(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024085381
(43)【公開日】2024-06-26
(54)【発明の名称】NT3発現増強用組成物、および聴覚機能改善用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 36/185 20060101AFI20240619BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240619BHJP
A61P 27/16 20060101ALI20240619BHJP
A61K 31/366 20060101ALI20240619BHJP
【FI】
A61K36/185
A61P43/00 107
A61P27/16
A61K31/366
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023181520
(22)【出願日】2023-10-23
(31)【優先権主張番号】P 2022199722
(32)【優先日】2022-12-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】593106918
【氏名又は名称】株式会社ファンケル
(74)【代理人】
【識別番号】110004152
【氏名又は名称】弁理士法人お茶の水内外特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上野(坂井) 友美
(72)【発明者】
【氏名】山田 昌良
(72)【発明者】
【氏名】相原 幸音
【テーマコード(参考)】
4C086
4C088
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086CA01
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA34
4C086ZB22
4C088AB12
4C088AC01
4C088BA09
4C088BA10
4C088BA23
4C088BA32
4C088CA05
4C088CA06
4C088CA08
4C088NA14
4C088ZA34
4C088ZB22
(57)【要約】
【課題】アタンシ抽出物を有効成分として含有するNT3の発現増強用組成物及び聴覚機能改善用組成物を提供することを課題とする。
【解決手段】アタンシの抽出物を有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物及び聴覚機能改善用組成物とする。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アタンシの抽出物を有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物。
【請求項2】
アタンシの抽出物を有効成分として含有する、聴覚機能低下予防及び/又は改善用組成物。
【請求項3】
アタンシの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴の予防及び/又は改善用組成物。
【請求項4】
アタンシの抽出物が水、アルコール類、水とアルコール類の混合溶媒による抽出物である請求項1~3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
ブルセインA、ブルセインD、ブルサトールからなる群から選ばれる1以上を有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物。
【請求項6】
ブルセインA、ブルセインD、ブルサトールからなる群から選ばれる1以上を有効成分として含有する、聴覚機能低下予防及び/又は改善用組成物。
【請求項7】
ブルセインA、ブルセインD、ブルサトールからなる群から選ばれる1以上を有効成分として含有する、加齢性難聴の予防及び/又は改善用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NT3発現増強用組成物、および聴覚機能改善作用を有する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
内耳の有毛細胞や聴神経に障害が起こることで発症する聴力の低下を感音性難聴といい、加齢性難聴や騒音性難聴が該当する。加齢や、強大音に長期間曝されることで、聴覚の受容器である蝸牛内の有毛細胞や聴神経が損傷を受け、死滅することが聴力の低下を引き起こすが、これらの細胞は増殖性がなく、一度死滅すると再生しない。そのため、進行し、慢性化した聴力低下は不可逆的で回復が難しいと考えられている。
