(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024084344
(43)【公開日】2024-06-25
(54)【発明の名称】鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法および鉄鋼スクラップの再利用方法
(51)【国際特許分類】
G21F 9/30 20060101AFI20240618BHJP
G01T 1/167 20060101ALI20240618BHJP
G01T 1/24 20060101ALI20240618BHJP
【FI】
G21F9/30 551C
G01T1/167 C
G01T1/167 D
G01T1/24
G21F9/30 S
G21F9/30 535Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022198563
(22)【出願日】2022-12-13
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】中山 準平
(72)【発明者】
【氏名】宮田 賢作
【テーマコード(参考)】
2G188
【Fターム(参考)】
2G188AA15
2G188AA19
2G188AA23
2G188BB04
2G188BB15
2G188CC28
2G188DD30
(57)【要約】
【課題】原子力施設で発生した廃棄物のうち、より多くの鉄鋼スクラップについてクリアランス制度の適用を受けることを可能とする、鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法を提供する。
【解決手段】原子力施設内に放射性廃棄物として保管されている鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法であって、前記鉄鋼スクラップを溶融する工程と、前記鉄鋼スクラップを溶融して得られた溶融物を溶湯とスラグとに分離する工程と、前記溶湯の一部を分析用サンプルに鋳造する工程と、前記溶湯の残部をインゴットに鋳造する工程と、前記分析用サンプルの放射能濃度をゲルマニウム半導体検出器で測定する工程と、を有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子力施設内に放射性廃棄物として保管されている鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法であって、
前記鉄鋼スクラップを溶融する工程と、
前記鉄鋼スクラップを溶融して得られた溶融物を溶湯とスラグとに分離する工程と、
前記溶湯の一部を分析用サンプルに鋳造する工程と、
前記溶湯の残部をインゴットに鋳造する工程と、
前記分析用サンプルの放射能濃度をゲルマニウム半導体検出器で測定する工程と、を有する、鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法。
【請求項2】
前記分析用サンプルの放射能濃度を測定する工程の前に、前記溶湯に混入した前記スラグを前記分析用サンプルの表面から除去する工程を有する、請求項1に記載の鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法。
【請求項3】
前記鉄鋼スクラップを鋼種毎に分別し、分別された鋼種毎に鉄鋼スクラップを溶融する、請求項1に記載の鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法。
【請求項4】
前記分析用サンプルを前記原子力施設で保管する、請求項1に記載の鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の測定方法で放射能濃度を測定した鉄鋼スクラップの再利用方法であって、
前記分析用サンプルの放射能濃度の測定値が所定のクリアランスレベル以下である場合、前記原子力施設から前記インゴットを搬出し、
前記分析用サンプルの放射能濃度の測定値が前記クリアランスレベルよりも大きい場合、少なくとも前記測定値に基づいて算出した前記放射能濃度が前記クリアランスレベル以下に減衰するまで前記原子力施設で前記インゴットを保管し、その後、前記原子力施設から前記インゴットを搬出する、鉄鋼スクラップの再利用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子力施設内に放射性廃棄物として保管されている鉄鋼スクラップがクリアランス制度の適用を受けるための処理方法(以下、「クリアランス処理方法」ともいう。)およびこの鉄鋼スクラップの再利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力施設の廃止措置による設備や建築物の解体に伴い、放射性廃棄物が発生する。放射性廃棄物は原子力施設内の管理区域に保管しなければならない。
