(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024085511
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】路面状態評価装置、路面状態評価プログラム、路面状態評価方法及び路面状態評価システム
(51)【国際特許分類】
G01W 1/00 20060101AFI20240620BHJP
G01W 1/10 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
G01W1/00 J
G01W1/10 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022200050
(22)【出願日】2022-12-15
(71)【出願人】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】弁理士法人南青山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上之 和人
(57)【要約】
【課題】積雪による路面状態を的確かつ普遍的に評価することが可能な路面状態評価装置、路面状態評価プログラム、路面状態評価方法及び路面状態評価システムを提供する。
【解決手段】本発明の一形態に係る路面状態評価装置は、評価対象の路面における未圧縮状態の積雪の深さを初期深さ、前記路面における未圧縮状態の積雪の密度を初期密度、前記路面における圧縮状態の積雪の深さを圧縮後深さとしたときに、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さを取得する取得部と、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さに基づいて前記路面の摩擦係数を算出する算出部とを具備する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象の路面における未圧縮状態の積雪の深さを初期深さ、前記路面における未圧縮状態の積雪の密度を初期密度、前記路面における圧縮状態の積雪の深さを圧縮後深さとしたときに、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さを取得する取得部と、
前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さに基づいて前記路面の摩擦係数を算出する算出部と
を具備する路面状態評価装置。
【請求項2】
請求項1に記載の路面状態評価装置であって、
前記算出部は、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さに基づいて、前記路面における圧縮状態の積雪の密度である圧縮後密度を算出し、前記圧縮後密度に基づいて前記路面の摩擦係数を算出する
路面状態評価装置。
【請求項3】
請求項2に記載の路面状態評価装置であって、
前記算出部は、前記路面における圧縮状態の積雪のせん断強度及び圧縮強度を前記圧縮後密度に基づいて算出し、前記せん断強度を前記圧縮強度で除することによって前記路面の摩擦係数を算出する
路面状態評価装置。
【請求項4】
請求項3に記載の路面状態評価装置であって、
前記算出部は、下記式1を用いて前記路面の摩擦係数を算出する
路面状態評価装置。
【数1】
上記式1においてτ
fは前記せん断強度、σ
fは前記圧縮強度、ρ
fは前記圧縮後密度、σ
iは氷の圧縮強度、λは雪結晶の構造を表す経験的指標、ρ
iは氷の密度、Kは雪結晶間の焼結の進行度によって変化する定数である。
【請求項5】
請求項1から4のうちいずれか1項に記載の路面状態評価装置であって、
前記路面における積雪は乾雪である
路面状態評価装置。
【請求項6】
評価対象の路面における未圧縮状態の積雪の深さを初期深さ、前記路面における未圧縮状態の積雪の密度を初期密度、前記路面における圧縮状態の積雪の深さを圧縮後深さとしたときに、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さを取得する取得部と、
前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さに基づいて前記路面の摩擦係数を算出する算出部
として情報処理装置を動作させる路面状態評価プログラム。
【請求項7】
評価対象の路面における未圧縮状態の積雪の深さを初期深さ、前記路面における未圧縮状態の積雪の密度を初期密度、前記路面における圧縮状態の積雪の深さを圧縮後深さとしたときに、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さを取得し、
