(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024085547
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】クランクシャフトのオイル潤滑軸受構造
(51)【国際特許分類】
F16C 9/02 20060101AFI20240620BHJP
F16C 33/20 20060101ALI20240620BHJP
F16C 33/24 20060101ALI20240620BHJP
F01M 1/06 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
F16C9/02
F16C33/20 Z
F16C33/24 Z
F01M1/06 K
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022200115
(22)【出願日】2022-12-15
(71)【出願人】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100176304
【弁理士】
【氏名又は名称】福成 勉
(72)【発明者】
【氏名】中尾 裕典
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 るな
【テーマコード(参考)】
3G313
3J011
3J033
【Fターム(参考)】
3G313AA07
3G313BC01
3G313BD37
3G313FA05
3J011AA06
3J011BA13
3J011DA01
3J011KA02
3J011LA04
3J011MA02
3J011QA03
3J011QA05
3J011SB03
3J011SB04
3J011SC05
3J011SE02
3J033AA05
3J033AB01
3J033AB03
3J033AB04
3J033AB10
3J033CD02
3J033GA05
3J033GA07
(57)【要約】
【課題】クランクシャフトに径方向の高負荷が作用しても安定して摺動抵抗を抑えることが可能なオイル潤滑軸受構造を提供する。
【解決手段】オイル潤滑軸受構造は、クランクシャフト7と、潤滑油を介在してクランクシャフト7を回転自在に支持するすべり軸受9とを備える。すべり軸受9の摺動面Bのうちのクランクジャーナル71(回転軸)に対して下側Z2の部分のうちの最下部B1を含む部分は親油性を有する親油面103で構成され、親油面103以外の部分は撥油性を有する撥油面104で構成されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンが往復動するエンジンの軸受構造として、当該ピストンからコネクティングロッドを介して前記ピストンのストローク方向に平行な所定方向の爆発荷重を受けることにより回転するクランクシャフトと、潤滑油を介在して該クランクシャフトの回転軸を摺動自在かつ回転自在に支持するすべり軸受とを備えたオイル潤滑軸受構造であって、
前記すべり軸受の摺動面のうちの前記回転軸に対して前記所定方向における前側の部分のうちの最前部を含む部分は、親油性を有する親油面で構成され、
前記すべり軸受の摺動面の前記親油面以外の部分は、撥油性を有する撥油面で構成されている、
ことを特徴とするクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造。
【請求項2】
前記すべり軸受は、前記回転軸の摺動面のうちの前記所定方向において前側の半分を囲む第1軸受部材と、前記回転軸の摺動面のうちの前記所定方向において後側の半分を囲む第2軸受部材とを備え、
前記すべり軸受の前記摺動面は、前記第1軸受部材における前記回転軸に対向する面と、前記第2軸受部材における前記回転軸に対向する面とによって形成され、
前記親油面は、前記第1軸受部材における前記回転軸に対向する面の全面に形成され、
前記撥油面は、前記第2軸受部材における前記回転軸に対向する面の全面に形成されている、
ことを特徴とする請求項1記載のクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造。
