(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024086098
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】所定層の層剛性推定方法及び層剛性推定装置
(51)【国際特許分類】
G01M 99/00 20110101AFI20240620BHJP
G01H 17/00 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
G01H17/00 Z
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022201033
(22)【出願日】2022-12-16
(71)【出願人】
【識別番号】000166432
【氏名又は名称】戸田建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【弁理士】
【氏名又は名称】布施 行夫
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【弁理士】
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(74)【代理人】
【識別番号】100213388
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 康司
(72)【発明者】
【氏名】成田 修英
(72)【発明者】
【氏名】保井 美敏
(72)【発明者】
【氏名】山本 健史
(72)【発明者】
【氏名】小阪 宏之
【テーマコード(参考)】
2G024
2G064
【Fターム(参考)】
2G024AD34
2G024CA13
2G024FA04
2G024FA06
2G024FA11
2G064AA05
2G064AB01
2G064AB02
2G064BA02
2G064BD02
2G064CC02
2G064CC41
2G064CC42
2G064CC43
2G064DD02
(57)【要約】
【課題】本発明は、加速度の測定点数を従来に比べて大幅に削減することができる所定層の層剛性推定方法及び層剛性推定装置を提供する。
【解決手段】本発明に係る所定層の層剛性推定方法は、多層の建築物における所定層の層剛性を多質点系モデルを用いて推定する方法であって、建築物の屋上に対応する質点の下から数えてi番目の質点における加速度及びi番目の質点の上下の質点の加速度をそれぞれフーリエ変換して各加速度のフーリエ・スペクトルを算出する工程と、得られた各加速度のフーリエ・スペクトルと、i番目の質点の質量と、を用いてi番目の質点とi-1番目の質点の間にある所定層の層剛性(k
i)を算出する工程と、所定層の層剛性(k
i)の中からS/(S+N)比の推定値が1に近い所定基準値以上の層剛性のみを抽出する工程と、を含む。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多層の建築物における所定層の層剛性を多質点系モデルを用いて推定する方法であって、
前記建築物の屋上に対応する質点の下から数えてi番目の質点における加速度及び前記i番目の質点の上下の質点の加速度をそれぞれフーリエ変換して各加速度のフーリエ・スペクトルを算出する工程と、
前記工程で得られた前記各加速度のフーリエ・スペクトルと、前記i番目の質点の質量と、を用いて下記式(1)及び下記式(2)により前記i番目の質点とi-1番目の質点の間にある前記所定層の層剛性(k
i)を算出する工程と、
前記所定層の層剛性(k
i)の中から下記式(3)で得られるS/(S+N)比の推定値が1に近い所定基準値以上の層剛性のみを抽出する工程と、
を含むことを特徴とする、所定層の層剛性推定方法。
【数1】
【数2】
【数3】
【請求項2】
請求項1に記載の前記所定層の層剛性推定方法を実行する層剛性推定装置であって、
演算部及び記憶部を備え、
前記演算部は、
前記i番目の質点における加速度及び前記上下の質点の加速度を取得する処理と、
取得した加速度をそれぞれフーリエ変換して各加速度のフーリエ・スペクトルを算出する処理と、
算出された前記各加速度のフーリエ・スペクトルと、前記記憶部に保存された前記i番目の質点の質量と、を用いて前記所定層の層剛性(ki)を算出する処理と、
算出された前記所定層の層剛性(ki)の中からS/(S+N)比の推定値が1に近い所定基準値以上の層剛性のみを抽出する処理と、