感音性難聴の治療、緩和には、発症した直後であれば、血流促進剤や代謝改善剤が有効である場合があるが、加齢性難聴の大半は加齢に伴いゆっくりと進行し、本人が気づかないうちに聞こえが悪くなっているケースである。現状、そのような慢性化した感音性難聴に対しては、有効な薬剤もない。聴力の改善が見込める有効な手段としては補聴器の装着だが、日本での補聴器普及率は低い。
還元型コエンザイムQ10の投与(非特許文献1)等により酸化ストレスを抑制することが、加齢性難聴に対する予防的な効果をもたらすという報告はあるものの、一度低下した聴力の回復が見込める報告はほとんどされていない。
【0003】
Neurotrophin-3(NT3)は、NGF(Nerve Growth Factor)ファミリーに属する神経栄養因子の1つである。NT3は主として中枢神経や末梢神経、シナプスで発現し、Trkレセプターを通したシグナル伝達を行う。海馬や小脳などでは、NT3が絶えず産生され、神経細胞及びグリア細胞の生存と成長、神経新生の促進に関与することが知られている。
非特許文献2では、NT3がシナプスの興奮を促し、神経伝達の促進に作用することが報告されている。非特許文献3では、NT3が視細胞を光刺激などによるダメージから保護する作用があること、視細胞の分化や再生を促進する作用があることが報告されている。NT3は、網膜の支持細胞であるミュラー細胞に作用し、視細胞変性抑制作用が知られているbFGFの発現を増強する作用も報告されており、直接的にも間接的にも視細胞に保護的な作用をもたらす。網膜中でNT3を産生する主要な細胞の1つにミュラー細胞がある。
【0004】
中枢神経系や末梢神経系において、NT3の果たす役割について注目されている。音刺激の受容細胞である有毛細胞と聴神経間のリボンシナプスは音響障害や特定の薬剤、加齢によって減少し聴力が低下するが、非特許文献4では、マウスの蝸牛内細胞でNT3を過剰発現させたところ、音響障害後に減少したリボンシナプスが再生し、蝸牛の機能と聴力が改善したことが報告されている。さらに、非特許文献5には、騒音障害によって消失したモルモット内耳のリボンシナプスが、NT3の投与によって再生したことが記載されている。さらに、非特許文献6、非特許文献7では、リボンシナプスの減少が、耳鳴りを引き起こす可能性が記載されている。また、アミノグリコシド系の抗生物質は有毛細胞障害を引き起こすことが知られているが、非特許文献8ではNT3に同薬剤による難聴の予防効果があったことを示唆している。非特許文献9では、加齢に伴うNT3の減少が加齢性難聴の発症に寄与し、NT3の補充がその治療法となる可能性が記載されている。
さらに、本出願人は、特許文献1において、トンカットアリの抽出物を有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物、聴覚機能低下予防及び/または改善用組成物を提案している。
【0005】
アタンシ(Brucea javanica)は、中国、東南アジア、インドなどに自生するニガキ科の植物である。アタンシの種子は、解熱作用を有する漢方薬「鴉胆子」として用いられているが、その効果は強く、多量に服用すると嘔吐、腹痛、呼吸困難等の副作用を有することが知られている。特許文献2には、アタンシ、または他の植物の抽出物を有効成分とするアレルギー性疾患予防及び/又は治療剤が報告されている。しかし、アタンシの聴覚への作用はこれまで知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2021-42198号公報
【特許文献2】特開2006-342078号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Acta Oto-Laryngologica. 2010 Oct;130(10):1154-1162.
【非特許文献2】Nature. 1993 May 27;363(6427):350-3.
【非特許文献3】Neuron. 2000 May;26(2):533-41.
【非特許文献4】Elife. 2014 Oct 20;3.
【非特許文献5】Sci Rep. 2016 Apr 25;6:24907.
【非特許文献6】PLoS One. 2013;8(3):e57247.
【非特許文献7】J Neurosci Res. 2007 May 15;85(7):1489-98.
【非特許文献8】Proc Natl Acad Sci U S A. 2000 Jun 20;97(13):7597-602.
【非特許文献9】Aging Cell 2022 Oct;21(10):e13708.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、新規なNT3の発現増強用組成物と、聴覚機能改善用組成物を提供することを課題とする。ここでいう聴覚機能の改善とは、聴力の改善、耳鳴りの軽減を含む聴覚機能全般の改善を指す。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の課題を解決するための手段は、以下の通りである。
