(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024085426
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】保持器および玉軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/41 20060101AFI20240620BHJP
F16C 33/66 20060101ALI20240620BHJP
F16C 19/16 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
F16C33/41
F16C33/66 Z
F16C19/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021041079
(22)【出願日】2021-03-15
(71)【出願人】
【識別番号】000114215
【氏名又は名称】ミネベアミツミ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096884
【弁理士】
【氏名又は名称】末成 幹生
(72)【発明者】
【氏名】白畑 哲志
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 暢啓
(72)【発明者】
【氏名】矢澤 永一
【テーマコード(参考)】
3J701
【Fターム(参考)】
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA25
3J701BA44
3J701CA14
3J701DA14
3J701EA31
3J701FA38
3J701FA60
3J701GA24
3J701GA60
(57)【要約】
【課題】高速回転および高速の揺動運動においてグリースが玉と軌道面の間や玉と保持器ポケットの間に入り込むことに起因するトルクの上昇やトルク変動を低減することができる合成樹脂製冠形保持器を提供する。
【解決手段】第一のポケット14
1の第一の保持爪12
1の背面と、隣接する第二のポケット14
2の第二の保持爪12
2の背面とが対向し、第一の保持爪12
1と第二の保持爪12
2との間に平坦部15が形成され、平坦部15の内周側には第一の保持爪12
1に連結された内側グリース飛散防止壁16が周方向に沿って形成され、平坦部15の外周側には第二の保持爪122と連結された外側グリース飛散防止壁17が周方向に沿って形成され、内側グリース飛散防止壁16は、第二の保持爪12
2と離間して内側スリット16aを形成し、外側グリース飛散防止壁17は、第一の保持爪12
1と離間して外側スリット17aを形成している。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
円環形状の基部から軸方向に延びる一対の保持爪の間に玉が嵌合されるポケットが周方向に沿って複数形成されている合成樹脂製冠形保持器であって、
それぞれの前記保持爪は 前記ポケットの周方向外側を臨む背面を有し、
第一の前記ポケットの第一の前記保持爪の背面と、第一の前記ポケットに隣接する第二の前記ポケットの第二の前記保持爪の背面とが対向し、
第一の前記保持爪と第二の前記保持爪との間にグリース受容面が形成され、前記グリース受容面の内周側には第一の前記保持爪に連結された内側グリース飛散防止壁が周方向に沿って形成され、
前記グリース受容面の外周側には第二の前記保持爪と連結された外側グリース飛散防止壁が周方向に沿って形成され、
前記内側グリース飛散防止壁の少なくとも一部は、第二の前記保持爪と離間して内側スリットを形成し、
前記外側グリース飛散防止壁の少なくとも一部は、第一の前記保持爪と離間して外側スリットを形成している合成樹脂製冠形保持器。
【請求項2】
内輪と外輪と、前記内輪および前記外輪の間に配置される複数の玉と、前記玉を保持する請求項1に記載の保持器とを備えた玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低トルク、低トルク変動、およびグリース潤滑性が要求されるミニチュア玉軸受や小径玉軸受に用いて好適な保持器およびこの保持器を用いた玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から使用されている保持器には、樹脂により一体成形された冠形のものがある。冠形保持器では、環状の保持器本体の上面に一対の保持爪が周方向に一定間隔で配置され、その一対の保持爪間に玉を保持するためのポケットが形成されている。また、連続する二つのポケットの背面同士が対向する保持爪の間に、保持爪の立上がり基準面となる平坦部が形成される。この平坦部と保持爪の背面によってグリースポケットが形成される。このような構成からなる保持器を用いた玉軸受では、玉を避けて平坦部にグリースが充填される。これは、運転中に玉と軌道面や玉とポケット内周面との間にグリースが噛みこまれることに起因とする回転トルクの上昇および変動を防止するためである。
