(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024086413
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】イオン発生装置、およびイオン取り出し方法
(51)【国際特許分類】
H01J 27/16 20060101AFI20240620BHJP
H01J 37/08 20060101ALI20240620BHJP
H01J 37/12 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
H01J27/16
H01J37/08
H01J37/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022201524
(22)【出願日】2022-12-16
(71)【出願人】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100135781
【弁理士】
【氏名又は名称】西原 広徳
(74)【代理人】
【識別番号】100217227
【弁理士】
【氏名又は名称】野呂 亮仁
(72)【発明者】
【氏名】片桐 健
(72)【発明者】
【氏名】村松 正幸
(72)【発明者】
【氏名】岩田 佳之
(72)【発明者】
【氏名】白井 敏之
【テーマコード(参考)】
5C101
【Fターム(参考)】
5C101CC17
(57)【要約】
【課題】簡単な構成で効率よくイオンを取り出すことができるイオン発生装置、およびイオン取り出し方法を提供する。
【解決手段】本発明のイオン発生装置1は、真空中に導入したガスからイオンビーム1bを生成するプラズマチャンバー11と、プラズマチャンバー11から射出されるイオンビーム1bの射出方向の外周を取り囲むように筒状に形成された高電圧壁17と、高電圧壁17の内側に配置され、プラズマチャンバー11から射出されるイオンビーム1bが内部を通過する筒状の第1電極15aと、高電圧壁17の内側であって、第1電極15aに対し射出方向に離間して配置され、第1電極15aを通過したイオンビーム1bが内部を通過する第2電極15bを備えている。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空中に導入したガスからイオンビームを生成するチャンバーと、
前記チャンバーから射出されるイオンビームの射出方向の外周を取り囲むように筒状に形成された高電圧体と、
前記高電圧体の内側に配置され、前記チャンバーから射出されるイオンビームが内部を通過する筒状の第1電極と、
前記高電圧体の内側であって、前記第1電極に対し前記射出方向に離間して配置され、前記第1電極を通過したイオンビームが内部を通過する第2電極を備えた
イオン発生装置。
【請求項2】
前記第1電極と前記第2電極との前記射出方向における離間距離は、前記第1電極の内径または前記第2電極の内径以上の距離である
請求項1記載のイオン発生装置。
【請求項3】
前記第1電極と前記第2電極との前記射出方向における離間距離は、前記第1電極または前記第2電極の軸線方向の長さ以下の距離である
請求項2記載のイオン発生装置。
【請求項4】
前記第1電極と前記第2電極とを電気的に接続する導電体をさらに備えた
請求項1、2または3記載のイオン発生装置。
【請求項5】
前記第1電極と前記第2電極とを機械的に接続する誘電体をさらに備えた
請求項4記載のイオン発生装置。
【請求項6】
真空中に導入したガスからイオンビームを生成するチャンバーと、前記チャンバーから射出されるイオンビームの射出方向の外周を取り囲むように筒状に形成された高電圧体と、前記高電圧体の内側に配置され、前記チャンバーから射出されるイオンビームが内部を通過する筒状の第1電極と、前記高電圧体の内側であって、前記射出方向に離間して配置され、前記第1電極を通過したイオンビームが内部を通過する第2電極とを備えたイオン発生装置からイオンビームを取り出すイオン取り出し方法であって、
前記第2電極を通過したイオンビームを取り出す
