(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024085748
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】極少細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240620BHJP
C12N 5/20 20060101ALI20240620BHJP
C12N 5/0781 20100101ALI20240620BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N5/20
C12N5/0781
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022200443
(22)【出願日】2022-12-15
(71)【出願人】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000238201
【氏名又は名称】扶桑薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100127797
【弁理士】
【氏名又は名称】平田 晴洋
(72)【発明者】
【氏名】原田 額郎
(72)【発明者】
【氏名】引地 裕一
(72)【発明者】
【氏名】辻岡 一也
(72)【発明者】
【氏名】田原 寛
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AA92X
4B065AA94X
4B065CA25
4B065CA44
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】極少細胞を効率的に増殖させることが可能な培養方法を提供する。
【解決手段】極少細胞の培養方法は、上面に開口部52Hを有する複数のマイクログリッド52を備えた培養プレート5に、液面が開口部52Hよりも上方に位置する量の液体培地LAと、複数個の単一細胞Cとを投入することで、複数のマイクログリッド52のうちの少なくとも一部のマイクログリッド52に、単一細胞Cを保持させる工程と、液体培地LAの液面が、マイクログリッド52の開口部52Hの高さ位置と略一致するまで、培養プレート5内の液体培地LAを除去する工程と、液体培地LAの蒸発防止用の封止液7を培養プレート5に注液して、開口部52Hの上方を封止する工程と、を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
上面に開口部を有する複数の収容部を備えた容器に、液面が前記開口部よりも上方に位置する量の培地と、複数個の単一細胞とを投入することで、前記複数の収容部のうちの少なくとも一部の収容部に、前記単一細胞を保持させる工程と、
前記培地の液面が、前記収容部の前記開口部の高さ位置と略一致するまで、前記容器内の前記培地を除去する工程と、
前記培地の蒸発防止用の封止液を前記容器に注液して、前記開口部の上方を封止する工程と、を含む、極少細胞の培養方法。
【請求項2】
請求項1に記載の極少細胞の培養方法において、
前記単一細胞が、抗体を産生可能な単一細胞である、極少細胞の培養方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の極少細胞の培養方法において、
前記単一細胞を保持させる工程は、
予め前記容器に、液面が前記開口部よりも上方に位置する量の培地を注液する工程と、
他の容器から培地と共にチップでピッキングした単一細胞を、前記容器に吐出させる工程とを含む、極少細胞の培養方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の極少細胞の培養方法において、
前記封止液が通気性を備える、極少細胞の培養方法。
【請求項5】
請求項1または2に記載の極少細胞の培養方法において、
前記封止液が胚培養オイルからなる、極少細胞の培養方法。
【請求項6】
請求項1に記載の極少細胞の培養方法において、
前記収容部は、開口面積が1.0×10-3~1.0×10-1mm2、容積が2.0×10-5~1.0×10-2mm3の範囲から選ばれるサイズを有する、極少細胞の培養方法。
【請求項7】
請求項6に記載の極少細胞の培養方法において、
前記容器は、当該容器の比較的大サイズの領域を区分する大区画部と、この大区画部の内側をさらに細区分する小区画部とを含み、
前記小区画部が前記収容部である、極少細胞の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養面積に対して極めて少数の細胞を播種して培養する極少細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞を培養する領域である培養面積に対して、ごく少数の単一細胞または単一起源細胞を播種して培養する極少培養環境での培養が必要となる場合がある。ウィルス感染細胞やがん細胞などの異物の抗原に特異的に結合して前記異物を除去する効能を有する抗体医薬品の開発に当たっては、抗体を産生可能な細胞の培養が不可欠である。抗体産生細胞の培養は、極少培養環境での培養となることが多い。細胞の培養方法としては、種々の先行技術が存在する。例えば特許文献1には、スフェロイドの培養技術ではあるが、アルギン酸のゲルを用いた培養方法が開示されている。
