(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024086171
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】スポット溶接継手の製造方法、及びスポット溶接継手
(51)【国際特許分類】
B23K 11/24 20060101AFI20240620BHJP
B23K 11/11 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
B23K11/24 315
B23K11/11 540
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022201162
(22)【出願日】2022-12-16
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】谷口 大河
(72)【発明者】
【氏名】古迫 誠司
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
【テーマコード(参考)】
4E165
【Fターム(参考)】
4E165AA02
4E165AB02
4E165AC01
4E165BB02
4E165CA02
4E165CA05
4E165CA06
4E165CA13
(57)【要約】
【課題】後通電の効果を安定させることが可能なスポット溶接継手の製造方法、及び十字引張強さが安定的に高められたスポット溶接継手を提供する。
【解決手段】本発明の一態様に係るスポット溶接継手の製造方法は、一対の電極を用いて、重ねられた複数の鋼板に溶接電流を流す本通電工程と、一対の電極を鋼板に接触させたまま通電を停止して、溶接部を形成する冷却工程と、一対の電極を用いて、溶接部に後熱電流を流す後通電工程と、を備え、溶接電流を流すために一対の電極を複数の鋼板の表面に配置する直前に、(条件1)一対の電極によって挟持される箇所において測定される、鋼板の間の隙間である板隙が、1.0mm以上、及び(条件2)鋼板の表面に垂直な方向と、一対の電極それぞれの軸方向とがなす角度のうち小さい方である打角が1.0度以上、のうち1つ以上を満たす。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の電極を用いて、重ねられた複数の鋼板に溶接電流を流す本通電工程と、
一対の前記電極を前記鋼板に接触させたまま通電を停止して、溶接部を形成する冷却工程と、
一対の前記電極を用いて、前記溶接部に後熱電流を流す後通電工程と、
を備え、
前記溶接電流を流すために一対の前記電極を複数の前記鋼板の表面に配置する直前に、以下の2つの条件のうち1つ以上を満たす
(条件1)一対の前記電極によって挟持される箇所において測定される、前記鋼板の間の隙間である板隙が、1.0mm以上
(条件2)前記鋼板の表面に垂直な方向と、一対の前記電極それぞれの軸方向とがなす角度のうち小さい方である打角が1.0度以上
スポット溶接継手の製造方法。
【請求項2】
前記冷却工程における一対の前記電極の加圧力を、前記本通電工程における一対の前記電極の加圧力よりも大きくし、
前記後通電工程において、前記後熱電流をアップスロープ制御する
ことを特徴とする請求項1に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項3】
複数の前記鋼板のうち1枚以上を、引張強さ980MPa以上の高強度鋼板とする
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項4】
重ねられた複数の鋼板と、
複数の前記鋼板を接合するナゲットを有する溶接部と、
を備え、
前記ナゲットの端部において複数の前記鋼板の表面がなす角度である、シートセパレーションの開き角が8.0度以上であり、
前記ナゲットが、アスペクト比1.0以上1.7以下の旧オーステナイト粒を含み、
前記ナゲットの前記端部のビッカース硬さが、前記ナゲットの推定化学成分を下記式に代入することによって求められる推定ビッカース硬さよりも100Hv以上小さく、
最も硬い前記鋼板の母材部の硬さと前記推定ビッカース硬さとの差の絶対値が30HV以下である
スポット溶接継手。
推定ビッカース硬さ=217+1080×(C+Si/70+Mn/113+Cr/93+Mo/30)
式に含まれる元素記号は、前記ナゲットの前記推定化学成分における、各元素の単位質量%での含有量であり、
前記ナゲットの前記推定化学成分とは、複数の前記鋼板それぞれの板厚を重み係数とした、複数の前記鋼板の化学成分の加重平均値である。
【請求項5】
複数の前記鋼板のうち1枚以上が、引張強さ980MPa以上の高強度鋼板である
ことを特徴とする請求項4に記載のスポット溶接継手。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スポット溶接継手の製造方法、及びスポット溶接継手に関する。
【背景技術】
【0002】
スポット溶接は、重ね合わせた母材を、先端を適正に整形した電極の先端で挟み、比較的小さい部分に電流及び加圧力を集中して局部的に加熱し、同時に電極で加圧して行う抵抗溶接である。スポット溶接は短時間で実行可能であるので、様々な機械部品の製造のために用いられている。
【0003】
スポット溶接によって形成された溶接部には、後熱電流が流される場合もある。後熱電流とは、溶接によって硬化する鋼材のスポット溶接、プロジェクション溶接、アプセット溶接などの抵抗溶接において、溶接を行った後、硬化した溶接部に対して焼戻し又は焼なましを行う目的で流す電流のことであり、テンパー電流とも称される。後熱電流を母材に流す工程は、後通電、又はテンパー通電とも称される。
【0004】