イオン取り出し方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、たとえば、イオンを発生させるイオン発生装置、およびイオン取り出し方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、がん細胞などの患部に荷電粒子(イオンビーム)を照射して治療を行う粒子線治療装置等に用いるイオン源が提供されている。このようなイオン源の一例としては、永久磁石を使用した電子サイクロトロン共鳴(ECR)イオン源が提案されている(非特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、非特許文献1に記載されているような従来技術のイオン源では、引き出し電極内部でイオンビームが発散してビーム幅が拡大し、引き出し電極内壁に衝突してイオンビームの損失が生じるという問題がある。
【0004】
また、イオンビームの発散ないし損失を抑制するために、引き出し電極区間にソレノイド電磁石を設けることも理論上は考えられる。しかしながら、ソレノイド電磁石を設けるためにコストの増大や装置の複雑化および大型化を招き、さらに永久磁石を使用したECRイオン源ではソレノイド電磁石が永久磁石の磁場に干渉するため、ソレノイド電磁石を設ける方法を採用することは現実的には困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】M Muramatsu et al.“Development of a compact ECR ion source for various ion production”REVIEW OF SCIENTIFIC INSTRUMENTS 87 02C110 (2016).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この発明は、上述の問題に鑑みて、簡単な構成で効率よくイオンを取り出すことができるイオン発生装置、およびイオン取り出し方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明は、真空中に導入したガスからイオンビームを生成するチャンバーと、前記チャンバーから射出されるイオンビームの射出方向の外周を取り囲むように筒状に形成された高電圧体と、前記高電圧体の内側に配置され、前記チャンバーから射出されるイオンビームが内部を通過する筒状の第1電極と、前記高電圧体の内側であって、前記第1電極に対し前記射出方向に離間して配置され、前記第1電極を通過したイオンビームが内部を通過する第2電極を備えたイオン発生装置、およびイオン取り出し方法であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
この発明により、簡単な構成で効率よくイオンを取り出すことができるイオン発生装置、およびイオン取り出し方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】従来技術における引き出し時のイオン分布を説明する説明図。
【
図3】本発明の引き出し電極部の周辺の構成を説明する説明図。
【
図4A】本発明の引き出し電極部の周辺の電位分布を説明する説明図。
【
図4B】本発明の引き出し電極部の周辺の電位分布を測定した測定画像。
【
図5】本発明における引き出し時のイオン分布を説明する説明図。
【
図6】引き出し電極の下流側端部に到達する電流値を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、この発明の一実施形態を図面と共に説明する。
<イオン発生装置の基本構成>
【0011】
図1はイオン発生装置1の構成を示す構成図である。イオン発生装置1は、真空中に導入したガスに対して、プラズマ放電をさせることにより、導入したガスの原子から電子を取り除いてイオン化し、所定の方向に射出するイオンビームを生成する装置である。イオン発生装置1の方式としては、ガスの原子をイオン化するための電離エネルギーの供給方法の違いから、イオンビームの生成方式に幾つかの方式がある。
【0012】
本実施形態のイオン発生装置1では、ECR放電方式によりガスの原子をイオン化するECRイオン源(ECRイオン発生装置)10を用いている。ECRイオン源10は、真空中に導入されたガスに、外部からマイクロ波パワーを印加し、プラズマ放電のトリガーとなる電子を電離させ、さらに、その電離した電子を磁場によって閉じ込め、マイクロ波との共鳴を繰り返すことによりガスの原子をイオン化するという原理を用いている。
【0013】