【0003】
培養した細胞の中から、抗体産生量の高い細胞を特定するスクリーニングが必要となる。特許文献2には、多数のウェル内で培養されている細胞に光を照射し、ウェルから発生する蛍光量に基づいて抗体産生量を評価するスクリーニング方法が開示されている。スクリーニングの次のステップとして、抗体産生量の高い細胞を培養して増殖させ、多量に抗体を産生させる作業が行われる。しかし、抗体産生量が多くても、増殖させることが難しい細胞が多々存在している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2021-511078号公報
【特許文献2】特許第6461580号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、抗体産生細胞のように極少培養環境での培養が必要な単一細胞を、効率的に増殖させることが可能な培養方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一局面に係る極少細胞の培養方法は、上面に開口部を有する複数の収容部を備えた容器に、液面が前記開口部よりも上方に位置する量の培地と、複数個の単一細胞とを投入することで、前記複数の収容部のうちの少なくとも一部の収容部に、前記単一細胞を保持させる工程と、前記培地の液面が、前記収容部の前記開口部の高さ位置と略一致するまで、前記容器内の前記培地を除去する工程と、前記培地の蒸発防止用の封止液を前記容器に注液して、前記開口部の上方を封止する工程と、を含む。
【0007】
この態様によれば、収容部に細胞を保持させた後、培地を除去して封止液で開口部を封止することにより、収容部内の培地の蒸発を防ぎつつ、収容部単位で閉じられた培養環境を構築できる。狭小な培養領域で単一細胞を培養することで、増殖が促進されることが確認されている。従って、単一細胞を上記の通り培養することで、極少培養環境であっても、増殖の効率化を図ることができる。
【0008】
上記の培養方法において、前記単一細胞が、抗体を産生可能な単一細胞であることは、望ましい態様である。
【0009】
上記の培養方法において、前記単一細胞を保持させる工程は、予め前記容器に、液面が前記開口部よりも上方に位置する量の培地を注液する工程と、他の容器から培地と共にチップでピッキングした単一細胞を、前記容器に吐出させる工程とを含んで良い。
【0010】
この態様によれば、他の容器において高抗体産生能を有する単一細胞を選別してピッキングし、これを容器の収容部に保持させて培養・増殖させることができる。すなわち、抗体産生能の優れた細胞株を、より増殖し易い環境で培養させることができる。
【0011】
上記の培養方法において、前記封止液が通気性を備えることが望ましい。この場合、前記封止液が胚培養オイルであることがより望ましい。
【0012】
この態様によれば、封止液で収容部の開口部を封止しても、当該収容部内の培地を大気と連通させることができるので、収容部内の培養環境を健全に維持できる。
【0013】
上記の培養方法において、前記収容部は、開口面積が1.0×10-3~1.0×10-1mm2、容積が2.0×10-5~1.0×10-2mm3の範囲から選ばれるサイズを有することが望ましい。
【0014】
この態様によれば、単一細胞の培養領域を十分に微小化でき、限られたプレート面積で多量の単一細胞の独立的な培養が可能となる。従って、単一細胞の培養・増殖の効率化を図ることができる。
【0015】
上記の培養方法において、前記容器は、当該容器の比較的大サイズの領域を区分する大区画部と、この大区画部の内側をさらに細区分する小区画部とを含み、前記小区画部が前記収容部であることが望ましい。
【0016】
この態様によれば、大区画部の単位で細胞種や培養液を変更する等の活用が可能となり、培養の多様化を図ることが可能となる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、抗体産生細胞のように極少培養環境での培養が必要な単一細胞を、効率的に増殖させることが可能な培養方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態に係る高抗体産生細胞の培養方法の工程フローを示す図である。
【
図2】
図2(A)は、培養プレートの構造を示す拡大図付きの平面図、
図2(B)は、
図2(A)のIIB-IIB線断面図である。
【
図3】
図3は、吸引チップから培養プレートへ単一細胞を播種し、マイクログリッドに当該単一細胞を保持させる工程を示す模式的な断面図である。