を実行することを特徴とする、層剛性推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築物における所定層の層剛性推定方法及び層剛性推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、建築物の安全性を確保するために、構造ヘルスモニタリング技術が重要視されている。例えば、地震等による建築物の損傷評価のために、建築物の各層における層剛性を同定する手法が提案されている(特許文献1、非特許文献1,2)。建築物のある層の部材が地震等で損傷すると当該層の剛性が低下するため、地震の前後で層剛性を比較することで損傷の程度を評価することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】中村充、安井譲、「微動測定に基づく地震被災鉄骨建物の層損傷評価」、日本建築学会構造系論文集、第517号、pp.61-68、1999
【非特許文献2】吉村怜毅、三田彰、「多入力多出力モデルに基づく建築構造パラメタのオンライン同定」、日本建築学会構造系論文集、第574号pp.39-44、2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に、高層建築物の場合には地震による構造部材の損傷は下層において発生しやすい。しかしながら、特許文献1及び非特許文献1,2の方法は、いずれも評価対象の層について層剛性を計算するために、少なくとも評価対象の層よりも上層の全ての層における加速度に基づいて層剛性を計算する必要がある。
【0006】
そこで、本発明は、加速度の測定点数を従来に比べて大幅に削減することができる所定層の層剛性推定方法及び層剛性推定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の態様または適用例として実現することができる。
【0008】
[1]本発明に係る所定層の層剛性推定方法の一態様は、
多層の建築物における所定層の層剛性を多質点系モデルを用いて推定する方法であって、
前記建築物の屋上に対応する質点の下から数えてi番目の質点における加速度及び前記i番目の質点の上下の質点の加速度をそれぞれフーリエ変換して各加速度のフーリエ・スペクトルを算出する工程と、
前記工程で得られた前記各加速度のフーリエ・スペクトルと、前記i番目の質点の質量と、を用いて下記式(1)及び下記式(2)により前記i番目の質点とi-1番目の質点の間にある前記所定層の層剛性(ki)を算出する工程と、
前記所定層の層剛性(ki)の中から下記式(3)で得られるS/(S+N)比の推定値が1に近い所定基準値以上の層剛性のみを抽出する工程と、
を含むことを特徴とする。
【0009】
【0010】
【0011】
【0012】
[2]本発明に係る層剛性推定装置の一態様は、
上記所定層の層剛性推定方法の一態様を実行する層剛性推定装置であって、
演算部及び記憶部を備え、
前記演算部は、
前記i番目の質点における加速度及び前記上下の質点の加速度を取得する処理と、
取得した加速度をそれぞれフーリエ変換して各加速度のフーリエ・スペクトルを算出する処理と、
算出された前記各加速度のフーリエ・スペクトルと、前記記憶部に保存された前記i番目の質点の質量と、を用いて前記所定層の層剛性(ki)を算出する処理と、
算出された前記所定層の層剛性(ki)の中からS/(S+N)比の推定値が1に近い所定基準値以上の層剛性のみを抽出する処理と、
を実行することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る所定層の層剛性推定方法の一態様及び層剛性推定装置の一態様によれば、加速度の測定点数を従来に比べて大幅に削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本実施形態に係る層剛性推定方法に用いる建築物の模式図とその多質点系モデルを概念的に示す図である。
【
図2】本実施形態に係る所定層の層剛性推定装置の構成例を示すブロック図である。
【
図3】本実施形態に係る所定層の層剛性推定方法の一例を示すフローチャートである。
【
図4】
図3における区間ごとの処理の一例を示すフローチャートである。
【
図5】
図3におけるS/(S+N)推定処理の一例を示すフローチャートである。
【
図6】実施例における入力(模擬地動u
g・・)である。
【
図7】実施例1の層剛性推定方法の検証計算の結果を示す図である。
【
図8】実施例2の層剛性推定方法の検証計算の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0016】