図1に示すように、ECRイオン源10は、真空用素材で形成されたプラズマチャンバー11を備えている。プラズマチャンバー11は、全体として略円筒状に形成され、一方端部(図示左側端部)に真空引き用開口部11aが設けられ、他方端部(図示右側端部)にはプラズマチャンバー11の内部で生成されたイオンをプラズマチャンバー11外に射出するための射出用開口部11bが設けられる。
【0014】
真空引き用開口部11aには、プラズマチャンバー11の内部(プラズマチャンバー11の内部空間の中央部)にガスを導入するためのガスノズル12と、マイクロ波電源13aに接続されプラズマチャンバー11内にマイクロ波を伝送するマイクロ波導波管13(電離エネルギー供給部)が挿入されている。
【0015】
ガスノズル12は、ECRイオン源10にガスを供給するガス供給部12aに接続されている。ガス供給部12aは、単一または複数種類のガスをECRイオン源10に供給する複数のガス供給系を有しており、この実施形態では、酸素(O2)ガス供給系、メタン(CH4)ガス供給系、およびヘリウム(He)ガス供給系等の複数種類のガス供給系を有している。
【0016】
また、真空引き用開口部11aは、真空フランジ14aで外側から完全に覆われており、真空フランジ14aには真空配管を介して真空ポンプ14が接続されている。真空ポンプ14が作動することにより、真空フランジ14aの内部およびプラズマチャンバー11の内部は真空引きされた状態となり、高真空状態に保持される。
【0017】
プラズマチャンバー11の射出用開口部11b側(イオンビームの射出方向先端側)にはプラズマチャンバー11の内部で生成されたイオンを引き寄せて射出用開口部11bから外部に引き出すための引き出し電極部15が設けられている。
【0018】
引き出し電極部15は、全体として略円筒状に形成されている。また、引き出し電極部15は、イオンビームの射出方向(以下、単に「射出方向」といいい、射出方向の先端側を「前方」といい、射出方向の後端側を「後方」という。)に沿って延びる円柱状の引き出し空間を形成している。
【0019】
引き出し電極部15およびこれにより形成される引き出し空間は、プラズマチャンバー11の内部から射出用開口部11bを通ってプラズマチャンバー11の外部に至るように設けられている。すなわち、引き出し電極部15の後端部はプラズマチャンバー11の内部に位置し、引き出し電極部15の前端部はプラズマチャンバー11の外部に位置する。プラズマチャンバー11の内部で生成されたイオンは、引き出し電極部15およびこれにより形成される引き出し空間を通ってプラズマチャンバー11の外部に導かれる。
【0020】
また、ECRイオン源10には、引き出し電極部15の外側、すなわちイオンビーム1bの射出方向の外周を取り囲むようにして磁石(永久磁石)16が設けられている。本実施形態の磁石16は、プラズマチャンバー11の内部に(内周面に沿って)設けられている。また、本実施形態の磁石16は、射出方向に延びる貫通孔を有しているリング型永久磁石であり、貫通孔に引き出し電極部15を収容するような構成となっている。さらに、磁石16の先端(前端)は射出用開口部11b(プラズマチャンバー11の前壁)まで延びており、磁石16の後端は引き出し電極部15の後端部よりも後方であって、プラズマチャンバー11の内部の適宜の位置まで延びている。
【0021】
さらに、磁石16の側面のうち、引き出し電極部15に対向する面、すなわち磁石16の貫通孔の内周面には筒状の高電圧壁(高電圧体)17が設けられている。すなわち、高電圧壁17は、磁石16の貫通孔の内周面の内側において、プラズマチャンバー11から射出されるイオンビーム1bの射出方向の外周を取り囲むように筒状に形成されている。高電圧壁17は、円筒形状、角筒形状、または、棒状あるいは板状部材を均等間隔に円筒状に配置した形状等、筒状であればよく、円筒形状であることが好ましい。
【0022】
また、引き出し電極部15は、磁石16および高電圧壁17の内側に配置されている。すなわち、本実施形態のECRイオン源10では、外側から順に、磁石16、高電圧壁17および引き出し電極部15が重なって設けられた三重筒構造となっている。
【0023】
また、磁石16の後端位置にはアノード18が設けられている。アノード18は、磁石16の後端面に当接する位置に設けられており、引き出し電極部15の後端部から射出方向に所定の距離を隔てて配置されている。アノード18は円盤状に形成されており、円面内に貫通孔を有している。アノード18の貫通孔は、プラズマチャンバー11の中心軸線と略同軸上に配置されており、アノード18の貫通孔の内径は、プラズマチャンバー11から射出されるイオンビーム1bの外径よりも大きく設定されている。
