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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024085747
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】組換えタンパク質産生細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20240620BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20240620BHJP
   C12P 21/00 20060101ALI20240620BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20240620BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20240620BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
C12N5/10
C12M1/00 A
C12M1/00 C
C12P21/00 C
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022200442
(22)【出願日】2022-12-15
(71)【出願人】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000238201
【氏名又は名称】扶桑薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100127797
【弁理士】
【氏名又は名称】平田 晴洋
(72)【発明者】
【氏名】引地 裕一
(72)【発明者】
【氏名】原田 額郎
(72)【発明者】
【氏名】辻岡 一也
(72)【発明者】
【氏名】田原 寛
【テーマコード(参考)】
4B029
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029AA27
4B029BB11
4B029CC01
4B064AG01
4B064AG27
4B064CA10
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA01
4B065AA94X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA01
4B065BA21
4B065CA25
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】組換えタンパク質産生量の高い細胞株を効率的に特定することが可能な培養方法を提供する。
【解決手段】組換えタンパク質産生細胞の培養方法は、微小サイズに区画された多数のマイクログリッド12を備えた第1プレート1に対して、例えば抗体3を産生可能な単一細胞Cの多数個を液体培地LAに含有させた細胞懸濁液2Lを注液し、多数のマイクログリッド12のうちの少なくとも一部のマイクログリッド12の各々に、液体培地LAおよび一個の単一細胞Cを保持させる工程と、マイクログリッド12内の液体培地LAをゲル培地LBに転換する工程と、マイクログリッド12内の単一細胞Cに抗体産生期間を与える工程と、第1プレート1に、ゲル培地LB内の単一細胞Cが産生する抗体3と結合可能な検出用抗体4を含む液体を添加する工程と、を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
微小サイズに区画された多数の収容部を備えたプレートに対して、組換えタンパク質を産生可能な単一細胞の多数個を培地に含有させた細胞懸濁液を注液し、前記多数の収容部のうちの少なくとも一部の収容部の各々に、培地および一個の単一細胞を保持させる工程と、
前記収容部内の培地をゲル化する工程と、
前記収容部内の前記単一細胞に組換えタンパク質産生期間を与える工程と、
前記プレートに、ゲル化した培地内の前記単一細胞が産生する組換えタンパク質と結合可能な検出用タンパク質を含む液体を添加する工程と、を含む、組換えタンパク質産生細胞の培養方法。
【請求項2】
請求項1に記載の組換えタンパク質産生細胞の培養方法において、
前記組換えタンパク質を産生可能な単一細胞が、抗体を産生可能な単一細胞であり、
前記検出用タンパク質が検出用抗体である、組換えタンパク質産生細胞の培養方法。
【請求項3】
請求項2に記載の組換えタンパク質産生細胞の培養方法において、
前記検出用抗体を反応させるトリガを与え、抗体産生量の多い単一細胞が保持された収容部を特定する工程をさらに含む、組換えタンパク質産生細胞の培養方法。
【請求項4】
請求項3に記載の組換えタンパク質産生細胞の培養方法において、
前記特定された収容部に保持された単一細胞をピッキングし、他の容器に移載する工程をさらに含む、組換えタンパク質産生細胞の培養方法。
【請求項5】
請求項3に記載の組換えタンパク質産生細胞の培養方法において、
前記抗体の産生期間において前記プレートを監視し、当該産生期間の当初から複数個の単一細胞が保持されていた前記収容部は、前記特定の対象から除外する、組換えタンパク質産生細胞の培養方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の組換えタンパク質産生細胞の培養方法において、