1.層剛性推定装置
図1及び
図2を用いて、本発明の一実施形態に係る層剛性推定装置2を説明する。
図1は、本実施形態に係る層剛性推定方法に用いる建築物1の模式図(a)とその多質点系モデル1aを概念的に示す図(b)であり、
図2は、本実施形態に係る所定層の層剛性推定装置2の構成例を示すブロック図である。
【0017】
図1の(a)に示す多層の建築物1は、同図の(b)に示す多質点系モデル1aに置き換えることができる。各階の床に対応する質点の質量は、屋上に対応する質点から1階に向かってm
0,m
1,m
2,…,m
i-1,m
i,m
i+1,…m
n-1で示すことができ、初期の系の位置で地盤(GL)から鉛直方向に間隔を空けてn個の質点が配置される。質量m
1は屋上の質点の下の質点から数えて1番目の質点(10階建てであれば10階の床に対応する)の質量、質量m
iは屋上の質点の下の質点から数えてi番目の質点(10階建てであれば10-(i-1)階の床に対応する)の質量を示す。上下に隣接する質点の間には、それぞれ各層の剛性k
1…nと減衰(または粘性)c
1…nを有するばねモデルが配置され、両端が上下の質点に固定される系とする。層剛性k
1は最上階から数えて1番目の層の剛性であり、層剛性k
iは最上階から数えてi番目の層の剛性である。本実施形態では、このi番目の層の層剛性(k
i)を推定するものであって、言い換えれば、屋上に対応する質点(0番目)の下の質点(1番目)から数えてi番目の質点(以下、「i番目の質点」)とi-1番目の質点(以下、「i-1番目の質点」)の間にある所定層の層剛性(k
i)を推定するものである。
【0018】
また、
図1の(b)において、u
iはi番目の質点の水平方向の変位の時間分布u
i(t)であり、u
gは建築物1の地盤(GL)の変位の時間分布u
g(t)である。さらに、変位の時間分布u
i(t)の時間に関する微分(速度)はドットを1つ付けてu
i・(t)、u
g・(t)で表し、同様に時間に関する2階微分(加速度)はドットを2つ付けてu
i・・(t)、u
g・・(t)で表す。
【0019】
建築物1は、少なくともi番目の質点とその上下の質点に対応する3階分の床に加速度センサ14が取り付けられる。加速度センサ14は、各階の床の少なくとも水平方向の加速度を計測でき、すなわち、i-1番目、i番目及びi+1番目の質点における加速度を計測できる。建築物1は、全ての階の床に加速度センサ14を備えてもよい。加速度センサ14は、3軸加速度計であってもよい。
【0020】
多質点系モデル1aは、建築物1の例えば設計緒元から各質点の質量m0…mn-1があらかじめ取得でき、加速度センサ14の出力からi-1番目、i番目及びi+1番目の質点における絶対加速度(以下単に加速度という)ui・・(t)+ug・・(t)、ui-1・・(t)+ug・・(t)、ui+1・・(t)+ug・・(t)を取得できる。
【0021】
このとき、多質点系モデル1aの運動方程式(力のつり合い式)は、下記式(4)の通りである。
【0022】
【0023】
この方程式に基づいて、下記式(1)及び下記式(2)を後述するように導き出すことができる。
【0024】
【0025】
【0026】
図2に示す本実施形態に係る層剛性推定装置2は、後述する所定層の層剛性推定方法の実施形態を実行する装置である。層剛性推定装置2は、上記式(1)及び上記式(2)を用いて所定層の層剛性(k
i)を推定することができる。
【0027】
層剛性推定装置2は、演算部21及び記憶部22を備える。層剛性推定装置2は、例えばパソコンやサーバであり、図示しないCPU(中央演算処理装置)、ROM、RAM等のメモリやハードディスク装置等の記憶装置、外部装置との通信を行う通信インターフェース等を備える。演算部21は、CPUやRAM等から構成することができ、記憶部22に保存されているプログラムを実行する。記憶部22は、ハードディスク装置等の記憶装置から構成することができ、多質点系モデル1aの各質点の質量や上記式(1)及び上記式(2)等を記憶する。記憶部22は、加速度センサ14から取得した計測データを記憶してもよい。
【0028】
層剛性推定装置2は、通信ネットワークを介して建築物1に設置された複数の加速度センサ14と接続し、計測データを受信することができる。加速度センサ14の計測データを取得することができれば、通信ネットワーク以外の方法、例えばUSBメモリによる計測データの取り込みなどでもよい。また、層剛性推定装置2は、層剛性推定装置2を操作
