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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024008528
(43)【公開日】2024-01-19
(54)【発明の名称】マンガンを使用しない逆転写方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/34 20060101AFI20240112BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20240112BHJP
   C12N 9/10 20060101ALN20240112BHJP
【FI】
C12P19/34 A ZNA
C12Q1/686 Z
C12N9/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022110468
(22)【出願日】2022-07-08
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小林 哲大
【テーマコード(参考)】
4B050
4B063
4B064
【Fターム(参考)】
4B050CC07
4B050KK07
4B050KK13
4B050LL03
4B050LL05
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B064AF27
4B064CA21
4B064CC24
4B064DA13
4B064DA20
(57)【要約】
【課題】 マンガンを使用せずに、逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼを用いて逆転写反応を行う方法を提供すること。
【解決手段】 サーマス・サーモフィルス由来のDNAポリメラーゼ又はThemus sp Z05由来のDNAポリメラーゼの751位に相当するアミノ酸を改変することで、Mn2+を含まない反応液中でも効率的な逆転写反応及び逆転写反応を含む核酸増幅方法(例えば、RT-PCR方法)が可能であることを見出した。本発明はこの改変型核酸ポリメラーゼを用いた方法、組成物等を提供する。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、751位に相当する部位のアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼを用いて、マンガンイオン不存在下でRNAからcDNAを合成する逆転写反応を行う、逆転写方法。
【請求項2】
前記核酸ポリメラーゼが、配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列と96%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、751位に相当するアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている核酸ポリメラーゼである、請求項1に記載の逆転写方法。
【請求項3】
前記核酸ポリメラーゼが、配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列において751位に相当するアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている核酸ポリメラーゼである、請求項1に記載の逆転写方法。
【請求項4】
前記核酸ポリメラーゼをマグネシウムイオン共存下で反応させる、請求項1に記載の逆転写方法。
【請求項5】
精製工程を経ていない生体試料を用いて逆転写反応を行う、請求項1に記載の逆転写方法。
【請求項6】
逆転写反応を5分以下で行う、請求項1に記載の逆転写方法。
【請求項7】
前記核酸ポリメラーゼが、更に、509位及び744位からなる群より選択される少なくとも一つに相当する部位においてアミノ酸の改変を含む、請求項1に記載の逆転写方法。
【請求項8】
509位及び744位からなる群より選択される少なくとも一つに相当する部位におけるアミノ酸の改変が、ヒスチジン、リジン及びアルギニンからなる群より選択される塩基性アミノ酸への置換である、請求項7に記載の逆転写方法。
【請求項9】
以下の工程:
(a)配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、751位に相当するアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼを用いて、マンガンイオン不存在下でRNAからcDNAを合成する逆転写反応を行う工程、及び
(b)前記工程(a)の逆転写反応により生じた逆転写産物を鋳型として、前記核酸ポリメラーゼにより更に核酸増幅反応を行う工程、
を包含する、核酸増幅方法。。
【請求項10】
前記工程(a)の逆転写反応をマグネシウムイオン共存下で行う、請求項9に記載の核酸増幅方法。
【請求項11】
前記工程(a)の逆転写反応を精製工程を経ていない生体試料を用いて行う、請求項9に記載の核酸増幅方法。
【請求項12】
前記工程(a)の逆転写反応を5分以下で完了する、請求項9に記載の核酸増幅方法。
【請求項13】
RT-PCR方法である、請求項9に記載の核酸増幅方法。
【請求項14】
逆転写反応及びPCR反応を1時間以下で行うRT-PCR方法である、請求項9に記載の核酸増幅方法。
【請求項15】
請求項1に記載の逆転写方法又は請求項9に記載の核酸増幅方法に用いる試薬であって、配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、751位に相当するアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼを含む、試薬。
【請求項16】
請求項1に記載の逆転写方法又は請求項9に記載の核酸増幅方法に用いる試薬キットであって、配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、751位に相当するアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼを含む、試薬キット。
【請求項17】
マンガンイオンを生じさせる成分を含まない、請求項16に記載の試薬キット。
【請求項18】
更にマグネシウムイオンを生じさせる成分を含む、請求項16に記載の試薬キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マンガン(Mn)を使用せずに逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼで逆転写反応を行う方法及びこの逆転写反応を利用した核酸増幅方法(例えば、RT-PCR方法)等に関する。本発明は、研究分野のみならず臨床診断や環境検査等にも利用できる。
【背景技術】
【0002】
核酸増幅法は数コピーの標的核酸を可視化可能なレベル、すなわち数億コピー以上に増幅する技術であり、生命科学研究分野のみならず、遺伝子診断、臨床検査といった医療分野、あるいは、食品や環境中の微生物検査等においても、広く用いられている。
【0003】
代表的な核酸増幅法であるPCR(Polymerase Chain Reaction)は、(1)熱処理によるDNA変性(2本鎖DNAから1本鎖DNAへの解離)、(2)鋳型1本鎖DNAへのプライマーのアニーリング、(3)DNAポリメラーゼを用いた前記プライマーの伸長、という3ステップを1サイクルとし、このサイクルを繰り返すことによって、試料中の標的核酸を増幅する方法である。
【0004】
標的核酸がRNAである場合(例えば、病原性微生物の検出においてRNAウイルスを検出対象とする場合、あるいは遺伝子の発現量をmRNAの定量によって測定する場合など)では、逆転写酵素によりRNAをcDNAに変換する逆転写反応をPCRの前に行うRT-PCRも広く用いられている。
【0005】
RT-PCRにおいては、逆転写酵素及びDNAポリメラーゼの2種類の酵素を用いる2酵素系のRT-PCRと、逆転写活性を持つDNAポリメラーゼを用いる1酵素系のRT-PCRが存在する。2酵素系のRT-PCRは、逆転写酵素が高い逆転写活性を持つため、効率的なRTを可能にする。しかしながら、逆転写酵素は一般的に耐熱性を持たないものが多く、RNAが二次構造をとる場合は、十分な逆転写反応ができないことが知られている。またRT-PCRを連続的に実施する場合は、逆転写酵素とDNAポリメラーゼの2つの酵素の最適化が必要であり、各酵素の選択やそれらの最適な反応条件の検討等に時間を要していた。一方、1酵素系のRT-PCRは、一般に耐熱性を有するDNAポリメラーゼを用いて実施するため、二次構造を形成できない高温での逆転写を可能にする。しかしながら、DNAポリメラーゼによる逆転写活性は逆転写酵素と比較すると低いことが知られており、さらなる改善が求められていた。
【0006】
DNAポリメラーゼとして汎用されるTaq DNAポリメラーゼは、マグネシウムイオン(Mg2+)存在下で微弱ながら逆転写活性を持つが、その効率は非常に低く(非特許文献1)、実用上十分な逆転写反応を行うことはできない。逆転写活性を有するDNAポリメラーゼとしては、Thermus thermophilus HB8(サーマス・サーモフィルス HB8)由来のDNAポリメラーゼ(Tth)やThemus sp Z05由来のDNAポリメラーゼ(Z05)などがこれまでに知られている。これらの酵素はマンガンイオン(Mn2+)存在下で強い逆転写活性を示すことができるが、Mn2+以外の2価イオンでは逆転写活性が非常に弱いとされている(非特許文献2)。従って、これらの逆転写活性を有するDNAポリメラーゼを用いて十分な効率で逆転写反応を行う場合には、マンガンイオンを共存させることが必須と考えられていた。例えば、特許文献1、2では、逆転写活性を有する改変されたDNAポリメラーゼを用いた実施例において、酢酸マンガン(Mn(OAc))を一緒に用いるTth DNA Polymerase RT-PCR Buffer(Roche製、非特許文献3)を使用して逆転写反応の評価を行ったことを記載している。
【0007】
マンガンは環境等への有害性が懸念されており、マンガンを使用せずに反応させることができる手法の開発が望まれている。また、マンガン存在下ではDNAポリメラーゼの忠実性が低下する場合があることが知られており、忠実性の面からもマンガンを使用せずに効率よく反応させることが望まれている。
【0008】
これまでに、PCRやRT-PCRにおいてパフォーマンスを向上させるため、DNAポリメラーゼの改良が種々実施されている。例えば、特許文献3では、野生型Thermus aquaticus(Taq)DNAポリメラーゼのアミノ酸配列に特定の変異を入れることにより、マンガンを使用せずに、マグネシウムイオン共存下で効率的な逆転写を可能にすると記載している。しかし、その性能は実用上まだ十分ではなく、更なる改善が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2020-162509号公報
【特許文献2】特開2020-162510号公報
【特許文献1】特許第4468919号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Nucleic Acids Research 1989 Sep 176:8387-8388
【非特許文献2】Biochemistry. 1991 Aug 6;30(31):7661-6.
