IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社遺伝子治療研究所の特許一覧

特開2024-84843AAVベクターによる遺伝子発現を増強する方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024084843
(43)【公開日】2024-06-25
(54)【発明の名称】AAVベクターによる遺伝子発現を増強する方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/864 20060101AFI20240618BHJP
   C12N 15/86 20060101ALI20240618BHJP
   C12N 15/861 20060101ALI20240618BHJP
   C12N 15/867 20060101ALI20240618BHJP
   A61K 35/76 20150101ALI20240618BHJP
   A61K 35/761 20150101ALI20240618BHJP
   A61K 47/26 20060101ALI20240618BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20240618BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20240618BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240618BHJP
【FI】
C12N15/864 100Z
C12N15/86 Z ZNA
C12N15/861 Z
C12N15/867 Z
A61K35/76
A61K35/761
A61K47/26
A61K9/08
A61K31/7088
A61P43/00 105
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024062498
(22)【出願日】2024-04-09
(62)【分割の表示】P 2020533489の分割
【原出願日】2019-07-26
(31)【優先権主張番号】P 2018142698
(32)【優先日】2018-07-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】516017455
【氏名又は名称】株式会社遺伝子治療研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(72)【発明者】
【氏名】村松 慎一
(72)【発明者】
【氏名】滝野 直美
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 美加
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本発明は、組換えウイルスベクターを含む遺伝子導入用組成物に関し、ウイルスベクターを用いた遺伝子導入効率を向上させる遺伝子導入用組成物を提供する。
【解決手段】具体的には、目的の発現用遺伝子を含む組換えウイルスベクターおよび少なくとも40mMの濃度の糖を含む遺伝子導入用組成物を提供する。好ましくはウイルスベクターはアデノ随伴ウイルスベクターである。本発明の組成物を用いると、ウイルスベクターを用いる場合の遺伝子導入効率を約50倍以上に向上させることができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的の発現用遺伝子を含む組換えウイルスベクター、少なくとも40 mMの糖、および水性媒体を含む、遺伝子導入用組成物。
【請求項2】
前記組換えウイルスベクターが、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター、アデノウイルスベクター、ガンマレトロウイルスベクター、およびレンチウイルスベクターからなる群から選択される、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記組換えウイルスベクターが、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、AAVrh10、AAVrh39、AAVrh43、AAV-B1、AAV-PHP.B、またはAAV-PHP.eBに由来する、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
前記組換えウイルスベクターが、配列番号1~4に記載のアミノ酸配列、または配列番号1~4に記載のアミノ酸配列と約90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質を含むカプシドを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
前記組成物が0.04~2 Mの濃度の糖を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
前記糖が、単糖、二糖またはその組合せを含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
前記単糖が、グルコース、ガラクトース、フルクトース、マンノース、およびその組合せから選択される少なくとも1種を含む、請求項1~6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
前記単糖がD体を60%以上含む、請求項1~7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
前記二糖が、スクロース、トレハロース、マルトース、ラクトース、およびその組合せからなる群から選択される少なくとも1種を含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項10】
前記水性媒体が注射用水である、請求項1~9のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項11】
注射剤または注入剤の形態の医薬である、請求項1~10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項12】
エキソビボまたはインビトロで使用される薬剤である、請求項1~11のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項13】
前記組成物が、凍結保存されて使用前に解凍される、請求項1~12のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項14】
組換えウイルスベクター、および糖を含む、請求項1~13のいずれか1項に記載の組成物を調製するためのキット。
【請求項15】
(a) 組換えウイルスおよび40 mM以上の濃度の糖を含む組成物を提供する工程、および
(b) 糖を終濃度10~250 mM含む培地中で、前記組成物を培養細胞と接触させる工程、
を含む、遺伝子導入方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組換えウイルスベクターを含む遺伝子導入用組成物に関する。より詳細には、本発明は、組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)ベクター及び糖を含む遺伝子導入用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ウイルスベクターを使用して外来遺伝子を細胞に導入されている。哺乳動物細胞に対して利用されるウイルスベクターとしては、例えば、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レトロウイルス(レンチウイルス等)、ヘルペスウイルスなどが挙げられる。これらウイルスベクターは、疾患治療用のウイルスベクターとしても利用され、研究されている(非特許文献1)。
【0003】
アデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus: AAV)を応用した遺伝子導入用ベクターは、神経細胞、肝細胞(肝実質細胞)、網膜細胞、筋肉細胞、心筋細胞、血管内細胞、脂肪細胞などの細胞に遺伝子を導入し、長期間発現させることができる。そのため、パーキンソン病、血友病、網膜色素変性症などの遺伝子治療用ベクターとして臨床応用が進んでいる(特許文献1~4、非特許文献2~4)。さらに、遺伝子編集におけるsgRNAとCAS9蛋白質の遺伝子導入や、光遺伝学(optogenetics)におけるチャネルロドプシンなどの光感受性蛋白質の遺伝子導入のベクターとして頻用されている(非特許文献5、6)。また、導入効率や遺伝子発現の向上のために、ゲノム構造の改変、キャプシド蛋白質への変異導入、プロモーターの置換などが行われている(非特許文献7、8、9)。しかし、多くの場合、有効な遺伝子発現を得るためには、例えばrAAVベクターの場合、細胞あたり104個のベクターゲノム (vgと略、コピー数と同義)以上のrAAVベクターの感染が必要であり、しばしば非効率的であり、大量のベクターの精製が必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2003/018821号
【特許文献2】国際公開第2003/053476号
【特許文献3】国際公開第2007/001010号
【特許文献4】国際公開第2012/057363号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】谷 憲三朗、「2 日本の遺伝子治療」、遺伝子医学MOOK 30、38~49頁、2016年6月20日発行
【非特許文献2】Dunber CE et al.: Science. 359: eaan4672, 2018
【非特許文献3】村松慎一:「パーキンソン病の遺伝子治療」 日本臨床75:146-150, 2017
【非特許文献4】Hastie E, Samulski RJ: Hum Gene Ther 26:257-265, 2015
【非特許文献5】Ohmori T et al.: Sci Rep. 7:4159. 2017
【非特許文献6】Prakash R et al.: Nat Methods. 9:1171-1179, 2012
【非特許文献7】McCarty DM, et al.: Gene Ther. 8:1248-1254, 2001