するためのキーボードやマウス等の公知の入力装置と、推定結果を出力するディスプレイやプリンタ等の公知の出力装置を備えてもよい。
【0029】
演算部21は、少なくともi番目の質点における加速度ui・・(t)+ug・・(t)及び上下の質点の加速度ui-1・・(t)+ug・・(t)、ui+1・・(t)+ug・・(t)を取得する処理と、取得した加速度をそれぞれフーリエ変換して各加速度のフーリエ・スペクトルui・・(ω)+ug・・(ω)、ui-1・・(ω)+ug・・(ω)、ui+1・・(ω)+ug・・(ω)を算出する処理と、算出された前記各加速度のフーリエ・スペクトルと、記憶部22に保存されたi番目の質点の質量miと、を用いて所定層の層剛性(ki)を算出する処理と、を実行する。各処理については、後述の層剛性推定方法において説明する。
【0030】
演算部21によって算出された所定層の層剛性(ki)は、建築物1を多質点系モデル1aに置き換えたときの層剛性(ki)であるため、実際の建築物1における所定層の層剛性を推定した値となる。
【0031】
層剛性推定装置2が建築物1の地震観測結果もしくは振動測定の結果から、所定層の層剛性(ki)を推定することができれば、建築物1の損傷や劣化の度合いが把握できる。しかも、層剛性推定装置2は、従来のように多くの層の加速度データを必要とせず、少なくとも3つの質点(3つの階の床)における加速度データを取得できればよいので、超高層ビルであれば加速度の測定点数を大幅に削減することが可能となる。層剛性が推定できれば、例えば、地震の前後で比較して層剛性が低下している層があれば、その層に損傷が出ていることが分かる。また、地震前の記録が無くても、各層で層剛性を比較して不自然に層剛性の小さい層があれば、その層に損傷が生じていることが分かる。さらに、地震に限らず定期的に振動測定を行って層剛性を推定すれば、建築物1の経年劣化の進行度合いを把握できる。
【0032】
次に、上記式(4)から上記式(1)及び上記式(2)を導出できることを説明する。以下、必要に応じて上記式(4)における質量行列(miの並んでいる行列)をM、減衰行列(ciの並んでいる行列)をC、剛性行列(kiの並んでいる行列)をKと書くことがある。
【0033】
まず、質点の変位、速度、加速度の時間分布をフーリエ変換すると、変位、速度、加速度の周波数分布が得られる。これをui(ω)、ui・(ω)、ui・・(ω)、ug・・(ω)のように、時間tを角周波数ωで置き換えた記号で書くことができる。ui(ω)、ui・(ω)、ui・・(ω)、ug・・(ω)についても上記式(4)はそのまま成り立つが、フーリエ変換の性質よりui(ω)、ui・(ω)、ui・・(ω)、ug・・(ω)の間には下記式(5)及び下記式(6)が成り立つ。
【0034】
【0035】
【0036】
そして、上記式(5)及び上記式(6)を上記式(4)に代入すれば、下記式(7)及び下記式(8)が成り立つ。
【0037】
【0038】
【0039】
また、
図1の多質点系モデル1aにおけるj次の固有角周波数をλ
jとし、j次の固有ベクトルを{φ
0,φ
1j,…,φ
n-1,
j}とする。このとき固有角周波数と固有値ベクトルの性質より、固有ベクトル{φ
0,φ
1j,…,φ
n-1,
j}は、角周波数がλ
jで地盤の変位がゼロ(u
g(ω=λ
j)=0)の条件下での変位ベクトルに対応するので、上記式(8)より、固有空間の運動方程式として下記式(9)が成り立つ。
【0040】
【0041】
ここで、全質点の質量は例えば設計諸元より既知とし、所定層を含む3つの層の質点(実際は建築物1なので連続する3つの階の床)における加速度が加速度センサ14から取得できる。現実の測定における加速度ui・・(t)の記録は一定時間間隔で行われる。この時間間隔をdtとして、tp=dt(p-1)(p=1,2,3,…)とすると、現実の加速度記録の時間分布は、連続的なui・・(t)ではなく離散的なui・・(tp)となり、そのフーリエ変換も離散的な値となる(ui・・(ωq)(q=1,2,3,…)と書く)。
【0042】
上記式(4)、(7)、(9)の運動方程式における既知の項を右辺に集めると下記式(10)~(12)となる。
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
また、表記の簡略化のため下記式(2)及び下記式(13)のように記号を定義することができる。
【0047】
【0048】
【0049】
このとき、下記式(14)及び下記式(15)の関係が成り立つ。
【0050】
【0051】
【0052】