【非特許文献3】Tth DNA Polymerase(Cat.No.11 480 022 001 Product Information Sheet(製品情報シート)、Roche Diagnostics GmbH社)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記の従来技術に鑑みてなされたものであり、マンガンを使用せずに、逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼで効率的に逆転写反応を行う方法を提供することを目的とする。また、マンガンイオン不存在下において、RNAから効率よく逆転写し、その逆転写産物から核酸増幅する方法の提供等を更なる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記事情に鑑み、鋭意研究を行った結果、Thermus thermophilus(サーマス・サーモフィルス)由来のDNAポリメラーゼ(Tth DNAポリメラーゼ、配列番号1)又はThemus sp Z05由来のDNAポリメラーゼ(Z05 DNAポリメラーゼ、配列番号2)の特定部位におけるアミノ酸を改変することで、マンガンイオン(Mn2+)を含まない反応液中でも効率的な逆転写反応及びRT-PCR反応を行うことが可能であることを見出し、更に検討を重ねて、本発明を完成するに至った。
【0013】
代表的な本願発明は、以下の通りである。
[項1] 配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、751位に相当する部位のアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼを用いて、マンガンイオン不存在下でRNAからcDNAを合成する逆転写反応を行う、逆転写方法。
[項2] 前記核酸ポリメラーゼが、配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列と96%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、751位に相当するアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている核酸ポリメラーゼである、項1に記載の逆転写方法。
[項3] 前記核酸ポリメラーゼが、配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列において751位に相当するアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている核酸ポリメラーゼである、項1又は2に記載の逆転写方法。
[項4] 前記核酸ポリメラーゼをマグネシウムイオン共存下で反応させる、項1~3のいずれかに記載の逆転写方法。
[項5] 精製工程を経ていない生体試料を用いて逆転写反応を行う、項1~4のいずれかに記載の逆転写方法。
[項6] 逆転写反応を5分以下で行う、項1~5のいずれかに記載の逆転写方法。
[項7] 前記核酸ポリメラーゼが、更に、509位及び744位からなる群より選択される少なくとも一つに相当する部位においてアミノ酸の改変を含む、項1~6のいずれかに記載の逆転写方法。
[項8] 509位及び744位からなる群より選択される少なくとも一つに相当する部位におけるアミノ酸の改変が、ヒスチジン、リジン及びアルギニンからなる群より選択される塩基性アミノ酸への置換である、項7に記載の逆転写方法。
[項9] 以下の工程:
(a)配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、751位に相当するアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼを用いて、マンガンイオン不存在下でRNAからcDNAを合成する逆転写反応を行う工程、及び
(b)前記工程(a)の逆転写反応により生じた逆転写産物を鋳型として、前記核酸ポリメラーゼにより更に核酸増幅反応を行う工程、
を包含する、核酸増幅方法。。
[項10] 前記工程(a)の逆転写反応をマグネシウムイオン共存下で行う、項9に記載の核酸増幅方法。
[項11] 前記工程(a)の逆転写反応を精製工程を経ていない生体試料を用いて行う、項9又は10に記載の核酸増幅方法。
[項12] 前記工程(a)の逆転写反応を5分以下で完了する、項9~11のいずれかに記載の核酸増幅方法。
[項13] RT-PCR方法である、項9~12のいずれかに記載の核酸増幅方法。
[項14] 逆転写反応及びPCR反応を1時間以下で行うRT-PCR方法である、項9~13のいずれかに記載の核酸増幅方法。
[項15] 項1~8のいずれかに記載の逆転写方法又は項9~14のいずれかに記載の核酸増幅方法に用いる試薬であって、配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、751位に相当するアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼを含む、試薬。
[項16] 項1~8のいずれかに記載の逆転写方法又は項9~14のいずれかに記載の核酸増幅方法に用いる試薬キットであって、配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、751位に相当するアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼを含む、試薬キット。
[項17] マンガンイオンを生じさせる成分を含まない、項16に記載の試薬キット。
[項18] 更にマグネシウムイオンを生じさせる成分を含む、項16又は17に記載の試薬キット。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、マンガンイオン(Mn2+)を用いなくともRNAから効率よく逆転写反応を行うことができる。従って、マンガンイオンを使用せずに、単一の逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼで逆転写反応及び増幅反応を行うことも可能になる。マンガンは環境等への影響が懸念されているため、本発明によれば、そのような懸念が低減され、環境等にやさしい逆転写反応を行うこと等が可能になる。また、マンガン共存下で生じやすいポリメラーゼの忠実性低下の影響も低減でき、高い忠実性を維持しながら効率的な逆転写反応を行うことも可能となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例4の結果を示す図である(RT-PCR増幅曲線)。
図2】サーマス・サーモフィルス由来のDNAポリメラーゼの全長アミノ酸配列(配列番号1)及び当該アミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号2)を示す。