【
図4】
図4は、培地吸引により極少培養環境を確立する工程を示す模式的な断面図である。
【
図5】
図5は、マイクログリッドの開口部を封止液で封止した状況を示す模式的な断面図である。
【
図6】
図6は、培養プレートでの培養期間における単一細胞の増殖状況を示す画像である。
【
図7】
図7は、比較例の培養方法を用いた単一細胞の増殖状況の画像である。
【
図8】
図8は、比較例の培養方法を用いた単一細胞の増殖状況の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る極少細胞の培養方法の実施形態を、図面に基づいて詳細に説明する。本発明の培養方法は、細胞の培養面積に対して、ごく少数の単一細胞を播種する極少培養環境での培養を対象とする。なお、本明細書でいう「単一細胞」は、単一細胞が増殖した細胞である単一起源細胞も包含する。一般に、単一細胞は、極少培養環境での培養が困難な傾向があり、本発明はそのような環境において単一細胞を効率的に培養することを可能とする。単一細胞としては、組換えタンパク質産生能を有する単一細胞、例えばCHO細胞やB細胞のような、抗体医薬品製造での使用や抗体産生が期待される単一細胞(Single Cell)を例示される。以下では、抗体産生細胞を極少培養環境で培養する例を示す。
【0020】
[培養工程の全体フロー]
先ず、本実施形態に係る抗体産生細胞の培養方法の全体フローを、
図1に示す工程フローを参照して説明する。本実施形態の培養方法は、順次実施される工程S1~工程S5を含む。最初に、所定の手法を用いて抗体を産生可能な単一細胞を大量に作成する(工程S1)。次に、作成した単一細胞を、液体培地と共に多数の細胞収容部を備えた培養プレート5(
図2)へ播種する(工程S2)。
【0021】
続いて、培養プレート5から液体培地を吸引して、単一細胞を個々の細胞収容部内で培養する極小培養環境を確立する(工程S3/
図4)。さらに、培養プレート5の上面を、培地の蒸発防止用の封止液で封止する(工程S4/
図5)。しかる後、前記細胞収容部内で単一細胞を所定日数培養する(工程S5/
図6)。以下、上記の工程S1~S5の各々について詳述する。
【0022】
[工程S1;抗体産生単一細胞の作成]
工程S1では、例えば培養対象の単一細胞に所定の遺伝子を導入することで、当該単一細胞に抗体産生能を付与する。単一細胞としては免疫細胞のB細胞を例示でき、産生する抗体としては単一種類のB細胞が作るモノクロナール抗体を例示できる。遺伝子の導入は、例えばカチオン性脂質等のキャリア分子を用いた化学的手法、エレクトロポレーション等の物理的手法、あるいはウィルスベクター等の生物学的手法により行うことができる。
【0023】
上記の遺伝子導入した単一細胞をそのまま次の工程S2での播種対象としても良いが、前記単一細胞の中から抗体産生能力の高い細胞株を選定して播種対象としても良い。この場合、工程S1で作成された単一細胞をマイクロプレート等で所定期間培養し、抗体産生期間を与える。その後、前記単一細胞が産生する抗体と結合する検出用抗体を含有する液体培地を前記マイクロプレートに添加し、抗体産生能力の高い単一細胞を特定する。高抗体産生細胞株として特定された単一細胞を、マイクロピペット等でピッキングして細胞懸濁液を作り、工程S2の播種を行う。
【0024】
[工程S2;培養プレートへの細胞播種]
工程S2では、工程S1で作成した単一細胞を、培養を行うために培養プレートへ播種する。
図2(A)は、培養プレート5の構造を示す拡大図付きの平面図、
図2(B)は、
図2(A)のIIB-IIB線断面図である。培養プレート5は、平板状の基材の片面にマトリクス配列された凹部からなるグリッド51と、個々のグリッド51内にマトリクス配列された微小サイズの凹部からなるマイクログリッド52とを含む。
【0025】
グリッド51は、培養プレート5の比較的大サイズの領域を区分する大区画部である。
図2では、縦横のグリッド板で区画された上面視で矩形のグリッド51を例示している。これに代えて、上面視で円形のウェル型のグリッド51をハニカム状またはマトリクス状に配列した構造としても良い。マイクログリッド52は、個々のグリッド51の内側をさらに細区分する小区画部である。マイクログリッド52は、グリッド51の底板上に形成され、グリッド51を区画するグリッド板よりも低い側板で区画された、上面視で矩形の凹部である。このマイクログリッド52も、上面視で円形のウェル型としても良い。
【0026】
マイクログリッド52は、上面に開口部を有し、単一細胞を保持する収容部となる。マイクログリッド52のサイズの一例を挙げると、一辺が200μm、深さが100μmである。培養プレート5は、このような微小サイズに区画された多数の収容部を備えたプレートである。マイクログリッド52は、微小な培養空間を形成できるサイズに設定することが望ましく、例えば開口面積が4.0×10-2~1.0×10-1mm2、容積が4.0×10-3~1.0×10-2mm3の範囲から選ばれるサイズ、より望ましくは開口面積が1.0×10-3~1.0×10-1mm2、容積が2.0×10-5~1.0×10-2mm3の範囲から選ばれるサイズに設定することができる。