前記収容部は、開口面積が1.0×10-3~1.0×10-1mm、容積が2.0×10-5~1.0×10-2mmの範囲から選ばれるサイズを有する、組換えタンパク質産生細胞の培養方法。
【請求項7】
請求項6に記載の組換えタンパク質産生細胞の培養方法において、
前記プレートは、当該プレートの比較的大サイズの領域を区分する大区画部と、この大区画部の内側をさらに細区分する小区画部とを含み、
前記小区画部が前記収容部である、組換えタンパク質産生細胞の培養方法。
【請求項8】
請求項2~5のいずれか1項に記載の組換えタンパク質産生細胞の培養方法において、
アルギン酸塩を含む培地が、前記プレートに注液される、組換えタンパク質産生細胞の培養方法。
【請求項9】
請求項2~5のいずれか1項に記載の組換えタンパク質産生細胞の培養方法において、
前記単一細胞に遺伝子を導入して抗体産生能を付与する工程を含み、
前記遺伝子を導入した単一細胞を通常培地で所定期間培養した後、前記通常培地を前記単一細胞の培養に適した選択培地に置換する、組換えタンパク質産生細胞の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組換えタンパク質を産生する細胞を培養する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ウィルス感染細胞やがん細胞などの異物の抗原に特異的に結合して前記異物を除去する効能を有する抗体医薬品の開発に当たっては、抗体を産生可能な細胞の培養が不可欠である。細胞の培養方法としては、種々の先行技術が存在する。例えば特許文献1には、スフェロイドの培養技術ではあるが、アルギン酸のゲルを用いた培養方法が開示されている。
【0003】
培養した細胞の中から、抗体産生量の高い細胞を特定するスクリーニングが必要となる。特許文献2には、多数のウェル内で培養されている細胞に光を照射し、ウェルから発生する蛍光量に基づいて抗体産生量を評価するスクリーニング方法が開示されている。しかし、汎用のウェルに細胞を播種して培養し、蛍光量を求める方法では、スクリーニングを効率的に行うことが難しい場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2021-511078号公報
【特許文献2】特許第6461580号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、組換えタンパク質産生量の多い細胞株を効率的に特定することが可能な組換えタンパク質産生細胞の培養方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一局面に係る組換えタンパク質産生細胞の培養方法は、微小サイズに区画された多数の収容部を備えたプレートに対して、組換えタンパク質を産生可能な単一細胞の多数個を培地に含有させた細胞懸濁液を注液し、前記多数の収容部のうちの少なくとも一部の収容部の各々に、培地および一個の単一細胞を保持させる工程と、前記収容部内の培地をゲル化する工程と、前記収容部内の前記単一細胞に組換えタンパク質産生期間を与える工程と、前記プレートに、ゲル化した培地内の前記単一細胞が産生する組換えタンパク質と結合可能な検出用タンパク質を含む液体を添加する工程と、を含む。
【0007】
この態様によれば、一個の単一細胞を一つの収容部に保持させた後、当該収容部内の培地がゲル化される。ゲル化により、一つの収容部内に一つの単一細胞が閉じ込められた状態を形成できる。この状態で、前記単一細胞を所定の組換えタンパク質産生期間だけ培養することで、収容部毎に細胞増殖ならびに組換えタンパク質産生を行わせることができる。そして、プレートに検出用タンパク質を添加することで、収容部単位で組換えタンパク質産生量を評価できる。培地のゲル化によって単一細胞の浮遊が抑止されているので、検出用タンパク質が多く検出される収容部には、組換えタンパク質産生能が高い細胞株が保持されていることになる。このように、上記の態様によれば、収容部単位で単一細胞の培養、組換えタンパク質産生ならびに組換えタンパク質産生量の検出が可能となるので、組換えタンパク質産生量の多い細胞株を効率的に特定することが可能となる。
【0008】
上記の培養方法において、前記組換えタンパク質を産生可能な単一細胞が、抗体を産生可能な単一細胞であり、前記検出用タンパク質が検出用抗体であることが望ましい。
【0009】
この態様によれば、収容部単位で単一細胞の培養、抗体産生ならびに抗体産生量の検出が可能となるので、抗体産生量の多い細胞株を効率的に特定できる。
【0010】
上記の培養方法において、前記検出用抗体を反応させるトリガを与え、抗体産生量の多い単一細胞が保持された収容部を特定する工程をさらに含むことが望ましい。
【0011】
この態様によれば、例えばプレートに光を照射して検出用抗体を蛍光させるといったトリガを与え、蛍光度合い等に基づいて収容部単位で検出用抗体の量を検出するだけで、抗体産生量の多い細胞株を特定できる。
【0012】
上記の培養方法において、前記特定された収容部に保持された単一細胞をピッキングし、他の容器に移載する工程をさらに含んでいても良い。
【0013】
この態様によれば、高抗体産生細胞株をピッキングして他の容器に移載することで、例えば当該細胞株をさらに培養し、多量の抗体を産生させることが可能となる。
【0014】