【非特許文献8】Ling C, et al.: Hum Gene Ther Methods. 27:143-149, 2016
【非特許文献9】Chen SJ, et al.: Hum Gene Ther Methods. 24:270-278, 2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、組換えウイルスベクターとしてrAAVベクターを用いる場合に、より効率よく目的の遺伝子発現を実現するための組成物および手段を提供することが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、様々な試行錯誤の上、組換えウイルスベクターとしてrAAVベクターを含む遺伝子導入用組成物において、より高濃度の糖を含めることにより、種々の標的細胞(例えば、肝細胞、神経細胞など)により効率よく遺伝子導入できる組換えウイルスベクター含有組成物を見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、組換えウイルスベクター、糖および水性媒体を含む遺伝子導入用組成物等を提供する。具体的には、以下の遺伝子導入用組成物、キットおよび方法を提供する。
[1] 目的の発現用遺伝子を含む組換えウイルスベクター、少なくとも40 mMの糖、および水性媒体を含む、遺伝子導入用組成物。
[2] 前記組換えウイルスベクターが、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター、アデノウイルスベクター、ガンマレトロウイルスベクター、およびレンチウイルスベクターからなる群から選択される、上記[1]に記載の組成物。
[3] 前記組換えウイルスベクターが、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、AAVrh10、AAVrh39、AAVrh43、AAV-B1、AAV-PHP.B、またはAAV-PHP.eBに由来する、上記[1]または[2]に記載の組成物。
[4] 前記組換えウイルスベクターが、配列番号1~4に記載のアミノ酸配列、または配列番号1~4に記載のアミノ酸配列と約90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質を含むカプシドを含む、上記[1]~[3]のいずれか1項に記載の組成物。
[5] 前記組成物が0.04~2 Mの濃度の糖を含む、上記[1]~[4]のいずれか1項に記載の組成物。
[6] 前記糖が、単糖、二糖またはその組合せを含む、上記[1]~[5]のいずれか1項に記載の組成物。
[7] 前記単糖が、グルコース、ガラクトース、フルクトース、マンノース、およびその組合せから選択される少なくとも1種を含む、上記[1]~[6]のいずれか1項に記載の組成物。
[8] 前記単糖がD体を60%以上含む、上記[1]~[7]のいずれか1項に記載の組成物。
[9] 前記二糖が、スクロース、トレハロース、マルトース、ラクトース、およびその組合せからなる群から選択される少なくとも1種を含む、上記[1]~[8]のいずれか1項に記載の組成物。
[10] 前記水性媒体が注射用水である、上記[1]~[9]のいずれか1項に記載の組成物。
[11] 注射剤または注入剤の形態の医薬である、上記[1]~[10]のいずれか1項に記載の組成物。
[12] エキソビボまたはインビトロで使用される薬剤である、上記[1]~[11]のいずれか1項に記載の組成物。
[13] 前記組成物が、凍結保存されて使用前に解凍される、上記[1]~[12]のいずれか1項に記載の組成物。
[14] 組換えウイルスベクター、および糖を含む、上記[1]~[13]のいずれか1項に記載の組成物を調製するためのキット。
[15] (a) 組換えウイルスおよび40 mM以上の濃度の糖を含む組成物を提供する工程、および(b) 糖を終濃度10~250 mM含む培地中で、前記組成物を培養細胞と接触させる工程を含む、遺伝子導入方法。
[16] (a) 組換えウイルスを含み、糖を含むまたは含まない遺伝子導入用組成物を提供する工程、(b) 前記遺伝子導入用組成物を培養細胞と接触させる工程、および(c) 前記工程(b)の直後~72時間後に糖を10~250 mM含む培地中で培養する工程を含む、遺伝子導入方法。
[17] 前記培養細胞が生体より採取された細胞または樹立された細胞である、上記[15]または[16]に記載の方法。
[18] 遺伝子導入対象の臓器、組織またはその一部を隔離する手術において使用するための、上記[1]~[13]のいずれか1項に記載の遺伝子導入用組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る、組換えウイルスベクター、糖および水性媒体を含む遺伝子導入用組成物を用いることにより、種々の標的細胞(例えば、肝細胞、神経細胞など)により効率よく遺伝子導入できる。具体的には、本発明に係る、組換えウイルスベクターとしてAAVベクター、高濃度の糖および水性媒体を含む遺伝子導入用組成物を用いることにより、対照と比較して約50倍以上の発現増強効果を得ることを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1A図1Aは、スクロースの有無によるrAAVのインビトロでの感染の結果を示す。感染1日後の細胞のGFP発現を測定した。
図1B図1Bは、図1Aの実験結果の細胞の蛍光顕微鏡画像を示す。
図2A図2Aは、スクロース、マンニトール、またはグルコースの添加によるrAAVのインビトロでの感染の結果を示す。
図2B図2Bは、図2Aの実験結果の細胞の蛍光顕微鏡画像を示す。
図3図3は、スクロース添加による、rAAVのインビトロでの感染の結果を示す。
図4A図4Aは、ウイルス溶液とスクロースとを混合して、直後、10分後、または1時間後にインビトロで感染させた結果を示す。
図4B図4Bは、ウイルス溶液とスクロースとを混合して、直後、または1時間後にインビトロで感染させた1日後の結果を示す。
図4C図4Cは、スクロースを含まないウイルス溶液による感染を3時間行い、その後にスクロースを含む培地に交換した場合の結果を示す。
図5A図5Aは、D-グルコースまたはL-グルコースを用いた場合のrAAVのインビトロでの感染の結果を示す。
図5B図5Bは、図5Aの実験の1日後、2日後及び3日後の結果を示す。
図6図6は、様々な濃度のスクロースを用いた、インビトロでのrAAVの感染の結果を示す。
図7図7は、様々な濃度のグルコースを用いた、インビトロでのrAAVの感染の結果を示す。
図8A図8Aは、種々の濃度のスクロース、トレハロース、マルトース、およびラクトースをそれぞれ用いた場合の、インビトロでのrAAVの感染の結果を示す。
図8B図8Bは、図8Aで糖濃度150 mMを用いた3日後の細胞の蛍光顕微鏡画像を示す。
図8C図8Cは、図8Aの実験の1日後、2日後、3日後及び6日後の結果を示す。
図9A図9Aは、ガラクトース、フルクトース、マンノース、およびグルコースをそれぞれ用いた場合の、インビトロでのrAAVの感染の結果を示す。
図9B図9Bは、図9Aで糖濃度200 mMを用いた3日後の細胞の蛍光顕微鏡画像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、目的の発現用遺伝子を含む組換えウイルスベクター、40 mM以上の濃度の糖、および水性媒体を含む遺伝子導入用組成物を提供する。この組換えウイルスベクターは、好ましくは、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター、アデノウイルスベクター、ガンマレトロウイルスベクター、およびレンチウイルスベクターから選択され得るがこれらに限定されない。
【0012】
1.本発明の組成物に用いるウイルスベクターについて
本発明の遺伝子導入用組成物(以下、「本発明の組成物」ともいう)に用いる組換えウイルスベクターは、真核細胞、好ましくは哺乳動物細胞に感染する公知ウイルスベクターを含むことができる。
本発明の組成物に用いることができるウイルスベクターとしては、例えば、アデノ随伴ウイルスベクター、アデノウイルスベクター、レトロウイルスベクター(ガンマレトロウイルスベクター、レンチウイルスベクターを含む)、ヘルペスウイルスベクター、ポックスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、センダイウイルスベクター、ボルナウイルスベクターなどが挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、本発明に用いる組換えウイルスベクターは、アデノ随伴ウイルスベクターまたはアデノウイルスベクターであり、より好ましくはアデノ随伴ウイルスベクターである。
【0013】
1.1.アデノ随伴ウイルスベクター
天然のアデノ随伴ウイルス(AAV)は、非病原性ウイルスであること、およびアデノ随伴ウイルスベクター内に含まれるウイルスゲノムが感染した宿主細胞の核内のエピゾームに長期間、存在することを特徴とする。これらの特徴を利用して、種々の組換ウイルスベクターを作製して、遺伝子治療のために所望の遺伝子を送達することが行われている(例えば、WO2003/018821、WO2003/053476、WO2007/001010、薬学雑誌 126(11)1021-1028などを参照のこと)。
【0014】
公知のアデノ随伴ウイルス(AAV)には、多数の分離株(型)が存在する。アデノ随伴ウイルスは、標的とする臓器に対する特異性または指向性を有することが公知である。例えば、肝臓への指向性を示すアデノ随伴ウイルスとして、2型、3型(3A及び3Bを含む)、8型などが挙げられる(WO 2012/057363、WO 2008/124724など)。また、神経細胞への指向性を示すものとしては、1型、2型、9型、rh10、rh39、rh43、B-1、PHP.B、PHP.eBなどが挙げられる(例えば、下記文献10~13)。しかしながら、本発明において治療用ウイルスベクターとして用いるアデノ随伴ウイルスはこれらの分離株に限定されるものではなく、当該分野で公知の分離株や改変体を利用することも可能である。
文献10. Sorrentino NC, et al.: Mol Ther. 24:276-286, 2016.
文献11. Choudhury SR, et al.: Mol Ther. 24:1247-1257, 2016.
文献12. Chan KY, et al.: Nat Neurosci. 20:1172-1179, 2017.
文献13. Iida A, et al.: Biomed Res Int. 2013:974-819, 2013.