上記式(14)及び上記式(15)の右辺を下記式(16)及び下記式(17)のように書くことができる。
【0053】
【0054】
【0055】
従来技術である非特許文献1では上記式(10)が用いられ、非特許文献2では上記式(12)が用いられ、特許文献1では上記式(11)が用いられる。
【0056】
本発明では、フーリエ変換の積分規則(上記式(5))より、上記式(11)を下記のように変形して用いる。
【0057】
【0058】
上記式(18)からi+1行目だけ抜き出すと、下記式(19)のようになる。
【0059】
【0060】
上記式(19)を整理すると、下記式(20)が成り立つ。
【0061】
【0062】
s
iにはその定義式(上記式(2))にω
qが入っているので周波数依存性があるし、そもそもk
i,c
iが時間変化、周波数変化しないのは、
図1の多質点系モデル1aの性質であって、実際の建築物1においては必ずしもそうでないが、ここでは角周波数がω
q-bからω
q+bの範囲でs
iおよびs
i+1の変化が十分に小さいものとすると、上記
式(20)より、下記式(21)が成り立つ。
【0063】
【0064】
さらに、上記式(21)の左辺の変位差分の並んだ行列をDi(ωq)と定義すれば、上記式(21)より、si,si+1が下記式(1)の通りに定まる。
【0065】
【0066】
以上説明した通り、上記式(4)から上記式(1)及び上記式(2)が成り立つことがわかる。そして、上記式(1)または上記式(21)より、si,si+1が定まるので、非特許文献1,2及び特許文献1と同様に、siの定義(上記式(2))より、所定層の層剛性(ki)の他、ki+1,ci,ci+1が求まることになる。このとき、計算に用いる周波数幅bは最低1以上であれば、解を求めることができる。しかし、周波数幅
bが小さすぎると解が安定せず、大きすぎてもsi,si+1の周波数変化を無視した平均的な結果が出てきてしまったり、後述の理由により、計算精度にも悪影響がでたりするため、例えばb=10~100の間程度で適宜設定することが好ましい。
【0067】
次に、演算部21は、算出された前記所定層の層剛性(ki)の中からS/(S+N)比の推定値が1に近い所定基準値以上の層剛性のみを抽出する処理を実行する。当該処理の詳細は、「2.層剛性推定方法」で説明する。
【0068】
2.層剛性推定方法
図1~
図5を用いて、本発明の一実施形態に係る所定層の層剛性推定方法を説明する。
図3は、本実施形態に係る所定層の層剛性推定方法の一例を示すフローチャートであり、
図4は、
図3における区間ごとの処理の一例を示すフローチャートであり、
図5は、
図3におけるS/(S+N)推定処理の一例を示すフローチャートである。以下の説明では、
図1の(a)の建築物1の所定層の層剛性を、
図1の(b)に示す多質点系モデル1aを用いて、
図2の層剛性推定装置2で推定する。層剛性推定装置2の説明と重複する部分については省略する。
【0069】
図3に示す所定層(i番目の層)の層剛性推定方法は、多層の建築物1における所定層の層剛性(k
i)を多質点系モデル1aを用いて推定する方法であって、少なくとも加速度のフーリエ・スペクトルを算出する工程(S21)と、所定層の層剛性(k
i)を算出する工程(S31)と、所定基準値以上の層剛性のみを抽出する工程(S41)と、を含む。
図3の例では、S10,S11,S12,S21,S23,S27,S29,S31,S32,S41の各処理を実行する。
【0070】
S10:加速度データを取得する工程(S10)は、所定層とこれに上下で隣接する2つの層の加速度センサ14から加速度の測定データ(以下、「加速度データ」)を層剛性推定装置2が取得する。加速度データは、現在発生している地震や振動による加速度センサ14から出力されたデータを直接取得してもよいし、過去の加速度データを記憶部22に保存することで取得してもよい。加速度データは、建築物1の屋上に対応する質点の下から数えてi番目の質点における加速度ui・・(t)+ug・・(t)及びi番目の質点の上下の質点の加速度ui-1・・(t)+ug・・(t)、ui+1・・(t)+ug・・(t)である。
【0071】
次に、各工程を説明する前に、加速度データから算出された層剛性の値から信頼性の高い値を抽出するために、上記式(1)を用いて信頼性の評価指標となるHi(ωq)を定義する。まず、上記式(1)は、変形すると下記式(22)を得ることができる。
【0072】
【0073】
上記式(22)の両辺の各行に加速度フーリエ・スペクトルの共役複素数をかけると、下記式(23)が成り立つ。
【0074】