上記の培養方法において、前記抗体の産生期間において前記プレートを監視し、当該産生期間の当初から複数個の単一細胞が保持されていた前記収容部は、前記特定の対象から除外することが望ましい。
【0015】
細胞懸濁液をプレートに注液すると、多数の収容部のうち、確率論的に概ね一定の割合で一個の単一細胞だけを保持した収容部が発現する。残りの収容部は、単一細胞を保持していない無保持収容部か、あるいは複数個の単一細胞を保持する過保持収容部となる。前記過保持収容部には、高抗体産生細胞株と非産生または低抗体産生細胞株とが混在している可能性がある。上記の態様によれば、前記過保持収容部が特定の対象から除外されるので、抗体産生量の多い単一細胞が保持された収容部を正確に特定することができる。
【0016】
上記の培養方法において、前記収容部は、開口面積が1.0×10-3~1.0×10-1mm、容積が2.0×10-5~1.0×10-2mmの範囲から選ばれるサイズを有することが望ましい。
【0017】
この態様によれば、単一細胞の培養領域を十分に微小化でき、限られたプレート面積で多量の単一細胞の独立的な培養が可能となる。従って、培養の効率化、抗体産生量評価の効率化を図ることができる。
【0018】
上記の培養方法において、前記プレートは、当該プレートの比較的大サイズの領域を区分する大区画部と、この大区画部の内側をさらに細区分する小区画部とを含み、前記小区画部が前記収容部であることが望ましい。
【0019】
この態様によれば、大区画部の単位で細胞種や培養液を変更する等の活用が可能となり、培養の多様化を図ることが可能となる。
【0020】
上記の培養方法において、アルギン酸塩を含む培地が、前記プレートに注液されることが望ましい。
【0021】
アルギン酸塩を含む培地は、例えばカルシウムイオンやマグネシウムイオンを添加することで、俊敏にゲル化する性質がある。従って、上記の態様によれば、ゲル化の工程を迅速に完遂することができる。
【0022】
上記の培養方法において、前記単一細胞に遺伝子を導入して抗体産生能を付与する工程を含み、前記遺伝子を導入した単一細胞を通常培地で所定期間培養した後、前記通常培地を前記単一細胞の培養に適した選択培地に置換することが望ましい。
【0023】
この態様によれば、原因は突き止められていないものの、抗体産生能を有する単一細胞を良好に増殖させることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、組換えタンパク質の産生量の多い細胞株を効率的に特定することが可能な培養方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1図1は、本発明の実施形態に係る抗体産生細胞の培養方法の工程フローを示す図である。
図2図2(A)は、第1プレートの構造を示す拡大図付きの平面図、図2(B)は、図2(A)のIIB-IIB線断面図である。
図3図3は、第1プレートへ細胞を播種する状況を示す模式的な断面図である。
図4図4は、マイクログリッド内の培地をゲル化する工程を示す模式的な断面図である。
図5図5は、単一細胞に抗体産生期間を与える第1次培養の工程を示す模式的な断面図である。
図6図6(A)は、第1プレートへ検出用抗体を含有する液体培地を添加した状況を、図6(B)は洗浄の状況を各々示す模式的な断面図である。
図7図7(A)、(B)は、抗体産生量の多い単一細胞が保持されたマイクログリッドを特定する工程を示す平面図である。
図8図8(A)は、吸引チップによる単一細胞のピッキングの状況を示す模式的な断面図、図8(B)は、ピッキングした単一細胞を第2プレートへ移載する工程を示す模式図である。
図9図9は、吸引チップから第2プレートへ単一細胞を吐出し、マイクログリッドに当該単一細胞を保持させる工程を示す模式的な断面図である。
図10図10は、培地吸引により極小培養環境を確立する工程を示す模式的な断面図である。
図11図11は、マイクログリッドの開口部を封止液で封止した状況を示す模式的な断面図である。
図12図12は、第2プレートでの第2次培養における単一細胞の増殖状況を示す画像である。
図13図13は、比較例の培養方法を用いた単一細胞の増殖状況の画像である。
図14図14は、比較例の培養方法を用いた単一細胞の増殖状況の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係る組換えタンパク質産生細胞の培養方法の実施形態を、図面に基づいて詳細に説明する。本発明で培養対象とされるのは、組換えタンパク質を産生する単一細胞である。以下に示す実施形態では、組換えタンパク質産生細胞の一例として、CHO細胞やB細胞のような、抗体医薬品製造での使用や抗体産生が期待される単一細胞(Single Cell)を例示する。本実施形態で示す培養方法は、大略的には、準備した単一細胞を一定期間培養した上で抗体産生能に優れる単一細胞を選別し、当該単一細胞をさらに培養して増殖させることで、抗体を大量に産生させる方法である。
【0027】
[培養工程の全体フロー]
先ず、本実施形態に係る抗体産生細胞の培養方法の全体フローを、図1に示す工程フローを参照して説明する。本実施形態の培養方法は、順次実施される工程S1~工程S9を含む。最初に、所定の手法を用いて抗体を産生可能な単一細胞を大量に作成する(工程S1)。次に、作成した単一細胞を、培地と共に多数の細胞収容部を備えた第1プレート1(図2)へ播種する(工程S2)。そして、培地をゲル化(図4)した上で、前記細胞収容部内で単一細胞を所定日数培養する第1次培養を行う(工程S3/図5)。