【0003】
しかしながら、近年の家電モータや歯科用ハンドピースなどは高速化が進んでいるため、従来の冠形保持器では、軸受の回転が10,000rpm程度の高速になると、遠心力によりグリースが外径方向に飛散し、回転トルクの変動を生じさせるという問題があった。その問題点を解決するために、保持器外径面に沿うグリース飛散防止壁を設けた保持器が提案されている(例えば特許文献1および2)。また、ハードディスク駆動装置におけるヘッドアクチュエータ用軸受装置の玉軸受のように、高速で始動と停止を繰り返す揺動運動を強いられる場合は、慣性力によって玉軸受に封入されたグリースが漏れやすくなる。
【0004】
特許文献1に開示された樹脂製冠形保持器においては、高速回転時の遠心力によるグリースの漏れを抑制するために、背面が対向するポケットの保持爪部の間にグリース飛散防止壁を設け、その壁の周方向中央にスリットを設けている。グリース飛散防止壁はスリットを有するため、封入されたグリースから潤滑に必要な量の基油を保持器内径側に流出させることができ、長期にわたって潤滑性を維持することができるとされている。特許文献2に開示された樹脂製冠形保持器においては、ポケットの背面で対向する保持爪部の中間にグリース飛散防止壁を設け、壁の両端にスリットを形成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】実開平4-36123号公報
【特許文献2】実開平6-28345号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示された保持器では、グリースを充填するときに平坦部の中央を狙ってグリースをディスペンサーから吐出するので、そのときの勢いで中間部のスリットからグリースが漏れて外輪にグリースが付着してしまう場合がある。また、内径側に壁が無いので、平坦部上に乗りきれなかったグリースが保持器内径側にはみ出る場合がある。また、特許文献2に開示された保持器では、グリース飛散防止壁の両端にスリットがあるため隙間箇所が多すぎて、高速回転時の遠心力または高速揺動時の慣性力によってグリースが過剰に漏れて外輪に付着してしまうことがある。また、特許文献1および特許文献2に共通する問題として、玉軸受の内径側にグリース飛散防止壁が無いため、平坦部上に乗りきれなかったグリースが保持器内径側にはみ出る虞がある。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、グリースポケットからのグリースの飛散を抑制することができ、これにより、高速回転および高速の揺動運動においてグリースが玉と軌道面の間や玉と保持器ポケットの間に入り込むことに起因するトルクの上昇やトルク変動を低減することができ、さらに、グリース充填時に内輪や外輪にグリースが付着することを防止することができる保持器および玉軸受を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、円環形状の基部から軸方向に延びる一対の保持爪の間に玉が嵌合されるポケットが周方向に沿って複数形成されている合成樹脂製冠形保持器であって、それぞれの前記保持爪は 前記ポケットの周方向外側を臨む背面を有し、第一の前記ポケットの第一の前記保持爪の背面と、第一の前記ポケットに隣接する第二の前記ポケットの第二の前記保持爪の背面とが対向し、第一の前記保持爪と第二の前記保持爪との間にグリース受容面が形成され、前記グリース受容面の内周側には第一の前記保持爪に連結された内側グリース飛散防止壁が周方向に沿って形成され、前記グリース受容面の外周側には第二の前記保持爪と連結された外側グリース飛散防止壁が周方向に沿って形成され、前記内側グリース飛散防止壁の少なくとも一部は、第二の前記保持爪と離間して内側スリットを形成し、前記外側グリース飛散防止壁の少なくとも一部は、第一の前記保持爪と離間して外側スリットを形成している合成樹脂製冠形保持器である。
【0009】
本発明にあっては、保持器の内周側と外周側に、中間部にスリットがない内側グリース飛散防止壁と外側グリース飛散防止壁を設けたので、グリース受容面と内側グリース飛散防止壁と外側グリース飛散防止壁とで形成されるグリース貯留部にグリースを充填する際に、グリースがグリース貯留部の外に漏れることを抑制することができる。また、外側グリース飛散防止壁が高速回転時の遠心力によってグリースが外輪側に飛散するのを防止することは勿論のこと、各グリース貯留部には、内周側と外周側に1ケ所ずつだけスリットが設けられているので、高速回転してもグリースがグリース貯留部から飛散することなく、スリットから適切な量の潤滑油が玉と軌道面へ供給される。したがって、本発明では、高速の揺動または高速回転してもグリースが玉と軌道面の間や玉とポケットの間に入り込むことに起因するトルクの上昇やトルク変動を低減することができ、また、グリース充填時に内輪や外輪にグリースが付着することを抑制することができる。
【0010】