前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さに基づいて前記路面の摩擦係数を算出する
路面状態評価方法。
【請求項8】
評価対象の路面における未圧縮状態の積雪の深さを初期深さ、前記路面における未圧縮状態の積雪の密度を初期密度、前記路面における圧縮状態の積雪の深さを圧縮後深さとしたときに、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さを取得する取得部と、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さに基づいて前記路面の摩擦係数を算出する算出部とを備える路面状態評価装置と、
前記路面に押圧され、前記路面上の積雪を圧縮する測定輪を備え、前記初期深さ及び前記圧縮後深さを測定する雪深さ測定装置と、
前記初期密度を測定する雪密度測定装置と
を具備する路面状態評価システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積雪による路面状態を評価する路面状態評価装置、路面状態評価プログラム、路面状態評価方法及び路面状態評価システムに関する。
【背景技術】
【0002】
雪氷滑走路でのオーバーラン等の航空機事故や滑走路閉鎖に伴う離発着の遅延を防ぐためには、滑走路の路面状態を正確に評価する必要がある。雪氷路面の滑りやすさを表す指標のひとつに摩擦係数がある。これまで、連続式摩擦係数測定車を用いた摩擦係数の測定方法が報告されている。この測定方法では、連続式摩擦係数測定車に搭載した回転する測定輪と路面間の摩擦係数をもとに滑走路面状態(GOOD、GOOD TO MEDIUM、MEDEIUM、MEDEIM TO POOR、POOR、VERY POORの6段階)を評価する。
【0003】
しかしながら、上記測定方法とは異なる摩擦測定装置で得られた摩擦係数値の間に相関がなく、データの普遍性や再現性が問題となっている。新千歳空港滑走路で2021年度冬期に観測された雪氷等の種類(乾雪、湿雪、圧雪上の乾雪など)に対してそれぞれの摩擦係数と雪氷等の深さの関係を調べた結果、同じ種類と深さの雪であっても摩擦係数のバラつきが非常に大きいことが明らかになっている(非特許文献1参照)。
【0004】
また低温室での回転するタイヤと乾雪の間の摩擦係数測定実験においては、初期深さや初期密度の異なる乾雪の摩擦係数が調べられている(非特許文献2、特許文献1参照)。乾雪の初期密度が大きいほど摩擦係数は小さくなり、同じ初期密度に対して異なる初期深さに対する摩擦係数の変化は小さい傾向にある。このような摩擦係数特性を定量的に説明できる理論的なモデルはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】上之和人,守田克彰:ICAOの滑走路状態新評価基準に対する考察、寒地技術論文・報告集,38, pp.1-6, 2022
【非特許文献2】T. Abe, A. Kanda, K. Kasamura, Y. Nakashima and Y. Nakanishi: Investigating tire friction on snow-covered runways using electrical conductivity, pp.1-10, 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
アスファルト・コンクリートの滑走路上に雪が堆積した場合、回転するタイヤと雪の間の摩擦発生メカニズムはタイヤと雪のないアスファルト・コンクリートの間の摩擦発生メカニズムに比べ複雑である。雪とアスファルト・コンクリートに同じ垂直荷重をかけたとき、雪はアスファルト・コンクリートに比べ非常に圧縮変形しやすい物質であるためである。同じ垂直荷重であっても堆積した乾雪の初期の密度によって雪の圧縮変形の大きさは異なり、したがって圧縮後の密度は異なる。初期深さや初期密度の異なる乾雪と回転するタイヤの間の摩擦係数の関係を明らかにする必要がある。
【0008】
以上のような事情に鑑み、本発明の目的は、積雪による路面状態を的確かつ普遍的に評価することが可能な路面状態評価装置、路面状態評価プログラム、路面状態評価方法及び路面状態評価システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一形態に係る路面状態評価装置は、取得部と、算出部とを具備する。
前記取得部は、評価対象の路面における未圧縮状態の積雪の深さを初期深さ、前記路面における未圧縮状態の積雪の密度を初期密度、前記路面における圧縮状態の積雪の深さを圧縮後深さとしたときに、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さを取得する。