【0028】
第1次培養の後、前記単一細胞が産生する抗体と結合する検出用抗体を添加し(図6)、高抗体産生細胞株を特定するスクリーニング(図7)を行う(工程S4)。特定された高抗体産生細胞株を吸引チップ23でピッキングし、多数の細胞収容部を備えた第2プレート5へ移動する(工程S5/図8)。そして、吸引チップ23から液体培地を張った第2プレート5へ、ピッキングした高抗体産生細胞株である単一細胞を吐出する(工程S6/図9)。
【0029】
続いて、第2プレート5から液体培地を吸引して、単一細胞を個々の細胞収容部内で培養する極小培養環境、すなわち培養エリアが極めて小さい培養環境を確立する(工程S7/図10)。さらに、第2プレート5の上面を、培地の蒸発防止用の封止液で封止する(工程S8/図11)。しかる後、前記細胞収容部内で単一細胞を所定日数培養する第2次培養を行う(工程S9/図12)。以下、上記の工程S1~S9の各々について詳述する。
【0030】
[工程S1;抗体産生単一細胞の作成]
工程S1では、例えば培養対象の単一細胞に所定の遺伝子を導入することで、当該単一細胞に抗体産生能を付与する。単一細胞としては免疫細胞のB細胞を例示でき、産生する抗体としては単一種類のB細胞が作るモノクロナール抗体を例示できる。遺伝子の導入は、例えばトランスフェクション等の化学的手法、エレクトロポレーション等の物理的手法、あるいはウィルスベクター等の生物学的手法により行うことができる。遺伝子を導入した単一細胞は、例えば通常の培養培地にて2日間培養し、その後に前記培養培地を培養対象の単一細胞に適した選択培地に置換する手法を採用することが望ましい。もちろん、遺伝子導入の後、直ちに選択培地で単一細胞を培養しても良い。
【0031】
[工程S2;第1プレートへの細胞播種]
工程S2では、工程S1で作成した単一細胞を、第1次培養を行うために培養プレートへ播種する。図2(A)は、前記培養プレートの一例としての第1プレート1(プレート)の構造を示す拡大図付きの平面図、図2(B)は、図2(A)のIIB-IIB線断面図である。第1プレート1は、平板状の基材の片面にマトリクス配列された凹部からなるグリッド11と、個々のグリッド11内にマトリクス配列された微小サイズの凹部からなるマイクログリッド12(収容部)とを含む。
【0032】
グリッド11は、第1プレート1の比較的大サイズの領域を区分する大区画部である。図2では、縦横のグリッド板で区画された上面視で矩形のグリッド11を例示している。これに代えて、上面視で円形のウェル型のグリッド11をハニカム状またはマトリクス状に配列した構造としても良い。マイクログリッド12は、個々のグリッド11の内側をさらに細区分する小区画部である。マイクログリッド12は、グリッド11の底板上に形成され、グリッド11を区画するグリッド板よりも低い側板で区画された、上面視で矩形の凹部である。このマイクログリッド12も、上面視で円形のウェル型としても良い。
【0033】
マイクログリッド12は、単一細胞を保持する収容部となる。マイクログリッド12のサイズの一例を挙げると、一辺が200μm、深さが100μmである。第1プレート1は、このような微小サイズに区画された多数の収容部を備えたプレートである。マイクログリッド12は、微小な培養空間を形成できるサイズに設定することが望ましく、例えば開口面積が4.0×10-2~1.0×10-1mm、容積が4.0×10-3~1.0×10-2mmの範囲から選ばれるサイズ、より望ましくは開口面積が1.0×10-3~1.0×10-1mm、容積が2.0×10-5~1.0×10-2mmの範囲から選ばれるサイズに設定することができる。
【0034】
図3は、第1プレート1へ単一細胞Cを播種する状況を示す模式的な断面図である。播種に際しては、工程S1で作成された、抗体を産生可能な単一細胞Cの多数個を液体培地LAに含有させた細胞懸濁液2Lが準備される。細胞懸濁液2Lは分注容器21に収容され、第1プレート1の各グリッド11に対して注液される。この注液により、グリッド11内の多数のマイクログリッド12のうち、少なくとも一部のマイクログリッド12には、液体培地LAおよび一個の単一細胞Cが保持される。もちろん、複数個の単一細胞Cが入り込んでしまったり、単一細胞Cが保持されなかったりするマイクログリッド12も生じる。例えば、一つのグリッド11に475個のマイクログリッド12が存在する場合に、当該グリッド11に400個の単一細胞を播種すると、確率論的には約1/3のマイクログリッド12が、一個の単一細胞Cを保持するグリッドとなる。
【0035】
細胞懸濁液2Lには、液体培地LAに加え、当該液体培地LAを固定化するゲル材が配合される。液体培地LAとしては、水性媒体に無機塩、ブドウ糖、アミノ酸等の成長因子と、抗生物質、成長促進因子などの添加成分とを含む通常の培養液を用いて良い。例えば、CH150培地(ジーメップ株式会社商品名)を、液体培地LAとして好適に用いることができる。ゲル材としては、液体培地LAを固定化可能である限りにおいて特に制限はないが、アルギン酸塩を用いることが望ましい。アルギン酸塩を含ませた液体培地LAは、例えばカルシウムイオンやマグネシウムイオンを含むゲル化剤を添加することで、俊敏にゲル化する性質があるので、後続のゲル化の工程を迅速に完遂することができる利点がある。
【0036】
[工程S3;第1次培養]