スポット溶接によって接合される材料の例として、高強度鋼板が挙げられる。高強度鋼板は、機械部品の軽量化及び安全性を高めるために、様々な技術分野に適用されている。しかしながら高強度鋼板には、抵抗溶接部が脆化しやすいという課題がある。通常の鋼板から構成される溶接継手においては、鋼板の強度が高い程、十字引張強さ(CTS)が高くなる。しかし、高強度鋼板から構成される溶接継手においては、鋼板の強度が高いほど、CTSが低くなる。そこで、高強度鋼板のスポット溶接部に後通電を行うことにより、高強度鋼板から製造されるスポット溶接継手のCTSを確保することが試みられている。
【0005】
特許文献1には、2枚以上の薄鋼板からなる高強度鋼板の内、少なくとも1枚の引張強さが750~1850MPaであり、各々の板厚が0.8~3.6mm、炭素当量Ceqが0.22~0.55質量%である高強度鋼板1同士を抵抗スポット溶接する際、次式{1.96×t≦EF1≦3.43×t}で表される加圧力EF1で溶接通電を行った後、次式{1.2×EF1≦PEF1≦2.4×EF1}で表される加圧力PEF1に設定し、次式{0.60×WC≦PC1≦0.95×WC}で表される後通電電流PC1および次式{30≦Pt1≦200}で表される後通電時間Pt1で後通電を行い、次いで、次式{0≦Ht≦200}で表される電極保持時間Htで電極保持を行う高強度鋼板のスポット溶接方法が開示されている。
【0006】
特許文献2には、炭素を0.15質量%以上含み、引張強さが980MPa以上の高強度鋼板のスポット溶接を2段通電で行い、第1通電工程の電流I1と第2通電工程の電流I2の比(I2/I1)を0.5~0.8とし、冷却工程の時間tcを、鋼板板厚Hに応じて、式(0.2×H2)で計算される0.8×tmin以上、2.5×tmin以下の範囲とし、また第2通電工程の通電時間t2を0.7×tmin以上、2.5×tmin以下の範囲とし、前記第1通電工程までの加圧力よりも、前記冷却工程以降における加圧力を大きくして溶接することで、焼戻しによる硬さ低減のばらつきを抑制しつつ、高い耐遅れ破壊特性を安定して得るスポット溶接方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第6194765号公報
【特許文献2】特許第6107939号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、後通電が、高強度鋼板のスポット溶接部の接合強度を安定的に向上させられないことに着目した。同一の板組に、同一条件でスポット溶接、冷却、及び後通電を行って得られたスポット溶接継手において、CTSは一定とはなりにくい。即ち、後通電の効果はばらつきやすい。後通電を用いてCTSの向上を試みた場合、大半のスポット溶接継手のCTSを向上させることができるが、その一方で、CTSが合格範囲に満たない確率(不良率)を十分に減少させることができない。このことが、後通電の普及を妨げている。高強度鋼板のスポット溶接継手の工業的生産において、後通電が採用された例は報告されていない。
【0009】
特許文献1に記載の技術においては、溶接後に熱処理を行って、継手強度のばらつきを低減する。熱処理の手段は、炉中加熱、バーナー加熱、高周波加熱などとされている。しかし、後通電後にさらなる熱処理を行うことにより、スポット溶接継手の製造コストが増大する。さらなる熱処理なしに継手強度のばらつきによる問題を解消する方法は、特許文献1には開示されていない。
【0010】
特許文献2に記載の技術によれば、塩酸浸漬試験によって評価されるスポット溶接継手の耐遅れ破壊特性が向上する。しかしながら、スポット溶接継手のCTS、及びCTSばらつきについて特段の評価はされていない。
【0011】
以上の事情に鑑みて、本発明は、後通電の効果を安定させることが可能なスポット溶接継手の製造方法、及び十字引張強さが安定的に高められたスポット溶接継手を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0013】
(1)本発明の一態様に係るスポット溶接継手の製造方法は、一対の電極を用いて、重ねられた複数の鋼板に溶接電流を流す本通電工程と、一対の前記電極を前記鋼板に接触させたまま通電を停止して、溶接部を形成する冷却工程と、一対の前記電極を用いて、前記溶接部に後熱電流を流す後通電工程と、を備え、前記溶接電流を流すために一対の前記電極を複数の前記鋼板の表面に配置する直前に、以下の2つの条件のうち1つ以上を満たす。
(条件1)一対の前記電極によって挟持される箇所において測定される、前記鋼板の間の隙間である板隙が、1.0mm以上
(条件2)前記鋼板の表面に垂直な方向と、一対の前記電極それぞれの軸方向とがなす角度のうち小さい方である打角が1.0度以上
(2)好ましくは、上記(1)に記載のスポット溶接継手の製造方法では、前記冷却工程における一対の前記電極の加圧力を、前記本通電工程における一対の前記電極の加圧力よりも大きくし、前記後通電工程において、前記後熱電流をアップスロープ制御する。
(3)好ましくは、上記(1)又は(2)に記載のスポット溶接継手の製造方法では、複数の前記鋼板のうち1枚以上を、引張強さ980MPa以上の高強度鋼板とする。
【0014】
(4)本発明の別の態様に係るスポット溶接継手は、重ねられた複数の鋼板と、複数の前記鋼板を接合するナゲットを有する溶接部と、を備え、前記ナゲットの端部において複数の前記鋼板の表面がなす角度である、シートセパレーションの開き角が8.0度以上であり、前記ナゲットが、アスペクト比1.0以上1.7以下の旧オーステナイト粒を含み、前記ナゲットの前記端部のビッカース硬さが、前記ナゲットの推定化学成分を下記式に代入することによって求められる推定ビッカース硬さよりも100Hv以上小さく、最も硬い前記鋼板の母材部の硬さと前記推定ビッカース硬さとの差の絶対値が30HV以下である。
推定ビッカース硬さ=217+1080×(C+Si/70+Mn/113+Cr/93+Mo/30)
式に含まれる元素記号は、前記ナゲットの前記推定化学成分における、各元素の単位質量%での含有量であり、前記ナゲットの前記推定化学成分とは、複数の前記鋼板それぞれの板厚を重み係数とした、複数の前記鋼板の化学成分の加重平均値である。