(1)アタンシの抽出物を有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物。
(2)アタンシの抽出物を有効成分として含有する、聴覚機能低下予防及び/又は改善用組成物。
(3)アタンシの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴の予防及び/又は改善用組成物。
(4)アタンシの抽出物が水、アルコール類、水とアルコール類の混合溶媒による抽出物である(1)~(3)のいずれかに記載の組成物。
(5)アタンシの抽出物が、ブルセインA、ブルセインD、ブルサトールからなる群から選ばれる1以上を含有する抽出物である(1)~(3)のいずれかに記載の組成物。
(6)ブルセインA、ブルセインD、ブルサトールからなる群から選ばれる1以上を有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物。
(7)ブルセインA、ブルセインD、ブルサトールからなる群から選ばれる1以上を有効成分として含有する、聴覚機能低下予防及び/又は改善用組成物。
(8)ブルセインA、ブルセインD、ブルサトールからなる群から選ばれる1以上を有効
成分として含有する、加齢性難聴の予防及び/又は改善用組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、アタンシの抽出物を有効成分とする、NT3の発現を増強し、さらに聴覚機能低下予防及び/又は聴覚機能改善用組成物が提供される。また、本発明によりブルセインA、ブルセインD、ブルサトールからなる群から選ばれる1以上を有効成分とする、NT3の発現を増強し、聴覚機能の低下予防及び/又は聴覚機能改善用組成物が提供される。本発明の組成物は、加齢性難聴の予防及び/又は改善剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】アタンシ抽出物と、ブルセインA、ブルセインD、ブルサトールのHPLCクロマトグラム。
【
図2】アタンシ抽出物がNT3の発現を増強することを示すグラフ。
【
図3】アタンシの抽出物中に含まれるブルセインA、ブルセインD、ブルサトールがNT3の発現を増強することを示すグラフ。
【
図4】中耳腔に局所投与したアタンシ抽出物が、内耳組織のNT3の発現を増強することを示すグラフ。
【
図5】アタンシ抽出物が、トンカットアリ抽出物よりも内耳組織のNT3の発現を増強することを示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明について具体的に説明する。
本発明は、NT3の発現増強用組成物、聴覚機能低下予防及び/又は改善用組成物、加齢性難聴の予防及び/又は改善用組成物に関する。以下、これらの組成物をまとめて本発明の組成物ともいう。
本発明の組成物は、アタンシの抽出物を含有する。本発明の組成物は、アタンシの抽出物を含有すること以外は特に制限されず、飲食品、医薬品、健康食品、動物用飼料等を包含する。
また、本発明でいう聴覚機能低下予防あるいは改善とは、感音性難聴による聴力の低下の予防及び/又は改善をいう。感音性難聴の種類は特に限定しないが、加齢性難聴、騒音性難聴、アミノグリコシド系抗生物質の副作用等による薬剤性難聴、音響性難聴(音響外傷)等がある。
【0013】
本発明に用いられるアタンシ抽出物を得るための部位としては、特に限定されず、例えば、アタンシの果実、種子、幹、根等が挙げられ、果実と種子が好ましい。
アタンシの抽出物を得るための抽出溶媒としては、水、メタノール、エタノール、プロパノール等のアルコール類、アセトンやメチルエチルケトン等のケトン類、アセトニトリル等のニトリル類、テトラヒドロフランやジエチルエーテルなどのエーテル類、ジクロロメタンやクロロホルム等のハロゲン化炭化水素類、酢酸エチルや蟻酸エチルなどのエステル類、ヘキサン等の1種または2種以上を使用することができ、これらの中で、水、アルコール類、水とアルコール類の混合溶媒が好ましく、また、アルコール類としてはエタノールが好ましい。抽出方法は、特に制限されないが、熱水抽出法、二相溶媒分配法、分配高速クロマトグラフィー法等を用いることができる。
【0014】
抽出温度は、通常、0~100℃の範囲内であり、5~50℃であることが好ましい。抽出溶媒量は、被抽出物に対して1~100倍、好ましくは5~10倍である。なお、本明細書において、「A~B(A、Bは数値)」との記載は、A以上B以下を意味する。
アタンシ抽出物は、公知の方法により、精製することができる。例えば、不溶物を濾過、遠心分離、デカンテ-ション等により除去した後、必要に応じて脱色、脱臭の目的で活性炭、活性白土、シリカゲル、活性アルミナ合成樹脂等の吸着剤や、溶剤分画、逆浸透膜、イオン交換体等によって分画、精製、濃縮することができる。ただし、アタンシ抽出物は、ブルセインA、ブルセインD、ブルサトールからなる群から選ばれる1以上を含有することが好ましく、2以上を含有することがより好ましく、3種とも含有することが最も好ましい。