図3】Themus sp Z05由来のDNAポリメラーゼの全長アミノ酸配列(配列番号3)及び当該アミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号4)を示す。
図4】実施例において使用したプライマー及びプローブの塩基配列を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を示しつつ、本発明についてさらに詳説する。
【0017】
本発明は、マンガンイオンを共存させずに、逆転写活性を有する改変型核酸ポリメラーゼを用いて逆転写反応を行う方法、及びその逆転写反応を利用したRT-PCR方法等に関する。逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼとは、RNAからcDNAを合成する能力(これを「逆転写活性」(RT活性)ともいう)及び核酸を増幅する能力(これを「ポリメラーゼ活性」ともいう)を兼ね備えた核酸ポリメラーゼである。核酸ポリメラーゼは、好ましくはDNAポリメラーゼであり、ポリメラーゼ活性としてDNAを増幅するDNAポリメラーゼ活性を兼ね備えたポリメラーゼであり得る。DNAポリメラーゼとは、1本鎖の核酸を鋳型として、それに相補的な塩基配列を有するDNA鎖を合成する酵素を意味する。逆転写活性及びDNAポリメラーゼ活性の有無は、例えば、RNAを鋳型とするRT-PCRにおいて核酸増幅反応が成立するか否かで判定することができる。また例えば、後述の逆転写活性(RT活性)の評価方法に記載の手順により、当該核酸ポリメラーゼの逆転写活性の有無及びその程度を判定することができる。
【0018】
特定の実施形態において、本発明は、サーマス・サーモフィルス(Thermus thermophilus)由来のDNAポリメラーゼ又はThemus sp Z05由来のDNAポリメラーゼにおいて、751位に相当する部位でアミノ酸改変を有する変異型核酸ポリメラーゼを使用することを特徴とする。サーマス・サーモフィルス由来のDNAポリメラーゼの全長アミノ酸配列を配列番号1に示す。また、配列番号1に示されるアミノ酸配列をコードするサーマス・サーモフィルス由来の遺伝子配列を配列番号2に示す。そして、Themus sp Z05由来のDNAポリメラーゼの全長アミノ酸配列を配列番号3に示す。また、配列番号3に示されるアミノ酸配列をコードするThemus sp Z05由来の遺伝子配列を配列番号4に示す。
【0019】
一つの実施形態において、本発明において使用する核酸ポリメラーゼは、配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質において、751位に相当する部位のアミノ酸に変異(好ましくは、他のアミノ酸への置換)を含む改変型核酸ポリメラーゼであることを特徴とする。改変前のアミノ酸配列は、配列番号1又は2と完全に同一である場合に限られるものではなく、逆転写活性及びポリメラーゼ活性(好ましくはDNAポリメラーゼ活性)が維持されている限り特に制限されないが、例えば、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列との同一性が90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、更に好ましくは97%以上、更により好ましくは98%以上、なかでも99%以上であるアミノ酸配列から構成されるものが好適である。
【0020】
さらに、改変前のアミノ酸配列は、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、及び/又は付加されたアミノ酸配列であってもよい。ここで「1又は数個」とは、逆転写活性及びポリメラーゼ活性(好ましくはDNAポリメラーゼ活性)が維持される限り特に制限されないが、例えば、1~20個、好ましくは1~10個、より好ましくは1~5個である。
【0021】
前記のような配列番号1又は2と高いアミノ酸配列同一性を示す関係にある改変前のアミノ酸配列は、例えば、遺伝子工学的な手法により人為的に作製するものであってもよいし、天然に由来するタンパク質のアミノ酸配列であってもよい。このような天然に由来するアミノ酸配列としては、特に限定するものではないが、例えば、Thermus thermophilus HB8由来のDNAポリメラーゼ(Tth)、Themus sp Z05由来のDNAポリメラーゼ(Z05)、及びこれらと高い配列同一性を示すことが知られているThermotoga maritima由来のDNAポリメラーゼ(Tma)などが挙げられる。好ましくは、Tth又はZ05由来のアミノ酸配列であり、なかでも安定して高い効果を発揮し得るという観点から、Tth由来のアミノ酸配列がとりわけ好適である。
【0022】
特定の実施形態において、本発明において使用する核酸ポリメラーゼは、配列番号1又は2におけるアミノ酸配列或いは前記のような配列番号1又は2と特定の関係にあるアミノ酸配列において、751位のフェニルアラニン(F751)に相当する部位でアミノ酸改変を有する。本発明の核酸ポリメラーゼは、F751位に相当する部位におけるアミノ酸改変以外に、本発明の効果を奏する限りにおいて、他のアミノ酸部位においても任意のアミノ酸改変を含んでいてもよい。RNAからの核酸増幅をより確実に効率よく行うことが可能であるという観点から、配列番号1又は2におけるアミノ酸配列或いは前記のような配列番号1又は2と特定の関係にあるアミノ酸配列において、509位のグルタミンに相当する部位(Q509位)及び/又は744位に相当する部位(E744)に更にアミノ酸改変を有するものとするものが好適である。
【0023】
本明細書においては、塩基配列、アミノ酸配列およびその個々の構成因子については、アルファベット表記による簡略化した記号を用いる場合があるが、いずれも分子生物学・遺伝子工学分野における慣行に従う。また、本明細書においては、アミノ酸配列の変異を簡潔に示すため、例えば「F751Y」などの表記を用いる。「F751Y」は、第751番目のフェニルアラニンをチロシンに置換したことを示しており、すなわち、置換前のアミノ酸残基の種類、その場所、置換後のアミノ酸残基の種類を示している。また、配列番号は、特に断らない限り、配列表に記載された配列番号に対応する。また、多重変異体の場合は、上記の表記を「/」でつなげて表す。たとえば「Q509R/F751Y」は、第509番目のグルタミンをアルギニンに置換し、かつ、第751番目のフェニルアラニンをチロシンに置換したことを示す。なお、本明細書において、配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列と完全同一ではないアミノ酸配列おける、配列番号1又は2上のある位置(順番)に相当する部位とは、配列の一次構造を常法に従って比較(アラインメント)したときに、配列番号1又は2の当該位置と対応する位置をいうものとする。
【0024】
また、本明細書において「変異型核酸ポリメラーゼ」又は「改変型核酸ポリメラーゼ」という場合の「変異型」又は「改変型」とは、従来知られた核酸ポリメラーゼとは異なるアミノ酸配列を備えることを意味するものであり、人為的変異によるか自然界における変異によるかを区別するものではない。
