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  • 特開-グアノシン-5’-リン酸の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024086106
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】グアノシン-5’-リン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/32 20060101AFI20240620BHJP
   C12N 9/16 20060101ALN20240620BHJP
【FI】
C12P19/32 Z
C12N9/16 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022201051
(22)【出願日】2022-12-16
(71)【出願人】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 七重
(72)【発明者】
【氏名】木村 健博
(72)【発明者】
【氏名】金子 雅哉
【テーマコード(参考)】
4B050
4B064
【Fターム(参考)】
4B050CC03
4B050DD02
4B050KK11
4B050LL02
4B050LL05
4B064AF23
4B064BJ10
4B064CA21
4B064CD01
4B064DA01
4B064DA10
4B064DA20
(57)【要約】
【課題】ゲルを解消しつつ、グアノシン-5’-リン酸を製造する方法を提供すること。
【解決手段】Naイオン濃度が下記式(1)を満たすように、
6>Naイオン濃度[質量%]≧0.023×GMP濃度[質量%]+1.8 (1)
(式中、GMPはグアニル酸を意味する。)
NaCl、NaH2PO4、Na2HPO4、Na2CO3、Na2SO4、Na3PO4、ピロリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム又はこれらの2以上の組み合わせと、
を添加した系において、
グアノシンを酵素的にリン酸化してグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを製造する、グアノシン-5’-リン酸モノナトリウムの製造方法。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Naイオン濃度が下記式(1)を満たすように、
6>Naイオン濃度[質量%]≧0.023×GMP濃度[質量%]+1.8 (1)
(式中、GMPはグアニル酸を意味する。)
NaCl、NaH2PO4、Na2HPO4、Na2CO3、Na2SO4、Na3PO4、ピロリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム又はこれらの2以上の組み合わせを添加した系において、
グアノシンを酵素的にリン酸化してグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを製造する工程を含む、グアノシン-5’-リン酸モノナトリウムの製造方法。
【請求項2】
NaCl、NaH2PO4、Na2HPO4、Na2CO3、Na2SO4、Na3PO4、ピロリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム又はこれらの2以上の組み合わせを系に添加して、Naイオン濃度が下記式(1)を満たすようにした系において、グアノシンを酵素的にリン酸化してグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを製造する工程を含む、グアノシン-5’-リン酸モノナトリウムの製造方法。
6>Naイオン濃度[質量%]≧0.023×GMP濃度[質量%]+1.8 (1)
(式中、GMPはグアニル酸を意味する。)
【請求項3】
さらに、混合又は撹拌することを含む、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
a)請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法でグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを製造する工程、
b)得られたグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムをpH7~10の水溶液にする工程、