工程S3は、マイクログリッド12内の液体培地LAをゲル化させた上で、マイクログリッド12内で単一細胞Cを一定期間培養し、当該単一細胞に抗体産生期間を与える工程である。図4は、マイクログリッド12の拡大断面図であって、マイクログリッド12内の液体培地LAをゲル化する工程を示す模式図である。各々のマイクログリッド12は、底板121と側板122とにより区画されている。
【0037】
アルギン酸塩を含む液体培地LAを第1プレート1に注液した後、ゲル化剤が添加される。ゲル化剤としては、例えばCaClを用いることができる。ゲル化剤の添加により、マイクログリッド12内の液体培地LAはゲル培地LBとなる。マイクログリッド12内の単一細胞Cは、ゲル培地LBにより固定化されることになる。ゲル培地LBの高さは、側板122の頂部123と同じ高さ、あるいは若干低い高さに調整されることが望ましい。これにより、一つのマイクログリッド12のゲル培地LB内に一つの単一細胞Cが閉じ込められた状態を形成できる。なお、ゲル培地LBの高さが、頂部123よりも若干高い位置にあっても良いし、隣接するマイクログリッド12のゲル培地LB同士が連なっていても良い。
【0038】
図5は、単一細胞に抗体産生期間を与える第1次培養の工程を示す模式的な断面図である。ゲル化剤を添加して一定時間(例えば30分)静置し、液体培地LAをゲル培地LBに転換させた後、第1プレート1には液体培地LAが注液される。つまり、ゲル培地LBを備えたマイクログリッド12の上方が液体培地LAで覆われる。この状態で、単一細胞Cを所定の抗体産生期間だけ第1次培養することで、マイクログリッド12毎に単一細胞Cに細胞増殖ならびに抗体産生を行わせることができる。第1プレート1の上面にはカメラ13が配置されている。第1次培養の期間中、第1プレート1のマイクログリッド12は、カメラ13によって撮像され、状態監視が行われる。第1次培養の期間は、例えば4日~8日程度である。
【0039】
図6(A)は、第1次培養から数日が経過した状態を模式的に示す図である。ここでは、マイクログリッド12内の単一細胞Cが抗体3を産生した状態を示している。第1次培養の期間中には、液体培地LAの交換作業が行われる。交換用の液体培地LAには、ゲル培地LB内の単一細胞Cが産生する抗体3と結合可能な検出用抗体4が含有されている。図6(A)は、第1プレート1へ検出用抗体4を含有する液体培地LAが添加され、その検出用抗体4の一部が抗体3と結合した状態を示している。
【0040】
液体培地LAの交換は、第1プレート1へ既に注液されている液体培地LAを吸液し、新たに検出用抗体4入りの液体培地LAを注液する洗浄の態様で行われる。図6(B)は前記洗浄の状況を示す模式的な断面図である。まず、図5に示した初回の液体培地LAが、図略の吸引チップで吸引される。その後、検出用抗体4入りの交換用液体培地LAが調製される。交換用液体培地LAは培地供給チップ22に保持され、図6(B)に示すようにマイクログリッド12のゲル培地LBの上へ注液される。このような洗浄は、第1次培養の期間中に1~3回程度行われる。
【0041】
交換用液体培地LAにおける検出用抗体4の希釈率は、抗体3と結合できない過剰分が生じ過ぎない範囲に選定することが望ましい。過剰に検出用抗体4を含有していると、ゲル培地LBの上層の液体培地LA中に多くの検出用抗体4が浮遊し、個々の単一細胞Cの抗体3の産生量を正確に評価できないことがある。
【0042】
[工程S4;高抗体産生細胞株のスクリーニング]
工程S4は、工程S3で添加した検出用抗体4を反応させるトリガを与え、抗体産生量の多い単一細胞Cが保持されたマイクログリッド12を特定する工程である。本実施形態では、前記トリガとして第1プレート1に光を照射し、検出用抗体4を蛍光させる例を示す。抗体3の産生量が多い単一細胞Cが保持されたマイクログリッド12では、それらの抗体3に結合する検出用抗体4も多くなり、蛍光度合いが大きくなる。従って、マイクログリッド12単位で検出用抗体4の蛍光度合いを評価するだけで、抗体産生量の多い細胞株を特定できる。
【0043】
図7(A)、(B)は、抗体産生量の多い単一細胞Cが保持されたマイクログリッド12を特定する工程を示す平面図である。図7(A)は、抗体産生期間である第1次培養の初期段階における、マイクログリッド12での単一細胞Cの保持状況を示している。マトリクス配列されたマイクログリッド12には、n行m列のアドレスが付与されている。n行m列のマイクログリッド12のうち、n1m4のグリッドG1、n2m1のグリッドG2、n2m3のグリッドG3、n3m3のグリッドG4およびn5m4のグリッドG5には、それぞれ一個の単一細胞Cが保持されている。n4m1のグリッドG6には、第1次培養の当初から複数個(2個)の単一細胞Cが保持されている。
【0044】
図7(B)は、第1次培養の終了後の状態を示している。グリッドG4を除いて、単一細胞Cは増殖している。また、図7(B)は、図略の光源から所定波長の光を第1プレート1に照射し、検出用抗体4から蛍光FLを発生させた状態を示している。グリッドG3およびグリッドG5では、マイクログリッド12の開口面積を上回る程度の発光面積の蛍光FLが発生しており、抗体産生量の多い単一細胞Cが培養されていることが判る。一方、グリッドG1については、単一細胞Cは4個に増殖しているものの、マイクログリッド12の開口面積に対して小さい発光面積の蛍光FLしか発生していない。グリッドG2、G4の蛍光FLも小さい。
【0045】