また、本発明は、内輪と外輪と、前記内輪および前記外輪の間に配置される複数の玉と、前記玉を保持する上記構成の保持器とを備えた玉軸受である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高速の揺動または高速回転してもグリースが玉と軌道面の間や玉と保持器ポケットの間に入り込むことに起因するトルクの上昇やトルク変動を低減することができ、また、グリース充填時に内輪や外輪にグリースが付着することを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施形態の保持器を示す斜視図である。
【
図2】本発明の実施形態の保持器を示す平面図である。
【
図3】本発明の実施形態の玉軸受を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.保持器の構成
図1および
図2に示すように、本発明の保持器10は、円環形状の基部11と、基部11から軸方向上方に向かって延在する一対の保持爪12の間に、玉13が嵌合されるポケット14が周方向に沿って複数形成されている合成樹脂製冠形保持器である。ポケット14の内周は、玉13の外径よりも僅かに大径な球面状をなしている。
【0014】
合成樹脂としては、ポリアミド(ナイロン66、ナイロン46等)、ポリアセタールやポリエーテルエーテルケトン(PEEK)などの熱可塑性樹脂をガラス繊維や炭素繊維で強化したものを用いることができる。そして、そのような合成樹脂を好適には大量生産に適した射出成形によって保持器10に成形される。
【0015】
ポケット14を形成する一対の保持爪12のそれぞれは、ポケット14の周方向外側を臨む背面12aを有する。背面12aは、ポケット14の内周と同様に球面状をなしている。ここで、一つのポケット14と一つの保持爪12を第1ポケット141および第1保持爪121と称し、その隣に位置するポケット14を第2ポケット142および第2保持爪122と称して以下の説明に用いる。
【0016】
第1ポケット141の第1保持爪121の背面12aは、第1ポケット141の隣に位置する第2ポケット142の第2保持爪122の背面と周方向に対向している。そして第1ポケット141の第1保持爪121と第2ポケット142の第2保持爪122との間には平坦部(グリース受容面)15が形成されている。この平坦部15の軸方向位置は、第1、第2ポケット141,142の中心の軸方向位置とほぼ同じである。
【0017】
平坦部15の内周側には、第1ポケット141の第1保持爪121と連結された内側グリース飛散防止壁16が周方向に沿って形成されている。また、平坦部15の外周側には第2ポケット142の第2保持爪122と連結された外側グリース飛散防止壁17が周方向に沿って形成されている。これら平坦部15、内側グリース飛散防止壁16、および外側グリース飛散防止壁17によってグリース貯留部18が形成されている。内側グリース飛散防止壁16は第2保持爪122と離間して内側スリット16aを形成し、外側グリース飛散防止壁17は第1保持爪121と離間して外側スリット17aを形成している。内側および外側スリット16a,17aは、グリース貯留部18に充填されるグリースから溶出する潤滑油を玉23と軌道面へ供給する出口となる。
【0018】
上記構成の保持器10において、平坦部15と内側グリース飛散防止壁16と外側グリース飛散防止壁17とで形成されるグリース貯留部18にグリースを充填する際には、平坦部15の中央を狙ってグリースをディスペンサーから吐出する。上記構成の保持器10にあっては、保持器10の内周側と外周側に、中間部にスリットがない内側グリース飛散防止壁16と外側グリース飛散防止壁17を設けているので、グリースがグリース貯留部18の外に漏れることを抑制することができる。
【0019】
また、外側グリース飛散防止壁17が高速回転時の遠心力によってグリースが外輪側に飛散するのを防止することは勿論のこと、各グリース貯留部18には、内周側と外周側に1ケ所ずつだけ内側スリット16aおよび外側スリット17aが設けられているので、高速回転してもグリースがグリース貯留部18から飛散することなく、内側スリット16aおよび外側スリット17aから適切な量の潤滑油が玉23と軌道面へ供給される。したがって、本発明では、高速の揺動や高速回転してもグリースが玉23と軌道面の間や玉23とポケット14の間に入り込むことに起因するトルクの上昇やトルク変動を低減することができ、また、グリース充填時に内輪や外輪にグリースが付着することを抑制することができる。
【0020】
特に、上記実施形態にあっては、グリース貯留部18の内周側と外周側で半径方向に重ならないように内側スリット16aおよび外側スリット17aを1カ所ずつ設けているので、グリースの飛散を抑制するとともに潤滑油が玉13や軌道面に適切に供給される。これによりグリース攪拌抵抗に起因する回転トルクの上昇や変動が抑制される。
【0021】