【0015】
野生型AAVゲノムは、全長が約5kbのヌクレオチド長を有する一本鎖DNA分子であり、センス鎖またはアンチセンス鎖である。AAVゲノムは、一般に、ゲノムの5'側および3'側の両末端に約145ヌクレオチド長のインバーテッドターミナルリピート(ITR)配列を有する。このITRは、AAVゲノムの複製起点としての機能及びこのゲノムのウイルス粒子内へのパッケージングシグナルとしての機能等の多様な機能を有することが知られている(例えば、薬学雑誌 126(11)1021-1028など)。ITRに挟まれた野生型AAVゲノムの内部領域(以下、内部領域)は、AAV複製(rep)遺伝子及びカプシド(cap)遺伝子を含む。これらrep遺伝子及びcap遺伝子は、それぞれ、ウイルスの複製に関与するタンパク質Rep及び正20面体構造の外殻であるキャプソメアを形成するカプシドタンパク質(例えば、VP1、VP2及びVP3の少なくとも1つ)をコードする。さらなる詳細については、例えば、Human Gene Therapy, 13, pp.345-354, 2002、Neuronal Development 45, pp.92-103, 2001、実験医学 20,pp.1296-1300, 2002、薬学雑誌 126(11)1021-1028、Hum Gene Ther,16,541-550, 2005などを参照のこと。
【0016】
本発明で用いるrAAVベクターは、天然のアデノ随伴ウイルス1型(AAV1)、2型(AAV2)、3型(AAV3a/AAV3b)、4型(AAV4)、5型(AAV5)、6型(AAV6)、7型(AAV7)、8型(AAV8)、9型(AAV9)、rh10型(rhAAV10:Hu,Cら、Molecular Therapy vol.22,no.10, Oct.2014, 1792-1802)に由来するベクターであるが、これに限定されない。これらのアデノ随伴ウイルスゲノムのヌクレオチド配列は公知であり、それぞれ、GenBank登録番号:AF063497.1(AAV1)、AF043303(AAV2)、NC_001729(AAV3)、U48704(AAV3A)、AF028705.1(AAV3B)、NC_001829.1(AAV4)、NC_006152.1(AAV5)、AF028704.1(AAV6)、NC_006260.1(AAV7)、NC_006261.1(AAV8)、AY530579.1(AAV9)、AY631965(AAV10)などのヌクレオチド配列を参照できる。
本発明において、組換えウイルスベクターが含むタンパク質は、配列番号1~4に記載のアミノ酸配列、または配列番号1~4に記載のアミノ酸配列と少なくとも80%、好ましくは85%以上、約90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、99.9%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、生理条件下でウイルスベクターを形成するか、またはウイルスベクターのカプシド(外殻)を形成するタンパク質である。
【0017】
1.2.アデノウイルスベクター
アデノウイルスを用いた遺伝子治療用ベクター(以下、組換えアデノウイルスベクターともいう)は、これまでの医薬の治験において最も利用されたベクターといえる(特表平08-501686、特表平10-506542、非特許文献1、下記の文献14、15)。また、実用化されたものとして、ヒトのがん抑制遺伝子p53が組み込まれた組換えアデノウイルスベクターが、遺伝子治療薬として2003年に世界で初めて認可され、商品名「Gendicin(ゲンディシン)」として販売されている。組換えアデノウイルスベクターは、宿主範囲(対象となる動物種、細胞腫など)が広いことが公知である。また、アデノウイルスの遺伝子は標的細胞の細胞核内で染色体に組み込まれずに独立して存在するので、この特徴によって組換アデノウイルスベクターは目的遺伝子を一過性に発現できる。具体的には、生体に投与した組換えアデノウイルスベクターは、通常1~2週間で目的遺伝子の発現が消失し得る。組換えアデノウイルスベクターの欠点としては、生体において免疫原性が高いことが挙げられる。
文献14. Yokoda RT, et al.: Biomedicines. 6:33, 2018.
文献15. Zhang C and Zhou D: Hum Vaccin Immunother. 12:2064-2074, 2016.
【0018】
アデノウイルスのゲノムは約36kbの直鎖二本鎖DNA分子であり、このゲノムには、ウイルス複製に必要な初期遺伝子、後期構造遺伝子を含む約30以上の遺伝子がコードされている。また、アデノウイルスの外殻はカプシドタンパク質からなるカプシドが露出した状態であり、この点はアデノ随伴ウイルスの外殻と類似している。
【0019】
アデノウイルスの初期遺伝子は、アデノウイルスゲノム中の4つの領域に分けられる(E1‐E4:Eは初期を表す)。それらは6つの転写単位を含み、それら自体のプロモーターを有している。後期遺伝子(L1‐L5:Lは後期を表す)は初期転写単位と部分的に重複しており、ほとんどの部分について主要後期プロモーター(MLP)から転写される。
【0020】
アデノウイルスを利用した組換えウイルスベクターのさらなる詳細としては、例えば、上記文献14、15などを参照できる。
【0021】
1.3.レトロウイルスベクター
本明細書中で使用される場合、レトロウイルスベクターは、ガンマレトロウイルスベクター(またはオンコウイルスベクター)およびレンチウイルスベクターを含むことが意図される。ガンマレトロウイルスベクターとしては、モロニーマウス白血病ウイルス(MoMLV)に由来するベクターが挙げられる。また、レンチウイルスベクターとしては、ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV 1)、サル免疫不全ウイルス(SIV)に由来するベクターが挙げられる。
【0022】
レトロウイルスベクターは、目的の導入用ポリヌクレオチドを標的細胞の染色体中に高効率で組み込むことによって、永続的に目的のポリヌクレオチドを発現させることができる。一方、このレトロウイルスベクターは、元々が白血病、免疫不全症候群などの疾患原因ウイルスに由来するため、悪性新生物などの原因となる可能性も指摘されている。導入可能な遺伝子のサイズとしては、例えば、9kb以下のものが挙げられる(土肥ら,ウイルス,第65巻,第1号,pp27-36,2015、Vargas JE, et al.: J Transl Med. 14:288, 2016、Poletti V and Mavilio F: Mol Ther Methods Clin Dev. 8:31-41, 2017)。
【0023】
レトロウイルスは、ウイルスの外殻としてエンベロープタンパク質及びエンベロープ膜を有する。また、レトロウイルスはRNAをゲノムとする場合が多く、このゲノムがコードする遺伝子には、ウイルスの構造タンパク質、プロテアーゼ、逆転写酵素、インテグラーゼなどになる前駆蛋白をコードするgag/pol遺伝子、エンベロープ糖タンパク質をコードするenv遺伝子が含まれる。ウイルスゲノムの両端は、LTR (long terminal repeat)で挟まれており、このLTRには、エンハンサー、プロモーター、ポリアデニレーションシグナルなどが含まれる。
【0024】
レトロウイルスベクターのさらなる特徴や性質などについては、例えば以下の文献も参照できる:Mannら、Cell 33:153-159(1983)、Cone and Mulligan,Proc. Natl.Acad.Sci.USA 81: 6349-6353(1984)、Vargas JE, et al.: J Transl Med. 14:288, 2016、Poletti V and Mavilio F: Mol Ther Methods Clin Dev. 8:31-41, 2017。
【0025】
1.4.目的の発現用遺伝子について
本発明に用いる組換えウイルスベクターは、標的細胞に導入するための目的の発現用遺伝子(ポリヌクレオチド)を、ウイルスベクター内に収容される組換えウイルスゲノム中に含み得る。このような導入される目的の発現用遺伝子としては、遺伝子自体が機能を有する配列、転写物が機能する配列、タンパク質に翻訳されて機能する配列、及びこれら配列の組合せを含む遺伝子が挙げられるが、これらに限定されない。すなわち、本発明に用いる組換えウイルスベクターが有する目的の発現用遺伝子は、遺伝子サイズなどを考慮して、組換えウイルスベクターに搭載可能なものであれば特には制限されない。
【0026】
本発明に用いる組換えウイルスベクターに含まれる目的の発現用遺伝子としては、遺伝子自体で機能する配列ものの例としては、プロモーター配列、テロメア配列、ポリアデニル化シグナル配列、目的のタンパク質結合配列などが挙げられる。