得られた抽出液は、抽出液そのまま、濃縮した抽出エキス、あるいは、減圧濃縮、スプレ-ドライまたは凍結乾燥等の方法で粉末化したものを使用することができる。
【0015】
アタンシの抽出物は、蝸牛有毛細胞と聴神経間のリボンシナプスの保護および再生を促進して、感音性難聴による聴力の低下を予防及び/又は改善する。本発明の組成物をヒトに投与する場合は、経口投与が好ましく、具体的には、飲食品、医薬品、サプリメント等の健康食品として使用可能である。したがって当該症状若しくは疾患を予防、改善又は治療するための食品・飲料、医薬部外品、医薬品等として使用可能である。
【0016】
アタンシの抽出物を食品・飲料として使用する場合、例えば、果汁飲料、炭酸飲料、茶系飲料、乳飲料、アルコール飲料、清涼飲料等の飲料、ゼリー状食品や各種スナック類、焼き菓子、ケーキ類、チョコレート、ガム、飴、スープ類等、あらゆる食品・飲料形態とすることができる。
また、アタンシの抽出物を含有する組成物をサプリメントや医薬品として使用する場合、例えば、錠剤、顆粒剤等の経口用固形成形剤、内服液剤、シロップ剤等の経口用液体製剤として利用することができる。その他、外用剤として使用することができる。
【0017】
アタンシの抽出物を医薬品やサプリメントの製剤とする場合は、アタンシの抽出物を一般的な製造法により、直接又は製剤上許容し得る担体とともに混合、分散した後、所望の形態に加工することによって、容易に得ることができる。この場合、本発明に用いられる抽出物の他に、かかる形態に一般的に用いられる植物油、動物油等の油性基剤、鎮痛消炎剤、鎮痛剤、殺菌消毒剤、収斂剤、ホルモン剤、ビタミン類、保湿剤、紫外線吸収剤、アルコール類、キレート剤、pH調整剤、防腐剤、増粘剤、色素、香料等を本発明の効果を妨害しない範囲で適宜配合することができる。
【0018】
本発明のアタンシの抽出物を含有する組成物は、特に限定されるものではないが、例えば、アタンシ抽出物の固形分を、全組成の0.00001~99.5質量%の範囲で含有される組成物とする。本発明の組成物におけるアタンシ抽出物の含有量(固形分)は、1質量%以上80質量%以下が好ましい。
本発明のアタンシの抽出物を含有する組成物がブルセインAを含有する場合、アタンシ抽出物中のブルセインAの含有率は0.01質量%~5.0質量%であることが好ましく、0.05質量%以上がより好ましく、0.2質量%以上がさらに好ましく、また、3.0質量%以下がより好ましい。
本発明のアタンシの抽出物を含有する組成物がブルセインDを含有する場合、アタンシ抽出物中のブルセインDの含有率は0.01質量%~10.0質量%であることが好ましく、0.05質量%以上がより好ましく、1.0質量%以上がさらに好ましく、また、5.0質量%以下がより好ましい。
本発明のアタンシの抽出物を含有する組成物がブルサトールを含有する場合、アタンシ抽出物中のブルサトールの含有率は0.01質量%~10.0質量%であることが好ましく、0.1質量%以上がより好ましく、1.0質量%以上がさらに好ましく、また、5.0質量%以下がより好ましい。
【実施例0019】
実施例、試験例を示し、本発明についてさらに説明する。以下、特に明記しない限り、%は質量%を意味する。
内耳細胞は一般的に実験使用が困難である。ミュラー細胞は網膜中に存在するグリア系の細胞で、内耳でNT3を発現する支持細胞と性質として類似点があることから、スクリーニングはミュラー細胞を代替細胞として用いて実施した。
【0020】
(1)初代ミュラー細胞の調製
初代ミュラー細胞は次の方法で調製した。7日齢のSDラット10匹から網膜を単離した。単離した網膜は、PBS(-)で5倍希釈したトリプシン-EDTA(Sigma T3924)にDNaceI(Roche)を終濃度100ng/mlで添加した溶液10mL中で、37℃で30分間静置した。ピペッティング操作により網膜組織を分散させ、2,400rpm、室温で5分間遠心した。上清を吸引除去した後、10%FBS(Biosera)、1%ペニシリン-ストレプトマイシン(Sigma)を含むDMEM-F12培地(Gibco)25mLに縣濁した。懸濁液を70μMのセルストレーナー(FALCON)に通した後、細胞数を計測し、4.2×106cells/mLの濃度になるよう希釈した。T-75細胞培養用フラスコ(住友ベークライト)に10mLずつ播種し、37℃、5%CO2下で培養した(培養0日目)。培養3日目に、培地を吸引除去し、新しい培地20mLに交換し、再び37℃、5%CO2下で培養した。培養7日目に、Wei-Tao Songらの方法(Ophthalmol 2013;6(6):778-784)に準じて、ミュラー細胞を純化した。培養8日目に、ミュラー細胞を剥がし、2.5×105cell/mlの濃度になるよう縣濁し、48well cell culture plate(SUMILON)に400μLずつ播種し、37℃、5%CO2下で培養した。