【0003】
今後、原子力施設の廃止措置が本格的に進行する状況となると放射性廃棄物の増大が予想される。そのため、放射性廃棄物のなかでも特に物量が大きく嵩張るとともに、硬くて体積を低減しにくい鉄鋼スクラップの保管量の低減が重要となっている。
【0004】
現在、資源枯渇の観点から、様々なもののリサイクルが進み、多量に消費されている金属のリサイクルも以前から行われてきていた。原子力施設で発生した鉄鋼スクラップもこのようにリサイクルを行うことができれば、原子力施設内での保管量を低減することができる。
【0005】
ここで、原子力施設で発生した廃棄物であっても、放射能レベルがきわめて低く、人の健康に対する影響を無視できるレベルのものについては、所定の条件を満たせば放射性廃棄物として扱う必要のないクリアランス物として原子力施設から搬出し、再利用または産業廃棄物として処分できるクリアランス制度がある。なお、このクリアランス制度における放射能濃度の基準値であって、国が定めた基準値をクリアランスレベルといい、通常、Bq/gの単位で表わされる。
【0006】
原子力事業者等がクリアランス制度の適用を受けるには、まず、放射能濃度の測定および評価方法について国による認可を受ける必要がある。そして、認可を受けた方法にしたがって制度の適用を受けようとする対象物(以下「クリアランス対象物」ともいう。)の放射能濃度の測定および評価を行い、その結果を記載した申請書等の書類を国に提出し、対象物がクリアランスレベルを超えないことについて国の確認を受けなければならない。
【0007】
このクリアランス制度における、原子力事業者による測定、評価や、国による確認のプロセスは「検認」と呼ばれている。この検認が効率的に行われ、原子力施設から鉄鋼スクラップを円滑に搬出することができれば、放射性廃棄物の保管に関する課題の解決に資する。
【0008】
このようなクリアランス制度および検認に関するクリアランス処理システムが特許文献1に開示されている。具体的に、特許文献1には、原子力施設の解体撤去に伴う解体廃棄物から分別されたクリアランス対象物から汚染の高い部位を除去する除染装置と、前記除染されたクリアランス対象物を第1の測定容器に収容して表面汚染密度の測定を行い、前記クリアランス対象物の汚染の高い部位の有無を確認するクリアランス前測定装置と、前記クリアランス前測定の結果、汚染の高い部位がないことが確認されたクリアランス対象物について前記第1の収納容器より大型の第2の測定容器に収容し、前記第2の測定容器を評価単位として前記クリアランス対象物の平均放射能濃度を測定して、前記クリアランス対象物がクリアランスレベル以下であることを確認するクリアランス測定装置と、を有することを特徴とする高効率性・高信頼性を備えた放射性廃棄物の分別・クリアランス処理システムが開示されている。
【0009】
特許文献1に記載のクリアランス処理システムでは、汚染の高い部位がないことが確認されたクリアランス対象物から放出される全てのガンマ線を外部から測定する。具体的には、汚染の高い部位がないことが確認されたクリアランス対象物を収容した第2の測定容器を搬送コンベア上に載せ、搬送コンベアの上方、下方および側方に配置された放射線検出器で放射能濃度を測定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1に記載の方法では、容積1.6m3という大型の測定容器に、汚染の高い部位がないことが確認されたクリアランス対象物を収容して放出される全ガンマ線を測定する。
【0012】
特許文献1に記載の測定方法は、極めて低いレベルのガンマ線を測定するので、ガンマ線の測定値の不確かさや、放射線検出器と測定対象物との距離が離れていることによる測定の不確かさ、測定対象物の重量等の測定値の不確かさを伴う。放射能濃度の測定値がクリアランス制度の適用を受けられるかどうかの基準値はこれらの測定に関する不確かさを考慮して設定される。
【0013】
すなわち、測定に伴う不確かさの要因が多いほど、放射能濃度の真の値よりも、放射能濃度の測定値のほうが低い値となる可能性、あるいは逆に高い値となる可能性の双方が生じる。後者の場合、放射能濃度の真の値が基準値以下であって、合格とされるべきものであっても、真の値より高い値となった放射能濃度の測定値が基準値を超えると、不合格とされてしまう可能性が生じることになる。すなわち、放射能濃度が実際の値(真の値)より高い値として測定される場合には、実際にはクリアランスレベルを満たすクリアランス対象物であっても不合格になる場合が考えられ、クリアランス物として原子力施設外に搬出できるクリアランス対象物が少なくなる。