【0027】
本発明に用いる組換えベクターに含まれる、転写物が機能する配列の例としては、アンチセンス分子、リボザイム、干渉性RNA(iRNA)、マイクロRNA(miRNA)のような、標的とする内在性遺伝子の機能を変化(例えば、破壊、低下)させるためのポリヌクレオチド、または内在性タンパク質の発現レベルを変化(例えば、低下)させるためのポリヌクレオチドが挙げられるが、これらに限定されない。二重鎖RNA(dsRNA、siRNA、shRNA又はmiRNA)の調製方法、使用方法などは、多くの文献から公知である(特表2002-516062号公報; 米国公開許第2002/086356A号; Nature Genetics, 24(2), 180-183, 2000 Feb.等参照)。
【0028】
本発明に用いる組換えベクターに含まれる、タンパク質に翻訳されるための配列の例としては、増殖因子、栄養因子、サイトカイン、抗原、抗体、癌抑制因子、代謝酵素、自殺遺伝子、受容体、トランスポーター、増殖阻害因子、ゲノム編集及び修復手段などのタンパク質をコードする配列、及びこれら配列の組合せなどが挙げられる。さらに、緑色蛍光タンパク質(GFP)などの公知のレポーター遺伝子を含む発現カセットであってもよい。
本発明に用いる組換えウイルスベクターは、上記の目的の発現用遺伝子を有する複数のベクターを含んでもよい。また、本発明に用いる組換えウイルスベクターはまた、1種のベクター中に目的の発現用遺伝子を複数種含んでもよい。
【0029】
本発明の組換えウイルスベクターによって導入される目的の発現用遺伝子の例としては、肝細胞増殖因子(HGF)、神経細胞増殖因子(NGF)、ヘモグロビン、インターロイキン-1、インターロイキン-2、インターロイキン-3、インターロイキン-4、インターロイキン-5、インターロイキン-6、インターロイキン-7、インターロイキン-8、インターロイキン-9、インターロイキン-10、インターロイキン-11、GM-CSF,G-CSF,M-CSF、ヒト成長因子、インスリン、第VIII因子、第IX因子、tPA,LDL受容体、腫瘍壊死因子(TNF)、PDGF、EGF、NGF、IL-1ra、EPO、β-グロビン、ゲノム上の特定の部位を切断するための酵素(例えば、TALEN、CRISPR、およびZFN)などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明の組換えウイルスベクターによって導入される目的のポリヌクレオチドは、標的の細胞、組織または患者に対して異種由来のものであっても同種由来のものであってもよい。
本発明において使用可能なプロモーター配列は、上記の目的の発現用遺伝子を標的の細胞内で発現可能であれば特には限定されない。
例えば、本発明において汎用的な哺乳動物由来のプロモーターやウイルス由来のプロモーターを使用できる。このようなプロモーターとしては、PGKプロモーター、EF1-αプロモーター、β-グロビンプロモーター、CMVプロモーター、SV40プロモーター、MMLV-LTRプロモーター、およびHIV-LTRプロモーターが挙げられるがこれらに限定されない。
また、本発明において、標的細胞に特異的なプロモーターを使用できる。標的細胞が神経系の細胞である場合、例えば、シナプシンIプロモーター配列、ミエリン塩基性タンパク質プロモーター配列、ニューロン特異的エノラーゼプロモーター配列、カルシウム/カルモジュリンー依存性蛋白キナーゼII(CMKII)プロモーター配列、チュブリンαIプロモーター配列、血小板由来成長因子β鎖プロモーター配列、グリア線維性酸性タンパク質(GFAP)プロモーター配列、L7プロモーター配列(小脳プルキンエ細胞特異的プロモーター)、グリア線維酸性タンパク質(hGfa2)プロモーター配列、グルタミン酸受容体デルタ2プロモーター(小脳プルキンエ細胞特異的プロモーター)配列、グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD65/GAD67)プロモーター配列が挙げられるが、これらに限定されない。
本発明において標的細胞が肝細胞である場合、ApoEプロモーター、アンチトリプシンプロモーター、cKitプロモーター、肝臓特異的転写因子(HNF-1、HNF-2、HNF-3、HNF-6、C/ERP、DBP)のプロモーター、アルブミンプロモーター、サイロキシン結合グロブリン(TBG)のプロモータ、合成プロモーター(HCRhAATプロモーター、WO2018/131551などに記載のもの)が挙げられるが、これらに限定されない。
これらのプロモーター配列は、標的細胞においてプロモーター機能を保持する限り、本発明において用いるために適宜改変され得る。
【0030】
1.5.対象疾患について
本発明の組成物を医薬として用いる治療方法としては、遺伝子治療、癌ウイルス療法、ウイルス免疫療法などが挙げられる。遺伝子治療では、先天性の遺伝子疾患、加齢に伴う機能低下に起因する疾患などについて研究されている。癌ウイルス療法としては、癌細胞を標的として、溶解、アポトーシスなどを誘発させるウイルスが研究されている。また、ウイルス免疫療法としては、例えば、CART療法など、対象疾患の治療に有利な免疫応答を誘発させるためのウイルスを用いる治療法が研究されている。
【0031】
ウイルスベクターを用いた治療の対象疾患の例としては、具体的には、先天性遺伝子疾患、例えばアデノシンアミナーゼ欠損症(ADA-SCID)、X連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)、慢性肉芽腫症(CGD)、βサラセミア、レーバー先天性黒内障(LCA)、副腎白質ジストロフィー(ALD)などが挙げられる。癌ウイルス療法の対象の癌の例としては、肺がん、腎がん、前立腺がん、食道がん、脳腫瘍、黒色腫などが挙げられる。その他の疾患の例として、閉塞性動脈硬化症、狭心症、心筋梗塞、アルツハイマー病、パーキンソン病、ALS、HIV、肝炎、加齢黄斑変性、糖尿病、関節リウマチなどが研究されている(例えば、非特許文献1、非特許文献2、Piguet F et al.: Hum Gene Ther. 28:988-1003, 2017)。
【0032】
2.糖
本発明の組成物は、上記の組換えウイルスベクターと一緒に糖を含むことを特徴とする。本明細書中、「糖」は「糖類」と記載される場合もある。
本発明の組成物において使用可能な糖は、医薬品分野で利用可能であることが公知の糖である。好ましくは、本発明に使用する糖は、注射剤または注入剤において使用可能なものである。このような糖としては、単糖(トリオース、テトロース、ペントース、ヘキソースを含む)および二糖のものが挙げられる。
本発明の組成物に使用する糖としては、好ましくは、エリトロース、トレオース、リボース、アラビノース、キシロース、リキソース、アロース、アルトロース、グルコース、マンノース、グロース、イドース、ガラクトース、タロース、エリトルロース、リブロース、キシルロース、プシコース、フルクトース、ソルボース、タガトース、スクロース、トレハロース、マルトース、ラクトース、及びこれらの組合せが挙げられるが、これらに限定されない。
【0033】
本発明の組成物に使用する糖は、立体異性体を含み得る。例えば、本発明の組成物は、含まれる各々の糖(単糖)の構造は、D体であっても、L体であっても、その混合物であってもよい。本発明の組成物が含む単糖は、好ましくは、約60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、または95%以上がD体であり得る。
【0034】
本発明の組成物に使用する単糖は、環状の構造であっても直鎖状の構造であってもよい。例示の環状の構造としては、6員環であるピラノース型、5員環であるフラノース型が挙げられる。これらの環構造は、1位の炭素原子(C1)に結合した水酸基の位置に依存して、α体またはβ体の形状を有する。本発明の組成物に使用する単糖は、α体であってもβ体であっても、その混合物であってもよい。本明細書中、単糖の環構造は、特に示されない場合、α体、β体、及びこれらの組合せを含む。
【0035】
また、本発明の組成物は、医薬品として使用可能である公知の糖アルコールを含んでもよい。好ましい糖アルコールとしては、エリスリトール、キシリトール、ソルビトール、マンニトール、及びこれらの組合せが挙げられるがこれらに限定されない。
【0036】
本発明の組成物は、医薬品として使用可能である公知の糖修飾物を含み得る。このような糖修飾物を得るための修飾には、アセチル化、N-アセチルグルコサミン化、N-アセチルガラクトサミン化、シアル酸化、グルクロン酸化、イズロン酸化、リン酸化、硫酸化、リボシル化など、医薬品に付される公知の修飾が挙げられるがこれらに限定されない。本発明の組成物に用いられる好ましい糖への修飾としては、N-アセチルグルコサミン化、N-アセチルガラクトサミン化、シアル酸化、グルクロン酸化、イズロン酸化、及びこれらの組合せが挙げられるがこれらに限定されない。