【請求項3】
前記エンジンは、所定の気筒配列方向に並んで配置され、前記ピストンがそれぞれ収容された複数の気筒と、前記気筒配列方向において隣接する2つの気筒の間および当該複数の気筒全体の両外側に配置された複数の前記すべり軸受とを備え、
前記複数のすべり軸受のうち、前記複数の気筒内の前記ピストンによって生じる爆発荷重の合成荷重から受ける圧力が他のすべり軸受が受ける圧力よりも相対的に高い高圧すべり軸受では、前記親油面が当該高圧すべり軸受の摺動面のうちの前記回転軸に対して前記所定方向における前側の部分全体に形成され、
前記高圧すべり軸受が受ける圧力よりも低い圧力を受ける低圧すべり軸受では、前記親油面が当該低圧すべり軸受の摺動面のうちの前記回転軸に対して前記所定方向における前側の部分のうちの前記最前部を含む一部に形成されるとともに前側の残りの部分と後側の部分の全体に前記撥油面が形成されている、
ことを特徴とする請求項1に記載のクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造。
【請求項4】
前記撥油面は、フッ素を含む樹脂被膜で形成されている、
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載のクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンが往復動するエンジンにおけるクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、回転軸体を回転自在に支持する軸受として、回転軸体の外周面に対向する摺動面を有するすべり軸受であって、回転軸体の外周面とすべり軸受の摺動面との隙間に潤滑油の層を介在させることにより、回転軸体をすべり軸受の摺動面に接触させずにフローティング状態で回転自在に支持する流体軸受が知られている。このような流体軸受では、摺動抵抗を抑える方法ために種々の技術が提案されている。
【0003】
例えば、摺動抵抗を低減する軸受構造の従来技術として、特許文献1には、ピストンが往復動するエンジンにおける回転軸体であるクランクシャフトを潤滑油を介してフローティング状態で支持するオイル潤滑軸受構造が開示されている。この構造は、クランクシャフトの回転軸と、当該回転軸を回転自在に支持するすべり軸受とを有しており、回転軸の摺動面とすべり軸受との摺動面のうちのいずれか一方の面の全体(全周)が油をはじく性質、すなわち撥油性を有する撥油面で形成されている。これにより、対向する2つの摺動面の間には、潤滑油層と、当該潤滑油層と撥油面との間において潤滑油に含まれる空気から分離して形成された空気層との2層が形成される。この潤滑油層および空気層の2層が2つの摺動面間の全体にわたって形成されることにより、空気層が摺動面間で発生するせん断力を抑制し、2つの摺動面の間の摺動抵抗を低減している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記の構造では、クランクシャフトに対して径方向に高荷重が入力された際に油膜切れを起こしてクランクシャフトの回転軸とすべり軸受とが直接接触(すなわち、固体接触)して摺動抵抗が増加するおそれがある。
【0006】
すなわち、クランクシャフトの回転軸およびすべり軸受における2つの摺動面の間の潤滑油層の膜厚が薄い場合、ピストンからコンロッドを介してクランクシャフトに伝達する爆発荷重が大きいほど、回転軸の径方向にかかる爆発荷重を受け止める2つの摺動面の潤滑油層の部分では油膜切れが発生し易くなる。上記の爆発荷重は、エンジンが高負荷かつ低回転の運転時にとくに大きくなり、このときは油膜切れがとくに発生しやすくなる。
【0007】
2つの摺動面の間で油膜切れが生じた場合には、クランクシャフトとすべり軸受とが直接的に接して摺動するため、摺動抵抗が増加してクランクシャフトまたはすべり軸受が摩耗するおそれがある。
【0008】