また、平坦部15の軸方向位置をポケット14の中心の軸方向位置とほぼ同じにしたので、グリース貯留部18の容積が大きくなっている。したがって、より多くのグリースをグリース貯留部18に注入することができ、玉軸受の長寿命化につながる。なお、平坦部15の軸方向位置をポケット14の中心の軸方向位置よりも低くして、すなわち、平坦部15を基部11の底面に近付けて、グリース貯留部18の容積をより大きくしてグリースの充填量をさらに増やすことも可能である。
【0022】
従来の冠形保持器では、そのように平坦部15の軸方向位置を低くすると保持器の保持爪の剛性が低下して変形しやすくなり、その結果、高速回転に適さなくなるという問題が生じる。しかしながら、本発明では、内周側と外周側の両方に保持爪12と連結された内側および外側グリース飛散防止壁16,17を設けたので、保持爪12の剛性低下を防ぐことができる。また、内側および外側グリース飛散防止壁16,17の一端は保持爪12と離間させて内側および外側スリット16a,17aを設けたので、グリースによる潤滑も妨げることがない。そのため、本実施形態の保持器10は、高速回転でも使用することができ、また、より多くのグリースを保持できるので玉軸受の長寿命化にも貢献する。
【0023】
2.変更例
本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、以下のように種々の変更が可能である。
【0024】
i)平坦部15に代えて軸方向にくぼむか突出するグリース受容面を形成することができる。
ii)平坦部15に凹部または凸部を一つまたは複数設けて、グリース受容面に対するグリースの付着力を向上させることができる。また、複数の凹部はディンプルを形成することができる。
iii)ポケット14の内周は円筒曲面であってもよい。
iv)保持爪12の背面12aは、軸方向に屹立する平坦面であってもよい。
【0025】
3.玉軸受の構成
図3は本発明の実施形態の玉軸受20を示す断面図である。この図に示す玉軸受20は、外輪21の軌道面21aと内輪22の軌道面22aとの間に、上記実施形態の保持器10によって等間隔に玉23が保持されて構成されている。
【0026】
保持器10の材質はナイロン66で射出成型によって成形されている。内輪22、外輪21、および玉23の材質はマルテンサイトステンレス鋼(SUS440C)とされ、熱処理によって表面硬さはHRC58以上に高められている。
【0027】
玉軸受20の軸受空間には基油として40℃における基油動粘度が25mm2/s以上100mm2/s以下の合成油に、増ちょう剤としてウレア系化合物を添加したグリースがポケット14間のグリース貯留部18に充填され、軸受空間は非接触ゴムシール(図示せず)で密封されている。ウレアグリースは耐熱性に優れているので、玉軸受20の温度が上昇する高速回転や高速の揺動運動の使用に適している。ウレア化合物はジウレアまたはポリウレアが望ましい。合成油としては、エステル油、エーテル油、合成炭化水素油、シリコーン油、フッ素油等が挙げられる。これらの合成油は単独または混合して用いてもよい。合成油の替わりに、または合成油に混合して、鉱油を基油として用いることもできる。玉軸受20の内輪22の内径は、たとえば3mm以上15mm以下とすることができる。しかしながら、このサイズに限定されるわけではない。
【0028】
上記構成の玉軸受20は、保持器10のグリース貯留部18に設けられた内側および外側グリース飛散防止壁16,17と、内側および外側スリット16a,17aにより、グリースが内輪22や外輪21に付着するのを抑制しつつ、内側および外側スリット16a,17aから適切に潤滑油が供給されるので、低トルクであるとともに長寿命である。このような玉軸受20はおおよそ10,000rpm以上100,000rpm以下、dmN値でいえば120万程度までの高速回転時においても遠心力によるグリースの飛散が抑制され、安定したトルクで回転することができる。同様に、高速の揺動運動時においても慣性力によるグリースの飛散が抑制され、揺動範囲内での変動が少なく、低トルクで安定して作動することができる。したがって、上記構成の玉軸受20は、家庭用電気掃除機のクリーナモータや電動工具、ファンモータ、歯科用ハンドピースなど各種高速回転機器や高速で揺動運動を行うハードディスク駆動装置のヘッドアクチュエータに組み込んで用いることに適している。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の保持器および玉軸受は、家庭用電気掃除機のクリーナモータや電動工具、ファンモータ、歯科用ハンドピースなどの各種高速回転機器および高速で揺動運動を行うハードディスク駆動装置のヘッドアクチュエータに組み込んで好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0030】
10…保持器、11…基部、12…保持爪、13…玉、14…ポケット、12a…背面、15…平坦部(グリース受容面)、16…内側グリース飛散防止壁、17…外側グリース飛散防止壁、18…グリース貯留部、16a…内側スリット,17a…外側スリット、20…玉軸受、21…外輪、21a…軌道面、22…内輪、22a…軌道面、23…玉。