【0037】
本発明の組成物は、少なくとも40 mMの糖を含む水溶液の形態であり得る。この濃度40 mMは、単糖であれば約0.7%、二糖であれば約1.4%の水溶液に相当する。例えば、本発明の組成物中の糖の濃度は、下限値としてグルコース 40 mM、スクロース 80 mM、トレハロース 40 mM、マルトース 40 mM、ラクトース 40 mM、またはそれ以上、上限値として、組成物中含まれる単糖若しくは二糖の水溶液飽和濃度、グルコース 240 mM、スクロース 200 mM、トレハロース 200 mM、マルトース 200 mM、ラクトース 200 mM、またはそれ以下の濃度の範囲(但し、下限値<上限値を満たす組合せ)である。例えば、本発明の組成物は、単糖または二糖を、グルコース 200 mM、スクロース 160 mM、レハロース 160 mM、マルトース 160 mM、ラクトース160 mM、の濃度で含み得る。
上記の糖は、2種以上の糖を組み合わせてもよい。例えば、グルコースとスクロースとの組合せ、スクロースとマルトースとの組合せ、グルコースとスクロースとマルトースとの組合せ、スクロースとマルトースとの組合せなどが挙げられる。この場合、糖濃度は、例えば、各々の糖の下限~上限の濃度、各々の糖の合計濃度について1種の糖に対する下限~上限濃度などを、目的の遺伝子導入のために好適な濃度を用いることができる。
【0038】
一般に、真核細胞、特に哺乳動物細胞の培養に用いられる基礎培地の場合、糖の濃度は1~4.5 g/Lとされる。この濃度は、グルコース換算で約6~25 mMに相当する。本発明の組成物を用いる場合、エキソビボまたはインビトロでの遺伝子導入において、糖の終濃度として、例えば、グルコース 40~240 mM、スクロース 80~200 mM、トレハロース 40~200 mM、マルトース 40~200 mM、ラクトース 40~200 mMの濃度を用いることができる。これらの糖は、上記のとおり2種以上の糖を組み合わせてもよい。
本発明の組成物に関して、エキソビボまたはインビトロでの遺伝子導入の場合の糖の終濃度は、使用する培地量に応じて適宜計算できる。
【0039】
生体の血糖値について、通常のヒトの場合、下限は80~100 mg/dL(例えば、食間または絶食時)、上限は150~160 mg/dL(例えば、食後)であり、これらを併せると、血糖値は5.0~8.5 mMの狭い範囲にあるとされる。本発明の組成物を用いる場合、インビボ(生体内)では、各糖の終濃度が10 mM以下になるように調整することができる。これらの糖は、上記のとおり2種以上の糖を組み合わせてもよい。
本発明の組成物に関して、インビボでの遺伝子導入の場合の糖の終濃度は、投与する対象患者の体重、水分量、血液量、遺伝子導入対象となる組織の体積、血液、組織液(例えば髄液)などを考慮して計算することができる。このような計算の際、例えば、体重60kgのヒト成人の場合、水分量としては約60%、血液量としては約8%(約5L)など、公知の量を使用できる。
場合により、本発明の遺伝子導入組成物中の組換えウイルスベクター及び糖の局所濃度を上昇させることを目的とする術式を使用できる。例えば、遺伝子導入対象となる特定の臓器、組織またはその一部を生体から隔離して、一時的により高濃度の糖と接触させることができる。より具体的には、遺伝子導入対象の部位(例えば、臓器、組織またはその一部)の血流、リンパ液、髄液等を、クランプ等を用いて一時的に停止(隔離)させ、医薬学的に利用可能な水性媒体(生理食塩水等)で置換、潅流、フラッシュさせ、次いで、フラッシュさせた部位に対して本発明の組成物を投与することができる。このような手術の具体例として、肝臓において門脈血を生理食塩水で一時的にフラッシュして、そこにAAVベクターを投与する方法が知られている(Mimuroら、Molecular Therapy vol.21 no.2 feb. 2013, 318-323)。この場合の糖の終濃度としては、例えば50~100 mM、60~90 mM、70~80 mMなどの濃度が挙げられるが、これらに限定されない。
さらに、本発明の組成物は、髄腔内投与において使用する場合、髄液の媒体量(例えば、成人で約150mL)を考慮して、血中濃度よりも高い終濃度を使用し得る。この場合の糖の終濃度としては、例えば50~100 mM、60~90 mM、70~80 mMなどの濃度が挙げられるが、これらに限定されない。
【0040】
本発明の組成物に含まれる糖は、使用直前(通常、5分以下)~使用する1日前等の期間、例えば、10分前、20分前、30分前、1時間前、2時間前、3時間前、4時間前、5時間前、6時間前、12時間前(1晩前)、または1日前に、所望される濃度で組換えウイルスベクターと組み合わされてもよい。このように本発明の組成物が使用前に調製される場合、本発明の組成物中の糖濃度は、例えば、グルコース 40~240 mM、スクロース 80~200 mM、トレハロース 40~200 mM、マルトース 40~200 mM、ラクトース 40~200 mMの濃度の糖を含むように調製され得る。これらの濃度は、上記の終濃度を考慮した分量で使用され得る。
また、本発明の組成物は、濃縮物の形態で提供されたものを、使用前(例えば、使用直前(5分前以下)、10分前、20分前、30分前など)に希釈して用いてもよい。
あるいは、本発明の組成物は、上記の濃度の糖を含む状態で凍結保存されてもよい。凍結保存される場合、濃縮物の形態であっても濃縮物の形態でなくてもよい。本発明の組成物は、凍結保存される場合、好ましくは、1月以下の間、2月間、3月間、6月間、1年間、2年間、5年間、10年間またはそれ以上の間、保存され得る。その後、使用前(例えば、使用直前(5分前以下)、10分前、20分前、30分前、1晩前など)に解凍され、場合により目的の濃度に希釈される。
【0041】
標的の細胞または組織と本発明の組成物とを接触させる工程を一時的に行うこともできる。例えば、標的の細胞、組織または臓器と本発明の組成物との接触を、培養温度(または、周囲温度など培養温度よりも低い温度)において、一定時間の間、例えば30分~数日(7日)の間、より具体的には、1時間、1.5時間、2時間、2.5時間、3時間、6時間、12時間(一晩)、18時間、24時間(1日)、2日などの期間の間、行うことができる。その後、標的の細胞、組織または臓器は、本発明の組成物を含まない新鮮な培地と交換されてもよいし、新たに本発明の組成物と標的の細胞、組織または臓器とを繰り返し接触させてもよい。
この操作において、使用する糖及びその終濃度としては、上記の終濃度、例えば、エキソビボやインビトロ(例えば、培地中の終濃度)でのグルコース 40~240 mM、スクロース 80~200 mM、トレハロース 40~200 mM、マルトース 40~200 mM、ラクトース 40~200 mMの濃度、インビボ(例えば血中)での単糖または二糖の10 mMの濃度、を用いることができる。
本発明の組成物は、例えばインビボへの投与の場合に従来使用される投与期間よりも短い期間を設定でき、これによって患者の負担を軽減できる。
【0042】
3.本発明の組成物のその他の特徴
3.1.用時調製について
本発明の組成物は、所定の濃度の糖を含む。実際に医薬組成物として利用する場合、患者の健康状態に応じて投与する糖を制限または低減させたい場合が想定される。そのような場合、本発明の組成物を使用前の用時に調製され得る。
【0043】
1実施態様において、本発明の組成物は、所定の濃度の糖を含む溶液形態で提供され得る。別の実施態様において、本発明の組成物は、用時調製される形態で提供され得る。そのような形態としては、例えば、組換えウイルスベクターを含むバイアルまたはアンプル、および糖を含むバイアルまたはアンプルを含むキットの形態であり得る。これらのバイアルまたはアンプル中のベクターおよび糖は、水溶液の形態であっても、凍結乾燥などによって乾燥された形態であってもよい。さらに、本発明に係るキットは、組換えウイルスベクターおよび糖を溶解させるための溶液(注射用水などの水性媒体)をさらに含んでもよい。さらに、本発明に係るキットは、製造業者より提供される指示書と共にパッケージングされる。
【0044】
本発明の組成物は、用時調製される場合、使用する直前(5分前以下)~12時間前(1晩前)の間、例えば10分前、20分前、30分前、1時間前、2時間前、3時間前、6時間前、12時間前(1晩前)に調製することができる。
また、本発明の組成物は、濃縮物の形態で提供されたものを、使用前(例えば、使用直前(5分前以下)~12時間前(1晩前)の間、例えば10分前、20分前、30分前など)に希釈して用いてもよい。