本発明は、前記のような事情に鑑みてなされたものであり、クランクシャフトに径方向の高負荷が作用しても安定して摺動抵抗を抑えることが可能なクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために本発明のクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造は、ピストンが往復動するエンジンの軸受構造として、当該ピストンからコネクティングロッドを介して前記ピストンのストローク方向に平行な所定方向の爆発荷重を受けることにより回転するクランクシャフトと、潤滑油を介在して該クランクシャフトの回転軸を摺動自在かつ回転自在に支持するすべり軸受とを備えたオイル潤滑軸受構造であって、前記すべり軸受の摺動面のうちの前記回転軸に対して前記所定方向における前側の部分のうちの最前部を含む部分は、親油性を有する親油面で構成され、前記すべり軸受の摺動面の前記親油面以外の部分は、撥油性を有する撥油面で構成されていることを特徴とする。
【0010】
かかる構成では、エンジンのピストンからクランクシャフトへコネクティングロッドを介してピストンのストローク方向と平行な所定方向に爆発荷重が伝達される。この爆発荷重は、クランクシャフトの回転軸に対して径方向に作用するが、この荷重を最も受ける部分、すなわち、すべり軸受の摺動面のうちの回転軸に対して所定方向における前側の部分のうちの最前部を含む部分が親油性を有する親油面で構成されている。そのため、親油面が潤滑油になじんで油膜厚さを確保して潤滑不良を防ぐことが可能である。それとともに、親油面以外の部分は撥油性を有する撥油面で構成されているので、撥油面が潤滑油をはじいて潤滑油層と空気層の2層構造を形成することにより、空気層が摺動面間で発生するせん断力を抑制し、摺動抵抗を低減することが可能である。その結果、クランクシャフトに径方向の高負荷の爆発荷重が作用しても安定して摺動抵抗を抑えることが可能になる。
【0011】
上記のクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造において、前記すべり軸受は、前記回転軸の摺動面のうちの前記所定方向において前側の半分を囲む第1軸受部材と、前記回転軸の摺動面のうちの前記所定方向において後側の半分を囲む第2軸受部材とを備え、前記すべり軸受の前記摺動面は、前記第1軸受部材における前記回転軸に対向する面と、前記第2軸受部材における前記回転軸に対向する面とによって形成され、前記親油面は、前記第1軸受部材における前記回転軸に対向する面の全面に形成され、前記撥油面は、前記第2軸受部材における前記回転軸に対向する面の全面に形成されているのが好ましい。
【0012】
かかる構成によれば、すべり軸受は、クランクシャフトの回転軸の摺動面のうちの所定方向において前側の半分を囲む第1軸受部材と、回転軸の摺動面のうちの所定方向において後側の半分を囲む第2軸受部材とを備える。クランクシャフトが回転した状態では、ピストンの爆発荷重を受けない回転軸に対して所定方向後側では、すべり軸受の第2軸受部材の対向面の全面に形成された撥油面の表面で潤滑油がはじかれ、潤滑油層と空気層の2層が形成されて回転軸の回転方向における潤滑油のせん断力をより低減させることが可能である。一方、ピストンの爆発荷重を受ける回転軸に対して所定方向前側では、第2軸受部材の撥油面ではじかれた潤滑油が第1軸受部材の対向面の全面に形成された親油面と回転軸の摺動面との間に押し込まれることにより、回転軸とすべり軸受との間の潤滑を確保することが可能である。その結果、摺動抵抗を効果的に抑えることが可能である。
【0013】
また、すべり軸受の親油面および撥油面が第1軸受部材における回転軸に対向する面と第2軸受部材における回転軸に対向する面によって形成されるので、本発明の軸受構造を備えたエンジンの組立ておよび設計を容易に行うことが可能になる。
【0014】
上記のクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造において、前記エンジンは、所定の気筒配列方向に並んで配置され、前記ピストンがそれぞれ収容された複数の気筒と、前記気筒配列方向において隣接する2つの気筒の間および当該複数の気筒全体の両外側に配置された複数の前記すべり軸受とを備え、前記複数のすべり軸受のうち、前記複数の気筒内の前記ピストンによって生じる爆発荷重の合成荷重から受ける圧力が他のすべり軸受が受ける圧力よりも相対的に高い高圧すべり軸受では、前記親油面が当該高圧すべり軸受の摺動面のうちの前記回転軸に対して前記所定方向における前側の部分全体に形成され、前記高圧すべり軸受が受ける圧力よりも低い圧力を受ける低圧すべり軸受では、前記親油面が当該低圧すべり軸受の摺動面のうちの前記回転軸に対して前記所定方向における前側の部分のうちの前記最前部を含む一部に形成されるとともに前側の残りの部分と後側の部分の全体に前記撥油面が形成されているのが好ましい。
