなる塗膜、その塗膜を有する物品に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ素樹脂は、優れた耐熱性、耐薬品性、電気的性質及び機械的性質を有し、また極めて低い摩擦係数、非粘着性、撥水撥油性を有しているため、化学、機械、電機などあらゆる工業分野において広く利用されている。
【0003】
特に、フッ素樹脂の非粘着性、撥水撥油性を利用して、フッ素樹脂コーティングが、フライパン・炊飯器などの調理器具の塗装、OA機器のトナーを定着させる定着ロール・ベルトなど様々な分野で利用され、近年では、インクジェットノズル、化学プラントの設備など、利用分野はさらに広がっている。
【0004】
ところが、各種基材にフッ素樹脂をコーティングする場合、フッ素樹脂の特性である非粘着性のために、フッ素樹脂を直接基材に塗装することは接着不良が生じ、極めて困難である。そのため、フッ素樹脂コーティングを行なう場合には、基材に対する接着性を有し、かつその上に塗装されるフッ素樹脂コーティング(トップコート塗料)の塗膜とも接着性を有するプライマー塗料組成物が通常利用されてきた。
【0005】
このようなプライマー塗料組成物には、基材との接着性を有し、かつフッ素樹脂の融点以上の高温に耐えうる耐熱性樹脂(いわゆるエンジニアリングプラスチック)が用いられており、例えば、特許文献1には、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルスルホンなどのプレカーサー及びポリフェニレンサルファイドなどの微粒子が開示されている。このような耐熱性樹脂をバインダーと呼ぶ。
【0006】
一方、プライマー塗料組成物を含むフッ素樹脂塗料組成物の媒体には、有機溶剤(溶剤系塗料)か水(水性塗料)が用いられており、環境負荷や人体への有害性の観点から、特に近年では水性(水系)塗料組成物が好ましく用いられている。水性塗料組成物において、基材との接着性を付与する耐熱性樹脂(バインダー)は、通常非水溶性であるため、その粒子を塗料組成物の液中に分散させて用いられるが、このとき、水溶性のポリアミドイミドを用いることもできる(特許文献2)。
【0007】
耐熱性樹脂(バインダー)として水溶性ポリアミドイミド(水溶性PAI)を用いた場合、水性フッ素樹脂塗料組成物中に均一に溶解するため、少量でも高い接着力が得られる。
【0008】
さらに、水溶性ポリアミドイミドは粘度が高いことから、増粘剤を低減するか不使用とすることができ、塗膜の純粋性を高め、より良好な性能を得ることができる。さらに、水溶性ポリアミドイミドを用いることで、耐熱性樹脂(バインダー)として一般的な各種エンジニアリングプラスチックの粉体を用いる場合に必要な分散工程や分散度合いの管理が不要となり、生産性に優れ、かつ品質管理もし易いという利点も有する。
【0009】
したがって、水性塗料組成物において、基材との接着性を付与する耐熱性樹脂(バインダー)として水溶性ポリアミドイミドを用いることが望まれている。
しかし、従来の水溶性ポリアミドイミドを用いたフッ素樹脂組成物から得られる塗膜では、耐水蒸気性と耐食性が不十分であった。
【0010】
これまで、耐水蒸気性と耐食性に優れた水性塗料組成物としては、水溶性ポリアミドイミドと共にポリエーテルスルホン樹脂を用いたフッ素樹脂塗料組成物が提案されている(特許文献3)。
【0011】
また、水溶性ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルイミド、及びフッ素樹脂を含み、ポリエーテルイミドが水溶性ポリアミドイミド樹脂とポリエーテルイミドの合計質量%の50~75質量%である、水性フッ素樹脂塗料組成物も提案されている(特許文献4)。
【0012】
さらに、水溶性ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン及びフッ素樹脂を含み、フッ素樹脂がパーフルオロ樹脂である、水性フッ素樹脂塗料組成物も提案されている(特許文献5)。
【0013】
一方、水溶性ポリアミドイミドは水性フッ素樹脂塗料組成物中に均一に溶解し、少量でも高い接着力が得られることから、水溶性ポリアミドイミドを用いた水性フッ素樹脂塗料組成物は、1回の塗装のみで使用するワンコート塗料としての利用も期待できる。ワンコート塗料は、プライマー塗料及びトップコート塗料を使用せず、塗装回数を少なくできることから、コストや生産性が優れる。
【0014】
またワンコート塗料から得られるフッ素樹脂塗膜は、通常のプライマー塗料とトップコート塗料からなる塗膜に比べて、バインダー樹脂として用いた耐熱性樹脂により塗膜の硬さや耐摩耗性の改善もできる。
これらの利点から、ワンコート塗料に適した水性フッ素樹脂塗料組成物は様々な用途への展開が可能となる。
【0015】
ワンコート塗料に適した水性フッ素樹脂塗料組成物には、フッ素樹脂塗料としての性能に加えて、1回の塗装で十分な耐久性のある厚い塗膜を形成できる厚塗り性や、様々な基材へ適用できることが求められる。
しかしながら、これまで提案されたフッ素樹脂塗料組成物は、プライマー塗料としては満足できる性能を示すものの、ワンコート塗料としては、厚塗り性や様々な基材へ適用できる汎用性の面から、十分な性能を発揮できるものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特公平4-71951号公報
【特許文献2】特許第3491624号公報
【特許文献3】特許第4534916号公報
【特許文献4】特許第6722721号公報
【特許文献5】特開2021-91754号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明の目的は、様々な金属基材に強固に接着し、1回の塗装で耐水蒸気性・耐食性に優れた十分な厚みのある塗膜を形成できる水性フッ素樹脂塗料組成物、それを塗装してなる塗膜、その塗膜を有する物品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するため、本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物は、水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂及び充填材を含み、フッ素樹脂がパーフルオロ樹脂であり、水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン及びその他のバインダー樹脂からなるバインダー樹脂の総量とフッ素樹脂の量の合計量(樹脂固形分)におけるバインダー樹脂の割合が35~55質量%であることを特徴とする。