(5)好ましくは、上記(4)に記載のスポット溶接継手では、複数の前記鋼板のうち1枚以上が、引張強さ980MPa以上の高強度鋼板である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、後通電の効果を安定させることが可能なスポット溶接継手の製造方法、及び十字引張強さが安定的に高められたスポット溶接継手を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】条件1を満たすスポット溶接継手の製造方法の概略図である。
【
図2】条件2を満たすスポット溶接継手の製造方法の概略図である。
【
図4】スポット溶接継手の端部の硬さ、及び残留オーステナイト粒のアスペクト比の測定領域を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(1.スポット溶接継手の製造方法)
本発明の一態様に係るスポット溶接継手の製造方法は、
図1及び
図2に示されるように、
(S1)一対の電極E1、E2を用いて、重ねられた複数の鋼板11に溶接電流を流す本通電工程と、
(S2)一対の電極E1、E2を鋼板11に接触させたまま通電を停止して、溶接部12を形成する冷却工程と、
(S3)一対の電極E1、E2を用いて、溶接部12に後熱電流を流す後通電工程と、
を備え、溶接電流を流すために一対の電極E1、E2を複数の鋼板11の表面に配置する直前に、以下の2つの条件のうち1つ以上を満たす。
(条件1)一対の電極E1、E2によって挟持される箇所において測定される、鋼板11の間の隙間である板隙Gが、1.0mm以上
(条件2)鋼板11の表面に垂直な方向と、一対の電極E1、E2それぞれの軸方向とがなす角度D1、D2のうち小さい方である打角Dが1.0度以上
【0018】
以下、本実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法について、詳細に説明する。以下の説明において、スポット溶接継手の製造方法を、単にスポット溶接方法、又はスポット溶接と称する場合がある。なお、本発明の技術分野においては、本通電S1だけをスポット溶接と称し、後通電S3とスポット溶接とを区別する場合もあれば、本通電S1の開始から後通電S3の終了までの全てをスポット溶接と称する場合もある。本実施形態においては便宜上、用語「スポット溶接」を、本通電S1、冷却S2、及び後通電S3の全てを包含する概念とみなす。
【0019】
(本通電S1)
本通電S1では、一対の電極E1、E2を用いて、重ねられた複数の鋼板11に溶接電流を流す。一対の電極E1、E2とは、いわゆるスポット溶接用の電極、即ち母材に直接接触して溶接電流を通じるとともに加圧力を伝える作用をする棒状電極である。溶接電流とは、母材を溶融させて溶接部12を形成するために流す電流のことであり、本電流と称されることもある。本通電S1は、本通電S1と称されることもある。本通電S1によって、一対の電極によって挟まれた領域が融点以上の温度まで加熱されて、溶融金属120が生じる。
【0020】
なお、通常のスポット溶接の本通電S1においては、一方の電極E2を固定し、他方の電極E1を鋼板11に向かって動かすことが多い。以下、スポット溶接中に固定する電極E2を固定電極E2と称し、スポット溶接中に鋼板11及び固定電極E2に向かって動かす電極E1を可動電極E1と称する場合がある。ただし当然のことながら、本実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法において、一対の電極E1、E2の両方を動かしてもよい。
【0021】
(冷却S2)
冷却S2では、一対の電極E1、E2を鋼板11に接触させたまま通電を停止する。スポット溶接用の電極の内部には、冷却水等の冷媒が流通しており、電極の先端は常に冷却されている。通電中は、鋼板11から電極への抜熱量よりも抵抗発熱量の方が大きいので、鋼板11は加熱される。一方、通電を中止すると、鋼板11から電極への抜熱によって鋼板11は冷却される。冷却S2によって、溶融金属120を凝固させて、溶接部12を形成する。溶接部12とは、ナゲット121及びHAZ(熱影響部)122を含んだ部分の総称である。ナゲット121とは、スポット溶接中に溶融凝固した金属のことである。
【0022】
(後通電S3)
冷却S2によって形成された溶接部12は、急速に冷却されているので、脆化している場合がある。脆化によって、溶接部12の接合強度、特に十字引張強さ(CTS)が損なわれる。そこで後通電S3では、一対の電極E1、E2を用いて、溶接部12に後熱電流を流す。後熱電流とは、硬化した溶接部12に対して焼戻しを行う目的で流す電流のことである。後通電S3によって、溶接部12が焼戻されて、溶接部12の脆化が解消される。
【0023】
(板隙G、及び/又は打角D)
上述の通り、本実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法は、本通電S1、冷却S2、および後通電S3を、順に実施する。さらに本実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法では、本通電S1を実施する前に、電極の角度及び/又は鋼板11の間の隙間の大きさを所定範囲内とする。具体的には、溶接電流を流すために一対の電極E1、E2を複数の鋼板11の表面に配置する直前に、以下の2つの条件のうち1つ以上を満たすようにする。
(条件1)板隙Gが1.0mm以上
(条件2)打角Dが1.0度以上
板隙Gとは、
図1に示されるように、一対の電極E1、E2によって挟持される箇所において測定される鋼板11の間の隙間のことである。鋼板11の枚数が3枚以上である場合は、板隙Gとは、複数の合わせ面における隙間の合計を意味する。打角Dとは、
図2に示されるように、鋼板11の表面に垂直な方向と、一対の電極E1、E2それぞれの軸方向とがなす角度D1、D2のうち小さい方のことである
【0024】
