(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024084680
(43)【公開日】2024-06-25
(54)【発明の名称】ペプチド含有試料の調製方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/00 20060101AFI20240618BHJP
G01N 30/26 20060101ALI20240618BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20240618BHJP
B01J 20/281 20060101ALI20240618BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20240618BHJP
【FI】
G01N30/00 C
G01N30/26 A
G01N30/88 J
B01J20/281 R
G01N30/72 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】25
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023131671
(22)【出願日】2023-08-10
(31)【優先権主張番号】P 2022199022
(32)【優先日】2022-12-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】596175810
【氏名又は名称】公益財団法人かずさDNA研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100163658
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 順造
(72)【発明者】
【氏名】川島 祐介
(72)【発明者】
【氏名】小原 收
(72)【発明者】
【氏名】紺野 亮
(72)【発明者】
【氏名】石川 将己
(72)【発明者】
【氏名】中島 大輔
(57)【要約】
【課題】ペプチド含有試料調製時におけるペプチドの損失を抑制すること。
【解決手段】ペプチド水溶液に2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(LMNG)を添加することにより、ペプチドの容器等への吸着を抑制する。LMNGは逆相カラムによりペプチドから容易に除去できる。また、乾燥ペプチドを溶解する水性溶媒に少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を添加する。糖系非イオン界面活性剤の添加により、特に長いペプチドの溶解が大幅に促進される。2種の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせることにより、乾燥ペプチド溶解促進効果が増強される。例えば、n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)とα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート(トレハロースC12)とを組み合わせる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含むペプチド含有試料の調製方法:
1)ペプチド及び2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(以下、「LMNG」という。)を含有するペプチド水溶液を提供すること、
2)得られたペプチド水溶液を逆相カラムに付し、ペプチド及びLMNGを逆相カラムに吸着させること、及び
3)逆相カラムへのLMNGの吸着を維持したまま、逆相カラムから吸着したペプチドを溶出することにより、ペプチドからLMNGを除去すること。
【請求項2】
逆相カラムが、C18カラム又はスチレン-ジビニルベンゼンコポリマーカラムである、請求項1記載の調製方法。
【請求項3】
アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=50/50(v/v)混合液相当以上の極性を有する溶出液で、逆相カラムからペプチドを溶出する、請求項1記載の調製方法。
【請求項4】
溶出液の極性がアセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=30/70(v/v)混合液相当以下である、請求項3記載の調製方法。
【請求項5】
ペプチド水溶液中のLMNG濃度が、臨界ミセル濃度を下回る、請求項1記載の調製方法。
【請求項6】
ペプチド水溶液が、プラスチック表面を有する容器に収容された状態で提供される、請求項1記載の調製方法。
【請求項7】
LMNGを含有する水性溶媒に溶解したタンパク質をタンパク質分解酵素で限定分解することにより、ペプチド及びLMNGを含有するペプチド水溶液を得ることを更に含む、請求項1記載の調製方法。
【請求項8】
工程1)で提供されたペプチド水溶液を、アフィニティクロマトグラフィーに付すことにより、アフィニティ濃縮されたペプチド及びLMNGを含むペプチド水溶液を得ることを更に含む、請求項1記載の調製方法。
【請求項9】
アフィニティクロマトグラフィーが、固定化金属アフィニティクロマトグラフィー或いはアビジン又はストレプトアビジンアフィニティクロマトグラフィーである、請求項8記載の調製方法。
【請求項10】
ペプチド含有試料がLC-MS分析用である、請求項1記載の調製方法。
【請求項11】
乾燥ペプチドを、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む水性溶媒中に溶解することを含む、ペプチド水溶液の製造方法。
【請求項12】
糖系非イオン界面活性剤が、式(I);
【化1】
(G
1は単糖基又は二糖基であり、L
1は、O、S、-O-(CH
2)
n-O-又は-O-CO-であり、R
1は、炭素数6~12の直鎖アルキル基であり、nは1~3の整数である)、又は式(II);
【化2】
(G
2及びG
3は、同一又は異なって、単糖基又は二糖基であり、R
2及びR
3は、同一又は異なって、炭素数6~12の直鎖アルキル基である)
で表される化合物である、請求項11記載の製造方法。
【請求項13】
糖系非イオン界面活性剤が、式(I)で表される化合物であり、G1がグルコース基、マンノース基、マルトース基又はトレハロース基である、請求項12記載の製造方法。
【請求項14】
糖系非イオン界面活性剤が、n-ドデシル-β-D-マルトシド、n-ウンデシル-β-D-マルトシド、n-デシル-β-D-マルトシド、n-ノニル-β-D-チオマルトシド、n-オクチル-β-D-チオグルコシド、3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド又はα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエートである、請求項13記載の製造方法。
【請求項15】
糖系非イオン界面活性剤が、式(II)で表される化合物であり、G2及びG3は、同一であり、グルコース基又はマルトース基である、請求項12記載の製造方法。
【請求項16】
糖系非イオン界面活性剤が、2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド、2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド又は2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシドである、請求項15記載の製造方法。
【請求項17】
水性溶媒が、少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含む、請求項11記載の製造方法。
【請求項18】
糖系非イオン界面活性剤の組み合わせが、以下の群から選択されるいずれかである、請求項17記載の製造方法:
n-ドデシル-β-D-マルトシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド及び2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド;並びに
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド及び2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド。
【請求項19】
乾燥ペプチドが、プラスチック表面を有する容器に収容されている、請求項11記載の製造方法。
【請求項20】
少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む、乾燥ペプチド溶解促進剤。
【請求項21】
少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含む、請求項20記載の乾燥ペプチド溶解促進剤。
【請求項22】
糖系非イオン界面活性剤の組み合わせが、以下の群から選択されるいずれかである、請求項21記載の乾燥ペプチド溶解促進剤:
n-ドデシル-β-D-マルトシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド及び2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド;並びに
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド及び2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド。
【請求項23】
ペプチド、及び少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含む、ペプチド水溶液。
【請求項24】
糖系非イオン界面活性剤の組み合わせが、以下の群から選択されるいずれかである、請求項23記載のペプチド水溶液:
n-ドデシル-β-D-マルトシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド及び2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド;並びに
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド及び2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド。
【請求項25】
以下の工程を更に含む、請求項1記載のペプチド含有試料の調製方法:
4)溶出したペプチドを乾燥させて、乾燥ペプチドを得ること、及び
5)得られた乾燥ペプチドを、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む水性溶媒中に溶解することにより、ペプチド水溶液を得ること。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、広く液体クロマトグラフィー質量分析計(LC-MS)解析等に用いる微量ペプチド含有試料の調製において、ペプチドのロスを最小限に抑制する技術に関する。具体的には、本発明は、ペプチド含有試料の調製方法、プロテオーム解析用のサンプルの前処理の過程等で生じる乾燥ペプチドを溶解する方法、該乾燥ペプチドの溶解を促進するための界面活性剤の使用等に関する。また、本発明は、安定なペプチド水溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
プロテオーム解析は、1ショットの測定で1万以上のタンパク質を観察できる時代を迎え、生物学や医学の分野でさらなる貢献が期待されている。プロテオーム解析技術をさらに向上させる1つの方法は、サンプル調製時のペプチドのロスを減らすことである。プロテオーム解析の主な前処理工程は、1)タンパク質抽出、2)還元アルキル化、3)酵素消化、4)逆相スピンカラム(主にSTAGE-Tip)による脱塩、5)乾燥、及び6)再溶解を含む(
図1)。様々な工程において、回収率及びスループットを向上させるための努力がなされている。近年ではSP3法やS-Trap法などの登場で強力な界面活性剤で細胞・組織からタンパク質を溶解後に還元アルキル化して、界面活性剤や塩を取り除き、消化酵素に適した溶媒に置換してからタンパク質を消化することが一般的になってきている。しかし、微量サンプルにおいてはタンパク質消化などの長時間のインキュベート時や消化ペプチドを別のチューブに移す時にもチューブやチップへの非特異的吸着によりペプチドを損失してしまう。
【0003】
この損失を抑えるために界面活性剤の利用が望まれるが、界面活性剤は逆相固相カラムにトラップされ、ペプチドと一緒に溶出されてしまうことが問題である。微量サンプルの場合は逆相固相カラムの抽出物を乾燥して微量の溶解液でペプチドを再度溶かし、濃縮されたペプチドをLC-MS分析することが一般的である。そうすると当然、濃縮された界面活性剤も同時に分析することになり、MSの汚染による感度低下のリスクが高まる。界面活性剤を沈殿したり分解することにより消化後に界面活性剤を除去する方法はあるが、その処理を行うことで作業工程が増えてしまい、それによってペプチドが損失する、再現性が低下する、労力がかかるなどの様々なデメリットがある。このことから特殊な操作を行わずに、汎用の処理の中で界面活性剤が除去できることが理想的である。
【0004】
また、ペプチドの乾燥も、チューブ等への非特異的吸着を助長し、ペプチドロスのリスクとなる。試料が少量の場合、ペプチドロスのリスクが特に高い。LC-MSで分析することを考慮すると、乾燥したペプチド断片の溶解に用いる溶液には、LC-MSにおけるペプチド分析の妨げとならず、質量分析装置に対する汚染が小さいことが求められる。そのため乾燥したペプチド断片の溶解には、一般的には揮発性でMS測定のバックグランドに影響を与えない2~5%(v/v)程度のアセトニトリル(ACN)に0.1%(v/v)程度のトリフルオロ酢酸(TFA)又はギ酸を加えた溶液がよく利用される。しかしながら、乾燥し、非特異的に容器に吸着したペプチド断片を高い収率で回収することは難しい。
【0005】
ペプチドの非特異的吸着の影響を低減する方法の1つは、サンプルにアルブミン等のキャリアタンパク質を添加することである。しかしながら、サンプル調製に複雑性を加えることになり、MS測定のバックグラウンドに影響を与え、質量分析装置を汚染する懸念がある。
【0006】
ペプチドの非特異的吸着の影響を低減する方法の1つとして、ペプチドを溶解する溶液中に高濃度のNaClを添加することが知られている。しかしながら、高濃度NaClは、イオン相互作用による吸着をある程度抑制できるが、疎水性相互作用による吸着に対する抑制効果は限定的である。
【0007】
このようなペプチドロスは、乾燥ペプチドに界面活性剤を含む溶媒に溶解することで軽減し得るが、界面活性剤はLC-MSによるペプチド分析をLC分離能低下やイオン化抑制により妨げる可能性がある。LC-MSに適合した界面活性剤としては、例えば、RapiGest SF(商標)(非特許文献1)やMaSDeS(非特許文献2)のように分解可能なもの;デオキシコール酸ナトリウム(非特許文献3、4)やドデカン酸ナトリウム(非特許文献5)のように除去できるもの;Invitrosol(商標)(非特許文献6)のようにLCにおけるペプチドの保持時間が界面活性剤と重ならないものが挙げられる。しかしながら、界面活性剤を分解又は除去するには、処理に手間がかかり、処理後の溶液中には界面活性剤がもはや存在しないので、チューブやバイアルにペプチドが非特異的に吸着してしまうリスクがある。ペプチドとは異なるLC保持時間を有する界面活性剤は、手間をかけずにLC-MSで直接測定することができ、溶解後のペプチドの安定性も高いと考えられているが、Invitrosolは高価な試薬である。
【0008】
一方、n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)は、親水部に糖基を有する非イオン界面活性剤であり、主に膜タンパク質を可溶化する際に用いられている。DDMは安価であり、単細胞プロテオーム解析の前処理に使用されてきており、タンパク質やペプチドの損失を防ぐ効果があることが示されている(非特許文献7、8)。しかしながら、乾燥ペプチドの溶解への効果については未だ検討されていない。
【0009】
ラウリルマルトースネオペンチルグリコール(LMNG)(2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド)は、等しい長さの2つの結合した疎水性鎖と2つの親水性のマルトシド基を有する非イオン界面活性剤であり、DDMよりもよく膜タンパク質を可溶化し安定化することが示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Mosen, P. R. et al., Proteomics 2021, 21(20), e2100129
【非特許文献2】Chang, Y. H. et al., J Proteome Res 2015, 14(3), 1587-1599
【非特許文献3】Masuda, T. et al., J Proteome Res 2008, 7(2), 731-740
【非特許文献4】Sialana, F. J. et al., J Proteome Res 2022, 21(8), 1842-1856
【非特許文献5】Lin, Y. et al., PLoS One 2013, 8 (3), e59779
【非特許文献6】Kawashima, Y. et al., Proteomics 2013, 13(5), 751-755
【非特許文献7】Liu, J. et al., Anal Chem 2015, 87 (4), 2054-2057
【非特許文献8】Tsai, C. F. et al., Commun Biol 2021, 4 (1), 265
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、プロテオーム解析等に使用するための微量ペプチド含有試料の調製において、LC-MSの汚染を回避しながら、ペプチドの損失を抑制する技術を提供することを目的とする。また、本発明は、プロテオーム解析の前処理の過程等で、チューブの壁面に吸着した乾燥ペプチドの溶解を改善すると同時に、溶解したペプチドがチューブやチップへ非特異的に再吸着することを防止する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決するべく鋭意検討したところ、タンパク質分解酵素でタンパク質含有サンプルを消化する際に、LMNGをサンプルに添加することにより、サンプルからのペプチドの損失が抑制され、LC-MSにおけるペプチド及びタンパクの同定数が上昇した。ペプチドのアフィニティ精製時に、LMNGを添加することによっても、サンプルからのペプチドの損失が抑制され、LC-MSにおけるペプチド及びタンパクの同定数が上昇した。LMNGは逆相カラムに強いアフィニティを有し、逆相カラムから殆どのペプチドを溶出し得る溶出条件においてもLMNGはカラム内に保持されたことから、逆相カラムによる脱塩工程においてペプチドの損失を回避しながら、LMNGをペプチドから除去し、LC-MS機器の汚染の可能性を最小化することに成功した。
【0013】
また、乾燥ペプチドの回収用溶液にDDM等の糖系非イオン界面活性剤を添加することにより、乾燥ペプチドの溶解性が向上し、ペプチドの回収量を改善することに成功した。特に、11アミノ酸以上の長いペプチド断片の回収量が大幅に改善した。CMCを下回る濃度のDDMでも、ペプチド断片の回収量の改善効果が認められ、その効果は、0.005%(w/w)もの低濃度でも達成された。驚くべきことに、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせて添加することにより、相加効果を上回る乾燥ペプチドの溶解性の向上が認められた。本発明者らは、これらの知見に基づき、更に検討を進め、本発明を完成した。
【0014】
即ち、本発明は以下に関する。
[1]以下の工程を含むペプチド含有試料の調製方法:
1)ペプチド及び2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(以下、「LMNG」という。)を含有するペプチド水溶液を提供すること、
2)得られたペプチド水溶液を逆相カラムに付し、ペプチド及びLMNGを逆相カラムに吸着させること、及び
3)逆相カラムへのLMNGの吸着を維持したまま、逆相カラムから吸着したペプチドを溶出することにより、ペプチドからLMNGを除去すること。
[2]逆相カラムが、C18カラム又はスチレン-ジビニルベンゼンコポリマーカラムである、[1]の調製方法。