【0024】
また、イオン発生装置1には、イオン発生装置1(ECRイオン源10)の各コンポーネント(構成要素)を制御するための制御装置30が接続されている。制御装置30は、演算部および記憶部等を含み、イオン発生装置1(ECRイオン源10)における各種演算および制御動作を実行する。演算部は、CPUまたはMPUなどを含む演算処理部である。記憶部は、RAM(DRAM)およびROMなどを含み、イオン発生装置1における各種演算および制御動作を実行するための各種プログラムや各種情報についてのデフォルト値等を記憶する。イオン発生装置1(ECRイオン源10)における一連の動作は、イオン発生装置1(ECRイオン源10)の各コンポーネントが制御装置30によって制御されることによって実現する。
【0025】
制御装置30は、記憶部に記憶された適宜のプログラムに従って動作することによって、ガス制御部31、マイクロ波制御部32、真空ポンプ制御部33、引き出し電圧制御部34、磁石電圧制御部35として機能する。
【0026】
ガス制御部31は、ガス供給部12aに設けられたガスバルブの動作を制御して、ガスバルブの開閉の切り替えやガスバルブを通過する(プラズマチャンバー11内に供給される)ガスの流量調整の制御を行う。
【0027】
マイクロ波制御部32は、ECRイオン源10のマイクロ波電源の動作を制御して、マイクロ波導波管13を通してプラズマチャンバー11内に入力するマイクロ波パワー(加速電場用入力パワー)を調整する。マイクロ波パワーを適切に制御することにより、プラズマチャンバー11内に生成されるプラズマ1aを適切な密度にすることができる。
【0028】
真空ポンプ制御部33は、真空ポンプ14のON/OFFおよび排気量の設定等の真空ポンプ14の動作を制御する。真空ポンプ14の動作を適切に制御することにより、プラズマチャンバー11の内部が高真空状態に保持される。
【0029】
引き出し電圧制御部34は、ECRイオン源10において、プラズマチャンバー11内に生成されたプラズマ1aから、目的のイオンを所定のエネルギーで引き出すために、引き出し電極部15に所定の電源から印加される電圧(引き出し電圧)の電圧値を設定する。
【0030】
磁石電圧制御部35は、ECRイオン源10において、磁石16による磁場の回りを円運動する電子の周波数を、マイクロ波導波管13を通して印加するマイクロ波の周波数の近傍値に選定して、プラズマチャンバー11内に電子サイクロトロン共鳴(ECR)現象によるプラズマ1aが生成しやすいように、磁石16に所定の電源から印加される電圧値(磁石16に流す電流値:閉じ込め磁場用電磁石電流値)を設定する。
【0031】
このような構成のECRイオン源10では、真空ポンプ14により真空が保持されたプラズマチャンバー11内にガスノズル12からガスを導入し、プラズマチャンバー11内に導入したガスにマイクロ波導波管13からマイクロ波電源(図示省略)由来のマイクロ波パワーを印加し、プラズマ放電のトリガーとなる電子を電離させ、さらに、その電離した電子をプラズマチャンバー11の側面部を取り囲む磁石16の磁場によって閉じ込め、マイクロ波との共鳴を繰り返してプラズマ1aを発生させることで、ガスの原子をイオン化している。
【0032】
そして、プラズマチャンバー11内で生成されたイオン(イオン群)は、引き出し電極部15を通ってプラズマチャンバー11内から引き出され、所定のエネルギーが付与されることによりイオンビーム1bとなって所定の方向(射出方向)に射出される。引き出し電極部15から射出されたイオンビーム1bは、引き出し電極部15に接続されたドリフトチューブ19に導入される。ドリフトチューブ19は、所定の目標(照射対象物等)に向かってイオンビーム1bを輸送するものである。したがって、プラズマチャンバー11内から引き出されたイオンビーム1bは、ドリフトチューブ19および適宜のイオンビーム輸送手段を経由して照射対象物に照射される。
【0033】
なお、イオン発生装置1に用いるイオン源の方式としては、上述のECRイオン源10の方式に限るものではなく、これ以外に、PIG型イオン源やEBIS(電子ビームイオン源)などの方式を用いることもできる。たとえば、PIG型イオン源は、円筒状の陽極の両端に陰極が配置され、軸方向に強い磁場を加えた構造で、陰極から出た電子を、半径方向には磁場により、また、軸方向には両端の陰極により閉じ込めて、高密度のプラズマを生成するという原理を用いている。また、EBIS(電子ビームイオン源)は、高エネルギーの電子ビームを繰り返し同じ原子(イオン)に衝突させることによりイオン化を進めるという原理を用いている。