【0025】
特定の好ましい実施形態において、本発明に使用する核酸ポリメラーゼは、配列番号1又は2と特定の配列同一性を示す関係にあるアミノ酸配列において、751位に相当する部位のアミノ酸を中性のアミノ酸に改変したものである。好ましくは、751位に相当する部位でのアミノ酸を、チロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、又はアスパラギンに置換したものである。チロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、アスパラギンはいずれも極性の中性側鎖を有するアミノ酸として知られており、等電点も約5.0~約5.7程度で近く、共通の性質を示し得るアミノ酸として同等の効果が発揮されることが期待できる。
【0026】
更なる好ましい実施形態において、本発明に使用する核酸ポリメラーゼは、配列番号1又は2と特定の配列同一性を示す関係にあるアミノ酸配列において、更に509位及び/又は744位に相当する部位のアミノ酸を塩基性アミノ酸に改変したものである。好ましくは、509位及び/又は744位に相当する部位のアミノ酸を、アルギニン、リジン、又はヒスチジンに置換したものである。例えば、本発明の核酸ポリメラーゼは、509位に相当する部位のアミノ酸をアルギニン、又はリジンに置換したものであり得る。塩基性アミノ酸として、アルギニンの等電点は約10.8、リジンの等電点は約9.7、ヒスチジンの等電点は約7.6あることが知られている。つまり、これらの塩基性アミノ酸はいずれも高い等電点を有しているので、共通の性質を示し得るアミノ酸として同等の効果が発揮されることが期待できる。
【0027】
本発明において使用される改変された核酸ポリメラーゼを製造する方法としては、従来からの公知の方法が使用できる。好ましくは、野生型核酸ポリメラーゼをコードする遺伝子に変異を導入して、タンパク質工学的手法により新たな機能を有する変異型(改変型)核酸ポリメラーゼを製造する方法が用いられる。
【0028】
アミノ酸の改変を導入する方法の一態様として、Inverse PCR法に基づく部位特異的変異導入法を用いることができる。例えば、KOD -Plus- Mutagenesis Kit(Toyobo製)は、(1)目的とする遺伝子を挿入したプラスミドを変性させ、該プラスミドに変異プライマーをアニーリングさせ、続いてKOD DNAポリメラーゼを用いて伸長反応を行う、(2)(1)のサイクルを15回繰り返す、(3)制限酵素DpnIを用いて鋳型としたプラスミドのみを選択的に切断する、(4)新たに合成された遺伝子をリン酸化、Ligationを実施し環化させる、(5)環化した遺伝子を大腸菌に形質転換することで、目的とする変異の導入されたプラスミドを保有する形質転換体を取得することのできるキットであり、本発明に使用する核酸ポリメラーゼの作製に好適に用いることができる。
【0029】
本発明に使用する核酸ポリメラーゼは、Sso7dやPCNAの融合タンパク質の形態であってもよい。また、Hisタグ、GSTタグなどのタンパク質タグを付加した融合タンパク質であってもよい。
【0030】
上記核酸ポリメラーゼ遺伝子を必要に応じて発現ベクターに移し替え、宿主として例えば大腸菌を、該発現ベクターを用いて形質転換した後、アンピシリン等の薬剤を含む寒天培地に塗布し、コロニーを形成させる。コロニーを栄養培地、例えばLB培地や2×YT培地に接種し、37℃で12~20時間培養した後、菌体を破砕して粗酵素液を抽出する。ベクターとしては、pBluescript由来のものが好ましい。菌体を破砕する方法としては公知のいかなる手法を用いても良いが、例えば超音波処理、フレンチプレスやガラスビーズ破砕のような物理的破砕法やリゾチームのような溶菌酵素を用いることができる。
【0031】
上記方法により選抜された菌株から精製核酸ポリメラーゼを取得する方法は、いかなる手法を用いても良いが、例えば下記のような方法がある。栄養培地に培養して得られた菌体を回収した後、酵素的または物理的破砕法により破砕抽出して粗酵素液を得る。得られた粗酵素抽出液から熱処理、例えば80℃、30分間処理し、その後硫安沈殿により核酸ポリメラーゼ画分を回収する。この粗酵素液をセファデックスG-25(アマシャムファルマシア・バイオテク製)を用いたゲル濾過等の方法により脱塩を行うことができる。この操作の後、ヘパリンセファロースカラムクロマトグラフィーにより分離、精製し、精製酵素標品を得ることができる。該精製酵素標品はSDS-PAGEによってほぼ単一バンドを示す程度に純化される。
【0032】
本発明に使用する核酸ポリメラーゼが、逆転写活性及びDNAポリメラーゼ活性を有するか否かは、具体的には、下記のような方法により測定することができる。
【0033】
[逆転写活性(RT活性)の評価方法]
本発明に使用する核酸ポリメラーゼは、従来のものと比べて逆転写活性に優れ、短時間で逆転写反応を行うことが可能であり得る。具体的には、特に限定はされないが、標的RNAの全長が例えば50~300bpである場合に、好ましくは150~250bpである場合に、その標的RNAからの逆転写反応が5分以下で完了するものである。本発明において、逆転写活性はリアルタイムRT-PCRで算出されるCt、もしくはCq値から評価できる。得られたCtが1小さいことはすなわち逆転写効率が2倍、2小さいことは逆転写効率が4倍であることを示す。
【0034】
[DNAポリメラーゼ活性測定法]
本発明においては、純化されたDNAポリメラーゼの活性は、以下に示す方法により測定する。酵素活性が強い場合には、保存緩衝液(50mM Tris-HCl(pH8.0),50mM KCl,1mM ジチオスレイトール,0.1% Tween20,0.1% Nonidet P40,50% グリセリン)でサンプルを希釈して測定を行う。(1)下記のA液25μl、B液5μl、C液5μl、滅菌水10μl、及び酵素溶液5μlをマイクロチューブに加えて、75℃にて10分間反応する。(2)その後氷冷し、E液50μl、D液100μlを加えて、攪拌後更に10分間氷冷する。(3)この液をガラスフィルター(ワットマン製GF/Cフィルター)で濾過し、0.1N 塩酸およびエタノールで十分洗浄する。(4)フィルターの放射活性を液体シンチレーションカウンター(パッカード製Tri-Carb2810 TR)で計測し、鋳型DNAのヌクレオチドの取り込みを測定する。酵素活性の1単位はこの条件で30分当りの10nmolのヌクレオチドを酸不溶性画分(即ち、D液を添加したときに不溶化する画分)に取り込む酵素量とする。
A液:40mM Tris-HCl緩衝液(pH7.5)16mM 塩化マグネシウム15mM ジチオスレイトール100μg/ml BSA(牛血清アルブミン)
B液:1.5μg/μl 活性化仔牛胸腺DNA
C液:1.5mM dNTP(250cpm/pmol [3H]dTTP)
D液:20% トリクロロ酢酸(2mM ピロリン酸ナトリウム)