[3]アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=50/50(v/v)混合液相当以上の極性を有する溶出液で、逆相カラムからペプチドを溶出する、[1]又は[2]の調製方法。
[4]溶出液の極性がアセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=30/70(v/v)混合液相当以下である、[1]~[3]のいずれかの調製方法。
[5]ペプチド水溶液中のLMNG濃度が、臨界ミセル濃度を下回る、[1]~[4]のいずれかの調製方法。
[6]ペプチド水溶液が、プラスチック表面を有する容器に収容された状態で提供される、[1]~[5]のいずれかの調製方法。
[7]LMNGを含有する水性溶媒に溶解したタンパク質をタンパク質分解酵素で限定分解することにより、ペプチド及びLMNGを含有するペプチド水溶液を得ることを更に含む、[1]~[6]のいずれかの調製方法。
[8]工程1)で提供されたペプチド水溶液を、アフィニティクロマトグラフィーに付すことにより、アフィニティ濃縮されたペプチド及びLMNGを含むペプチド水溶液を得ることを更に含む、[1]~[7]のいずれかの調製方法。
[9]アフィニティクロマトグラフィーが、固定化金属アフィニティクロマトグラフィー或いはアビジン又はストレプトアビジンアフィニティクロマトグラフィーである、[8]の調製方法。
[10]ペプチド含有試料がLC-MS分析用である、[1]~[9]のいずれかの調製方法。
【0015】
[11]乾燥ペプチドを、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む水性溶媒中に溶解することを含む、ペプチド水溶液の製造方法。
[12]糖系非イオン界面活性剤が、式(I);
【0016】
【0017】
(G1は単糖基又は二糖基であり、L1は、O、S、-O-(CH2)n-O-、又は-O-CO-であり、R1は、炭素数6~12の直鎖アルキル基であり、nは1~3の整数である)、又は式(II);
【0018】
【0019】
(G2及びG3は、同一又は異なって、単糖基又は二糖基であり、R2及びR3は、同一又は異なって、炭素数6~12の直鎖アルキル基である)
で表される化合物である、[11]の製造方法。
[13]糖系非イオン界面活性剤が、式(I)で表される化合物であり、G1がグルコース基、マンノース基、マルトース基又はトレハロース基からなる群から選択されるいずれかである、[12]の製造方法。
[14]糖系非イオン界面活性剤が、n-ドデシル-β-D-マルトシド、n-ウンデシル-β-D-マルトシド、n-デシル-β-D-マルトシド、n-ノニル-β-D-チオマルトシド、n-オクチル-β-D-チオグルコシド、3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド又はα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエートである、[13]の製造方法。
[15]糖系非イオン界面活性剤が、式(II)で表される化合物であり、G2及びG3は、同一であり、グルコース基又はマルトース基である、[12]の製造方法。
[16]糖系非イオン界面活性剤が、2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド、2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド又は2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシドである、[15]の製造方法。
[17]水性溶媒が、少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含む、[11]~[16]のいずれかの製造方法。
[18]糖系非イオン界面活性剤の組み合わせが、以下の群から選択されるいずれかである、[17]の製造方法:
n-ドデシル-β-D-マルトシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド及び2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド;並びに
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド及び2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド。
[19]乾燥ペプチドが、プラスチック表面を有する容器に収容されている、[11]~[18]のいずれかの製造方法。
[20]少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む、乾燥ペプチド溶解促進剤。
[21]少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含む、[20]の乾燥ペプチド溶解促進剤。
[22]糖系非イオン界面活性剤の組み合わせが、以下の群から選択されるいずれかである、[21]の乾燥ペプチド溶解促進剤:
n-ドデシル-β-D-マルトシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド及び2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド;並びに
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド及び2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド。
[23]ペプチド、及び少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含む、ペプチド水溶液。
[24]糖系非イオン界面活性剤の組み合わせが、以下の群から選択されるいずれかである、[23]のペプチド水溶液:
n-ドデシル-β-D-マルトシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド及び2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド;並びに
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド及び2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド。
【0020】
[25]以下の工程を更に含む、[1]~[10]のいずれかの調製方法:
4)溶出したペプチドを乾燥させて、乾燥ペプチドを得ること、及び
5)得られた乾燥ペプチドを、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む水性溶媒中に溶解することにより、ペプチド水溶液を得ること。
[26]糖系非イオン界面活性剤が、式(I);
【0021】
【0022】
(G1は単糖基又は二糖基であり、L1は、O、S、-O-(CH2)n-O-、又は-O-CO-であり、R1は、炭素数6~12の直鎖アルキル基であり、nは1~3の整数である)、又は式(II);
【0023】
【0024】
(G2及びG3は、同一又は異なって、単糖基又は二糖基であり、R2及びR3は、同一又は異なって、炭素数6~12の直鎖アルキル基である)
で表される化合物である、[25]の調製方法。
[27]糖系非イオン界面活性剤が、式(I)で表される化合物であり、G1がグルコース基、マンノース基、マルトース基又はトレハロース基からなる群から選択されるいずれかである、[26]の調製方法。
[28]糖系非イオン界面活性剤が、n-ドデシル-β-D-マルトシド、n-ウンデシル-β-D-マルトシド、n-デシル-β-D-マルトシド、n-ノニル-β-D-チオマルトシド、n-オクチル-β-D-チオグルコシド、3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド又はα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエートである、[27]の調製方法。
[29]糖系非イオン界面活性剤が、式(II)で表される化合物であり、G2及びG3は、同一であり、グルコース基又はマルトース基である、[26]の調製方法。
[30]糖系非イオン界面活性剤が、2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド、2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド又は2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシドである、[29]の調製方法。
[31]水性溶媒が、少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含む、[25]~[30]のいずれかの調製方法。
[32]糖系非イオン界面活性剤の組み合わせが、以下の群から選択されるいずれかである、[31]の調製方法:
n-ドデシル-β-D-マルトシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド及び2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド;並びに
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド及び2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド。
[33]乾燥ペプチドが、プラスチック表面を有する容器に収容されている、[25]~[32]のいずれかの調製方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明により、プロテオーム解析等に使用するための微量ペプチド含有試料の調製において、LC-MSの汚染を回避しながら、ペプチドの損失を最小限に抑制することができる。本発明の方法で、LC-MS解析用サンプルを処理することにより、微量サンプルからのペプチドの損失が抑制され、質量分析におけるペプチド同定数やタンパク質同定数が増加し、解析の再現性が向上する。また、本発明により、プロテオーム解析の前処理の過程で、乾燥によってチューブの壁面に吸着したペプチド断片の回収量が改善される。特に、11アミノ酸以上の長いペプチドの回収量が大幅に改善するため、長いペプチドを豊富に含む質量分析用試料を調製することができ、質量分析におけるペプチド同定数やタンパク質同定数が増加し、プロテオーム解析の精度向上に寄与する。非常に低濃度の糖系非イオン界面活性剤で、ペプチド断片の回収量の改善効果が認められるので、質量分析装置の汚染も最小限に抑制することができる。また、本発明により、容器へのペプチドの吸着が抑制された、安定なペプチド水溶液が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】
図1は、プロテオーム解析におけるサンプルの前処理の流れを示す。
【
図2A】
図2A~Dは、DDA-LC-MS/MSによる乾燥トリプシン分解ペプチドの回収率の評価を示す。
図2Aは、2% ACN-0.1% TFAまたは0.005-0.04% DDMに溶解したK562細胞の乾燥トリプシン分解ペプチドのTICクロマトグラムを示す。通常のポリプロピレン(PP)チューブ内の乾燥ペプチド500 ngを各溶媒25 μLに溶解し、PP製のLCバイアルに移し、LC-MS/MSに2.5 μL注入した。
【
図2B】
図2Bは、DDA-LC-MS/MSで同定されたタンパク質群およびペプチドの数を示す。
【
図2C】
図2Cは、同定されたペプチドの保持時間の分布を示す。
【
図2D】
図2Dは、同定されたペプチドのアミノ酸長の分布を示す。
【
図3A】
図3A~Dは、DIA-LC-MS/MSによる、異なるバイアルおよび溶解液中の乾燥ペプチドの回収率の評価を示す。
図3Aは、通常のPPバイアルまたは親水性バイアル内で、2% ACN-0.1% TFAまたは0.02% DDMに溶解した乾燥ペプチドから同定されたペプチドの数を示す。各バイアル内の乾燥ペプチド500 ngを各溶媒25 μLに溶解し、LC-MS/MSへ2.5 μL注入した。
【
図3B】
図3Bは、各アミノ酸長における総ペプチド強度の比較を示す。
【
図3C】
図3Cは、DIAタンパク質強度の階層的クラスタリングによるピアソン相関係数ヒートマップを示す。
【
図3D】
図3Dは、DIAタンパク質強度の主成分分析を示す。
【
図4A】
図4A~Dは、IP-MSにおけるペプチド回収率に対するDDMの効果を示す。
図4Aは、2% ACN-0.1% TFAまたは0.02% DDMに溶解したRELAのIPにおける乾燥トリプシン分解ペプチドのTICクロマトグラムを示す。
【
図4B】
図4Bは、DIA-LC-MS/MSで同定されたタンパク質群およびペプチドの数を示す。
【
図4C】
図4Cは、同定されたタンパク質に含まれる既知のRELA相互作用物質の数を示す。既知のRELA相互作用物質はIntAct(https://www.ebi.ac.uk/intact/home)から抽出した。
【
図4D】
図4Dは、同定されたタンパク質中のRELA及び主要なRELA相互作用因子のDIAタンパク質強度を示す。ゼロのDIAタンパク質強度は欠損値を意味する。* p<0.05; ** p<0.01; *** p<0.005。
【
図5】
図5は、LC-MS/MSで同定できたペプチドの数を示す。横軸のA~Jは、表1に列挙した糖系非イオン界面活性剤に対応する。
【
図6】
図6は、逆相(C18)カラム分離における糖型界面活性剤の溶出時間を示す。
【
図7】
図7は、DDM、DMNG及びLMNGを逆相(SDB)カラムにトラップし、溶出液中の有機溶媒濃度を上げながら連続的に溶出した時の溶出パターンを示す。
【
図8】
図8は、LMNGの逆相(SDB)カラムからの詳細な溶出条件の検討を示す。
【
図9】
図9は、50% ACN-0.1% TFA溶出と36% ACN-0.1% TFA溶出とで、ペプチド同定数に変化がないことを示すグラフである。
【
図10】
図10は、微量サンプルを酵素消化する際にLMNGを添加することにより、消化中のタンパク質やペプチドの損失を抑制できたことを示すグラフである。
【
図11A】
図11Aは、酵素消化時のLMNG添加、及び乾燥ペプチド溶解時のDMNG添加が、LC-MSにおけるタンパク質及び前駆体(ペプチド)同定数を改善することを示す評価結果である。
【
図11B】
図11Bは、酵素消化時のLMNG添加、及び乾燥ペプチド溶解時のDMNG添加が、LC-MS解析の再現性を向上することを示す評価結果である。
【
図12A】
図12Aは、酵素消化時のLMNG添加、及び乾燥ペプチド溶解時のDMNG添加が、Co-IP-LC-MSにおけるタンパク質及び前駆体(ペプチド)同定数を改善することを示す評価結果である。
【
図12B】
図12Bは、抗RELA(NF-κB p65)抗体によるCo-IP-LC-MS解析により同定されたRELA、NJKB1、IKBKB、NFKBIA、NFKBIB及びNFKBIE由来ペプチドフラグメントの総数を示す。酵素消化時のLMNG添加、及び乾燥ペプチド溶解時のDMNG添加によりペプチドフラグメント総数が増加した。
【
図13】
図13は、リン酸化プロテオーム解析の前処理の流れを示す。
【
図14】
図14は、固定化金属アフィニティクロマトグラフィーにおいて、溶出液にLMNGを添加することでリン酸化ペプチドの回収量が増加し、リン酸化ペプチドの同定数が上昇したことを示すグラフである。
【
図15】
図15は、ビオチン化タンパク質のプロテオーム解析におけるサンプルの前処理の流れを示す。
【
図16】
図16は、ストレプトアビジンアフィニティクロマトグラフィーにおいて、溶出液にLMNGを添加することでビオチン化ペプチドの回収量が増加し、ビオチン化ペプチドの同定数が上昇したことを示すグラフである。
【
図17】
図17は、EVOSEP ONEにおける、DDM、DMNG及びLMNGの溶出パターンを示すグラフである。
【
図18A】
図18Aは、EVOSEP ONEによるLC-MSにおいて、HEK293細胞ライセート酵素消化時のLMNG添加が、タンパク質及びプリカーサー(ペプチド)同定数を改善することを示す評価結果である。定量的な評価も行うため、DIA-MSでデータを取得した。
【
図18B】
図18Bは、細胞ライセート酵素消化時のLMNG添加が、EVOSEP ONEによるLC-MSの解析結果の再現性を改善したことを示す評価結果である。
【
図19A】
図19Aは、EVOSEP ONEによるLC-MSにおいて、血清エクソソーム酵素消化時のLMNG添加が、タンパク質及びプリカーサー(ペプチド)同定数を改善することを示す評価結果である。定量的な評価も行うため、DIA-MSでデータを取得した。
【
図19B】
図19Bは、EVOSEP ONEによる血清エクソソームのプロテオーム解析において、血清エクソソーム酵素消化時のLMNG添加が、エクソソーム特異的タンパク質であるCD9、CD63、CD81に由来するペプチドの同定数を改善したことを示す評価結果である。定量的な評価も行うため、DIA-MSでデータを取得した。
【発明を実施するための形態】
【0027】
1.ペプチド水溶液の製造方法
本発明は、乾燥ペプチドを、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む水性溶媒中に溶解することを含む、ペプチド水溶液の製造方法(以下、「本発明の製造方法」と称する。)を提供する。ペプチド水溶液の製造において、乾燥ペプチドを水性溶媒に溶解する際に、該水性溶媒に少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含有させることにより、容器に吸着した乾燥ペプチドの水性溶媒への溶解が促進され、乾燥ペプチドの溶け残りが回避され、また一度溶解したペプチドの容器等への再吸着が抑制される。容器内の乾燥ペプチドに、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む水性溶媒を添加し、混合することにより、乾燥ペプチドが水性溶媒中に溶解し、目的とするペプチド水溶液を得ることが出来る。
【0028】
本明細書において、「ペプチド」は、ペプチド結合により結合されたアミノ酸残基鎖で構成された化合物をいい、「ポリペプチド」及び「タンパク質」と交換可能に用いられ得る。本発明の製造方法において用いられるペプチドの長さは、特に限定されないが、糖系非イオン界面活性剤は、長い乾燥ペプチドの溶解を促進する効果に優れることから、水性溶媒に溶解するペプチドは、少なくともその一部に、長鎖ペプチド(例えば、11アミノ酸以上、12アミノ酸以上、13アミノ酸以上、14アミノ酸以上、15アミノ酸以上、又は20アミノ酸以上の長さを有するペプチド)を含む。該長鎖ペプチドの長さの上限は、特に限定されないが、例えば、100アミノ酸以下、80アミノ酸以下、60アミノ酸以下、50アミノ酸以下、40アミノ酸以下、又は30アミノ酸以下である。
【0029】
本発明の製造方法において水性溶媒中に溶解するペプチドは、単一種のペプチドであっても、複数種のペプチドの混合物であってもよい。一態様において、本発明の製造方法において水性溶媒中に溶解するペプチドは複数種のペプチドの混合物であり、少なくともその一部に、長鎖ペプチド(例えば、11アミノ酸以上、12アミノ酸以上、13アミノ酸以上、14アミノ酸以上、15アミノ酸以上、又は20アミノ酸以上の長さを有するペプチド)を含む。該長鎖ペプチドの長さの上限は、例えば、100アミノ酸以下、80アミノ酸以下、60アミノ酸以下、50アミノ酸以下、40アミノ酸以下、又は30アミノ酸以下であり得る。ペプチド混合物中の長鎖ペプチドの割合(分子数の割合)は、特に限定されないが、例えば、0.1%以上、1%以上、5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、又は50%以上であり得る。
【0030】
本発明の製造方法において水性溶媒中に溶解するペプチドの由来は、特に限定されず、生物材料から単離されたものでも、化学的に合成されたものでも、遺伝子組換技術により発現させた組換体であってもよい。一態様において、本発明の製造方法において水性溶媒中に溶解するペプチドは、タンパク質を含有する生物試料をタンパク質分解酵素(例、トリプシン)で限定的に消化することにより得られるペプチド混合物である。
【0031】