<従来技術の問題点>
【0034】
このような構成のイオン発生装置では、イオン源から正の電荷を引き出すために、一般的には、プラズマ生成領域(プラズマチャンバー内の領域)の電圧V1は引き出し電極の電圧V2よりも高い電圧となっている(V1>V2)。引き出されたイオン群は、プラズマ生成領域の電圧V1と引き出し電極の電圧V2との電位差により加速され、イオンビームとなり引き出し電極の内部を通過して射出される。
【0035】
図2は従来技術において実験を行った際のイオンビーム引き出し時のヘリウムイオンのイオン分布を説明する説明図である。
図2には、3次元particle-in-cell(PIC)法によって計算した、長さ120mmの引き出し電極内を通過する10keV/u,10mA(s=0)の
4He
2+イオンの粒子分布を示す。この実験例における引き出し電極入り口(s=0)でのビームの初期条件は、プラズマ生成領域―引き出し電極入り口(s=0)までのPIC法による計算によって、次の通りに求めた: 規格化RMSエミッタンスεx,εz=0.45πmm mrad;Twissパラメータαx,αz=0.45,βx,βz=0.026m。
【0036】
図2に示すように、イオンビームが引き出し電極の内部を通過する際に、イオンビームの光学条件や空間電荷効果等によってイオンビームの幅(外径)が増大することがある。イオンビームの外径が増大(拡径)することによって、引き出し電極内壁に衝突してイオンビームの損失が生じるという問題がある。この問題に対し、イオンビームの拡径を抑制するために、引き出し電極区間にソレノイド電磁石を設けることも考えられる。しかしながら、ソレノイド電磁石を設けるためにコストの増大や装置の複雑化および大型化を招き、さらに永久磁石を使用したECRイオン源ではソレノイド電磁石の磁場が永久磁石に干渉するため、ソレノイド電磁石を設ける方法を採用することは困難であった。このような課題に対し、本発明者らは、以下説明する引き出し電極部の新規な構成を案出し、課題の解決を図った。
<本発明の引き出し電極部の構成>
【0037】
図3は本発明の引き出し電極部15の周辺の構成を説明する説明図である。
図3に示すように、引き出し電極部15は、プラズマチャンバー11から射出されるイオンビーム1bが内部を通過する筒状の第1電極15aと、第1電極15aに対しイオンビーム1bの射出方向に離間して配置され、第1電極15aを通過したイオンビーム1bが内部を通過する筒状の第2電極15bとを有している。
【0038】
すなわち、本発明の引き出し電極部15は、イオンビーム1bの射出方向に離間して配置された複数の部材(第1電極15a、第2電極15b)に分割した構成(分割構成)となっている。本実施形態では、第1電極15aが後方に、第2電極15bが前方に配置されている。
【0039】
ただし、第1電極15aは、前端側(前端部)においては断面一定の円筒形状であり、後端側(後端部)においては後端に向かうにつれて縮径する円錐台状である。また、第1電極15aの後端の内径(最小内径)は、アノード18の内径と同程度(アノード18の内径に対し±5%の範囲内)である。一方、第2電極15bは、先端(前端)から後端に至るまで断面一定の円筒形状である。なお、第1電極15aの前端側(前端部)および第2電極15bは、それぞれ、円筒形状、角筒形状、または、棒状あるいは板状部材を均等間隔に円筒状に配置した形状等、適宜の筒状であればよく、いずれも同一形状で同一の内径サイズとすることが好ましく、いずれも同一半径の円筒形状であることが好適である。また、第1電極15aの後端側(後端部)は、第1電極15aの前端側(前端部)の端部から屈曲あるいは湾曲して後端に向かうにつれて縮径する形状であればよく、円錐台形状、角錐台形状、または、棒状あるいは板状部材が錐台状に均等配置された形状など、適宜の錐台形状とすることができ、円錐台形状とすることが好ましい。
【0040】
また、第1電極15aと第2電極15bとは、略同軸上(同じ軸線CLを中心)に設けられている。さらに、第1電極15aおよび第2電極15bは、第1電極15aおよび第2電極15bの軸線CLがプラズマチャンバー11の中心軸線と略同軸上になるように配置されている。