あるいは、本発明の組成物は、上記の濃度の糖を含む状態または含まない状態で、例えば1月以下の間、2月間、3月間、6月間、1年間、2年間、5年間、10年間またはそれ以上の間、凍結保存されて、使用前(例えば、使用直前(5分前以下)、10分前、20分前、30分前など)に解凍され、場合により目的の終濃度の糖を含む組成物に希釈され得る。
上記のように調製する場合の温度としては、培養温度以下の温度、例えば周囲温度(室温)であってもよいし、本発明の組成物の溶液が凍結しない程度の低温であってもよい。
【0045】
3.2.インビボ、エキソビボまたはインビトロでの使用
本発明の組成物は、培養細胞と接触させることができる。このような細胞としては、樹立された培養細胞、生体より採取した初代細胞等が挙げられるがこれらに限定されない。本発明の組成物により目的の遺伝子が導入された細胞は、治療、研究などの目的の用途に利用できる。
【0046】
本発明の組成物は、インビトロまたはエキソビボで使用されてもよいし、インビボで使用されてもよい。好ましくは、本発明の組成物は、医薬組成物であり、生体より取り出して再度生体に戻すための細胞を培養する際に使用されてもよいし、生体に直接投与されてもよい。また、本発明の組成物は、例えばレポーター遺伝子を有する組換えウイルスベクターを含む、試薬の形態であってもよい。
【0047】
本発明の組成物は、医薬組成物として生体中に(インビボで)投与され得る。例えば、アデノ随伴ウイルスは、分離株(型)によって様々な標的組織に指向性を有するという利点を有する。この場合、予め目的の糖濃度に調製した組成物を、注射剤、注入剤などの剤型を用いて生体に投与することができる。
また、本発明の組成物は、末梢投与、筋肉内投与、門脈内投与、髄腔内投与、脳内投与などの公知の投与経路を介して投与することもできる。
さらに、本発明の組成物は、遺伝子導入対象の臓器、組織またはその一部を隔離する手術において使用することができる。このような手術において、本発明の組成物中の組換えウイルスベクター及び糖の局所濃度を上昇させる目的で、導入対象の部位(例えば、臓器、組織、臓器または組織の一部など)の血流、リンパ液、髄液等をクランプ等を用いて一時的に隔離させて、医薬学的に利用可能な水性媒体(生理食塩水等)で置換、潅流、フラッシュさせる。その後、隔離した部位に対して本発明の遺伝子導入組成物を投与できる。このような具体例として、肝臓において門脈血を生理食塩水で一時的にフラッシュして、そこにAAVベクターを投与する方法が知られている(Mimuroら、Molecular Therapy vol. 21 no. 2 feb. 2013, 318-323)。
【0048】
3.3.医薬組成物の剤型
本発明の組成物を医薬組成物として使用する場合、例えば、経口、非経口(静脈内)、髄液、筋肉、口腔粘膜、直腸、膣、経皮、鼻腔経由または吸入経由などですることができるが、非経口的に投与するのが好ましい。静脈内投与がさらに好ましい。本発明の医薬組成物の有効成分は単独で、あるいは組み合わせて配合されても良いが、これに製薬学的に許容しうる担体あるいは製剤用添加物を配合して製剤の形態で提供することもできる。この場合、本発明の有効成分は、例えば、製剤中、0.1~20重量%、好ましくは1~5重量%で組成物中に含有できる。
【0049】
本発明の医薬組成物の有効成分は単独で、あるいは組み合わせて配合されても良いが、これに製薬学的に許容しうる担体あるいは製剤用添加物を配合して製剤の形態で提供することもできる。この場合、本発明の有効成分は、例えば、製剤中、0.1~20重量%、好ましくは1~5重量%などの量で組成物中に含有できる。また、製薬学的に許容しうる担体あるいは添加剤としては、例えば希釈剤、溶解剤、溶解補助剤、等張化剤、pH調整剤、安定化剤、色素等を用いることができる。
【0050】
非経口投与に適する製剤としては、例えば注射剤、注入剤、坐剤等を挙げることが出来る。非経口投与の場合、本発明の医薬組成物に用いる組換えウイルスベクター、糖などの成分を、水性媒体(精製水、滅菌精製水、注射用水、生理食塩水など)、ゴマ油または落花生油のいずれかに溶解するか、あるいはプロピレングリコール水溶液に溶解した溶液を使用することができる。水溶液は必要に応じて適宜に緩衝し(好適にはpH8以上)、液体希釈剤をまず等張にする必要がある。このような液体希釈剤としては、例えば、生理食塩水を使用できる。調製された水溶液は静脈内注射に適し、一方、油性溶液は関節内注射、筋肉注射および皮下注射に適する。これらすべての溶液を無菌状態で製造するには、当業者に周知の標準的な製薬技術で容易に達成することができる。
【0051】
経口投与に適する製剤の例としては、例えば、液剤またはシロップ剤等を挙げることが出来る。経口投与の場合、ラクトース(乳糖)の他、高分子量のポリエチレングリコールを挙げることができる。経口投与用として水性懸濁液および/またはエリキシルにしたい場合、活性成分を各種の甘味料または香味料、着色料または染料と併用する他、必要であれば乳化剤および/または懸濁化剤も併用し、水、エタノール、プロピレングリコール、グリセリン等、およびそれらを組み合わせた希釈剤と共に使用することができる。
【0052】
本発明に係る医薬組成物の投与量は特に限定されず、疾患の種類、患者の年齢や症状、投与経路、治療の目的、併用薬剤の有無等の種々の条件に応じて適切な投与量を選択することが可能である。本発明に係る医薬組成物の投与量は、例えば、成人(例えば、体重60 kg)1日当たり1~5000 mg、好ましくは10~1000 mgであるが、これらに限定されない。これらの1日投与量は2回から4回に分けて投与されても良い。例えば、投与単位としてvg(vector genome)を利用する場合、例えば、体重1 kgあたり、109~1014 vg、好ましくは1010~1013 vg、さらに好ましくは1010~1012 vgの範囲の投与量を選択することが可能であるが、これらに限定されない。また、上記の量は、用いるウイルスによって単位や量が変更され得る。そのような投与量としては、一般に使用される公知の量であれば本発明の組成物において使用できる。
【0053】
3.4.本発明の試薬およびキット
本発明の組成物は、培養細胞にエキソビボまたはインビトロで用いられる試薬の形態であってもよい。この場合、本発明の組成物は、水性媒体として、上記の注射用水、生理食塩水などの水性媒体に加えて、基礎培地または濃縮培地であってもよい。さらに、本発明の組換えウイルスベクターは、GFPなどの公知のレポーター遺伝子を含むものであってもよい。このようなマーカーは、例えばエキソビボもしくはインビトロにおいて遺伝子導入細胞を選択するため、インビボにおいて導入状態を検証するために用いることができる。
【0054】
本発明の組成物は、この組成物を調製するためのキットの形態で提供されてもよい。このようなキット(本発明のキットともいう)において、本発明に用いられる組換えウイルスベクターは、例えば、組換えウイルスベクター中にパッケージングされるための空のベクターDNA、ヘルパーウイルスまたはヘルパーウイルスDNAなどを含むことができる。より具体的には、例えばrAAVベクターの場合、第1のポリヌクレオチドは、使用者が目的の発現用遺伝子(ポリヌクレオチド)を組み込むためのDNAであり、第2のポリヌクレオチドは、ヘルパーウイルスをコードするDNA(例えば、AdVヘルパーなど)である。本発明のキットはまた、使用者が本発明のキットを使用して組換えウイルスベクターを調製するための手順を記載した、製造業者による指示書もさらに備え得る。
【0055】
4.本明細書中のその他の用語について
本明細書中に用いられる各用語が示す意味は以下のとおりである。本明細書中、特には説明されない用語については、当業者が通常理解する用語が意味する範囲を指すことが意図される。
【0056】
本明細書中で使用される場合、特に述べられない限り、「ウイルスベクター」、「ウイルスビリオン」、「ウイルス粒子」の各用語は、相互に交換可能に用いられる。また、「ウイルスベクター」は、特に明示されていなくても、遺伝子組換えによって調製されたベクターをいう。
【0057】
本明細書中で使用される場合、用語「ポリヌクレオチド」は、「核酸」、「遺伝子」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。本明細書中で使用される場合、用語「ヌクレオチド配列」は、「核酸配列」または「塩基配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。
【0058】