前記算出部は、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さに基づいて前記路面の摩擦係数を算出する。
【0010】
前記算出部は、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さに基づいて、前記路面における圧縮状態の積雪の密度である圧縮後密度を算出し、前記圧縮後密度に基づいて前記路面の摩擦係数を算出してもよい。
【0011】
前記算出部は、前記路面における圧縮状態の積雪のせん断強度及び圧縮強度を前記圧縮後密度に基づいて算出し、前記せん断強度を前記圧縮強度で除することによって前記路面の摩擦係数を算出してもよい。
【0012】
前記算出部は、下記式1を用いて前記路面の摩擦係数を算出してもよい。
【0013】
前記路面における積雪は乾雪である。
【0014】
本発明の一形態に係る路面状態評価プログラムは、取得部と、算出部として情報処理装置を動作させる。
前記取得部は、評価対象の路面における未圧縮状態の積雪の深さを初期深さ、前記路面における未圧縮状態の積雪の密度を初期密度、前記路面における圧縮状態の積雪の深さを圧縮後深さとしたときに、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さを取得する。
前記算出部は、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さに基づいて前記路面の摩擦係数を算出する。
【0015】
本発明の一形態に係る路面状態評価方法は、評価対象の路面における未圧縮状態の積雪の深さを初期深さ、前記路面における未圧縮状態の積雪の密度を初期密度、前記路面における圧縮状態の積雪の深さを圧縮後深さとしたときに、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さを取得する。
前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さに基づいて前記路面の摩擦係数を算出する。
【0016】
本発明の一形態に係る路面状態評価システムは、路面状態評価装置と、雪深さ測定装置と、雪密度測定装置とを具備する。
前記路面状態評価装置は、評価対象の路面における未圧縮状態の積雪の深さを初期深さ、前記路面における未圧縮状態の積雪の密度を初期密度、前記路面における圧縮状態の積雪の深さを圧縮後深さとしたときに、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さを取得する取得部と、前記初期深さ、前記初期密度及び前記圧縮後深さに基づいて前記路面の摩擦係数を算出する算出部とを備える。
前記雪深さ測定装置は、前記路面に押圧され、前記路面上の積雪を圧縮する測定輪を備え、前記初期深さ及び前記圧縮後深さを測定する。
前記雪密度測定装置は、前記初期密度を測定する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、積雪による路面状態を的確かつ普遍的に評価することが可能な路面状態評価装置、路面状態評価プログラム、路面状態評価方法及び路面状態評価システムを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施形態に係る路面状態評価システムの構成を示すブロック図である。
【
図2】前記路面状態評価システムが備える路面状態評価装置が取得する積雪の深さ及び密度を示す模式図である。
【
図4】積雪の空隙率と圧縮強度の関係を示すグラフである。
【
図5】積雪の密度と圧縮強度の関係を示すグラフである。
【
図6】圧縮後密度とせん断強度及び圧縮強度の関係を示すグラフである。
【
図7】圧縮後密度と摩擦係数の関係を示すグラフである。
【
図8】初期密度が同一(ρ
0
(1))の場合の初期深さと圧縮後深さを示す模式図である。
【
図9】初期密度が同一(ρ
0
(1))の場合の初期深さと圧縮後深さの比を示すグラフである。
【
図10】初期密度が同一(ρ
0
(2))の場合の初期深さと圧縮後深さを示す模式図である。
【
図11】初期密度が同一(ρ
0
(2))の場合の初期深さと圧縮後深さの比を示すグラフである。
【
図12】異なる初期密度(ρ
0
(1)、ρ
0
(2))と異なる初期深さ(h
0
(1)、h
0
(2))の場合の初期深さと圧縮後深さの比を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の実施形態に係る路面状態評価システムについて説明する。
【0020】
[路面状態評価システムの構成]