【0014】
原子力施設外に搬出できないクリアランス対象物は、放射性廃棄物として取り扱う必要がある。放射性廃棄物は、保管や輸送、処分に費用がかかり、保管に使用されるスペースを原子力施設の敷地内に確保する必要がある等の問題がある。
【0015】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであり、原子力施設で発生した廃棄物のうち、より多くの鉄鋼スクラップについてクリアランス制度の適用を受けることを可能とする、鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法および鉄鋼スクラップの再利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、種々検討した結果、上記目的は、以下の発明により達成されることを見出した。
【0017】
本発明の一局面に係る鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法は、原子力施設内に放射性廃棄物として保管されている鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法であって、
前記鉄鋼スクラップを溶融する工程と、
前記鉄鋼スクラップを溶融して得られた溶融物を溶湯とスラグとに分離する工程と、
前記溶湯の一部を分析用サンプルに鋳造する工程と、
前記溶湯の残部をインゴットに鋳造する工程と、
前記分析用サンプルの放射能濃度をゲルマニウム半導体検出器で測定する工程と、を有する方法である。
【0018】
また、本発明の他の局面に係る鉄鋼スクラップの再利用方法は、上記の測定方法で放射能濃度を測定した鉄鋼スクラップの再利用方法であって、
前記分析用サンプルの放射能濃度の測定値が所定のクリアランスレベル以下である場合、前記原子力施設から前記インゴットを搬出し、
前記分析用サンプルの放射能濃度の測定値が前記クリアランスレベルよりも大きい場合、少なくとも前記測定値に基づいて算出した前記放射能濃度が前記クリアランスレベル以下に減衰するまで前記原子力施設で前記インゴットを保管し、その後、前記原子力施設から前記インゴットを搬出する方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、原子力施設で発生した廃棄物のうち、より多くの鉄鋼スクラップについてクリアランス制度の適用を受けることを可能とする、鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法および鉄鋼スクラップの再利用方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施形態に係る鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法および鉄鋼スクラップの再利用方法について説明する。
【0021】
本実施形態に係る鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法は、原子力施設内に放射性廃棄物として保管されている鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法であって、鉄鋼スクラップを溶融する工程と、鉄鋼スクラップを溶融して得られた溶融物を溶湯とスラグとに分離する工程と、溶湯の一部を分析用サンプルに鋳造する工程と、溶湯の残部をインゴットに鋳造する工程と、分析用サンプルの放射能濃度をゲルマニウム半導体検出器で測定する工程と、を有する。
【0022】
この測定方法によれば、鉄鋼スクラップの放射能濃度を高い精度で測定することができるため、放射能濃度の測定値がクリアランス制度の適用を受けられるかどうかの基準値を、上述の特許文献1に記載されていた従来の測定方法について設定されていた値よりも、より国が定めたクリアランスレベルに近い値に設定することができる。そのため、より多くの鉄鋼スクラップについてクリアランス制度の適用を受けることが可能となる。
【0023】
また、特許文献1に記載されていた従来の測定方法では、測定対象物を収容した大型の測定容器を搬送するコンベアの上方、下方および側方に放射線検出器を配置する必要があり、広い敷地に設置された大規模な測定装置を使用する必要があった。しかし、本実施形態に係る測定方法では、測定対象物が小型の分析用サンプルであり、ゲルマニウム半導体検出器も小型であるため、広い敷地を要せず、小規模な施設でも測定を行うことができる。