図1に示されるように、条件1を満たし、板隙Gを1.0mm以上にした状態でスポット溶接を開始すると、本通電S1において一対の電極E1、E2が複数の鋼板11に押し付けられるので、複数の鋼板11の間の隙間が詰められる。一方、一対の電極E1、E2から離れた領域においては、板隙Gが保たれる。これにより、スポット溶接継手1にはシートセパレーション13が生じる。シートセパレーション13とは、スポット溶接において、溶接の結果、ナゲット121の周囲に生じる鋼板11の隙間のことである。なお、板隙Gを1.0mm以上とした状態の、重ね合わせられた複数の鋼板11をスポット溶接することによって得られたスポット溶接継手1においては、後述するシートセパレーション13の開き角13dが8.0度以上になる可能性が高い。
【0025】
板隙Gは、1.1mm以上、1.2mm以上、1.5mm以上、又は2.0mm以上としてもよい。板隙Gの上限値は特に限定されないが、例えば3.0mm以下、2.5mm以下、又は2.0mm以下としてもよい。
【0026】
図2に示されるように、条件2を満たし、打角Dを1.0度以上にした状態でスポット溶接を開始すると、電極の先端が鋼板11の表面に食い込み、圧痕の形状が独特なものとなる。圧痕とは、スポット溶接の結果、電極先端によって生じた鋼板11の表面のくぼみのことである。打角Dが0度である場合、圧痕の深さは均一であるが、打角Dが1.0度以上であると、圧痕の深さは不均一となる。また、打角Dが1.0度以上であると、ナゲット121も若干傾く。即ち、ナゲット121の断面形状を長方形又は楕円形に近似した場合、ナゲット121の延在方向と鋼板11の延在方向とが若干の角度をなす。
【0027】
打角Dは、1.5度以上、2.0度以上、3.0度以上、又は4.0度以上としてもよい。打角Dの上限値は特に限定されないが、例えば7.0度以下、6.0度以下、5.5度以下、又は5.0度以下としてもよい。また、鋼板11の表面に垂直な方向と、一対の電極E1、E2それぞれの軸方向とがなす角度D1、D2のうち大きい方を、7.0度以下、6.0度以下、5.5度以下、又は5.0度以下としてもよい。
【0028】
条件1及び条件2の両方を満たした状態で、スポット溶接を開始してもよい。このようなスポット溶接によれば、シートセパレーション13が形成され、且つ、圧痕及びナゲット121が鋼板11の表面に対して若干傾く。
【0029】
(作用効果)
本発明者らは、条件1及び条件2の少なくとも一方を満たした状態でスポット溶接を行うことにより、後通電S3の効果が安定することを知見した。この知見について、以下に説明する。
【0030】
本発明者らは、同一溶接条件で同一の板組に複数回のスポット溶接を行って、これにより得られた複数のスポット溶接継手1のCTSを測定した。そして本発明者らは、これらスポット溶接継手1のCTSの最小値を、当該溶接条件における最小CTSと定義した。本発明者らは、最小CTSを、後通電S3の効果の安定性の指標として用いた。最小CTSが高いほど、後通電S3の効果の安定性が高い。
【0031】
本発明者らは、最小CTSを向上させる方法について鋭意検討を重ねた。そして本発明者らは、板隙G、及び/又は打角Dが大きい溶接条件によって実現される最小CTSが、板隙G及び打角Dを抑制した溶接条件よりも向上する現象を確認した。
【0032】
これは従来の技術常識とは全く異なる現象である。従来技術では、板隙G、及び打角Dは、スポット溶接の制御状態を乱そうとする外部からの作用、即ち外乱であるとみなされてきた。また、外乱はナゲット121の径のばらつきやLME割れなどの溶接欠陥を招来する旨が多数報告されていた。従って、外乱である板隙G及び打角Dは可能な限り抑制すべきであると考えられてきた。
【0033】
本発明者らは、板隙G及び打角Dは本通電S1に悪影響を与えうる一方で、後通電S3には悪影響を与えないと考えている。従来技術では、外乱が本通電S1に及ぼす影響と後通電S3に及ぼす影響を切り分けた検討はほとんどなされていない。そして、外乱が後通電S3に及ぼす影響のみを抽出した実験結果もまた、ほとんど報告されていない。従来技術において知られている外乱の悪影響は、専ら本通電S1に関わるものであると考えられる。
【0034】
打角D及び板隙Gが後通電S3の効果を安定させる理由は現時点で明らかではない。本発明者らは、本通電S1の際に生じる圧痕の傾きやシートセパレーション13が、後通電S3の効果を安定させていると推定している。圧痕の傾きやシートセパレーション13が、電極の先端と鋼板11の表面との接触面積を増大させて、ひいては両者の接触状態を安定化させている可能性がある。これにより、後通電S3の際の通電状態が安定し、溶接部12を確実に焼き戻せるようになっていると本発明者らは推定している。
【0035】
以上、本実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法の基本的な態様について説明した。次に、本実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法の一層好ましい態様について説明する。
【0036】
(冷却S2における加圧力、及び後熱電流のアップスロープ通電)
冷却S2における一対の電極E1、E2の加圧力P2を、本通電S1における一対の電極E1、E2の加圧力P1よりも大きくすることが好ましい。即ち、溶接電流の通電終了後の無通電時間が開始した時点で、加圧力を増大させることが好ましい。本通電S1及び/又は冷却S2において加圧力の設定値が一定ではない場合、冷却S2にける加圧力P2の最大値を、本通電S1における加圧力P1の最大値よりも高めることが好ましい。これにより、後通電S3の効果を一層安定させることができる。
【0037】
本通電S1の加圧力P1、及び冷却S2の加圧力P2の比率は特に限定されないが、例えばP2/P1を1.1以上、1.3以上、又は1.5以上とすることが好ましい。P2/P1の上限値は特に限定されないが、溶接部12の形状を一層整える観点から、P2/P1を2.5以下、2.0以下、又は1.7以下とすることが好ましい。本通電S1及び/又は冷却S2において加圧力の設定値が一定ではない場合、冷却S2にける加圧力P2の最大値、及び本通電S1における加圧力P1の最大値を上述の範囲内とすることが好ましい。