抗体産生量の多少は、マイクログリッド12毎の蛍光FLの発生度合いによって評価される。評価指標としては、例えば(1)蛍光FLの発生範囲、(2)蛍光FLの平均輝度、(3)蛍光FLの最大輝度、を例示できる。蛍光FLの発生範囲は、マイクログリッド12の開口面積に対して、そのマイクログリッド12から発生している蛍光FLの発光面積の占める割合である。図7(B)の例では、グリッドG3、G5の蛍光FLは、各々のマイクログリッド12の開口面積を上回る発光面積を有しており、高抗体産生量と評価される。一方、グリッドG1、G2、G4の蛍光FLの発光面積は狭く、これらの抗体産生量は低評価となる。このような蛍光FLの発生範囲をベースとして、平均輝度および最大輝度がさらに考慮される。平均輝度および最大輝度がより高いグリッドの抗体産生量は高評価となる。ここでは、グリッドG3、G5が「高抗体産生細胞株が保持されたマイクログリッド12」として特定され得る。
【0046】
なお、抗体産生期間の当初から複数個の単一細胞Cが保持されていたグリッドG6は、前記特定の対象から除外される。一つのマイクログリッド12に複数個の単一細胞Cが保持されてしまった過保持グリッドでは、高抗体産生細胞株と非産生または低抗体産生細胞株とが混在している可能性がある。この場合、後者を後の工程S5でピッキングしてしまうことが生じ得る。このため、第1次培養の当初からカメラ13(図5)で第1プレート1を監視し、グリッドG6のような過保持グリッドは、たとえ発生度合いの高い蛍光FLを発生していても、抗体産生量の評価対象から除外される。これにより、抗体産生量の多い単一細胞Cが保持されたマイクログリッド12を正確に特定することができる。
【0047】
[工程S5;高抗体産生細胞株のピッキング]
工程S5では、先の工程S4で高抗体産生量の多いグリッドとして特定されたマイクログリッド12に収容された単一細胞Cを吸引チップ23でピッキングし、これを第2プレート5へ移動する。すなわち、ピッキングは、マイクログリッド12単位で行われる。図8(A)は、吸引チップ23による単一細胞Cのピッキングの状況を示す模式的な断面図、図8(B)は、ピッキングした単一細胞Cを第2プレート5へ移載する工程を示す模式図である。
【0048】
吸引チップ23は、下端に単一細胞Cの吸引および吐出を行う先端開口23Tを備える。図8(A)に示すように、吸引チップ23の先端開口23Tが吸引ターゲットの単一細胞Cに対してXY方向に位置合わせされ、先端開口23Tがマイクログリッド12内へ進入するよう吸引チップ23が下降される。その後、先端開口23Tに負圧を発生させることで、吸引ターゲットの単一細胞Cがゲル培地LBと共に吸引チップ23内に吸引される。単一細胞CのXY座標は、カメラ13(図5)による第1プレート1の撮影画像に基づき求めることができる。この吸引チップ23による吸引では、高抗体産生量と特定された一つのマイクログリッド12に存在する全ての単一細胞Cを1ターンの吸引動作で吸引させても良いし、一部を吸引させても良い。
【0049】
図8(B)に示すように、吸引チップ23はヘッドユニット6のヘッド61に装着される。ヘッドユニット6は、図略のガイドレールに沿って水平方向(XY方向)へ移動可能なユニットである。ヘッド61は、ヘッドユニット6の本体に昇降可能に取り付けられ、吸引チップ23が装着される下端部を有している。ヘッドユニット6の本体内には、ヘッド61の前記下端部に、負圧および正圧を発生させるための機構が内蔵されている。
【0050】
ヘッドユニット6のXY移動により、吸引チップ23の先端開口23Tと吸引ターゲットの単一細胞Cとの位置合わせが行われる。吸引ターゲットの単一細胞Cを保持しているマイクログリッド12に対する先端開口23Tの進退は、ヘッド61の昇降により実現される。先端開口23Tから単一細胞Cの吸引または吐出は、ヘッド61の前記下端部に負圧または正圧を発生させることで実現される。第1プレート1において、吸引ターゲットの単一細胞Cを各ヘッド61に装着された吸引チップ23で吸引させたら、ヘッドユニット6が第2次培養を行う第2プレート5(他の容器)の上空へ移動される。以上のような細胞ピッキング並びに細胞移動を自動的に行う装置として、例えばCELL HANDLER(ヤマハ発動機株式会社商品名)を好適に用いることができる。このような自動化装置に代えて、作業者がマイクロピペットなどの細胞吸引・吐出具を用いて、細胞ピッキング並びに細胞移動をマニュアル操作で実行する態様としても良い。
【0051】
[工程S6;第2プレートへの細胞吐出]
工程S6は、工程S5において吸引チップ23でピッキングした単一細胞Cを、第2プレート5の所定の収容部へ保持させる工程である。図9は、工程S6の前記吐出により、第2プレート5へ単一細胞Cを保持させる工程を示す模式的な断面図である。工程S6は、予め第2プレート5へ所定量の液体培地を注液する工程と、第1プレート1でピッキングした単一細胞Cを第2プレート5へ吐出させる工程とを含む。
【0052】
第2プレート5は、上面に開口部を有する複数の収容部を備えた容器である。第2プレート5としては、先に図2に基づいて説明した第1プレート1と同様の構造を備えるプレートを用いることができる。図9では、第2プレート5の比較的大サイズの領域を区分するグリッド51と、このグリッド51の内側をさらに細区分するマイクログリッド52とを備える第2プレート5を例示している。各マイクログリッド52が、単一細胞Cを保持する前記収容部である。図9に示されているのは、一つのグリッド51の断面図である。グリッド51は、底面を形成するグリッド底板511と、側面を形成するグリッド側板512とを有している。各マイクログリッド52は、共通のグリッド底板511と、個々の側面を形成する側板521とで区画されている。