c)工程b)で得られた水溶液から酵素を分離する工程、及び
d)工程c)で酵素を分離した水溶液からグアノシン-5’-リン酸ジナトリウムの固体を取得する工程、
を含む、グアノシン-5’-リン酸ジナトリウムの製造方法。
【請求項5】
a)請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法でグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを製造する工程、
b)得られたグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムをpH7~10の水溶液に調整する工程、
c)工程b)で得られた水溶液から酵素を分離する工程、
e)工程c)で酵素を分離した水溶液に、得られたグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムと等モル量になるようにイノシン-5‘-リン酸を添加溶解してpH7~10に調整し、グアノシン-5’-リン酸ジナトリウム及びイノシン-5’-リン酸ジナトリウムを含む水溶液を調製する工程、及び
f)グアノシン-5’-リン酸ジナトリウム及びイノシン-5’-リン酸ジナトリウムを含む水溶液から、グアノシン-5’-リン酸ジナトリウムとイノシン-5’-リン酸ジナトリウムとの混晶を取得する工程、
を含む、グアノシン-5’-リン酸ジナトリウムとイノシン-5’-リン酸ジナトリウムとの混晶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グアノシン-5’-リン酸の製造方法に関する。グアノシン-5’-リン酸は、調味料、医薬並びにそれらの原料等として有用である。
【背景技術】
【0002】
グアノシン等のヌクレオシドを酵素的にリン酸化して、グアノシン-5’-リン酸(グアニル酸、GMP)等のヌクレオシド-5’-リン酸エステルを製造する方法として、種々の方法が知られている。中でも、副産物が少なく、かつ、効率のよいヌクレオシド-5’-リン酸エステルの製造法として、酸性フォスファターゼをpH3.0~5.5の条件下でヌクレオシド並びにポリリン酸(塩)、フェニルリン酸(塩)及びカルバミルリン酸(塩)から成る群より選択されるリン酸供与体に作用させてヌクレオシド-5’-リン酸エステルを製造する方法が開発されている(特許文献1,2)。別の方法として、ヌクレオシド又はその前駆体の結晶を物理的処理により粉砕した後に、酵素触媒下でリン酸供与体と反応させる方法が開発されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第96/37603号
【特許文献2】国際公開第01/18184号
【特許文献3】特許第4192408号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記文献の方法において、リン酸供与体をナトリウム塩の形態で使用すると、グアノシン-5’-リン酸のように、そのモノナトリウム塩が高い粘性及び曳糸性を持ち、撹拌混合性が低下し、反応収率が低下するという問題があった。ここで、グアノシン-5’-リン酸のモノナトリウム塩の反応液が高い粘性及び曳糸性を持つのは、グアノシン-5’-リン酸が水中において、Hoogsteen型の水素結合を介して、強固な4量体構造を形成し(M. Gellert, M. N. Lipsett, D. R Davies, Proc. Natl Acad. Sci. U.S.A. 1962, 48, 2013-2018)、ナトリウムイオンを介して、積層したゲルを形成するからである(T. J. Pinnavaia, C. L. Marshall, C. M. Mettler, C. L. Fisk, H. T. Miles, E. D. Becker, J. Am. Chem. Soc., 1978, 100, 3625-3627)。このゲルはヌクレオシド共存下においても形成することが知られている(Y. Yu, D. Nakamura, K. Deboyace, A. W. Neisius, L. B. McGown, J. Phys. Chem. B 2008, 112, 1130-1134)。ここで、曳糸性は物質がもつ糸を引くような性質を表す。
本発明は、上記観点からなされたものであり、ゲル化を抑制又はゲルを解消しつつ、すなわち、ゲル形成を阻止するか、又は、一旦形成されたゲルをスラリー状にしつつ、グアノシン-5’-リン酸を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