【0019】
すなわち、本発明は以下のとおりのものである。
(1)水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂及び充填材を含み、フッ素樹脂がパーフルオロ樹脂であり、水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン及びその他のバインダー樹脂からなるバインダー樹脂の量とフッ素樹脂の量の合計量(樹脂固形分)におけるバインダー樹脂の割合が35~55質量%である、水性フッ素樹脂塗料組成物。
(2)充填材が鱗片状充填材である、(1)の水性フッ素樹脂塗料組成物。
(3)充填材がマイカである、(1)又は(2)の水性フッ素樹脂塗料組成物。
(4)水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン及びその他のバインダー樹脂からなるバインダー樹脂の量とフッ素樹脂の量の合計量における水溶性ポリアミドイミド樹脂の割合が15~50質量%である、(1)~(3)の水性フッ素樹脂塗料組成物。
(5)フッ素樹脂が非溶融流動性ポリテトラフルオロエチレンを含む、(1)~(4)のいずれかに記載の水性フッ素樹脂塗料組成物。
(6)水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン及びその他のバインダー樹脂からなるバインダー樹脂の総量とフッ素樹脂の量の合計量(樹脂固形分)における非溶融流動性ポリテトラフルオロエチレンの割合が35質量%以上である、(5)の水性フッ素樹脂塗料組成物。
(7)(1)~(6)の水性フッ素樹脂塗料組成物の塗膜。
(8)厚さ40μm以上のワンコート塗膜である、(7)の塗膜。
(9)(1)~(6)の水性フッ素樹脂塗料組成物の塗膜を有する物品。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、様々な金属基材に強固に接着し、1回の塗装で耐水蒸気性・耐食性に優れた十分な厚みのある塗膜を形成できる水性フッ素樹脂塗料組成物、それを塗装してなる塗膜、その塗膜を有する物品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明について詳細に説明する。
1.水性フッ素樹脂塗料組成物
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物は、水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂及び充填材を含むものである。
【0022】
<水性フッ素樹脂塗料組成物>
本発明の「水性フッ素樹脂塗料組成物」は、水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂及び充填材を含む水性(水系)分散体であり、フッ素樹脂がパーフルオロ樹脂であり、水溶性ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリエーテルケトン及びその他のバインダー樹脂からなるバインダー樹脂の総量とフッ素樹脂の量の合計量(樹脂固形分)におけるバインダー樹脂の割合が35~55質量%である。本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物は、1回の塗装で耐水蒸気性・耐食性に優れた十分な厚みのあるフッ素樹脂塗膜を様々な基材上に形成できるので、ワンコート塗料として特に優れた性能を発揮する。
【0023】
<水溶性ポリアミドイミド樹脂(水溶性PAI)>
本発明に用いられる「水溶性ポリアミドイミド樹脂(水溶性PAI)」とは、アミド結合とイミド結合とを主鎖に持つ水溶性樹脂であり、好ましくは下記一般式:
【化1】
(式中、R
1は3価の有機基を表し、R
2は2価の有機基を表す。)で表される繰り返し単位を有するものである。
【0024】
本発明で用いられる水溶性PAIは、極性溶媒中で、アミン成分としてジイソシアネート化合物又はジアミン化合物と、酸成分として三塩基酸無水物又は三塩基酸ハライドとを共重合させることで得られる。水溶性PAIの合成条件は多様であり、特に限定されないが、通常、80~180℃の温度で行われ、空気中の水分の影響を低減するため、窒素等の雰囲気下で行うことが好ましい。
【0025】
ジイソシアネート化合物としては、特に限定されないが、例えば、下記式(1)で表されるジイソシアネート化合物が挙げられる。式(1)中、Xは2価の有機基を示す。
【化2】
【0026】
Xで示される2価の有機基としては、例えば、炭素数1~20のアルキレン基;未置換、メチル基等の炭素数1~5の低級アルキル基、又はメトキシ基等の炭素数1~5の低級アルコキシ基で置換されているフェニレン基、ナフチレン基等のアリーレン基;単結合、炭素数1~5の低級アルキレン基、オキシ基(-O-)、カルボニル基(-CO-)、又はスルホニル基(-SO2-)を介して上記アリーレン基が2つ結合してなる2価の有機基;上記アリーレン基を介して炭素数1~5の低級アルキレン基が2つ結合してなる2価の有機基などが挙げられる。アルキレン基の炭素数は、好ましくは1~18であり、より好ましくは1~12であり、更に好ましくは1~6であり、特に好ましくは1~4である。
【0027】