【0038】
また、後通電S3において、後熱電流をアップスロープ制御することが好ましい。アップスロープ制御とは、JIS C 9313:2005に定義される、通電電流を漸増させる制御方式のことである。後熱電流をアップスロープ制御することにより、後通電S3の効果を一層安定させることができる。
【0039】
アップスロープ制御の具体的条件は特に限定されないが、例えばアップスロープ時間を0.20sec以上、0.10sec以上、又は0.04sec以上とすることが好ましい。アップスロープ時間とは、後熱電流の通電の開始から、後熱電流が最大値になるまでの時間のことである。これにより、後通電S3の効果を一層安定させることができる。アップスロープ時間の上限値は特に限定されないが、溶接効率を一層向上させるために、例えばアップスロープ時間を2.00sec以下、1.00sec以下、又は0.50sec以下とすることが好ましい。
【0040】
(鋼板11の引張強さ)
鋼板11の引張強さは特に限定されない。スポット溶接継手1の剛性及び耐破壊特性等を向上させる観点からは、複数の鋼板11のうち1枚以上を、引張強さ980MPa以上の高強度鋼板とすることが好ましい。高強度鋼板の引張強さを、1000MPa以上、1200MPa以上、又は1500MPa以上とすることが一層好ましい。なお、高強度鋼板を含む板組のスポット溶接には、溶接部12が脆化して十字引張強さが損なわれる問題がある。しかし本実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法では、後通電S3の効果が安定化されているので、十字引張強さを十分に確保することができる。一方、複数の鋼板11のうち1枚以上を、引張強さ500MPa以下の軟鋼としてもよい。
【0041】
(2.スポット溶接継手1)
本発明の別の態様に係るスポット溶接継手1は、
図3に示されるように、重ねられた複数の鋼板11と、複数の鋼板11を接合するナゲット121を有する溶接部12と、を備え、ナゲット121の端部において複数の鋼板11の表面がなす角度である、シートセパレーション13の開き角13dが8.0度以上であり、ナゲット121が、アスペクト比1.0以上1.7以下の旧オーステナイト粒を含み、ナゲット121の端部のビッカース硬さが、ナゲット121の推定化学成分を下記式に代入することによって求められる推定ビッカース硬さよりも100Hv以上小さく、最も硬い鋼板11の母材部の硬さと推定ビッカース硬さとの差の絶対値が30HV以下である。
推定ビッカース硬さ=217+1080×(C+Si/70+Mn/113+Cr/93+Mo/30)
式に含まれる元素記号は、ナゲット121の推定化学成分における、各元素の単位質量%での含有量であり、ナゲット121の推定化学成分とは、複数の鋼板11それぞれの板厚を重み係数とした、複数の鋼板11の化学成分の加重平均値である。
【0042】
(鋼板11、及び溶接部12)
スポット溶接継手1は、重ねられた複数の鋼板11を有する。これらの複数の鋼板11は、溶接部12のナゲット121によって接合されている。上述の通り、ナゲット121及びHAZ(熱影響部)122を含んだ部分の総称である。
【0043】
(シートセパレーション13の開き角13d)
上述の通り、シートセパレーション13とは、ナゲット121の周囲に生じる鋼板11の隙間のことである。シートセパレーション13の開き角13dとは、
図3に示されるように、ナゲット121の端部において複数の鋼板11の表面がなす角度のことである。鋼板11の枚数が3枚以上である場合は、複数のシートセパレーション13それぞれの開き角13dの合計値を、シートセパレーション13の開き角13dとみなす。
【0044】
シートセパレーション13の開き角13dは、8.0度以上である。シートセパレーション13の開き角13dは、好ましくは8.5度以上、9.0度以上、又は9.5度以上である。このような開き角13dを有するスポット溶接継手1は、板隙Gを1.0mm以上とした状態の、重ね合わせられた複数の鋼板11をスポット溶接することによって得られる。また、冷却工程における一対の電極の加圧力を、本通電工程における一対の電極の加圧力よりも大きくしたり、後通電工程において後熱電流をアップスロープ制御したりすることにより、シートセパレーション13の開き角13dを一層拡大することができる。シートセパレーション13の開き角13dの上限値は特に限定されないが、例えば12.0度以下、11.5度以下、又は11.0度以下とすることが好ましい。
【0045】
シートセパレーション13の開き角13dは、溶接部12を切断し、この切断面の写真を顕微鏡で撮影し、顕微鏡写真において向かい合う複数の鋼板11の表面に沿った線がなす角度を測定することにより、特定することができる。切断面は、鋼板11の表面に略垂直とし、かつ、圧痕の中心を通るように形成される。
【0046】
(旧オーステナイト粒)
ナゲット121は、アスペクト比1.0以上1.7以下の旧オーステナイト粒を有する。このような粒状の旧オーステナイト粒は、後熱電流によって焼戻されたナゲット121に特有のものである。焼戻されていないナゲット121の旧オーステナイト粒は、ナゲット121の外縁から中心に向かって延伸する、細長い形状を有しているからである。
【0047】
本通電S1によって形成された溶融金属120は、冷却S2によって凝固する。凝固直後の高温のナゲット121の金属組織は、主にオーステナイトからなる。オーステナイトの一部または全部は、ナゲット121のさらなる冷却S2によってマルテンサイト等の組織に変態して消滅するが、オーステナイト粒の結晶粒界は、組織変態後のナゲット121に旧オーステナイト粒界として残存する。旧オーステナイト粒とは、旧オーステナイト粒界に囲まれた領域のことである。
【0048】
溶接電流によって形成された溶融金属120の凝固は、その外縁から中心に向かって伸展する。その結果、凝固直後のナゲット121のオーステナイト粒は、細長い形状を有する。そして、冷却S2の後に熱処理がされていないナゲット121においては、旧オーステナイト粒界は細長い形状をしている。例えば単通電ナゲット、即ち本通電S1及び冷却S2を有するが後通電S3が省略されたスポット溶接によって得られたナゲット121が有する旧オーステナイト粒は、細長い形状を有する。