本発明に係る「ウイルスゲノム」は、特に明示されない場合、DNAの形態(例えば、cDNAまたはゲノムDNA)であっても、RNA(例えば、mRNA)の形態であってもよい。本明細書において使用されるウイルスゲノムは、二本鎖または一本鎖のDNAまたはRNAであり得る。一本鎖のDNAまたはRNAは、コード鎖(すなわちセンス鎖)であっても、非コード鎖(すなわちアンチセンス鎖)であってもよい。
【0059】
特に述べられない限り、本明細書中、rAAVゲノムがコードするプロモーター、目的遺伝子、ポリアデニレーションシグナルなどの遺伝子上の配置について説明される場合、rAAVゲノムがセンス鎖である場合についてはその鎖自体について、アンチセンス鎖である場合はその相補鎖について記載される。また、本明細書中、文脈より明らかな場合、組換えを表す「r」は省略されることもある。
【0060】
本明細書において、「タンパク質」と「ポリペプチド」とは相互に交換可能に用いられ、アミノ酸の重合体が意図される。本明細書において使用されるポリペプチドは、ペプチド標記の慣例に従って左端がN末端(アミノ末端)、右端がC末端(カルボキシル末端)である。本発明のポリペプチドの部分ペプチド(本明細書中、本発明の部分ペプチドと略記する場合がある)としては、前記した本発明のポリペプチドの部分ペプチドで、好ましくは、前記した本発明のポリペプチドと同様の性質を有するものである。
【0061】
本明細書において、用語「プラスミド」は、種々の公知の遺伝子要素、例えば、プラスミド、ファージ、トランスポゾン、コスミド、染色体等を意味する。プラスミドは特定の宿主において複製することができ、そして細胞間で遺伝子配列を輸送できる。本明細書において、プラスミドは、種々の公知のヌクレオチド(DNA、RNA、PNAおよびその混合物)を含み、一本鎖であっても二本鎖であってもよいが、好ましくは二本鎖である。例えば、本明細書において、用語「rAAVベクタープラスミド」は、特に明記しない限り、rAAVベクターゲノムおよびその相補鎖により形成される二本鎖を含むことが意図される。本発明において使用されるプラスミドは、直鎖状であっても環状であってもよい。
【0062】
本明細書中、特には説明されない用語については、当業者が通常理解する用語が意味する範囲を指すことが意図される。
【実施例0063】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
【0064】
A. 材料及び方法
(1) GFP発現AAVベクター
3種類のAAVベクター(AAV3B、yf2AAV9、AAVGT4)を使用した。yf2AAV9は、AAV9の外被蛋白VP1の446番目及び731番目のチロシン(Y)をフェニルアラニン(F)で置換している(iidaら、BioMed Research International, Vol. 2013, Article ID 974819)。AAVGT4はAAV3BのVP1の587番目のセリン(S)をアラニン(A)で置換している(配列番号:4)。いずれのAAVベクターも、cytomegalovirus promoter (CMV)プロモーター、緑色蛍光蛋白質(AcGFP)のcDNA、SV40 poly(A)からなる発現カセットを、公知のAAV3Aのinverted terminal repeats (ITR)の間に挿入している。

AAV3A: GenBank Accession # U48704(VP1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号:1に示す。)
AAV3B: GenBank Accession #AF028705.1(VP1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号:2に示す。)
AAV9: GenBank Accession # AY530579.1
yf2AAV9:(VP1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号:3に示す。)
AAVGT4:(VP1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号:4に示す。)

(b) 細胞培養
1)HEK 293細胞
5×104/well(ウェル)のHEK293細胞を播き、10% ウシ胎仔血清(FCS)-DMEM/F12培地を使用して5% CO2、37℃で培養した。
2)HepG2細胞
5×104/wellのHepG2細胞を播き、10% FCS DMEM low glucose培地(Thermo Scientific)を使用して5% CO2、37℃で培養した。

(c) 糖類
単糖類:グルコース、ガラクトース、フルクトース、マンノース
二糖類:スクロース、トレハロース、マルトース、ラクトース
最終濃度が以下になるように培地に添加した。
グルコース:0~200 mM
その他の単糖類:100 mM、200 mM
スクロース:0~187 mM
その他の二糖類:100 mM、125 mM、150 mM

(d) ウイルスベクターによる感染
上記(b)の培養細胞に (a)に記載した、GFPを発現するAAV3B-CMV-AcGFPを 6×107~5×108 vg/well、または、yf2AAV9-CMV-AcGFPを2×109 vg/well 添加し、3~6日間、培養した。

(e) GFP発現の評価
プレートリーダー(バイオテックジャパン)でGFPの蛍光強度を測定し比較した。また、蛍光顕微鏡 (オリンパスIX83)で代表的な視野の画像を撮影した。
【0065】
実験結果と考察
実験1 AAVの感染・発現に及ぼすスクロースの効果
HEK293細胞 5×104 cell/wellを96 well Optical bottom plate (ThermoFisher)に播種し、翌日、AAV3B-CMV-AcGFP 2×108vg/well、またはyf2AAV9-CMV-AcGFP 2×109 vg/well を培地中に加えた。続いて培地中の最終濃度が125 mM となるようスクロース(Wako)を添加した。具体的には培地に溶解した1.25 M スクロース溶液を培地全量の1/10量となるよう添加した。対照のスクロース(-)にはスクロース溶液と同量の培地を添加した。37℃、5% CO2インキュベーターで3日間培養後、プレートリーダー(バイオテックジャパン)でGFPの蛍光強度を測定し比較した(図1A)。また、蛍光顕微鏡 オリンパスIX83で代表的な視野の画像を撮影した(図1B)。
この実験の結果、スクロースの添加((+)で表される)によりAAV3Bは15.4倍、yf2AAV9は19.6倍、GFPの発現が上昇した。
【表1】
【0066】
実験2 スクロース、マンニトール、グルコース、NaClの発現上昇効果の有無
HEK293細胞 5×104 cell/wellを96 well Optical bottom Plateに播種し、翌日、AAV3B-CMV-AcGFP 6×107vg/wellを培地中に加えた。続いて125 mM スクロースと、浸透圧がほぼ同等になる濃度のグルコース (Sigma)、マンニトール (日本製薬)、またはNaCl(Wako)を添加した。最終濃度はそれぞれ125.0 mM、132.3 mM、132.3 mM、71.5 mMである。添加物溶液と同量の培地を添加して対照とした。37℃、5% CO2インキュベーターで3日間培養後、プレートリーダーでGFPの蛍光強度を測定し比較した(図2A)。また、蛍光顕微鏡 オリンパスIX83で代表的な視野の画像を撮影した(図2B)。
この実験の結果、スクロース、グルコース、マンニトールの添加により、それぞれ11倍、8倍、2倍の発現上昇がみられた。なお、NaClを添加した場合は発現が極端に低下した。
【表2】
【0067】
実験3 HepG2細胞における発現上昇効果
HepG2細胞 5×104 cell/wellを96 well Optical bottom plateに播種した。翌日、AAVGT4-CMV-AcGFP 5×108vg/well、またはAAV3B-CMV-AcGFP 5×108 vg/wellを培地中に加えた。続いて培地中の最終濃度が125 mM となるようスクロースを添加した。対照のスクロース (-)にはスクロース溶液と同量の培地を添加した。37℃、5% CO2インキュベーターで3日間培養後、プレートリーダーでGFPの蛍光強度を測定し比較した。
この実験の結果、ヒト肝癌由来細胞株のHepG2細胞でも、スクロース添加によってAAV3Bで16.1倍、AAVGT4で19.1倍発現が上昇した。
【表3】
【0068】
実験4 種々の添加方法によるスクロースの発現増強効果
HEK293細胞 5×104 cell/wellを96 well Optical bottom Plateに播種し、翌日、AAVベクターとスクロースを種々の添加方法で投与した。いずれも37℃、5% CO2インキュベーターで3日間培養後、プレートリーダーでGFPの蛍光強度を測定し比較した。AAVベクターはいずれもAAV3B-CMV-AcGFP 1×108 vg/well、スクロースの終濃度は125 mMとした。