Xで示される2価の有機基は、反応性、塗膜の接着強度向上等の観点から、好ましくは、単結合、炭素数1~5の低級アルキレン基、オキシ基(-O-)、カルボニル基(-CO-)、又はスルホニル基(-SO2-)を介して上記アリーレン基が2つ結合してなる2価の有機基であり、より好ましくは単結合又は炭素数1~5の低級アルキレン基を介して上記アリーレン基が2つ結合してなる2価の有機基であり、更に好ましくは単結合又は炭素数1~5の低級アルキレン基を介してフェニレン基が2つ結合してなる2価の有機基である。ジイソシアネート化合物を2種以上組み合わせて用いる場合も、これらの好ましい態様の中から2種以上を選択して使用することが好ましい。また、アリーレン基は、反応性の観点からは、未置換であることが好ましく、塗膜の接着強度向上の観点からは、メチル基等の炭素数1~5の低級アルキル基、又はメトキシ基等の炭素数1~5の低級アルコキシ基で置換されていることが好ましい。
【0028】
ジイソシアネート化合物として、具体的には、キシリレンジイソシアネート、パラフェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ナフタレンジイソシアネート、3,3'-ジフェニルメタンジイソシアネート、4,4'-ジフェニルメタンジイソシアネート、3,3'-ジメチルビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、3,3'-ジメトキシビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアレート等が挙げられる。
【0029】
ジアミン化合物としては、特に限定されないが、上記式(1)において、イソシアネート基をアミノ基に置き換えた化合物が挙げられる。ジアミン化合物として、具体的には、キシリレンジアミン、フェニレンジアミン、4,4'-ジアミノジフェニルメタン、4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、4,4'-ジアミノジフェニルスルホン、3,3'-ジアミノジフェニルスルホン、3,3'-ジメチルビフェニル-4,4'-ジアミン、イソホロンジアミン等が挙げられる。
【0030】
アミン成分(ジイソシアネート化合物、ジアミン化合物)として、3,3'-ジメチルビフェニル-4,4'-ジイソシアネート及び/又は3,3'-ジメチルビフェニル-4,4'-ジアミンを用いることが、塗膜の基材接着強度と耐水蒸気性を向上させることができるため、好ましい。更に、作業環境を向上させる観点から、3,3'-ジメチルビフェニル-4,4'-ジイソシアネートを用いることが好ましい(国際公開WO2016/175099号)。
【0031】
反応には、ジイソシアネート化合物を単独で用いても、ジアミン化合物を単独で用いても、ジイソシアネート化合物とジアミン化合物を併用してもよい。反応を容易に行う観点から、ジイソシアネート化合物が好ましく使用される。
【0032】
三塩基酸無水物としては、トリカルボン酸無水物が挙げられる。特に限定されないが、好ましくは芳香族三塩基酸無水物であり、より好ましくは芳香族トリカルボン酸無水物であり、更に好ましくは下記式(2)又は式(3)で表される化合物である。耐熱性、コスト等の観点からトリメリット酸無水物が特に好ましい。
【0033】
【化3】
(Rは、水素原子、炭素数1~10のアルキル基、又はフェニル基を示し、Yは、-CH
2-、-CO-、-SO
2-、又は-O-を示す。)
【0034】
三塩基酸ハライドとしては、三塩基酸無水物ハライドが好ましく使用され、例えば、トリカルボン酸無水物ハライドが挙げられる。三塩基酸無水物ハライドは、三塩基酸無水物クロライドであることが好ましい。特に限定されないが、好ましくは芳香族三塩基酸無水物クロライドであり、より好ましくは芳香族トリカルボン酸無水物クロライドであり、更に好ましくは上記式(2)又は(3)において-COOR基を-COCl基に置き換えた化合物である。耐熱性、コスト等の観点から、トリメリット酸無水物クロライド(無水トリメリット酸クロライド)が特に好ましい。
【0035】
環境への負荷を軽減させる観点から、トリカルボン酸無水物が好ましく使用され、トリメリット酸無水物が特に好ましい。
【0036】
酸成分としては、三塩基酸無水物及び三塩基酸ハライドの他に、親水性を向上させるために、ジカルボン酸、テトラカルボン酸二無水物等の多塩基酸又は多塩基酸無水物を、水溶性PAIの耐熱性等の特性を損なわない範囲で用いることができる。
【0037】
ジカルボン酸としては、特に限定されないが、テレフタル酸、イソフタル酸、アジピン酸、セバシン酸等が挙げられる。テトラカルボン酸二無水物としては、特に限定されないが、ピロメリット酸二無水物、ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、ビフェニルテトラカルボン酸二無水物等が挙げられる。多塩基酸及び多塩基酸無水物は、それぞれ1種のみ使用しても、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0038】
三塩基酸無水物及び三塩基酸ハライド以外の多塩基酸及び多塩基酸無水物(例えば、ジカルボン酸、テトラカルボン酸二無水物)の使用量は、水溶性PAIの耐熱性等の特性を保つ観点から、全酸成分中に0~50モル%が好ましく、0~30モル%がより好ましく、0~15モル%が更に好ましい。
【0039】
ジイソシアネート化合物及び/又はジアミン化合物と、酸成分(三塩基酸無水物及び/又は三塩基酸ハライド、並びに、必要に応じて用いられるジカルボン酸及び/又はテトラカルボン酸二無水物等)の使用比率は、生成させる水溶性PAIの分子量及び架橋度の観点から、酸成分の総量1.0モルに対してジイソシアネート化合物及び/又はジアミン化合物の総量が0.8~1.1モルであることが好ましく、0.95~1.08モルであることがより好ましく、1.0~1.08モルであることが更に好ましい。
【0040】
水溶性PAIとして、ジイソシアネート化合物及び/又はジアミン化合物と、酸成分とを反応させて得られるPAIをそのまま使用することができる。また、ブロック剤で保護した後に使用することも可能である。
原料化合物としてジイソシアネート化合物を使用する場合、PAIを安定化させる目的で、末端イソシアネート基のブロック剤(末端ブロック剤)を任意で使用してもよい。ブロック剤で保護することにより、水溶性PAIは、イソシアネート基(-NCO基)を有しないか、又は、イソシアネート化合物と酸成分とを反応させて得られるものと比べ、イソシアネート基(-NCO基)の量が低減されたものとなる。
【0041】