グアノシン-5’-リン酸であっても、基質として用いられるリン酸供与体、例えばトリポリリン酸(塩)、ピロリン酸(塩)等の濃度が高いか、又は反応により生じるグアノシン-5’-リン酸の濃度が低ければ、そのナトリウム塩による粘度の上昇は問題とならない(特許文献3)。しかし、リン酸供与体は、前記各特許方法のコストに占める割合が高いため、粘度を低下させるためにリン酸供与体を多く添加すると、他のヌクレオシド-5’-リン酸エステルの製造と比較して製造コストが高くなる。また、前記各特許方法においてグアノシン-5’-リン酸の濃度を低くすると、生産速度が低下する。
そこで本発明者らは、種々の検討を行った結果、リン酸供与体に加えて、安価な塩、例えば塩化ナトリウムを添加することで、過剰にリン酸供与体を添加しなくても、比較的高い濃度のグアノシン-5’-リン酸であっても、ゲルを解消しつつ、グアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明により、以下の製造方法を提供する。
1.Naイオン濃度が下記式(1)を満たすように、
6>Naイオン濃度[質量%]≧0.023×GMP濃度[質量%]+1.8 (1)
(式中、GMPはグアニル酸を意味する。)
NaCl、NaH2PO4、Na2HPO4、Na2CO3、Na2SO4、Na3PO4、ピロリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム又はこれらの2以上の組み合わせを添加した系において、
グアノシンを酵素的にリン酸化してグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを製造する工程を含む、グアノシン-5’-リン酸モノナトリウムの製造方法。
2.NaCl、NaH2PO4、Na2HPO4、Na2CO3、Na2SO4、Na3PO4、ピロリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム又はこれらの2以上の組み合わせを系に添加して、Naイオン濃度が下記式(1)を満たすようにした系において、グアノシンを酵素的にリン酸化してグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを製造する工程を含む、グアノシン-5’-リン酸モノナトリウムの製造方法。
6>Naイオン濃度[質量%]≧0.023×GMP濃度[質量%]+1.8 (1)
(式中、GMPはグアニル酸を意味する。)
3.さらに、混合又は撹拌することを含む、前記1又は2に記載の製造方法。
【0007】
4.a)前記1~3のいずれかに記載の製造方法でグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを製造する工程、
b)得られたグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムをpH7~10の水溶液にする工程、
c)工程b)で得られた水溶液から酵素を分離する工程、及び
d)工程c)で酵素を分離した水溶液からグアノシン-5’-リン酸ジナトリウムの固体を取得する工程、
を含む、グアノシン-5’-リン酸ジナトリウムの製造方法。
【0008】
5.a)前記1~3のいずれかに記載の製造方法でグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを製造する工程、
b)得られたグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムをpH7~10の水溶液に調整する工程、
c)工程b)で得られた水溶液から酵素を分離する工程、
e)工程c)で酵素を分離した水溶液に、得られたグアノシン-5’-リン酸ジナトリウムと等モル量になるようにイノシン-5‘-リン酸を添加溶解してpH7~10に調整し、グアノシン-5’-リン酸ジナトリウム及びイノシン-5’-リン酸ジナトリウムを含む水溶液を調製する工程、及び
f)グアノシン-5’-リン酸ジナトリウム及びイノシン-5’-リン酸ジナトリウムを含む水溶液から、グアノシン-5’-リン酸ジナトリウムとイノシン-5’-リン酸ジナトリウムとの混晶を取得する工程、