本発明の製造方法においては、「乾燥」ペプチドを、水性溶媒に溶解する。「乾燥」とは、乾燥法及びカールフィッシャー法から選択される少なくとも一方により化学的に測定した含水率が15%(w/w)未満(例、10%(w/w)未満、5%(w/w)未満、1%(w/w)未満)であることを意味する。ペプチドを乾燥する方法としては、例えば、真空乾燥、加熱乾燥、風乾、凍結乾燥等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0032】
一態様において、本発明の製造方法においては、プラスチック表面を有する容器に収容された乾燥ペプチドを、水性溶媒中に溶解する。容器内のプラスチック表面上に付着した乾燥ペプチドの溶解が糖系非イオン界面活性剤により促進され、また、水性溶媒中に溶解したペプチドのプラスチック表面への再吸着が糖系非イオン界面活性剤により抑制され得る。プラスチックの種類としては、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリカーボネート、ポリスルホン、フルオロポリマー、ポリアミド、ポリジメチルシロキサン、ポリウレタン、ポリスルホン、ポリテトラフルオロエチレン、エラストマー等を挙げることができるが、これらに限定されない。該容器内のプラスチック表面は、親水処理がされていてもされていなくてもよい。親水処理とは、容器内のプラスチック表面に水酸基やカルボキシル基等の親水基を付加する処理を意味する。
【0033】
一態様において、本発明の製造方法においては、容器内のプラスチック表面に付着した乾燥ペプチドを、水性溶媒中に溶解する。乾燥ペプチドは、乾燥処理(真空乾燥等)によってプラスチック表面に付着したものであり得る。
【0034】
本発明の製造方法は、乾燥ペプチドを溶解する水性溶媒に、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含有させることを1つの特徴とする。本明細書において、糖系非イオン界面活性剤とは、親水基ユニットとして糖基を有する非イオン界面活性剤をいう。本明細書において、糖基とは、糖由来の構造からなる1価の基であり、具体的には、糖から水酸基を1つ取り除いた残基を意味する。糖基は、好ましくは、還元末端のアノマー炭素に付加した水酸基又はメチロール基中の水酸基を糖から1つ取り除いた残基である。本発明の製造方法において用いられる糖系非イオン界面活性剤は、好ましくは、式(I);
【0035】
【0036】
(G1は単糖基又は二糖基であり、L1は、O、S、-O-(CH2)n-O-、又は-O-CO-であり、R1は、炭素数6~12の直鎖アルキル基であり、nは1~3の整数である)、又は式(II);
【0037】
【0038】
(G2及びG3は、同一又は異なって、単糖基又は二糖基であり、R2及びR3は、同一又は異なって、炭素数6~12の直鎖アルキル基である)
で表される化合物である。
【0039】
単糖としては、五炭糖又は六単糖が好ましい。五炭糖としては、リボース、デオキシリボース、及びフルクトース等を挙げることができる。六単糖としては、グルコース、マンノース、ガラクトース等を挙げることができる。二糖としては、マルトース、トレハロース、ラクトース、イソマルトース、スクロース、セロビオース等が挙げられる。
【0040】
炭素数6~12の直鎖アルキル基としては、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基及びドデシル基を挙げることができる。
【0041】
式(I)において、nは、1、2又は3であり、好ましくは1又は2であり、より好ましくは2である。
【0042】
式(I)において、L1がG1の還元末端のアノマー炭素に結合する場合、該結合の様式は、α結合であってもβ結合であってもよい。
【0043】
式(I)において、G1は、好ましくは、マルトース基、トレハロース基、グルコース基又はマンノース基である。
【0044】
式(I)の一態様において、G1はマルトース基、グルコース基又はマンノース基であり、L1は、O、S、又は-O-(CH2)n-O-であり、R1は、炭素数8~12の直鎖アルキル基であり、nは2であり、L1はG1のアノマー炭素に結合している。
【0045】
式(I)の一態様において、G1はマルトース基又はグルコース基であり、L1は、O又はSであり、R1は、炭素数8~12の直鎖アルキル基であり、L1はG1のアノマー炭素にβ結合している。
【0046】
式(I)の別の態様において、G1はトレハロース基であり、L1は-O-CO-であり、R1は、炭素数8~12の直鎖アルキル基である。
【0047】
式(I)で表される化合物としては、
n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)、
n-ウンデシル-β-D-マルトシド、
n-デシル-β-D-マルトシド、
n-ノニル-β-D-チオマルトシド、
n-オクチル-β-D-チオグルコシド、
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド、
α-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート(トレハロース C12)
等を挙げることが出来る。
【0048】
式(II)において、酸素原子がG2又はG3の還元末端のアノマー炭素に結合する場合、該結合の様式は、α結合であってもβ結合であってもよい。
【0049】
式(II)において、G2及びG3は、好ましくは、同一であり、グルコース基又はマルトース基である。
【0050】
式(II)の一態様において、G2及びG3は、同一であり、グルコース基又はマルトース基であり、R2及びR3は、同一であり、炭素数6~10の直鎖アルキル基であり、G2及びG3の還元末端アノマー炭素が酸素原子にβ結合する。
【0051】
式(II)で表される化合物としては、
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(デシルマルトースネオペンチルグリコール)、
2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)、
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド(オクチルグルコースネオペンチルグリコール)
等を挙げることが出来る。
【0052】
糖系非イオン界面活性剤は、好ましくは、以下の群から選択されるいずれかである:
n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)、
n-ウンデシル-β-D-マルトシド、
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド、
α-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート(トレハロース C12)
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(デシルマルトースネオペンチルグリコール)、
2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)、及び
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド(オクチルグルコースネオペンチルグリコール)。
【0053】
本発明の製造方法においては、1種の糖系非イオン界面活性剤を単独で水性溶媒に含有させてもよいし、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせて、水性溶媒に含有させてもよい。2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせることにより、1種類の糖系非イオン界面活性剤を単独で使用したときよりも、乾燥ペプチドの溶解を促進する効果の増強が期待できる。一態様において、本発明の製造方法に使用する水性溶媒は、少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含有する。
【0054】
組み合わせる糖系非イオン界面活性剤の種類は、特に限定されないが、好ましくは、上述の式(I)で表される化合物及び式(II)で表される化合物の中から選択される少なくとも2種の化合物を組み合わせる。
【0055】
一態様において、本発明の製造方法に使用する水性溶媒は、以下の群から選択される少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含有する:
n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)、
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド、
α-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート(トレハロース C12)
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(デシルマルトースネオペンチルグリコール)、
2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)、及び
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド(オクチルグルコースネオペンチルグリコール)。
【0056】
好ましい糖系非イオン界面活性剤の組み合わせとしては、以下を挙げることが出来る:
n-ドデシル-β-D-マルトシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド及び2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド;並びに
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド及び2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド。
【0057】
水性溶媒には、水及び糖系非イオン界面活性剤以外の追加的成分が含まれていてもよい。例えば、糖系非イオン界面活性剤以外の界面活性剤、緩衝剤、親水性有機溶媒等が水性溶媒に含まれ得る。LC-MS等での解析用のペプチド水溶液を製造する場合には、該解析を阻害したり、解析装置を汚染する可能性のある成分の含有は避けることが好ましい。一態様において、水性溶媒は、水及び糖系非イオン界面活性剤からなる。
【0058】
水性溶媒に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度(水性溶媒が2種以上の糖系非イオン界面活性剤を含む場合、該水性溶媒に含まれる全ての種類の糖系非イオン界面活性剤の濃度の合計)は、糖系非イオン界面活性剤の種類や溶解する乾燥ペプチドの量等を考慮し適宜調整することができるが、例えば、0.00125 %(w/w)以上、0.0025 %(w/w)以上、0.005 %(w/w)以上、又は0.01 %(w/w)以上である。
【0059】
1種の糖系非イオン界面活性剤を単独で使用する場合の、糖系非イオン界面活性剤の水性溶媒中の最低濃度の例を表1に示す。
【0060】
【0061】
各糖系非イオン界面活性剤を単独で使用する場合、乾燥ペプチドの溶解促進を確保する観点から、表1に記載された最低濃度以上の濃度となるように、各糖系非イオン界面活性剤を水性溶媒に含有させることが好ましい。
【0062】
2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせることにより、乾燥ペプチドの溶解を促進する効果の増強が期待できるので、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせる際に、水性溶媒中の各糖系非イオン界面活性剤の濃度が表1に記載した最低濃度未満であっても、一定の乾燥ペプチド溶解促進が期待できる。しかしながら、乾燥ペプチドの溶解をより確実に促進するため、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせる場合、水性溶媒中の各糖系非イオン界面活性剤の濃度を表1に記載した最低濃度以上に調整することが好ましい。
【0063】
一態様において、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせる場合、水性溶媒中の各糖系非イオン界面活性剤の濃度を0.005 %以上(w/w)に調整する。
【0064】
水性溶媒に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度の上限値を一義的に設けることはできないが、乾燥ペプチドの溶解促進は、糖系非イオン界面活性剤によるミセルの形成を必要としないので、臨界ミセル濃度(CMC)を下回る濃度の糖系非イオン界面活性剤であっても、乾燥ペプチドの溶解を促進することができる。一態様において、水性溶媒に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度は、添加した糖系非イオン界面活性剤のCMCを下回る。LC-MS等で解析するためのペプチド水溶液を製造する場合、解析装置の汚染を回避するため、適切な乾燥ペプチド溶解促進効果が奏される範囲で、糖系非イオン界面活性剤濃度は出来るだけ低い方が好ましい。一態様において、水性溶媒に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度は、0.04 %(w/w)以下である。
【0065】
2.乾燥ペプチド溶解促進剤
本発明は、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む、乾燥ペプチド溶解促進剤(以下、「本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤」と称する。)を提供する。上述した本発明の製造方法において、水性溶媒に本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤を添加することにより、容易にペプチド水溶液を製造することが出来る。本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤を、乾燥ペプチドを溶解するための水性溶媒としてもよい。
【0066】
「糖系非イオン界面活性剤」の定義は、上記1の項で記載した定義と同一である。本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤に用いられる糖系非イオン界面活性剤は、好ましくは、式(I);
【0067】
【0068】
又は式(II);
【0069】
【0070】
(式(I)及び式(II)における各置換基の定義は、上記1の項で記載したものと同一である。)で表される化合物である。
【0071】
式(I)で表される化合物としては、
n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)、
n-ウンデシル-β-D-マルトシド、
n-デシル-β-D-マルトシド、
n-ノニル-β-D-チオマルトシド、
n-オクチル-β-D-チオグルコシド、
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド、
α-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート(トレハロース C12)
等を挙げることが出来る。
【0072】
式(II)で表される化合物としては、
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(デシルマルトースネオペンチルグリコール)、
2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)、
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド(オクチルグルコースネオペンチルグリコール)
等を挙げることが出来る。
【0073】
糖系非イオン界面活性剤は、好ましくは、以下の群から選択されるいずれかである:
n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)、
n-ウンデシル-β-D-マルトシド、
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド、
α-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート(トレハロース C12)
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(デシルマルトースネオペンチルグリコール)、
2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)、及び
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド(オクチルグルコースネオペンチルグリコール)。
【0074】
本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤は、1種の糖系非イオン界面活性剤を単独で含有してもよいし、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせて含有してもよい。一態様において、本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤は、少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含有する。
【0075】
組み合わせる糖系非イオン界面活性剤の種類は、特に限定されないが、好ましくは、上述の式(I)で表される化合物及び式(II)で表される化合物の中から選択される少なくとも2種の化合物を組み合わせる。
【0076】
一態様において、本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤は、以下の群から選択される少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含有する:
n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)、
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド、
α-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート(トレハロース C12)
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(デシルマルトースネオペンチルグリコール)、
2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)、及び
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド(オクチルグルコースネオペンチルグリコール)。
【0077】
好ましい糖系非イオン界面活性剤の組み合わせとしては、以下を挙げることが出来る:
n-ドデシル-β-D-マルトシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド及び2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド;並びに
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド及び2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド。
【0078】
本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤は、糖系非イオン界面活性剤の粉末(例、凍結乾燥物)の形態で提供されてもよいし、糖系非イオン界面活性剤を含有する水性溶媒(例、水性溶媒中の糖系非イオン界面活性剤溶液、水性溶媒中の糖系非イオン界面活性剤懸濁液等)の形態で提供されてもよい。
【0079】
水性溶媒には、水及び糖系非イオン界面活性剤以外の追加的成分が含まれていてもよい。例えば、糖系非イオン界面活性剤以外の界面活性剤、緩衝剤、親水性有機溶媒等が水性溶媒に含まれ得る。LC-MS等で解析するためのペプチド水溶液を製造する場合には、該解析を阻害したり、解析装置を汚染する可能性のある成分の含有を避けることが好ましい。一態様において、水性溶媒は、水及び糖系非イオン界面活性剤からなる。
【0080】
一態様において、本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤は、糖系非イオン界面活性剤を含有する水性溶媒であり、これを希釈せずに、上記本発明の製造方法において、乾燥ペプチドを溶解するための水性溶媒としてそのまま用いることができる(非濃縮タイプ)。