【0021】
(2)アタンシ抽出物の調製
和方医薬研究所株式会社より入手したアタンシ(Brucea javanica)の種子を含む果実をミキサーで粉砕し、その粉末10gを高圧溶媒抽出装置にて、熱水、20%、50%、70%および100%エタノール(99.5%)溶液各45mLで抽出した。
各抽出液をロータリーエバポレーターで溶媒除去し、熱水抽出物を1000mg、20%エタノール抽出物を790mg、50%エタノール抽出物を310mg、70%エタノール抽出物を180mg、100%エタノール抽出物を660mg得た。
【0022】
得られた各抽出物のうち、特にNT3遺伝子発現増強作用の高かったアタンシ熱水抽出物とアタンシ20%エタノール抽出物について、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により以下の条件で分析した。この時、Int J Nanomedicine.2013,8,85-92.にてアタンシに含有が報告されている成分である、ブルセインA、ブルセインDおよびブルサトールの標準品と保持時間・紫外可視吸収スペクトルの一致を確認し、熱水抽出物および20%エタノール抽出物中にこれらの成分が含有されることを確認した。また、アタンシ抽出物には、トンカットアリ抽出物に含まれる有効成分である、ユーリコマノン(Eurycomanone)およびその類縁体は含まれていなかった。HPLCクロマトグラムを
図1に示す。
【0023】
(HPLC条件)
移動相 A液:0.1%ギ酸水溶液
B液:アセトニトリル
グラジエント B conc.:10%→55%→55%(0分→30分→35分)
流速 1mL/min
カラム Capcellpak C18 UG120 4.6×150mm、φ5μm(大阪ソーダ)
カラム温度 40℃
検出 PDA Max-plot(210-400nm)
【0024】
<アタンシ抽出物中の有効成分の同定>
上記(2)アタンシ抽出物の調製で得られたアタンシ20%エタノール抽出物790mgを水で溶解し、固相抽出カートリッジHyperSepC18 10g(Thermo
Scientific)に供し、水で洗浄後、10%、20%、30%、50%および
100%メタノール溶液の順に各300mLで溶出・分画した。
20%、30%、50%メタノール溶出画分をさらに分取高速液体クロマトグラフィーにより分離・精製した。
分取後の各画分についてNT3遺伝子発現増強作用を評価した結果、特に高い活性を示した3画分について、高速液体クロマトグラフィーにて保持時間・紫外可視吸収スペクトル及び高分解能ESI-TOFMSにおける精密質量・フラグメントおよび推定組成式を確認したところ、市販標準品のブルセインA(CAYMAN社(製品番号:29936))、ブルセインD(BLD Pharm社(製品番号:BD239264)およびブルサトール(シグマ社(製品番号:SLC1868)の結果と一致しており、これら3成分と同定した。結果を表1に示す。
【表1】
【0025】
<実施例1.アタンシ抽出物によるNT3の発現増強作用>
ラット初代ミュラー細胞でのNT3遺伝子発現に対するアタンシ抽出物の作用について、以下の方法で検討した。
上記(2)アタンシ抽出物の調製で得られた各アタンシ抽出物はDMSOで溶解し使用した。培養9日目の初代ミュラー細胞の培地を全量除去し、1%FBSを含むDMEM-F12培地400μLに交換し、37℃、5%CO
2で90分間培養することで血清飢餓状態に置いた。各アタンシ抽出物を
図2に表示した濃度になるように添加し、90分間培養後に上清を除去し、RNeasy Mini kit(QIAGEN)を用い添付の説明書に従ってRNAを調製した。RNA調製の際、DNase I Kit(QIAGEN)を用い、ゲノムDNAの除去を行った。調製した適正量のRNAを、PrimeScript RT reagent kit(Takara)を用いて添付の説明書に従いcDNAを作製した。
【0026】
NT3の遺伝子発現量はApplied Biosystems Taqman Gene Expression Assayを用いて、次の方法で定量した。
1μLのcDNAとラットNT3転写産物のTaqman probe、Taqman
Fast Advanced Master Mixを所定の割合で混合し、計10μLとなるようにPCR grade water(Invitrogen)を添加し混合したものを反応液とした。
調製した反応液は、Quant Studio5(Applied Biosystems)を用い、[(95℃、20秒)→(95℃、1秒)→(60℃、20秒)]×40サイクルの反応条件で測定を行った。
内在性コントロールにはラットGapDH Taqman probeを用い、上記と同様の反応条件で測定を行った。測定により得られたCt値からGapDHを内部標準としてΔΔCt法により、各サンプルの相対的遺伝子発現量を求めた。
使用したTaqman probeの製品情報、仕様は以下のとおりである。