第1の手法として、AAVベクター投与直後(5分以下)にスクロースを添加、スクロースをあらかじめ細胞に添加した直後(5分以下)、10分後、または1時間後でのAAVベクターを投与の4種類の方法で投与した。対照のスクロース(-)にはスクロース溶液と同量の培地を添加した。
スクロース添加群ではいずれの方法でも10倍程度の発現上昇効果が見られた(図4A)。
【表4A】

第2の手法として、AAVベクターとスクロースとをあらかじめ混和し、混和直後(5分以下)と室温1時間静置後、AAV3B-CMV-AcGFPが1×108 vg/well、スクロースの終濃度が125 mMとなるように細胞に投与した。スクロース(-)は、スクロース溶液と同量の培地をAAVベクターと混和し室温1時間静置したものを指す。上記と同様に3日後にGPF発現量を測定した。
この実験の結果、AAVベクターをスクロースと混和してから投与する方法の場合も、直後及び1時間後投与のどちらも12倍以上の発現増強効果が得られた(図4B)。
【表4B】

第3の手法として、AAV3B-CMV-AcGFPベクター1×108 vg/wellの投与直後(5分以下)にスクロース(+)培地もしくは(-)培地を添加し、その3時間後に125 mMのスクロース(+)培地又は(-)培地で全量培地交換した。上記と同様に3日後にGPF発現量を測定した。
これらの実験の結果、AAV投与直後からスクロースが存在する状態では4.9倍の増強効果であったが、AAVの感染が完了しているとみられる3時間後にスクロースを添加した場合でも2.8倍の発現増強効果が得られた(図4C)。
【表4C】
【0069】
実験5 D-グルコースとL-グルコースによる発現増強効果
自然界に存在せず細胞に利用されない(解糖系に取り込まれない)とされるL-グルコース (Sigma)、または通常存在するD-グルコースをAAV3B-CMV-AcGFPと混和・室温1時間静置後、AAVが1×108vg/well 、各グルコースの終濃度が132 mM となるよう細胞に投与した。37℃、5% CO2インキュベーターで1、2、3日間培養後、プレートリーダーでGFPの蛍光強度を測定し比較した。細胞はHEK293細胞 5×104cell/wellを96 well Optical bottom Plateに播種した翌日に用いた。
この実験の結果、投与1日後では、D-グルコース添加により17倍程度の発現増強が見られ、一方、L-グルコースの添加でも11倍の増強が見られた。この理由は、混和した糖によって細胞の代謝が賦活されたのではなく、AAVベクターの感染自体に糖が関与したと推察される(図5A)。
【表5A】

一方、D体とL体の発現強度の差(D/L)が1日後1.5倍であったのに対し3日後には2.1倍に広がっていることから、糖は細胞の活性を高めることによっても発現を増強させている可能性が推察される(図5B)。
【表5B】
【0070】
実験6 培地中のスクロース濃度による発現増強効果の違い
AAV3B-CMV-AcGFPと種々の濃度のスクロースをあらかじめ混和し、室温で1時間静置後、細胞に投与した。最終的なAAVベクターの投与量は1×108 vg/well、スクロースの終濃度は80 mM~160 mMである。スクロース (-)はスクロース溶液と同量の培地を混和した。対照として、スクロース希釈時のバッファーによる細胞傷害を防ぐため、投与3時間後、培地で調整した同濃度のスクロース溶液で培地交換を行った。37℃、5% CO2インキュベーターで3日間培養後、プレートリーダーでGFPの蛍光強度を測定し比較した。細胞はHEK293細胞 5×104 cell/wellを96 well Optical bottom Plateに播種した翌日に用いた。
この実験の結果、培地中スクロース濃度 80 mMで5倍以上の増強効果がみられた。効果は濃度依存的に上昇し、145、150、160 mMで30倍程度の高い増強効果が見られた。3日後の至適濃度は150 mMであった(図6)。なお、スクロース濃度をさらに上げ、187 mMにすると細胞が傷害を受けて剥がれ、GFP強度が2割程度と激減した(データは示さず)。
【表6】
【0071】
実験7 培地中のグルコース濃度による発現増強効果の違い
AAV3B-CMV-AcGFPと種々の濃度のグルコースをあらかじめ混和し、室温に1時間静置後、細胞に投与した。最終的なAAVの投与量は1×108 vg/well、グルコースの最終濃度は40mM~200 mMである。グルコース(-)はグルコース溶液と同量の培地を混和した。グルコース希釈時のバッファーによる細胞障害を防ぐため、投与3時間後に培地で調整した同濃度のグルコース溶液で培地交換を行った。37℃、5% CO2インキュベーターで3日間培養後、プレートリーダーでGFPの蛍光強度を測定し比較した。細胞はHEK293細胞 5×104 cell/wellを96 well Optical bottom Plateに播種した翌日に用いた。
この実験の結果、培地中グルコース濃度 80 mMで3倍以上の増強効果がみられた。この増強効果は濃度依存的に上昇し、200 mMで60倍近い増強効果が得られた(図7)。
【表7】
【0072】
実験8 二糖類のAAVの発現増強効果
HEK293細胞 5×104 cell/wellを96 well Optical bottom Plateに播種した翌日、4種の二糖類、スクロース、トレハロース、マルトース、ラクトース(スクロース以外すべてSigma)、100、125、150 mMを含む培地で培地交換したのち、AAV3B-CMV-AcGFP 1×108 vg/well を投与した。対照には糖液と同量の培地を添加した。37℃、5% CO2インキュベーターで1、2、3、6日間培養後、プレートリーダーでGFPの蛍光強度を測定し比較した(図8A)。また、蛍光顕微鏡 オリンパスIX83で代表的な視野の画像を撮影した(図8B)。
この実験の結果、投与3日後には何れの糖も濃度依存的に2~6倍の増強効果を示した。
【表8-1】
糖濃度150mMで比較すると、ラクトースが最も効果が高かったが、ラクトースは溶解度が他の糖に比べて極端に低く実際の使用には適さない可能性がある。6日後にはマルトースで発現が強くなり、糖により発現増強の現れ方に違いがあった(図8C)。
【表8-2】
【0073】
実験9 単糖類のAAVの発現増強効果
HEK293細胞 5×104 cell/wellを96 well Optical bottom Plateに播種した翌日、AAV3B-CMV-AcGFP を2種の濃度の単糖類、グルコース、ガラクトース、フルクトース、及びマンノース(全てSigma)と混和し室温に1時間静置後、細胞に投与した。最終的なAAVの投与量は1×108 vg/well、糖の濃度は100および200 mMである。対照には糖液と同量の培地を混和した。37℃、5% CO2インキュベーターで3日間培養後、プレートリーダーでGFPの蛍光強度を測定し比較した(図9A)。また、投与3日後に蛍光顕微鏡 オリンパスIX83で代表的な視野の画像を撮影した(図9B)。
この実験の結果、これらグルコース、ガラクトース、フルクトース、及びマンノースの単糖の中ではグルコースが圧倒的に高い増強効果を示し、その効果は200 mMで120倍であった。フルクトース及びマンノースの効果はスクロースと同程度であった。ガラクトースは他の糖より効果が低かった。
【表9】
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の組成物は、組換えウイルスベクターによる遺伝子導入効率を大きく向上させることができる。本発明の組成物は、遺伝子治療用の医薬として利用されることが期待できる。
【配列表フリーテキスト】
【0075】
配列番号1:AAV3A VP1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号2:AAV3B VP1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号3:yf2AAV9 VP1タンパク質(Y446F/Y731F 変異体)のアミノ酸配列
配列番号4:AAV GT4 VP1タンパク質のアミノ酸配列
図1A
図1B
図2A
図2B
図3
図4A
図4B
図4C
図5A
図5B
図6
図7
図8A
図8B
図8C
図9A
図9B
【配列表】
2024084843000001.app
【手続補正書】
【提出日】2024-05-09
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
本願明細書に記載された発明。