図1は本実施形態に係る路面状態評価システム100の構成を示すブロック図である。同図に示すように路面状態評価システム100は雪深さ測定装置110、雪密度測定装置120及び路面状態評価装置130を備える。
【0021】
雪深さ測定装置110は、「初期深さ」と「圧縮後深さ」を測定する。
図2は、雪深さ測定装置110による「初期深さ」及び「圧縮後深さ」の測定を示す模式図である。同図において評価対象の路面を路面150として示す。路面150はアスファルト又はコンクリートからなる舗装151と、舗装151上の積雪152からなる。
【0022】
同図に示すように、未圧縮状態の積雪152の深さを「初期深さh
0」とする。未圧縮状態とは降り積もったままの状態であり、圧縮を受けていない状態を意味する。雪深さ測定装置110は測定輪111を備え、測定輪111を積雪152に一定の垂直荷重F
nで押圧させながら回転させ、進行させる。測定輪111は例えばタイヤである。
図2において、垂直荷重を矢印Y1で示し、測定輪111の進行を矢印Y2、測定輪111の回転を矢印Y3で示す。また、測定輪111が路面150から受ける摩擦力F
rを矢印Y4で示す。測定輪111による押圧により積雪152は圧縮され、圧縮状態となる。この圧縮状態の積雪152の深さを「圧縮後深さh
f」とする。
【0023】
雪深さ測定装置110は初期深さh0及び圧縮後深さhfを測定する。雪深さ測定装置110は、測定輪111の進行方向の前方及び後方において積雪152にレーザーを照射し、その反射波に基づいて初期深さh0及び圧縮後深さhfを測定することができる。また、雪深さ測定装置110は他の手法により初期深さh0及び圧縮後深さhfを測定してもよい。雪深さ測定装置110は測定した初期深さh0及び圧縮後深さhfを路面状態評価装置130に供給する。なお、初期深さh0及び圧縮後深さhfは雪深さ測定装置110ではなく、ユーザがものさし等により測定し、路面状態評価装置130に供給してもよい。
【0024】
雪密度測定装置120は「初期密度」を測定する。
図2に示すように、未圧縮状態の積雪152の密度を「初期密度ρ
0」、圧縮状態の積雪152の密度を「圧縮後密度ρ
f」とする。雪密度測定装置120は未圧縮状態の積雪152を一定体積分採取し、その質量を測定することにより初期密度ρ
0を算出することができる。圧縮後密度ρ
fは後述するように初期深さh
0、圧縮後深さh
f及び初期密度ρ
0から算出可能であるため、測定する必要はない。なお、初期密度ρ
0は雪密度測定装置120ではなく、ユーザが積雪152の体積と質量から測定し、路面状態評価装置130に供給してもよい。
【0025】
路面状態評価装置130は路面150の摩擦係数を算出する。路面状態評価装置130は
図1に示すように取得部131及び算出部132を備える。
【0026】
取得部131は初期深さh0、圧縮後深さhf及び初期密度ρ0を取得し、これらを算出部132に供給する。取得部131は雪深さ測定装置110及び雪密度測定装置120と有線又は無線を介して接続され、雪深さ測定装置110から初期深さh0及び圧縮後深さhfを取得し、雪密度測定装置120から初期密度ρ0を取得することができる。または取得部131は、ユーザによる入力を受け付けることで初期深さh0、圧縮後深さhf及び初期密度ρ0を取得することもできる。
【0027】
算出部132は、取得部131から供給された初期深さh0、初期密度ρ0及び圧縮後深さhfに基づいて路面150の摩擦係数μを算出する。算出部132は初期深さh0、初期密度ρ0及び圧縮後深さhfに基づいて圧縮後密度ρfを算出し、圧縮後密度ρfに基づいて摩擦係数μを算出することができる。
【0028】
具体的には算出部132は、圧縮状態の積雪152のせん断強度τf及び圧縮強度σfを圧縮後密度ρfに基づいて算出し、次の式1に示すようにせん断強度τfを圧縮強度σfで除することによって摩擦係数μを算出することができる。なお、式1の導出方法については後述する。
【0029】
【0030】
式1において圧縮後密度ρfは下記の式2から求められる。また、式1において圧縮強度σiは氷の圧縮強度(1.0×106Nm-2)である。λは雪結晶の構造を表す経験的指標であり、1から2の範囲の値、例えば1.5である。密度ρiは氷の密度(920kgm-3)である。Kは雪結晶間の焼結の進行度によって変化する定数であり、例えば9.4×10-4である。圧縮前後の積雪に対する単位面積当たりの質量保存式から、圧縮後密度は式2で与えられる。
【0031】
【0032】
算出部132は以上のようにして初期深さh0、圧縮後深さhf及び初期密度ρ0から路面150の摩擦係数μを算出することができる。
【0033】