【0081】
非濃縮タイプにおいて、水性溶媒に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度は、糖系非イオン界面活性剤の種類や溶解する乾燥ペプチドの量等を考慮し適宜調整することができるが、例えば、0.00125 %(w/w)以上、0.0025 %(w/w)以上、0.005 %(w/w)以上、又は0.01 %(w/w)以上である。
【0082】
非濃縮タイプにおいて、1種の糖系非イオン界面活性剤を単独で使用する場合の、糖系非イオン界面活性剤の水性溶媒中の最低濃度の例を上述の表1に示す。
【0083】
各糖系非イオン界面活性剤を単独で使用する場合、乾燥ペプチドの溶解促進を確保する観点から、表1に記載された最低濃度以上の濃度となるように、各糖系非イオン界面活性剤を水性溶媒に含有(溶解)させることが好ましい。
【0084】
2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせることにより、乾燥ペプチドの溶解を促進する効果の増強が期待できるので、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせる際に、水性溶媒中の各糖系非イオン界面活性剤の濃度が表1に記載した最低濃度未満であっても、良好な乾燥ペプチド溶解促進が期待できる。しかしながら、乾燥ペプチドの溶解をより確実に促進するため、非濃縮タイプの態様において、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせる場合、水性溶媒中の各糖系非イオン界面活性剤の濃度を表1に記載した最低濃度以上に調整することが好ましい。
【0085】
非濃縮タイプの一態様において、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせ、水性溶媒中の各糖系非イオン界面活性剤の濃度を0.005 %(w/w)以上に調整する。
【0086】
非濃縮タイプにおいて、水性溶媒に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度の上限値を一義的に設定することはできないが、乾燥ペプチドの溶解促進は、糖系非イオン界面活性剤によるミセルの形成を必要としないので、臨界ミセル濃度(CMC)を下回る濃度の糖系非イオン界面活性剤であっても、乾燥ペプチドの溶解を促進することができる。一態様において、水性溶媒に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度は、添加した糖系非イオン界面活性剤のCMCを下回る。LC-MS等で解析するためのペプチド水溶液を製造する場合、解析装置の汚染を回避するため、適切な乾燥ペプチド溶解促進効果が奏される範囲で、糖系非イオン界面活性剤濃度は出来るだけ低い方が好ましい。一態様において、水性溶媒に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度は、0.04 %(w/w)以下である。
【0087】
一態様において、本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤は、糖系非イオン界面活性剤を含有する水性溶媒であり、適切な水性溶媒(例、水)によって適切な希釈率で希釈することにより、乾燥ペプチドを溶解するための水性溶媒を得ることができる(濃縮タイプ)。希釈率は、特に限定されないが、実験者の便宜を考慮して、例えば2倍~100倍(例、×2、×5、×10、×20、×100)である。
【0088】
濃縮タイプにおいて、水性溶媒に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度は、糖系非イオン界面活性剤の種類や溶解する乾燥ペプチドの量等を考慮し適宜調整することができるが、例えば、水性溶媒(例、水)で2倍~100倍(例、×2、×5、×10、×20、×100)に希釈した時の糖系非イオン界面活性剤の総濃度が、0.00125 %(w/w)以上、0.0025 %(w/w)以上、0.005 %(w/w)以上、又は0.01 %(w/w)以上である。
【0089】
濃縮タイプにおいて、1種の糖系非イオン界面活性剤を単独で使用する場合、本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤を水性溶媒で2倍~100倍(例、×2、×5、×10、×20、×100)に希釈した時の、糖系非イオン界面活性剤の水性溶媒中の最低濃度の例を上述の表1に示す。
【0090】
濃縮タイプにおいて、表1に記載の各糖系非イオン界面活性剤を単独で使用する場合、乾燥ペプチドの溶解促進を確保する観点から、水性溶媒(例、水)で2倍~100倍(例、×2、×5、×10、×20、×100)に希釈した時の各糖系非イオン界面活性剤の濃度が、表1に記載された最低濃度以上の濃度となるように、本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤を調製することが好ましい。
【0091】
濃縮タイプの本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤において2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせる際に、水性溶媒で適切な倍率(例、2倍~100倍(例、×2、×5、×10、×20、×100))に希釈した時の各糖系非イオン界面活性剤の濃度が表1に記載した最低濃度未満であっても、良好な乾燥ペプチド溶解促進が期待できる。しかしながら、乾燥ペプチドの溶解をより確実に促進するため、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせる場合、水性溶媒で適切な倍率(例、2倍~100倍(例、×2、×5、×10、×20、×100))に希釈した時の水性溶媒中の各糖系非イオン界面活性剤の濃度が表1に記載した最低濃度以上となるように、本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤を調製することが好ましい。
【0092】
濃縮タイプの一態様において、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせる場合、水性溶媒で2倍~100倍(例、×2、×5、×10、×20、×100)に希釈した時の水性溶媒中の各糖系非イオン界面活性剤の濃度が0.005 %(w/w)以上となるように本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤を調製する。
【0093】
濃縮タイプについて、水性溶媒に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度の上限値を一義的に設定することはできない。一態様において、水性溶媒で適切な倍率(例、2倍~100倍(例、×2、×5、×10、×20、×100))に希釈した時の糖系非イオン界面活性剤の最終総濃度が、添加した糖系非イオン界面活性剤のCMCを下回る。LC-MS等で解析するためのペプチド水溶液を製造する場合、解析装置の汚染を回避するため、適切な乾燥ペプチド溶解促進効果が奏される範囲で、糖系非イオン界面活性剤濃度は出来るだけ低い方が好ましい。一態様において、水性溶媒で適切な倍率(例、2倍~100倍(例、×2、×5、×10、×20、×100))に希釈した時の糖系非イオン界面活性剤の最終総濃度が、0.04 %(w/w)以下となるように本発明の乾燥ペプチド溶解促進剤を調製する。
【0094】
本発明の溶解促進剤についての各用語の定義は、特に断りのない限り、本発明の製造方法について記載したものと同一である。
【0095】
3.ペプチド水溶液
本発明は、ペプチド、及び少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む、ペプチド水溶液(以下、「本発明の水溶液」と称する。)を提供する。本発明の水溶液は、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含むことにより、ペプチドの容器等への吸着が抑制され、安定である。本発明の水溶液は、上記本発明の製造方法により、乾燥ペプチドを少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む水性溶媒中に溶解することにより得ることが出来る。
【0096】
本発明の水溶液に含まれるペプチドの長さは、特に限定されないが、糖系非イオン界面活性剤は、長いペプチドの容器への吸着を抑制する効果に優れることから、本発明の水溶液に含まれるペプチドは、少なくともその一部に、長鎖ペプチド(例えば、11アミノ酸以上、12アミノ酸以上、13アミノ酸以上、14アミノ酸以上、15アミノ酸以上、又は20アミノ酸以上の長さを有するペプチド)を含む。該長鎖ペプチドの長さの上限は、特に限定されないが、例えば、100アミノ酸以下、80アミノ酸以下、60アミノ酸以下、50アミノ酸以下、40アミノ酸以下、又は30アミノ酸以下である。
【0097】
本発明の水溶液に含まれるペプチドは、単一種のペプチドであっても、複数種のペプチドの混合物であってもよい。一態様において、本発明の水溶液に含まれるペプチドは複数種のペプチドの混合物であり、少なくともその一部に、長鎖ペプチド(例えば、11アミノ酸以上、12アミノ酸以上、13アミノ酸以上、14アミノ酸以上、15アミノ酸以上、又は20アミノ酸以上の長さを有するペプチド)を含む。該長鎖ペプチドの長さの上限は、例えば、100アミノ酸以下、80アミノ酸以下、60アミノ酸以下、50アミノ酸以下、40アミノ酸以下、又は30アミノ酸以下であり得る。ペプチド混合物中の長鎖ペプチドの割合(分子数の割合)は、特に限定されないが、例えば、0.1%以上、1%以上、5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、又は50%以上であり得る。
【0098】
一態様において、本発明の水溶液に含まれるペプチドのうち、長さが100アミノ酸以下(例えば、80アミノ酸以下、60アミノ酸以下、50アミノ酸以下、40アミノ酸以下、又は30アミノ酸以下)のペプチドの割合(分子数の割合)が、例えば、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上であり得る。
【0099】
本発明の水溶液に含まれるペプチドの由来は、特に限定されず、生物材料から単離されたものでも、化学的に合成されたものでも、遺伝子組換技術により発現させた組換体であってもよい。一態様において、本発明の水溶液に含まれるペプチドは、生物材料由来のタンパク質をタンパク質分解酵素(例、トリプシン)で限定的に消化することにより得られるペプチド混合物である。
【0100】
本発明の水溶液に含まれるペプチドの濃度は、特に限定されないが、例えば1 fg/ml以上、10 fg/ml以上、100 fg/ml以上、1 pg/ml以上、10 pg/ml以上、又は100 pg/ml以上であり得る。本発明の水溶液にはペプチドが溶解度以下の濃度で含まれ、その濃度は、例えば100 mg/ml以下、10 mg/ml以下、1 mg/ml以下、100 μg/ml以下である。低濃度のペプチド水溶液では、ペプチドの容器等への吸着によるロスが問題となるが、本発明の水溶液は、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含むことにより、ペプチドの容器等への吸着が抑制されているので、安定な低濃度のペプチド水溶液の提供が可能となる。一態様において、本発明の水溶液に含まれるペプチドの濃度は、例えば、100 μg/ml以下、10 μg/ml以下、1 μg/ml以下、100 ng/ml以下、10 ng/ml以下、又は1 ng/ml以下である。
【0101】
本発明の水溶液は、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含むことを特徴とする。「糖系非イオン界面活性剤」の定義は、上記1の項で記載した定義と同一である。本発明の水溶液に含まれる糖系非イオン界面活性剤は、好ましくは、式(I);
【0102】
【0103】
又は式(II);
【0104】
【0105】
(式(I)及び式(II)における各置換基の定義は、上記1の項で記載したものと同一である。)で表される化合物である。
【0106】
式(I)で表される化合物としては、
n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)、
n-ウンデシル-β-D-マルトシド、
n-デシル-β-D-マルトシド、
n-ノニル-β-D-チオマルトシド、
n-オクチル-β-D-チオグルコシド、
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド、
α-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート(トレハロース C12)
等を挙げることが出来る。
【0107】
式(II)で表される化合物としては、
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(デシルマルトースネオペンチルグリコール)、
2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)、
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド(オクチルグルコースネオペンチルグリコール)
等を挙げることが出来る。
【0108】
糖系非イオン界面活性剤は、好ましくは、以下の群から選択されるいずれかである:
n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)、
n-ウンデシル-β-D-マルトシド、
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド、
α-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート(トレハロース C12)
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(デシルマルトースネオペンチルグリコール)、
2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)、及び
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド(オクチルグルコースネオペンチルグリコール)。
【0109】
本発明の水溶液は、1種の糖系非イオン界面活性剤を単独で含有してもよいし、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせて含有してもよい。一態様において、本発明の水溶液は、少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含有する。
【0110】
組み合わせる糖系非イオン界面活性剤の種類は、特に限定されないが、好ましくは、上述の式(I)で表される化合物及び式(II)で表される化合物の中から選択される少なくとも2種の化合物を組み合わせる。
【0111】
一態様において、本発明の水溶液は、以下の群から選択される少なくとも2種の糖系非イオン界面活性剤の組み合わせを含有する:
n-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)、
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド、
α-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート(トレハロース C12)
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(デシルマルトースネオペンチルグリコール)、
2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)、及び
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド(オクチルグルコースネオペンチルグリコール)。
【0112】
好ましい糖系非イオン界面活性剤の組み合わせとしては、以下を挙げることが出来る:
n-ドデシル-β-D-マルトシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド及びα-D-グルコピラノシル-α-D-グルコピラノシド モノドデカノエート;
2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド及び2,2-ジヘキシルプロパン-1,3-ビス-β-D-グルコピラノシド;並びに
3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド及び2,2-ジオクチルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド。
【0113】
更なる局面において、本発明の水溶液は、界面活性剤として、2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシドのみを単独で含有する。
【0114】
本発明の水溶液には、ペプチド、糖系非イオン界面活性剤及び水以外の追加的成分が含まれていてもよい。例えば、糖系非イオン界面活性剤以外の界面活性剤、緩衝剤、親水性有機溶媒等が本発明の水溶液に含まれ得る。本発明の水溶液をLC-MS等での解析に使用する場合、該解析を阻害したり、解析装置を汚染する可能性のある成分の含有を避けることが好ましい。一態様において、本発明の水溶液は、ペプチド、糖系非イオン界面活性剤、及び水からなる。
【0115】
本発明の水溶液に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度(本発明の水溶液が2種以上の糖系非イオン界面活性剤を含む場合、該水溶液に含まれる全ての種類の糖系非イオン界面活性剤の濃度の合計)は、糖系非イオン界面活性剤の種類や溶解する乾燥ペプチドの量等を考慮し適宜調整することができるが、例えば、0.00125 %(w/w)以上、0.0025 %(w/w)以上、0.005 %(w/w)以上、又は0.01 %(w/w)以上である。
【0116】
本発明の水溶液が、1種の糖系非イオン界面活性剤を単独で含む場合の、糖系非イオン界面活性剤の水性溶媒中の最低濃度の例を上記表1に示す。本発明の水溶液が各糖系非イオン界面活性剤を単独で含む場合、容器へのペプチド吸着を抑制する効果を確保する観点から、該水溶液は、表1に記載された最低濃度以上の濃度となるように、各糖系非イオン界面活性剤を含むことが好ましい。
【0117】
2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせることにより、容器へのペプチド吸着を抑制する効果の増強が期待できるので、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせる際に、水溶液中の各糖系非イオン界面活性剤の濃度が表1に記載した最低濃度未満であっても、一定のペプチド吸着抑制効果が期待できる。しかしながら、ペプチド吸着を確実に抑制するため、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせる場合であっても、水溶液中の各糖系非イオン界面活性剤の濃度を表1に記載した最低濃度以上に調整することが好ましい。
【0118】
一態様において、2種以上の糖系非イオン界面活性剤を組み合わせる場合、本発明の水溶液中の各糖系非イオン界面活性剤の濃度を0.005 %(w/w)以上に調整する。
【0119】
本発明の水溶液に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度の上限値を一義的に設けることはできないが、容器へのペプチド吸着の抑制は、糖系非イオン界面活性剤によるミセルの形成を必要としないので、臨界ミセル濃度(CMC)を下回る濃度の糖系非イオン界面活性剤であっても、ペプチド吸着を抑制することができる。一態様において、本発明の水溶液に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度は、該水溶液に含まれる糖系非イオン界面活性剤のCMCを下回る。本発明の水溶液をLC-MS等での解析に使用する場合、解析装置の汚染を回避するため、糖系非イオン界面活性剤濃度は出来るだけ低い方が好ましい。一態様において、本発明の水溶液に含まれる糖系非イオン界面活性剤の総濃度は、0.04 %(w/w)以下である。