【0053】
単一細胞Cを保持する収容部となるマイクログリッド52は、第1プレート1のマイクログリッド12と同様なサイズを有していることが望ましい。すなわち、マイクログリッド52は、微小な培養空間を形成できるサイズに設定することが望ましく、例えば開口面積が4.0×10-21.0×10-1mm、容積が4.0×10-3~1.0×10-2mmの範囲から選ばれるサイズ、より望ましくは開口面積が1.0×10-3~1.0×10-1mm、容積が2.0×10-5~1.0×10-2mmの範囲から選ばれるサイズに設定することができる。
【0054】
単一細胞Cの吐出に先立ち、第2プレート5には所定量の液体培地LAが投入される。液体培地LAの投入量は、図9に示すように、マイクログリッド52を区画する側板521の頂部522よりも上方に液面が達する量である。換言すると、マイクログリッド52の上面開口部よりも上方に液面が位置する量の液体培地LAが、予め第2プレート5のグリッド51に注液される。なお、各マイクログリッド52の頂部522は同じ高さ位置にある。
【0055】
その後、吸引チップ23から、高抗体産生細胞株であるとして選別された一つのマイクログリッド12分の単一細胞Cが、第2プレート5へ吐出される。この吐出は、図9に示すように、吸引チップ23の先端開口23Tをグリッド51の開口に対向させ、先端開口23Tに正の吐出圧を発生させることで実現される。もちろん、先端開口23Tをグリッド51内の液体培地LAの上層部に突入させて前記吐出を行っても良いし、先端開口23Tをマイクログリッド52の内部まで進入させて前記吐出を行っても良い。この吐出により、一つのグリッド51が備える複数のマイクログリッド52のうち、少なくとも一部のマイクログリッド52に1個または複数個の単一細胞Cが保持される。
【0056】
[工程S7;培地吸引による極小培養環境の確立]
工程S7は、第2プレート5の液体培地LAを吸引して、マイクログリッド52単位で独立した単一細胞Cの培養環境を確立する工程である。ここで確立される培養環境は、培養エリアが極めて小さい培養環境である。図10は、工程S7の動作を示す模式的な断面図である。図10では、吸液チップ24により、グリッド51内の液体培地LAが吸引されている様子が示されている。
【0057】
吸液チップ24による前記吸引は、図9の状態から、グリッド51の液体培地LAの液面が、マイクログリッド52の側板521の頂部522が露出した状態となるまで行われる。すなわち、液体培地LAの液面が、マイクログリッド52の開口部52Hの高さ位置と略一致するまで、グリッド51の液体培地LAが除去される。このような吸引により、一つのマイクログリッド52内の液体培地LAと他のマイクログリッド52内の液体培地LAとが混ざり合うことが無くなる。つまり、個々のマイクログリッド52内の液体培地LAからなる、単一細胞Cのための培養エリアが極めて小さい培養環境が形成される。一つのマイクログリッド52内の液体培地LAの量は、例えば4ナノリットルである。
【0058】
広大な培養環境に1個~10個程度の少数の単一細胞Cを投入する極少培養環境では、当該単一細胞Cは増殖し難い。例えば、図10において側板521を取り除いてマイクログリッド52の区画を無くしたグリッド51に液体培地LAを注液し、単一細胞Cを投入して所定の培養期間を与えても、当該単一細胞Cは増殖し難い。一方、液体培地LAが4ナノリットル程度の培養環境に1個~10個程度の単一細胞Cを投入して培養すると、細胞同士が隣接し易いことも相俟って、当該単一細胞Cの増殖が促進される傾向が出る。工程S6の細胞吐出では、液体培地LAの液面が開口部52Hよりも上位にある方が、1回の吐出動作でマイクログリッド52に単一細胞Cを保持させ得るので好都合である。その後の工程S7で培地吸引を行うことにより、マイクログリッド52単位で隔離された、少数の単一細胞Cの培養・増殖に適した培養環境を確立することができる。
【0059】
[工程S8;マイクログリッドの封止]
工程S8は、封止液7を第2プレート5に注液して、マイクログリッド52の開口部52Hの上方を封止する工程である。図11は、マイクログリッド52の開口部52Hが、封止液7で封止された状況を示す模式的な断面図である。封止液7の下面は、マイクログリッド52の側板521の頂部522に接し、開口部52Hを塞いでいる。すなわち、封止液7によって、液体培地LAおよび単一細胞Cが一つのマイクログリッド52内に閉じ込められた状態となっている。封止液7としては、例えば軽質流動パラフィン等からなる胚培養オイルを用いることができる。
【0060】
封止液7として求められる機能は、マイクログリッド52内の液体培地LAの蒸発防止機能である。液体培地LAは水分を含むので、封止液7が存在しない場合は前記水分が蒸発してしまう。このため、工程S9の第2次培養の期間中に、マイクログリッド52内の液体培地LAの量が減少ないしは枯渇する、浸透圧やpHなどの培地状態が変化するなどの不具合が生じる。蒸発防止機能を有する封止液7によって開口部52Hを封止することにより、第2次培養期間中における液体培地LAの蒸発を抑制できる。
【0061】