【0015】
複数の気筒を備えたエンジンでは、クランクシャフトを支持する複数のすべり軸受は、すべり軸受の設置場所によって、複数の気筒内のピストンによって生じる爆発荷重の合成荷重から受ける圧力が異なる。そこで、高い圧力を受ける高圧すべり軸受では、親油面が摺動面のうちの回転軸に対して所定方向前側の部分全体に形成されることにより油膜厚さを確保して油膜切れを確実に防ぐ。それとともに、低い圧力を受ける低圧すべり軸受では、油膜切れが生じにくいので、親油面が摺動面のうち所定方向前側の部分のうちの最前部を含む一部に形成されることにより最前部の油膜切れを防ぎながら前側の残りの部分と後側の部分の全体に撥油面が形成されることにより摺動抵抗を抑制することが可能である。その結果、複数の気筒を備えたエンジンにおいても複数のすべり軸受における摺動抵抗を効果的に抑制することが可能である。
【0016】
上記のクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造において、前記撥油面は、フッ素を含む樹脂被膜で形成されているのが好ましい。
【0017】
かかる構成によれば、フッ素を含む樹脂被膜により高い撥油性を発揮する撥油面を形成することが可能である。
【発明の効果】
【0018】
以上のように、本発明のクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造によれば、クランクシャフトに径方向の高負荷が作用しても安定して摺動抵抗を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施形態に係るクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造が適用された4気筒エンジンの主要部分を示す断面図である。
【
図3】
図2のすべり軸受の摺動面を構成するアッパメタル(第2軸受部材)の撥油面と回転軸の摺動面との間において、空気層と潤滑油層の2層構造が形成されている状態を示す断面説明図である。
【
図4】
図2のすべり軸受の摺動面を構成するロアメタル(第1軸受部材)の親油面と回転軸の摺動面との間において十分な膜厚の潤滑油層が形成されている状態を示す断面説明図である。
【
図5】
図2のすべり軸受の摺動面の下半分に形成された親油面と上半分に形成された撥油面の範囲を模式的に示す説明図である。
【
図6】
図1の複数のすべり軸受のうち低い圧力を受ける低圧すべり軸受の摺動面の最下部を含む一部に形成された親油面とそれ以外の部分に形成された撥油面の範囲を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態に係るクランクシャフトのオイル潤滑軸受構造について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0021】
図1は、本発明の実施形態に係るクランクシャフト7のオイル潤滑軸受構造が適用された4気筒エンジンの主要部分を示す断面図である。
図2は、
図1のII-II線断面図である。
図1に示されるエンジン1は、直列4気筒エンジンであり、左右方向X(気筒配列方向)に並んで配置され、上下方向Zに延びる4つの気筒2を有するシリンダブロック3と、4つの気筒2の上端を閉じるシリンダヘッド4と、4つの気筒2のそれぞれに上下方向Zに往復動自在に収容された4個のピストン5と、左右方向X(気筒配列方向)に延びるクランクシャフト7と、クランクシャフト7と4個のピストン5のそれぞれと連結する4本のコネクティングロッド8(以下、コンロッド8という)と、シリンダブロック3の下部に設けられ、クランクシャフト7のクランクジャーナル71(回転軸)を潤滑油を介在させて回転自在に支持する5つのすべり軸受9と、クランクジャーナル71の摺動面Aとすべり軸受9の摺動面B(