【0120】
一態様において、本発明の水溶液は、プラスチック表面を有する容器に収容された調製物として提供される。糖系非イオン界面活性剤によって、水溶液中のペプチドのプラスチック表面への吸着が抑制されるので、プラスチック表面を有する容器に収容された、安定なペプチド水溶液調製物が提供され得る。プラスチックの種類としては、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリカーボネート、ポリスルホン、フルオロポリマー、ポリアミド、ポリジメチルシロキサン、ポリウレタン、ポリスルホン、ポリテトラフルオロエチレン、エラストマー等を挙げることができるが、これらに限定されない。該容器内のプラスチック表面は、親水処理がされていてもされていなくてもよい。
【0121】
本発明の水溶液は、LC-MS解析用の試料やペプチド標品、臨床用又は非臨床用のペプチド製剤等として有用である。
【0122】
本発明の水溶液についての各用語の定義は、特に断りのない限り、本発明の製造方法及び本発明の溶解促進剤について記載したものと同一である。
【0123】
4.ペプチド含有試料の調製方法
更なる局面において、本発明は、以下の工程を含むペプチド含有試料の調製方法(以下、「本発明の試料調製方法」と称する。)を提供する。
1)ペプチド及び2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)(LMNG)を含有するペプチド水溶液を提供すること、
2)得られたペプチド水溶液を、逆相カラムに付し、ペプチド及びLMNGを逆相カラムに吸着させること、及び
3)逆相カラムへのLMNGの吸着を維持したまま、逆相カラムから吸着したペプチドを溶出することにより、ペプチドからLMNGを除去すること。
ペプチド含有試料を調製する過程において、ペプチド水溶液を提供するにあたり、該水溶液にLMNGを含有させることにより、溶液中のペプチドの容器への吸着が抑制され、ペプチドの損失を回避することができる。またLMNGは逆相カラムへ強く吸着し、ペプチドとは溶出条件が大きく離れていて、逆相カラムから疎水性ペプチドを含む殆どのペプチドを溶出し得る溶出条件で逆相カラムからペプチドを溶出しても、LMNGはカラム内で保持されるため、逆相カラムによる脱塩工程におけるペプチドの損失を回避しながら、ペプチドからLMNGを用意に分離することができる。LMNGは、ペプチドの容器への吸着等による損失を効果的に抑制し、且つ逆相カラムによりペプチドから容易に除去することができるので、微量のペプチド含有試料、例えば、LC-MS分析用のペプチド含有試料の調製に有用である。
【0124】
本発明の試料調製方法においては、まず、LMNGを含有するペプチド水溶液を提供する。ペプチドは、単一種のペプチドであっても、複数種のペプチドの混合物であってもよい。一態様において、ペプチドは複数種のペプチドの混合物であり、少なくともその一部に、長鎖ペプチド(例えば、11アミノ酸以上、12アミノ酸以上、13アミノ酸以上、14アミノ酸以上、15アミノ酸以上、又は20アミノ酸以上の長さを有するペプチド)を含む。該長鎖ペプチドの長さの上限は、例えば、100アミノ酸以下、80アミノ酸以下、60アミノ酸以下、50アミノ酸以下、40アミノ酸以下、又は30アミノ酸以下であり得る。ペプチド混合物中の長鎖ペプチドの割合(分子数の割合)は、特に限定されないが、例えば、0.1%以上、1%以上、5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、又は50%以上であり得る。
【0125】
ペプチドの由来は、特に限定されず、生物材料から単離されたものでも、化学的に合成されたものでも、遺伝子組換技術により発現させた組換体であってもよい。一態様において、本発明の調製方法において水性溶媒中に溶解するペプチドは、タンパク質を含有する生物試料をタンパク質分解酵素(例、トリプシン)で限定的に消化することにより得られるペプチド混合物である。そのようなペプチド混合物には、長さや疎水性が異なる多様なペプチドが含まれているが、本発明の調製方法においては、LMNGの添加によりペプチドの容器への吸着が抑制され、また、逆相カラム精製において、LMNGの逆相カラムへの吸着を維持したまま、長鎖ペプチドや疎水性ペプチドを含む殆どのペプチドを溶出することができるので、試料中のペプチドの多様性を維持したまま、高い収率でペプチド混合物を精製することができる。
【0126】
工程1におけるペプチド水溶液は、プラスチック表面を有する容器に収容された状態で提供されてもよい。水溶液中のペプチドのプラスチック表面への吸着がLMNGにより効果的に抑制され得る。プラスチックの種類としては、上記1の項で記載したものを挙げることができる。容器内のプラスチック表面は、親水処理がされていてもされていなくてもよい。親水処理とは、容器内のプラスチック表面に水酸基やカルボキシル基等の親水基を付加する処理を意味する。
【0127】
ペプチド水溶液には、界面活性剤としてLMNGのみを含有させてもよいし、LMNGと1種以上の他の界面活性剤(例えば、上述のいずれかの糖系非イオン界面活性剤)とを組み合わせて、含有させてもよい。後述する逆相カラム処理により界面活性剤をペプチドから効果的に分離するため、好ましくは、ペプチド水溶液は、界面活性剤としてLMNGのみを含有する。
【0128】
ペプチド水溶液には、ペプチド、LMNG及び水以外の追加的成分が含まれていてもよい。例えば、緩衝剤、塩(無機塩又は有機塩)、アミノ酸等がペプチド水溶液に含まれ得る。LC-MS等での解析用のペプチド含有試料を調製する場合には、該解析を阻害したり、解析装置を汚染する可能性のある成分の含有は避けることが好ましい。
【0129】
ペプチド水溶液に含有されるLMNGの濃度は、ペプチドの容器への吸着を抑制する濃度であり得るが、例えば、0.00125 %(w/w)以上、0.0025 %(w/w)以上、0.005 %(w/w)以上、又は0.01 %以上である。
【0130】
ペプチド水溶液に含有されるLMNGの濃度の上限値を一義的に設けることはできないが、
ペプチドの容器への吸着抑制は、LMNGによるミセルの形成を必要とせず、臨界ミセル濃度(CMC)を下回る濃度のLMNGであっても、ペプチドの容器への吸着を抑制することができる。一態様において、ペプチド水溶液に含有されるLMNGの濃度は、LMNGのCMCを下回る。LMNGは、後述の逆相カラム処理によりペプチドから除去することができるので、LC-MS等で解析するためのペプチド含有試料を製造する場合、解析装置の汚染を回避することができる。一態様において、ペプチド水溶液に含有されるLMNGの濃度は、0.04 %(w/w)以下である。
【0131】
一態様において、本発明の調製方法は、LMNGを含有する水性溶媒に溶解したタンパク質をタンパク質分解酵素で限定分解することにより、ペプチド及びLMNGを含有するペプチド水溶液を得ることを含んでいてもよい。
【0132】
タンパク質の種類は、特に限定されないが、例えば、細胞や組織のライセート、血清、エクソソーム等のタンパク質含有試料を適宜使用することができる。タンパク質は、免疫沈降物等のアフィニティ精製産物であってもよい。タンパク質は、LC-MSでの解析のため、システイン残基をDTTやTCEP等の還元試薬とヨードアセトアミド等のアルキル化試薬を用いて、還元アルキル化処理したものであってもよい。タンパク質は、リン酸化、ビオチン化、メチル化、アセチル化、グリコシル化、ユビキチン化等の修飾を施されたものであってもよい。
【0133】
タンパク質分解酵素としては、特に限定されないが、例えば、トリプシン、Glu-C、Lys-N、Lys-C、Asp-N、キモトリプシン等を使用することができる。
【0134】
酵素消化を行う際のタンパク質水溶液中のLMNG濃度(即ち、タンパク質を溶解するためのLMNGを含有する水性溶媒中のLMNG濃度)は、タンパク質の容器への吸着を抑制する濃度であり得るが、例えば、0.00125 %(w/w)以上、0.0025 %(w/w)以上、0.005 %(w/w)以上、又は0.01 %(w/w)以上である。タンパク質水溶液に含有されるLMNGの濃度の上限値を一義的に設けることはできないが、タンパク質の容器への吸着抑制は、LMNGによるミセルの形成を必要としない。一態様において、タンパク質水溶液に含有されるLMNGの濃度は、LMNGのCMCを下回る。一態様において、タンパク質水溶液に含有されるLMNGの濃度は、0.04 w/w%以下である。
【0135】
タンパク質水溶液には、タンパク質、LMNG、タンパク質分解酵素及び水以外の追加的成分が含まれていてもよい。例えば、タンパク質分解酵素による消化に適した緩衝剤、塩(無機塩又は有機塩)、カオトロピック剤、キレート剤等がタンパク質水溶液に含まれ得る。例えば、トリプシン消化に適した緩衝剤として、Tris-HCl、重炭酸アンモニウム、重炭酸トリエチルアンモニウム(TEAB)等を挙げることができる。塩としては、NaCl等を挙げることができる。カオトロピック剤としては、尿素、チオ尿素等を挙げることができる。LC-MS等での解析用のペプチド含有試料を調製する場合には、該解析を阻害したり、解析装置を汚染する可能性のある成分の含有は避けることが好ましい。
【0136】
ペプチド水溶液を逆相カラムで処理する前に、アフィニティクロマトグラフィーに付して、特定のペプチドを濃縮することにより、アフィニティ濃縮されたペプチド及びLMNGを含むペプチド水溶液を得てもよい。アフィニティクロマトグラフィーとしては、固定化金属アフィニティクロマトグラフィー、アビジン又はストレプトアビジンアフィニティクロマトグラフィー等を挙げることができるがこれらに限定されない。固定化金属アフィニティクロマトグラフィーには、固定化金属イオンアフィニティクロマトグラフィー及び酸化金属アフィニティクロマトグラフィーが包含される。例えば、ペプチドがリン酸化ペプチドを含む場合、ペプチド水溶液をFe3+等の金属イオンを搭載した固定化金属イオンアフィニティクロマトグラフィー(IMAC)やTiO2等の酸化金属を搭載した酸化金属アフィニティクロマトグラフィーに付すことにより、リン酸化ペプチドを濃縮してもよい。また、ペプチドがビオチン化ペプチドを含む場合、ペプチド水溶液をアビジン又はストレプトアビジンアフィニティクロマトグラフィーに付すことにより、ビオチン化ペプチドを濃縮してもよい。ペプチド水溶液がLMNGを含むことにより、アフィニティカラムへのペプチドの非特異的付着が抑制され、アフィニティ濃縮されたペプチド(例、リン酸化ペプチド、ビオチン化ペプチド)の回収量が増加する。なお、このアフィニティ精製を行う場合には、LMNGを添加した溶出液を用い、アフィニティ濃縮されたペプチド(例えば濃縮されたリン酸化ペプチドやビオチン化ペプチド)及びLMNGを含有するペプチド水溶液として回収することが好ましい。
【0137】
次に、得られたペプチド水溶液を、逆相カラムに付す。これにより、ペプチド及びLMNGが逆相カラムに吸着する。また、逆相カラム処理によりペプチド水溶液が脱塩され、ペプチド水溶液中の塩、緩衝剤、カオトロピック剤等が除去される。逆相カラムとしては、オクタデシル基(C18)、オクチル基(C8)、ブチル基(C3)、フェニル基、シアノプロピル基等の疎水基を固相担体(例えば、シリカゲル)へ結合したカラム、スチレン-ジビニルベンゼン(SDB)コポリマーカラム等を挙げることができるが、これらに限定されない。逆相カラムは、好ましくは、オクタデシル基(C18)を固相担体(例えば、シリカゲル)へ結合したカラム(C18カラムという)又はSDBコポリマーカラムである。市販の逆相カラムを使用することができ、EVOSEP ONEやSDB-STAGEチップ等の市販のキットを使用してもよい。
【0138】
次に、逆相カラムから吸着したペプチドを溶出する。LMNGはペプチドよりも、逆相カラムへの親和性が高いので、逆相カラムへのLMNGの吸着を維持したまま、逆相カラムから吸着したペプチドを溶出して、ペプチドからLMNGを除去することができる。ペプチドの溶出に用いる溶媒は、通常、アセトニトリル、メタノール、テトラヒドロフラン、イソプロパノール、アセトン等の有機溶媒と水との混合溶媒である。プロトン化を促進するため、水には、トリフルオロ酢酸、ギ酸、酢酸、塩酸等の酸を添加することが好ましい。酸の濃度は、通常、0.05~0.2%(v/v)である。溶出するペプチドへのLMNGの混入を最小化するため、ペプチド溶出に用いる溶出液の極性は、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=50/50(v/v)混合液相当以上とすることが好ましく、例えば、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=40/60(v/v)混合液相当以上、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=38/62(v/v)混合液相当以上、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=37/63(v/v)混合液相当以上である。一方、逆相カラムへのペプチドの残存を最小化してペプチドの回収率を高める観点からは、ペプチド溶出に用いる溶出液の極性は低い方がよく、通常、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=30/70(v/v)混合液相当以下、好ましくは、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=32/68(v/v)混合液相当以下、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=34/66(v/v)混合液相当以下、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=35/65(v/v)混合液相当以下、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=36/64(v/v)混合液相当以下である。一態様において、溶出液の極性を、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=30/70(v/v)混合液相当以下、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=50/50(v/v)混合液相当以上とする。一態様において、溶出液の極性を、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=30/70(v/v)混合液相当以下、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=40/60(v/v)混合液相当以上とする。一態様において、溶出液の極性を、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=30/70(v/v)混合液相当以下、アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=38/62(v/v)混合液相当以上とする。EVOSEP ONEにおいて使用するC18カラムからの標準的な溶出液はアセトニトリル/0.1%(v/v) ギ酸水溶液=35/65(v/v)混合液である。溶出液の極性は、各溶媒に固有の「Snyderの極性パラメーター」と溶媒の混合比率に基づき算出することができる。また、本明細書において、「アセトニトリル/0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液=30/70(v/v)混合液」とは、30容量相当のアセトニトリルと、70容量相当の0.1%(v/v) トリフルオロ酢酸水溶液とを混合することにより得られる混合液を意味し、他の混合液についても同様に解釈する。
【0139】
この逆相カラム処理により、LMNGをペプチドから除去し、精製されたペプチド含有試料を得ることができる。このペプチド含有試料は、LC-MS解析用に有用であり、溶出されたペプチドを乾燥し(例えば、プラスチック表面を有する容器内で乾燥し)、乾燥ペプチドを水で再溶解することにより、LC-MS解析に供することができる。
【0140】
従って、一態様において、本発明の調製方法は、以下の工程を含むペプチドの同定方法とも捉えることができる:
1)ペプチド及び2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)(LMNG)を含有するペプチド水溶液を提供すること、
2)得られたペプチド水溶液を、逆相カラムに付し、ペプチド及びLMNGを逆相カラムに吸着させること、
3)逆相カラムへのLMNGの吸着を維持したまま、逆相カラムから吸着したペプチドを溶出することにより、ペプチドからLMNGを除去すること、
4)溶出したペプチドを乾燥させて、乾燥ペプチドを得ること、
5)得られた乾燥ペプチドを水で溶解し、ペプチド水溶液を得ること、及び
6)得られたペプチド水溶液を、LC-MS解析に供し、MS解析結果に基づきペプチドを同定すること。
【0141】
また、一態様において、本発明の調製方法は、以下の工程を含むタンパク質含有試料中のタンパク質の同定方法(タンパク質プロファイルの解析方法、プロテオーム解析方法)とも捉えることができる:
1)タンパク質含有試料中のタンパク質をLMNGを含有する水性溶媒に溶解し、タンパク質分解酵素で限定分解することにより、ペプチド及びLMNGを含有するペプチド水溶液を得ること、
2)得られたペプチド水溶液を、逆相カラムに付し、ペプチド及びLMNGを逆相カラムに吸着させること、
3)逆相カラムへのLMNGの吸着を維持したまま、逆相カラムから吸着したペプチドを溶出することにより、ペプチドからLMNGを除去すること、
4)溶出したペプチドを乾燥させて、乾燥ペプチドを得ること、
5)得られた乾燥ペプチドを水で溶解し、ペプチド水溶液を得ること、及び
6)得られたペプチド水溶液を、LC-MS解析に供し、MS解析結果に基づき、ペプチドを同定すること、及び
7)同定されたペプチドに基づき、タンパク質含有試料中のタンパク質を同定すること。
【0142】
また、乾燥ペプチドの溶解を、上記本発明の製造方法により行うことにより、乾燥ペプチドの溶解を促進し、乾燥ペプチドの再溶解段階におけるペプチドの損失を抑制することにより、LC-MSにおけるペプチドやタンパク質の同定数を更に向上させることができる。即ち、本発明は、以下の工程を含むペプチド含有試料の調製方法をも提供する:
1.ペプチド及びLMNGを含有するペプチド水溶液を提供すること、
2、得られたペプチド水溶液を、逆相カラムに付し、ペプチド及びLMNGを逆相カラムに吸着させること、
3.逆相カラムへのLMNGの吸着を維持したまま、逆相カラムから吸着したペプチドを溶出することにより、ペプチドからLMNGを除去すること、
4.溶出したペプチドを乾燥させて、乾燥ペプチドを得ること、及び
5.得られた乾燥ペプチドを、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む水性溶媒中に溶解することにより、ペプチド水溶液を得ること。
【0143】
一態様において、本発明は、以下の工程を含むペプチドの同定方法をも提供する:
1)ペプチド及び2,2-ジデシルプロパン-1,3-ビス-β-D-マルトピラノシド(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)(LMNG)を含有するペプチド水溶液を提供すること、
2)得られたペプチド水溶液を、逆相カラムに付し、ペプチド及びLMNGを逆相カラムに吸着させること、
3)逆相カラムへのLMNGの吸着を維持したまま、逆相カラムから吸着したペプチドを溶出することにより、ペプチドからLMNGを除去すること、
4)溶出したペプチドを乾燥させて、乾燥ペプチドを得ること、
5)得られた乾燥ペプチドを、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む水性溶媒中に溶解することにより、ペプチド水溶液を得ること、及び
6)得られたペプチド水溶液を、LC-MS解析に供し、MS解析結果に基づきペプチドを同定すること。
【0144】
また、一態様において、本発明は、以下の工程を含むタンパク質含有試料中のタンパク質の同定方法(タンパク質プロファイルの解析方法、プロテオーム解析方法)をも提供する:
1)タンパク質含有試料中のタンパク質をLMNGを含有する水性溶媒に溶解し、タンパク質分解酵素で限定分解することにより、ペプチド及びLMNGを含有するペプチド水溶液を得ること、
2)得られたペプチド水溶液を、逆相カラムに付し、ペプチド及びLMNGを逆相カラムに吸着させること、
3)逆相カラムへのLMNGの吸着を維持したまま、逆相カラムから吸着したペプチドを溶出することにより、ペプチドからLMNGを除去すること、