【0024】
〈鉄鋼スクラップ〉
本実施形態に係る原子力施設は、例えば、ウラン、トリウム等の核燃料物質の製錬施設および加工施設、試験研究用または発電用の原子炉施設、使用済燃料再処理施設等である。本実施形態に係る鉄鋼スクラップは、原子力施設内において、原子力設備の廃止措置や改修によって生じた鉄を含むスクラップであり、原子力設備の廃止措置や改修の後、原子力施設の敷地内に保管されているものである。鉄鋼スクラップの鋼種は、炭素鋼でも特殊鋼でもよい。
【0025】
本実施形態では、炭素鋼とは、炭素(C)の含有量が2.0質量%以下の鉄合金であって、合金元素の含有量が少なく、特殊鋼に該当しないものをいう。また、特殊鋼とは、炭素以外の1種類以上の合金元素を所定量以上含有し、残部が鉄(Fe)および不可避的不純物である鉄合金をいう。合金元素は、例えば、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、ケイ素(Si)、マンガン(Mn)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、バナジウム(V)、コバルト(Co)、チタン(Ti)、ホウ素(B)、ニオブ(Nb)等が使用可能である。
【0026】
〈鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法〉
本実施形態に係る鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法では、まず、鉄鋼スクラップを溶融する。化学成分の異なる鉄鋼を混合して溶融すると、再利用時の成分調整が煩雑となるため、鉄鋼スクラップを溶融する前に、鋼種毎に分別しておくことが好ましい。
【0027】
鉄鋼スクラップを溶融するための溶融装置は、一般的な電気炉を使用することができ、誘導溶融炉等も使用することができる。ただし、鉄鋼スクラップの溶融物を積極的に攪拌して、溶湯(溶鋼)の化学組成をより偏りの少ない、より均一に近いものとすることができ、後述するサンプルの代表性をより確実にできるため、一般的な電気炉に比べて攪拌力が強い誘導溶融炉を使用することが好ましい。溶融装置の大きさや容量は、溶融させる鉄鋼スクラップの量に応じて定めることができる。
【0028】
溶融装置は、鉄鋼スクラップが発生した原子力施設に設けたものを使用してもよく、また鉄鋼スクラップが発生した原子力施設が溶融装置を有しない場合には他の原子力施設に設けたものを使用してもよい。ただし、輸送の手間の簡略化や、輸送時における作業員の負荷等の人的負荷の低減のため、鉄鋼スクラップが発生した原子力施設に設けた溶融装置を使用することが好ましい。
【0029】
鉄鋼スクラップを溶融する際には、溶融装置に鉄鋼スクラップのみを投入してもよく、鉄鋼スクラップとともにスラグ生成物を投入してもよい。スラグ生成物は、酸化カルシウム等からなり、溶湯の熱で溶けて液状になり溶湯の上面をカバーし、溶湯の酸化による金属のロスを抑制する役割がある。鉄鋼スクラップは、全量を一度に溶融装置に投入してもよく、全量をいくつかに分割して順次溶融させつつ溶融装置に投入してもよい。また、スラグ生成物は、鉄鋼スクラップが完全に溶融してから投入してもよく、鉄鋼スクラップと同時に投入してもよい。なお、スラグ生成物を投入しない場合でも、鉄鋼スクラップに含まれる不純物や混入物から少量のスラグが発生する。
【0030】
スラグ生成物には、例えば、石灰、ホタル石等を使用することができる。スラグ生成物の投入量(質量)は、鉄鋼スクラップの全量(質量)に対して、2~4%が好ましい。
【0031】
次に、鉄鋼スクラップを溶融して得られた溶融物を、溶湯とスラグとに分離する。この分離作業はどのような方法で行ってもよく、例えば溶融装置の側面に設けた排出孔から溶湯だけを排出し、溶融装置にスラグを残すことにより行うことができる。また、溶融装置の上方から掻き出し具でスラグを掬って取り除くこともできる。
【0032】
スラグと分離された溶湯から一部を採取し、鋳型に注入して所定の形状の分析用サンプルを鋳造する。分析用サンプルの大きさおよび形状は、ゲルマニウム半導体検出器に収納可能な大きさであればよい。さらに、円筒状の鉛遮蔽体の内部に、下方向から円筒状の検出器が挿入されている一般的なゲルマニウム半導体検出器であれば、当該円筒状の鉛遮蔽体の内部に円筒状や円板状のサンプルを収納可能であるが、検出器の直径より小さいサンプルが測定しやすく、サンプルの厚さはその直径に比べて薄い方が放出される放射線がサンプル自体で遮蔽されにくく、測定しやすい。したがって、分析用サンプルの形状を直径30~60mm、厚さ10~40mmの円板状とすることが適当である。分析用サンプルは、1個鋳造してもよく、2個以上鋳造してもよい。