図2参照)との間に潤滑油を供給するオイルポンプ12(オイル供給部)とを備える。オイルポンプ12は、5つのすべり軸受9のそれぞれアッパメタル102の内周面(摺動面B)とクランクジャーナル71の外周面(摺動面A)との間に潤滑油を供給することにより、クランクジャーナル71の外周面(摺動面A)の全周にわたって潤滑油を取り囲むように供給する。
【0022】
シリンダブロック3は、具体的には、4つの気筒2が形成されたブロック本体3aと、左右方向X(気筒配列方向)において4つの気筒2の全体の両外側および隣接する気筒2の間においてブロック本体3aの下端から下方に延びる5つの上側縦壁部3bと、5つの上側縦壁部3bの下端にそれぞれボルト11(
図2参照)によって連結される5つの下側縦壁部3cとを有する。5つの上側縦壁部3bは、ブロック本体3aと一体形成される。なお、本実施例では、4つの気筒2をそれぞれ区別して呼ぶ場合には、左右方向X(気筒配列方向)の左側X1から右側X2にかけて、第1気筒21、第2気筒22、第3気筒23、第4気筒24と呼ぶ。
【0023】
クランクシャフト7は、ピストン5からコンロッド8を介して下方向Z2の爆発荷重を受けることにより回転するように構成されている。すなわち、本実施形態では、上下方向Zが本発明の「ストローク方向」に対応し、下方向Z2が本発明の「所定方向」に対応する。
【0024】
クランクシャフト7は、具体的には、シリンダブロック3の回転軸である5つのクランクジャーナル71と、クランクジャーナル71に対して偏心する4つのクランクピン72と、これらをつなぐクランクアーム73とを有する。各クランクピン72とピストン5は、コンロッド8を介してクランク結合している。具体的には、コンロッド8は、その長手方向の一方端を構成する上端部においてピストン5と揺動自在に連結されるとともに下端部においてクランクピン72のクランクピン72と揺動自在に連結され、これにより、クランクピン72とピストン5とのクランク結合がなされている。上記の構成により、クランクシャフト7は、4つのピストン5の往復動に伴って、左右方向X(気筒配列方向)に沿う回転軸O1(左右方向X(気筒配列方向)から見る場合回転中心O1と称す)回りに回転することが可能である。
【0025】
5つのすべり軸受9(19、29、39、49、59)は、潤滑油を介在して回転軸である5つのクランクジャーナル71を摺動自在かつ回転自在に支持するように構成されている。
【0026】
本実施形態の5つのすべり軸受9の摺動面B(内周面)は、それぞれ、
図2、
図5~6に示されるように、2つの性質の異なる面、すなわち、親油面103および撥油面104で構成されている点で共通する。
【0027】
具体的には、本実施形態のすべり軸受9の摺動面Bのうちのクランクジャーナル71(回転軸)に対して下側Z2の部分のうちの最下部B1(所定方向の最前部)を含む部分は、親油性を有する親油面103で構成されている。
【0028】
さらに、すべり軸受9の摺動面Bの親油面103以外の部分は、撥油性を有する撥油面104で構成されている。
【0029】
ここで、親油性とは、すべり軸受9の摺動面Bの表面が潤滑油になじむ性質(潤滑油が付着しやすい性質(言い換えれば、潤滑油に対するぬれ性))をいい、具体的には、摺動面Bの表面自由エネルギー(表面張力)が潤滑油の表面自由エネルギーより十分 に大きい状態の関係性を言う。一方、撥油性とは、摺動面Bの表面が潤滑油をはじく性質、さらに言えば、潤滑油層と摺動面Bとの間に空気層を生じさせる性質をいい、具体的には、摺動面Bの表面自由エネルギーが潤滑油の表面自由エネルギーより十分に小さい状態の関係性を言う。
【0030】
本実施形態のすべり軸受9は、
図2に示されるように、シリンダブロック3の上側縦壁部3bの上に凸の半円形の凹部3b1と下に凸の半円形の凹部3c1との間に形成されている。
【0031】