【0041】
ここで、第1電極15aと第2電極15bとのイオンビーム1bの射出方向(軸線CLの軸線方向)における離間距離D1(第1電極15aの先端から第2電極15bの後端までの距離、すなわち第1電極15aおよび第2電極15bの最短距離)の下限は、第1電極15aの内径D2または第2電極15bの内径D3以上の距離とすることが好ましい。また、第1電極15aと第2電極15bとの離間距離D1の上限は、高電圧部であるECRイオン源本体10(プラズマチャンバー11)内に第2電極15bの後端が収まる距離の範囲内とすることができる。
【0042】
また、離間距離D1の下限は、第1電極15aの内径D2および第2電極15bの内径D3の長さ以上(第1電極15aの内径D2および第2電極15bの内径D3の距離に対して100%以上)の距離とすることが好ましい。また、離間距離D1の上限は、第1電極15aまたは第2電極15bの軸線方向の長さ以下(第1電極15aおよび第2電極15bの軸線方向の長さに対して100%以下)の距離とすることが好ましい。さらに、離間距離D1の下限は、ECRイオン源本体10(プラズマチャンバー11)の電圧の50%以上を第1電極15a後端と第2電極15b先端間のCL軸線上に発生できる距離であることが好ましい。
【0043】
また、本実施形態では、第1電極15aの内径D2(最大内径となる前端側の内径)は、第2電極15bの内径D3と略同じである。ただし、第1電極15aの内径D2と第2電極15bの内径D3とは、±10%の範囲内であれば、異なる寸法であってもよい。
【0044】
さらに、本発明のイオン発生装置1(ECRイオン源10)は、第1電極15aと第2電極15bとを電気的に接続する導電体21と、第1電極15aと第2電極15bとを機械的に接続する誘電体22を備えている。
【0045】
導電体21は、たとえば断面円形の金属製のワイヤー(線材)で形成されており、一端が第1電極15aの先端部の外表面に接続されており、他端が第2電極15bの後端部の外表面に接続されている。これにより、第1電極15aと第2電極15bとを電気的に接続し、同電位とすることができる。
【0046】
本実施形態では導電体21は、複数(2つ)設けられており、複数の導電体21のそれぞれは、軸線CLを中心に対称位置(軸対称)になるように配置されている。
【0047】
導電体21の外径(軸線CLから見た場合の幅寸法)は、引き出し電極部15が収容される空間(電極収容空間)20の内径D4、すなわち高電圧壁17の内径D4の0.5%~2.0%の範囲内に収まる大きさである。たとえば、本実施形態では、高電圧壁17の内径D4は50mmであり、導電体21の外径は0.5mm(内径D4の1%)である。
【0048】
また、導電体21は、高電圧壁17に対し所定の距離を隔てて離間するように配置されている。導電体21と高電圧壁17との最短距離は、0.5mm以上とすることができ、1mm以上とすることが好ましく、2mm以上とすることがより好ましい。
【0049】
誘電体22は、導電体21を外側から覆うように設けられ、第1電極15aの先端部の外表面と、第2電極15bの後端部の外表面とを接続している。すなわち、誘電体22は、高電圧壁17と、導電体21および引き出し電極部15の間に介在するように設けられている。これにより、引き出し電極部15の放電(絶縁破壊)を防止することができる。この誘電体22は、たとえばアルミナや炭化ケイ素等により構成されるセラミック材料で形成されている。誘電体22を構成する材料としては、貫通耐電圧~20kV/mm、沿面耐電圧~10kV/mmのセラミック材料であればよい。この誘電体22も導電体21と同じ数(複数)設けられており、複数の誘電体22は、軸線CLを中心に軸対象になるように配置されている。
<引き出し電極部の電位分布>
【0050】
図4(A)は本発明の引き出し電極部15の周辺の電位分布を説明する説明図であり、
図4(B)は本発明の引き出し電極部15の周辺の電位分布を測定した測定画像である。なお、説明の便宜上、
図4(A)および
図4(B)では誘電体22の図示は省略している。
図4(A)および
図4(B)に示すように、本発明の引き出し電極部15ではイオンビーム1bの射出方向に離間して配置された第1電極15aと第2電極15bとの分割構成とすることにより、第1電極15aおよび第2電極15bの間にECRイオン源10本体、または磁石16から生じる電位を引き込むことができ、第1電極15aおよび第2電極15bの間の電位を上昇させることができる。