路面状態評価装置130は以上のような構成を有する。なお、路面状態評価装置130の各構成は、ハードウェアとソフトウェアの協働により実現される機能的構成である。ハードウェアはCPU(Central Processing Unit)及びRAM(Random Access Memory)等から構成される情報処理装置とすることができる。ソフトウェアは情報処理装置を路面状態評価装置130として機能させるプログラムであり、情報処理装置により読み取り可能な記録媒体に記録されているものであってもよい。なお、上記手法による摩擦係数μの算出は、路面状態評価装置130に替えてユーザが実行してもよい。
【0034】
路面状態評価システム100が評価対象とする路面は特に限定されないが、滑走路や道路等の積雪がある路面である。路面状態評価システム100の具体的な実装態様も特に限定されないが、例えば、測定用車両に搭載することが可能である。測定用車両を走行させながら、
図2に示すように測定輪111により積雪152を圧縮させ、初期深さh
0及び圧縮後深さh
fを測定することができる。初期密度ρ
0は走行開始前に測定したものを用いることができる。これにより測定用車両を走行させながら、広い範囲で摩擦係数μの算出が可能である。また、測定用車両には雪深さ測定装置110のみを搭載することも可能である。
【0035】
さらに、路面状態評価システム100は航空機に搭載することも可能であり、例えば離陸時又は着陸時に地上から初期密度ρ0を受信し、測定輪111の前後からレーザーを照射し、その反射波に基づいて初期深さh0及び圧縮後深さhfを測定することで滑走路を走行しながら摩擦係数μの算出が可能である。路面状態評価システム100は自動車や航空機等の移動体に搭載せず、地上に設置してもよい。
【0036】
[摩擦係数算出モデルについて]
路面状態評価装置130において算出部132は上述のように、式1を用いて路面150の摩擦係数μを算出する。式1は以下の摩擦係数算出モデルによるものである。
【0037】
実際に、積雪のある路面について従来の測定方法により摩擦係数を測定すると、同じ深さの積雪であっても摩擦係数のバラつきが非常に大きいことがわかった。従来の測定方法(非特許文献1参照)は連続式摩擦測定車を用いるものであり、
図2に示すように一定の垂直荷重をかけた測定輪が路面上を回転しながら移動するときの水平荷重を測定し、水平荷重と垂直荷重の比から摩擦係数を算出するものである。
【0038】
また、初期深さと初期密度が異なる積雪と回転する測定輪の間の摩擦係数測定実験(非特許文献2参照)においては、初期密度が大きい乾雪ほど摩擦係数は小さくなるが、同じ初期密度に対して異なる初期深さに対する摩擦係数の変化は小さい傾向にあることが知られている。このことを説明するために、回転する測定輪111により圧縮された積雪152(
図2参照)の摩擦係数算出モデルを適用する。
【0039】
この摩擦係数算出モデルでは、回転する測定輪111により圧縮された積雪152と測定輪111の間の摩擦係数μをせん断強度τfと圧縮強度σfの比で定義する。圧縮強度σfは測定輪111による垂直荷重Fnを測定輪111と積雪152の真実接触面積Arで除したもので定義される。
【0040】
圧縮強度σfは積雪152の圧縮変形のしやすさを表す物理量であり、既往研究により雪の密度の関数である。測定輪111が回転しながら移動することにより進行方向とは逆方向に測定輪111と積雪152の間にせん断力が働く。そのせん断強度τfも既往研究により雪の密度の関数であり、焼結による雪結晶結合の進行度のパラメータを含む。
【0041】
圧縮強度σfとせん断強度τfの算出に、測定輪111による圧縮後の積雪152の密度である圧縮後密度ρfを用いると、摩擦係数μを圧縮後密度ρfの関数として算出することができる。圧縮前後の積雪152の質量保存により、圧縮後密度ρfは初期密度ρ0と初期深さh0および圧縮後深さhfに依存する。これらの変数を用いることによって回転する測定輪111で圧縮された積雪152と測定輪111の間の摩擦係数μを算出することができる。
【0042】
[摩擦係数算出式の導出について]
上述した摩擦係数算出モデルによる、式1の導出方法について説明する。
【0043】
積雪152の圧縮強度σの経験式として既往の式3を用いる。
【0044】
【0045】
式3においてσiは氷の圧縮強度(1.0×106Nm-2)である。λは雪結晶の構造を表す経験的指標であり、1から2の範囲の値である。rは雪の空隙率であり、次の式4で定義される。
【0046】
【0047】
式4においてρiは氷の密度(920kgm-3)であり、ρは実際の雪密度である。初期密度ρ0が小さい雪は、式4より空隙率rが大きく、したがって式3の圧縮強度σは小さく、圧縮変形しやすい。一方、初期密度ρ0が大きい雪は、式4より空隙率rが小さく、したがって式3の圧縮強度σは大きく、圧縮変形しにくい。