すべり軸受9は、2つの半円筒状の軸受メタル、すなわち、クランクジャーナル71の摺動面Aのうちの下半分(所定方向の前側半分)を囲むロアメタル101(第1軸受部材)と、クランクジャーナル71の摺動面Aのうちの上半分(所定方向の後側半分)を囲むアッパメタル102(第2軸受部材)とを備える。ロアメタル101は、下側縦壁部3cの下半円形の凹部3c1の内周面に嵌合している。アッパメタル102は、上側縦壁部3bの上半円形の凹部3b1の内周面に嵌合している。
【0032】
ここで、5つのすべり軸受9(19、29、39、49、59)のうち、左右方向X(気筒配列方向)において4つの気筒2の全体の両外側のすべり軸受19、59および中間のすべり軸受(すなわち、第2気筒22および第3気筒23の間のすべり軸受)39では、4個のピストン5の合成荷重によって高い圧力を受ける。
【0033】
そこで、これらの高い圧力を受ける高圧すべり軸受19、39、59では、
図2~5に示されるように、親油面103は、ロアメタル101におけるクランクジャーナル71に対向する面の全面に形成されている。すなわち、親油面103が当該高圧すべり軸受9の摺動面Bのうちのクランクジャーナル71に対して下側Z2の部分全体に形成されている。また、撥油面104は、アッパメタル102におけるクランクジャーナル71に対向する面の全面に形成されている。
【0034】
言い換えれば、上記の高圧すべり軸受19、39、59では、クランクシャフト7の回転中心O1よりも上側の範囲(
図5における最上端を0度とした場合の0~90度、270~0度の範囲)では、ロアメタル101の内周面全体が親油性有する親油面103で形成され、回転中心O1よりも下側の範囲(
図5の90~270度の範囲)では、アッパメタル102の内周面全体が撥油性を有する撥油面104で形成されている。
【0035】
これにより、
図3に示されるように、クランクジャーナル71の上側Z1を見れば、クランクジャーナル71の摺動面Aとアッパメタル102の内周面全体に形成された撥油面104(高圧すべり軸受19の摺動面Bの上半分)との間では、摺動面A、Bの間に供給された潤滑油が撥油面104にはじかれることにより、潤滑油層S2と撥油面104との間に空気層S1が形成される。言い換えれば、撥油面104は、潤滑油層S2と空気層S1からなる2層構造を形成する。
【0036】
一方、
図4に示されるように、クランクジャーナル71の下側Z2を見れば、クランクジャーナル71の摺動面Aとロアメタル101の内周面全体に形成された親油面103(高圧すべり軸受19の摺動面Bの下半分)との間では、親油面103が潤滑油になじむことにより十分な膜厚の潤滑油層S3が形成される。
【0037】
上記の高圧すべり軸受19、39、59では、撥油面104は、例えば、アッパメタル102の金属製の本体部の内周面を覆う撥油性を有する被膜としてフッ素を含む樹脂被膜で形成されている。撥油性を有する材料としては、クランクシャフトの潤滑に用いられる潤滑油をはじくことが可能な撥油性にすぐれたフッ素樹脂(例えば、PTFE、PFA、FEP、ETFE、PVDF、PCTFE、ECTFEなど)などが好ましい。
【0038】
なお、すべり軸受9は、摺動面Bの上側部分において撥油性を有する撥油面104を有していればよいので、アッパメタル102全体が撥油性を有する樹脂材料(例えばフッ素樹脂材料)などで形成してもよい。
【0039】
また、親油面103は、親油性、すなわち潤滑油になじむ性質を有する面であればよいので、ロアメタル101の内周面のみまたは全体が親油性を有する材料として、たとえばアルミ合金、銅合金、すず合金などの金属材料などで形成されるのが好ましい。または、バインダを混ぜることにより親油性を向上したPTFE系複合材やグラファイト系複合材などで親油面103を形成してもよい。
【0040】
一方、上記の高圧すべり軸受19、39、59に対して、以下の低圧すべり軸受29、49は、親油面103および撥油面104の範囲の点で異なっている。
【0041】
すなわち、5つのすべり軸受9(19、29、39、49、59)のうち、上記の高圧すべり軸受19、39、59が上記の4個のピストン5の爆発荷重の合成荷重から受ける圧力よりも低い圧力を受ける2個の低圧すべり軸受29、49(すなわち、第1気筒21および第2気筒22の間、および第3気筒23および第4気筒24の間のすべり軸受)では、低い圧力しか受けないので、油膜切れのおそれが低いので、