【0075】
上記式(23)の左辺の行列をHi(ωq)と定義すると下記式(24)となる。
【0076】
【0077】
本実施形態では、Hi(ωq)のS/(S+N)比を用いて測定誤差による影響が少ない層剛性の値を抽出する。SN(シグナル/ノイズ)比(本実施形態では、S/(S+N)比を使う)は、一般的にはスカラー量に対して定義される値であり、評価対象となるスカラー量の絶対値の2乗値に含まれるシグナル成分S(真値)とノイズ成分N(測定誤差、測定と真値とのずれ)の比を表す。本実施形態であれば、Hi(ωq)のSN比よりもHi(ωq)を構成する各要素のSN比を考えるのが望ましいとも考えられるが、それだと(層剛性の推定精度の低さに対して)過剰にSN比が高くなる帯域が出てきてしまって、真値に近い推定値だけを抽出することが難しい。本実施形態においては、行列の各要素のSN比を個別に考えるだけでなく、要素同士の関係性も考えることとする。そのため、本実施形態においては、行列Hi(ωq)における絶対値の2乗に相当する量として、det(Hi
*(ωq)Hi(ωq))(ここに、detAは行列Aの行列式を表す)を「行列Hi(ωq)のパワー(以下、powHi(ωq)と書く)」と定義し、powHi(ωq)に含まれるシグナル成分Sとノイズ成分Nの割合を推定することにより、信頼性の高い層剛性の推定値を抽出することができる。
【0078】
S11:区間長の設定値(S11)は、あらかじめ設定した区間長の設定値のデータをS12の工程に提供する。区間長は、検討対象となる建築物1の1次固有周期に対して、例えばその10倍~100倍の間で設定する。
【0079】
S12:データの区間分割(S12)は、演算部21がS10で取得した加速度データをS11で呼び出した区間長の設定値で割って分割する。例えば100秒の加速度データがあった場合に、20秒の区間長で5つに分割する。
【0080】
S21:区間ごとの処理(S21)は、加速度のフーリエ・スペクトルを算出する工程を含む。区間ごとの処理(S21)は、演算部21がS12の工程で得られた各加速度のフーリエ・スペクトルを算出し、データのSN(シグナル/ノイズ)比を求めるために上記式(23)の左辺のH
i(ω
q)を作成する。詳細な処理については、
図5を用いて後述する。
【0081】
S23:全区間処理済みか否かを確認する処理(S23)は、S21が全区間で処理済み(Yes)であればS25へ進み、S21が全区間で処理済みでない場合(No)にはS21へ戻る。
【0082】
S27:H
i(ω
q)のS/(S+N)比の推定処理(S27)は、演算部21がS25でフィルタリングされたm個の区間のH
i(ω
q)を用いたpowH
i(ω
q)のS/(S+N)比である推定値R
mハットを算出する。なお、詳細な処理については、
図7を用いて後述する。
【0083】
S29:Hi(ωq)のアンサンブル平均処理(S29)は、演算部21がS25でフィルタリングされたHi(ωq)のアンサンブル平均を求める。Hi(ωq)のアンサンブル平均を求めることにより、測定誤差(ノイズ成分)の影響を低減することができる。
【0084】
S31:層剛性(ki)の推定処理(S31)は、所定層の層剛性を算出する工程である。層剛性(ki)の推定処理(S31)は、演算部21がS29の工程で得られたHi(ωq)のアンサンブル平均と、i番目の質点の質量miと、を用いて下記式(25)及び下記式(2)により推定したi番目の質点とi-1番目の質点の間にある所定層の層剛性(ki)を算出する。下記式(25)は、上記式(1)を変形した基本の方程式であり、上述の工程(S29)を実行することで得られる。そして、下記式(25)によりsiを求め、下記式(2)によりsiの実部より所定層の層剛性(ki)を算出し、虚部より減衰ciを算出することができる。
【0085】
【0086】
【0087】
S32:S/(S+N)の基準値(S32)は、あらかじめ設定した所定基準値のデータをS41の工程に提供する。所定基準値は、1に近い値、例えば0.97とすることにより、S41の工程において層剛性の推定値における真値に近い値を抽出できる。
【0088】
S41:S/(S+N)が基準値以上となる周波数の層剛性の抽出処理(S41)は、
演算部21がS31の工程で算出された所定層の層剛性(ki)の中から下記式(3)で得られるS/(S+N)比の推定値がS32の工程で設定した1に近い所定基準値以上の層剛性のみを抽出する。S41の工程は、測定誤差による影響が少ない層剛性の値を抽出することがでできる。
【0089】
【0090】