E液:1mg/ml 仔牛胸腺DNA
【0035】
本発明に使用する核酸ポリメラーゼは、当該分野で公知の任意の核酸増幅方法において使用することができるものである。核酸増幅のための温度・時間・反応サイクル等の条件は、増幅したい核酸の種類や塩基の配列、鎖長等によって変わるが、当業者であれば適宜設定できる。通常、PCRやRT-PCRでは、(1)熱処理によるDNA変性(2本鎖DNAから1本鎖DNAへの解離)、(2)鋳型1本鎖DNAへのプライマーのアニーリング、(3)DNAポリメラーゼを用いた前記プライマーの伸長、という3ステップを1サイクルとし、このサイクルを繰り返す。本発明における伸長時間とは、(3)のプライマーを伸長させる反応に必要な1サイクルの時間を示す。また、PCRやRT-PCRでは、上記の(2)アニーリング及び(3)プライマーの伸長を同温度で、2ステップで行う場合もある。この場合には、本発明の伸長時間とは、便宜上 、(2)アニーリング及び(3)伸長を並行して行う時間を伸長時間という。一例として、本発明の核酸ポリメラーゼを用いる核酸増幅法として、PCRやRT-PCRを行う場合では、伸長時間を1kbあたり30秒以下にしてもよい。
【0036】
特定の実施形態では、本発明に使用する核酸ポリメラーゼは、PCR反応サイクルの高温下でも十分に機能し得る程度の耐熱性を備えていることが好ましい。例えば、85℃で1分以上の熱処理を実施しても、酵素活性が半分以上低下しないレベルの耐熱性を有するものが好ましい。例えば、 RT-PCRに用いられる反応温度としては、特に限定されないが、40~80℃での逆転写反応後に90~100℃での熱変性と40~80℃での会合・伸長反応を行うPCR反応サイクル条件が挙げられ、好ましくは、50~65℃での逆転写反応後に94~98℃での熱変性と55~65℃での会合・伸長反応を行うPCR反応サイクル条件(例えば、60℃での逆転写反応後に95℃での熱変性と60℃での会合・伸長反応を行うPCR反応サイクル条件)を例示することができる。本発明に使用する核酸ポリメラーゼは、このような温度範囲において良好な活性が維持されるものであり、効果的に核酸を増幅することが可能である。
【0037】
通常、TthやZ05などのDNAポリメラーゼで逆転写する際は、マンガン(Mn)イオンを必要とする。一方、本発明の逆転写方法及び/又は逆転写反応を含む核酸増幅方法では、逆転写反応時に従来必要とされていたマンガンイオンが存在しなくてもよいことを大きな特徴としている。従って、本発明の逆転写方法及び/又は逆転写反応を含む核酸増幅方法は、マンガンイオンを生じさせる成分(例えば、塩化マンガン、硫酸マンガン、酢酸マンガン等のマンガン塩)を含まない条件下で逆転写反応を行うように実施される。マンガンは環境等への有害性が懸念されており、マンガンを使用せずに逆転写反応及び逆転写反応を含む核酸増幅方法(例えば、RT-PCR方法)を実施できることは非常に有益である。
【0038】
一つの実施形態において、本発明の逆転写方法及び/又は逆転写反応を含む核酸増幅方法は、マンガンイオンに替えて、マンガンイオン以外の二価イオン(好ましくは、二価陽イオン)が共存する条件下で、逆転写反応を行うことが好ましい。なかでも、逆転写反応時にマンガンイオンの代わりにマグネシウム(Mg)イオンを生じさせる成分が添加されていることが好ましい。マグネシウムイオンを生じさせる成分としては、例えば、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、酢酸マグネシウム等のマグネシウム塩が挙げられるが、これらに限定されない。
【0039】
本発明の逆転写方法及び逆転写反応を含む核酸増幅方法は、精製工程を経ていない生体試料内の核酸を精製することなく使用して、逆転写反応及び/又は増幅反応を行うことが可能である。精製とは、生体試料の組織、細胞壁などの夾雑物質と生体試料中の核酸を分離する方法であり、フェノールあるいはフェノール・クロロホルム等を用いて、核酸を分離する方法や、イオン交換樹脂、ガラスフィルターあるいはタンパク凝集作用を有する試薬によって核酸を分離する方法がある。
【0040】
一つの実施形態において、本発明における逆転写方法及び逆転写反応を含む核酸増幅方法は、生体試料をこれらの精製法をとることなく、逆転写反応液及び/又は核酸増幅反応液に添加し、逆転写反応を行う方法及び/又は増幅反応を行う方法であり得る。本発明において「精製工程を経ていない生体試料」とは、生体試料そのもの、あるいは液体の生体試料を水などの溶媒を用いて希釈したもの、固体の生体試料を水などの溶媒に添加し熱をかけて破砕させたものなどが挙げられる。
【0041】
臓器や細胞、ウイルスなど、増幅対象となる核酸が試料の組織内に存在する場合、前記核酸を抽出するために組織を破壊する行為(物理的な処理による破壊、界面活性剤などを使用した破壊など)は、本発明で言う精製に該当しない。また、前記方法で得られた試料、または、生体試料を、緩衝液などにより希釈する行為も本発明で言う精製に該当しない。
【0042】
本発明の方法に適用する生体試料は、生体から採取された試料であれば特に限定されない。例えば、動植物組織、体液、排泄物、細胞、細菌、ウイルス等をいう。体液には糞便や血液、唾液が含まれ、細胞には血液から分離した白血球が含まれるが、これらに限定されるものではない。
【0043】
一つの好ましい実施形態において、本発明の逆転写方法及び/又は逆転写反応を含む核酸増幅方法は、RNAからcDNAを合成する逆転写反応を5分以下で完了できる。RNAからcDNAを合成する逆転写反応を5分以下で完了できるとは、例えば、全長が50~300bpの標的RNAからのcDNAの合成が5分以下で完了することをいい、好ましくは、全長が150~250bpの標的RNAからのcDNAの合成が5分以下で完了することをいう。この場合の逆転写反応時間の下限値は特に限定されないが、例えば、1分以上、3分以上、又は4分以上であり得る。
【0044】
本発明に使用する核酸ポリメラーゼは、上記のように短時間で逆転写反応を行うことができるだけでなく、PCR反応などの増幅反応も効率よく行うことができる。従って、更なる好ましい実施形態において、本発明の核酸増幅方法は、別途、逆転写酵素を組み合わせて使用する必要がなく、単独で、逆転写反応及び増幅反応(例えば、RT-PCR反応)を行うこともできる。本発明では特定の改変型核酸ポリメラーゼを使用することにより、逆転写反応及び増幅反応を効率的に行えるので、逆転写反応及び増幅反応の全体に要する時間も短縮することができ、例えば、逆転写反応及びPCR反応(RT-PCR反応)を1時間以下で行うこともできる。この場合の逆転写反応及びPCR反応に係る時間の下限値は特に限定されないが、例えば、30分間以上、40分間以上、又は50分間以上であり得る。
【0045】