ブロック剤としてアルコールが挙げられ、アルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノール等の炭素数1~6の低級アルコールが挙げられる。また、ブロック剤として、2-ブタノンオキシム、δ-バレロラクタム、ε-カプロラクタム等が挙げられる。ブロック剤は、これらの例示化合物に限定されることはない。ブロック剤を、1種を単独で、又は、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0042】
重合に使用される極性溶媒としては、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、N-エチルモルフォリン、N-ホルミルモルフォリン、N-アセチルモルフォリン、N,N′-ジメチルエチレンウレア、N,N-ジメチルアセトアミド又はN,N-ジメチルホルムアミド、及びγ―ブチロラクトン等を用いることができる。入手容易であり、高沸点であることから、これまでNMPが好ましく用いられてきたが、人体への影響や、REACH規制や米国FDAなどの法規制の観点から、N-エチルモルフォリン、N-ホルミルモルフォリンを用いることが好ましい。
【0043】
溶媒の使用量に特に制限はないが、アミン成分と酸成分の総量100質量部に対して50~500質量部とすることが、得られる樹脂の溶解性の観点から好ましい。
【0044】
水溶性PAIの数平均分子量は、塗膜の強度を確保する観点から、5,000以上が好ましく、10,000以上がより好ましく、13,000以上が更に好ましく、15,000以上が特に好ましい。また、数平均分子量は、水への溶解性を確保する観点から、50,000以下が好ましく、30,000以下がより好ましく、25,000以下が更に好ましく、20,000以下が特に好ましい。
【0045】
水溶性PAIの数平均分子量は、合成時にPAIをサンプリングして、数平均分子量を測定し、目的とする数平均分子量が得られるまで合成を継続することによって管理できる。数平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC)により、標準ポリスチレンの検量線を用いて測定することができる。
【0046】
水溶性PAIは、樹脂中のカルボキシル基と酸無水物基を開環させたカルボキシル基とを合わせた酸価が、10mgKOH/g以上であることが好ましい。より好ましくは25mgKOH/g以上、更に好ましくは35mgKOH/g以上である。これらの範囲は、水溶性PAIの溶解又は分散を容易にする観点から、好ましい範囲である。また、後述する塩基性化合物を含有する場合に、塩基性化合物と反応するカルボキシル基の量が十分となり、水溶化が容易になることからも好ましい範囲である。
【0047】
また、酸価は、最終的に得られるフッ素樹脂塗料組成物について、経日によりゲル化を防止する観点から、80mgKOH/g以下が好ましい。より好ましくは60mgKOH/g以下、更には50mgKOH/g以下である。
【0048】
酸価は、以下の方法で得ることができる。まず、水溶性PAIを0.5g採取し、これに1,4-ジアザビシクロ[2,2,2]オクタンを0.15g加え、更にN-メチル-2-ピロリドン60gとイオン交換水1mLを加え、PAIが完全に溶解するまで撹拌し、評価用溶液を調製する。評価用溶液を用いて、電位差滴定法により、0.05mol/Lの水酸化カリウムエタノール溶液で滴定し、酸価を得る。酸価は、樹脂中のカルボキシル基と酸無水物基を開環させたカルボキシル基とを合わせた酸価である。
【0049】
さらに、PAIの水への溶解性を高めるために、塩基性化合物を作用させてもよい。塩基性化合物は、PAIに含まれるカルボキシル基と反応し、塩基性化合物とPAIとによる塩が形成される。塩基性化合物の作用により、PAIの水への溶解性を高めることができる。
【0050】
本発明において、塩基性化合物としては、トリエチルアミン、トリブチルアミン、N,N-ジメチルシクロヘキシルアミン、N,N-ジメチルベンジルアミン、トリエチレンジアミン、N-メチルモルホリン、N,N,N',N'-テトラメチルエチレンジアミン、N,N,N',N",N"-ペンタメチルジエチレントリアミン、N,N',N'-トリメチルアミノエチルピペラジン、ジエチルアミン、ジイソプロピルアミン、ジブチルアミン、エチルアミン、イソプロピルアミン、ブチルアミン等のアルキルアミン類;モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ジプロパノールアミン、トリプロパノールアミン、N-エチルエタノールアミン、N,N-ジメチルエタノールアミン、N,N-ジエチルエタノールアミン、シクロヘキサノールアミン、N-メチルシクロヘキサノールアミン、N-ベンジルエタノールアミン等のアルカノールアミン類;水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の苛性アルカリ;又はアンモニア等が挙げられる。PAIの水への溶解性を高める観点から、アルキルアミン類及び/又はアルカノールアミン類が適している。
【0051】
塩基性化合物は、PAIの水溶化を容易とし、かつ、塗膜の強度を向上させる観点から、樹脂中に含まれるカルボキシル基及び開環させた酸無水物基に対して、2.5当量以上となる量で使用されることが好ましく、より好ましくは3.5当量以上、更に好ましくは4当量以上である。また、塩基性化合物の含有量は、強度を維持する観点から、10当量以下となる量で使用されることが好ましく、より好ましくは8当量以下、更に好ましくは6当量以下である。
【0052】
具体的な水溶性PAI及びその製造法は、特許文献3、国際公開WO2016/175099号、特開2016-89016号、特開2016-17084号、特開2018-2802号などに記載されている。
【0053】
本発明に用いられる水溶性PAIは、通常、溶液として、フッ素樹脂塗料組成物の調製に用いられる。水溶性PAI溶液は、有機溶剤を含む水に水溶性PAIを溶解することにより容易に得ることができる。
【0054】