【0033】
分析用サンプルのために一部を採取した溶湯の残部はインゴットに鋳造する。インゴットの大きさ、形状は特に限定されず、保管、運搬しやすい大きさ、形状とすればよい。溶湯の残部から1個のインゴットを鋳造してもよく、複数個のインゴットを鋳造してもよい。
【0034】
鋳造した分析用サンプルは、ゲルマニウム半導体検出器によって当該分析用サンプルに含まれる放射性核種の含有量、ひいては放射能濃度の測定に供される。
【0035】
ゲルマニウム半導体検出器はガンマ線検出器であるが、他の検出器に比べてエネルギー分解能が高くガンマ線のスペクトル分析を正確に行えるため、試料に含まれる放射性核種の同定や放射能の評価に用いられる。ただし、遮蔽体でバックグラウンドを低減した内部空間内に対象物を収納する必要があり、試料が小型でなくてはならない。そのため、特許文献1に記載の発明のような廃棄物そのもの(大型の対象物)には使用できない。しかし、本実施形態のように鉄鋼スクラップを溶融して得られた溶融物から採取した小型の分析用サンプルはゲルマニウム半導体検出器において試料として使用可能である。
【0036】
ゲルマニウム半導体検出器は小型の検出器であり、分析用サンプルも小型であるため、小規模な施設でも測定を行うことができる。また、ゲルマニウム半導体検出器は、上述の分析用サンプルに含まれる放射性核種の含有量、ひいては放射能濃度を精度良く測定することができ、かつ放射能濃度を測定する際に分析用サンプルから放出されるガンマ線の量をエネルギー毎に測定することができる。放射性物質、すなわち放射性核種は、ガンマ線を放出して崩壊し、放射線量が次第に減衰する。ガンマ線のエネルギーは放射性核種毎に異なるため、ゲルマニウム半導体検出器によれば、分析用サンプルに含まれる放射性核種を同定し、それぞれの放射性核種の含有量を検出することができる。分析用サンプルに含まれる各放射性核種の含有量を分析用サンプルの質量で除した値が、分析用サンプル中の核種毎の放射能濃度である。
【0037】
ここで、鉄鋼スクラップの放射性汚染源である放射性核種について説明する。原子力発電所では原子炉系内に冷却水を循環させて発電している。原子炉鋼製材料は、ステンレス鋼等の耐食性の高い鉄鋼製品が選ばれるが、高温環境において極くわずかに腐食する。腐食により生成した腐食生成物が系内を循環し炉心部に付着すると中性子の照射を受けて放射化され、剥離して再び系内を循環して配管等の部品に付着する。このように、原子力発電所では腐食生成物が鉄鋼スクラップの主な放射性汚染源となっている。原子炉構成材料の主成分は鉄等の遷移元素であり、主な放射性汚染源はこれらの遷移元素の放射性同位体である。具体的な放射性同位体すなわち放射性核種としては、例えばコバルト-60やマンガン-54が挙げられる。
【0038】
一般に、鉄鋼スクラップ等の金属や合金を溶融させると、溶湯とスラグとが生成し、当該溶湯とスラグのいずれにも金属や合金の成分元素が移行する。溶湯とスラグへの移行のしやすさは成分元素によって異なるが、本発明者らが検討したところ、鉄鋼スクラップを溶融させた場合には、溶湯の主成分である鉄と酸化還元電位が近い元素、すなわち溶融時に大気と酸化反応しにくい遷移元素が溶湯中に移行し、残留する。
【0039】
一方、溶融時に大気と酸化反応しにくい遷移元素以外の元素、例えば典型元素であるセシウムやストロンチウムは大気に酸化されて酸化物としてスラグに回収されるか、ダストとして換気系統に回収される。このため、放射性汚染源であるコバルト-60やマンガン-54等の遷移元素の放射性同位体は、主に溶湯側に移行し、スラグへの移行量は小さい。
【0040】
また、これらの核種は、各々1.173Mev/1.323Mev(コバルト-60)、0.835Mev(マンガン-54)といった特徴的なガンマ線を放出するため、ガンマ線のスペクトルを分析することによって、各核種別に放射能濃度(Bq/g)を評価できる。したがって、鉄鋼スクラップを溶融すれば、主要な放射性汚染源であるコバルト-60やマンガン-54等を溶湯に移行させて、ガンマ線スペクトル分析によって放射性核種の含有量を評価できる。
【0041】
また、溶湯の化学組成は溶融中の自然対流によって偏りがない均一組成となるため、分析用サンプルの化学組成は、鉄鋼スクラップの溶湯およびその溶湯から鋳造したインゴット各々の平均化学組成とみなすことができる。すなわち、分析用サンプルの化学組成は、溶湯から鋳造したインゴットの化学組成について代表性があると言える。そのため、分析用サンプルの放射性核種の含有量(Bq)を測定し、この測定結果と分析用サンプルの質量から算出した放射能濃度(Bq/g)を評価することにより、溶湯を鋳造して製造されたインゴット中の放射性核種の含有量(Bq)および平均の放射能濃度(Bq/g)を評価することができる。