封止液7の他の望ましい機能は、通気性である。通気性を有する封止液7であれば、マイクログリッド52の開口部52Hを封止しても、当該マイクログリッド52内の液体培地LAを大気と連通させることができる。従って、マイクログリッド52内の単一細胞Cの培養環境を健全に維持できる。上掲の胚培養オイルは、前記蒸発防止の機能と前記通気性との双方を備えているので、封止液7として好適である。胚培養オイル以外に、少なくとも蒸発防止機能を有する他の液体、半液体(ゲル)を封止液7として用いても良い。言うまでもないが、液体培地LAよりも比重が軽いことは必要である。
【0062】
封止液7の層が形成されることで、工程S7で確立した極小培養環境を第2次培養期間中において維持できるようになる。すなわち、マイクログリッド52内の液体培地LAの蒸発が防止されるだけでなく、外気に含まれる異物、例えば微小な塵埃やカビの胞子、細菌などがマイクログリッド52内へ侵入することを抑止できる。また、マイクログリッド52内で培養されている単一細胞Cが発する活性物質の拡散を防止し、単一細胞Cの増殖を促進できる利点もある。
【0063】
[工程S9;第2次培養]
工程S9は、図11の通り封止液7でマイクログリッド52の開口部52Hを封止した状態で、所定の培養期間だけ単一細胞Cの培養を行う工程である。つまり、工程S4で高抗体産生細胞株として特定された単一細胞Cを、さらに所定期間だけ第2次培養して増殖させることで、抗体3を多量に産生させる工程である。第2次培養の期間中、成長因子を含む液体培地がグリッド51に補填される。
【0064】
図12は、第2プレート5での第2次培養における、単一細胞Cの増殖状況を示す画像である。図中の「Day1」は、第2次培養の開始から1日目の状態を意味する。図12では、一つのグリッド51が備えるマイクログリッド52の一部の、第2次培養の開始から1日目、4日目、5日目、6日目、8日目、11日目および18日目の画像が示されている。複数のマイクログリッド52のうち、注目グリッドGAにおける単一細胞Cの変異状況を見ると、日を追う毎に増殖していることが判る。なお、11日目~18日目の間で急激に注目グリッドGAの周囲の単一細胞Cも増殖しているのは、単純に培養日数が長いことに加え、前記液体培地の補填の際に注目グリッドGAから増殖した単一細胞Cが隣接するグリッドに入り込んだことも要因である。
【0065】
図13および図14は、比較例の培養方法を用いた単一細胞の増殖状況の画像である。図13は、工程S7の培地吸引(図10)を行わず、且つ、工程S8の胚培養オイルによる封止(図11)を行わない状態、つまり工程S6の細胞吐出(図9)の後、直ちに第2次培養を行うようにした、比較例1の画像である。図13では、第2次培養の開始から1日目、6日目および11日目の画像が示されている。複数のマイクログリッド52のうちの注目グリッドGA1における単一細胞Cの増殖状況を見ると、1日目~11日目の間で有意な増殖は生じていないことが判る。
【0066】
図14は、工程S7の培地吸引(図10)を行わずに、工程S8の胚培養オイルによる封止を行った状態、つまり工程S6の細胞吐出(図9)の後、液体培地LAの液面が頂部522よりも高い位置にある状態で封止液7を注液し、第2次培養を行った比較例2の画像である。図14でも、第2次培養の開始から1日目、6日目および11日目の画像が示されている。複数のマイクログリッド52のうちの注目グリッドGA2における単一細胞Cの増殖状況を見ると、1日目~11日目の間で有意な増殖は生じていないことが判る。
【0067】
[作用効果]
以上説明した本実施形態に係る抗体産生細胞の培養方法によれば、次のような作用効果を奏する。先ず、工程S5のピッキング前の第1次培養において、一個の単一細胞Cを第1プレート1の一つのマイクログリッド12に保持させた後、当該マイクログリッド12内の液体培地LAがゲル化される。液体培地LAのゲル化により、一つのマイクログリッド12内に一つの単一細胞Cが閉じ込められた状態を形成できる。この状態で、単一細胞Cを所定の抗体産生期間だけ第1次培養することで、マイクログリッド12毎に細胞増殖ならびに抗体3の産生を行わせることができる。そして、第1プレート1に検出用抗体4を添加することで、マイクログリッド12単位で抗体産生量を評価できる。培地のゲル化によって単一細胞Cの浮遊が抑止されているので、検出用抗体4が多く検出されるマイクログリッド12には、高抗体産生細胞株が保持されていることになる。このように、マイクログリッド12単位で単一細胞Cの培養、抗体3の産生ならびに抗体産生量の検出が可能となるので、抗体産生量の高い細胞株を効率的に特定することができる。
【0068】
次に工程S5のピッキング後の第2次培養においては、第2プレート5のマイクログリッド52に単一細胞Cを保持させた後、液体培地LAを除去して封止液7で開口部52Hを封止する。これにより、マイクログリッド52内の液体培地LAの蒸発を防ぎつつ、マイクログリッド52単位で閉じられた極めて小さい培養環境を構築できる。狭小な培養領域で単一細胞Cを培養することで、当該単一細胞Cの増殖が促進される。従って、優れた抗体産生能を有する単一細胞Cをピッキングして上記の通り第2次培養することで、単一細胞Cの増殖の効率化を図ることができ、ひいては抗体3を多量に産生させることができる。
【符号の説明】
【0069】
C 単一細胞
LA 液体培地
LB ゲル培地
1 第1プレート(プレート)
11 グリッド(大区画部)
12 マイクログリッド(収容部/小区画部)
2L 細胞懸濁液
23 吸引チップ
3 抗体
4 検出用抗体
5 第2プレート(他の容器)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14