【0027】
図3は、培養プレート5へ単一細胞Cを播種する状況を示す模式的な断面図である。
図3では、
図2に示した培養プレート5の一つのグリッド51の断面図が示されている。グリッド51は、底面を形成するグリッド底板511と、側面を形成するグリッド側板512とを有している。各マイクログリッド52は、共通のグリッド底板511と、個々の側面を形成する側板521とで区画されている。
【0028】
播種に際しては、工程S1で作成された、抗体を産生可能な単一細胞Cを液体培地LAに含有させた細胞懸濁液2Lが準備される。細胞懸濁液2Lは分注容器21に収容され、培養プレート5の各グリッド51に対して注液される。この注液により、グリッド51内の多数のマイクログリッド52のうち、少なくとも一部のマイクログリッド52には、液体培地LAと一個または複数個の単一細胞Cとが保持される。細胞懸濁液2Lによる単一細胞Cの希釈度合いは、極少培養環境であるので、例えば20~25個のマイクログリッド52に対して1個の単一細胞Cが割り当てられる程度に設定することができる。
【0029】
単一細胞Cの播種に先立ち、培養プレート5には所定量の液体培地LAが投入される。液体培地LAの投入量は、
図3に示すように、マイクログリッド52を区画する側板521の頂部522よりも上方に液面が達する量である。換言すると、マイクログリッド52の上面開口部よりも上方に液面が位置する量の液体培地LAが、予め培養プレート5のグリッド51に注液される。なお、各マイクログリッド52の頂部522は同じ高さ位置にある。液体培地LAとしては、水性媒体に無機塩、ブドウ糖、アミノ酸等の成長因子と、抗生物質、成長促進因子などの添加成分とを含む通常の培養液を用いて良い。例えば、CH150培地(ジーメップ株式会社商品名)を、液体培地LAとして好適に用いることができる。
【0030】
その後、分注容器21から細胞懸濁液2L中の単一細胞Cが、培養プレート5へ播種される。この播種により、一つのグリッド51が備える複数のマイクログリッド52のうち、少なくとも一部のマイクログリッド52に1個または複数個の単一細胞Cが保持される。
【0031】
[工程S3;培地吸引による極小培養環境の確立]
工程S3は、培養プレート5の液体培地LAを吸引して、マイクログリッド52単位で独立した単一細胞Cの培養環境を確立する工程である。ここで確立される培養環境は、培養エリアが極めて小さい培養環境である。
図4は、工程S3の動作を示す模式的な断面図である。
図4では、吸液チップ24により、グリッド51内の液体培地LAが吸引されている様子が示されている。
【0032】
吸液チップ24による前記吸引は、
図3の状態から、グリッド51の液体培地LAの液面が、マイクログリッド52の側板521の頂部522が露出した状態となるまで行われる。すなわち、液体培地LAの液面が、マイクログリッド52の開口部52Hの高さ位置と略一致するまで、グリッド51の液体培地LAが除去される。このような吸引により、一つのマイクログリッド52内の液体培地LAと他のマイクログリッド52内の液体培地LAとが混ざり合うことが無くなる。つまり、個々のマイクログリッド52内の液体培地LAからなる、単一細胞Cの極小培養環境が形成される。一つのマイクログリッド52内の液体培地LAの量は、例えば4ナノリットルである。
【0033】
広大な培養環境に1個~10個程度の少数の単一細胞Cを投入する極少培養環境では、当該単一細胞Cは増殖し難い。例えば、
図4において側板521を取り除いてマイクログリッド52の区画を無くしたグリッド51に液体培地LAを注液し、単一細胞Cを投入して所定の培養期間を与えても、当該単一細胞Cは増殖し難い。一方、液体培地LAが4ナノリットル程度の極小培養環境に1個~10個程度の単一細胞Cを投入して培養すると、細胞同士が隣接し易いことも相俟って、当該単一細胞Cの増殖が促進される傾向が出る。工程S2の細胞播種では、液体培地LAの液面が開口部52Hよりも上位にある方が、1回の吐出動作でマイクログリッド52に単一細胞Cを保持させ得るので好都合である。その後の工程S3で培地吸引を行うことにより、マイクログリッド52単位で隔離された、少数の単一細胞Cの培養・増殖に適した極小培養環境を確立することができる。
【0034】
[工程S4;マイクログリッドの封止]
工程S4は、封止液7を培養プレート5に注液して、マイクログリッド52の開口部52Hの上方を封止する工程である。
図5は、マイクログリッド52の開口部52Hが、封止液7で封止された状況を示す模式的な断面図である。封止液7の下面は、マイクログリッド52の側板521の頂部522に接し、開口部52Hを塞いでいる。すなわち、封止液7によって、液体培地LAおよび単一細胞Cが一つのマイクログリッド52内に閉じ込められた状態となっている。封止液7としては、例えば軽質流動パラフィン等からなる胚培養オイルを用いることができる。