【0042】
なお、原子力発電所以外の原子力施設の場合は、主要な汚染源が遷移元素の放射性同位体でないことがある。しかし、このような場合でも、鉄鋼スクラップを溶融することにより遷移元素の放射性同位体を溶湯側に取り込み、他の放射性核種をスラグ側に排出できるため、鉄鋼スクラップ中の遷移元素の同位体を測定するプロセスの有効性は原子力発電所の場合と同様である。
【0043】
したがって、本実施形態に係る鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法によって測定した分析用サンプル中の各放射性核種の放射能濃度は、インゴット中の各放射性核種の放射能濃度と同等である。そのため、各放射性核種の放射能濃度の測定値と、各放射性核種の半減期から、インゴットに含まれる各放射性核種の放射能濃度の今後の変化を算出し、インゴット中の各放射性核種の放射能濃度の推移を予測することができる。遷移元素の放射性核種の半減期は、例えば上述のコバルト-60の半減期は5.27年、マンガン-54の半減期は312日である。これに対して、スラグに移行しやすい典型元素の放射性核種であるセシウム137の半減期は30.1年、ストロンチウム90の半減期は28.79年である。このように、遷移元素の放射性核種の半減期は比較的短いため、後述の鉄鋼スクラップの再利用方法において、クリアランスレベルを満たしていない場合に、放射能の減衰後に鉄鋼スクラップを再利用することを期待して保管を継続することは有効である。
【0044】
本実施形態に係る鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法では、分析用サンプルの放射能濃度を測定する工程の前に、溶湯に混入したスラグを分析用サンプルの表面から除去する工程を有することが好ましい。溶融装置において溶湯にスラグが巻き込まれて混入することがある。この場合には分析用サンプルが凝固する過程で、溶湯に比べて比重の小さいこのスラグの一部が分析用サンプルの表面に析出するおそれがある。上述の通り、スラグには溶湯と異なる放射性核種が移行しており、サンプルにスラグが混じると核種の構成が溶湯と異なる構成となるので測定の代表性を阻害する。このため、分析用サンプルの表面を削り落として、分析用サンプルの表面からスラグを除去することにより、分析用サンプルの放射性核種の放射能濃度を、インゴットの放射性核種の放射能濃度により近い値とすることができる。分析用サンプルの表面からスラグを除去する方法としては、例えば分析用サンプルの表面をグラインダー等によって削り落とす方法がある。
【0045】
本実施形態に係る鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法では、測定後の分析用サンプルは、原子力施設で保管することが好ましい。分析用サンプルを原子力施設で保管し、品質記録とすることにより、原子力施設から搬出したインゴットを再利用した後であっても、当該インゴットがクリアランス制度の適用を受けることができるものであることを検証することが可能できる。これにより、インゴットの正当性が明確となり、需要家の信頼を得ることができる。
【0046】
〈鉄鋼スクラップの再利用方法〉
本実施形態に係る鉄鋼スクラップの再利用方法は、上述の鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法で放射能濃度を測定した鉄鋼スクラップの再利用方法であって、分析用サンプルの放射能濃度の測定値が所定のクリアランスレベル以下である場合、原子力施設から前記インゴットを搬出し、分析用サンプルの放射能濃度の測定値がクリアランスレベルよりも大きい場合、少なくとも測定値に基づいて算出した放射能濃度がクリアランスレベル以下に減衰するまで原子力施設で前記インゴットを保管し、その後、原子力施設から前記インゴットを搬出する方法である。
【0047】
分析用サンプルの放射能濃度の測定値がクリアランスレベル以下である場合、当該分析用サンプルを採取した鉄鋼スクラップから鋳造したインゴットは、所定の条件を満たせばクリアランス制度の適用を受けることができる。これにより、このインゴットは、放射性廃棄物として扱う必要のないクリアランス物として原子力施設から搬出し、再利用または処分することができる。本実施形態で「クリアランスレベル」とは、上述のコバルト-60で0.1Bq/gである。
【0048】