【0048】
図3は測定輪111による積雪152の圧縮を示す模式図である。
図4は空隙率rと圧縮強度σの関係を示すグラフであり、
図5は雪密度ρと圧縮強度σの関係を示すグラフである。これらのグラフに示すように、空隙率rが大きく、雪密度ρが小さいと圧縮強度σが小さく、
図3(a)に示すように積雪152は圧縮変形しやすい。一方、空隙率rが小さく、雪密度ρが大きいと圧縮強度σが大きく、
図3(b)に示すように積雪152は圧縮変形しにくい。
【0049】
また、測定輪111と圧縮後の積雪152の真実接触面積をArとすると、次の式5が成り立つ。なお、真実接触面積とは、平面同士が接触しているときに、実際に接触して両面間の力を伝達する点(以下、真実接触点)の面積の総和であり、すべり運動に伴い真実接触点は生成、変形、消滅を繰り返すため、真実接触面積はみかけの接触面積よりも小さい。
【0050】
【0051】
式5において圧縮強度σfは、式3及び式4において雪密度ρが圧縮後密度ρf(ρ=ρf)であるときの圧縮強度である。
【0052】
図2に示す摩擦力(図中、矢印Y4)は、測定輪111と圧縮後の積雪152の真実接触点での凝着を切るのに必要な力とし、雪密度ρが圧縮後密度ρ
f(ρ=ρ
f)であるときの単位面積当たりの凝着を切る力をせん断強度τ
fとする。せん断強度τ
fの算出には、次の式6を用いる。式6は乾いた新雪(new snow)、こしまり雪(lightly compacted snow)及びしまり雪(compacted snow)の場合に対する山野井・遠藤の式である。
【0053】
【0054】
Kは雪結晶間の焼結の進行度によって変化する定数であり、山野井・遠藤らはK=9.4×10-4としたが、一般には結晶間の焼結の進行度によって変化することが知られている。測定輪111と路面150の摩擦係数μは式5及び式6を用いて式1により算出することができる。
【0055】
ここで、従来の連続式摩擦測定車を用いた摩擦係数の測定方法(非特許文献1参照)では、摩擦係数μを次の式7で示すように、摩擦力Frと垂直荷重Fnから算出している。上述の摩擦係数測定実験(非特許文献2参照)も同様の方法で摩擦係数μを算出している。
【0056】
【0057】
式5を用いて式1を変形すると、μ=τfAr/Fnとなるため、τfArをFrとみなせば式1と式7は等価である。同じ垂直荷重Fnでも密度によって積雪の圧縮のしやすさは異なり、測定輪111と圧縮後の積雪の真実接触面積Arは変化すると考えられる。しかし、真実接触面積Arの測定は困難であり、Fr=τfArを通して摩擦力Frを求められないため、真実接触面積Arを含まない式1を用いる。
【0058】
図6は式5の圧縮強度σ
f及び式6のせん断強度τ
fと圧縮後密度ρ
fの関係を示すグラフであり、
図7は式1の摩擦係数μと圧縮後密度ρ
fの関係を示すグラフである。自然雪の場合、λ=1.5を用いる。また、Kは9.4×10
-4及び5.0×10
-4の2通りの値を用いる。Kの値が大きいほど雪結晶間の焼結が十分進んだ状態である。
【0059】
図6に示すように圧縮強度σ
f、せん断強度τ
fともに圧縮後密度ρ
fについて単調増加関数であるが、圧縮後密度ρ
fに関する変化はせん断強度τ
fより圧縮強度σ
fの方が大きいため、摩擦係数μは
図7に示す密度範囲において圧縮後密度ρ
fについて単調に減少する。日本雪工学会の自然積雪の分類方法によると、新雪、こしまり雪、しまり雪の密度は、それぞれ、50~150、150~250、250~500(kgm
-3)である。
【0060】
式6は新雪、こしまり雪及びしまり雪の場合に対して成り立つ式のため、
図6と
図7の圧縮後密度ρ
fも500(kgm
-3)以下に制限している。同じ圧縮後密度ρ
fであってもKの値が小さいと雪結晶間の結合が弱いため、せん断強度τ
fは小さく、摩擦係数μも小さくなることを示す。
【0061】
圧縮前後の雪の質量保存式(式2)より初期密度ρ0と初期深さh0がわかると圧縮後密度ρfがわかり、式1から摩擦係数μを算出することができる。上述のように積雪のある路面について従来の摩擦係数測定(非特許文献1参照)によると、同じ深さの積雪であっても摩擦係数のバラつきが大きい。これは式2から同じ初期深さh0に対して初期密度ρ0や圧縮後深さhfが異なると圧縮後密度ρfが異なり、式1より摩擦係数μは異なることで説明できる。
【0062】
また、上述した摩擦係数測定実験(非特許文献2参照)においては初期密度ρ
0の増加に伴い摩擦係数μは小さくなる傾向にある。これは式2より初期密度ρ
0が増加すると圧縮後密度ρ
fが増加し、式1及び
図7より摩擦係数μは減少することで説明できる。以上より、同じ垂直荷重であっても初期密度ρ
0によって圧縮のしやすさが異なり、圧縮後密度ρ