【0051】
すなわち、本発明の引き出し電極部15では、第1電極15aおよび第2電極15bの間にイオンビーム1bの収束効果を有する電場(収束電場)を有する収束領域23が形成されている。
【0052】
具体的には、第1電極15aおよび第2電極15bは接地されており、第1電極15a(第1電極15aの内部空間を含む)および第2電極15b(第2電極15bの内部空間を含む)の電位は略0kvである。これに対し、収束領域23(第1電極15aおよび第2電極15bの間)の電位は、8kv~17kvとなっている。なお、収束領域23の電位は、最大で20kv程度であってもよい。また、収束領域23の電位分布は、軸線CLを中心に軸対称(円周方向において均一な電位分布)になるように形成されている。
【0053】
したがって、本発明の引き出し電極部15では、イオンビーム1bは、低電位である第1電極15aを通過した後、収束電場を有する収束領域23を通過し、その後、低電位である第2電極15bを通過することになる。なお、第1電極15aと第2電極15bの電位は等しくすることが好ましい。
【0054】
図5は本発明におけるイオンビーム引き出し時のヘリウムイオンのイオン分布を説明する説明図である。
図5には、3次元PIC法によって(
図2の実験例と同じ条件で)計算した、長さ120mmの引き出し電極内を通過する10keV/u,10mA(s=0)の
4He
2+イオンの粒子分布を示す。引き出し電極入り口(s=0)でのビームの初期条件は、プラズマ生成領域―引き出し電極入り口(s=0)までのPIC法による計算によって、次の通りに求めた: 規格化RMSエミッタンスεx,εz=0.45πmm mrad;Twissパラメータαx,αz=0.45,βx,βz=0.026m。
【0055】
図5に示すように、イオンビーム1bは、第1電極15aを通過した後、収束領域23によって収束され、第2電極15bを通過している。具体的には、イオンビーム1bは、第1電極15aを通過してから収束領域23の中央部に至るまでの間は、外径が増大(拡径)する傾向にあるが、収束領域23の中央部を通過した後は、外径が縮小(縮径)する傾向にある。
【0056】
ここで、本発明の構成では、イオンビーム1bは、第1電極15aの内壁および第2電極15bの内壁のいずれにも衝突していない。イオンビーム1bは、収束領域23の中央部において最大径となるが、収束領域23では第1電極15aおよび第2電極15bのいずれも存在していないため、第1電極15aの内壁および第2電極15bの内壁のいずれにも衝突していない。すなわち、本発明の構成では、第1電極15aの内壁および第2電極15bの内壁に衝突することによるイオンビーム1bの損失が生じていない。
【0057】
図6は引き出し電極の下流側端部に到達する電流値を示す説明図である。なお、
図6に示す従来技術の電流値は、
図2に示す比較例における電流値のことであり、
図6に示す本発明の電流値とは、
図5に示す実施例における電流値のことである。
図6に示すように、本発明(
図5に示す実施例)では、引き出し電極部15の末端(第2電極15bの後端)では10mA程度の電流値(引き出し電極入り口が10mAであるので略100%)が検出されているのに対し、従来技術(
図2に示す比較例)では、引き出し電極の末端では8mA程度の電流値まで低減している。このことは、本発明ではイオンビームの損失がほとんど生じていないのに対し、従来技術では、空間電荷効果によりイオンビーム幅の増大が生じ、引き出し電極の内壁に衝突することによってイオンビームが20%程度損失していることが原因と考えられる。
【0058】
以上のように、本発明によれば、第1電極15aおよび第2電極15bを分割構成とし、第1電極15aおよび第2電極15bの間の収束電場を有する収束領域23の作用効果により、イオンビーム1bの損失を低減することができる。すなわち、本発明によれば、簡単な構成で効率よくイオンを取り出すことができる。
【0059】
また、本発明では、真空中に導入したガスからイオンビーム1bを生成するプラズマチャンバー11と、プラズマチャンバー11から射出されるイオンビーム1bの射出方向の外周を取り囲むように筒状に形成された高電圧壁17と、高電圧壁17の内側に配置され、プラズマチャンバー11から射出されるイオンビーム1bが内部を通過する筒状の第1電極15aと、高電圧壁17の内側であって、第1電極15aに対しイオンビーム1bの射出方向に離間して配置され、第1電極15aを通過したイオンビーム1bが内部を通過する第2電極15bを備えたイオン発生装置1において、第2電極15bを通過したらイオンビーム1bを取り出すことができる。すなわち、本発明によれば、効率よくイオンを取り出すことが可能になるイオン取り出し方法を提供することができる。