図6に示されるように親油面103は狭い範囲に形成されている。具体的には、親油面103が低圧すべり軸受29、49の摺動面Bのうちのクランクジャーナル71に対して下側Z2の部分のうちの最下部B1を含む一部に形成されるとともに下側Z2の残りの部分と上側Z1の部分の全体に撥油面104が形成されている。
【0042】
例えば、
図6に示されるように、親油面103は低圧すべり軸受29、49の摺動面Bの最下部B1を含む範囲、例えば
図6における最上端を0度とした場合の150~210度の範囲に形成され、それ以外の範囲(
図6の0~150度、および210度~0度の範囲)では、上記のロアメタル101のうち親油面103以外の範囲およびアッパメタル102の内周面全体が撥油性を有する撥油面104で形成されているような構成にすればよい。例えば、アルミ合金などの金属材料からなるロアメタル101の内周面のうち
図6の150~210度の範囲では金属材料が露出したままの状態にすることにより親油面103を形成し、それ以外の範囲(
図6の0~150度、および210度~0度の範囲)にフッ素樹脂被膜による撥油面104を形成すればよい。
【0043】
(本実施形態の特徴)
(1)
本実施形態のオイル潤滑軸受構造は、
図1~2に示されるように、ピストン5が往復動するエンジン1の軸受構造として、下方向Z2(所定方向)の爆発荷重を受けることにより回転するクランクシャフト7と、潤滑油を介在して該クランクシャフト7のクランクジャーナル71を摺動自在かつ回転自在に支持するすべり軸受9とを備える。
【0044】
図2~6に示されるように、すべり軸受9の摺動面B(内周面)のうちのクランクジャーナル71(回転軸)に対して下側Z2の部分のうちの最下部B1(所定方向の最前部)を含む部分は、親油性を有する親油面103で構成されている。また、すべり軸受9の摺動面Bのうちの親油面103以外の部分は、撥油性を有する撥油面104で構成されている。
【0045】
かかる構成では、エンジン1のピストン5からクランクシャフト7へコンロッド8を介して下方向Z2に伝達された爆発荷重は、クランクシャフト7のクランクジャーナル71に対して径方向の下方Z2に作用する(
図1~6の下向きの荷重F参照)が、この荷重を最も受ける部分、すなわちすべり軸受9の摺動面Bのうちのクランクジャーナル71(回転軸)に対して下側Z2の部分のうちの最下部B1を含む部分が親油性を有する親油面103で構成されている。そのため、親油面103が潤滑油になじんで油膜厚さを確保して潤滑不良を防ぐことが可能である。それとともに、親油面103以外の部分は撥油性を有する撥油面104で構成されているので、撥油面104が潤滑油をはじいて潤滑油層S2と空気層S1の2層構造を形成することにより、空気層S1がクランクジャーナル71およびすべり軸受9の摺動面A、B間で発生するせん断力を抑制し、摺動抵抗を低減することが可能である。その結果、クランクシャフト7に径方向(下方向Z2)の高負荷の爆発荷重が作用しても安定して(ロバストに)摺動抵抗を抑えることが可能になる。
【0046】
(2)
本実施形態のオイル潤滑軸受構造では、
図2~5に示されるように、すべり軸受9(具体的には、高圧すべり軸受19、39、59)は、クランクジャーナル71の摺動面Aのうちの下半分(所定方向の前側半分)を囲むロアメタル101と、クランクジャーナル71の摺動面Aのうちの上半分(所定方向の後側半分)を囲むアッパメタル102とを備える。
【0047】
すべり軸受9の摺動面Bは、ロアメタル101におけるクランクジャーナル71に対向する面と、アッパメタル102におけるクランクジャーナル71に対向する面とによって形成されている。
【0048】
親油面103は、ロアメタル101におけるクランクジャーナル71に対向する面の全面に形成されている。一方、撥油面104は、アッパメタル102におけるクランクジャーナル71に対向する面の全面に形成されている。
【0049】