一方、分析用サンプルの放射能濃度の測定値がクリアランスレベルよりも大きい場合、具体的には各放射性物質の放射能濃度の測定値(D)の国の定める基準値(C)に対する比の値(D/C)の合計が1より大きい場合、当該分析用サンプルを採取した鉄鋼スクラップから鋳造したインゴットは、クリアランス制度の適用を受けることができない。
【0049】
ここで、分析用サンプルについては、放射性核種毎に放射能濃度が測定されているため、上述のように各放射性核種の放射能濃度の減衰の推移を予測することができ、インゴットの放射性核種の放射能濃度がクリアランスレベルに減衰するまでの期間を算出することができる。
【0050】
本実施形態に係る鉄鋼スクラップの再利用方法では、インゴットの放射能濃度がクリアランスレベルに減衰するまでの期間を明らかにすることができるため、少なくともこの期間が経過するまでインゴットを原子力施設で保管すれば、その後インゴットをクリアランス物として原子力施設から搬出し、再利用または処分することができる。インゴットを保管し、放射能濃度をクリアランスレベルまで減衰させることができれば、クリアランス制度の適用を受けることができずに放射性廃棄物として処分する場合に比べ、費用を低減できる。また、インゴットとともに分析用サンプルも原子力施設で保管すれば、上記期間が経過した後で再度ゲルマニウム半導体検出器を用いて分析用サンプルの放射能濃度を測定することができ、原子力施設から搬出されるインゴットの放射能濃度がクリアランスレベルを満足することを確認することができる。
【0051】
〈開示した技術のまとめ〉
本明細書は、上述したように様々な態様の技術を開示しているが、そのうち主な技術を以下にまとめる。
【0052】
上述したように、本発明の一局面に係る鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法は、原子力施設内に放射性廃棄物として保管されている鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法であって、前記鉄鋼スクラップを溶融する工程と、前記鉄鋼スクラップを溶融して得られた溶融物を溶湯とスラグとに分離する工程と、前記溶湯の一部を分析用サンプルに鋳造する工程と、前記溶湯の残部をインゴットに鋳造する工程と、
前記分析用サンプルの放射能濃度をゲルマニウム半導体検出器で測定する工程と、を有する方法である。
【0053】
この方法によれば、鉄鋼スクラップを溶融して得られた溶湯に主な汚染源である遷移元素を移行させることができ、溶湯から採取した分析用サンプルは鉄鋼スクラップの放射能濃度について代表性がある。そのため、分析用サンプルについて、含まれる放射性核種の含有量をゲルマニウム半導体検出器で測定することにより、鉄鋼スクラップの放射能濃度を精度よく測定することができる。
【0054】
そのため、放射能濃度の測定値がクリアランス制度の適用を受けられるかどうかの基準値を、従来の測定方法に比べて国が定めたクリアランスレベルに近い値に設定することができ、より多くの鉄鋼スクラップについてクリアランス制度の適用を受けることが可能となる。
【0055】
また、本実施形態に係る測定方法では、測定対象物が小型の分析用サンプルであり、ゲルマニウム半導体検出器も小型であるため、大規模な施設を要せず、小規模な研究室内でも測定を行うことができる。
【0056】
上記構成の鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法では、前記分析用サンプルの放射能濃度を測定する工程の前に、前記溶湯に混入した前記スラグを前記分析用サンプルの表面から除去する工程を有していてもよい。
【0057】
この構成によれば、分析用サンプルを使用した測定結果から算出した鉄鋼スクラップ全体の放射能濃度を実際の鉄鋼スクラップ全体の放射能濃度により近い値とすることができる。そのため、さらに多くの鉄鋼スクラップについてクリアランス制度の適用を受けることが可能となる。
【0058】
上記構成の鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法では、前記鉄鋼スクラップを鋼種毎に分別し、分別された鋼種毎に鉄鋼スクラップを溶融してもよい。
【0059】
鋼種毎に分別しない場合、溶融後に特定の用途にしか使用できない化学組成となるおそれがある。しかし、鋼種毎に分別しておくことによりこのような用途の限定が生じる可能性を低減することができる。
【0060】
上記構成の鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法では、前記分析用サンプルを前記原子力施設で保管してもよい。
【0061】