上記有機溶剤としては、極性が高く高沸点を有するものであれば特に限定されず、PAIの重合に用いることのできる各種の極性溶媒が利用可能である。重合に用いる溶媒と同様に、入手容易であり、高沸点であることから、これまでNMPが好ましく用いられてきたが、人体への影響や、REACH規制や米国FDAなどの法規制の観点から、N-エチルモルフォリン、N-ホルミルモルフォリン、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド、N-エチル-2-ピロリドンを用いることが好ましい。
上記有機溶剤は、本発明のフッ素樹脂塗料組成物における後述の水性媒体に含有され得る溶剤と同じものであってもよい。
【0055】
水溶性PAIは、粘度の点で、水溶性PAI溶液の1~50質量%の濃度であることが好ましく、より好ましくは5~40質量%である。
【0056】
このような水溶性PAI溶液の市販品としては、日立化成工業(株)製HPC-1000-28、HPC-2100D-28が挙げられ、好ましくはHPC-2100D-28である。
【0057】
<芳香族ポリエーテルケトン>
本発明に用いられる芳香族ポリエーテルケトンは、ベンゼン環がエーテルとケトンにより結合した直鎖状ポリマー構造を持つ、結晶性の熱可塑性樹脂に属するポリマーである。
【0058】
芳香族ポリエーテルケトンとしては、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリエーテルエーテルケトンケトン(PEEKK)、ポリエーテルケトンエステル等が例示できる。上記芳香族ポリエーテルケトンは、1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて使用できる。
上記芳香族ポリエーテルケトンとしては、PEK、PEEK、PEKK、PEEKK及びポリエーテルケトンエステルからなる群より選択される少なくとも1種が好ましく、PEEKがより好ましい。
【0059】
本発明に用いられるポリエーテルエーテルケトン(PEEK)は、少なくとも下記の繰り返し単位を有する高分子化合物であり、その単独重合体又は共重合体のいずれも用いることができる。
【化4】
【0060】
ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)は、通常、ジフェニルスルホン中で、炭酸アルカリ金属、例えば、炭酸カリウム及び/又は炭酸ナトリウムの存在下で、4,4’-ジフルオロベンゾフェノンとヒドロキノンを反応させることにより製造される。
本発明に用いられるポリエーテルエーテルケトン(PEEK)の市販品としては、ビクトレックス社製 VICOTE(登録商標)などが挙げられる。
【0061】
<フッ素樹脂>
本発明において、フッ素樹脂としてはパーフルオロ樹脂が使用される。パーフルオロ樹脂とは、分子鎖中の水素原子が全てフッ素に置き換えられたフッ素樹脂を意味し、具体的には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン・パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体などが挙げられる。
【0062】
本発明において、PFAを使用する場合、PFA中のパーフルオロ(アルキルビニルエーテル)のアルキル基は、炭素数が1~5であることが好ましく、1~3であることがより好ましい。またここで、PFA中のパーフルオロ(アルキルビニルエーテル)の量としては、1~50質量%の範囲にあることが好ましい。
【0063】
本発明においては、パーフルオロ樹脂として非熱溶融性ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を用いることが好ましい。非熱溶融性ポリテトラフルオロエチレンとは、融点以上で溶融流動性を示さない高分子量のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)であり、テトラフルオロエチレン(TFE)の単独重合体(TFEのホモポリマー)、TFEと共重合可能な単量体が1質量%以下の範囲で含まれるTFE共重合体(変性PTFE)の何れでも良く、又はその両者を組合せて使用することもできる。
【0064】
本発明においては、非熱溶融性ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)と共に、さらに熱溶融性パーフルオロ樹脂を併用しても良い。熱溶融性パーフルオロ樹脂としては、例えば、低分子量の熱溶融性ポリテトラフルオロエチレン(熱溶融性PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン・パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体が挙げられ、これらは、溶液重合、乳化重合、懸濁重合等の従来公知の方法によって製造することができる。
さらに必要に応じてその他のフッ素樹脂を加えても良い。
【0065】
本発明のフッ素樹脂は、公知の重合方法により得た樹脂を分離・乾燥することにより得られる粉体や、それを更に粉砕した粉体、また、特公昭52-44576に記載の方法などにより微細造粒化された粉体を、塗料組成物中に分散させて用いることができる。さらに、乳化重合により重合されたままのフッ素樹脂分散液(ディスパージョン)を、そのまま用いることもできるし、フッ素樹脂分散液に界面活性剤を添加して安定化させたもの、米国特許第3,037,953号に記載の方法などの公知の技術により濃縮してフッ素樹脂の濃度を高く調整したものを用いることもできる。安定化させたフッ素樹脂分散液は、フッ素樹脂が凝集や沈降せずに長期にわたって分散状態を維持できるため好ましい。
【0066】
本発明のフッ素樹脂塗料組成物において、フッ素樹脂は、水性媒体に粒子として分散したものである。上記フッ素樹脂は、平均粒子径が0.01~50μmである粒子からなるものが好ましい。0.01μm未満であると、粒子の分散性が悪く、得られる塗料組成物が機械的安定性及び貯蔵安定性に劣るおそれがある。50μmを超えると、粒子の均一分散性に欠け、得られる塗料組成物を用いて塗装する際、表面が平滑な塗膜が得られず、塗膜物性が劣る場合がある。より好ましい上限は、5μmであり、更に好ましい上限は、0.5μmであり、より好ましい下限は、0.05μmである。上記機械的安定性とは、送液・再分散の際、ホモジナイザー等による強い攪拌や剪断力を与えても、再分散不可能な凝集体を生成しにくい性質のことである。