【0049】
一方、冷却S2の後のナゲット121に後熱電流を流すと、ナゲット121の組織が再びオーステナイトとなる。この際、細長い旧オーステナイト粒は消滅し、粒状のオーステナイトが生じる。何故なら、溶融金属120の凝固の際とは異なり、ナゲット121の抵抗加熱及びオーステナイト変態は、ナゲット121全体にわたって均一に生じるからである。粒状のオーステナイト粒を有する高温のナゲット121が冷却されると、オーステナイトの一部または全部は変態して消滅するが、アスペクト比1.0以上1.7以下の粒状の旧オーステナイト粒がナゲット121に残される。
【0050】
ナゲット121の旧オーステナイト粒のアスペクト比は以下の手順で特定する。まず、溶接部12を切断し、研磨する。切断面は、鋼板11の表面に略垂直とし、かつ、圧痕の中心を通るように形成される。次に、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムを用いて切断面を腐食させて、切断面に旧オーステナイト粒界を現出させる。光学顕微鏡で、1000μm四方の観察領域Rにおける旧オーステナイト粒のアスペクト比を測定する。
図4に示されるように、観察領域Rの横辺は、鋼板11の合わせ面と平行にする。また、観察領域Rは、ナゲット121の端121Eに可能な限り近づける。ここで、ナゲット121の端121Eとは、スポット溶接継手1の一方の表面と他方の表面との中間線Lと、ナゲット121の外縁との交点のことである。加えて、観察領域Rの中心は、スポット溶接継手1の一方の表面と他方の表面との中間線に配置する。
【0051】
ナゲット121の端121Eから中心に向かって、観察領域Rを連続的に観察する。これにより、ナゲット121の観察領域Rの少なくとも一部にアスペクト比1.0以上1.7以下の粒状の旧オーステナイト粒が認められた場合、当該ナゲット121はアスペクト比1.0以上1.7以下の粒状の旧オーステナイト粒を含むものと判定される。粒状の旧オーステナイト粒の位置は特に限定されない。例えば、後通電S3によりナゲット121の中心部分が再溶融して、中心部分以外の位置に粒状の旧オーステナイト粒が形成されていてもよい。
【0052】
(ナゲット121の硬さ、及び鋼板11の硬さ)
ナゲット121の端部のビッカース硬さは、ナゲット121の推定ビッカース硬さよりも100Hv以上小さい。また、スポット溶接継手1に含まれる複数の鋼板11のうち、最も硬い鋼板11の母材部の硬さと、推定ビッカース硬さとの差の絶対値が30HV以下である。鋼板11の母材部とは、HAZ(熱影響部)122の外部の、溶接熱の影響を受けていない部分のことである。ナゲット121の推定ビッカース硬さとは、ナゲット121の推定化学成分に基づいて推定される、本通電S1及び冷却S2の後のナゲット121のビッカース硬さであり、以下の式によって算出される。
推定ビッカース硬さ=217+1080×(C+Si/70+Mn/113+Cr/93+Mo/30)
式に含まれる元素記号は、ナゲット121の推定化学成分における、各元素の単位質量%での含有量である。ナゲット121の硬さは、上記式に含まれる焼入れ性向上元素の量、及び焼入れの度合いで決まる。冷却S2によってナゲット121の温度は融点付近から急速に低下するので、冷却S2の終了後のナゲット121は、最大限に焼入れされている。上述の式は、最大限に焼入れされた鋼の硬さを、その化学成分に基づいて推定するものである。
【0053】
ナゲット121の推定化学成分とは、スポット溶接継手1に含まれる鋼板11の化学成分及び板厚に基づいて推定されるナゲット121の化学成分である。具体的には、ナゲット121の推定化学成分は、複数の鋼板11それぞれの板厚を重み係数とした、複数の鋼板11の化学成分の加重平均値である。例えば、スポット溶接継手1に含まれる鋼板11の枚数がn枚である場合、ナゲット121の推定化学成分におけるC含有量(推定C含有量)は以下の式によって算出される。
【数1】
ここで、t
kはk枚目の鋼板11の厚さであり、t
sumはスポット溶接継手1に含まれる全ての鋼板11の厚さの合計値であり、C
kはk枚目の鋼板11の単位質量%でのC含有量である。
【0054】
上述の定義によれば、ナゲット121の推定ビッカース硬さは、冷却S2の後に熱処理がされていないナゲット121(例えば上述の単通電ナゲット)の硬さの推定値として用いることができる。端部のビッカース硬さが推定ビッカース硬さよりも100Hv以上小さいナゲット121は、後通電S3によって焼き戻されたものである蓋然性が高い。
【0055】
ナゲット121の端部におけるビッカース硬さの測定は、旧オーステナイト粒のアスペクト比の測定と同じく、
図4に示された観察領域Rにて行う。測定領域Rにおいて、荷重300kgfでビッカース硬さを10点測定し、その平均値をナゲット121の端部のビッカース硬さとする。なお、測定においては、すべての圧痕が最近接圧痕から自身の圧痕サイズ4つ分以上に相当する距離があるものとする。なお、板厚が小さくナゲット121の端121Eの近傍に1000μm四方の領域Rが確保できない場合は、ナゲット121の端121Eから2000μm以内の領域においてビッカース硬さを10点測定し、その平均値をナゲット121の端部のビッカース硬さとする。
【0056】
鋼板11の母材部におけるビッカース硬さの測定は、鋼板11の母材部の板厚1/4部において行う。板厚1/4部において、荷重300kgfでビッカース硬さを10点測定し、その平均値を、鋼板11の母材部のビッカース硬さとする。
【0057】
(作用効果)
本実施形態に係るスポット溶接継手1においては、ナゲット121が後熱電流によって焼戻されており、アスペクト比1.0以上1.7以下の旧オーステナイト粒を含む。これにより、ナゲット121の靭性が向上し、ナゲット121にき裂が進展しづらくなり、スポット溶接継手1の十字引張強さが向上する。