【0035】
封止液7として求められる機能は、マイクログリッド52内の液体培地LAの蒸発防止機能である。液体培地LAは水分を含むので、封止液7が存在しない場合は前記水分が蒸発してしまう。このため、工程S5の培養の期間中に、マイクログリッド52内の液体培地LAの量が減少ないしは枯渇する、浸透圧やpHなどの培地状態が変化するなどの不具合が生じる。蒸発防止機能を有する封止液7によって開口部52Hを封止することにより、培養期間中における液体培地LAの蒸発を抑制できる。
【0036】
封止液7の他の望ましい機能は、通気性である。通気性を有する封止液7であれば、マイクログリッド52の開口部52Hを封止しても、当該マイクログリッド52内の液体培地LAを大気と連通させることができる。従って、マイクログリッド52内の単一細胞Cの培養環境を健全に維持できる。上掲の胚培養オイルは、前記蒸発防止の機能と前記通気性との双方を備えているので、封止液7として好適である。胚培養オイル以外に、少なくとも蒸発防止機能を有する他の液体、半液体(ゲル)を封止液7として用いても良い。言うまでもないが、液体培地LAよりも比重が軽いことは必要である。
【0037】
封止液7の層が形成されることで、工程S3で確立した極小培養環境を培養期間中において維持できるようになる。すなわち、マイクログリッド52内の液体培地LAの蒸発が防止されるだけでなく、外気に含まれる異物、例えば微小な塵埃やカビの胞子、細菌などがマイクログリッド52内へ侵入することを抑止できる。また、マイクログリッド52内で培養されている単一細胞Cが発する活性物質の拡散を防止し、単一細胞Cの増殖を促進できる利点もある。
【0038】
[工程S5;細胞培養]
工程S5は、
図5の通り封止液7でマイクログリッド52の開口部52Hを封止した状態で、所定の培養期間だけ単一細胞Cの培養を行う工程である。つまり、工程S1で作成された単一細胞Cを所定期間だけ培養して増殖させることで、抗体を産生させる工程である。この培養の期間中、成長因子を含む液体培地がグリッド51に補填される。
【0039】
図6は、培養プレート5での培養期間中における、単一細胞Cの増殖状況を示す画像である。図中の「Day1」は、第2次培養の開始から1日目の状態を意味する。
図6では、一つのグリッド51が備えるマイクログリッド52の一部の、培養の開始から1日目、4日目、5日目、6日目、8日目、11日目および18日目の画像が示されている。複数のマイクログリッド52のうち、注目グリッドGAにおける単一細胞Cの変異状況を見ると、日を追う毎に増殖していることが判る。なお、11日目~18日目の間で急激に注目グリッドGAの周囲の単一細胞Cも増殖しているのは、単純に培養日数が長いことに加え、前記液体培地の補填の際に注目グリッドGAから増殖した単一細胞Cが隣接するグリッドに入り込んだことも要因である。
【0040】
図7および
図8は、比較例の培養方法を用いた単一細胞の増殖状況の画像である。
図7は、工程S3の培地吸引(
図4)を行わず、且つ、工程S4の胚培養オイルによる封止(
図5)を行わない状態、つまり工程S2の細胞播種(
図3)の後、直ちに培養を行うようにした、比較例1の画像である。
図7では、培養の開始から1日目、6日目および11日目の画像が示されている。複数のマイクログリッド52のうちの注目グリッドGA1における単一細胞Cの増殖状況を見ると、1日目~11日目の間で有意な増殖は生じていないことが判る。
【0041】
図8は、工程S3の培地吸引(
図4)を行わずに、工程S4の胚培養オイルによる封止を行った状態、つまり工程S2の細胞播種(
図3)の後、液体培地LAの液面が頂部522よりも高い位置にある状態で封止液7を注液し、培養を行った比較例2の画像である。
図8でも、培養の開始から1日目、6日目および11日目の画像が示されている。複数のマイクログリッド52のうちの注目グリッドGA2における単一細胞Cの増殖状況を見ると、1日目~11日目の間で有意な増殖は生じていないことが判る。
【0042】
[作用効果]
以上説明した本発明に係る抗体産生細胞の培養方法によれば、次のような作用効果を奏する。すなわち、培養プレート5のマイクログリッド52に単一細胞Cを保持させた後、液体培地LAを除去して封止液7で開口部52Hを封止する。これにより、マイクログリッド52内の液体培地LAの蒸発を防ぎつつ、マイクログリッド52単位で閉じられた極小培養環境を構築できる。狭小な培養領域で単一細胞Cを培養することで、当該単一細胞Cの増殖が促進される。従って、抗体産生能を有する単一細胞Cを上記の通り培養することで、単一細胞Cの増殖の効率化を図ることができ、ひいては抗体を多量に産生させることができる。
【符号の説明】
【0043】
C 単一細胞
LA 液体培地(培地)
23 吸引チップ
5 培養プレート(容器)
51 グリッド(大区画部)
52 マイクログリッド(収容部/小区画部)
52H 開口部
7 封止液