【0067】
本発明の塗料組成物に用いられるフッ素樹脂分散液の濃度としては、20~70質量%であることが好ましく、濃縮により40~70質量%としたものを用いることが、塗料組成物中のフッ素樹脂濃度の調整が容易となり好ましい。本発明に用いられるフッ素樹脂分散液の市販品としては、三井・ケマーズ フロロプロダクツ(株)製テフロン(登録商標)PTFE 31-JR、PTFE 34-JR、PFA 334-JR、PFA 335-JR、FEP 120-JRが例示される。
【0068】
本発明において、「樹脂固形分」とは、フッ素樹脂塗料組成物から得られた塗膜中に含まれるフッ素樹脂及びバインダー樹脂の重量を意味する。具体的には、本発明のフッ素樹脂塗料組成物を被塗装物上に塗布したのち80~100℃以下の温度で乾燥し、約380℃で45分間焼成した後の残渣におけるバインダー樹脂(水溶性PAI、芳香族ポリエーテルケトン、その他のバインダー樹脂)とフッ素樹脂との合計質量を意味する。
【0069】
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物は、ワンコート塗料として好適に利用することができる。ワンコート塗料には、基材との強い接着性、長期の使用を可能にする塗膜の耐久性・耐摩耗性、及び、十分な膜厚が求められ、一般に、膜厚としては、少なくとも20μm以上、好ましくは30μm以上であるが、膜厚のバラツキを考慮すれば、それよりも厚い40μm以上の膜厚がクラックなどの不具合無く形成できることから特に望まれている。
【0070】
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物において、樹脂固形分中のバインダー樹脂の割合を、35~55質量%とすることにより、40μm以上の膜厚がクラックなどの不具合無く形成できる優れたワンコート塗料を提供することができる。
【0071】
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物において、樹脂固形分(フッ素樹脂及びバインダー樹脂)のうちの水溶性ポリアミドイミドの占める割合は15~50質量%の範囲であることが好ましく、15~40質量%の範囲がさらに好ましく、15~30質量%の範囲が特に好ましい。
【0072】
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物において、芳香族ポリエーテルケトンは
塗膜の基材への接着力、成膜性、耐加水分解性能に寄与すると考えられ、樹脂固形分(フッ素樹脂及びバインダー樹脂)のうち芳香族ポリエーテルケトンの占める割合が5質量%以上を維持することが好ましい。
【0073】
上記の通り、本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物におけるパーフルオロ樹脂として非熱溶融性ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を用いることが、特に塗膜の耐水蒸気性・耐食性の観点から好ましく、非熱溶融性ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の樹脂固形分(フッ素樹脂及びバインダー樹脂)に占める割合は35質量%以上であることが好ましく、40質量%以上がより好ましく、45質量%以上が更に好ましく、50質量%以上が特に好ましい。
【0074】
<充填材>
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物には、充填材が含まれる。本発明における充填材は、求める特性に応じて、各種の有機物・無機物を選択することができる。有機物としては、例えば、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニルスルホン、ポリアミド、ポリイミド、フェノール樹脂、尿素樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、メラミン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル樹脂、アクリル樹脂、アクリルシリコーン樹脂、シリコーン樹脂、シリコーンポリエステル樹脂などのエンジニアリングプラスチックが挙げられる。無機物としては、金属粉、金属酸化物(酸化アルミ、酸化亜鉛、酸化スズ、酸化チタン等)、ガラス、セラミックス、炭化珪素、酸化珪素、弗化カルシウム、カーボンブラック、グラファイト、マイカ、硫酸バリウムなどが挙げられる。本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物に使用される充填材の形状としては、粒子状、繊維状、鱗片状(フレーク状)など、各種の形状の物質が使用可能であるが、なかでも、鱗片状の充填材は、比較的少量でも効率的にクラック発生を抑止するため、好ましく用いられる。鱗片状の充填材としては、マイカ、グラファイト、金属フレーク等を挙げることができる。
【0075】
鱗片状充填材として、マイカのような絶縁性の鱗片状充填材は、塗装した金属基材の耐食性をいっそう向上させる観点から好ましいが、一方、グラファイトや金属フレーク等はそれ自身が導電性があるため導電性のある塗膜が得られる点で好ましく、用途によって選択することができる。
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物において、充填材の平均粒径は物質、形状や求められる特性に応じて、適宜選択することができるが、例えば、鱗片状の充填材の平均粒径は1~100μmであることが好ましく、5~50μmであることがより好ましい。充填材の平均粒径は、レーザー回折法による積算値50%(体積基準)での粒径(d50)として求められる。
【0076】
<その他の成分>