GapDH:Applied biosystems Assay ID:Rn01462662_g1
NT3:Applied biosystems Assay ID:Rn00579
280_m1
【0027】
<実施例2.アタンシ含有化合物によるNT3発現増強作用>
アタンシ抽出物に含まれるブルセインA、ブルセインD、ブルサトールについて、NT3遺伝子発現増強作用を、以下の方法で試験した。
<被験物質の調製>
ブルセインAは CAYMAN社(製品番号:29936)から入手し、DMSOに溶解して使用した。ブルセインDはBLD Pharm社(製品番号:BD239264)から入手し、DMSOに溶解して使用した。ブルサトールは、シグマ社(製品番号:SLC1868)から入手し、DMSOに溶解して使用した。
【0028】
<アタンシ含有化合物によるNT3発現増強作用>
先述の方法で、ラット初代ミュラー細胞を調製しNT3遺伝子発現増強作用の評価を実施した。ブルセインA、ブルセインD、ブルサトールは
図3に表した濃度になるように添加した。
【0029】
・結果
測定結果を
図2、3に示す。
図2に示すように、ラット初代ミュラー細胞において、アタンシ抽出物はいずれも、NT3の遺伝子発現を増強した。
図3に示すようにアタンシ抽出物に含まれる、ブルセインA、ブルセインD、ブルサトールは、NT3の遺伝子発現を増強した。このことから、アタンシ抽出物は、優れたNT3発現増強能を備えることが確認できた。
【0030】
<実施例3.in vivo試験1>
アタンシ抽出物のNT3発現増強作用について動物試験を行い、内耳組織での有効性を確認した。中耳腔(鼓室内)に局所投与した薬剤や物質が内耳へ移行することは良く知られている。アタンシ抽出物の内耳組織における作用を、アタンシ抽出物の中耳への局所投与を用いた次の方法で検証した。
(1)試験方法
1)7週齢Wistarラット雄(日本エスエルシー)を1週間飼育部屋で順化飼育後、試験に供した。
【0031】
2)試験動物は、1群4匹を使用した。
イソフルラン吸入麻酔後、鼓膜を目視できるまで外耳を切開し、マイクロシリンジを用いて、片側の中耳内にコントロールとして生理食塩水(大塚製薬)40μLを投与し、切開部を縫合した。その後、同様の方法により、逆側の中耳内に10mg/mLおよび100mg/mlの濃度で生理食塩水に溶解させたアタンシの20%エタノール抽出物を40μL投与した。
【0032】
3)投与後、麻酔下で10分静置し、飼育ケージに戻した。投与4時間後に頸椎脱臼により安楽死させた後、蝸牛組織を単離し、氷冷したTRIzol Reagent(Thermo Fisher Scientific;15596018)500μLに直ちに浸しホモジナイザーで組織を破砕し、これを蝸牛組織のRNA発現解析試料として、-80℃で保存した。
【0033】
4)-80℃で一時凍結保存したサンプルを、室温で解凍した。解凍後、室温で5分静置し、次いで各サンプルにクロロホルム100μLを添加し、15秒間ボルテックスミキサーで混合した後、室温で3分静置した。その後各サンプルを4℃、12,000Gで15分間遠心し、水相を新しいチューブに回収した。
【0034】
5)その後、RNeasy Micro Kit(QIAGEN)を用い添付の説明書に従ってRNAを精製した。RNA精製の際、DNaseIKit(QIAGEN)を用い、ゲノムDNAの除去を行った。精製したRNAはPrimeScript RT reagent kit(Takara)を用いて添付の説明書に従いcDNAを作製した。
【0035】
6)実施例1に記載の方法で、NT3の相対的遺伝子発現量を定量した。
【0036】
(2)結果
試験結果を
図4に示す。
図4に示すように、ラット中耳に投与したアタンシ抽出物は、内耳組織のNT3の発現を増強した。
以上の試験結果から、アタンシ抽出物は、内耳組織においても、NT3の発現を増強することによって聴覚機能を改善する作用を有することが明らかである。
【0037】
<実施例4.in vivo試験2>
本出願人は、特許文献1(特開2021-42198号公報)において、トンカットアリの抽出物を有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物、聴覚機能低下予防及び/または改善用組成物を提案している。
アタンシ抽出物とトンカットアリ抽出物との比較試験を行った。
10mg/mLの濃度で生理食塩水に溶解させたアタンシの20%エタノール抽出物とトンカットアリ抽出物とを用いた以外は、実施例3と同様にしてNT3の相対的遺伝子発現量を定量した。なお、トンカットアリ抽出物は、市販品(アスク薬品株式会社、「トンカットアリ乾燥エキス Physta:登録商標」、製品番号012.105)を試験に用いた。
【0038】
・結果
試験結果を
図5に示す。
図5に示すように、アタンシ抽出物は、トンカットアリ抽出物よりも、内耳組織のNT3の発現を増強した。