を含む、グアノシン-5’-リン酸ジナトリウムとイノシン-5’-リン酸ジナトリウムとの混晶の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ゲル化を抑制又はゲルを解消しながらグアノシン-5’-リン酸モノナトリウム、グアノシン-5’-リン酸ジナトリウム、又はイノシン-5’-リン酸ジナトリウムとグアノシン-5’-リン酸ジナトリウムとの混晶を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、参考例(・)、比較例(▲)及び実施例(■)で評価したGMP溶液のGMP濃度とNaイオン濃度との関係を示す。
図2図2に、ゲル解消(混合可)とゲル化(混合不可)の外観を示した。
図3図2に外観を示したサンプルについて、レオメーターを用いて測定した貯蔵弾性率及び損失弾性率の結果を示した。レオメーターを用いることで、外観だけでなく、動的粘弾性挙動で明確に区別が出来る。すなわち、混合可のサンプルは、高ひずみ領域(1%~100%の領域)において、損失弾性率が貯蔵弾性率を上回る。一方、混合不可のサンプルは、高ひずみ領域においても、貯蔵弾性率が損失弾性率を上回る。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、特許文献1等から公知のヌクレオシド-5’-リン酸エステルの製造方法において、反応系のNaイオン濃度が前記式(1)を満たすように特定のナトリウム塩を添加し、その系において、グアノシンを酵素的にリン酸化して目的物を得る方法である。したがって、本発明において用いることができる酵素としては、例えば、特許文献1に記載された、pH3.0~5.5の条件下で、所定のリン酸供与体からグアノシンへのリン酸基の転移によりグアノシン-5’-リン酸を生成する反応を触媒する酸性フォスファターゼが挙げられる。具体的には、これらに限定されるものではないが、微生物に由来するものが好ましく、モルガネラ属、エシェリヒア属、プロビデンシア属、エンテロバクター属、クレブシエラ属又はセラチア属に属する細菌が、当該酵素活性を有しており、これら細菌に由来する酵素がある。そのような細菌の代表例として以下のような菌株を挙げることができる。
【0012】
モルガネラ・モルガニ(Morganella morganii) NCIMB 10466
モルガネラ・モルガニ(Morganella morganii) IFO 3168
モルガネラ・モルガニ(Morganella morganii) IFO 3848
エシェリヒア・ブラッタエ(Escherichia blattae) JCM 1650
エシェリヒア・ブラッタエ(Escherichia blattae) ATCC 33429
エシェリヒア・ブラッタエ(Escherichia blattae) ATCC 33430
プロビデンシア・スチュアルティ(Providencia stuartii) ATCC 29851
プロビデンシア・スチュアルティ(Providencia stuartii) ATCC 33672
エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes) IFO 12010
エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes) IFO 13534
クレブシエラ・プランティコラ(Klebsiella planticola) IFO 14939
クレブシエラ・プランティコラ(Klebsiella planticola) IAM 1133
セラチア・フィカリア(Serratia ficaria) IAM 13540
セラチア・ マルセセンス(Serratia marcescens) IAM 12143
【0013】
より好ましくは、ヌクレオシドに対する親和性が上昇した酸性フォスファターゼ(特開平10-201481参照)が挙げられる。このような酸性フォスファターゼとして具体的には、後記比較例1及び実施例1記載のエシェリヒア・ブラッタエ由来変異型酸性フォスファターゼ、エンテロバクター・アエロゲネス由来新規変異型酸性フォスファターゼ、及び、特開平10-201481号公報記載の各種変異型酸性フォスファターゼが挙げられる。
また、酸性フォスファターゼは、本来、リン酸エステルを酸性条件下で加水分解する反応を触媒する酵素であり、リン酸転移反応により生成するヌクレオシド-5’-リン酸エステルを分解するヌクレオチダーゼ活性を有しているが、ヌクレオチダーゼ活性(リン酸エステル加水分解活性)が低下した変異型酸性フォスファターゼ(WO96/37603参照)も、本発明に好適に使用することができる。