【0060】
さらに、本発明によれば、引き出し電極部15にソレノイド等の収束光学系を備えずとも、イオンビーム1bを収束させることができる。これによりイオンビーム1bの損失が低減されれば、より大きいイオンビーム電流を得られ、イオン発生装置1(ECRイオン源10)の性能向上に繋がる。また、ソレノイド等の収束光学系を設置する必要が無いため、イオン発生装置1(ECRイオン源10)の長大化、製造コスト増を回避することができる。また、永久磁石を用いたECRイオン源10では、ソレノイドレンズ等の設置はソレノイド電磁石が永久磁石に干渉する等の理由から難しいため、本発明は特に有効である。
【0061】
さらにまた、本発明は、引き出し電極部15の軸方向の長さ(引き出し電極長)が長くなる場合、および空間電荷効果によるビーム幅増大を伴うイオン取り出しを行う場合において、イオンビーム1bの損失を抑制ないし防止できるため、特に効果的である。引き出し電極長が長くなる場合としては、たとえば、ECRイオン源10で軸方向磁場生成のためにリング型永久磁石を用いた際に、引き出し電極部15を囲む高電圧壁17の軸方向の長さが構造上伸び、それによって引き出し電極も伸びてしまう場合等が挙げられる。空間電荷効果によるビーム幅増大を伴うイオン取り出しを行う場合としては、電荷質量比q/m(q:電荷数,m:質量数)の大きいイオンを大電流(I>1mA)で輸送した場合等が挙げられる。
【0062】
この発明のイオン発生装置は上記実施形態のイオン発生装置1に対応し、以下同様に、チャンバーはプラズマチャンバー11に対応し、高電圧体は高電圧壁17に対応し、第1電極は第1電極15aに対応し、第2電極は第2電極15bに対応し、導電体は導電体21に対応し、誘電体は誘電体22に対応するが、この発明は本実施形態に限られず他の様々な実施形態とすることができる。また、上述の実施形態で挙げた具体的な構成等は一例であり、実際の製品に応じて適宜変更することが可能である。
【0063】
上述の実施例では、第1電極15aと第2電極15bを一体構造とするためにセラミック等の誘電体22を用いて連結しているが、誘電体22を省略して、第1電極15aと第2電極15bを互いに独立した別体とすることもできる。
【0064】
また、上述の実施例では、第1電極15aの電位を定めるために、導電体21を設けて第1電極15aと第2電極15bを接続しているが、導電体21を省略して、第1電極15aの電位は別途他の方法で定めても構わない。たとえば、第1電極15aと第2電極15bをそれぞれ個別に接地してもよい。また、第2電極15bについては、ドリフトチューブ19を接地し、接地したドリフトチューブ19に接続することによって電位を定める(低電位とする)ようにしてもよい。
【0065】
このような本発明のイオン発生装置1は粒子線発生装置または粒子線照射装置に適用することもできる。たとえば、イオン発生装置1は、加速器として前段加速器と主加速器を用いるシンクロトロンに適用することもできるし、円形加速器のみを用いるサイクロトロンに適用することもできる。これらの場合であっても、簡単な構成で効率よくイオンビームを取り出すことによって、簡単な構成で効率よく粒子線を発生ないし照射することができる。
【0066】
また、本発明のイオン発生装置1は、基板等の電子部品の表面をイオンビームによって洗浄(異物の除去)やエッチングを行う表面処理装置に適用することもできる。この場合であっても、簡単な構成で効率よくイオンビームを取り出すことによって、簡単な構成で効率よく表面処理することができる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
この発明は、イオンビームを照射する産業に利用することができる。
【符号の説明】
【0068】
1…イオン発生装置
10…ECRイオン源
11…プラズマチャンバー
12…ガスノズル
13…マイクロ波導波管
14…真空ポンプ
15…引き出し電極部
15a…第1電極
15b…第2電極
16…磁石
17…高電圧壁
18…アノード
19…ドリフトチューブ
30…制御装置