4)溶出したペプチドを乾燥させて、乾燥ペプチドを得ること、
5)得られた乾燥ペプチドを、少なくとも1種の糖系非イオン界面活性剤を含む水性溶媒中に溶解することにより、ペプチド水溶液を得ること、及び
6)得られたペプチド水溶液を、LC-MS解析に供し、MS解析結果に基づき、ペプチドを同定すること、及び
7)同定されたペプチドに基づき、タンパク質含有試料中のタンパク質を同定すること。
【0145】
本発明の試料調製方法についての各用語の定義は、特に断りのない限り、本発明の製造方法、本発明の溶解促進剤及び本発明の水溶液について記載したものと同一である。
【0146】
刊行物、特許文献等を含む、本明細書に引用されたすべての参考文献は、引用により、それらが個々に具体的に参考として援用されかつその内容全体が具体的に記載されているのと同程度まで、本明細書に援用される。
【0147】
以下に、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
【実施例0148】
[実施例1] DDM溶液による乾燥ペプチド混合物の溶解
(材料と方法)
乾燥ペプチド混合物
100 μgのK562細胞トリプシン消化物(CAT# V6951, Promega, Madison, WI, USA)を0.1% トリフルオロ酢酸(TFA)を含む50% アセトニトリル(ACN)で50 ng/μLに調整し、通常のチューブ(1.5 ml safe-lock tube, CAT# 0030120086, Eppendorf, Hamburg; Germany)、通常のポリプロピレン(PP)バイアル(CAT# C5000-97, Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, USA)または親水性バイアル(ProteoSave vial, CAT# 11-19-1021-10, AMR Inc,東京, 日本)に10 μLずつ分注した。これらの試料を遠心エバポレーター(miVac Duo concentrator, Genevac Ltd., Ipswich, UK)内で乾燥し、25 μLの0.1% TFAを含む2% ACNまたは0.005-0.04% DDMに再溶解させた。
【0149】
免疫共沈降(coIP)およびビーズ上での消化
HeLa細胞を、プロテアーゼ阻害剤(CAT# 5892791001, cOmplete ULTRA Tablets, Sigma-Aldrich, MO, USA)およびホスファターゼ阻害剤(CAT# 4906837001, PhosSTOP Tablets, Sigma-Aldrich)を含むIP溶解バッファー(Pierce IP Lysis Buffer: CAT# 87788, Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, USA)と30秒間混合し、氷中で30分間インキュベーションした。その後、細胞溶解液を18,000g、4℃で30分間遠心分離し、上清を回収した。BCA protein assay kit (CAT# 23225, Thermo Fisher Scientific)を用いてタンパク質抽出液中のタンパク質濃度を測定し、IP溶解バッファーで2 μg/μLに調整した。
【0150】
HeLa細胞溶解液からの共免疫沈降(IP)は、自動化されたTANBead Maelstrom 8(TANBead, Taipei, Taiwan)を用いて実施した。Co-IP用ビーズとしてSera-Mag SpeedBeads Protein A/G Magnetic Particles(CAT# 171521040150, Cytiva, Uppsala, Sweden)を、抗体として抗RELA(NF-κB p65)抗体(CAT# ab16502, Abcam, Cambridge, MA, USA)をそれぞれ使用した。免疫沈降用ビーズを調製するために、1.5 μLのビーズスラリーを500 μLの0.05% Tween20含有トリス緩衝生理食塩水(TBST)で1回洗浄した。次に、4 μgの抗RELA抗体を含む200 μLのTBST中で30分間室温でビーズを混合し、500 μLのTBSTで2回洗浄して結合していない抗体を除去することにより、抗RELA抗体をビーズ上に捕捉した。その後、200 μLのHeLa細胞ライセート(2μg/μL)をビーズに加え、転倒混和しながら室温で60分間インキュベートし、500 μLのIP溶解バッファーで2回、500 μLのTBSTで1回、そして500 μLの50 mM Tris-HCl(pH 8.0)で1回洗浄を行った。ビーズに100 μLの50 mM Tris-HCl(pH8.0)を加え、既報の手順に若干の修正を加えてビーズ上での消化を行った(Nat Cell Biol 2018, 20 (1), 81-91)。簡潔に言うと、ビーズに500 ngのtrypsin/Lys-C Mix (CAT# V5072, Promega, Madison, WI, USA)を加え、37℃で一晩穏やかに混合することにより、タンパク質を消化した。その後、磁気スタンド(EpiMag HT (96-Well) Magnetic Separator, EpiGentek, Brooklyn, NY, USA)を用いて消化された試料からビーズを凝集し、上清を回収した。回収した試料を20 mM tris(2-carboxyethyl)phosphineで80℃にて10分間処理し、35 mM ヨードアセトアミドを用いて遮光しながら室温で、30分間アルキル化処理を行った。その後、アルキル化した試料を20 μLの5%トリフルオロ酢酸(TFA)で酸性化し、STAGEチップ(CAT# 7820-11200, GL Sciences Inc, Tokyo, Japan)を用いて製造者のプロトコルに従って脱塩し、遠心エバポレーター(miVac Duo concentrator, Genevac Ltd., Ipswich, UK)で乾燥させた。乾燥した試料を12 μLの0.1% TFAを含む2% ACNまたは0.02% DDMに再溶解し、通常のPPバイアル(Thermo Fisher Scientific)に移した。試料は2.5 μLずつLC-MS/MSに注入した。
【0151】
LC-MS/MS
再溶解したペプチドを75 μm×12 cmのnanoLC ナノキャピラリーカラム(日京テクノス株式会社, Tokyo, Japan)に40℃で直接注入し、0分 8% B、60分 44% B(coIP-MS用)及び0分 6% B、60分 48% B(cpIP-MS以外用)からなる60分間のグラジエント(A=0.1% FA in water、B=0.1% FA in 80% ACN)でUltiMate 3000 RSLCnano LC system (Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, USA)を用いて、流速 150 nl/minで分離した。カラムから溶出したペプチドをOrbitrap Exploris 480(Thermo Fisher Scientific)で、DDA及びオーバーラッピングウィンドウDIAにより分析した(J Am Soc Mass Spectrom 2019, 30 (4), 669-684)。DDAは、オートゲインコントロール(AGC)ターゲットを3×106、最大注入時間を100 msecに設定し、分解能60,000で、380-1,240 m/zの範囲でMS1スペクトルを収集した。8.0×103を超える電荷状態2+から6+の最も強いイオン40個を、規格化衝突エネルギー30%の衝突誘起解離で解離させた。AGC目標値を1×105に、最大注入時間を50 msecに設定し、分解能15,000で200 m/z以上の範囲でMS2スペクトルを収集した。動的排除時間は20秒とした。オーバーラッピングウィンドウDIAでは、MS1スペクトルを495-905 m/zの範囲で、分解能30,000で収集し、自動利得制御目標値を3×106、最大注入時間を55 msecに設定した。MS2スペクトルは、200-1,800 m/zの範囲で、分解能30,000で収集し、自動利得制御目標を3×106、最大注入時間を“auto”、段階的正規化衝突エネルギーを28%に設定した。MS2の分離幅は8 m/zに設定し、500-900 m/zのオーバーラップウィンドウパターンには、Xcalibur 4.4(Thermo Fisher Scientific)で最適化したウィンドウ配置を使用した。
【0152】
DDA-MSファイルは、ヒトUniProt 参照プロテオーム(Proteoem ID UP000005640, review, canonical; 20,381 entries)と照合して検索した。DDA-MSファイルには、Proteome Discoverer 2.5 (Thermo Fisher Scientific) 検索エンジンを、Sequest HT及びPercolatorと共に使用した。設定パラメータは以下の通り:
Enzyme Trypsin
Maximum missed cleavage sites 3
Precursor mass tolerance 10 ppm
Fragment mass tolerance 0.02 Da
Static modification Cysteine carbamidomethylation
Dynamic modification Methionine oxidation
DIA-MS ファイルは、既報の通り、Scaffold DIA (Proteome Software, Inc., Portland, OR, USA)を用いてin silicoヒトスペクトルライブラリに対して検索した(J Proteome Res 2022, 21 (5), 1340-1348)。
【0153】
データ分析
Perseus v1.6.15.0を用いて、主成分分析(PCA)、及び階層型クラスタリングによるピアソン相関係数ヒートマップ分析を行った(Nat Methods 2016, 13 (9), 731-740)。
【0154】
(結果および考察)
DDMによる乾燥ペプチドの溶解
DDM溶液による乾燥ペプチドの回収率の変化を明らかにするため、ペプチドの損失が起こりやすい乾燥トリプシン分解ペプチドを少量(500 ng)調製した。乾燥ペプチドを、界面活性剤を含まない一般的な2% ACN-0.1% TFA、及び0.005-0.04% DDMに溶解し、DDA-LC-MS/MS分析に供した。0.005-0.04% DDMと比較して、2% ACN-0.1% TFAは保持時間40分より後におけるピーク強度が明らかに低く(
図2A)、同定されたタンパク質群数、ペプチド数ともに少なかった(
図2B)。2% ACN-0.1% TFAで同定されたタンパク質群およびペプチドの数が少ない主な理由は、保持時間40分より後に同定されたペプチドの数が明らかに減少していることに他ならない(
図2C)。各溶液で同定されたペプチドの長さを調べたところ、2% ACN-0.1% TFAとDDM溶液のペプチド同定数の差は、ペプチドが長くなるにつれて大きくなった(
図2D)。このように、DDMの使用は主に長いペプチドの回収率を向上させることが明らかとなった。また、DDM濃度に関して若干差はあるものの、0.02%が最も多くのタンパク質群およびペプチドを同定できたことから、以降の試験では、乾燥ペプチドの溶解に0.02% DDM溶液を用いた。
【0155】
親水性バイアルによる乾燥ペプチドの回収率の変化
親水性コートしたバイアルでの乾燥ペプチドの回収率を評価した。500 ngのトリプシン分解ペプチドを親水性コートしたバイアルまたは通常のPPバイアル中で乾燥し、2% ACN-0.1% TFAまたは0.02% DDMに溶解し、DIA-LC-MS/MS分析を行い、定量評価した。同定されたペプチドの数は、2% ACN-0.1% TFAで溶解した場合、親水性コートしたバイアルで多く、0.02% DDMで溶解した場合、親水性コートしたバイアルでわずかに少なかった(
図3A)。バイアルによらず、2% ACN-0.1% TFA溶解に比べ、0.02% DDM溶解ではより多くのペプチドが同定された。ペプチド強度については、通常バイアルで0.02% DDMによる溶解、親水性バイアルで0.02% DDMによる溶解、親水性バイアルで2% ACN-0.1% TFAによる溶解、通常バイアルの順で2% ACN-0.1% TFAによる溶解ピーク強度が強く、長いペプチドほど差が顕著だった(
図3B)。次に、タンパク質強度レベルによるクラスタ解析では、DDMではバイアル間でクラスタが分離しないのに対し、2% ACN-0.1% TFAではバイアル間でクラスタが分離し、親水性バイアルでの2% ACN-0.1% TFAの場合はDDMによる溶解の場合により近いことが示された(
図3C)。タンパク質強度による主成分分析でも同様の傾向が確認された(
図3D)。ペプチドレベル分析、タンパク質レベル分析ともに、2% ACN-0.1% TFAでの溶解に親水性バイアルを使用することで乾燥ペプチドの回収率が向上することが示された。一方、0.02% DDMでの溶解では、ペプチドレベルの分析において親水性バイアルの使用によりペプチドの回収率が若干低下したが、タンパク質レベルの分析では両バイアルに差はなかった。バイアル差以上に,ペプチド回収における0.02% DDMの使用の有無の寄与が非常に大きく、0.02% DDM使用には通常のバイアルで十分であることが示された。親水性コーティングを施したバイアルやチューブは高価であり、安価なDDMで溶解することで、通常のPPバイアルやチューブでも高いペプチド回収率を維持できるため、コスト面で有利である。DDMは揮発性溶媒でないためMS装置を汚染するリスクがあるが、半年間DDMを使用しているものの、2% ACN-0.1% TFAを使用していた時と比べてMS装置の洗浄ペースは変わらない。0.02%という低濃度のDDMを使用することで、MS装置へのコンタミネーションがより少なくなっている可能性が考えられる。
【0156】
coIP-MSに対するDDMの効果
転写因子などの存在量の少ないタンパク質と結合状態にあるタンパク質はさらに微量であるため、このような存在量の少ないタンパク質についてcoIP-MSにより相互作用物質を検索することを困難にしていた。ここでは、coIP-MSで微量な相互作用物質を観察するために、ペプチドを逆相スピンカラムで脱塩し、遠心エバポレーターで乾燥させた後、DDMに溶解させることを試みた。coIPでは、転写因子のRELA(NF-κB p65)に対する抗体を用い、HeLaライセートと反応させた。
図4Aは、RELAに対するcoIPで得られた乾燥トリプシン分解ペプチドを2% ACN-0.1% TFA及び0.02% DDMのそれぞれに溶解し、DIA-LC-MS/MS分析を行ったTICクロマトグラムを示す(
図4A)。
図2Aの結果と同様に、0.02% DDMで溶解したものは、2% ACN- 0.1% TFAで溶解したものと比べ、LCの保持時間の後半で明らかにピーク強度が高かった。また、同定されたタンパク質群やペプチドの数も0.02% DDMの方が多かった(
図4B)。さらに、同定されたタンパク質群に含まれる既知のRELA相互作用物質の数に関しても、0.02% DDMの方が多かった(
図4C)。これらの結果から、乾燥ペプチドを溶解する溶媒を0.02% DDMに変更するだけで、より多くの相互作用物質が観測されることが示された。また、RELA及びRELAのよく知られた相互作用因子(NFKB1、NFKB2、NFKBIA、NFKBIB、及びCREBBP)のタンパク質強度を調べたところ、すべてのタンパク質で0.02% DDMでの溶解時にタンパク質強度が高く、RELAに対するcoIP-MSにおいて重要タンパク質の回収率を改善させることができると考えられた(
図4D)。このように、coIP-MSにおいて乾燥ペプチドをDDMに溶解することは、ペプチドの回収率を向上させ、多くの相互作用因子を観測するために非常に有効であった。DDMは、他のプロテオミクス的アプローチ、特に微量試料を扱う場合の乾燥ペプチドの回収率を向上し得る。
【0157】
(結論)
乾燥ペプチドの回収率向上のために、DDM溶液の効果を検討した。DDMの使用により、長鎖ペプチドの回収率が大幅に改善された。さらに、DDMを用いることで、高価な親水性コートしたバイアルを用いることなく、通常のPPバイアル内にペプチドを高回収することができた。本手法をRELAのcoIP-MS解析に適用し、ペプチド回収率の向上と多くの相互作用因子の観測が可能であることが示された。乾燥ペプチドを溶解する溶媒をDDM溶液に変えるだけで、特に長鎖ペプチドの回収率が向上するため、様々なプロテオミクスアプローチに容易に適用し得る。
【0158】
[実施例2] 様々な糖系非イオン界面活性剤溶液による乾燥ペプチド混合物の溶解
実施例1と同様に、乾燥ペプチド混合物400 ngを、0.00125-0.04%の様々な糖系非イオン界面活性剤溶液20μLで溶解し、得られたペプチド溶液の2.5 μLをLC-MS/MSで分析した。評価した糖系非イオン界面活性剤を表2に示す。
【0159】
【0160】
LC-MS/MSで同定できたペプチドの数を表3及び
図5に示す。
【0161】
【0162】
乾燥ペプチド混合物を0.04%の各糖系非イオン界面活性剤溶液で溶解すると、いずれの糖系非イオン界面活性剤を用いた場合でも、2% ACN-0.1% TFAと比較して、同定されたペプチド数が向上したことから(
図5)、糖系非イオン界面活性剤は、乾燥ペプチド混合物の溶解を促進する効果があることが示された。界面活性剤濃度を0.0025%まで低下させても、
A(n-ドデシル-β-D-マルトシド)、
B(n-ウンデシル-β-D-マルトシド)、
F(3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド)、
G(デシルマルトースネオペンチルグリコール)、
H(ラウリルマルトースネオペンチルグリコール)、
I(オクチルグルコースネオペンチルグリコール)及び
J(トレハロースC12)
は、高いペプチド同定数を維持した(表3)。特にFの界面活性剤(3-オキサトリデシル-α-D-マンノシド)は、高いペプチド同定数を示した(表3)。
【0163】
[実施例3] 2種の界面活性剤の組み合わせによる乾燥ペプチド混合物溶解性の促進
実施例2において、0.005%の濃度でペプチド同定数の多かった上位6種の界面活性剤(A, F, G, H, I, J)を選択し、その中の2つを組み合わせた時の乾燥ペプチド混合物の溶解性に対する効果を評価した。各界面活性剤の最終濃度が0.005%、2種の界面活性剤の合計濃度が0.01%となるように、2種の界面活性剤の混合物の水溶液を調製した。実施例2と同様に、乾燥ペプチド混合物400 ngを各界面活性剤溶液20 μLで溶解し、得られたペプチド溶液の2.5 μLをLC-MS/MSで分析し、ペプチド同定数を比較した。結果を表4に示す。
【0164】
【0165】
各界面活性剤を0.01%の濃度で単独で用いた場合(表3)よりも、0.01%の合計濃度で2つの界面活性剤を組み合わせた場合(A-G, A-H, A-I, A-J, F-G, F-I, F-J, G-H, G-I, G-J, H-I, I-J)の方が、ペプチド同定数が多いことから(表4)、2つの糖系非イオン界面活性剤を組み合わせることにより、乾燥ペプチドの溶解性を相乗的に向上させることが示唆された。特に、A-J、J-I、G-I及びF-Gの組み合わせにおいて、ペプチド同定数がとりわけ多かった。この4つの界面活性剤の組み合わせについて、0.01%の濃度で、ペプチド同定数が多かった上位6種の界面活性剤(A, B, F, G, I, J)とペプチド同定数を比較した。表5に結果を示す。
【0166】
【0167】
その結果、A-Jの組み合わせが最もペプチド同定数が高く、乾燥ペプチドを溶解するために最適な界面活性剤の組み合わせであることが示唆された。
【0168】
[実施例4] LMNGによるペプチド損失の改善とその除去
(材料と方法)
界面活性剤のLC-MS測定
界面活性剤を75 μm×12 cmのnanoLCカラム(日京テクノス株式会社、東京、日本)に50℃で直接注入し、UltiMate 3000 RSLCnano LCシステム(Thermo Fisher Scientific)を用いて、0分5% B、25分95% B、30分95% Bからなる30分間のグラジエント(A= 0.1% FA in water, B = 0.1% FA in 80% ACN)により、流速300 nl/minで分離した。カラムから溶出したサンプルを、Q Exactive HF-X (Thermo Fisher Scientific)でDDAにより分析した。MS1スペクトルを100~1,500 m/zの範囲で60,000の分解能で収集し、自動利得制御(AGC)目標を1×106、最大注入時間を119 msecに設定した。各界面活性剤のモノアイソトピック質量(単一電荷)のMSクロマトグラムを得た。