fが異なることが、従来の測定方法において摩擦係数μが多様な値をとる要因と考えられる。
【0063】
これに対し、路面状態評価システム100では初期深さh0、圧縮後深さhf及び初期密度ρ0から算出した圧縮後密度ρfを用いるため、積雪152の性状に応じた摩擦係数μを算出することが可能である。なお、路面状態評価システム100が評価対象とする雪は乾雪である。上述した山野井・遠藤の式(式6)は乾雪についての式であるためである。なお、湿雪は氷粒子、空気及び水の混合物であるのに対し、乾雪は氷粒子及び空気の混合物である。
【0064】
積雪152の深さ及び密度による摩擦係数μへの影響について説明する。
図8は、初期密度ρ
0が共にρ
0
(1)で同一であり、初期深さh
0が異なる積雪152の初期深さh
0と圧縮後深さh
fを示す模式図であり、
図9はそのグラフである。
図8(a)における初期深さh
0
(1)は
図8(b)における初期深さh
0
(2)より大きい(h
0
(1)>h
0
(2))。初期密度ρ
0が同一であるため圧縮強度が等しく、
図9に示すように積雪152の変形量は同一となる。
【0065】
図10は、初期密度ρ
0が共にρ
0
(2)で同一であり、初期深さh
0が異なる積雪152の初期深さh
0と圧縮後深さh
fを示す模式図であり、
図11はそのグラフである。初期密度ρ
0
(2)は初期密度ρ
0
(1)より大きく(ρ
0
(2)>ρ
0
(1))、
図10(a)における初期深さh
0
(1)は
図10(b)における初期深さh
0
(2)より大きい(h
0
(1)>h
0
(2))。この場合も初期密度ρ
0が同一であるため圧縮強度が等しく、
図11に示すように積雪152の変形量は同一となる。ただし、この圧縮強度は
図8の場合より大きいため、積雪152の変形量は
図9の値より小さくなる。
【0066】
図9及び
図11に示すように初期密度ρ
0が同一のとき、積雪152の変形量は同一となるため、初期深さh
0と圧縮後深さh
fは次の式8で表される。
【0067】
【0068】
式8に示すように、初期密度ρ
0が同一のとき、初期深さh
0によらずh
0/h
fはほぼ同等となり、式2から圧縮後密度ρ
fもほぼ同等となる。したがって、式1から初期深さh
0に対する摩擦係数μの変化は小さい。一方、初期密度ρ
0が相違する場合(ρ
0
(2)>ρ
0
(1))、圧縮後密度ρ
fは
図12に示すように、h
0
(2)/h
f
(2)がh
0
(1)/h
f
(1)とほぼ同等となるような圧縮変形であれば、次の式9で表される。
【0069】
【0070】
式9の圧縮後密度ρfは主に初期密度ρ0に依存するため、初期密度ρ0が相違する場合、圧縮後密度ρfも相違する。したがって、式1から初期密度ρ0に対して摩擦係数μは変化し、初期密度ρ0が大きいと摩擦係数μは小さくなる。このように、摩擦係数μは初期密度ρ0に対して変化する。
【0071】
[路面状態評価システムの効果]
上述のように路面状態評価システム100による摩擦係数算出モデルでは、初期深さh0、初期密度ρ0及び圧縮後深さhfがわかると、これらを上述の式1に代入することで路面150の摩擦係数μを計算できる。式1によると、測定輪111に同じ垂直荷重Fnをかけても、同じ深さの積雪152に対して初期密度ρ0や圧縮後深さhfが異なると圧縮後密度ρfが異なることによって摩擦係数μは異なる。
【0072】
すなわち同モデルでは、同じ種類と深さの積雪であっても摩擦係数がバラつく原因を説明できる。また式1によると、圧縮後密度ρfが大きいほど摩擦係数μは小さくなる。初期密度が大きい乾雪ほど摩擦係数は小さくなる実験結果(非特許文献2参照)は、同モデルによれば初期密度ρ0が大きいほど圧縮後密度ρfが大きくなることで説明できる。
【0073】
また、同じ初期密度に対して異なる初期深さに対する摩擦係数の変化は小さくなる実験結果(非特許文献2参照)は、同モデルによれば初期密度ρ0が同一のとき、初期深さh0によらずh0/hfはほぼ同等となり、圧縮後密度ρfもほぼ同等となることで説明できる。このように、路面状態評価システム100によれば、これまで観測や実験を通して経験的に知られていた摩擦係数特性を理論的なモデルにより説明でき、積雪による路面状態を的確かつ普遍的に評価することが可能となる。
【0074】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこの実施形態にのみ限定されるものではなく、種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0075】
100…路面状態評価システム
110…雪深さ測定装置
111…測定輪
120…雪密度測定装置
130…路面状態評価装置
131…取得部
132…算出部