本発明に係る所定層の層剛性推定方法の一態様及び層剛性推定装置の一態様によれば、加速度の測定点数を従来に比べて大幅に削減することができる。
【0091】
2.1.区間ごとの処理
図4を用いて、上記区間ごとの処理(S21)について説明する。
図4に示す区間ごとの処理(S21)は、S210,S212,S214,S216,S218,S220の各処理を実行する。
【0092】
S210:基線補正の処理(S210)は、演算部21が
図3のS12で分割された各区間の加速度データに対し基線補正を実行する。
【0093】
S212:窓関数適用の処理(S212)は、演算部21がS210で基線補正された各区間の加速度データに対し窓関数を適用する。
【0094】
S214:フーリエ変換の処理(S214)は、演算部21がS212で窓関数が適用された各区間の加速度データ(ui・・(t)+ug・・(t))に対しフーリエ変換を実行(ui・・(ω)+ug・・(ω))する。
【0095】
S216:層間変位計算の処理(S216)は、演算部21がS214でフーリエ変換された加速度(ui・・(ω)+ug・・(ω))を用いて、検証対象帯域内の全ωqに対してHi(ωq)を作成する。
【0096】
2.2.H
i(ω
q)のS/(S+N)比の推定処理
図5を用いて、上記H
i(ω
q)のS/(S+N)比の推定処理(S27)について説明する。
図5に示すH
i(ω
q)のS/(S+N)比の推定処理(S27)は、S266でフィルタリングされた周波数で再構築されたH
i(ω
q)について演算部21がS290,S292,S294,S296,S298,S300の処理を実行する。
【0097】
S290の工程は、演算部21がm個の区間のHi(ωq)を記憶部22から読み込む。S292の工程は、演算部21がm個のHi
*(ωq)Hi(ωq)のアンサンブル平均を計算する。S294の工程は、演算部21がm個のHi
*(ωq)のアンサンブル平均とm個のHi(ωq)のアンサンブル平均との掛け算をする。S296の工程は、下記式(26)でNを計算し、S298の工程は、下記式(27)でSを計算し、S300の工程は、下記式(28)でRmハットを計算する。ここで、Rmハットは、m個の区間のHi(ωq)を用いたpowHi(ωq)のS/(S+N)比の推定値である。
【0098】
【0099】
【0100】
【0101】
2.3.powHi(ωq)のS/(S+N)比の推定式の導出
上記式(28)を導出した過程について以下説明する。
【0102】
(1)記号の定義
以下、測定値(ノイズ混じりの値)と真値を区別して、測定値に「~」を付ける。ここでまず、絶対加速度は十分にS/(S+N)比が高いものとして、近似的に測定値と真値が等しいものと仮定する。
【0103】
【0104】
一方、相対変位については、差分をとることで地動成分(ug(ωq))が消去されることによってシグナル(真値)のパワーが低下するため、ノイズの影響は無視できないと考えて、シグナルとノイズの関係を次のようにおく。
【0105】
【0106】
表記の簡略化のため、Hi(ωq)の各要素を以下のように書く。
【0107】
【0108】
さらに、hk1~(k=1,2,…,n),l=1,2)をシグナル成分hklとノイズ成分εklに分けて、以下のように書ける。
【0109】
【0110】
ノイズについては、その定義より以下の性質を仮定できる。
【0111】
【0112】
【0113】
【0114】
また、<Hi(ωq)>mの各要素を、<hkl~>m+<εkl~>mと書くことにすると、期待値ゼロの確率変数の性質より、以下の関係が成り立つ。
【0115】
【0116】
さらに、nは十分に大きいものとし、Hi(ωq)に関連する任意の変数xlについて、次の近似が成り立つものとする。
【0117】
【0118】
ここで、上記式(31)よりHi
*(ωq)Hi(ωq)は次の通りになる。
【0119】
【0120】
上記式(32)~上記式(37)の性質を組わせると<Hi
*(ωq)Hi(ωq)>mと<Hi
*(ωq)>m<Hi(ωq)>mは次式のようになる。
【0121】
【0122】
【0123】
(2)<Hi(ωq)>のS/(S+N)比の推定式
まず、上記式(39)と上記式(40)との差分をとると次式が導ける。
【0124】
【0125】
上記式(41)を用いて、上記式(26)のノイズ成分Nの行列について、次式の近似が成り立つ。
【0126】
【0127】
よって、上記式(27)のシグナル成分Sの行列について、次式の近似が成り立つ。
【0128】
【0129】
上記式(40)及び上記式(43)より、Sは<Hi