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物には、分散性・導電性・発泡防止・耐摩耗改善など求める特性に応じて通常の塗料に使用される各種の添加剤、例えば、界面活性剤(例えば、ライオン(株)製レオコール、ダウケミカルカンパニー製TRITON、TERGITOLシリーズ、花王(株)製エマルゲンなどのポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル系の非イオン系界面活性剤や、ライオン(株)製リパール、花王(株)製エマール、ぺレックスなどのスルホコハク酸塩、アルキルエーテルスルホン酸ナトリウム塩、硫酸モノ長鎖アルキル系の陰イオン系界面活性剤、ライオン(株)製レオアール、ダウケミカルカンパニー製OROTANなどのポリカルボン酸塩、アクリル酸塩系の高分子界面活性剤、モメンティブ社製L-77、AirProduct製サーフィノールシリーズ(サーフィノール420、サーフィノール440、サーフィノール465、サーフィノール485など))、造膜剤(例えば、ポリアミドやポリアミドイミド、アクリル、アセテートなどの高分子系造膜剤、高級アルコールやエーテル、造膜効果を有する高分子界面活性剤)、増粘剤(水溶性セルロール類や、溶剤分散系増粘剤、アルギン酸ソーダ、カゼイン、カゼイン酸ソーダ、キサンタンガム、ポリアクリル酸、アクリル酸エステル)なども加えることができる。
【0077】
<水性媒体>
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物は、水を主な媒体とするものである。ただし、環境面やコスト面からは好ましくないが、水性フッ素樹脂塗料組成物の液体粘度などのレオロジー特性の適切な調整や、芳香族ポリエーテルケトンや充填材などの分散性改善のために、水と相溶性のある極性溶剤を加えたり、水と非相溶性の有機溶剤を分散させることもできる。また、極性溶剤を加えることで、耐熱性樹脂(バインダー)を溶解させ、塗装後の乾燥過程において耐熱性樹脂(バインダー)がより均一になり、塗膜が緻密化することや、基材の凹凸の凹部に耐熱性樹脂(バインダー)が入り込みやすくなることで基材との接着力向上といった効果が期待できる。
【0078】
<ステンレス(SUS)>
ステンレス(SUS)とは、鉄にクロム、ニッケルなどを加えて製造される合金であり、オーステナイト系ステンレス、マルテンサイト系ステンレス、フェライト系ステンレス、オーステナイト・フェライト系ステンレスに大別され、合金の成分により多様な種類があり、JIS規格では、代表的なものではSUS304、SUS303、SUS316、SUS410、SUS430、SUS630などが規定されている。
【0079】
<水性フッ素樹脂塗料組成物の製造プロセス>
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物は、従来公知の方法等により調製することができ、例えば、有機溶剤を含んだ水に溶解している上記水溶性PAI溶液と、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂、充填材及び必要に応じて配合するその他の添加剤を適宜混合することにより得られる。本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物において、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂、充填材等は、それぞれの分散体(分散液)を予め調製し、得られる分散体を混合することより調製を行うこともできる。
【0080】
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物は、25℃における粘度が0.1~50000mPa・sであることが好ましい。粘度が0.1mPa・s未満であると、被塗装物上への塗布時にタレ等を生じやすく、目的とする膜厚を得ることが困難となる場合があり、50000mPa・sを超えると、塗装作業性が悪くなる場合があり、得られる塗膜の膜厚が均一とならず、表面平滑性等に劣る場合がある。より好ましい下限は、1mPa・sであり、より好ましい上限は、30000mPa・sである。上記粘度は、BM型単一円筒型回転粘度計(東京計器社製)を用いて測定することにより得られる値である。
【0081】
2.塗膜
本発明の「塗膜」は、本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物を塗装してなる塗膜である。本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物は、ワンコート塗料として優れた性能を発揮し、本発明の「塗膜」としては、ワンコート塗装による塗膜が含まれるのは当然であるが、本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物を基材と接着するプライマー層とし、その上に複数の層を塗装して積層した塗膜も含まれる。
本発明の「塗膜」は、各種既存の塗装方法、例えば、スプレー塗装、ディップ塗装、スピンコート等通常一般的に用いられる方法により形成することができ、溶融流動させ均一な塗膜を得るために、フッ素樹脂の融点以上に加熱しておくことが好ましい。
ワンコート塗料の塗膜としては、上述のとおり、一般に、膜厚が、少なくとも20μm以上、好ましくは30μm以上であるが、膜厚が40μm以上のものは、長期間に亘って十分な性能を得る上で、特に望ましいものである。
【0082】
3.塗装物品
本発明の「塗装物品」は、本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物を塗装してなる塗膜を有する物品である。
本発明の「塗装物品」としては、フライパン・炊飯器などの調理器具、工場ラインなどでの耐熱離型性トレイ(パン焼き工程など)、定着ロール・ベルト・インクジェットノズルなどのOA機器関連物品、各種摺動部材、配管などの化学プラントの工業設備関連物品等、非粘着性、撥水撥油性が要求される物品が挙げられる。
【実施例0083】
以下、実施例により本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物の調製及び性能評価について説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものでない。