FA: ギ酸
ACN: アセトニトリル
【0169】
LMNG、DMNGおよびDDMのSDB-STAGEチップの溶出条件
SDB-STAGEチップを0.1% TFA中80% ACN 25 μLで洗浄し、0.1% TFA中3% ACN 50 μLで平衡化した。次に、10 μLの0.001% LMNG、DMNGまたはDDMをチップにロードし、80 μLの0.1% TFA中3% ACNで洗浄し、50 μLの0.1% TFA中30% ACN、0.1% TFA中40% ACN、および0.1% TFA中50% ACNで段階的に溶出した。追加のDMNGサンプルを、0.1% TFA中30% ACN、0.1% TFA中32% ACN、0.1% TFA中34% ACN、0.1% TFA中36% ACN、0.1% TFA中38% ACN、および0.1% TFA中40% ACN 50 μLで段階的に溶出した。溶出液を遠心エバポレーター(miVac Duo concentrator, Genevac Ltd., Ipswich, UK)で乾燥した。乾燥したサンプルを200 μLのH2Oに再溶解し、通常のバイアル(CAT# C5000-97, Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, USA)に移した。
TFA: トリフルオロ酢酸
【0170】
HEK293T細胞からのタンパク質抽出
HEK293T細胞中のタンパク質を、4% ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を含有する100 mM Tris-HCl(pH 8.0)および20 mM NaCl中で、Bioruptor II(コスモバイオ、東京、日本)を用いた超音波処理により10分間抽出した。タンパク質抽出液中のタンパク質濃度をBCA protein assay kit (CAT# 23225, Thermo Fisher Scientific)を用いて測定し、4% SDSを含む100 mM Tris-HCl (pH 8.0) 及び20 mM NaClで500 ng/μLまたは5 ng/μLに調整した。
【0171】
ヒト血清からの細胞外小胞(EVs)の精製
ヒト血清EVsの精製は、MagCapture Exosome Isolation Kit PS Ver.2(和光純薬、大阪、日本)とMaelostrom 8 Autostage(TANBeads)を組み合わせたTim4-ホスファチジルセリン(PS)アフィニティ法により行った。即ち、250 μlのプールした健常人血清を3,000×g、4℃で20分間遠心し、200 μLの上清を新しいチューブに回収した。その後、上清にTBSを300 μL、Exosome Binding Enhancer(キットに付属)を1 μLそれぞれ加え、穏やかに混合した。Tim4-PSアフィニティ法用のビーズを調製するため、30 μlのExosome Capture Beads(キットに付属)を250 μlのExosome Immobilizing/Washing Buffer(キットに付属)で1回洗浄した。その後、ビーズを10 μlのビオチン標識Exosome Capture(250 μlのExosome Immobilizing/Washing Bufferで希釈)と混合し、1,000 rpmで10分間撹拌した。250 μlのExosome Immobilizing/Washing Bufferで2回洗浄した後、ビーズをサンプルに添加した。EVsをビーズに結合させるため、混合液を1,000 rpmで2時間撹拌し、250 μlのExosome Immobilizing/Washing Bufferで3回洗浄した。最後に、ビーズで捕捉したEVsを、4% SDSを含む100 mM Tris-HCl(pH 8.0)および20 mM NaClで溶出した。
【0172】
タンパク質消化
タンパク質ライセートと精製EVsを、20 mMトリス(2-カルボキシエチル)ホスフィンで80℃、10分間処理し、35 mMヨードアセトアミドを用いて室温で30分間、遮光しながらアルキル化し、TANBead Maelstrom 8(TANBead, Taipei, Taiwan)を用いたシングルポット固相強化サンプル調製(SP3)によるクリーンアップと消化に供した。簡潔には、2種類のSera-Mag SpeedBeadカルボキシレート修飾磁性粒子(親水性粒子、CAT# 45152105050250;疎水性粒子、CAT# 65152105050250;Cytiva, Marlborough, MA, USA)を使用した。これらのビーズを1:1(v/v)の比率で組み合わせ、蒸留水で2回洗浄し、8 μg固体/μLの濃度で蒸留水中に再構成した。その後、再構成ビーズ20 μLをアルキル化したタンパク質サンプルに加え、最終濃度が75%(v/v)になるように99.5%エチルアルコールを加え、5分間攪拌した。上清を捨て、ペレットを80%エチルアルコールで2回洗浄した。ビーズを100 μLの50 mM Tris-HCl(pH8.0)または0.02% LMNGを含有する50 mM Tris-HCl(pH8.0)に懸濁し、続いて500 ngのトリプシン/Lys-C Mix(CAT# V5072、Promega、Madison、WI、USA)を加え、37℃で一晩穏やかに混合してタンパク質を消化した。消化したサンプルを20 μLの5%トリフルオロ酢酸(TFA)で酸性化し、Bioruptor II(コスモバイオ社製)を用いて室温で5分間、高レベル超音波処理した。SDB-STAGEチップ(CAT# 7820-11200、GLサイエンス株式会社、東京、日本)またはEvotip Pure(CAT# EV2015、EVOSEP、オーデンセ、デンマーク)を用いてサンプルを脱塩した。SDB-STAGEチップを0.1% TFA中80% ACN 25 μlで洗浄し、続いて0.1% TFA中3% ACN 50 μlで平衡化した。次に、サンプルをチップにロードし、0.1% TFA中3% ACN 80 μlで洗浄し、0.1% TFA中50% ACNまたは0.1% TFA中36% ACN 50 μlで溶出した。溶出液を遠心エバポレーター(miVac Duo concentrator)で乾燥した。乾燥したサンプルを0.1% TFAまたは0.01% DMNGを含む2% ACN 8μLに再溶解し、通常のバイアルに移した。サンプルをLC-MS/MSに4μL注入した。Evotip Pureは製造者のプロトコールに従って使用した。簡潔には、チップを0.1% ギ酸(FA)中ACN 20μlで洗浄し、次いで20μlのACNで平衡化した。次に、サンプルをチップにロードし、0.1% FA中H2O 20μlで洗浄した。チップをLC-MS/MS測定まで0.1%のH2Oで満たした。
【0173】
Co-IPおよびオンビーズ消化
プロテアーゼ阻害剤(CAT# 5892791001, cOmplete ULTRA Tablets, Sigma-Aldrich, MO, USA)およびホスファターゼ阻害剤(CAT# 4906837001, PhosSTOP Tablets, Sigma-Aldrich)を含むIPライシスバッファー[Pierce IP Lysis Buffer (CAT# 87788, Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, USA)]をHeLa細胞に添加し、4℃で30分間混合した。その後、細胞ライセートを18,000g、4℃で30分間遠心分離し、上清を回収した。タンパク質抽出液中のタンパク質濃度をBCA protein assay kit (CAT# 23225, Thermo Fisher Scientific)を用いて測定し、IPライシスバッファーで2 μg/μLに調整した。HeLa細胞ライセートからの共免疫沈降(Co-IP)を、自動化されたTANBead Maelstrom 8(TANBead)を用いて実施した。Co-IP用ビーズにはSera-Mag SpeedBeads Protein A/G Magnetic Particles(CAT# 171521040150, Cytiva, Uppsala, Sweden)を、抗体には抗RELA(NF-κB p65)抗体(CAT# ab16502, Abcam, Cambridge, MA, USA)を用いた。免疫沈降用のビーズを調製するために、1.5 μLのビーズスラリーを、0.05% Tween20を含む500 μLのトリス緩衝生理食塩水(TBST)で1回洗浄した。次に、4 μgの抗RELA抗体を含有する200 μLのTBST中で、室温で30分間ビーズを混合し、500 μLのTBSTで2回洗浄して未結合の抗体を除去することにより、抗RELA抗体をビーズ上に捕捉した。次に、200 μLのHeLa細胞ライセート(2 μg/μL)をビーズに加え、エンドオーバーミキシングしながら室温で60分間インキュベートした後、500 μLのIPライシスバッファーで3回、500 μLの50 mM Tris-HCl(pH8.0)で2回洗浄した。ビーズに0.02% LMNGを含有する50 mM Tris-HCl(pH8.0)または50 mM Tris-HCl(pH8.0)100 μLを加え、続いて500 ngのトリプシン/Lys-C Mix(CAT#V5072、Promega)を加え、37℃で一晩穏やかに混合してタンパク質を消化した。その後、磁気スタンド(EpiMag HT (96-Well) Magnetic Separator, EpiGentek, Brooklyn, NY, USA)を用いて消化したサンプルからビーズを凝集させ、上清を回収した。回収したサンプルを20 mMトリス(2-カルボキシエチル)ホスフィンで80℃、10分間処理し、35 mMヨードアセトアミドを用いて、遮光しながら室温で30分間アルキル化した。その後、アルキル化したサンプルを10 μLの10% TFAで酸性化し(総容量120 μL)、SDB-STAGEチップを用いて脱塩した(溶出液:0.1% TFA中36% ACN)後、遠心エバポレーター(miVac Duo concentrator)で乾燥した。乾燥したサンプルを0.1% TFAまたは0.01% DMNGを含有する2% ACN 10μLに再溶解し、通常のバイアル(Thermo Fisher Scientific社製)に移した。サンプルをLC-MS/MSに1 μL注入した。
【0174】
典型的なLC-MS/MSによるDDA-MS
UltiMate 3000 RSLCnano LCシステム(Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, USA)を用いて、再溶解したペプチドを75 μm×12 cmのnanoLCナノキャピラリーカラム(日京テクノス株式会社、東京、日本)に50℃にて直接注入し、0分5% B、30分45% Bからなる30分のグラジエント(A = 0.1% FA in water, B = 0.1% FA in 80% ACN)により300nl/minの流速で分離した。カラムから溶出したペプチドを、Orbitrap Exploris 480(Thermo Fisher Scientific)でDDAにより分析した。MS1 スペクトルを380~1,240 m/zの範囲で60,000の分解能で収集し、自動利得制御(AGC)目標を3×106、最大注入時間を100 msecに設定した。8.0×103を超える電荷状態2+から5+の最も強いイオン50個を、28%の規格化衝突エネルギーで衝突誘起解離により断片化した。AGCターゲットを1×105、最大注入時間を“Auto”に設定し、15,000の分解能で200 m/z超の範囲でMS2スペクトルを収集した。動的排除時間は30秒に設定した。
【0175】
典型的なLC-MS/MSによるDIA-MS
再溶解したペプチドを75 μm×12 cmのnanoLCカラム(日京テクノス株式会社、東京、日本)に50℃にて直接注入し、UltiMate 3000 RSLCnano LCシステムを用いて、0分8% B、50分35% B、57分70% B、60分70% Bからなる60分間のグラジエント(A = 0.1% FA in water, B = 0.1% FA in 80% ACN)により、200nl/minの流速で分離した。カラムから溶出したペプチドを、Orbitrap Exploris 480を用いてDIAで分析した。MS1 スペクトルを495~905 m/zの範囲で15,000の分解能で収集し、自動利得制御目標を3×106、最大注入時間を23 msecに設定した。MS2 スペクトルを30000の分解能で200 m/z超の範囲で収集し、自動利得制御目標を3×106、最大注入時間を“auto”、規格化衝突エネルギーを26%に設定した。MS2の分離幅を8 m/zに設定し、500~900 m/zのウィンドウパターンには、Xcalibur 4.4(Thermo Fisher Scientific)で最適化されたウィンドウ配置を使用した。
【0176】
EVOSEP ONE LC-MS/MS
EVOSEP ONEシステム(EVOSEP)ならびにエレクトロスプレーイオン化XYZステージおよびカラムオーブン付きInSpIonシステム(AMR、東京、日本)を装備したOrbitrap Exploris 480マススペクトロメーター(Thermo Fisher Scientific、マサチューセッツ州ウォルサム、米国)を用いて、Evotip Pureサンプルを分析した。EVOSEP ONEは、Whisper 80 SPDメソッド(流速100 nl/min で15分間のグラジエント)を用いて取得した。消化ペプチドをAurora Rapid 75 C18キャピラリーカラム(5 cm×75 μm i.d.、粒子径1.7 μm;IonOpticks、VIC、オーストラリア)を用いて60℃で分離した。移動相AおよびBは、それぞれH2O中0.1% FAおよびACN中0.1% FAで構成した。カラムから溶出したペプチドをOrbitrap Exploris 480を用いてDIAで分析した。MS1スペクトルを645~775 m/zの範囲で7,500の分解能で収集し、自動利得制御目標を1×106、最大注入時間を10 msecに設定した。MS2スペクトルは、30000の分解能で200~1800m/zの範囲で収集し、自動利得制御目標を3×106、最大注入時間を“auto”、規格化衝突エネルギーを28%に設定した。MS2の分離幅は8 m/zに設定し、650~770 m/zのウィンドウパターンには、Xcalibur 4.4(Thermo Fisher Scientific)で最適化されたウィンドウ配置を使用した。
【0177】
MSデータからのタンパク質同定と定量分析
DDA-MS ファイルを、Proteome Discoverer 3.0 with Sequest HT and Percolator(Thermo Fisher Scientific)を用いて、ヒトタンパク質配列データベース(プロテオーム ID UP000005640、レビュー済み、正規、20,591 エントリ)に対して検索した。設定パラメータは以下の通り:
Enzyme Trypsin
Maximum missed cleavage sites 2
precursor mass tolerance 10 ppm
fragment mass tolerance 0.02 Da
static modification Cysteine carbamidomethylation
dynamic modification Methionine oxidation
【0178】
DIA-MS ファイルを、DIA-NN(バージョン:1.8.1、https://github.com/vdemichev/DiaNN)14 を用いて、in silico ヒトスペクトラルライブラリーに対しても検索した。まず、DIA-NNを用いて、ヒトタンパク質配列データベースからスペクトルライブラリーを作成した。スペクトルライブラリー作成のパラメータは以下の通り:
Digestion enzyme Trypsin
Missed cleavages 1
Peptide length range 7-45
Precursor charge range 2-4
Precursor m/z range 395-1005
fragment ion m/z range 200-1800
FASTA digest for library-free search/library generation Enabled
Deep learning-based spectra, RTs, and IMs prediction Enabled
n-term M excision Enabled
C carbamidomethylation Enabled
【0179】
DIA-NNの検索パラメータは以下の通り:
Mass accuracy 10 ppm (15ppm with Evosep One);
MS1 accuracy 10 ppm (15ppm with Evosep One)
Protein inference Genes
Neural network classifies Single-pass mode
Quantification strategy Robust LC (high precision)
Cross-run normalization Off
Unrelated runs Enabled
Use isotopologues Enabled
Heuristic protein inference Enabled
No shared spectra enabled Enabled
【0180】
MBRは、タンパク質と前駆体の同定を検索するときはオフにし、定量分析ではオンにした。タンパク質同定の閾値は、前駆体およびタンパク質のFDRともに1%以下に設定した。
【0181】
リン酸化プロテオミクス
100μgのペプチド消化物を80% ACN-0.1 TFAで溶解した。溶解したペプチドを80% ACN-0.1% TFAで洗浄したFeビーズに加え、室温で60分間混合した後、80% ACN-0.1% TFA 1 mLで2回、0.1% TFA 1 mLで1回洗浄した。ビーズに3% ポリリン酸または0.02% LMNGを含む3% ポリリン酸を200μL加え、室温で10分間混合し、リン酸化ペプチドを溶出した。溶出したリン酸化ペプチドをSDB-STAGEチップで脱塩した(溶出液:0.1% TFA中36% ACN)。乾燥したサンプルを10 μLの0.01% DMNGに再溶解し、通常のバイアルに移した。再溶解したペプチドを75 μm×30 cmのnanoLCカラム(CAT# HEB07503001718IWF, CoAnn Technologies, Richland, WA, USA)に60℃にて直接注入し、UltiMate 3000 RSLCnano LCシステム(Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, USA)を用い、150 nl/分の流速で、0分5% B, 86分35% B, 93分70% B, 100分70% Bからなる100分間のグラジエント(A = 0.1% FA in water, B = 0.1% FA in 80% ACN)で分離した。カラムから溶出したペプチドを、Orbitrap Exploris 480(Thermo Fisher Scientific)を用いてDDAで分析した。MS1スペクトルを400~1,500 m/zの範囲で60,000の分解能で収集し、自動利得制御(AGC)目標を3×106、最大注入時間を“auto”に設定した。2.0×104を超える電荷状態2+から4+の最も強いイオン50個を、段階的に規格化衝突エネルギーを22、26、30%に設定した衝突誘起解離によって断片化した。MS2スペクトルは200~1,800 m/zの範囲で30,000の分解能で収集し、AGC目標を5×105、最大注入時間を“auto”に設定した。動的排除時間を30秒に設定した。MSファイルは、Proteome Discoverer 3.0 with Sequest HT and Percolator(Thermo Fisher Scientific)を用いて、ヒトタンパク質配列データベース(プロテオームID UP000005640、レビュー済み、正規、20,591エントリー)に対して検索した。設定パラメータは以下の通り:
Enzyme Trypsin
Maximum missed cleavage sites 2
Precursor mass tolerance 10 ppm
Fragment mass tolerance 0.02 Da
Static modification Cysteine carbamidomethylation
Dynamic modification Serine, threonine and tyrosine phosphorylation.