【0058】
また、本実施形態に係るスポット溶接継手1においては、ナゲット121の端部のビッカース硬さがナゲット121の推定ビッカース硬さよりも100Hv以上小さい一方で、最も硬い鋼板の母材部の硬さは、ナゲット121の推定ビッカース硬さと同等である。即ち、本実施形態に係るスポット溶接継手1においては、ナゲット121だけが後熱電流によって焼戻されている。これにより、ナゲット121の脆化が抑制され、スポット溶接継手1の十字引張強さが向上する。
【0059】
さらに、本実施形態に係るスポット溶接継手1においては、シートセパレーション13の開き角13dが8.0度以上とされている。本発明者らが知見したところでは、シートセパレーション13の開き角13dが8.0度以上となるような条件で行われる本通電S1及び後通電S3は、スポット溶接継手1の最小CTSを向上させることができる。してみれば、本実施形態に係るスポット溶接継手1においては、後通電S3の効果が安定して発揮されている。
【0060】
以上の理由により、本実施形態に係るスポット溶接継手1においては、十字引張強さが安定的に高められている。
【0061】
以上、本実施形態に係るスポット溶接継手1の基本的な態様について説明した。次に、本実施形態に係るスポット溶接継手1の一層好ましい態様について説明する。
【0062】
(鋼板11の引張強さ)
鋼板11の引張強さは特に限定されない。スポット溶接継手1の剛性及び耐破壊特性等を向上させる観点からは、複数の鋼板11のうち1枚以上を、引張強さ980MPa以上の高強度鋼板とすることが好ましい。高強度鋼板の引張強さを、1000MPa以上、1200MPa以上、又は1500MPa以上とすることが一層好ましい。一方、複数の鋼板11のうち1枚以上を、引張強さ500MPa以下の軟鋼としてもよい。
【0063】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明はこれに限定されることなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。以下に、本実施形態に係るスポット溶接継手1、及びその製造方法の一層好適な例について説明する。特に断りが無い限り、以下に説明される例は、スポット溶接継手1、及びその製造方法の両方に適用可能である。
【0064】
(鋼板11の枚数及び構成)
鋼板11の枚数は2枚以上とされる。
図1~
図3に例示されるスポット溶接継手1における鋼板11の枚数は2枚であるが、鋼板11の枚数が3枚以上であってもよい。上述したように、鋼板11の枚数が3枚以上である場合、板隙Gとは鋼板11の隙間の合計値であり、シートセパレーション13の開き角13dとは、複数のシートセパレーション13それぞれにおいて鋼板11の表面がなす角度の合計値である。
【0065】
鋼板11の厚さは特に限定されない。また、複数の鋼板11の厚さの比率も特に限定されない。例えばスポット溶接継手1が自動車部品である場合、複数の鋼板11を、2枚の厚い高強度鋼板及び1枚の薄い軟鋼板とすることが好ましい。高強度鋼板は自動車の骨格部材であり、軟鋼板は自動車の外装部材である。高強度鋼板の板厚は、例えば1.0~2.5mmとすることが好ましい。軟鋼板の板厚は、例えば0.4~1.2mmとすることが好ましい。
【0066】
耐食性、及び美観等を向上させるために、鋼板11の表面にめっきが設けられていることが好ましい。めっきの種類としては、Al系めっき、Al系合金化めっき、Zn系めっき、及びZn系合金化めっき等が挙げられる。
【0067】
(スポット溶接条件)
本実施形態に係るスポット溶接継手の製造方法の特徴は、本通電S1の前に適切な板隙G及び/又は打角Dを板組や電極に設けて、後通電S3の効果を安定させることにある。この特徴は、様々な溶接条件に対して適用することが可能である。従って、本通電S1、冷却S2、及び後通電S3における電流値、加圧力、通電時間、及び電流比(溶接電流と後熱電流との比率)は特に限定されない。複数の鋼板11の枚数、板厚、成分等に応じた値を、適宜採用することができる。
【0068】
スポット溶接条件の好適な一例は、以下の通りである。
冷却S2は、マルテンサイト変態が生じるまで、もしくは完了するまで行う必要がある。具体的には、冷却時間は0.8s以上必要である。
後通電S3では、ナゲット121の端部を焼戻すために、600℃~Ac1点(一般に720℃)まで昇温する。後通電電流値と通電時間の2つによって、ナゲット121の温度は決定する。そのため、上述の温度範囲まで加熱するための条件は複数存在するが、例えば温度を安定させるために、通電時間は0.6s以上とし、電流比(後通電電流値/本通電電流値)は0.85以下とすることが好ましい。
【0069】
(ナゲット121の径)
ナゲット121の径は特に限定されず、接合不良を生じさせない範囲内で適宜選択することができる。例えば、ナゲット121の径を2.5√t~5.0√tの範囲内としてもよい。接合不良を防止する観点からは、ナゲット121の径を2.8√t以上、3.0√t以上、又は3.2√t以上とすることが一層好ましい。また、入熱量を抑制して散り発生を防止する観点からは、ナゲット121の径を4.8√t以上、4.5√t以上、又は4.2√t以上とすることが一層好ましい。
【0070】
なお、ナゲット121の径とは、溶接部12の断面試験によって接合界面で測定される、ナゲット121の直径のことである。tとは、ナゲット121の直径を測定した接合界面を構成する2枚の鋼板11の板厚の平均値のことである。鋼板11の枚数が3枚以上であり、接合界面が2以上である場合は、1つ以上の接合界面においてナゲット121の径が上述の範囲内であることが好ましく、全ての接合界面においてナゲット121の径が上述の範囲内であることが一層好ましい。
【0071】
(板隙Gを設ける手段)
板隙Gを鋼板11の間に設けるための手段は特に限定されない。例えば、複数の鋼板11の間にスペーサーを配することにより、任意の大きさの板隙Gを設けることができる。また、鋼板11の反りを利用することにより、特段の追加部材及び治具等を設けることなく板隙Gを設けることができる。