【0084】
本実施例及び比較例には、以下の試薬を使用した。
水溶性ポリアミドイミド(PAI)樹脂
日立化成工業(株)製 HPC-2100D-28(PAI濃度約28質量%、水22-32質量%、N-ホルミルモルフォリン30-40質量%の溶液)
芳香族ポリエーテルケトン
PEEK粉末:ビクトレックス社製 VICOTE(登録商標) Coatings704
その他のバインダー樹脂
ポリエーテルスルホン(PES)樹脂
PES粉末:住友化学(株)製 スミカエクセル 4100MP
フッ素樹脂
PTFE水性分散液:三井・ケマーズ フロロプロダクツ(株)製テフロン(登録商標)PTFE 34-JR(PTFE濃度58質量%)
FEP水性分散液:三井・ケマーズ フロロプロダクツ(株)製テフロン(登録商標)FEP 120-JR(FEP濃度54質量%)
充填材
マイカ: メルクパフォーマンスマテリアルズ合同会社製 イリオジン123
カーボンブラック: カーボンブラック水性分散液(濃度25質量%)
【0085】
実施例1
1Lステンレス容器に純水117gを入れ、攪拌機(YAMATO SCIENTIFIC CO.LTD.製)を用いて、140回転/分で攪拌しながら、非イオン系界面活性剤水溶液(濃度81質量%)を20g添加した。この界面活性剤分散液にPEEK粉末を72g加え10分間撹拌して分散させた。更に、カーボンブラック水性分散液(25質量%)を50g加えて、10分間攪拌し、次いでこれに、PTFE水性分散液を342g、マイカを10gと順次加え、10分間攪拌した後、水溶性PAIを210g加えて、更に10分間攪拌を行い、水性フッ素樹脂塗料組成物を得た。
【0086】
実施例2~7
下表1に記載の塗料組成(質量%)となるように、各成分の量を調整して、実施例1と同様の手順(例えば、実施例2では、PEEK粉末72gに代えてPEEK粉末24gとPES粉末48g、PTFE水性分散液342gに代えてFEP水性分散液128gとPTFE水性分散液224g)にて水性フッ素樹脂塗料組成物を得た。
【0087】
比較例1~4
下表1の比較例1~3に記載の塗料組成(質量%)となるように、各成分の量を調整して、実施例1と同様の手順にてフッ素樹脂塗料組成物を得た。また、比較例4として、市販の溶剤系PTFEワンコート塗料(ポリフロン(登録商標)PTFEタフコートエナメル TC-7809BK)を使用した。
【0088】
性能評価に使用する塗膜を以下の手順で作成した。
<基材接着強度用試験片の作成>
まず、95mm×50mmのアルミニウム(JIS A1050準拠品、厚み1mm)を基材として用い、イソプロピルアルコールで拭き取った後、#60アルミナによるショットブラストを施し表面粗度(Ra)を1~5μmとした後に、各実施例及び比較例のフッ素樹脂塗料組成物をスプレーガン(W-101-101G、アネスト岩田社製)を用いてスプレー塗装し(塗料組成物0.5~0.7g)、120℃にて20分間、続いて390℃にて20分間焼成させ、塗膜を形成した。
【0089】
アルミニウムに替えて、ステンレス(JIS SUS304、厚み1mm)及び鉄(JIS SS400、厚み2mm)を使用して、同様に評価用試験片を作成した。
【0090】
(性能評価方法)
得られた試験片(アルミニウム基材、ステンレス基材及び鉄基材)について、JIS K5600-5-6クロスカット法 に準じて塗膜の基材接着強度評価を行った(初期値)。ただし、カット数を11個とし、100マスで剥離しなかった個数を評価した。
続いて、試験片を150℃で0.4メガパスカルの水蒸気中に100時間放置した後、常温になるまで静置して冷却し、塗膜の状態を観察し、上記と同じ方法(クロスカット法)にて塗膜の基材接着強度を測定した。水蒸気暴露を100時間毎に200時間まで、2回水蒸気加圧処理を行い、それぞれに対し同様の観察及びクロスカット法による塗膜の基材接着強度評価を行った。
2回水蒸気加圧処理後に剥離しなかったマスの個数を表1に示した。(測定を行わなかった水準については「未測定」と記載した。)
【0091】
(厚塗り性能評価)
実施例及び比較例の塗料組成物を、基材接着強度評価用試験片の場合と同様の方法により、95mm×250mmのアルミ基材(JIS A1050準拠品、厚み1mm)に長辺方向に塗着量をグラデーション状に塗布し、焼成後の膜厚が約10~50μmとなるように試験片を作成した。これをデジタルマイクロスコープ(HIROX社製KH-1300)を用い、35倍の倍率で観察を行い、良好な塗膜の部分と、クラック等の不具合が発生した境界を確認した。境界付近の良好な塗膜側の膜厚をケット社製過電流膜厚計LZ370で測定し、これを不具合なく塗装が可能な最大の膜厚とした。
結果を表1に示す。ここで、例えば実施例1では「> 49」としているが、これは作成した試験片中の最大の膜厚が49μmであり、この部分を含む全ての箇所でクラック等の不具合が発生しなかったことを意味する。また比較例2では、「< 20」としているが、これは作成した試験片中の最小の膜厚が20μmであり、その最も薄い膜の箇所でもクラックが発生したことを意味する。
【0092】
【0093】
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物は、アルミ、ステンレス、鉄のいずれについても極めて優れた接着性を示すことが確認できたが、市販の溶剤系PTFEワンコート塗料は、ステンレスにはほとんど接着できなかった。
【0094】
実施例1~7の本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物は、40μm以上の厚さ迄クラックが生成することなく塗布することができたが、樹脂成分中のバインダー比率がより高い比較例1、バインダー比率がより低い比較例2、及び芳香族ポリエーテルケトンを含まない比較例3では、クラックが生成することなく40μm以上の厚さの塗膜を得ることができなかった。
【0095】
本発明の水性フッ素樹脂塗料組成物は、様々な金属基材に強固に接着し、1回の塗装で耐水蒸気性・耐食性に優れた十分な厚みのある塗膜を形成できるため、優れたワンコート塗料として利用することができる。