さらに、温度安定性の向上した酸性フォスファターゼ、又は、ヌクレオシドに対する親和性が上昇し、かつ、温度安定性の向上した酸性フォスファターゼ(特開平10-201481)も、本発明に好適に用いることができる。
【0014】
前記酵素を、グアノシン及び所定のリン酸供与体に接触反応させることにより、反応液中にグアノシン-5’-リン酸を生成することができる。
反応液に添加するヌクレオシドの濃度は1~20g/dLが望ましい。
本発明において用いることができるリン酸供与体は、ピロリン酸、トリポリリン酸、ポリリン酸又はこれらのナトリウム塩である。このうち、安価に流通しているトリポリリン酸が好ましい。リン酸供与体の使用濃度は、リン酸受容体であるグアノシンの濃度によって決定される。通常、グアノシンのl~5倍量が望ましい。
反応は、通常、温度20~60℃、好ましくは30~40℃において、pH3.5~6.5、好ましくはpH4.0~5.0の弱酸性側において好結果を与える。反応には静置又は撹拌のいずれの方法も採用し得る。酵素反応の反応物と酵素を効率よく接触させるためには撹拌するのが好ましい。反応時間は、使用する酵素の活性、グアノシン濃度などの条件によって異なるが、典型的には1~100時間である。
このようにして生成したグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを反応終了混合物より採取分離するには、合成吸着樹脂を用いる方法や沈殿剤を用いる方法、その他通常の採取分離方法が採用できる。
【0015】
リン酸供与体とそれ以外の塩の添加量は、次のようにして決定することができる。
工程1:製造工程の反応懸濁液における所望のグアノシン-5’-リン酸モノナトリウム濃度から原料となるグアノシン量を決定する。
工程2:あらかじめ性能を把握している酵素と所望の酵素的リン酸化反応時間(通常、24時間以内)から酵素添加量を設定する。
工程3:酵素添加量と酵素の性能情報から所望のグアノシン-5’-リン酸モノナトリウム濃度に到達するために必要なリン酸供与体量を決定する。このとき、酵素の性能情報として必要なリン酸供与体量をグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムとのモル比で表してもよい。
【0016】
工程4:反応懸濁液系内のNaイオン濃度 [質量%]が0.023×GMP濃度[質量%]+1.8以上となるように、不足分のNaイオンを補うリン酸供与体以外の塩の量を決定する。
リン酸供与体として、ピロリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、又はこれらの2以上の組合せを用いる場合、Naイオン濃度 [質量%]が0.023×GMP濃度[質量%]+1.8以上となるようにこれらの塩の量を決定してもよい(すなわち、リン酸供与体がナトリウム源としても用いられる)。この場合、リン酸供与体以外の塩を追加する必要は無い。なかでも、ピロリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム、又はこれらの組合せが好ましい。
他方、不足分のNaイオンを補うリン酸供与体以外の塩は、NaCl、NaH2PO4、Na2HPO4、Na2CO3、Na2SO4、Na3PO4のいずれか又はそれらの2以上の組み合わせが好ましい。なかでも、安価であるためNaClが好ましい。
ナトリウム源としては、ピロリン酸ナトリウムとトリポリリン酸ナトリウムとの組合せ、又はピロリン酸ナトリウムと、トリポリリン酸ナトリウムと、NaClとの組合せが好ましい。
【0017】
工程5:以上のようにして決定した量の、グアニル酸、酵素、及びリン酸供与体を含み、場合によりリン酸供与体以外の塩を含んでもよい反応系にてグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを生成させる。
補助工程6:必要であれば、反応後に得られたグアノシン-5’-リン酸モノナトリウム量、反応時間、反応にかかるコスト計算から、最小コストで所望量のグアノシン-5’-リン酸モノナトリウム量が得られるようリン酸供与体量の量を最適化するために再実験を繰り返す。
【0018】
系のNaイオン濃度が前記式(1)を満たすかどうかは、系の組成から濃度を特定し、計算により求めることができる。具体的には、グアノシン-5’-リン酸は1価のNa塩、リン酸は1価、ピロリン酸は2価、トリポリリン酸は3価として、それぞれ完全乖離していると仮定して系のNaイオン濃度を計算する。
【0019】