一つの実施形態において、本発明の核酸増幅方法は、前記の本発明の核酸ポリメラーゼに加えて、更に別のDNAポリメラーゼを組み合わせて使用してもよい。本発明の核酸ポリメラーゼと組み合わせて用いられる別のDNAポリメラーゼは、当該分野で公知の任意のDNAポリメラーゼであり得るが、例えば、上記本発明で用いる改変型核酸ポリメラーゼ以外のThermus thermophilus由来DNAポリメラーゼ若しくはThemus sp Z05由来DNAポリメラーゼ、又はTaq DNAポリメラーゼ等のThermus aquaticus由来DNAポリメラーゼ、Tma DNAポリメラーゼ等のThermotoga maritima由来DNAポリメラーゼ、KOD DNAポリメラーゼ等のThermococcus kodakarensis由来DNAポリメラーゼ、Pfu DNAポリメラーゼ等のPyrococcus furiosus由来DNAポリメラーゼ等を挙げることができる。なお、本明細書で、例えばThermus aquaticus由来DNAポリメラーゼという場合、Thermus aquaticusから単離された野生型DNAポリメラーゼに限定されず、当該野生型DNAポリメラーゼと高いアミノ酸配列同一性(例えば、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上のアミノ酸配列同一性)を示すDNAポリメラーゼ変異体又は当該野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、及び/又は付加されたDNAポリメラーゼ変異体も含み、他の微生物に由来するDNAポリメラーゼも同様であり得る。好ましくは、組み合わせて用いられる別のDNAポリメラーゼは、上記改変型核酸ポリメラーゼ以外のThermus thermophilus由来DNAポリメラーゼ又はThemus sp Z05由来DNAポリメラーゼであり、より好ましくはTth DNAポリメラーゼ又はZ05 DNAポリメラーゼであり、更に好ましくはTth DNAポリメラーゼである。本発明の核酸ポリメラーゼともう1つ別のDNAポリメラーゼとを組み合わせて核酸増幅反応(例えば、RT-PCR反応)を行うことを二酵素系の核酸増幅反応(例えば、二酵素系RT-PCR反応)などといい、本発明の核酸ポリメラーゼはこのような態様でも好適に実施され得る。
【0046】
本発明の方法は、逆転写反応を必要とするRNAからの核酸増幅法(例えば、RT-PCR)に適用することが特に有益である。このようなRT-PCR法では、例えば、少なくとも1種のプライマー、dNTP(デオキシリボヌクレオチド三リン酸)を反応させることによりプライマーを伸長して、DNAプライマー伸長物を合成する。具体的には、プライマーエクステンション法、シークエンス法、従来の温度サイクルを行わない方法およびサイクルシーケンス法等に適用することが可能である。
【0047】
更なる実施形態として、本発明は、前記のような逆転写方法及び/又は逆転写反応を含む核酸増幅方法に用いる試薬を提供する。当該試薬は、前記のような本発明に使用する特定の改変型核酸ポリメラーゼを少なくとも含めばよい。この試薬は、任意の逆転写反応及び核酸増幅反応に用いられ得るが、一つの実施形態として、DNAポリメラーゼ活性だけでなく、逆転写活性も有する核酸ポリメラーゼを含むので、例えば、RNAからの核酸増幅のために使用することができ、好ましくは、RT-PCR法において使用することができる。RT-PCRとしては、RT-PCRやqRT-PCR等が挙げられるが、これらに限定されない。即ち、本発明の試薬は、鋳型となる標的核酸(検出対象核酸)がRNAであっても核酸増幅できるため、汎用性の高い試薬とすることができる。本発明の試薬における前記改変型核酸ポリメラーゼの量は、本発明の効果を奏する限りにおいて限定されないが、例えば、逆転写反応及び/又は核酸増幅反応における終濃度が0.1~20U/20μlとなるような量を例示することができる。
【0048】
核酸増幅用試薬の一例としては、一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に互いに相補的である2種のプライマー、dNTP、及び上記のような本発明の核酸ポリメラーゼ、2価イオン、1価イオン及び緩衝液を含み、さらに具体的には、一方のプライマーが他方のプライマーDNA伸長生成物に相補的である2種のプライマー、dNTP及び上記核酸ポリメラーゼ、マグネシウムイオン、アンモニウムイオン及び/又はカリウムイオン、BSA、上述のような非イオン界面活性剤及び緩衝液を含むものとすることができる。RT-PCRに用いる試薬とする場合には、限定はされないが、例えば、反応液中終濃度が1mM以上となるマグネシウム塩 などの塩を含むことが好ましい。マグネシウム塩としては、例えば、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、酢酸マグネシウム等のマグネシウム塩を挙げることができる。また、核酸増幅用試薬は、前記の逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼ以外に、他の核酸ポリメラーゼ(例えば、別のDNAポリメラーゼ)を更に含んでいてもよい。
【0049】
核酸増幅用試薬の別の実施態様としては、一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に互いに相補的である2種のプライマー、dNTP及び上述したような本発明における核酸ポリメラーゼ、2価イオン、1価イオン、緩衝液及び必要に応じて耐熱性核酸ポリメラーゼのポリメラーゼ活性及び/又は3’-5’エキソヌクレアーゼ活性を抑制する活性を有する抗体を含む核酸増幅用試薬がある。該抗体としては、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体などが挙げられる。本核酸増幅用試薬は、PCRの感度上昇、非特異的増幅の軽減に特に有効である。
【0050】
本発明の更なる別の一態様は、上記のような本発明に使用する特定の改変型核酸ポリメラーゼを少なくとも含む試薬キットであり得る。具体的には、本キットは、RNAからcDNAを合成する逆転写反応及び/又はRNAを鋳型とする核酸増幅反応を行うために用いられ得る。当該キットは、逆転写活性が向上した核酸ポリメラーゼを含むため、RNAを鋳型とする核酸増幅反応に好適に用いることができ、例えば、RT-PCR法等に好適に用いることができる。本発明では、特定の改変型核酸ポリメラーゼを使用することにより、マンガンイオンを必要とせずに、逆転写反応を行うことができるため、当該キットは、マンガンイオンを生じさせる成分(マンガン塩等)を含む必要が無い。好ましくは、当該キットはマグネシウムイオンを生じさせる成分(マグネシウム塩等)を含む態様であるのがよい。当該キットには、本発明の核酸増幅方法の手順を記載した添付文書等が含まれていてもよい。
【0051】
更なる実施形態として、本発明は、前記のような本発明の核酸ポリメラーゼ、当該核酸ポリメラーゼを含む核酸増幅用試薬、又は当該核酸増幅用試薬を含む核酸増幅用キットを用いる核酸増幅方法を提供する。当該核酸増幅方法は、少なくとも以下の工程を含む方法であることが好ましい:
(a)配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、751位に相当するアミノ酸がチロシン、システイン、グルタミン、セリン、トレオニン、及びアスパラギンからなる群より選択される極性側鎖を有する中性アミノ酸に置換されている逆転写活性を有する核酸ポリメラーゼを用いて、マンガンイオン不存在下でRNAからcDNAを合成する逆転写反応を行う工程、及び
(b)前記工程(a)の逆転写反応により生じた逆転写産物を鋳型として、前記核酸ポリメラーゼにより更に核酸増幅反応を行う工程、
上記方法によれば、前記工程(a)及び(b)を単一の改変型核酸ポリメラーゼにより実施するので、複数の酵素を組み合わせて用いる必要がなく、効率的に核酸増幅反応を行うことができる。また、特定の実施形態では、前記工程(b)においてTth DNAポリメラーゼ等の別のDNAポリメラーゼを更に組み合わせて使用してもよい。本発明に用いる核酸ポリメラーゼ、核酸増幅用試薬、及びキットは、マンガンイオンが存在しなくても、優れた逆転写活性を発揮することができるので、RNAを鋳型とする核酸増幅方法に好適である。本発明の核酸増幅方法は、例えば、RT-PCR反応を行う工程を包含する方法であり得る。逆転写反応工程は、本発明の核酸ポリメラーゼを鋳型RNAと所定条件(例えば、50~65℃で1~30分間)下で共存させることにより行うことができる。
【0052】
前述のように、本発明によれば、マンガンイオンを生じさせる成分を使用せず、これに替えてマグネシウムイオン等の二価イオンを生じさせる成分を共存させることによっても、逆転写反応を効率的に行うことができる。従って、本発明の核酸増幅方法は、マンガンイオン以外の二価イオンを生じさせる成分を共存させる条件下で逆転写反応を行う工程を包含する方法であってもよいし、好ましくは、マンガンイオンに替えてマグネシウムイオンを共存させる条件下で逆転写反応を行う工程を包含する方法であってもよい。更に、本発明によればは精製工程を経ておらず核酸増幅反応を阻害し得る夾雑物質を含み得る生体試料からであっても逆転写反応(及び必要に応じてその後の増幅反応)を行うことができることも確認されている。従って、本発明の方法は、精製工程を経ていない生体試料を用いて逆転写反応を行う工程及び/又は増幅反応を行う工程を包含する方法であってもよい。また、本発明の方法は効率よく短時間で逆転写反応及び増幅反応を行うこともできる。従って、本発明の核酸増幅方法は、RNAからcDNAを合成する逆転写反応を5分以下で行う工程を包含する方法とすることができ、更には、逆転写反応及びPCR反応の全体にかかる時間が1時間以下であるRT-PCR方法としてもよい。
【0053】
以下、本発明を実施例に基づき、より詳細に説明する。なお、本発明は実施例に特に限定されるものではない。
【実施例0054】
実施例1
DNAポリメラーゼプラスミドの作製
人工合成により作成したThermus thermophilus HB8由来のDNAポリメラーゼ遺伝子(配列番号2)、Themus sp Z05由来のDNAポリメラーゼ遺伝子(配列番号4)をpBluescriptにクローニングし、それぞれ野生型Tth、Z05 DNAポリメラーゼを組み込んだプラスミドを作製した(それぞれpTth、pZ05)。変異をもつプラスミドの作製には、pTth、pZ05を鋳型に、KOD -Plus- Mutagenesis Kit(Toyobo)を用いて、方法は取扱い説明書に準じて行った。二重変異の一部については作製した変異プラスミドを鋳型に、同様のキットを用いてさらに変異を入れることで作製した。作製したプラスミド、及びその際に使用した鋳型・プライマーを表1に示す。得られたプラスミドはエシェリシア・コリJM109を形質転換し、酵素調製に用いた。
【0055】
【表1】
【0056】
実施例2
DNAポリメラーゼの作製
実施例1で得られた菌体の培養は、以下のようにして実施した。まず、滅菌処理した100μg/mlのアンピシリンを含有するTB培地(Molecular cloning 2nd edition、p.A.2)80mLを、500mL坂口フラスコに分注した。この培地に予め100μg/mlのアンピシリンを含有する3mlのLB培地(1%バクトトリプトン、0.5%酵母エキス、0.5%塩化ナトリウム;ギブコ製)で37℃、16時間培養したエシェリシア・コリJM109(プラスミド形質転換株)(試験管使用)を接種し、37℃にて16時間通気培養した。培養液より菌体を遠心分離により回収し、50mlの破砕緩衝液(30mM Tris-HCl緩衝液(pH8.0)、30mM NaCl、0.1mM EDTA)に懸濁後、ソニケーション処理により菌体を破砕し、細胞破砕液を得た。次に細胞破砕液を80℃にて15分間処理した後、遠心分離にて不溶性画分を除去した。更に、ポリエチレンイミンを用いた除核酸処理、硫安塩析、ヘパリンセファロースクロマトグラフィーを行い、最後に保存緩衝液(50mM Tris-HCl緩衝液(pH8.0)、50mM 塩化カリウム、1mM ジチオスレイトール、0.1% Tween20、0.1%ノニデットP40、50%グリセリン)に置換し、耐熱性DNAポリメラーゼを得た。
【0057】
上記精製工程のDNAポリメラーゼ活性測定は、以下の操作で行った。また、酵素活性が高い場合はサンプルを希釈して測定を行った。
【0058】
(試薬)
A液: 40mM Tris-HCl緩衝液(pH7.5)、16mM 塩化マグネシウム、15mM ジチオスレイトール、100μg/ml BSA
B液: 1.5μg/μl 活性化仔牛胸腺DNA
C液: 1.5mM dNTP(250cpm/pmol [3H]dTTP)
D液: 20% トリクロロ酢酸(2mM ピロリン酸ナトリウム)
E液: 1mg/ml 仔牛胸腺DNA
【0059】
(方法)
A液25μl、B液5μl、C液5μl及び滅菌水10μlを、マイクロチューブに加えて攪拌混合後、上記精製酵素希釈液5μlを加えて、75℃で10分間反応する。その後冷却し、E液50μl、D液100μlを加えて、攪拌後更に10分間氷冷する。この液をガラスフィルター(ワットマン製GF/Cフィルター)で濾過し、0.1N塩酸及びエタノールで十分洗浄し、フィルターの放射活性を液体シンチレーションカウンター(パッカード製Tri-Carb2810 TR)を用いて計測し、鋳型DNAへのヌクレオチドの取り込みを測定した。酵素活性の1単位はこの条件下で30分当り10nmolのヌクレオチドを酸不溶性画分に取り込む酵素量とした。この結果、作製されたいずれの改変型DNAポリメラーゼも十分なDNAポリメラーゼ活性を有していることが確認された。
【0060】
実施例3
RT-PCRによるインフルエンザRNAの検出