*(ωq)>m<Hi(ωq)>mからノイズ成分を除去した形になっているので、下記式(28)により<Hi(ωq)>mのS/(S+N)比が推定できることが導ける。
【0130】
【実施例0131】
(検証対象と入力データ)
本実施例は、本発明に係る層剛性推定方法を用いて算出した層剛性の推定値を検証した。検証対象とする多質点系モデルは、5質点(m0=m1=…=m4=1t)であり、各層の層剛性(kN/m)は表1の通りであり、減衰はh1=h2=…=h4=0.05とした。なお、添え字の番号の若い方が系の上部である。一次固有周波数は3.3Hzとした。
【0132】
【0133】
また、入力は、
図6のようなホワイトノイズとした。サンプングレートは、100Hz、継続時間は163.84秒とした。
【0134】
(実施例1)周波数応答計算で
図6の入力に対する多質点系モデルの周波数応答を求め、それを時間領域に戻して質点系応答波形の真値とした。真値をそのまま模擬地震観測記録として用いて実施例1の加速度データとした。そして、模擬地震観測記録をフーリエ変換して、周波数幅0.5Hz(中心周波数に対し±0.25Hz)で下記式(1)によりs
iを求め、下記式(2)によりs
iの実部より層剛性k
iの推定値(k
iハット)を算出し、虚部より減衰c
iの推定値(c
iハット)を算出した。さらに、減衰c
iについて
は、粘性係数と減衰定数の関係より、s
iハットの虚部をk
iハットの2倍で割った値を減衰定数の推定値(h
iハット)を求めた。算出された層剛性の推定値(k
iハット)と減衰定数の推定値(h
iハット)を
図7に示した。
【0135】
【0136】
【0137】
図7において、真値は破線で示し、下点基準として推定した層剛性の推定値は薄い色で幅の広い線で示し、上点基準として推定した層剛性の推定値は濃い色の幅の狭い線で示した。
図7において、下点基準及び上点基準は、推定対象層の上部に位置する質点を基準点(上記式(1)及び上記式(2)の質点i)として推定を行ったか、下部の質点を基準としたかを示している。n層目の層剛性は、i=n-1のときのs
i+1と、i=nのときのs
_iの両方から定まるので、ここではi=n-1で定まる層剛性を上点基準とし、i=nで定まる層剛性を下点基準とした。そして、
図7に示すように、真値と推定結果は正確に一致しており、理論の妥当性が確認できた。
【0138】
(実施例2)次に、実施例1における質点系応答波形の真値に地動のRMS値(約0.79m/s
2)の1%の標準偏差を持つガウスノイズを地動および各点応答に加えて模擬地震観測記録として用いて実施例2の加速度データとした(S10)。そして
図3~
図5を用いて説明したフローチャートに従って、区間ごとの処理(S21)を全区間で実行(
S23)した。H
i(ω
q)のアンサンブル平均を求めたら(S29)、周波数幅0.5Hz(中心周波数に対し±0.25Hz)で下記式(25)によりs
iを求め、上記式(2)よりs
iの実部より層剛性k
i(ω
q)の推定値(k
iハット)を算出した(S31)。また、下記式(3)よりH
i(ω
q)のS/(S+N)比の推定値(R
mハット)を算出した(S27)。S/(S+N)の基準値を0.97として(S32)、層剛性k
iの中からS/(S+N)比の推定値(R
mハット)が0.97以上の層剛性のみを抽出した(S41)。算出されたH
i(ω
q)のS/(S+N)比の推定値を
図8の右側に示し、その内、推定値が0.97以上の点を左側の層剛性の推定値(k
iハット)として
図8の左側に示した。
【0139】
【0140】
【0141】
図8において、真値は破線で示し、下点基準として推定した層剛性の推定値は薄い色で幅の広い線(または点)で示し、上点基準として推定した層剛性の推定値は濃い色の幅の狭い線(または点)で示した。層剛性の推定値(k
iハット)は、真値(破線)の近傍に分布しており、H
i(ω
q)のS/(S+N)比の推定値(R
mハット)を用いて、信頼性が高い層剛性の推定値(k
iハット)だけを抽出できた。
【0142】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、さらに種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法、及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発
明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。