この構成によれば、原子力施設から搬出したインゴットを再利用した後であっても、当該インゴットがクリアランス制度の適用を受けることができるものであることを検証することが可能となり、需要家の信頼を得ることができる。
【0062】
本発明の他の局面に係る鉄鋼スクラップの再利用方法は、上記の測定方法で放射能濃度を測定した鉄鋼スクラップの再利用方法であって、前記分析用サンプルの放射能濃度の測定値が所定のクリアランスレベル以下である場合、前記原子力施設から前記インゴットを搬出し、前記分析用サンプルの放射能濃度の測定値が前記クリアランスレベルよりも大きい場合、少なくとも前記測定値に基づいて算出した前記放射能濃度が前記クリアランスレベル以下に減衰するまで前記原子力施設で前記インゴットを保管し、その後、前記原子力施設から前記インゴットを搬出する方法である。
【0063】
この方法によれば、より多くの鉄鋼スクラップについてクリアランス制度の適用を受けることが可能となる。また、鉄鋼スクラップがインゴットとして鋳造され、容積が小さくなっているため、保管期間において、狭い敷地でもより多くの鉄鋼スクラップを保管することができる。さらに、分析用サンプルの放射能濃度の測定値と、各放射性核種の半減期から、インゴットの放射能濃度がクリアランスレベルに減衰するまでの期間を算出することができる。この方法によれば、当該期間が経過し、クリアランス制度の適用を受けることが可能となったインゴットは原子力施設から搬出できるため、インゴットを効率よく管理することができる。
【実施例0064】
上述の実施形態に係る鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法は、分析用サンプルを使用しており、いわゆるサンプリング法を適用している。この分析用サンプルの化学組成に偏りがなく鉄鋼スクラップ全体の平均化学組成とみなせるかどうかを確認すること、すなわち分析用サンプルの代表性を確認することを目的として以下の模擬試験を行った。
【0065】
〈試料〉
鉄鋼スクラップの模擬材料として表1に示す組成の鋼材を使用した。この鋼材は、原子力施設で広く使用されている一般構造用圧延鋼であるJIS G 3101:2020で規定されるSS400に相当する。
【0066】
【0067】
また、鉄鋼スクラップを溶融させたときの鉄鋼スクラップに含まれる放射性核種の挙動を模擬するため、放射性核種に代えて化学トレーサを用いた。化学トレーサには天然コバルトの金属試薬を用いた。天然コバルトは放射性を有しないが、原子力施設で最も濃度が高い(最も発生量が多い)コバルト-60と化学的特性が同じであり、鉄鋼スクラップを溶融させたときに溶融物中でコバルト-60と同様の挙動を呈すると考えられる。なお、実際の放射性核種の含有量は極めて少なく化学的分析方法では検出が困難であるため、本模擬試験では化学的分析方法で検出可能な量の化学トレーサを使用した。
【0068】
〈試験条件〉
表2の試験No.1、2に示す量の鋼材と化学トレーサを用いて以下の溶融条件で試験を行った。
【0069】
溶融炉:高周波誘導溶融炉(定格出力50kW、周波数3000Hz)
雰囲気:大気雰囲気
溶融温度:1550℃
試験の手順は以下の通りとした。
【0070】
運転前の溶融炉に化学トレーサおよび鋼材の一部を順に投入し、溶融炉の運転を開始した。溶融炉内に溶湯が形成されてから鋼材の残部を投入し、完全に溶解したことを確認した。その後、溶解炉からスラグを除去し、溶湯の温度を計測し、溶湯からサンプルを採取した。
【0071】
【0072】
〈試験結果〉
表2には試験結果も併せて記載している。試験No.1と試験No.2のいずれも溶融前の化学トレーサの対鋼材濃度を同じにしたところ、得られたサンプルの化学トレーサ含有量も同じであった。この結果から、上述の実施形態に係る鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法における、分析用サンプルの代表性を確認することができた。
【0073】
また、試験No.1と試験No.2のいずれも溶融前の化学トレーサの対鋼材濃度は0.77質量%であったのに対して、得られたサンプルの化学トレーサの含有量はいずれも0.73質量%であり、化学トレーサの95%はサンプルに残存していた。この結果から、上述の実施形態に係る鉄鋼スクラップのクリアランス処理方法において、分析用サンプルに含まれる放射性核種の含有量は鉄鋼スクラップ全体における放射性核種の含有量と同等であること、すなわち分析用サンプルの放射能濃度は鉄鋼スクラップ全体における放射能濃度と同等であることを確認することができた。なお、サンプルの化学トレーサの含有量が、溶融前の化学トレーサの対鋼材濃度よりも5%低下しているが、これは溶融中に化学トレーサがスラグや排ガスに移行したことに起因すると考えられる。