かかる構成によれば、クランクシャフト7が回転した状態では、ピストン5の爆発荷重を受けないクランクジャーナル71に対して上側Z1では、すべり軸受9(具体的には、高圧すべり軸受19、39、59)のアッパメタル102の対向面の全面に形成された撥油面104の表面で潤滑油がはじかれ、潤滑油層S2と空気層S1の2層が形成されてクランクジャーナル71の回転方向における潤滑油のせん断力をより低減させることが可能である。一方、ピストン5の爆発荷重を受けるクランクジャーナル71に対して下側Z2では、アッパメタル102の撥油面104によってはじかれた潤滑油がロアメタル101の対向面の全面に形成された親油面103とクランクジャーナル71の摺動面Aとの間に押し込まれて十分な膜厚の潤滑油層S3を形成する(すなわち、くさび効果を発揮する)ことにより、クランクジャーナル71とすべり軸受9との間の潤滑を確保することが可能である。その結果、摺動抵抗を効果的に抑えることが可能である。
【0050】
また、すべり軸受9の親油面103および撥油面104がロアメタル101におけるクランクジャーナル71に対向する面とアッパメタル102におけるクランクジャーナル71に対向する面によって形成されるので、本発明の軸受構造を備えたエンジン1の組立ておよび設計を容易に行うことが可能になる。
【0051】
(3)
本実施形態のオイル潤滑軸受構造では、複数のすべり軸受9のうち、複数の気筒2内のピストン5によって生じる爆発荷重の合成荷重から受ける圧力が他のすべり軸受9が受ける圧力よりも相対的に高い高圧すべり軸受19、39、59では、
図5に示されるように、親油面103が当該高圧すべり軸受9の摺動面Bのうちのクランクジャーナル71に対して下側Z2の部分全体に形成されている。一方、高圧すべり軸受19、39、59が受ける圧力よりも低い圧力を受ける低圧すべり軸受29、49では、
図6に示されるように、親油面103が当該低圧すべり軸受9の摺動面Bのうちのクランクジャーナル71に対して下側Z2の部分のうちの最下部B1を含む一部に形成されるとともに下側Z2の残りの部分に撥油面104が形成されている。
【0052】
上記のように複数の気筒2を備えたエンジン1では、クランクシャフト7を支持する複数のすべり軸受9(19、29、39、49、59)は、すべり軸受9の設置場所によって、複数の気筒2内のピストン5によって生じる爆発荷重の合成荷重から受ける圧力が異なる。そこで、高い圧力を受ける高圧すべり軸受19、39、59では、親油面103が摺動面Bのうちのクランクジャーナル71に対して下側Z2の部分全体に形成されることにより油膜厚さを確保して油膜切れを確実に防ぐ。それとともに、低い圧力を受ける低圧すべり軸受29、49では、油膜切れが生じにくいので、親油面103が摺動面Bのうち下側Z2の部分のうちの最下部B1を含む一部に形成されることにより最下部B1の油膜切れを防ぎながら下側Z2の残りの部分と上側Z1の部分の全体に撥油面104が形成されることにより摺動抵抗を抑制することが可能である。その結果、複数の気筒2を備えたエンジン1においても複数のすべり軸受9における摺動抵抗を効果的に抑制することが可能である。
【0053】
(4)
本実施形態のオイル潤滑軸受構造では、 撥油面104は、フッ素を含む樹脂被膜で形成されている。かかる構成によれば、フッ素を含む樹脂被膜により高い撥油性を発揮する撥油面104を形成することが可能である。
【0054】
(変形例)
なお、上記実施形態では、上下方向Zに往復動するピストン5から下方向Z2の爆発荷重を受けることによりクランクシャフトが回転するエンジン1が示されているが、本発明ではピストン5の往復動の方向(ストローク方向)は上下方向Zに限定されるものではなく、斜めに傾斜して上下する方向や、水平方向であってもよい。その場合も、ピストン5のストローク方向に平行な所定方向にクランクシャフト7が爆発荷重を受けるので、本発明を適用することにより本発明の目的であるクランクシャフト7に径方向の高負荷が作用しても安定して摺動抵抗を抑えることを達成することが可能である。
【符号の説明】
【0055】
1 エンジン
2 気筒
3 シリンダブロック
5 ピストン
7 クランクシャフト
8 コネクティングロッド
9 すべり軸受
19、39、59 高圧すべり軸受
29、49 低圧すべり軸受
71 クランクジャーナル(回転軸)
101 アッパメタル
102 ロアメタル
103 親油面
104 撥油面
A クランクジャーナルの摺動面
B すべり軸受の摺動面