【0182】
ビオチン化BSAのLC-MS/MS分析
10 ngのビオチン化BSA消化物と5 μgのK562細胞消化物(Promega)の混合物を、TBSTで1回洗浄したストレプトアビジンビーズ(10 μlの懸濁液を使用;Cat # 211521040150, Cytiva)に添加し、室温で60分間混合した後、0.5% SDSを含む50 mM Tris-HCl(pH8.0)および500 mM NaCl 1 mLで3回洗浄し、TBS 1mLで1回洗浄した。ビーズに0.5 mMビオチンを含む8Mグアニジン-HCl(pH1.5)または0.02% LMNG及び0.5mMビオチンを含む8Mグアニジン-HCl(pH1.5)を50μl加え、室温で2時間混合してビオチン化ペプチドを溶出した。溶出したペプチドをSDB-STAGEチップで脱塩した(溶出:0.1% TFA中36% ACN)。乾燥したサンプルを10 μlの0.01% DMNGに再溶解し、通常のバイアルに移した。再溶解したペプチドを75 μm × 12 cmのnanoLCナノキャピラリーカラム(日京テクノス、東京、日本)に50℃にて直接注入し、UltiMate 3000 RSLCnano LCシステム(Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, USA)を用いて、流速300 nl/minで、0分8%B、26分45%B、29分85%B、30分85%Bからなる30分間のグラジエント(A = 水中0.1%FA、B = 80% ACN中 0.1% FAに溶解)で分離した。カラムから溶出したペプチドを、InSpIonシステムを搭載したQ Exactive HF-X(Thermo Fisher Scientific)で分析した。MS1スペクトルを、450~1,500 m/zの範囲で120,000の分解能で収集し、オートゲインコントロール(AGC)ターゲットを3×106、最大注入時間を100 msecに設定した。8.0×103を超える電荷状態2+から7+の最も強い20個のイオンを、22、26、30%の正規化段階衝突エネルギーで衝突誘起解離により断片化した。MS2スペクトルを200 m/z以上の範囲で60,000の分解能にて収集し、AGCターゲットを2 × 105、最大注入時間を120 msに設定した。動的排除時間を30秒に設定した。MSファイルは、PEAKS Studio 11(Bioinformatics Solution Inc, Waterloo, Canada)を用いて、ヒトタンパク質配列UniProtデータベース(プロテオームID UP000005640、20,591エントリー、2023年5月5日ダウンロード)およびBSA(UniProt Ac P02769)と検索した。MSファイルは、PEAKS Studio 11(Bioinformatics Solution Inc, Waterloo, Canada)を用いて、ヒトタンパク質配列UniProtデータベース(プロテオームID UP000005640、20,591エントリー、2023年5月5日ダウンロード)およびBSA(UniProt Ac P02769)に対して検索した。設定パラメータは以下の通り:
Enzyme Trypsin
Maximum missed cleavage sites 4
Precursor mass tolerance 10 ppm
Fragment mass tolerance 0.02 Da
Static modification Cysteine carbamidomethylation
Dynamic modification Lysine biotinylation
タンパク質同定の閾値は、ペプチドとタンパク質のFDRともに1%以下に設定した。
【0183】
データ解析
Perseus v1.6.15.0を用い、主成分分析(PCA)および階層的クラスタリングによるピアソン相関係数ヒートマップ分析を行った。
【0184】
(結果及び考察)
表6に示した界面活性剤を、逆相(C18)カラムで分離し、その溶出時間を比較した。結果を
図6に示す。
【0185】
【0186】
その結果、他の界面活性剤と比較してLMNGは明らかに溶出時間が遅く、逆相系カラムに対して強いアフィニティがあることが確認された。LMNGは逆相系カラムに対しては圧倒的にアフィニティが強いので、LC-MS分析用のペプチドアフィニティ、チューブへの吸着抑制を目的としてLMNGを添加すると、そのサンプルを逆相固相カラムで脱塩する際に、ペプチドを溶出してもLMNGは逆相固相カラムから溶出されずに、簡単に除去できる可能性が示唆された。
【0187】
続いて、溶出時間が最も遅かった3種の界面活性剤LMNG、DMNG及びDDMについて、逆相固相抽出カラムからの抽出条件を調べた。評価したSDB担体の逆相固相抽出カラムは、消化ペプチドの脱塩によく使われており、ペプチドがカラムから確実に溶出されるには、溶出液として50~80% ACN溶液が用いられることが一般的である。そこで、LMNG、DMNG、DDMをSDB固相抽出カラムにトラップし、30% ACN-0.1% TFA、40% ACN-0.1% TFA、50% ACN-0.1% TFA、60% ACN-0.1% TFAと有機溶媒濃度を上げながら連続的に溶出し、溶出物をLC-MSで分析することにより、溶出時間を測定した。その結果、DDMとDMNGは、30% ACN-0.1% TFAで溶出された(
図7)。そのため、これらの界面活性剤を逆相固相カラムに吸着したまま、消化ペプチドを溶出するためにはACN濃度を30%よりも更に低くする必要がある。しかしながら、30%よりも低いACN濃度では、逆相担体へのアフィニティの高いペプチド(疎水性ペプチド)が吸着したまま十分に溶出されず、損失してしまうリスクが高い。一方、LMNGは、30% ACN-0.1% TFAでは全く溶出されず、40% ACN-0.1% TFAでわずかに溶出された(
図7)。LMNGの溶出条件を更に詳細に調べると、38% ACN-0.1%TFA 以下であれば溶出されないことが分かった(
図8)。固相抽出カラムは、温度や溶出スピードによって溶出のされ方が微妙に変わる可能性があるので、マージンを取って36% ACN-0.1% TFAをLMNGが溶出されない条件として採用し得る。次に36% ACN-0.1% TFAが消化ペプチドの溶出条件として十分であるか評価した。その結果、50% ACN-0.1% TFAと36% ACN-0.1% TFAの溶出条件で同定されるペプチド数はほとんど変化しなかったことから(
図9)、36% ACN-0.1% TFAでペプチド成分は逆相固相カラムからほぼ溶出されきっていると判断された。以上より、本発明者らは、逆相固相抽出カラムでペプチドの溶出に影響を与えずにLMNGを除去する方法の確立に成功した。LMNGが簡便に除去できるようになったので、実際に消化ペプチドサンプル液中にLMNGを添加して、ペプチド損失が改善されるかをテストした。具体的には、出発試料をHEK293細胞ライセート100ngとし、トリプシン消化時にLMNGを添加することによって、LMNGなしと比較して、LC-MSで同定されるペプチド数が劇的に増えることを確認した(
図10)。0.01%~0.04%のLMNG濃度で同定ペプチド数の増加が確認され、0.02%において最も多くのペプチドが同定された。
【0188】
さらに、本発明者らは、サンプル損失を最小化するために、消化ペプチド液にLMNGを添加し、逆相固相抽出カラムで脱塩し、溶出されたペプチドを乾燥し、乾燥したペプチドを低濃度のDMNG水溶液で溶解することを試した(
図11、12)。
図11ではHEK293細胞ライセート100ngを出発試料した。消化液にLMNGを添加することで、LC-MSにおけるプレカーサー(ペプチド)とタンパク質の同定数が大きく改善され、DMNGで乾燥ペプチドを溶解することでさらにこれらの同定数が改善された。また、LMNG非添加のサンプルでは個々のタンパク質定量値が大きくバラつき、相関係数Pearson rが低くなってしまった。HEK293細胞ライセート100ngのような微量サンプルの場合は、LMNGの添加によりタンパク質、プレカーサー(ペプチド)の同定数を改善するだけでなく、前処理の再現性をも改善することが示唆された。また、共免疫沈降-質量分析法(coIP-MS)におけるオンビーズ消化中にLMNGを添加する効果、さらには乾燥ペプチドをDMNGで溶解する効果を調べた。
図12では抗RELA抗体を用いてcoIP-MSを行った。
図6の試験と同様に消化時にLMNGを添加することによってプレカーサー(ペプチド)とタンパク質の同定数が大きく改善され、DMNGで乾燥ペプチドを溶解することで更にこれらの同定数が改善された。抗体が認識する抗原であるRELAとそのインタラクターとして知られているNFKB1、IKBKB、NFKBIA、NFKBIB及びNFKBIEの回収量は、消化時のLMNGの添加で大きく改善され、さらに乾燥ペプチド溶解時のDMNG添加でも改善された。このことからcoIP-MSでも、消化時のLMNG添加と乾燥ペプチド溶解時のDMNG添加に有益な効果があることが確認された。更には、固定化金属イオンアフィニティクロマトグラフィーによるリン酸化ペプチド濃縮時に、溶出液にLMNGを添加することによっても、同定されるリン酸化ペプチド数が改善された(
図13、14)。また、アビジンビーズによるビオチン化ペプチド濃縮時に、溶出液にLMNGを添加することによっても、ビオチン化ペプチドの回収量が増加して、同定されるビオチン化ペプチド数が改善された(
図15、16)LMNGは逆相固相抽出カラムで簡単に除去できるため、消化時のペプチド損失だけではなく、ペプチドのアフィニティ精製にも適用でき、幅広い応用が見込まれる。
【0189】
最後に、クリニカルプロテオーム解析用に開発されたキャリーオーバーのない多検体分析と特化したLCであるEVOSEP ONEを用いた解析へのLMNGの適応性を調べた。EVOSEP ONEは数100~数1000検体のプロテオーム解析を実施するにあたり世界中で使用されているLC機器である。EVOSEP ONEでは、逆相固相抽出カラム(Evotip pure (C18))にサンプルをトラップして、それをEVOSEP ONEにセットすることでLC分析することが可能である。EVOSEP ONEでは、製造者がすでにペプチド分析に最適化なメソッドを準備しており、細かいグラジエントの変更ができない設定となっている。まず、本発明者らは、EVOSEP ONEでLMNGが溶出されるかどうかを調べた。コントロールとしてDDM及びDMNGをEvotip pureにトラップして、EVOSEP ONEで分離し、MSで計測した(
図17)。DDM及びDMNGともに溶出時間の最後の部分でピークが検出されており、Evotip pureから溶出されたことが分かるが、LMNGの溶出は認められなかった。HEK293細胞ライセート100ngをLMNG有り無しで消化して、EVOSEP ONEを使用してLC-MS/MS分析すると、やはりLMNG有りの方が多くのプレカーサー(ペプチド)とタンパク質をより多く同定することができた(
図18)。また、多検体分析の対象となる血清試料からエキソソームを精製してEVOSEP ONEを用いてLC-MS/MS分析した場合でも、LMNGを消化時に添加することでプレカーサー(ペプチド)とタンパク質の同定が改善され、CD9、CD63、CD81などの代表的なエキソソームマーカーの回収量も高いことが分かった(
図19)。LMNGはEVOSEP ONEにおいてもペプチドの回収量を上げ、Evotip pureで簡単に除去されるため、EVOSEP ONEによるハイスルプットプロテオーム解析にも高い適合性があることが確認された。
【0190】
尚、本明細書の実施例において、アセトニトリル、トリフルオロ酢酸、ギ酸の百分率で表された溶液中の濃度は、容量/容量%を、水溶液中の界面活性剤の百分率で表された溶液中の濃度は、重量/重量%を、それぞれ意味する。
本発明により、プロテオーム解析用サンプルの前処理におけるペプチドの損失を抑制し、且つ容易に除去することの可能な界面活性剤を提供する。本発明の方法で、プロテオーム解析用サンプルを処理することにより、微量サンプルからのペプチドの損失が抑制され、質量分析におけるペプチド同定数やタンパク質同定数が増加し、解析の再現性が向上する。また、本発明により、プロテオーム解析の前処理の過程で、乾燥によってチューブの壁面に吸着したペプチド断片の回収量が改善される。特に、11アミノ酸以上の長いペプチドの回収量が大幅に改善するため、長いペプチドを豊富に含む質量分析用試料を調製することができ、質量分析におけるペプチド同定数やタンパク質同定数が増加し、プロテオーム解析の精度向上に寄与する。非常に低濃度の糖系非イオン界面活性剤で、ペプチド断片の回収量の改善効果が認められるので、質量分析装置の汚染も最小限に抑制することができる。また、本発明により、容器へのペプチドの吸着が抑制された、安定なペプチド水溶液が提供される。