本発明によりゲルが解消する理由は、原理的には、以下のように説明できると考えられる。すなわち、グアノシン-5’-リン酸モノナトリウムが形成する四量体(Gカルテット)の積層の様式はグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムのリン酸基の局所的な電荷の反発に大きく影響する。この積層の様式によってゲルのミクロ構造が決定される。イオン強度が高くなるとGカルテットの積層が多くなり、棒状の構造体は大きくなる。さらに高くなると構造体が集積し液晶を形成することが知られている(E.J. Baldassarri, M. G. Ortore, F. Spinozzi, A. Round, C. Ferrero, P. Mariani, Nanomaterials, 2020, 10, 629)撹拌可能にするためには、構造体を集積させることが重要となる。系のNaイオン濃度が(0.023×GMP濃度[質量%]+1.8)未満の場合、ミクロでは棒状の構造体が絡まり合い、ゲルの性質としては、貯蔵弾性率が損失弾性率を上回り、曳糸性を示す。このゲルは、例えばスリーワンモーターに撹拌羽根を付けて、10rpm以上で撹拌すると、撹拌軸に纏わりつくため撹拌不能である。しかし、系のNaイオン濃度が(0.023×GMP濃度[質量%]+1.8)以上の場合、ミクロでは棒状構造体が集積し、ゲルの性質としては、損失弾性率が貯蔵弾性率を上回り、曳糸性が消滅する。それにより、同条件で撹拌することで、スラリー状になり、撹拌が可能となる。なお、この文脈における「撹拌」は、ゲルが解消しているかどうか検証するための手段であり、ゲルを解消させるための手段ではない。本発明によれば、原理的には所定量のNaイオンが存在すればゲルの解消には十分である。本発明の方法において撹拌又は混合を行ってもよく、それにより、濃度を均一化させることができる。
【0020】
ここで、貯蔵弾性率と損失弾性率は動的粘弾性を表し、貯蔵弾性率は物体に外力とひずみにより生じたエネルギーのうち物体の内部に保存する成分、損失弾性率は外部へ拡散する成分である。
如何なる理論にも拘束されるものではないが、前記式(1)により規定されるNaイオン濃度を満たす系は、ミクロ構造で構造体が集積しているため、モノナトリウム塩のゲル化を解消できるものと考えられる。
目的物であるグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムを高収率で得るには、GMP濃度は高い方が良い。本発明によりゲル化を解消するには、GMP濃度に応じてGMPのカウンターイオンであるNaイオン濃度も高くする必要があるが、既述のとおり、リン酸供与体はコストに占める割合が高いため、リン酸供与体以外の塩でNaイオン濃度を高めるのが好ましい。経済的な観点から特許文献3に示されたリン酸供与体などに由来するNaイオン濃度である6%よりも低い。例えば、GMP濃度4~17質量%であって、Naイオン濃度が1.8~3.6質量%が好適な範囲である。さらにはGMP濃度10~16質量%、Naイオン濃度が2.1~3質量%がより好適な範囲である。いずれの場合でも、リン酸供与体以外の塩としてNaClを用いると、安価であるため好ましい。
【0021】
酵素的リン酸化反応は、混合又は撹拌しながら行うこともできる。混合は、例えば、実験室において使用される汎用のマグネティックスターラーと撹拌子を用いて行うことができる。撹拌は、汎用の撹拌装置を用いて、例えば、パドルミキサー、ホモディスパー、ホモジナイザー等を用いて行うことができる。混合又は撹拌速度は、好ましくは10~200rpm、さらに好ましくは10~100rpmである。反応生成物がゲル化した場合も、混合又は撹拌を行ってゲルをスラリー状にすることができる。このときの混合又は撹拌の速度及び時間は、ゲルの状態を観ながら適宜設定することができる。混合又は撹拌速度は、通常、10~200rpm、好ましくは10~100rpmである。混合又は撹拌時間はリン酸化反応が継続している間は絶えず続けることできて、通常、3~30時間、好ましくは3~24時間である。混合又は撹拌時の温度は、撹拌熱を考慮して設定することができる。通常、15~40℃、好ましくは25~40℃である。例えば、35℃において、20~100rpmで10~24時間、行うのが良い。このとき、ゲルを解消させつつ反応を継続することが可能か否かは反応開始3時間~6時間の段階で判断ができる。