【0072】
(打角Dを設ける手段)
打角Dを設けるための手段は特に限定されない。スポット溶接装置の実情に応じた種々の手段を採用することができる。例えば、一対の電極E1、E2を鋼板の表面の法線方向に対して傾けた状態で、スポット溶接を行えばよい。具体的には、スポット溶接機に、電極を傾けた状態で装着すればよい。この場合、一対の電極E1、及びE2の両方を可動電極とすることが好ましい。また、電極を傾ける代わりに、鋼板を傾けてもよい。例えば、複数の鋼板を設置するステージと、鋼板との間にスペーサーを挟むことにより、ステージに対して鋼板を傾けてもよい。この場合、ステージの表面の法線方向と電極の軸方向とが平行であったとしても、打角を設けることができる。
【実施例0073】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明する。ただし、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎない。本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0074】
表1に示される化学成分を有する鋼板を炉加熱した後、金型内で冷却した。炉加熱は900℃で5分間行い、金型冷却は1分間行った。そして1.5GPa鋼板を2枚重ねた板組、及び2.5GPa鋼板を2枚重ねた板組に、表2に示す条件で、本通電工程、冷却工程、及び後通電工程を有するスポット溶接を行った。
【0075】
【0076】
【0077】
表2の条件「通常」では、本通電の前に打角及び板隙を設けなかった。条件「板隙」では、1.0~2.0mmの板隙を鋼板の間に設けた。条件「打角」では、3.0~5.0度の打角を電極に設けた。条件「加圧力UP+アップスロープ」では、冷却の開始とともに加圧力を上昇させ、また、後通電において後熱電流値を0から最大値まで0.2秒かけて上昇させた。いずれの条件においても、電流比(溶接電流値に対する後熱電流値の割合)を0.60とした。冷却工程における加圧力、及び後熱電流の通電時間は、「通常」、「板隙」、及び「打角」においては同一値とした。
【0078】
これにより得られたスポット溶接継手の十字引張強さ(CTS)を評価した。評価方法は、JIS Z 3137:1999「抵抗スポット及びプロジェクション溶接継手の十字引張試験に対する試験片寸法及び試験方法」に準拠した。十字引張試験は、1条件ごとに、5つの試料に対して実施した。そして、5つの試料のCTSの最小値を「最小CTS」として記録した。
【0079】
また、各溶接条件の最小CTSを、各溶接条件に対応する単通電継手のCTSと比較した。各溶接条件に対応する単通電継手とは、後通電が省略されているが、それ以外は各溶接条件と同条件で行われるスポット溶接によって得られたスポット溶接継手のことである。最小CTSが単通電継手のCTSに対して大きい溶接条件は、後通電の効果が安定している溶接条件であると判断される。比較結果を表3及び表4の「単通電と最小CTSとの差」列、及び「判定」列に記載した。「判定」列に記載の記号の意味は以下の通りである。
×:単通電と最小CTSとの差が4kN未満
○:単通電と最小CTSとの差が4kN以上6kN未満
◎:単通電と最小CTSとの差が6kN以上
【0080】
さらに、スポット溶接継手における端部ビッカース硬さと推定ビッカース硬さとの差、シートセパレーションの開き角、アスペクト比1.0以上1.7以下の旧オーステナイト粒の有無を、上述の手順で評価した。表3及び表4における「母材に対するビッカースか硬さ低下量」列に、端部ビッカース硬さと推定ビッカース硬さとの差を記載した。なお、母材部の硬さと推定ビッカース硬さとの差を評価したところ、全ての例において30HV以下であったので、母材部の硬さと推定ビッカース硬さとの差の絶対値については、表中での記載を省略した。
【0081】
表3に、表1に記載の1.5GPa鋼板を2枚重ねた板組から得られたスポット溶接継手の評価結果を示す。表4に、表1に記載の2.5GPa鋼板を2枚重ねた板組から得られたスポット溶接継手の評価結果を示す。
【0082】
【0083】
【0084】
評価結果「通常」は、表2に記載の条件「通常」に従うスポット溶接によって得られたスポット溶接継手の評価結果である。条件「通常」の最小CTSは、単通電継手に対してほとんど差が無かった。即ち、通常のスポット溶接によっては、確実に後通電の効果を発揮することができない。
【0085】
評価結果「板隙」は、表2に記載の条件「板隙」に従うスポット溶接によって得られたスポット溶接継手の評価結果である。条件「板隙」の最小CTSは、単通電継手に対して大きく高められていた。従って、条件「板隙」に従うスポット溶接は、後通電の効果を安定して発揮させることができた。
【0086】
評価結果「打角」は、表2に記載の条件「打角」に従うスポット溶接によって得られたスポット溶接継手の評価結果である。条件「打角」の最小CTSは、単通電継手に対して大きく高められていた。従って、条件「打角」に従うスポット溶接もまた、後通電の効果を安定して発揮させることができた。
【0087】
評価結果「板隙+打角」は、板隙及び打角の両方を設けた上で、表2の条件でスポット溶接されたスポット溶接継手の評価結果である。条件「板隙+打角」の最小CTSは、単通電継手に対して大きく高められていた。打角及び板隙の両方を設けた場合であっても、後通電の効果を安定して発揮させることができた。
【0088】
評価結果「加圧力UP+アップスロープ(板隙)」は、1.0~2.0mmの板隙を設けた上で、表2に記載の「加圧力UP+アップスロープ」に従ってスポット溶接して得られたスポット溶接継手の評価結果である。評価結果「加圧力UP+アップスロープ(打角)」は、3.0~5.0度の板隙を設けた上で、表2に記載の「加圧力UP+アップスロープ」に従ってスポット溶接して得られたスポット溶接継手の評価結果である。いずれの条件においても、最小CTSは一層高められていた。