実施例2で作製したDNAポリメラーゼを用いて、RNAからの1ステップでのRT-PCRを実施した。RT-PCRには5×Buffer for rTth/TTx(DNA/RNA)(Toyobo製)を用い、1×Buffer、および2.5mM Mn(OAc)もしくは2.5mM MgCl、0.4mM dNTPs、インフルエンザRNAを増幅する0.4pmolのプライマー(配列番号13及び14)、0.2pmolのプローブ(配列番号15)、1Uの抗体混合酵素を含む20μlの反応液にインフルエンザRNA、10コピーを添加し、90℃、30秒の前反応の後、60℃、5分の逆転写反応、95℃、60秒での再度、前反応後、95℃、5秒→60℃、30秒を40サイクル繰り返すスケジュールでリアルタイムPCRを行った。酵素には野生型Tth DNAポリメラーゼ、改変型Tth DNAポリメラーゼ(E683K、F751Y)、野生型のZ05 DNAポリメラーゼ、改変型Z05 DNAポリメラーゼ(F751Y)を使用し、N=2の試験を実施した。
【0061】
表2にはTth DNAポリメラーゼと改変型Tth DNAポリメラーゼ(E683K、F751Y)のCt値をまとめた結果を示す。Mn(OAc)存在下、野生型のTth DNAポリメラーゼと比較し、F751Yの改変型Tth DNAポリメラーゼのCtは若干小さく、効率よくRT-PCRを実施できた。また、Mn(OAc)に替えてMgClを使用した条件下では、野生型のTth DNAポリメラーゼを用いた場合にCt値の大幅な遅れが確認された。一方、F751Yの改変型Tth DNAポリメラーゼを用いる場合のCt値は6程度小さく、50倍以上効率よく、RT-PCRを実施できた。特許第4468919号記載の変異体であるE683Kと比較しても、Ct値は1~2程度小さく、2~4倍程度効率が良いことが示された。
【0062】
表3にはZ05 DNAポリメラーゼと改変型Z05 DNAポリメラーゼ(F751Y)のCt値をまとめた結果を示す。Mn(OAc)存在下、野生型のZ05 DNAポリメラーゼと比較し、F751Yの改変型Z05ポリメラーゼの場合のCtは変化は見られなかった。また、Mn(OAc)に替えてMgClを使用した条件下では、野生型のZ05 DNAポリメラーゼを用いた場合に野生型Tth DNAポリメラーゼと同様にCt値の大幅な遅れが確認された。一方、F751Yの改変型Z05 DNAポリメラーゼを用いる場合のCt値は3倍程度小さく、10倍程度効率よく、RT-PCRを実施できた。この結果から、Tth DNAポリメラーゼにおける改変体と同様に、Z05 DNAポリメラーゼにおける改変体であっても、改変型DNAポリメラーゼでRT-PCRの効率が改善しており、マンガンイオン不存在下でも有効に逆転写反応を行うことができていることが示された。
【0063】
【表2】
【0064】
【表3】
【0065】
本試験例で使用した反応液は、前記の改変型DNAポリメラーゼ以外に逆転写酵素を含まないことから、本発明のように特定のDNAポリメラーゼを使用することにより、全く予想外のことにマンガンイオン不存在下でも高い逆転写活性を発揮できたことが分かる。本試験例の結果から、このDNAポリメラーゼを単一の反応酵素として使用する場合であっても、逆転写反応及び増幅反応(PCR反応)を効率よく行うことができることが示された。
【0066】
実施例4
RT-PCRによるSARS-CoV-2 RNAの検出
実施例2で作製した改変型Tth DNAポリメラーゼ(F751Y)を用いて、マンガンイオン不存在下でRNAからの1ステップでのRT-PCRを実施した。RT-PCRには5×Buffer for rTth/TTx(DNA/RNA)(Toyobo製)を用い、1×Buffer、2.5mM MgCl、0.4mM dNTPs、SARS-CoV-2 RNAを増幅する0.4pmolのプライマー(配列番号16及び17)、0.2pmolのプローブ(配列番号18)、1Uの抗体混合酵素を含む20μlの反応液にSARS-CoV-2 RNA 2500、625、156、39、10、0コピーを添加し、90℃、30秒の前反応の後、60℃、5分の逆転写反応、95℃、60秒での再度、前反応後、95℃、5秒→60℃、30秒を40サイクル繰り返すスケジュールでリアルタイムPCRを行った。
【0067】
図1は、RT-PCRの増幅曲線、表4にはCt値を示す。マンガンイオンを生じさせる成分に替えて、MgClを使用した場合でも、10コピーのRNAまで検出が可能であった。本発明により、有害な影響が懸念されているMnを使用することなく、RT-PCRが可能であり、環境等への影響を減らすことが可能となることが分かる。
【0068】
【表4】
【0069】
実施例5
RT-PCRによるノロウイルスRNAの検出
実施例2で作成した改変型Tth DNAポリメラーゼ(Q509R/F751Y)を用いて、マンガンイオン不存在下でRNAからの1ステップでのRT-PCRを実施した。RT-PCRには5×Buffer for rTth/TTx(DNA/RNA)(Toyobo製)を用い、1×Buffer、3.75mM MgCl、0.4mM dNTPs、ノロウイルス検出キットG1/G2-高速プローブ検出 Quick Step-付属のプライマー液 2μL、プローブ液 2μL、6Uの抗体混合酵素を含む20μlの反応液にノロウイルスG1 RNA、およびG2 RNAそれぞれ10、10、25コピーを添加し、90℃、60秒の前反応の後、56℃、5分の逆転写反応後、95℃、1秒→56℃、10秒を5サイクル、95℃、1秒→54℃、10秒を5サイクル、95℃、1秒→52℃、10秒を40サイクルでリアルタイムPCRを行った。
【0070】
ノロウイルス検出キットG1/G2-高速プローブ検出 Quick Step-付属のプライマー液、プローブ液は、反応が問題なく実施されるとインターナルコントロール(IC)としてFAMのシグナルが得られる。また、G1型ノロウイルスRNAが含まれるとCy5のシグナルが、G2型ノロウイルスRNAが含まれるとROXのシグナルが得られる。表5にはCt値を示す。今回、マンガンイオンを含まず、これに替えてマグネシウムイオンを含む反応系でもIC、G1型、G2型すべての検出が可能であった。今回の反応は約1時間でRT-PCRが完了する高速サイクルとなっている。このような条件でも問題なく反応が実施された。また本反応系に10%糞便液1μLを添加しても、同様の結果が得られた。このことからMnを使用せず、替わりにMg存在下とした場合でも高速かつ阻害物質を含む条件で反応が実施できることが示された。
【0071】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明により、分子生物学の分野において有用な逆転写方法及び逆転写反応を含む核酸増幅方法(例えば、RT-PCR方法)が提供される。本発明により、従来は一般的に必要と考えられてきたマンガンを使用せずに逆転写反応を実施できるという利点がある。これにより、例えば、マンガンによる環境等への影響を抑えて、環境等にやさしい反応を可能にする。また、マンガンの使用が不要になることから、マンガン存在下で生じ得るポリメラーゼの忠実性低下の影響も抑えられることが期待できる。本発明は、遺伝子発現解析に際して特に有用であり、研究用途のみならず臨床診断や環境検査等にも利用できる。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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