このようにして得られたスラリーのpHをアルカリ性(典型的には、pH7~10程度)にすることにより、グアノシン-5’-リン酸ジナトリウム水溶液を得ることができる。例えば、水酸化ナトリウムをスラリーに添加し、撹拌することにより、スラリーのpHをアルカリ性にして溶解し、酵素を分離した後に、そのグアノシン-5’-リン酸ジナトリウム水溶液を濃縮するか、又は該水溶液にメタノールなどのアルコールを添加する、などの方法によりジナトリウム塩の固体を得ることができる。このとき、酵素を淘汰した後にさらにpH11~13の強アルカリ性にして水溶液に含まれた残存するリン酸を淘汰してから、前記操作を行ってもよい。
また、たとえば得られたスラリーをpH1~5に調整してグアノシン-5’-リン酸を遊離又はモノナトリウム塩として単離して母液側に含まれるリン酸を淘汰した後に、pH7~10の水溶液に調製して濃縮するか、又は該水溶液にメタノールなどのアルコールを添加する、などの方法によりジナトリウム塩の固体を得ることができる。ジナトリウム塩は、調味料、医薬品等として有用である。
またさらに、得られたスラリーを用いてイノシン-5’-リン酸ジナトリウムとグアノシン-5’-リン酸ジナトリウムの混晶を得ることができる。たとえば、得られたグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムスラリーをpH7~10に調整してから酵素を分離した後に、イノシン-5’-リン酸ジナトリウムをグアノシン-5’-リン酸ジナトリウムと略等モル濃度になるように添加して溶解させた水溶液を調製し、濃縮して冷却するか、又はアルコールを添加するなどの方法により、イノシン-5’-リン酸ジナトリウムとグアノシン-5’-リン酸ジナトリウムの混晶を得ることができる。混晶は、調味料、医薬品等として有用である。
【実施例0022】
<参考例1:塩化ナトリウム添加によるグアノシン-5’-リン酸モノナトリウムのゲルの解消>
図1に小さな黒丸で示す種々のGMP濃度及びNaCl濃度のGMP溶液(又はスラリー)を室温下で調製し、2M塩酸を用いてpHを4.5に調整した。なお、pHは、ガラス電極により25℃において測定した。25℃においてマグネティックスターラー(東京硝子器械社製F-207)を用いて、50mlビーカーに上で調整した試料を入れ、長さ3cmの撹拌子を入れて、50rpmで混合した。30分後の流動性を目視で評価した。外観を図2に示すように、曵糸性を示す混合不能のゲルは透明で中心部が盛り上がった。一方、ゲルが解消した試料は不透明で撹拌子が全体的に稼働し混合可能であった。本手法にて、GMP濃度[質量%]とNaイオン濃度[質量%]に対して、混合可と不可の領域を特定すると、図1のように作図された。混合可の領域はNaイオン濃度[質量%]≧0.023×GMP濃度[質量%]+1.8と表現できた。
また、図2に外観を示した混合可/混合不可サンプルの貯蔵弾性率及び損失弾性率を、レオメーターを用いて測定した。データを示す(図3)。
【0023】
<比較例1>
グアノシン、トリポリリン酸ナトリウム、及び特許文献1および特開平10-201481号公報に記載の酸性フォスファターゼを加えた酵素反応の系において酵素反応を行った。反応は、参考例1と同様、マグネティックスターラー及び撹拌子を用いて50rpmで混合しながら行った。ここで、最終GMP濃度[質量%]を7.2、かつ最終Naイオン濃度[質量%]を1.2とした。それとは別に、最終GMP濃度[質量%]を7.9、かつ最終Naイオン濃度[質量%]を1.8として同様の実験を行った。いずれもリン酸化反応が進行するにしたがって生成したGMPのゲルが観測され、混合不能となった。これらの組成を図1に▲で示した。
【0024】
<実施例1>
グアノシン、トリポリリン酸ナトリウム、及び特許文献1及び特開平10-201481号公報に記載の酸性フォスファターゼを加えた酵素反応の系に、ゲル化させないために必要なNaイオン源を追加で添加し、酵素反応を2つの条件で行った。反応は、参考例1と同様、マグネティックスターラー及び撹拌子を用いて50rpmで混合しながら行った。
ひとつは追加Naイオン源としてNaClを追加して、最終GMP濃度[質量%]が14.3であり、かつ最終Naイオン濃度[質量%]が2.85とした系で実施した。
もうひとつは追加Naイオン源としてピロリン酸ナトリウムを使用して、最終GMP濃度[質量%]が14.9であり、かつ最終Naイオン濃度[質量%]を2.92とした系で同様に実験を行った。
いずれもリン酸化反応が進行するにしたがって生成したGMPがゲル化せずにスラリー状態として観測され、混合可能であった。混合可の組成を図1に■で示した。
混合可になった組成は、(1)式であるNaイオン濃度[質量%]>0.023×GMP濃度[質量%]+1.8を満足した。
図1
図2
図3